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2008年10月 9日 (木)

フリー

 60年代末のイギリスはブルーズ・ムーヴメントの動きの中で、様々なグループが生まれては消えていった。エリック・クラプトンをはじめ、三大ブルーズ・バンドだけでなく、他にも有名無名のバンドたちが存在していた。

 その中で若い割には、渋くかつ重厚な音を出していたバンドがあった。その名をフリー。彼らの曲"All Right Now"は、ときどきラジオでも耳にすることができるほどの名曲である。

 フリーというバンドを構成する4人の名前は記憶にとどめるにふさわしい、いや記憶に留めおくべき名前である。

 ギター:ポール・コゾフ
 ベース:アンディ・フレイザー
 ドラムス:サイモン・カーク
 ボーカル:ポール・ロジャース

 この4人の若者の名前は、60年代終わりから70年代初めのイギリスのロック・ファンなら誰でも知っていたに違いない。それほど有名だったのである。

 何しろデビュー時の彼らの年齢自体信じられないくらい若いのである。
 ギター:ポール・コゾフ     (18歳)
 ベース:アンディ・フレイザー (16歳!)
 ドラムス:サイモン・カーク   (19歳)
 ボーカル:ポール・ロジャース (19歳)

 日本でいうとジャーニーズ事務所のメンバーくらいだろうか。全員10代で、しかもソウルフルなボーカルのポール・ロジャースや泣きのギターで有名なポール・コゾフなど、ブルーズに影響されたその音楽性は他のバンドよりもかなり抜きん出ていた。
 
 彼らが解散前に発表した唯一のライヴ盤「フリー‘ライヴ’」を聞くと、こんなシンプルなバンド構成で、どうやってこんなに“濃い”音楽ができるのだろうかと、いつも不思議に思うのである。

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 逆にライヴ演奏だからこそ、音の一粒一粒がはっきりわかるのかもしれない。1曲目の"All Right Now"の白熱した演奏は、もう二度と聴くことのできない歴史的な名演である。
 この当時でもポール・ロジャースとサイモン・カークは21歳、ポール・コゾフは20歳、アンディ・フレイザーに至ってはまだ18歳であった。どう考えても信じられないほど若い。

 何しろベースのアンディは、あのジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズに15歳で加入しているのだから、まさに早熟の天才であった。加入のきっかけは、アレクシス・コーナーの娘サフォーと同級で、その紹介で加入したそうである。
 ブルースブレイカーズを解雇された後は、アレクシス・コーナーのバンドで活動していた。

 ボーカルのポール・ロジャースも12歳頃からバンド活動を始めている。12歳といえばまだ小学生ではないか。恐るべし、ポール・ロジャースである。

 そんな若いメンバーだったから、親代わりの気持ちでアレクシス・コーナーも彼らの面倒を見ていたのではないだろうか。活動の機会を与えたり、レコード会社を紹介したり、挙句の果てはバンド名までプレゼントしている。
 当初、彼らは“フリー・アット・ラスト”と名乗っていたが、これはアレクシス自身のかつてのバンド名だった。それを最終的に“フリー”と短くしてバンド名にしたのもアレクシスだった。

 バンド名については面白いエピソードがあって、最初レコード会社が提案したバンド名は“ヘヴィ・メタル・キッズ”だった。どうしてこんな名前が出てきてつけられそうになったのかは定かではないが、もしそんな名前だったらちょっと違和感を覚えてしまう。

 フリーはデビューから3年後の1971年に一度解散してしまう。やはり過酷なツアーや人気からくる重圧、より良いもの、より売れる作品を作らないといけないというプレシャーに負けたのであろう。何しろ20歳前後の若者である。プレッシャーに耐えられる方がおかしいだろう。

 しかし、当時すでにドラッグに走っていたポール・コゾフを救うために、アンディ・フレイザーの呼びかけで再び4人が集まることになった。そして1972年に5枚目のアルバム「フリー・アット・ラスト」というアルバムを発表した。

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 これは彼らバンドの最初のネーミングだったのだが、当時の状況から考えると、これで最後という決意のもとに制作したに違いないと思うのである。

 そして結果的には、ポール・コゾフとアンディ・フレイザーが抜け、代わりに日本人ベーシストで福岡県出身の山内テツとアメリカはテキサス州出身のキーボーディスト、ラビット(正確にはジョン・バンドリック)が参加して、もう1枚アルバムを制作、発表した。それが「ハートブレイカー」であった。

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 キーボードが加わった分、音に厚みが出てきたこととゲスト参加でポール・コゾフもアルバム・タイトル曲をはじめ、数曲でギターを演奏している。だから以前のアルバムと比べると、かなりハード・ロックよりの音に仕上がっているし、幾分ポップな音作りにもなっている。
 またアメリカ人や日本人メンバーが加わったことで、聞きやすくなったことは確かである。やはりメンバーが変われば、音も変わるのは当然なのかもしれない。

 フリーはイギリスや日本ではかなりの人気があったのだが、アメリカでは確かに"All Right Now"はシングル・ヒットしたものの、バンドとしては人気があるとはいえなかった。

 だから雪辱を期すというわけではなかっただろうが、ポール・ロジャースはアメリカでの成功を夢見ていたのではなかろうか。だからバッド・カンパニーは、イギリスよりもアメリカでの成功を目指していたものと思われる。結果、イギリスよりも人気が高かった。

 1973年にフリーは解散したが、同年にはバッド・カンパニーを結成し、翌年1stアルバムを発表した。だからバッド・カンパニーにはフリーと同じDNAが受け継がれているのであるが、それは後期フリー、つまり「ハートブレイカー」発表時のDNAだと思うのである。

 後に、ポール・コゾフは25歳の若さで心不全で亡くなっている。飛行機上での出来事だった。もちろんドラッグの過剰摂取が原因である。
 またベースのアンディ・フレイザーはHIVに感染し、現在消息はわからない。フリーのメンバーではなかったが、元バッド・カンパニーのベーシスト、ボズ・バレルも2006年の9月に心臓発作でなくなっている。
  
 ただこうしてみると、どのメンバーもブルーズの影響から逃れられない宿命みたいなものを持っている。ブルーズという音楽のせいで、彼らはバンドを結成し、曲作りを始め、人気を獲得していった。
 ジャニス・ジョップリンの歌に"生きながらブルースに葬られ"というのがあるが、彼らは生きていても死んでいてもブルーズという音楽に葬られているのではないだろうか。

 だからフリーのメンバーだったにしても、ブルーズからはまったくフリーではなかったのである。


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コメント

 おお、フリーFreeですね。よくぞ取り上げていただきました。まさに私のロック史(大げさ=私にとっては、CCR、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、フリー、サンタナが60年代-70年代においてのロックというものへの入り口となった)の1ページを飾ってくれたバンドです。やっぱりポール・コゾフのギターが忘れられません。そしてこちらで書いていただいて、しばらく彼らを聴いてなかったのを思い出しました。なにせLP版が私の愛蔵版ですから。そうそう、レーザー・ディスク版のライブ映像も持っていたはずなので、今夜は刺激されて引っ張り出して観ます。確かこのバンドはロジャースとラビットの権力争いが解散(1973)の原因とも言われているが・・・??

投稿: 風呂井戸 | 2008年10月10日 (金) 00時03分

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