2018年4月16日 (月)

80年代のZZトップ

 さて、ZZトップはまだまだ続く。今回は80年代の彼らのアルバムについて調べてみた。80年代に入って最初に発表されたアルバムは、1981年の「エル・ロコ」だった。71stbfw9t0l__sl1102_

 これは彼らにとって7枚目のスタジオ・アルバムにあたり、80年代に隆盛を迎える彼らの人気のプロローグを飾ったアルバムだった。
 このアルバムを聞いたときに思ったのは、今までのブルーズ臭のする楽曲が目立たなくなったということだった。

 冒頭の"Tube Snake Boogie"は相変わらずのブギー調の曲で、安心して聞くことができる。こういう曲を聞きながら、春の花が咲いているドライブコースを運転すれば、ご機嫌というものだろう。ディストーションのあまりかかっていないシンプルなギター・ソロが余計にかっこよく聞こえてくるから不思議なものだ。

 続く、"I Wanna Drive You Home"はミディアム調のブルーズ・ロックで、これもまた予定調和的な音楽だ。次の"Ten Foot Pole"ではエフェクターのかかったギターが印象的だった。後半のギター・ソロをもっと聞きたいと思うのだが、ビリーのギター演奏は上図なのに、いつもフェイド・アウトしてしまうような気がする。

 意外だったのは、4曲目の"Leila"だった。曲名からして、クラプトンの名曲を思い出させてくれるのだが、これがなんとまあ、超ポップな曲なのである。
 何しろスティールギターがフィーチャーされていて、70年代後半のウエストコースト風に仕上げられている。ビリーの声までソフト&メロウな感じで、シャウトすらしていない。今までのZZトップの曲から見れば、ちょっと異質な感じがしてならない。81kur02kz2l__sl1272_
 5曲目の"Don't Tease Me"では再びZZトップの音楽観を耳にできるのだが、次の"It's So Hard"では、70年代後半のイーグルスやポコのようなミディアムスローの曲になっていて、またまたビックリした。
 曲自体は悪くないのだが、何というか最初からヒットを狙っているような、あるいは、ナイトクラブで演奏されるような、そんな感じの曲なのである。

 そして"Pearl Necklace"もまたちょっと違う感じがしていて、これはチープ・トリックやカーズのようなポップ・ロックのバンドが演奏する曲だと今でも思っている。
 ちなみにビルボードのシングル・チャートでは、"Leila"が77位、メインストリームロック・チャートでは、"Pearl Necklace"は28位だった。

 一番の問題作は、2分44秒の"Groovy Little Hippie Pad"だろう。この曲に初めてシンセサイザーが使用されたからだ。正確に言えば、前作の「皆殺しの挽歌」でも少しだけ使用されていたので、初めてとは言えないのだが、でも曲全体に目立つように使用されたのはこの曲が初めてだろう。
 これはこの時のプロダクション・エンジニアだったリンデン・ハドソンのアドバイスによるもので、当時の流行りを取り入れたことと、それによって曲やアルバムが目立つことを狙ったものであった。

 そのせいか、このアルバムは、チャートで17位まで上昇して、ゴールド・ディスクを獲得した。イギリスでも88位に顔を出して、これは1975年の「ファンダンゴ!」以来のチャート・インになった。ちなみに、「エル・ロコ」とは“気のふれた人”という意味のスペイン語らしい。

 ただ、個人的にはどうしても受け入れ難かった。今までのブルーズ・ロックやブギー調の曲は、悪くいえば、どこを切っても金太郎飴っぽいワン・パターンに陥りやすかったが、それでもZZトップならではの個性的で、ノリのよい雰囲気の曲が多く、個人的に大好きだった。

 それが、急にシンセサイザーで色づけたり、ウエストコースト風のAOR軟弱路線に走ったような気がしたのだ。バラエティに富んでいると言えば聞こえはいいが、昔からのファンには方向転換したと思ったのではないだろうか。

 そんな考えを見事に吹き飛ばしたのが、1983年の「イリミネイター」だった。このアルバムは売れに売れた。どのくらい売れたかというと、当時のアメリカだけで650万枚以上、今では1000万枚以上の売上げを記録しているし、アルバム・チャートでは全英3位、全米9位、アルバム・チャート内に135週以上にわたって留まっていた。約3年近くチャート・インしていたことになる。91hxfcfciol__sl1500_

 この大ヒットのおかげで、彼らはアメリカのバンドから世界的に有名なバンドへと成長していった。
 皮肉にもヒットの要因は、ZZ風シンセサイザーやドラム・マシーンの活用、もしくはテクノ風ZZトップの曲が新鮮に響き、それまでのファンのみならず、新しいファン層の開拓にも成果があがったからだ。

 このアルバムからは5曲がシングル・カットされ、特に、1984年に発売された"Legs"には、一聴してわかるようにシンセサイザーやシーケンサーが使用されていて、大人も子どもも受け入れていき、これが全米8位にまで上昇してしまった。

 “ブルータス、お前もか”という心境だったのだけれど、でも聞けば聞くほど気持ちよくなってくるのである。ZZトップらしい疾走感というかノリの良さは備わっているし、ギター・ソロも含まれているし、オールド・ファンにも受け入れやすい要素は確かにあった。

 まあ、ZZトップがディスコ・ミュージックにだけは走らなくてよかったと胸を撫で下ろしたのだが、"Legs"や"Thug"、"TV Dinners"などのアルバム後半の曲には、正直、違和感だけは残ったのである。71d3tuzzbl__sl1262_

 そんな彼らが、さらに柳の下の二匹目のドジョウを狙ったのが1985年の「アフターバーナー」だった。
 最初の3曲を聞いただけで、これは売れると思った。実際に、"Sleeping Bag"は全米シングル・チャートで8位、"Stages"は全米21位、"Woke Up With Wood"はメインストリーム・ロック・チャートで18位まで上昇していた。

 それ以外にも、お涙頂戴のバラード"Rough Boy"、タイトル通りのロックン・ロール"Can't Stop Rockin'"、ギターよりもシンセが目立つ"Velcro Fly"、アルバムの最後を飾っている"Delirious"などもシングル・カットされていて、全曲シングル・カットされてもおかしくないと思われるほどのアルバムだった。71w5lxskh0l__sl1400_
 だから目をつぶってZZトップと思わないで聞けば、確かにすごいアルバムだと納得できたし、売れても当然と思ったのだが、これがZZトップだと思うと、何となくもの哀しくなったのである。

 例えて言えば、初めて90125イエスを聞いた時の反応に近いと思う。「危機」や「海洋地形学の物語」を聞いた後で「ロンリー・ハート」を聞くと、どういう反応をするだろうか。往年のファンと新しいファンは、当然そのリアクションは違ってくるだろう。そんな感じなのだ。

 そして、このアルバムもまた売れた。アルバム・チャートでは全英2位、全米4位、ニュージーランドでは3週にわたって1位を記録している。
 確かに当時はこういうシーケンサーを使っての打ち込みやドラム・マシーン系の音楽が全盛期だった。シカゴ、スターシップやハート、a-haなど、当時のチャートの上位を占めていたバンドの楽曲は、たいていこういう傾向を示していた。そういう時代だったのだ。71cwuafsyql__sl1256_
 そして80年代最後のアルバムが「リサイクラー」だった。これは前作から約5年たった1990年に発表された。“シンセ三部作”の最後を飾るアルバムだったものの、前作の「アフターバーナー」よりはシンセサイザー等の使用度が下がっていたため、個人的にはまあまあ気に入っている。

 ただ、このアルバムも売れた。全英アルバム・チャートでは最高8位、全米では6位を記録したし、アメリカではプラチナ・ディスクに認定されている。
 シングルもアルバム10曲中6曲もカットされていて、そのうちメインストリーム・ロックのチャートでは、"Concrete and Steel"、"Doubleback"、"My Head's in Mississippi"が1位を、"Burger Man"が2位を獲得した。91rjnz1pevl__sl1500_
 また、"Doubleback"は映画「バック・トゥ・ザ・フューチャーpart3」の主題歌にも使用され、映画のヒットとともに、シングル、アルバムともに売れるという相乗効果を発揮した。80年代はロック・ミュージックが映画音楽に使用されて映画も音楽も売れるという、わかりやすい傾向があった。ある意味、幸せな時代だったのだ。

 また、このアルバムでは、"Give It Up"のような前作のアウトテイクのような曲はあるものの、以前のような露骨なシンセサイザー等の使用は控えられていたので、オールド・ファンにも受け入れやすかったのだろう。

 同時に、"2000 Blues"のような現代的なスロー・ブルーズも収められていたことから、俺たちのZZトップが戻ってきたぞという感覚があったのだろう。ターニング・ポイントのような少しだけ原点回帰し始めたような雰囲気があった。A14j5zmuxjl__sl1500_
 とにかく、この80年代に、時流に乗ったZZトップ一行は、アメリカのバンドから世界を代表するバンドへと成長していった。それは自分のようなZZトップのファンからすれば、好き嫌いは別として、確かに喜ぶべきことには間違いないのであった。

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2018年4月 9日 (月)

ZZトップ(3)

 久しぶりのZZトップの登場である。最近、このバンドのアルバムを全部手に入れて聞いてみようと思い、徐々に集めてきた。すでに何枚かのアルバムは手に入れていて、このブログでもその感想などを綴らせてもらっている。

 それで今回は、彼らのデビュー・アルバムやライヴ・アルバムを聞いてみようと思って、早速手に入れて聞いてみた。
 本当は「70年代のZZトップ」ということで、発表順にアルバムについて書いてみようと思ったのだが、すでにセカンドやサード・アルバムについては既出しているので、今回は割愛した。

 今回も輸入盤を購入して聞いてみた。詳細についてはよくわからないところもあるのだが、個人的に耳にした音の感想を記しているので、多少異議があってもお許し願いたいと思う。

 その前に、“ZZトップ”という名前の由来について調べた。前々から気になっていたのだ。これはギタリストのビリー・ギボンズのアイデアから来たものである。
 ある時、ビリーが自分の部屋にはっていたミュージシャンのポスターを見ていた時、B.B.キングとZ.Z.ヒルのポスターに目が行った。 

 B.B.キングは有名なので今さら説明するまでもないが、Z.Z.ヒルという人は、テキサス出身のソウル&ブルーズ・シンガーだった人で、50年代後半から活動していたが、人気が出たのは80年代になってからだった。
 ただ残念ながら、1984年に自動車事故による怪我が悪化して亡くなっている。享年49歳だった。

 その2人の名前を合体させて、“Z.Z.キング”という名前を思いついたのだが、それではB.B.キングとあまり変わり映えがしないと思ったようだ。
 それで、『“キング”は頂上を意味しているだろう』と考えて、結局、“ZZトップ”という名前になったのである。

 そんなビリーは、ベーシストのダスティー・ヒルとドラマーのフランク・ビアードと一緒にバンドを結成した。1969年という昔の頃のお話だ。

 そして、プロデューサーのビル・ハムと一緒にアルバムを作り上げた。それが1971年に発表されたデビュー・アルバムの「ZZトップス・ファースト・アルバム」だった。71mr7nisdpl__sl1425_
 これがまた渋いブルーズ・アルバムで、個人的には気に入っている。アルバムはシングルカットされた"Shakin' Your Tree"で幕を開ける。ミディアム・テンポの曲で間奏のギター・ソロがキラリと光っている。

 2曲目の"Brown Sugar"はストーンズのそれとは真逆のテンポの曲で、スロー・ブルーズで始まり、2分後からノリのよいミディアム・ブルーズに変わる。5分32秒と、このアルバムの中では最も時間が長い。これも間奏とエンディングのギター・ソロがカッコいい。決して速弾きではないのだが、的確でノリがよい。ビリーのリズム感が優れているのだろう。

 3曲目の"Squank"と次の"Going Down to Mexico"にはベーシストのダスティーも曲作りに加わっているせいか、ボーカルで参加している。"Squank"にはバックアップ・ボーカルとして、"Going Down to Mexico"ではリード・ボーカルを取っていた。彼の声の方が幾分高く聞こえてくる。

 "Old Man"はカントリー・フレイバー漂うスロー・ブルーズで、多重録音されたスライド・ギターがタイトルのような雰囲気を醸し出している。

 ただこのアルバムは、こういうスローな曲やミディアム・テンポの曲がほとんどで、アップテンポの曲がほとんどというか、まったくない。強いて言えば、最初の曲"Shakin' Your Tree "と最後の曲"Backdoor Love Affair"くらいだろうか。71qsgsnyopl__sl1264_
 だからというわけでもないだろうが、セールス的には今一歩だった。ただ、3人組のシンプルなバンド構成ながら、粘っこいサウンドで注目を集めたのは間違いない。以後、毎年スタジオ・アルバムを発表して、徐々に人気、セールスともに向上していき、3枚目の「トレス・オンブレス」はビルボード8位まで上がって、ゴールド・ディスクを獲得した。

 これで自信を得たバンドが次なる作品として発表したのが、1975年の「ファンダンゴ!」だった。バンドにとって4枚目になったこのアルバムは片面はライヴ音源、もう片面はスタジオ録音による新曲で占められていて、いわゆる変則アルバムになっていた。

 最初の3曲はニューオーリンズにおける1974年4月のライヴ音源から収録されていて、最初の"Thunderbird"と次の"Jailhouse Rock"はカバー曲だった。81mnimbq4sl__sl1425_
 "Thunderbird"という曲は、元はテキサスでは有名だったローカル・バンド、ザ・ナイトキャップスの持ち歌で、ノリノリのパーティー・ソングだ。この曲の著作権をめぐってZZトップとザ・ナイトキャップス側で訴訟問題が起こったが、結局のところZZトップ側が裁判で勝訴した。

 "Jailhouse Rock"はエルヴィス・プレスリーも歌った曲なのでほとんどの人はご存知だと思う。残りの"Backdoor Medley"はオリジナルとカバーのメドレーになっていて、全体で9分25秒になっている。中身はファースト・アルバムの最後に収められていた"Backdoor Love Affair"をベースにして、その間にウィリー・ディクソンの"Mellow Down Easy"と最後にジョン・リー・フッカーの"Long Distance Boogie"が配置されていた。

 後半のスタジオ録音では、軽快でファンキーな"Nasty Dogs And Funky Kings"、レッド・ゼッペリンの"Since I've Been Loving You"のような"Blue Jean Blues"、ギターのカッティングが印象的な"Balinese"などが収められていて、どの曲も個性的で印象的だ。特に、最後の曲"Tush"はシングルカットされて全米19位まで上昇している。

 このアルバムの2006年にリマスターされたバージョンでは、1980年8月のニュージャージーにおけるライヴ音源による曲が3曲収められており、「ファンダンゴ!」のスタジオ録音曲である"Heard It on the X"と"Tush"がボーナストラックとして収録されていた。残りの1曲は"Jailhouse Rock"だった。51ofrhmfml
 確かに彼らのライヴ曲を聞けば、優れたライヴ・バンドということが分かるだろう。ファーストのようなミディアム曲中心の単調さはなく、ホットでエネルギッシュで、素晴らしくノリの良い曲が中心なので、本物のライヴを見てみたくなる。これもデビュー以来、南部を中心にアメリカ中をまわって培ったテクニックや演奏力の結果に違いない。

 彼らは、翌年にはこれまた素晴らしいアルバム「テハス」を発表し、ビルボードのチャートでは17位を記録した。前作の「ファンダンゴ!」が10位だったから、この頃の彼らはまさに第一次のピークを迎えていたことになる。

 それから約3年たって新しいスタジオ・アルバムが発表された。この間、彼らはアルバム「テハス」のプロモーションを兼ねての大掛かりなワールド・ツアー、“ワールドワイド・テキサス・ツアー”を続けた。その後、約3ヶ月にわたる完全休養期間を設けている。だからニュー・アルバム発表までに時間がかかったのであろう。

 そのアルバム「皆殺しの挽歌」は、再びZZトップのメインテーマであるスピードの速い車やゴージャスな女性、愛するテキサスの大地や音楽を反映させたものになっていた。
 タイトルはスペイン語で『虐殺』を意味するようで、これは1836年2月から3月にかけて行われた“アラモ砦の戦い”におけるスペイン軍のかけ声を意味しているという。81qv8ooxwcl__sl1079_
 肝心の内容はというと、これまたブルーズを基盤とした密度の濃いアルバムに仕上げられている。全10曲中、カバーは2曲だがこの2曲がまた素晴らしい。

 アルバム冒頭の"I Thank You"は1968年にサム&デイヴが歌ったもので、原曲はアイザック・ヘイズとデヴィッド・ポーターが手掛けている。スローな曲だが、独特の粘りと引きずるようなリズムが特徴で、非常にカッコいい。

 もう1曲の"Dust My Broom"はロバート・ジョンソンの曲。ビリーの演奏するスライド・ギターがエルモア・ジェイムズ風に演奏されていて、曲がいいから演奏も際立って聞こえてくる。
 それ以外にもシンプルなブギーの"She Loves My Automobile"、曲の途中にギターによる三連符が3回入る"I'm Bad, I'm Nationwide"などの佳曲が多い。

 これら以外にもスローなブルーズの"A Fool for Your Stockings"、語り風の、いわゆる“トーキング・ブルーズ”である"Manic Mechanic"、アルバムから最初にシングルカットされたファンキーな"Cheap Sunglasses"などもあって、どの曲もZZトップ印が付いているような彼らの特徴を示していた。

 それに、最後の曲の"Esther Be the One"は、意外とポップな曲になっていて、これをシングルカットした方がいいような気がした。大ヒットにはならないけれど、ベスト50内には入ったのではないだろうか。81qszdidfnl__sl1238_
 このアルバムから、彼らはレコード会社を移籍していて、当時のワーナーブラザーズから発売されている。大手であるワーナーのプロモーションのおかげで、チャート的には24位だったものの、セールス的にはプラチナ・ディスクを獲得している。ZZトップはアメリカでは押しも押されぬメジャーなバンドに成長したのであった。

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2018年4月 2日 (月)

リバイバル

 エミネムのアルバムが昨年末に発表された。自分はラップ・ミュージックが嫌いで、あんなものはゴミみたいなものだと思っていたけれど、エミネムのアルバムを聞いて考えが一変した。ラップはロック・ミュージックの進化形であり、恐らくこれからも発展していくだろうと確信したのである。Main17121_2
 ロック・ミュージックが本来持っている衝動性や破壊性、批判精神などは、確実にラップ・ミュージックの中に息づいている。
 特に、エミネムのアルバムの中にはそれらが備わっていて、聞き返すたびに、彼の感情や息づかいまでもがリアルに伝わってくるような気がしてならない。

 彼のファンならよく知っていると思うけれど、2004年のアルバム「アンコール」から2009年の「リラプス」までの間に、薬物依存症を克服するために治療リハビリを行っていて、そこから徐々に全盛期の姿に近づきつつある。

 彼は今でも2000年に発表されたアルバム「ザ・マーシャル・マザーズLP」を自身の最高傑作だと位置付けていて、それを超えるために新作を出し続けている。

 それで昨年の12月に発表されたアルバムが「リバイバル」だった。このアルバム・タイトルから思うに、彼の完全復活宣言を告げるアルバムに違いない。だから、思い切って購入して聞いてみたのだが、相変わらずの攻撃性と先鋭性、衝動性などが伝わってきて、2000年代初めと変わらないスキルを伴っていたようだ。81jq0lcrrl__sl1000_
 例えば、2013年の「ザ・マーシャル・マザーズLP 2」には"Rap God"という曲があって、この6分4秒の長さの曲の中に、1560語がリリックされていて、“最も単語数の多いヒット・シングル”としてギネス・ブックに認定されている。

 なぜエミネムの人気は衰えないのか、どこが他のラッパーと違って自分にとって魅力的なのか、考えてみた。それは次のようなことではないかと思っている。
①彼の紡ぎ出すリリックが攻撃的なリズムを伴っていること
②聞くたびに気持ちが高揚してくること
③リリックを繋ぐトラックがメロディアスであること
④自分のトラウマなどの過去を曝け出していること

 特に3番目のトラックがメロディアスであるということは重要で、以前は過去のヒット曲などのサンプリングで、美メロを引用していたこともあったが、最近では他のミュージシャンと共作してのオリジナルが目立ってきたようだ。

 そして、リハビリ前のエミネムは、自らの生い立ち、母親との確執、妻との愛憎劇、娘への愛情などを包み隠さず、あるときは攻撃的に、あるときは慎み深く、ライムを重ねながらラップしていった。
 そういう自らのプライベートまでも対象化し、世界中に広く訴えてきたところも、人気に拍車をかけていったのではないだろうか。

 彼の自伝的映画である「8マイル」では、幼い頃に父親が家を捨てて出ていき、母親はトレーラーハウスに男を引っ張り込んでよろしくやっている様子が描写されていたが、等身大の彼らの姿だったのだろう。5142870mf1l
 また、デキちゃった結婚をした妻のキムとの離婚や再婚、再離婚などの確執では、楽曲の中でその愛憎を披露するなど、世間も注目するような関係が披露されていた。

 そういう直接的な心情の吐露が、2009年以降は影を潜め、むしろエミネム自身の内面性というか、沈潜した感情の表出が目立ち始めていて、彼の人間的成長とともにリリックにおいても大きな変化が目立ってきているのだ。

 45歳になったエミネムは、情熱は今でもあるがデビュー当時の怒りはなくなりつつあると言っていて、その分、ライムのテクニックやリリックの早さなどでの成熟さを自覚しているようだ。
 彼がデビューする前のラップ・バトルでは、最初から4行ぐらいまでのリリックの中で、皆の注目を集めないとすぐに飽きられてしまうから、なるべく最後まで聞いてもらえるように、刺激的で注視されやすいテーマやコンテントを発しなければならなかった。

 だから、デビューしてから世界的注目を集めるようになっても、彼は自分自身の生い立ちなども含めて過激なラップを展開してきた。そのせいか、逆に性差別者や人種差別者などの間違ったイメージが彼に与えられてきたのである。
 さらには、"Just Lose It"のマイケル・ジャクソンや"Mosh"における当時のブッシュ大統領などの有名人をディスったり、"Cleaning Out My Closet"や"Kim"での母親や元妻などとの裁判などをモチーフにするなど、とにかく世間の注目を集めてきた。

 ところが最近のアルバムでは、そういう過激性が影を潜め、むしろ今までのリリックの内容を反省するような、自省的で他の誰にも備わっている普遍的な感情を曲に込めるようになってきたのである。

 それに伴って、トラックのメロディが聞きやすくなってきたような気がするし、オリジナルで勝負するようになってきたのだろう。
 昔はエアロスミスの"Dream On"をサンプリングした"Sing for the Moment"や、最近でも前作のゾンビーズの"Time of the Season"を一部引用した"Rhyme of the Season"など、ポップなメロディーを伴ったトラックを用意していたが、徐々にその使用比率は少なくなっているようだ。

 それに、以前は“スキット”と呼ばれる曲間での短い出し物があったのだが、これもその出現回数は減って来ていて、前々作の「リカバリー」では0、前作の「マーシャル・マザーズLP 2」では1回しかなかった。今作では“イントロ”や“インタールード”はあるものの、“スキット”自体は0だった。

 逆に、大物ミュージシャンとのコラボレーションが目立っていて、前々作ではPINKやリアーナ、前作でもリアーナやケンドリック・ラマーをフィーチャーしたメロディアスな楽曲が目立っていた。

 今作の「リバイバル」においてもそれは同様だ。リード・トラックの"Walk on Water"では大物ビヨンセが、"River"で今をときめくエド・シーランが、歌姫とも呼ばれたアリシア・キーズは"Like Home"で、そして再びPINKは"Need Me"でフィーチャーされている。71hmrykrrel__sl1169_
 もちろんこれら以外にも何人かの優秀なミュージシャンが関わっているのだが、自分はあまりよく知らないので詳細は省きたい。

 また、内容的にも元妻や娘に対する謝罪を内容にしたものや、"Rap God"とまでいっていた自分自身を、“氷の上を歩けるのは 凍っているときだけ”とまで冷静に見つめるようなものも含まれていて、彼が現実的かつ内省的になっていったのが分かるのだ。

 彼がリハビリから戻って来て約9年、この間に4枚のアルバムを発表したエミネムが、徐々にその姿や精神性を変化させていった。

 思えば彼もすでに45歳である。若い頃は怒りや、それを含む感情のみで突っ走っていったし、それだけでも彼の才能からすれば十分インパクトはあったのだが、もはやそれだけでは済まされない時代の変化や彼自身を取り巻く環境の変化が彼の音楽性に影響を与えていったのだろう。

 今作でもその制作意欲の原動力のひとつになったのは、アメリカの新大統領の登場である。エミネムはあいつを見ていると、怒りで血が煮えたぎると述べており、弾劾されるのならいくらでも協力するとまで言い切っている。

 実際、白人のエミネムがポピュラリティーを得たのは、黒人のDr.ドレーのおかげである。貧しかったエミネムは、当初は白人からも黒人からも疎まれ、嫌悪される存在だったのだが、逆にそれをバネとして、怒りや爆発した感情をもって非難や嘲笑の声を押し倒し、押さえ込んでいった。

 それをDr.ドレーが見つけ、育てていったのだ。こういうアメリカの多様性や懐の深さに自分は敬意を表したいのだが、それを分断し、溝を広げていこうとする新大統領の施策や考え方、メッセージに彼は強い怒りを感じているのである。

 ただ、彼を応援している人は、白人の低・中所得層が多いという。それはまた新大統領を支援している人たちと重なるわけで、エミネムのこの表明がファン離れにつながるのではないかと心配されていた。

 しかし、それは杞憂に終わったようだ。この「リバイバル」は全英、全米のアルバム・チャートで首位を獲得している。特に英国では初登場No.1に輝いた。4年ぶりのアルバムだったが、相変わらずエミネムの人気は衰えていないようだ。

 ともあれ、デビュー時の“怒れる若者”だったエミネムが自分のトラウマや家族関係に素直に向き合い始め、同時に政治的・社会的には積極的にコミットメントをしようとしている。この人間的な成長が、ニュー・アルバム「リバイバル」に込められている。Eminemwalkonwaterpressshotweb730opt
 エミネムが薬物中毒を克服してから、約9年がたった。彼の吐くリリックやライムは相変わらず先鋭的でアグレッシヴなのだが、それが彼の内面的な成長とともに、これからどう変化していくかが楽しみでもある。
 それに伴って、ラップの可能性はまだまだ広がるだろうし、それはまたロック・ミュージックのもつ極限値を広げることにもつながるに違いない。

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2018年3月26日 (月)

ソングス・オブ・エクスペリエンス

 今回も昨年の終わりごろに発表されたアルバムについてである。それで3月も終わりを迎えた頃ではあるが、アイルランドから生まれて世界的に有名になったU2のアルバム「ソングス・オブ・エクスペリエンス」について記すことにした。

 ご存知のように、このアルバムは2014年に発表された「ソングス・オブ・イノセンス」と対をなすアルバムであり、最初からそういう目的で制作されていたものである。U2mojo254770
 このアルバムを制作するにあたって、ボーカル担当のボノは、次のように述べている。『前作が自分たちの青年時代の出来事やその影響などをもとにして制作してきたのに対して、このアルバムでは自分たちの家族や友人、ファン、自分自身といった親しい人たちに宛てた手紙のかたちをとった曲が集められている』

 手紙といっても、普段のお互いの近況を知らせ合うようなものでは、当然のことながら違う。アルバム・タイトルにもあるように、"Experience"つまり彼らが今まで約40年間たどってきた経験から、今の世界の状況を踏まえて記した手紙なのである。

 だから、その内容は多岐にわたる。基本的には通常のラブ・ソングのように聞こえる楽曲も、よく聞けば(見れば)、ソマリアの内戦や地中海を渡るイラク難民、「万人に機会ある国」から「分断と差別に彩られた国」に変貌しつつある国に対するメッセージ・ソングとなっているのだ。

 ボノはまた、こうも語っている。『自分は十代ならではの感情から、あまり卒業できていないように感じるよ。怒りこそがロックン・ロールの核だろう?それがロックとポップスの違いなんだ。苦痛を美に昇華するのが芸術の仕事であり、怒りをロックン・ロールに転じる、というのが俺たちのやっていることだ。
 今回のアルバムに関して、とりわけ気に入っているところは、そういうエネルギーがこの作品にはあるという点だ。パンク・ロックではないけれど、このアルバムにはそういったエネルギーがある、そういう挑戦的で反抗的な態度が備わっているんだ』

 アイルランドのダブリンの高校生が掲示板を見てバンドを結成してから約40年余り、今では彼らの発するメッセージが世界中で話題になるほど現在を代表するバンドになってしまったU2だけのことはある。音楽的な深化はあっても現状認識については、デビュー当時と変わらないようだ。

 サウンド的には、80年代のようなエッジの効いた尖った音楽はやっていない。むしろ年相応に落ち着いていて、聞きやすくポップで、部分的には、同時期に発表されたマルーン5のようなメロディアスな部分もある。
 しかし、それはあくまでも彼らが音楽的な“エクスペリエンス”を経た結果であり、成熟した姿といっていいだろう。61rnsredsll
 不穏な雰囲気を醸し出す"Love is All We Have Left"から"Lights of Home"では、愛の姿やその源となる“家庭の灯り”が綴られているし、最初のシングルでもあり堂々たるU2節を備えた"You're the Best Thing About Me"では、自分と相手との分かち難い愛の証が込められている。

 U2はまた、貪欲に音楽を吸収し続けている。例えば、サンプリングに関しては、何かをサンプリングするのには大きな自由がある。ヒップホップがあれほど楽しいのは、自由に取り入れることができるからさ、とボノは述べているが、このアルバムでも"Get Out of Your Own Way"と"American Soul"のつなぎには、アメリカの今をときめく有名ラッパーであるケンドリック・ラマーが参加している。

 これは、まだ制作中だった"American Soul"をボノがケンドリック・ラマーに送ったところ、彼が自身のアルバム「ダム」でサンプリングしたからで、そのアンサー・ソングとして、この曲と前曲の間にケンドリックの声を入れたからだ。

 ケンドリック・ラマーだけでなく、レディー・ガガは"Summer of Love"に、ジュリアン・レノンは"Red Flag Day"に参加している。
 両方の曲とも、イラク難民やアジアやアフリカで今なお起きている紛争等の避難者のことを歌っているが、前者ではループやサンプリングがかなり使用されているが、それが分からないように巧みに加工されていた。

 後者の"Red Flag Day"とは、“遊泳禁止の日”を意味していて、ギターのハードなカッティングがリスナーにも切迫感を与えてくれる。泳ぎが禁止されていても泳がざるをえない状況の人たちが抱く感情なのだろうか。

 このアルバムの中で一番ポップで、というかポップ過ぎて驚いたのは"The Showman"だろう。50年代から60年代にかけてのバブルガム・ポップをU2流に焼き直したらこうなりましたよという曲なのだ。とても「WAR」や「焔」の時のU2とは思えない曲であり、こういう曲も書けて演奏できるようになったという進化を表しているのかもしれない。

 続く"The Little Things That Give You Away"は往年のU2の姿がよみがえってくるスローな曲で、ジ・エッジの反響するようなギター・サウンドを味わうことができる。昔を知っている人には素敵なプレゼントになるだろう。ボノはこの曲を書きながら、自分自身に宛てた曲だということが最後になって分かったと言っていた。

 "Landlady"もまた懐かしさ満載の名曲だと思う。モチーフは家族のことを歌っているのだが、ボノが個人的に愛する妻アリのために作った曲とも言われている。確かボノはまだ離婚をしていないのではないかな。

 ロックスターともなれば、グルーピーもいるし、言い寄ってくる女性も多いだろうに、ボノの周辺では不思議とそんな話は聞かない。
 ボノのみならず、結成以来不動のメンバーで活動を続けてきたU2には、ドラッグやアルコール中毒、不倫などで話題になったメンバーはいない。そういう潔さも人気の一因なのだろう。

 90年代初頭のU2が味わえるのが"The Blackout"で、ユーロビートのようなリズムや装飾されたキーボード・サウンドなどは「アクトン・ベイビー」や「POP」のようなアルバムに相応しいように思える。
 また、自分の息子に宛てた曲が"Love is Bigger Than Anything in Its Way"で、なかなか感動的なバラードに仕上げられている。

 息子といえば、このアルバムのジャケットには、ボノの息子のエリとエッジの娘のシアンが手を握って正面を向いている写真が使われているが、ここにも家族を大事にする姿やその礎となる愛情や友情や信頼などがシンボライズされているようだ。81dhj8n2l2l__sl1400_
 アルバム本編の最後を飾る曲は"13(There is A Light)"であり、本来は収録する予定はなかった曲である。
 ボノは12曲で終わらせるつもりだった。入れるとすれば隠しトラックで、と考えていたようだが、前作のアルバム「ソングス・オブ・イノセンス」の中に収録されていた曲である"Song for Someone"の一節をこの曲の中に取り入れることで前作と今作の2枚のアルバムを繋ぐことができるというアイデアを気に入り、13曲目を作ったのである。

 この曲の中では、“若い時の自分たち”と“経験を積んだ自分たち”を重ね合わせていて、それはまた、自分が恋に落ちた十代の少女のためと、その彼女の子どもたちのためという意味も込められている。そういう成長した姿も示すことが、このアルバムのタイトルや内容構成に込められているのである。

 思えば、U2は、80年代のアルバム「ボーイ」と「WAR」でも成長した子どものアルバム・ジャケット写真を通して、自分達の成長や状況の変化を示していた。そういう対比する姿勢はデビュー以来変わっていない。こういう首尾一貫性もまたU2が支持される所以であろう。

 ボノは、このアルバムを評して、永久不滅の作品は政治的であると同時に個人的でもあることが多いと述べていたが、確かに個人的な内容のようだが、それはまた普遍的なメッセージを放っているアルバムなのである。

 音楽的には、今までの集大成的で丸くなったところも感じられるのだが、内容的には時代にしっかりと対峙していて鋭いメッセージを放っている。デビュー40年を過ぎても、ますます彼らから目が離せないのである。

 

*ボノのインタビュー等の発言に関しては「ロッキング・オン2月号」を参照しました。ありがとうございました。

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2018年3月19日 (月)

マルーン5の新作

 今月は、テンプルズやサム・スミスなど、ファルセット(裏声)を上手に使って熱唱するシンガーの特集のような気がする。特に意識してそうしているわけではないのだが、何となくそうなってしまった。

 ファルセットといえば、元ロキシー・ミュージックのブライアン・フェリーやもう亡くなって久しいけれど、元ユーライア・ヒープのデヴィッド・バイロンなどが記憶に残っている。1970年代の当時では、ハード・ロック・バンドのボーカリストには高い声を出すことが求められていて、例えばロバート・プラントやイアン・ギランなどは、その最たるものだった。

 それをファルセットによる高音で歌ってしまうと、ちょっと邪道じゃないのというような風潮が漂っていた感じがしたものだ。ファルセットならある程度の高い声は出せるからである。
 可哀そうなデヴィッド・バイロン、上手なボーカリストだったのに、正当な評価を得られないままと言い切ってしまっていいのか躊躇するが、少なくとももう少し有名になってもよかったのではないかと、ずっと思っているのである。

 まあそれはともかく、今回もファルセットの上手なシンガーのいるバンドの最新アルバムを紹介することにした。アメリカのバンドであるマルーン5の「レッド・ピル・ブルース」で、昨年の11月に発表された。81wm40a9dl__sl1500_
 マルーン5といえば、2001年のデビュー以来、世界中で2500万枚以上のアルバムと9000万枚以上のシングルを売り上げているモンスター・バンドだ。名前の由来はメンバー間で秘密にされていて、口外されていない。
 ただ“5”については5人メンバーだからという理由が濃厚なのだが、いつの間にか彼らは7人編成のバンドになってしまったので、そうなると“マルーン7”と改名しないといけなくなるだろう。77294
 いずれにしてもマルーン5は、相変わらず素晴らしいアルバムを発表してくれた。前作の「Ⅴ」から約3年がたっての発表だが、R&Bやソウル・ミュージックをベースにしたポップ・ソングの数々は、流行をきちんと押さえながらもキャッチーでポップな楽曲で占められている。

 このアルバムのタイトルについて、リーダーのアダム・レヴィーンは次のように述べている。『タイトルは映画の「マトリックス」に出てくる赤い錠剤から取ったんだよ。映画の中でレッド・ピルが象徴していた「知識、自由、苦痛を伴う真実」とともに、ポップ・カルチャーが持つ楽しさも反映させているんだ』

 しかし、このアルバムが象徴しているものは、楽しさだけではなくて、今のアメリカ社会の怒りや悲しみも込められているようだ。再びアダムのコメントに耳を傾けてみよう。

 『僕たちはみんな辛い日々を送っていると思う。良いとは言えないようなことがたくさん起きている。ものすごく醜いことが、ものすごい毒が、ものすごい人種差別が、ものすごい悲しみが、ものすごい怒りが、少なくとも僕らの国には間違いなく渦巻いている。
 だからこそ、その中でどうやってそれに向き合い、生きていくのか、それなりの方法を見つけなくてはいけない。このタイトルにしたのもそういう理由だったんだ』

 とにかく、時代に自覚的なミュージシャンたちは、今の時代が恵まれているとは思っていないようだ。上のアダムのコメントにもあるように、アメリカ人のみならずヨーロッパのミュージシャンたちも先行き不透明で混沌とした時代状況に警鐘を鳴らしていて、そういうメッセージを含んだ曲や、ダークでヘヴィな音を鳴らしている気がしてならない。

 もちろんマルーン5の場合もまた、そのような時代にいる自分達の存在理由を自分たちのサウンドや楽曲で詳らかにしようと取り組んでいる。

 彼らは、音楽の力を信じている。音楽には人の気持ちを癒す力があると考えている。アダム自身も音楽があることによって、人生がより良いものになっていると述べていた。

 自分たちの作品が必ずしもそうとは言えないと謙遜はしているものの、音楽には抗えない力とパワーがあると考えていて、そしてそれを証明するかのように、このアルバムの中でも悲しい曲は悲しいままに、ハッピーな曲は周囲を巻き込むかのように、曲を通してエネルギーを発散しているのである。

 もう一つの特徴としては、最近のヒット・アルバムは、個人やバンドの力というよりは、プロジェクト・チームのように集団でアルバムを作り上げていくパターンが多い。昔はせいぜいプロデューサーやエンジニアの意見を取り上げて、あとはバンドのメンバーで決定するくらいだったのが、今では優秀なメンバーで構成されるプロダクションが楽曲を提供したり、アルバムの方向性を決定づけたりする場合が多い。

 例えば、イギリスのアデルやサム・スミス、エド・シーランなどのアルバムも同様で、ミュージシャンは曲作りには参加するものの、すべて自分の力でマネージメントはしていない。

 マルーン5のこのアルバムも同様に、ベニー・フランコやジェイソン・エヴィガン、ジョン・ライアンなど大物有名プロデューサーが関わっている。(彼らはマドンナやワン・ダイレクションなどを手掛けたようだが、残念ながらそのほとんどの人をよく知らない。悲しいかな、時代に追いつけない自分がいる)

 また、曲作りにもジャスティン・ビーバーの曲を作ったジャスティン・トランターやジュリア・マイケルズが参加しているし、さらにはミュージシャンとして、第60回グラミー賞で5部門を受賞したラッパーのケンドリック・ラマーや、急成長中の今をときめく女性R&Bシンガーのシザ、2012年のデビュー以後、瞬く間に全米を代表するラッパーになったフューチャーなど、今の最も旬なミュージシャンを起用しているところも、このアルバムの特徴だろう。

 このアルバムには捨て曲などはなく、どの曲も生き生きと輝いている。相変わらず起伏の激しいマルーン5節で歌われており、アダムのファルセットも効果的に使用されている。

 その中でも、やはりシザをフィーチャーした"What Lovers Do"やセカンド・シングルになった"Wait"、それにケンドリック・ラマーによるエド・シーランの雰囲気に似た"Don't Wanna Know"、フューチャーのライムが印象的な"Cold"などは聞き逃せないだろう。

 そして一番の問題作は、このアルバムのボーナス・トラックを除いての最後の曲になる"Closure"に違いない。何しろこの曲、11分28秒もあるのだ。
 普通、これくらいのタイムなら2、3曲分にして収録曲を増やすのだが、ここではあえて1曲でまとめている。519jlxgdhal
 しかもこの曲のボーカル部分は、最初の3分5秒くらいで終わるので、残りの8分あまりは演奏のみなのだ。
 そしてこのインストゥルメンタル・パートでは、ジャズっぽいギターと断続的なキーボードやサックスが淡々と流れて行く。まるで、スティーリー・ダンの曲のようだった。

 この辺が今までの5人組のアルバムの曲とは違う点で、ひょっとしたらマルーン5はR&Bやソウル・ミュージックをベースにしながらも、ジャズ的な雰囲気も持ち合わせたインストゥルメンタルのバンドとしても成長していくのかもしれない。そういう意味では、新たな旅立ちを予想させるアルバムでもあった。

 彼らは、今でもデビュー・アルバムの「ソングス・アバウト・ジェーン」を超えるアルバムを作るのを目標にしていて、このアルバムはそれを超えている自信があると言っていた。ポップ・ソングとヒップ・ホップを最初に結び付けて成功させたバンドという点にこだわっているのだ。如何にもマルーン5らしい話である。

 とにかくトータルな意味で、今を代表する素晴らしいポップ・アルバムである。上記にもあるように、プロダクション・チームの力に負うところが多いようだが、アダムの美しいファルセットは、このアルバムの全編を覆っている。
 神が人類に与えた最高の楽器は、声だとよく言われるけれど、このアルバムを聞きながら、まったく同感だと思っている。

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2018年3月12日 (月)

サム・スミスの新作

 昨年、サム・スミスの新作が発表されたが、これがもう現代のポップ・ミュージックの最高峰の部類に入る作品だった。

 サム・スミスについては、以前このブログでも取り上げたけれど、自分でも何と書いたか忘れてしまったので、もう一度確認すると、彼は1992年にイギリスのロンドンで生まれている。今年の5月で26歳になるので、まだ25歳の若者だ。Samsmith20180504as1200x600
 子どもの頃からアレサ・フランクリンやホイットニー・ヒューストンなどの女性R&Bシンガーに憧れて、自分も将来は歌を歌いたいとはっきりとした目標を持っていたようだ。
 義務制の学校を卒業した後は、音楽や演劇などの学校に入学し、専門的に音楽を学びながらジャズ・ボーカルの先生からプライベート・レッスンを受けながら実力を身に着けていった。
 その後、ジャズ・クラブなどで歌っていたところをアデルのマネージャーから声を掛けられ、本格的なプロ活動に従事していった。

 2012年に、ダンス曲を得意としていたディスクロージャーという兄弟デュオによるシングル曲"Latch"にボーカリストとしてフィーチャーされたことから名前が広く知られて行き、2013年のノーティー・ボーイのシングル曲"LaLaLa featuring Sam Smith"が全英No.1を獲得して以来、全英のみならず世界中で話題になってしまう。

 2014年には待望のデビュー・アルバム「イン・ザ・ロンリー・アウア」が発売されると、全英、全米をはじめ、世界中の多くの国でNo.1もしくはトップ・テンに入る結果になり、翌年の第57回グラミー賞では、6部門にノミネートされ、その中で最優秀新人賞、年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞の4部門で受賞した。まさに男性版アデルである。(ちなみにアデルのデビュー・アルバムは2部門で受賞している)

 さらにアデルの後を追うように、映画「007」シリーズの第24作目「007スペクター」に新曲の"Writings on the Wall"を提供し、これまた全英No.1になっていて、まさに今を代表するR&Bシンガーとしての名声を確立している。(ちなみにアデルは第23作目の「スカイフォール」の主題歌を提供し、自らも歌っている)

 まさに飛ぶ鳥を落とす勢いのサム・スミスだが、デビューしてしばらくすると、ストレスのせいか少しふっくらとしてしまった。写真を見ればわかると思うけれど、全体的に丸みを帯びていて、顎のあたりが二重顎になっているのが分かると思う。このあたりはアデルとは対照的で、彼女は徐々にスレンダーになっていった。(ただし、妊娠後は体重が増え出産後はまた減少してしまった)In_1503_readaloudsamsmithphoto1_l

 2016年にはしばらく長い休みを取って、公の前から姿を消してしまった。ただ休みを取りながらも曲作りには取り組んでいたようで、時々その様子がSNSなどでアップされていたと言われている。

 またその間に、ダイエットに心がけており、グルテンフリーや野菜中心の食べ物の摂取に努めたという。だから、このセカンド・アルバムのジャケット写真のように、少し精悍な風貌に変容したのだろう。51x47twabl
 肝心の音の方はどうかというと、セカンド・アルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」の方はデビュー・アルバムに比べて、やや落ち着いてしっとりとした雰囲気に満ちているようだ。
 デビュー・アルバム「イン・ザ・ロンリー・アウア」はテンポのよい曲もあれば、バラード曲もありといったバラエティに富んでいたが、セカンド・アルバムはちょっと違うのである。

 1stシングルになった"Too Good at Goodbyes"は失恋を歌ったバラード曲で、アルバムの冒頭に置かれている。
 実は2016年からのオフの期間に、彼は失恋を経験していて、その体験がこの曲に反映されているようだ。

 彼はインタビューの中で、この曲は相手のことを歌ったものではなくて自分の気持ちを歌っていると述べている。また、この曲は彼にとってのセラピーみたいなもので、この曲を作り、歌うことで、つらい過去を乗り越えることができるとも述べていた。

 この時の失恋の痛手から立ち直るために時間が少しかかったようで、本当はアルバム自体も2016年の終わりまでには発表する予定だったのが、約1年遅れたようなのである。よほど痛手だったのだろう。

 2曲目の"Say it First"もミディアム・テンポの落ち着いた曲で、彼の特徴であるファルセットが美しい余韻を残してくれるのだ。確かに今の欧米のシンガーの中で、声だけで人を感動させてくれる男性は、彼とアーロン・ネヴィルぐらいしかいないのではないだろうか。

 続く"One Last Song"もややロッカ・バラード調だ。ただ、彼の歌声は力強くて、ある種の決意表明をしているかのように聞こえてくる。
 "Midnight Train"もまた静かなサム流ゴスペル・ミュージックだ。これもまた失恋の曲で、心の整理がつかないまま、夜行列車に乗り恋人のもとを去っていく気持ちが歌われている。

 5曲目の"Burning"を聞いたときに驚いたのは、ピアノの雰囲気や曲調が鬼束ちひろの曲の雰囲気に似ている点だった。最初はアカペラの独唱で歌われ、途中で男声の多重コーラスとともに盛り上がっていくのだが、最初に聞いたときはまさに鬼束だと思った。

 次の"Him"は、もっとシンプルに始まり、途中で男女混成のコーラスが加わるが、バックの演奏はピアノとパーカッションくらいなもので、余計な装飾がない分、彼の美声がひきたっている。

 "Baby, You Make Me Crazy"はホーンやコーラスが施されていて、1stアルバムの中の曲の雰囲気に似ている。このアルバムのかではゴージャスな印象を受ける。この曲のテーマは恋愛なので、内容に合わせて明るくアレンジしたのだろう。

 8曲目の"No Peace"にはイエバという女性シンガーがフィーチャーされていて、ふたりでデュエットしている。
 イエバという人は、“ポスト・アデル”といわれているイギリス人シンガーで、エド・シーランのツアーのオープニング・アクトに起用されたことから有名になった。今後は日本でも人気が出るかもしれない。

 "Palace"という曲もまた静かな曲で、最初から彼のファルセットも全開しており、本当に夢心地になるというか、うっとりとさせてくれるバラード曲である。こんな曲を耳元で歌われたら、女性であろうが男声であろうが、一発でノックアウトされるだろう。

 "Pray"という曲もそのタイトル通りに“祈り”に満ちた曲だ。恋愛に対する“祈り”というよりも世界を覆う危機的状況や混沌として見通しのできない現状を変革するための“祈り”なのだろう。
 この曲でのサムのボーカリゼーションは見事で、低音から高音まで非常に技巧的に使いこなしている。このあたりがデビュー・アルバムより進化、成長したところだろう。

 日本国内盤では、ボーナス・トラックとしてあと6曲追加されているが、貧乏な自分は輸入盤しか聞いていないので、詳細は省略することにした。興味のある方は聞いてみるといいだろう。ひょっとしたら新しいサム・スミスの姿を発見することができるかもしれない。

 とにかく、成長したサム・スミスの姿を実感できるアルバムになっている。ただ残念なのは、全体的におとなしめのせいか、セールス的にはデビュー・アルバムを上回ることはできないでいる。

 デビュー・アルバムの方は全世界で1200万枚以上売れたのだから、この数字を超えることは厳しいだろう。全英のアルバム・チャートでは3位だったし、全米のビルボード・アルバム・チャートでは153位で終わってしまった。
 ただし、アルバム発表直後の週間チャートでは全英、全米を含む世界10か国以上で首位になっている。

 ただそういうセールスの結果について語ることは、あまり意味がない。このアルバムを通じて、サム・スミスの音楽的な愛情や成長を感じ、味わうことの方が大切だろう。

 このアルバム「ザ・スリル・オブ・イット・オール」は十分その資格があるし、彼の音楽的キャリアを深める充実した楽曲で占められているのだ。現時点では今の時代を反映した最高峰のR&Bアルバムなのである。

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2018年3月 5日 (月)

テンプルズ

 さて、3月になってそろそろ本格的な春も近づいてくるだろうということで、今月は比較的新しいアルバムについて、いくつかピックアップしてみようと思う。

 それで今回は、イギリスのバンドのテンプルズの最新アルバムを紹介したい。このバンドは、2012年に結成されている。
 バンドの構成メンバーは4名で、中心人物はギター&ボーカルのジェームス・バッグショーとベース・ギター&バック・ボーカルのトーマス・エジソン・ワームスレイの2人だ。

 彼らは、イギリスの中央部にあるミッドランズ地方のケタリングという町で生まれ育った。ケタリングの人口は約6万人余りだから、地方の田舎町と考えた方がいいかもしれない。
 メンバーのジェームスが言うには、特徴のない街で、年に1回クリスマスの時にワールド・マーケットという市場が立つらしく、それが唯一の町のイベントらしい。

 残りのメンバーであるドラムスのサム・トムズとキーボード担当のアダム・スミスも同じ町出身だから、4人とも子どもの頃からの顔見知りだったに違いない。Mainvisual
 それはともかく、ジェームスとトーマスがやりたい音楽を自宅録音しながら作っていたようだ。そしてそれらをインターネット上で発表していたら、たまたま耳にしたヘヴンリー・レコーディングスの代表者であるジェフ・バレットが気に入り、彼らと契約を交わしてミニ・アルバムを発表した。

 このアルバムの中に"Shelter Song"という曲があり、それが全英で大ヒットを記録し、彼ら2人はフル・アルバムを制作する必要があったので、ドラマーとキーボーディストを加入させてバンドを結成したのである。
 
 彼らの音楽の特徴をごく簡単に言うと、ザ・ビートルズ中期のサイケデリックな趣きを備えたロック・バンドで、ギターよりもキーボードが目立っている。ただし、ザ・ビートルズのようなポップな要素は少なく、どちらかといえば、シド・バレット在籍時のピンク・フロイドやキーボード・プレイヤーを加入させたザ・バーズといった感じだろうか。

 メンバー4人で制作したデビュー・アルバム「サン・ストラクチャーズ」は大ヒットになり、アルバム・チャートでは全英7位を記録した。51uxlj29xgl
 また、元オアシスのノエル・ギャラガーや元ザ・スミスのジョニー・マーという有名ミュージシャンが彼らの音楽を絶賛していて、ノエルに至っては“宇宙的なスペース・ミュージックだ。銀河系の未来は、このアルバムにかかっている”とまで述べていた。
 ちょっと言い過ぎだろうが、確かに新人バンドの中では個性的だし、60年代中・後期の雰囲気を残しながらも、それを21世紀の今にも通用するような音楽性に仕上げたことについては、唯一無二のバンドだろう。

 彼ら4人が共通して気に入っている音楽は、ザ・ビートルズの「リボルバー」、ザ・ローリング・ストーンズの「ベガーズ・バンケット」、ルー・リードの「トランスフォーマー」、デヴィッド・ボウイの「ハンキー・ドリー」だという。こういう音楽が混然一体となって演奏されて出てくる音楽というのは、70年代の洋楽に詳しい人なら、だいたい予想がつくのではないだろうか。

 彼らのデビュー・アルバム「サン・ストラクチャーズ」は、日本では2014年に発表されたが、新し物好きの自分は、早速買って聞いてみた。もちろん貧乏なので、輸入盤である。

 するとこれが結構イケるのであった。シングル・ヒットした"Shelter Song"もいいのだが、個人的には、それよりも下降調のメロディーがポップで印象的な"Mesmerise"、12弦ギターとメロトロンっぽいシンセサイザーが宇宙的な広がりを感じさせる"Colours to Life"の方が気に入っている。

 "Shelter Song"はザ・バーズの影響が強いと思ったのだが、セカンド・シングルにもなった"Colours to Life"は若い頃のムーディー・ブルーズに似ていて、彼らの後継者かと思わせる雰囲気に満ちている。

 また、"The Guesser"という曲は、60年代のフレンチ・ポップのテイストを備えたガレージ・ロックといった感じで、何となく日本のGSブームの中の曲にも似ている。珍しく短いながらもギター・ソロもあって、かなりアレンジに工夫している様子がうかがえる。
 それに、トーマスの書いた"Sand Dance"はレッド・ゼッペリンの"The Wanton Song"に似ていて、後半のエンディングのストリングスはまるで"Kashmir"のようだった。

 確かに有名ミュージシャンが絶賛するようなアルバムには間違いないだろうし、発売当時はよく車を運転しながら聞いたものだった。そしてそれから約3年、彼らのセカンド・アルバムが、昨年発表された。タイトルは「ボルケーノ」と名付けられていた。71y6zpvxfil__sl1181_
 このアルバムは前作とはやや違っていて、デビュー・アルバムよりもサイケデリックな部分は後退し、現代的でモダンな音作りになっていた。また、ファルセットのボーカルは、前作よりも強調されていて、ほぼ全面ファルセットで歌っているのではないかと思わせるほど、気合を入れて歌っている。

 前作から継承されているのは、キーボード中心の楽曲ということと、イコライザーなどの機材は2000年代以前に作られたヴィンテージなものを使用しているといったところだろうか。

 ギター&ボーカルのジェームスは今のクラブで流れているようなドラムとベースのアタック音の強い曲調と、60年代や70年代のサウンドやメロディを融合させたかったと言っていて、そういう意味では、前作よりも霧が晴れたようなスッキリとした印象を与えてくれる。

 また、サイケデリックな部分が少なくなったことについては、バンド結成当時からサイケデリックなサウンドを鳴らそうとした意図はないとも述べていて、デビュー・アルバムは当時流行していた音楽に影響されたからに過ぎないと述べている。
 だから、前作と作風が違った結果になったのも、ある意味、当然であるような言い方をしていて、セカンド・アルバムについては意図的な取組の結果なのだろう。

 そうなると、前作のような音楽を期待していた自分としては少し困ったことになるわけで、確かにメロディアスでクリアな印象はあるものの、どことなく物足りなさも覚えたのも事実である。

 それでも"Born into the Sunset"ではジェームスの美しいファルセット・ボーカルを味わうことができるし、このアルバムの中でも屈指の覚えやすいメロディーを持った曲だと思う。ちなみにこの曲は、3枚目のシングルに選ばれている。
 
 それと個人的には、アコースティック・ギターのカッティングで始まる"In My Pocket"や幻想的な雰囲気に満ちている"Celebration"、チープなキーボードと軽快なリズムがいい味を出している"Mystery of Pop"、セカンド・シングルに選ばれた夢見るような"Strange or Be Forgotten"などには一聴の価値があると思っている。

 そういう意味では、このアルバムは7曲目"Open Air"以降の後半が面白いのではないだろうか。
 色々なことを考えながらこのアルバムを聞いているわけだが、やはり衝撃度としてはデビュー・アルバムの方が優っているし、セカンド・アルバムの方はチャート・アクション的にも全英23位と前作よりは振るわなかった。やはりイギリスのリスナーは正直である。

 そういうことで、進路転換したテンプルズであるが、この次のアルバム第3作目が彼らの命運を決するものになると思っている。Colourstolifebytemples_2
 果たして現状維持を続けるのか、それとも原点回帰するのか、はたまた新展開を見せるのか、とりあえずこのセカンド・アルバムを聞きながら、温かく見守っていくことにしようと思っている。

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2018年2月26日 (月)

ウォブラー(2)

 前回のホワイト・ウィローに続いて、今回もノルウェーのプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しようと思う。
 と言っても、このバンドも以前このブログで紹介したことがあった(2013年の12月14日付)ので、今回が2回目となる。

 そのバンドの名前は、ウォブラー。1999年にノルウェーのヘネフォスで結成されている。現在のメンバーは5人で、今までのメンバー交代は2回、2009年にリード・ボーカリストが、2011年にはリード・ギタリストが交代している。
 また、このバンドのキーボーディストのラース・フレドリク・フロイスリーは、同じノルウェーのプログレッシヴ・ロック・バンド、ホワイト・ウィローのキーボードも担当しており、両バンドにまたがって活躍している。A111159115039574358048_jpeg
 自分は、2009年のセカンド・アルバム「アフターグロウ」と2011年のサード・アルバム「夜明けの儀式」の2枚を聞いたが、両アルバムとも世界的な水準レベルのプログレッシヴ・ロック・アルバムだった。

 ただ、セカンド・アルバムはキング・クリムゾン風で、サード・アルバムはイエス風の楽曲が収められていたから、バンドの音楽的な方向性が揺れているのではないかと心配していたのだ。その答えが今回の4枚目のアルバム「フロム・サイレンス・トゥ・サムホエア」にありそうなので、期待しながら聞いてみたのである。

 内容に行く前に、このバンドの特徴をもう一度確認してみると、
①1975年以降に製造された楽器類は使用しない
②楽器はコンピューター類には接続せずに使用する
③楽器の補修・改修はすべてメンバーで行う

 要するに、アナログの楽器を使用した70年代風プログレッシヴ・ロックを、21世紀の現在でも続けて行おうとする稀有なバンドなのだ。

 今回の6年ぶり4枚目のスタジオ・アルバムである「フロム・サイレンス・トゥ・サムホエア」も彼らの意向が反映されていて、全4曲、約46分40秒の内容であり、形式的には確かに70年代のプログレッシヴ・ロックのアルバムによく似ている。61pciotg3xl__sl1000_
 1曲目の"From Silence to Somewhere"のイントロのキーボードから続いて19秒過ぎに始まった曲調を聞けば、このバンドの方向性はイエスを基調とした構築感のある音作りということがわかるだろう。
 走り出すリズムにそれに負けないと食らいつくフルートとキーボード、ギター、静的情景を表現するアコースティック・ギターとメロトロン、3分過ぎのボーカルの声質などは、全体的に判断すると、確かにイエスの音楽観に似ている。

 徐々に音数が増え、キレのあるリズムが前面に出されて、それをハモンド・オルガンとフルートが引き継いでいくのだが、20分59秒という時間の長さを感じさせない展開である。
 全体は3部構成で、“パート1”、“パート2”、“エピローグ”となっている。5分過ぎから長めのフルート・ソロが演奏されるのだが、歌詞カードではそこが“パート1”と“パート2”の分岐点になっていた。

 唯一の問題はギターがあまり目立たないという点だろうか。確かにこの曲でも8分26秒あたりに短いギター・ソロがあるのだが、曲に添えるような感じで全体をリードしていこうとする野心が見られない。
 10分過ぎからキーボード・ソロ、フルート・ソロときて、やっとギター・ソロに繋がっていくが印象的なフレーズに乏しい気がしてならない。ただし、ドラマティックに盛り上げていくにはギタリストの存在は重要で、この曲でもフルートやキーボードとともに十分にその存在感を示している。

 14分過ぎに一旦ブレイクして静寂な時間が訪れ、再びアコースティック・ギターとメロトロンが流れてボーカルが歌い始める。“パート2”の後半にあたる部分だろう。また、歌い出しは、ジョン・アンダーソンに似ていると思う。

 "Epilogue"は18分過ぎにやってきて、19分から歌が始まって行く。残りの1分30秒余りを穏やかなボーカルと静かなキーボードで占めているのだが、印象としてはイエスのアルバム「リレイヤー」の中の"The Gate of Delirium"に似ていると思った。

 あの曲では最後に"Soon"が流れるのだが、このウォブラーの曲でも形式としては似ていた。ただ、あそこまでメロディアスではないのが残念である。

 2曲目の"Rendered in Shades of Green"は、インストゥルメンタルで、2分5秒しかない。グランド・ピアノの調べからチェロやメロトロンへと繋がるチェンバー・ロックのような感じの曲。あるいは3曲目の"Fermented Hours"のプロローグなのかもしれない。

 10分10秒の"Fermented Hours"は不協和音的なキーボードとアグレッシヴなギター・ソロ、キレのあるリズムから始まり、1分40秒あたりにデス・ボイスみたいな声が挿入される。ドリーム・シアターの曲をもっと転調させて構成したような感じだ。

 この曲ではラースの演奏するミニ・ムーグが目立っていて、曲の端々に登場している。また、メロトロンのみならず、ソリーナ・ストリング・アンサンブルなどのキーボード群が曲に深遠さを与えているし、8分過ぎからのギター・ソロはジャズっぽくて、素早いフレージングが耳に残る。一致団結してエンディングに向かおうとする潔さと力強さを感じさせてくれた。

 1曲目をイエスの"The Gate of Delirium"に譬えたけれど、この"Fermented Hours"は、さぞかし"Sound Chaser"だろうか。何となく雰囲気的に想起させてくれたのだが、とすると、最後の曲"Foxlight"は"To Be Over"になるのだろうか。51caxzqldvl
 そんなことを思いながら最後の曲"Foxlight"を聞いたのだが、確かに最初の3分過ぎまでのうっすらと霧がかかったようなキーボードとアコースティック・ギターのアルペジオにフルートの部分は、少しテンポの速い"To Be Over"といってもいいような気がした。

 しかし、それではおさまらないのがウォブラーである。3分50秒過ぎからは力強いリズムが前面に出され、キーボードとフルートが全体をリードしていく。7分前からはメロトロンも全体を包み込むように表に出てくる。
 その後、アコースティック・ギターのソロが始まり、一旦落ち着きを見せ、9分過ぎから再びボーカルが入りエンディングに向かっていくのである。

 エンディングのアコースティカルでダンサンブルな曲調は、ノルウェーの舞踏的なフォークロアなのかもしれない。彼らが、現代のエレクトリックな部分と北欧の民族的な伝統部分とを融合させている点も見逃せない。こういうところにも北欧の“プログレッシヴ”な部分が見え隠れしているようだ。

 ウォブラーもイギリスで生まれたプログレッシヴ・ロックを上手に咀嚼消化し、さらに自分たちの中に脈々と流れている民族的な要素も取り入れて昇華させているところが素晴らしい。単なる時代錯誤のバンドではないのである。

 とにかく、この21世紀の現在で、こういうこだわりを見せるプログレッシヴ・ロック・バンドも珍しく、貴重ではないだろうか。Maxresdefault
 ここまで70年代の機材に固執し使い続け、さらに曲のイメージ、雰囲気をも当時に似せようとするところは、70年代のプログレ愛好家にとっては、まさに頭の下がる思いがする。
 しかもそれだけでは終わらせずに、自分たちの愛する郷土や歴史に基づいた曲調も反映させようとする意欲もまた忘れてはならないだろう。

 ウォブラーは2作目のキング・クリムゾン的作風から転換して、イエス的な構築美を誇る音楽を目指そうとしているようだ。
 もともと彼らは、イタリアのP.F.M.やバンコ、ムゼオ・ローゼンバッハ、イル・バレット・ディ・ブロンゾなどから強い影響を受けているという。だから単なる70年代のプログレッシヴ・ロック・バンドの二番煎じに終わらずに、自分たちのオリジナリティーを創出しながら楽曲を生み出しているのだろう。

 北欧のプログレッシヴ・ロックは、マーケット的にはそんなに大きくはないかもしれないが、まさに今を生きるプログレッシヴ・ロック・バンドとして、さらに活躍の場を広げていこうとしている。個人的には、もっとワールド・ワイド的に評価されてほしいと願っている。

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2018年2月19日 (月)

ホワイト・ウィロー(2)

 今の若い人にはよくわからないと思うけれど、昔は「ジャケット買い」というのがあって、レコードのジャケット写真(もしくは絵画等)の印象だけで購入するということがよくあった。
 ザ・ビートルズやローリング・ストーンズのアルバムは言うに及ばず、ロキシー・ミュージックやウィッシュボーン・アッシュのアルバムなども思い出深いが、特に、プログレッシヴ・ロックの分野では顕著だったと思う。

 レコードというのは、塩化ビニールで作られた直径約30cmの円盤で、リスナーは、その溝に音が刻み付けられたものを針で引っかきながら再生して聞いていた。
 それで、例えば、ロキシー・ミュージックの「カントリー・ライフ」のジャケットを見て興奮に胸を躍らせていたし(あとで性転換した元男性という噂を聞いて落胆したけれど)、ムーディー・ブルースの「童夢」のファンタジックなイラストには、自分も子どもながらに夢見るような感覚にさせられたものだった。

 また、クィーンのセカンド・アルバムには荘厳な雰囲気が漂っていたし、ドゥービー・ブラザーズの「キャプテン・アンド・ミー」には現代社会への批判のようなメッセージを感じ取ることができた。

 プログレッシヴ・ロックの分野では、イエスやキング・クリムゾン、ピンク・フロイド、ジェネシス、E,L.&P.などのレコードはどれも「ジャケット買い」に相応しいものだったと思っている。クリムゾンの「クリムゾン・キングの宮殿」を見ただけで、これはただものではないぞと感じたし、E,L.&P.の「恐怖の頭脳改革」の特殊ジャケットなどは、レコードを買っただけで満足してしまうほどの気分を味わうことができた。

 ところが、1980年代後半からCD化の波が押し寄せてくると、当然のことながらジャケットの絵が小さくなってしまい、「ジャケット買い」という衝動的な買い物をしなくなってしまった。

 しかし、今回、ひさしぶりに「ジャケット買い」をしてしまった。理由は、ロジャー・ディーンだからである。Img_2194rm
 ロジャー・ディーンという人は、イギリス人の画家、イラストレイターで現在73歳。自分はイエスのレコードを通して彼の存在を知ったのだが、とにかく幻想的で想像性にあふれた世界観を描かせたら、彼の左に出る人はいても右に出る人はいないのではないかと思っている。

 それで今回久しぶりに「ジャケット買い」をしてしまったアルバムは、ノルウェーのバンドのホワイト・ウィローの最新アルバムだった。タイトルを「ヒューチャー・ホープス」という。
 このアルバムは、昨年3月に発表されたもので、ボーナス・トラック2曲を含む合計7曲で構成されていた。71ivahchw3l__sl1200_
 ホワイト・ウィローについては、2008年2月11日付のこのブログで述べているが、今回ニュー・アルバムが発表されたということでもう一度取り上げようと思う。
 彼らは1993年に結成され、1995年にデビュー・アルバム「鬼火」を発表した。このアルバムは、タイトル通りの幻想的で幽玄な雰囲気を秘めていて、女性ボーカルがフィーチャーされていた。

 前にも述べているが、「アイランド」期のキング・クリムゾンをバックにアニー・ハズラムが歌っているようだった。
 基本的には穏やかなフルートとバイオリンを含んだアコースティックな雰囲気に、うっすらとメロトロンが鳴り響いているという感じで、躍動感はなくて静謐とした寂寥感が漂っていた。

 自分はこの雰囲気が大好きだったのだが、数度のメンバー・チェンジを行う中で、徐々にロック的なダイナミズムを獲得していって、2004年の4枚目のアルバム「ストーム・シーズン」の頃になると、「太陽と戦慄」の頃のキング・クリムゾンのようになっていた。
 まあ、そこまでの緊張感はないものの、エレクトリック・ギターの使い方やフルートやバイオリンの入り方などは、本家クリムゾンから学んだに違いないと思われるほど色濃い影響力が感じられた。

 それから約13年たって、その間に2枚のスタジオ・アルバムを挟んで今回ニュー・アルバムが発表されたわけだが、これがまあ何というか、微妙なアルバムになっていた。
 まず、時間的に本編だけでは39分53秒しかない。それでスコーピオンズのボーナス・トラックを含む2曲入れたというわけで、その結果やっと50分24秒になった。

 でも時間が短くても、内容が良ければ別に問題はないわけで、じっくりと聞いてみたのだが、「ストーム・シーズン」のようなロック的なダイナミズムに比較すると、少々難があった。

 1曲目の"Future Hopes"は、まさにタイトル通りの高揚感のある楽曲になっていて、4分30秒と短いものの、分厚いキーボード群に伴われてベンケ・ナッツソンという女性のボーカルが聞こえてくる。さらにトランペットと断続的なエレクトリック・ギターが祝福を与えるように奏でられて、ゆったりとした曲調がバンドの今までの歴史とこれからの展望を語ってくれているようだ。

 2曲目はデビュー時に戻ったかのようなアコースティックな曲"Silver & Gold"で、ドラム・サウンドのように聞こえる音は、フェアライトによるサンプラーだ。ベンケのボーカルは、囁くようなウィスパー・ボイスだったし、こういう感じの曲をもっとやってくれると、個人的にはうれしい。

 このアルバムには10分台の曲が2曲含まれている。3曲目の"In Dim Days"はそのうちの1曲で11分7秒もあるが、シンセサイザーにメロトロン、ボコーダーにハモンド・オルガンと多種類のキーボードが使用されている。
 それはそれでいいのだが、どうも演奏に緊張感がない。単にダラダラとやっていますよというような感じなのである。全体的に単調で、起承転結が伴っていないのだ。

 ギター・ソロはヘドヴィグ・モレスター・トーマセンという女性ギタリストが担当しているが、速弾きでもないし、メロディアスでもないし、ヘタウマな印象を残してくれた。ただ、本人の名誉のために申し上げると、本来はジャズ・ギタリストなので、テクニカルな面では全く問題はない。曲調に合わせて演奏しているのだろう。

 ところで、ホワイト・ウィローのファンには申し訳ないのだが、アルバムの中盤でこういう曲が置かれると、3曲続けて同じようなリズムの曲が続くので、単調に思えてしまう。ちょっと目先を変えてほしかった。

 続く4曲目の"Where There Was Sea There Is Abyss"は次の18分16秒もある"A Scarred View"という曲の前奏曲のようなもので、1分59秒のインストゥルメンタルだった。
 もちろん、基本はメロトロンで、私のようなメロトロン信者にはうれしいのだが、5曲目も冒頭はメロトロンとサウンド・コラージュから始まるので、どうせなら2曲をまとめて1曲にして組曲形式にまとめればいいのではないかと、余計なことを思ったりもした。

 その"A Scarred View"はシンセサイザーやメロトロンなどのキーボードの前奏から女性ボーカルが導かれ、6分過ぎにはマティアスの手数が多くなってきて、徐々に盛り上げようとするのだが、どうも消化不良というか沈殿してしまうのである。

 マティアスというのは、このバンドのドラムス&パーカッション担当者で、マティアス・オルソンという。スウェーデンのプログレッシヴ・ロック・バンドのアングラガルドのオリジナル・ドラマーだった人だ。

 7分過ぎにはジャズ・ギタリストのヘドヴィイグが伸びのあるギター・ソロを展開するのだが、ボーカルとギター・ソロ、メロトロンを含むキーボードが順に後退していくような感じでエンディングを迎えようとする。
 16分過ぎからはギター・ソロも聞こえてきて、それなりに盛り上がったりはするものの、もう少し激しく燃え上がってほしかったなあというのが本心だ。

 例えば、イエスのアルバム「究極」の中の"Awaken"は15分少々ある曲だが、起承転結がはっきりしていて、曲に起伏があるから非常に聞きやすいし、時間的にも短く感じてしまう。
 また、同じイエスのアルバムで、発表当時は評価の低かった「リレイヤー」の中の"The Gate of Delirium"は21分55秒もあって、エンディングは"Soon"という歌謡曲のような感じになるのだが、途中には緊張感はあったし、新加入だった当時のキーボーディストのパトリック・モラーツもそれなりに頑張っていて、実力的には脱退した元キーボーディストと負けず劣らずのテクニックを披露していた。今になって聞けば、聞き応えのあるアルバムだと思う。

 むしろボーナス・トラック1曲目の"Animal Magnetism"の方が、ゲスト・ミュージシャンであるシェルスティ・レーケンの演奏するクラリネットによって一時期のクリムゾンを彷彿させてくれた。
 曲の解釈も斬新で、ダークな雰囲気の中に破壊衝動を秘めたクラリネットが咆哮しているのだ。この曲を書いたクラウス・マイネたちもきっと驚くに違いない。もとは5分56秒の曲が7分7秒まで伸びているし、まったく別の曲のようにも聞こえるのである。71ztulmx8wl__sl1200_
 もう1曲のボーナス・トラックである"Damnation Valley"は、このバンドのキーボーディストであるラース・フレドリク・フロイスリーの自作曲で、彼一人によるピアノやメロトロン、ムーグ・シンセサイザー、ソロイスト、プロフェット5などの各種キーボードの多重録音になっている。
 ピアノから始まるこの曲は、静寂さの中にも力強さを秘めており、基本的にはピアノでクラシックのような厳かな雰囲気を、ムーグ・シンセサイザーで衝動的な力強さを表現している。
 
 バンドは、基本的にはギター&キーボード担当のヤコブ・ホルム=ルポがリーダーシップをとっているようで、ボーナス・トラック以外の曲は、すべて彼の手によるものである。また、バンド結成から現在までに在籍しているのは、彼だけである。

 それくらいメンバーが流動的なホワイト・ウィローであるが、中心メンバーはヤコブとマティアスの2人で、それにキーボーディストであるラース・フレドリク・フロイスリーほかの3人が集まっている。
 もう少し付け加えると、女性ベーシストのエレン・アンドレア・ワングとフルート、サックスなどを担当するケティル・ヴェストラム・アイナースンが加わって、現在のホワイト・ウィローは、6人編成になっている。

 女性ボーカルのベンケ・ナッツソンは、ヤコブとマティアスのプロジェクトに参加したことをきっかけに今回ホワイト・ウィローに参加したということだった。元々はポップ・シンガーで、本国ノルウェーでは多くのトップ10に入るヒット・シングルを出している。Whitewillow
 自分的には、「ストーム・シーズン」の路線で進んでほしかったのだが、とにかくホワイト・ウィローはメンバー・チェンジが頻繁だし、特に女性ボーカリストに関しては、出入りが激しくて、過去には同じ人が再加入したこともあったようだ。

 今回の「ヒューチャー・ホープス」に関しては、初期の静謐さが戻ってきた感じはしたが、それでもエレクトリック・ギターにはゲスト・ミュージシャンが参加していたし、キーボードはキーボードで頑張っているし、あまり統一感を味わえることはなかったし、イマイチ方向性が見えにくいのは事実だろう。

 原点回帰を果たして、静謐な寂寥感をさらに醸し出していくのか、あるいは“キング・クリムゾンのノルウェー版”を追及していくのか、今後の展開に期待しようと思っている。

 今回は「ジャケット買い」から話が始まったのだが、かように「ジャケット買い」には良いこともあればそうでない時もあるのだ。“人は見かけで判断してはならない”とよく言われるが、「ジャケット買い」にはそういう教訓も含まれているのかもしれない。

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2018年2月12日 (月)

ロンリー・ロボット(2)

 今月は「いまを生きるプログレッシヴ・ロック」というお題で、現代社会でもしぶとく活動を続けているプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介しようと思う。

 最近の邦楽では相変わらずグループ関係の勢いが強くて、集団でパフォーマンスする方が人気も出て目立っているし、洋楽部門ではダウンロード中心で、バンドで活動するよりは個人で活動した方が儲かるという、ますますパイの奪い合いが目立つようになってきた。

 そんな中で70年代の遺物といわれている(というか勝手にそう思っているだけなのだが)プログレッシヴ・ロックについては、拡大再生産路線を突き進んでいて、過去の作品のリマスター盤やライヴ録音を含む未表曲集、さらには〇〇周年記念盤などで往年のファンの財布のひもを何とか開こうとしているようだ。

 確かに昔プログレッシヴ・ロックに夢中だった子どもは、今や人生の最終章を飾ろうとしており、棺桶に入る前にあの時代のあのバンドの曲をクリアな音で今一度聞きたいとか、あるいは未発表音源に囲まれて余生を過ごしたいと思っているに違いないのだ。

 そういう需要があるからこそ、70年代に全盛期を迎えていたプログレッシヴ・ロック・バンドたちは、往年の名曲を中心としたセット・リストでライヴ活動を行っているし、新作を発表するよりはリスナーたちを満足させる方法を探っているようだ。衰えかけた創造性を発揮して無理に売れない曲を発表するよりは、既発の再解釈などの曲を発表した方がミュージシャンとリスナーの相互利益につながるように思える。

 しかし、そういう状況下でも自分たちの存在意義を証明するために、もしくは言葉本来の意味で、プログレッシヴ・ロックにふさわしい楽曲をクリエイトするために真剣に音楽に取り組んでいるバンドやミュージシャンも確実に存在するのである。

 プログレッシヴ・ロックは、熱力学の第二法則のように、イギリスから各国、各地域に広がっていったが、その本家イギリスにおいてもプログレッシヴ・ロックを追及しているミュージシャンたちは存在している。例えば、スティーヴン・ウィルソンであり、クライヴ・ノーランたちであろう。今回紹介するジョン・ミッチェルもその1人であり、しかもリーダー的存在として異彩を放っている。

 ジョン・ミッチェルについては、以前のこのブログでも簡単に述べているが、もう一度確認してみると、1973年6月アイルランド生まれの44歳で、12歳からギターを始め、その後はピアノ、ドラムス、作曲などを学び、音楽活動に取り組んでいる。1
 1997年にアリーナに2代目ギタリストとして参加すると、瞬く間にプログレッシヴ・ロック・ファンの間で人気になり、2006年にはイッツ・バイツにもフランシス・ダナリーの代わりとして、ボーカル&ギター担当でメンバーに加わった。

 彼の尊敬するミュージシャンは、トレヴァー・ラビンとフランシス・ダナリーだそうだが、ジョン自身も彼らと同じようにマルチ・ミュージシャンだ。
 とにかく、今のプログレッシヴ・ロック界を代表するワーカホリックでもあり、自分はスティーヴン・ウィルソンとロイネ・ストルト、そしてこのジョン・ミッチェルの3人をプログレ界の三大ワーカホリックと呼んでいる。

 とにかくアリーナとイッツ・バイツだけでなく、キノ、フロスト*、ジ・アーベインにも在籍しているし、ジェスロ・タルの元ギタリストのマーティン・バレのバンドではボーカリストとして活躍している。また、Aというバンドではベース・ギターを弾いている。
 それ以外にも、様々なバンドのエンジニアやプロデューサーとしても活動しているし、そしてまた当たり前のようにソロ活動も行っている。

 2014年に、ということは彼が40歳を過ぎてからということだが、自分の手で最初から最後まで完全にコントロールされた音楽をやろうと決意したそうで、しかも内容的にはSF的で人類の発展に関するようなものをプログレッシヴ・ロックを通して表現したいと考えたようだ。
 そうやって発表されたのが2015年のアルバム「プリーズ・カム・ホーム」であり、バンド名はザ・ロンリー・ロボットと名付けられていた。510niqkqusl
 このアルバムは彼の音楽的な方向性が示されていて、宇宙飛行士の旅がテーマになっていた。しかも3枚のアルバムを通してテーマを完成させるとのことで、ザ・ロンリー・ロボット名義では、少なくとももう2枚は発表される予定になっていた。

 そしてそれから約2年後、2017年4月にセカンド・アルバム「ザ・ビッグ・ドリーム」が発表された。このアルバムのコンセプトは、宇宙飛行士を宇宙から切り離し、奇妙で見知らぬ環境に身を置くことというものらしい。
 ジョンはまた、アラン・シルヴェストリの「コンタクト」、クリント・マンセルの「月に囚われた男」のようなSFに対するサウンドトラック的愛情を抱いていて、そういう音楽を目指していると述べている。

 それでこの「ザ・ビッグ・ドリーム」のアルバムについて聞いてみたが、全11曲のコンセプト・アルバムだった。前作の「プリーズ・カム・ホーム」は3人編成のバンド形式で制作されていて、それに多くのゲスト・ミュージシャンが参加していた。

 今回のセカンド・アルバムでは、基本的にはジョンとドラムス担当のクレイグ・ブランデルの2人で制作されていて、ゲスト・ミュージシャンもバッキング・ボーカルとナレーション担当などの3人だけだった。

 だから、ジョンはギターだけでなく、キーボードにベース・ギター、チェロにハープとハーモニウム、アイリッシュ・ホィッスルなどのドラムス以外の全ての楽器を担当していた。81gcij4ecl__sl1500_
 1曲目は"Prologue(Deep Sleep)"というインストゥルメンタルで、ピアノやストリングス・キーボードを背景にナレーションが流れて行く。
 間を置かずに2曲目の"Awakenings"が始まる。雰囲気としてはスティーヴ・ハケットの曲風にメロディアスなフレーズを乗せたような感じで、サビの部分は耳に残る。3分過ぎに一旦ブレイクして静寂が訪れ、エモーショナルなギター・ソロが始まって曲を盛り上げていく。

 続く"Sigma"も5分少々の曲で、リフレインのところの"Sigma Sigma"と叫ぶところが印象的だった。ミディアム・テンポの曲で"Awakenings"ほどヘヴィではない。こういうメロディアスな曲も書けるところがジョン・ミッチェルの特長だろう。間奏のギターも伸びがいいし、ストリングス・キーボードとの絡みもドラマティックである。

 "In Floral Green"では、アルバム冒頭の"Prologue"で使用されたメロディが繰り返される。どうやらこのメロディがこのアルバムを貫くメイン・テーマのようだ。
 静かなバラード・タイプの曲で、プログレッシヴ・ロックというよりも、叙情的なロック・アルバムに収められていそうな曲だ。後半に短いギター・ソロが用意されているが、テクニック的には素晴らしいと思う。この曲では、ギタリストのジョンよりもソングライターとしてのジョンの資質が発揮されている。

 5曲目の"Everglow"は一転してハードな曲になっていて、テクニカルなジョンの才能が垣間見える。煌びやかなキーボードの音とバックのピアノが印象的だが、3分20秒過ぎからエフェクティヴなギター・ソロが始まる。ただ30秒くらいしか続かないので、ギター小僧には物足りないだろう。

 "False Lights"は変拍子を用いてリズムに凝っている曲で、コーラス部分が3拍子に転調されるところが如何にもプログレッシヴである。
 それ以外は、むしろポピュラー・ソングといってもいいような出来具合だ。特に目立つギター・ソロもなく、ソング・オリエンティッドな仕上がりになっている。

 またまたハードな展開になるのが"Symbolic"という曲で、車の運転時に聞いてみたいノリのよい楽曲だ。ライヴのオープニングの時などにも聞いてみたい曲だと思う。
 ジョンはテクニカルなギタリストなのだが、スタジオ盤ではあまり弾きまくる様子はない。それでもこの曲では印象的なギター・ソロを展開している。もっと目立てばいいのにと思わず声を出して応援してしまう。

 8曲目の"The Divine Art of Being"になると、80年代のジェネシスかあるいはマイク&ザ・メカニクスの曲のように思えてしまう。2曲目から徐々にライトに、そしてポップス化してしまうのがこのアルバムの特徴だろう。演奏よりも歌ものとして捉えた方がいいのかもしれない。

 2曲目から8曲目までは、ほぼ5分前後の曲でまとめられていて、非常にバランスがいいのだが、アルバム・タイトル曲の"THe Big Dream"は8分2秒の最も長いトラックになっている。
 この曲は、2曲目の"Awakenings"のようなダークな雰囲気をまとっていて、やはりスティーヴ・ハケットの曲を思い出してしまった。そしてこの曲には歌詞がない。つまりインストゥルメンタルなのである。だから、ボーカル入りの曲は初期のマイク&ザ・メカニクスであり、インストゥルメンタルはスティーヴ・ハケットを意識しているのかもしれない。ギターの入り方などはよく似ている。

 スペイシーな前奏からエフェクティヴなギター・ソロ、そしてナレーションを挟んで落ち着いたかと思うと、今度はスローでエモーショナルなギター・ソロが響いてくる。これらの演奏を聞けば、確かにジョンは今の時代を生きるプログレッシヴ・ロックのギタリストということが分かるだろう。

 "Hello World, Goodbye"は3分52秒の短い曲で、アルバムのエンディングに向かうにはふさわしい曲だろう。女性ボーカルも参加していて、叙情的な雰囲気を醸し出している。ジョンのギターも情感が込められているようで、とても印象的だった。

 最後の曲"Epilogue(Sea Beams)"はリリカルなピアノ・ソロで始まり、アイリッシュ・ハープが色どりを添えている。ここにはジョンのギター・ソロは添えられていない。71firfp8rsl__sl1200_
 国内盤には、もう3曲ほどボーナス・トラックが用意されているようだが、その中の"Why Do We Stay?"という曲では、元タッチストーンというバンドの女性ボーカルだったキム・セヴィアーとジョンがデュエットしていて、これがまた印象的なのだが、でもどう聞いてもこれはポップスの分野だろうと思った。シングルにしたら、かなり売れるのではないだろうか。

 とてもよくできたアルバムで内容的にも十分だと思うのだが、強いて欠点を挙げるなら、もう少しギター・ソロを聞かせてほしいという点だろうか。これが3部作の2作目というから、3作目にはその点も期待したい。

 いずれにしても、プログレッシヴ・ロックの発祥の地でもあるイギリスでは、スティーブン・ウィルソンの最新作のように、メロディアスなプログレッシヴ・ロックが主流なのかもしれない。

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