2019年12月 9日 (月)

ロンリー・ロボット(3)

 さて、冬のプログレッシヴ・ロック特集の第2弾は、ジョン・ミッチェル率いるロンリー・ロボットの新しいアルバム「アンダー・スターズ」についてである。
 このロンリー・ロボット名義でのアルバムは、3部作になっている。最初は2015年の「プリーズ・カム・ホーム」、次は2017年の「ザ・ビッグ・ドリーム」で、今作は3枚目、最終作にあたる。テーマは、「宇宙飛行士の惑星間旅行」といったところだろう。

 前にも書いたけれど、ジョン・ミッチェルという人はワーカホリックな人で、所属しているバンドだけでも、フロスト*、アリーナ、キノ、イッツ・バイツ、ジ・アーベインがあり、元ジェスロ・タルのギタリストだったマーティン・バレのバンドでは歌も歌っていた。そしてソロ活動も同時並行で行っている。このロンリー・ロボットは、この3部作のアルバム制作のためのプロジェクトと考えた方がいいのかもしれない。基本はジョン・ミッチェル主導のバンドであり、すべての曲を書き、レコーディングからプロデュース、ミキシングにマスタリングまでジョンが手掛けているからだ。また、ギターとベース、キーボードにボーカルと八面六臂の活躍である。 Johnmitchell

 ロンリー・ロボットとしては、ドラムスにはクレイグ・ブランデルが3枚のアルバムを通して参加しているし、今作の「アンダー・スターズ」では、ゲスト・ベーシストとしてスティーヴ・ヴァントシスという人が、全11曲中6曲に参加していた。前作のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとクレイグで制作していたから、今回は外部から人を招いたということになる。ファースト・アルバムでは多くのゲスト・ミュージシャンが参加していたから、今作では最低限のゲストを招いたということだろう。

 もともとジョンは、すべて自分の手でコントロールしたアルバムを制作してみたいと考えていて、しかも内容的には、SFを中心にした人類の進歩と発展について、プログレッシヴ・ロックとして表現していきたいと考えていた。そして、彼の考えを具現化するために、3枚のアルバムを通して展開する宇宙飛行士の旅路という物語を描いてきた。それが2015年から始まった3部作に結実したのだろう。81quc1swwfl__sl1500_

 アルバムは、交信中のノイズのようなSEで始まる。"Terminal Earth"というインストゥルメンタルで、1分55秒で終わってしまう。地球から離れ、宇宙へと旅立つ模様を描いているのだろうか。
 続く"Ancient Ascendant"はややヘヴィなリフをもとに組み立てられたボーカル入りトラックで、スペイシーなキーボードと繰り返されるリフが曲の緊張感を否が応でも高めていく。基本的に、ジョン・ミッチェルという人はギタリストだと思っているのだが、この曲では華麗なギター・ソロは含まれておらず、むしろキーボードのサウンドの方が目立っている。もちろんジョンが弾いているのだが、マルチ・ミュージシャンともなると、どんな楽器でも特にこだわることなく、何でも手にして演奏してしまうのだろう。

 3曲目の"Icarus"では無機質なビートの上を、薄っぺらいシンセサイザーの音とボコーダーを通したボーカルが流れていく。突如サビのフレーズに変化し、また元のビートに戻る。基本的にはこの繰り返しなのだが、このサビのフレーズが妙にポップでメロディアス、一度耳にするとなかなか頭の中から消えていかないという厄介さが、たぶんファンならたまらない至極の一瞬になるはずだ。

 突然"Icarus"が終わって、アルバム・タイトル曲の"Under Stars"が始まる。この曲もまたポップで耳になじみやすい。夏の夜空を眺めながら聞くと、妙に気分が高揚し、自然の摂理や宇宙、生命の尊厳さなど、普段は考えも及ばないようなことが頭に浮かんできそうだ。途中のギター・ソロもファンタジックで、さすがジョン・ミッチェルといったところだろう。デヴィッド・ギルモアほどくどくなく、かといって決して軽いわけではない。ただ少し短めなので、もっと長く聞きたいと思ってしまった。

 "Authorship of Our Lives"もまたソングオリエンティッドな曲。ミディアム・テンポながらも印象的なメロディーや、やや複雑な曲構成などが歌ものとは言え、やはりプログレッシヴ・ロックのテイストを備えている。中盤でのギター・ソロは速いパッセージを含んではいるものの、曲の趣向に合わせているといった感じで、テクニックをひけらかすのではなく、曲の印象度を高める効果を狙っているようだ。

 "The Signal"では、まるでパルス信号のようなドラムのビートと並行して、薄い雲のようなキーボードの装飾音がかかっている。バラード系の曲なのだろうが、どこか宇宙空間を浮遊しているような、そんな音響空間も提示してくれている。ボーカルがなければ、宇宙遊泳のシーンのBGMに最適だろう。81cvyrravgl__sl1500_

 7曲目の"The Only Time I Don't Belong is Now"では、イントロのギターから突如ジョンのボーカルが入ってくる。途中から転調して一気にスピードアップし、曲が流れていくが、また元に戻る。この調節というか進行をつかさどっているのが、ジョンのギターである。リードの部分は短いものの、曲の流れをうまくつかんで緩急をつけさせているし、バックに徹するときは、まるでU2のエッジのギターのように決して表には出てこないものの、抜群のタイミングでバックアップを図っている。エンディングの部分は分厚いキーボードも重なり、終局へと向かい突如として終わってしまう。まるでジョン・レノンの"I Want You"のようだ、曲調は全く違うけれど。

 "When Gravity Fails"は、まるでドラムンビートのような打楽器で始まり、クリムゾンのような激しいリフが流される。この「アンダー・スターズ」では、"Icarus"や"Under Stars"のような美メロの曲と、"Ancient Ascendant"やこの曲のような激しさを前面に出した曲と二極に分かれているのではないだろうか。この曲だけを聞けば、確かにクリムゾンのフォロワーのようなバンドやミュージシャンだろうと思われてしまうに違いない。途中のジョンのギターもグネグネしていて、つかみどころがないほど混沌としていたが、最後のソロはしっかりと聞かせてくれている。

 混沌の次は静寂なのか。"How Bright is the Sun?"は静かな出だしで始まり、徐々にリズムやキーボードが加わってくる。そしてまたこの曲のサビのフレーズも印象度が強く、こういうバラード系の曲にはピッタリとあてはまっている。またジョンのギター・ソロも伸びがあり艶やかだ。何度も言うが、ギルモアほどくどくなく、アンディ・ラティマーほど伸び切ってはいない。それでも、この曲にはこのギター・ソロでしょうという感じで、実にツボを押さえたフレージングとサスティーンが素晴らしい。

 "Inside This Machine"はインストゥルメンタルで、最初は軽妙なギターが突如として存在感を発揮し始め、ついには前面に出てきて全てをつかさどってしまう。この展開が技巧的であり修飾的でもある。そして最後は元に戻って消えていくのである。

 そして11曲目、最終曲である"An Ending"が始まる。ナレーションから曲に移り、短いフレーズが繰り返されて、ピアノとキーボードの音とともにフェイドアウトしてしまう。余韻を残す終わり方である。71gkkuigs0l__sl1200_

 輸入盤CDには、"How Bright is the Sun?"と"Under Stars"の別ミックスのバージョンが収められているが、特にこれといった違いは見られない。また、この三部作となる物語の序章が"Lonely Robot-Chapter One: Airlock"というタイトルのもと、ナレーションで語られているが、英語に疎い私にはあまり関係はないだろう、受験生には適しているのかもしれないが...

 ともかく、このアルバムもプログレッシヴ・ロックの範疇に属するものの、"歌ものアルバム"だった。ただそれが悪いというわけではなく、ドラマティックな曲展開と三部作の最後を飾るという特色にマッチしている点では、評価されるのではないだろうか。

 この"ロンリー・ロボット"というジョン・ミッチェルのバンドは、上にも書いているけれど、この三部作のアルバムを制作するために生まれたプロジェクトなのかもしれない。だから、ひょっとしたらこのアルバムを最後に解散するのかもしれないし、しばらくは活動を休止するのかもしれない。何しろ一つ場所にじっくりと腰を落ち着けておくことができないジョンだからだ。Photo_20191101214301  この三部作を私たちに残して次の場所に移動するのだろう、ちょうど宇宙を航行するスターシップのように。彼らと再び邂逅できるように、もう一度、最初の「プリーズ・カム・ホーム」からじっくりと耳を傾けていきたいと思っている。

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2019年12月 2日 (月)

ザ・ミュート・ゴッズの新作

 ザ・ミュート・ゴッズがニュー・アルバムを発表した。タイトルは「無神論者と信者」というもので、彼らにとっては3枚目のスタジオ・アルバムになった。彼らのことは2018年の1月にこのブログで詳しく紹介しているのだが、もう一度簡単に振り返ってみることにする。

 ザ・ミュート・ゴッズは3人組のバンドで、中心者はベース・ギターやスティックを担当しているニック・ベッグスだろう。彼とスティーヴ・ハケット・バンドで一緒だったキーボーディストのロジャー・キングがスティーヴン・ウィルソン・バンドにいた超絶天才的ドラマーのマルコ・ミンネマンを誘って結成された。2014年頃のお話だ。Press_photos_02lo
 このバンドを例えていうと、21世紀のU.K.もしくはラッシュの再来といっていいかもしれない。3人組という共通点だけでなく、それぞれが超一流のテクニシャンだし、静かなバラード・タイプから激しいヘヴィ・ロックまで幅広いミュージック・レンジを誇っているからだ。

 デビュー・アルバムは「ドゥ・ナッシング・ティル・ユー・ヒア・フロム・ミー」というタイトルで、2016年に発表された。セカンド・アルバムの「緩歩動物は地球を受け継ぐだろう」は翌年2017年のリリースだった。個人的な感想だが、最初のアルバムはポーキュパイン・ツリーのように幻想的かつテクニカルな雰囲気を湛えていたが、セカンド・アルバムになるとスティーヴ・ハケットのように、演奏面よりもボーカル面に力点が移ったように思えた。だから、3枚目のアルバムはどっちの方向性に行くのだろうかと興味津々でいたのだが、サード・アルバムはプログレッシヴ・ロックから大きく離れて、歌ものアルバムになったようだ。

 また、アルバムの方向性はニック・ベッグスがこのように述べていた。『このアルバムの中心となるメッセージは、真実はもはや流行していないという理由で、私たちが愚かな人間に権力を与え、教育を受け、知識のある専門家に耳を傾けていないということだ』私の理解力ではよくわからないのだが、何となく現代社会の閉塞状況を述べているようには思える。とにかく、1曲ずつ聞いて内容を確認していきたい。81d0skjreul__sl1500_

 アルバムは10曲で構成されている。一般的に、プログレッシヴ・ロックのアルバムにおいては曲数は、そんなに多くはない。イエスの「危機」は全3曲だし、クリムゾンのデビュー・アルバムは5曲しかなかった。マイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」なんかはレコードの表と裏がpart1とpart2に分かれていただけだった。

 それがこのアルバムでは10曲も収められていて、時間的にも57分27秒、3分から6分ぐらいの曲が多く、一番長い曲でも8分32秒だった。こうなると、厳しいプログレ・ファンなら、このアルバムはプログレッシヴ・ロックではないと言うかもしれない。私も微妙なアルバムだと思っている。

 1曲目の"Atheists and Believers"では、アメリカ政府が隠しているUFO関連の資料が外部に漏れないように、NASAが地球外知的生命体探査を行っているという仮説について書かれた曲のようだ。曲の感じとしてはギター・ソロやキーボードが目立つポップ・ソングといったところか。ポップと言っても売れ線狙いの歌謡曲風のようなものではなくて、メロディラインがはっきりしていて、耳になじみやすいという意味でのポップである。

 続く"One Day"はゆったりとした曲調で、何となく80年代のティアーズ・フォー・フィアーズを思い出された。この曲には、カナダのバンドであるラッシュのギタリストであるアレックス・ライフソンが参加していて、様々な弦楽器を演奏しているといわれているが、歌詞カードには12弦ギター、アコースティック・ギター、マンドリンとアンビエント・ギター担当と記載されていた。アンビエント・ギターって、ギター・シンセサイザーみたいなものだろう。要するに、アンビエントな雰囲気を醸し出すのだから。

 "Knucklehed"では、変則リズムとビンビン響くベース音(昔はチョッパー・ベースって言っていたよなあ)が強調されていて、いよいよプログレッシヴ・ロックの世界に誘ってくれるのかと期待していたのだが、やはり3分くらいまではボーカルが目立っていて、そのあとはポエトリー・リーディングのようなつぶやきが聞こえてきてキーボード・ソロへと展開していく。曲の雰囲気や展開は十分にプログレッシヴ・ロックの水準を満たしているのだが、聞き終わってみるとやっぱり歌ものだなあと感じてしまった。

 4曲目の"Envy the Dead"では、ドリーム・シアターのようなヘヴィなロック・サウンドを基盤にして、ニック・ベッグスとロジャー・キングのギター・サウンドを堪能することができる。"死者をうらやむ"というのはもちろんブラック・ジョークで、この非情な世界で生きていくよりは死んだほうがまだましだと思っている人たちの視点で作られたことから来ている。

 このアルバムには2曲のインストゥルメンタルが収められていて、そのうちの1曲が"Sonic Boom"である。この曲はリズムに注意が向けられて作られた曲で、中間部分ではレゲエ調のビートも収録されている。ドラムをたたいているのはマルコ・ミンネマンではなくて、スティーヴン・ウィルソンのバンドでドラムスを担当しているクレイグ・ブランデルという人で、ニックが彼の演奏スタイルを気に入っていてそれを意識して書かれた曲だった。81lv1m6xo3l__sl1500_

 個人的に好きな曲が"Old Man"で、もちろんニール・ヤングの曲ではない。3分45秒と短い曲で、基本はアコースティックである。特に、フルートとソプラノ・サックスがフィーチャーされていて、担当しているのはスティーヴ・ハケット・バンドのロブ・タウンゼントという人だった。曲の感触としては、キャメルか70年代のジェネシスの様で、叙情味あふれる興趣を備えている。

 次の"The House Where Love Once Lived"も穏やかなバラード風で、ニックの個人的な出来事(離婚や再婚のこと)について歌われている。完全に私小説風景が展開されていて、特に社会的メッセージ性があるものではない。こういうところが「歌ものアルバム」と私が勝手に命名した点である。ちなみに、歌っているのはもちろん自分のことだからニックで、彼はキーボードとフレットレス・ベースも担当している。途中のギター・ソロはマルコ・ミンネマンが演奏をしていた。彼はドラマーだけでなく、どうやらマルチ・ミュージシャンのようだ。

 8曲目の"Iridium Heart"はメッセージを含んだ曲だ。いま欧州を中心に(日本でもそうかもしれない)ポピュリズムの嵐が吹き荒れているが、そのルーツを歌った曲で、イントロのシンセサイザーはナチズムによって主導されたベルリン・オリンピック開会式のファンファーレをイメージしているという。ちなみにイリジウムとは原子番号77の元素のことで、単体では虹のような様々な色を発言すrといわれていて、レアメタルのひとつでもある。見かけはいいが実態としてはほとんど見られないポピュリズムのことを例えているのだろうか。また、隕石には多く含まれていて、白亜紀以降の地層には含まれていることが多く、このことから隕石の衝突で恐竜が滅んだという物証にも挙げられている。ダークな曲調がイリジウムの説明に拍車をかけているようだ。

 "Twisted World, Godless Universe"もまた、暗澹たる内容を含んでいるようで、タイトルからして希望の見えない社会を告発している。ニック・ベッグスに言わせれば、『これは人の心の中の善と悪、光と影との対決を表している』ようだが、果たして勝利するのはどちらなのか確証がないようだ。女性のボーカル・パートはニックの娘さんが歌っているとのこと。この曲もプログレッシヴ・ロック風のポピュラー・ミュージックだろう。8分32秒もある割には、楽器のソロ・パートなどはなくて、一気に終盤まで進んでしまった。もう少し各人のテクニックを発揮してほしかった。

 最後の曲"I Think of You"はインストゥルメンタルで、ニックが17歳の時に亡くなった母親ジョーンのためのレクイエムだ。母親は38歳で亡くなったという。ロジャー・キングはピアノを演奏し、ニックはウィンドチャイムを担当している。また、この曲でもロブ・タウンゼントのベース・クラリネットが哀愁さと静謐さを醸し出していて、曲に一瞬で消えていく流れ星のような儚さを添えている。The_mute_gods

 とにかくこのアルバムは、ジャンルはプログレッシヴ・ロックの範疇に収まるのだろうけれども、内容的には"歌ものポピュラー・ソング集"なのである。ただそれが高機能なテクニックを身に着けているミュージシャンたちによって演奏されているという点が、ほかのポピュラー・ミュージックのアルバムと一線を画しているのである。

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2019年11月25日 (月)

シーンズ・フロム・ザ・サウスサイド

 「シーンズ・フロム・ザ・サウスサイド」は、ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジのセカンド・アルバムのタイトルで、1988年に発表されたものである。今回このアルバムを取り上げたのは、結構気に入っていて、今年の夏はよく聞いたからである、30年以上も前のアルバムなのに。91q1islgl__sl1500_

 ブルース・ホーンズビーについては、以前このブログでも取り上げたのだけれどもう一度確認すると、アメリカのバージニア州出身で、現在64歳。若いころから様々な音楽に興味を示し、1984年には"ブルース・ホーンズビー&ザ・レインジ"を結成して本格的に音楽活動を開始した。翌年には当時のRCAレコードと契約を結んでアルバムを発表することになったのだが、これにはヒューイ・ルイスの後ろ盾があったからだと言われている。ヒューイ・ルイスが彼らの演奏を聞いていたく気に入ったようで、レコード会社に推薦をしたらしいのだ。A25441014574280383471_jpeg

 1986年にデビュー・アルバム「ザ・ウェイ・イット・イズ」を発表するのだが、これがアルバム・チャートで全米3位となる大ヒットを記録し、第29回グラミー賞では最優秀新人賞に選ばれるという快挙を達成している。そしてそれから2年後に、彼らはセカンド・アルバムとなる「シーンズ・フロム・ザ・サウスサイド」を発表したのである。

 もともと彼らの音楽は、ブルース・ホーンズビーのピアノ演奏が基盤になっていて、彼のリリカルで華麗な指使いやジャズやブルース、カントリー・ミュージックを一緒くたに詰め込んだようなアメリカ南部独特のメロディなどが、多くのアメリカ人の琴線に触れるのであろう。だからデビュー・アルバムは300万枚以上売れたし、いまだに彼らの代表作として売れ続けている。

 このセカンド・アルバムも、デビュー・アルバムに負けず劣らず優れていると思う。全9曲だが、そのうち6曲を実の兄のジョン・ホーンズビーと共作している。ジョンとはデビュー・アルバムでも9曲中7曲を一緒に作っていて、あの"Mandolin Rain"もジョンと一緒に書いた曲だった。A1jccr1zxel__sl1500_

 アルバムの冒頭の曲"Look Out Any Window"は2枚目のシングルになった曲で、チャート的には最終的に35位にまで上がっている。ゆったりとシンセサイザーが響き渡り、そしてあのピアノ・タッチが聞こえてくる。デビュー・アルバムの延長線上にある曲調だが、ブルース・ホーンズビーのピアノ・タッチはますます冴えわたっていて、曲を際立たせている。

 2曲目の"Valley Road"は1曲目よりもテンポが速い。その分、ブルースの指も鍵盤上で踊っている。彼の故郷のバージニアで生活している人々の暮らしぶりや喜怒哀楽を描いているようで、その内容が当時の人々の感情を揺さぶったようだ。このアルバムからの第一弾シングルとして発表されて、チャートの5位まで上昇している。

 3曲目の"I Will Walk With You"では肩ひじ張ったような感覚が消えて、リラックスして歌っているように聞こえる。1、2曲目がシングルとして用意されていたせいなのかもしれないが、ブルースのピアノだけでなく、間奏のギター・ソロも目立っていて、その調和というかバランスがいい。
 次の"The Road Not Taken"は7分以上もある曲だが、一向にその長さを感じさせない。アコーディオンも効果的に使われていて郷愁を誘うし、ブルースのピアノ・プレイも長くフィーチャーされていて、聞きどころが多いのだ。

 "The Show Goes On"も7分30秒もある長い曲だが、これがまた人生を振り返させられるような感動的なミディアム・バラード曲である。ここではミュージシャンという立場から、自分の人生を振り返り、そこからさらに前を向いて生きていこうと歌っているが、聞く人にとっては、それぞれの人生に置き換えて聞いているはずだ。だからメロディもいいけど、曲の内容もまた優れていると思う。この曲はまた、1991年のロン・ハワード監督の映画「バックドラフト」でも使用されていた。250x250_p2_g2770165w

 "The Old Playground"もまたデビュー・アルバムの曲を彷彿させるようなテンポの良い曲調で、ピアノだけでなくオルガンのような音を出すシンセサイザーもまた目立っていた。
 7曲目の"Defenders of the Flag"でフィーチャーされているハーモニカはヒューイ・ルイスが吹いていて、ブルース・ホーンズビーとヒューイ・ルイスの良好な関係がうかがえる。のちにブルースはヒューイ・ルイスのアルバムのプロデュースも担当していたから恩義を感じていたのかもしれない。またこの曲での歌い方は、何となくボブ・ディランに似ていたが、曲のメロディがディラン調だったからそうなったのだろう。

 そして次の曲がヒューイ・ルイス&ザ・ニューズが歌って全米No.1になった"Jacob's Ladder"だ。ヒューイ・ルイスのバージョンは、1987年に発表されてNo.1になったが、ブルースはその時のアレンジは気に入らなかったらしい。しかし、このアルバムでもほとんどアレンジを変えることもなく普通にセルフ・カバーをしていた。自分的にはエンディング部分のギター・ソロがカッコよかったので、できればもう少し長く演奏してほしいと思った。

 アルバムの最後を飾るのが"Till The Dreaming's Done"で、この曲もまたゆったりとした大陸的な雰囲気を湛えていて、まさにアメリカ南部と言うか、ミシシッピ川を汽船で下りながら河岸の風景を眺めているような(そういう経験はないけれど)、そんな感じを味わうことができる。とにかくこの当時のブルース・ホーンズビーの曲は、イントロのピアノ部分を聞けばすぐに彼のシングル曲やアルバムの中の曲と分かるほど特徴的であり、印象的でもあった。

 とにかく、彼のピアノ演奏にハマってしまえば、もうこれは虜になってしまうこと疑いなしである。ロックの分野で、ピアノの音色を聞いて誰だかわかるピアノ・プレイヤーは、ブルース・ホーンズビーとニッキー・ホプキンスぐらいではないだろうか。Hqdefault_20191019235801

 この後ブルース・ホーンズビーは、グレイトフル・デッドのツアー・メンバーを担当していたが、徐々にロック・ミュージックからジャズの世界に移行していった。一説では、グレイトフル・デッドのライヴでサイケデリックなソロなどをやっていく中で、インプロビゼーションの奥深さに開眼したそうだが、どうなんだろうか。

 おそらく彼が、再びこのような音楽、つまりアメリカ南部の音楽に影響を受けたロック・ミュージックのアルバムを発表することはないだろう。そういう意味では、アメリカン・ロックにおける貴重なレガシーともいうべきアルバムだと思っている。

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2019年11月18日 (月)

CS&N

  秋の夜長にふさわしいアルバムはないかと探していたところ、何となく当てはまりそうだったのが、このアルバムだった。クロスビー、スティルス&ナッシュの1977年のアルバム「CS&N」である。これはどうでもいいひとり言だけど、バンド名にはカンマが必要で、アルバム名にはカンマはなかった。つまりバンド名は"C,S&N"で、このアルバム・タイトルは"CS&N"だったのである。ホントにどうでもいい話だ。51bzfrvkgl

 このアルバムは、C,S&N名義のスタジオ・アルバムでは1969年の歴史的名盤の「クロスビー、スティルス&ナッシュ」以来になるもので、なかなかの好アルバムだと思っている。確かに69年の「クロスビー、スティルス&ナッシュ」があまりにも素晴らしすぎるので、その陰に隠れてしまっている感はあるのだが、1曲1曲を見ていくと、中にはこれは聞き逃せないという曲もある。結果的には、ビルボードのアルバム・チャートで最高位2位を記録しているのだから、セールス的にも成功したであろう。(ちなみに69年の「クロスビー、スティルス&ナッシュ」の方はチャート的には6位で終わっている)61ulvbalktl

 このアルバム発表前のC,S&Nは、ニール・ヤングを含めたC,S,N&Yの再編ツアーが終わったあとで、各自がそれぞれ好きなことを行っていた。噂では、この時の模様を収めたライヴ・アルバムが計画されているとか、1970年の「デジャ・ヴ」以来のスタジオ・アルバムを発表するかもしれないといわれていたのだが、結局、そのような話は立ち消えになり、デヴィッド・クロスビーとグレアム・ナッシュの2人はソロ活動と並行して2人組としても精力的にライヴなどを行うようになった。

 一方のスティーヴン・スティルスは、これまたソロ活動を行いながら、元ザ・バーズのクリス・ヒルマンや元フライング・ブリット・ブラザーズのアル・パーキンスらとともに、マナサスというバンドを結成してアルバムを発表していた。だから3人がそれぞれのやり方で音楽活動を行っていたわけだ。

 ところが、1976年にロサンゼルスで行われたクロスビー&ナッシュのライヴにスティルスが飛び入りして、アンコールの時に3人で"Teach Your Children"を歌ったのである。これが切っ掛けとなって、また3人でやろうということで、親しいミュージシャンを集めてアルバムをレコーディングした。それが「CS&N」だったのだ。

 このアルバムには12曲が収められていて、3人が曲を持ち寄ったもので構成されていた。基本的には、自分が作った曲は自分が中心で歌っていて、C,S&Nの代名詞である美しいボーカル・ハーモニーがつけられている。
 冒頭の"Shadow Captain"はデヴィッド・クロスビーの曲だが、この曲では3人が一緒に歌っていて、まるで1969年からの夢の続きが行われているようだ。まさにC,S&Nならではの芸当だし、彼らの魅力が満ち溢れている曲だろう。こういう曲をファンは待っていたに違いない。

 続く"See the Changes"はスティーヴン・スティルスの曲で、彼が中心となって歌っている。スティルスらしいアコースティック・ギターを中心とした曲で、彼のソロ・アルバムの延長線上にある曲だ。最初の曲もそうだが、この曲も当時のアメリカの世相を歌っている。当時は建国200年を迎えていたアメリカだったが、ニクソン大統領は国民を欺き、次のフォード大統領の経済政策は功を奏せず、失業者は増え、国の財政も悪化していった。200年前に誰もが夢を抱き海を渡ってきたものの、200年後の現実はその夢を打ち砕くものだった。

 ロック・ミュージック史的には、60年代後半のフラワー・ムーヴメントにおける自由への解放が、単なるドラッグ・カルチャーとして扱われてしまい、ロック・ミュージックは時代の中で意味をなさないのではないかと危惧されるようになり、かわってシンガー・ソングライターたちが個人の内面を中心にして時代と対峙するようになっていった。そういうモチーフがこの2曲には表れているし、このアルバムを貫くテーマになっているのではないかと考えている。

 3曲目の"Carried Away"はまさに晩秋にふさわしい曲で、ナッシュのピアノ弾き語りにクロスビーがハーモニーをつけている。また、途中に挿入されるハーモニカもナッシュが演奏していて、これまた涙を誘うのである。
 続く"Fair Game"はスティルスの曲で、ボサノバっぽいノリで歌われている。当時はマナサスというバンドでも活動していたので、その影響が出たのだろう。この曲はシングル・カットされていて、チャートでは43位と健闘している。アコースティック・ギターのソロもまたスティルスが演奏していて、彼はエレクトリック・ギターよりもアコースティック・ギターの方が慣れているのかもしれない。

 "Anything at All"はデヴィッド・クロスビーの作った曲で、ボーカルは彼一人で歌っていて、ハーモニーを残りの2人で担当している。これもまたピアノ中心の静かな曲で、心を癒されてしまう。

 当時のレコードのA面最後を飾る曲がグレアム・ナッシュの作った"Cathedral"で、ナッシュとクロスビーで歌っている。最初はナッシュがピアノの引き語りで歌うのだが、途中からアップテンポに移り、壮大なストリングスが添えられて、奥行きのある荘厳な音空間を創り出している。このアルバムの中で一番長い曲(5分15秒)でもあり、一説では、ナッシュが故郷イギリスのウインチェスター大聖堂を訪れた際の経験をもとにしているという。ただ、その時のナッシュはドラッグでトリップしていたというが本当だろうか。Slide11969

 続く曲は、"Dark Star"というスティルスの手によるもの。リード・ボーカルも彼自身である。途中のエレクトリック・ピアノが黒っぽい雰囲気を醸し出していて、アメリカ南部のリズム&ブルーズに影響を受けているようだ。当時のスティルスのバンドであるマナサスのアウトテイク作品のような気がする。

 このアルバムの中で一番メロディアスなのが"just a Song Before I Go"で、聞きやすいといえばナッシュの曲だろう。さすが"Bus Stop"をヒットさせたホリーズに在籍していただけのことはあって、こういう短くてポップな作品はお手の物だろう。ハワイでのコンサート前に雨が止むのを待ちながら、ピアノを使って20分程度で書き上げた曲といわれている。シングル・チャートでは7位を記録した。

 "Run from Tears"もスティルスの曲で、彼のエレクトリック・ギターが前面に出ていて、ミディアム・テンポながらもハードなイメージを抱かせてくれる。10曲目の"Cold Rain"もグレアム・ナッシュの曲で、彼の弾くピアノがメインのバラード曲だ。この曲も2分32秒と短くて、出来ればもう少し長く聞かせてほしいと思ってしまった。

 このアルバムには、デヴィッド・クロスビーの書いた曲は3曲しかなくて、そのうちの1曲は、このアルバムのレコーディングにも参加しているキーボード・プレイヤーのクレイグ・ドージとの共作だった(Shadow Captain)。残りの2曲のうち1曲が"In My Dreams"だった。この曲も最初はボーカル・ハーモニーで始まり、静かに流れていく。3分過ぎからドラム・サウンドが前面に出てきて、それまでのミディアム・バラードが崩れていく。全体的にはマイナー調ではあるものの、前半と後半では印象が変わってくる。デヴィッド・クロスビーは、こういう展開のある曲を得意としているようだ。

 そして、このアルバムの最後を締めくくるのが"I Give You Give Blind"で、イントロからスティルスのエレクトリック・ギターと、これまたスティルスが演奏するエレクトリック・ピアノが曲を際立たせていて、彼らとしては珍しいロックン・ロールの曲に仕上げられている。バックのストリングスが曲に性急感や圧迫感を与えている。メインはスティルスが歌っているが、ナッシュとクロスビーもハーモニーをつけていて、こういうテンポの良い曲でも綺麗なハーモニーは合うということが分かる。

 このアルバムの良いところは、"一粒で3度おいしい"というところだろうか。3種3用の味わいというか、3人の個性が曲に表れていて、それぞれのソロ・アルバムを手に入れたような気がしてしまう。だからバラエティに富んでいて聞いてて飽きない。何度でも繰り返し聞いてしまうというマジックを備えている。Csnbio2
 逆に言えば、それが短所でもある。アルバムに統一感がなく、散漫な印象を与えることも考えられるのだ。特に、アルバム後半はそう聞こえてしまう。理由は簡単で、リード・ボーカルがメインになっていて、ボーカル・ハーモニーが聞かれないか、薄いのである。1969年のアルバム「クロスビー、スティルス&ナッシュ」との違いはこの点である。C,S&NもしくはC,S,N&Yの一番の特徴は、何と言ってもあの美しいハーモニーだった。69年のアルバムにはそれが強調されていたが、このアルバムでは前半はそれが聞かれるものの、後半になるにつれて減少してしまう。その点が残念だった。

 原因の一つは、アルバム制作までに時間がなかったということだろう。あるいはC,S&Nとしての計画性がなかったということも挙げられるだろう。最初からセカンド・アルバムとして準備していれば違ってきただろうが、さあ、もう一度3人でアルバムを作ろうと思っても、時間的な余裕がなければ、とりあえず手元にある曲をアレンジして使おうということになってしまう。そういう意味では、最初から意図的に計画していれば、もっと違ったアルバムになっていたに違いないのだ。

 ただ、それでもこのアルバムの素晴らしさは変わらない。曲の一つ一つが優れているからである。秋の夜長にはマスト・アイテムの1枚だと思っている。

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2019年11月11日 (月)

ザ・バンドのラスト・ワルツ

 久しぶりに「ザ・ラスト・ワルツ」を見た。ザ・バンドのファイナル・コンサートの模様を撮影した、マーチン・スコセッシ監督の手による映画である。コンサート自体は1976年11月25日に、サンフランシスコのウインターランドというライヴ会場で行われたが、実際に、映画が公開されたのは1978年で、自分は映画館で見た覚えがある。Resize_image_20190928150201

 基本的には、記録映画だったのでストーリーを追う必要はなかったのだが、見ていて違和感が残ったのは、やたらとギタリストのロビー・ロバートソンが目立っていた点だ。Img_0_20190928150201
 もともとザ・バンドは、ロニー・ホーキンズのバック・バンドだった。当時のオリジナル・メンバーで残っていたのは、ドラマーだったリヴォン・ヘルムだけで、他のメンバーは後から加わったはずだ。順序だてて言うと、ロニー・ホーキンズはアメリカ人だったが、その頃はカナダで活動していた。アメリカでは彼の人気が徐々に失われていったからで、カナダで起死回生を目論んだわけだが、リヴォン・ヘルム以外は故郷が恋しくなって、アメリカに戻ってしまった。だからザ・バンドは、リヴォン・ヘルムはアメリカ人だが、他のメンバーはカナダ人なのである。現地でメンバー募集をしたからだ。

 映画を見る限りでは、解散をする理由が見当たらなかった。まだまだ現役でバリバリ活躍できるはずである。1976年当時では、ロビー・ロバートソンはまだ33歳だったし、リヴォン・ヘルムでも36歳、最高齢のガース・ハドソンでさえ39歳だった。これからも活動できるはずで、これはおかしいと思って調べたところ、本当は解散する予定ではなくて、ライブ活動をやめてレコーディングに専念する予定だったという。それじゃまるで、ザ・ビートルズである。

 話は前後するけど、リヴォン・ヘルム以外のメンバーが加わったあと、しばらくしてロニー・ホーキンズの元を離れて独立して活動するようになったが、その時のバンド名は「リヴォン&ザ・ホークス」と名乗っていた。"ザ・ホークス"というのは、オリジナルのネーミングで、以前は"ロニー・ホーキンズ&ザ・ホークス"と呼ばれていたからだ。D0286848_13502815
 ということは、その時のリーダーはリヴォン・ヘルムだったのだろう。ところが、映画「ザ・ラスト・ワルツ」では、ロビーが目立っていたということは、徐々にバンド内の実権がリヴォンからロビーに移行したのだろう。確かに、ロビーはメインのソングライターだったから、バンド内での発言力も増していったと考えられる。

 実際に、バンドの方向性に対してもロビーが実権を持っていたようで、今後はレコーディングに専念すると言い始めたのもロビーだったからだ。結局、ロビーと他のメンバーとの意見が対立してしまい、最終的に解散という道を選択したのだろう。だから、"ザ・バンド"としては活動を終息させても、音楽業界から足を洗うというわけではなかったから、ファイナル・コンサートを選択したのだろう。それを裏付けるかのように、それぞれのメンバーはしばらくソロ活動を行っていたが、1982年にはザ・バンドが復活して再活動を始めた。もちろん、そこにはロビー・ロバートソンの姿はなかったけれども…

 映画の中でも解散について言及する部分が出ていて、正確ではないけれども、ロビーが"20年も一緒にやるのは考えられない"と言っていた。そんなにライブ活動に専念していたのだろうか。要するに、長期間のライブ活動にロビーは飽きてきたのだろう。そして曲作りをもっとしたかったのだろう。それなら自分だけ脱退すればよかったのにと思う。他のメンバーはもっと反対しなかったのだろうか。

 ザ・バンドのメンバーは、全員が複数の楽器を演奏できる。技術的にも優れているし、プロ意識も高い。だからボブ・ディランからも声がかかり、バック・バンドとして一緒にツアーを行っていたのだろう。映画の中でも、リチャード・マニュエルがドラムを叩いていたし、リヴォン・ヘルムがマンドリンを弾いていた。ベーシストのリック・ダンコもフィドルを演奏していたし、ガース・ハドソンもアコーディオンを担当していた。みんな器用というか、音楽的才能を備えていた。13rgb

 それに改めて、ロビーのギター演奏もあんなに上手とは思ってもみなかった。エリック・クラプトンと一緒にやっていた時に、エリックのギターのストラップが急に取れてしまう場面があったのだが、エリックの指示でその場を上手に取り繕ったのがロビーのギター演奏だった。しかも復活したエリック・クラプトンと交互にリードを取り合うなど、天下のエリック・クラプトンとやり合うのだから、よほど自分の演奏に自信があったのだろう。あらためて過小評価されているギタリストだと思った。そういえば、もう2人過小評価されているギタリストがこの映画に出ていたけど、3人でギター・バトルを展開してほしいと思った。ロビーとニール・ヤングとロン・ウッドである。

 それに、今さら言うことでもないが、豪華なミュージシャンが参加していた。プロの世界に足を踏み入れるきっかけとなったロニー・ホーキンズはもちろんのこと、今年鬼籍に入ったDr.ジョン、ハーモニカ演奏を披露したポール・バターフィールド、エネルギッシュに熱唱したヴァン・モリソン、1983年に70歳で亡くなったマディ・ウォーターズなどなど、ジョニ・ミッチェルの"Coyote"などはいつ聞いても感動してしまう。この映画を見て、ジョニ・ミッチェルに興味を持つようになり、アルバムも聞き始めたのだ。彼女の才能の偉大さに気づくのはしばらく後なのだが、それでもこの映画での彼女の歌は印象的だった。

 彼らがライヴを続けたかったのは、自分たちをライヴ・バンドだと認識していたからだろう。実際に、この映画でのザ・バンドの持ち歌は、レコーディングされているアルバムの中の歌よりもはるかに迫力があり、聞きごたえがあった。あらためて彼らの曲の良さを実感してしまった。これだけの演奏ができるのなら、まだまだ活動を続けてもおかしくないし、続けるべきであろう。もったいないことをしてしまった。

 逆に言えば、彼らの人気と情熱と実力がピークの時に解散を迎えたのだから、それはそれでよかったのかもしれない。だからこれだけの豪華なゲスト・ミュージシャンが集まってきたのだろう。でも、彼らもなぜ解散するのかいぶかしく思ったに違いない。いやー、ロビーとリヴォンが対立してしまって、どうにもこうにもうまく行かなくなったので解散するんですよと、インタビューでは間違っても言わないだろう、永遠に記録として残るのだから。

 また映画の中では、バンド名について触れているところがあって、ウッドストックでボブ・ディランと一緒に曲作りをしていた時に、周りの人から"ザ・バンド"と呼ばれていたらしい。それから自分たちも"ザ・バンド"と呼ぶようになったようだ。
 もとは"リヴォン&ザ・ホークス"だったのだが、一時、リヴォン・ヘルムはバンドから離れてしまったために、"ザ・ホークス"や"ザ・クラッカーズ"などと名乗っていたようだが、リヴォン・ヘルムが再び参加して正式なバンド名を決めようとしたらしい。シンプルで覚えやすい名前ということで最終的に"ザ・バンド"に決まったのだろう。B0301101_19271156

 とにかく、ザ・バンドの楽曲がなぜこれほどまでアメリカ人の気持ちを惹きつけるのか、この映画を見てよくわかった。アメリカ人の郷愁を呼び起こすような演奏スタイル、楽曲の良さ、カントリーからブルーズ、ロックン・ロールと演奏される種類の幅広さ、そしてライヴでの迫力、これらが混然一体となって迫ってくるのだ。それに素朴な味わいもあるし、都会的な冷たさも備えている。そういう多様性も見逃せないと思う。だからニューヨークやロサンゼルスに住んでいる人も、メンフィスやニューオーリンズに住んでいる人も一様に彼らの音楽を歓迎するのであろう。アメリカン・ミュージックの原点を備えていたのが、ザ・バンドだと思っているのだがどうだろうか。

 メンバーのリチャード・マニュエルは1986年に42歳の若さで自死した。薬物中毒だった。唯一のアメリカ人だったリヴォン・ヘルムは、2012年にニューヨークで病死した。71歳だった。ロビー・ロバートソンは2019年に6枚目のソロ・アルバム「シネマティック」を発表した。自分の人生を映画のように例えたのだろう。61e984kkqwl__sl1122_

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2019年11月 4日 (月)

ホワイト・アルバム発売50周年記念盤

 ザ・ビートルズのアルバム「アビー・ロード」の発売50周年記念盤が世に出回っていて、好評のようだ。もう発売から半世紀も経ったのかと思うと感慨もひとしおだが、今回のお題はそれではなくて、昨年発売された「ホワイト・アルバム」の方である。

 話は脱線するのだが、この"白い盤"には思い出があって懐かしい。1970年代のことだが、当時のザ・ビートルズ関連のレコードは値段が高かった。他のミュージシャンやバンドのアルバムは2200円というのもあったのだが、ザ・ビートルズのアルバムはきっちり2500円したし、2枚組の「ホワイト・アルバム」にもなると5000円もしたのである。当時の配給会社である東芝EMIの戦略だろう。同じ東芝EMIのピンク・フロイドのアルバムはもう少し安かったのに。あのレッド・ゼッペリンの2枚組ライブでも3600円だったはずだ。それでも売れるのだから、さすがザ・ビートルズである。

 それで当時貧乏だった自分は、なかなか「ホワイト・アルバム」を買えないでいた。だからお小遣いを貯めようと思ったのだけれど、そのお小遣い自体がなかった。それで修学旅行で持って行ったお小遣いをなるべく使わずに持って帰り、そのお金でやっと「ホワイト・アルバム」を手に入れたのだ。何という涙無くしては語れない話だろうか。そういう意味でも、非常に意義深いアルバムだったのだ。

 それでアルバムがCD化されたときも、もちろん購入した。CDもレコードと同じ2枚組だった。その後も"ザ・ビートルズ販売戦略"は続き、モノラル盤や紙ジャケット盤、リマスター盤といろんな種類が出されたが、やっている曲自体は同じなのだからそんなものは必要ないと思っていた。ところが、2018年には発売50周年記念盤ということで、デラックス盤は6枚組+ブルーレイ盤付きで、通常盤でもCD3枚組になっていた。えっ、3枚組ってどういうこと、ボーナス・トラックがそんなにあったのかと思ってしまったのだが、実際は少し、じゃなくて、かなり違っていた。当時のデモ・トラックが20曲以上収められているということで、それならちょっと聞いてみようと思って購入したのだった。もちろん中古の輸入盤である、いまだに貧乏なのだから仕方ない。71lgdiwklgl__sl1500_   この音源は"イーシャー・デモ"と呼ばれていて、コアなファンなら昔から知っていたことだ。あの「アンソロジー・シリーズ」でも「シリーズ3」の中に一部(7曲)は収録されていたし、ブートレッグでもかなり浸透していた。ジョージ・ハリソンの"While My Guitar Gently Weeps"のアコースティック・バージョンも以前から聞いていたので知っていた。でも、こうやってまとまったもの、全27曲が一度に収録されている公式盤はなかったので、これはぜひ「一家に一枚」と思い、手に入れたのである。

 もう一度確認のために記すと、"イーシャー・デモ"とは1968年の5月に、インドからの瞑想旅行から戻ってきたメンバーが、サリー州のイーシャーという場所にあったジョージ・ハリソンのコテージに集まって、レコーディング・セッションを行った時の音源を指す。当時のジョージのコテージには本格的な、ただし4トラックのレコーディング・システム(といってもオープン・リールだった)が設置されていて、いつでも好きな時にレコーディングできた。それでも設備的には一般的なレコーディング・スタジオと変わらない音質だったという。Kinfauns_george_harrison_house

 ただ、スタジオではなかったため、持ち込める機材は限られており、ほとんどがアコースティック・ギターだった。つまり90年代に流行した"アンプラグド"の原型が、この"イーシャー・デモ"だったわけだ。さすがザ・ビートルズ、30年後のことを予想していたのか先見の明がある。
 冗談はともかく、この音源を聞くと、とても彼らの関係が険悪だったとは思えない。少なくともこの時点では、まだまだバンドという形態を保っていたし、お互いに声を掛け合ったりと、とても友好的なのが分かる。全体的に、キャンプファイヤーをしながら歌っているような感じがするし、手拍子や拍手なども入っている。曲自体もほとんど完成されていて、「ホワイト・アルバム」の中の楽曲と比べても、曲によっては全く遜色のないものもある。彼らは、インドでの瞑想旅行中、瞑想以外にほとんどやることがなかったらしく、曲ばかり作っていたようだ。だから、ポールは1ダースくらい、ジョージは6曲、ジョンは15曲くらい作ってこのイーシャーに集まったという。その曲をお互いで披露しあったのだろう。

 CDの3枚目に収録されている"イーシャー・デモ"の曲順は、「ホワイト・アルバム」の順番に似せている。このアルバムをリミックスしたジャイルズ・マーティンの意向なのだろうか、よくわからない。だから"Back in the U.S.S.R."、"Dear Prudence"、"Glass Onion"と曲は続いている。"Back in the U.S.S.R."も"Dear Prudence"もアコースティック・ギターとポール、ジョンのそれぞれのボーカルはダブル・トラックでレコーディングされている。"Back in the U.S.S.R."にはボンゴのようなシンプルなパーカッションが使われていて、たぶんオーバーダビングされたのだろう。"Glass Onion"の歌詞は一部まだ確定していなかった。  71fezkjidl__sl1123_   "Ob-La-Di, Ob-La-Da"もギター一本で演奏されているし、変なかけ声も挿入されていたが、メロディ自体は正規盤と変わりはない。"The Continuing Sory of Bungalow Bill"も手拍子が入っていて、基本はのちの「ホワイト・アルバム」と同じだが、裏声やオノ・ヨーコが歌う部分はない。"While My Guitar Gently Weeps"はややテンポが速すぎて、叙情性に欠けているが、ギター一本で歌われると、さすがに曲の芯の部分が露わになるので、確かに良い曲だとわかる。

 ジョンの"Happiness is A Warm Gun"は断片的に作った曲を繋ぎ合わせたものということが分かるし、"I'm So Tired"や"Blackbird"などは、このまま収録してもおかしくないほど、すでに体裁を整えている。ハープシコードの伴わない"Piggies"はシンプルだし、元々アコースティックだった"Rocky Raccon"は、「ホワイト・アルバム」での同曲の冒頭の部分が省略された形でレコーディングされていた。まだ未完成だったのだろう。一方で、ジョンの"Julia"はほぼ完成されているし、"Yer Blues"はやや淡白すぎて粘っこさがなかった。曲はいいのだが、ブルーズまでは昇華されていないようだ。

 "Mother Nature's Son"は完成型だし、"Everybody's Got Something to Hide Except Me and My Monkey"ではイントロのハードなエレクトリック・ギターによる演奏がないので、ラフな感じに聞こえてくる。ジョンの声も裏返っていないし、まだ未完成という感じがした。一方では、"Sexy Sadie"はほとんど完成している。"Revolution"は「ホワイト・アルバム」のそれをシングル・バージョンのテンポで演奏していて、これが「ホワイト・アルバム」ではスローになったんだなあということが分かった。この時までは、ジョンもザ・ビートルズのリーダーとしての自負もあったのではないだろうか。ジョン主導の曲の方が元気がいいような気がしたからだが、まさか1年後には解散状態になるとは思っていなかっただろう。

 ポールの作った"Honey Pie"もメロディーは完成していて、「ホワイト・アルバム」では歌詞の一部を手直ししたようだ。"Cry Baby Cry"も同様にほぼ完成しているが、アウトロの"Can You Take Me Back"は付属していない。そこはポールが後でつけ足したものだった。ジョージの作った"Sour Milk Sea"は「ホワイト・アルバム」に収録されていない。のちに当時のアップル・レコードに所属していたジャッキー・ロマックスというシンガーに、デビュー・シングルとして提供している。ちなみにこのシングルにはジョン以外のザ・ビートルズと、エリック・クラプトン、ニッキー・ホプキンスなども参加していた。

 "Junk"もまた「ホワイト・アルバム」には収録されていなくて、1970年のポール・マッカートニーのソロ・アルバムに収録された。ここでは歌詞の部分がまだ未完成で、ハミングしているところもあった。ただ、この時点でメロディ自体は完成していたから、しばらくポールが温めていたのだろう。"Child of Nature"も同じように、ジョンがのちに1971年の「イマジン」に収録したものだ。ただその「イマジン」では、曲のタイトルが"Jealous Guy"に変更されている。このデモではマンドリンやマラカスなども使用されている。ジョンといいポールといい、良い曲をストックしていたのだろうし、お互いがあの曲はザ・ビートルズ時代に作った曲をモチーフにしているとわかっていただろう。そういう意味でも二人はライバルであり、競い合っていたのかもしれない。

 "Circles"はジョージが作った曲で、この曲もまた「ホワイト・アルバム」未収録である。このCDの後半は未収録曲が並んでいる。ただ、1982年に「ゴーン・トロッポ」というアルバムにジョージ自身が収録していた。ここではハーモニウムが使用されていて、何となく瞑想用のインド音楽といった感じだ。続く"Mean Mr.Mustard"と"Polythene Pam"は「ホワイト・アルバム」には収録されなかったものの、ご存知のように「アビー・ロード」の後半のメドレーに使用されている。"Polythene Pam"は1分26秒しかなかったから、単独では使いにくかったのだろう。

 "Not Guilty"はジョージの曲だが、「ホワイト・アルバム」には使用されていないものの、のちの彼の1979年のソロ・アルバム「ジョージ・ハリソン」でやっと日の目を見ている。また「アンソロジー3」で、違うテイクの音源が使用されている。この曲だけで102テイクを要したというから、他にも違う音源があるに違いない。
 そして最後の曲"What's the New Mary Jane"はジョンが作った曲だが、ザ・ビートルズのアルバムには収録されていない。ここでは2分42秒と短いが、「アンソロジー3」では6分12秒とロング・バージョンが収録されている。たぶんオノ・ヨーコの影響を受けたせいか、実験的な要素が強く、シングルやアルバム収録には向かないと判断したのではないだろうか。Small_photosbyjohnkellyapplecorpsltd_102

 全27曲中の"イーシャー・デモ"のうち19曲が「ホワイト・アルバム」で発表されている。そして、これ以外に「ホワイト・アルバム」で初お披露目されたのは、次の11曲だった。ポールの曲が目立つ。"Wild Honey Pie"、"Martha My Dear"、"Don't Pass Me By"、"Why Don't We Do it in the Road"、"I Will"、"Birthday"、"Helter Skelter"、"Long, Long, Long"、"Savoy Truffle"、"Revolution 9"、"Good Night"

 何度も言うようだが、この時点では彼らはバンドとして機能しており、ジョンもポールも、もちろん他のメンバーも、だれもがザ・ビートルズから脱退するとか、バンドが解散するとか思っていなかっただろう。逆に、2枚組だったにもかかわらず収録されていない曲があったわけで、それ以降のアルバム用としても準備していたかもしれない。Whitealbumhero2
 このイーシャー・デモをモチーフにして、アビー・ロード・スタジオでの収録が始まったわけだが、当時の彼らはみんなが納得するまでレコーディング作業に集中していたらしく、だから何度も何度もテイクを重ねていった。"Not Guilty"が102テイクを重ねて、やっとみんなが納得したにもかかわらず「ホワイト・アルバム」やそれ以降のアルバムにも収録されなかった。自分にはその理由はよくわからないのだが、とにかく当時のザ・ビートルズは完璧主義者集団だったのだ。その完璧主義が仇になって軋轢が生じ、ギスギスした関係になっていったのだろうし、ザ・ビートルズ以外の人たち、たとえばオノ・ヨーコやアラン・クラインなどが口を挟むようになって、バンドは壊れていったのではないかと考えている。

 とにかく、こういう音源がまとまって披露されたという点では、感動ものである。長生きしてよかったと喜びを噛みしめているところだ。ただ、まだまだ音源は残っているようで、"Ob-La-Di, Ob-La-Da"だけでも47テイクもあるというのだから、きっと違うバージョンは存在するに違いない。"ザ・ビートルズの販売戦略"は、まだまだ続くのかもしれない。

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2019年10月28日 (月)

ホワイト・ストライプス

 自分はこのバンド、ザ・ホワイト・ストライプスのことは深く聴き込んだわけではないのでよくわからない。でも、このバンドやバンドに所属していたジャック・ホワイトのことについては、今のロック・シーンを語るに触れざるをえない重要なことなので、あえて今回ここに記すことにした。
 なーんて堅苦しく始まったけれども、要するに、ザ・ラカンターズつながりでここにたどり着いたというわけである。ただし、いつかはこのバンドについて触れざるを得ないだろうと思っていたことは確かで、これなくして今のアメリカン・ロックは語れないだろうと思っている。150302whitestripes640x426

 ザ・ホワイト・ストライプスが結成されたのは、1997年のミシガン州デトロイトだった。デトロイトといえば、ロックン・ロールというよりもどちらかというと、ソウル・ミュージックやラップ・ミュージックのイメージが強い街だ。モータウン・レコードもデトロイトから生まれたし、エミネムもデトロイトで育っている。

 ただし、ロックン・ロールと全く無縁の街かと言えばそうとも言えず、60年代後半にはMC5というロック・バンドが活躍していたし、イギー・ポップもミシガン州出身だった。キッスには"Detroit Rock City"という曲をヒットさせた実績もある。まあ、とにかくデトロイトには様々な音楽シーンがあったということだ。
 そんな音楽シーンを横目にザ・ホワイト・ストライプスは生まれたわけだが、当時姉弟と言われていて実際は夫婦だったメグ・ホワイトとジャック・ホワイトは、自分たち流のロックン・ロール・ミュージックを追及していた。

 デビュー当時は、メグがドラムを叩き、ジャックがギターを演奏するという姿が斬新で、自分なんかは90年代のザ・カーペンターズだなどと訳の分からないことを口走っていたのを思い出してしまった、音楽性は全く違うというのに。

 1990年代の後半は、"ロックン・ロール・リバイバル"というブームが一時的に流行していて、ザ・ホワイト・ストライプスもその流れの中で出てきたような感じになった。でも実際は、そんなブームとは関係なく、ブームがあろうとなかろうと彼らは頭角を現してきただろうし、そして売れたことは間違いないだろう。20180201164348

 彼らが売れた理由は、他にもある。一つは芳醇なアメリカン・ロックの源流の中からベーシックなものを取り上げて、それを21世紀の今の形にあうように作り替えたことだ。具体的に言うと、アメリカ人の心のどこかに潜んでいる郷愁を見つけ出し、それを揺さぶり、顕在化させたことである。もっと言うと、カントリー・ミュージックやブルーズ・ミュージック、ゴスペル・ミュージックなどをブレンドし、再解釈して提示させてくれたのである。そのセンスが、他のバンドやミュージシャンとは一線を画していたことだ。

 もう一つの理由は、リフの印象度である。彼らというかジャック・ホワイトの創造するリフの鋭さや印象度は、かの有名なジミー・ペイジのものと比べても遜色はないだろう。
 ジミー・ペイジは、自分のリフを瓶詰にして売ればかなり儲かるだろうと不遜なことをのたまわっていたが、確かにそれは否定できない。しかし、そのジミー・ペイジが、ジャック・ホワイトのギターのリフやテクニックは今のロック・シーンを代表するものであるというお墨付きを出しているわけで、如何にギタリストとしてのジャックの評価が高いかが分かると思う。だから2009年に「ゲット・ラウド」という映画で、ジミー・ペイジと共演できたのだろう。

 とにかくそんなジャック・ホワイトは、当時のデトロイトの音楽シーンがラップ・ミュージック一色に染まっていたことが嫌で嫌でたまらなくなり、自分たちで何とかしようということで、当時レストランで働いていたメグと知り合って、バンドを結成したのである。
 だから、彼らが"ロックン・ロール・リバイバル"というブームに便乗したというのは間違いで、むしろ彼らの方がそういうブームを作ろうと思っていたのだ。それで、自分たち流のカントリー・ミュージックやブルーズ・ミュージックを作り上げようとしたことが、非常に斬新だったわけである。

 彼らが2005年に発表した5枚目のアルバムに「ゲット・ビハインド・ミー・サタン」というものがある。全英・全米ともにアルバム・チャートの3位を記録し、グラミー賞では「最優秀オルタナティヴ・ミュージック・アルバム賞」を受賞しているが、このアルバムを聞くと、どういうふうにして彼らがロックン・ロールを再構築していったかがよくわかると思う。21世紀風のアメリカン・ロック・リバイバルなのである。714h1ef1okl__sl1425_

 まず冒頭の"Blue Orchid"である。ジャックはファルセットで歌い、メグが破壊的なまでにドラムを連打する。バックの演奏はギターとドラムだけで、ベース・ギターはギターで代用されている。たったそれだけのシンプルな構成なのに、一度聞いたら忘れられない"リフ"の姿がそこにあるのだ。自分はこの曲をラジオで聞いて、即購入を決意した。それくらい印象的だったし、カッコよかった。やはり、ロックン・ロールにはカッコよさが付随してこないと良くないと思っている。カッコ悪いロックン・ロールは聞きたくもないし、時間の無駄だと思う。

 この曲は最初のシングルに認定された曲で、わずか2分37秒しかないけれども、カナダではチャートの首位になり、英国では最高位9位を、米国では43位にまで上昇した。
 続く"The Nurse"ではマリンバが使用されている。マリンバだよ、マリンバ。ロック・ミュージックでは珍しい楽器だが、要するに木琴みたいなものだ。昔々、ジェスロ・タルというイギリスを代表する素晴らしいプログレッシヴなバンドがライヴで使用したことのある楽器だ。
 このアルバムでは、このマリンバが随所で使用されていて、この曲ではマリンバがメインで、ところどころに破壊的なドラムとノイジーなギターとピアノが断片的に使用されていた。こういう手法がロックン・ロールの再解釈と言われる由縁だろう。

 ジャックはマルチ・プレイヤーで、ギターからベース、ドラムにキーボードと多種多彩である。もちろんここでのマリンバもジャックが演奏していた。3曲目の"My Doorbell"はこのアルバムからの2枚目のシングルになった曲で、ミディアム調の力強いまともなロックを聞かせてくれる。ちなみにこの曲は2006年のグラミー賞にノミネートされた。

 冒頭の3曲には曲間がなく、連続して聞こえてくる。だからアルバムに疾走感が満ち溢れていて、そういう意味でも"ロックの初期衝動"を感じさせるアルバムに仕上げられている。また、スタジオにこもり、レコーディングをする中で曲を完成させていっており、しかもわずか2週間で全曲のレコーディングが終わっている。だから、オリジナルのアイデアに近い原曲の姿がむき出しにされているような感じがするのである。

 4曲目の"Forever for Her(is Over for Me)"にもマリンバが使用されていて、しかもこの曲はバラードなのだが、全く違和感なく曲とマリンバがマッチしていた。こういうセンスが天才的なのだろう、ジャック・ホワイトという人は。
 次の"Little Ghost"はアップテンポのカントリー・タッチの曲で、曲をリードしているのは、ジャックのアコースティック・ギターとメグのタンバリンだ。この2種類の楽器とボーカルだけだから、何という安上がりというか、ボブ・ディランでもデビュー当時しかこういうレコーディングはやっていないのではないだろうか。でも似合うのである、彼らの演奏となると。

 3枚目のシングルになったのが"The Denial Twist"で、これはザ・ホワイト・ストライプス流ロックン・ロール、いやブルーズ・ロックといっていいだろう。とにかく古典的なブルーズではなくて、ブルーズに影響された曲でもある。でも、ロック・ミュージックは基本的にはブルーズに影響を受けているわけで、2分35秒しかないこの曲世界には人々の情念や怨嗟、諦観などで満ち溢れているようだ。

 一転して、バラードに戻る"White Moon"もブルーズに影響を受けていて、呟くように歌うジャックの姿と音数の少ないメグのドラム、ダビングされたジャックのピアノが哀愁味を感じさせる。続く"Instinct Blues"には"Blues"という言葉が示すように、まさに現代版ブルーズだ。スローな曲調だがしなやかで、パワフルである。しかも"極端に"といっていいほど音数が少ない。ナイフで削ぎ落としたかのようにソリッドでエッジが立っている。形式は典型的なブルーズなのだが、70年代以前では想像もできないほど、モダンでメタリックだ。自分たち流の再解釈なのだろう。それに歌い方が何となくロバート・プラントに似ていた。20070619_jmc_a29_809

 "Passive Manipulation"は、メグのリード・ボーカルと若干の装飾音で飾られた曲で、35秒しかなかった。後半のエンディングへと転換する分岐点の役割を果たしているのかもしれない。それを証明するかのように"Take,Take,Take"では、再び力強いジャックのボーカルを聞くことができる。途中転調してパーカッションがリードする場面も用意されていたが、基本はジャックのボーカルだった。本当にこのアルバムでは、バックの演奏をシンプルにしていて、その結果、むき出しのサウンドを味わうことができるのだ。意図的にアレンジされたのだろう。

 11曲目の"As Ugly As I Seem"では、ジャックのアコースティック・ギターとボーカルが前面に出ていて、メロディアスでややポップな雰囲気を醸し出している。全体的にロックの初期衝動で覆われたアルバムではあるが、この曲と最後の曲だけは例外で、60年代終わりのフラワー・ムーブメントを思い出させてくれるようだった。むしろこの曲の方が万人受けすると思ったのだが、彼らはシングル向きではないと考えたようだ。

 "Red Rain"は、このアルバムの趣旨に戻ったような曲調で、再びメグとジャックの共闘体制が敷かれていく。とにかく、ジャックのエレクトリック・ギターはどこまでも破壊的で衝動的だ。それはこの曲に限ったことではなく、エレクトリック・ギターが使用されている曲ではすべてそうだ。だからその分、パワーがあり、ロックン・ロールのもつ原初的な力強さや呪縛性を改めて感じさせてくれるのである。恐るべし、ザ・ホワイト・ストライプス。

 そしてラストは、叙情的なピアノ一台をバックにジャックが歌う。"I'm Lonely(But I Ain't That Lonely Yet)"という曲は、まるでザ・ホワイト・ストライプス流"Amazing Grace"である。つまりこの曲はゴスペル・ミュージックなのである。最後まで聞いた人は心が洗われていく思いがしたに違いない。たぶんリスナーは、アルバム冒頭から曲を聴き続けるうちに、自分の人生とオーバーラップさせながら、現実生活における様々な辛苦や辛酸を思い出したに違いない。しかし、その苦しみも最後のこの曲で救われるというわけである。何となく安直なキリスト教的解釈ではあるが、ダンテの「神曲」のような、そんな荒廃さと荘厳さを兼ね備えたようなアルバムだと思っている。71x4zlb4oel__sl1260_

 というわけで、なぜザ・ホワイト・ストライプスが受け入れられたのかという意味というか理由が、このアルバムには秘められている。このアルバムだけにとどまらず、彼らの創り出す音楽には、ちょうど灰の中から生まれてきた不死鳥のように、ロックン・ロールを自分たち流に再解釈して新たに生み出していくという物語が備わっているからだ。それは既存の音楽に飽き足らなくなってきたキッズにはもちろんのこと、概ね50年代から70年代を生きてきたロック・リスナーたちにも新鮮さを伴って受け入れられていったのである。

 ザ・ホワイト・ストライプスは、残念なことに2011年に解散してしまったが、ジャック・ホワイトの再解釈の旅はまだまだ続いている。次はどんな意匠を伴ってアルバムを出して来るのか、楽しみでならない。

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2019年10月21日 (月)

ブレンダン・ベンソン

 ザ・ラカンターズのメンバーの一人であるブレンダン・ベンソンについて調べてみることにした。彼は1970年生まれだから、今年で49歳になる。生まれはルイジアナ州のハーヴェイというところで、父親は溶接工、母親はメキシカン・レストランのウェイトレスをしていたそうだ。Brendanbenson19a35a471c6641feb0aea6900f2
 彼が音楽に目覚めたのは、父親の影響らしい。父親は膨大なレコード・コレクションを擁していたようで、ブレンダンが子どもの頃からデヴィッド・ボウイやT・レックス、イギー・ポップなどの音楽を聴かせていたという。なかなかのロック通のようだ。しかし残念なことに、その父はブレンダンが7歳の時に亡くなってしまい、以降は母親によって育てられている。ブレンダンには父親のレコード・コレクションが残されたのである。

 それらの音楽の影響で、高校生になるとバンドを結成し、様々な場所で演奏するようになり、徐々に自作曲なども披露するようになって行った。高校を卒業すると、一念発起してロサンゼルスに旅立ち、音楽で身を立てようとしたがうまく行かずに様々なアルバイトをこなしながら、曲作りに励んでいった。
 彼はまたマルチ・ミュージシャンでもあるのだが、ギター以外のキーボードやベース・ギター、ドラムスなどをこなせるようになったのもこの時期の経験によるところが多い。不遇の時代を迎えても、夢をあきらめずにコツコツ努力していったから幸運の女神も微笑んでくれるようになったのだろう。

 結局彼は、26歳でデビュー・アルバムを発表することができたのだが、その時のCDの帯にはこう書かれていた。「ジェリー・フィッシュ、ベン・フォールズ・ファイヴを凌駕するメロディー・センス、サンフランシスコから彗星のごとく現れたシンガー・ソングライター、ブレンダン・ベンソンの溢れる才能を凝縮したデビュー・アルバム」51elpxxdr2l

 ジェリー・フィッシュの名前があるのは、当時同じサンフランシスコに住んでいたジェイソン・フォークナーがこのアルバムに関わっていたからだろう。彼は13曲中7曲でブレンダンと一緒に曲を書いているし、ブレンダンのデビュー・アルバムの後押ししたのも彼のおかげだと言われている。ジェイソン・フォークナーといえば、ジェリー・フィッシュのオリジナル・メンバーで、デビュー・アルバム発表後に「自分の曲が採用されないから」と言ってバンドを脱退した人でもある。たぶんジェイソンは自分と共通の何かを感じたから、ブレンダン・ベンソンの応援を買って出たのだろう。

 1996年に発表されたデビュー・アルバムは、基本的にはスリー・ピース・バンドとしてレコーディングされていて、ブレンダン・ベンソンのギター&ボーカルとウッディ・サンダースのドラム、マイケル・アンドリューズのベース・ギターというシンプルな構成だった。また、ジェイソン・フォークナーの応援のおかげだったのか、ヴァージン・レコードから発売されていて新人としては破格の扱いだった。

 しかしこのアルバムは、残念ながら売れなかった。理由は簡単でヒット曲がなかったからだ。どの曲も平均点レベルであり、悪くはないのだが、この1曲というものがないのである。アマゾンのCDレビューには一家に一枚的なことが書かれていたが、個人的には別に聞かなくても他に聞くべきものがあるんじゃないという感じで、数回聞いてお蔵入りさせていた。当時はこういう感じのアルバムが数多く出回っていて、どれを聞いても同じような感じがしたせいもあったからだろう。

 バンド形式で作られているとはいえ、基本的にはブレンダン・ベンソンのシンガー・ソングライター的な資質が発揮されているアルバムだった。1曲目の"Tea"、続く"Bird's Eye View"と、いずれも1分8秒、1分28秒と短く、曲というよりはイントロが続くみたいな感じで、構成的にはオッと言わせるものがあった。しかもこの2曲はポップだったし、2曲目と3曲目が続いていて3曲目の"Sittin' Pretty"はシングル・カットされたくらいだから、これまた耳に馴染みやすいポップな曲だった。

 続く"I'm Blessed"もパワー・ポップな曲で、躍動感がありフレッシュさを感じた。ただバラード系の"Crosseyed"が4分22秒と長くて、ここで一度澱んでしまう。あくまでも個人的な感想なのだけど、ジェイソン・フォークナーと一緒に作った曲よりも、ブレンダン・ベンソン個人の曲の方が出来栄えがいいような気がするのであった。
 例えば、アルバム冒頭の2曲もそうだし、7曲目の"Got No Secrets"などはレゲエ風のアップテンポの曲で、ノリが良いのだ。続く"How 'Bout You"などもこれぞまさにパワー・ポップともいうべき曲だったし、恋人のことを歌った"Emma J"も独特の低音のリフが印象的だった。

 だからブレンダン・ベンソンの曲だけで構成すれば、もっと売れたのではないかと思っていたのだが、そうならなかったことで、ヴァージン・レコードからは契約を切られ、次の配給元を探さないといけない羽目になったのである。

 自分は、このデビュー・アルバムと2009年に発表された4枚目のソロ・アルバム「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」の2枚を持っていて、どちらかというと後者のアルバムの方が好きである。81kshcczuwl__sl1256_
 2009年といえば、ザ・ラカンターズが世界的な成功を収めた後になって発表したことになる。ザ・ラカンターズが結成されたのが2005年で、次の年にアルバムが発表されているからだ。ただ、この「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」のレコーディングは2007年に行われていて、ザ・ラカンターズのファーストとセカンド・アルバムの発表の間にレコーディングされたことになる。ただ、発表されたのは2009年だから、ザ・ラカンターズの活動を一区切りした後に発表したのだろう。800x_image_20190907184801

 全11曲で40分というコンパクトな構成だが、曲の密度は恐ろしく高く、デビュー・アルバムから比べれば格段の進歩が伺えた。まずシングル・カットされた"A Whole Lot Better"からしてギターのコード・カッティングがまるでピート・タウンゼントである。もちろんテンポもよくアルバムの冒頭にはふさわしい曲だし、続く"Eyes on the Horizon"もミディアム・テンポながらも聞かせてくれる曲に仕上がっている。何しろサビのフレーズと、挿入されるギター・ソロがよく計算されていて素晴らしい。この2曲を聞けば、このアルバムを購入してよかったと誰しもが思うに違いない。

 3曲目の"Garbage Day"なんかは、まるでフィリー・ソウルである。バックのストリングスが華麗で甘くて都会的なのである。これは間違いなくヴァン・マッコイかスタイリスティックスの世界だろう。この曲もいいし、ハモンド・オルガンがフィーチャーされたバラードの"Gonewhere"もまた何となくポール・マッカートニーの匂いを感じさせてくれる。

 このアルバムから2枚目のシングルになった"Feel Like Taking You Home"はブレンダン・ベンソンとディーン・ファティータとの共作で、どことなくザ・ラカンターズのアルバムに収録できなかったアウトテイクのようだ。それにディーン・ファティータという人は、ジャック・ホワイト関係のバンドのデッド・ウェザーのメンバーでもあるし、ザ・ラカンターズのライブではキーボードも担当しているミュージシャンでもある。ザ・ラカンターズの新曲ですよといっても十分通用するだろう。

 "You Make A Fool Out Of Me"は、アコースティック色の強い曲で、ギターの弾き語りから始まり徐々に音が重ねられていく。今頃の秋の季節に聞くにはぴったりの曲だろう。この曲もバックのストリングスが美しい。70年代のシンガー・ソングライターの曲にストリングスを重ねたらこう成りましたよという曲だろう。

 後半は一転してロック調に戻る。"Poised And Ready"はまさにパワー・ポップといっていいし、何しろメロディックでカッコいいのだ。次の"Don't Wanna Talk"もミディアム調でシングアロング出来そうなメロディラインを持っているし、途中転調してアクセントも持たせている。まさにブレンダン・ベンソンの独壇場だろう。

 8曲目の"Misery"については、イギリスのパブ・ロック風で、ニック・ロウやデイヴ・エドモンズ、初期のエルヴィス・コステロの影響を感じてしまう。これまた名曲だし、この時期のブレンダン・ベンソンには汲めども尽きぬ曲のメロディやアイデアが湧き出ていたのではないだろうか。
 このアルバムの曲は1曲を除いてほとんどが3分台の曲で、その1曲というのが"Lesson Learned"という曲だった。このミディアム・バラード・タイプの曲だけは4分29秒もあり、ギターよりもキーボード(正確にいうとオルガン)が目立っていた。

 そしてアルバムの最後を飾るのがこれまたエッジの効いたロック調の"Borrow"という曲で、メロディの跳ね具合が妙にカッコいいのである。やはりロック・ミュージックは、カッコよくないと良くないよねという当たり前のことを再認識させてくれた。中間のギター・ソロはこのアルバムでも一、二を争う迫力とカッコよさを備えている。ちなみにこのアルバムは、ビルボードのアルバム・チャートでは初登場110位を記録している。71rbudpgkil__sl1257_

 やはりブレンダン・ベンソンは、自分の力でやった方がいい曲が生まれるのではないだろうか。この「マイ・オールド、ファミリア・フレンド」を改めて聞いて、これは21世紀のパワー・ポップの名盤だろうと思っている。ブレンダン・ベンソン自身はシンガー・ソングライターとしてデビューしたかもしれないが、実際はパワー・ポップの職人肌を持つロック・ミュージシャンなのである。ジャック・ホワイトとバンドを結成したのも何となくわかるような気がした。

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2019年10月14日 (月)

追悼:ジンジャー・ベイカー

 ジンジャー・ベイカーが亡くなった。享年80歳だった。病気のために亡くなったようなのだが、具体的な病名は伏せられていた。ただ、以前から心臓が悪くて、手術を受けたぐらいだから、おそらくは心臓病か、それから来る合併症だったのだろう。また長年にわたって喫煙の習慣とヘロイン中毒に悩まされていたから、その辺の事情もあるのかもしれない。4ea7b7f2

 ジンジャー・ベイカーといえば、やはりクリームだろう。エリック・クラプトンとジャック・ブルース、そしてジンジャー・ベイカーの3人で結成されたこのロック・バンドは、1966年当時は革新的で先鋭的な音楽をやっていた。レコードでは1曲3分くらいだった曲を、ステージでは20分近く演奏してしまうからだ。また、アンプを大量に配置して轟音で演奏していた。やっている音楽は、基本的にブルーズに根差したものだったが、ステージでは即興演奏、いわゆるインプロビゼーション中心だったから、必然的に時間も長くかかってしまったのである。

 基本的に、ベーシストのジャック・ブルースとドラマーのジンジャー・ベイカーは、ジャズ・ミュージシャンだった。そしてギタリストのエリック・クラプトンは、ブルーズの探究者だった。3人は対等の立場でそれぞれの楽器を通して表現の可能性を追い求め、その限界を超えようとしていた。ある意味、真剣勝負のステージだっただろうし、その緊張感たるや、言葉では言い表されられないくらいきついものだったのだろう。だから2年しかもたなかったのだと思う。Cream_clapton_bruce_baker_1960s

 そんなジャックとエリックを結び付けたのが、ジンジャー・ベイカーだった。もともとジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは知り合いで同じバンドにも在籍していたし、ジャズという共通するバックグラウンドがあったのだが、エリックとは面識がなかった。ジンジャーに言わせれば、この男(エリック・クラプトンのこと)と組んで活動すれば、かなり面白いことができると直感したようで、まずジャックに声をかけ、そしてエリックに迫っていった。エリック・クラプトンは同意はしたものの、自分はブルーズ・ギタリストで、ジャズ・ミュージシャンではないと最後まで認めなかったようだが、ジンジャー・ベイカーにいわせれば、ジャズもブルーズも根っこは一緒ということで、押し切ったようだ。さすがジンジャー・ベイカー、押しの強さは昔から有名だった。

 彼らの代表作に、1968年の「クリームの素晴らしき世界」という2枚組レコードがある。1枚目はスタジオ録音で、もう1枚はライヴ・レコーディングだった。スタジオ録音とライヴ録音の両方を聞き比べることができるという優れモノのレコードで、自分が手に入れたときは、両方ともよく聞いていたものである。811gi9mdgl__sl1400_  そのスタジオ録音された曲の中に、"Pressed Rat and Warthog"という曲があった。この曲を歌っていたのが、ジンジャー・ベイカーだった。歌うというよりもポエトリー・リーディングのようなものだった。もう少し早口で歌っていれば、ラップ・ミュージックと呼ばれるかもしれないが、レコードではトランペットなどの楽器も使用されていて、実験的な要素が強い曲だった。曲はジンジャー・ベイカーとマイク・テイラーの共作で、マイク・テイラーという人もジャズ系のピアノ・プレイヤーだった。そして残念ながら、マイクは1969年の1月にトーマス川で溺れて亡くなった。麻薬中毒だったから、誤って川に落ちたのではないかと囁かれている。

 ジンジャーはこの"Pressed Rat and Warthog"をライヴでは演奏しようとはせず、極力避けていた。しかし、2005年の"リユニオン・コンサート"では歌っていた。時の流れは人の気持ちも変えてしまうのだろう。513pfyw53fl
 ちなみに、この「クリームの素晴らしき世界」では、"Passing the Time"や"Those Were the Days"もジンジャー・ベイカーとマイク・テイラーの曲だった。"Passing the Time"のリード・ボーカルはジャック・ブルースだったが、エリック・クラプトンとジンジャー・ベイカーも歌っていた。ただギター・ソロなどはなく、やや前衛的でプログレッシヴな雰囲気を醸し出していた。"Those Were the Days"では、ジンジャー・ベイカーはチューベラー・ベルズも使用している。51el2txia7l

 ディスク2のフィルモア・ウエストでのライヴでは、4曲目にジンジャー・ベイカー作の"Toad"を聞くことができる。この曲のオリジナルは、1966年の彼らのデビュー・アルバム「フレッシュ・クリーム」に収められていたインストゥルメンタルで、5分の曲が16分に延ばされていた。ロック・バンドのドラム・ソロをライヴ・レコーディングするという発想は画期的なもので、ここから、特にハード・ロックの分野ではライヴ演奏におけるドラム・ソロのレコーディングが一般化していったのではないかと思われる。5169tagbyl

 それに、ジンジャー・ベイカーはツイン・バス・ドラムだったから、視覚的にも訴えるものがあったし、音楽的にも低音が強調され、タムタムやハイファットとの相性も良かった。ドラマーとしても一流なのは当然のことだが、他のミュージシャンの追随を許さない程のセンスやアイデアも秘めていた。のちに彼がアフリカン・リズムやワールド・ミュージックを追及するようになったのも、本来備わっていたリズムを追い求めるという鋭敏な感覚のせいではないだろうか。9d78353e77a3d5be439f3da46a501c02

 なぜ彼が"ジンジャー"と呼ばれたのかというと、彼の燃えるような赤い髪の毛が遠目に見ると、"生姜"のように見えたからだという。"ベイカー"は本名だが、別にパン屋ではなかった。謹んでご冥福をお祈りいたします。

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2019年10月 7日 (月)

ザ・ラカンターズの新作

 今年の上半期に発売されたアルバムで印象に残ったシリーズの最後を飾るのは、アメリカのロック・バンド、ザ・ラカンターズの「ヘルプ・アス・ストレンジャー」である。
 知っている人は知っていると思うけれど、このザ・ラカンターズというバンドは、アメリカ人ミュージシャンのジャック・ホワイトとブレンダン・ベンソンの2人を中心とした双頭バンドである。Raconteurs2018_header  ジャック・ホワイトといえば、現代ロック・ミュージックの復興の祖として崇められているように、22歳の時に当時の妻であったメグ・ホワイトとともにホワイト・ストライプを結成すると、瞬く間に全米で人気を獲得し、やがてその火は世界中へと燃え広がっていったのである。そして、2005年にはホワイト・ストライプと同時並行で、旧友同士といわれているが、ブレンダン・ベンソンほか2名とともに、ザ・ラカンターズを結成して、翌年にはデビュー・アルバムを発表してしまう。

 よほどの才能の塊なのだろう、ジャック・ホワイトという人は。2009年には専任ボーカリストを加えた新しいバンドであるザ・デッド・ウェザーも結成して、一時は3つのバンドを掛け持ちし、その合間にソロでの活動を行うというまさに八面六臂の活動を行っていた。さらには、ジミー・ペイジとU2のエッジとともに映画「ゲット・ラウド」に出演したり、ソロ・アルバムを発表しライヴ活動を行ったり、はたまた自身のレコード会社を立ち上げたりと、一体いつ休むのだろうかと周囲が不安に思うほどワーカホリックな生活を送っている。Jackwhite2920x584

 ブレンダン・ベンソンの方はというと、ジャック・ホワイトほどではないにしろ有名なミュージシャンで、1996年のデビュー・アルバム「ワン・ミシシッピー」ではいくつかの曲で、元ジェリーフィッシュのメンバーであるジェイソン・フォークナーと共作していた。それからもわかるように、どちらかというとポップでマイルドなロックンロールを志向するミュージシャンだろう。今まで6枚のソロ・アルバムを発表してきている。
 ただ、ジャック・ホワイトとは旧友といってもブレンダン・ベンソンの方が4歳ほど年上の48歳だ。そして共通する点では、ジャックもブレンダンもギターからキーボード、ドラムス、プロデューサー業と何でもこなせるマルチ・ミュージシャンということだろう。そういう点でも意気投合したのかもしれない。P01bqlwl

 それでザ・ラカンターズは、2006年と2008年にアルバムを発表しているが、何しろメンバー4人とも忙しい人たちで、セカンド・アルバム発表以降は、なかなか揃うことができずにバンド活動は停止中だった。ところが、昨年からタイミングがあってきたのか、レコーディングを開始し、11年振りのアルバムを発表後は来日公演まで行っている。やはり物事は進むときは一気に進んでいくのだろう。一気呵成とはまさにこのことである。

 このサード・アルバムに当たる「ヘルプ・アス・ストレンジャー」では、25曲から30曲ぐらいが用意され、その中から厳選された12曲がレコーディングされた。ジャック・ホワイトが言うには、『どの曲もいい感じで、一瞬でダブル・アルバムが作れる勢いだった。次のアルバムに良さそうな未完成の曲が今も手元にたくさんあるよ』と述べている。

 このアルバムは、1曲を除いて基本的にはジャックとブレンダンが曲を作っていて、まるでレノン&マッカートニーのような感じでアルバム制作に臨んだらしい。ブレンダンは雑誌のインタビューで、『お互いを補い合っているんだ。ほとんど虎と羊の関係というか、陰と陽の関係みたいなもの』と述べていた。おそらくは、ジャックが虎でブレンダンの方が羊ではないだろうか、たぶん。そしてまた今回のアルバムでは、どちらかが曲を持ってきて他の人からアイデアをもらう形で進行し、最終的にメンバー全員で音作りに加わり携わったという。

 また、7曲目の"Hey GYP"だけは、イギリスのシンガー・ソングライターであるドノバンの作品であり、1965年のシングル"Turquoise"のサイドBに収められていた曲で、イギリスのバンド、ジ・アニマルズもカバーしていた曲だった。こういうマイナーな曲をも探し出すセンスはおそらくジャック・ホワイトに起因するものだろう。彼は以前にも、シェールの"Bang Bang"やラヴの"A House is not A Motel"などを探し出してきてはカバーしているからだ。719jb78yapl__sl1200_

 もともとジャック・ホワイトという人は、古典的なブルーズやカントリー・ミュージックの再解釈に長けた人で、伝統的なブルーズの手法などを踏襲しながらもそこに現代的でノイジーなサウンドを持ち込むことで、アメリカン・ロックの再興を果たしたミュージシャンだった。だから、アナログに異常なまでにこだわっており、レコーディング機材はもちろん、ギターのエフェクト類までもアナログで済ませている。自分のレコード会社を立ち上げたと言ったが、これは文字通りレコードを中心に制作、販売を行う会社であり、CDだけでなくレコードでも自分たちの作品を発売しているのだ。

 だから、曲のフレーズやサビなども60年代風なところも目立っていて、オールド・ロック・ファンは思わず涙腺が緩くなり、歓喜の涙を流してしまうところもある。このアルバムの冒頭の"Bored And Razed"もタイトルからしてゼップの"Dazed And Confused"を思わせてくれるし、実際の音もゼッペリンぽくってカッコいいのだ。やはりロックは、カッコよくなくてはいけないというお手本だろう。メロディは素晴らしいし、リフは強力で破壊力がある。1回聞いただけでノック・アウトされてしまった。今どきこういうパワフルで印象的な曲を表現できるのは、このバンドしかいないのではないだろうか。(ちょっと言い過ぎたか)

 ブレンダンが一番気に入っている曲が"Help Me Stranger"で、ブレンダンとジャックはギターとボーカルを担当し、ベーシストのジャック・ローレンスは手でベース・ペダルを演奏し、ドラマーのパトリック・キーラーはスネアをさかさまにして叩いていたという。そういうアグレッシブというか普通でない演奏方法などもブレンダンを魅了させたのだろう。

 3曲目の"Only Child"はお約束のバラードで、アコースティック・ギターが主体になり、それにベースやドラムス、キーボードの音が重ねられていく。実はジャックがアルバムの中で一番好きな曲がこれで、メロディーのみならず歌詞も気に入っているらしい。また、ソングライティングからプロダクションまでメンバー全員で力を合わせてできた曲だと自負をしている。

 "Don't Bother Me"もユニークな曲で、"Don't Bother Me, Bother Me"と何度も繰り返すフレーズが新鮮味でもあり、同時に破壊衝動をもたらしてくれる。1曲の中に転調がいくつもあって複雑な構成になっているが、最後まで聞くと一貫してロック的だと納得できる。特に最後のギター・ソロから短いドラムの連打のところは、まるでザ・フー、しかも60年代後半のキース・ムーン在籍時の様子を想起させてくれた。この曲もまたカッコいいのである。

 ザ・ローリング・ストーンズ主演の映画のタイトルに似ている"Shine the Light On Me"はピアノのリードで始まるミディアム・テンポの曲だ。普通に演奏すればお涙頂戴のバラード風になるのだろうが、それをいったん壊してドラムとベースで盛り上げていくという力業がまさにロックンロールだろう。

 続く"Somedays"のような郷愁を覚えるようなメロディを持つ曲は、ブレンダン・ベンソン主導で作られた曲だろう。ただ、この曲も個性的である。序盤や中間のギター・ソロ後に入る轟音ギター・フレーズの方が目立っていて、ある意味、ロックの持つ衝動性や破壊性がいかんなく発揮されているのだ。普通のポップ・ソングならここまでのアレンジは必要ないだろうが、そこはやはりザ・ラカンターズである。一筋縄ではいかないのだ。

 そして"Hey GYP"が始まる。ドノバンの元歌はブルーズ調だったのだが、ここでは初期のザ・ローリング・ストーンズのようにハーモニカも使用され、躍動感のある曲に仕上げられている。黒っぽい雰囲気だし、途中のごちゃごちゃしたギター・ソロも何となく下世話で猥雑な感じがした。演奏上手なストーンズといった匂いがプンプンするのだ。

 "Sunday Driver"はファースト・シングルに選ばれた曲で、これもまたキレのあるリフとサウンドが荒々しい。中間のハーモニーがザ・ビートルズ的であり、また後半はオルガンも使用されていて、何が出てくるかわからないところがこのバンドの優れたところだろう。こういう何でもありのモダンなロックンロールというところが若者にも支持される由縁だろう。

 そのシングル化された"Sunday Driver"のサイドBが"Now That You're Gone"である。この曲はバラード・タイプの曲で、メロディアスで耳に残る曲だ。ギター主体の音作りでシングルに相応しい曲といえる。中間のギターソロがカッコいいし、ベース・ギターもしっかりと自己主張している。まさにメンバー全員で作りましたよというような曲だ。

 続く"Live A Lie"は2分20秒の短い曲で、この性急感はまるでパンク・ロックだろう。ただ単なるパンクではなくて、よく練られ考えられたパンク・ロックの曲だ。ギターのアレンジが巧みで、普通のパンク・バンドではこの表現は難しいと思う。また、エンディングがスパッと切れるところも清々しい。理想的なパンキッシュな曲構成ではないだろうか。

 "What's Yours is Mine"もリフがゼッペリンぽくって、完全に意識しているよなあという感じがした。こういう過去のお手本を参考にしながらも、そこから自分たちのオリジナリティを生み出していくという方法が、60年代を生きたオールド・ファンだけでなく今を生きる若者にまで感動と興奮を与えているのだろう。この曲も2分台と短いが、あえて長めにアレンジをせずにコンパクトにまとめているところが、現代のロックンロールの特徴のような気がする。昔のような重厚長大はヘヴィメタ部門では受けるだろうが、いわゆるオルタナティヴ・ロックでは違うのだろう。

 そしてアルバムの最後を飾るのは、"Thoughts And Prayers"だ。ロックンロール色は薄く、アコースティック・ギター主体なのだが、特徴的なのはゲスト・ミュージシャンのフィドルがフィーチャーされている点だ。また、シンセサイザーの音なのか、時々、装飾音も入ってきて曲を盛り上げている。例えていうなら、ソロになった今のロバート・プラントが好きそうなサウンドだ。エンディングのフィドル・ソロは圧巻だし、それと他の楽器との調和が見事である。エンディングに相応しい曲といえるだろう。71qlcb9dl__sl1200_

 21世紀の今となってみれば、1950年代のロックンロール誕生から2010年代までのロック・ミュージックを俯瞰できるわけで、その中でよいものや参考になるものを拾い上げていくことは簡単なことだろう。しかし、それが受けるとは限らない。そこにオリジナリティというものがないと、単なるパクリで終わってしまうからで、そんなものには洋楽ファン、特に耳の肥えたファンは見向きもしないだろう。

 ジャック・ホワイトやザ・ラカンターズが受けるのは、単なるオールド・ミュージックの焼き直しに終わらず、そこに現代的なセンスやオリジナリティを持ち込んでいるからだ。だから彼らは広い層から支持されるのである。11年ぶりの新作となったアルバムだったが、イギリスのチャートでは8位を、アメリカでは初登場1位を記録していることが何よりの証明ではないだろうか。

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