スティーヴ・ヒレッジ

 スティーヴ・ヒレッジのアルバムは2枚しか聞いたことがない。だからあまりたいそうなことはいえないのだが、いずれも一聴しただけで、彼のアルバムということがわかる。それほどユニークであり、かつ彼でしか出せない独特な音作りをしているのである。

 彼はデイヴ・ステュワートと「スペイス・シャンティ」というアルバムを制作したあと、ケヴィン・エアーズのバンドに加入したり、72年からフランスに渡ってゴングで活躍したりした。素晴らしいアルバムを3枚発表したあと、1975年にソロ・アルバム「魚の出てくる日」をヴァージン・レコードから発売した。

Fish Rising Music Fish Rising

アーティスト:Steve Hillage
販売元:EMI/Virgin
発売日:2006/09/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムはゴングもメンバーも参加していて興味深い。特にリズム陣のピエール・ムランとマイク・ハウレットの演奏は素晴らしく、スティーヴとのギターとの共同作業は緊張感をもたらし、それにデイヴ・ステュワートのオルガンやティム・ブレイクという人のシンセサイザーの音色が浮遊感を与えてくれる。
 特に1曲目"Solar Musick Suite"(綴りミスではない!)の10分過ぎでは、珍しくエフェクトの少ない彼の流麗なギター・プレイを堪能できる。名演である。

 短い曲2曲を挟んで、"The Salmon Song"でも時にアップテンポな演奏が行われていて高揚感が伝わってくるのだが、これは同様のリフを繰り返し演奏しているからで、こういう手法が後に彼をテクノ・ミュージックに走らせたのだろう。

 そして最後の曲"Aftaglid"は7つのパートに分かれていて、時にハードに、時にスローにリスナーに迫ってくる。途中でエレクトリック・シタールやタブラを使用しているのだろうか、インド風の旋律も聞こえてきて、ユニークな曲風がいかにも彼らしい。

 ひょっとしたらクィーンのブライアン・メイは、スティーヴ・ヒレッジから影響を受けているのかもしれない(ブライアンは一切そんなことは言っていないけれども!)。それほどディレイ・マシーンとエコーを使用していて、一人多重録音のようなギター演奏を行っているのである。

 このアルバムを初めて聞いたときは、高校生の頃だったかもしれない。まだ彼の良さはわからなかった。しかし後にじっくり聞いてみて、実は彼の演奏テクニックは只者ではないということがわかったのである。

 もう1枚の自分の持っているアルバムは1978年の名作「グリーン」である。このアルバム、タイトル通りの緑色のジャケットに包まれており、アルバムのプロデューサーはピンク・フロイドのニック・メイソンであった。

Green Music Green

アーティスト:Steve Hillage
販売元:Toshiba EMI
発売日:2006/11/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムがまた素晴らしく、本当に彼はギターが上手だということがわかるのと同時に、スペイシーな音響空間やディレイを効果的に使用したエレクトリック・ギターの音色が心地よい。

 特に4曲目"Palm Trees(Love Guitar)"では、アコースティック・ギターから始まり、スローな展開から徐々に盛り上がっていく格好になっていて、彼の特長であるエフェクティヴなギターが炸裂している。最後はまどろむようにエンディングを迎えていて、宗教的瞑想や何らかの悟りを得るためのBGMとしても使えそうである。

 またファンキーな"Unidentified(Flying Being)"も含まれていて、ジャズやロック以外にも、意外に彼の音楽性が広いことがわかる。そういう意味でも器用なミュージシャンなのだろう。
 この曲の後半では、かなりギターを弾きまくっていて、それが切れ目なく次の曲へとつながっている。この辺はプロデューサーのニック・メイソンの指示なのかもしれない。

 最後の曲"The Glorious Om Riff"はどこかで聞いたような曲だと思ったら、ゴングの曲のリメイクだった。ホークウィンドの曲以上にサイケデリックであり、シンセサイザーとギターの構築する音空間が非常に印象的なのである。こ気味良いリズムが刻まれて、それにギターが絡む様が彼流なのだ。

 だからアルバム後半ではまるで組曲のようになっていて、ずっと聞き込んでいるとトランス効果が生じて、人によっては瞑想、酩酊状態、ナチュラル・ハイになり、高揚感がうまれてくるかもしれない。某芸能人のように薬物を使用しなくても、このような音楽を聞けばトランス状態になれる可能性はあるように思うのだが、どうだろうか。

 彼は有能なミュージシャンであり、エフェクト類を使用しなくても巧みなギタリストであることがわかる。
 ローリング・ストーンズのミック・テイラーがストーンズを脱退したあとの後任の候補の一人として、スティーヴ・ヒレッジの名前が挙がっていたというのが面白い。彼が加入したストーンズの音を想像してみると、奇妙な気がする。やはり彼はソロとして活動した方がいいだろう。

 彼は80年代、90年代はギタリストよりも、プロデューサーとしてシンプル・マインズやザ・シャーラタンズなどのアルバム制作に携わったことで再び脚光を浴びた。また自身のバンド、システム7を運営し、テクノやアンビエント・ミュージックに取り組んでいる。
 2007年には手塚治虫の“火の鳥”にちなんでアルバムを発表している。58歳になったスティーヴだが、まだまだ現役のカンタベリー系ミュージシャンなのである。

Phoenix Music Phoenix

アーティスト:システム7,ジャム・エル・マー,スラックババ,デヴィッド・アレン,ソン・カイト,ミト,イート・スタティック
販売元:WAKYO Records
発売日:2007/10/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カーン

 前回からの続きで、デイヴ・ステュワートの話であるが、今回はそれにスティーヴ・ヒレッジが加わる。むしろスティーヴの話といっていいかもしれない。

 デイヴは1972年の5月くらいまでエッグに在籍していたのだが、それと同時並行してかつて同じバンドのメンバーだったギタリストのスティーヴ・ヒレッジのバンド、カーンのデビュー・アルバム制作に参加していた。

 だからカーンの1972年のアルバム「宇宙の船乗り」では、クレジットをみるとバンドの3人の名前のあとにwith Dave Stewartと書かれていて、デイヴがゲスト参加のような形でアルバム制作を手伝ったことがわかる。

 この「宇宙の船乗り」というアルバムは、カーンというバンド自体がこの1作のみで解散してしまったために、あまり有名なものにはならなかったのだが、いま聞くとカンタベリー系ミュージックというよりは、むしろ正統的なプログレッシヴ・ロックの範疇に属する音楽だと感じられてならない。

宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様) Music 宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様)

アーティスト:カーン
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 それはスティーヴがかなりギターを弾いているということと、それと対等にデイヴのオルガン・プレイも渡り合っているからである。またカンタベリー系ではジャズよりのインストゥルメンタルが中心なのだが、このアルバムでは全6曲、すべてボーカル入りなのである。だから実験的な意味合いは薄く、やる気十分の聞かせるアルバムに仕上げられている。

 1曲目のアルバム・タイトル曲や後半の曲がいい。1曲目から9分の長い曲になっていて、スティーヴのエフェクトを効かせたギター・プレイが印象的である。また2曲目"見知らぬ浜辺にて"ではデイヴのピアノが流れるように響いていて、スティーヴのギターとの息もピッタリだ。やはり昔一緒にやっていたせいであろう。ゲスト参加ではなく、同じメンバーといってもおかしくない。

 3曲目"自由への飛翔"では短いながらもベース・ソロやドラムスのジャズっぽい演奏もあり、バンドとしてのまとまりを演出しているかのようである。こうして聞くと、スティーヴ・ヒレッジは上手なギタリストということがあらためてわかった。

 このアルバムの聞き所はやはり後半3曲だろう。なかでも"アムステルダムへのドライヴ"と"星をみつめる二人"はメロディがはっきりしているし、演奏部分も素晴らしい。
 前者はどちらかというとミディアム・テンポの曲で、スティーヴのギター多重録音が効果的だ。9分以上もあるアルバムで一番長い曲でもある。

 後者の曲は前の曲よりもよりテンポが速く、全体的にスピード感がある一方で、ソロ部分ではテンポを落とすなど緩急をつけた音作りが耳に残る名品になっている。そして最後の曲"ぬけがらの化石"は叙情的な曲で、デイヴのオルガン・プレイやスティーヴのエフェクティヴなギターも際立っている。

 この1作でバンドが解散した理由はわからないが、恐らくアルバムの売り上げが悪かったのだろう。レコード会社からアルバム発表を拒否されているからだ。
 ちなみにカンタベリー系ミュージシャンで仲が悪いというのはほとんど聞いたことがない。仲が悪くなっても、しばらくするとまた一緒にレコーディングしていたりもするからである。

 カンタベリー系といっても、このスティーヴ・ヒレッジはロンドン出身なので、正式にはカンタベリー系ではない。この辺の事情はデイヴ・ステュワートと一緒である。

 このバンドの結成当時のドラマーは、ピップ・パイルだった。ピップ・パイルといえば後にデイヴと一緒にハットフィールド&ザ・ノースを結成している。

 また1972年の秋にはデイヴ・ステュワートが正式加入して、2ndアルバム用の楽曲を録音するのだが、上記にもあったようにアルバム発表が拒否されたために、結局バンドは解散してしまった。この録音された曲のいくつかはスティーヴ・ヒレッジのソロ・アルバムに使用されているようだ。

 そして解散後はスティーヴ・ヒレッジはケヴィン・エアーズとの共演のあと、ゴングに参加し、あの有名な“ラジオ・ノーム三部作”の制作に携わっている。
 デイヴの方は、このあとハットフィールド&ザ・ノースに参加し、より一段と知名度を上げていった。

 これは余談だが、アルバム・ジャケットにミュージシャン名と使用楽器が記されていて、デイヴの欄には使用楽器にSkycelesteとある。もちろんそんな名前の楽器はなく、これは聞かれたときに“冗談だ”と答えるために、わざと記したようである。こういうユーモアがあるのもカンタベリー系ミュージック(ミュージシャン)の特長なのである。

 できればこのメンバーでさらにアルバムを発表してほしかったのだが、それは叶わぬ夢になってしまった。しかしアルバムの中での共演という形で、2人の交流は続くのである。まるで時代が如何に変わろうとも、2人の友情は不変であるかのようで、真実のミュージシャン・シップとは、こういうことを指すのかもしれない。 

| | コメント (0) | トラックバック (1)

エッグ

 カンタベリー系の音楽についてながながと書き綴ってきた。まるで“カンタベリー物語”のようであるが、こちらの物語には“堕落した僧侶”や“いかさま錬金術師”などは出てこない。当たり前だが…

 ここで最終章に行く前に、前回の“ギルガメッシュ”にも出てきたカンタベリー系ミュージックには欠かせない人物、デイヴ・ステュワートの、特にその活動の初期に所属していたグループ、エッグについて記してみたい。

 デイヴはロンドン出身なので、本当はカンタベリー出身のミュージシャンではないのだが、カンタベリー系のミュージシャンと交流が深いので、今ではカンタベリー系ミュージシャンの一人として見られている。

 彼は1960年代の後半に、ユリエルというグループを結成した。これは4人組のグループで、キーボードは彼自身、ベースにモント・キャンベル、ドラムスはクライヴ・ブルックス、そしてギターはあのスティーヴ・ヒレッジが担当していた。

 もう少し正確に記すると、デイヴは最初はギターを弾いていたのであるが、スティーヴの方がデイヴより“遥か先を行っていた”ということで、ギターをあきらめキーボードに専念するようになった。
 最初はスティーヴとモントがバンドを結成して、それにデイヴが加入したそうである。彼はバンドに入らんがために、機材運びまでして存在感を示したという。

 当初彼らは、フリートウッド・マックやクリーム、ジミ・ヘンドリックス、ナイスのような音楽を志していた。しかしスティーヴは大学進学のためにグループを脱退したために、残りの3人で活動するようになった。

 そして1969年にグループ名をエッグと改称した彼らは、翌年2枚のアルバムを発表したのである。(以前のグループ名ユリエル"Uriel"は“しびん”"Urinal"に音が似ていたために、当時のマネージャーから改名を迫られていたからといわれている)

 まず1stアルバム「エッグ」は前半は意外と聞きやすい。ボーカル曲が3曲も含まれているからである。しかもオルガンがまるでキース・エマーソンのようなところもあるし、結構よくできていると思った。これでドラムの手数が多ければ本当にE,L&Pの二番煎じになってしまうところだ。Photo

 2曲目の"While Growing My Hair"は、普通のボーカル入りのジャズ・ロックという感じでかなり渋めである。また4曲目のバッハ作曲の"Fugue in D Minor"ではアレンジされているものの、デイヴの淡々としたオルガン・プレイを聞くことができる。この辺までは大したことはないのだが、6曲目の"The Song of Mcgillicudie the Pusillanimous(or  Worry James, Your Socks are Hanging in the Coal Celler with Thomas)"という長ったらしいタイトルの曲では白熱したオルガン・プレイを堪能することができる。

 一番の聞き所は20分にわたって繰り広げられる“交響曲第2番”"Symphony No.2"であろう。第1楽章から第4楽章まで4つの部分で構成されているこの曲では、キース・エマーソンと対等に渡り合うかのようなデイヴ・ステュワートのオルガン・プレイが演奏されている。

 ただ第3楽章(アルバムでは"Blane"というタイトル)では抽象的かつアヴァンギャルドな音響世界になっていて、これには少し閉口した。こういう音楽性ははっきり言って嫌いなのである。
 そしてモントのベース・ソロに導かれて始まる第4楽章では3者によるアンサンブルを聞くことができて、ホット一息つくのであった。

 続く2作目の「優雅な軍隊」では、基本的な曲構成は似ているのだが、作風は前作とかなり異なっている。2
 まず1曲目"A Visit to Newport Hospital"はボーカル入りのジャズ・ロックで前作よりも起伏があり、インスト部分もかなり練られていて素晴らしい。オルガンの音がギターの音に聞こえる部分もある。何らかのエフェクトを使っているのであろう。

 しかし2曲目は管楽器プレイヤーをゲストに迎えてのジャズ・ロックで同じような旋律が繰り返されてきて、このあたりからちょっと付いていけなくなってしまった。3曲目は完全な実験音楽である。タイトルは"Boilk"といい、これは1stアルバムにも同名曲が収められていたが、1stでは1分4秒だった曲がここでは9分21秒に変身している。勘弁してほしい。

 4曲目からは"小作品 第3番"というタイトルながら4パートに分かれた組曲になっていて、構成は1stと同じなのだが、前作よりもかなり前衛的である。はっきりいって自分は聞き通すことが辛くなってしまった。ただパート2とパート4はまあまあいけると思う。

 だからエッグは単純なジャズ・ロックやクラシカルなロックを聞かせるのではなくて、かなり時代の先端を行くロックだったのであろう、当時としては。
 そのときはそれでよかったのかもしれないが、いま聞くとなるとちょっとどうかなと思ってしまう。こういう音楽が好きな人ならいいだろうけれども…

 たぶん評論家好みというか通受けする音楽とは思う。だから評論家によるアルバム評では良いことが書かれていると思うのだが、一般のリスナーにとっては日常的に耳にしたい音楽とは思わないような気がする。(特に2ndアルバムはそんな気がする。1stの方は2ndよりはましだと思うが、エッグを聞くならキャラヴァンやハットフィールド&ザ・ノースを聞いていた方がいいと思うのである)

 その後エッグは人気もアルバム販売数も下降線をたどり、1972年に解散。74年に再結成して3rdアルバムを制作するも、メンバー個人の希望を優先して実質的に解散してしまった。そして各人がさらにグループを結成しながら、離合集散を繰り返していくのである。“カンタベリー物語”は、まだまだ続くのであった。(To be continued...)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ギルガメッシュ

 ギルガメッシュといえば、古代バビロニアのシュメール王朝時代の王の名前である。かつては伝説上の王様と言われていたようだが、現代では実在した王として考えられている。

 ロックの世界でも同名のグループが存在した。しかもそれはカンタベリー系のグループとして捉えられている。さらにあのハットフィールド&ザ・ノースの兄弟版のようでもあるのだ。

 ギルガメッシュの中心人物は、キーボード奏者のアラン・ゴウエンという人だった。この人は実はハットフィールド&ザ・ノース結成時のオーディションに参加していた。
 しかし結果は不合格。合格したのは元エッグのキーボード奏者のデイヴ・ステュワートだった。

 このアラン・ゴウエンという人は、1960年代後半はあのキング・クリムゾンの短期間のメンバーだったジェイミー・ミューアと一緒にアサガイというアフロ・ロック・グループを結成していたようで、世の中狭いものである。

 それでアランはオーディションには落ちたものの、合格したデイヴ・ステュワートと、これがきっかけとなって親交を結ぶようになり、交流が生まれたのである。世の中何が幸いするかわからない。
 しかもアランは、今度は自分でグループ結成を計画したのである。もし彼のほうがハットフィールド&ザ・ノースに加入していれば、ギルガメッシュというグループも生まれなかっただろう。

 グループの結成は1972年。アランが25歳のときである。ギターにフィル・リー、ドラムにはマイク・トラヴィスが加わり、ベースは最終的にジェフ・クラインに決定した。知っている人は知っていると思うのだが、このベーシストのジェフ・クラインは後にアイソトープに参加している。こういう交流の広さもカンタベリー系グループの特長なのである。

 そして1975年にやっと彼らの1stアルバム「ギルガメッシュ」が発表されたのだが、このアルバムのプロデュースは彼ら自身とデイヴ・ステュワートが担当している。いかにデイヴが彼らを応援していたかがわかると思う。こういう友情というか人情の厚さもカンタベリー系グループの特長である。

 Gilgamesh Gilgamesh
販売元: iTunes Store(Japan)
iTunes Store(Japan)で詳細を確認する

 このアルバム、プレイ時間は40分に満たないものの、濃密で心地よい時間を与えてくれる。全8曲なのだが、中心となるのは1曲目と5曲目、7曲目の3曲でそれぞれ3部形式の組曲になっている。

 音楽的にはジャズ・ロックなのだが、聞いているうちに何となくハットフィールド&ザ・ノースに聞こえてくる。いろんな意味で影響をしあっていたのであろう。

 ただ、ギルガメッシュの方が色気があるというか、サウンド的に面白みがある。理由はデイヴ・ステュワートの方はオルガンやエレクトリック・ピアノが基本で、あとはちょっとシンセやメロトロンを使う程度だが、アランの方はピアノやオルガン、クラヴィネットにシンセサイザー、メロトロンと本当に多彩で、きらびやかである。しかもそれが音的にマッチしているから素晴らしい。

 またギターのフィル・リーという人も素晴らしい演奏を聞かせてくれる。エレクトリック・ギターがマイルドで、フィンガリングも華麗である。どうしてこうも次から次へと素晴らしいミュージシャンが現れてくるのだろうか。まことにカンタベリー・ミュージックは奥が深いと思う。

 もちろんこのアルバムは、ジャズ・ロックだからインストゥルメンタルなのだが、時々スキャット・ボーカルが聞こえてくる。スキャットしているのはアマンダ・パーソンズという女性で、この人はハットフィールド&ザ・ノースのアルバムでもノースセッツという3人組の女性ボーカルの一人として参加している。本当にハットフィールドとは縁が深いのである。

 3つの組曲の間に挟まってひっそりと息づいている曲の中に"Arriving Twice"という1分34秒の短い作品があるのだが、この曲は彼らの代表曲でもあるようで、その後も繰り返しライヴなので演奏されている。本当に短い曲だがエレクトリック・ピアノを支えるアコースティック・ギターという感じで、デリケートでドリーミィな曲に仕上がっている。

 このあとギルガメッシュは、ハットフィールド&ザ・ノースの解散を受けてデイヴ・ステュワートが合流し、ツイン・キーボード体制になるのだが、結局うまく行かず解散状態になってしまう。
 そしてアランとデイヴを中心として、ハットフィールドのメンバーが集まり、新しいグループのナショナル・ヘルスが誕生するのである。こういう離合集散が多いのもカンタベリー系バンドの特長なのである。

 その後、ヒュー・ホッパーがベースを担当してアルバムを制作したり、フィル・ミラーやリチャード・シンクレアなどとも共同でアルバムを発表したりしたのだが、残念なことに1981年5月に白血病でアラン・ゴウエンは亡くなってしまった。33歳という若さであった。最後のアルバム「ビフォア・ア・ワード・イズ・セッド」は、死の数日前に録音されたものだといわれている。

 2000年にはこの1stアルバムのデモやアウトテイク集なるものが発表されている。彼らのデビューに至るまでの瑞々しい演奏を味わうことができるとのこと。

 Gilgamesh/Arriving Twice Gilgamesh/Arriving Twice
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 ともかくリーダーのアラン・ゴウエンは亡くなってしまったのだが、期間的には短くてもその音楽は、伝説のギルガメッシュ王のように輝き続けるのであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハットフィールド&ザ・ノース

 カンタベリー系・ミュージックのバンドを紹介しているわけだが、だいたい時系列にそって古い順から紹介しているので、今回はハットフィールド&ザ・ノースの登場となる。

 日本でも絶大な?人気を誇るハットフィールド&ザ・ノースなのである。あの日本のジャズ・ロック・プログレ・バンド、アイン・ソフもハットフィールド&ザ・ノースをもじって「帽子と野原」というタイトルのアルバムを発表しているくらいである。Photo

 

しかもこのバンド、カンタベリー系のミュージシャンの代表メンバーで構成されていて、いわゆるスーパー・バンドなのである。1973年のデビュー当時のメンバーは以下の通り。

キーボード・・・デイヴ・ステュワート(元エッグ)
ギター・・・フィル・ミラー(元マッチング・モウル)
ベース・・・リチャード・シンクレア(元キャラヴァン)
ドラムス・・・ピップ・パイル(元ゴング)

 実に堂々たる布陣である。“ディス・イズ・カンタベリー”といっても過言ではないメンバー構成で、この面子での音楽がどういうものになるのか結成当初から期待されていたようである。

 自分が最初に聞いたのは、彼らのデビューから少し遅れてからだったが、まだ子どもだったせいか音の印象については、残念ながらよく覚えていない。
 しかし、そのアルバム・ジャケットの手触りはよく覚えている。普通のアルバム・ジャケットよりも上質紙で出来ていて、まるでコーティングされたような手触りだったのである。しかもデザインがカッコよくて、夜のような昼のような街の情景が記憶に残っている。

 よくみるとキリスト教の宗教画のように、天上の部分に様々な人々の姿が薄く描かれているのだが、それに気づいたのはもっと後で、当時はよくわからなかった。

Hatfield and the North Music Hatfield and the North

アーティスト:Hatfield and the North
販売元:Plan 9/Caroline
発売日:1992/04/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 そしてこれも師匠の家で拝見したものであるが、そのデザインや手触りだけが記憶に残っていて、たぶん音楽も一緒に聞いたと思うのだが、その点については記憶にない。たぶん師匠もあまり推薦しなかったのではないだろうか。カセット・テープにも録音した覚えはないのである。

 それはともかくとして、この1stアルバムのゲスト・ミュージシャンの中には後にデイヴ・ステュワートとコンビを組むバーバラ・ガスキンが女声コーラス隊の一人として参加しているし、内ジャケットには車椅子に乗っているロバート・ワイアットが描かれていて、事故の後にレコーディングに参加したことがわかる。こういう交流が普通に行われていたのもカンタベリー・ミュージックの特長であろう。

 曲数は全15曲(CDでは17曲)と多いのだが、最初と最後の曲はサウンド・エフェクトのように短くて、曲間もほとんどなく、短い曲を連ねてトータル・アルバムのような形式になっている。
 ジャズ・ロックという分野に入るのだろうが、メロディがはっきりとしていて堅苦しくないし、聞きやすい。そういう意味ではソフト・マシーンやマッチング・モウルと全然違い、同じカンタベリー系とは思えないほどである。

 そしてメロディの優しさとともに、リチャード・シンクレアの声質も柔らかく温かみがあり、何となくこちらまで和んでしまうのである。初期のキャラヴァンもそうだったのだが、彼が歌うと不思議と安心してしまう。

 このアルバムでは中盤から後半にかけて素晴らしいと思う。前半は何となく聞き過ごしてしまうのだが、7曲目の"Rifferama"や9曲目の"Shaving is Boring"などは躍動感があって聞き応え十分である。こういう演奏を聴くと、やはりジャズ・ロックだなあとつくづく実感してしまう。
 さらに10曲目の"Licks for the Ladies"は一転して静かなバラードになるし、13曲目"Lobster in Cleavage Probe"と14曲目"Gigantic Land Crabs in Earth Takeover Bid"はアルバムの最後を飾るかのようにメンバー全員で白熱したプレイを繰り広げている。しかしその激しさを感じさせないのが、このグループの特長なのだ。

 CDではイギリスでシングルとして発売された曲のサイドAとBが収められていて、これがまたボーカル入りのポップ・ソングなのである。この表現の幅の広さもハットフィールド&ザ・ノースの素晴らしさなのであろう。

 そして彼らの素晴らしさがパッケージされたのが、翌年の1975年に発表された2ndアルバム「ザ・ロッターズ・クラブ」である。これは彼らの最高傑作であり、カンタベリー・ミュージックの中でも最高に位置するアルバムの1枚と評価されている。

The Rotters' Club Music The Rotters' Club

アーティスト:Hatfield and the North
販売元:Virgin
発売日:1992/04/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 どのアルバム評やプログレ関係の雑誌を読んでみても、このアルバムに関しては最高の賛辞で埋め尽くされているのである。

 最初の曲"Share it"のリチャードのボーカルを聞いたとたんに、安らかな気持ちになる。彼のボーカルを耳にすると、そのほんわかとした歌い方や声質のせいで、和んでしまう。そこが幻惑の落とし穴なのである。

 彼のボーカルで安らいだ気持ちになり、さらに聞きているうちに複雑な演奏に絡め取られ身動きできなくなってしまい、そのまま一気に最後まで聞いてしまう。途中下車はできない。

 4曲目"Chaos at the Greasy Spoon"から"The Yes No Interlude"を経て"Fitter Stoke has a Bath"への流れは見事である。疾走感のある高度な演奏と温かみのあるボーカルとのマッチングが素晴らしい。この部分のほとんどをドラマーのピップ・パイルが手がけている。

 そして圧巻は何といっても20分を超える"Mumps"であろう。たたみかけるようなビートとおのおのリードを取るギターとキーボード、合い間に流れる透明感溢れる女声スキャットとゲスト陣による管楽器演奏、どこを切り取っても一糸乱れぬアンサンブルである。20分という時間を感じさせない名演であろう。
 イエスの"Close to the Edge"、ピンク・フロイドの"Echoes"、ジェネシスの"Supper's Ready"、キャラヴァンの"Nine Feet Underground"と比べても全く遜色はない。

 このスキャットを含むボーカル部分と、軽快かつ複雑なインストゥルメンタルの対比が歴史に残るアルバムを形作ったに違いない。自分にとっては大人になるまで(大人になってからも)この良さがよくわからなかったのだが、じっくりと聞き込むにつれてお灸のようにジワジワと効いてきたのだった。

 とにかく聞き流していては、このバンドや音楽の良さはわからない。リチャードのボーカルやポップな躍動感に騙されてはいけないのだ。しかし本人たちはそういうつもりはないのだろうけれど、リスナーにそんな思いをさせては、きっとニンマリしているに違いない。まさに歴史に残るグループなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マッチング・モウル

 アイソトープというジャズ・ロック・バンドに関連して、この際ソフト・マシーン関連のグループのアルバムを聞いてみようと思い立った。

 ただ問題があって、もともとジャズ・ロックは、本来的な自分の趣味・趣向とは正反対に位置するものであるから、聞いたことのあるアルバム数が極端に限られてくるのである。だから、あくまでも限定された感想しか述べられないのが悲しい。

 マッチング・モウルというグループがかつて存在していた。このグループはカンタベリー・ミュージックの原型ともいうべきワイルド・フラワーズからソフト・マシーンを経て、結成されたものである。

 ごくごく大雑把に言うと、ワイルド・フラワーズからは2つのグループが派生した。一つがソフト・マシーンであり、もう一つがキャラヴァンである。この2つのグループについては既にこのブログでも簡単に述べている。

 ワイルド・フラワーズにいたパイ・ヘイスティングスやリチャード・シンクレアなどはキャラヴァンを結成し、そこから脱退したロバート・ワイアットは、ケヴィン・エアーズやデヴィッド・アレンとともにソフト・マシーンを結成した。1966年の頃であった。

 そしていろいろ紆余曲折があって、ジミ・ヘンドリックスのアメリカ・ツアーの前座で活動したあと、ソフト・マシーンは一旦解散をするのだが、1stアルバムの評判が良かったために彼らは再結成し、メンバー・チェンジを繰り返しながらも活動を続けていった。

 しかし2ndアルバムから加入したヒュー・ホッパーの志向がアルバムに反映し始めると、それに嫌気が差したドラマーのロバート・ワイアットが元キャラヴァンのデイヴ・シンクレアとともに新しいグループを結成したのである。それがマッチング・モウルであり、1971年の出来事だった。

 彼らはギターにフィル・ミラー、ベースにビル・マコーミックを迎えてアルバムを制作したのである。バンド名と同じタイトルのアルバムなのだが、もともとマッチング・モウルとはソフト・マシーンのフランス語(Machine Molle)を英語読みにしたときに、当てはまる語に置き換えてできたものだった。(Matching Mole)
 直訳すると“当てはまるモグラ”ということだろうか。ちなみに日本のアルバム・タイトルは「そっくりモグラ」となっている。

 彼らは2枚の公式スタジオ・アルバムを残して解散したのだが、いずれも1972年に発表されていて、そのうちの1枚の「そっくりモグラ」を持っている。もちろんのちにCD化されたものであるが、アルバム・ジャケットが妙にかわいらしいのだ。

そっくりモグラ Music そっくりモグラ

アーティスト:マッチング・モウル
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/03/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 音的には最初の3曲は聞きやすい。特に1曲目の"O Caroline"はややスロー・テンポのバラード風の楽曲になっていて、ひょっとしたらシングル・ヒットも期待できそうなという感じの仕上がりになっている。
 また続く"Instant Pussy"や"Signed Curtain"でもシンプルなスキャットやボーカルを聞くことができて、ちょっと高尚なポップ・ソングという感じである。

 同時に1曲目からここまで、バックにメロトロンが使用されていて、それがいいムードを醸し出している。ジャズ・ロックにメロトロンが演奏されるというのも、いかにもプログレッシヴで実験的な音楽という感じだ。メロトロンを演奏しているのは、クレジットによるとドラム担当のロバート・ワイアットということだから、これは彼の趣向によるものであろう。

 しかし続く4曲目"Part of the Dance"から7曲目"Beer as in Braindeer"は、これはもうソフト・マシーンの世界である。あるいはもっと実験的でサイケデリックな音楽といっていいだろう。
 とにかく全くポップではないし、個人的にはアヴァンギャルドな音響空間だと思う。少なくとも自分にはそう聞こえてくるのである。だからこのアルバムを聞くときは、最初の方の曲しか聞かないようにしている。

 ただ8曲目最後の曲の"Immediate Curtain"は全編メロトロンが鳴り響いているので、ちょっと安心する。ただこの曲ももちろんポップな音ではない。

 彼らは同じ年にもう1枚スタジオ・アルバム「リトル・レッド・レコード」を発表するが、キーボードのデイヴ・シンクレアが脱退してしまった。一方で、ブライアン・イーノがゲストとして参加し、シンセサイザーを担当、ロバート・フィリップがプロデュースを行っている。

 2枚のスタジオ盤を残して、マッチング・モウルは解散するのだが、ロバート・ワイアットはさらに新しいバンドを企画し、リハーサルを始めた。しかし、その矢先の1973年6月にパーティで酔っ払ったロバートは、階段から落ちて脊髄を痛めて下半身不随になり、車椅子生活を余儀なくされ、バンド構想は失われてしまったのである。以後、彼は車椅子のミュージシャンとして素晴らしい作品を発表している。彼のソロ作品については次の機会に譲りたい。次の機会があればの話だが…

 2001年になって、1972年当時のライヴ盤が発表された。聞いたことはないのだが、音質は悪く、質の良い海賊盤程度だといわれている。内容は2ndアルバム中心で、演奏しているミュージシャンも2ndアルバム制作時のメンバーである。

まっすぐモグラ Music まっすぐモグラ

アーティスト:マッチング・モール
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2001/05/02
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 ともかくバンド解散後は、ギター担当だったフィル・ミラーとキーボード担当のデイヴ・シンクレアはハットフィールド&ザ・ノースに参加し、ベース担当だったビル・マコーミックはフィル・マンザネラのいた801やクワイェット・サンに参加した。

 こうやってみると、どのミュージシャンもカンタベリー・ミュージックという基盤を軸に、幅広く交流しながら、当時のプログレッシヴ・ロック・シーン全般に影響を与えていたことがわかる。一流のセンスとテクニックを兼ね備えていたミュージシャンたちだったから、できたことなのだろう。恐るべし、カンタベリー系ミュージックなのである。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

アイソトープ

 1970年代の日本人ミュージシャンであるツトム・ヤマシタと一緒に活動をしていた人に、元ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーとギタリスト、ゲイリー・ボイルがいるが、彼らはイースト・バンドという名前のバンドを組んでアルバムを発表している。

STOMU YAMASHTA’S EAST WIND/Freedom Is Frightening (1973/1st) (ツトム・ヤマシタズ・イ−スト・ウインド/Japan,UK) STOMU YAMASHTA’S EAST WIND/Freedom Is Frightening (1973/1st) (ツトム・ヤマシタズ・イースト・ウインド/Japan,UK)
販売元:ショッピングフィード
ショッピングフィードで詳細を確認する
その後でギタリストのゲイリーが在籍していたバンドがアイソトープという名前であった。1974年前後である。

 このバンドはジャズ・ロックを追及するバンドで、特に2作目の「イリュージョン」ではゲイリーの華麗なギター演奏とそれを支えるヒュー・ホッパーのベースを堪能することができる。

 自分はこのアルバムで初めてこのバンドの演奏を聞いたのだが、ゲイリーのアラン・ホールズワース並みのテクニカルなプレイに驚いてしまった。しかもこれまでこの人をノー・マークだった。今までこの人の名前を聞いたことがなかったからである。

 どうしてこれほど上手な人が今まで無名だったのだろうか、普通これほどの技術があるならもっと有名になってもおかしくないと思った。また、もっと売れてもしかるべきと思ったりもした。

 ゲイリー・ボイルがドラマーのナイジェル・モリスやキーボーディストのブライアン・ミラー、ベーシストのジェフ・クラインと一緒にアイソトープを結成したのが1973年だった。
 それまでのゲイリーはセッション・ミュージシャンとして有名だったという。60年代はダスティ・スプリングフィールドのバック・バンドのメンバーとしてレコーディングやツアーに参加しているし、ブリティッシュ・ジャズ界の重鎮ブライアン・オーガーやジュリー・ドリスコールのバックでも演奏していたようである。

 その後はスタジオ・ミュージシャンとして、バート・ヤンシュやキース・ティペットのレコーディングに参加してさらに腕を磨き、1973年にアイソトープを結成した。彼は1941年11月生まれだから32歳のときになる。ちょっと遅咲きのデビューでもあった。ちなみにゲイリーはインド生まれのイギリス育ちである。

 ツトム・ヤマシタと共演したのはアイソトープ結成前だったようで、そのときにヒュー・ホッパーと親交を結んだと思われる。だから74年の2ndアルバム「イリュージョン」ではジェフ・クラインが脱退したので、その代わりにヒュー・ホッパーが参加したのであろう。

 とにかく、この「イリュージョン」でのゲーリーのギター・ソロは素晴らしい。何度も言うが、今まで名前が売れなかったのが不思議なほどである。Photo

Music イリュージョン

アーティスト:アイソトープ
販売元:インディーズ・メーカー
発売日:2005/12/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 しかしアルバム全体を見ると、ギターが目立ちすぎて、他の楽器がそんなに自己主張していないところが気になる。ドラマーもベーシストも腕は確かなのだが、ギターの方が目立ちすぎる。また印象的なフレーズが少ないという点もどうかなと思うのである。

 ただ長めの曲と短めの曲を用意していて、飽きさせない工夫をしている点は評価できるのだが、どうも自分にはジャズは門外漢という意識が強くて、ついていけないのである。ソフト・マシーンとこのアイソトープの違いは何かと聞かれても答えられないだろうし、ほとんど似たように聞こえてしまう。ただ強いていえば、アイソトープの方が聞きやすいのではないかと思う。

 特に長い曲は、けっこう疾走感があっていい。また迫力もある。アルバムの2曲目である"Rangoon Creeper"や、後半の"Sliding Dog/Lion Sandwich"、"Golden Section"などは緊迫感も伴っていて、聞かせてくれる楽曲に仕上がっている。

 また"Marin Country Girl"では、2分少々と短い曲なのだが、アコースティック・ギターを使用していて、秋の夜長にふさわしいような渋めの演奏を披露している。ただフェイド・アウトしているから、いつ終わったのかわからなかった。もうちょっと盛り上げてほしい気がした。

 1976年に3枚目のアルバムを発表したあと、アイソトープは解散してしまう。ソロになったゲイリーはアルバム「ダンサー」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスティバルではポップ・ジャズ賞を獲得して、ようやく彼の名前も世界的に有名になった。Photo_2

Music ザ・ダンサー(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ゲイリー・ボイル
販売元:インディーズ・メーカー
発売日:2006/01/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 その後もコンスタントに活動していて、2006年にはゲイリー・ボイル・トリオとして来日公演を果たしている。もちろんジャズである。

 こうやってみると、昔からイギリスでもジャズやジャズ・ロックが、ブームではなくて、一つの流れ、音楽の分野として根付いていたことがわかる。ジャズといえばアメリカ産の音楽なのだが、アメリカからイギリスへと逆輸入した形になったのだろう。

 ただそれをそのまま演奏するのではなくて、ジャズ・ロックとして、ときにプログレッシヴ・ロックの範疇に入れられながらも昇華して行ったのが、ブリティッシュ・ジャズ・ロックなのかもしれない。その代表的な例がコロシアムやソフト・マシーンであり、マイナーな例が元アイソトープのゲイリー・ボイルなのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ノルウェイの森

 秋である。秋といえば、食欲の秋、芸術の秋、そして読書の秋でもある。最近久しく本などを読んでいなかった自分は、自己の人格の陶冶を目指し、読書に励もうと思った。

 それで今まで一度も読んだことのない人の本を読もうと決意し、日本を代表する小説家であり、ノーベル文学賞に一番近いといわれている日本人の村上春樹氏の本を選んだのである。そして、その本のタイトルは「ノルウェイの森」というものであった。

ノルウェイの森 上 (講談社文庫) Book ノルウェイの森 上 (講談社文庫)

著者:村上 春樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 自分は貧乏性なので、評価の定まった人の本を買って読むのは、たとえ内容が失望させられるものであったとしても、読む上で安心感があって、手を出しやすい。逆に流行小説家の作品は当たり外れが大きいと思っていて、なかなか手が出せなかった。

 今回は清水の舞台から飛び降りるつもりで、思い切って手を出したのである。しかも「ノルウェイの森」といえば、単行本・文庫本を合わせて1000万部以上売り上げているモンスター・ブックなのである。たぶんこの数字は小説部門では№1ではないだろうか。

 というわけで「ノルウェイの森」を読んだわけであるが、これがなかなかどうして一筋縄ではいかない小説なのであった。

 テーマは“喪失と再生の物語”らしいのだが、自分にとってはなかなか微妙な感じがした。

ノルウェイの森 下 (講談社文庫) Book ノルウェイの森 下 (講談社文庫)

著者:村上 春樹
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 時は1969年頃、場所は東京である。主人公は神戸から東京にやってきた大学生のワタナベという人と彼の高校時代の同級生の直子である。この2人には同じ年のキズキという友だちがいて、このキズキは直子の恋人でもあった。しかし17歳のときにキズキは自殺したのである。

 このことは主人公の「僕」(ワタナベ)と直子にとって、共通の痛みを伴っているのだが、よくある話で、今度はこの2人が恋人同士になってゆくのである。

 こうやってみると恋愛小説なのだが、単純にストーリーは展開しない。直子は姉と叔父を自殺で失っているという悲しい過去がある。自殺が遺伝するとは考えられないのだが、ひょっとしたらそういう精神的な脆弱さを抱えているのかもしれない。

 実際、直子は京都の療養所に入所し、精神的な病を治そうとするし、そこで出会った年上の元ピアノ講師で主婦だったレイコを軸に話は展開してゆく。
 一方、東京では「僕」と同じ科目を履修している小林 緑という女性が登場し、この人と「僕」との関係を軸にして話は進む。要するに「僕」をめぐる2人の女性を軸に大筋が描かれているのである。

 それについては異論もなく、なるほど恋愛小説とはこういうものかと思ったのだが、それにしてはこの「僕」は、簡単に女性とできてしまうのである。話の中にはこの「僕」という人は、美形でもなく、モテそうな描写はない。しかしまるで現代の“光源氏”のようなのである。

 また1969年前後の時代背景で、ちょっとおしゃれな服装や食事(外食)などが描かれているし、1980年に発表された田中康夫の小説「なんとなくクリスタル」を思い出してしまった。(ちなみに「ノルウェイの森」は1987年の作品である)

 さらに内容というか男女関係の描写が赤裸々でしかも淡々と描かれている。まるで×××小説に近いところもある。1969年当時にこんなに性知識が知れ渡っていたのかどうかは疑問なのである。もちろん自分はその頃は、まだ小学生だったからよくわからないのだが、マ××××××××やフ××××などは東京の大学生は知っていたのだろうか。あの大学紛争華やかな時代に、である。

 そして性に対する規範意識もこんなに抵抗感がなかったのだろうかと思うのである。自分が読み聞かせられていた大学紛争や60年代末の時代の雰囲気とはかなり異質なものがあるように思った。とにかく主人公の「僕」とその先輩の永沢さんはナンパに出ては、ほとんど百発百中ものにしてしまうのである。ときに相手を交換してしまうのだから、ちょっとどうかなあと思ってしまった。

 小説と割り切ればいいのかもしれないけれど、作者の体験や見聞も混じっているだろうし、少なくとも読後感は冴えないのである。悲しいことにスカッと爽やかにはならないのだ。

 文体はアメリカ近代小説をそのまま借りてきたかのようで、読みやすいことは間違いない。読みやすいのだが、心は晴れない。喪失はあっても魂の再生は、自分には現れなかった。

 小説の最後で年上のレイコさんと4回も、いやこの話はやめよう。アメリカ文学に影響を受けているのであれば、できれば「ライ麦畑でつかまえて」のようなラストシーンがよかった。あるいは「アルジャーノンに花束を」でもいい。あそこまで感動的でなくても、魂の再生がおこなわれるのであれば、もう少し若者らしい潔癖性や純粋主義みたいなものがあってもいいのではないか。

 これが混迷の70年代やバブル時代の80年代の話なら納得できるのであるが、どうも時代性とマッチしていないように思えてならない。
 自己の存在意義や自己同一性、アイデンティテイの確立は性に対峙することでしか成り立たないものなのであろうか。大江健三郎は「性的人間」の中で、自分を確認するためには、政治的人間になるか性的人間になるかしかないと述べたが、そういうものでしかないのか。人間に無限の可能性があるというのは嘘っぱちなのだろうか。

 「ノルウェイの森」は、これらの問題を残して自分の本棚に置かれている。女性がこの本を読んだらどういう感じがするのだろうか。おそらく男性の精神構造なり、下半身の構造などがよくわかったのではないかと思っている。しかもこれだけ売れたのだから、このことは女性にも支持されているのであろう。

 ちなみに作者の村上春樹氏は、熱烈なビートルズ・ファンというわけではないらしい。本来は違うタイトルが用意されていたらしいのだが、結局このタイトルに落ち着いたのだという。

 ビートルズといえば、この秋全作品がデジタル・リマスター化され、高音質になった。初期の4枚のアルバムもステレオ化されて、今までのCDと比較すると全く違うアルバムを聞いている感じがするという。

ラバー・ソウル Music ラバー・ソウル

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2009/09/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 自分にとってはこちらの“ノルウェイの森”の方が再生感がある。デビューから40年以上たっているにもかかわらず、ビートルズの楽曲は、まさに時代を超えての普遍性を備えている。
 そしてこのリマスター化を予想していたかのように、まるで違う楽曲に生まれ変わったビートルズの名曲群は、この後も時代を先駆けるかのように光り輝いていくであろう。

 自分にとってビートルズの歌こそが、魂の覚醒と癒しに通じるものなのかもしれない。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

ゴー三部作(後編)

 もともとツトム・ヤマシタという人は京都に生まれたミュージシャンで、主にパーカッションを演奏していたそうである。1947年5月生まれだから今年で62歳になる。

 16歳のときにあの小澤征爾から日本フィルにスカウトされたというから天才的な何かを持っていたのであろう。
 その後ニューヨークのジュリアード音楽院やボストンのバークレー音楽院でジャズのドラミングを学んだあとはフランスのパリに行って公演をしている。またそのころアメリカの雑誌“Time”の表紙を飾ったというから、当時から世界的な音楽家として活躍をしていたようである。

 またジャズ・ロックに興味を持ち始め、1970年にはイギリス人のパーカッショニストのモーリス・パートとともにカム・トゥ・ジ・エッジというグループを結成しているし、1972年になるとイギリスで「レッド・ブッダ」というアルバムを発表している。内容を聞いたことはないのだが、話によると演劇や音楽などを総合した前衛的なスタジオ&ライヴ・アルバムということである。

 Stomu Yamashta/Man From The East (Ltd)(Pps) Stomu Yamashta/Man From The East (Ltd)(Pps)
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 1973年には元ソフト・マシーンのヒュー・ホッパーやアイソトープのゲイリー・ボイルとともにバンドを結成している。こういう精力的な活動が認められたせいか、彼はアイランド・レコードと契約を結び、1976年に「ゴー」を発表したのであった。

 ツトムは“Go三部作”として、1976年の「ゴー」、1977年の「ゴー・トゥー」と発表してきた。次は当然「ゴー・スリー」になる予定だったのだが、それを変更してライヴ盤を発表した。それが1978年発表の「ゴー・ライヴ」だった。

 Stomu Yamashta/Go Live In Paris Stomu Yamashta/Go Live In Paris
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 このライヴ・アルバムは「ゴー」発表後の1976年6月12日のフランスはパリの“パレ・デ・スポール”での演奏をレコーディングしたもので、メンバーも「ゴー」とほとんど同じ構成になっている。
 ただベーシストに元トラフィックだったロスコー・ジーの代わりに、ジェローム・リムソンという人が参加している。

 もともと「ゴー」はコンセプト・アルバムで、テーマは善と悪、輪廻転生、よくいわれる東洋思想に近いものになっている。
 登場人物は格闘家のクロタと相手方のフーシェンで、内容はというと、クロタがフーシェンと戦い失明をし、妻も財産もすべて失うのだが、荒野の果てで自分を信じて生命力を獲得し、やがてはフーシェンを倒し、勝利を獲得するというものである。

 元のスタジオ・アルバムではこの内容が逆転しており、サイドAでは自分の力を信じ、生命力を獲得したクロタが相手を倒し、真の勝利者となるという展開。
 一方、サイドBではクロタとフーシェンが登場し、死闘を行い、クロタが失明をして荒野で倒れるという内容になっている。

 これがなぜ逆転しているのかというと、アルバムを最初から最後まで聞き通すことで、終わりから始まりに続き、万物は流転するという話に通じるからということらしい。あるいは手塚治虫の“火の鳥”のように、永遠の生命をテーマにしているのかもしれない。いづれにしても東洋人のツトム・ヤマシタらしい話である。

 ライヴ・アルバムでは、逆にこれが普通の展開になっていて、スタジオ盤とは逆のストーリーになっている。ややこしい話だが、物語の展開としてはライヴ盤のほうがノーマルなのである。

 またCDでは1枚ものになっているが、もともとのレコードでは2枚組だった。当然のことながらスタジオ盤よりも熱気みなぎる演奏を聞くことができる。特にギターはパット・スロールとアル・ディ・メオラであり、パットの方はツトム・ヤマシタとの仕事が彼の初めてのキャリアとなるものであった。

 またライヴ盤なので、オーケストラなどは使用されていないのだが、その分キーボード、シンセサイザーが多用されている。シンセはクラウス・シュルツだけでなく、ツトム・ヤマシタも演奏しているし、ピアノに関してはスティーヴ・ウィンウッドが担当している。だからストリングスなどがなくても十分聞きごたえがあるし、むしろ白熱したプレイになっている。

 ツトム・ヤマシタは、こういうコンセプトのもとにアルバムを制作したのだが、バンド・メンバーの国籍を見ると、日本、イギリス、ドイツ、アメリカというように多国籍になっている。人種、国籍、国境などを超越して、純粋に音楽を中心として結ばれた人と人が生み出したものこそ、彼にとっては探し求めていた大切なものだったのではないだろうか。

 彼はその後1980年にヨーロッパを去り、日本に戻って「シィー&スカイ」というアルバムを発表したあと一時引退をしていた。

 Stomu Yamashta/Sea & Sky Stomu Yamashta/Sea & Sky
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する
 しかし最近ではサヌカイトという石を木琴のように叩いて音楽を制作している。これは四国の讃岐地方や奈良県にだけ産出される石のようで、さすが本来はパーカッショニストだけあって、目の付け所が違う。なかなか前衛的な音楽家でもあるようだ。

 ところで昔から疑問に思っていたのだが、ツトム・ヤマシタの英語表記は"Stomu Yamashta"になっている。本来なら"Tsutomu Yamashita"なのだが、これはいったいどういう理由からであろうか。

 欧米人には"Tsutomu Yamashita"という発音が難しくて、特に"Tsu"よりも"S"の方が発音しやすかったというのが、個人的な考えなのだが、どうだろうか。だから発音そのままの音を表記したら"Stomu Yamashta"になってしまったという気がするのである。

 ともかく自分にとっては、70年代に外国で活躍した数少ない日本人ミュージシャンという意味で、思い出深く、なおかつ尊敬に値する人でもあった。そして彼の功績は時がたつにしたがって、ますますその輝きを放っているように思えてならないのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴー三部作(前編)

 昔々子どもの頃に、洋楽雑誌「ミュージック・ライフ」で、外国で活躍しているミュージシャンの写真を見たことがあった。

 日本人でも堂々と外国人と渡り合って一緒に演奏している姿を見て、子ども心にも感動を覚えてしまった。その頃のミュージシャンとは、フェイセズでベースを弾いていた山内テツとかスティーヴ・ウィンウッドやマイケル・シュリーヴと一緒にアルバムを制作したツトム・ヤマシタなどであった。

 特にツトム・ヤマシタは、彼自身がリーダーとなって前述のミュージシャンや、他にもアル・ディ・メオラ、クラウス・シュルツ、ジェス・ローデン、リンダ・ルイスなど、錚々たるミュージシャンを起用してスタジオ・アルバムを制作していた。しかも2枚もである。

 当時の自分は、個々のミュージシャンの名前を見てもその偉大さは分からなかったのだが、元サンタナ・バンドとか元ブラインド・フェイス、元タンジェリン・ドリームなどという名称は理解できたから、充分刺激的であり、興味を沸き立たせるにはかなり効果的であった。

 たぶん自分が見たアルバムの写真は、1977年に制作された「ゴー・トゥー」だったと思うのだが、ほぼ雑誌1ページの3分の2のスペースを使って宣伝(プロモーション)していた。参加したミュージシャンの小さな顔写真もあったのも覚えている。

 もちろんまだ子どもだし、貧乏でもあった自分は、そういうアルバムを購入することもなく、ただ外国で活躍している日本人もいるのだ、凄いなあという感想を抱いたまま大人になってしまった。

 しかし、いつかは聞いてみたいという願いは忘れずにいた。そしてその願いがついに叶えられるときが来たのである。

 今年はアイランド・レコード50周年ということで、ツトム・ヤマシタの3部作、「ゴー」、「ゴー・トゥー」、「ゴー・ライヴ」が一挙に紙ジャケ化された。制作から30年余り過ぎているが、やはり根強い人気があったのであろう。

 ただ自分は「ゴー・ライヴ」は購入できたものの、「ゴー」と「ゴー・トゥー」に関しては日本盤で入手できなかった。それだけ販売枚数が少なかったのか、それとも人気が高くすぐに売り切れたのか。仕方なく残り2枚はインターネットで輸入盤を購入してしまった。

 聞いた感想を率直に述べると、1stアルバム「ゴー」は素晴らしいと思う。まずメロディがいい。スローな曲では哀愁を帯びたメロディアスな曲調だし、リズムのある曲ではテンポがよく躍動感がある。

 Stomu Yamashta/Go (Rmt) Stomu Yamashta/Go (Rmt)
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 外国人が作る日本風の曲は日本というよりも中国風なメロディに近いものになってしまう場合が往々にして見られるのだが、やはり日本人が作った曲は当たり前の話だが完全に日本風になっている。悪くいえば歌謡曲風なのだが、それが逆に新鮮に感じられる。

 中盤の"Space Theme"、"Space Requiem"、"Space Song"は、今でいうニュー・エイジ・ミュージック、環境音楽風であり、ツトム・ヤマシタとクラウス・シュルツの演奏するシンセサイザーやムーグが飛び交っている。この辺はスペイシーでどちらかというとタンジェリン・ドリームの世界に近い。

 しかしそれらを挟む前後半はメロディは秀逸だし、躍動感はあるし、何度聞いても感動した。何しろ歌っているのはスティーヴ・ウィンウッドだし、ドラムは元カルロス・サンタナ・バンドのマイク・シュリーヴである。ギターはパット・スロールやアル・ディ・メオラが弾いている。
 超一流ミュージシャンが日本風歌謡曲を演奏しているのを想像してみると面白いと思う。こんな贅沢なことはないし、できればこういう人たちをバックにして歌ってみたいものだ。スティーヴ・ウィンウッドがうらやましい限りである。

 たぶんこのアルバムは成功したのであろう。続く翌年の1977年に2枚目のアルバム「ゴー・トゥー」が発表されたからだ。

 Stomu Yamashta/Go Too Stomu Yamashta/Go Too
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 この2枚のアルバムに共通しているのは、曲はほとんどをツトム・ヤマシタが作曲し、歌詞はマイケル・クォーターメインが作っていることである。だから歌う側からすれば、日本人が英作したものを歌うよりは、違和感なくすんなりと歌えるのであろう。

 またオーケストラのアレンジはポール・バックマスターが担当している。彼はエルトン・ジョンやローリング・ストーンズ、マイルス・デイヴィスなどポップからジャズまで幅広く担当してきた有能なアレンジャーである。あのデヴィッド・ボウイの"Space Oddity"のストリングスを担当したのも彼である。

 逆に違う点は一部ミュージシャンが交代しているところで、ベースが元トラフィックのロスコ・ジーからジャズ・プレイヤーのポール・ジャクソンに、ボーカルがスティーヴ・ウィンウッドからジェス・ローデンになっている。だからというわけでもないだろうが、かなりファンキーでロック色が強くなっている。

 前作の流れを踏襲しているのは4曲目の"Mysteries of Love"と6曲目"Beauty"であろうか。いずれもジェス・ローデンとリンダ・ルイスの掛け合いが美しい和風のバラードである。こういう名曲がさりげなく収められているところが、このアルバムの凄いところでもある。

 ともかくプレグレッシヴな雰囲気を楽しみたいのなら1stアルバムを、ファンキーでロック色を味わいたいのなら2ndアルバムだと思うのだが、いずれも甲乙つけ難い名盤だと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«デヴィッド・エセックス