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2007年7月

2007年7月30日 (月)

1974年といえば・・・

 明るい曲が少なくて、暗い内容の曲が多かったとか、過去の曲の焼き直し、リバイバルが多かったと書いたが、大事なことを忘れていた。ポール・マッカートニーのシングル・ヒットがあったのである。

 ご存知あの名盤「バンド・オン・ザ・ラン」。これが発表されたのが1973年で、このアルバムから"Jet"、"Band on the run"が発表された。(アメリカ盤には先にシングル・カットされた"Helen Wheels"〔邦題;愛しのヘレン〕も入っている)

Band on the Run Music Band on the Run

アーティスト:Paul McCartney & Wings
販売元:Capitol
発売日:1999/03/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムは、ポールにとっては起死回生、ひとつの頂点に至ったアルバムでもあり、グラミー賞にもノミネートされたほどである。

 それまでのポールは、ビートルズ時代の影を引きずったままだといわれ、かつてのようなメロディ・メイカーとしての資質や時代に対する影響力もなくなったのではないか、特にウィングスを結成してからは、出すアルバム出すアルバム、すべて評論家筋からは酷評されていたのである。

 前作「レッド・ローズ・スピードウェイ」には"My love"というビッグ・ヒット曲があり、アルバム自体も全米No.1を記録したのだが、それでも「散漫な仕上がり」などという声も聞かれた。たぶんアルバムの後半のインストルメンタルの曲やメロディで数曲つながっている部分のことだろう。

 だからこのアルバムに対してはポールの意地というか、気力とプライドが結実したようなものになったのである。(当然のことながら売れた!)

 だいたいこのアルバムを作る前から、メンバーの中のギタリストやドラマーが脱退する危機に見舞われるのである。それで結成時からのメンバーであるデニー・レインと愛妻リンダ・マッカートニーと3人でアフリカのナイジェリアやモロッコに出かけてアルバム作りに励んだという背景があった。(ちなみにそのときのアフリカは雨季であまり外に出られなかったようで、しかも強盗からナイフを突きつけられるという事件もあったそうである)
 だからポールとしても、ここは変なアルバムは作れないぞという思いが強かったのではないだろうか。

 結果として、半年以上もビルボードのアルバム・チャートにランク・インしたのであるが、74年1月に"Helen Wheels"が10位、3月に"Jet"が7位に、そして6月にNo.1になったのがアルバム・タイトルでもある"Band on the run"である。
 この曲はもともと3つの曲を1つにつなげたものであり、メロディ・メイカーとしてのポールの面目躍如といった観がある。特にマイナーからメジャーコードに展開する場面は絶妙である。

  このアルバムから3曲シングル・カットされたように、1曲1曲が粒揃いであり、全体の構成も見事で隙がないと思う。まさにどの曲をとっても適正な場所に位置づけられているといえよう。

 だから1974年には、暗い内容の曲だけではなく、このような偉大な名曲も発表されたのである。あっぱれ!ポール・マッカートニーである。
 でもこの曲も夏の暑い時期に聞いた覚えがあるなあ・・・

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2007年7月29日 (日)

暑い日には・・・

 最近は「真夏」特集とでもいうべきか、暑い日でも気分的に涼しくなるような音楽を集めてばかりいる。

 それで今回は、デイヴ・メイスンである。高校生くらいのときに「アローン・トゥギャザー」を聞いたことがあったが、当時は歌も歌えるギタリストというような印象を持っていた。

Alone Together Music Alone Together

アーティスト:Dave Mason
販売元:Universal Japan
発売日:1990/10/25
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 もともとスティーヴ・ウィンウッドのいたトラフィックのギタリストだったのだが、その頃はウィンウッドの方が目立っていて、デイヴ・メイスンについては関心もほとんどなかった。

 よく考えたらエリック・クラプトンとデイヴ・メイスンとは同じような年齢だし、イギリスからアメリカに渡った経緯もよく似ていると思うのである。
 両人とも有名なグループに所属して、そこからソロになっているし、アメリカに渡ってデラニー&ボニーと一緒にツアーも経験している。クラプトンもメイスンもアメリカ南部の音楽やミュージシャンに影響を強く受けていたのだ。

 そして時間的に最初にアメリカに行って、アルバムを発表し、南部のミュージシャンとツアーをしたのはメイスンの方が先なのである。クラプトンはある意味、メイスンの後を追っていたようなものだった。

 ところが今となってみれば、両者の人気やアルバムの販売収入やツアーによる興行収入などでは、まさに天文学的な開きが起きてしまったのだ。なぜこんなに差が出たのであろうか。

 やっぱり、クラプトンはブルーズ命というか、自分なりのアメリカ音楽やブルーズ・ミュージックの解釈を展開し、それに忠実に徹したことが首尾一貫した姿勢をもたらし、それが評価につながっているような気がする。

 一方、デイヴ・メイスンの方はアメリカのルーツ・ミュージックからウェスト・コースト流ミュージックと時代の風にうまく乗ったようには見えたのだが、結果的には一時は売れてもその後は尻すぼみになったように思えるのである。
 結局、彼の姿勢にブレがあるように思えてしょうがない。1995年には一時的にフリートウッド・マックにも所属して、アルバム「タイム」に参加しているし、日本にも公演に来たようである。

 どうも話がずれてしまったようだ。決してデイヴ・メイスンを非難しているわけではない。それが彼のやりたい音楽だったのだろうから、他の人がとやかく言うべきことではないだろう。2人のミュージシャンの生き様の違いを述べたかっただけである。

 それでこの暑い日でも涼しくなるような彼のアルバムというと、やっぱり「スプリット・ココナッツ」と「流れるままに」は外せないと思う。
 「スプリット・ココナッツ」は1975年に、「流れるままに」は1977年に発表された。Dave_mason

 「スプリット・ココナッツ」を初めて聴いたときは、結構ボーカルが上手になったなあと思った。それに音がクリアで洗練されたようにも思った。でも何かちょっと違うんではないだろうか、もう少し泥臭いというか、粘っこい音楽だったような気がするがなあという不思議な感覚だったことを覚えている。
 でもこの音は、決して嫌いではなかったし、"You can lose it"や"Save your love"、後半の"Give me a reason why"から"Sweet music"まで、結構いい曲があった。

 でも一番驚いたのはその次のアルバム「流れるままに」であった。華麗なストリングスと美しいコーラス・ワーク、印象的で短いフレーズのリード・ギターなど、いかにもというようなウェスト・コースト・ミュージックだったのである。

Let It Flow Music Let It Flow

アーティスト:Dave Mason
販売元:Sbme Special MKTS.
発売日:2008/03/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 まさに真夏に聴くにはピッタリの音楽である。1曲目の"So high"から"We just disagree","Mystic traveller"までの3曲は見事としかいいようがないほど、当時の売れ線というか、ツボを押さえたできになっていて、これでいいのかデイヴ・メイスンとまで思ったほどである。

 ここまでくると、まさにAORである。まだイーグルスやポコの方がロックしていると思った。AORといったが、完全なシティ・ミュージックである。"Seasons"なんて歌謡曲だし、まるでバーティ・ヒギンズやダン・フォーゲルバーグ、ランディ・ヴァンウォーマーの世界である。

 確かに夏に聴くにはふさわしいのだが、この後、彼はどうなるのだろうと思ったものだ。思ったけれど、その後、ジェスロ・タルに目覚めてしまい、彼のことはそのままになってしまった。

 先ほどもいったようにフリートウッド・マックに加入し、1作だけ参加した後、またソロに戻ってしまった。1946年生まれということなので、もう60歳を越えている。今頃何をしているのだろうか、それこそ流れるままに生きているのだろうか。

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2007年7月28日 (土)

暑い日にはマックを

 マックといえばハンバーガーやコンピューターを思い浮かべる人がいるかもしれないが、当然のことながら、このブログでマックといえば、フリートウッド・マックである。

 あえていう必要もないけれど、結成されて40年以上にもなるバンドである。もとはイギリスのブルーズ・バンドであり、ピーター・グリーンやジェレミー・スペンサーなどの有名なブルーズ・ギタリストが在籍していたことでも知られている。

 したがって発表されたアルバムも数多く存在するし、このブログの第1回にも「噂」が登場したが、ブログ100号記念(!)を祝して、真夏の日中でも聞けるアルバムについて紹介する。

 まずは1975年には発表された「フリートウッド・マック」である。グループ名がそのままアルバム・タイトルになっているところがミソで、新生フリートウッド・マックを印象付けようとしたのであろう。(ただし邦題は「ファンタスティック・マック」になっている)

 Photo_4 Music ファンタスティック・マック(リマスター&ボーナス・トラック・エディション)

アーティスト:フリートウッド・マック
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2004/06/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムから2人の新人がグループに加わることになった。ギタリストのリンジー・バッキンガムと女性ボーカルのスティーヴィー・ニックスである。
 この2人はもともとニックス&バッキンガムというデュオで活動していたようで、アルバムも発表していた。(この「フリートウッド・マック」のアルバムにも"Crystal"という2人で作った曲が入っている)

 残念ながらそのアルバム自体は売れなかったようであるが、マックに加わってからは全世界的に売れていった。人生とはわからないものである。

 スティーヴィー・ニックスは小柄で妖精のような感じであった。のちに魔女に変身していくのであるが、当時は衣装や彼女の歌う歌詞からそういう印象を受けたものだ。

 一方、リンジー・バッキンガムの方は、当時はアフロ・ヘア、あごひげ、口ひげぼうぼうでワイルドな感じがした。またギターの演奏技法についても、ピックを使用しない、いわゆるフィンガー・ピッキング奏法でかきむしるようにして演奏していたのを覚えている。これはマーク・ノップラーやジェフ・ベックと同じである。

 昔は某国営TV放送で、ヤング・ミュージック・ショーという番組があって、それにこの当時のマックが出ていたのを覚えていたからである。野外での演奏シーンでは"I'm so afraid"が流れていて、そのときのリンジーが歌って演奏する姿が結構ワイルドでカッコよかったのである。あれはたぶん本場アメリカでも評判だったのではないだろうか。

 それでこのアルバムの中にあるいくつかの曲は暑い日に聴くのに結構いいのではないかと思うのである。
 まず"Monday morning"で軽くロックして、次の"Warm ways"がけだるい感じなのだ。だいたいクリスティーン・マクヴィーのボーカル自体がハスキーで暑苦しいのだが、暑さに暑苦しさを加えると中和されるのではないだろうか。

 そして3曲目の"Blue letter"でビートの効いたアップテンポの曲になり、4曲目からはスティーヴィーとクリスティーンが交互にボーカルをとる曲になっていくのだ。このあたりのアレンジも真夏にぴったりだと思う。特に"Crystal"では、聴いていると暑さと脱力感で眠りに落ちることもしばしばであった。(でも曲自体はすばらしいのでぜひ一聴を!)

 このアルバムからは、ボーカルが3人になり、しかも3人とも曲が書けるためにバラエティ豊かなアルバム作りができるようになった。
 "World turning"や"I'm so afraid"では新生マックの顔になったリンジーのボーカルが聞けるが、これらの曲も真夏のフェスなどで聴くとピッタリのような気がするのである。

 そしてまた1987年に発表された「タンゴ・イン・ザ・ナイト」も真夏に聴くにふさわしいアルバムだと思う。まずはアルバム・タイトルやジャケットからして、夏にふさわしいではないか。

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Music Tango in the Night

アーティスト:Fleetwood Mac
販売元:Reprise
発売日:1990/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムの前作くらいからリンジーは髪を切り、ひげをそり落とし、すっきりした。写真で見る限りでは結構な美男子である。スティーヴィーの方は逆に、だんだんとケバくなっていった。好対照である。

 このアルバムも全曲シングル・カットできそうな佳曲でいっぱいである。リズミックな1stシングルにもなった"Big love"からスタートし、スティーヴィーの歌う"Seven wonders"、クリスティーンが作詞作曲した"Everywhere"と立て続けに粒ぞろいの曲が並んでいる。

 リンジーが書く曲のどれかは必ず自分のギター・プレイを強調したものがある。"I'm so afraid"もそうであるが、このアルバムではアルバム・タイトルにもなった"Tango in the night"がそれである。タンゴといっても当然踊るタンゴのことだろうが、曲調はまったくタンゴではない。しかしそれでも妖しいムードに溢れた雰囲気をかもし出している。

 自分がロックン・ローラーであることを確認するためだろうか。でもアルバム・クレジットをよく見たら、このアルバムのプロデュースとアレンジ、アシスタント・エンジニアはリンジー自らが担当しているので、ある意味自分のやりたいようにできたのであろう。

 一転して6曲目は、クリスティーンの歌う"Mistified"で、お口直しにピッタリである。スローだがメロディがきれいなもとのマック節になっていて、聴きやすい。次の曲もクリスティーンの曲で、これは名曲である。確かシングル・カットされたと思う。"Little lies"である。
 スティーヴィーの曲が少ないのは、この時期ソロ活動にいそしんでいたからだと思う。このアルバム自体には、彼女にしてみればいい曲が見られない。残念である。先ほどの"Seven wonders"も外部の作曲家チームの作品であった。

 結局、この2枚のアルバムも自分が夏の暑いときに聞いていたから、夏向きのアルバムだといっているに過ぎないので、万人にとって夏向きかどうかはわからない。ただ言えることは、夏に聞いても、その素晴らしさは色あせないということだろうか。 

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2007年7月25日 (水)

たまにはポップ・ソングをpart2

 前回1974年当時の洋楽ヒット・シングルを羅列したが、今回も当時のことを振り返りながら有名ヒット・ソングを見てみたいと思う。

 最初は1973年末から74年にかけて2週連続No.1になったジム・クロウチの「タイム・イン・ア・ボトル」である。

Photo Music The 50th Anniversary Collection

アーティスト:Jim Croce
販売元:Unidisc
発売日:1992/09/22
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 ズバリ名曲である。繊細なアコースティック・ギターの響きとジムの哀愁を帯びた歌声がマッチしていて、何度聞いても切なくなるのである。
 ジムは最初この曲をシングル・カットするつもりはなかったそうであるが、あるTV局のプロデューサーがTV番組の主題歌を探していて、この歌とめぐり合ったそうである。それで急遽シングル・カットされたしだいである。

 ただ残念なことに、彼はこの曲がNo.1になったことを知らない。73年の9月に乗り合わせた飛行機のチャーター便が離陸時に木に激突して、彼は30歳の若さで亡くなったのだ。彼の最後のアルバム・タイトルが「美しすぎる遺作」というのは何とも皮肉なことであった。

 いきなりジムの話で暗くなってしまったかもしれないので、次は少し明るい曲を紹介する。「そよ風のバラード」で歌っている人は、テリー・ジャックス。カナダ人である。

Music MEGA HITS’70S

アーティスト:オムニバス,ベイ・シティ・ローラーズ,トニー・オーランド&ドーン,ニルソン,テリー・ジャックス,パートリッジ・ファミリー,ドリー・パートン
販売元:BMG JAPAN
発売日:1997/05/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この曲はアメリカだけでなく、イギリスやカナダでも売れ、合計600万枚以上売れたそうである。彼は、高校卒業後にバンドを結成したが、あまり売れなかったのでソロ・デヴューしたとのこと。ただこの曲は彼のオリジナル作品ではなくて、1961年の同名曲のリバイバル・ヒットであった。でもこの曲も何となく物悲しい曲ではある。

 こうなればもっと明るい曲をという事で、シェールの「悲しき恋占い(Dark lady)」とかクラプトンの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」、エルトン・ジョンの「ベニーとジェッツ」などを思い浮かべたのであるが、いずれも離婚したての歌手の歌とか保安官を射殺した歌、グラム・ロッカーを歌った曲など、あまりハッピーな曲ではなかった。残念!

Photo_2 Music 僕たちの洋楽ヒット Vol.7 1973~75

アーティスト:オムニバス,サイモン・バタフライ,カール・ダグラス,グランド・ファンク・レイルロード,コモドアーズ,ピエール・バシュレ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2002/10/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 せいぜいグランド・ファンクの「ロコモーション」が、これぞアメリカン・ロックという脳天気さにあふれていてとても気持いい。

Photo_3 Music グレイテスト・ヒッツ

アーティスト:グランド・ファンク・レイルロード
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2007/03/14
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 作詞作曲は、ゲリー・ゴフィンとキャロル・キングで、プロデューサーはトッド・ラングレンである。これで売れなければおかしいという人選である。
 でもよく考えたら、この曲も1962年にリトル・エヴァが歌ったリバイバルであった。当時はリバイバル・ヒットが流行していたのであろうか。そういう年だったのであろう、1974年というのは。

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2007年7月24日 (火)

たまにはポップ・ソングを

 ということで今まではアルバムやアーティスト中心に紹介してきたが、たまにはシングル、それもロックではなくポップスのヒット・シングルをいくつか紹介したいと思う。

 最初はファースト・クラスの「ビーチ・ベイビー」である。ファースト・クラスは特定のグループというよりは、スタジオ・ミュージシャンで構成されたいわば企画ものといっていいようなグループだった。

Beach Baby: Very Best Of First Class Music Beach Baby: Very Best Of First Class

アーティスト:The First Class
販売元:Collectables
発売日:1999/10/19
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 中心人物はジョン・カーターという人で、この人はハーマンズ・ハーミッツのヒット曲などを手がけていたそうである。

 そのせいかこの「ビーチ・ベイビー」も一度で覚えられそうなメロディ・ラインを持っており、1974年に全米4位まで上昇したヒット・シングルになった。いかにも今の季節向きの曲である。

 次に紹介するのは、「悲しみのヒーロー」という曲で原題は"Billy, don't be a hero"という。これは1974年の6月15日付から2週間ビルボードNo.1になった曲でもある。
 タイトルから連想されるように、南北戦争を題材にした反戦歌で、戦場に赴くビリーに対して恋人が「ビリー、ヒーローにならないで わたしのところにいて」と懇願する内容である。そして当時のアメリカでは、ベトナム戦争帰還兵の問題が社会化していた時期にもあたり、この曲はそういう意味でも話題を集めたらしい。

 ところでこの曲を歌ったのはボ・ドナルドソンとヘイ・ウッズというグループで、彼らはこの曲以外にもトップ20に入る曲を歌っており、単なる一発屋ではない。

 また、イギリスのグループのルべッツの「シュガー・ベイビー・ラヴ」も忘れがたい曲である。これは日本やイギリスではヒットしたものの(全英No.1!)、アメリカでは37位とふるわなかった。

ベスト・オブ・ルベッツ Music ベスト・オブ・ルベッツ

アーティスト:ルベッツ
販売元:ユニバーサルインターナショナル
発売日:2003/08/06
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 バック・コーラスが印象的で「ワッ、シュワリワリ」と聴こえてくるのが、60年代風の感じがしてよかった。またメンバー全員が白のスーツに白いベレー帽をかぶって演奏していたような記憶がある。何だか変な格好ではあるが、みんなそろって同じ格好だと変に統一感があり、それも人気に拍車をかけたような気がする。これも1974年のシングルである。

 最後に紹介するのは、ブルー・スウェードのウガ・チャカ(フックト・オン・ア・フィーリング)である。

The Golden Classics of Blue Swede Music The Golden Classics of Blue Swede

アーティスト:Blue Swede
販売元:Collectables
発売日:1998/01/05
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 この曲はもともとB・J・トーマスが歌い、1969年の1月に全米5位になったものであるが、それをイギリス人のジョナサン・キングという人がアレンジをして、1972年に全英23位に送り込んだ。
 さらにそれをスウェーデン人のグループが歌って1974年4月6日付のビルボードでNo.1になったという複雑な経緯を持っている。

 しかもスウェーデン人としては初の全米No.1ヒットに輝いた曲でもある。このあとアバがヒット・シングルを連発するのであるが・・・
 これも「ウガ・チャカ、ウガ・ウガ」というバック・コーラスがユニークで、当時はネアンデルタール人風のチャントといわれていたらしい。
 ちなみにこのグループも一発屋ではなく、もう1曲アソシエーションの「かなわぬ恋」を焼き直してヒットさせている。

 こうやってみると1974年という年は、この後押し寄せてくるディスコ・ミュージックの波を前にして、ポップ・ミュージックが最後の輝きを放った最後の年だったのではないだろうかと、今になってつくづく思うのである。

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2007年7月23日 (月)

寝苦しい夜には・・・ヴァン?

 今回も暑苦しくて眠れない夜に聴く音楽を紹介したい。やっぱりボーカル入りはどうしても聞いてしまうので、ボーカル無しがふさわしい。人間とは不思議なもので、人間同士には根源的に人の声に耳を傾けてしまう性質があるのであろう。

 それで前回はギター・ミュージックが中心だったので、今回はキーボード・ミュージック中心でいきたい。
 それでキーボードといえば、魔術師のリック・ウェイクマンや技巧師キース・エマーソンが引き合いに出されるのだが、彼らはちょっと技に走りすぎていて鼻につく(耳につく?)点があると思うのだ。
 確かに華麗だが、だからといって寝苦しさが緩和されるものではないと思う。

 だから今回はヴァンゲリスなのである。彼の演奏にはその人間性が表れていると思うのである。したがって日本の夏にはふさわしいのだ。まるで蚊取り線香みたいだ?51yoxbfm6dl

 ヴァンゲリスはギリシャ人である。もともとはアフロディーテ・チャイルドというバンドで活躍していて、ヨーロッパでは有名であった。そんな彼が世界的に有名になったのは、リック・ウェイクマンの代わりにイエスに加入するかもしれないという噂が流れたからだ。
 実際に加入したのはパトリック・モラーツなのだが、その前後にイエスのリーダーであるジョン・アンダーソンとコラボレーションしてアルバムを作っていたから、この噂は信憑性が高かった。

 ヴァンゲリスは1943年のギリシャ生まれで、本名をイヴァンガロス・オデッセイ・パパサナシューという。
 4歳からピアノのレッスンを始めたが、自由に学んだせいか、今でも楽譜を読んだり書いたりするのは苦手だという。ということはジャズのように、その場で即興的に生まれた音楽を手がけているのであろうか。
 実際にコラボをしたジョン・アンダーソンはスポンティニアスな音楽を追求する姿勢を尊敬するといっているので、イエスのように計算された音楽の対極をなしているのだと思う。

 それで真夏の夜に聴く音楽としては、彼の「テーマ~ベスト・オブ・ヴァンゲリス」がお勧めである。

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 これは主に彼の映画音楽作品を集めたものであるが、「ブレードランナーのテーマ」や「炎のランナー」、角川映画の「南極物語」などが収録されているアルバムである。
 特に、「ブレードランナーのテーマ」と「ミッシング」、アルバムの曲順でいうと最初の2曲は名曲である。特に映画を見た人には、そのシーンを思い浮かべながら聞くと心が安らぐのではないだろうか。(特に「ミッシング」は名曲である)

 またジョンとのコラボで安眠に最適なのは、1983年に発表された「プライヴェート・コレクション」がベストである。これは間違いなく熟睡できるであろうアルバムである。

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 この頃のヴァンゲリスは、最も脂ののっていた時期であり、アカデミー音楽賞(「炎のランナー」)を受賞したり、ジョンとのコラボレーションもうまくいっていたときでもあった。
 ジョン・アンダーソンとは「ショート・ストーリーズ」「フレンズ・オブ・ミスター・カイロ」と作品を発表しており、これは3作目の作品に当たる。内容的には、特に最初の4曲はどれをとっても素晴らしい佳曲だと思う。

 また「ホライズン」という曲は約23分もあり、他の曲でも眠れなかったという強度の不眠症の人でも眠れる(と思う)曲である。
 もともとヴァンゲリスは、すべてをキーボードで表現するミュージシャンであるから、ドラムも使用していない。だからキーボードを非常に打楽器的なものとして使用している。それがまた他の音楽とは違うニュアンスをかもし出しているのではないだろうか。
 だからヒューマニックな音というか心地よいやわらかさを、彼の作品の中に含んでいるように思えるのだ。

 最近では2002年の日韓共同開催されたサッカーのワールドカップのテーマソングも作曲していたし、60歳を超えてもまだまだキーボードの巨匠は健在なのである。

 

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2007年7月22日 (日)

寝苦しい夜には・・・

 台風も過ぎて、ついでに梅雨前線も吹き飛ばしてくれるのかと思ったら、なかなか梅雨もあけないでいる。しかも夏らしい暑さとは無縁のじとじとと湿った暑さである。

 こんなときには暑さを忘れさせてくれるミュージックがほしいものである。それで今回は、ジェフ・ベックなのだ。芸歴40年を超える彼のアルバムの中で、暑さを忘れさせてくれるものと、逆に暑さを堪能させてくれるものがあるが、今回は忘れさせてくれるものである。

 基本的にクールな音楽といえば、やはりボーカルのないインストルメンタルであり、例えばジャズなどはその典型的なものだと思う。
 それでジェフ・ベックの中でジャズよりといえば70年代後半、フュージョンやクロスオーヴァー・ミュージックが世の中を席巻していたときに発表された「ワイヤード」ではないかと思うのである。

Wired Music Wired

アーティスト:Jeff Beck
販売元:Epic Records
発売日:2001/03/27
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 全体的にはクールである。しかしよく聴くと熱いのである。何か矛盾しているようであるが、これはジェフ・ベックの資質に関係しているのではないだろうか。
 ジェフはそのたたずまいやギター演奏能力などはソリッドで、まるでかみそりの刃のように切れそうである。40年前とほとんど変わらない髪型や体型など、彼のまわりでは時間が止まっているかのようだ。

 しかしその音楽性は、自分の求めるものに対しては熱いのである。ブルーズ・ロックから始まり、ハード・ロックやR&Bなどに対する妥協を許さない姿勢はバンドの結成と解散の繰り返しだった。その彼がたどり着いた安息の地がインストルメンタルなのである。

 それで「ワイヤード」であるが、個人的に好きなのは"Red Boots","Blue Wind","Sophie","Play with me","Love is green"などである。特に"Blue Wind","Play with me"でのヤン・ハマーとの掛け合いはスリリングである。しかもそれをサラッと聞かせるのだから、本当に一流ミュージシャンとは当たり前のことだが、凄いのである。
 このアルバムが出たのが1976年だが、30年たっても充分鑑賞に堪えうるし、果たしてこれを越えるインスト・アルバムはあるのだろうかと考えてしまう。

 このアルバムに参加しているヤン・ハマーは、もともとマハビシュヌ・オーケストラというジャズ・グループに所属していたキーボーディストであるが、そのバンドのギタリストがジョン・マクラフリンである。

 そのジョンとアル・ディ・メオラ、パコ・デ・ルチアの3人のギタリストがアコースティック・ギターで共演しているのが、「スーパー・ギター・トリオ・ライヴ!」(原題:Friday night in San Francisco)である。

フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ〜スーパー・ギター・トリオ・ライヴ! Music フライデイ・ナイト・イン・サンフランシスコ〜スーパー・ギター・トリオ・ライヴ!

アーティスト:ジョン・マクラフリン,パコ・デ・ルシア アル・ディ・メオラ
販売元:ソニーミュージックエンタテインメント
発売日:2001/03/23
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 タイトル通り1980年12月5日金曜日、サンフランシスコでのライヴであるが、まさに超絶技巧の連続披露で聴く者を飽きさせないのである。実際は3人が一緒にやっている曲は1曲しかなく、それ以外の曲は3人の中から2人ずつ組んで順番に演奏しているのであるが、それでも素晴らしいのだ。

 このアルバムも真夏の暑苦しい夜に聴くのには最適である。やはり真夏の夜にはインストルメンタル・ミュージックである。しかも超人的な技をサラッと聞かせるところがクールなのだ。

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2007年7月21日 (土)

ルネッサンス

 ルネッサンスといっても16世紀ヨーロッパの文芸復興のことでもなければ、スポーツ・クラブのことでもない。
 イギリスのアニー・ハズラム擁するシンフォニック・バンドのことである。

 もともとルネッサンスというブループは、あの伝説のバンド、ヤードバーズから派生したものだった。ヤードバーズといえば、いわゆる3大ギタリスト(クラプトン、ベック、ペイジ)を排出したバンドでもあるが、そのグループのボーカルでもあったキース・レルフとドラムスのジム・マッカーティが1969年に結成したバンドだったのだ。Photo  そのグループの2ndアルバムにマイケル・ダンフォードというギタリストが1曲だけ参加しているが、その彼が中心となって呼びかけ、結成したバンド(正確には再結成というべきか)が第2期ルネッサンスなのである。
 ボーカルには5オクターブの声域を誇るアニー・ハズラムが担当することになった。

 それでオリジナルのキース・レルフや彼の妹のジェーン・エルフ、ジム・マッカーティなどは紆余曲折を経ながら、76年にナウというルネッサンスを継承するようなバンドを結成した。(途中75年にアルマゲドンというハード・ロック・ブルーズ・バンドも結成した)
 しかし残念なことに、キース・レルフは、そのバンドでのアルバムを待たずに、ギターの練習中に感電事故死してしまったのである。

 そして残されたメンバーたちは妹のジェーン・エルフを中心にイリュージョンというバンドを結成してアルバムを発表することになった。結局彼らは、2枚のオリジナル・アルバムを発表したが、結構クラシックの要素をも受け持ったファンタスティックな音作りをしていたように思う。
 しかし時代はパンク全盛期。彼らの音楽性が受け入れられる余地はなく、最終的にシーンから消えていった。

 それで71年に再結成されたルネッサンスであるが、アニーのボーカルの声量の豊かさやアコースティックなキーボード、ギターをフィーチャーした音楽性が受け入れられ、徐々に名前が浸透していった。
 初期の傑作は2ndの「燃ゆる灰」だと思う。

Ashes Are Burning Music Ashes Are Burning

アーティスト:Renaissance
販売元:Repertoire
発売日:1998/09/16
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 全6曲いずれも曲がよく、ピアノやアコースティック・ギターの効果的な使用法が印象的である。そして最後の11分を越えるアルバム・タイトル曲ではウィッシュボーン・アッシュのギタリストであるアンディ・パウエルがリード・ギターを担当しているのだ。いかにもアンディっぽい叙情性に満ち溢れた演奏である。ただしエンディングの方なので、プレイングタイムも少なく、もっと弾いてほしかったなあと思った。

 そして個人的に最もよく聞いたのが「ノヴェラ(お伽噺)」であった。発売されたのは1977年だが、初めて聴いたのは大学に入学して最初の夏を迎えた頃だった。
 蒸し暑い四畳半の間借り部屋の中で、このアルバムを聞くと何となく暑さも半減されたような、眠れぬ夜も安らかに眠れるような、そんな気がしたものである。やはりアニー・ハズラムの声質のせいだろうか。それともまだこの頃まではスレンダーだった彼女の容姿のせいだろうか。

NOVELLA - お伽噺 Music NOVELLA - お伽噺

アーティスト:RENAISSANCE - ルネッサンス
販売元:Arc・gelo
発売日:2010/08/25
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 全5曲で1曲目から13分を越える壮大なオーケストレーションを携えた名曲「私の声が聴こえますか?」、2曲目「姉妹」はアニーのボーカルの多重録音が効果的で緊張感をもたらしているし、マイケル・ダンフォードのクラシック・ギター・ソロも他では味わえないものを醸し出している。
 また「ミダスの誘惑」もメロディが印象に残るし、最後の曲である「情熱」も明るくさわやかな印象を残してくれる。
 しかし一番の名曲は4曲目の「魅せられた心」であろうか。バックにピアノ1台で極力過剰な音を抑えていて、切々と歌うアニーのボーカル・ハーモニーに心を動かされたのである。CDになって頭出しができるため、この曲を何度も聴いたものである。寝苦しい夜にはぜひこのアルバムを聴くことをお勧めする。

 その後アニーは、アメリカの富豪と結婚したり離婚したりするが、最終的にあの奇才ロイ・ウッドと公私共に過しているようである。
 2000年に発表された「トスカーニ」は17年ぶりに再結成され、往年のルネッサンス・サウンドに溢れていて、彼らの魅力を充分堪能できる名盤になっている。

Tuscany Music Tuscany

アーティスト:Renaissance
販売元:Friday Music
発売日:2005/05/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年7月20日 (金)

ポーキュパイン・ツリー

 ポーキュパイン・ツリーとはどんな木なのだろうか。porcupine=ヤマアラシなので、「ヤマアラシの木」になってしまう。それってどんな木かな?

 それでポーキュパイン・ツリーは、イギリスのプログレッシヴ・バンドだ。しかも現代を代表するイギリスのバンドである。イエスやキング・クリムゾンを源流とするまじりっけなしの純血種なのだ。

 個人的には、東のポーキュパイン・ツリー、西のドリーム・シアターが今を代表するプログレ・バンドだと思っている。ただし、ドリーム・シアターの方はテクニカル重視のメタル系の傾向が強いが、ポーキュパイン・ツリーの方は、雰囲気重視のゴシック系という感じだろうか。

 メンバーはギターのスティーヴン・ウィルソン、ベースのコリン・エドウィン、ドラムスはギャヴィン・ハリソン、キーボードはリチャード・バルビエリの4人組である。
 中心人物はギターのスティーヴン・ウィルソンで1967年生まれの今年で40歳になる。バンドとしての歴史も長く、約20年にもなるそうで、ぽっと出の新人ではないのだ。

 初期の音楽はシド・バレットのいたピンク・フロイドのようであったという。つまりサイケデリックな音だったようだ。ちょうど80年代の終わりだったからか、ニュー・ウェイヴの影響も受けていたとのこと。なかなか微妙な感じで、ここまではまだプログレとはいい難い様だ。

 93年に元ジャパンのリチャード・バルビエリとベースのコリンが加入してから少しずつ“進化”していく。初期のピンク・フロイドから段々とメタリックな変化を経て、90年代の終わりには繊細なコーラス・ワークやポップな味付けが加わっていった。

 昨年発表された「デッドウィング」は名盤である。へヴィネスな部分とメランコリックな部分がうまくブレンドされていて、聞いていて飽きがこない。
 ヘヴィネスな曲では"Deadwing","Halo"、メランコリックな曲では"Lazarus","Open car","Glass arm shattering"などが聴きどころである。

 Photo Music デッドウィング

アーティスト:ポーキュパイン・ツリー
販売元:WHDエンタテインメント
発売日:2006/03/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 私は『キング・クリムゾンのロバート・フリップが絶賛している英国最強のプログレッシヴ・ヘヴィ・バンド』というキャッチ・コピーに惹かれて買ったのだが、なかなかどうしてイケている。日本盤は初回限定2枚組CDで2625円だった。

 個人的にはDisk2の方がよかったと思う。日本編集盤のせいか日本人の琴線に触れるような曲が目立った。またライヴ曲も2曲あって迫力も充分である。だからもし「デッドウィング」を聴くのであれば、このDisk2から聴くことを勧める。

 そして先月ニュー・ディスクが発表された。「フィア・オブ・ア・ブランク・プラネット」である。これは叙情性が幾ばくか後退し、その分メタリックな部分が強調されている。1曲目のアルバム・タイトル曲からして“走っている”印象を与えてくれる。
 2曲目の「マイ・アッシェズ」はイントロやリズム感覚がゼッペリンの「幻惑されて」に似ているのが面白い。

 2 Music Fear of a Blank Planet

アーティスト:Porcupine Tree
販売元:Roadrunner International
発売日:2007/04/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムには、ロバート・フリップをはじめ、ラッシュのギタリスト、アレックス・ライフソンなどがゲスト出演していた。日本にいるとよくわからないけれど、このバンドは海外では多くのミュージシャンから慕われているようだ。

 最大の聴きものは18分近い「アネスタテイズ」である。起伏に富んだ音作りや徐々に盛り上がっていく展開は往年のプログレ・バンドの典型的なパターンであるが、古さを感じさせないサウンド・プロデュースはさすがである。

 それにしてもporcupine treeとはどんな木なのだろうか?

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2007年7月19日 (木)

オランダ編その3(ロビー・ヴァレンタイン)

 オランダの音楽シーン、特にプログレっぽいロック・ミュージックを紹介するコーナーも今回でおしまい。

 最後はフォーカスをしようかなと思っていたのだが、あまりにも有名すぎて面白みがないので、メジャーとマイナーの中間ぐらいの人たちを紹介することにした。
 それで、ジナトラとロビー・ヴァレンタインである。

 両者の関係をごく簡単に言うと、ロビー・ヴァレンタインがソロ・デヴューする前に在籍していたバンドがジナトラなのである。
 ジナトラが結成されたのは1987年で、イギリスのロック・バンド、デフ・レパードのフィル・コリンが彼らを気に入り、1stアルバムにゲスト参加したり、自分のバンドのオープニング・アクトとしてツアーに同行させたりしていた。

 1990年に発表された彼らの2ndアルバム「グレイト・エスケイプ」(日本語にすると大脱走か?)にキーボード・プレイヤーとして初めてロビーが参加し、約半数の曲作りに参加している。Photo_17
 音的には、やはりオランダ的な音作りであるポップで聞きやすいハード・ロックを展開しており、個人的には好きなアルバムである。
 しかし、ロビー自身は最初からソロ活動を考えていたらしく、この1作に参加した後、すぐに脱退しソロ・アルバム作成に携わることになった。

 ロビーは、1968年生まれだから、もうすぐ40歳である。幼少の頃よりクラシック・ピアノを習っていたが、クィーンのボヘミアン・ラプソディを聞いてからロックの虜になったそうである。
 実際音を聴くと、ほとんどフレディ・マーキュリーの世界である。まず声質から似ているし、演奏やドラマティックな盛り上げ方なども酷似しているのだ。一歩まちがえば、パロディの世界である。

 その危うさというか下世話さが、聴くものをしてフレディを思い出させるのであろう。世界的にも結構売れたようである。でも今はどうであろうか。
 私も1st、2nd、4thと当然のことながら中古でアルバムを買ったが、ほとんど同じものであった。音楽的深化が見られないのである。

 そりゃ最初からクィーンの中期~後期のような音だから、これをさらに深めていくのは難しいのではないか。印象的な曲やシングル・ヒットがないと、さらに売れていかないと思うのである。

 ジナトラはロビーソロ・デヴュー後、まもなくして解散してしまった。彼の貢献度がよほど大きかったのだろう。また彼は、キーボードだけでなく、ギターやドラムなども演奏するマルチ・ミュージシャンでもあるのだ。Photo_18

 ロビーも結構ソロ・アルバムを出しているのだが、その後パッとしない気がする。やはりフレディのフォロワー、コピーという見方が邪魔をしているのかもしれない。
 91年に発表された1stアルバムには結構いい曲が入っているだけに、残念というしかない。しかし本当にオランダのミュージック・シーンは聴きやすいバンドやアーティストが多いと思うのである。

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2007年7月17日 (火)

オランダ・ミュージック(カヤック)

 前回についでオランダのプログレ・シーンの紹介である。前回アース&ファイヤーを紹介したところ、えっ、そうなの、とかE,W&Fとの違いがやっと分かったという喜びの声などの反響が多数あった。

 知っていそうで以外と知らないのが、オランダのミュージック・シーンなのかもしれない。それで今回はカヤックの登場である。彼らは72年に結成され、翌年1stアルバムが発表された。

 前回も触れたように、オランダのロックは、カナダと同じようにイギリス志向が強いのか、ほとんど英語で歌われており、しかもメロディの起伏がハッキリとしていて、非常に聴きやすいという特長がある。要するにポップなのである。

 最初の2枚のアルバムはプログレ系であったが、彼ら自身は自分たちがプログレ・バンドとは意識していなかったようである。それで4作目以降は、非常にコンパクトなつくりになっていく。

 1981年に発表された彼らの8枚目のアルバムは傑作である。「マーリン」というタイトルで、何となく分かるかもしれないが、アーサー王伝説に出てくる魔術師マーリンからインスパイアされて制作されたものである。

Merlin Music Merlin

アーティスト:Kayak
販売元:Si-Wan
発売日:2004/06/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 魔術師マーリンといえば、リック・ウェイクマンも「アーサー王と円卓の騎士」のなかで曲を作っているが、このアルバムの中では前半を組曲形式にして、マーリンにあてている。

 このバンドのリーダーは、キーボーディストのTon Scherpenzeelであるが、アルバム全体としてはキーボード主体ではなく、ギターやボーカルとのバランスが非常によい。そういう意味ではキーボーディストとしてのエゴが抑えられていて、聴きやすいのである。

 もともとTonのソロ・アルバム用に作られる予定だったようであるが、途中でバンド用に変更されたようである。そして最初で最後のコンセプト・アルバムを作成したとのことである。

 そして後半は非常によくできたポップ・ソングで占められている。ポップ・ソングといって悪ければ、産業ロックだ。言い方は悪いかもしれないが、どちらにしても曲自体は素晴らしい。自然と湧き出たメロディのせいか聞いていて、悪い気はしないし、ベトベトとまとわりつく感触もない。

 次作の「目撃者」も同じ年に発表されたアルバムであるが、これはスタジオ・ライブ録音となっており、彼らの後期の代表曲を聞くことができる。当然のことながら、これもいい意味での産業プログレッシヴ・ロックになっている。特に3曲目「非情な女王」は名曲である。Photo_16

 リーダーのTonはバンドを解散させたあと、キャメルに加入して、ツアーやアルバム「ステイショナリー・トラベラー」に参加した。そして現在でもプロデューサーや他のバンドのゲスト出演などを果しながら、ロック・ミュージックに関わっているようである。

 いずれにせよ中古CD店でカヤックのアルバムを見つけたら即買いだと思う。聴いていて決して嫌味がないからだ。名盤ではないが、傑作である。

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2007年7月16日 (月)

アース&ファイヤー

 オランダのロックといえば何を思い浮かぶだろうか。古くは「悲しき鉄道員」や「ヴィーナス」のヒットで有名なショッキング・ブルーが有名だし、プログレッシヴ・ロックのフィールドでいうならフォーカスなどが世界的に有名であろう。

 いずれにしても、ポップスであれ、ロックであれ、メロディーが豊かで、聴きやすく、曲作りが巧みという共通点があると思う。

 それで今回はアース&ファイヤーである。間違ってもアース、ウィンド&ファイヤーではない。
 このグループは結構古く、ショッキング・ブルーやゴールデン・イヤリングより数年後に活躍を始めたバンドである。Photo_3
 実際、結成されたのは1968年で、デヴューが翌年である。最初は、やはりシングル中心のポップ・バンドだったようで、日本でもダッチ・ミュージックとして紹介された。

 このグループ名になったのは、メンバー5人の星座が火と地に所属しているからという理由だった。だからアメリカのアース、ウィンド&ファイヤーとはまったく関係ないのだ。
 ちなみにヴォーカルは女性で、そういう点ではショッキング・ブルーに似ている。

 ところが2作目の「アムステルダムの少年兵」から急にプログレ路線に走り始めた。このきっかけも面白くて、録音スタジオにメロトロンがあって、それを使い始めたからである。
 たぶん彼らはポップとかプログレとかあまり深く考えていなかったのではないか。オランダの音楽には、よいものはどんどん取り入れていくというような進取の気質に富むという要素が見られると思う。2
 実際この「アムステルダムの少年兵」には18分を越えるタイトル曲が収められているし、その18分の曲を約4分にコンパクトにまとめたシングル曲も発売されたのだ。
 このアルバムの中に、「嵐と雪」という曲があるのだが、この曲はクリムゾンのアルバム「レッド」の中にある「スターレス」にとてもよく似ている。このアルバムは71年の発表なので、ひょっとしたらひょっとしてフリップ先生は・・・?と余計なことを考えてしまった。

 1973年発表の3作目「アトランティス」ではメロトロン全開である。そしてジャケットからして東洋趣味を発揮したものになっている。これは遠い昔に海の中に埋没した伝説の大陸を表しているのだろうか。もちろんアルバムもトータル・コンセプト・アルバムになっている。3
 このアルバムは最高傑作といわれているが、この頃からフォーカスとともにヨーロッパをツアーしていたようだ。
 その影響があったかどうかは不明として、メロトロンだけでなくフルートや美しいギター・ソロもあり、ポップ性を兼ね備えたプログレ・バンドであることを印象付けてくれる。

 その後彼らは1983年まで活動していたようである。途中、ポップ路線やディスコ路線よりのシングルなどを発表したようだが、10分を越える曲もアルバムの中に残していて、結構雑食性のバンドだったことを伺わせてくれる。
 ちなみに歌詞はすべて英語で歌われている。一家に1枚とはいえないが、一聴の価値はあるかもしれない。個人的にはジョン・アンダーソンあたりに歌わせたらもっと印象に残るのではないかと思った。

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2007年7月15日 (日)

ニール・ヤング“戦争とともに”

 ニール・ヤング。今年で62歳である。年をとったものだ。ちなみにポール・マッカートニーは65歳、ミック・ジャガーは7月26日で64歳、エルトン・ジョンは60歳で、ボブ・ディランにいたっては66歳になっている。

 こうみると外国人というものは、“老いてなお盛ん”という言葉がぴったりである。ストーンズは昨年までツアーをやっていたし、ポールの新譜は出たし、その他の人も昨年アルバムを発表したからだ。

 ただ、気になるのは彼らの“声”である。最近の技術の進化で、顔の皺は伸ばすことはできるのだが、声を若返らせる、もしくは若い声をそのまま保つことはいくら科学が発達しても、無理なのではないかと思うのである。

 だから昨年出たボブ・ディランの「モダン・タイムズ」にしても、エルトン・ジョンの「キャプテン&ザ・キッド」にしても、楽曲自体は素晴らしいのだが、声を聴くとちょっと萎えてしまうのである。
 特に私のように、彼らの昔を知っている人が聴けば、余計そう思うのではないだろうか。

Modern Times Music Modern Times

アーティスト:Bob Dylan
販売元:Sony
発売日:2006/08/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 それでニール・ヤングの「リヴィング・ウィズ・ウォー」である。このアルバムは昨年発表され、グラミー賞にもノミネートされた作品であるが、タイトルを見れば分かるように、反イラク戦争、反ブッシュ政権を打ち出した内容だった。それでアメリカでは物議をかもしたようである。

 解説によると、『本当は18歳から22歳ぐらいの若いシンガーがこういった曲を作り、立ち上がってくれることを待っていたのだが、60年代に青春を送った世代が、まだまだこうしたことをやっていかないといけないと思い始めた。私たちはまだまだ現役なのだから』と決意し、このアルバムを制作したそうである。

リヴィング・ウィズ・ウォー Music リヴィング・ウィズ・ウォー

アーティスト:ニール・ヤング
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/06/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 しかも昨年の3月末から2週間足らずで一気に制作したそうだから、気合が入っていたのだと思う。
 前作の「プレーリー・ウィンド」がたおやかな、ゆったりとリラックスさせるようなレイドバック的な作品だったが、いきなり今作で180度転回したロックを感じさせる作品になっている。
 「ザ・レストレス・コンシューマー」では『もうこれ以上ウソはたくさんだ』と歌っているし、「ショック・アンド・オウ」では『何千もの死体が箱に入れられて送られてくる、だれもそれらが帰郷し、地中に埋葬されるのを見ようとしない』と訴えている。さすがニール・ヤングである。

 ただ惜しむらくは、彼の『声』なのである。たぶん「アフター・ザゴールド・ラッシュ」や「ハーヴェスト」当時の彼であれば、ギター1本、ピアノ1台で歌っているのだと思うのだが、今作では『声』が出ていない。
 しかし、そこはさすが転んでもニール・ヤング。声量不足をバックコーラスでカヴァーしているのだ。クレジットでは“100voices”とあり、同名異人かもしれないがアンドリュー・ゴールドという名前も見える。

 実際は100人はいないと思うのだが、それほど多くの人が参加してできたものであろう。
ジャケットも茶封筒みたいなシンプルなもので、いかにも緊急発売みたいな感じがしてよかった。
 メロディーも素晴らしく、もしこれが70年代に発表されていたならば、おそらく歴史的な名盤になっていたのではないだろうか。

 ただ彼の声がちょっときついのである。でもこれは人間だから必然的なものである。賞賛するべき点は、老いてもなおロックの基本である正しい現状認識とそれに対する批評精神がみなぎっている点である。やっぱりニール・ヤングはロックン・ローラーであった。

 ガンバレ60歳代アーティスト!声は出なくても、素晴らしい作品を出し続けてくれ。 

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2007年7月14日 (土)

ダイ・ハード4

 ダイ・ハード4をみた。今回の設定は見事だと思う。9・11以降、アメリカはテロの脅威を恐れ、その対策を練ってきたはずであるが、今回の設定は、そのテロの脅威、しかもサイバー・テロからの脅威だった。

ダイ・ハード4.0 Book ダイ・ハード4.0

著者:マーク・ボンバック
販売元:扶桑社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 しかし、それにしてもやりすぎだと思う。ジョン・マクレーンは不死身である。まるでサイボーグか、今回ではかつての俳優仲間のシュワルツネガーが演技したターミネーターばりの活躍なのである。

 なにしろ銃弾が当たらないことは不思議である。車のフロントガラスは銃弾で割られるのに、運転している主人公は無傷なのである。
 しかも車やトレーラー・トラックからは飛び降りるし、果ては戦闘機の尾翼に飛び降りるわ、さらにそこから下の立体道路に落ちるわで、それでもかすり傷程度なのである。

 シャレではないが、彼の頭髪のようにケガ無いからだろうか。さらに車を使ってヘリコプターを落とすところは、ほとんどコミックの世界である。これでいいのだろうか。アメリカ人はヒーロー志向が強いが、これを見て、どう思うのだろうか。

 そしてラストシーンでは、自分の身を犠牲にして、相手を倒すのである。着眼点は見事ながら実行は、ほとんど不可能であろう。

 サイバーテロを実行するのは、元国防省のエリート・プログラマーなのだが、あれだけの装置や人材を集める資金がどこから出たのかが不明である。元国防省とはいえ、要するに公務員でしょう。
 また、それを実行するだけの人が、警察車両などの公用車にGPSのようなモノが備え付けられていることを知らないのだろうか。これも不思議である。さらに英語以外の言葉を使って話をしているのだが、何語なのか最後までわからなかった。

 でもケチをつけようと思えばいくらでもつけられるし、こちらが文句を言うほど悪いできでもないから、まあよしとしよう。
 映画を見て金返せというようなシロモノは、他にもいくらでもあるからだ。

 それに確かにお金をかけた映画であることはよくわかった。ちなみに個人的には最初の場面で劇中にでてくる音楽に興味を引かれたのである。それはCCRの「フォーチュネイト・サン」である。(たぶんそうだと思う、あまり自信ないけど)

 これは彼らの1969年のシングル「ダウン・オン・ザ・コーナー」のB面にあった曲で、6枚目のシングルにあたる。全米では第3位、全英では31位にまで上ったミリオン・セラー曲でもあった。

 もともとCCRとは、イギリスのBCRとはまったくの無関係であり、アメリカの西海岸で結成されたロック・バンドである。正式名称を「クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル」という。

CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL:CHRONICLE THE 20 GREATESTHITS Music CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL:CHRONICLE THE 20 GREATESTHITS

アーティスト:Creedence Clearwater Revival
販売元:Universal
発売日:2006/10/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 中心メンバーは兄のトムと弟のジョンを中心とするフォガティー兄弟であり、サウンド的にはアメリカ南部のR&Bやブルーズ、カントリー、ケイジャンなどの音楽に傾倒したものであった。

 個人的には「フール・ストップ・レイン」、「雨を見たかい」、「コットン・フィールズ」、「サムディ・ネヴァー・カムズ」が好きな曲であり、特に「雨を見たかい」「サムディ・ナヴァー・カムズ」は中学生のときにラジオからよくかかっていたので、いまだにサビの部分は覚えている。いい曲だと思う。
 「雨を見たかい」は71年に全米8位、「サムディ・ネヴァー・カムズ」は72年に25位になっていて、73年に解散した彼らにとってみれば後期の曲である。そのせいか、「サムディ・ネヴァー・カムズ」は何となく元気がないようにも聞こえてくる。

 ちなみに「雨を見たかい」の歌詞に出てくる"rain"や"Coming down on a sunny day"というのは、当時のベトナム戦争のことを歌ったものであり、"rain"とは「ナパーム弾」のことだという説もある。いわゆる反戦歌だったのだ。一見しただけでは分からないが、そういわれれば、そのように受け取っても違和感はない歌詞ではある。

 彼らは73年に解散したが、その後メンバーはソロ活動にいそしむのだが、残念ながら兄のトムのほうは、1990年の9月6日に結核でなくなった。48歳だった。
 弟のジョン・フォガティは、その後もソロ活動を続けていった。

 しかし「ダイハード4」のようなアクション映画に、こんなロック・クラシックが出てくるとは思わなかった。そういう意味でも面白い映画だった。

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2007年7月13日 (金)

祝!MTVロック検定合格

  個人的な話で申し訳ないが、6月に受験した第1回MTVロック検定の結果通知が来た。結果は3級、2級W受験をして、両方とも合格という快挙だった。

 各級の合格基準は相対評価で、3級で受験者の上位80%、2級で上位35%が合格ということだった。
 3級は合格できるという自信はあったが、2級は正直言ってなかった。なにしろ「ジョニ・ミッチェルのアルバム『青春の光と影』のジャケットで彼女が手にしているものは何か」とか、「ジューダス・プリーストのアルバムで、80年代で最初に発売されたものは」などという難問・奇問の連続だったからだ。

青春の光と影 Music 青春の光と影

アーティスト:ジョニ・ミッチェル
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/09/27
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 もし落ちたらどうしよう、当然この次も受験とは覚悟していたが、自分でつけて恐縮だが、何しろこのブログの作成者のニック・ネームが「プロフェッサー・ケイ」なのである。

 いやしくもプロフェッサーとは「教授」という意味である。教授と名乗るくらいなのだから、ロック検定に合格して当然、不合格なら最悪このブログの閉鎖まで考えていたのであるが、正直ホッと安心した。

 これで堂々と胸を張って、自称「プロフェッサー」と呼ぶことができる。履歴書にもMTVロック検定2級と記載することもできる。ただだからといって何か得をするのかといったら、たぶん何もないだろう。

 いくら景気は上向きとはいえ、中高年にとっての再就職は難しいのだ。履歴書にこんなことを書いたら、逆に変な目でみられるかもしれないし、場合によったら奇人・変人に思われて、迫害されるかもしれない。

 ちなみに合格証と記念のピンバッジがついてきた。3級の合格証はペラペラの黒地の紙の中央にシルバーのCDがデザインされたもので、2級はその逆である。
 ピンバッジは3級がブロンズの逆三角形で中にMTVロック検定3級と書かれてあった。2級は色がシルバーで、あとはまったく3級と同じである。長さ3cm程度だろうか。ハッキリ言ってちゃちなものである。売っても二束三文だろう。

 まあ、こういうご当地検定みたいなものは、金品よりも名誉や自己満足、充実感を味わえればいいわけで、何かを期待する方が邪道なのだろう。

 とにかく、合格したからといって、これからの人生が変わるというわけでもない。今後もコツコツとロックバカ人生を歩んでいこうと思うのである。

ブリティッシュ・スティール Music ブリティッシュ・スティール

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/06/02
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2007年7月11日 (水)

パイロット

 パイロットといっても万年筆でもなければ、飛行機を操縦する人でもない。もちろん逆噴射などしてもらっては困るのであるが・・・

 "Magic"や"January"等のシングルヒットで有名なイギリスのポップ・ロック・バンドである。74年のデヴューだが、当時のメンバーはデヴィッド・ペイトン(Bass)、ビリー・ライオール(Key)、ステュワート・トッシュ(Dr)の3人だった。

 ちなみにデヴィッド・ペイトンは、エディンバラ出身でエディンバラといえば、“エディンバラの騎士”で有名なベイ・シティ・ローラーズに誘われて一時加入していたらしい。もちろんパイロットとしてデヴューする前であろうが・・・

 そのうちデヴィッドひとりで、ベースやギター、ボーカルをこなすのは困難と判断して、ギター・プレイヤーを加入させることになった。その名をイアン・ベアンソンという。

 イアンはその当時、スティーヴ・ハーリー率いるコックニー・レベルから誘われていたらしいが、彼はすでに有名なバンドよりもこれから期待できるバンドを選ぼうと思って、パイロットに参加したといわれている。当時から結構有名だったのだろう。

 ただ1stアルバムにはイアンは正式メンバーとしてはクレジットされていない。あくまでもセッション・ミュージシャンとしてであった。
61sorexblql_2


 しかし2ndアルバムでは、しっかりと4人組としてクレジットされている。このセカンドは、彼らの最高傑作といわれていて、"January"のほか"Call me round"、インストルメンタルの"北緯55度、西経3度"など佳曲が多いのである。

 実際は売れすぎて、時間的にゆとりがなく、シングル曲の寄せ集めとなったアルバムのようであるが、結果的にはそれが吉となったのである。51k5uzgotel

 彼らはアメリカやイギリスで一躍人気グループとなるのだが、幸運は長くは続かなかった。自分の曲がなかなかシングルにならないと不満をいだいて、ビリー・ライオールが76年に脱退し、その年の3rdアルバム「モーリン・ハイツ」発売1週間前にドラムのステュワート・トッシュも一身上の都合で辞めていった。

 結局、残ったのはデヴィッドとイアンの2人だけになったのだが、これ以降スタジオ・ミュージシャンなどを起用して4thアルバムを作成した。
 不思議なことにステューワートは77年に10ccのワールド・ツアーに参加し、そのままメンバーになってしまうのだ。ひょっとしたら単にパイロットというより、アイドル・グループとして騒がれるのがいやだったのかもしれない。

 彼らは喧嘩別れしたのではなくて、自分のやりたいことを追求するために分かれたのだと思う。それが証拠にソロ・アルバムではみんな集まっているからだ。
 また、1stと2ndのプロデュサーであるアラン・パーソンズの招きに応じて、アラン・パーソンズ・プロジェクトに参加したのもイアン、デヴィッドそれとビリー、ステュワートだった。結局パイロットの4人がそろったのである。

 ただ残念なことだが、ビリーは89年に36歳で亡くなった。惜しい人を亡くしたものである。

 その後パイロットの2人はアラン・パーソンズ・プロジェクトで忙しくなったのか、実質上解散してしまった。しかし2002年に25年ぶりに!自分たちの4枚目のアルバムの再録+新曲でアルバムを発表したのだ。恐るべしパイロットである。

 私は3rdアルバムが大好きである。なぜならプロデューサーがクィーンを育てたロイ・トーマス・ベイカーであり、曲と曲の継ぎ目がほとんどないロックよりのアルバムだったからだ。
 もともと彼らはアイドルの割には演奏技術が高かったのであろう。その後のアラン・パーソンズのもとでも活躍していたように、このアルバムでもイアンのギターは響き渡っている。エレクトリックだけでなくアコースティック・ギターも見事である。

 "Canada"や"Penny in my pocket"は名曲である。コーラスもクィーンっぽいのが面白い。ただ歌詞が「俺にはお金がない」とか「流れゆく水よ、オレにも希望を与えてくれ」とかいう惨めっぽい内容が多いのだ。さきほどの"Canada"にしろ、「ここから逃げ出して新天地カナダを目指すのだ」という内容なのだからちょっと悲しいものがある。
 たぶんその当時のグループ間の様子が影響したのだろう。

 51mgdug00il


メンバーの名前の頭文字をつなげるとpilotになるという話を聞いたことがある。実際はOはないのだが、ペイトンのP、イアンのI、ライオールのL、トッシュのTである。なるほど、どうでもいい話ではあるが、昔を思い出してしまった。(アラン・パーソンズのParsonsにはOが入っている!)

 自分も受験前でナーバスになっていたのだろう。夢も希望もなかった時代のことだ。
でも「モーリン・ハイツ」は名盤だと思う。

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2007年7月 9日 (月)

E,W&F

 アース・ウィンド&ファイアーのベスト・アルバムは、「太陽神」であると思っている。原題を"All'n'All"という。

 Efw2 Music All 'N All

アーティスト:Wind & Fire Earth
販売元:Sony International
発売日:1999/07/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 この意味は不明なのだが、リーダーのモーリス・ホワイトが言うには「いろいろな意味を重ね合わせたもの」らしい。

 ジャケットを手がけたのは日本人の長岡秀星で、大変見事なジャケット・デザインになっている。テーマは「時の流れ」+「人間の情熱」=「無常観」である。
 確かに表に描かれたエジプトのピラミッドと裏にある宇宙基地が人類の発展と時間の経過を表しており、万物は流転するの言葉通り、物事は移り変わっていくのである。

 当時のE,W&Fはまさに飛ぶ鳥を落とす勢いだった。75年の「暗黒への挑戦」が全米No.1になって以降、ライヴ盤「灼熱の狂宴」、76年の「スピリット」が全米2位と売れ続けていたのであり、これほど売れるブラック・アーティストはスティーヴィー・ワンダーくらいしかいなかったのではないかと思うのである。

 そしてこの「太陽神」である。チャート的には全米3位だったものの、トリプル・プラチナ・アルバムで300万枚以上売れたし、日本でも当然ながら売れまくったのである。何しろこの私がLPでも持っているくらいだから、売れに売れたのだ。

 また彼らの来日コンサートも評判になり、ベーシストはワイヤーで宙吊りになったり(もちろん演奏しながらである!)、モーリス・ホワイトがピラミッドの中に入って消失するというマジックの実演もあったのである。
 こうなるとまさにエンターテインメントの世界である。ラスベガスのショウ並みである。しかも演奏自体はまさに手抜きなし、アルバム以上の音だから観客動員数も当時としては画期的な数字を残したのだ。

 アルバムの内容もトータル・アルバム的な色彩が強く、1曲目の「太陽の戦士」と続く「宇宙のファンタジー」は鳥肌が立つほどの見事な構成だった。
 そして間奏曲の「市のたつ広場」を経て、「銀河の覇者」へと続くのである。

 またE,W&Fといえばディスコ・ミュージックと思われかねない面もあるが、このアルバムの中にある「聖なる愛の歌」や「ビー・エヴァー・ワンダフル」のようなバラード調の楽曲も捨てがたいのである。
 このグループからフィリップ・ベイリーという素晴らしいボーカリストが生まれたが、モーリス・ホワイトとの2人の絡みは見事なものであった。

 この後、彼らは「黙示録」「創世記」などのビッグ・ヒット・アルバムを連発しながら、時代のイコンとして輝いていく。
 しかしその輝きも長くは続かなかった。80年代半ばになると、モーリス・ホワイトやフィリップ・ベイリーがソロ・アルバムを発表するようになり、グループとしての人気も下降線をたどる様になったのである。

 Ewf Music Earth Wind & Fire - Greatest Hits

アーティスト:Earth Wind & Fire
販売元:Delta No 1
発売日:1998/11/17
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 また時代もディスコ・ミュージック全盛時代からグランジやオルタナへと移行していくにつれて彼らも時代に取り残されるようになった。まさに無常な世界なのである。

 彼らは今でも来日して演奏しているが、昔のような輝きはもうない。しかし輝きはなくとも一時代を築いた点では歴史に残る偉大なグループだったと思うのである。

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2007年7月 8日 (日)

コンサート・フォー・ダイアナ

 先日の1日、イギリスはロンドンのウェンブリー・スタディアムで約6万人の観衆を集めて、ダイアナ元王妃の追悼コンサートが行われた。これは全世界に中継され、日本でも深夜から早朝にかけて放映されたので、見た人もいると思う。Photo_13

 ダイアナ元王妃が交通事故で亡くなったのは、1997年の8月31日であった。あれから10年である。つまり10回忌ということだろう。
 このコンサートを企画したのは、ウィリアム王子とヘンリー王子の兄弟であり、ダイアナ元王妃が生前親しくしていたミュージシャンや芸術家、王室とゆかりの深い音楽家などが集まったのである。

 日本ではライヴで、つまり生放送だったので6時間30分ほどの時間で、3部に分かれていた。すべてがロック・コンサートというわけではなくて、クラシックのバレエ演技や声楽家の演奏もあったし、向こうで有名なコメディアンのトーク・ショウらしきものもあった。

 それでも慈善活動と音楽が好きだったダイアナ元王妃の趣向に沿った内容だったといっていいだろう。

 オープニングとエンディングは、ご存知サー・エルトン・ジョンである。ダイアナ元王妃が亡くなったときも、ノーマ・ジーンの代わりに"Good-bye, English Rose"と歌っていた。
 以下、デュラン・デュランロッド・ステュワートスティタス・クゥオートム・ジョーンズブライアン・フェリー等々、一流の豪華中高年アーティストが出演していた。

 昔から思っていたのだが、ブライアン・フェリーは日本の俳優である宇津井 健に似ているのではないだろうか。あのザ・ガードマンなどに出演した宇津井 健である。私だけだろうか。  Photo_11

 

 一方、若いところでは、ジェイムズ・モリソンリリー・アレンザ・フィーリング、再結成したテイク・ザットなどが演奏をしていた。幅広い人選である。

 その中で、私が一番驚いたのは、何と元スーパートランプのロジャー・ホジソンが単独でライヴをしたことである。しかも4曲も歌ったのだ。
 「ドリーマー」「ロジカル・ソング」「ブレックファスト・イン・アメリカ」はソロで歌った。エレクトリック・ピアノ1台だけで歌ったのである。さすがに寄る年波には勝てず、自慢の長髪にも白いものが混じっていて、顔も皺が多かったが、かってのロジャー・ホジソン特有の高い声は健在であった。

 また以前よりは少しふっくらしたようにも見えた。4曲目は「ギヴ・ア・リトル・ビット」であった。そしてこの歌を歌う前に、生前のダイアナ元王妃がスーパートランプの曲を好きだったことや、この曲には素晴らしいメッセージが込められているということを述べていた。

 そしてこの曲だけは、サックスと女性コーラスを入れて歌ったのだ。まさかあのロジャー・ホジソンがこんな場所で、しかもソロで、しかも4曲も歌うとは思ってもみなかった。

 これで100%スーパートランプの再結成はないだろうなあ。ひとりで6万人の前で歌って、全世界に中継されたのだから。まだまだ自分も頑張れるぞと思ったに違いない。ちょっと残念ではある。

 それで、またこのときの模様がDVD化されて販売されるのだろう。何しろ6時間半だからDVD3枚以上にはなるはずだ。願わくばロジャー・ホジソンの映像がカットされることなく、そのまま保存されてほしいものである。

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2007年7月 7日 (土)

カクタス

 カクタスとはサボテンのことである。それをグループ名にしたアメリカのハード・ロック・バンドがあった。
 このバンドの紙ジャケシリーズが出ていて、購入したのは、サード・アルバムの「リストラクションズ」とライヴ盤「汗と熱気」である。

リストリクションズ(紙ジャケット仕様) Music リストリクションズ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:カクタス
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/10/21
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 もともとこのバンドのリズム隊であるベースのティム・ボガードとドラムスのカーマイン・アピスは当時世界最強のリズム陣といわれていた。
 彼らはその前のバンドであるバニラ・ファッジのメンバーでもあった。その当時から名前が知られていたが、ニューヨークを訪れていたジェフ・ベックが彼らを引き抜こうとした話は有名である。

 しかしセッションまで行って、いよいよ結成かというときに、ジェフが交通事故を起こして長期入院してしまい、この話はお流れになってしまったのだ。
 しかたなくボガードとアピスはギターとボーカルを引っ張ってきて結成したのが、このカクタスなのである。

 だからジェフ・ベックが交通事故を起こしていなかったら、このグループは日の目を見ないで終わったであろう。(のちにジェフは、彼らと一緒にBB&A、ベック、ボガード&アピスを結成した)

 そういういきさつを持ったグループからか、ファーストはそこそこ売れたものの、次からはさっぱりだった。
 当時のアメリカでハード・ロックといえば、マウンテンやグランド・ファンク・レイルロードが有名だったが、カクタスのほうはイマイチ売れなかったようである。

 その理由はこのアルバムを聞くことで分かったような気がする。つまり売れそうな曲がなかったからである。マウンテンなら「ミシシッピー・クィーン」、グランド・ファンクなら「孤独の叫び」や「ハートブレイカー」など今でもパッと思い出す曲があるが、カクタスにはそんな曲は無いのである。

 だから売れなかったのだろう。基本的に彼らの曲は。ブルースを基調にしたハード・ロックである。たとえばレッド・ゼッペリンなどはそうであるが、ゼップよりは応用が利かず、ブルース色も強いのだ。だから一部のコアなファンからは好かれても、全体からは受けないのである。

 ただライヴ盤の「汗と熱気」はライヴの部分は素晴らしい。さすがに当時世界最強のリズム隊といわれたことはあると思う。しかしたった3曲とは悲しいのだ。せめてもう2~3曲は入れてほしかった。

汗と熱気(紙ジャケット仕様) Music 汗と熱気(紙ジャケット仕様)

アーティスト:カクタス
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/10/21
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 またスタジオ録音部分の曲も前作よりは聴きやすくなっていて、いい意味でポップ化していると思う。以外とスローな曲がよかった。この路線を続けて行けば、もう少しメジャーになったと思うのだが・・・

 初代のボーカルだったラスティ・ディという人は1982年に麻薬事件に巻き込まれて、ギャングから銃殺されたという。売れなくなってからは麻薬のディーラーをやっていたらしいのだ。だからカクタスとは、やはりベースとドラムが売りなのである。

 ところで昨年に新ボーカリストを入れて、再結成されたそうである。結構いいアルバムだといわれているが、果たしてどうだろうか。

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2007年7月 6日 (金)

危機(後編)

 まずジャケットが素晴らしい。マイ・パソコンの背景にも使用しているくらい見ていて清々しいのである。Photo_10
 イエスというロゴを中心にして、タイトルの"Close to the edge"がシンメトリーを形成している。そして下から薄い緑が濃緑色へとグラデーションするさまはロジャー・ディーンの最高傑作といっても差し支えないであろう。のちにいろいろな惑星や生物などが出てくる彼のジャケット・デザインに関しては、やはりシンプルなものが一番いいのではないだろうか。

 そして音楽面については、もう何も言うことはない。とにかく聞いてくれとしかいえない。聞けば分かるという話である。
 でもそれだけでは何も分からないので、もう少し付け加えると、1曲目の18分を越えるタイトル曲「危機」は、4つのパートから成り立っていて、基本的にはボーカルのジョン・アンダーソンとギターのスティーヴ・ハウが曲を作っている。
 当時の様子を雑誌などから拾ってみると、この曲は短いパートを録音していって、それをエンジニアのエディ・オフォードがテープを切り貼りしながら、まとめていったようである。

 この曲は動から静、静から動という変化が際立っていて、バックの雫の音や川のせせらぎ、小鳥のさえずりなどのSEも見事にハマっている。またリック・ウェイクマンの活躍が素晴らしく、パイプ・オルガンからシンセサイザーまで、当時のキャッチ・コピー「キーボードの魔術師」さながらに操っているのである。
 特にパート3の"I get up I get down"からパート4の"Seasons of man"に変わるときの展開は見事である。ぜひ聞いてほしいものだ。

 2曲目の「同志」はスティーヴ・ハウのアコースティック・ギターを中心とした曲であるが、ギターだけでなく、バックのキーボードの多重録音は曲に重厚さを与えている。
 また最後の4行の歌詞は、この曲を象徴する美しさと力強さを秘めているように思えるのだ。名曲である。

 そして最後の3曲目「シベリアン・カートゥル」。ハウのアコースティックな曲から一転して、ベースのクリス・スクワィアとパーカッションのビル・ブラッフォードをアピールするかのように、リズムが際立った曲になり、リードするギターとリズム陣が微妙な緊張と融合をうみだしている。

 歌詞も短い単語が連なり、まるで言葉遊びをしているかのようである。これも曲の展開が美しい。そして最後は強力なリズム陣を天空に誘うかのように、ウェイクマンのキーボードが纏め上げていくのである。

 当時のレコードには、この3曲の日本語歌詞カードが添付されていたが、何回読んでもさっぱり意味が分からなかったという思い出がある。それでもその象徴的な歌詞を読んでいる自分が大人びたように感じて、悦に入っていたのであろう。

 そしてこのアルバムの後に、パーカッションのビル・ブラッドフォードが音楽的な意見の違いから脱退する。もっとフリー・フォームなジャズ的要素を求めていたのであろう。キング・クリムゾンに加入した。
 キーボードのウェイクマンも、世界的な名声を得たせいか、このあとグループと平行してソロ活動に入っていった。

 そういう意味では、このアルバムはまさに彼らの絶頂期に制作されたものといえるだろう。すべての力を出し尽くしたバンドは、次の段階に進むためにはメンバーの交代が必要だったのだ。
 まさにこのアルバムは、21世紀に語り継ぐ名盤に違いない。一家に1枚のロック・アルバムである。

危機(紙ジャケット仕様) Music 危機(紙ジャケット仕様)

アーティスト:イエス
販売元:イーストウエスト・ジャパン
発売日:2001/07/25
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2007年7月 5日 (木)

危機(前編)

 「危機」である。あの名作の「危機」である。イエスの「危機」なのだ。中学校2年生のとき初めてこのアルバムを聞いた。そのとき背中にビリビリと電気が流れたかのような気がしたのだ。冗談でもなんでもない。本当に鳥肌が立ったのだ。そういうアルバムである。

危機(紙ジャケット仕様) Music 危機(紙ジャケット仕様)

アーティスト:イエス
販売元:イーストウエスト・ジャパン
発売日:2001/07/25
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 「危機」の原題は“Close to the edge”という。そのまま日本語にすると「端の近く」あるいは「淵に臨んで」というような意味だろう。その前のアルバム名が“Fragile”(「こわれもの」そのまんまの邦題である)なので、如何にこのときのメンバー間が緊張していたかが分かるだろう。

 前作の「こわれもの」でリック・ウェイクマンが加入して、オルガンだけでなくメロトロンやモーグ・シンセサイザーを駆使して、壮大なるオーケストレーションを奏でることが出来るようになった。

こわれもの Music こわれもの

アーティスト:イエス
販売元:イーストウエスト・ジャパン
発売日:1996/03/25
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 しかし、リーダーのジョン・アンダーソンはこのアルバムが失敗したら、解散を決めていたという逸話も残っているほど、このアルバムに決意を込めていたのである。

 だからメンバー一人ひとりのソロ作品をいれ、タイトルにも寄木細工のような、いつ壊れるかもしれないといった意味が込められていたのである。

 その流れを受けての「危機」なのである。一歩まちがえばバラバラになってしまうその緊張感が演奏にも表れており、それがこのアルバムを世紀の傑作にしているのであろう。

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2007年7月 4日 (水)

ウェルカム

 引き続き今回もサンタナを取り上げる。やっぱり夏といえばサンタナだから。
私はサンタナの「キャラバンサライ」をあまり評価しないのである。私が高校生くらいのときか、ミュージック・ライフという雑誌にベスト・アルバムの企画があって、サンタナの「キャラバンサライ」が選ばれていた。

キャラバンサライ Music キャラバンサライ

アーティスト:サンタナ
販売元:Sony Music Direct
発売日:2003/10/22
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 それでそのとき以来ずっと気になっていたのだが、実際に購入して聞いてみたところ、カタルシスを得ることができなかった。確かにギターを弾いてはいるのだが、サンタナ特有のロング・サスティ-ンは聞けないし、全体的な印象としてまとまりすぎているように思うのである。
 バックには、このあとジャーニーを結成するニール・ショーンやグレッグ・ローリーもいるのだが、残念ながらイマイチ力を出し切れていない観がある。案の定、このアルバムを最後に脱退してしまった。

 この「キャラバンサライ」は1972年の作品であるが、翌年の73年に1枚のアルバムが発表された。「ウェルカム」である。

ウェルカム(紙ジャケット仕様) Music ウェルカム(紙ジャケット仕様)

アーティスト:サンタナ
販売元:Sony Music Direct
発売日:2006/05/03
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 この2枚のアルバムに共通しているのは、サンタナの導師であるヒンズー教スリ・モンチイへの感謝と尊敬の念である。そして、違う点はゲスト・プレイヤーの有無、特にマハビシュヌ・オーケストラのギタリスト、ジョン・マクラフリンの存在である。

 これは私の持論だが、「キャラバンサライ」は宗教性というか、サンタナ自身が東洋の思想性に縛られすぎているように思われる。観念的な面が前に出すぎていて、あとから音楽性が追従している、そんな感じである。だからイマイチ抜けきれていないのではないだろうか。
 だから宗教というか思想というか、そういったものに音楽が後追いするようでは、いくら才能のあるミュージシャンがいたとしても、限界が生じるのである。

 ところが「ウェルカム」ではそういったものが極めて少ない。確かにサンタナのギターは途中まで(5曲目まで)出てこない。しかし出てこなくてもサンタナの芳醇な音楽性がそこかしこに表出している。
 圧巻は11分31秒ある“フレーム・スカイ”である。この曲の途中から誰が聴いてもわかるジョン・マクラフリンのアコースティック・ギターが技巧を駆使しながら舞い降りてくるのである。
  この2人にギタリストによる共演がお互いにいい刺激を与え合っているのであろうか。全体的にも抹香臭さを微塵も感じさせない刺激的でクールなアルバムになっている。やはりロックは難しいことを考えずに、シンプルに取り組んでこそ、その素晴らしさが伝わってくるように思える。
 続くアルバム・タイトル曲「ウェルカム」では、オリジナル・アルバムではこの曲が最終曲になるのだが、ジョン・コルトレーンの曲を余韻をもたせながら演奏している。

 何度も言うが「キャラバンサライ」より「ウェルカム」がいいと思うのだが、どうだろうか。そして「ウェルカム」よりも「天の守護神サンタナ」であり、「ムーンフラワー」だと思うのである。

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2007年7月 3日 (火)

フェスティバル

 カーニバルといって思い出すのは、ブラジルのリオのカーニバルである。ブラジルは南半球なので、日本が寒いときにあちらでは半裸状態で踊りまくっているのだ。何とうらやましいのだろう。一度行って見てみたいものである。

 それでここでは、そのリオのカーニバルではなく、サンタナのアルバム「フェスティバル」についてである。夏といえばサンタナなのである?

フェスティバル Music フェスティバル

アーティスト:サンタナ
販売元:ソニーミュージックエンタテインメント
発売日:2001/03/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 そういえばNHK教育でかつてグッチ裕三がサンタナをパロッて、ヨンタナという形態模写らしきものをやっていたが、実際のサンタナはあんなにデブではない。

 このアルバムは、1977年の作品で、サンタナ11作目のアルバムである。前作「アミーゴ」から「哀愁のヨーロッパ」が世界中でヒットを記録し、サンタナ復活を印象付けたアルバムであったが、それを受けてさらに飛躍しようとした決意がうかがえるのである。

 まずアルバム・ジャケットからして妖しいのだ。この時期のアルバム・カヴァーはいずれも甲乙つけがたい秀作ではないだろうか。基本的にはバラ?の花と蛇と黄金の像の組み合わせなのだが、見ようによっては仮面舞踏会のマスクのような、人の顔のような、グロテスクな獣の顔のようにも見えるのである。残念ながら横尾忠則の作品ではないが・・・

 冒頭を飾る3曲、「カーニバル」、「子どもたちの戯れ」、「喝采」は同年に出された次作である名盤「ムーンフラワー」にも収録されていて、ライヴ録音のせいか、こちらの方が躍動感があってすこぶる素晴らしい作品になっている。
 ちなみにこのアルバムのジャケットも印象的なのだ。

ムーン・フラワー Music ムーン・フラワー

アーティスト:サンタナ
販売元:Sony Music Direct
発売日:2003/10/22
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 フェスティバルには他にも名曲がある。「哀愁のボレロ」は文字通りボレロからリズムが変化していき、最終的にラテン・ミュージックになり、それにサンタナのギターがからまっていくのである。「哀愁のヨーロッパ」まではヒットしなかったけれど、結構いい味を醸し出している。

 また「大河のように」という曲もいい。原題を"The River"というのだが、もちろんスプリングスティーンとは無縁である。サンタナ流バラードといっていいのではないだろうか。

 このアルバムは緩急があり、冒頭3曲のようなラテン・リズムみなぎる曲もあれば、「大河のように」のようなスローな曲もある。そしてラスト2曲「明日への祈り」、「情熱のマリア」と躍動感あふれる曲で締め括るのである。

 このアルバムは、決して歴史的な名盤ではないが、サンタナ中期を代表する隠れた名盤ではないだろうか。

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2007年7月 2日 (月)

サッド・カフェ

 イギリスのバンドにサッド・カフェという名前のバンドがあった。1976年にデビューしたのだが、もともとはマンダラバンドというプログレッシヴ・ロックのバンドのメンバーが主になって結成されたものだった。

 マンダラバンドについて一言申し上げると、一部チベット語で歌う「曼陀羅組曲」というアルバムがあった。チベット語と聞いたので、手を出し損ねていたのだが、実際は結構ポップな要素もあって聞きやすかったのを覚えている。

 それで最初のアルバム「悲しき酒場の唄」はその影響をまだ引きずっていたのか、さすがにチベット語ではなかったが、ギターやキーボードが隙あらばプログレに引っ張ろうとするかのように、結構音数が多かった。

悲しき酒場の唄 Music 悲しき酒場の唄

アーティスト:サッド・カフェ
販売元:エアー・メイル・アーカイヴ
発売日:2010/12/16
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 ところがセカンド「サッド・カフェⅡ」になると10ccのようにポップになってくるのである。このアルバムは当時世界で最もグロテスクなジャケットといわれていて、日本やUS盤では、黒い袋に覆われて、一部切抜きで販売されたそうである。
 もちろんその袋を取れば、ジャケットが現れるのだが、確かにみていて気持いいものではなかった。

殺怒珈琲II Music 殺怒珈琲II

アーティスト:サッド・カフェ
販売元:エアー・メイル・アーカイヴ
発売日:2010/12/16
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 そして3rdアルバム「虚飾の扉」になると、もう完全にポップな世界にハマってくるのである。事実、このアルバムから数曲のシングルヒットが生まれ、結構売れたという記憶がある。

 このグループのリード・シンガーがポール・ヤングである。あの「エヴリタイム・シー・ゴウズ・アウェイ」を歌った人とは同名異人で、ジェネシスのマイク・ラザフォードが結成したマイク&ザ・メカニックスにいたポール・ヤングである。

 このグループが出した最後のアルバム(と思われる)「ホワットエヴァー・イット・テイクス」は1989年の作品で、このときポール・ヤングはマイク&ザ・メカニックスにいたから、このサッド・カフェのアルバムは、ほとんどマイク&ザ・メカニックスのアルバムと同じに聞こえるのだ。

 ここまで同じ雰囲気だと、どちらがサッド・カフェでどちらがマイク&ザ・メカニックスか分からなくなる。でもそれほどレベルは高いということである。

 以前にもこのブログに書いたけれども、このポール・ヤングはもう亡くなってしまった。だから二度とサッド・カフェの再結成はない。良いバンドだったのに、本当に残念である。

Anthology Music Anthology

アーティスト:Sad Cafe
販売元:Renaissance
発売日:2005/03/01
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2007年7月 1日 (日)

ライヴ・アット・武道館

 またまたビートルズ・ネタで申し訳ないが、1966年の6月29日に、ビートルズが初めて来日した。いまから41年前の話である。

 その日は台風4号の影響で、ビートルズ一行はアラスカのアンカレッジで足止めを食らっていた。それで夜中の来日になったということだ。具体的に言うと、午前3時50分頃である。今でも当時の映像で、日本航空のはっぴを着た彼らがタラップを降りてくるシーンを思い出す。もちろんあとになって見たものであるが・・・

 そして6月30日と7月1日、2日日本武道館で演奏をしたのだ。当時の首相である佐藤栄作ほか文化人たちが「神聖な日本武道館で外国人がロックなどを演奏するとはケシカラン」といかにも当時の時代を反映するような発言をしていたとは有名な話である。

 それに対してポール・マッカートニーは「日本の舞踊家たちが英国の国立劇場などで演技をしても問題はない。日本も英国も伝統を重んじることは同じ」というようなコメントをしたという話をどこかで聞いたことがある。まったくその通りだと思う。

 日本武道館のビデオはかって販売されていたらしいが、いまはまだDVD化されていないのではないだろうか。しかもそれは6月30日の分だけである。初日は夜だけで、残りの二日間は昼夜の公演だった。初日はマイクなど機材も充分でなく、ある意味いい加減というか手抜きの演奏だったらしい。
 しかし当時の機材ではモニターなども悪かったので、どこの国でもどの会場でも感やノリで演奏していたから、それでも普通だったと思う。

 でも1日目の聴衆が真剣に聞いていたという話を聞いた一行は、2日目からは手抜きせずにまじめに演奏したという逸話もあって、できれば2日目以降の演奏を見てみたいものだ。このコンサートはニッポン放送も後援していたので、その映像が残されているはずである。放送できないのは、版権のせいかもしれない。

 それでビートルズ関係で、まだCD化されていないのは、アメリカ盤や日本で編集されたLPなどがある。自分がCD化を希望するのは「ヘイ・ジュード」「ライヴ・アット・ザ・ハリウッドボウル」である。

 「ヘイ・ジュード」は自分が初めて全曲聞き通したビートルズのアルバムなので、思い入れが深いのである。これはアメリカ編集盤で解散後に出されたものらしいが、それを知ったのはほんの最近である。それまでは解散前に発売されていたと思っていた。

 64年から69年までのシングル中心の編集である。これを聞いて初めてビートルズとは奥が深いと思った。何しろ「キャント・バイ・ミー・ラヴ」から「ジョンとヨーコのバラード」までである。中後期を代表する曲が多く、「レイン」「リボリューション」などは、当時の中学生には理解できなかった。しかし、そのメロディは素晴らしいとは思った。

 これらの曲は「パスト・マスターズVol.1」、「Vol.2」、赤盤、青盤などに収録されているので、CD化は無理だとは理解できる。自分で編集してCD化するしかないだろう。残念である。

パスト・マスターズ(2) Music パスト・マスターズ(2)

アーティスト:ザ・ビートルズ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1998/03/11
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 もうひとつの「ライヴ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル」(当時の邦題は「ザ・ビートルズ・スーパーライヴ!」は64年8月23日と65年8月30日のロスアンゼルスでのライヴ演奏をレコード化したものである。

 発売されたのは1977年であるから、いまから30年前である。まだジョンもジョージも生きていた時代である。今年でちょうど30周年なので、これを記念してCD化されないだろうか。

 海賊盤としては私も持っていて音質も結構いいので、問題はないのだが、ビートルズ関係のアルバムで公式ライヴ・アルバムは1枚もないのである。(Live at BBCはスタジオ・ライヴだから、聴衆を入れてのライヴではない。ハンブルグ当時のライヴはあるが、あれは例外)
 映画のサウンドトラックはあるのだから、公式ライヴも出してほしいのである。ファン心理としては至極当然な話だと思うのだが、いかがなものだろうか。

 いまから東芝EMIにメールをして、発売されるように頼みましょう。

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