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2008年9月

2008年9月29日 (月)

フォーカス(2)

 オランダのプログレッシヴ・ロック・バンドであるフォーカスのベスト・アルバムは、一般的には1971年に発表された2ndアルバム「ムーヴィング・ウェイヴズ」だといわれている。
 確かにこのアルバムには、彼らの代表曲となった曲がいくつか収められている。

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【CD国内】 Focus (Rock) フォーカス / Moving Waves
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 のちのライヴ盤「アット・ザ・レインボー」にもこのアルバムからいくつか演奏されていて、"悪魔の呪文"や"フォーカスⅡ"、"イラプション"である。確かに当時のフォーカスを代表する曲である。静と動、気品と衝動とが絶妙にブレンドされていて、いかにも歴史のあるヨーロッパ出身のバンドらしい曲だったと思う。

 よく考えると、彼らの全盛期は1971年からギタリストのヤン・アッカーマンが脱退した1976年の約5年間であった。そう考えると、彼らの全盛期は意外と短いものだった。やはりキーボーディストのタイスとギタリスト、ヤンとの間に確執があったのだろうか。巨頭並び立たずとは正にこのことであろう。

 そういう短い期間の中で、全盛期のピークを迎える前の名作が「ムーヴィング・ウェイヴズ」ならば、全盛期の後半の名作は1974年に発表された「ハンバーガー・コンチェルト」ではないだろうか。

2_2
【CD国内】 Focus (Rock) フォーカス / Hamburger Concerto
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 このアルバムのタイトルは、ヤンがつけたもので、前年の全米ツアーのときに立ち寄ったニュー・ヨークのヒルトン・ホテルでハンバーガーを食べながらTVの「トムとジェリー」を見ていたときに思いついたらしい。
 実際アルバム・ジャケットには、いかにもハンバーガー屋さんにあるようなネオンでタイトルが示されている。

 このアルバムが素晴らしいのは、ヤン・アッカーマンのギターである。それまでのアルバム以上に弾きまくっている。
 1曲目は中世の楽器リュートによる短い曲、このアルバムのイントロダクションのような役目をしている。
 そして2曲目の"ハーレム・スカーレム"ではアメリカツアーの影響か、結構ビートのきいたブラック系のロックを演奏している。それまでのフォーカスにはなかった傾向の音だ。

 4曲目の"バース"でもヤンの活躍は目立っている。特に後半からエンディングまでのヤンのギターはクールである。
 そしてお得意の組曲形式である20分を超える曲"ハンバーガー・コンチェルト"でもヤンはその華麗なテクニックを見せつけてくれている。
 またタイスも堅実にキーボードを操り、エンディング部分ではハモンド・オルガンやシンセサイザー、メロトロン、はたまた教会音楽風のコーラスまで披露している。

 "イラプション"、"アノニマスⅡ"、"アンサーズ?クエッションズ!クエッションズ?アンサーズ!"など、彼らのアルバムには必ず15分以上の長い曲が収録されているのだが、70年代では、この"ハンバーガー・コンチェルト"が最後の長い組曲になった。そういう意味でも彼らの歴史に残る曲になったと思う。

 偉大なライヴ・アルバムのあとに発表されたスタジオ・アルバムだけに評価はあまり高くないのだが、隠れた彼らの名盤といっていいと思うのである。

 現在のフォーカスはタイスのワンマン・バンドと化しているようであるが、それでもコンスタントに作品を発表している。21世紀になってはライヴ盤を含めて3枚のアルバムを発表しており、最新作は2006年に発表された「フォーカス9」である。(2013年現在では10枚目のスタジオ・アルバムが発表されている)

 それにしてもオランダのバンドは、メロディがきれいで印象的なフレーズを持つ曲を書くのが得意のようである。それは音楽のジャンルを問わずに、クラシックからポップスまで幅広い傾向のようだ。これもオランダの国民性や文化を反映しているのかもしれない。

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2008年9月26日 (金)

フォーカス(1)

 フォーカスを初めて聞いたのは中学生のころだった。当時はFMラジオなどでも時々かかっていた。また“師匠”の家に行って聞かせてもらったこともあったと記憶する。でもそのとき聞いた曲は比較的短い曲だったようで、うまいとは思ったけれどもあまり印象には残らなかった。

 それでもやはりオランダを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドは、フォーカスである。彼らはオランダ出身でありながら、本場英国で認められ、やがてはアメリカ、日本などでも高い評価を得るようになった。

 その理由は、高度な演奏技術と幅広い音楽性によると思う。キーボードでフルート担当のタイス・ヴァン・レアーは幼少のころより音楽教育を授けられた。3歳でピアノを始め、13歳からフルートを吹き始め、アムステルダム大学では和声法と対位法を学び、ジュネーヴ音楽院ではフルートの学位を取得し、編曲やオーケストレーションを身につけた。

 何しろ父親がクラシックの音楽家でフルートを演奏していて、あとを継がせようとしたらしい。だからロックやジャズの道に行かないように、クラシックを学ばせたのであるが、やはり時代の流れであろうか。なかなか親の思う通りには行かないのが世の常である。

 一方、ギタリストのヤン・アッカーマンは独学で音楽を学んだらしい。ただ3歳でアコーディオンを、6歳でギターに興味を覚え弾き始めたというのだから、音楽的な感性や素養はもともと備わっていたのであろう。
 学生時代はダンス・バンドで腕を磨きながら、興味のあるミュージシャンはウェス・モンゴメリーなどのジャズ・ミュージシャンということで、将来はそういう道も考えていたのかもしれない。

 この2人がフォーカスの中心人物であるが、この2人の音楽的な素養が、ただのロック・バンドに終わらせない、いかにもヨーロッパのバンドらしいクラシックからジャズ、ロックという幅広いものにさせたのだと思うのである。

 だから音楽に気品と教養があり、同時にジャズやブルーズの香りが漂うロック・テイストも含んでいて、これが多くの人をひきつけた魅力になったと思う。

 それで大学時代に本格的にフォーカスを聞いた。当時は廉価盤のレコードが出ていて、大学の生協で購入するとさらに安く手に入ったのだ。そのアルバムの名前は「フォーカス・アット・ザ・レインボー」というライヴ・アルバムで、アルバム自体は1973年発表のものだった。

フォーカス・アット・ザ・レインボー(K2HD/紙ジャケット仕様) Music フォーカス・アット・ザ・レインボー(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:フォーカス
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発売日:2008/06/25
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 このアルバムは彼らが初の全米ツアーを大成功のもとに終わらせたあと、ロンドンに戻ってきて行った“凱旋コンサート”から収録されたものである。
 1973年だから、内容は71年の歴史的名作「ムーヴィング・ウェイヴズ」と72年作の「フォーカスⅢ」からの曲で構成されている。

 このアルバムを聞いて、彼らの二面性、クラシックの素養に裏打ちされた優雅さや気品とロックに影響された攻撃性や破壊衝動といったものに興奮を覚えたものだ。
 特にヤン・アッカーマンのメロウなトーンと激しい早引きや、タイスの華麗なキーボード・プレイやジェスロ・タルのイアン・アンダーソンのようなフルート・プレイには感動した記憶がある。

 また、タイスのボーカルは、ボーカルというよりスキャットなのだが、スイスのヨーデルを聞いているような錯覚にとらわれてしまう。ヨーデルってこんなにも攻撃的な発声だったのだろうかと考え込んでしまった。

 "悪魔の呪文"という曲があるのだけれども、本当に天使のふりをした悪魔が歌っているような感じがした。何というネーミング通りの曲かと感心してしまった。

 基本的に彼らはインストゥルメンタルなので、音を聞かせるタイプのプログレッシヴ・バンドである。これも彼らが世界的に有名になった一因かもしれない。言語は違うが音楽は世界共通だからである。

 そしてこのアルバムは、彼らの代表作であると同時に歴史に残る大傑作アルバムなのである。

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2008年9月25日 (木)

SI MUSIC

 もともとプログレッシヴ・ロックの生誕の地はイギリスである。これが元祖プログレといえるのは個人的にはザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」だと思っている。

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 その是非はともかく、イギリスからは数々のプログレ・バンドが輩出されているし、現代でもその命脈は途切れずに流れているのである。だから21世紀になってポーキュパイン・ツリーというプログレッシヴ・ロック・バンドもメジャーになったのである。

 オランダは距離的にイギリスに近いせいか、多くのバンドがライヴを行っていた。だからオランダでもプログレッシヴ・ロックは今に生きる音楽なのだ。
 そのオランダでは80年代半ばに“SYM-INFO”というミニコミ誌が生まれた。それが“SI MAGAZINE”に変わり、“SI MUSIC”というレコード・レーベルまで作ってしまった。そして90年代になって数多くのプログレッシヴ・バンドが生まれては消えていった。以前紹介したポーランドのグループ、“コラージュ”もこのレーベルから世界へと飛躍している。

 やがて95年ごろからは配給を“ロードランナー”に委託し、日本ではアポロン株式会社が発売権を得て配給していた。
 しかし最終的に財政難に見舞われて、“SI MUSIC”は閉鎖されてしまい、日本のアポロン株式会社はバンダイ・ミュージックに改称され、最終的にはアニメ音楽などで有名な株式会社ランティスとなったいった。

 また“ロードランナー”はワーナー・ミュージック傘下に吸収されてしまい、レーベル名はそのままながらスリップノットなどのヘヴィ・ミュージックやヘヴィ・メタル中心のレーベルとして有名になってしまった。

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 そのSI MUSICがまだバリバリと活動していたとき、そこから生まれたグループにクリフハンガーというのがあった。以前シルベスター・スタローンの主演映画に同様なタイトルのものがあったが、あれとはまったく違うのはいうまでもない。

 オランダの音楽といえば、かつて特にマイナーなプログレッシヴ・ロックについて特集を組んだことがあった。アース&ファイヤーやカヤック、ヴァレンタインなどを紹介させてもらったのだが、今回はそれらよりもさらにマイナーなバンドを紹介する。

 そのクリフハンガーであるが、まさに70年代のイエスやジェネシスが蘇ってきたような音だった。
 彼らは1995年に唯一のアルバム「コールド・スティール」を発表しているのだが、全7曲、5分台の曲が2曲、7分台の曲が2曲、8分台が1曲、最終曲は18分21秒。堂々たるプログレである。(残りの1曲は4分台)

 曲調もキーボードがメインのプログレで、はっきりいってリック・ウェイクマン並みに上手なのである。これでもう少しクラシカルな雰囲気があれば、完全にウェイクマンの世界である。
 もちろんギターやリズム・セクションもテクニック的には申し分ない。メンバーは4人組で、ギタリストがボーカルをとっている。4人とは思えないほどの内容である。次のアルバムも期待できたのだが、残念ながらこの1枚で終わったようである。

 ほぼ同じ年に、オランダから5人組のディレンマというグループもアルバムを発表している。彼らの1stアルバム「インブロッカータ」も1曲目から9分を超える曲で迫ってくる。全9曲で10分を超える曲はないが、押しなべて1曲あたりの時間は長い。Photo

 どちらかというとクリフハンガーよりはロック寄りで、プログレッシヴ感は少ないかもしれないが、キーボードは結構頑張っている。
 両方のグループともキーボードが活躍しており、もう少しギターに頑張ってほしい気はする。ただ歌詞はいずれも英語なので聞きやすいし、よく歌えているほうだと思う。

 このディレンマは1993年に結成されて95年にアルバムを発表した。ただその後の活動は聞かないので、おそらくはこのバンドも1枚で終わったのではないだろうか。クリフハンガーといいディレンマといい(特にクリフハンガーは!)、1枚で終わらせるには惜しいグループではある。

 というわけで90年代のオランダのプログレッシヴ・ロックは、SI MUSICの活動抜きでは語ることができない。
 残念ながらこのレーベルが閉鎖されたせいで、2ndアルバムの発表が見送られたのかもしれない。ミュージシャンも生きていくためには食えないとだめなので、バンドで生計が立てられなければ、スタジオ・ミュージシャンか違う道を模索しなければならない。

 インターネット全盛の現代では、ネット上に音楽を流すと、それが良ければダウンロードされて、やがてはアルバム・デビューするという現象が見られる。特にソロ・アーティストには多いケースである。

 それでSI MUSICがなくなった今、新たな形でプロ・デビューするプログレッシヴ・ロック・バンドの台頭が待たれる。どこの国の誰でもいいので、プログレッシヴ・ロックを圧縮してネット上に流す人はいないのだろうか。

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2008年9月22日 (月)

フライト

 1970年代の後半に活躍したフライトというバンドをご存知だろうか。一応ベルギーのプログレ・バンドということになっているのだが、正確にいうとベルギー人とオランダ人の混成バンドである。

 アルバムは1枚しか発表していない。1995年にCDとして再発された「ドーン・ダンサー」という8曲入りのアルバムである。曲の時間は平均して5分程度で、最大でも5分59秒となっている。だから非常に聞きやすいプログレッシブ・ロックになっている。Photo

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 メンバーはアルバム・ジャケットには6人なのだが、アルバム・クレジットにはキーボード担当2人、ドラムス・パーカッション担当2人、ボーカリスト、ベーシスト、ドラマー7人の名前があった。この辺はどういう事情でこうなったのかよくわからない。やはり70年代は混沌としていたのであろう。

 バンド自体は1975年に結成され、81年に解散している。彼ら唯一のアルバムは1979年に発表された。
 音楽は長くもなく短くもなく、ファンタジックでシンフォニックなテイストを持っていたため、多くのリスナーから支持され評判もよかった。ラジオでもかなりの回数オン・エアされたらしい。
 しかし、配給元の会社は弱小で規模が小さかったので、ファースト・プレスが2000枚程度しかできなかった。さらに悪いことには会社自体が倒産してしまったのだ。

 レコードはすぐに売り切れたのだが、再生産されることはなかった。彼らはレーベルを変わってセカンド・アルバムの制作に取り掛かったのだが、残念ながら完成途中でメンバー数人がバンドを去ってしまい、解散を余儀なくされたのだった。

 そういう希少価値のあるアルバムなのである。それがなぜ約15年以上の月日を経て再発されたのかというと、やはりその当時のベルギーやオランダではインパクトがあり、人々の記憶の中に息づいていたのであろう。再発シリーズの企画で再び日の目を見たのである。

 サウンド的にはベルギーのキャメルといっていいかもしれない。ギターのトーンがアンディ・ラテマー似で、曲自体もコンパクトにまとまっているからである。
 キーボーディストも2人いるために、かなり手の込んだものになっている。1曲目の"ウーマン"ではシンセサイザーのほかにメロトロンも使用されており、個人的には気に入っている曲である。

 ただ唯一の欠点はボーカルが弱いということだろうか。全編英語で歌われているのだが、やはり母国語でないからだろうか。いや、そういうこととは少し違うようで、声質に深みがないし、高音の伸びもない。
 たぶんポップ・ソングを歌わせたらいけると思うのだが、叙情的かつ転調の多い曲形式には似合わないのである。

 演奏部分は技術的にも優れており、本家キャメルより聞き劣りするわけではないので、これでボーカルがよければ本当に言うことはないと思うのである。
 特に1曲目の"ウーマン"や3曲目のインストゥルメンタル"グレース"などは白眉のできであり、もともとはアルバム・タイトルと同名だった"朝やけの彼方"、"翼を持った女"の演奏は素晴らしいものがある。

 70年代というプログレッシブ・ロックが一番輝いていた時代に、ベルギーという小国で輝いていたバンドであった。一時はフォーカスやアース&ファイヤーと同じステージに立ったこともあったという。
 たった1枚のアルバムだが彼らにとっても、また当時の音を懐古するファンにとってもなくてはならないアルバムなのかもしれない。

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2008年9月21日 (日)

グラナダ他

 情熱の国といえば、多くの人はスペインを思い出すのではないだろうか。そしてスペインといえばカルメンなどのフラメンコやナルシソ・イエペスなどのスパニッシュ・ギターを連想すると思うのである。

 そんなスペインにもプログレッシヴ・ロックは厳然と存在する。今回紹介するのはスペインの地名に由来した名前を持つグループ“グラナーダ”である。

 基本的にこのグループは、リーダーのカルロス・カルカモのバンドといってもいいかもしれない。天才ミュージシャンとはまさに彼のことで、ピアノからシンセサイザイー、メロトロン、クラヴィネットの鍵盤楽器からフルート、ヴァイオリン、マンドリンなどの木管楽器から弦楽器まで幅広く操ることができる。

 彼らは(もしくは彼というべきか)1970年に結成され、マドリードを中心に活動していたようだ。
 75年に1stアルバム「大地のささやき」を発表した。このアルバムは各方面で絶賛され、一躍人気者になった。
 彼らのサウンドはプログレッシヴ・ロックにスペイン風味をふりかけたような曲調で、これがスペイン国内での評判を呼んだのであろう。

 セカンド・アルバム「スペイン75年」は1976年に発表された。このアルバムでも1曲目から17分を超える大作"過ぎ去りし夏の炎熱"から始まっている。

Espana Ano 75 Music Espana Ano 75

アーティスト:Granada
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 4つのパートから成り立っているこの組曲は、カルロス・カルカモの才能を十二分に出し切っている傑作である。最初はフルートでリードをとり、後半はシンセサイザイーなどのキーボードを駆使しながらインストゥルメンタルを展開している。

 2曲目"9月"では、メロトロンが使用されていているようだが、あまりよくわからない。むしろその次の"華麗なる11月"の方がスペイン風のアコースティック・ギターの響きが印象的なものになっている。
 このアルバムでは曲間が短くて、1曲の余韻を楽しむ間もなく次の曲が始まってしまう。うかうかしているとあっという間にアルバムが終わってしまうのだ。

 あっという間に終わってしまうといえば、ダニエル・ヴェガのアルバム「嵐の前の静かな夜」もあっという間に終わってしまう。約25分少々という短さである。

La Noche Que Precede a La Batalla Music La Noche Que Precede a La Batalla

アーティスト:Daniel Vega
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 ダニエルはこのアルバム1枚を残して音楽業界から去っていった人である。このアルバムでは全曲を手がけ、スペイン語で歌い、アコースティック・ギターを演奏している。フルートやキーボードなどは他のミュージシャンの手を借りたようである。

 プログレッシヴ・ロックというよりは、むしろフォーク・ロック寄りの音楽である。ただアコースティック・ギターとフルートの音色には一聴の価値がある。

 彼はジャーナリストを志していて、学生時代にこのアルバムを制作したらしい。そして大学を卒業するとジャーナリズムの世界に身を投じ、音楽の世界から足を洗っている。このアルバムは1976年に発表されたものである。

 この2枚のアルバム以外にもスペインには素晴らしいミュージシャンやグループが発表したアルバムが数多くあるようである。

 かつてスパニッシュ・プログレの最高峰と呼ばれたトリアーナの1stアルバムとスペインのフォーカスと呼ばれたイビオの「アルタミラ洞窟」をインターネットで注文したのだが、残念ながら手に入れることができなかった。
 カタログにはあったのだが、入手不可能ということだったのだろう。ということは世界中を探してもなかったのだろうか。残念としかいいようがない。縁があればどこかで手に入れることができるかもしれない。

 70年代を中心にスペインにもプログレッシヴ・ロックの名作が発表されている。それはフランコ独裁政権が1975年に消滅してから急速に広まっていった。そういう意味ではイギリスやフランスよりもやや遅れて開花したのだろう。
 しかしその遅れた分を上回るほどの優れた内容の作品を世に出した点は大いに評価できると思うのである。

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2008年9月20日 (土)

アフロディテス・チャイルド

 今年は北京オリンピックだったが、4年前はギリシャのアテネだった。21世紀に入っての最初のオリンピックということで、発祥の地アテネで行われたのだった。

 面白いもので、オリンピックが始まっても、まだオリンピック関連の工事が続けられていた。つまりオリンピックの開会まで工事が間に合わなかったのである。
 メイン・スタジアムでも階段の床や通路の工事をしていたし、道路の補修も行われていた。何となくギリシャ人というか、地中海地方に住んでいる人の気質を表すような、エピソードであった。

 そのギリシャを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドがアフロディテス・チャイルドだった。“だった”と過去形になっているのは、すでに解散してしまっているからである。

 このバンドの中心人物が、映画「炎のランナー」や「南極物語」、「ブレードランナー」、「ミッシング」などのテーマ音楽で有名なヴァンゲリス・パパナシューである。

 アフロディテス・チャイルド(以下ACと略す)は1967年にギリシャで結成された。当然のことながら全員ギリシャ人である。
 ところが1968年にギリシャで軍事クーデターが発生したので、彼らは自由な活躍の場を求めてイギリスに向かった。

 イギリスに向おうとした矢先に、労働ビザの関係で渡英ができなくなり、仕方なく?フランスで活動を始めた。
 そして"雨と涙"というシングルを発表したところ、これがヨーロッパで大ヒット。彼らは一躍有名バンドになってしまった。

 このシングルは、未聴なので何ともいえないのだが、純粋たるシングル・ヒットだったようである。要するにポップ・ソングだった。だからプログレッシヴ・ロックとは別次元のフィールドで語られるべき曲と思われる。

 その後一旦解散するものの、新しくギタリストを加入させて4人組で再出発を図った。それまではキーボードのヴァンゲリスとベースのデミス・ルソス、ドラムスのルカス・シデラスの3人組だったのだ。

 それで1971年にこのメンバーで発表されたアルバムが「666」であった。彼らの最高傑作として名高いアルバムである。

 CDでも2枚組である。おそらくレコードでもそうだったのではないだろうか。内容的には新約聖書の「ヨハネの黙示録」からのモチーフでまとめられており、ジャケットにも13章18節の“666”の部分や曲名にも"第7の封印"、"4人の騎手"などがつけられいる。

666 Music 666

アーティスト:Aphrodite's Child
販売元:Vertigo
発売日:2000/02/08
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 要するに映画「オーメン」に出てくる悪魔の象徴である“666”のことであるが、演奏的には、そんなにおどろおどろしいところはまったくない。
 むしろポップ・ソング"雨と涙"がヒットしたように、ディスク1では、60年代のザ・フーやキンクスのようなビートを帯びた曲調のものが目立ち、結構明るい雰囲気を持っている。

 何しろギターの音が目立っているので、後のヴァンゲリスのようなキーボードの音が重ねられたような印象をもつ曲は皆無である。

 むしろディスク2の方が抽象的な感覚を持つ曲が目立っている。"7つのトランペット"と名づけられた短い導入から始まり、女性ボーカルをフィーチャーして聞くものに苛立たしさを与える"∞"、ライヴの拍手が挿入された"Hic et Nunc"、19分19秒もある"満員"これにはサックスやコンガなども使用されている、そして余韻を惜しむかのような短いバラード"ブレイク"でアルバムを閉じるのである。

 だからディスク2の方がよりプログレッシヴなのである。このアルバムは、ACの集大成的意味合いを持つアルバムだったのだろう。だから短い曲から長い曲まで、全体の構成を損なうことなく並べられているのであろう。

 バンドはこのアルバムを最後に解散し、ヴァンゲリスはソロ・アーティストの道を歩んでいった。
 ヴァンゲリスについては、以前のブログの中で述べていたので省略するが、彼が本当にやりたい音楽はソロになってからの一連のものだったと思われる。

 あくまでもこのアルバム「666」はギリシャ流のロックン・ロールとプログレッシヴ・ロックがうまくブレンドされたものになっていることは間違いない。
 高度な演奏技術やテクニックを披露しているわけではないのだが、音楽の表現力やアルバムの構成力では、今もなお70年代の傑作アルバムの中の1枚としての評価を得ている。

 ギリシャ人は大らかな国民性を持っているのかもしれないが、少なくともこのアルバムに関しては、大変な労作なのだということをうかがわせてくれるのである。

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2008年9月19日 (金)

コラージュ

 最近はイギリス以外のプログレッシヴ・ロックを紹介しているが、ドイツ、フランス、ハンガリーときて今回はポーランドである。

 冷戦が終了するまでの70年代、80年代の東欧諸国ではジャズは公認されていたそうである。理由は、言葉が入らないので、政府や体制を批判することがないからであった。

 逆にいうと、言葉、特に母国語で歌われるロック音楽などは、為政者にとってはまさに目を光らせるべき存在だったのである。だからその手の音楽はアンダーグラウンドとして、文字通り地下にもぐって活動していた。
 チェコにプラスティック・ピープルという名前のバンドがあったらしいのだが、そのメンバーは投獄されたという。日本では考えられないことだった。まるで戦前の治安維持法時代である。

 ハンガリーと同様に、ポーランドも冷戦下は旧ソ連の影響下にあったのだが、1989年に完全に民主化に移行した。それとともに音楽も解放され、自由に演奏活動を行うことができるようになった。

 そしてその中に“コラージュ”という名前のバンドがいた。純然たるプログレッシヴ・ロックを演奏するバンドで、1994年に発表された彼らの3作目「ムーンシャイン」は全編英語で歌われており、往年のプログレッシヴ・ロックが蘇ったような印象を与える好アルバムであった。

Moonshine Music Moonshine

アーティスト:Collage
販売元:Metal Mind
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 バンドの歴史はやや古く、1986年にまで遡る。ブルー・アイランドというバンドが母体になって、コラージュは生まれた。中心メンバーはギタリストのミレック・ギルとドラマーのヴォイテック・シャドコフスキーだった。

 だから彼らも数年ではあるが、反体制派として地下に潜って活動していたのであろう。1stアルバムを発表したのは自由化を成し遂げたあとだから、そういう意味では運がよかった。もしあと数年民主化が遅れたならば、彼らのアルバムは日の目を見なかったかもしれないし、西側諸国に届くまでもっと時間がかかったかもしれないからだ。

 このアルバムに耳を傾けてみると、やはり遅れてきた“ジェネシス”という感が否めない。もしくは盛り上げようと必死になったフルートのない“キャメル”という感じだろう。

 とにかくキラキラと華麗で分厚いキーボード・サウンドが耳を奪うのだ。もちろんギターの音も十分刺激的なのだが、キーボードがそれこそ“音の壁”のように屹立しているのである。
 ボーカルもピーター・ガブリエルをかなり意識しているような感じで、力を入れて歌いまくっている。

 これがイギリスから出てきたのなら、またマリリオンやペンドラゴンの二番煎じかと思って、そんなに真剣に聞かなかったかもしれない。東欧のポーランドから来て、しかもかなりの高水準を保っていたからこそ日本でも紹介され販売されたのだろう。

 とにかくゴージャスなキーボードとエフェクターをたっぷり使ったギターがウリである。ギターの感じはスティーヴ・ハケットによく似ている。
 また10分を超える曲が3曲もあり、いずれも曲構成が巧みであり、イギリスのバンドと紹介されても分からないのではないだろうか。

 彼らは1992年のユーライア・ヒープのワルシャワ公演の際に前座を務め、約5万人の前で演奏を行った。だから名前は以前から売れていたのであろう。(でもユーライア・ヒープというのが時代を感じさせるなあ)

 その後ジョン・レノンのカヴァー・アルバムや未発表曲集のアルバムなどが発表され、この「ムーンシャイン」でワールド・ワイドの人気を獲得していった。

Nine Songs Of John Lennon
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 彼らは翌年に「セイフ」というアルバムを残して、99年に解散した。そして一部メンバーを入れ替え、“サテライト”とに名前を変更して2003年にアルバム「A Street between Sunrise and Sunset」を発表している。
 当然のことながら、これもプログレッシヴ・ロック・アルバムで、やはり全編英語で歌われているそうである。相変わらず彼らの目は世界を見据え、活動を幅広く展開しようとしているのであろう。

 しかしここまでプログレ的な音を展開するグループも稀である。しかもこれが90年代に出現したというのも東欧だったからだろう。西欧ではパンクの台頭後、この手の音は廃れてしまったからだ。

 だから21世紀に生きるプログレッシヴ・ロック・バンドは、フラワー・キングスのように北欧か、ドリーム・シアターのようにアメリカか、このコラージュ(サテライト)のように東欧か、少なくともイギリス以外の国から出現している。
 本国イギリスの亜流といってしまえばそれまでかもしれないが、少なくともしっかりと根付いていることは間違いない。

 そのさきがけとなったのが、イーストやコラージュなどの東欧諸国のバンドだったのであり、彼らがいたからこそ現代のプログレッシヴ・ロックがあるのである。そういう意味でも歴史の一翼を担った意義あるバンドだったのではないだろうか。

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2008年9月17日 (水)

追悼:リチャード・ライト

 今朝、正確にいうと、平成20年(2008年)9月16日の朝7時30分過ぎであるが、パソコンのインターネット・ニュースを見てびっくりした。ピンク・フロイドのメンバーでキーボード担当のあのリチャード・ライト、通称リック・ライトが死亡したという記事が出ていたのだ。2

 記事によると、9月15日の月曜日にイギリスの自宅で亡くなったそうである。死因は不明だが、かねてより癌を患っていて闘病中だったということから、病死と思われる。享年65歳だった。

 1943年7月28日生まれのリック・ライトは、大学時代の同級生だったロジャー・ウォーターズやニック・メイスンとともに“シグマ6”というグループを結成した。それにはロジャーの友人であったシド・バレットも加わっていた。1965年のことだった。

 その後、“シグマ6”から“メガデス”、“ピンク・フロイド・サウンド”などと改名をしていき、最終的に“ピンク・フロイド”というグループ名に落ち着いたようである。
 当初はブルーズ・バンドとして活動しており、徐々にサイケデリックなサウンドに傾斜していった。

 これは個人的な私見であるが、彼らはどう見てもテクニック重視のバンドではないし、そういう音楽性も持っていない。
 基本的にプログレッシヴ・ロックは変拍子を用いたり、技巧的なインストゥルメンタルを展開したりするものだが、ある意味ピンク・フロイドはそういう音楽集団の中で、辺境に位置する立場だったと思うのである。

 だから当初はブルーズから出発していったのだが、クラプトンのいるヤードバーズやピーター・グリーンのいるフリートウッド・マックにはならずに、サイケデリックに傾倒していった。それもシド・バレットの意図するところだったのだろうが、それはテクニックには走らずに、というよりも走れずに、むしろ音楽だけでなく、照明や音響を含めたステージングで自らの存在証明を示そうとしたからではないだろうか。(ドラッグの影響も多少はあったのかもしれない)

 そしてそういうステージングや環境に最も必要とされたのが、リック・ライトの奏でるキーボードだったと思うのである。Photo_2
 やがては他のメンバーもシンセサイザーを駆使するようになるのだが、あくまでもステージ上でのサイケデリックな演奏についてはリックがイニシアティヴを握っていたのである。

 またシド脱退後は、ロジャーとデイヴ・ギルモアがグループのソング・ライティングを掌握していったが、リックの書いた"絵の具箱"や"追想"、"シー・ソー"、"シシファス組曲"、"サマー68"、"虚空のスキャット"、"ウェアリング・ジ・インサイド・アウト"など確かにメジャーな歌にはなれないかもしれないのだが、はっきりとしたメロディと独特の浮遊感はピンク・フロイドのイメージ作りに大いに貢献したし、なくてはならないものだったと思うのである。

 しかし1980年に発表されたアルバム「ザ・ウォール」の制作途中でリックとロジャーは仲違いをし、リックはロジャーから解雇された。ここから約7年間、リックはグループから離れるのだが、1987年に発表されたアルバム「鬱」にサポート・メンバーとして参加し、結局復帰したのであった。

 彼が発表したソロ・アルバムは2枚ある。1枚は1978年に発表された「ウェット・ドリーム」である。これはピンク・フロイドの1977年のアルバム「アニマルズ」の後で発表されたのだが、フロイドの幻想的で審美的な音楽観が伺える傑作であった。Photo_3

 このアルバムの中に収められている"アゲインスト・ジ・オッズ"はアコースティックな作品で、以前、個人的に作成した“アコースティックなプログレッシヴ・ロック名作選”というCDにも収録したほどの佳曲である。ちなみにギターはスノウィー・ホワイトが弾いている。

もう1枚のアルバムは1996年に発表されている。「ブロークン・チャイナ」というアルバムであるが、まるで映画のサウンド・トラックのような仕上がりとなっている。

 サウンド・コラージュのような環境音楽っぽいサウンドもあれば、自身が歌う曲やシンニード・オコナーが参加している曲もある。まさに自身の音楽を追及しようとする姿勢がうかがえる好盤である。

Broken China Music Broken China

アーティスト:Richard Wright
販売元:EMI
発売日:1997/03/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 発売当初はあまり意味が分からずに、1,2回聞いてほったらかしていた記憶があるのだが、いまあらためて聞くと、リックのメロディックな面とサウンド・クリエイターの面とがはっきりと表われており、いかに彼がピンク・フロイドの見えない部分で屋台骨を支えていたかが分かるのである。

 2007年現在では、リック・ライトは新作を準備中となっていたのであるが、もうそれも叶わぬ夢になってしまった。ひょっとしたら遺作として発表されるのかもしれないが、できれば本人がプロモーションする姿も見てみたかった。是非もないことである。

 70歳以上が2000万人以上いる日本では65歳で亡くなるなんて、想像し難いことである。リックが日本で生活していれば、もっと長生きしたかもしれないのだが、それもまた無理な話である。

 これから数日か数週間か分からないが、しばらくピンク・フロイドの音楽がラジオから流れてくるかもしれない。
 もうこれでピンク・フロイドの再結成はなくなったし、2006年のシド・バレット死亡と今回とでメンバー2人を失ったフロイドは、永遠にオリジナル・メンバーが集まることもない。

 いかにもイギリス的な音楽を奏でていたピンク・フロイドもついに歴史の遺物へと変わってしまったのである。

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2008年9月16日 (火)

ソラリス

 昨年のこのブログで、ハンガリーのプログレ・バンド、“イースト”のことを書いたが、今回はその兄弟バンドと勝手に名づけた“ソラリス”のことを紹介したい。

 彼らのアルバム「火星年代記」は1983年に発表された。当時の欧米以外で、これほど水準の高いプログレ・アルバムを発表している点については、かなりの驚きを与えたと思うのである。それほど素晴らしい内容を持ったアルバムであった。Photo_2

 おそらくレコードではA面が"火星年代記Ⅰ~Ⅵ"でB面が2分から6分程度の比較的短い小品が収められていたのであろう。
 CDではそれらが通して聞かれるので、かなりスリリングな展開を持った内容になっている。

メンバーは5人組で、このアルバムは全編を通してインストゥルメンタルになっている。タイトルからも分かるとおり、レイ・ブラッドベリの小説にインスパイアされて制作されたのであろう。

 目立つのはキーボードである。ファンファーレ的な使い方やクラシカルな雰囲気から、キース・エマーソン的なものを連想させられるが、あれほど技巧的ではない。
 それでもシンセサイザーからエレクトリック・ピアノ、ハモンド・オルガン、グランド・ピアノと使用範囲は広い。

 またギターも結構走っている。エレクトリック・ギターからアコースティック・ギターまでリードするときはかなり前面に出ていて、バンドを引っ張っている。ハード・ロック的要素もある感じだ。何しろバンドに“疾走感”をもたらしているのは、リズム陣とこのギターなのである。

 またフルートの効果的な使用がこのアルバムの音を引き立てている。ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンよりも上品で優雅である。さすがクラシックの“ハンガリー舞曲”を生んだ国だけあって、クラシカルなたたずまいなのだ。このあたりがジェスロ・タルとは違う。

 だからハンガリーの“キャメル”といわれてのであろうが、キャメルよりも少しハードな気がする。
 とにかく曲構成がしっかりしており、演奏力もかなりのものである。これが西側資本主義の国で活動していたなら、もっとワールド・ワイドなグループになったのではないだろうか。そしてもっと素晴らしいアルバムが作れたのではないだろうかと思うのである。そういう意味ではマルクス・レーニン主義は、やはり罪作りな思想である。

 それはともかくとして、彼らはこれをデビュー作として世の中に出たのであるが、1986年ごろには一旦活動を中止し、90年代に入ってから再び活動を再開した。(一説には解散して、再結成したともいわれている。当時は冷戦だったので、東側のことはよくわからなかったのだ)

 1999年には“ノストラダムスの大予言”をモチーフにしたアルバムを発表している。これもかなりの傑作だといわれている。また2000年には結成20周年を記念して、未発表音源が発掘されてアルバム化されたといわれているので、今でも活動していると思われる。

 とにかく当時はよくわからなかったのだが、冷戦時代でも東側諸国では公認されていようといまいと、脈々とプログレッシヴ・ロックは生きていたのである。やはり“No Music, No Life”は世界共通だったのである。

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2008年9月13日 (土)

タイ・フォン

 一般的に、フランス人ほど自国の文化や伝統に誇りを持っている人はいないと言われている。英語を話せる人でもあえて英語を話さずにフランス語で答えるという。相手が旅行客と分かってもそうする人が多いそうである。

 だから第二次世界大戦中にドイツに占領されても、フランス人は強力な地下組織をつくりレジスタンス運動を行うことができたのだろう。それも母国の文化や伝統を愛しているからであり、誇りを持っているからであろう。

 一方、日本はどうかというと、「長いものには巻かれろ」というか、いい意味で変化に対応しやすい順応性のある国民性であり、悪くいうと、変わり身の早い国民性だと思うのである。だから戦中・戦後は“一億総玉砕”から“一億総懺悔”へとたやすく変わることができたのだろう。

 そのフランス人が結成したバンドの中で、母国語のフランス語ではなく、外国語である英語で歌うバンドがあった。
 その珍しいバンドの名前は“タイ・フォン”。フランスのプログレッシヴ・ロック・バンドである。

 なぜ彼らがフランス語ではなく、英語で歌ったのかは、彼らのその出自に由来する。1975年にデビューした5人組はベトナム出身のフランス人の兄弟やパリ出身でポーランド・ドイツ系のギタリストなどで構成されていた。特にベトナム系フランス人の兄弟はそれぞれギターとベースを担当しており、このバンドの中心をなしていた。

 彼らのデビューアルバムは1975年に発表された。今聞くと、プログレッシヴ・ロックというよりは、やや長めの転調の多いメロディアス・ハード・ロックという感もしないでもない。そんな音作りである。Photo

ウィンドウズ<紙ジャケット仕様完全生産限定盤>
販売元:タワーレコード @TOWER.JP
タワーレコード @TOWER.JPで詳細を確認する

 名曲"Sister Jane"を含むこの1stアルバム「恐るべき静寂」では4曲目"For years and years"からプログレの本領を発揮する。この8分を超える曲では、スライド・ギター、クラビネット、エレクトリック・ピアノ、ハモンド・オルガンと次々とリード楽器が変わっていくが、一貫して切々としたボーカル・アレンジは変わらず、華麗かつ優美に語りかけてくるようだ。

 5曲目"Fields of Gold"も7分を超える曲で、起承転結のはっきりとしたこの1曲だけで、昔の片面18分を越えるレコードを聴いている気がする。もうお腹いっぱいという感じだ。

 この曲がお腹いっぱいというなら、オリジナル・アルバムでは最後の曲"Out of the Night"は11分を超える曲で、もう完璧なタイ・フォンの世界を演出している。これらの曲がたった3週間あまりで録音されたとはとても思えないほどだ。

 
 基本的にタイ・フォンは、イエスの構築美やキング・クリムゾンの破壊衝動、キャメルやムーディ・ブルースの叙情性、ジェネシスの寓話性とは一線を画した音楽性を擁していると思う。それは続く76年に発表された彼らの2ndアルバム「ウィンドウズ」を聞けば、よりはっきりするはずである。2

 パソコンのOSのような名前を持つこのアルバムは、彼らの最高傑作だと思うのだ。(基本的に彼らは3枚のアルバムしか残していない)
 まず1曲目からカッコいいのである。急激なリフの展開、畳み掛けるベースとドラムス、後を追うシンセサイザー、ハイトーンの多重ボーカル、プログレ+叙情的なメロディアス・ハード・ロックという感じである。

 8分あまりの曲の次は4分少々の短い曲"Games"である。1stの"Sister Jane"と同様にシングル・ヒットを狙ったバラードで、潮騒のオープニングとエンディングが意表をつく。
 このアルバムでも彼ら独特の叙情性やアレンジが目立っている。演奏技術も当時のフランスでは高い方ではないだろうか。

 決して早弾きやテクニカルなキーボード・プレイやドラム・ソロがあるわけではないのだが、目立たないものの手堅いその演奏力は聞くものを飽きさせないのである。

 
 彼らは3枚のオリジナル・アルバムと数枚のシングルを残して、1981年に解散した。ところが19年後の2000年に何とオリジナル・アルバムが発表された。「サン」と名づけられたそのアルバムは、プログレよりもAOR路線に近いといわれている。それでも往年の泣きのギターや分厚いキーボードは健在らしい。3

 彼らのアルバム・ジャケットには日本の鎧武者が描かれている。これもベトナム出身の兄弟の趣味なのだろうか。それとも日本に対する愛情の表れなのだろうか。もし店頭にあったら即購入するつもりである。

 とにかく70年代のフランス・プログレッシヴ・ロックを代表するバンドの1つだったことは間違いない。この叙情性や独特のアレンジは国際色豊かな彼らのメンバー構成から来ているに違いないのだ。

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2008年9月 9日 (火)

ゴング

 ゴングといってもプロレス雑誌のことではない。もちろんボクシングのときに使う道具でもない。フランスのプログレッシヴ・ロック・バンドの名前である。

 フランスのバンドといっても、もともとはオーストラリア人のデヴィッド・アレンという人が立ち上げたバンドであった。
 もともと彼はイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドであるソフト・マシーンに在籍していたのだが、1967年にフランスで麻薬所持で逮捕されて、イギリスに戻れなかった。

 それで仕方なく?というか、よしやってやろうと思ったのかは定かではないが、そのままフランスに居続けたのであった。
 そしてゴングというグループを結成したのであるが、彼らの名前を有名にしたのは、1973年から74年にかけて発表された“ラジオ・グノーム三部作”だと思う。

 この三部作とは「フライング・ティーポット」、「エンジェルズ・エッグ」、「ユー」という名前のアルバム群である。
 これはゴング惑星からフライング・ティーポットに乗ってやってきた宇宙人がラジオ・グノームというラジオの海賊放送を使って、地球人とテレパシーで交信しあうという内容である。

フライング・ティーポット(紙ジャケット仕様) Music フライング・ティーポット(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ゴング
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2000/11/22
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 もともとデヴィッド・アレンという人は、元祖フリーターというか、昔懐かしい言葉であるヒッピーというか、そういう部類に分けられる人だと思う。
 だから彼の頭の中にはユートピア信仰というか、理想的なヒッピー・コミューンの設立みたいなことがあったのであろう。

 そんな理想郷を音楽を通してイメージしようとするのが、この三部作だと思うのである。だからある意味難解であり、逆にまたユーモラスでもある。
 そしてもともとオーストラリア人が結成したバンドだけあって、フランス語ではなく英語で歌われている。

 自分はそのうちの三作目である「ユー」しかもっていない。でもこのアルバムだけでもゴングのイメージの断片ぐらいはつかめると思う。

You (Radio Gnome Invisible, Pt. 3) Music You (Radio Gnome Invisible, Pt. 3)

アーティスト:Gong
販売元:Snapper
発売日:2007/06/26
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 最初の2曲は1分程度の短いもので、このアルバムの序章みたいなものである。3曲目も2分程度だが、徐々にアルバムの全貌が現れてきそうなモチーフをはらんでいる。

  そしてシンセサイザーのノイズから段々とボーカルやサックス、ギターが絡み合っていく4曲目"創造主"から、いよいよ人類の守護神?ゴングが現れてくるのである。

 スティーヴ・ヒレッジの例のカモメが鳴くようなギター音よりも目立っているのは、ディディエ・マレーブのサックスとピエール・ムーランのドラムスである。
 何となく同時期のイギリスのグループ、ホークウィンドの音に似ていなくもないが、手数の多い迫力あるリズムは聴くものを圧倒するばかりである。

 5曲目は9分を超える"雲のきらめき"である。まさにトリップ感覚溢れるサイケデリックな曲で、こういう曲を聴きながら車を運転してはいけないと思う。思わず違う次元に導かれてしまい、運転のことなど忘れてしまいそうで怖いのである。

 しかしこのアルバムを聴いて、あらためてキーボード担当のティム・ブレイクとドラムス担当のピエール・ムーランの技量はすごいと思った。この2人はもっと評価されていいと思うし、この当時のゴングはクリムゾン以上の緊迫感と演奏技術を持っていたのではないだろうか。
 特にこの4曲目と5曲目は凄すぎる。この2曲を聴くだけでも十分価値のあるアルバムである。

 最後の2曲"エヴリウェア島"、"永遠の旅"はいずれも10分以上の大作で、聴いてて気持ちよくなるほどの酩酊感がある。本当のアシッド・ミュージック、トリップ・ミュージックとはこういう曲を指すのだろう。露鵬や白露山にも聞かせてあげたいくらいだ。

 最初にも言ったように、もともとゴングはデヴィッド・アレンのバンドであり、彼の理想とするイメージを音にしたものだった。
 そしてこの三部作のあと、ある程度やりつくしたのだろうか、アレンとスティーヴ・ヒレッジはバンドを去っていった。1975年頃のことである。
 一説によると、アレンはこのバンドの演奏が上手になったとして去っていったという。元はヒッピーだけに、アマチュア志向が強かったのかもしれない。

 そのあとのゴングを引っ張っていったのは、パーカッショニストのピエール・ムーランである。ここからは本当のフランスのバンドになっていくのであった。

 この時期のゴングのアルバムで持っているのは、「エクスプレッソⅡ」だけであるが、もともとゴングはそれほど好きではなかったのに、このアルバムを聴いてからはゴングに対する見方が変わった。それほどお気に入りのアルバムなのである。

Expresso II Music Expresso II

アーティスト:Gong
販売元:Virgin
発売日:1990/07/23
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 特に全編インストゥルメンタルなのがうれしい。フランス語に惑わされずに、音に集中できるからだ。

 またゲスト陣が豪華で、1曲目の"ヘヴィ・チューン"のリード・ギターは元ローリング・ストーンズのミック・テイラーで、リズム・ギターはアラン・ホールズワースである。

 さらに3曲目"スリーピー"ではアランがリード・ギターを担当し、ヴァイオリンには元カーヴド・エアのダリル・ウェイが参加している。ダリルは5曲目"ボーイング"でも華麗なヴァイオリンさばきを披露している。

 この時期のゴングは、第何期かも分からないのだが、デヴィッド・アレン在籍時のサイケデリック・プログレッシヴ・ロックから完全にジャズ・ロックに移行している。そういう意味では、よりシンプルになって、聞きやすい音楽を展開している。

 また他のジャズ・ロックと違うところは、マリンバや木琴、ビブラフォンなどの打楽器が多用されている点である。
 これらの打楽器はリズムと同時にメロディも奏でることができるため、キーボードを使用したときのような効果がある。当時もそして今もこういうグループは希少ではないだろうか。

 このあと、ゴングはプラネット・ゴングやニューヨークに渡ったアレンが結成したニューヨーク・ゴング、元メンバーのジリ・スマイスが結成したマザー・ゴングなど種々雑多に分かれて増殖していった。

 たぶんメンバー自身もその実態をよくつかめていないのではないかと思われるほどの繁殖ぶりである。これほどまでに世界中にいまだに人気のあるバンドも珍しい。
 これもアレンの頭の中にある理想郷に共鳴する人たちの多さを表しているのだろう。バンド活動の終了のゴングはまだ鳴らないのである。

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2008年9月 7日 (日)

マグマ

 マグマといっても溶岩のことでもなければ、マグマ大使のことでもない。フランスのプログレッシヴ・ロック・バンドのMAGMAのことである。Photo

 もともとヨーロッパというところは、非常にジャズが盛んなところらしく、あの有名なスイスのモンタレー・ジャズ・フェスティバルなど、昔から人気のあるコンサートもあるくらいだ。

 それでフランス人のある若者が1967年にジャズ・サックスの巨匠ジョン・コルトレーンの死を悼んで、というかショックを受けて、イタリアを放浪(隠遁?)していた。その途中で“天の啓示”を受けてフランスに戻ってバンドを結成した。それがMAGMA(以下マグマ)の始まりだった。
 そのフランス人の若者というのがドラムス、ピアノ担当のクリスチャン・ヴァンデだった。

 彼は若いころに“コバイア語”という言語を勝手に作っていて、このマグマのアルバムでもそのコバイア語を使用している(ボーカルは別人)。だからフランス人なのにフランス語では歌っていないのである。

 このコバイア語というのは、音の響きからしてドイツ語っぽい雰囲気があり、何となくドイツ語によるオペラでも聞いている錯覚に陥ってしまう。
 またバンドの特徴もやはりジャズ的であり、特にヴァンデのドラムスとベース奏者との絡みは壮絶なインタープレイを展開している。ギターやキーボードはあくまでも補助的な役割でしかないのだ。

 だからロバート・フリップのいないダークなキング・クリムゾンといえば分かりやすいかもしれない。ただし、ドラムの音はビル・ブラッフォードよりも重く迫力があり、ベースはトニー・レヴィンよりも音数が多い。

 デビュー当時はジャズ・ロックの範疇で語られていたようであるが、その音に接した人たちはマグマを唯一無二の存在として認めていった。1970年という時代もそれを後押ししたのであろうか。
 またその迫力ある演奏と意味不明な言語だけでなく、全身黒ずくめのスタイルでフランス人の度肝を奪った。最初は怪しい宗教団体か思想集団と見なされていたようでもある。

 数年前、ふと中古CDショップをのぞいてみると、なんとまあこのマグマのCDがあったのだ。しかも2枚もである。当然その場で2枚とも購入してしまった。それが1975年に発表された「ライヴ!」と76年に発表された「ウドゥ・ウドゥ」であった。

 この「ライヴ!」というアルバムは、数あるプログレッシヴ・ロックのライヴ・アルバムの中でベスト10の中に入るといわれるほどの傑作といわれていたのだが、自分の耳で確認した限りでは、確かに傑作なのは間違いない。ただベスト10に入るかどうかは人それぞれだとは思うが。

ライヴ!(K2HD/紙ジャケット仕様) Music ライヴ!(K2HD/紙ジャケット仕様)

アーティスト:マグマ
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2006/09/06
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムのベーシストはベルナール・パガノッティという人で、素晴らしい演奏をヴァンデとともに繰り広げている。また、当時17歳だったヴァイオリニストのディディエ・ロックウッドが参加しており、この3名の迫力ある演奏が、このアルバムを世紀の傑作にさせている。
 このディディエ・ロックウッドという人は現在ではフランスジャズ界の重鎮として崇められており、このマグマというバンドの中で、一番の出世頭だといわれている。

 このライヴ盤、レコードでは2枚組だったのをCDでは1枚にしている。だから、レコードではA面とB面に分かれていた曲が1曲になっているのがうれしい。1曲目の"コンターク"という曲がそれであり、1曲で31分もある。この曲を聴くだけでも、いかに当時のマグマが凄かったかが分かるであろう。
 また最後の曲"メカニック・ザイン"も18分以上もあり、ライヴとは思えない音質の良さで迫ってくる。こればかりは実際に聞いてもらわないと分からないと思うのだが、当時のクリムゾンのライヴ「U.S.A.」など子どものおもちゃのように聞こえるくらいだ。

 76年の「ウドゥ・ウドゥ」では、かなりすっきりとしたマグマを聞くことができる。前作のライヴ盤で一応区切りをつけたのであろうか。前半では曲自体も3分から4分台の小曲が続くのである。

Photo_6 Music Udu Wudu

アーティスト:Magma
販売元:Tomato
発売日:2003/09/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムの一番のウリは、ヤニク・トップという凄腕ベーシストが復帰し、演奏しているというところだと思う。
 最初の方はいかにもジャズ的な曲や、呪術的な小品が続き、あまり凄腕とは思えないのだが、最後の18分近い曲"デ・フトゥーラ"を聞くと、確かに素晴らしい腕前である。

 たった3人しか演奏に加わっていないのだが(そのうちボーカルが1人なので、実質2人)、そんなことを微塵にも感じさせない出来になっている。
 ただスタジオ録音盤なのでオーヴァーダビングはしているはずである。この曲をライヴでも聴いてみたいものだ。

 マグマは1984年に一度解散をしたが、96年に活動を再開。98年には初来日して演奏活動を行っている。
 また2004年にはニュー・アルバムを発表し、以前と変わらない力のこもった演奏を展開しているようである。
 
 クリスチャン・ヴァンデ自身、若い人とやるのは刺激になっていいといっているので、この様子ではまだまだ活動は続きそうだ。マグマは、その名の通り、地表へと脈々と流れ出ているのである。

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2008年9月 6日 (土)

アトール

 今日は用事があって県外まで出かけた。そして自分が中・高校生のころに過ごした街を通ったのだが、高校が消えていた。
 正確に言うと、高校再編成で他校と統合して名称が変わり、校舎がなくなり、他の地域に移動したようなのである。だから跡地は本当にだだっ広い空き地になっていて、雑草が生えて茫々の状態であった。

 名称変更や統合の話は知っていたのだが、建物はそのまま残っていると思っていた。だから空漠たる空き地を見たときは、まるでダムの底に沈んでしまった村を見るかつての村民のように、虚しいというか、悲しい気持ちになってしまった。
 自分の過ごした建物や場所がなくなるとこういう気持ちになるのかということがよくわかった。こういうことは経験した人にしかわからないと思うのである。

 フランスのグループ、アトールのアルバムも昔はよく聞いていたものである。彼らのことを“フランスのイエス”という場合があるが、昔々その言葉につられてアルバム組曲「夢魔」を手に入れた。

組曲「夢魔」 Music 組曲「夢魔」

アーティスト:アトール
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2002/12/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 しかしこの“フランスのイエス”というキャッチ・コピーはちょっと違うんじゃないだろうかと聞きながら思ったものである。
 イエスというわりには、演奏が混沌としていて、むしろキング・クリムゾンに近いのではと思ったりもした。それにメロディラインもはっきりしないし、印象的なフレーズに乏しかった。だから最初買ったCDは中古ショップに持ち込んでしまった。

 ところが、しばらくしてふと聞きたくなったのである。ひょっとしたら自分の耳が悪いのではないだろうか、もう一度聞けば、きっといいところが見つかるに違いない、と。
 それで自分が売り飛ばしたCDを買い戻そうと思ったのだが、すでに売れたのかその店にはなかった。結局、数年後に違う中古店で購入した。1枚のアルバムが2倍近い値段になってしまった。

 そこまでして手に入れ戻して聞いたアルバム組曲「夢魔」なのだが、やっぱりどうも一家に一枚的なアルバムにはなれなかった。私の鑑賞能力が悪いのだろうか。
 何しろ1曲目"悪魔祓いのフォトグラファー"からして不気味であり、音がクリアでない。混沌としているのだ。リズム陣ははっきりしているのだが、キーボードやヴァイオリンがおどろおどろしい雰囲気をかもし出しているのである。

 だからイエス+クリムゾンという雰囲気に近いのではないだろうかと思った。後半の落ち着きだしてからの音はイエスっぽいと思うが、やはりヴァイオリンのせいだろうか、クリムゾン的なのである。

 2曲目の"カゾットNo.1"は聞きやすい。日本にアイン・ソフというプログレッシヴ・バンドがあるが、あの手の音によく似ている。こういうテクニカルな曲を聴くと、フランスの“イエス”といってもいいかもしれない。

 3曲目の"恍惚の盗人"はクリムゾンの「太陽と戦慄」のフランス語版のようで、面白い。メロディがバラード風で、途中のスキャットとヴァイオリンの掛け合いがスリリングである。7分32秒という時間を感じさせない展開は見事だと思った。特に後半のギターはジェフ・ベックの「ワイヤード」風でもある。もう少しギターの音がクリアであればいうことないのだが、残念である。

 4曲目"思考時間"というタイトルからして変である。大体このアルバムの曲名はどれも変で、意味不明である。この曲もイエスのようにはクリアではない。ロバート・フリップが聞けば喜びそうな曲構成である。

 この4曲目から最後の"プラスティックの墓碑"まで切れ目なく曲が続いていて、いわゆる組曲になるのであろう。5曲目"夢魔"はこのアルバムの中では唯一のキャッチーな曲で5分少々とコンパクトにまとめられている。

 確かに演奏能力は高く、イエスと比較しても遜色はないと思う。特にリズム陣は正確であり、ギターの早弾きやキーボードの展開も素晴らしいものがあると思う。
 ただ惜しむらくはメロトロンの音色が聞こえないところだろうか。メロトロン愛好家としては、これにかの音が加わればもっと豊かな音の表情を見せるのではないだろうかと思うのである。

 むしろイエス的なのは1975年に発表された組曲「夢魔」よりも、1978年に発表された3枚目のアルバム「サード・アルバム」ではないだろうか。こちらの方が音がはっきりしていて、演奏もカチッと決まっている。よりイエスに近づいた感じがする。Photo
 オープニングの"パリは燃えているか?"もいい曲だが、続いての"神々"もなかなかの名曲である。前作と比べてギターが前面に出ているのがよい。静~動~静という展開も見事である。

 このアルバムには他にも美しいシンフォニックなバラードの"天翔る鹿"、演奏力が際立っている"トンネルpart1"、"トンネルpart2"などが収められている。
 特に最後の2曲、"トンネルpart1"、"トンネルpart2"は彼らの魅力を最大限に引き出している佳曲でもある。それぞれの楽器のバランスが素晴らしいし、特にギタリストのクリスチャン・ベアの腕の見せ所にもなっている。

 こういう曲を聴けば、“フランスのイエス”という言葉も決して誇大ではないと思うのである。
 彼らは70年代に4枚のアルバムを発表し、解散したが、80年代後半にギタリストのクリスチャン・ベアを中心に再結成された。94年には来日し、東京でのコンサートを収録したライヴ・アルバムまで発表している。

 2003年にもスタジオ・アルバムを発表しているが、昔のような輝きはまだ残っているのであろうか。自分の通った高校はすでになくなってしまったが、こういう隠れた一流バンドは、いつまでもロックの歴史に残ってほしいと思うのである。

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2008年9月 3日 (水)

アンジュ

 “フランスに行きたけれども、フランスはあまりにも遠し”と詠ったのは萩原朔太郎だったような気がする。
 自分もフランスには行きたいのだが、何ぶん時間とお金がない。数年前に映画化された“ダ・ヴィンチ・コード”を見て、実際のところどうなのか確かめたいとも思ったのだが、そう簡単にはいかない。

 しかたがないので、フランスに行った雰囲気を味わおうとフランスのプログレッシヴ・バンド、アンジュの「新ノア記」を引っ張り出して聴いている。

 このバンドのアルバムはこの1枚しか持っていない。彼らは1971年にデビューし、翌年1stアルバムを発表している。

Au Music Au

アーティスト:Ange
販売元:Polygram International
発売日:2000/05/09
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 このアルバムは1973年に発表された3rdアルバムにあたる。もちろん「新ノア記」というのは、日本の配給会社がイメージを膨らませてつけたタイトルであり、原題を邦訳すると“錯乱の果てに”という意味らしい。イエスの“錯乱の扉”のようでなかなかクールである。

 彼らの作風は初期ジェネシスのフランス語版のようで、かなり演劇的でもある。「フォックストロット」をフランス語で歌うとこんな感じになりました、とついつい思ってしまう。
 リーダーはボーカル担当のクリスチャン・デカンで、“ピーター・ガブリエル+ミッシェル・ポルナレフ”といえば分かりやすいかもしれない。

 アルバムもトータル・アルバムであり、農夫ゴドヴァンの目を通して中世社会を批判しているのだが、それはそのまま現代フランス社会に当てはまるのであろう。辛らつで皮肉な表現も散見されるからである。

 ボーカルもなかなか力が入っているのだが、バックの演奏もかなり素晴らしいものである。特に2曲目の"アイザックの長い夜"、4曲目"酒神祭のバラード"での演奏は思わず耳をそばだててしまうほどの出来だ。
 2曲目はエレクトリック・ギターとオルガンがハードなアンジュを、4曲目は対照的にアコースティック・ギターを中心にしたソフトなアンジュの側面を導き出している。いずれも4分や3分程度の短い曲なのだが、その短さがさらに印象的なものにしている。

 さらに5曲目の"出エジプト記"もメロトロンをバックにしたキーボードのファンファーレが素晴らしいイントロを奏で、追い討ちをかけるようにエレクトリック・ギターが豊潤なフレーズを紡ぎだしている。後半になるにしたがって、段々と激しく盛り上がっていくさまはジェネシスの"ミュージカル・ボックス"のようだ。

 基本的にこのグループの音はメロディ・センスがあり、聴いていて非常にわかりやすい。曲自体もそんなに長くはなく、コンパクトにまとまっているから、全体を通して理解しやすいのである。

 最後の曲は、その例外で9分少々ある。"錯乱の果てに"というアルバム・タイトルと同じタイトルの曲だが、ボーカリストのクリスチャン・デカンが4つのパートを歌い分けている。

 また、後半部分のギターが激情的に曲を盛り上げている。このグループのギタリストは結構テクニシャンである。ある意味、ジェネシスのスティーヴ・ハケットよりロック寄りのフレーズが得意なようだ。

 彼らは一時解散したものの、今もしぶとく現役でアルバムを発表し、活動を続けている。噂によると、ボーカルのクリスチャン・デカンはでっぷりとメタボになっていて、昔を知る人には別人のようだと言われているが、少なくともそのボーカル・スタイルは変わっていないようだ。

 しばらくフランスのグループを聴きながら、日ごと長くなる秋の夜を楽しんでいきたいと思っている。

 

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2008年9月 1日 (月)

甦るエイジア

 エイジアの新譜が4月に発売された。しかもオリジナル・メンバーでの録音は25年ぶりということらしい。25年ぶりということは四半世紀を数えるわけで、“おぎゃー”と生まれた子どもが25歳にまで成長する時間だ、当たり前だが。

 だからこれはすごいことなのである。25年前の1983年に彼らがデビューしたときは、それこそ60年代末に流行った“スーパー・グループ”という称号が再び使われたほどだった。

 何しろ1stアルバム「詠時感~時へのロマン」は全世界中で1000万枚以上売れたのだ。デビュー時の彼らのコンセプトは、「プログレッシヴ・ロックのよいところを4分程度の楽曲にまとめた」というものだった。

Asia Music Asia

アーティスト:Asia
販売元:Geffen
発売日:1990/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 プログレッシヴ・ロックのよいところとは、もちろん技巧的、テクニカルな面で優れているというところである。だから演奏的にまったく問題はなく、安心して聴けるということだろう。
 また、曲展開が巧みという点もあげられるだろう。ただ4分程度なので、導入~展開~終結が短いということは言えるに違いない。

 それがポップなメロディを中心にして組み立てられているのだから、やはり売れる要素は十分にあった。しかもプレイヤーがかつてプログレ界の頂点を極めたアーティストたちなのだから、昔のファンも興味津々だった。
 ギターはイエスのスティーヴ・ハウ、キーボードは元バグルス~元イエスのジェフ・ダウンズ、ドラムスは元E、L&Pのカール・パーマー、そしてベースは様々なグループを渡り歩いた元キング・クリムゾンのジョン・ウェットンである。

 これは知っている人なら驚愕ものの、知らない人には“何それ”といわれるくらい凄いことなのだ。この4人が集まれば何でもできる、怖いものなしというほどだった。それこそ1時間でも2時間でもそれぞれのソロを中心に演奏すれば可能というものである。
 それが4分程度のポップな音楽を展開したものだから、世界中の人が別の意味でも驚いてしまった。その驚きが1000万枚以上という売り上げに結びついたのであろう。

 それで25年後である。この25年間にいくつかの出来事があった。まずベーシストのジョン・ウェットンとドラマーのカール・パーマーが心臓疾患になったこと。特にジョン・ウェットンの方は冠動脈疾患ということで昨年の8月に心臓のバイパス手術を受けた。

 彼らは現在は健康状態も回復し、無事に生活を送っているが、彼らの3rdアルバムまでのプロデューサーを担当したマイク・ストーンは残念ながら2002年にアルコール疾患で亡くなってしまった。享年51歳だった。

 マイク・ストーンは彼らを始め、ジャーニーの「エスケイプ」や「フロンティアーズ」、クィーンの「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」、ゲイリー・ムーアの「ワイルド・フロンティア」など有名なグループのエンジニアやプロデュースを務めるほどの敏腕プロデューサーだった。

 これら以外にもジョン・ウェットンが病気の反動かブクブクと太ったとか、スティーヴ・ハウの頭髪が極端に少なくなって、ジョン・ウェットンとは逆にやせ細って、まるでギターを弾く幽鬼のようになった、とかいろいろある。

 それでこの25年ぶりのアルバム「フェニックス」は文字通り、灰の中から甦ったような25年のブランクを感じさせない、昔のようなアルバムに仕上がっている。ほとんどの曲が4分から5分程度で、中には3分32秒という曲もある。

フェニックス Music フェニックス

アーティスト:エイジア
販売元:KINGRECORDS.CO.,LTD(K)(M)
発売日:2008/04/23
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 逆に8分を超える曲が2曲ほどあるが、これはプログレ風のポップ・ミュージックになっている。

 ただこのアルバムが売れるかどうかは微妙だと思う。25年前は意外性と楽曲のよさというポイントがあったのだが、今回はある程度音が予想されるという点と、これだけのメンバーが何でこんなポップな音を出すのかという必然性が見られないと思うからだ。

 5曲目の"Alibis"は、まるでクリストファー・クロスのアルバムに入っていてもおかしくないほどのポップさを持っているし、他にもバラードの"I will Remember You"という曲もある。
 また、前述した8分程度の曲、"Sleeping Giants/No Way Back/reprise"という組曲っぽい曲と"Parallel Worlds/Vortex/Deya"という曲は、無理やり長くしたような印象が残ってしまう。どうもアルバムの中で浮いている感じがしてしまう。

 基本的にはジョン・ウェットンとジェフ・ダウンズの2人が曲を作っているが、この2人が作ると恐ろしくポップな展開になってしまう気がする。これにスティーヴ・ハウが加わると、微妙な化学反応が起きて、もう少しプログレっぽい展開になるのではないと思う。

 どうせなら25年前とは逆に、完全にプログレに回帰した曲をやればよかったとにと思った。たとえばCDは収録時間が長いけれども、それでも全4曲とか、5曲ぐらいのアルバムを作った方が、却って売れたような気がする。

 まあ売れる売れないは別として、これだけの面子がそろっているのだから、70年代のプログレ全盛期のような音を一度は聴いてみたいと思っている。だから今度は予想を裏切るようなアルバムを期待しているのであった。

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