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2008年11月

2008年11月28日 (金)

ストローブス(2)

 晩秋のこの頃になると、街路樹の葉も落ちいよいよ本格的な冬が来るのだなあと思ってしまう。そんなときにふさわしいプログレのアルバムがあった。イギリスのグループ、ストローブスの1974年のアルバム「ヒーロー・アンド・ヒロイン」である。

Hero and Heroine Music Hero and Heroine

アーティスト:The Strawbs
販売元:A&M
発売日:1999/02/16
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 ストローブスといえば、以前も紹介したことのあるグループだが、イエスのキーボーディスト、リック・ウェイクマンが在籍していたことで有名になったグループである。

 というとリックのおかげでストローブスが有名になったような観があるが、なかなかどうしてリーダーのデイヴ・カズンズ好みのトラッド色が色濃く出ているアルバム群がイギリス人には好まれているようである。

 だから一概にプログレとは言えないのである。むしろプログレはあくまでも味付け程度で、本来のテイストはブリティッシュ・トラッド、フォーク・ミュージックだと思う。

 そんな中で74年に発表されたこのアルバムには、リック・ウェイクマンの代わりに、ルネッサンスで活動していたキーボーディストのジョン・ホークンが参加している。
 その彼の活躍を聞くことのできる曲が1曲目の"Autumn"である。この曲は組曲形式になっていて、a) Heroin's Theme b) Deep Summer's sleep c) The Winter Long というふうに分かれている。タイトルを見ただけでも今どきの季節にふさわしいと、何となく感じられるのではないだろうか。

 特にこの曲全般にわたって、ジョンの演奏するメロトロンの音がものわびしさをかもし出してくれるのである。この曲を聞いただけでも、このアルバムが名盤であるということがわかると思う。

 また5曲目には"Hero and Heroin"、オリジナル・アルバムの一番最後には"Hero's Theme"という曲が配置されており、このアルバム自体がひとつのトータル・アルバムとして制作されている。70年代半ばまではトータル・アルバムというのはごく普通のことだったということができるだろう。

 現在では何かの主張をするときでないとこのトータル・アルバムという手段は効果的ではないようだ。例えばグリーン・ディの2004年に発表された「アメリカン・イディオット」なのはその際たる例だと思う。

American Idiot Music American Idiot

アーティスト:Green Day
販売元:Reprise
発売日:2004/09/21
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 それはともかく、このストローブスのアルバム「ヒーロー・アンド・ヒロイン」は名盤なのである。メロトロンの効いた曲もあれば"Just Love"のようにエレクトリック・ギターが前面に出たロックンロール調の曲もある。
 どの曲も聞きやすく印象的なメロディーを含んでいる。特に7曲目の"Out in the road"や次の曲"Round and Round"はアコースティックな面とエレクトリックな面がうまくブレンドされていて、トラッド系プログレッシヴ・ロックの面目躍如である。

 彼らは前年に"Part of the Union"という曲を全英2位にまでヒットさせており、シングル・ヒットも狙えるグループだったのである。だからトラッド系のポップで聞きやすい曲で占められていて、全体としてはプログレッシヴな味付けがされていたのであろう。結果的にはアメリカで何週もの間、トップ100にチャート・インした。ちょうどスーパートランプの先輩格のような感じである。

 このあとも彼らはアルバムを発表していくのだが、80年代には自然消滅してしまった。しかし現在でもときどきデイヴ・カズンズを中心に活動しているようである。もう日本に来ることはないだろうが、アルバムを手に入れることは出来る。まさに“人生は短し、芸術は長し”である。

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2008年11月25日 (火)

アージェント

 最近ひさしぶりにCDショップに出かけて何か目新しいものはないかと探してみた。するとアルファベットの“A”の項にArgentというのがあって、紙ジャケで売られているのを発見した。しかも1890円である。貧乏性の自分にとっては理想的な価格である。だから即購入した。

 アージェントはロッド・アージェントという人が作ったバンドである。ロッド・アージェントといえば、"ふたりのシーズン"や"シーズ・ノット・ゼア"などのヒット・シングルを放ったイギリスのバンド、ゾンビーズのメンバーでもあった人である。(ちなみに"シーズ・ノット・ゼア"は1977年にサンタナがアルバム「ムーンフラワー」でリバイバル・ヒットさせている)

 またこのバンドには、ラッセル・バラードという人もいる。知ってる人は知っていると思うけれど、この人は通称ラス・バラードといって、80年代には数多くのヒット曲を作ってはミュージシャンに提供した。あのリッチー・ブラックモア率いるレインボーの"Since you've been gone"もラス・バラード作曲である。

 だからこのバンドはいわゆる双頭バンドといっていいかもしれない。ロッド・アージェントがバンドのサイケデリックな、あるいはプログレッシヴな部分を受け持ち、ラス・バラードがポップな部分を受け持っている感じである。
 ロッドはイエスのリック・ウェイクマンが最初に脱退した1974年頃に、そのイエスに加入の打診を受けたほどプログレッシブなロックに理解があったようである。彼はキーボーディストであるが、キース・エマーソンやリック・ウェイクマン、はたまたジョン・ロードの名前を出すまでもなく、キーボーディストには芸術性やサウンドに凝る人が多いようだ。

 自分が購入したアルバムは「連鎖(ネクサス)」というものだが、ラス・バラードが参加した最後のアルバムである。オリジナルの発表は1974年だから、プログレッシブ・ロックは世界的に下火を迎えていた頃だった。

連鎖(紙ジャケット仕様) Music 連鎖(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アージェント
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2008/06/25
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 双頭バンドのアージェントだったのだが、たぶんそのバンド名からわかるように実質的な権力はロッド・アージェントが握っていたのであろう。だからラスは、バンド内で自分のいる場所がなくなったというか、自分のポップな才能を生かす機会が少なくなったのではないだろうか。

 このアルバムではラス・バラードは4曲作品を提供しているが、"Love"は4分未満のポップな曲、"Thunder and Lightning"、"Man for all reasons"、"Gonna meet my Maker"はハード・ロック調の曲である。特に"Thunder and Lightning"は後のレインボーの楽曲に共通するようなポップなテイストを持ったハード・ロックになっている。

 またボレロ調が珍しい"Man for all reasons"や、それこそイアン・ギランやポール・ロジャースが歌うと映えるようなブルーズ・ロック"Gonna meet my Maker"など佳曲が目立つ。

 一方、ロッドの曲はほぼ完全にプログレの世界を演出している。8分を超える"Music from the Spheres"は最初のキーボードの音から雰囲気を出しているし、冒頭からの3曲連続は完全にインストゥルメンタルになっていて、メロトロンなどのキーボードの音が飛び交っている。

 ただ全体の印象はやはり完全にプログレ・バンドには成りきれない中途半端な音作りになっているようだ。だからラス・バラードは脱退を決意したのであろう。

 本当はアージェントはプログレッシヴ・ロックというよりはブリティッシュ・ロックの範疇で語られるべきであろうが、この時期のアージェントはプログレッシヴ・ロックに足を突っ込んでいた。ちょうどマンフレッド・マンズ・アース・バンドが一時、プログレッシブ・ロックに傾倒していたように。

 イギリスのバンドにはこういうパターンは多いようだ。ポップな部分が強くなると10ccのようになってしまうし、プログレの要素が強くなるとスーパートランプやE.L.O.、エイジャ、後期キャメル、そしてこのアージェントのようになるのだろう。
 そういう意味ではまさにイギリスらしいバンドといえるかもしれない。そしてイマイチビッグになれなかったB級バンドとして永遠に語り継がれるのかもしれない。

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2008年11月19日 (水)

ダーク・ホース

 11月といえば、フレディ・マーキュリーとジョージ・ハリソンの月である。11月の24日はフレディの、29日はジョージの命日である。
 というわけで今回はジョージ・ハリソンのビートルズ解散後の3枚目のアルバム「ダーク・ホース」について紹介したい。

Dark Horse Music Dark Horse

アーティスト:George Harrison
販売元:Toshiba EMI
発売日:1992/01/28
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 このアルバムは1974年に発表されたが、それまでの彼のソロ・アルバムの中では最低の売り上げを記録したアルバムになった。確かに「オール・シングス・マスト・パス」や「リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」はジョージにしてみれば出来すぎの観もある。

 しかしこのアルバムもそんなに悪い内容ではないと思うのだが、結果としては全米4位だった。全米4位といえばいいのではないかと思われるかもしれないが、元ビートルズで4位というのはビートルズ・ファンからすれば考えられないのである。しかも本国イギリスではチャート・インもしていなのであるから、それまでのジョージの実績からは考えられないのだ。

 その原因は彼の私生活にあった。それまで8年間一緒に生活していた妻パティと離婚したのである。離婚だけならまだしも、離婚の原因となったのはジョージの親友エリック・クラプトンからの横恋慕だったのだから、ジョージの心中も複雑だったに違いない。

 クラプトンとジョージはビートルズ時代から、2人で一緒にジャムったりしていたし、一緒にレコーディングしたり、曲を提供したりと親友だったのである。
 それが女好きのクラプトンがこともあろうに親友の奥さんに恋心を抱き、"Layla"などと叫んでいたために、ついに破局してしまった。クラプトンにしてみれば、不倫が結婚に至ったのである。

 たぶんジョージがインド哲学や宗教に走ってしまい、奥さんを顧みなくなったせいもあるだろう。2人の間には子どもはいなかったから、パティとしてみれば淋しかったに違いない。そういう心の隙間を狙ってクラプトンは忍び込んだのである。さすがクラプトン、ギターはスローハンドだが、女に出す手は早いのである!?

 だからジョージは荒れた。このアルバムにも"So sad"、"Bye bye,love"など複雑な自分の心境を歌った曲がある。特に"Bye bye,love"なんかは原曲と全く違うアレンジで歌っている。サイモン&ガーファンクルもこの曲を歌っているが、全然受ける印象が違う。S&Gの歌は明るさがあるが、ジョージのこの曲は本当に暗くて、聞いているこちらまでふさぎこんでしまいそうになってしまう。

 しかも"Bye bye,love"にはエリック・クラプトンとパティも参加している。パティはコーラスに参加し、エリックはギターを演奏しているようだが、どうもこの辺の感覚は自分には理解できない。それだけジョージは寛容なのだろうか。これも神の御慈悲なのだろうか。

 さらに追い討ちをかけるかのように、自分のアルバム・レーベルである“ダーク・ホース”を立ち上げて、他のミュージシャンをデビューさせているし、このアルバム発表にあわせてツアーをスタートさせる準備もしなければならなかった。だから心身ともにこの時期のジョージはかなり参っていたと思うのである。

 特にアルバム・タイトル曲"Dark horse"では、これがあの"Something"、"Here comes the sun"を歌ったジョージ・ハリソンかと疑うほどの荒れた声を出している。本当に痛々しいくらいだ。

 さらに暗いニュースは続き、このときの北米ツアーは散々の出来だった。客の反応は悪いし、ツアーを重ねるたびに観客は入らなくなっていった。
 一説には前座のラヴィ・シャンカールの演奏が長すぎたとか、ツアーの最初はジョージがビートルズの曲を封印していたのが原因といわれているが、ビートルズ解散から4年たってそろそろジョージの神通力も消えかかってきたのだろうか。

 救いがあるのは"Ding Dong,Ding Dong"と"Far east man"が収められていることだろう。前者の曲は新年を祝うものとして録音されたようである。
 また後者の曲は、このアルバムの中で一番の出来と思われるほど素晴らしいバラードである。タイトルの"Far east man"とは当時ストーンズのロン・ウッドが着ていたTシャツに書かれていた文字のことで、これを見てジョージが作ったものである。

 のちにロン・ウッドの1stソロ・アルバム「俺と仲間」にも収められている。何度聞いてもいい曲はいいのである。

I've Got My Own Album to Do Music I've Got My Own Album to Do

アーティスト:Ron Wood
販売元:Warner Bros.
発売日:1999/06/18
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 というわけで11月のジョージの命日にちなんで今年は「ダーク・ホース」を紹介させてもらった。来年は次のアルバム「ジョージ・ハリソン帝国」になるだろう。ここから元ビートルズの看板を払って、一ミュージシャンとして自立していったジョージがあると思うのである。

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2008年11月18日 (火)

甲斐バンド

 先日、甲斐バンドのDVDを見ていたらゲストで中島みゆきが登場して一緒に歌っていた。何という曲かはわからなかったが、そういえば彼らは仲が良かったのを思い出した。中島みゆきのアルバム「36.5℃」では甲斐よしひろがプロデュースを部分的に担当していた。

36.5℃ Music 36.5℃

アーティスト:中島みゆき
販売元:ヤマハミュージックコミュニケーションズ
発売日:2001/04/18
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 このDVDは1986年の彼らの解散コンサートの模様を収録したもので、CD化もされている。DVDでは全16曲だが、CDでは14曲になっている。DVDの方が雰囲気をよく伝えているし、コンサートの流れもほぼ忠実に捉えているような気がする。

HERE WE COME THE 4 SOUNDS DVD HERE WE COME THE 4 SOUNDS

販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2005/09/14
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 甲斐バンドは甲斐よしひろが中心となって結成されたバンドで、九州は博多出身のバンドである。博多出身といえば海援隊や長渕剛などが有名だが、ライブハウス「照和」出身の甲斐と長渕は仲が良かったらしい。

 自分は彼のことを知ったのは、NHKFMの水曜夜の番組「サウンドストリート」を聞いてからである。知り合いが甲斐はなかなかカッコいい。見かけではなくて言う事が男らしいと言っていたのを聞いて、それじゃと聞いてみたところ、確かに骨太の正論を吐いており、へえこんな人だったのかとびっくりしたのと同時に、改めて彼らのことを気に入った。

 福岡駅に着くといつも思い出すのが、彼らのシングル"裏切りの街角"である。フォークのようなロックのような中途半端な曲だったのだが、耳になじみやすいポップなメロディと思春期特有の甘酸っぱい思い出がこもった詩は、福岡のような“都市化した田舎”にはよく似合っていると思う。

 そういう意味で、最初は彼らのことを甘く見ていたのだが、実際は才能あるミュージシャンということがわかってからは、彼らの動向に注目していた。

 デビューは1974年だったから実質12年間の活動だった。地元福岡では有名だったが、全国的にはまだまだ知名度も低く、78年の"Hero(ヒーローになる時、それは今)"がシングルでNo.1になるまでは地道にコンサートやアルバムのプロモーションに精を出していた。

 この曲はTVCMとタイアップしたものだったが、このヒットのおかげで彼らはメジャーになった。このあと曲の冒頭が印象的な"感触(タッチ)"、ストーンズの"Angie"に似たような内容の"安奈"、これも某化粧品会社とタイアップした"ビューティフル・エネルギー"などのように、次々とヒットを連発していった。

 ヒットを出したのはいいのだが、曲調がだんだんとマンネリ化していって、ロック・バンドというよりも歌謡曲ロックを歌う4人組になってしまったようだった。"ビューティフル・エネルギー"なんかは、エッ、甲斐バンドがこんな曲やるの、やっていいの、みたいな感想がファンの間、といっても私の周辺だけだったが、を駆け回ったものだ。

 また甲斐自身も某ミュージック・ライフの当時の編集長高橋なんとかと結婚したものの、生活のすれ違いのせいか、数ヶ月で離婚してしまった。(と記憶している)その女性は秋田県出身で秋田美人と九州男児の組み合わせがうまくいくかどうか興味津々だったのだが、そうならず失望した思い出がある。

 そういうわけでヒットが出ていい気になってたわけでもなかったのだろうが、このときの甲斐バンドはロックからは程遠かった。

 しかし、そこは甲斐よしひろ、普通の人ならこれで沈んでいくのだが、彼はそうならずにもう一度原点に戻って音作りを始めた。そしてニューヨーク三部作が生まれるのである。

 ニューヨーク三部作とは、彼らがアメリカのニューヨークに渡って録音したアルバム群のことである。実際はニューヨークだけではなく、ハバナのナッソーなどでも録音したらしいのだが、最終的なミキシングを、当時超有名だったニューヨーク在住のミキサー、ボブ・クリアマウンティンに依頼して制作された。タイトルは「虜-TORIKO-」「黄金/GOLD」「ラヴ・マイナス・ゼロ」の三作である。

GOLD(紙ジャケット仕様) Music GOLD(紙ジャケット仕様)

アーティスト:甲斐バンド
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2007/12/12
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 だから音質がよく、今聞いても彼の名前のようにクリアである。当然のように売れて、オリコンでもそれぞれ2位、8位、3位を記録している。第2の彼らの黄金時代であった。

 しかしこれで燃え尽きたかのように、その後彼らは解散に向けて進んでいった。「ラヴ・マイナス・ゼロ」は1985年の作品だったから、この翌年には解散することになった。やはりいい作品を作ろうとした結果、それだけエネルギーの消耗が激しかったのだろう。

 甲斐よしひろの作品で一番印象的なのは"安奈"だが、その次に印象的なのは松田聖子に提供した"ハートをROCK"である。あの骨太の甲斐よしひろが松田聖子が歌えるようなポップでキュートな曲を書けるとは思えなかったからだ。

 彼女の1983年のアルバム「ユートピア」では甲斐の曲を2曲聞くことができる。"ハートをROCK"と"赤い靴のバレリーナ"である。前者はアップテンポな曲で、後者はバラード系の曲である。いずれも歌詞は松本隆が担当しているので、女の子のデリケートな心理がよく表現されているのだが、曲は甲斐よしひろなのである。はっきりいってかなりの名曲である。

ユートピア Music ユートピア

アーティスト:松田聖子
販売元:ソニーレコード
発売日:1990/10/15
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 だから甲斐には昔からメロディメーカーとしての才能があったことがよくわかる。この当時は確かに売れていたのだが、決して天狗にはならずにあくまでも自分たちの道を進んでいきながら、個人としては曲を提供するというある意味潔い姿勢を貫いていった。甲斐よしひろには学習機能が付いているのだ。

 最近は甲斐バンドを再結成して、コンサート活動を行っているようだが、旧曲のヒットパレードで終わるのではなくて、55歳となった今でも新しい道を進んでいってほしいものだ。 
 甲斐よしひろはストーンズのミック・ジャガーにあこがれて、ロックを始めたようだが、ミック以上に新作完成→ツアー→DVD(映画)という路線を歩んで、若いミュージシャンとは格の違いを見せつけてほしいのである。

THE甲斐バンド(紙ジャケット仕様) Music THE甲斐バンド(紙ジャケット仕様)

アーティスト:甲斐バンド
販売元:EMI MUSIC JAPAN(TO)(M)
発売日:2007/12/12
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2008年11月16日 (日)

ジミ・ヘンドリックス

 ジミ・ヘンドリックス(以下ジミ・ヘンと称す)はアメリカ出身のギタリストである。本来ならアメリカン・ロックに分類されてもおかしくないはずだが、個人的にはソウル・ミュージックに所属するのではないかと思っている。

 黒人だからという理由だけではない。やはりブルーズやジャズに影響されたその音楽性はソウル・ミュージックだと思うのである。

 アメリカの新しい大統領は白人と黒人のハーフであるが、ジミ・ヘンも白人の母親と黒人の父親の間から生まれている。白人の母親といってもネイティヴ・アメリカンでチェロキー族の流れを汲んだ女性だったといわれているから、彼の遺伝子には黒人と白人とネイティヴ・アメリカンが入り交ざっている。

 しかも生まれてまもなく母親は出奔してしまい、彼は祖母から育てられた。彼の曲に"Little wing"というものがある。その歌詞に“妖精”や“蝶”、“雲の上”などが出てくるが、そういう幻想的なものは、もちろんドラッグの影響もあったのかもしれないが、やはり幼少期に祖母が物語ったネイティヴ・アメリカンの伝承の影響もあったのだろう。

 自分がジミ・ヘンを知ったのは、彼の死後のことだった。彼は1970年9月に27歳で亡くなっているので、物心ついたときにはもうこの世にはいなかったのである。
 だから写真や映像でしか彼を知らない。映像といってもウッドストック・コンサートとモンタレー・ポップ・フェスティバルでしか見たことがなかった。(のちにワイト島でのコンサート映像は某国営放送で放映された)

ブルー・ワイルド・エンジェル~ワイト島のジミ・ヘンドリックス DVD ブルー・ワイルド・エンジェル~ワイト島のジミ・ヘンドリックス

販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2007/06/13
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 だから彼の死の直後から、彼のことはすでに伝説となっていったのだと思う。彼の歯でギターを掻きむしる演奏や背中にまわして弾く姿などは子ども心にも印象的だったし、最後に火をつけてギターを燃やすところなんかは、まさに人間業ではないと思っていた。

Live at Monterey (Ac3 Dol Dts) DVD Live at Monterey (Ac3 Dol Dts)

販売元:Experience Hendrix
発売日:2008/10/27
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 そういうトリッキーなところが凄かったし、また右利き用のギターをそのまま弦を付け替えずに持ち替えて、右手でフレットを押さえ、左手でピッキングするところは何と器用な人なのだろうと素朴に思ってしまった。
 のちに野村義男が背中で弾いたりしていたが、あれはジミ・ヘンのまねだったのだろうか。また甲斐バンドの甲斐よしひろも右利き用のギターをそのまま持ち替えて弾いているという話を聞いたのだが本当だろうか。この点については真偽のほどはよく分からない。

 ジミ・ヘンのギター奏法は実はそんなに凄くはないらしい。テクニック的には他のジャズ・ギタリストやブルーズ・ギタリストの方が上といわれている。
 彼が素晴らしいのはその曲に伴うグルーヴ感を上手に表現しているところであり、曲やソロを聞けばすぐに彼とわかるところであろう。そういう独特の個性や音楽性が素晴らしいのである。

 また当時の時代背景も彼を後押ししたのであろう。ベトナム戦争を背景に若者の革命意識の高揚やその反対に厭世的な雰囲気、いわゆるヒッピー文化に象徴されるサイケデリックなサブ・カルチャーなどが時代のヒーローとして彼のような存在を求めていたのではないだろうか。

 さらにまた単なるハード・ロックやブルーズ・ロックに収まりきれない彼の才能というのもまた彼の特長である。彼が残した最大の功績だったのかもしれない。
 どこで見かけたのか忘れてしまったのだが、彼には普通の人には聞こえない音が聞こえてきたのであろう、という一節があったのだが、まさにその通りだと思う。

 彼はそういう自分だけの音や音楽を求めるために、あるいは逆にそういう音から逃れ、平穏で安逸な生活を求めるためにドラッグに手を出していったのだろう。そしてそれがうまく音源としてまとめられたのが、「アクシス:ボールド・アズ・ラヴ」であり「エレクトリック・レディランド」だったのだろう。

Axis: Bold as Love Music Axis: Bold as Love

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 彼が生きていたら、どういう音楽をやっていたのだろうかと、よく言われるが、たぶん彼は自分にのみ聞こえる音を追及していたに違いない。そしてそれは世界中に影響を与えていったであろう。当然のことながら、ソウルやファンクやロックという範疇を凌駕していただろう。そういう意味で彼はまさに唯一無二の存在だったのである。

 しかし音楽性は様々なジャンルのものを追い求めていても、彼の心の拠りどころになっていたのは、ソウルフルな家庭であり、祖母から聞かされていた“フェアリー・テイルズ”だったのではないだろうか。
 だから自分にとっては、彼はロック・ミュージシャンというよりは、偉大なソウル・ミュージシャンと呼んだほうがしっくりくるのである。

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2008年11月 6日 (木)

赤い崖

 先日、いま話題の映画「レッド・クリフ」を見に行った。平日だったので、お客は少ないと思ったのだが、意外と多かったように思えた。

 日本でも中国でも「三国志」の人気は高いようで、有名な豪傑が入れ替わり立ち代り登場して権謀術数や戦闘を繰り返す様子は、何度見ても読んでも興味が尽きない。
 特に“赤壁の戦い”は史実に残る戦争であり、その鮮やかな戦術で攻勢に立つ曹操を敗走させた点はまさに痛快の極みである。

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 「三国志」は庶民を守る劉備サイドを中心に描いているように思える。理想の国家建設を願いながらも、その途中でなくなってしまう劉備玄徳、その意思を継いで、蜀という国の拡大を目指しながらも病に倒れて戦場で亡くなる天才的軍師、諸葛亮孔明などの悲劇のヒーローが民衆の心を捉えて離さないのであろう。
 
 ある意味“判官びいき”というのは日本や中国などの東洋に根付いている考え方なのかもしれない。特に歴史というのはすでに決定されている事実である。事実を変えることは出来ない。
 だからこそ、志し半ばでなくなった英雄群を愛しく思い、それを憂い慕うことで、英雄たちの魂を慰めているのではないだろうか。
 
 この映画は、ジョン・トラボルタ主演の「フェイス・オフ」やトム・クルーズ主演の「ミッション・インポッシブルⅡ」で有名なジョン・ウー監督が指揮を執って撮影・制作されたものである。

 元々は5時間を越える上映時間だったのだが、それでは余りにも長いと思ったのであろう。“part1”“part2”に分かれており、今回は“part1”ということで、趙雲子龍が劉備の赤子を単身救いに行く場面から赤壁の戦いの前段階までが描かれている。それでも2時間40分という上映時間であった。

 主演は香港映画の名優、トニー・レオンである。残念ながら香港映画はブルース・リーとジャッキー・チェンしか知らないので、どんな人なのかよくわからない。正直言って、香港映画と韓国映画は苦手なのである。

 で意外と面白かったのは2人の日本人、金城武の諸葛亮孔明と武将役の中村獅童は結構ハマリ役だったと思う。
 特に金城武の方は重要な役どころで、台詞も多く、また見た目もいいので、トニー・レオンよりも目立っていたと思う。そういえば金城は台湾生まれだったことを思い出した。お父さんは日本人でお母さんは台湾人、本人は英語、北京語、広東語、台湾語、日本語に堪能だから、この映画でも全く遜色なく溶け込んでいたのであろう。

 “part2”は来年の4月公開となっている。いよいよ赤壁の戦いのシーンが見られるわけでが、“連環の計”や“苦肉の計”などがどのように描かれているのか楽しみである。
 また、CGと実写が組み合わされて最新の技術が駆使されているらしい。それもまた楽しみである。

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2008年11月 3日 (月)

オーティス・レディング

 忌野清志郎はアメリカの黒人ソウル・シンガー、オーティス・レディングにあこがれてプロ・ミュージシャンになろうと思ったそうである。彼がブッカーT&the MG’sと日本公演を行っているときにそう話していた。

 オーティス・レディングは伝説となっている1967年のモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演したのをきっかけに、白人の間でも人気がでるようになった。それまでは黒人の間では有名だったが白人の間では今一歩だった。

 彼の魂を震わせるような歌い方やステージでのMCなどは、誰も真似が出来ないほどの彼独自のパフォーマンスだった。
 オーティス自身は、リトル・リチャードとサム・クックを尊敬していて、彼らのようになろうと思ってミュージシャンの道を歩み始めた。リトル・リチャードのアップテンポなロックン・ロールとサム・クックのシルクのようになめらかなバラードを取り入れようと思ったのではないだろうか。

 だからオーティスの歌やその歌い方には両者のいいところが含まれているのだと思う。したがって彼が白人と黒人の両方から支持されたのは、ある意味当然のことなのであって、そうなるべくしてそうなったといってもいいと思うのである。

 彼はジョージア州出身なのだが、そういえばレイ・チャールズやリトル・リチャードも同じ州出身である。そういう地元ならではの雰囲気や影響もあったのだろう。

 当然のことながら60年代のアメリカ南部は人種差別の激しいところであった。バスの座席も区別され、トイレも白人用と黒人用に分かれていて、間違っても白人が黒人のところに行くことはなかったし、黒人が同様のことをしたら虐待されていたし、最悪の場合は殺されても文句は言えなかった。

 そういう状況の中で、オーティスのえらいところは、そういう垣根を取っ払って白人の曲であれ、黒人の曲であれ、彼自身が気に入った曲はどんどん録音していったという点である。
 有名なところではビートルズの"Day Tripper"やストーンズの"Satisfaction"であろう。ビートルズやストーンズ自身が黒人音楽から影響されているので、ある意味、先祖帰りしたのかもしれないが、オーティスは何度もステージで歌っている。(後にストーンズはオーティスの歌である"I've been loving you too long"をライヴで歌っている)

 また彼のバックで演奏しているブッカー・T&the MG'sは白人と黒人の混成バンドであった。リーダーのブッカー・Tは黒人だが、ギタリストのスティーヴ・クロッパーやベーシストのドナルド・"ダック"・ダンは白人である。
 人種差別の激しい南部で、このように白人と黒人が協力して音楽を作り上げてそれをヒットさせたということは、当時としてはまさに奇跡のような出来事だったに違いない。これぞまさに“神のご加護、配慮”なのかもしれない。

 音楽は、ロックン・ロールは、奇跡の音楽なのだろうか。この場合はロックではなくソウル・ミュージックなのだが、ロックン・ロールはこのように何でも飲み込む貪欲性というか、吸収力を秘めているのだ。
(というとカッコいいのだが、要するに“パクリ”の音楽なのである。“パクリ”を積み重ねてここまで成長してきたといってもいいだろう。事実、ロッド・ステュワートなんかはサム・クックやジェイムズ・ブラウンの影響を受けているし、彼らのまねをしたステージングをしている。日本の矢沢永吉もロッド・ステュワートのまねをしたといわれても仕方ない歌い方をしている)

 それでオーティスであるが、彼の本領はライヴで発揮される。それがよく現れているのがライヴ・アルバム「ヨーロッパのオーティス」である。ここではヨーロッパの白人聴衆の前で堂々の熱唱を披露している。

Live in Europe Music Live in Europe

アーティスト:Otis Redding
販売元:Atco
発売日:1999/03/16
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 アルバムの中にもオーティスとコール&レスポンスしている聴衆の熱狂的な反応が収められていて、ロックのライヴ・アルバムよりも激しく興奮しているのがよくわかる。

 よく言われることだが、彼の歌い方こそまさに“魂(ソウル)”を揺さぶられるものである。歌っているのか叫んでいるのかよくわからない、体全体で表現する唱法は、唯一無比のものであった。
 ステージ上で縦横無尽に動き回り、時にひざを曲げ、時にジャンプしながら歌うその様子は、まさに世間の度肝を抜くものであった。

 ある意味、オーティスはキング牧師と同じように、人種差別を解消させてくれる希望の星だったのかもしれない。
 しかし人生とは皮肉なもの。キング牧師は1968年に暗殺されて亡くなり、オーティスはその前年の12月10日、ツアーに行く途中、彼の乗った自家用飛行機が墜落し、事故死してしまった。享年26歳であった。

 彼の生前に録音されていたシングル"(Sittin' on) The Dock of the Bay"は、ビルボードのチャートでNo.1を記録した。ビルボードの集計が始まってから初めて、アーティストの死後発表されて1位を記録した曲になった。

 オーティスのデビューは1962年か63年頃だったから実質の活動期間は4年余りである。しかし彼が残したものは余りにも多かった。彼以降のソウルやロックのボーカリストでオーティスの影響を受けていない人はいないといわれている。

 我が愛する日本の忌野清志郎も彼の影響を受けている。彼がライヴで歌う“ガッタ、ガッタ、ガッタ、ガッタ”はオーティスの先のアルバムの中でも聞くことが出来るし、“愛し合ってるかーい”という呼びかけも、もともとオーティスがステージ上から聴衆に呼びかけていたフレーズであった。

 アメリカは、21世紀になっていよいよ黒人大統領が誕生するくらい社会も熟成してきた。もしオーティスが生きていたならば、この様子を見てどう思うのだろうか。ひょっとしたら“湾の波止場にたたずんで”冷静に見つめているかもしれない。

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2008年11月 1日 (土)

タイマーズ

 今日のニュースによると、某慶応大学の学生が数人で大麻を所持、吸引していたらしい。以前にも某関東学院大学の学生が自宅の押入れで大麻を栽培して、友だちと吸引していたというから東京の大学生の間では大麻が流行しているのであろうか。

 また相撲界でも張った張らないではなくて、吸った吸わないでもめているし、実は結構日本の社会では裏で浸透しているのかもしれない。

 コナン・ドイルの小説で有名なシャーロック・ホームズは大麻吸引の常習者だったし、当時のビクトリア女王も生理痛の痛みを和らげるために大麻を吸引していたという事実がある。(コナン・ドイルは医者でホームズの常習を非難している記述は見られない)
 ヨーロッパでは大麻は、アルコールやタバコよりも依存性が低く、体に対する害もほとんどないといわれていて、事実オランダでは大麻はフリー・ドラッグとして普通に売買されている。
 WHO(世界保健機構)でも大麻の依存性は低いと報告しているし、2006年にはイギリスの薬物乱用諮問委員会が大麻を用いて統合失調症にかかる人はごくまれ、というかほとんどいないとレポートしていた。

 ヨーロッパで唯一厳しいのはスェーデンくらいなものであろうか。ヘロインよりも精神疾患に罹る率が高いと報告しているが、他の国と比べてかなり立場が違っているようだ。
 オランダでは大麻を自由化したおかげで、他のドラッグに走らないようになったそうで、ヘロイン患者発生率も下がってきたという。大麻はタバコと違って少ない量でかなり日持ちがするらしい。だから他のドラッグに走らなくて良いということらしい。

 一方アメリカでは、大麻からスタートしてもっと過激なドラッグに手を出す人が多いという。ひょっとしたらこの違いは国民性から来ているのかもしれない。

 ドラッグはごく大雑把に、アッパー系とダウナー系に分けられる。アッパー系というのは交感神経が刺激されて、気分が高揚し陽気にはしゃぐタイプで、ダウナー系はその逆である。
 だから覚せい剤を使用するとドーパミンが多量に分泌され、気分がハイになり、数日間眠らなくてもビンビンに元気なのである。これはアッパー系のドラッグだからである。
 そして大麻はダウナー系なので、飲酒したように気分になり人によっては落ち着いた感じを味わう場合もあるという。

 だから覚せい剤を使用した場合は、幻覚が現れ、攻撃的になり、最悪の場合は殺人などを平気で犯してしまう。しかし大麻を吸引して人を襲うということはほとんどない。大麻は攻撃心を煽ることはない。ただし、大麻には飲酒と同じように二日酔いと同じような症状が現れ、頭痛や吐き気などは見られるらしい。

 こうやって延々と書いてきたのは、別に大麻を解禁しろとか、大麻は害が少ないからドラッグではない等と主張したいからではない。大麻は他のドラッグと違って様々な意見があり、国や地域によってその対応が違っているということだけは事実として述べたいだけである。
 つまり常識を疑うことから物事はスタートするということを言いたいのだ。科学の歴史や文化の発達などは既成事実の崩壊から始まった。当然のことながらロックン・ロールの歴史も既成の音楽(ジャズやブルーズ、カントリー&ウェスタン)を乗り越えるところから始まっている。

 だから大麻の是非を問うのではなく、大麻の問題をどう捉えて、どのように対応しないといけないのかをみんなで考えていかないといけないと思っているだけである。

 そしてもうひとつこの名前をバンド名にしていた人たちがいた。それが日本のバンド、ザ・タイマーズだった。ジュリー(沢田研二)のいたタイガースではない。タイマーズである。

 彼らが残した唯一のアルバム、「タイマーズ」は名盤である。"タイマーズのテーマ"で始まり、"偽善者"、"偉人のうた"、"土木作業員のテーマ"、"税"など、どの曲をとっても反権力、反政府、反既得権の匂いがプンプンしており、ここまでやっていいのか、よくこれで発売禁止にならなかったなあと驚きと同時に感動してしまった。(特に"偽善者"は山本コータローに向けて歌ったものらしい)

 ザ・タイマーズ ザ・タイマーズ
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「政治家はただ選挙で争っている
宗教のやつらは神様で争っている
科学者ときたら特許で争っている
企業はひたすら利益を争っている」
(争いの河)

「Long Time Ago 44年前
原子爆弾が落ちてきて
何十万人もの人が死んでいったのさ

Long Time Ago 44年前
8月6日の朝8時15分
何の罪のない人が死んでいったのさ
(中略)
Long Time Ago 44年たった今
原子爆弾と同じようなものが
おんなじこの国につぎつぎと出来ている」

(Long Time Ago)

 こういう歌が17曲も収められている。音楽的にもロックあり、フォークあり、演歌あり?で何回聞いていても飽きが来ない。それこそトリップできそうな音楽なのである。特に1曲目"タイマーズのテーマ"は、アメリカのポップ・グループ、モンキーズの"モンキーズのテーマ"と同じメロディなのだが、それに素晴らしい訳詩がつけられている。

「Hey Hey We're The Timers
Timerを持ってる
いつでも どんなときも
Timerを持ってる

火をつけて この胸に
お前の匂いを かぎたいぜ
Hey Hey We're The Timers
Timerが大好き
いつでも 君と
笑っていたいな」
(タイマーズのテーマ)

 ここまで徹底していると痛快である。日本の音楽シーンに、こういう音楽が生まれてきたことはそれだけ許容度が下がったというか、倫理が乱れてきたというか、PTAが聞いたらきっと排斥運動がおきるような、だけどへそ曲がりの自分なんかは、もっとやれと野次ってしまうほど素晴らしい音楽なのである。

 そしてその音楽のリーダーは忌野清志郎であり、ここまでやってしまう人だからこそ、みんなから信頼され、愛されるのであろう。何しろ裏表がない、有言実行の人で、某さだまさしや某堀内孝雄のようなタイプのミュージシャンとは一線を画しているのだ。

 大麻には賛否両論、異論反論いろいろあるが、少なくともこっちのタイマーズには全然異論はないのだ。むしろ頑張ってもらいたい。押し付けの価値観や既成の(規制の)価値観こそ旧世代の遺物なのである。
 清志郎には早く元気になって再びタイマーズを復活させて、澱んだ世の中に風穴を開けてほしいと切に願っている。

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