2018年1月15日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズ

 さて、新年を迎えて約半月が過ぎた。せっかく新しい年を迎えたのだから、新しいバンドを紹介しようと思った。
 ただ、新しいといってもこのブログには新登場という意味で、実際のデビューは2014年と、もう4年にもなる。

 そのバンドの名前はザ・ミュート・ゴッズという。基本的なメンバーは3人しかいないのだが、様々なゲスト・ミュージシャンを迎えて素晴らしいアルバムを発表している。
 彼らが発表したスタジオ・アルバムは2枚しかない。2016年の「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」と、翌年発表された「タージグレイズ・ウィル・インヘリット・ジ・アース(緩歩動物は地球を受け継ぐだろう)」である。

 アルバムの紹介に行く前に、この3人編成のバンドについて説明すると、3人とは、ギター&ベース、スティック担当のニック・ベッグスとキーボード担当のロジャー・キング、ドラマーのマルコ・ミンネマンである。
 何となく、昔のE,L&Pに似ているようだが、クラシックやジャズ的要素はなく、あくまでも楽曲勝負、アルバム主体のバンドなのである。Mutesfwjpg
 知ってる人は知っていると思うけれど、ニック・ベッグスは元カジャグーグーという80年代のアイドル系のニューウェイヴ・バンドにいた人で、元マリリオンのボーカリストだったフィッシュや、ギタリストのジョン・ミッチェルのアルバムに参加している。
 のちにスティーヴ・ハケットやスティーヴン・ウィルソンのバンドでベース・ギターやスティックを演奏するようになった。もともとプログレッシヴ・ロックが好きだったのだろう。

 ロジャー・キングもスティーヴ・ハケット・バンドのメンバーというか、むしろバンド・マスターだろう。ハケットが最も信頼を置いているメンバーで、アルバムのアレンジやプロデュースなども担当している。彼がいなければ、スティーヴ・ハケットは困ったことになるだろう。

 また、マルコ・ミンネマンの方もスティーヴ・ハケットやスティーヴン・ウィルソンのバンドで活動していて、現在のプログレッシヴ・ロック界で代表的なドラマーの1人だ。
 ドイツ生まれで、子どもの頃から様々な楽器に親しんでいた。主に演奏するのはドラムスやパーカッションで、2010年にドリーム・シアターからマイク・ポートノイが脱退したときに、代わりのドラマーの候補者の1人にもなっていた。

 ただこの3人は、主な担当楽器はあるものの、器用なミュージシャンたちで、それぞれキーボードやギターも演奏できるようだ。ドラマーのマルコでさえもピアノやギターを使ってレコーディングに参加している。ただし、ボーカルに関してはそのほとんどをニックが担当している。

 結成のきっかけになったのは、ニックがロジャーに声をかけたことから始まった。とりあえずスリー・ピースのバンドにしようということで、残りのドラマーを探そうとしたのだが、ニックがスティーヴン・ウィルソンのバンドでマルコとプレイしたことから、割と簡単に決まったらしい。

 上記にあるように、デビュー・アルバムは2016年の1月に発表されたが、曲のほとんどはニックが2014年中に書いていた、それをもとに3人で仕上げをしたものである。9132219kw4l__sl1500_
 アルバム・タイトルは、アメリカの第34代アイゼンハワー大統領が退任演説の時に表明した軍産複合体の危険性と、UFO陰謀説を唱えながら不自然な状況で死体として発見された地質学者のフィル・シュナイダーに因んで、ニックが創作したものである。

 全9曲だが、全体的な印象はスティーヴン・ウィルソンというかポーキュパイン・ツリーをややマイルドにしたような感じだ。3人とも本気で音楽をやっていますよという熱気と真剣さが伝わってくる傑作だろう。

 何しろ3人ともそれぞれ現代のプログレッシヴ・ロック界を代表するミュージシャンだ。演奏能力のみならず、創作意欲や楽曲の解釈力などは群を抜いている。そんなミュージシャンたちが作ったアルバムなのだ。思い込みだけで判断してはいけないと思って、実際に聞いてみたのだが、やはり良かった。

 どの曲も怪しげでダークな雰囲気を帯びているのだが、起伏があり、スティーヴ・ハケットとスティーヴン・ウィルソンの要素を帯びている。
 特に、ロジャー・キングのキーボードは、その入り方はスティーヴ・ハケットのアルバムによく似ているし、SEやミニマルな要素などはスティーヴン・ウィルソンのアルバムによく似ている。

 ただ面白いのは、ニックの80年代の嗜好がところどころで発揮されている点だろうか。特に、3曲目の"Night School for Idiots"だろう。淡々と続く静かなバラードタイプの曲なのだが、まるで6分間のポップ・ソングだった。
 また、最後の曲"Father Daughter"にも優しくてスィートなメロディーが印象的で、耳に残る。4分9秒という短い曲だし、ゲストの女性ボーカルが当時16歳のニックの娘ルーラだったせいかもしれない。歌いやすいメロディーを作ったのだろう。

71zwsc4mskl__sl1200_

 ゲスト・ミュージシャンで思い出したが、このアルバムにはそのルーラを始め、キム・ワイルドの弟のリック・ワイルド、これまたスティーヴン・ウィルソン関連のキーボーディストのアダム・ホルツマン、ドラマーにはスティーヴ・ハケット・バンドのゲイリー・オトゥールやビッグ・ビッグ・トレインのニック・ディヴァージロなどが参加していた。

 そして1年後には、セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」が発表された。ニックが言うには、このアルバムは“車のドアにしっぽが挟まれたガラガラヘビと同じくらいの怒り”が込められているという。

 国内盤には、それぞれの楽曲に対してのニックのコメントが記載されているのだが、ごく簡単にまとめると、現代社会が抱えている政治や宗教の問題、人類の進歩と調和に資する科学が反対に人類の生存を脅かしているなどの深刻な課題を表現しているという。
 何しろ1曲目のインストゥルメンタル"Saltatio Mortis"が人類のための21世紀の葬送行進曲だと言っているのだから、他の曲も同じような色合いである。

 アルバムには3曲のインストゥルメンタルと8曲のボーカル曲(国内初版盤では9曲)が収められていて、前作よりもスティーヴ・ハケット寄りの作風になっていて、より聞きやすくなっていた。6133mqa9ntl__sl1050_
 スティーヴ・ハケット風とはどういうことかというと、分厚いキーボードと硬めで的確なリズム、切り込むギター、メロディアスな楽曲などである。ボーカルはもちろんニックだが、全曲を通じて意外とマイルドな歌声だ。

 2曲目の"Animal Army"は、70年代のスティーヴ・ハケットのソロの曲をメタル風に味付けをしたような感じで、同じリフとメロディが延々と続いていく。これで曲ができるのだから、基本が大事というお手本のような曲である。

 シングル・カットされたのは3曲目の"We Can't Carry On"で、“もうこれ以上やってられない”という叫びを収めた曲だった。ハードながらも聞きやすい。2分36秒あたりのセカンド・ヴァースのところが一番盛り上がる部分で、この辺の展開はさすがだと思った。

 今までのボーカル曲は5分台だったが、4曲目の"The Dumbing of the Stupid"は7分9秒と長い。この曲は完全にメタルになっていて、ゴス風なエフェクトがかかったボーカルとテクニカルなギター・ソロが聞き物だろう。個人的にはこの手の音楽は苦手ではある。
 ところで、この曲のクレジットにはメンバー3人ともにギターとクレジットされているのだが、速弾きのギター・ソロの部分は、たぶんニックが弾いているのだろう。

 5曲目の"Early Warning"も最初のギターのアルペジオから、これはもうハケット・ワールドである。2分過ぎのフルート音はキーボードで出しているのだろう。ジョン・ハケットはここにはいないからだ。この曲は比較的静かな曲だった。

 一転してアルバム・タイトル曲の"Tardigrades Will Inherit the Earth"はアップテンポの性急な曲になっていて、バックのキーボードのチープな味付けが面白い。何となく、ベルリン三部作後のデヴィッド・ボウイの曲を思い出してしまった。

 7曲目の"Window onto the Sun"もテンポの速い曲で、このアルバムではポップな部類に入るだろう。バックのギターによるハケット風のロング・トーンを活かした演奏に耳を奪われる。ロジャーかマルコが担当しているのだろう。
 ニックはチャップマン・スティックのソロを聞かせてくれている。でも悲しいかな、どの部分がチャップマン・スティックなのかよくわからない。女性の声は娘のルーラだろう。

 8曲目の"Lament"は2分余りのインストゥルメンタル。アコースティック・ギターの音色だと思ったら、ニックの演奏するチャップマン・スティックだった。そうかこれが噂のチャップマン・スティックの音色なのか、やっとわかったぞ。
 というわけで、ニックとロジャーのキーボードが活躍する静かな曲だった。これがアコースティック・ギターなら、これまたハケット・ワールドである。

 9曲目は"The Singing Fish of Batticaloa"というタイトルの曲で、このアルバムの中では8分24秒と一番長い。アルバムを代表する曲だと思っている。
 “Batticaloa”とはスリランカにある地名のようで、そこには歌を歌う魚が棲んでいるといわれている。ニックは“歌う魚とは人類の将来を危惧して警告を発しているのかもしれない”と考えてこの曲を作ったと述べている。
 曲は、途中のギターのアルペジオとキーボードによって作り出された幻想的な中間部を挟んで、前半と後半に分かれている。その前半と後半は、同じメロディで構成されていて、やはり70年代後半から80年代前半のスティーヴ・ハケットの楽曲を思い出させてくれるのである。

 国内初回盤には10曲目に"Hallelujah"という曲が用意されていて、現代の宗教について懐疑的な目を向けている。社会的、政治的に混沌とした状況においても神の救済が見られないからだろう。ハードなロック・ナンバーに仕上げられていた。

 "The Andromeda Strain"はこのアルバムにおいて3曲目になるインストゥルメンタルで、今度はアコースティック色は排除され、バンドのメタリックな部分が強調されている。
 ギターはロジャーが担当し、ニックはチャップマン・スティックとキーボードを操っているようだ。
 そして曲間なしに最後の曲"Stranger Than Fiction"が始まる。穏やかでメランコリックな曲風で、寒気の強い外から暖炉の火が燃え盛る暖かい部屋の中に入ってきたときに感じるような、心が和らぐ曲でもある。バックで目立たないように歌っているのはローレン・キングという女性で、おそらくロジャー・キングの関係者だろう。

 このアルバムにはシークレット・トラックが用意されていて、"Stranger Than Fiction"の曲が終わって、約1分10秒後から曲が始まる。
 ミディアムテンポの4分少々の曲で、ロジャーのピアノがジャズっぽい雰囲気を醸し出している。
 これもまた宗教か何かについて歌われているようだ。珍しくハーモニカが使用されている点と、エレクトリック・シタールのようなサウンドを耳にすることができる。このサウンドもチャップマン・スティックとエフェクターで出しているのだろうか。71xaajklw5l__sl1050_
 それからもうひとつ。アルバム・ジャケットを見ればわかるように、2枚のアルバムともスーツ姿の男性が頭に立方体の反射鏡みたいなものを被っている。これは「ミラーマン」というバンドを象徴するキャラクターのようだ。どういう意味があるのかは不明だが、良いことも悪いことも全ての世の中の森羅万象を反映しているのではないかと思っている。

 ともかく、ファースト・アルバムはスティーヴン・ウィルソン風で、セカンド・アルバムはスティーヴ・ハケット風だったザ・ミュート・ゴッズのアルバムである。さて、サード・アルバムはどのような感じになるのだろうか。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 8日 (月)

スティーヴ・ハケットの新作

 新作といっても、昨年の3月に発表されたアルバムで、スティーヴ・ハケットの25枚目のスタジオ・アルバムにあたる。

 ご存知のように、スティーヴ・ハケットは、あの伝説的なバンド、ジェネシスの元メンバーで、ギターを担当していた。
 初期の彼は、椅子に座ってプレイをしていて、その存在はあまり目立つものではなかった。しかし、当時からタッピング奏法やスィープ奏法を取り入れていて、演奏技術に関しては高度な才能を有していた。

 そんな彼が1977年に2枚目のソロ・アルバムを発表したあと、バンドを離れてソロ活動を開始した。このブログの中でも何度も彼のことは扱っているのだが、それは彼がそれだけ今でも活動を行っているということを意味している。何しろスタジオ・アルバムだけでも25枚もあるのだから、これはもう職人ギタリストと呼んでもいいだろう。

 それで25枚目のアルバム・タイトルは、「ザ・ナイト・サイレン~天空の美情」というもので、アルバム・ジャケットには、アイスランドのノーザンライツに現れたオーロラが写されていた。51a4wms2ojl
 このアルバムの中の曲は、2015年のアルバム「ウルフライト~月下の群狼」のアウトテイクやそれ以降に作られたもので、基本的にはハケット自身と、妻のジョー・リーマン、バンドのキーボーディストでアレンジャーのロジャー・キングの3人で制作されている。

 最近のハケットは、曲のアイデアが浮かぶと、それぞれの元にメールを送ってアイデアを膨らませていて、ライヴ終了後のホテルや移動先でコンピューターを使って録音をしているという。

 それで、今回のアルバムの特徴は、数多くのミュージシャンが参加していることと、多くの民族楽器が使用されていることだった。これは、ハケットが世界各地をツアーでまわった時に、現地のミュージシャンと交流を行っていたからで、それと同時に、多くの民族や宗教による対立を和らげ、平和を求めようとする心情を表現するためだった。

 だから、そのアイデアを具現化するために、アメリカ人やイラク人の、またイスラエル人やパレスチナ人等のミュージシャン約20名をあえて起用し、彼らと共演を果たすことで相互理解や平和の尊さを訴えている。
 ハケットは、インタビューで“世界の人々は、平和的に共存できるだけでなく、非凡な芸術的才能を集結して何かを行うこともできるということを証明したい”と述べていた。

 また、それに伴って、ペルーやアイスランド、アイルランドやオーストラリア、アゼルバイジャン等の民族楽器を使用して、サウンドに色どりを備えることでハケットの音楽性の拡大を図ろうとしている。

 そういう崇高な理念を反映したこのアルバムは、"Behind the Smoke"から始まる。ここでいう“Smoke”とは、たばこの煙のことではなくて、戦争による火災から起きた煙のことである。

 曲の出だしは、何となくゼッペリンの"Kashmir"のように仰々しいが、過去から現在までの避難民の窮状をハケットのギターとロジャー・キングのキーボードによるストリングスで表現している。特に5分過ぎからのハケットのギター・ソロは、かなり力が入っているせいか、素早いパッセージが展開されている。Steve_hackett_vicar_street_dublin_2
 次の"Martian Sea"では、アップテンポなポップ・ソングを楽しめる。途中でエレクトリック・シタールも取り入れられているし、最後は中近東風の旋律も耳にすることができる。何となく60年代後半のザ・ビートルズがハケットと共演した曲のような気がした。サイケデリックといえばサイケデリックなサウンドだろう。

 "Fifty Miles from the North Pole"とはアイスランドのことを意味していて、ここでコンサートを行ったことからイメージを膨らませてできた曲のようだ。
 7分を超える曲で、このアルバムの中で一番長い曲でもある。曲作りにはジョーのお姉さんでギタリストのアマンダ・リーマンも加わっていた。

 アルバム・ジャケットのオーロラは、アイスランドの火山の上に現れたもののようだが、激情する火山の様子とその上に現れた静謐な美しさのオーロラを譬えると、こういう音楽になるのだろう、ハケットによると。
 途中でのコルネットのような高音をトランペットが奏で、オーストラリアの民族楽器である“ディジェリードゥー”も使用されていた。

 いきなりキーボードの壁とドラムが連打されてハケットのギターが導かれる"El Nino"では、通称“七色のギター・サウンド”を聞くことができる。この曲は、インストゥルメンタルなので、ハケットのギターとロジャー・キングのキーボードが目立っているが、それをバックで支えるゲイリー・オトゥールのドラミングが見事である。

 ハケットお得意のアコースティック・ギターで始まる"Other Side of the Wall"は、穏やかなバラード曲で、導入部と展開部の2部パートで構成されている。
 最初は穏やかなバラードなのだが、2分前から少しテンポが速まり、アコースティックながらも全体的には楽曲としてきちんとまとめられている。

 "Anything but Love"もハケットお得意のフラメンコ風ギターで始まり、2分過ぎから聞こえるハーモニカもまたハケットが吹いている。結局は相変わらずの無国籍風ソングになっているように思えた。
 曲はハケットひとりで創作したもので、だからというわけではないだろうが、ギターやハーモニカ、キーボードなどやりたい放題の内容だ。それでも中盤と後半のギター・ソロの部分は、確かに一聴に値すると思う。

 "Inca Terra"では、タイトルのような中米音楽の雰囲気を出したいのだろうが、どうも中途半端だった。ペルー人の女性ボーカリストを起用しているのはいいのだが、ペルーという感じがしない。
 途中でそれっぽい旋律は聞こえるものの、結局はハケットのギターがフェイドインしてきて、アップテンポになり、そのまま消えてしまった。最後1分の呪術的なボーカルと炸裂するギターのアンバランスが逆に不安定感を掻き立たせてくれている。その印象がハケットにとってはインカ風に思えたのかもしれない。

 8曲目の"In Another Life"は、ケルト・ミュージックである。トロイ・ドノクレイという人が演奏するバグ・パイプに似たイリアン・パイプというアイルランドの民族楽器が、少しだけフィーチャーされている。
 でも最終的には、ハケットのギターが目立つのである。そりゃ自分のソロ・アルバムだから仕方ないのだが、もう少しゲスト・ミュージシャンにも目配りしてもいいのではないだろうか。

 "In the Skelton Gallery"は、やや複雑な曲構成になっていて、何となくキング・クリムゾンの“アイランド”やそのあとの時期の曲に似ている。それはロブ・タウンゼントの演奏するサックスなどが、メル・コリンズの演奏を想起させるからだろう。最後は甲高いパーカッションの音で終わるのだが、これもジェイミー・ミューアの演奏を思い出させてくれた。

 "West to East"は、より良い世界を築くために、戦争と希望という相反するものがもたらす効果について述べた曲。
 この曲ではイスラエル人とパレスチナ人が一緒に歌っているし、ハケットの奥さんも歌に参加したり、弟のジョン・ハケットもフルート演奏で共演している。みんなで平和を願っていこうとする姿勢を表しているのだろう。

 曲自体も穏やかで、実質的にアルバムの最後として置かれた曲で、おそらくハケットは締めくくりに相応しいと思って、最後から2番目に持ってきたものであろう。

 最後の曲の"The Gift"は2分45秒の短いインストゥルメンタルで、最近のジェフ・ベックの曲によく似ている。ゆったりとプログラミングされたキーボードの厚い壁の中で、金属的なハケットのギターが艶やかに鳴っている。
 この曲だけはハケットの手によるものではなくて、レスリー-ミリアム・ベネットとベネディクト・フェナーという人の曲だった。

 今年のスティーヴ・ハケットは、2月3日から「クルーズ・トゥ・ジ・エッジ」という豪華客船の中で開催されるプログレッシヴ・ロックを楽しむ企画に参加する予定だ。
 これは6日間にわたって、フロリダのパンタからメキシコのコスタマヤまでの航海を楽しむ中で、マリリオンやイエスなどの、プログレッシヴ・ロック・バンドのライヴ・ショーを楽しむという何とも贅沢な企画なのである。

Mor17brexterior2
 いまのところ参加予定は、上記のバンドに加えて、ゴング、フォーカス、カール・パーマーズ・EL&P、ムーン・サファリ、エイドリアン・ブリュー・パワー・トリオ、トニー・ケイ、アナセマ、サーガ、ニール・モーズ等々、そしてスティーヴ・ハケット・バンドである。何とも錚々たるミュージシャンたちだ。

 特に、カナダのプログレッシヴ・ハード・ロック・バンドのサーガについては、この時の演奏をもってバンドを解散するそうだ。これが最後のライヴになるという。非常に残念である。できれば日本で生演奏を見たかった。

 ついでに参加費用は、一人当たり平均して1625ドルで、日本円にすると約179000円になる。これはあくまでも平均価格で、お部屋のランクやVIPかどうかで異なってくる。例えば、ロイヤル・スィートルームのダブルでは一人当たり5999ドルにもなる。
 11月末現在で、すでにソールド・アウトになっていて、どうしても申し込みたい人はウェイティング・リストに名前を記入するようになっている。

 そのあとのハケットは、2月中旬から3月にかけてカナダ、アメリカ、メキシコなどをツアーしてまわるようだ。日本に来るかどうかはわからないけれど、ぜひ来てほしいし、ジョン・アンダーソンのように地方の都市まで巡回してほしいと願っている。Tourheader2018stevehackettgenrevg_2
 とにかく今年で68歳になるスティーヴ・ハケットである。3度目の結婚もうまくいっているようだし、公私ともに充実しているようだ。それがこのアルバムにも反映していて、曲のバランスを壊してまでもギターを弾きまくっているし、歌いまくっている。
 何しろ自分で“1981年以来メインで歌っているけど、自分自身をボーカリストと感じたのは、このアルバムが初めてだ”と言っているくらいだもの。

 とにかく民族音楽をメインに据えようとしながらも、実際は自分自身をフィーチャーしたソロ・アルバムだったという今作だが、できれば次作は、1980年代初期のようなギター・オリエンティッドのアルバムを制作してほしいものである。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2018年1月 1日 (月)

今年は戌年

 明けましておめでとうございます。本年も「ろくろくロック夜話」をよろしくお願い致します。このブログを見ている皆様方に、今年が幸多く、希望の叶う年になることを願っています。

 今年は2018年、平成でいうと30年で、干支でいうと戌年に当たります。それで、新年第1回目の記念すべき今回は、例年のごとく“犬のあるアルバム・ジャケット”を特集してみたいと思います。とにかく、たくさん集めましたので、最後までご覧いただければと思います。

 まずは有名どころから。エリック・クラプトンの1975年のアルバム「安息の地を求めて」です。前作の「461オーシャン・ブールヴァード」の成功を受けて、その延長線上で制作されたアルバムで、"I Shot the Sheriff"のようなレゲエ調の"Swing Low, Sweet Chariot"、"Little Rachel"や"Don't Blame Me"などが収められていました。41zmse6k2nl
 元々のタイトルは「EC is God...There's One in Every Crowd(エリック・クラプトンは神だ...しかし社会の中ではひとりの人間に過ぎない)」という自己批評したものでしたが、レーベル側が拒否して、後半の部分だけを取り上げたといわれています。
 この時期のクラプトンは、ドラッグとアルコールでまともな生活を送ることができていませんでした。そのせいか、アルバムとしても少し輝きが失われているようです。

 次は、アメリカのプログレッシヴ・ロック・バンドのパヴロフス・ドッグの1975年のアルバム「禁じられた掟」です。イエスのジョン・アンダーソンよりももっとキンキンで、ビブラートのかかった声は、良くも悪くも印象的でした。51kevdwwzgl
 また、演奏もバイオリンやメロトロンなどが使用され、複雑な曲構成になっていて、アメリカでもプログレッシヴ・ロックの流れが脈々と流れているんだということが実感できたアルバムでもありました。

 1978年のレオン・ラッセルは、「アメリカーナ」というアルバムを発表しました。当時は“クロスオーヴァー/フュージョン”とか、“アダルト・オリエンティッド・ロック(A.O.R.)”や“ミドル・オブ・ザ・ロード(M.O.R.)”といった音楽が流行っていました。
 特に、ボズ・スキャッグスなどは、この流れに乗って世界的な知名度を得たといわれても仕方ないほど、一躍、時の人になりました。

 もともと彼は、デュアン・オールマンと一緒にアルバムを作るなど、ブルーズを基調とした音楽をやっていたわけで、その成功を目の当たりにしたレオン・ラッセルも自分もと考えてこのアルバムを制作したのかもしれません。今となっては二度と聞けないレオンのお洒落なアルバムです。興味のある方は、ぜひご一聴してみて下さい。51lvq5uigyl
 さて、どんどん行きましょう。アイルランドの超有名ボーカリスト、ヴァン・モリソンの2枚のアルバムから。まずは隠れた名盤「ヴィードン・フリース」は、1974年の作品です。以前の彼のアルバム「テュぺロ・ハニー」や「ムーンダンス」よりは知名度は落ちると思いますが、むしろアイリッシュという彼の原点が伺える素晴らしいアルバムだと思います。

 彼のアルバムは、どれも水準が高くて駄作なしと言われていますが、確かにどのアルバムもその時期の彼の姿をとらえており、どれもこれも一聴に値するものばかりです。51caajfvsjl
 「ヴィードン・フリース」より約20年。1995年には「ディズ・ライク・ディス」というアルバムを発表しました。このアルバムは、ややポップ寄りのヴァンの姿をとらえていて、自分的にも好きなアルバムです。
 最初は中古CDショップで、このアルバムの国内盤を見かけたので購入しましたが、今も愛聴しています。ヴァンについては、今後もこのブログで記していきたいと思っています。51zy9hqmddl
 続いては、デヴィッド・ボウイの1974年の作品「ダイヤモンドの犬」です。イギリスの作家ジョージ・オーウェルの「1984年」に触発を受けて制作されたコンセプト・アルバムでしたが、目立つシングル・ヒットが生まれずに、また後半のメドレーも何となく澱んでいて、全体的に不発だった感じがしました。71vcf3rggel__sl1300_
 ただ、表ジャケットだけを見ても犬かどうかはわからないと思ったので、裏ジャケットも載せました。半人半獣というところでしょうか。717du2qjftl__sl1200_
 スリー・ドッグ・ナイトはバンド名自体に“ドッグ”が付いているので、探せば何かあるだろうと思っていましたが、なかなか見つからずに苦労しました。
 オーストラリアのアボリジニーの人たちの間では、“寒い夜は3匹の犬と一緒に寝ればしのげる”という伝承があるそうですが、実際は3匹ではなくて5匹だそうです。スリー・ドッグ・ナイトには3人のリード・ボーカリストがいたので、3匹にしたのかもしれません。

 そんなスリー・ドッグ・ナイトの1975年のアルバム「カミング・ダウン・ユア・ウェイ・バイ・スリー・ドッグ・ナイト」のジャケットの片隅に犬が写っています。この頃のスリー・ドッグ・ナイトの人気は、ヒット・シングルに恵まれず、下り坂でした。そのせいか、このアルバムは、3人のボーカリストがそろった最後のアルバムになりました。41je67vzdl
 ただ、彼らの名誉のために一言申し上げておきますが、スリー・ドッグ・ナイトは無名の作曲家の作品を取り上げることが多く、その曲がヒットしたため、作曲者ものちに有名になるという結果をもたらしています。例えば、ハリー・二ルソンやレオ・セイヤー、ランディー・ニューマン、ラス・バラード、ローラ・ニーロなどがいました。
 それに1968年から1974年までは彼らの全盛期で、ビルボードのトップ40に21曲チャート・インさせ、そのうち3曲がNo.1になっています。

 イギリスにブラーという名前のバンドがいますが、彼らの全英1位に輝いたアルバムに「パークライフ」があります。1994年のアルバムですが、当時のイギリスで猛威を振るっていた“ブリット・ポップ”という流行時のピークにあたる時期に発表されたものです。81egrbtwg2l__sl1403_
 当時のイギリスでは、60年代の“ストーンズ派”と“ビートルズ派”と同じように、“オアシス派”と“ブラー派”に分かれていましたが、その“オアシス派”を黙らせたのが、このアルバムでした。個人的には、そんなに名盤とは思えないのですが、確かに一時代を作ったアルバムとは言えるでしょう。

 今度は、ややマイナーなアルバムに焦点を当てることにします。アメリカの3人組オルタナティヴ・ロック・バンドのキングスX(エックス)の1994年のアルバム、その名も「ドッグマン」です。41rokpbe5pl
 このバンドは窓口が広くて、ハード・ロックからパンク・ロック、ややプログレッシヴ・ロック寄りのサウンドまで、自分たちの可能性を試すかのように様々なサウンドを表出させています。このアルバムではちょっと尖がったようなハード・ロックをやっています。個人的には好きではありませんでした。

 次もアメリカのバンド、ザ・フォーマットです。彼らの2006年のセカンド・アルバム「ドッグ・プロブレムズ」のアルバム・ジャケットです。
 ザ・フォーマットは2人組のインディー・ロック・バンドで、メロディアスでポップな音作りが特徴でしたが、残念ながら2008年に解散をしました。518xjjabqil
 その後、メンバーのネイト・ルイスはファンというバンドを結成して、2011年には"We Are Young"というシングルを発表しました。そして6週連続No.1になり、全世界で1000万枚以上の売り上げを記録しています。

 次はアメリカを離れて、大西洋を横切ることにしましょう。向かったところはイギリスです。90年代から2000年代にかけて一世を風靡したバンドにビューティフル・サウスという名前のバンドがありました。
 ポール・ヒートンという人が中心になって1988年に結成され、男性と女性のボーカルがポップなメロディに乗って、厳しい社会状況やシビアな人間関係を歌っていました。当時の彼らの人気は絶大なものがあり、10枚のスタジオ・アルバムのほとんどがトップ10以内に入っています。

8ff3378a158099e6c3c1be6b7e02533amic
 そんな彼らが1994年に発表した4枚目のスタジオ・アルバムが「ミャオ」でした。当初は上図のようなデザインでしたが、音響会社のグラモフォンから自社のトレードマークを嘲笑しているとのクレームがついて、新しいデザインでプレスされました。それが下のデザインです。Big
 いずれにしても「犬」が描かれています。セールス的には全英6位を記録し、このアルバムから3枚のシングル・ヒットが生まれました。

 インド音楽の伝道師とも呼ばれたラヴィ・シャンカールの娘に、ノラ・ジョーンズがいます。早いもので彼女ももう38歳、2児の母親になりました。そんな彼女が2009年に発表した4枚目のアルバムが「ザ・フォール」です。彼女は、このアルバムの発表前に公私ともにパートナーだった男性との別離を経験しましたが、このアルバムを聞けば、そんな悲しみとともに、それを乗り越えた逞しさなども伝わってきます。81y66iykhhl__sl1300__2
 今までのジャズ系ではなくて、カントリー・ロック的なアプローチが新鮮です。このアルバム・ジャケットの裏にはもっとたくさんの犬が写っていたので、併せてそれも載せたいと思います。511ojlcptrl
 さて、そろそろ終わりの時間を迎える時が来ました。最後は現代の三大ギタリストの1人と呼ばれているアメリカ人のジョン・メイヤーです。1977年生まれの40歳(今年の10月で41歳)で、13歳からギターを始め、19歳でバークリー音楽院を退学してバンド活動を始めました。ギターのテクニックには定評があり、エリック・クラプトンなどとも共演しています。
 そんな彼が2013年に発表したのが「パラダイス・ヴァレー」です。草原に犬とたたずむジョンの姿が撮影されています。81uswndyjhl__sl1500_
 彼は、凄腕のギタリストですが、アルバムではその腕前は控えめに表現されていて、むしろ彼のシンガー・ソングライター的側面の方が強調されているようです。このアルバムでも、聞きやすくてポップなメロディーと柔らかな彼の歌声を楽しめることができると思います。711ysmqsmrl__sl1200_
 さて、いろいろと“犬のアルバム・ジャケット”を紹介してきましたが、もちろんこれら以外にもたくさんあると思います。それに、ポップ・ミュージックからギター・ロック、プログレッシヴ・ロックまで、幅広いジャンルに渡っているのにも驚きました。

 さあ、あなたは他にどんなアルバム・ジャケットを思いつきましたか。こうやって音楽を味わうこと以外にも楽しめるところが、ロック・ミュージックのみならず、音楽の持つ魅力の一つかもしれません。今年もそんなブログにしていきたいと考えています。

| コメント (4) | トラックバック (0)

2017年12月25日 (月)

師匠と弟子が語るロジャー・ウォーターズの新作

師匠:いよいよ今年も終わりに近づいたな。わしらの出番じゃ。今回はロジャー・ウォーターズの新作「イズ・ディス・ザ・ライフ・ウィ・リアリー・ウォント?」について語ろうかの。

弟子:新作といっても発売されてもう半年にもなりますよ。いくら流行に疎いといっても少し遅すぎるんじゃないですかね。

師匠:何を言ってるんじゃ。ロジャーの25年振りの新作アルバムじゃぞ。25年という年月から見れば、6ヶ月くらいはあっという間じゃ。それに半年たってもこのアルバムの凄さは変わらんぞ。81ovjn88zl__sl1500_

弟子:まあ、年を取ると時間の流れが速く感じるといいますから、そんなものかもしれませんね。それにしてもこのアルバム、25年たってもすぐにロジャー・ウォーターズのアルバムとわかりますね。

師匠:そうじゃろ。クォリティーの高さでは変わらんからな。音楽的な質のみならず、歌詞も文学的でかつ世の中の事象を突く鋭さを有しておるな。さすが元ピンク・フロイドのリーダーじゃ。

弟子:そうですかね。音楽的な質と言いながらも、やっていることはフロイド時代と変わらないじゃないですか。相変わらずSEやサウンド・コラージュのようなつなぎを多用しているし、暗鬱で気分の滅するような音で埋め尽くされていますよね。

師匠:何じゃと。それじゃ何かい、ワンパターンで定型化された展開と言うんかい。それは表面的な見方にしかすぎんな。若いもんはこれだから困るんじゃ。25年振りにこのアルバムを発表せざるをえなかったロジャーの気持ちのことを考えたことがあるんか、えッ。

弟子:まあまあ、そう興奮しないでください。また血圧が上がりますよ。いま上が190で下が110くらいなんでしょ。これ以上あがると倒れますよ。

師匠:お前がいちゃもんつけるからじゃよ。だいたいこのアルバムは、2010年9月から3年にわたって行われた“ザ・ウォール・ライヴ”というツアー中から少しずつ書かれていったものじゃ。全219公演、まさにロジャーの音楽人生の集大成ともなるツアーじゃった。
 普通ならこれでおしまいになるのじゃが、ロジャーはさらに先を見据えていたんじゃな。だから、今の時代感覚を反映したアルバムになったんじゃ。3c3cfc8eba3c95f2926c25f06eef7859_10
弟子:そうですかね。確かに歌詞的にはドローンのことを述べている"Deja Vu"やTVゲームのように戦争を遂行する様子を描いた"Picture That"のような曲もありますけどね。
 でもそのモチーフは前作の「死滅遊戯」のパクリじゃないですか。あれは湾岸戦争や天安門事件だったし。

師匠:何という浅ましさ、神よ、この哀れな若者を救いたまえ。74歳にもなってこんな歌詞を書けるミュージシャンが他にどこにいるんじゃ。それだけ世の中が変わっていない、いや、ますます悲惨な様相を呈しているということの表れじゃないか、それが分からんとは悲しいわい。
 それにアメリカ大統領選とも関連があるわけじゃよ。誰かはアメリカとメキシコの国境に壁を築くと訴えていたわけじゃが、まさにツアー中のロジャーとシンクロしてしもうたわ。この驚くべき共時性、まさに時代を反映し、さらに予見していたアルバムともいえるじゃろ。

弟子:何となく牽強付会という気もしますけど、まあ、そういうことにしておきましょう。でも、サウンド的にはあまり変わり映えしない気がしますけどね。
 たとえば、最初の"When We Were Young"なんかは、まさに「狂気」の"Speak to Me"を思い出させてくれましたし、モノローグのような"Deja Vu"、"Picture That"も「ザ・ウォール」の中の曲をイメージさせてくれました。最大の問題作は、"Smell the Roses"じゃないですかね。まさに"Time"と"Have a Cigar"を合体させたような曲でしたよ。ギター・ソロの入り方も似ていましたから。

師匠:お前も分からん奴じゃな。ロジャーの今までの集大成的な作品になっているところが理解できんのじゃな。その程度の感性とは泣いてあきれるわ。それに今回のプロデューサーのナイジェル・ゴドリッチのおかげで、立体的な音響効果や演劇的な要素が一層際立っておるわい。その辺のところは理解できんのかな。
 ロジャーは、このアルバムについてのサウンド・プロダクションはすべてナイジェルに任せたと言っておるからな。ナイジェルはドラマーにジョーイ・ワロンカーを選んで、アルバムの骨格を固めておるな。あとはジョナサン・ウィルソンとガス・シーファートにギターやキーボードを担当させて、全体をまとめておる。そういう新しい血も導入しているわけじゃよ。そういうところを理解できんとは、まだまだじゃな。

弟子:そうですかね。ナイジェル・ゴドリッチといえば、BECKやレディオヘッドなどのアルバム・プロデュースで有名ですけど、ロジャーと合いますかね。以前、ポール・マッカートニーのアルバム「ケイオス・アンド・クリエイション・イン・ザ・バックヤード」も担当しましたが、そんなに良かったとも思えませんでした。
  新しければいいというものでもないと思うんですけど。それに、後半に行くと、"Wait for Her"から"Part of Me Died"なんかはロジャーの問題作「ファイナル・カット」を彷彿させてくれたんですけど、なんだかなぁという感じですね。

師匠:まだ言うんかい。ロジャーがアコースティック・ギターをバックに歌えば、みんな「ファイナル・カット」に聞こえるんじゃないかな。貧弱な発想とはまさにこのこと。残念じゃ。それに、「ファイナル・カット」は正式にはピンク・フロイドのアルバムじゃ、きちんとカタログにも載っているぞ。ロジャーのソロ・アルバムではないな。認識不足も甚だしいぞ。
 もう少し言わせてもらうと、たとえば"Broken Bones"は、非常に美しくて哀しいエレジーのような曲じゃが、これには第二次世界大戦で犠牲になった人の遺骨のことを仄めかしているんじゃ。しかも、それは21世紀の今もなお続いているということじゃ。だから"Is This The Life We Really Want?"と続いていくんじゃな。
 それに"Bird in a Gale"は、シリア難民が海に溺れていく光景を暗示しておる。そういうところまで読み取らんと、このアルバムの凄さが理解できんじゃろうな。

弟子:確かに"The Most Beautiful Girl"なんかも繊細なバラードの中に、意味深い象徴的な世界が広がっていますよね。でもこういうところは、もう少し説明がないと一般人には理解できにくいですよ。親切じゃないです。優秀なミュージシャンならば、普遍性と商業性を止揚していかないと駄目ですよ。ましてやロジャー・ウォーターズくらいのミュージシャンなら、なおさらでしょう。81fg0wvzkjl__sl1238_
師匠:フッフッフッ、何も知らん奴じゃ。このアルバムは売れたぞ。ベルギー、チェコ、ポーランド、スイス、ノルウェーでは軒並み1位、他のヨーロッパ諸国でも2位や3位を記録したし、肝心のイギリスでは3位、アメリカでは11位じゃったな。今はダウンロードが主流だからCDの売り上げ枚数は減っているものの、それでもこの結果は見事なものじゃ。

弟子:でも、デヴィッド・ギルモアの「ラトル・ザット・ロック」に比べれば悪いですね。あれはイギリスで1位になってゴールド・ディスクを取りましたし、アメリカでも5位まで上昇しました。また、フランスやドイツではゴールド・ディスクに、イタリアではプラチナ・ディスクにも認定されています。やっぱりギルモアの方が人気がありますよ。

師匠:不愉快な奴じゃな。だいたい商業主義の権化のようなデヴィッド・ギルモアと比べること自体意味がないわい。単にフロイドの残像を上手に表しているにすぎんじゃろ。似非ピンク・フロイドと思想性と時代性を同時に伴っているミュージシャンと比べること自体意味がないわい。どう考えてもピンク・フロイドの遺産は、ロジャーが継承しているとしか思えんな。
 もっと言えば、ロジャー・ウォーターズは、今更売れるとか売れないとか眼中にないじゃろ。あまり意味のない議論をしても時間の無駄じゃ。とにかく、このアルバムはまさにロジャー・ウォーターズの真骨頂であり、時代を切り拓くメッセージを有しておるわ。74歳にしてこの創作意欲は、まさにあっぱれとしか言いようがないな。

弟子:そう来ましたか。それじゃ次のメッセージを待つまでに、また25年くらいはかかるということですかね。99歳のミュージシャンのアルバムも聞いてみたいですね、ちょっと怖い気もしますが。

師匠:それは、未発表アルバムとして世に出されるかもしれんな。いずれにせよ、ピンク・フロイドという看板は永遠不滅じゃし、その中心者のロジャーの存在はますます輝くじゃろう。現代人なら耳を傾けるべきじゃろうなあ。

弟子:わかりわしたよ、そんなに言うんなら、一度きちんと聞いてみたいと思いますので、アルバムを買って来てください。お願いします。

師匠:アホか、まだ聞いてないんかい!

| コメント (2) | トラックバック (1)

2017年12月18日 (月)

トゥ・ザ・ボーン

 「今年聞いたプログレッシヴ・ロック特集」の3回目は、イギリス人のスティーヴン・ウィルソンの新作である。タイトルは「トゥ・ザ・ボーン」と名付けられていた。彼の通算5枚目にあたるスタジオ・アルバムである。1200pxstevenwilson2016
 このアルバムは、今年の夏に発表されたものだが、自分はやや遅れて購入して聞いてみた。私の敬愛してやまない風呂井戸氏は、以前よりもポップな傾向が強くなったと御自身のブログの中で述べていたので、果たしてどのくらいポップ化したのだろうかと、期待と不安を半々ずつ抱きながら、このアルバムを聞いてみたのだ。

 このアルバムがポップ化したことは、スティーヴン・ウィルソン自身も認めていて、「このアルバムには、僕がこれまでに作ったものよりも、はるかに強いポップ感があるんだ。でも僕は、ポップ・レコードでありながら、同時に歌詞の面でも、あるいはプロダクションの面でも、人々がより深いレベルで向き合うものを作りたかった」と述べている。

 また、このアルバム評を載せたある音楽雑誌には、「プログレッシヴ・ポップ・ミュージックの分野において実り豊かな野心作」と書かれていて、評論家の意見の中でも好意的に受け止められていた。

 さらに、こういう音楽傾向になったのは、スティーヴン・ウィルソン自身が若い頃に聞いていた音楽、たとえばピーター・ガブリエルの「So」、ケイト・ブッシュ「愛のかたち」、ティアーズ・フォー・フィアーズ「シーズ・オブ・ラヴ」、トーク・トークの「カラー・オブ・スプリング」などの影響だとも述べていた。

 私的な感想を言えば、ポップ化といっても急にヒット・シングル満載のアルバムになったというわけでは無くて、聞きやすくなったといった方が間違いが少ないと思った。
 その中でも一番聞きやすかったのは、6曲目の"Permanating"だろうか。疾走感あふれるこの曲のサビはとてもわかりやすくて、思わず一緒に口ずさんでしまうような特徴的なメロディラインを含んでいたからだ。

 アルバムの重要なテーマは、“現代社会での生きることの困難さ”だろう。世界的に見れば、特にヨーロッパでは、いつ起こるかわからないテロリズムに対する不安や急増する移民(難民)に対する対応などの社会的な不安、そういう不透明な社会においてどのように生きるべきか等の個人としての生き方の両面を曲と歌詞を通して訴えかけている。711otzhvugl__sl1181_
 そういう意味では、間違いなく“今を生きるプログレッシヴ・ロック”といえるだろう。この時代性に対する感覚や批評性を備えているところが、他のプログレッシヴ・ロックとは違う点で、優れたプログレッシヴ・ロック・バンドはみんなこういう視点を含んだ音楽性を有しているといえよう。

 そしてこのアルバム「トゥ・ザ・ボーン」は、全11曲59分46秒の長さで、冒頭の曲"To The Bone"から不安感を煽るような女性コーラスやコンガの音が強調されている。途中のギター・ソロがカッコいいのだが、クレジットではスティーヴン・ウィルソン自身が弾いているようだ。
 また、この曲と5曲目の"Refuge"では、ハーモニカが効果的に使われている。いずれもマーク・フェルザムという著名なセッション・ミュージシャンが担当していて、曲に切迫感を与えている。

 2曲目の"Nowhere Now"を聞くと、あぁ確かにポップになったと実感できるはずだ。特に、リフレインされるフレーズのところは耳に馴染みやすい。
 この曲でもスティーヴン・ウィルソン自身がギターとベース、キーボード&ボーカルを担当している。

 牧歌的な雰囲気を持った"Pariah"は、バラード系の曲で、スティーヴンのボーカルに女性のニネット・タヤブのボーカルが絡み合い、壮大な音響空間へと突き進んでいく。
 このニネット・タヤブという人は、イスラエルとモロッコ出身の両親を持ち、彼女自身も歌手、女優、モデルで活躍している。

 また、子どもの頃からピンク・フロイドやニルヴァーナ、オアシスなどから影響を受けていて、2006年にデビュー・アルバムを発表している。現在34歳で、イスラエルを代表するミュージシャンのようだ。

 一転して、ミディアム・テンポながらもハードな曲調を持った"The Same Asylum as Before"が始まる。何となくギルモア系ピンク・フロイドの楽曲に似ているところがあると思うのだが、途中の展開はウィルソン流ハード・ロックといったところだろうか。
 カンタベリー系のミュージシャンだったデイヴ・ステュワートがアレンジしたストリングスのパートをロンドン・セッション・オーケストラが演奏している。

 "Refuge"には、静かな雰囲気を破壊するかのようにジェレミー・ステイシーのドラミングとマーク・フェルザムのハーモニカ、それとこのアルバムの共同プロデューサーでエンジニアのポール・ステイシーの演奏するギター・ソロが活躍している。
 静~動~静という構成で、5分過ぎにはピアノ演奏をバックに、つぶやきのようなボーカルで締めくくられている。

 "Permanating"は上記にもあるようにポップな要素満載な曲で、味付けを間違えれば70年代のトッド・ラングレンの曲になってしまいそうだ。
 スティーヴン・ウィルソンはこの曲ではベース・ギターは演奏しておらず、盟友ニック・ベッグスが担当している。また、バッキング・ボーカルにはイスラエルの歌姫ニネット・タヤブが担当している。3分34秒と時間的にもポップである。51bbhnn5uul
 "Blank Tapes"という曲は、スティーヴン・ウィルソンとニネット・タヤブ、ピアノ演奏のアダム・ホルツマンの3人で演奏とボーカルを担当していて、2分8秒とアルバムの中でも一番短い曲に仕上げられている。
 スティーヴン・ウィルソンは、珍しくメロトロンM4000を演奏しているようだ。ただ、そんなに目立ってはいないけれども。

 8曲目の"People Who Eat Darkness"もまた疾走感と焦燥感溢れるウィルソン流のロックン・ロールだろう。メロディはわかりやすいし、ノリもよい。こういう曲も書けるんだなあとあらためて感心してしまった。そういえば、ポーキュパイン・ツリーの「デッドウイング」というアルバムにもこんな感じの曲があったことを思い出してしまった。

 もう少しコンパクトにまとめてシングルにすれば売れたのではないだろうか。このアルバムからは6曲がシングル・カットされているようだが、この曲はその対象ではなかった。時間が6分を超えていたからだろう。

 "Song of I"はリズムに工夫が施されていて、これも不穏な雰囲気を抱いたままゆっくりと曲が進行していく。
 ここでの女性ボーカルはソフィー・ハンガーという人で、ドイツ在住のスイス人シンガー・ソングライターだ。このアルバムでは、この曲にだけ参加している。マルチ・ミュージシャンで自身のバンドももっているようだ。彼女も34歳。スティーヴン・ウィルソンは1983年生まれの人に関心があるのだろうか。

 "Detonation"でのギター・ソロは、デヴィッド・コーラーという人が演奏している。彼はまた前曲の"Song of I"でもリード・ギターを担当していた。チェコ出身の34歳で、2005年にはソロ・アルバムを発表している。この曲での雲の中を切り裂くようなギター・ソロは、なかなか目立っていた。
 この曲も幻想的な部分とメタリックで即物的な部分とを併せ持っていて、9分19秒とアルバムの中で最長尺な曲になっている。こういう雰囲気の曲は、昔からのファンには受けるのではないだろうか。

 11曲目の"Song of Unborn"は、最後に相応しい壮大なバラードで、静かなピアノのソロをバックに歌詞が吐き出されていく。
 バッキング・ボーカルにはデヴィッド・キルミンスキーという人が参加していて、この人はジョン・ウェットン・バンドやロジャー・ウォーターズとも共演歴があるギタリストで、さすがに34歳ではなくて55歳のベテラン・ミュージシャンである。

 名前からして東欧系の家系なのだろうが、生粋のイギリス人である。この曲だけでなく、冒頭の"To The Bone"や"Nowhere Now"、"The Same Asylum as Before"でも歌っている。
 惜しむらくは、最後の曲なのでもう少しエンディングを引っ張ってほしかったと思う。あるいはフェイド・アウトしていくとかエフェクティブなギター・ソロがあればよかったのではないだろうか。

 ところで、チャート・アクションを見ると、フィンランドでは1位を、ドイツでは2位、オランダで4位、本国イギリスでは3位、アメリカのビルボードでは58位だった。相変わらず英国や欧州では高い人気を誇っているようだ。Stevenwilsontrianonconcertparis
 誰が言っていたかは忘れたけれど、優れたプログレッシヴ・ロックのアルバムには必ずポップな要素を含んでいるそうだ。
 ピンク・フロイドやイエス、キング・クリムゾンのアルバムには、確かにポップなメロディー・ラインを含んでいる曲が多い。

 英語を母国語としない日本人でもメロディーラインぐらいは口ずさむことができるのだから、英語を母国語としている人はシンガロングできるはずだ。
 そうでもないと、約20分じっと静かに聞き続けることはできないだろうし、ポップな要素がなければ、途中で眠ってしまうか、もう二度とそのアルバムを聞くことはないだろう。

 現代のプログレッシヴ・ロック界の約半分をリードしているスティーヴン・ウィルソンである。このアルバムでは、彼の中に内在する思想性とそれを曲の中に具現化したポップネスが見事に止揚されている。
 さすがスティーヴン・ウィルソン。今後も彼の活躍から目を離すことはできないだろう。

| コメント (2) | トラックバック (1)

2017年12月11日 (月)

ビッグ・ビッグ・トレイン(1)

 今年聞いたプログレッシヴ・ロック特集の第2回目は、イギリスのバンド、ビッグ・ビッグ・トレインの2枚のアルバムについて記すことにした。

 21世紀の今において、1970年代に活躍したプログレッシヴ・ロック・バンドの多くは解散したか活動中止状態で、数少ない活動中のバンドのほとんどは、過去の音源の再録やライヴ音源で生き残っている。
 だから、それらのバンドを21世紀の現時点で、“プログレッシヴ・ロック・バンド”と文字通りに呼んでいいかどうかには疑問が残る。

 1980年代には、“ポンプ・ロック”という呼び名で“ネオ・プログレッシヴ・ロック”のブームが巻き起こった。その名称にはやや軽視する含みはあったものの、マリリオンやペンドラゴンなどの一部のバンドは、すでにベテラン・バンドとしての風格を漂わせながら今も活躍中である。

 ビッグ・ビッグ・トレイン(以下BBTと略す)は、1990年にイギリスのドーセット州ボーンマスで結成された。当初は、グレゴリー・スパウトンとアンディ・プールを中心としたアルバム制作集団として活動を続けていた。Bigbigtrain3
 1993年にはデビュー・アルバム制作に取り掛かるとともに、プログレッシヴ・ロックのレーベルと契約を結び、本格的な音楽活動を開始して、1995年には日本でも彼らのデビュー・アルバムがボーナス・トラック付きで発売された。

 セカンド・アルバム「イングリッシュ・ボーイズ・ワンダー」は1997年に発表されたが、3枚目のアルバム「バード」までには、それから約5年の年月を待たなければならなかった。
 BBTはスタジオ音楽集団としてスタートしたせいか、中心メンバーを除いてメンバーの流動化が激しかった。時間がかかったのも、そういう事情があったのかもしれない。

 現在のメンバーは次のとおりである。
ニック・ディヴァージリオ…ドラムス
デイヴ・グレゴリー   …ギター
デヴィッド・ロングトン  …ボーカル
ダニー・マナーズ    …キーボード
アンディ・プール     …ギター&キーボード
グレゴリー・スパウトン …ギター&ベース
レイチェル・ホール   …バイオリン
リカルド・ソーブレム  …ギター&キーボード

 このうち設立当初からのメンバーは、グレゴリー・スパウトンとアンディ・プールの2人だけだ。
 また、レイチェル・ホールは音楽の先生をする一方で、2007年から2009年にかけてスタックリッジの再結成ツアーに参加していた。スタックリッジとは1970年代の初めに活躍していたプログレッシヴ・ロック・バンドで、“田舎のビートルズ”とも呼ばれていた。もちろんこのブログでもすでに紹介している。

 一方、リカルド・ソーブロムはスウェーデン人で、2001年にビアードフィッシュというバンドを設立している。彼がBBTに加入したせいか、2016年にバンドは解散を発表した。リカルドも二足の草鞋を履くことには躊躇したのかもしれない。

 BBTは、2002年以降は、2年もしくは3年おきにコンスタントにアルバムを発表していて、11枚のスタジオ・アルバムとライヴ盤と編集盤をそれぞれ2枚ずつ発表している。

 自分は2009年のアルバム「ジ・アンダーフォール・ヤード」を聞いたのだが、70年代のプログレッシヴ・ロック黄金期のアルバムと遜色のない見事な出来栄えを誇っていた。51cdtpfzytl
 アルバムは全6曲で構成されていて、冒頭の"Evening Star"のみインストゥルメンタルで、残りの5曲はボーカル入りだった。

 "Evening Star"は、このアルバムの方向性を示しているような哀愁を帯びたスローな曲だ。通常の楽器以外にもフルートにトロンボーンやコルネット、エレクトリック・チェロ、シタール、ダルシマー、フレンチ・ホーン、チューバまで使用されている。まるで分厚い音の壁のようだった。

 2曲目の"Master James of St.George"には歌詞はついているものの、わずか5行である。あとは、それが繰り返されるだけだった。しかし、それがまるで数頁にわたる叙事詩のように聞こえてくるから不思議だ。それだけ考え抜かれたボーカリゼーションとそれを支えるドラマティックな演奏が功を奏しているのだろう。

 この曲と次の曲"Victorian Brickwork"のテーマは、メンバーのグレゴリー・スパウトンの父親についてであり、この人はこのアルバムの発表前に亡くなっている。おそらく曲の制作前には父親の容態が急変していたのだろう。

 音楽的にはイエスとジェネシスの中間的なところがあって、曲の入り方や構成はジェネシス的であり、演奏に関しては、特にリズム・セクションの音やキーボードの使い方などはイエス的である。

 また、"Victorian Brickwork"は12分33秒もあり、テーマとなるフレーズを基に曲構成が練られている。ボーカルと演奏のバランスもよく取れていると思った。7分過ぎからの演奏がフェイドアウトするところにはメロトロンが使用されていて、その後コルネットのソロが全体をリードするあたりがアイデア的に素晴らしいと思う。
 そしてエンディングは、アコースティック・ギターとボーカルのみで、静かな終わりを迎えるのである。

 6分28秒もあるが、全体としてはポップというよりも聞きやすい楽曲になっている"Last Train"には、メロトロンも使用されていて、日本人にも受けがよさそうな気がする。
 ギター・ソロはデイヴ・グレゴリーが担当していて、なかなかテクニカルでハードなサウンドを聞かせてくれている。

 この曲のモチーフは、ドーセット州とハンプシャー州の境にあった鉄道の支線の終着駅の駅長についてである。デリアという名前の駅長で、1935年に廃線になった時のその最後の一日を描いている。

 "Winchester Diver"もまた実在の潜水士のウィリアム・ウォーカーのことを描いている。彼は19世紀から20世紀の初めに活躍した潜水士で、洪水が襲ってきたときにウィンチェスター大聖堂の倒壊を防いだことで有名になった。
 約6mの水深の中を、ひとりで太い縄を大聖堂の基礎部分に巻き付ける作業を数週間にわたって取り組んだといわれていて、彼の献身的な努力のおかげで、今もなお大聖堂はそびえたっているそうだ。

 アルバム・タイトルになっている"The Underfall Yard"もまた実在の人物について表現した曲で、リチャード・フォーティーという人の書いた「隠された光景」という本が下敷きになっていた。
 この本では、19世紀のヴィクトリア朝時代に、トンネルや橋、鉄道などの公共施設建設のために尽くした技術者のイサンバード・ブルーネルの事績、特に、リチャード自身も乗車した“グレイト・ウエスト・レイルウェイ”について書かれている。

 BBTは、この本を参考にして、ビクトリア時代の合理精神と現代の混沌とした非合理性の時代を楽曲を通して対比しているようだ。
 それは緩急をつけた動~静~動という曲構成と、メロディアスで耳に馴染みやすい旋律に表れている。

 それに、1曲目と同じように、この曲でもオールキャストの豪華メンバーが演奏に参加している。トロンボーンやチューバ、フレンチ・ホルンのみならず、コルネット、チェロ、シタールを含むまさに"Wall of Sounds"である。

 この曲にはゲスト・ミュージシャンとして、ギターには元イッツ・バイツのフランシス・ダナリーが参加していて、5分前後にはテクニカルなギター・ソロを聞くことができる。
 また、6分過ぎにはシンセサイザーのソロを耳にすることができるが、これはフロスト*のジェム・ゴッドフリーが演奏している。フロスト*については、このブログでも既に述べているので、割愛したい。

 17分30秒過ぎにはメロトロンも奏でられ、大団円に向かっての序章を飾りながら、ここから一気にエンディングに進んでいく。18分過ぎにもシンセ・ソロがあるが、これもジェム・ゴッドフリーが演奏しているのかもしれない。かなり速いパッセージを弾いている。
 その後、徐々に天空を旋回するかのように、キーボードやギターがボーカルと一体になって終局していくのだが、約23分という時間を感じさせない大曲でもある。71olpnajl__sl1281_
 その後、BBTは2枚のスタジオ・アルバムを発表した後、2016年には「フォークロア」というこれまた傑作アルバムを発表した。このアルバムから上記の8人編成のメンバーとして活動を始めている。

 9枚目のスタジオ・アルバムにあたる「フォークロア」には、9曲収められている。BBTは、プログレッシヴ・ロック・バンドにしては1枚当たりのアルバムの曲数は多い方だろう。
 「フォークロア」とは、民間に伝わる説話や言い伝えなどを意味するが、音楽的に言われる、いわゆる“フォーク・ソング”とは無縁である。91mamc5slul__sl1500_
 冒頭のアルバム・タイトルと同名の曲の「フォークロア」では、炉辺での炎の揺らぎを眺めながら昔からの説話をしようと歌われており、このアルバムの方向性を位置付けているようだ。コルネットやトロンボーンでファンファーレを想起させるサウンドで始まり、それぞれの楽器がその役割を果たそうとしている。

 BBTの特徴として、ボーカルと演奏のバランスの良さが挙げられるが、2曲目の"London Plane"では、約10分にわたってその素晴らしさを堪能できる。

 ゆったりとした曲調ながらも、ボーカルに力強さを感じるし、特に5分前から急にテンポが上がり、嵐が来たかのようにハモンド・オルガンやソリスト、フルートなどが順にリードを取っていき、6分50秒くらいからもとの静けさに戻っていく。エンディングに向かう時のリード・ギターの印象度は強いものがあった。

 3曲目の"Along the Ridgeway"と4曲目の"Salisbury Giant"は独立はしているものの、曲間はないし、同じ歌詞が使われているところから、同一テーマを扱っているのだろう。
 イギリス人ならピンとくるのかもしれないけれど、“リッジウェイ”と“ソールズベリー”には地理的、歴史的に見て関連があるのかもしれない。イギリスのストーンヘンジは、ソールズベリーの近くにあるからだ。

 両方の曲には、レイチェルの演奏するバイオリンが重要な役割を果たしている。前半の6分少々の"Along the Ridgeway"では、3分過ぎにギターの代わりにリードを取っていて、次のハモンド・オルガンにつないでいる。
 後半の"Salisbury Giant"では最初から最後まで目立っていて、確かに民間伝承をリスナーに伝えようとしているかのようだ。

 "The Transit of Venus Across the Sun"という長いタイトルの曲では、フレンチ・ホルンが幕開けを告げ、優しいバイオリンの音色がそれに続く。1分33秒後にはギターのアルペジオからボーカルが入っていく。バックにはマリンバの音も聞こえてくる。

 タイトルにもあるように、人類の宇宙への憧れや宇宙旅行を譬えている曲だが、5分過ぎからフレンチ・ホルンなどでいったん盛り上がってまた収縮していく様が見事である。

 BBTは、一つ一つの楽器の使い方に無駄がなく、しかもそれが効果的に使用されているところが他のプログレッシヴ・ロック・バンドと違うところだろう。ホルンがこれほど効果的に使われているプログレッシヴ・ロックの楽曲は、他に例を見ない。

 "Wassail"とは、酒宴や乾杯の時の挨拶を意味する単語のようで、イギリスでは十二夜(イエス・キリストの生誕から12番目の日で、1月6日のこと)に健康や繁栄を願って祝杯を挙げたり、秋の収穫を願いとともに悪霊を退けるために古いリンゴの木の下で宴会を開くという文化があるそうだ。

 曲の中では、フルートの調べからボーカルによる呼び掛けが始まり、何となくトラッドな香りが漂ってきそうだ。後半はギターやキーボード、バイオリンも加わって大掛かりな酒宴を繰り広げているかのようである。

 "Winkie"は8分25秒の曲で、歌詞は7パートに分かれているが、最初はアイリッシュなダンス系の音楽で始まり、パート3から転調されて徐々に展開していく。
 この曲では、第二次世界大戦における遭難したイギリス空軍を救った伝書鳩のことを歌っている。短いキーボード・ソロの後、パート4から音楽的にも歌詞的にもテーマにつながっていく。"Winkie"というのは、この伝書鳩たちの呼び名だろう。

 パート5に入る前に、テンポを落として歌詞を強調する。鳩が空軍のレスキュー部隊の本部に伝言を伝えるために飛び立っていったということを伝え終わると、曲のテンポも元に戻っていく。
 これがパート5と6であり、バイオリンのソロの後、最後のパート7に繋がっていく。個人的には、もう少し膨らませて10分から12分程度の曲にした方がよかったのではないかと思っている。聞き手にとってはイマジネーションを膨らませやすいからだ。

 8曲目の"Brooklands"は、このアルバムの中で一番長い曲で、12分44秒あった。さすがにドラマティックな曲構成で、内容的に自動車レース場やレーシング・ドライバーのことを歌っているせいか、ギターやボーカルが目立っていて、最初から飛ばしている。

 ちなみに、“Brooklands”とは、イギリスのサリー州ウェイブリッジにかつて存在したサーキット兼飛行場で、サーキットはモータースポーツ専用に建設された世界初の常設コースだったそうである。

 4分過ぎから一度おとなしくなり、叙情的な雰囲気が表面を覆ってくるが、6分あたりから再び走り出してくる。この繰り返しで最後まで行くと思っていたのだが、基本はその通りでもリード楽器がギター、キーボード、フルート、バイオリンと、とにかく他のバンドにはない要素を備えているので、聞いてて飽きが来ない。

 9分過ぎにはグランドピアノのソロで、全体を集約させて一気にバンド演奏につながっていくところが、BBTの素晴らしさだろう。メンバーが増えたおかげで、さらにイマジネイティブな印象を与えてくれるようになった。最後はボーカルで締めるところも印象深い。

 最後の曲の"Telling the Bees"は、牧歌的な雰囲気を持った曲で、アコースティック・ギターとボーカルで始まる。前半はアメリカン・テイストの曲で、バイオリンがフィドルのように聞こえてくる。
 中盤のギター・ソロを中心としたアンサンブルが見事で、牧歌的な雰囲気に力強いボーカルが加わり、最終的にはボーカルのリフレインとコーラスで終わる。51gqqi4y5l
 イギリス人には退職後は、養蜂家になるという夢でもあるのだろうか。確かシャーロック・ホームズも引退後は、蜂を育てていたように記憶している。バラや蜂を育てることに、何か憧れみたいなものがあるのかもしれない。

 というわけで、今を生きるプログレッシヴ・ロック・バンドの中では、非常にドラマティックな曲構成を持ったアルバムを制作できるバンドで、ドラマティックということは曲展開のみならず、それを支える演奏力やボーカル力が秀でているということも意味しているだろう。

 こういうバンドがまだ存在しているところに、しかもプログレッシヴ・ロックが生誕した国において意欲的に活動を行い、世界的にも認知されるようになったところが素晴らしい。4c169123d3fb41e7b43a91afc842cfc9
 本人たちはどう思っているかはわからないけれど、1960年代末から続くプログレッシヴ・ロックのDNAは、未だ途切れることはないようだ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2017年12月 4日 (月)

YOSO

 いよいよ12月。1年の締めくくりの月である。締めくくりといえば、やはりプログレッシヴ・ロックだろう。今年聞いたプログレッシヴ・ロックのアルバムを紹介するのに、年末はふさわしいと勝手に思っている。この思い込みというか、わがままというか、自己欺瞞こそがこのブログにはふさわしい。どうせ誰も気にしていないのなら、自分の気持ちに素直に生きた方が自分的にすっきりするのだった。

 それで第1回は、元イエスのメンバーで結成されたYOSOの登場である。実はこのバンドについては、今年2月のサーカのところでやや詳しく述べているのだが、楽曲についてはその時はまだ未聴だった。それで、今回やっと紹介できるところまで聞きこむことができたところだ。

 YOSOは、元イエスのトニー・ケイとビリー・シャーウッド、元TOTOのボーカル担当だったボビー・キンボールの3人で結成された。2009年頃のお話である。
 バンド名も、YESとTOTOが合体したようなネーミングになっているし、アルバムに収められていた曲も、作曲はビリー・シャーウッドが、作詞をボビー・キンボールが受け持っていた。Z321000451
 以前にも同じようなことを書いていたと思うけれど、ビリー・シャーウッドは、1991年にイエスのアルバム「ユニオン」にサポート・メンバーとして参加した。この時のイエスはいわゆる“8人編成イエス”で、クリス・スクワイアのいたオリジナルのイエスとトレヴァー・ラビンの90125イエスが和解し、合体したものだった。

 詳細は省くけれど、実際のレコーディングは8人そろって制作したものではなかったが、その後のツアーでは8人がそろってステージに立っている。もちろんすべてはギャラのおかげだったが、それでもファンにとっては、うれしかったし有り難かった。

 だんだん話がそれてきたので、YOSOに戻すことにする。とにかく、ビリーの功績は大きくて、特に、クリス・スクワイアは同じ楽器を演奏するということで親近感を覚えたのか、その後も一緒にアルバムを作るなど、長く親交を続けるようになっていった。

 ビリーがそれだけ信頼されるようになったのも、それなりの才能を備えていたからである。曲も書けて歌も歌えるし、さらにマルチ・ミュージシャンでもあった。
 しかもプロデュースやミキシングの能力もあったのだから、これはもう重宝というか引っ張りだこになっても当然だろう。

 様々なミュージシャンとの交流や親交を経験しながら、ビリーは2006年にサーカを結成して、コンスタントにアルバムを発表し続けている。
 サーカのオリジナル・メンバーには、ビリーとトニー・ケイ、アラン・ホワイトがいた。当時は本家のイエスが活動休止状態だったからで、アラン・ホワイトも参加できたわけだが、のちに彼は、バンドを離れている。本家イエスが活動を始めたからだ。

 このブログ内の「サーカ」のところでも述べたのだけれど、彼らの最大の弱点はボーカルが弱いところと、印象的なフレーズに乏しい点だった。ビリーは器用で、楽器は何でも扱うことができたものの、際立って目立つところがなかった。器用貧乏ということだろうか。

 そのボーカル部分を補おうとしたのか、「アビー・ロード;トリビュート・トゥ・ザ・ビートルズ」というアルバム制作時に、ビリーとボビーが知り合ったことをきっかけに、このバンドが生まれたのである。

 本来ならサーカに誘えばよかったのだろう。もちろん、ビリーの頭の中には最初はその予定はあったようだ。なぜなら2009年のサーカのイタリア・ツアーからはボビーが参加する予定で活動が計画されていたからである。
 実際は、イタリア・ツアーはキャンセルされたものの、それ以降のツアーには参加していた。そして、ボビー自身も次のようなコメントを残している。

 『YOSOの将来についての予測は難しい。ただ、今後も何かできるような手応えだけは掴んでいるよ。自分としては、YOSOの活動を継続して、より多くのファンに音楽をエンジョイしてもらいたい。今はそんな気持ちでいっぱいさ』

 だから、あくまでも本来はメイン・ボーカリストとしてボビーに歌ってもらい、ビリーは作曲や演奏に集中したかったのだろう。そしてボビーとのコラボレーションを通して生まれた“何か”を自分たちの今後の将来に活かしていこうと思ったに違いない。

 このことは、その後の展開によって証明されている。サーカは2009年から2011年まではアルバムを発表していなくて、2016年にニュー・アルバムを発表した。そして活動は今でも続いている。一方、YOSOの方は2011年に解散していて、この1枚のアルバムで終わってしまった。

 ちなみに、このYOSOアルバムにはサーカのドラマーのスコット・コーナーや、サーカに一時的に在籍していたギタリストのジョニー・ブルーンズも参加していた。こうなると、どちらがサーカで、どちらがYOSOか分からなくなってくる。ボビーがいるかいないかの違いではないか。

 だから、ビリーとしては、この時期には、あくまでもサーカを中心としてバンド活動をしていたのだ。もしボビーとのコラボがうまくいっていれば、サーカの方が自然消滅して、YOSOの方が実績を積むようになっていったに違いない。

 なぜ、YOSOが解散したのかはよくわからないが、こうやって見てくると、やはりボビーがバンドに合わなかったからだろう。よくあるミュージシャン同士のエゴというやつかもしれない。
 元々、ボビーにはドラッグ癖やアルコール依存症のようなところがあって、それが原因でTOTOを首になったという話もあるくらいだ。

 それにビリー自身もある程度は歌えるので、ボビー抜きでもやっていけそうだという自信も生まれてきたのかもしれない。

 結局、YOSOとしての活動は3年余りで終わってしまった。人によっては、もともとYOSOはサーカから生まれたサイド・プロジェクトとか、ビリーの個人的なグループという見方をする場合もあるが、それは少し違うと思っている。うまくいくのであれば、ボビーも入れて活動を続けていただろう。

 それで2010年7月に発表された彼らのデビュー・アルバム「エレメンツ」には、彼らの音楽的ルーツにあたるようなサウンドが封じ込まれている。51froxno9xl
 自分の予想では、やはり元TOTOのメンバーもいるということもあって、ポップス系な聞きやすい音楽だと考えていた。

 時間も3分から4分程度で、たとえばアラン・パーソンズ・プロジェクトのようなポップで耳に馴染みやすく、そのくせ雰囲気的には十分プログレッシヴ・ロックしているような、そんなアルバムを予想していたのである。

 そして実際にアルバムを聞いてみると、予想通りというか想定の範囲内というか、TOTOのポップネスさの上に、少しだけプログレッシヴ・ロックというおかずをふりかけたような、そんなアルバムに仕上げられていた。

 そして、時間的にもそんなに長くはなくて、それはTOTOの延長線上にあると思えたが、演奏に関しては、アルバム後半に進むにしたがって、確かにTOTOよりはイエスっぽい部分の方が発揮されているように思えた。

 国内盤では2枚組になっていて、1枚目は通常のスタジオ盤で、もう1枚はライブ盤だった。両盤とも12曲ずつ収められている。

 アルバム冒頭は、バンド名と同じ"YOSO"という曲で、“心の旅は結果を恐れずに始まる、親しんだ道を再び渡って時間は巻き戻る”という一種の決意表明のような曲だ。雰囲気的にはTOTOの曲のようだった。

 2曲目は、ミディアムテンポの"Path to Your Heart"という曲で、これもTOTOの曲といっても納得してしまうような雰囲気を湛えている。中間部とエンディングのギター・ソロは結構速くて、意外な気がした。

 "Where You'll Stay"はアコースティック・ギターで始まるバラード・タイプの曲で、爽やかな印象を与えてくれる。よくできたAORサウンドで、ヒット性は高いと思う。ただ、プログレッシヴ・ロックとは言い難い。

 イントロなしで、いきなりコーラスで始まるのが"Walk Away"という曲。これまたメロディアスで、ミディアム・テンポに仕上げられていて、サーカの中にある曲よりもよくできていると思った。こういう曲は、90125イエスの得意分野ではないだろうか。

 "The New Revolution"では、ボビーのボーカルのうまさを味わうことができる。こういうアップ・テンポのハードな曲でも歌いこなせてしまうのが、ボビーの巧みさというところだろう。この時、ボビーは63歳。還暦を過ぎた人の声とは思えないほど伸びがある。

 イントロのギターが歌謡曲っぽくて仰々しいのが"To Seek the Truth"で、日本人にとっては、こういうスローなメロディラインには、ついつい涙腺が緩んでしまう。また、中間のギター・ソロもまた何となくゲイリー・ムーアの曲のように、艶やかで印象的でもある。

 "Only One"という曲も3分41秒と短いのだが、ベース音が強調されていて、YOSO風にアレンジされたR&Bのようだ。こういう感じの曲は、本家イエスには無縁だろう。でも、90125イエスにとっては、馴染みがありそうな作風である。

 その90125イエスがやりそうな楽曲が、"Close the Curtain"ではないだろうか。ただ、ボビーは歌い過ぎである。全体を通してもボビーのボーカルは目立っていて、専任のボーカリストだからそれはそれで仕方ないのだろうが、もうちょっとバックの演奏が目立ってもいいような気がした。

 この曲では中間部でのギター・ソロが左右に振れていて、右スピーカーや左スピーカーから交互に聞こえてくる。それにしてもビリー・シャーウッドのギター・テクニックも大したものだと改めて認識させられた。

 "Won't End Tonight"もテンポのよいボーカル主体の曲で、リズムにはキレがあり、ギターの音もクリアでエッジが効いている。何故か途中でハーモニカが使用されているのだが、これは目先を変えようとしたのだろう。でも、要らないと思った。その分、もっとギター・ソロかトニー・ケイのキーボードを聞かせてほしいと感じた。

 10曲目の"Come This Far"では、他の曲とは違ってトニー・ケイも頑張っているようだ。曲調としては本家イエスに近い。オルガンではなくて、シンセサイザー類を使用している点が珍しいと同時に、、テクノロジーの発展に伴って、多様なキーボード群に馴染んできたようだ。これを70年代から行っていれば、リック・ウェイクマンに取って代わられることはなかったのにと思ってしまった。

 "Time to Get Up"はそのタイトル通りの曲で、思わず起き上がってしまうようなノリのよい曲で、1曲目の"YOSO"や9曲目の"Won't End Tonight"と似たようなアレンジが施されている。この曲も3分台だが、90125イエスにも負けないようなパワフルさを備えている。

 ベースはアタック音の強さからして、たぶんリッケンバッカーだろう。また、珍しくオルガン・ソロとギター・ソロが配置されていて、ファンならもう少し長く聞かせてほしいとねだるに違いない。ライヴでは映える曲だと思う。

 最後の曲"Return to Yesterday"は7分19秒と、アルバムの中では一番長い曲で、本家イエスを彷彿とさせる曲構成になっている。
 最初はスローでアコースティックな雰囲気から始まり、徐々に音が絡み合っていく。イエスの楽曲の特徴の一つに、曲構成は複雑だがメロディ自体はポップで分かりやすいという点が挙げられるが、この曲もまた同じような傾向を備えている。

 3分50秒過ぎと5分過ぎからエフェクティヴなギター・ソロが入るが、その前後のコーラス部分は素朴で牧歌的でもある。そしてエンディングに向かって再びアコースティック・ギターがメインに出てくるのだが、もう少し複雑な構成にしてもいいのではないかとも思った。

 このYOSOというバンドは、ビリーのバンドということがよくわかる。ボビーも歌いまくってはいるのだが、それはビリーと話し合って決めていたのだろう。
 そして、何度も言うけれども、もう少しトニー・ケイのキーボード・ソロを聞きたかった。ビリーのギターと比較すると、圧倒的にその存在感は薄いのである。

 どうしたトニーと言いたくなってしまうのだが、そういう存在感の薄さが、逆に言えば、トニー・ケイというキーボーディストの在り様を決定づけているのかもしれない。確かにボーカリストやギタリストからすれば、的確に演奏できてしかも自分より目立たない方がありがたいに違いない。

 ディスク2はライヴ音源である。バンド結成してまだ日が浅いせいか、YOSOのデビュー・アルバムの「エレメンツ」(このアルバムのディスク1のこと)から演奏されているのは、3曲のみである。("YOSO"、"Walk Away"、"To Seek the Truth")Mi0003133946
 あとはTOTOの曲が"Rosanna"、"Good for You"、"Hold the Line"、"Gift with A Golden Gun"、"White Sister"の5曲、イエス本家の曲が"Roundabout"と"Yes Medley"で、"Yes Medley"には、"Yours is No Disgrace"、"Heart of the Sunrise"、"South Side of the Sky"、"Starship Trooper"、"I've Seen All Good People"が含まれていた。

 ライヴのベース音はクリス・スクワイアそっくりだし、リズムのキレについては、現在の本家イエスよりは格段に優れている。
 また、ボビー・キンボールのボーカルについても意外と高音が出せていた。ジョン・アンダーソンと比べることはあまり意味がないけれど、これはこれで聞き応えはあると思う。

 90125イエスでは、"Owner of A Lonely Heart"と"Cinema"の2曲が収録されている。特筆すべきは、ライヴではトニー・ケイのキーボード類が活躍している点だろう。

 いくらビリーがマルチ・ミュージシャンだといっても、ステージ上ではひとりで何でもできるわけではない。ギター・ソロの時はバックで全体を支え、必要な時はいつものようにオルガンを中心にエレクトリック・ピアノなどで貢献していたトニー・ケイである。この辺はさすがベテラン・ミュージシャンというべきだろう。自分の役割をしっかりと自覚できているようだ。

 しかし、デビュー・アルバムのボーナスCDとしてライヴが丸々一本分収録されているというのも珍しい。しかも2800円という価格である。自分は中古品だったので、その半分くらいの価格で手に入れることができた。本当にお得感満載なアルバムである。

 そんなことはともかく、YOSOは、わずか3年程度しか存在しなかったバンドだった。イエス関連でいえば傍流というか、ある意味、異色な存在だったのかもしれない。
 しかし、ビリーの頭の中には、ある時点までは、このバンドで行こうと思っていたに違いない。プログレッシヴ・ロックの本流についてはサーカで、ポップなプログレッシヴ・ロック風な楽曲はYOSOで、と使い分けることも考えていただろう。

 様々な事情でわずか3年程度で終わったバンドだったが、その演奏技術の高さや熟練したボーカリゼーションなどは、確かにイエスの遺伝子を受け継ぐに値するバンドだったと思っている。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月27日 (月)

ジェシ・エド・デイヴィス(2)

 11月も最後の週になった。今までデラニー&ボニーを中心として、関連ミュージシャンのアルバムなどを紹介してきたが、今回はとりあえずその締めくくりとして、以前紹介したギタリストのアルバムについて簡単に記したいと思う。

 ジェシ・エド・デイヴィスについては、2007年9月29日に彼の3枚目のアルバム「キープ・ミー・カミング」を中心にこのブログの中で紹介したが、今回はそれから逆に遡って初期の作品を紹介しようと思う。

 初期といっても、彼は生前3枚のスタジオ・アルバムしか残さなかった。豊かな才能を上手に活かすことができなかったのか、それとも生きること自体に不器用だったのか、その辺はよくわからない。

 ジミ・ヘンドリックスもネイティヴ・アメリカンの血を引いていたといわれていたが、ジェシ・エド・デイヴィスもまた同様で、彼は純粋なネイティヴ・アメリカンだった。
 1944年にオクラホマ州ノーマンというところに生まれた。生きていれば、今年で73歳になったはずだ。14369134_1100690863341131_520405283
 父親はコマンチ族で、母親はカイオワ族の出身だった。父親はジャズ・バンドのドラマーで、母親はピアノ教師だったから、恵まれた音楽環境にあったといえるだろう。

 だから、3歳からピアノを始め、6歳でバイオリンを、10歳でギターを手にした。人前で初めて演奏したときの楽器はピアノだったようだが、その時はまだ中学生だった。父親がナイトクラブに連れて行ってくれたのだそうだが、子どもは入店禁止だったので、ピアノ演奏をするという名目で入店させ、実際に演奏をさせていたという。

 そして、チャック・ベリーなどのロックン・ロールの洗礼を浴びたジェシ・エド・デイヴィスは、ピアノからギターに乗り換え、15歳でラジオ局で演奏をして幾ばくかのお金を手にするようになった。やはり血筋というべきか、もって生まれた音楽的な才能が芽生えていったのだろう。

 ミシシッピー州生まれのカントリー・シンガーにコンウェイ・トゥイッティという人がいて、アメリカではかなりの有名人らしい。その人がオクラホマに来た時に、ギターの才能を見出されて、1962年から65年頃まで彼のバック・バンドのメンバーとしてツアーに出ている。
 ただ、その頃のジェシ・エド・デイヴィスは、まだ大学生だったので、休みの期間を利用して回っていた。その時にレコーディングの経験もしている。
 
 アメリカ人のロカビリー歌手にロニー・ホーキンスという人がいるが、コンウェイからロニーを紹介されたジェシ・エド・デイヴィスは、ロニーのバック・バンドにいたリヴォン・ヘルムを知り、同時に同郷のレオン・ラッセルとも親しくなり、その伝手を頼ってロサンゼルスにまで出かけて行った。
 ジェシ・エド・デイヴィスは、レオン・ラッセルがスタジオ・ミュージシャンとして成功していたことに憧れを持っていたようだ。

 実際に、カール・レイドル、レオン・ラッセルやボビー・キーズらとともに、北ハリウッドのバーで演奏していたらしい。いつもスタンディング・オベーションをもらっていたと本人は語っていたが、確かにこのメンツであれば、バーではもったいないし、ホールクラスでもいつも満員だっただろう。

 タジ・マハールというニューヨーク生まれのミュージシャンがいるが、彼との出会いも全くの偶然だった。

 タジ・マハールがレコーディングしていた時に、急遽予定されていたギタリストが来れなくなってしまい、代わりに来たのがジェシ・エド・デイヴィスだった。
 タジはソロ活動をする前は、ライ・クーダーとともにライジング・サンズというバンドを作って活動していたが、優秀なギタリストを発掘する才能にも優れていた。

 それから約4年ほどタジと一緒に活動をするのだが、タジからは音楽面だけではなくて、“Blues”という音楽に対してエモーショナルなアプローチの仕方も教えられた。
 また、タジのおかげで、渡英してエリック・クラプトンやジョージ・ハリソンとも知己を得ている。ジェシ・エド・デイヴィスは、生涯にわたってタジ・マハールに恩義を感じていたといわれている。

 セッション・ミュージシャンとして活動していたジェシ・エド・デイヴィスが、デビュー・アルバム「ジェシ・デイヴィスの世界」を発表したのは、1971年だった。このアルバムのジャケットの絵は、ジェシ・エド・デイヴィスの父親が描いたものだった。41j3wbx0n7l
 アルバムは全8曲で、36分57秒と短いものだった。ただ、最初から最後まで泥臭くて粘っこい、まさにスワンプ・ロックというべき音楽で満ちている。
 1曲目の"Reno Street Incident"のバックのピアノはレオン・ラッセルだし、エンディングのタメのあるギター・ソロは、ジェシ本人である。

 "Tulsa County"はメロディアスで軽快な曲で、むしろスワンプ流ポップ・ソングといってもいいかもしれない。
 "Washita Love Child"の"Washita"とはオクラホマを流れる川の名前のことらしい。これぞまさにスワンプ流ロックン・ロールで、バックの女性コーラスが雰囲気を盛り上げてくれるし、2分過ぎのギター・ソロは親友のエリック・クラプトンが演奏している。ただ、エンディングがブチッと切れるのがユニークというか、少々悲しかった。

 続く"Every Night is Saturday Night"も同様のロックン・ロール調の曲だが、クラリネットやコルネットの音がディキシーランド・ジャズを想起させてくれる。そういえば、父親はディキシーランド・ジャズを演奏するバンドに所属していたから、その影響もあったのかもしれない。

 "You Belladonna You"もレオン・ラッセルが好きそうなミディアム調の曲調で、ピアノもレオン・ラッセルのようだ。女性ボーカルも健闘しているし、ジェシ・エド・デイヴィスのギターも独特の音色を出している。エンディングの演奏が長いのが特徴で、ライヴならきっと盛り上がっていく曲になると思う。

 "Rock'n'roll Gypsies"はスティール・ギターやキーボードが効果的に使用されているバラード風な曲で、同じオクラホマ州出身のロジャー・ティリスンという人が書いた曲だった。この曲のお礼に、のちにジェシは、彼のアルバムをプロデュースしている。

 7曲目の"Golden Sun Goddess"は軽い感じのスワンプ・ロックで、こういう曲も書けるところが、ジェシ・エド・デイヴィスの優れているところだろう。ジェシと女声コーラスの絡みが面白いし、バックの演奏も重くなくてよい。光り輝くロサンゼルスでの生活が影響を及ぼしたような感じがする。

 最後の曲の"Crazy Love"は、アイルランドの超有名ボーカリスト、ヴァン・モリソンの曲で、ほぼ原曲通り歌っているが、何となくザ・バンドの曲"The Weight"に似ている。バックの演奏がThe Band +女声コーラスといった感じがした。
 そういえば、ジェシ・エド・デイヴィスのボーカルはそんなにうまくはない。何となくキース・リチャーズにも似ているような気がする。

 セカンド・アルバムの「ウルル」は1972年に発表されたが、このアルバムも31分57秒と短かった。415fyjgw13l
 ただ、内容的には前作よりももっと泥臭くなっていて、ジェシ・エド・デイヴィスの個性が十分発揮されている。
 1曲目の"Red Dirt Boogie,Brother"なんかはその最たるもので、ジェシのギターもさることながら、ジム・ケルトナーのドラムスとドナルド・“ダック”・ダンのベースの繰り出すリズムが、非常に呪術的で妖しい雰囲気を醸し出している。ジェシでしか作れない曲だろう。

 一転して、転がるようなピアノとスライド・ギターが明るい曲調を醸し出している"White Line Fever"、エンディングのコルネットが美しいバラード曲で、タジ・マハールとの共作曲"Farther on Down the Road"、ジョージ・ハリソンの「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」にも収められていた"Sue Me, Sue You Blues"と続く。

 この"Sue Me, Sue You Blues"曲は、ジェシがジョージ・ハリソンに何か曲を書いてくれと言って頼んだもので、当時のジェシもジョージ・ハリソンも裁判を抱えていたから、この曲をくれたといわれている。
 原曲とメロディラインはほとんど変わらないが、やや遅めで、途中のギター・ソロがカッコいい。バックのピアノはレオン・ラッセルだろう。ベース・ギターはビリー・リッチという人が担当している。

 "My Captain"は、ジェシ・エド・デイヴィスが尊敬してやまないタジ・マハールのことを歌っていて、感動的なバラードに仕上げられている。ベースはビリー・リッチ、印象的なピアノは前半がレオン・ラッセル、後半のソロがラリー・ネクテル、オルガンはドクター・ジョンである。これらの名前を聞いただけでも、ファンにとっては感動ものだろう。

 後半は"Ululu"から始まるが、この曲のオルガンもドクター・ジョンである。ギター・ソロは、アルビー・ギャルテンという人が演奏している。ゆったりとしたラヴ・ソングである。

 7曲目の"Oh! Susannah"は、アメリカ民謡の例の曲で、ジェシがアレンジしていて原曲とは全く異なっている。スワンプ流に解釈したらこうなりましたよという典型的な曲で、これを聞けばデラニー&ボニーからの流れが分かるのではないだろうか。

 "Strawberry Wine"はザ・バンドの曲で、彼らの1970年のアルバム「ステージ・フライト」に収められていたものである。ザ・バンドよりはややゆったりとした感じだろうか。
 "Make A Joyful Noise"は、ジェシのボーカルとレオンのピアノが目立っていて、ギターはさほど鳴っていないのが残念なところだ。

 最後の"Alcatraz"は、レオン・ラッセルの曲。彼の1971年のセカンド・アルバム「レオン・ラッセル&ザ・シェルター・ピープル」にも収められていたミディアム調のロックン・ロールで、ここでもレオンのピアノをバックにジェシが器用に歌いこなしている。

 デビュー・アルバよりは曲数は増えているものの、自作曲は少なくなっていた。人によっては能力の限界とか、意欲の減少などという意見を述べる人もいたが、このアルバムの内容を聞けば、決してそんなことはないということが分かるはずだ。

 このあと1973年に、先述した最後のアルバム「キープ・ミー・カミング」を発表したが、1988年の6月22日にドラッグの過剰摂取で亡くなった。43歳の若さだった。

 彼がロック・シーンの一線で活動していた時期は、70年代の最初の数年だろう。彼は美声ではないが、曲はバラエティに富んでいて、ギターの演奏には、スライド・ギターも含めて定評があった。

 それに、ジョージ・ハリソンが呼びかけた“バングラディッシュ・コンサート”にはクラプトンの代わりに参加要請されて、最終的にクラプトンも参加したものの、一緒にステージを務めている。さらには、ポール・マッカートニー以外の当時の3人のビートルのアルバムにも参加している。

 また、マーク・べノの「雑魚」やトム・ヤンシュの「子どもの目」、ジャクソン・ブラウンのファースト・アルバムなどのアメリカ人ミュージシャンのアルバムだけでなく、ロッド・スチュワートの「アトランティック・クロッシング」やエリック・クラプトンの「ノー・リーズン・トゥ・クライ」など、イギリス人ミュージシャンのアルバムにも参加していた。

 もし彼がまだ存命なら、もっと多くのミュージシャンのアルバムで演奏したり、自分のアルバムも数多く発表していたに違いない。あらためて、彼の素晴らしさを惜しまずにはいられないのである。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月20日 (月)

デラニー&ボニー(3)

 いよいよ「デラニー&ボニー」編も終わりに近づいてきたようだ。今年の秋は、デラニー&ボニーを中心にしながら、彼らに影響を受けたミュージシャンや彼らの音楽、いわゆる“スワンプ・ロック”について述べてきた。

 “スワンプ・ロック”というコンセプトも、当時の評論家などが名付けた名前だろう。現場のミュージシャンたちは自分たちのやりたい音楽を単にやっていただけにすぎないだろうし、自分たちの音楽が何と呼ばれようとも、信念や誇りを持って取り組んでいたに違いない。

 それで、今回は「デラニー&ボニー」編の最終章である。彼らの活動が評価されていたのは、1968年から1972年頃までだった。わずか4年余りという短い期間であったが、その影響力は21世紀の現在までにも及んでいる。

 彼らは、1972年に「D&Bトゥゲザー」というアルバムを発表した。このアルバムは、もともと「カントリー・ライフ」というタイトルで、アトランティック・レコードの子会社であるアトコ・レーベルから発表されるはずだったのだが、発売が延期になり、最終的には中止されてしまった。そういういわく付きのアルバムなのである。61iu0cv8fl
 なぜ中止になったのかは定かではないのだが、アトランティック・レコードの重役だったジェリー・ウェクスラーは、アルバムの内容に不満を持っていたといわれていた。彼が直接そう命じたかはわからないのだが、世間的にはそういうふうに伝えられている。

 それで販売権利は、当時のCBSコロンビアに譲渡されたのだが、その際にデモ・トラックがカセット・テープなどでマーケットに出回ってしまった。だからこのアルバムについては、正規盤の他に、カセット・テープなどのいくつかの曲順違いのバージョンが存在している。彼らのファンにしてみれば、まさにレアものであり、貴重なコレクターズ・アイテムになっているようだ。

 最新の正規盤については、ボーナス・トラックが6曲も付いていて、これはこれでまたファンにはうれしいプレゼントである。もちろん彼らのコアなファンはまたこのアルバムも入手するに違いないだろう。

 アルバムは、デイヴ・メイソンの曲"Only You Know I Know"で始まる。この曲は1969年にはすでに録音されていたもので、1971年にはシングルとして発売されて、全米20位を記録していた。もちろんデイヴ・メイソン自身も、自分のソロ・アルバムの中でもレコーディングしていた。

 続いて"Wade in the River of Jordan"、"Sound of the City"と続く。前者はボニーのボーカルによるゴスペル風味の曲で、バックのオルガンやピアノ、女性コーラスがいい味を出している。
 後者は、ノリのよいR&Bで、ディープ・サウスの田舎臭い演奏と都会風のボニーのお洒落なボーカルが絶妙にマッチングしている。こういう感性がデラニー&ボニーの真骨頂なのだろう。

 "Well, Well"はベース・ギターが細かい音を刻んでいて、それにリズム・ギターやボーカルが重なっていく構成で、リードする楽器が見当たらないのが特徴だ。

 "I Konow How It Feels to be Lonely"は、ボニーの伸びやかなボーカルが強調されたバラード曲で、バックのストリングスが曲の美しさをさらに際立たせている。こうやって聞くと、いかに彼女のボーカルが素晴らしいかが分かると思う。

 エリック・クラプトンのギターが強調されているのが、"Comin' Home"で、この曲は1970年の「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」でも披露されていた。正規のスタジオ録音バージョンということだろう。ここでもクラプトンのギターが目立つようで目立たない感じの的確なサポートをしている。

 また、ボビー・キーズやジム・ホーンなどのホーン・セクションが活躍しているのが、7曲目の"Move'em Out"で、これはスティーヴ・クロッパーが作曲したもの。軽快なポップ・ソングだ。メイン・ボーカルは、ボニーが担当している。

 そしてその傾向は、次の"Big Change Comin'"でも同じで、今度はさらにリズムのノリのよい曲になっている。スワンプ・ロック流のロックン・ロールとは、まさにこんな曲のことを指すのだろう。この曲もボニーがリードを取っている。

 "A Good Thing (I'm On Fire)"のリード・ボーカルはデラニーの方がとっていて、ファンキーなロックン・ロール曲になっている。2分13秒と短いので、もう少し長く聞きたい気分にさせる。ボニーの歌い方も白人とは思えないほどパンチがあるのだが、デラニーの歌い方も黒っぽい。まるでスライ・ストーンかプリンスのようだ。

 10曲目はボニーの歌う"Groupie"で、レオン・ラッセルの曲。クラプトンのソロ・アルバムのデラックス盤には収録されていたし、ジョー・コッカーの「マッド・ドッグス&ジ・イングリッシュメン」でも歌われていた超有名な曲。1971年にはカーペンターズが"Superstar"というタイトルで歌って全米2位を記録した。

 "I Know Something Good About You"はミディアム調のR&B風の曲で、ここでもホーン・セクションが効果的に使われている。本当にデラニー&ボニーの曲にはアフリカ系アメリカ人の音楽の影響が色濃く反映されていて、何も知らされずに聞けば、多くの人はブラック・ミュージックと思ってしまうだろう。

 公式アルバムでは最後に配置されたのが"Country Life"で、アルバムのオリジナル・タイトルになっていた曲だ。タイトル通りのカントリー・ミュージック・タッチの曲で、それにストリングスが使用されるというユニークな演出が施されている。曲作りにはデラニーとボビー・ホイットロックが携わっていた。

 ここまでがオリジナル12曲の解説で、ここからは2017年バージョンのボーナス・トラックになる。810eog18ndl__sl1276_

 最初は"Over And Over"というロックン・ロールで、コンガなどのパーカッションとバックのホーン・セクションがストーンズの"Sympathy for the Devil"っぽくてカッコいい。中間のファズの効いたエレクトリック・ギターの間奏はデイヴ・メイソンだろうか。

 次の"I'm Not Your Lover, Just Your Lovee"は、オルガンが強調されたゴスペル風スロー・バラード曲で、秋の夜長に聞くと心が洗われそうな気になってくる。教会でゴスペルが生まれ、発展してきたのも、魂を掴まれ洗浄されてしまうからだろう。
 こういう曲がもう2、3曲含まれていれば、このアルバムの評価はもっと高まっていっただろう。アメリカ人のみならず、世界万国の人々の心の中に響くに違いない。

 "Good Vibrations"は、もちろんザ・ビーチ・ボーイズの曲ではない。ボニーがリードをとったミディアム調のR&Bで、本当にアングロサクソン系アメリカ人が歌っているとは思えないほど迫力があるし、ブラック・ミュージックに肉薄しているのだ。
 いや、ブラック・ミュージックとかそうでないとかいう範疇を超えたオリジナルな音楽をやっている。まさにデラニー&ボニーの音楽そのものだろう。

 続いてロックン・ロール調の"Are You a Beatle or a Rolling Stone"が始まる。この曲のスライド・ギターはもちろんデュアン・オールマンが弾いている。ノリノリの演奏なので、ライヴでは間違いなくウケるに違いない。

 一転して、"(You Don't Know) How Glad I Am"では再びオルガンがフィーチャーされたゴスペル・ソングに戻る。こういうスローなゴスペル・ナンバーではもちろんボニーがリードを取っているのだが、ボーナス・トラックではなくて正規盤に入れてほしい曲でもある。
 歌っている最後でフェイド・アウトされているところが、ボーナス・トラックになった所以なのかもしれない。

 そして最後の曲が"California Rain"である。これは珍しくアコースティック・ギターが基調になっているナンバーで、デラニーが歌うバラード曲に、徐々にピアノやホーンが絡んでくる。途中に転調してミディアム調に変わり、子どものコーラス隊やストリングスも加わってくる。
 これも途中でフェイド・アウトしてしまうのが残念だった。レコーディング自体は最後まで行われていると思うのだが、なぜかカットされている。きちんと収録されていれば、これはこれで名曲になったに違いないと思うのだが、どうだろうか。

 このアルバムには、"Only You Know I Know"や"Comin' Home"のように、既発の曲がいくつか含まれていて、そのせいか新鮮味にやや欠けるという点が見受けられた。

 このアルバムが発売中止になったのも、おそらくそのせいだろうと思う。今になってボーナス・トラックが収められたアルバムが再発されているのだから、曲数的には十分なストックがあったと思うのだが、精選したアルバムにはならなかった。

 また、このアルバム発表時には、すでに2人間には秋風が吹き始めていたのだろう。別々の生活が始まるのもそんなに先の話ではないと2人とも思っていたに違いない。
 だから、名曲になりそうな曲もアレンジを施すこともなく、そのままに置き捨てられたのだろう。ひょっとしたら彼らの代表するアルバムというか、スワンプ・ロックの名盤になったかもしれないアルバムだった。残念で仕方がない。

 最後に、1970年の「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」の正規盤が4枚組として発売されているのをアマゾンで知って、早速購入した。51z0xdkg1tl
 これは当時のイギリス公演から録音されたもので、合計4時間近い彼らの生のライヴがそのままパッケージされている。

 当時のイギリス公演は、7日間13公演と言われていて、そのほとんどが一日に昼夜2公演だった。ジミ・ヘンドリックスのライヴ盤でもわかるように、当時は、というか60年代では、1日2回公演は当たり前だったようだ。バンドの意向とは関係なく、それだけプロモーターの力が強かったのだろう。

 ディスク1には、1969年の12月1日月曜日のロイヤル・アルバート・ホールでの演奏が収められている。イントロやメンバー紹介も入れて全17トラックだ。

 「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」には8曲しか収録されていなかったが、このディスク1にはスペンサー・デイヴィス・グループの"Gimme Some Lovin'"や「オリジナル・デラニー・アンド・ボニー」の中の"Get Ourselves Together"も収められていた。

 ディスク2は12月2日火曜日のコルストン・ホールでのライヴで、ここではなぜか実質10曲しか収録されていない。最後はクラプトン・コールも起きるのだが、MCのアナウンスでは、どんなに長くここにいても、どれだけ騒いでも彼らは出てきません、公演はこれでおしまいですという強制終了の合図が出されていた。当然ブーイングも起こったのだが、フェイド・アウトされている。
 理由はわからないが、お客の態度が悪かったのか、クラプトンばかりもてるのでデラニーの方が嫉妬したのか、神のみぞ知るということだろう。

 ディスク3と4は、12月7日の日曜日の昼夜2公演がそのまま収められている。場所はフェアフィールド・ホールだから、「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」の収録はこの2公演の中から選曲されたのだろう。

 ファースト・ステージではイントロやメンバー紹介も入れて計10曲、セカンド・ステージではそれらも含めて計13曲だった。
 特筆すべきは、この日曜日には元ザ・ビートルズのジョージ・ハリソンも参加していて、ディスク4ではメンバー紹介で名前を呼ばれていた。もちろん「オン・ツアー・ウィズ・エリック・クラプトン」では彼の名前はカットされていた。権利関係が生じるのだろう。

 ツアーの記録なので、ほとんど同じ曲が4枚に連なって収録されているのだが、好きな人にはとってはたまらない内容だろう。ライヴのインパクトや臨場感がそのまま伝わってくるのだからたまらない。81kndvamm9l__sl1200_

 アマゾンでは送料を含めて2500円程度なのだから、これはもう本当に生きててよかったと思ったくらいだ。

 とにかく、この時のライヴはどれもリズムにキレがあるし、クラプトンやデイヴ・メイソンのギターも若々しい。アメリカ人ミュージシャンの力を借りて、さあ、これからだという勢いが伝わってくるステージングだった。今から考えれば、隔世の感がある。

 とにかく、一世を風靡したデラニー&ボニーであり、スワンプ・ロックだった。ブームは去っても、彼らが残した遺伝子は今でもアメリカン・ロックの潮流の中にしっかりと根付いている。
 決して忘れることができない偉大な夫婦デュオといえば、ブラック・ミュージックではアイク&ティナ・ターナーであり、ロック・ミュージックではデラニー&ボニーであろう。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2017年11月13日 (月)

マーク・べノ(2)

 ずいぶん昔の話だけれども、このブログでマーク・べノのアルバム「雑魚」を紹介したことがあった。このアルバムは、知っている人は知っているけれども知らない人は誰も知らないというぐらい有名なアルバムで、個人的に隠れた名盤として載せたのである。51ozvefplrl
 いま調べたら2008年の7月14日付でこのブログに記載されていて、いかにこのアルバムが素晴らしいかを力説していた。思えば9年も前のことになるが、時の経つのは早いものだ。
. そんなことはどうでもいいのだが、当時はあまり深く考えなかったのだけれども、このマーク・べノもスワンプ・ロック関連のミュージシャンのひとりで、この1971年の名盤にも当時の関係者が多数参加していた。

 たとえば、ギター奏者ではザ・バーズに在籍していたクラレンス・ホワイト、ジェシ・エド・デイヴィス、ボビー・ウーマックにジェリー・マッギー、ベーシストにはデレク&ザ・ドミノスのカール・レイドル、ジェリー・シェフ、ドラマーにジム・ケルトナー、バック・コーラスにはリタ・クーリッジなどのミュージシャンである。いずれもデラニー&ボニー関連のミュージシャンか、その関係者だった。

 マーク・べノ自身も若き日のレオン・ラッセルとアサイラム・クワイアというバンドを結成していた。その関係からこれらのミュージシャンが参加したものと思われる。いずれもデラニー&ボニーに、直接的にしろ間接的にしろ関係しているミュージシャンばかりだ。

 マークは、テキサス州のダラスに生まれている。1947年生まれなので、今年で70歳になる。12歳でギターを手にし、15歳頃にはプロのミュージシャンとして活動を開始した。
 様々なバンドを経験した後、1966年にレオン・ラッセルと知り合い、意気投合してハリウッドに居を定め、アサイラム・クワイアというバンドを結成している。

 バンドは、「ルック・インサイド・ジ・アサイラム・クワイア」と「アサイラム・クワイアⅡ」という2枚のアルバムを発表したが、商業的には成功せず、マークは一人で地元テキサスに戻り、カントリー・ブルーズ・シンガーのマンス・リプスカムのバック・バンドで音楽活動に取り組んだ。

 1970年にはリタ・クーリッジの後ろ盾もあって、当時のA&Mレコードと契約を結び、デビュー・アルバム「マーク・べノ」を発表した。このアルバムについては後に述べることにする。

 そして翌年には、スワンプ・ロックの名盤傑作選には必ず入ると言われている「雑魚」を発表した。このアルバムについては、すでに述べているのでそちらを参照してほしい。たぶんほとんど誰も目にしないだろうけれど…

 1972年には3枚目となる「アンブッシュ」を発表して、ナイトクロウラーズという自身のバンドを結成した。このバンドには有名になる前のスティーヴィー・レイ・ヴォーンやドイル・ブラムホールなどが在籍している。

 だからというか当然というべきか、彼らは地元では大変な人気を誇っていて、ハンブル・パイやJ.ガイルズ・バンドの公演ではオープニング・アクトを務めていたが、メイン・アクトよりも観衆を沸かせていたといわれている。

 レコード会社としては、シンガー・ソングライターとしてプッシュしていたのだが、いつの間にかブルーズ・ロックをやるようになっていったマークに難色を示すようになり、1974年の4枚目のアルバムは録音されたものの、結局、発売は見送られてしまった。2005年になってこのアルバムは、「クローリン」というタイトルで発表されている。

 「ロスト・イン・オースティン」というアルバムが1979年に突如発表されたが、A&Mから発表されたアルバムは、これが最後になってしまった。
 これは珍しくロンドンでレコーディングされていて、エリック・クラプトンや彼のバンド・メンバーも参加したブルーズ色の濃いロック・アルバムに仕上げられていた。

 その後は、彼が手掛けた「ビヴァリー・ヒルズ・コップ」の挿入歌入りのサントラが1986年度のグラミー賞を受賞したり、1990年には「テイク・イット・バック・トゥ・テキサス」というアルバムを発表したりするが、無理のないコンスタントな活動を行っているようだ。
 アルバムも定期的に発表しているが、メジャーなレーベルからは出していないので、遠く離れた日本では、彼の具体的な活動は把握しにくい。

 ただ、2005年と2011年には来日しているので、日本でもコアなファンはいるはずだ。もちろん自分もそのうちの1人なのだが、残念ながら生の姿はまだお目にかかっていない。機会があればと願っているが、もう恐らく日本に来ることはないだろう。残念の一言に尽きる。

 それで、久しぶりに彼の1970年のアルバム「マーク・べノ」を聞いたのだが、これがまた「雑魚」に負けず劣らず良いので、このところ毎日聞いている。41mkdwc2zhl
 まず、参加ミュージシャンが素晴らしい。だいたいスワンプ・ロック系のアルバムには、その筋のミュージシャンが大挙して押し寄せて、勢いで制作するという傾向が強いのだが、このアルバムもその例に漏れない。

 キーボードには清志郎とも共演したブッカー・T・ジョーンズ、スライド・ギターには名手ライ・クーダー、ギターにはベンチャーズのジェリー・マギー、ベースはプレスリーやコステロとも経験のあるジェリー・シェフ、レオン・ラッセルの後ろでタイコをたたいていたジミー・カースタイン、そしてジム・ホーンにリタ&プリシラのクーリッジ姉妹と、これはスワンプ・ロックの範疇を超えた西部&南部連合軍だろう。

 アルバムには9曲が収められている。1曲目の"Good Year"はタイヤのコマーシャル・ソングではないものの、軽快なカントリー・ロックで、バックのホーンとワウワウのギターがルイジアナなどのアメリカ南部を想起させる音になっている。エンディングに向けてテンポが徐々に上がっていく。

 "Try It Just Once"はミディアム・ブルーズ風の曲だが、全編を覆うギターがカッコいい。デビュー・アルバムからしてこのレベルの高さは、正直言って素晴らしい。

 3曲目の"I'm Alone I'm Afraid"はさらにスローな曲で、まるでレオン・ラッセルのピアノとスティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターが合体したような曲に仕上げられている。このアルバムの中でも1、2を争うほどの出来栄えだと思うし、この曲とラストの曲のためにアルバムを買っても惜しくはないだろう。

 一転して明るい曲調の"Two Day Love Affair"では、リタ・クーリッジらの女性ボーカルが曲を盛り上げていて、ポップな色どりを添えている。こういう曲も書けるところがマーク・べノの才能の大きさだろう。

 "Second Story Window"は涙が出そうなアコースティックな曲で、のちにリタ・クーリッジが自分の持ち歌の一つにするほどの素晴らしい曲。秋の夜長に聞いていると、胸が締め付けられるような感じの曲だ。ブッカー・T・ジョーンズの演奏するハモンド・オルガンもまたいい味を出している。

 アルバムの後半は、ややハードな"Teach It To The Children"で始まる。マーク・べノ流のロックン・ロールだろう。中間部のギター奏法がややサイケデリック風で、この時代の雰囲気をよく表している。

 "Family Full Of Soul"は、やや力を抜いたレイド・バック風の曲で、アメリカの南部の風を感じさせてくれる。バックのホーン・セクションにピッコロも使用されているので、明るく陽気な気持ちにさせてくれた。

 8曲目の"Hard Road"だけは、マーク・べノとグレッグ・デンプシーという人の共作だった。グレッグ・デンプシーという人は、ロサンゼルス時代のマークの友人で、レオン・ラッセルと一緒に3人で曲作りも行っていたという。
 軽快なスワンプ・ロック風のロックン・ロールで、後半のライ・クーダーによるスライド・ギターが文句なくカッコいい。

 最後の"Nice Feelin'"は、スワンプ・ロック流のゴスペル・ソングだろう。ピアノとハモンド・オルガンの共演やそれに絡むギター、クーリッジ姉妹のバック・コーラスなどが聞くものに魂の癒しを与えてくれる。
 この曲ものちにリタ・クーリッジが自分で歌っているが、やはりプロの歌手が自分も歌いたいと思わせるような魅力というか力を秘めているのだろう。
 このアルバムは全体で33分くらいしかないのだが、この曲だけは5分50秒もある大曲だった。

 いずれにしても、このアルバムもまた「雑魚」と並び称されるほどのスワンプ・ロックの名盤ということが、あらためてわかった。ただ、もう1、2曲ほど曲が多ければ、もっと充実したアルバムになったに違いない。
 それでもデビュー・アルバムでこれほどの名盤が作れるのだから、やはりマーク・べノは実力派ミュージシャンだった。Marc_benno
 今ではそんなに語られることはないかもしれないけれど、マーク・べノもまたスワンプ・ロックのみならず、アメリカン・ロックを代表するミュージシャンの1人だった。もっと評価されていいミュージシャンだと思っている。

| コメント (0) | トラックバック (0)

«デラニー&ボニー(2)