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2007年10月27日 (土)

461オーシャン・ブールヴァード

 エリック・クラプトンの名盤である。“461オーシャン・ブールヴァード”とはマイアミにある彼の家の番地だそうで、アルバム・ジャケットに写っている白い家の住所ということだ。個人情報バレバレであるが、当時はそういうことも許されていた時代であった。

461 Music 461オーシャン・ブールヴァード

アーティスト:エリック・クラプトン
販売元:ポリドール
発売日:1997/03/05
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 エリック・クラプトンは、1945年3月30日にイングランドのリプリーに生まれた。18歳からプロ活動をはじめ、63年に伝説のバンド、ヤードバーズに加入したが、バンドがブルーズよりもポップな音楽に走り始めたため、2年程度で脱退。ジョン・メイオール&ブルースブレイカーズに加入。自分の求めるブルーズを追求し始めた。

 66年にベースのジャック・ブルースとドラムのジンジャー・ベイカーとの3人でクリームを結成した。音的にはブルーズを基盤としながら、新しいロック、いわゆるニュー・ロックやサイケデリック・ロックを追及するものだった。

Photo_2 Music カラフル・クリーム

アーティスト:クリーム
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/06/21
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 このバンドはロック史上に残る最高のトリオといわれており、3人が対等の立場でお互いに全力を出し切って演奏するというプレイ・スタイルが人気に拍車をかけ、ビートルズ以上の存在になろうとしていた。
 しかしその分、メンバー間での緊張が極限に達してしまったらしい。わずか2年余りで解散してしまったのである。もともとジャック・ブルースとジンジャー・ベイカーは仲が悪かったらしいのだが・・・

 クリーム解散後、スティーヴ・ウィンウッドやリック・グレッチらとともにブラインド・フェイスを結成するが、アルバム1枚とツアーを行っただけで、わずか半年で解散してしまった。このアルバムはイギリスとアメリカではNo.1になっている。

 その後、クラプトンはアメリカの南部音楽にひかれ、デラニー&ボニーらとともにアメリカ中をツアーしてまわるようになった。そこでバンドのメンバー数人とともに結成したのがデレク&ザ・ドミノスであった。
 そこで歴史的な名曲である"Layla"(愛しのレイラ)を発表する。1970年の出来事だった。

 そこであのデュアン・オールマンと共演したり、ライヴ・アルバムを発表したりするのだが、メンバー間での対立があったらしい。71年に解散してしまった。

 ここからから約2年間に渡って、クラプトンの暗黒時代が始まるのである。クリーム時代から緊張感を解放するために、ドラッグに手を出していたが、ここにきてほとんどドラッグ中毒と化してしまい、まともに演奏もできなくなってしまった。

 73年にリハビリ施設などで治療しながら、一時的に快方に向かうと、彼の親友たちが“励ます会”を開いた。これが世にいう“レインボウ・コンサート”であり、ザ・フーのピート・タウンゼンドたちが彼を復活させようとして企画したものだった。

 これで少しは調子が上向いてきたのか、74年にこの歴史的名盤を発表することができたのである。やっと本題にたどり着くことができた!

 当時の私は、クラプトンといえばクリーム時代のことが頭にあったため、1曲20分近いことしか思い浮かばなかったのだが、1枚のアルバムに10曲もあるなんていうのは信じられなかった。
 しかもヒットしている曲が、ボブ・マーレィのレゲエ、"I shot the sheriff"だったから、なおさら驚いた。(当時は全世界的にレゲエが流行していたのだ。ポール・サイモンなんかも取り入れていたなあ)

 さらに1曲目から明るい音なのである。こんなに明るくていいのか、アンタ麻薬中毒だったのだろ、と思わず口走ってしまったくらいビックリしたのだった。
 とにかく全体的に力を抜いたリラックスしている雰囲気が漂うアルバムだったのだ。今まで病気休暇をとっていたとは思えないくらい元気がいいのである。子ども心にもやっぱり外国人は違うなあ、と思ったものである。

 このアルバムの中に数曲目立つ曲がある。"Give me strength"と"Please be with me"、"Let it grow"である。最初の曲は「おお神よ、私に続けさせてくれる力を与えて下さい」をただ繰り返すだけの2分50秒の曲であるが、この当時のクラプトンの心境がうかがえる曲である。

 "Please be with me"はアコースティックな、といってもドブロ・ギターなのだが、心に染み入るような曲である。聴けば聴くほど感動する。イヴォンヌ・エリマンのバッキング・ボーカルがなかなかマッチしている。秋という季節にはふさわしい曲である。

 そして"Let it grow"はアコースティックではないが、スローな曲である。かつてクラプトンに"Let it rain"という曲があったが、全然似ても似つかない。
 この曲は名曲ではないのだが、次の"Sready rollin' man"と"Mainline Florida"につなごうとするかのように、控えでなおかつその存在を主張しているかのような曲である。

 この3曲に共通していることは、いずれもエリック・クラプトンが作曲しているということだ。つまりクラプトンはけっこう作曲能力があるということを言いたかったのだ。

 でも40年近いキャリアのなかで、全米No.1になったシングルは"I shot the sheriff"1曲だけで、皮肉にもそれは他人の曲であった。1992年の自作曲"Tears in heaven"は全米2位に終わった。チャートのランクだけで、彼の作曲能力を判断してはいけない。1位になれなくても彼の作曲能力が疑われることはないのだから。

 アメリカの音楽雑誌ローリング・ストーン誌2003年8月号では「100人の偉大なギタリスト」で第4位に選ばれた。ちなみに1位はジミ・ヘンドリックス、2位はデュアン・オールマン、3位はB・B・キングであった。

 また長年の音楽活動が認められ2004年には、ナイトの次に叙される「大英帝国第三級勲位」(CBE)がイギリス政府より授与された。さらに第三子も誕生し、三姉妹の父親にもなり、体型も以前とはかなり違ってきた。
 
 残念ながら最近のクラプトンは、ブルーズが似合わなくなってきたようだ。


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