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2007年6月 6日 (水)

バッド・フィンガー

 70年代の4大B級ポップ・グループというのがあって、US出身のブレッドラズベリーズ、UK出身のパイロットと今からいうバッド・フィンガーである。

 バッド・フィンガーは、ビートルズの弟分といわれていた。理由はビートルズの設立したアップル・レコードからデヴューしたからである。要するにレコード会社を設立したビートルズたちは、ふさわしいアーティストを探していたからである。

 最初はアイビーズと名乗っていてなかなか売れなかった。それでポール・マッカートニーは、彼らに新曲をプレゼントした。「カム・アンド・ゲット・イット」で、これはビートルズ自身もレコーディングはしていて、アンソロジーVol.3で聞くことができる。
 ちなみにこれは、リンゴやピーター・セラーズが出演した映画「マジック・クリスチャン」のテーマ曲でもあった。

 またそれにあわせてバンド名をバッド・フィンガーに変更した。「ウィズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」は当初「バッドフィンガー・ブギ」という名前だったので、そこから取ったというのが定説になっている。

 そこから彼らはだんだんとヒット曲を出していくのだが、イギリスよりもアメリカや日本で売れていた。本国イギリスでは、アルバムはチャート・インもせず、シングルも3枚しか売れなかったそうである。

 そんな彼らの代表作は、「ノー・ダイス」だと思う。理由はメロディが豊かな曲が多いからで、例えば「恋の嵐」やのちにアメリカのシンガーであるニルソンが取り上げた「ウィズアウト・ユー」が入っているのだ。

Photo Music ノー・ダイス(紙ジャケット仕様)

アーティスト:バッドフィンガー
販売元:東芝EMI
発売日:2005/02/23
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 基本的に彼らのアルバムには、代表曲となる曲が最低1曲は入っており、次作の「ストレート・アップ」では、「ディ・アフター・ディ」や「ベイビー・ブルー」、クリス・トーマスのプロデュース作になる「アス」では、「ホェン・アイ・セイ」、「アップル・オブ・マイ・アイ」、最初の「マジック・クリスチャン・ミュージック」にも「明日の風」、「メイビー・トゥモロウ」などがある。

 手っ取り早く彼らの魅力を知りたい人は、東芝EMIから出ているベスト盤がお勧めである。またアップル・レコードを離れたあとは、ワーナー・ブラザーズに移籍した。

3 Music ヴェリー・ベスト・オブ・バッドフィンガー

アーティスト:バッドフィンガー
販売元:東芝EMI
発売日:2000/10/25
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 アップル以降のベスト盤といえば、ワーナー移籍第2弾の「素敵な君」である。これには、あの有名な「誰も知らない」(No one knows)が入っている。

2 Music Wish You Were Here

アーティスト:Badfinger
販売元:Collectors Choice
発売日:2007/07/02
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 これにはあのサディスティック・ミカ・バンドの加藤ミカが日本語で詩の朗読をしている。当時ミカ・バンドは渡英中で、ライヴ活動やレコーディングを行っていたのだ。
 これが縁で、加藤ミカは加藤和彦と別れたあと、クリス・トーマスと結婚する。クリスは、ミカ・バンドとバッド・フィンガーの両方をプロデュース中で、それが契機になったようだ。

 またこれ以外にもいい曲が多く、「ジャスト・ア・チャンス」や「素敵な君」は、キャッチーなメロディで聞きやすく、「そのうちに、そしていつの日か」などは気合入れて作りましたという印象が強い。
 また最後の曲「バック・アット・ザ・ランチ~シュド・アイ・スモーク」などは、まさにポール節のようで、高音は出ないけどシャウトするポール・マッカトニーのような感がある。

 レコード会社を移籍して2作目で、起死回生を狙って、かなり頑張って作った様子が音を聴くだけでもわかるのである。まさに生き生きとしている様子が伺える。でも結果は残念なことに、売れなかった。(日本では先ほどの「誰も知らない」が話題となってやや売れた)

 その後彼らは、マネージャーに騙されて、収入がほとんどなくなり、そうなるとグループ内の人間関係も悪くなり、75年の4月23日、リーダーのピート・ハムが首吊り自殺をした。まだ27歳の若さであり、彼の奥さんは出産前だった。
 さらに1983年11月23日にはベース奏者のトム・エヴァンも自殺した。36歳だった。名曲「ウィズアウト・ユー」は彼とピートとの共作だった。

 まさに悲劇のバンドである。69年に加入したジョーイ・モーランドは新メンバーを加えて1991年に日本公演を行うなど、最近まで頑張っていたが、これをバッドフィンガーといっていいのか微妙である。

 そういえば、元イエスのトニー・ケイも、ピート・ハムの死後、一時バッドフィンガーに在籍していた。どういう理由でそうなったのかはよく分からない。手助けをしようとしたのだろうか。

 バンドはなくなってもグッド・ミュージックは永遠に残るといういい見本であろう。


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