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2009年4月

2009年4月29日 (水)

レア・バード

 グリーンスレイドのところで思い出したのだが、ギターレスのプログレ・バンドで有名なところは、まずはキース・エマーソンのいたザ・ナイスやエマーソン、レイク&パーマーといったところだろう。

 あるいはパトリック・モラーツのいたレフュジーや“オランダのナイス”ともいわれたトレースも当てはまると思う。

 無名どころでは、3台のメロトロン奏者がいたスプリングなどはこのブログでも取り上げたので知っている人は知っていると思うし、知らない人は知らないはずである。(でもスプリングはギターも演奏しているし、純粋にキーボードだけの音楽というわけではなかった)

 今回取り上げるレア・バードもキーボード主体のイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドだった。
 結成されたのは1969年ごろで、早速その年にデビュー・アルバムを発表している。その中に収められていた"シンパシィ"という曲がヒットして、一躍有名になったそうだ。

レア・バード (輸入盤 帯・ライナー付) Music レア・バード (輸入盤 帯・ライナー付)

アーティスト:レア・バード
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 メンバーはグラハム・フィールドという主にオルガン関係を演奏する人を中心にして、もう一人のキーボーディストとベーシスト、ドラマーの4人組だった。

 こうやってみるとグリーンスレイドと全く同じメンバー構成である。2人のキーボーディストのギターレス・バンドというのは、レア・バードのほうが先輩格だったのである。

 自分は残念ながら彼らの1stアルバムは入手していない。だからよくわからないのだが、1970年に発表された2ndアルバム「アズ・ユア・マインド・フライズ・バイ」は中古CDショップで運良く手に入れることができた。

 それで音を聞いてみたところ、ハモンド・オルガン主体のプログレ・ミュージックであった。全5曲で、そのうち最後の曲"Flight"は4つのパートに分かれた組曲形式になっていて、時間的に19分41秒という長尺曲になっている。
 ただ他の曲は時間的には短く、長くても6分に足りない程度で、短い曲は2分39秒しかない。

 曲調はグリーンスレイドの1stアルバムによく似ていて、たおやかでゆったりとリラックスした雰囲気を醸し出している。また演奏よりもボーカルをメインにした曲が多く、そういう意味では歌を聞かせるプログレッシヴ・ロックといえるかもしれない。

As Your Mind Flies By Music As Your Mind Flies By

アーティスト:Rare Bird
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 ただ、グリーンスレイドと違うところはメインがハモンド・オルガンやチャーチ・オルガン、エレクトリック・ピアノやハープシコードといったところで、シンセサイザーやメロトロンは聞き取ることができなかったので、使用されていない可能性が強いということだ。たとえ使われていたとしても、ほんの味付け程度と思われる。

 その点グリーンスレイドでは、一人がオルガンを弾いていたら、もう一人はシンセやメロトロンを弾いていたりして、2人の掛け合いを楽しむことができた。それがないのが残念である。

 このアルバム中にある3曲目の"Hammerhead"がロックっぽくて気に入ったのだが、それでも3分30秒しかないからちょっと物足りなかった。

 最後の組曲"Flight"は途中ダレルところはあるものの、女声コーラスも取り入れながらの力作に仕上げられていて、なかなか良かった。
 特に導入部のアップテンポのところは、いかにも今から旅立とうとする雰囲気が出ていたし、終わりのところで、ラベルの“ボレロ”のフレーズが出てくるのだが、その演出についても興味深かった。

 例えていうと、音数のやや少ないリック・ウェイクマンがコーラス隊の前でパフォーマンスをしているという感じである。もちろんオーケストラはそこには存在しないのだが・・・

 しかし2台のキーボードを使用している割にはちょっと物足りない気がする。当時の録音技術的な面もあるかもしれないが、これならマイク・オールドフィールドなら俺一人でも演奏できるぞと言うだろう。

 実際、このあとのレア・バードは2枚ほどアルバムを発表したのだが、キーボーディトが一人になり、ギタリストが加入して普通のロック・バンドになってしまった。だからこのセカンドまでが彼らの全盛期で、これ以降は商業的にもうまくいかなかった。

 どうもキーボード主体のバンドというのは、一時は脚光を浴びても長続きはしないようである。やはり表現力に限界があるのだろうか。それともギターの方が目立つし、アタッチメントをつければどんな音も出せるし、軽薄短小の時代にはマッチしたということだろうか。どのバンドも不思議と短命なのである。

 というわけで、このレア・バードは名前の通り“希少な鳥”になってしまった。“春眠暁を覚えず”ではないが、春のうららかな日にぼんやりと聞き流すにはちょうどよいBGMになる音楽である。

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2009年4月28日 (火)

かまやつひろし

 先日、CDショップの店頭をぼんやり眺めていると、国内盤のところに昔流通したQ盤の「あ々、我が良き友よ」があったので、衝動買いをしてしまった。値段が1500円だったからである。

かまやつひろし / あゝ、我が良き友よ (CD) かまやつひろし / あゝ、我が良き友よ (CD)
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 かまやつひろしが1974年に発表したアルバムであるが、最初は音が古くてちょっと閉口したのだが、聞きすすむにつれて結構いけるアルバムではないかと思ってしまった。

 何しろ曲がいい。作曲陣の顔ぶれを見ると、加藤和彦、吉田拓郎、井上陽水、南こうせつ、遠藤賢司、りりぃ、細野晴臣、大瀧詠一、元ガロの日高富明、堀内 護などそうそうたるメンバーである。これもひとえに彼の人柄のせいなのだろうか。

 かまやつひろしは1939年生まれなので、今年で70歳になる。ということはこのアルバムを作ったときは、35歳ということになる。一番脂の乗り切った頃の作品ということだろう。

 彼のことは、残念ながらよく知らない。世代がかなり上ということもあるだろう。ただ、堺正章や井上順とともに、ザ・スパイダースで活躍していたことは知っていたし、その後もときおりTVで見かけたことはあるので、全然知らないことはなかった。またこのアルバムから"わが良き友よ"がヒットしていたから、曲は聞いたことがあった。

 いつも不思議に思うのは、彼はどうやって生計を立てているのだろうかということである。そんなにヒット曲があるわけでもないし、CMや俳優業などで稼いでいるという印象もない。スパイダース時代の印税で生活しているのだろうか。そんなに芸能人とは儲かるものだろうか、と思っている。

 確かにこのアルバムは売れたようだし、シングルも確かNo.1になったと思う。だけど自分で作詞作曲というのは少ないのだ。その音楽性よりも彼の生活の様子が摩訶不思議なのである。

 それでアルバムの内容については前述のようなバックアップを受けているので、文句のつけようがない。3曲目の"サンフランシスコ"ではタワー・オブ・パワーのホーンを聞くことができるし、次の曲"Darling"では作曲者のりりぃと一緒に歌っている。

 大瀧詠一作詞作曲の"お先にどうぞ"は、いかにも大瀧節といったメロディやリズムが全開だし、伊勢正三作詞、南こうせつ作曲の"根なし草"はカントリー・フレイヴァーいっぱいの曲になっている。

 他にも遠藤賢司がつくった"Oh,Yeah"は、本人も参加して彼らしいエキセントリックでハッピーな曲調になっているし、元ガロのメンバーが作った"道化役"や"男の部屋"、"何とかかんとか"はバラードやアップテンポのポップス調になっている。全体的にみてバランスの取れた非常にヴァラエティに富んだ内容になっている点が素晴らしいと思う。

 最後の曲"ゴロワーズを吸ったことがあるかい"はジャズっぽくてなかなかの曲だと思う。確か小泉今日子もカヴァーしていたし、他のミュージシャンも歌っていたように思う。
 それだけインパクトのある曲だろう。なかなかヨーロッパ的であり、クールなのである。

 普通これだけの名盤を発表したら、二匹目のドジョウを狙って、またすぐに次のアルバムを発表するのが日本の音楽シーンなのであるが、彼はこのあと3年間発表していない。
 次の発表したアルバムはライヴ盤だったので、正式なスタジオ盤まで4年間のブランクがあった。

 当時としてはこれは画期的というか、異端であった。海外のミュージシャンでも、今は3年4年のブランクは当たり前だが、当時はほとんどいない。許されていたのはピンク・フロイドくらいであろう。

 また彼の家系は音楽家の家系で、父親はジャズ・ミュージシャン、叔母はジャズ・シンガーで義理のおじもジャズ畑の人で、従妹は森山良子である。当然、森山直太朗は従甥にあたる。
 だから音楽は幼少の頃から彼の身体に染み渡っていたのだろう。彼のおう揚とした性格や人生観などはそういうところからも形成されてきたのではないだろうか。

 しかし、かまやつひろしは不思議な存在である。当時も今も様々なミュージシャンから慕われているのも、彼の人間性もさることながら、のほほんとしたあの表情の下には実は偉大な才能が秘められているのであろう。

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2009年4月27日 (月)

キャプテン・ビヨンド

 先日、職場の上司から「キャプテン・ビヨンドのCDを貸して」との要請があった。直接の上司ではないのだが、何しろ自分に10ccの「都市探検」をCD化して渡してくれた人である。粗略に扱う事はできない。人から何かをしてもらったら倍にして返す事を心がけているプロフェッサー・ケイである。だから自分もCD化して渡すことに決めたのだった。

 その上司A氏からは1枚だけだったが、こちらは3枚渡すことにした。3倍返しである。自分でも太っ腹だと感心してしまった!

 それでキャプテン・ビヨンドなのだが、この21世紀にこの言葉を聞くとは思わなかった。自分の中ではほとんど死語と化していて、どんな音なのか思い出せなかった。いい機会だったので、この際聞いてみたらやっぱりB級ロック・バンドの音だった。

 B級ロックといっても、3枚もアルバムを発表していたのだから、その当時ではけっこうメジャーだったようである。
 何しろボーカリストがあの第1期ディープ・パープルのボーカル担当だったのだから、世間の期待も大きかったのだろう。

 アルバムの解説を読んでみると、当時は流行語であった“スーパー・バンド”と彼らも呼ばれていたらしい。ボーカルが元ディープ・パープル、ギタリストとベーシストがアメリカのサイケデリック・ロック・バンド、元アイアン・バタフライのメンバー、ドラマーが元ジョニー・ウィンター・バンドで活躍していたということで、そう呼ばれていたらしい。

 今から考えれば、スーパー・バンドと呼ばれるには疑問があるのだが、当時としては確かにそう呼べない事はないなあと思った。いまでこそアイアン・バタフライやジョニー・ウィンターといってもイマイチピンとこないのだが、60年代終わりから70年代にかけては一世を風靡したバンドやミュージシャンだったのは間違いないからだ。

 アイアン・バタフライのCDは今も店頭に並べられているし、ジョニー・ウィンターは100万ドルのギタリストと呼ばれ、CBSソニーとの契約では当時100万ドルを支払われたとまことしやかに言われていた。

 面白いのはドラマーの名前がボビー・コールドウェルといって、70年代終わりに流行したAORのソロ・ミュージシャン、"風のシルエット"のヒットで有名なボビー・コールドウェルとは同名異人である。最初この名前をジャケットで見たときには、正直ビックリしてしまった。

 それで彼らの1stアルバム「キャプテン・ビヨンド」はブリティッシュ風味のアルバムになっている。確かに初期のディープ・パープルの風でもあるし、アルバム全体がトータル・アルバムっぽく構成されているので、クラシック・テイストを取り去った初期のディープ・パープルといった感じである。

Captain Beyond Music Captain Beyond

アーティスト:Captain Beyond
販売元:Capricorn
発売日:1997/08/19
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 確かにメンバー的にはそれぞれのバンドで活躍していただけに、問題はないのだが、残念ながらロッド・エヴァンスやギタリストのラリー・“ライノ”・ラインハルトでは“華”がないのである。

 上手なのだが、決めのフレーズやシャウトを聞くことができない。イアン・ギランなら例の金属的なシャウトが聞けるのだろうが、どちらかといえば中音域の目立つエヴァンスのボーカルはいたって普通なのである。
 あるアルバム評では“アルバム後半は、あのクィーンのセカンド・アルバムのブラック・サイドに匹敵するのではないか”というようなことが書かれてあったが、それはちょっと書きすぎというものだろう。全然そんな事はないと思う。はるかにクィーンの方が整合感がありドラマティックである。

 でもおそらく70年代初めは元ディープ・パープルという看板が光っていたのだろう。このアルバムは話題になり、2ndも制作された。ただ内容はこれが同じバンドなのかと思われるくらい、アメリカナイズドされていた。

 もともと彼らはメンバー中3人がアメリカ人であり、エヴァンスもアメリカに住んでいたからアメリカの音楽に影響されるのは当然のことである。またキャプリコーン・レコーズからデビューしたこともあって、アメリカ南部の音楽の影響も見られる音作りになっていた。

 だから2ndアルバム「衝撃の極地」はかなりアコーステイックな印象が強い。冒頭の曲からアコースティックで大陸的な響きを漂わせている。だからアメリカのロック・バンドだと割り切って聞けばそれなりに楽しめるのではないだろうか。

Sufficiently Breathless Music Sufficiently Breathless

アーティスト:Captain Beyond
販売元:Capricorn
発売日:1998/05/19
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 ただ残念ながら、オールマン・ブラザーズ・バンドやレナード・スキナードのような豪放で開放的なギター・ソロは期待できない。サザン・ロックまで行かないのである。だから中途半端な感じで、この辺がB級ロックたる所以だろう。ちょっと残念である。

 また2ndではコンガなどのパーカッショニストが参加して6人メンバーになったのだが、サンタナとまで行かないのも中途半端なものになっている。どうしてもサザン・ロックとラテン・ロックとハード・ロックを足して4以上の数で割った感じがしてしまう。
 ただ3曲目の"宇宙漂流"、6曲目"遠い太陽"などでは彼らなりのロックン・ロールを展開していて、これはこれでよいと思う。

 このアルバムは1973年に発表されたのだが、それから4年後の1977年に彼らの最後のアルバムが発表された。
 このアルバムではついにボーカリストのロッド・エヴァンスが交代し、ウィリー・ダフェレーンというよくわからないボーカリストが歌っている。でも声質はロッド・エヴァンスに似ているので、ちょっと聞いただけでは区別がつかなかった。

Dawn Explosion Music Dawn Explosion

アーティスト:Captain Beyond
販売元:One Way
発売日:2008/09/09
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 また6人メンバーからパーカッショニストとキーボーディトが抜けて、オリジナル・ベーシストとドラマーのリー・ドーマンとボビー・コールドウェルが戻ってきている。そういう意味では前作の中途半端な音からハード・ロック・バンドとして再生しましたという決意が漲った音作りになったようである。

 この4年間でメンバー間の確執が起きたのだろう。もともと“キャプテン・ビヨンド”とは、メンバーのギタリストのニックネームだったようで、確かに彼だけはオリジナル・メンバーとしてただ一人1stから3枚目までアルバム制作に携わっている。

 このアルバムはワーナー・ブラザーズから発表されていて、サザン・ロックの拠点のキャプリコーンからワーナーへの移籍は彼らの決意のほどの表れだったのだろう。だからこのアルバムがこけたら、もう二度と日の目は見ないという気持ちが充満しているような気がする。

 しかしハードな展開はいいのだが、スローな曲になるとちょっときつい。もう少し盛り上げるような展開やサビのフレーズがあるといいのだが、それが見られない。この辺に工夫が欲しかった。
 自分が好きな曲は"Midnight Memories"といい、スローな展開から徐々に盛り上げて部分が気に入っている。しかしこの曲はアメリカン・ハード・ロック・バンドが得意とする部分であり、彼らもその流儀に習ったのだろうか。

 だから初期のディープ・パープルの音を期待する人は1stを、アメリカン・ラテン・ロックを望む人は2ndを、普通のハード・ロックを聞きたい人は3thアルバムを聞けばいいと思う。ただそういう時間があるのなら、もっといいアルバムを聞いてカタルシスを得た方がメンタル的にはいいと思うのだが、どうだろうか。こんな事を書いたら、キャプテン・ビヨンドのファンからは怒られるかもしれない。

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2009年4月25日 (土)

グリーンスレイド

 コロシアムのメンバーは、解散後、様々なグループに分かれていった。ドラマーのジョン・ハイズマンはテンペストを結成し、ギタリストのデイヴ・“クレム”・クレムソンはピーター・フランプトンの後釜としてハンブル・パイに加入した。
 また、ボーカリストのクリス・ファーロウは一時の隠居状態からアトミック・ルースターに、ベーシストのマーク・クラークはユーライア・ヒープやテンペストに参加している。

 そしてキーボーディストのデイヴ・グリーンスレイドは、コロシアムの初代ベーシストだったトニー・リーヴズとともにグリーンスレイドを結成した。1972年のことである。

 このバンドもスーパー・グループと呼ばれてもおかしくないメンバー構成だった。何しろドラマーは「リザード」に参加していた元キング・クリムゾンのアンディ・マカロックだったし、もう一人のキーボーディストのデイヴ・ロウソンは、ウェッヴ、サムライなどのグループで活躍していたからだ。
 
 ベース、ドラム、キーボードと楽器編成を見てもわかるように、ギターレスの4ピース・バンドだった。この時期(そして今も)、ギター不在のバンドというのは珍しく、しかもそれが2人もいるというので、かなり話題になったそうである。

 1973年に発表された彼らの1stアルバム「グリーンスレイド」は、われらの?ロジャー・ディーンの手によるもので、しかもバンド名にならってか、緑色の色彩で統一されていた。

Greenslade Music Greenslade

アーティスト:Greenslade
販売元:Wounded Bird
発売日:2000/03/13
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 音的にも、どちらかというと静かな感じで、ハモンド・オルガンやメロトロンが響く中で、ときおりベースもリードをとって自己主張している、そんな感じである。朝日の中で森の中の隠者が川べりで思索にふけっているジャケットのイメージがまさに似合っていると思う。

 1stはそれなりに良いアルバムだとは思うのだが、曲的には同年に発表された2ndアルバム「ベッド・サイド・マナーズ」の方がよりロック的で、内容的にも優れていると思う。一般的にも2ndは彼らの最高傑作といわれている。

Bedside Manners Are Extra Music Bedside Manners Are Extra

アーティスト:Greenslade
販売元:WARNER
発売日:2000/03/13
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 どこが最高傑作かというと、リズムに切れが出ていて、より疾走感、躍動感があるという点である。
 1曲目は1stアルバムに収められているような穏やかな曲なのだが、2曲目はそれとは対照的にメロディ、リズムともはっきりと際立っているインストゥルメンタル・ナンバーになっていて、これがいいのである。(曲名"Pilgrims Progress")動-静-動という構成も素晴らしい。

 3曲目の"Time to Dream"はトニー・リーヴスのベースがよい。小刻みに動き回っていて、ときおりリード・ギターのように曲全体を牽引している。この曲も躍動感に満ちている。

 4曲目もインスト曲で、この曲のドラムはまさに初期クリムゾンを象徴するかの如く、スピード感とテクニックに満ち溢れている。タイトルが"Drum Folk"というのだから、まさにアンディ・マカロックの独壇場。途中のキーボードによるフルート・ソロ、ハモンド・オルガン・ソロも叙情性をいっそう引き立てている。

 このアルバムは全6曲で、ボーカル入りとインストゥルメンタルと交互に配置されていて、構成にも配慮されている。最後の曲もインストなのだが、この曲もキーボードの掛け合いが見事であり、それにからむリズム陣も息が合っていて、まさに4人で力をあわせて作りましたという印象を強く残してくれる。

 確かに彼らの最高傑作といっていい2ndから約1年、1974年に発表された3thアルバム「スパイグラス・ゲスト」からはダブル・キーボードという彼ら一番のウリが目立たなくなり、全体的に小曲が多く、ポップ化していった。またゲスト・ミュージシャンの方が目立つという皮肉な結果にもなった。できれば2ndの延長線上のようなアルバムを期待していただけに、残念な結果になった。

 確かに1stよりはロック色は強まっているのだが、別に2人もキーボーディストはいらないような音だと思う。むしろギタリストを加入させてもあまり変わらないような音になっている。

 ただ1曲1曲はそれなりによい。曲によってはギターやヴァイオリンの音も加えられているので、じゅうぶん鑑賞には耐えられる。1曲目は2ndアルバムにあるような曲で、2曲目、4曲目にはデイヴ・クレムソンが参加して流暢にギターを鳴らしている。5曲目の"Joie De Vivre"はメロディはきれいだし、チャーチ・オルガンやメロトロンも加えられていて、なかなかの曲に仕上がっている。
 最後の曲はジャック・ブルースが書いた、あのアメリカのロック・グループ、マウンティンも演奏した"Theme for An Imaginary Western"である。だからグリーンスレイドというよりも1枚のロック・アルバムとして聞くと、それなりに良いと思うのである。

 オリジナル・メンバーによるアルバムはこの3作目までで、4作目「タイム・アンド・タイド」ではベーシストが交代し、ギターも弾けるメンバーが加入した。だからこの4枚目のアルバムは1stアルバムとは全然雰囲気が違う。まるで違うグループのアルバムのようである。何しろ1曲目からブラスの音が入っているのだから。(おそらくはキーボードによる演奏だろう)

 この違いは結局メンバー間の志向性の違いから来ているようである。デイヴ・グリーンスレイドはもっとプログレを追求し、デイヴ・ロウソンの方はポップな音を求めたのではないだろうか。だからインスト曲はすべてグリーンスレイドが作曲している。

 結局、このアルバムを最後に彼らは解散したのだが、驚くなかれ、何と2000年にはトニー・リーヴスとデイヴ・グリーンスレイドを中心に再結成されて、アルバムも発表した。
 もちろんダブル・キーボードが主体のアルバムなのだが、どんな音なのか期待される。おそらくプログレッシヴ色が強いだろうと推測されるのだがどうだろうか。

Large Afternoon Music Large Afternoon

アーティスト:Greenslade
販売元:Mystic UK
発売日:2003/01/01
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 初期の淡いグリーンから、後期はかなりカラフルになってしまったグリーンスレイドであるが、彼らの残したインパクトは今だにCD化されるくらい強いのである。彼らのアルバムを待ち望んでいる人はけっこういるに違いない。

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2009年4月18日 (土)

都市探検

 この春の定期異動で職場が変わった。今まではこじんまりとした田舎の職場だったのに対して、今度の事業所は大所帯である。今までの約3倍の人数だから、そう簡単には顔と名前が一致しないのである。

 もともと人の名前をおぼえるのは苦手なのだが、こうたくさんいるとこれはもう名前を覚えるだけで一仕事である。あの田中角栄は大蔵省の平職員から事務次官まで名前と顔を覚えていたというが、そういう意味では、さすがに昭和を代表する総理大臣だと思う。決して彼の業績や行いすべてを肯定するわけではないのだが…

  それで新しい職場では、私のようにロック好きの人がいて、そういう意味では心強いものがある。
 ひとりは昔はロック小僧だったという人で、高校生のときはクィーンやエアロスミスのコンサートを見に行ったという。生きているフレディを見た貴重な生き証人である。

 もうひとりはブリティッシュ・ミュージック大好き人間で、仮にA氏としておこう。このA氏は、何とあのパンク、ニュー・ウェーヴ大好き人間、たびたびこのブログに登場しているパンクの神様K氏と高校のとき同級生であるという。世の中狭いものである。
 ただA氏はパンクとは無縁で、正統なロック愛好家である。

 それで転勤祝いとして、そのA氏がレコードからコピーして私にくれたのが、10ccの1983年のアルバム「都市探検」であった。

都市探検+7(紙ジャケット仕様) Music 都市探検+7(紙ジャケット仕様)

アーティスト:10CC
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
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 A氏が言うには、『“びっくり電話”や“オリジナル・サウンドトラック”が好きならきっと気に入るはずだし、むしろ“びっくり電話”よりもいい出来』とのことで、それこそ自分はびっくりした。一般的には、このアルバムは失敗作と言われていたからである。

 このアルバムは、10ccが5ccになって約7年、当時としては彼らの最後のアルバムになったものである。

 ゴドリー&クレームが脱退したあとも、「愛ゆえに」や「ブラディ・ツーリスト」などの素晴らしい作品を発表していたエリック・スチュワートとグレアム・グールドマンは、80年代に入ってからは不遇をかこつようになった。「ルック・ヒア」、「ミステリー・ホテル」とアルバムは発表するものの、それまでのように売れなかったのである。

 原因はアメリカナイズされたAOR路線だったといわれている。もともと10ccは一筋縄ではいかない変態的な?ポップ・ロックがウリであったし、長い曲や短い曲をまとめて構成し、一気に聞かせるというストーリー性のあるコンセプトも評価が高かった。

 だから映画音楽ではない「オリジナル・サウンドトラック」やジャスティン・ヘイワードが実際に体験したことをもとにした「ブラディ・ツーリスト」などは評価が高かったのである。

 ところが80年代に入ってからは、どうもその創作性というか独創性が今一歩になってしまったようだ。この辺がエリックとグレアムの限界だったのかもしれない。

 ここからは想像でしかないのだが、彼らはこのアルバムがこけたらもうおしまい、解散だという気持ちでアルバム制作を行ったのではないだろうか。だからひょっとして最後かもしれない(実際そうなったのだが!)という気持ちを抱えたまま、それを払拭すべく気合を入れて作ったに違いないと思うのである。

 だからこのアルバムは、音的にはAOR路線を踏襲しているかもしれないが、実際はなかなかどうして、スルメのように、味わえば味わうほどその良さが滲み出てくるのである。

 最初に聞いた感じでは、おしゃれな10cc、都会的な雰囲気を携えた10ccと思った。ちょうどポール・サイモンの「時の流れに」のような感触だった。両方ともスティーヴ・ガッドが参加しているが、それはあまり関係ないだろう。

 何しろ曲がいい。1曲目が8分を超える大作、あの"パリの一夜"を想起させるものになっていて、相変わらず素晴らしいコーラス・ワークを聞かせてくれる。また邦題は"朝~昼~夜"という。原題は"24hours"なので、一日の出来事をテーマにしているようである。最後にレゲエ風にフェイド・アウトしていくのであるが、このフレーズはアルバムの最後のところでも顔を出している。

 2曲目はサビの部分が覚えやすいポップな佳曲で、レゲエのリズムに乗って歌われている。また3曲目"Yes, I am"もポップで、綺麗なバラード。どうしても"I'm not in Love"を想起してしまうのだが、それでもメロディの美しさは相変わらずである。

 他にも珍しくロック調の"City Lights(夜こそわが人生)"、これまたレゲエのリズムの"Food for Thought(頭脳食)"など印象に残る曲が多い。聞けば聞くほど最初の印象が大きく変わってしまった。

 エリックとグレアムにとって不幸だったのは、このアルバムが、ただのAORアルバムだと片付けられてしまったことだと思う。確かにメル・コリンズやスティーヴ・ガッド、サイモン・フィリップスなど一流のセッション・ミュージシャンを起用して念入りに制作されているし、耳に残るようなポップなテイストが散らばめられている。AORといわれればそうかもしれないが、しかしそこには彼らの原点回帰の試みが行われていたのである。

 しかし彼らのその試みは不発に終わってしまった。メロディはポップで美しいし、いい曲なのだが、10ccが本来持っているユーモアや刺激が乏しかったのであろう。彼らのファンはこういうアルバムを期待していなかったのかもしれない。やはり5ccになっても、「オリジナル・サウンドトラック」を超えるものを待っていたのだろう。

 気合を入れて作った割には評価は低く、それに落胆したのかどうかはわからないが、結局このアルバムを最後に解散してしまった。この解散期間は1992年まで続いた。

 エリックもグレアムも60歳を超えているので、今から2人でアルバム制作、ライヴ活動も期待できないであろう。だからというわけではないが、オリジナル10ccとして最後のアルバムとなった「都市探検」はもう一度見直されてもいいのではないかと思うのである。

 ちなみにA氏は2005年の10cc来日コンサートに行ったという。完璧に10ccフリークである。そのA氏が薦める10ccのアルバムである。もう一度みんなに聞いてもらって、その是非を問うてみたい気がする。

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2009年4月16日 (木)

ハンブル・パイ

 ハンブル・パイとは英語で"Humble Pie"と書く。直訳すれば“粗末なパイ”、“つまらないパイ”という意味になるが、詳しくは主人が鹿を狩猟したあとの内臓で作ったパイのことで、ハンティングの記念に使用人に与えたものを指すようである。あるいはスラングでは、他の意味もあるのかもしれない。

 それでイギリスのロック・バンド、ハンブル・パイのことであるが、彼らは1969年に結成された。当時はブラインド・フェイスのように、スーパー・バンドという言い方が流行していたが、彼らもそのうちの一つに数えられたらしい。個人的にはピンとこないのだが…

 もともとバンドのギタリストであるピーター・フランプトンがドラマーのジェリー・シャーリーと計画していたところに元スモール・フェイシズのスティーヴ・マリオットと元スプーキー・トゥースのグレッグ・リドレーが参加したのであるが、こういうふうに書いても、どうしてもこれがスーパーバンドとは思えないのである。ただピーターとスティーヴの知名度はかなりあったとは思う。両方ともそれぞれのバンドでヒットを出していたからだ。

 だからこの2人にスポットライトが当たっていたと思うし、曲作りもこの2人がメインのソングライターだった。
 ただ彼らにとって不幸だったのは、2人の方向性に違いがあったことだ。ピーター・フランプトンの願いは、簡単にいうとヒットを出してもっと名声を手に入れることだったのに対し、スティーヴ・マリオットは黒人音楽を追求する事だった。はっきりいうとスティーヴはレイ・チャールズになりたかったのである。

 このことは、この2人のその後のあゆみを見ればわかると思う。実際にピーターは、77年に「カムズ・アライヴ」を出して全世界で1000万枚以上の売り上げを記録し、富と名声を一時的ではあるが手に入れたし、スティーヴはさらにR&B、ソウル路線を追求していった。
 だから初期のハンブル・パイでは大まかに言って、ポップでアコースティックな曲とソウルフルでハードな曲とに大別されているように思われる。
 
 彼らが1970年に発表した4枚目のアルバム「ロック・オン」ではピーター・フランプトンの作った曲"Shine On"や"The Light"とスティーヴ・マリオットの曲"79th And Sunset"、"A song for Jenny"、"Red Neck Jump"を聞き比べてみると、その違いが分かるかもしれない。

Rock On Music Rock On

アーティスト:Humble Pie
販売元:Universal Special Products
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 71に発表された彼らのライヴ・アルバム「パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア」を聞いたときは、かなりハードで泥臭い音に驚かされた。フランプトンのギターも音数が多く、けっこう上手に弾きこなしている。もともと美形でルックスがいいために、ギターの腕はそれほどでもないのかなと思っていたのだが、全くの思い違いであった。天は二物を与えたようである。

パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア Music パフォーマンス~ロッキン・ザ・フィルモア

アーティスト:ハンブル・パイ
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/06/21
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 結局、2人の路線の違いからピーターが脱退して自身のバンド、フランプトンズ・キャメルを結成した。一方のスティーヴは元コロシアムの凄腕ギタリストであるデイヴ・“クレム”・クレムソンを加入させ、さらに“黒っぽい”路線を進めていった。

 デイヴが加入したアルバム「スモーキン」を聞くと、これはもうハードなロックが基本になっている事がわかるし、スティーヴの歌い方も敬愛してやまないレイ・チャールズに近づこうとしているようだ。
 ちょうど同時期のフェイセズ、あのロッド・スチュワートが在籍していたフェイセズからポップさを取り払い、もっとハードにしてよりソウルフルにしたような感じである。

 "Hot'n'Nasty"、"C'mon Everybody"はハードでノリのよい曲であるし、"You're so Good for me""Old Time Feelin'"はアメリカ南部のR&Bとカントリーを混ぜ合わせたような感じの曲になっている。それまでのアルバムよりもリズム陣が重くなっていて、しっかりとした音作りを感じさせてくれる。

Smokin' Music Smokin'

アーティスト:Humble Pie
販売元:Universal/A&M
発売日:1990/10/25
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 自分が一番好きなアルバムは1973年に発表された「イート・イッツ」である。レコードでは2枚組だったが、CDでは1枚にまとめられている。これは絶対にお買い得、買いである。
 アルバム構成が素晴らしくよく考えられていて、最初の4曲が彼らのオリジナル曲、次の4曲がレイ・チャールズやアイク&ティナ・ターナー、モータウンなどのカヴァー、次の4曲はポップで、時にアコースティックな面ものぞかせる曲、最後の3曲がライヴ音源となっている。

イート・イット Music イート・イット

アーティスト:ハンブル・パイ
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/06/21
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 どの曲も捨てがたい。最初の2曲はノリノリのロックン・ロールだし、3曲目は一転してスロー・バラードになっている。

 カヴァー曲の中では、特にレイ・チャールズの"I Believe to My Soul"が素晴らしい。この曲でのスティーヴ・マリオットの熱唱は歴史的な名演だと思う。バックのコーラスやサックスのせいもあるのかもしれないが、ポール・ロジャースやクリス・ファーロウ、ロッド・スチュワートを凌駕しているのではないだろうか。

 アルバムではこのあとアコースティックな曲が3曲続き、スタジオ録音として最後には軽快なロック曲"Beckton Dumps"で締めくくられる。そしてライブ録音が3曲続く。

 このライヴがまた素晴らしいのだ。ライヴ・アルバム「パフォーマンス」も素晴らしかったが、この3曲も負けず劣らず素晴らしいものに仕上がっている。

 何しろデイヴ・クレムソンのリード・ギターがよい。コロシアムのところでも述べたが、ライブに映えるギタリストである。
 そして何といってもスティーヴ・マリオットのボーカルは本当に魂を振り絞って歌うかのような印象を与えてくれる。曲もワイルドなロックン・ロール"Up our Sleeve"、ストーンズの"Honky Tonk Women"、モータウンの"Road Runner"とまさに汗と熱気に満ち溢れたものになっている。

 まだまだ彼らの音楽を聞きたかったのだが、残念な事にスティーヴ・マリオットは1991年4月20日に火事で亡くなってしまった。海外から帰宅して、疲労困憊?の中での寝タバコが原因だったという。享年44歳。早すぎる死であった。

 一時はピーター・フランプトンとオリジナル・ハンブル・パイを再結成しようという話もあったのだが、火事の煙とともに消えてしまった。もう二度と彼の熱唱を聞くことはできない。もっともっと評価されてもいいバンドだったと思う。

 これは余談だが、ピンク・フロイドのアルバム「おせっかい」に"シーマスのブルース"という短い曲があるが、この“シーマス”とはスティーヴ・マリオットの飼っていた犬の名前である。この犬の鳴き声も同曲に収録されている。ピンク・フロイドのメンバーとスティーヴは交流があったのだろうか。

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2009年4月12日 (日)

アトミック・ルースター

 最近は忙しすぎてなかなかアルバムを丸ごと聞き通すことができないでいるが、それでも時間を見つけては聞く努力をしている。全く自分でも飽きれたものである。本当に洋楽バカだと自分でも思う。

 それで聞いたアルバムはアトミック・ルースターの「アトミック・ルースター」と「メイド・イン・イングランド」である。前者は彼らの1stアルバムで、後の方は1972年に発表された後期のアルバムである。

 もともとバンドの母体は、“The Crazy World of Arthur Brown”というアルバムに参加していたキーボード奏者のヴィンセント・クレインとドラマーであるカール・パーマーが中心となって結成されたものである。

 1970年にベース、フルート奏者のニック・グラハムを加えた3人でデビュー・アルバムを発表した。

アトミック・ルースター・ファースト・アルバム(紙ジャケット仕様) Music アトミック・ルースター・ファースト・アルバム(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アトミック・ルースター
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2005/11/25
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 この1stアルバムは当時の状況を反映しているような内容になっていて、混沌と芸術性が同居しているような印象を与えてくれる。いわゆるアート・ロックとロックン・ロールが混在しているかのようだ。

 クレインのキーボードはプログレッシヴであり、カール・パーマーのドラミングはアグレッシヴである。
 ただプログレッシヴといってもリック・ウェイクマンのような華麗さやキース・エマーソンのような攻撃性は見られない。ときにブルース・フィーリングに溢れたハード・ロック・バンドのようで、クラシカルではない。そういえばDeep Purpleのジョン・ロードに近いかもしれない。

 ただカール・パーマーのドラミングはやはり別格である。必要に応じてジャズっぽく、またロックっぽく演奏していて、やはり器用というか才能を感じさせる。
 このアルバムの中に"Before Tomorrow"というインストゥルメンタル曲があるが、ここでのクレインのオルガン・プレイとパーマーのドラミングは見事である。

 カール・パーマーはのちにキース・エマーソンとグレッグ・レイクの3人で、“エマーソン、レイク&パーマー”を結成したが、同じキーボード・トリオという構成であった。しかし、その音楽性は全く異なるものである。

 オリジナル・アルバムはトリオ演奏だったので、ギターの音はニック・グラハムが奏でているようだが、アメリカ盤ではグラハムの代わりに加入したギタリストのジョン・デュカンのオーヴァーダビングがされている。自分の持っているアルバムはどちらなのかわからないのだが、たぶんイギリス盤だろう。

 もう1枚の「メイド・イン・イングランド」は彼らの4枚目のアルバム。ジャケットがデニム地の特殊なものになっていたそうで、当時はレコードだったから、結構生地を使ったことだろう。再発されたCDでもほぼ同様の生地を使っている。

メイド・イン・イングランド(紙ジャケット仕様) Music メイド・イン・イングランド(紙ジャケット仕様)

アーティスト:アトミック・ルースター
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2005/11/25
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 メンバーは4人に増えていて、オリジナル・マンバーはヴィンセント・クレインだけになってしまった。
 この当時のウリは、ボーカルにクリス・ファーロウが参加したことである。この当時32歳だったクリスは、もともとはR&Bシンガーで、特に当時のストーンズのマネージャーであったアンドリュー・オールダムに気に入られ、ストーンズの"Out of Time"を歌って大ヒットさせた。

 この当時のクリス・ファーロウはコロシアムの解散後であり、ロンドンでミリタリー・グッズを売るお店などを経営していて、なかば引退状態だったらしい。
 それでバンド側からオファーを受け、一緒にセッションをする中で加入したという。本当はお金に困っていたのではないだろうかなどと余計な事を考えてしまった。

 クリスが加入したおかげで、このアルバムの音は初期のハード・ロック+アート路線からR&B路線へと変わってしまった。ミュージシャンとはいえ、やはり売れて何ぼの世界である。世の中に認められるという事は、ある程度売れなければいけないわけで、リーダーのクレインも知名度、実力ともに秀でているクリスを前面に打ち出してアルバム制作を進めていった。

 確かにこのアルバムは、そのアルバム・ジャケットの斬新さとクリスのボーカルのおかげで、新生アトミック・ルースターの飛躍に貢献したようで、その後もクリスのボーカルを活かしたアルバム作りを行っている。

 彼らは一時解散状態であったが、70年代の終わりに再結成をしてライヴ活動やアルバム制作を行った。83年にはデヴィッド・ギルモアやバーニ・トーメなどのギタリストを招いてアルバムも発表している。
 ただ残念な事に、リーダーであるヴィンセント・クレインは1989年の2月14日に病気で亡くなってしまい、アトミック・ルースターが二度と活動することは無くなった。

 アトミック・ルースターは欧米ではかなり人気があるそうで、いまだに昔のライヴ録音やコンピレーションなどがアルバムとなって発表されているが、日本ではほとんど知られていない。せいぜいあのカール・パーマーが以前いたバンドと知られている程度である。

 確かに日本では人気はないが、ロック黎明期に燦然と光り輝いたバンドとして忘れてはならないと思うのである。

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2009年4月 6日 (月)

コロシアム

 コロシアムⅡ、テンペストと、段々時代をさかのぼってきたのだが、ついにジョン・ハイズマンが中心となって結成したバンド、コロシアムにたどり着いてしまった。

 前にも言ったように、ブルーズ・ロックからジャズ・ロックへの移行をジョンは望んでいたようで、1969年に1stアルバムを発表した。発表当時のメンバーは5人で、ベースはトニー・リーヴズ、ギター&ボーカルはジェイムズ・リザーランド、キーボードにデイヴ・グリーンスレイド、サックスはディック・ヘクストール・スミス、ドラムスにジョン・ハイズマンであった。

 このメンバーでのアルバム制作は1stと2ndアルバムだけで、3作目以降にはボーカルにクリス・ファーロウ、ギターにデイヴ・クレムソン、ベースがマーク・クラークに交代している。

 このうちジョンとトニー・リーヴズのリズム・セクションは、ジョン・メイオール&ブルーズブレイカーズに所属していたし、サックスのディックもブルーズ・インコーポレイティッドを経てブルーズブレイカーズにいた。だからブルーズからよりインプロヴィゼーションが期待できるジャズへと移ってきたのであろう。

 いずれのメンバーも当代一流の才能を持ったミュージシャンであったから、バンド内でのそれぞれのエゴも大変だったろうと予想される。だから途中でギタリストやベーシストが交代したのであろう。

 後にベース担当だったトニー・リーヴズはデイブ・グリーンスレイドとともに、プログレッシヴ・バンドである“グリーンスレイド”を結成しているし、ボーカリストのクリス・ファーロウもアトミック・ルースターに加入して自己のキャリア・アップを図っている。

 この3作目以降のコロシアムのギタリストであったデイヴ・クレムソンも流暢なギターを聞かせてくれている。さすがジョンが見込んだギタリストである。
 後に彼もピーター・フランプトンの後釜として、ハンブル・パイに加入し活躍した。やっぱりジョン・ハイズマンには優秀なギタリストを探してくるという嗅覚が発達しているようだ。

 一般的には、彼らの代表作は1969年に発表された「ヴァレンタイン組曲」だといわれている。前半は比較的短めで聞きやすい曲が並び、後半は約17分にわたりパワフルな演奏を聞かせてくれる。

Valentyne Suite Music Valentyne Suite

アーティスト:Colosseum
販売元:Sanctuary
発売日:2008/03/12
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 とにかくジョンのドラミングは脅威である。手数は多いし、リズムキープは正確だし、迫力はある。今は亡きレッド・ゼッペリンのドラマー、ジョン・ボーナムと元イエスのビル・ブラッフォードを足して2で割ったようだ。

 もちろんジョン・ハイズマンだけでなく、ベースのトニー・クラークやサックスのディック・ヘクストール・スミス、キーボードのデイヴ・グリーンスレイドの演奏も凄い。ただギターがちょっと目立っていないような気がした。そのせいか、次作からデイヴ・クレムソンが参加し、より一層のパワーアップを図ったのだろう。

 それでもっと彼らの演奏を堪能したい人には、1971年に発表されたライヴ・アルバム「コロシアム・ライヴ」がお薦めである。

ライヴ&ボーナス(紙ジャケット仕様) Music ライヴ&ボーナス(紙ジャケット仕様)

アーティスト:コロシアム
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2005/04/22
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 最新盤では2枚組、充実のボーナス・トラック付で、収録時間が約2時間になっている。これは確かに優れものなのだが、従来のCD1枚ものでも十分であろう。旧レコードでは2枚組だったのだから。

 とにかく演奏は素晴らしいし、ボーカルも英国屈指のソウル・ボーカリストのクリス・ファーロウである。あのオーティス・レディングが“Brother”と呼んだという伝説のボーカリストである。悪い要素などどこにも見られない。

 クレムソンのギターも素晴らしい。特にアンコールの"Stormy Monday Blues"やラストの"Lost Angeles"では弾きまくっている。また要所要所にはヘクストール・スミスのサックスがフィーチャーされているし、グリーンスレイドも重厚なオルガン・プレイを聞かせてくれる。

 一度彼らの演奏を見てみたいものである。2007年には来日して“奇跡の”コンサートを行っている。メンバーもほぼベスト・メンバーに近くて、クリス・ファーロウにデイヴ・クレムソン、デイヴ・グリーンスレイド、マーク・クラーク、ジョン・ハイズマンで、ディック・ヘクストール・スミスは2004年に亡くなっているので、代わりにジョン・ハイズマンの妻であるバーバラ・トンプソンが参加した。

 確かにベスト・メンバーである。たぶんこのときの様子は録画されていると思うので、いつの日か某国営放送の“黄金の洋楽ライヴ”で放送してほしいものだ。それでこそ国営放送としての責任が果たされるのではないだろうか、とひそかに思っている。

 ジョンの頭の中にはこのコロシアムのときの様子がしっかりと刻み込まれたのであろう。だからテンペストやコロシアムⅡのように、ジャズ・ロックといってもボーカル入りにこだわり、ギターやキーボードには有名無名にかかわらず、一流のテクニックを備えたメンバーを招きいれたに違いない。

 たぶんその方向性は間違ってはいなかったと思うのだが、なにぶんジョンには“忍”の一字が足りなかったと思う。もう少し我慢する気持ちがあれば、もっと名声と成功を手にすることができたに違いない。

 彼が満足するバンドであれば、必ずライヴ盤を出して世に問うているであろう。それが出せていないということは、彼(ら)にライヴの音を残そうとする気持ちがなかったのだろう。あまり成熟した演奏ではなかったということになる。
 とにかく、ジョン・ハイズマンが在籍したバンドのライヴ盤では、この「コロシアム・ライヴ」がベストではないだろうか。まさに汗と熱気が聞いている方にまで伝わってくるアルバムなのである。

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2009年4月 3日 (金)

テンペスト

 ジョン・ハイズマンがコロシアムⅡ以前に結成したバンドが、テンペストであった。日本語では“暴風雨”という意味だろうか。1973、74年ごろのお話である。

 ジョンはボーカル入りのロック・バンドに執着していたようで、このテンペストもどちらかというとジャズ的要素をもったボーカル入りのロック・バンドだった。
 ちなみに、このテンペストでのメンバー構成は、ジョンとベーシストとして以前から一緒に活動していたマーク・クラーク、ギターにはアラン・ホールズワース、ボーカリストとしてポール・ウィリアムスの4人組だった。

 このバンドで2枚のアルバムを発表したが、72年に制作された1stアルバムではポールのボーカルとともに、アランの類まれな素晴らしいギター・プレイを堪能することができる。

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テンペスト/テンペスト
販売元:STAR RECORDS
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 1曲目の"Gorgon"では珍しくアコースティック・ギターから始まり、途中からエレクトリック・ギターが走り回っている。また最後の"Upon Tomorrow"ではヴァイオリンの演奏を耳にすることができる。

 彼の特徴はフレットの上を流れるようなフレージングであり、まさに“流麗”という言葉がぴったり来る。一度映像で見た事があるのだが、そのフィンガリングは芸術的であり、余人にはまねのできないものであった。とにかく指を広げると6フレット分以上は広がったような気がする。

 とにかくこのアルバムで一躍彼は有名になり、その後ソフト・マシーンやソロで活動するようになった。だからアランにとっては、このアルバムが世に出る第一ステップだったのである。

 ところがアランとポールは、この1枚を残して脱退してしまった。自意識の強いミュージシャンほどすぐにやめてしまうようだ。自分に自信があるからだろう。まるでどこかの化粧品のCMみたいだ。自信があるから宣伝をしないというアレである。

 翌年制作された「リヴィング・イン・フィア」では、彼ら2人の代わりにギター、キーボード、ボーカル担当にオリー・ハルソールが加入した。彼はパトゥというバンドでギターを弾いていたのだが、バンドの解散に伴ってテンペストに加入した。 61qhxqeb7vl

 どうもジョン・ハイズマンには、優秀なギタリストを発掘する、もしくは加入させるという不思議な力を持っているようで、彼が連れてきたギタリストはいずれもプロ・ミュージシャンとして素晴らしい力量を持っていた。

 この2ndアルバムでは、オリーもアランの穴を補って余りあるプレイを披露している。またこのアルバムは前作よりも熱いロックの息吹みたいなものを感じさせてくれる。

 前作ではクールな雰囲気もあったのだが、3人組になったせいか、3人で力いっぱい制作しましたという熱意みたいなものが伝わってくるのである。

 1曲目の"Funeral Empire"からその雰囲気が充満している。ソリッドでパワフルなテンペスト流ロックン・ロールである。2曲目は"Paperback Writer"で、ご存知ビートルズのカヴァーであるが、ビートルズよりもアップテンポになっており、激しいギター・ソロを聞かせてくれる。

 3曲目の"Stargazer"では、オリーのスライドギターを聞くことができるし、大作の"Dance to My Tune"、"Turn Around"では3人の見事な演奏を堪能することができる。まるで“鳴きのギター”のないクリーム、もしくはちょっとプログレがかったクリームのような感じである。もちろんテクニック的には十分クリームと対抗できる演奏だ。

 最近では未発表の音源も見つかっているようだが、彼らはこの2枚のアルバムを残して解散した。もう少しリーダーのジョンに我慢する気持ちがあれば、もっと売れていたのにと思うのだが、どうだろうか。

 コロシアムⅡでも、あのフュージョン路線を続けていれば、シーンの表舞台に出られたのかもしれない。たとえゲイリー・ムーアが脱退しても、ジョンのことだからすぐに次の優秀なギタリストを見つける事ができたであろう。

 また、このテンペストの場合でも、例え3人になったとしても、これだけ素晴らしいロック・アルバムを作ることができたのだから、あと数枚は制作できたかもしれない。かえすがえすも残念である。

 ジェフ・ベックもそうであるが、ジョン・ハイズマンもグループを作っては壊すということを繰り返している。これは職人気質のミュージシャンに共通していることなのかもしれない。やはり人間には我慢する心が大事なのである。“石の上にも三年”というではないか。

 最近では未発表音源やライヴ演奏を集めたコンピレーションも発表されている。この機会に彼らの魅力を再確認するのもいいかもしれない。知名度ではマイナーだったが、実力では超一流の音楽集団だったのである。

Under the Blossom: Anthology Music Under the Blossom: Anthology

アーティスト:Tempest
販売元:Castle Music UK
発売日:2005/08/16
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2009年4月 1日 (水)

コロシアムⅡ

 先日、某中古ショップに行って読み終えた本やCDを売っぱらって来た。その時思ったのは買い叩くという事はこういうことを意味するんだなということだった。

 たとえば岡村孝子や米米クラブのベスト盤、布袋寅泰の「ギタリズム」などは10円、大黒摩季のベスト盤は50円だった。しかし個人的には安いとは思うもののまだ許せるだろう。
 ところがサザンの「世に万葉の花が咲くなり」が100円、RCサクセションの「ラプソディ」「シングル・マン」が200円、あのザッパの「フィルモア・ライヴ」紙ジャケ盤が300円ときてはこれはちょっと安すぎると思う。

 おそらく売れないCD、上記の例でいうと「ギタリズム」や岡村孝子のベスト盤などは580円くらいで、サザンやRCになると980円で売ると思う。「フィルモア・ライヴ」紙ジャケ盤になると1480円くらいだろうか。
 いずれにしても原価の5倍から50倍以上の値段で売るのだから、これはもう暴利を貪るようなものである。

 古物商という商いは、まさに言い値がそのまま通るような世界である。これはもう趣味の世界だから、他の人にとってはゴミ同然の品物がある人たちにとっては宝石のように輝くものに映る。だから欲しい人にとっては本当に欲しいわけで、原価がいくらだろうが、どういう入手経歴であろうが関係ないのである。

 話は変わって、イギリスのバンドのコロシアムⅡのアルバムを聞いた。彼らは3枚アルバムを発表しているのだが、そのうちの2枚「ストレンジ・ニュー・フレッシュ」と「ウォー・ダンス」を聞いたのである。

 コロシアムⅡというバンド名が表すように、コロシアムというバンドがあって、そこから進化発展した(?)のがコロシアムⅡであった。1976年4月のことでる。

 オリジナル・メンバーはギターにゲイリー・ムーア、ベースにニール・マーレイ、キーボードはドン・エイリー、ドラムス・パーカッションにジョン・ハイズマン、ボーカルにマイク・スターズという5人組で、リーダーはドラマーのジョン・ハイズマンだった。

 見てわかるように、いずれも当時のイギリスを代表するその道のテクニシャンばかりで構成されていた。知名度の低いマイク・スターズでさえも、その後ルシファーズ・フレンドなどマイナーながらもカルトなバンドを渡り歩いている。

 彼らのデビュー・アルバム「ストレンジ・ニュー・フレッシュ」では彼らの持てる技量を十分に発揮しようとした跡がうかがえる。何しろ1曲目から"Dark Side of The Moog"である。タイトルから見て人をおちょくっているのがわかる。
 確かにドン・エイリーのキーボード、特にムーグ・シンセサイザーは目立ってはいるのだが、ピンク・フロイドではないのだから、別に彼らのアルバム・タイトル(The Dark Side of The Moon)をパクらなくてもいいと思うのだが…これが英国的Sense of Humourなのだろう。

ストレンジ・ニュー・フレッシュ~エクスパンデッド・ヴァージョン(紙ジャケット仕様) Music ストレンジ・ニュー・フレッシュ~エクスパンデッド・ヴァージョン(紙ジャケット仕様)

アーティスト:コロシアムII
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2005/12/24
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 以降の曲ではマイクのボーカルも目立っているし、バックの演奏と十分渡り合っている。リーダーのジョン・ハイズマンは、ボーカル入りのジャズ・ロックをやりたかったのだろうと思うのだが、ちょっと期待外れの感がある。
 ボーカルは確かに素晴らしい。ロック調の曲だけでなく、5曲目のようなバラード系の曲も上手に歌いこなす事ができる。グラハム・ボネット以上だと思う。ただ印象的なフレーズ、魅力的なメロディラインに乏しい。せっかくの豊かな声量や艶のあるレンジを生かしきれていないと思う。

 バックの演奏陣が超豪華だけに非常にもったいないのだ。ここからは想像でしかないのだが、ジョンはボーカル入りを主張したのではないだろうか。ちょうど以前のコロシアムがメジャーになったときに、クリス・ファーロウという名ボーカリストがいたように。

 しかし彼以外のメンバーは、ボーカル入りよりもインストゥルメンタル重視を主張したのではないだろうか。だから2nd以降はボーカリストをいれずに、アルバム作りを進め、必要ならギター担当のゲイリー・ムーアがボーカルを担当した。

 ちょうど時代はフュージョンやクロスオーヴァーに焦点が当たっていた。1975年にはジェフ・ベックがオール・インストゥルメンタルの「ブロウ・バイ・ブロウ」を発表して、一躍、時の人となった。

 そういう時代の流行みたいなものもあったのだろう。2nd、3rdではインストゥルメンタル重視になり、ボーカリストの脱退で4人組になった。またベーシストも交代している。

 3rdアルバムの「ウォー・ダンス」は1977年に発表されたのだが、そういう意味でギターのゲイリー・ムーアとキーボードのドン・エイリー、それに絡むのがドラムスのジョン・ハイズマンという形になっていて、お互いが有機的に高めていこうとしているのがわかる。

ウォー・ダンス Music ウォー・ダンス

アーティスト:コロシアムII
販売元:MCAビクター
発売日:1992/08/26
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 アルバムの前半はどちらかというとキーボードが目立ち、後半はギターが目立つようである。
 アルバムの白眉は6曲目の"The Inquisition"ではないだろうか。3曲目の"Put it That Way"も捨てがたいのだが、3分少々とちょっと短いのが残念である。

 "The Inquisition"は、まるでジェフ・ベックとヤン・ハマーが「ワイヤード」で壮絶なバトルを繰り返したように緊張感の溢れる演奏を堪能することができる。ただしここでは、ゲイリー・ムーアとジョン・ハイズマンとのバトルである。
 さらに途中でゲイリーのスパニッシュ・ギターが入るのも素晴らしい。曲に彩を添えてくれている。この曲は隠れたロックのインストゥルメンタルの名曲である。

 5曲目の"Castles"ではゲイリーのボーカルを聞くことができるし、ラストの"Last Exit"では狂ったように弾きまくるゲイリーの姿を彷彿させてくれる。そういう意味ではこのアルバムはジョン・ハイズマンのコロシアムⅡではなくて、完全にゲイリーが主導権を握ったものになっている。

 このバンドを経てゲイリーは、シン・リジィに参加したり、ソロ活動を始めて、ワールドワイドな人気を獲得していった。彼にとっては自分と同等の実力を持ったバンド活動はこれが最後になった。

 このコロシアムⅡのCDも中古ショップに持って行けば、おそらく50円くらいになってしまうだろう。しかし値段は関係ないし、自分にとってはその何百倍以上の価値はあるのだ。
 もちろん中古ショップにもって行く予定はないし、もし持っていくなら、このアルバムの持つ意味を理解している人に査定してもらいたいのだ。

 そういう人から50円と言われたのなら仕方がないが、杓子定規に発売年数で判断されたくないのである。これはコレクターとしての意地みたいなものである。

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