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2009年7月

2009年7月29日 (水)

ヴォランティアーズ

 “ボランティア”というと、日本語の感覚では“自発的な善意の行為”という印象があるが、英語では“志願兵”という意味も含んでいるようである。これでは自発的は自発的でも、自ら進んで人殺しをするようなもので、はたしてこれが“善意の行為”にあたるのかはどうかは意見の分かれるところであろう。

 それでサンフランシスコ出身のジェファーソン・エアプレインが1969年に発表した「ヴォランティアーズ」は志願兵は志願兵でも、反戦活動への志願を呼びかけるという内容になっている。

 ジェファーソン・エアプレインは1965年に結成されて、そのあと名前を変えながら、再結成をしながら90年代末まで活動している。今でも再発アルバムやグレイテスト・ヒッツのたぐいは発売されているので、やはり歴史に残るグループの一つなのだろう。

シュールリアリスティック・ピロー Music シュールリアリスティック・ピロー

アーティスト:ジェファーソン・エアプレイン
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 自分はジェファーソン・エアプレイン時代で一番好きなアルバムは、"Somebody to Love"や"White Rabbit"が収められていたセカンド・アルバムの「シュールリアリスティック・ピロー」で、1974年以降ジェファーソン・スターシップと名前を変えてからの好きなアルバムは以前にも書いた1975年発表の「レッド・オクトパス」である。

レッド・オクトパス(紙ジャケット仕様) Music レッド・オクトパス(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ジェファーソン・スターシップ
販売元:BMG JAPAN
発売日:2008/01/23
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 ちなみに80年代にスターシップと短い名前になってからの好きなアルバムは1985年発表の「フープラ」で、MTV全盛期のときによくPVが流れていたから、自然と好きになってしまった。

フープラ Music フープラ

アーティスト:スターシップ
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 アメリカのロック・グループは基本的にはシングル・ヒット志向が強いのだが、このジェファーソン・エアプレイン(以下JAと略す。決して農協のことではない)はシングル・ヒットだけではなく、アルバム志向も強かった。この辺はビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」の影響かもしれない。当時の有名ロック・グループは多かれ少なかれこの影響を受けている。

 それはともかく68年発表の「ヴォランティアーズ」は当時のアメリカの状況を反映したアルバムになっている。
 アメリカの60年代といえば、宇宙開発という“光”とベトナム戦争という“闇”の二極を揺れ動いていたように思える。そして若者にとっては宇宙開発は見聞するだけでよかったが、戦争には現実感が伴ってくる。自分も含めて周囲の人も実際に体験せざるを得ない場合が生じるからである。

 そんな中でこのアルバムの1曲目"We Can Be Together"は反戦運動に参加しよう、連帯しようと呼びかけているのだから、世間に与える影響はかなりのものだったに違いない。

ヴォランティアーズ Music ヴォランティアーズ

アーティスト:ジェファーソン・エアプレイン
販売元:BMG JAPAN Inc.(BMG)(M)
発売日:2008/10/22
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 アメリカン・ロックには時の政治に関して発言をする、あるいは態度をしっかりと表明するという傾向が強い。最近でもイラク戦争や大統領選挙で自分たちの意見をきっちり主張したR.E.M.やブルース・スプリングスティーンなどがいるが、過去をたどれば60年代にまでさかのぼることができる。

 このアルバムでも"We Can Be Together"のほかに、"Wooden Ship"、"Volunteers"などが政治的な歌だと思われる。"Wooden Ship"はあの有名なC,S&Nが歌っていた曲だが、デヴィッド・クロスビーとポール・カントナーが作り、スティーヴン・スティルスは1行だけ歌詞を書いたそうである。

 このグループの名前の変わり具合は、そのまま彼らと時代との関係を表しているかのようだ。60年代は政治的な反戦・反権力的な歌を歌っていたが、70年代になると一転して“愛”について歌うようになった。
 そしてMTVの興隆とともに、外部ライターを用いてポップでコマーシャリズムを追い求めるかのように、売れ線ロック・アルバムを作るようになった。

 理由の一つは、グループのリーダーというか主導権を握っている人が代わっていったことだろう。最初はマーティ・バリンを中心に民主的な雰囲気だったが、やがてはポール・カントナーが実質的にリーダー・シップをとるようになった。80年代は一時グループを脱退していた出戻りの紅一点、グレース・スリックの影響力も大きかったのだと思う。

 しかしJAだけでなく、ロック・ミュージックは時代との関係性を無視できないのだと思う。それがロックの使命というわけではなく、ロック・ミュージックの表現者やリスナーはその時代の中で生きているからである。

 そして、親や学校、社会への反発など身近な問題が高じていって、政治問題や社会問題につながるのだと思う。一番いい例がパンク・ロックであろうし、そういう現実から目をそらそうとして純粋に音楽を追求する音楽(プログレなど)が生まれてきたのであろう。

 それにロックとは白人と黒人の音楽の混血である。黒人の音楽は黒人霊歌であり、ブルーズである。それがアンプの増幅力を借りて力を持ったのであろう。個人の問題から社会の問題に転ずるのに時間はかからなかったはずだ。だからロックとは元々そういうものだったのである。
 JAの名前の変遷は、このことを教えてくれているように思えてならないのである。

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2009年7月24日 (金)

リラプス

 先日、日本で46年ぶりの皆既日食があった。多くの人が空を見上げてだんだんと欠けていく様子を観測したのではないだろうか。
 かくいう自分も60円で買った観測用サングラスを使って見守ったのであるが、雲が多くてサングラスを使わなくても十分見ることができた。中には携帯電話で直接太陽を撮影している人もいて、結構周りでは盛り上がっていたように見えた。

 そして皆既日食といえば、やっぱりこのアルバム、ピンク・フロイドの「狂気」であろう。きっとこの日本でも皆既日食を見ながら、フロイドの「狂気」を聞いていたり、思い出していた人が1万人以上はいたに違いないと思っているし、全世界ではおそらく100万人はいたに違いない。何しろ"狂気日食"なのだから、やはり46年ぶりの日食にはピッタリなBGMだと思うのである。

 それで46年ぶりまでは行かないのだが、約5年ぶりにアルバムを発表した世界的ミュージシャンがいる。その名をエミネム。彼のアルバム「リラプス」は数年間のブランクをまったく感じさせずに英米のチャートで1位を獲得してしまった。相変わらずの人気振りである。

 タイトルの“リラプス”とは、“(悪癖や病気の)再発”という意味らしい。約5年間の充電期間を経て、いよいよまたエミネム・ショウの始まりということだろう。
 またアルバム・ジャケットを見てもやる気が十二分に伝わってくるシロモノになっていて、よく見ると薬の錠剤が集まってエミネムの顔を形作っている。

リラプス Music リラプス

アーティスト:エミネム,ドクター・ドレー,50セント
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2009/05/20
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 確かに数年間は薬物治療の施設に入院していたといわれているし、その後のリハビリにも頑張ったと言われている。あのイギリスの歌姫、エイミー・ワインハウスともリハビリ仲間らしく、このアルバムの"We Made You"でも彼女のことをライムしている。

 内容的にもちょっとここでは書き表すことのできないR-18指定映画のような、四文字語の連発になっている。また実名で有名ミュージシャンや女優のことを名指しして、“××しようぜ”とも歌っていて、よくこれで名誉毀損にならないなあと感心してしまうのである。

 たぶんあのエミネムからライムされちゃったという感じで、ある意味これは名誉なことなのかもしれない。全世界的に自分の名前が売れるのだから、営業努力をしないでもいいことにつながるし、商業的にもオイシイ話なのかもしれない。それほどエミネムの影響力は凄いということなのだろう。

 ラップ・ミュージックなど、どれを聞いても同じという意見もあるだろうが、自分にとってはエミネムは別口という感じである。

 何しろ攻撃的である。これほど攻撃的な音楽はロック・ミュージックにもそうそうあるものではない。ロックは現実への反抗、初期衝動や疾走感を内蔵している音楽なのだが、激しいシャウトや音の歪みを使用しなくて、単なる早口の押韻だけでこれほど社会に対してアジテーションができる音楽は他に見当たらない。
 
 その中でエミネムはやはり別格であろう。グラミー賞でエルトン・ジョンと共演したことからでもわかるように、エミネムのフックは非常にわかりやすく、かつメロディアスである。
 そして彼の紡ぎだすそのライムは誰も真似ができない。なぜならそのほとんどは彼の私小説的体験から来ているからである。

 彼の幼少時の家庭環境や、いじめを受け自殺未遂まで起こした少年時代の様子などは彼の自伝映画「8マイル」でも垣間見ることはできるし、母親との裁判や元妻キムとの再婚と再離婚、彼女との間にできた愛娘ヘイリーの養育問題など、いまだにスキャンダラスな生活を送っている。

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 これらは決して彼が自ら望んだことではないのだが、結果的にはそういう状況に落ち込まざるを得ないのである。また彼自身の薬物依存も完全に治ったわけではないのだ。

 ハリウッドに豪邸を構え、経済的には何不自由するわけではないのだが、彼の抱えている負のエネルギーは収まりがつかないほど、彼を苦しめているのであろう。彼の口から機関銃のように放射されるライムは跳ね返ったあと、彼自身を照準にしているかのようだ。

 そういう彼の生き様もまたファンにはたまらないものかもしれない。彼が今後どういうふうになるかはまったく予断を許さないからである。薬で廃人同様になるのか、それともクラプトンのように傷つき倒れながらも、そのつど這い上がっていくのか、彼の一挙手一投足、一言一言が注目されていくだろう。

 またラップ・ミュージックにも音楽的進化はあるのだ。このアルバムの5曲目"Bagpipes From Baghdad"ではタイトルのように中近東風のフックが使用されているし、17曲目"Beautiful"でもタイトル通りの非常に美しいメロディにのって彼のライムが流れている。だからワン・パターンの音楽とは違うのである。エミネムのラップは。

 噂では今年の秋にもこのアルバムの続編「リラプス2」が発売されるという。きっとそのアルバムも全世界的な話題になるだろう。皆既日食は世界の限られた地域にだけ見られる現象であるが、エミネムのことはその私生活も含めて、決して地域限定にはならない(なれない)普遍的な現象なのである。

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2009年7月21日 (火)

齊藤哲夫コンサート

 先日、斉藤哲夫のコンサートに行った。斉藤哲夫は以前にもこのブログで1stアルバムを紹介させてもらったのだが、昔は「若き哲学者」といわれるくらい時代を見据えた鋭い歌詞を豊かなメロディにのせて歌うシンガー・ソングライターだった。

グッド・タイム・ミュージック Music グッド・タイム・ミュージック

アーティスト:斉藤哲夫
販売元:Sony Music Direct
発売日:2006/09/20
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 といっても自分は乗り遅れのリスナーでしかなく、しかも場所は公民館の集会所、料金が前売り1500円というチャリティ・コンサートだったので、実際に始まるまで本当に本人が来るのか、来たとしても2、3曲歌っておしまいになるのではないかと、不安で不安で冷や冷やものだった。
 ところがいざ始まってみると、きちんとPAは機能しているし、本人の歌も尻上がりに調子よくなっていくし、さすがプロは違うと感心してしまった。
 
 コンサートは前半後半の2部形式で、前半はギターの弾き語りで、5万円のヤマハのギターを使って歌っていた。ギターを選ぶポイントはチューニングが狂いにくいものを選ぶことらしい。
 ステージに登場してきたときは小柄だったので、意外だった。その前に登場したMCの人が大きかったので、小さく見えたのかもしれない。

 体は小柄でも、歌う声はしっかりと高音が伸びていて、とても今年で59歳、来年還暦を迎える人とは思えなかった。しかもツアーは今日が3日目で、3日間毎晩歌っていてもこれだけ声が出るのだから、日頃から鍛錬しているのだろう。(でもさすがに最後の方は辛そうだったが…)

 自分は聞き込んだのは1stアルバム「君は英雄なんかじゃない」くらいで、それ以外はほとんど聞いたことがなかった。このコンサートの前に知人が2枚くらいCDを焼いてくれたのだが、残念ながら車では再生できずに、家のCDウォークマンで聞いたくらいであった。

 斉藤哲夫の音楽は確かに素晴らしい。特に作曲のセンスというか、メロディ・メイカーとしては井上陽水、財津和夫、小田和正クラスではないかと思う。コンサートの中で吉田拓郎に贈った"グッド・モーニング"という曲を歌ったのだが、結構いい曲だったと思った。ただ、拓郎は採用しなかったらしい。

 曲はいいのだが歌詞的にはどうなのだろうかと思う曲もあった。たとえば"さんま焼けたか"のメロディは秀逸なのだが、歌詞はどうも人前で歌うには抵抗がありそうな気がする。
 というか、この人あまり売れようとする意思はなかったのではないかと思うのである。もし売れようとか儲けようとするなら、もっと歌いやすい言葉や状況を想定しやすい歌詞を選ぶはずである。

 "さんま焼けたか"をプロモーションするよりももっと違う曲があったのではないかと思ったりもした。また自分の作詞・作曲ではないとはいえ、"いまの君はピカピカに光って"がヒットしたなら、次も同じような路線かもっと売れ線の曲を出すはずなのに、"ひょんなことから有頂天"ではまるで自分をパロッているとしか思えない。

 それこそ昔の曲をリメイクした方が、もっと名前も曲も売れたと思うのであるが、そうしなかったのが団塊の世代のプライドというものであろうか。それとも全共闘時代の名残というものだろうか。

 コンサートは何となく“うたごえ運動”か“歌声喫茶”のような感じで進んでいった。自分は直接そういうものを見たり聞いたりしたことはないのだが、隣に座っていた老齢のおばさんは昔を思い出したのだろう、目頭を押さえていたようだった。話によると、1950年代や60年代に青春を送った人は、そういう経験があるらしい。みんなで歌うことで連帯感を味わうのであるが、やがてその運動は左寄りになって行ったらしい。

 コンサートの後半はバンドを従えての歌であった。ベース、ドラムス、キーボードの3人しかいないのだが、この演奏が見事であった。3人ともテクニシャンであるし、最近の楽器の進歩は立派なもので、キーボード1台でストリングスやらフルートの音やら自由自在に出せるのである。

 また長身のベーシストがカッコよかった。入ってきたときは5弦ベースを抱えていて、長髪を後ろで束ねていたから、まるでジャコ・パストリアスが生き返ってきたのかと思ってしまった。彼(木村さんというらしい)の専門はジャズだという。どうりで5弦ベースを弾いているのかと納得した次第である。

 ベーシスト以外もキーボードの津留さん、ドラムスと神経質なギター担当の金田さんも見事な演奏でサポートしていた。こんな集会所で演奏させるのは正直もったいないと思ったりもしたし、これで前売り1500円では興行収益大丈夫なのだろうかと余計な心配までしてしまった。

 斉藤哲夫の真髄はシンガー・ソングライターになろうと思えば充分なれたのに、あえてならなかったところである。彼はそれよりもフォーク歌手の道を選んだのである。
 あるいは多くのフォーク歌手がフォークからニュー・ミュージックへと転身していったのに対して、斉藤哲夫はその流行から一定の距離感を保っていたのである。

 今回の彼のステージを経験して初めてこのことがわかったような気がした。誰もが考えていることを彼は敢えてそれを拒み、自分の気持ちに正直に歩んで行ったのである。そういう彼の誠実さが垣間見えたコンサートだったように思う。

 お約束のアンコールもすぐ出てきてくれたし、長く待たせないようしようとする配慮だったのだろう。(あるいは早く晩飯を食べたかったのかもしれない)

 とにかく歌っている人の人柄がよくわかるような、そういう素晴らしいコンサートだった。歌というのは不思議なもので、その影響を受けて自分の行動を規定してしまうこともある。"吉祥寺"を聞いて、学生時代に吉祥寺に住んでしまった人もいるだろう。

バイバイ グッドバイ サラバイ Music バイバイ グッドバイ サラバイ

アーティスト:斉藤哲夫
販売元:Sony Music Direct
発売日:2006/09/20
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 そういう人にとって、目の前で歌う斉藤哲夫の姿は何ものにも代えがたいものだったろうし、斉藤哲夫と共有した時間は生涯忘れえぬ思い出となってゆくに違いない。

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2009年7月20日 (月)

ノウイング

 こういう映画を“ディザスター・ムーヴィー”というらしい。“ディザスター”とは“災害”という意味で、パニック映画の一種のようである。

 こういう映画とはニコラス・ケイジ主演の「ノウイング」である。昔流行った“ノストラダムスの予言”のような世界の終末を描いた映画である。しかし、20世紀の終わりならこういう映画が上映されても不思議ではないのだが、21世紀が始まって約10年、なぜ今「ノウイング」なのかが理解できないでいる。

 ひょっとしたら7月22日が皆既日食なので、それにあわせて制作・上映したのだろうか勘ぐってしまった。映画の中で太陽が重要な鍵を握っているからである。でもそういうわけではないだろう。

 あらすじを簡単にいうと、小学校のタイム・カプセルから数字を羅列した奇妙な紙が見つかるのだが、その数字は災害や事故のおきる日付や緯度・経度、犠牲者の数を表していた。

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 それで主人公に扮したニコラス・ケイジが災害を止めようとするのだが、個人の力では止められない。また自分の子どもやその予言の紙を書いた娘や孫に“ささやく声”の男たちが迫ってくる。彼らはどういう素性で、なぜ子どもたちを付け狙うのだろうか。そして最後の数字は何を意味し、主人公たちはどうなっていくのだろうか…

 自分でこういうふうに書くと、何となくよさそうに思えてしまうのだが、実際は何だかなあ~という感じである。映画代金に見合う映画かと聞かれると、ちょっとなあと思ってしまうし、例えば2時間館内で涼みたい人にはいい映画だったのかもしれない。

 見どころといえば、高速道路に墜落してくるジェット機のシーン、地下鉄の構内で電車が脱線し、暴走。停車中の電車やホームにいた乗客を巻き込むシーン、最後の太陽のフレアが地球を襲い、ニュー・ヨークのマンハッタンを焼き尽くすシーンの3箇所だけかもしれない。

 ジェット機の墜落シーンでは墜落した機内から火だるまになった乗客が逃げてくるのだが、地面に胴体着陸したならまだしも、地面に激突した機内から走って出てくる人なんかいないのではないだろうかと思いながら見ていた。状況はウソ臭いのだが、しかし最近の映画のデジタル映像は素晴らしくて、本当に事故現場にいあわせているような特撮だった。
 特に駅の構内で地下鉄の電車が回転しながら他の電車に追突し、乗客を吹き飛ばし、なぎ倒し、さらに進んでいくシーンは見事だと思った。

 あとはよくわからない。たぶん聖書にくわしい欧米人などは楽しめるのかもしれない。映画の中で旧約聖書の「エゼキエルの預言」の挿絵が出てくるからだ。
 これは、エゼキエルという人が光を放つ不思議な生き物によって引かれた四輪の馬車を目撃して、それに乗った神の声を伝えたといわれているもので、人によってはこの物体はUFOか宇宙船で、神とは宇宙人だと考えているようだ。

 この聖書の記述を知っている人なら、“ささやく声”の男たちがどういう人なのか、なぜそういうストーリー展開になるのか、納得できるのではないだろうか。だからやっぱり聖書にくわしくない人たちにはイマイチ、ピンとこないのである。

 それにこの映画のサウンドトラックにはロック・ミュージックが出てこない。前回の「ターミネーター4」には出てきたのだが、この映画には出てこない。世界の終末を描くなら、いっぱい用意できると思うのだが、残念ながら1曲も出てこなかった。出てきたのはベートーベンの曲くらいだろう。

 だからこの映画はパッとしなかったのだろう。もしロックがもっと流されていたら、きっと映画ももっと大ヒットを記録したに違いない。アメリカ映画なのに、ロック・ミュージックのないものを久々に見てしまった。

 ところでマヤ文明の暦では、2012年の12月21日分までしかなく、それ以降は地球が消滅してしまうのではないかと言われている。あと3年である。1999年の7の月は見事に外れてしまったが、今回はひょっとして当たるかもしれないといわれているが、どうだろうか。

 世紀末は終わったとばかり思っていたのに、いまだにそういうことが流行っているらしい。終末思想というのはいつの世になってもなくならないものである。
 その理由は人の心の中にそういう考えがあるからだ。つまり人間が地球上に存在している限り、そういう考えは無くならないのである。どうせ考えるのなら、もっと肯定的に物事を捉えていきたいものである。

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2009年7月18日 (土)

21世紀のブレイクダウン

 久しぶりのアメリカン・ロックの新譜である。しかもグリーン・デイである。グリーン・デイといえば前作のアルバム「アメリカン・イディオット」が全世界で1200万枚以上(一説では1500万枚以上とも)売り上げたことで有名だが、あれから約5年、ついに新作が発表されたのである。

 このアルバム「21世紀のブレイクダウン」は基本的には前作に引き続きロック・オペラ的な内容になっている。たとえていうと前作が「トミー」なら今作は「四重人格」である。

 もしくは前作が「アーサー、もしくは大英帝国の衰退」なら今作は「ローラ対パワーマン」である。もっとわかりやすく言うと、前作が「ジギー・スターダスト」なら今作は「アラジン・セイン」なのだ。(たぶん普通の人はこの辺で読むのをやめると思う。例えが意味不明だからだ)

 要するに前作の延長線上にあるアルバムと言いたかったのである。悪くいえば、柳の下の二匹目のドジョウを狙ったアルバムであり、良くいえば、21世紀という今の時代に対しての批評性を備えた傑作アルバムといえる。

21世紀のブレイクダウン Music 21世紀のブレイクダウン

アーティスト:グリーン・デイ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2009/05/15
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  前作と同じように、このアルバムは3部に分かれていて、グロリアとクリスチャンという2人の若者(恋人?)が登場し、現代社会の矛盾点やそれを生きる人たちの悩みや葛藤を描いている。
 グリーン・デイお得意の叙事詩的手法であるが、若者を取り巻く閉塞感や暗い未来観、宗教観、ドラッグ問題、イラク・アフガン問題など今日的な問題を豊かなメロディとともに表現している。

 こういう表現方法を取るバンドでは、何といってもグリーン・デイが人気・実力ともにNo.1であろう。ドリーム・シアターなどのプログレッシヴ・バンドでも組曲形式やロック・オペラのような形式をとる場合もあるが、こんなにシンガロングな覚えやすいメロディではない。

 グリーン・デイの素晴らしいところは、様々な問題点を非常にシンプルでメロディアスな旋律に乗せて歌い上げるところである。だから英語がわからなくても聞くだけでいいなあと思える。
 またひょっとしたら自分もできるのではないかと錯覚してしまい、ギターを手にとってしまうのである。そういう魔力を秘めているのがグリーン・デイの音楽で、現在のロック・バンドでこういう力を持っているのはオアシスとグリーン・デイだけではないだろうか。

 このアルバムでもメロディが美しい。特に第1幕の“ヒーローとペテン師”での楽曲はすばらしい。"21st Century Breakdown"、"Know Your Enemy"、"!Viva La Gloria!"の3連続でまずはノックアウトされてしまう。"!Viva La Gloria!"でのストリングスの使い方や静から動への変化はグリーン・デイの得意とするところでもある。

 このことは次の曲"Before the Lobotomy"にもあてはまるし、第1幕の最後の曲"Last Night on Earth"は、まるでジョン・レノンが作ったバラード曲のようである。彼のアルバム「心の壁、愛の橋」に収められてもおかしくない佳曲なのだ。

「僕は絵葉書をテキストにして
君に送ったけど届いただろうか
僕の愛すべてを君に送る
君は僕の人生での夜に輝く
月の光のようだ

僕の高鳴る心は君のもの
君を見つけるまで
何マイルも歩いてきたんだ
君をたたえるためにここにいる
もし火事ですべてを失っても
君への愛情は送るつもりだ

From "Last Night on Earth"
(訳:プロフェッサー・ケイ)

 第2幕:“いかさま師と聖人”は全体的にアップテンポな曲が占めている。その中で"Last of the American Girls"や"Restless Heart Syndrome"はミディアム・テンポの曲で他と異質である。特に"Restless Heart Syndrome"は前半は静かで、後半は轟音ギターが鳴り響くという展開が見事である。

 今作では短い曲を連ねてアルバムを構成しているが、その中で盛り上がるところは第3幕:“馬蹄と手榴弾”の中の"21 Guns"と"American Eulogy"であろう。
 "21 Guns"とはアメリカの大統領の就任式と退任式のときに鳴らされる空砲のことで、21回空に向かって撃たれるということである。そしてここではこの空砲が自分たちの人生の空虚感を象徴するものとして使われているのである。

「お前は戦うことの価値を
知っているのか
戦いに死ぬ価値がないときに
それはお前の息を止め
お前は自分が窒息しそうだと
感じている

そして痛みは誇りを押しつぶし
お前は隠れ場所を探そうとする
誰かが内側からお前のハートを
破ろうとしている
お前は破滅するのだ」
From"21 Guns"

 また"American Eulogy"ではアルバム冒頭の"Song of the Century"が繰り返されたあと、アップ・テンポな"a) Mass Hysteria"と"b) Modern World"が演奏される。タイトルを見てもわかるように、“現代社会は集団ヒステリーであり、そんな社会に生きたくない”と批判的に描いている。この辺が社会と接点を持っているというか、社会に相互に影響を与えているのだと思う。

 そしてそういう世の中であっても、最終的には"See the Light"と歌う姿勢に多くの若者は共鳴し、支持するのであろう。

「俺は光を見たいだけ
視界を失いたくはない
俺は光を見たいだけだ
戦いに何の意味があるのか
知る必要があるんだ」
From"See the Light"

  たとえ前途が閉塞感でおおわれようとも、それでも前に進んでいこうとする彼らの言葉や音楽が受け入れられているということは、現実と音楽がオーヴァーラップしているからであろう。
 グリーン・デイには観念だけの音楽や無意味な歌詞は存在しない。このアルバムを発表するまでにかかった5年という歳月は、彼ら自身が周りの状況と折り合いをつけながら自分たちの信念を確かめ、それを音楽として表すために必要な期間だったに違いない。

 そしてこのアルバムがたとえ前作と同じ路線を歩んでいるとしても、この音楽を受け止めた多くの人にとっては、この5年間が決して無意味ではなかったことを知るとともに、次の5年(以上)にむけてまた進んでいくことができると確信できたのではないだろうか。

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2009年7月16日 (木)

追悼;ヒュー・ホッパー

 元ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーが6月7日に亡くなった。白血病だったらしい。1945年生まれなので、64歳だった。謹んでご冥福を祈りたい。

 ソフト・マシーンは1960年代後半に結成されたバンドで、キャラヴァンと並んでカンタベリー・ミュージックを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドだった。
 カンタベリー・ミュージックとは、イギリスのカンタベリーという街の出身のミュージシャンやそこから生まれた音楽のことで、サイケデリックな音から出発し、ジャズ・ロックへと発展していった音楽である。
 代表的なグループに、ソフト・マシーンやキャラヴァン以外には、ハットフィールド&ザ・ノースやナショナル・ヘルス、ソフト・マシーンから派生したマッチング・モウルなどがある。

 自分はキャラヴァンについては主なアルバムは持っているので、コメントしやすいのだが、ソフト・マシーンについてはあまりうまく語れない。理由は難解だからである。
 たぶんジャズが好きな人には理解しやすいのだろうが、自分はあまりジャズは好きではない。だからソフト・マシーンはそんなに深くは聞いたことがないのだ。

 キャラヴァンもジャズ的展開は行っているのだが、でもこちらの方がポップな面があって聞きやすいのである。それに音的にもわかりやすい。突然サックスが鳴り響いたり、闇夜の稲妻のようにトランペットが高音を奏でるということはないのである。

 それで自分の持っているアルバムは「3」、「4」、「バンドルズ」の3枚だけである。ヒュー・ホッパーは1969年に発表された「2」から加入して、1973年の「6」まで参加していたから、実質2枚しかヒュー在籍時のアルバムは聞いたことがない。しかもこの2枚結構アヴァンギャルドしているから苦手なのである。

  「3」は発表当時はレコードでの2枚組全4曲だったが、CDでは1枚ものになっている。しかも1800円という廉価盤だったために、内容よりもお得感が先走ってしまい、きちんと中身を把握することもなく購入してしまった。

3 Music 3

アーティスト:ソフト・マシーン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/03/02
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 今となってはソフト・マシーンを代表する1枚といわれており、今回このブログを書くにあたって聞いてみたのだが、やはり相変わらずよくわからなかった。

 ヒュー・ホッパーが参加してからポップ色が薄くなり、より一層ジャズ・ロック寄りになっていったといわれている。「3」では1曲しかヒューの作った曲はなかったのだが、「4」では全7曲中5曲も作っている。だからヒュー・ホッパーの功績は大きかったといえるのだろう。

4 Music 4

アーティスト:ソフト・マシーン
販売元:Sony Music Direct
発売日:2005/03/02
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 一般的な世間の評価では1970年から72年の時期、アルバムでいうと「3」から「5」のときが全盛期だといわれている。だから「3」や「4」は名盤といわれてもおかしくないのだが、ただ自分にとっては、どうももう一度聞こうとする意欲がわかないのである。

 理由の一つはギターレスということだろう。やはりロックといえばギターの音やギターとキーボードの掛け合いなどのアンサンブルが重要である。
 サックスやトランペットでバンドを引っ張っていくのもいいのだが、そればっかりではどうも気持ちが続かない。耳に残るフレーズや印象的なメロディがあれば別なのだが、そうそうあるものでもない。

 基本的にジャズ・ロックだから、アルバムとまったく同じ音をライヴで表すことはない。そういう意識もあるのだろう。聞いてもどうせジャズだからというわけのわからない理由で、モティベーションも下がるのだろう。

 日本で人気が高いのは1975年に発表された「バンドルズ」である。これは自分も好きなアルバムである。理由はギターが演奏されているからであり、しかもそれはあの超絶技巧派のアラン・ホールズワースが弾いているのだから、もうそれだけでお腹いっぱいという感じなのである。Photo
 アルバム全編にわたってアランのギターがフィーチャーされているが、単にギターだけ聞かせているのではなくて、時にはピアノの音をはさんでいるし、時にはドラムの音がメインになっている。そういうバンド・アンサンブル重視の姿勢が一般的に評価されているのだと思う。

 1975年のアルバムだが、その後に流行したフュージョン/クロスオーヴァー・サウンドの先駆けとなったアルバムと言ってもいいだろう。キーボード・ソロもあるし、アランはアコースティック・ギターも短いながらも演奏している。しっかし、アランのソロは早すぎるなぁ、ジェフ・ベックも真っ青という感じだ。

 惜しいのは2009年7月現在で、このアルバムが廃盤になっていることだ。たぶん遅かれ早かれ紙ジャケ限定盤で復刻されるであろうが、今はやりのSHM-CDでもいいので一刻も早く販売して欲しい。そうすればソフト・マシーンだけでなく、特にアラン・ホールズワースの素晴らしさもあらためて再評価されると思うからである。

 それはともかくソフト・マシーンをジャズ・ロック寄りに持っていったのがヒュー・ホッパーだった。ソフト・マシーンやジャズ・ロック・ファンの間では忘れられないミュージシャンの一人になったに違いない。

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2009年7月14日 (火)

コンスパイラシー

 イエス関連ミュージシャンについては、前回のバジャー(or トニー・ケイ)で終わるつもりだったのだが、もう1人(というか1組)いたのを忘れていた。それはベーシストのクリス・スクワイアとイエスのサポート・ミュージシャンであったビリー・シャーウッドのことである。

 ビリーは、サポート・ミュージシャンといっても90年代のイエスを支えた立役者でもあった。1991年のイエスのアルバム「結晶」の中の曲をプロデュースしたのをきっかけに、1994年の“トーク・ツアー”に参加し、続いて97年の「オープン・ユア・アイズ」ではキーボードを、99年の「ラダー」ではギターやコーラスを担当している。

 また楽器演奏だけでなく、それぞれのアルバム曲の作曲やアレンジも担当していて、トレバー・ラビン脱退後の90年代後半において曲の水準を一定以上に保つことができたのも、彼のおかげだといわれている。

The Ladder Music The Ladder

アーティスト:Yes
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 彼はアメリカのネバダ州ラスベガス出身のマルチ・プレイヤーで、1965年生まれだから今年で44歳のはずである。元々彼はクリス・スクワイアのファンで、自分のバンドのアルバムをクリスに送ったところ、いたく気に入られたようで、そこから親交が始まったといわれている。1989年以前の話である。

 クリスとビリーが最初に書いた曲"The More We Live"はアルバム「結晶」に収録され、"Love Conquers All"はボックス・セット「イエス・イヤーズ」に収められている。

結晶 Music 結晶

アーティスト:イエス
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 またイエスとしてのツアーが一段落した1992年には、クリスは自身のバンド“ザ・クリス・スクワイア・エクスペリメント”を発足させ、アメリカ西海岸を中心に小規模のライヴを行った。ちなみにそのときのメンバーはクリスにビリー、アラン・ホワイト、ジミー・ハーン、映画音楽作曲家のジョン・ウィリアムスの息子マーク・ウィリアムス、TOTOのスティーヴ・ポーカロだった。なかなかの面子である。

 そのときに演奏した曲のいくつかは後のアルバムに収録されているので、曲の構想からアルバム制作までかなり時間がかかったことになる。せっかく作曲してもお蔵入りになることはよくある話で、まあ最終的には発表できたのだからラッキーだったかもしれない。

 そうこうするうちにクリス・スクワイアに1975年のアルバム「未知への飛翔」以来、25年ぶりとなるソロ・アルバムの話も出てきて、結局その話がビリー・シャーウッドとの合作というかコラボレーションになったのが2000年に発表されたアルバム「コンスパイラシー」だったのである。
Billy_sherwood___chris_squirecons_2

全10曲+ボーナス・トラック3曲という構成で、内容的には90年代のイエスをポップに味付けしたような音になっている。

 もともとイエスはビートルズの曲をアルバムに取り入れるなど、ポップな要素は備えていたのだが、シンフォニックなイエスになったあとも、特に80年代以降は最新テクノロジーとイエスにしては短めの楽曲を中心にアルバムを制作していった。

 このクリスとビリーのアルバム「コンスパイラシー」も“リトル・イエス”といった感じで、当時のイエスのアルバムに入っていてもおかしくない楽曲で占められている。あるいはイエスのアウトテイク集といってもいいかもしれない。ボーカルの声質が違うだけである。
 
 それに前述したマーク・ウィリアムスやジミー・ハーン(彼はアルバム「結晶」でギターを弾いている)、アラン・ホワイトと気心の知れたミュージシャンも参加していて、リラックスして制作されたことが予想される。

 また1曲だけギターにスティーヴ・スティーヴンスが参加して流暢な演奏を聞かせてくれる。彼は80年代に有名になったギタリストで、ビリーはビリーでも、ビリー・アイドルのバンドで頭角を表し、今ではソロ・ギタリストとして活躍している。しかもかなりのテクニックの持ち主でもある。

 どの曲も聞きやすいのだが、やはりイエスのアルバムに収録されていた"The More We Live"、アルバム「オープン・ユア・アイズ」の原曲だった"Wish I Knew"、同アルバムに用いられた"Man on the Moon"、それにスティーヴ・スティーヴンスが参加した彼ら流ロックン・ロール"Violet Purple Rose"などの出来がよい。またビリー・シャーウッドのギターが光る"Love Conquers All"もメロディが綺麗だ。

 アルバム自体はたいした話題にもならなかったようだが、ファンの間では評判はよかったようである。確かにメロディはハッキリしているし、リズム・セクションはしっかりしているし、かなりの上質のアルバムであることは間違いないと思う。

 ビリーは2000年に音楽性の違いからイエスを脱退したが、脱退しても仲がよいのがイエスというバンドのもつ凄さでもある。お互いに離合集散を繰り返しながら、バラバラにならずに生き抜いていくしぶとさをもっている。

 いったいリック・ウェイクマンは何回出入りしたのだろう。またリーダーのジョン・アンダーソンからして、イエス歴代代表メンバーを一堂に会してアルバム発表、ツアーまでやってしまった。音楽のためなら愛憎を乗り越えていけるのだろうか。不思議である。

 かつて音楽評論家の渋谷陽一氏はイエスというグループに入る条件として、最低限でも音楽的なテクニックは必要と、ライナーノートに書いていたが、そういう技術面と同時に、精神面でも逞しさというか、厚かましさというか、ずうずうしさというか、そういう図太さも備えていないといけないような気がしてならない。

 そしてそれは、“イエス”という肯定感を醸し出すグループ名が振りまく魔法に魅入られたせいかもしれない。

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2009年7月10日 (金)

バジャー

 やはりピーター・バンクスのことについて書いたのなら、もう一人のオリジナル・イエスのメンバーだったキーボード担当のトニー・ケイのことについても書かなければならないだろう。

 彼が上り調子のイエスを脱退した理由は、オルガン・プレイに固執していたからといわれている。当時のイエスは3枚目のアルバムの評判もよく、世間でもその知名度を高めていっていた。ようやく実力に人気が追いついてきたといった感じだろうか。

 その一つは新ギタリスト、スティーヴ・ハウの加入で演奏や曲作りに幅が広がってきたからである。
 そこでリーダーのジョン・アンダーソンはさらに演奏手段と能力の向上を目指して、トニーにオルガンだけでなく、シンセやメロトロンなどもレパートリーに入れるようにいったそうであるが、トニーはそれを拒否し、結局はバンドから離れていってしまった。

 代わりに加入したのがキーボードの魔術師リック・ウェイクマンで、彼が加入してからのイエスは文字通りの黄金期を迎えたのである。

 逆にグループを追われたようになったトニー・ケイは、フラッシュの1stアルバムに客演したあと、自らのバンドを立ち上げた。それがバジャーというグループだった。1972年の秋の出来事である。

 面白いことに、ピーター・バンクスはイエス脱退後、元のグループに距離を置いていたようだが、トニーの場合はイエスとつかず離れずの関係だったようである。何しろアルバムの親会社もアトランティック・レーベルだったし、1stアルバムのレコーディングについてもイエスの、というよりむしろジョン・アンダーソンの恩恵があったからこそといえるものだった。

 彼らの1stアルバム「ワン・ライヴ・バジャー」は文字通りのライヴ盤である。つまりデビュー・アルバムがライヴ盤という珍しい内容であった。これは彼らがイエスのサポート・バンド、要するにライヴの前座として演奏をしていたからだ。当時はイエスとバジャーは一緒にイギリス国内でライヴ活動を行っていたのである。
 イエスのリーダーのジョンは自分たちの録音機材を使ってレコーディングを勧めたようである。イエスもちょうどビデオ「イエスソングス」用にと演奏を録音していたからだった。それでバジャーのアルバムのプロデューサーにジョン・アンダーソンも名前を連ねている。

 このアルバムは隠れた傑作と思っている。ピーターのバンド、フラッシュと違ってライヴ盤のせいか音に躍動感が漲っている。しかもトニーはオルガンだけでなく、シンセサイザーやエレクトリック・ピアノ、メロトロンと結構弾きまくっているのだ。

ワン・ライヴ・バジャー(紙ジャケット仕様) Music ワン・ライヴ・バジャー(紙ジャケット仕様)

アーティスト:バジャー
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 あれほど自分のオルガン・プレイに固執していたのに、なんだこれはと思ってしまった。ひょっとしたらリック・ウェイクマンの影響でイエスがワールド・ワイドになったことに対して見習ったのかもしれない。

 このアルバムが優れているのは、ギターとキーボードが同等の比重で演奏されている点であり、プログレッシヴ・ロックというよりもディープ・パープルのようなブリティッシュ・ハード・ロックに近い点である。
 ギター担当のブライアン・パリッシュという人の演奏能力はかなりのものである。自分はこのアルバムで知るまでは、まったく知らなかったのだが、聞く限りではなかなかのものであった。ピーター・バンクスよりもロック寄りで、ブルースにも影響されていると見た。

 アルバム後半になるにつれて、緊張感も解けてきたのか演奏も曲の展開も調子が上がってきている。特に3曲目"Wind of Change"、5曲目"The Preacher"、6曲目"On the Way Home"などはメロディも綺麗で、聞きやすい。シングル・カットしてもよかったような曲もある。
 また後半5,6曲目では様々なキーボードが使用されていて、曲展開に貢献している。この辺のトニー・ケイは何か吹っ切れたような感じで、鬼気迫るものがある。このアルバムを聞けば、彼もリックに負けず劣らず有能なキーボーディストだということがわかると思う。

 この調子でさらにセカンド、サードと続けてプログレッシヴなアルバムを出してほしかったのであるが、残念ながらそうはならなかった。いや正確にいうとセカンド・アルバムは発表されたのだが、大きくメンバー・チェンジがなされ、内容もブリティッシュ・ロックからアメリカン・ソウル・ミュージックへと変容していったのである。

 ソウル・ミュージックといっても、完璧な黒人ソウルではなく、例えていえば第2期ジェフ・ベック・グループの通称“オレンジ”アルバムのような感じである。この時期のイギリス・ミュージシャンはデヴィッド・ボウイをはじめ、ロバート・パーマーなどアメリカのファンキーな音を追求していたようで、ある意味、一種の流行だったのかもしれない。

 彼らのセカンド・アルバム「ホワイト・レディ」は1974年に発表された。予備知識なしに聞くと、「ワン・ライヴ・バジャー」とこのアルバムが同じバンドで発表されたとは思えないはずだ。
 確かにベーシストとギタリストが脱退し、新たにリード・ギターとリズム・ギター、ベース・ギター担当が入ってきた。音の変化は、その影響のせいだろう。

ホワイト・レディ Music ホワイト・レディ

アーティスト:バジャー
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 特にリズム・ギター、リード・ボーカル担当のジャッキー・ロマックスという人は、かつてはあのアップル・レコードからジョージ・ハリソンの肝いりでデビューしたという経歴を持っていて、当時は知名度抜群のミュージシャンだったようである。自分はさっぱり知らなかったが…
 このグループに加わる前にもソロ・アルバムを2枚出していて、内容的にもアメリカ志向のサウンドだったとのことである。だからバジャーでもこういう音になったのだろう。曲のすべては彼の手によって書かれているからだ。

 アルバム自体はさっぱり売れなかったようであるが、しかし先入観なしに新しいファンキーなロック・バンドのニュー・アルバムとして聞けば、かなりの線を行っているのではないかと思うのである。

 1曲目の"A Dream of You"から女性コーラスやファンキーなブラス・セクションが躍動しているし、特に3曲目"Listen to Me"ではサビの部分がアル・クーパーのアルバムの音に似ているし、短いながらもスライド・ギターがなかなかいい味を出している。6曲目のアルバム・タイトル曲"White Lady"では、あのジェフ・ベックがリード・ギターを弾いている。(でもあまりパッとしないソロなので、そんなに期待しない方がよい)

 今回あらためてこのアルバムを聞いたのであるが、聞けば聞くほど味わい深いことに気がついた。たぶん1974年当時はプログレ・ファンが最初にこのアルバムを聞いて失望し、その落差が大きくて、そして数多くの悪評を聞いてアメリカン・ロック・ファンも手を出さなかったのではないだろうか。だから埋没してしまったと思うのだが、最初からきちんと評価していれば、もっと売れたと思うのである。ちなみにプロデューサーはアラン・トゥーサンであった。

 ところでトニー・ケイであるが、このアルバムでも印象的なソロを少し披露しているが、アルバム全体としては味付け程度である。だから彼にとっては決して自信作とはいえないだろう。完全にバック・メンバーに徹しきっているところが同一ミュージシャンとは思えない。

 この後は当然のことながら、バジャーは解散し、トニーはソロになり、ディテクティヴ、バッド・フィンガーと渡り歩き、1983年からは再びイエスに加入してアルバムにも参加した。

 こう考えると、トニー・ケイという人はキーボード(特にオルガン)一筋の演奏家という感じで、演奏には徹するものの、その内容やそれが与える影響などには無頓着な人のようである。テクニック的にはリック・ウェイクマンとは甲乙つけ難いにもかかわらず、影響力では大きく差がついてしまった。

 しかしそれが逆に彼のいいところかもしれない。世渡りは下手だったが、誠実に演奏に徹したミュージシャン、それがトニー・ケイだったのであろう。

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2009年7月 8日 (水)

フラッシュ

 前回はピーター・バンクスのソロ・アルバムを紹介したので、今回は彼が中心となって1971年に結成されたバンド、フラッシュについて述べてみたい。
 “彼が中心となって結成された”と書いたが、実際はベーシストのレイ・ベネットが中心となってボーカリストのコリン・カーターとドラマーのマイク・ハウに声をかけて結成に至ったようである。

 その際、ギタリストを誰にするかという話になり、マネージャーは名前が売れているギタリストを望んでいた。その方が売り出しやすいし、売れる可能性が高いからである。
 それで彼らは2人のギタリストに絞ることにした。一人はエリック・クラプトン、もう一人はリッチー・ブラックモアである。

 しかし素人目に考えても、実現する可能性は無さそうである。たとえ加入したとしても、もって3ヶ月であろう。クラプトンはもう少し実力派ミュージシャンを希望するだろうし、リッチーはすぐに首を切るであろうからである。

 結局、イエスを脱退したピーター・バンクスに白羽の矢が当たり、彼のギター・プレイを中心にしてバンドの音を組み立てようとしたのである。
 だからピーターが中心となって結成されたのではなく、彼の演奏を中心にして音楽を構築しようとした。その際にどうしてもキーボードの音が必要ということになり、気心の知れたトニー・ケイが呼ばれたのである。彼もイエスを首になった男である。

 こうして制作された彼らの1stアルバムは全米でも33位と健闘をみせ、まずまず順風漫歩の出足であった。何しろアルバムの音自体、これはイエスの新譜だといっても通用するような音で、ボーカルの声もジョン・アンダーソンよりは低いものの、高音がよく伸びる声質だったからである。

フラッシュ(紙ジャケット仕様) Music フラッシュ(紙ジャケット仕様)

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 ピーターとトニーは元のバンドのイエスに対して、これぐらいはやれるんだよ、という意地みたいなものがあったのかもしれない。垢抜けないイエスと言ってしまえばそれまでだが、聞いてみると、結構さまになっていてなかなか面白い音である。

 この路線でアルバムを作って欲しかったのだが、残念ながらトニー・ケイはゲスト演奏者ということで、1stアルバムだけで役割は終わってしまった。また他のメンバーは次のキーボーディストを見つけることはできなかった。だから2ndアルバムではキーボードは付け足し程度である。

 それで1972年に発表された彼らのアルバム「イン・ザ・キャン」では、とにかくピーターのギターの音が目立っている。また彼はシンセサイザーも弾いている。この活躍のせいで、フラッシュはピーターのバンドという見方が生まれたのだろう。

イン・ザ・キャン(紙ジャケット仕様) Music イン・ザ・キャン(紙ジャケット仕様)

アーティスト:フラッシュ
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 全5曲で、そのうち3曲は10分を超える長い曲である。ただピーターが作った曲は1曲のみで、しかもベーシストのレイと共作であった。1stアルバムでもピーターが単独で作った曲はほとんどなかったように記憶している。

 1stアルバムは、聞けばプログレッシヴ・ロックのアルバムだとわかると思うのだが、この2ndはプログレというよりも演奏時間の長いハード・ロックという感じである。実際、ギターとベースとドラムスがメインだし、そのうちギターが目立っているのだから、そう聞こえるのも仕方ないだろう。

 ただベースの音はイエスのクリス・スクワイアの音に似ている。ゴリゴリとしたアタックの強い音で、こういうところもイエスの音楽に似ていたのだろう。そのせいかオリジナリティが出せずにアルバム・セールスは失速していった。もう少しポップな音になればよかったのかもしれない。

 この2ndの反省を踏まえて1973年に発表されたのが3rdアルバムであり、彼らにとって最後のアルバムとなった「アウト・オブ・アワ・ハンズ」である。

アウト・オブ・アワ・ハンズ(紙ジャケット仕様) Music アウト・オブ・アワ・ハンズ(紙ジャケット仕様)

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 ただ残念ながら、結果的には3枚のアルバムの中で最低の売り上げともなったアルバムであった。しかしそれはアルバム会社の宣伝不足のせいだった可能性もある。もう少し強くプッシュしておけば、間違いなくチャート・インはしていたに違いない。

 前作は10分以上の曲が3曲もあり、しかもいずれもメリハリのない平凡な出来具合であった。しかしこのアルバムでは平均して4分台のコンパクトな曲作りになっていて、ときにアコースティック・ギターも使用され、曲作りに工夫が見られる。

 これはベーシストのレイ・ベネットの功績によるところが大きい。ほとんどの曲を彼が手がけてシンセサイザーやピアノ、メロトロンまで演奏をしている(あまり目立たないが!)。
 ピーターについてはオープニングの30秒程度の曲を手がけただけで、相変わらず演奏面は見事でも、曲作りにおいては貢献度が少ないようである。

 個人的には1stについで、このラスト・アルバムが気に入っている。プログレッシヴ・ロックという範疇から離れて聞くと、結構イケルのである。
 内容的にも人生をチェスに喩えて、“王様”や“騎士”、“女王”、“僧侶”、“兵士”などが登場しそれぞれの役割を果たすのである。4分台の曲が次々と連続して流れるように耳に届くので、アルバム全体が締まって聞こえる。その点が前作よりよいと思う。

 ただやはりB級はB級である。専任のキーボード奏者を入れるとか、もう一人ギタリストを入れてバトルを行うとかすれば、元のバンド、イエスとの差別化が図られ彼らの名前も売れたと思うのだが、どうだろうか。

 結局のところ、イエスという名前から逃れられなかった悲劇のバンドがフラッシュだった。もしピーターがイエスを経ずにバンド活動を行っていれば、もう少し違った道を歩めたのかもしれない。

 逆に考えれば、ピーターがイエスで活動をしていたからこそ、その後も彼の動向に注目がいって、このフラッシュもそこそこ評価されたのである。彼もしくは彼らが、今もなお演奏活動ができるのも、やっぱりイエスという偉大なバンドのお陰なのである。
 そういう意味でも“イエス”という呪縛から逃れられなかった悲劇のバンドともいえるだろう。

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2009年7月 6日 (月)

ピーター・バンクス

 音楽には二種類ある。いわゆる“売れる音楽”と“売れない音楽”である。ただし、売れる音楽がよい音楽とは限らない。それは個人の感性の問題であるからだ。この論理でいうと、音楽には“好きな音楽”と“好きでない音楽”に大別されるのかもしれない。

 それで売れない音楽になる理由について考えてみた。なぜ売れないのだろうか。それは当然のことながら視聴者から支持されないからである。なぜ支持されないのだろうか。それは支持されるような要素が含まれていないからである。では支持される要素とは何だろうか。

①訴えかけるようなメロディ、リズム、歌詞
②時代にマッチした音
③能力や技術を含む表現力の豊かさ

 などではないだろうか。そして最終的に売れるか売れないかは、偶然による要素も大きいと思われる。才能はあっても先鋭的な音になってしまうと、やはり売れなくなってしまうからだ。たとえばザ・ムーヴのロイ・ウッドのように…(ロン・ウッドではありません!)

Wizzard! Music Wizzard!

アーティスト:Roy Wood
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 ただ今回はこのザ・ムーヴでもロイ・ウッドでもない。今回はイエスのオリジナル・メンバーでギタリストだったピーター・バンクスのソロ・アルバムを紹介したい。もちろんこのアルバムもさっぱり売れなかった。

 彼の最初のソロ・アルバムは1972年に発表された。タイトルを「トゥ・サイズ・オブ・ピーター・バンクス」という。彼のアコースティックな面とエレクトリックな面を表現しようとしたものだろう。

 ちょうどその頃、彼は自身のバンド、フラッシュのリーダーとしても活動していて、バンド活動を行いながら、ソロ・アルバムを発表したようである。だいたいバンド活動と並行して発表したソロ・アルバムは趣味的なものになりがちであるが、このアルバムも似たようなもので趣味的な域を出ていない。

Peter Banks / Two Sides Of  国内盤 Peter Banks / Two Sides Of 国内盤
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 特筆すべきはゲスト陣の豪華さである。ギターにフォーカスのヤン・アッカーマンと当時のジェネシスのギタリストであったスティーヴ・ハケット、ベースにジョン・ウェットン、ドラムスにフィル・コリンズなどが参加している。ただし、ジョン・ウェットンとスティーヴ・ハケットは1曲ずつの参加である。

 内容的にはすべてインストゥルメンタルで、全9曲。長い曲で13分41秒、短い曲では1分少々となっている。
 アルバム制作の動機となったものは、はっきりと断定できないのだが、ピーターがヤン・アッカーマンと共演をしたかったからだといわれている。実際、2人の共作が5曲、アッカーマンの自作曲が1曲と、ほぼコラボレーションを行っているからだ。フラッシュがオランダ公演でフォーカスとジョイントしたときに、2人は意気投合したようである。

 アルバムは"Vision of the King"で幕を開ける。ピーターとヤンの2人のエレクトリック・ギター・デュオだ。1分25秒と非常に短く、まさにアルバムのオープニングという感じである。
 続いてピーターのアコースティック・ギターがフィーチャーされた"The White Horse Vale"が始まる。途中でイエスの"Roundabout"によく似た旋律が出てくるのだが、単なる偶然だろう。

 それにしてもピーター・バンクスという人は、当然のことながらギターは上手である。この曲と次の曲"Knights"を聞けばよくわかる。アコースティックでもエレクトリックでも早弾きを披露してくれる。
 ただ曲の展開がイエスやキング・クリムゾン的なところがあり、もう少しオリジナルな展開が欲しかったところである。5曲目"Knights-Reprise"ではスティーヴ・ハケットやジョン・ウェットンがせっかく参加しているのに、2分13秒と短く、しかも単にメロディの繰り返しだけに終わっていた。

 一方で"Beyond the Loneliest Sea"ではピーターのキーボードをバックに、ヤン・アッカーマンが得意のアコースティック・ギターを演奏している。ピーターはキーボードで主旋律を、逆にヤンはアコースティック・ギターのアルペジオ奏法を披露している。作曲はヤン自身だが自分自身は目立っていない。友人のピーターを引き立てようとしているかのようだ。

 このアルバムの白眉は8曲目の"Stop That!"で、ここで初めてピーターとヤンが対等にギター・バトルを繰り広げている。ただフリー・フォームに近い形で演奏しているので、何となく漫然とギターを弾いているという印象が強い。残念である。もう少し印象的なフレーズを入れるとよかったのにと思う。この辺が趣味的な音といわれるところだろう。

 このアルバムを聞いて、確かにピーターはギターは上手だとわかったし、彼の後釜に座ったスティーヴ・ハウと比べても遜色はないと思う。ただ表現方法、作曲能力についてはスティーヴの方が一枚上手のようである。たとえばスティーヴのソロ・アルバム「ビギニングス」はヴァラエティに富んでいて、聞いたあとの印象も強いものがある。

 だから残念ながらこのアルバムは参加ミュージシャンの豪華さに比べれば、内容的には大きく劣るのである。それがつくづく残念である。もうちょっと力を入れて制作して欲しかった。たぶんそのエネルギーは自分のバンド、フラッシュの方に傾けられたのであろう。

 ピーターはその後約20年の歳月を経て、2枚目のソロ・アルバム「インスティンクト」を1993年に発表した。これもパッとしないアルバムだったようで、内容よりも20年ぶりに発表したことの方が話題になったりした。つくづくソロではついていなかったようである。

 彼はテクニックはあるのだが、それを生かす表現力に欠けていたようである。また、時代を意識した音作りも彼には必要だったと思う。イエス・ファンには忘れ難い人物なのだろうが、ロックの歴史を切り拓くまではいかなかったようである。 All Points South

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2009年7月 5日 (日)

マリリオン

 最近は梅雨の終わりのせいか、集中的に雨が降ることが多い。これを“ゲリラ豪雨”というらしいのだが、おかげで自動車道や鉄道が不通になり、通行ができなくなってしまう。雨が降らなければ、農家が困り、降れば交通に支障が起きてしまう。何とかほどほどにならないだろうかといつも思ってしまうのである。

 それで外に出れない場合は、家の中で音楽でも聞いているのだが、つい先日、イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのマリリオンの新譜を購入して、それを聞いている。

 マリリオンといえば、ジェネシスのクローン・バンドとして有名であった。デビューが1982年だから、当時はプログレのような演奏時間が長くて、難解な歌詞を持ったような音楽は時代遅れの恐竜のように扱われていた。(昔も今も案外そうかもしれない)

 だからそれまでの有名なプログレ・バンドは、時間的に短くてポップな音に走り、イエスやピンク・フロイドのように、それまでは不可能だった(というか縁のなかった)シングル・ヒットを記録するようになった。これはこれで面白い現象だったと思う。

 それでマリリオンだが、フィッシュという名前のボーカリストがいて、その人の歌い方や曲の演出方法がジェネシスのオリジナル・メンバーのピーター・ガブリエルによく似ていた。グループに参加する前は木こりをしていたそうであるが、木を切りながらジェネシスの歌を口ずさんでいたのだろうか。

 そんなことはどうでもいいのだが、彼らはクローン扱いされながらも徐々にオリジナリティを出していき、人気も出てきて、それなりの評価を受けるようになった。また、ペンドラゴンやIQ、イッツ・バイツのような遅れてきたプログレッシヴ・ロック・バンドも現れてきて、彼らは音楽業界の中で確固たる位置を占めるようになった。総じてポンプ・ロックと呼ばれたりもした。要するに新しい時代にふさわしいプログレッシヴ・ロックということだろうが、幾分皮相的な見方も含まれているようだ。

 フィッシュ在籍時の名作は1985年に発表された3作目の「過ち色の記憶」であり、フィッシュの次にボーカリストに選ばれたスティーヴ・ホガースが加入してからの名作は1994年の「ブレイヴ」だといわれている。
 前者は演奏といい雰囲気といいジェネシスによく似ているし、往時のジェネシスの音を期待するファンには喝采を持って受け入れられた。

Misplaced Childhood Music Misplaced Childhood

アーティスト:Marillion
販売元:EMI
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 逆に後者のアルバムはマリリオンの音を確立した(というか世界的に認められたという感じ)アルバムという事で評価も高い。ようやく“ジェネシスのクローン”という評判から脱却した感じである。彼らの最高傑作という人までいるようだ。
Brave Music Brave

アーティスト:Marillion
販売元:Sanctuary
発売日:1998/10/05
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 それで1983年からほぼ年1作アルバムをコンスタントに発表していたのだが、国内盤は1998年の「レディエイション」を最後に終わってしまった。これはバンドと配給会社との契約が切れたためである。
 正確にいうと、EMIとの契約が切れたあと、ポニー・キャニオンから2枚アルバムが出されたのだが、おそらく商業的に下降線をたどったのであろう、配給会社ももっと売れるバンドをプッシュしたいということで、彼らのような音楽は敬遠されたのである。まさにイエスやE,L&Pのようなかつてのプログレ・バンドがたどった道であった。“歴史は繰り返す”とはこのことである。

 で、自分が購入したアルバムは2008年に発表された2枚組アルバム「ハピネス・イズ・ザ・ロード」であった。もちろん輸入盤で、インタクト・レコードというところから販売されている。

 最近のマリリオンはプログレッシヴ・ロックという範疇から脱却して、彼ら独自のロック・ミュージックを追求しているようである。

 1枚目はまるでレディオヘッドやコールドプレイのような音で、1曲あたりの時間も短く、曲調も美メロ中心の音楽だった。音数はあるのだが、全体的に静謐でおとなしい雰囲気なのである。たぶん寝る前に聞くと安らかに眠れるような音楽である。羊を数えることも20匹を越えたあたりでたぶん終わると思う。

Happiness Is the Road, Vol. 1 Music Happiness Is the Road, Vol. 1

アーティスト:Marillion
販売元:Racket
発売日:2008/10/28
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 逆に2枚目は今までプログレをやってきましたという感じで、全9曲、7分や8分を超える曲も中にはあり、1枚目よりもロック色が出ている。自分は2枚目の方がよかった。
 特に長めの曲では艶のあるギターや音を重ねたキーボードが目立っていて、なかなかいい感じであった。こういう曲をもっとたくさん演奏してほしいのだが、なかなかそうはいかないようである。
Happiness Is the Road, Vol. 2 Music Happiness Is the Road, Vol. 2

アーティスト:Marillion
販売元:Racket
発売日:2008/10/28
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 というわけで1枚目は時代を意識した音、2枚目はそれまでの自分たちの音の集大成というアルバムであった。メンバー的には以前と変わっていないので、メンバーは代えずに、音楽的に変化しようとしているのだろう。ということは音的に第3期に突入したと考えていいだろう。

 たぶん日本では国内盤は出ないだろうから、インターネットや輸入盤で彼らの音楽や動向を知るしかない。何だかんだいっても、もう25年以上も続けているバンドである。音楽的進化があって当然である。時代を意識したポップな音楽を続けるのか、今までの音を追及するのか、これからが変わり目である。
 彼らの今後の"Road"が"Happiness"になるかどうか、そのためにどんな音になるのか、若干の不安を抱きながら彼らの今後を期待したいと思っている。

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