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2008年4月

2008年4月30日 (水)

リキッド・テンション・エクスペリメント

 リキッド・テンション・エクスペリメント(以下LTEと略す)のことについて書くことにした。前回ドリーム・シアターのことについて書いたのだが、その続きのようなものである。

 もともとこのユニットは、“エクスペリメント”とあるように実験的な音楽を奏でることを目的にしたものであった。

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Music Liquid Tension Experiment

アーティスト:Liquid Tension Experiment
販売元:Roadrunner Japan
発売日:1998/03/10
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 メンバーはドリーム・シアターのギタリスト、ジョン・ペトルーシとドラマーであるマイク・ポートノイ、ベースにはあのキング・クリムゾンのトニー・レヴィン、キーボードがジョーダン・ルーデスである。

 この4人が演奏するのだから、まさに超絶技巧音楽集団になるのは当然の話であるし、当初の目的のように、自由な発想のもとで各自の表現領域の拡大を図るのであるから、ロックやジャズという分野に留めることのできない音楽になっている。

 1stアルバムは1997年に録音されているが、作曲から録音終了までわずか1週間という短期間だった。あくまでもインプロヴィゼイションが中心なのだから、1週間でもできなくはないと思うのだが、できあがったCDを聴く限りは、本当にこれが1週間で制作したもの?と思わずにはいられないものだった。

 最初はドラマーのマイク・ポートノイが中心となってメンバーを募ったようで、ベースには元Mr. Bigのビリー・シーン、キーボードにはスウェーデン出身のヤンス・ヨハンソンが予定されていた。
 それがスケジュールの都合で上記のようなメンバーになったそうである。結果的にはこれをきっかけにして、ドリーム・シアターにジョーダン・ルーデスが加入することになったのだから、運命的な出会いをもたらしたアルバムだったのかもしれない。

 今から考えれば、20世紀の最後を飾ったスーパー・グループだったともいえるだろう。とにかくその場の空気の中に流れている感性を音にして表したアルバムであった。

 例えば、ハードな"パラダイム・シフト"という曲もあれば、シューベルトの子守唄を模した"ステイト・オブ・グレイス"、28分にも及ぶ"スリー・ミニッツ・ウォーニング"等々、車の中で聴いていると思わず事故を引き起こしそうになってくる。そういう緊張感と疾走感に溢れている音楽なのである。

 この成功に気を良くしたのか、翌98年の11月に彼らは再び結集した。2ndアルバム制作のためである。
 今回の作品は前回の延長線上にはあるのだが、さらに明確なメロディ・ラインを確立したものを作り上げるという意図もあった。

 こうして出来上がったのが「リキッド・テンション・エクスペリメント2」であった。

2 Music 2

アーティスト:リキッド・テンション・エクスペリメント
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2000/02/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

前作は12曲あったが、これは8曲にまとめられている。また制作期間も前回は1週間であったが、今回は2週間半と長くなっている。(それでも常識では考えられないのだが!)

 アルバムは高速リフで始まる"アシッド・レイン"で幕を開ける。このアルバムはメロディを大切にしていると本人たちは言っているのだが、凡人の私にはあまり変化がわからない。確かにハッとするようなメロディは随所に浮かんではいる。"バイアクシデント"やジョン・ペトルーシの子どもの誕生を祝って作った"ホェン・ザ・ウォーター・ブレイクス"などにはそういうメロディラインが確かに含まれている。

 しかし個人的には「2」より「1」の方が好きである。何しろ聴いたときのインパクトが「1」の方が大きかった。また、「2」の方が曲数は少ないものの、曲ごとの時間は長い。10分前後の曲が2曲、なかには13分以上や16分以上の曲もあり、じっくり聴くのにはいいのだが、車の中で聴く分には「1」の方がいいと思うのだ。交通事故を引き起こしそうになるかもしれないのだが…

 “リキッド・テンション”とは水の表面張力のことであるが、まさにこれらのアルバムには表面張力のような4人の緊張感あふれる自由奔放な音が溢れかえっている。

 こののちジョーダン・ルーデスはドリーム・シアターに加入するのであるが、4人中3人がこのアルバム制作メンバーなのだから、さぞかし彼らの録音作業では緊張感から疲れがたまってくるのではないかと思うのである。

 その緊張感や集中力を楽器を通して表現し、放出していくのであろう。結局、今のメンバーでのレコーディングは、ベーシストが違うだけでLTEとほぼ変わらないのではないかと思うのである。
 そう考えると、現在のドリーム・シアターはボーカル入りのLTEともいえるだろうし、LTE名義のアルバムはもう制作する必要はないはずだ。
 LTEの活動がもたらしたもの。それは新生ドリーム・シアターの活動だったのかもしれない。

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2008年4月27日 (日)

ドリーム・シアター

 英国のプログレッシヴ・ロックと米国のそれとの違いは、芸術性と商業性の重要度の違いといっていいだろう。

 以前にもこのブログで述べたが、ヨーロッパでは商業性よりも芸術性を重視する傾向があり、アメリカではその逆パターンである。
 だからヨーロッパではあまり売れなくても、知名度があればアルバムを出し続けることは可能であるが、アメリカではいくら内容がよくても売れなければレコード会社は見向きもしない。

 たとえばドイツのカンやイギリスのヘンリー・カウ、サード・イヤー・バンドなどは複数のアルバムを発表することができたが、アメリカでは一世を風靡したカンサスなどはライヴ活動は行っているものの、メイン・ストリームから大きく離れてしまっている。
 また、スポックス・ビアード、マジェラン、ロケット・サイエンティストなどはアルバムは発表しているものの本国アメリカより日本やヨーロッパでの人気の方が高いようである。

 だからアメリカのプログレッシヴ・ロック・グループでは芸術性だけではなく、その商業性が、要するに何枚アルバムが売れるかが問われてくるのである。

 それでドリーム・シアターの話であるが、このグループをプログレッシヴ・ロックの範疇に入れていいかどうかは意見の分かれる所である。Photo
 カナダのハード・ロック・バンド、ラッシュやアメリカのヘヴィメタル・バンド、メタリカの影響と従来のプログレッシヴ・ロックの影響と、その両方を受けているようで、曲のコンセプトや長さ、転調の多さ、変拍子などはプログレから、曲の質感やギター・リフなどはヘヴィメタルからの影響が大である。

 彼らは1989年に1stアルバムを出してから、2007年までに9枚のスタジオ・アルバムと5枚の公式ライヴ・アルバム、複数の公式ブートレッグを発表している。
 自分はそのうち4枚のスタジオ盤しかもっていない。2ndの「イメージズ&ワーズ」、3th「アウェイク」、5th「メトロポリスpartⅡ:シーンズ・フロム・ア・メモリー」、9th「システマティック・ケイオス」である。

 最初の2枚「イメージズ&ワーズ」、「アウェイク」を聴いたときは、プログレッシヴというよりはヘヴィメタル・バンドのようだった。3分程度の曲もあったし10分を超える曲もあり、確かにラッシュのような感じがした。

 しかし1999年に発表された「メトロポリスpartⅡ:シーンズ・フロム・ア・メモリー」を聴いたときはびっくりした。これは彼らの初めてとなるコンセプト・アルバムなのだが、アルバム構成が起承転結とはっきりしており、10分を超える曲が4曲もあるものの、最後まで飽きさせないしっかりとしたアイデアと楽曲で埋め尽くされていたからだった。

メトロポリス・パート2 : シーンズ・フロム・ア・メモリー Music メトロポリス・パート2 : シーンズ・フロム・ア・メモリー

アーティスト:ドリーム・シアター
販売元:イーストウエスト・ジャパン
発売日:1999/10/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 またメロディの所々にビートルズを髣髴させるようなポップなメロディ・ラインが散らばされていて、聴きやすさという点でもそれまでのアルバムとは一線を画すものであった。

 たとえば第4場"ビヨンド・ディス・ライン"、第5場"スルー・ハー・アイズ"でのアコースティック・ギター、第7場"ワン・ラスト・タイム"の最初のピアノ演奏後のボーカル・ラインなどは非常にメロディアスで聴きやすいのである。
 また最後の曲"ファイナリー・フリー"での印象的なギター・リフはビートルズの「アビー・ロード」に収められている"I want you"のラストのギター・リフによく似ている。

 そして昨年に発表された「システマティック・ケイオス」もまた彼らの代表作の1つといっていい内容を持ったアルバムである。

システマティック・ケイオス~スペシャル・リミテッド・エディション (DVD付) Music システマティック・ケイオス~スペシャル・リミテッド・エディション (DVD付)

アーティスト:ドリーム・シアター
販売元:ロードランナー・ジャパン
発売日:2007/06/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 もともとメンバーの一人ひとりが素晴らしいテクニックを持っている。ギター担当のジョン・ペトルーシはスティーヴ・ヴァイと同様に7弦ギターを自由に弾きこなし、ベース担当のジョン・マイアングは5弦ベースを操り、ドラムス担当のマイク・ポートノイはバスドラを3つも使っている。おかげで腱鞘炎になったそうだ。

 キーボード担当のジョーダン・ルーデスはチック・コリアやヨーヨー・マも卒業した名門ジュリアード音楽院に8歳で入学した秀才で、アメリカ版のキーボード・マガジンでは読者人気投票で2位になったこともある。(1位はキース・エマーソン!)

 普通キーボーディストは鍵盤楽器を複数使用するのが一般的であるが、彼は通常1台しか使用しない。だからライヴでの彼の周囲は非常にシンプルな構成になっている。正確に弾きこなすのが自分の使命と心がけている職人肌のプレイヤーのようである。

 このアルバムでは彼らの持てる力が一気に発揮されているようで、3曲目"コンスタント・モーション"の間奏のソロでは各自がバカテクぶりを聞かせてくれている。
 またこの曲だけでなく10分を超える"リペンタンス"や"ザ・ミニストリー・オヴ・ロスト・ソウルズ"でもその実力を遺憾なく発揮している。

 またボーカリストのジェイムズ・ラブリエも表現力豊かに歌っている。以前、日本の音楽雑誌BURRN!の編集長から『あなたは正式なメンバーですか、それとも雇われボーカリストですか』とインタヴューされて激怒した経験があるそうだが、そんなことを払拭するかのように、すばらしいボーカルを披露している。

 特にpart1、part2に分かれている"イン・ザ・プレゼンス・オブ・エネミーズ"では、“異端者”や“ダーク・マスター”などを声を使い分けて表現しており、曲の雰囲気や構成を盛り上げることに成功している。

 曲は長いのだが、その長さを感じさせないというのはプログレッシヴ・ロックを判断する上での重要な要素のひとつである。要するに良質なプログレは時間を感じさせないのである。イエスやピンク・フロイド、キング・クリムゾンなどがそのよい例である。

 ドリーム・シアターもまたそういう先達に混じって、時間を感じさせないアルバムつくりを心がけているかのようだ。
 そして最近、彼らの2枚組ベスト・アルバムが出た。初期から2005年までの比較的短い曲を中心に編集されているようだ。

グレイテスト・ヒット+21ソングス Music グレイテスト・ヒット+21ソングス

アーティスト:ドリーム・シアター
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/04/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 何しろ全22曲だから10分を超える曲を何曲も収録することはできないはずだ。シングル・バージョンやエディット・バージョンになっているのであろう。

 とにかく、これからの彼らの活躍が楽しみである。またまだ揃えていない彼らのアルバムを1枚ずつ手に入れるのもまた楽しみである。
 ちなみに私の師匠のKK氏は全て揃えているそうである。さすが師匠である。これからも師匠をお手本にロック道を進んで行きたい。
 

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2008年4月26日 (土)

ブライアン・イーノ

 先日ブライアン・イーノのアルバム「アナザー・グリーン・ワールド」を購入した。実は購入しようかどうしようかと随分悩んだ挙句の購入だった。

アナザー・グリーン・ワールド Music アナザー・グリーン・ワールド

アーティスト:ブライアン・イーノ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1996/07/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 何しろあのブライアン・イーノである。アンビエント・ミュージック(環境音楽)というジャンルを確立した彼のアルバムなのだから、はたしてどんな音楽があらわれるのか非常に不安だったのである。

 環境音楽とは文字通り、流れているのかいないのか、よくわからないような音楽である。明確なメロディー・ラインはないし、規則正しいリズムもない場合もある。
 要するに日常のBGMのような音楽のことで、実際、イーノの作った曲がニューヨークのラガーディア空港で使用されているのだが、空港で流れている音楽に真剣に耳を傾ける人はあまりいないはずだ。そういうふうに人が耳を傾けないような音楽を作っているのである。またWindows95の起動音もイーノが作曲している。

 そういう人の作ったアルバムなのだから、まともなアルバムかどうか心配だった。でも中古とはいえ国内盤のCDでなおかつ税込み800円程度だったので、ダメもとで購入したのだ。

 それで感想はというと、ブログにまで書こうとするのだから、予想外によかったのであった。

 まずバック・メンバーが凄い。ギターにクリムゾンのロバート・フリップ、ベースにBrandXのパーシー・ジョーンズ、ドラムスにジェネシスのフィル・コリンズ、ヴィオラにヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケールが参加しているし、それ以外にもギターとベースにホークウィンドのポール・ルドルフ、アドヴァイザーとしてピート・タウンゼンド、ロバート・ワイアット、イアン・マクドナルド、フィル・マンザネラ等々、まるでプログレ界の一大交流絵巻のような制作陣なのだ。

 さらに驚いたのはボーカル曲が5曲も含まれていたことだった。しかもそれらは非常にポップなのである。このボーカル曲だけ集めてアルバムを作ったら、きっと売れるに違いないと思わせるほどの傑作である。

 この歌ものだけのアルバムならば、きっとロバート・ワイアットやケヴィン・エアーズのアルバムより売れるのは間違いないと思う。いやきっとそれ以上に違いない。それくらいポップなのである。

 もともと彼の1stアルバムもポップだったし、彼にはそういう素質というか才能も持ち合わせているに違いないのだが、正直言ってここまでとは思わなかった。

ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ(紙ジャケット仕様) Music ヒア・カム・ザ・ウォーム・ジェッツ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ブライアン・イーノ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2004/07/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 だから購入して、非常に満足しているのである。ボーカル入りだけでなく、後半の"ビカームド"、"サビヌル/ラーバ"などは幽玄の境地に引き入られるような、まさに“アンビニエント”な楽曲である。

 このアルバムは後半が特に素晴らしいと思う。特に"ゴールデン・アワーズ"から"ビカームド"、"サビヌル/ラーバ"、"エヴリシング・マージズ・ウィズ・ザ・ナイト"は、イーノらしさがあふれたほぼ完璧な構成になっている。ロバート・フリップのギターも、でしゃばらずにいて見事にサポートに徹している。

 とにかく全体的に美しいアルバムなのである。さすがブライアン・イーノ。あらためて彼の才能を見直してしまった。

 1948年生まれなので、今年で還暦を迎えるのだが、かつてはイーノ自身も美しかった。ロキシー・ミュージックのメンバーとしてデヴューした頃は、メイクをして髪も長髪、非常に人目を惹いた。
 衣装も羽飾りをつけたり、ひらひらの服を着てみたりと中性的で、彼の音楽センス以上に話題にされたようである。だからリーダーのブライアン・フェリーよりも女性に人気があったのだ。

 それに嫉妬したのか、“このグループには2人のブライアンは要らない”という理由で、イーノはクビになって、ロキシー・ミュージックを去っていった。結果的にはそれがお互い良い結果につながったのである。
 (実際は2人のノン・ミュージシャン〔楽器を演奏しない人という意味のようだ〕は要らないと言ったらしいのだが、どうみてもフェリーが辞めさせたようである)

 とにかく今から30年以上も前に発表された「アナザー・グリーン・ワールド」は、今まで見過ごしていたのが悲しくなるほど、自分にとって再発見となるような素晴らしいアルバムだった。

 ちなみに現在の彼は美しいという表現からは、彼の髪の毛と同じようにかなり後退してしまっているようだ。Photo

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2008年4月24日 (木)

ジョン・バトラー・トリオ

 最近、忙しくてブログをなかなか更新することができないでいる。昨年は、週に4,5回は更新できていたような気がするのだ。

 昨年と比べて今年が特に仕事量が増えたとか、忙しさが倍増したというようなことはないのだが、やはりこれは心理的に余裕があるかないかということに関係しているのであろう。

 最近は便利になって、携帯からでもブログを書いたりできるのだが、そこまでして更新しようとは思っていない。
 また、ブログをやりすぎると、他のことに時間がまわせなくなってしまうし、読書などの趣味的なことができなくなってしまうから、これくらいがちょうどいいペースなのかもしれない。

 さて、最近はイギリスの若手女性シンガーを紹介するなど、結構新しいものを書いてきたのだが、今回もその傾向を踏まえて、オーストラリアの人気アーティストを紹介したい。

 その名は、ジョン・バトラー、1975年生まれなので今年で33歳になる。彼がメインのバンド、ジョン・バトラー・トリオの最新アルバム「グランド・ナショナル」に結構ハマっているのである。

グランド・ナショナル Music グランド・ナショナル

アーティスト:ジョン・バトラー・トリオ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2007/03/28
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 アルバムの帯には『遥かなる大地の上で、最高のグルーヴにゆったり身を預けたい…“スロー・ライフ・ミュージック”の新・定番、ジョン・バトラー・トリオの2年ぶりのニュー・アルバム』とある。

 最近の音楽の傾向として“サーフ・ミュージック”なるものがあるが、ビーチ・ボーイズのようなサーフ・ロックではなくて、サーフィン、椰子の木陰、南国の楽園を連想させるような“自然回帰”をイメージしたような音楽である。

 もちろんアコースティックな音がメインであり、ロックのような疾走感とは無縁のような、ゆったりとした音楽が特徴である。
 代表的なミュージシャンにアメリカ、ハワイ出身のジャック・ジョンソンがいるが、確かに彼の音楽はリラックスした雰囲気がアルバム全体を包んでいて、聴いている方まで、なんだかホッとする気がしてくる。(ちなみにジャック・ジョンソンも同年生まれである)

 しかし、ジョン・バトラーの音楽はそれとは少し違う。しいて共通点がありそうなミュージシャンを挙げると、デイヴ・マシューズ・バンドのギタリスト、デイヴ・マシューズや、SSWのジョン・メイヤーの名前が浮かんできそうだ。

 だから、ゆったりとした雰囲気もあれば、結構ハードでロックしている曲もあるのである。だから『スロー・ライフ・ミュージック』というのは、ちょっと違う気がしてならない。

 たぶんこれは彼の人生観や自然観のことをいっているのだろう。彼は平和主義者で環境保護にも熱心である。やはりオーストラリアという環境が、かれをしてそうさせるのであろうか。
 実際には彼は、オーストラリア人の父親とアメリカ人の母親との間に生まれた。生まれたのはアメリカのカリフォルニアなのだが、11歳のときにオーストラリアに引っ越している。

 だからオーストラリアの豊かな自然や人々との暖かいふれあいの中で、彼の信念が築かれたのだろう。そういう意味では“スロー・ライフ・ミュージック”なのかもしれないが、音楽自体はスローでもなんでもないのだ。

 だからジャック・ジョンソンのような方向性ではなくて、多様な音楽を楽しむことができる。基本はアコースティックであるが、エレクトリックな曲もあるし、レゲエ調の曲やリズミカルでグルーヴィな曲もある。だから聴いてて飽きがこない。

 自分は彼らを昨年のフジ・ロックのステージで見たといいたいところだが、録画されたものをTVで見た。これが結構よかったので、勢いでアルバムを購入してしまった。

 TVでは11弦のアコースティック・ギターを使用していた。たぶんオープン・チューニングだと思うのだが、あまり専門的なことは分からない。しかし、その演奏する姿が妙にカッコよかったし、演奏する側も聴く側も一体となってライヴを楽しんでいる様子がいまだに目に焼きついて離れないのだ。

 ギター演奏はブルース・コバーンやライ・クーダーのようだし、歌詞の内容はボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンのように愛する女性へ贈る歌からイラクで戦争を続けているどこかの国を批判しているものまである。

 声はどちらかというと甲高い方であるが、聴いていて耳障りなところはない。髪の毛は白人にしては珍しくドレッド・ヘアのようである。

 というわけで最近は車の中で彼らのアルバムを聴いている。忙しい毎日であるが、彼らの音楽を聴くと、ちょっとホッとするのである。

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2008年4月21日 (月)

アデル

 アデルというイギリス人女性がいる。アデル・アドキンスというのが正式な名前のようだが、通称“アデル”として呼ばれているようだ。

 彼女はサウス・ロンドン出身の19歳。14歳から作曲活動やギター演奏をはじめ、エイミー・ワインハウスやリリー・アレンらが在籍していたブリット・スクール(フリー・パフォーミング・アーツ&テクノロジー)を卒業したあと、歌手デヴューした。

 彼女自身は小さい頃からエラ・フィッツジェラルドやロバータ・フラックなどをよく聴いていて、自分をソウル・シンガーと称しているが、レコード会社はポップスの分野で活動させようとしているようだ。

 実際、彼女のシングルなどは、ホワイト・ストライプスらが所属しているXLレコーディングすから発売されている。

 イギリスの各音楽雑誌などは、次のように彼女のことを評している。NME誌は「完全に、絶対的に美しい」、Qマガジンは「ボイス・オブ・ネクスト・イヤー」、サンデイー・タイムズ誌は「スターが生まれた!」エル・マガジンは「(彼女は)レナード・コーエンのような失恋ソング・ブックを持っている」、ミュージック・ダートでは「ミシシッピ・デルタとサウス・ロンドンが触れ合った」等々。

 彼女のデヴュー・アルバム「19」は全英1位を獲得しているし、アルバムが発売される前からネットでも大評判で、ブリット・アワーズ2008でもクリティクス・チョイス賞を受賞した。

19 Music 19

アーティスト:アデル
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/03/05
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 彼女の曲"デイドリーマー"は男性を好きになった自分の恋人との別離を歌っているとのことだが、彼女の書く詞は基本的に自分の経験したことやそれから生じた感情を綴っている。だから19歳にしては豊かな感性を備えているといっていいのではないだろうか。

 ちなみに彼女もエイミー・ワインハウスやジョシュ・ストーンと同じように、自分で作詞作曲をしている。最近の女性シンガーは歌うだけでなく、演奏や作詞作曲もできるのである。

 自分は衛星放送でブリット・アワード2008を見たが、確かに見事な歌唱力と繊細な表現力が際立っていたと思った。そして見事な体型だった。Photo

 それでアルバムを購入したのだが、確かに素晴らしいアルバムである。デヴュー・アルバムとは思えないほどだ。
 彼女のボーカルを引き立てようとしているのか、バックの演奏は極めてシンプルである。中にはベースだけの曲もある。それを演奏しているのはアデル自身だ。
 ちなみに彼女はある意味マルチ・ミュージシャンで、ギター、ベース、キーボード、カウベルまで、このアルバムでこなしている。

 彼女自身の声もイギリスでは“スモーキー・ヴォイス”と呼ばれているようで、確かにソウルフルな歌声である。しかしそれ以外にも個人的に思うのだが、彼女のヘヴィ・スモーカーのせいで、そういわれているように思える。まさに“スモーキー”な彼女なのである。

 そして何度もいって申し訳ないのだが、映像を見て驚いたのは体型である。昔でいうと、ママス&パパスのキャス・エリオットのような、今でいうと森三中のメンバーのようなのだ。

 しかし歌わせるととても19歳とは思えないほどの人をひきつける魅力を持っている。この歌声と見た目のギャップがまた素晴らしいのである。要らぬお世話だが、心臓麻痺を起こさぬように、末永く活動を続けていってほしいと思う。

 とにかくこのアルバムは素晴らしい。また新たな巨星が誕生したようである。イギリスは日本より人口も少なく、面積も小さいのに、文化面(音楽面)ではいまだに世界のトップ・リーダーなのである。

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2008年4月19日 (土)

エイミー・ワインハウス

 イギリスでは若手の女性シンガーが人気である。ジョシュ・ストーン、リリー・アレンやKT・タンストールなどの名前をよく聞くのだが、いま評判なのがエイミー・ワインハウスとアデルである。

 今回はグラミー賞5部門を獲得したエイミー・ワインハウスのことを書くことにした。何しろ2006年に発表された彼女のセカンド・アルバム「バック・トゥ・ブラック」は、いまだに売れ続け全英チャート10位以内に入っているのである。

バック・トゥ・ブラック(期間限定特別価格) Music バック・トゥ・ブラック(期間限定特別価格)

アーティスト:エイミー・ワインハウス,ゴーストフェイス・キラー
販売元:UNIVERSAL INTERNATIONAL(P)(M)
発売日:2007/09/05
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 第50回グラミー賞のときのブログにも書いたのだが、彼女は1983年9月生まれの24歳。父親はタクシー・ドライバー、母親は薬剤師という家庭に生まれたが、9歳の頃に両親が離婚をしたらしい。

 離婚をしたあとも、彼女は父親、母親と交流を保っていたようで、家では母親の趣味であるキャロル・キングやジェイムス・テイラーを聞き、父親からはジャズ・シンガーであるサラ・ヴォーンやダイナ・ワシントンを聞かされたという。

 結局、彼女はアメリカのシンガー・ソングラーターよりもジャズやソウル・ミュージックを選んだようで、「バック・トゥ・ブラック」を聴いても分かるように、60年代のモータウンや女性グループの影響が強い音楽を好んでいる。

 特に60年代に一世を風靡した女性3人組ロネッツの影響を濃く受けているようである。まずその髪型と化粧(アイライン)である。頭の上高く髪を巻き上げている。これをビーハイヴ・ヘアというらしい。ビーハイヴとは“蜂の巣”のことである。確かにスズメバチの巣のように見える。
 またエジプトのクレオパトラのようなアイラインはキャッツアイと呼ばれるようだ。文字通り“猫の目”のように見える。Photo

 これらはロネッツが60年代に行っていたものであるが、エイミーはそれを堂々と見習っているかのようである。

髪型やお化粧だけでなく、音楽的傾向も昔の焼き直しのようなところもある。基本はソウル・ミュージックなのだが、歌い方がロネッツのようでもあり、昔のジェファーソン・エアプレインのグレイス・スリックのようでもある。要するに可憐さと迫力を兼ね備えているのだ。

 彼女は14歳から作曲を始めたようだが、このアルバム「バック・トゥ・ブラック」でも全ての曲に関わっているから、たいしたものである。

 ただ早熟の天才は、その生き方も早熟であった。10代から酒と男に溺れ?最近ではドラッグにも手を出している。
 だから16歳で退学処分を受けているし、15歳で入れ始めた体のタトゥーは、いまでは12、13個くらい彫りこんでいるようだ。Photo_2

 音楽面では天才的なのだが、そのライフ・スタイルは自由奔放であり、要するに勝手気ままなのである。
 インタヴューやライヴをすっぽかすのは日常茶飯事。ライヴ中にもお酒を飲みながら歌うのだから、飲んだくれが歌っているようなものである。

 また昨年の5月には1歳上の音楽プロデューサーと結婚をした。人気急上昇中なので、普通なら仕事に精を出して、同棲はしても結婚はしばらく後にするのが普通だと思うのだが、ここで結婚まで一気にいってしまうところがエイミーらしいのである。

 そしてその夫とともに麻薬所持と密輸疑惑で逮捕されているし、リハビリ施設に入所もしている。シングル・ヒットになった"リハブ"では、“絶対にリハビリ施設には行かない”と歌っていたのに今年の1月にも入所したようである。

 そういう彼女の生き方が若い世代を中心に共感を呼んでいるのであろう。共感を呼ぶといっても賛成しているわけではなく、自分たちができないことをいとも簡単に行っていることが羨ましく映るのだろう。

 とにかくこのアルバムは昔のソウル・ミュージックや女性グループの曲のリメイクのようなものなのだが、結構それがハマってしまうのである。歴史は繰り返すという見本なのであろうか。
 (ロック20年周期説によると2000年代は80年代のリメイクであるし、80年代は60年代の焼き直しなのだから、彼女のような音楽が流行るのも当然なのかもしれない)

 ちなみに“ワインハウス”という名前は本名である。“名は体をあらわす”というが、彼女が“アル中”になったのも、ある意味仕方がなかったのかもしれない。

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2008年4月18日 (金)

アンソニー・フィリップス

 どうも春爛漫の頃になるとジェネシス関係の音楽を聴きたくなるのだが、なんでだろうとずっと考えていた。

 前にも書いたが、かつての70年代のジェネシスはメロディラインがハッキリしないまま、いつのまにか終わっている曲が多かったと思っている。
 もちろん全てがそういうわけではないのだが、聴いていたら何となく終わっていたとか、いつのまにか自分自身が眠ってしまっていたということが多かった。

 春になるとハッキリしない天気や気候になることが多い。先日も夜桜を見に行ったのだが、月は出ているものの薄雲がかかっており、いわゆる朧月夜というものであった。
 だから明るそうで明るくなく、暗いと思われていたのだが意外にはっきりと見えたりもしたのだった。

 ひとりで夜桜なんかを見に行くと、桜の美しさや夜の涼けさ、夜空の様子などが観察できて楽しいのだが、ほかの人からいわせると、友だちのいないかわいそうな人、もしくは変わった人ということらしい。

 別にそれはそれでいいのだが、とにかく春の夜桜鑑賞は、ある意味ぼんやりとした幽玄な雰囲気に浸れるのである。
 こちら側とあちら側、もう少し言わせてもらうと、あの世とこの世、現実と幻想というようなことを考えさせられた。
 そういう意味では、日常生活から離れて普段味わえないことを味わえたような気がした。

 ジェネシスの初代ギタリストであるアンソニー・フィリップスの1978年のアルバム「ワイズ・アフター・ジ・イヴェント」は結構な名盤である。

Music Wise After the Event

アーティスト:Anthony Phillips
販売元:Voiceprint UK
発売日:2008/05/20
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Photo
 このアルバムも70年代ジェネシスのように、ポップなメロディ・ラインや耳に残るギター・ソロはないものの、意外とかなり上手なアンソニーのボーカルや12弦ギターなどがフィーチャーされていて、この時期に聴くにはベストなアイテムになっている。

 また元キング・クリムゾンのマイケル・ジャイルズがドラムに、元キャラヴァンのジョン・ペリーがベースを、またメル・コリンズがサックスとフルートを担当していて、しっかりと脇をサポートしている。 

 そういう意味では非常に構成が凝っているわりには、聴きやすく耳になじみやすい音楽になっている。これもサポート・メンバーが優秀だからであろうか。

 また先ほどの夜桜の話ではないが、いつのまにか終わっているようなアルバムでもあり、春の夜の月みたいな雰囲気を醸し出しているのである。

 アンソニー自身のボーカルは意外なほどに上手く、また作曲能力も高いと思う。自分でギター・ソロを奏でるようなミュージシャンではないが、牧歌的でファンタジックな作風は、まさに英国風プログレッシヴ・ロックを代表するものである。

 特に1曲目の"We're all as we lie"、8分近い"Birdsong"や8分を超える"Now what(are they doing to my little friends?)"は秀逸である。音楽を言葉に表すのは難しいのだが、力強い静けさとでもいえばいいのだろうか、しばらくしてもう一度聴きたくなる魅力を持っているのである。

 なおCDにはシングル・カットされた"We're all as we lie"のBサイドの曲"Squirrel"が収録されているが、これがまたこの時期に聴くにはピッタリの名曲である。特に眠る前に聞くには最適の音楽だと思うのである。

 アンソニー・フィリップスは通称"Ant"と呼ばれている。それは名前の最初の3文字をとってそう言われているのだが、アリのようにコツコツと努力を重ねてきている自分の姿をそのようにとらえているのかもしれない。

 昨年からアンソニーのアルバムが紙ジャケ化されて再発されている。私ももう一度彼の音楽を見直しながら、彼のアルバムに耳を傾けていきたいと思う今日この頃である。

アーカイブ・コレクション・ヴォリューム1(紙ジャケット仕様) Music アーカイブ・コレクション・ヴォリューム1(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アンソニー・フィリップス
販売元:ディウレコード
発売日:2007/12/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年4月15日 (火)

マドンナ

 前回はシンディ・ローパーのことについて書かせてもらったが、同時代に彼女と人気を分かち合った人がいた。共通点は下積み時代があり、デビューまで時間がかかったが、デビューしてからは80年代を象徴する時代の寵児となった。

 相違点は、シンディの方は女性の方に人気があって、彼女は男性に人気があった。またシンディは平和的で母性愛溢れる印象だったが、彼女はBoy Toyといっていたが、のちに戦闘的なまでに既成の価値観と闘う女性になっていった。

 彼女の名前は、マドンナ・ルイーズ・ヴェロニカ・チコーネ、通称マドンナ、1958年生まれなので今年で50歳になる。

 彼女の業績については、今さら書き連ねても意味がないだろう。音楽制作だけでなく、レコード会社の設立やそれに伴った新人発掘、映画や舞台活動、最近では映画監督や児童書執筆までにも携わっており、2000年のギネス・ブックでは「史上最も成功した女性アーティスト」に、2007年度版では「地球上で最も稼いだ女性アーティスト」に認定されている。
 また今年の3月にはロックの殿堂入りも果たしている。

 そんな彼女が1986年に発表した3枚目のアルバムが「トゥルー・ブルー」であった。同時期に発表されたシンディ・ローパーのアルバムが「トゥルー・カラーズ」だったので、まるで2人が競い合っているかのように宣伝されたものだ。

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Music True Blue

アーティスト:Madonna
販売元:Warner Bros.
発売日:2001/05/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 とにかくこのアルバムは売れた。英米だけでなく、フランス、ドイツ、スイスをはじめ、カナダ、オーストラリアなど各国のアルバム・チャートでも1位を記録した。

 ヒットした原因は、やはりシングル・ヒットの存在だろうか。それとMTVでも繰り返し流されていたが、プロモーション・ビデオのおかげだろう。
 シンディ・ローパーはそのユニークなキャラクターも人気の一つだったが、マドンナの方は過激な歌詞やパフォーマンスと同時に、何しろ歌って踊れるというメリットがあった。だからMTV全盛時代にまさにピタッとハマっていたのだろう。

 マドンナは、中退したとはいえ奨学金を得てミシガン州立大学のダンス課程で学んでいたし、小さい頃からバレエ、モダンダンス、ジャズダンス等をこなしているのだ。
 またニューヨークに出てきてからも本格的にダンスを学んでいた。だから一通りの基礎は出来上がっていたのである。

 このアルバムからは"リヴ・トゥ・テル"、"パパ・ドント・プリーチ"、"オープン・ユア・ハート"が全米No.1、"トゥルー・ブルー"が全米No.3、"ラ・イスラ・ボニータ"がNo.4になっているし、そのうち"パパ・ドント・プリーチ"、"トゥルー・ブルー"、"ラ・イスラ・ボニータ"はイギリスでも1位を獲得している。

 内容的にも"リヴ・トゥ・テル"のようなバラードあり、"トゥルー・ブルー"、"ジミー・ジミー"のような60年代ポップスあり、スパニッシュ・ギターをスパイスにした"ラ・イスラ・ボニータ"のような異国情緒の曲もありといった盛りだくさんのものだった。ある意味売れても当然の内容であり、とりもなおさずマドンナが人気だけでなく、その実力を見せつけたアルバムでもあった。

 その後90年代、2000年代と、彼女は、ダンス、クラブ・ミュージックやテクノ・ミュージックの方にシフトしていき、ポップスのフィールドを大きく超えて活動するようになった。
 またある程度自分の目標が達成されると、社会活動家としての意識が芽生えてくるのであろうか。エイズ撲滅キャンペーンや反戦活動、子どもの人権を守る活動に積極的に参加するようになった。

 2006年にはアフリカの小国マラウイにエイズ孤児を支援するために500万ドル以上を投入している。子どもたちの施設を作ることが主である。
 その際、一人の男の子と養子縁組をして自分の子どもとして育てるようになった。これで3児の母となったわけであるが、この養子縁組については金持ちの道楽だという意見もあれば、アフリカの実情を知ってもらういいチャンスになったという意見もあり、世界中で論争を巻き起こした。

 2005年に発表された11枚目のアルバム「コンフェッションズ・オン・ア・ダンス・フロア」は全曲ノン・ストップのディスコ/ダンス・ミュージックで構成され、アルバムは世界40ヶ国でNo.1、シングル"ハング・アップ"は全世界41ヶ国で同様にNo.1になり、彼女にとっては久々の大ヒット・アルバムになったのである。

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Music コンフェッションズ・オン・ア・ダンスフロア

アーティスト:マドンナ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2005/11/16
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 そして新作が今月末に発表される。タイトルは「ハード・キャンディ」というもので、内容はヒップ・ホップのようである。

Photo


Music ハード・キャンディー

アーティスト:マドンナ,ジャスティン・ティンバーレイク,カニエ・ウェスト,ティンバランド
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/04/30
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 そう考えると、彼女がシンガーとして純粋にポップ・ミュージックの分野で一番輝いていたときが、86年からの4年間ではないかと思うのである。
 だから自分にとっては、この「トゥルー・ブルー」は、そういう意味でも80年代を代表する懐かしいアルバムなのであった。

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2008年4月11日 (金)

トゥルー・カラーズ

 80年代を代表する女性アーティストの一人にニューヨーク出身のシンディ・ローパーがいる。彼女はエキセントリックかつユーモラスな言動で、一躍時の人となった。

 もちろんそれはそのユニークな性格から来たものだけではなく、シンガーとしての確かな実力があったことはいうまでもない。
 彼女が1984年に発表したデヴュー・アルバム「シーズ・ソウ・アンユージャル」は、全米でダブル・プラチナ・アルバムとなり、翌年のグラミー賞ではベスト・ニュー・アーティストに、第1回のMTV大賞では最優秀女性ビデオ賞に輝いている。

She's So Unusual Music She's So Unusual

アーティスト:Cyndi Lauper
販売元:Epic/Legacy
発売日:2000/11/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムからのファースト・シングルの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」はヒット・チャートに急上昇して第2位に輝き、セカンド・シングルの「タイム・アフター・タイム」は全米第1位になった。

 またサード・シングルの「シー・バップ」は第3位、「オール・スルー・ザ・ナイト」が第5位となり、デビューアルバムから4曲連続トップ5入りした初の女性ソロ・アーティストとなったのである。

 そんな彼女が2年後に発表したセカンド・アルバム「トゥルー・カラーズ」がこれまた素晴らしいアルバムになっている。Photo
 1st・アルバムで自信を深めたのであろう。このアルバムには自作の曲やデビュー前に活動していたグループの曲、1965年にヒットした"アイコ・アイコ"、71年にマーヴィン・ゲイが歌ってヒットした"ホワッツ・ゴーイン・オン"などが収められていて、いずれも非常に味わい深いものがある。

 このアルバムからも1st・シングル"トゥルー・カラーズ"が2週連続No.1になっているし、2nd・シングル"チェインジ・オブ・ハート"は3位に、3rd・シングル"ホワッツ・ゴーイン・オン"は第12位になっている。

 またゲストも豪華で、バック・コーラスにはビリー・ジョエルやバングルス、ギタリストには80年代を代表するプロデューサーでもあったナイル・ロジャース、キング・クリムゾンのエイドリアン・ブリュー、ハード・ロック・バンドであったエドガー・ウィンター・バンドのリック・デリンジャーなどが参加している。

 特にリック・デリンジャーとは曲も共作したり、一緒にツアーにも同行したりしていて、当時のコンサート・フィルムでも彼の勇姿を確認することができる。当時の2人のコラボレーションはとてもうまくいっていたようである。

 話は前後したが、このアルバム・タイトルにもなっている"トゥルー・カラーズ"は確かに名曲である。この春の宵にはぴったりのバラードであるし、続く曲"嵐の中の静けさ"逆にアップ・テンポでロックしていて、隠れた彼女の名曲だと思う。この辺のバランスが見事である。

 またマーヴィン・ゲイの"ホワッツ・ゴーイン・オン"はほぼ原曲のままに歌われているのだが、それがまたマーヴィン・ゲイとは違う意味で反戦の気持ちがよくあらわれているように思える。

 彼女はまさに“アンユージャル”のように思えるのだが、内面は非常に繊細でかつ母性愛に溢れている人だと思う。
 例えば彼女はデヴュー前に“ミホ”という名前の日本レストランで働いていた。下積みの時代で音楽的にも売れずに非常に苦労したらしい。

 そのレストランの経営者は日系の鈴木サクエさんという女性で、彼女はそういうシンディに対していつかは売れるようになるから頑張るようにと何度も励ましたという。
 また彼女だけでなく、彼女のバンド仲間もそのレストランで働いていたりと何らかの形でお世話になっていたようである。

 1989年に、コンサートで来日したとき、ある番組の企画でシンディと鈴木さんが再開した。いわゆる“ドッキリ”番組のようなものなのだが、そのときシンディは涙を流して再開を喜んだらしいのだ。

 そういう一面が日本でも根強い人気となって彼女を支えているのだろうし、アメリカでも彼女は男性より女性の方に人気があるとのこと。彼女のファンは、彼女の外面よりも内面の方を支持している証拠ではないだろうかと思うのである。

 そんな彼女は44歳で初めての出産を経験し、男児を生んでいる。ちなみに夫は11歳年下の俳優デヴィッド・ソーントンである。(彼は“ホーム・アローン3”や“ジョンQ”などに出演している)

 念願の子どもを授かってから、彼女の母性愛はますます大きくなってきたようである。阪神・淡路大震災ではチャリティに協力して募金活動を行い、地雷廃止運動の一環としてのコンサートにも積極的に参加している。
 また人権擁護活動や同性愛者支援コンサートにも協力的で、そういう姿勢が男女を問わず世界的に共感を得ているのであろう。

 ヒット曲はそんなに多くはないものの、自分にとってはフェイヴァレットなミュージシャンなのである。

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2008年4月 9日 (水)

ジョージ・マイケル

 季節はまさに春である。桜の花も爛漫と咲き誇り、まさに今が盛りのようである。こういう春に、ふと思い出す1枚のアルバムがある。それがジョージ・マイケルのアルバム「フェイス」である。

George Michael/Faith George Michael/Faith
販売元:HMVジャパン
HMVジャパンで詳細を確認する

 イギリスを代表するソロ・ミュージシャンとしては、例えばポール・マッカートニーやエルトン・ジョンなどがいるが、このジョージ・マイケルも彼らに劣らず立派な仕事をしてきた一流ミュージシャンであった。

 ご存知の人も多いと思うが、彼はアンドリュー・リッジリーと組んで、ワム!というデュオでデヴューし、数々のヒットを飛ばした。1982年から86年までは、まさに飛ぶ鳥を落す勢いであった。
 日本でもカルチャー・クラブやデュラン・デュランと並んで、人気の高かった2人組であった。以前にもこのブログに書いたが、さだまさしのいたグレープみたいなものだが、しかし人気、実力ともに彼らの比ではない。

 ジョージ・マイケルも、さだまさしのようにひとりで作詞・作曲し、さらにはプロデュースもするといった手腕を発揮しているが、ワム!時代もラップやディスコ、ソウルなどの黒人音楽のエッセンスを導入しながら、非常にポップな音楽を展開していた。
 "ケアレス・ウィスパー"や"ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ"などはその代表曲であろう。前者はマドンナの"ライク・ア・ヴァージン"を押さえて、1985年のビルボード年間シングル・チャートNo.1になっているほどだ。

 こんなに売れれば、やはりソロになって自分ひとりでやってみたいと思うのも仕方ないであろう。
 ただ、彼がアンドリューを見捨てて強引にひとり立ちしていったというわけではなさそうである。

 もともとジョージの父はギリシャ系の移民で、彼自身の本名も英語読みで、ジョルジオ・キリアコス・パナイトゥーというものであった。
 ジョージ・マイケルという名前は彼自身が名づけたもう一人の自分の分身のことである。彼は子どもの頃は大変人見知りで、内気な子どもだった。いつもひとりで家の中で過ごし、もう一人の自分、ジョージ・マイケルと一緒に遊んでいたらしい。

 このへんはちょっと病的なほどであるが、大きくなってもこのジョージ・マイケルが身近にいて自分が音楽で食べていくようになっても、この名前を忘れずにいたらしいのである。

 だから一人ではなくて、最初はアンドリューと2人組でデヴューしたのだった。そして約4年間のモラトリアム期間を経て、やっと一人前になったのである。だからソロで活動する決心がついたのであろう。決してアンドリューが嫌になったからとか、自分ひとりで儲けようというエゴからソロになったわけではないのである。

 そして満を持して発表されたアルバムが「フェイス」だったのである。とにかく完璧なアルバムである。その後の彼のソロ活動を見ても、このアルバムを超えるアルバムは制作していないし、たぶんもう二度と創作することは無理であろう。この時期の彼の才能がまさに爆発しようとする瞬間をパッケージした歴史的名盤だからだ。

 とにかく名曲ぞろいである。どこを切っても金太郎飴ではないが、どの曲を聴いてもマイケル様に平伏せざるをえないほどのポップさ、ブラックさ、ビートの強さを持っている。

 白人によるブラック・ミュージックでこれほどまでにポップさを兼ね備えたアルバムは今までに聴いたことがない。今もこのアルバムを聴きながら、このブログを書いているが、20年以上たった今でも充分に通用する、いや今流行っているブラック・ミュージックよりも充分素晴らしい内容なのである。

 数字で証明すると、"フェイス"、"ファーザー・フィギュア"、"ワン・モア・トライ"、"モンキー"が全米シングル1位、"アイ・ウォント・ユア・セックス"が全米2位、"キッシング・ア・フール"が全米5位になっている。
 アルバム全9曲中(ボーナス・トラック2曲を除く)、6曲がチャート・インしているのだから、まさにスーパー・アルバムなのである。

 特にシングル"フェイス"は1988年度の年間シングル・チャートで1位を獲得し、アルバム自体も年間チャートの1位、第32回グラミー賞のアルバム・オブ・ジ・イヤーを受賞している。

 自分の感想を書くと、このアルバムの価値を却って下げそうな気がするのだが、あえて書くと、1曲目の軽快な"フェイス"でアルバムの幕が開き、続く"ファーザー・フィギュア"では粘っこい彼のブラックなバラードを堪能できる。

 そして何といってもこのアルバムの白眉は"アイ・ウォント・ユア・セックス"であろう。何しろタイトルからしてもビックリであり、内容もとてもここには書けないものである。当然のことながら放送倫理の厳しいイギリスでは放送禁止になっている。でも売れたのだ。

 ジョージはワム!時代のクリーンなアイドルというイメージから、大人の男に転身しようとしたのではないだろうか。このとき彼は25歳。まさにこれからが旬という年頃であった。

 上記の曲以外にも、素晴らしいバラードが2曲ある。先生と生徒の関係を歌った"ワン・モア・トライ"、50年代のノスタルジアを感じさせる"キッシング・ア・フール"である。特に前者は分厚いキーボードの音が、後者はジャジーなピアノの音が印象的だった。

 他の楽曲群もファンキーでダンサンブルなビートの効いたもので、白人としては初めてのブラック・アルバム・レギュラー・チャート1位にもなった。

 そういう数々の輝かしい業績を築き上げたアルバムであったのだが、残念ながらこのアルバム以降は彼の才能が枯渇していったのか、自分自身の歩むべき道を見失ったのか、アルバムを出すごとに売り上げもチャート・アクションも下がっていった。

 そして1988年に例の事件が起こったのだ。公然わいせつ事件である。相手はおとり捜査中の警察官であった。つまり警察官とは知らずに、相手を公衆トイレに誘ってしまったのだ。しかも警察官は男性。ジョージは自分がゲイであることを、こういう形で全世界に公表してしまったのである。

 しかし、まあミュージシャンにはゲイは珍しくはなく、同時代のカルチャー・クラブのボーイ・ジョージやクィーンのフレディ・マーキュリー、トム・ロビンソン、エルトン・ジョンなど枚挙に暇がないほどだが、しかしマイケルほどのリッチ・マンが男を公衆トイレに連れ込まなくてもいいのではないかと思ったのは私一人ではあるまい。

 でも起きたことは仕方ないわけで、その後の彼は吹っ切れたのか、ゲイとして芸能の道を堂々と歩んでいき、同性愛者の権利を認めるような運動にも積極的に参加していた。

 ところが最近の彼は、残念なことに、ドラッグにも手を出して2006年2月に車の中で酩酊状態になっていたところを逮捕されたり、同年4月と5月には当て逃げや居眠り運転などの自動車事故を起こしている。

 だからもう「フェイス」のような素晴らしいアルバムは制作できないと思うのである。彼のピークは80年代の半ばで終わってしまった。あとはその残滓で生きていくのだろう。残念である。

 桜の花のように、彼の才能も散っていったのだろうか。自分にとっては、この「フェイス」とジョージ・マイケルは春まっ盛りを象徴するようなものなのである。

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2008年4月 7日 (月)

クリミナル・タンゴ

 今となっては入手できるかどうか分からないが、マンフレッド・マンズ・アース・バンド(以下、MMEBと略す)の1986年のアルバム「クリミナル・タンゴ」は、名盤だと思っている。

 MMEBについては以前このブログでも触れた。確か昨年の8月頃だと思う。夏休みによく聴いた彼らのアルバムを紹介させてもらったのだが、春先になるとこの「クリミナル・タンゴ」を思い出してしまう。Photo

Criminal Tango Music Criminal Tango

アーティスト:Manfred Mann's Earth Band
販売元:Pid
発売日:2008/04/08
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 理由は簡単で、初めて彼らのアルバムを買ったのが1986年だったし、季節も桜の花が散った後ぐらいだったと思う。だからこの時期になると彼らのこのアルバムを思い出してしまう。

 このバンドのことを果たしてプログレッシヴ・バンドとして呼んでいいのかわからない。確かに70年代にはプログレッシヴなロックをやっていたこともあったのだが、その後様々な音楽を経てきているので、トータルな意味ではプログレッシヴ・ロックとはいえないのだと思う。

 しかし自分にとってはプログレッシヴなのである。このアルバムもよく聴いてみると、やはり80年代を象徴とする薄っぺらなシンセサイザーが鳴っていたり、デジタルなドラムの音処理が耳に残ったりするのだが、でも気にしないのである。それを上回るほどの楽曲が詰め込まれていて、聴いていて気持ちが高揚するのである。

 いま調べていて分かったことなのだが、このアルバムには、ジョニ・ミッチェルの"バンケット"という曲がカヴァーされているし、ビートルズの"ブルドッグ"もカヴァーされている。

 もともとこのバンドのリーダーであるマンフレッド・マンの選曲の能力やカヴァーの秀逸さには余人にまねのできないほどの素晴らしさがある。
 以前にも書いたが、ブルース・スプリングスティーンの"光で目がくらみ"やボブ・ディランの"マイティ・クイン"、ランディ・ニューマンの"リヴィング・ウィズアウト・ユー"などアメリカのSSW系の楽曲を頻繁に取り上げてアルバムに発表している。

 マンフレッド・マンの興味関心の強い曲を取り上げているのであろうが、その処理の仕方がまた原曲よりも上手で、メロディはあまり変わりないものの、リズムの取り方やアクセントの付け方が見事である。

 このアルバムでも"ブルドッグ"は原曲よりもよりハードに、よりリズミカルになっていて、80年代という時代を感じさせてくれる。

 もう1曲"ドゥ・エニシング・ユー・ウォナ・ドゥ"という曲があって、これは70年代に一時人気があったエディ&ホット・ロッズというグループの曲をアレンジしたものである。これもまた非常に軽快でかつポップ、聞くだけでドライヴにでも出かけてしまいそうな雰囲気を持った曲である。

 残念ながら自分はこの原曲は知らない。70年代のパンク・ブームに便乗して有名になったイギリスのバンドらしいのだが、もともとはパンクというよりはパブ・ロック・バンドのようだ。

エディ&ザ・ホット・ロッズ/ イチかバチか(紙ジャケット仕様) エディ&ザ・ホット・ロッズ/ イチかバチか(紙ジャケット仕様)
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 だからクラッシュやジャムとは違って、どちらかというとグラハム・パーカー&ザ・ルーモアやエルヴィス・コステロにちかいのだと思う。この辺は自分の専門外のことなので、詳細は音楽鑑定団のK氏に聞かなければならない。彼ならたちどころに答えてくれるであろう。たぶん手持ちのレコードから音源も探ってくれるはずだ。

 それはともかく1曲目の"ゴーイング・アンダーグラウンド"と続く"フー・アー・ザ・ミステリィ・キッズ"はテンポもよく、プログレッシヴというよりはポップなサウンドになっている。また"ドゥ・エニシング・ユー・ウォナ・ドゥ"と"レスキュー"のノリは見事である。

 いま聞けば80年代当時のアメリカのバンド、スターシップやハートのような音なのだが、当時はそんなことも意識せずによく聞いていた。今となってはなぜあのアルバムは売れなかったのだろうかと不思議に思っている。

 思うにマンフレッド・マンという人もジェネシスの残った3人のように、60年代のイギリスのビート・バンドの影響を強く受けた人である。だから彼には時代の音に敏感な感性が宿っているのだろうし、音楽の傾向が時代とともに変化することにも抵抗はないのだと思う。

 だから人によっては、売れることを執拗に求める人、日和見主義、金儲け目当てなどと彼を非難する場合があるのだ。決してそんなことはないのだろうが、残念である。とにかく彼の音楽を聴けば、金儲けであろうがなかろうが、Good musicはGood musicだからだ。

 最後に、このバンドにはもとポール・マッカートニー&ウィングスに在籍したドラマー、ジェフ・ブリットンやジェスロ・タルのオリジナル・メンバーだったクライヴ・バンカー、のちにジミー・ペイジとポール・ロジャースのバンドに加入したクリス・スレイドなどがいた。

 在籍したメンバーの顔ぶれを見ても分かるように、やはりMMEBはポップからプログレッシヴまで幅広い音楽性を持っていたということがわかるような気がする。

 とにかく春は自分とMMEBの出会いの季節なのである。今となってはどうやってこのアルバムのことを知り、なぜ購入までしたのかよく覚えていないのだが、とにかく気持ちよくさせてくれる1枚であることは間違いないのである。

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2008年4月 6日 (日)

インヴィジブル・タッチ

 また性懲りもなくジェネシスについて書くことにする。1986年に発表された彼らのアルバム「インヴィジブル・タッチ」は世界で600万枚以上のセールスを記録した80年代を代表する記録的なアルバムであった。

インヴィジブル・タッチ Music インヴィジブル・タッチ

アーティスト:ジェネシス
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2006/10/11
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 前作のアルバム「ジェネシス」も全英1位、全米9位というヒット・アルバムであり、そこからシングル・カットされた"ザッツ・オール"も全米6位という商業的に大ヒットしていたが、今から考えれば、その成功はあくまでも「インヴィジブル・タッチ」の序章のようなものであった。

 何しろこのアルバムから5枚ものヒット・シングルが生まれたのだ。アルバム・タイトル曲"インヴィジブル・タッチ"は全米1位になり、"トゥナイト・トゥナイト・トゥナイト"と"イン・トゥ・ディープ"は全米3位、"スローイング・イット・オール・アウェイ"と"ランド・オブ・コンフュージョン"はともに全米4位になっている。

 何でこんなに売れたのだろうか、といまだに考えることがある。1972年の「フォックストロット」はアメリカではアルバム・チャートにも上らなかったのに、それから考えれば雲泥の差である。

 確かに楽曲がよかったという点はある。サビの部分は覚えやすく、歌いやすい。アルバム・タイトル曲をはじめ、シングル・カットされた曲はいずれもサビの部分がハッキリしていて、耳に残りやすい。"イン・トゥ・ディープ"や"スローイング・イット・オール・アウェイ"などは特にそうだと思う。
 またシングル・カットされなかったが"エニシング・シー・ダズ"もキャッチーで覚えやすい曲である。もうこの辺になると、ジェネシスなのか、フィル・コリンズのソロ・アルバムなのか、はたまたマイク&メカニックスのアルバムなのか区別がつかなくなる。

 昔からのファンが離れて行ったというのも理解できる。こんなに売れ線ポップ・バンドに変身してしまったジェネシスなど興味を失ったのだろう。

「彼女は目に見えないタッチをもっているようだ
彼女は手を伸ばし、まさに君の♡をつかむのだ
彼女は目に見えないタッチを持っているようだ
それはコントロールされながら
ゆっくりと君の♡を引き裂くのだ」
(訳;プロフェッサー・ケイ)

 "インヴィジブル・タッチ"のサビの部分を訳したのだが、これではポップ・ソングの歌詞と同じレベルである。こんな曲が他にもあった。確かに売れる要因ではあると思う。

 ただ100%ポップ・バンドに変身したかというと、そういうわけでもない。たとえば10分を越える大曲"ドミノ"がある。Part1とPart2に分かれているこの曲は、昔ながらのジェネシスのテイストを持っている。
 要するに複雑な構成なのだが、音自体は80年代を代表するキーボードとデジタル処理されたドラムスが目立っている。

 またラストを飾る"ザ・ブラジリアン"はその名の通りブラジルをイメージしたような曲で、ブラジリアン・パーカッションを意識したような打楽器の連打と分厚いキーボードで構成されたインストゥルメンタルの曲である。
 この曲が特にプログレッシヴしているというわけではないのだが、このようなポップの楽曲ばかりが目立つアルバムの中では異色な存在であった。

 そういう意味では180度変わったわけではないのだが、やはりシングル・ヒットのイメージが強すぎたのだろう。ジェネシス離れも目立ったのは確かだった。

 78年から83年までのジェネシスは確かにポップ化してはいたが、まだまだ70年代の雰囲気は醸し出していた。しかし81年のフィルのソロ・アルバム「夜の囁き」がヒットしてからは、彼の作る楽曲とジェネシスの楽曲との差があまり感じられなくなってしまった。

 同様なことがトニーバンクスのソロ・プロジェクト、バンクステイトメントやマイク・ラザフォードのマイク+メカニックスについてもいえるだろう。彼らの優れたポップ性がジェネシスにも反映していると思うのである。

 だから結局、彼ら3人に共通していることはプログレッシヴ・ロックというテイストと同時に60年代のビート・ロックやポップスだと思うのである。
 なぜ彼らはそんなに売れたのか?その答えはこうである。80年代のジェネシスではそんな彼らのポップス性がいい意味で花開いたのではないだろうかと。

〔追記〕

 世に“ロック20年周期”という言葉があるが、20年後に再ブームが来るということを意味する。つまり70年代は50年代のサウンドがリバイバルし、80年代は60年代の音が再評価されるということである。
 だから60年代のテイストを持った当時のジェネシスがヒットしたのであろう。

 ということは、90年代は70年代の音が、00年代では80年代の音がヒットするということか。この方程式で行けば、2010年代では90年代の音がリバイバルするはずである。そして90年代の音とは、もとをたどれば70年代の影響が大なのである。

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2008年4月 5日 (土)

ヴェルヴェット・アンダーグラウンド

 わたくしごとで恐縮だが、自分は毎朝バナナを1本食べることにしている。バナナにはオリゴ糖が含まれており、腸内環境を改善する働きがある。またカリウムは血圧を低下させるし、ワイン一杯分と同じくらいの量といわれているポリフェノールは活性酸素を除去し、抗癌作用や老化防止作用がある。
 さらには、エネルギー吸収率に優れ、スポーツなどの激しい運動にも簡単にエネルギー補給をすることができる。

 こんなに優れているバナナである。手軽で安く簡単に手に入れることができる食べ物である。戦後、輸入されたバナナが日本人の食糧難や健康面での悪化を救ったことは事実であろう。

 それでロック・ミュージックでバナナといえば、あの有名なバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの1stアルバム「ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコ」だと思う。誰も異存はないはずだ。

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 ニューヨーク出身のルー・リードとイギリス生まれのジョン・ケイルが中心となって1965年にニューヨークで結成されたヴェルヴェット・アンダーグラウンドは、実質的活動期間は僅か5年余りと短いものであったが、その影響力は途方もないほど大きいものがあった。

 彼らの音楽性は、ロックンローラーであるルー・リードとクラシックに造詣の深いジョン・ケイルの先進的な現代音楽が拮抗してできたものといっていいだろう。

 1stアルバムである通称バナナ・アルバムでは1曲目からルー・リードの主導による意外にポップなロック・ナンバーが並んでいる。何しろタイトルが"サンデー・モーニング"なのだから、かなりストレートで分かりやすいタイトルであり、それに見合う音楽だった。
 初めてこのアルバムを聴いたときは、こんなポップな音なのかとビックリした思い出がある。

 何しろ名前が“アンダーグラウンド”なのだから、もっと暗くてオドロオドロしたダークな音を期待していたのであるが、見事に裏切られた気がした。
 またこのブログでも述べたように、ルー・リードの「ベルリン」を先に聴いていたものだから、もっと静かで暗くて哀しい音も予想していたのであるが、これも見事にはぐらかされてしまった。

 ところが最後の曲"ヨーロピアン・サン"になると、これこそ彼らの面目躍如といった観のある奔放でアバンギャルドな楽曲になっていた。8分近い曲であるが、途中でグチャグチャしたエレクトリック・ギターやノイズが鳴り響き、これこそはジョン・ケイルが中心となって作った曲だという事が分かる。

 このアルバムではこの1曲で終わるのだが、次のアルバム「ホワイト・ライト/ホワイト・ヒート」では、より前衛的になり、中には17分以上にもわたってノイズが鳴り響く"シスター・レイ"という曲もあった。この辺はジョンの独壇場といえるだろう。

 しかしここでルー・リードとの対立が生じたのである。やはり異なる音楽性を持っていた両人は、このアルバムで自分たちの進める音楽の違いに気がついたのだと思う。セカンド・アルバムを最後にジョン・ケイルの方がバンドから脱退してしまった。

  これ以降はルー・リードが実質的なリーダーになるのだが、彼自身も1970年にアルバム「ローディッド」が発表される前にバンドから離れてしまい、実質的にバンド自体も終わりを迎えてしまった。

 彼らの音楽性は1stでは意外にポップなものであったが、その詞の内容については、麻薬や同性愛、暴力などの非日常の世界(当時ではという意味で、今では当たり前になっている)を描いていて、その音楽とのミスマッチが印象的でもあった。

 その音楽性や詞の世界はイギー・ポップやニューヨーク・パンクのラモーンズ、パティ・スミス、イギリスのデヴィッド・ボウイやセックス・ピストルズまで影響を与えている。あるいは今でも彼らに影響を受けたグループは数えきれないほどだ。

 ともかくこのアルバムの“バナナ”ほどロック・ミュージックの世界で有名なものはない。アート界の鬼才、アンディ・ウォーホールの全面的なバック・アップと彼らとの幸福な出会いが生んだ奇跡のアルバムであり、その影響力は30年以上たった今でも続いているのである。

ベスト・オブ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド Music ベスト・オブ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド

アーティスト:ヴェルヴェット・アンダーグラウンド,ザ・ヴェルヴェット・アンダーグラウンド
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2005/09/21
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2008年4月 3日 (木)

キャラヴァン

 イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドであるキャラヴァンを初めて聴いたのはいつの頃だっただろうか。はっきりとは思い出せない。

 本格的に聴いたのは、かなり年を取ってからである。たぶん二十歳前ぐらいだと思う。どちらかというとイエスやピンク・フロイドにのめり込んでいた自分は、ジェネシスやキャメルやキャラヴァンは後回しにしていたようで、そんなに聴き込んだ覚えはないのである。

 でも気になっていたのは確かで、特に彼らのアルバム・ジャケットには興味関心が強かった。
 例えば「グレイとピンクの地」や「ロッキン・コンチェルト」などは、街のレコード屋に行っては、手にとっては飽きもせず見とれていたような記憶がある。

グレイとピンクの地+5 Music グレイとピンクの地+5

アーティスト:キャラヴァン
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2002/09/21
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 アルバム「グレイとピンクの地」は彼らの初期の傑作と言われているし、「ロッキン・コンチェルト」も彼らの代表作の一つである。

 もともと彼らはカンタベリー派と呼ばれる音楽集団に属していた。カンタベリーとはイギリスの東南部ケント州の中心都市カンタベリーのことで、ルネサンス期のチョーサーの小説「カンタベリー物語」にでてくるあのカンタベリーである。

 その地元の大学仲間や若者が中心となって、音楽活動が盛んに行われていた。その一つにワイルド・フラワーズというバンドがあって、それが2つに分裂した。一つがソフト・マシーンで、もう一つがキャラヴァンであった。

 カンタベリー派の特徴としては、音楽的テクニックがあり、ジャズ的な要素を持ち合わせていることである。また歌詞がシュールでかつユーモアに溢れていて、知的な言葉遊びの面も見られることである。

 こういう音楽を演奏するグループは当時としては他に類を見なかったようで、ポップでもないし、売れる要素もなかった。
 しかしこの辺がイギリスの音楽産業の誇るべき点だと思うのであるが、このような売れない音楽にもお金を出すというか、少なくとも世に出るきっかけ、チャンスを与えるという懐の深い一面を持っているのである。

 たとえばヘンリー・カウというグループがあったが、たぶん現在デヴューしても売れないと思う。でも当時はそういうグループでもデヴューできたのである。そういう時代風潮だったといえばそれまでであるが、それでもそういうチャンスが与えられるということは素晴らしいことでもあると思うのだ。

 それでキャラヴァンのことであるが、このグループはベーシストのリチャード・シンクレアとギタリストのパイ・ヘイスティングスが中心となって結成したバンドであり、音楽的にはリチャードの方がジャズ志向が強く、パイの方がロック寄りであった。

 それで初期はどちらかというとジャズ・ロックといっていいものだった。1968年にデヴューして3作目「グレイとピンクの地」、1972年の4作目「ウォータールー・リリー」まではジャズ寄りだった。
 それが73年の「夜ごと太る女のために」からロック・フィールドに戻って来たようだった。理由はリチャード・シンクレアが脱退したからだ。

 彼らのアルバムには決まって長い曲(組曲のようなもの)が最低1曲は収められており、"9フィートのアンダーグラウンド"や"狩りへ行こう"などがその代表曲であるが、「ロッキン・コンチェルト」にも18分にも及ぶ同名タイトルの曲が収められている。

 このアルバムは個人的に最も思い入れの強いアルバムで、前述したように立ち止ってはアルバム・ジャケットに見入ったり、聴きやすくある意味ではポップ・ソングのような曲もあって、一聴してフェイヴァリットなアルバムになってしまったからだ。

Cunning Stunts Music Cunning Stunts

アーティスト:Caravan
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 プログレッシヴ・ロックのボーカリストはジョン・ウェットンやグレッグ・レイクのように野性味のある豊かな表現力のあるものか、ジョン・アンダーソンのように高音でバックの演奏力にも負けないもののような非常に目立つ特徴を持ったボーカルだと思うのだが、このキャラヴァンに限っていえば、パイ・ヘイスティングのボーカルは軽やかで、聞きやすく、どちらかというとヒット・チャートに登場するポピュラー・ソングのボーカルのような声質だと思った。

 逆にリチャード・シンクレアの方がプログレッシヴ・ロックにはふさわしいボーカルだったと思うのだが、彼が脱退してしまった73年以降はパイ・ヘイスティング中心のバンドになってしまったようである。

 だからキャラヴァンの初期の傑作は「グレイとピンクの地」であり、ジャズ寄りのアルバムとしての傑作は「ウォータールー・リリー」であり、ロック寄りでは「夜ごと太る女のために」が一押しのアルバムだと思うし、トータルな意味でのこの1枚といわれれば「ロッキン・コンチェルト」だと思うのである。

 この後も彼らは活動を続けて行ったのだが、1982年にいったん解散し、1990年に活動を再開している。ただ残念ながら、82年以降リチャードとパイが同時に参加することはなく、2003年に発表されたアルバムはパイ主導で制作されたものだった。この2人には他の人にはわからない確執があるのかもしれない。

 いずれにしてもキャラヴァンは、カンタベリー派の中では最も商業的に成功したバンドといっていいのではないだろうか。できればオリジナル・メンバーで再結成してほしいのだが、それは春の夜の夢なのかもしれない。

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