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2008年1月 4日 (金)

ロッド・スチュワート

 正月ということで、豪華な人について書こうと思った。豪華といえば派手なイメージがある人ということで、今回はロッド・ステュワートにした。このブログでは初めての登場となる。

 いまの若い人にとってはロッド・ステュワートって誰?ということになると思うが、昔はとてもかっこよかったのだ。特にステージ上でのマイク・スタンドの使い方や、それを使っての熱唱は、ロック・ボーカリストならば一度は憧れたのではないだろうかと思われるほどだった。

 たぶん本人は否定すると思うのだが、矢沢永吉のステージングなんかは、少なからずロッド・ステュワートの影響があるように思えてならない。マイク・スタンドに白のテープをグルグルに巻きつけているところなんかは、そのまんまである。

 今でこそロッドは、昔のフランク・シナトラのようにラスベガスのショーがふさわしいエンターテイナーになってしまった。黒のタキシードを着てアメリカのポップスやスタンダードなジャズを歌って拍手喝采をもらうというステージであるが、その手のアルバムも売れるのだから、本人にしてみれば需要があるから供給しているんだという気持ちもあるのだろう。

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 もともと彼にはそういう要素があったのだが、それは1976年以降だと考えている。その分岐点となったアルバムが「アトランティック・クロッシング」である。

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 “大西洋を越えて”というタイトルからもわかるように、活動の拠点をそれまでのイギリスからアメリカへと変えたのである。直接の理由はイギリスの課税が大きかったので税金対策だといわれていた。
 しかしそれだけでないであろう。それよりも彼が志向する音楽の変遷によるものだと思う。

 彼はもともとはイギリスのフォークやブルースの影響を受けたロックンロールを得意としていた。彼のマーキュリー時代のアルバムを聴けば分かると思うが、代表曲の"マギー・メイ"やソロとしての代表作「ガソリン・アレイ」、「エヴリ・ピクチャー・テルズ・ア・ストーリー」などは、ストーンズのようなロックとイギリス特有のフォークやR&Bが絶妙にブレンドしている。個人的に大好きなアルバムである。

 そのイギリス特有のフォークやR&Bをもたらした母国、つまりアメリカのソウル・ミュージックや南部の泥臭いサザン・ミュージック、R&Bを本場アメリカで学ぼうと思ったのではないだろうか。

 それが「アトランティック・クロッシング」で実を結んだような気がする。ここではボズ・スキャッグスもそうしたように、アメリカ南部のマッスル・ショールズのスタジオで録音された楽曲が渋くて胸を打つ。
 プロデューサーは枯れた音を得意とするあのトム・ダウドである。デレク&ザ・ドミノスやクラプトンもお世話になったプロデューサーなのである。彼はシンプルながらもソウルフルなロックを好む傾向があり、このアルバムからはあの名曲"セイリング"が生まれた。

 だからこのアルバムから彼の音楽的傾向がアメリカ志向にシフトし、より本格的なソウル・ミュージックやR&Bを追求するようになったのである。

 その頂点に立つアルバムが1977年に発表された「明日へのキック・オフ」だと思う。このアルバムでもプロデューサーはトム・ダウドがつとめている。これが連続して3作目のロッドとのアルバムなので、お互いに気心も知れてきたせいか、ロッドの思うような音使いがなされている。

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 このアルバムからは"胸につのる想い"が大ヒットした。惜しくも全米No.1にはならなかったが、No.2か3にはなったと記憶している。また日本では"ホット・レッグス"もヒットしたように思う。
 ただしアルバムは全米2位、全英3位を記録している。

 彼のアルバム構成の特徴として、テンポの速い楽曲を集めたfast side、スローなバラードを集めたslow sideと分けられることが挙げられる。これは「アトランティック・クロッシング」の頃から行われているのだが、このアルバムでもそういうふうに聴くこともできる。
 当時はLPレコードだったので、そういうふうに分けられていたのだが、CD時代の今となっては効果はあるのかどうなのか、よくわからない。

 ただ"胸につのる想い"は当時のA面に収められていて、この曲だけスローだったので少々不思議だった思い出がある。
 そして深夜のFMラジオからはよくこの曲がかかったものだった。ちょうど77年の終わりから78年にかけてヒットしたので、夜中によく聴いたものだった。懐かしい。
 ピアノはあのニッキー・ホプキンスが弾いている。その次の曲"生まれながらのルーズ野郎"にはジョン・メイオールがブルース・ハープで参加している。

 このアルバムのバック・バンドは一流ミュージシャンぞろいで、ベースが第2期ジェフ・ベック・グループにいたフィリップ・チェン、ドラムスが元ベック・ボガード&アピスのカーマイン・アピスだった。
 ギタリストも3人いて、3人ともトップ・セッション・ミュージシャンである。

 またロッドは、ジェフ・ベックからティム・ボガードとカーマイン・アピスと一緒にバンドを作るのでボーカリストとして参加しないかといわれた。またその後カクタスからも誘われたが、フェイセズに参加することになっていたために断った経緯があった。
 そしてこのアルバムでその時のドラマー、カーマイン・アピスと初めて共演したのである。双方ともやっと念願が叶ったというべきだろうか。

 またこのアルバムにはヴァニラ・ファッジの演奏でも有名な曲"キープ・ミー・ハンギング・オン"が収められているが、ヴァニラ・ファッジといえば、リズム・セクションにカーマイン・アピスが在籍していた。これもまた奇妙な因縁である。

 一介の墓堀人夫からサッカー選手になろうとし、挙句の果てにロック界に身を投じてしまったロッド・ステュワートとは、上昇志向の塊である。
 イギリスの中堅バンドのボーカリストだった彼が海を渡り、アメリカで成功し、全世界的にも名前が売れ、ビッグになってしまった。

 その彼がロックンローラーからエンテーテイナーに転身していく姿がこのアルバムからうかがわれるのであり、なおかつちょうどその微妙な分岐点に位置づけられるアルバムだと思っている。

 このあと彼はディスコ・ミュージックに走ったり、80年代の時流に敏感なところを見せたりもするのだが、そこにはロック・ボーカリストとしての姿は見られない。唯一86年に発表された「ロッド・ステュワート」がかつての自分を髣髴させる音作りになっていると思うのだ。3

 ジェフ・ベックと共演した"ピープル・ゲット・レディ"やビートルズの"イン・マイ・ライフ"などシンプルな音作りに救われるのは私だけではなかったはずだ。

 ともかく今となっては姿かたちも見られないロックンローラーとしての最後の輝きを放ったアルバム「明日へのキック・オフ」は、私にとって忘れがたいものとなっている。


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