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2008年4月 9日 (水)

ジョージ・マイケル

 季節はまさに春である。桜の花も爛漫と咲き誇り、まさに今が盛りのようである。こういう春に、ふと思い出す1枚のアルバムがある。それがジョージ・マイケルのアルバム「フェイス」である。

George Michael/Faith George Michael/Faith
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 イギリスを代表するソロ・ミュージシャンとしては、例えばポール・マッカートニーやエルトン・ジョンなどがいるが、このジョージ・マイケルも彼らに劣らず立派な仕事をしてきた一流ミュージシャンであった。

 ご存知の人も多いと思うが、彼はアンドリュー・リッジリーと組んで、ワム!というデュオでデヴューし、数々のヒットを飛ばした。1982年から86年までは、まさに飛ぶ鳥を落す勢いであった。
 日本でもカルチャー・クラブやデュラン・デュランと並んで、人気の高かった2人組であった。以前にもこのブログに書いたが、さだまさしのいたグレープみたいなものだが、しかし人気、実力ともに彼らの比ではない。

 ジョージ・マイケルも、さだまさしのようにひとりで作詞・作曲し、さらにはプロデュースもするといった手腕を発揮しているが、ワム!時代もラップやディスコ、ソウルなどの黒人音楽のエッセンスを導入しながら、非常にポップな音楽を展開していた。
 "ケアレス・ウィスパー"や"ウキウキ・ウェイク・ミー・アップ"などはその代表曲であろう。前者はマドンナの"ライク・ア・ヴァージン"を押さえて、1985年のビルボード年間シングル・チャートNo.1になっているほどだ。

 こんなに売れれば、やはりソロになって自分ひとりでやってみたいと思うのも仕方ないであろう。
 ただ、彼がアンドリューを見捨てて強引にひとり立ちしていったというわけではなさそうである。

 もともとジョージの父はギリシャ系の移民で、彼自身の本名も英語読みで、ジョルジオ・キリアコス・パナイトゥーというものであった。
 ジョージ・マイケルという名前は彼自身が名づけたもう一人の自分の分身のことである。彼は子どもの頃は大変人見知りで、内気な子どもだった。いつもひとりで家の中で過ごし、もう一人の自分、ジョージ・マイケルと一緒に遊んでいたらしい。

 このへんはちょっと病的なほどであるが、大きくなってもこのジョージ・マイケルが身近にいて自分が音楽で食べていくようになっても、この名前を忘れずにいたらしいのである。

 だから一人ではなくて、最初はアンドリューと2人組でデヴューしたのだった。そして約4年間のモラトリアム期間を経て、やっと一人前になったのである。だからソロで活動する決心がついたのであろう。決してアンドリューが嫌になったからとか、自分ひとりで儲けようというエゴからソロになったわけではないのである。

 そして満を持して発表されたアルバムが「フェイス」だったのである。とにかく完璧なアルバムである。その後の彼のソロ活動を見ても、このアルバムを超えるアルバムは制作していないし、たぶんもう二度と創作することは無理であろう。この時期の彼の才能がまさに爆発しようとする瞬間をパッケージした歴史的名盤だからだ。

 とにかく名曲ぞろいである。どこを切っても金太郎飴ではないが、どの曲を聴いてもマイケル様に平伏せざるをえないほどのポップさ、ブラックさ、ビートの強さを持っている。

 白人によるブラック・ミュージックでこれほどまでにポップさを兼ね備えたアルバムは今までに聴いたことがない。今もこのアルバムを聴きながら、このブログを書いているが、20年以上たった今でも充分に通用する、いや今流行っているブラック・ミュージックよりも充分素晴らしい内容なのである。

 数字で証明すると、"フェイス"、"ファーザー・フィギュア"、"ワン・モア・トライ"、"モンキー"が全米シングル1位、"アイ・ウォント・ユア・セックス"が全米2位、"キッシング・ア・フール"が全米5位になっている。
 アルバム全9曲中(ボーナス・トラック2曲を除く)、6曲がチャート・インしているのだから、まさにスーパー・アルバムなのである。

 特にシングル"フェイス"は1988年度の年間シングル・チャートで1位を獲得し、アルバム自体も年間チャートの1位、第32回グラミー賞のアルバム・オブ・ジ・イヤーを受賞している。

 自分の感想を書くと、このアルバムの価値を却って下げそうな気がするのだが、あえて書くと、1曲目の軽快な"フェイス"でアルバムの幕が開き、続く"ファーザー・フィギュア"では粘っこい彼のブラックなバラードを堪能できる。

 そして何といってもこのアルバムの白眉は"アイ・ウォント・ユア・セックス"であろう。何しろタイトルからしてもビックリであり、内容もとてもここには書けないものである。当然のことながら放送倫理の厳しいイギリスでは放送禁止になっている。でも売れたのだ。

 ジョージはワム!時代のクリーンなアイドルというイメージから、大人の男に転身しようとしたのではないだろうか。このとき彼は25歳。まさにこれからが旬という年頃であった。

 上記の曲以外にも、素晴らしいバラードが2曲ある。先生と生徒の関係を歌った"ワン・モア・トライ"、50年代のノスタルジアを感じさせる"キッシング・ア・フール"である。特に前者は分厚いキーボードの音が、後者はジャジーなピアノの音が印象的だった。

 他の楽曲群もファンキーでダンサンブルなビートの効いたもので、白人としては初めてのブラック・アルバム・レギュラー・チャート1位にもなった。

 そういう数々の輝かしい業績を築き上げたアルバムであったのだが、残念ながらこのアルバム以降は彼の才能が枯渇していったのか、自分自身の歩むべき道を見失ったのか、アルバムを出すごとに売り上げもチャート・アクションも下がっていった。

 そして1988年に例の事件が起こったのだ。公然わいせつ事件である。相手はおとり捜査中の警察官であった。つまり警察官とは知らずに、相手を公衆トイレに誘ってしまったのだ。しかも警察官は男性。ジョージは自分がゲイであることを、こういう形で全世界に公表してしまったのである。

 しかし、まあミュージシャンにはゲイは珍しくはなく、同時代のカルチャー・クラブのボーイ・ジョージやクィーンのフレディ・マーキュリー、トム・ロビンソン、エルトン・ジョンなど枚挙に暇がないほどだが、しかしマイケルほどのリッチ・マンが男を公衆トイレに連れ込まなくてもいいのではないかと思ったのは私一人ではあるまい。

 でも起きたことは仕方ないわけで、その後の彼は吹っ切れたのか、ゲイとして芸能の道を堂々と歩んでいき、同性愛者の権利を認めるような運動にも積極的に参加していた。

 ところが最近の彼は、残念なことに、ドラッグにも手を出して2006年2月に車の中で酩酊状態になっていたところを逮捕されたり、同年4月と5月には当て逃げや居眠り運転などの自動車事故を起こしている。

 だからもう「フェイス」のような素晴らしいアルバムは制作できないと思うのである。彼のピークは80年代の半ばで終わってしまった。あとはその残滓で生きていくのだろう。残念である。

 桜の花のように、彼の才能も散っていったのだろうか。自分にとっては、この「フェイス」とジョージ・マイケルは春まっ盛りを象徴するようなものなのである。


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コメント

 ご無沙汰しておりました。
 さて、今回のジョージさんの件なんですが、私の個人的な直感では「尾崎豊」なんかも、一時期に才能の爆発があったけど、その後は創作活動というよりも「生産」に追われてしまって…焦りのあまり?
 あくまでも個人的にそう感じているだけなのですが。

 さだまさし氏は細く長く活動されていますね。「細く長く」一つの事業に取り組む姿勢は見習いたいと思います。

投稿: 元・「王子」 | 2008年4月10日 (木) 22時35分

 フェイス・・・懐かしく久しぶりに聞きました。
バックの演奏がシンプルで歌が際立っていて、じっくりと聴けました。
 ジャケットの名前の下に書いてある文字がなんだかとてもかわいい!!

投稿: プリティーカントリー | 2008年4月11日 (金) 23時48分

Hi  I'm from Vancouver Canada.

ジョージ・マイケルのコンサートから帰ってきたばかりです♪

彼のことを検索していたら、このブログに出会いました。

George Michael 17年ぶりの復活!
年はとっても Still goodlooking!
会場も凄い盛り上がりでしたよ☆

↓George Michael Tour 2008 info.
http://www.georgemichael.com/index.php

投稿: from Vancouver | 2008年7月 5日 (土) 20時34分

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