P.F.M.(3)
P.F.M.は、1974年に「甦る世界」を発表したあと、北米ツアーに出かけた。“北米”とは具体的にはカナダ、アメリカであった。そしてこのときにレコーディングされたのが、アルバム「クック」である。
実は自分はこの時期の彼らのライヴ演奏をレコーディングしたアルバムがあるとは知らずにいた。中学生の頃からリアル・タイムでP.F.M.を聞き続けていたのだから、知っていてもよさそうなのに見たことも聞いたこともなかった。
このアルバムが発表されたのは1975年だから、その前後のアルバムは知っていても、このアルバムだけは知らなかったのである。不思議な事もあるものだが、それほど有名ではなかったのか、それとも地方の田舎にまではそのニュースは届かなかったのか、よくわからない。店頭でも見た覚えはなかった。
それでそのアルバムを実際に聞いたのは、おとなになってからである。紙ジャケとして再発されたCDとして聞いた。
まずそのジャケット・デザインの“品”の悪さに驚いた。何でイタリアのバンドなのに、宇宙空間で数匹の薄気味悪い蛇が鍋の中にいるのか理解できなかった。「クック」というタイトルからして“料理”しようとするのだろうが、何で蛇を料理するのか理解不能だった。そして今だに理解できないでいる。
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クック(K2HD/紙ジャケット仕様) アーティスト:P.F.M. |
音の方はというと、これがまた素晴らしいライヴになっている。ダイナミックな演奏が楽しめる"Four Holes in the Ground"から始まり、叙情的な"Dove...Quando...(何処...何時...)"でしっとりと感傷に浸り、フランコ・ムッシーダのアコースティック・ギターでさらに空中を浮遊するような感覚に襲われてしまう。
このギターに誘われるかのように"Just Look Away(通りすぎる人々)"が始まる。スタジオ・アルバムとほとんどアレンジは変わっていないようであるが、ライヴのせいか多少ラフな印象が残る。それでも原曲がいいだけあって、ライヴでも他の曲と遜色ない出来栄えである。
そして4曲目はビートの効いた"Celebration"で、攻撃的なP.F.M.を堪能することができる。曲の終わりで"The World Became the World(甦る世界)"のフレーズがでてくる。あくまでもフレーズが数回繰り返されるだけなので、曲全体とまでは行かないのが悲しい。できればこの曲の完全版を聞きたかった。
また1枚6曲ではなく、2枚組完全実況録音盤として発売してほしかった。当時の日本ならきっと売れたに違いない。
アルバムの後半は、"Mr. Nine till Five"~"Alta Loma Five till Nine"で、あわせて20分を超える白熱した演奏を繰り広げている。
それにしてもメンバー各自は凄腕のテクニシャンである。特にギター担当のムッシーダはアコースティックもエレクトリックも両方巧みだし、キーボード担当のフラヴィオ・プレモーリはキース・エマーソンばりの早弾き、テクニックを披露してくれる。またマウロ・パガーニはフルートだけでなく、ヴァイオリンまで器用に扱うことができる。まるでイアン・マクドナルドとダリル・ウェイを合体させたようだ。
それがよく表れているのが、"Alta Loma"で、白熱したアンサンブルはお見事の一言に尽きる。それにドラム担当のフランツ・チョッチョやベースのパトリック・ジヴァスのリズム陣も本家クリムゾンに負けず劣らず、バンドをしっかりと支え、ときとして緩急つけた展開を披露している。
最後にイタリア生まれのロッシーニが作曲した"ウィリアム・テル序曲"がパガーニのヴァイオリン・ソロに導かれて演奏され、アルバムは幕を閉じるのである。
この北米ツアーで自信をつけた彼らは、さらに自分たちの人気を決定付けようとして、英語の堪能なイタリア人ボーカリストを加入させて、6人編成になった。そして発表したアルバムが「チョコレート・キングス」であった。
ジャケットを見てもわかるように、アメリカをチョコレートに見立てそれをかじりつくすというコンセプトは、彼らのアメリカ制覇の願望を表している。
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チョコレート・キングス(K2HD/紙ジャケット仕様) アーティスト:P.F.M. |
また内容も「甦る世界」に負けず劣らず素晴らしい内容だと思う。専任ボーカリストが加入したせいで、演奏にだけ集中できるようになったせいだろうか。
ところでこのボーカリスト、ベルナルド・ランゼッティの歌い方は、どことなく酔っ払ったピ-ター・ガブリエルもしくはフィル・コリンズといった感じである。
とにかく曲がよい。1曲目の"From Under"から彼のボーカルが全開し、歌いまくっている。バックの演奏もフルート、ギター、キーボードがリードをとりながら、リズム陣は堅実にリズムをキープするという理想的な展開だ。ただ追求する音楽がクリムゾンからジェネシスに変わったような感じがしてならない。特にキーボードの音色がジェネシスっぽいと思う。
2曲目の"Harlequin"は静から動の展開が素晴らしい。ムッシーダのアコースティック・ギターにあわせてランゼッティが歌い、続いてバックの演奏が彼の歌を支えながら徐々にアップテンポになっていく。またそれにからむフルートやキーボードがカラフルな彩を添えていく。
3曲目はアルバム・タイトルでもある"Chocolate Kings"である。当時のイタリアから見たアメリカ観を表しているようだ。
「とても残念だ
彼女のスーパーマンはファンを失いつつある
とても残念だ
彼らは荷物をまとめ
旗を降ろしつつある
彼女のスーパーマーケットの王国は
崩れつつあり、戦争の機械は売り出し中だ
誰も英雄に尊敬の念を示さないし
TVという神は失敗している
帰り道に彼女が鏡をのぞくことを
願っている
チョコレート・キングスは死につつある
あなたはチョコレートの天国のために
時間を無駄にしようとは思わない」
(訳プロフェッサー・ケイ)
このときアメリカはベトナム戦争の泥沼にはまっていたから、アメリカ人にはさぞかし耳が痛かったに違いない。
後半は長い曲が2曲続くのだが、似たような傾向のせいか少々食傷気味になってしまう。しいていえば最後の曲"Paper Charms"は緩急がよく付けられていて見事だと思う。またマウロ・パガーニのヴァイオリンがフィーチャーされていて、曲を印象深いものにしている。
しかし残念な事に、パガーニはこのアルバム発表後に脱退してしまい、以後急速に彼らの人気も下がってしまった。P.F.M.がパガーニのバンドというわけではないのだが、曲作りやバンドのケミストリーには彼の存在が欠かせなかったのであろう。
だから彼らの全盛期は1973年から75年くらいではないかと思うのである。しかしわずか数年の輝きだったにしろ、彼らの残した足跡は素晴らしかった。
イタリアにもクリムゾンなみのテクニックと曲作りに巧みなバンドがいるということを世界に知らしめた点は評価できるし、彼ら以降、バンコやゴブリンのような新しいバンドが次々と世界に飛び出していくことができたのも、P.F.M.が道を拓いたからこそである。
彼らはその後低迷して行き、80年代にはポップ・バンド化してしまったようである。ときにはディスコ・ナンバーを演奏していたというから驚きである。
しかし90年代の後半から再びプログレッシヴなサウンドを目指し、2002年と2006年には来日コンサートを開いている。
単なる懐メロバンドで終わらずに、再び世界進出を目指してファンタジックなアルバムを制作してほしいものである。今こそイタリア人としての情熱を発揮するときだと思うのであるがどうだろうか。
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