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2007年10月20日 (土)

ストーン・ザ・クロウズ

 前回のブログでポール・マッカートニー&ウィングスの「ヴィーナス&マーズ」を紹介し、そこでウィングスのギタリストだったジミー・マッカロウのことについて少し触れた。

 今回はその彼がウィングス以前に加入していたバンド、ストーン・ザ・クロウズについて述べてみたい。
 とはいっても実際に彼が加わっていた期間は1年余りと短い。実はジミーはレスリィ・ハーヴェイというギタリストの代わりに加入したのである。

 ストーン・ザ・クロウズにはマギー・ベルという強力な女性ボーカリストがいた。マギー・ミネンコではなく、マギー・ベルである。
 1945年1月12日にグラスゴーで生まれたマギーは、父親がオルガン奏者という音楽一家に育った。叔母は有名なグラスゴーのミュージック・ホールの女王と言われていたそうで、彼女の家には常にミュージシャンが出入りしていたという。

 つまり彼らはスコットランド出身というわけだ。だからこのバンド名はスコティッシュから来ているらしいのだが、詳細については不明であった。だからわかる人がいたら教えてほしい。

 それでマギーは17歳の頃にはバンドを結成して、地元のダンス・ホールなんかで公演をしていたのだ。そのときのギタリストがレスレィ・ハーヴェイであり、知っている人はわかると思うけど、あのアレックス・ハーヴェイの弟だったのである。

 ここからはバンドの結成と発展をしていく物語なので、少し割愛する。当時のバンドとしてはよくある話で、地元のホールで経験を積んで、上達すると今度はドイツのハンブルグで腕を磨くというものだ。この辺はビートルズと同じである。

 60年代の後半でもそういうことが行われていたのである。当時はアメリカ軍基地で、一晩に5時間、週7晩働いたらしい。それをかれこれ2年間近く続けたというからたいしたものである。
 アレックス・ハーヴェイもハンブルグのスター・クラブで公演していたので、その口利きみたいなものもあったのかもしれない。

 マーティン・ルーサー・キング暗殺後、米軍キャンプへの出入りが厳しく制限されることになり、彼らはグラスゴーに帰っていった。そこでベースのジム・デューワーとキーボードのジョン・マクギネスを見つけパワーというバンドを結成した。これがストーン・ザ・クロウズの前身バンドになる。

 そしてマネージャーを見つけようということで、マーク・ロンドンという人にマネージャー兼プロデューサーになってもらった。そのつてで何とあのレッド・ゼッペリンのマネージャーであったピーター・グラントがバンドの名付け親になったのである。
 しかもマークと共同でマネージャーをしようとしたのだから、如何に彼らに力を入れていたかがわかるであろう。

 しかしこのピーター・グラントという人は不幸をもたらす疫病神みたいな人で、レッド・ゼッペリンもドラマーのジョン・ボーナムが死んでしまうし、バッド・カンパニーも死人こそ出なかったが、やがて解散してしまった。やがてこのストーン・ザ・クロウズにも悲劇的な出来事が起きるのである。

 しばらくしてマギーベルはジャニス・ジョップリンの再来とまでいわれ、雑誌メロディ・メイカーの読者人気投票でベスト・女性・ボーカリスト賞を受賞するようになった。確かに少しハスキーでシャウトするところは似ていると思う。

 バンドはポリドールと契約し、1970年に1stアルバムを発表した。メンバー・チェンジはあったものの、アルバムを出すたびに少しずつ売れていった。特に2枚目の「Ode to John Law」はファンの間でも人気がある好盤である。このアルバム・タイトルの“John Law”とは“警察”を意味する古いコックニー訛りらしい。コックニーとは簡単に言うと、ロンドンのある地域での方言のことである。
 また"Mad dogs and Englishmen"という歌もあるが、当然これはジョー・コッカーへの敬意を表しての歌である。

Photo_2 

Music Ode to John Law

アーティスト:Stone the Crows
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 ところが“好事魔多し”である。1972年3月3日、ギタリストのレスリィ・ハーヴェイが感電事故を起こし、死亡したのである。ライヴ前でのサウンド・チェック時での出来事であった。悲劇的な出来事というのは、このことを指す。

 それでギタリストの代役を見つけなければならなかった残りのメンバーは、元フリートウッド・マックのギタリスト、ピーター・グリーンに白羽の矢を立て、しばらくの間(約1ヶ月という話もある)リハーサルを行った。
 ところがウィーリー・ロック・フェスティバルの2日前に、急に電話をかけてきて一緒にはできないと言ってきた。おいおい、それはないだろうと思うのだが、この辺がピーター・グリーンのピーター・グリーンである所以だ。

 フェスに出場するために、急遽新しいギタリストを呼んだ。それがイエスのスティ-ヴ・ハウであった。この頃のイエスはまだまだマイナーだったので、ハウも時間があったのだろう。
 フェスを乗り切ったストーン・ザ・クロウズは、いつまでもスティーヴ・ハウに頼むわけにはいかないので、新しいギタリストを探した。
 それでサンダークラップ・ニューマンにいたギタリストを加入させたのだ。それがジミー・マッカロウなのである。やっと本題にたどり着いた。

 彼もまたスコティッシュであったが、他のメンバーはまったく彼の存在を知らなかったらしい。
 それでセッションを重ねたのだが、ニュー・アルバムはレスリィ・ハーヴェイが生前にほとんど音を入れていた。ただ1曲"Sunset cowboy"という曲にだけジミーがギターを弾いている。アルバムの最後を飾るバラードの6分42秒の曲である。残念ながらあまりギターは目立たない。最後にメロディアスなパートを弾いているだけである。

 ラスト・アルバムとなった「オンティニュアス・パフォーマンス」はブルーズ・ロックの名盤である。イギリスのジャニス・ジョップリンという感じである。シングル・カットされた"Good time girl"は聴きやすいし、1曲目の"On the highway"なんかは車の中で流しながら運転すると、どこまでもドライヴしようという気になってしまう曲だ。

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Music Ontinuous Performance

アーティスト:Stone the Crows
販売元:Repertoire
発売日:2002/11/18
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 結局、このアルバムを最後に彼らは解散してしまう。マギーはソロ活動を始め、ジミーはウィングスに、ドラマーのコリン・アレンはオランダのフォーカスに加入した。

 マギーは1997年現在、オランダのロッテルダムに住んでいるという。このバンドについては、時代の音に合っていたし、25年前に作られたと思えば、なかなか悪くないわね、と言っている。
 なかなか悪くないどころか、けっこういけるのである。


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