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2009年9月26日 (土)

モット・ザ・フープル

 モット・ザ・フープルという奇妙な名前を持ったバンドがあった。このバンドは一応グラム・ロックに分類されることが多いようだが、それはうまく時流に乗った結果かもしれない。ただぽっと出の新人バンドとは違って、そのライヴ演奏は定評があった。

 彼らは、最初アイランド・レコードからデビューした。あの有名なパンク・バンドのクラッシュのアルバムもプロデュースしたことのあるガイ・スティーヴンスが見つけてきてデビューさせたのだが、バンド名も彼が小説から借りてきて名づけた。何でもガイがドラッグ所持で刑務所に入れられたときに、読んだ本の中から見つけてきたということらしい。

 ところがモット・ザ・フープルは、ライヴ演奏は好評なのだが、アルバムとなるとサッパリ売れなかった。

 もともとバンドの歴史は古く、1967年までさかのぼる。のちにポール・ロジャースとバッド・カンパニーを結成するギタリストのミック・ラルフスはオリジナル・メンバーに当たる。
 彼らはガイからデビューの打診を受けるのだが、それにはボーカリストの交代という条件が付けられた。

 それで彼らは「メロデ・メイカー」にピアノの弾けるボーカリストを募集したところ、やってきたのがイアン・ハンターだった。彼は1939年6月生まれということなので、今年で70歳になる。日本の若手アイドルのように、最初は年齢を誤魔化していたらしい。どうやら年齢詐称は、洋の東西を問わず、どこでも行われているようである。

 またどうでもいい話だが、彼の父親は英国の情報部MI5の諜報部員だったという話もある。彼は大きなサングラスをかけることで有名なのだが、隠すのは目の表情だけでなく、経歴も上手なのだ。

 彼らは1969年にデビューして4枚のアルバムを出すも、いずれも失敗。それで一旦解散を決意した。それが1972年3月26日スイスのチューリッヒでの出来事だった。
 彼らの熱烈なファンならわかると思うけれど、彼らの曲"Ballad of Mott The Hoople"に、このときの情景が描かれているので日時が特定できるのである。

 しかし、そのときに救いの手が現れたのである。その手の持ち主は、デヴィッド・ボウイといった。いわずとしれたスーパー・スター、当時のグラム・ロックの盟主である。もともとモット・ザ・フープルのファンらしく、彼らを解散させるのは惜しいということで、楽曲の提供とニュー・アルバムのプロデュースを申し出たのであった。

 ということでボウイの全面協力の下、レコード会社をCBSに移し、新曲を含むニュー・アルバムを発表した。それが名盤「すべての若き野郎ども」であった。

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 新曲はアルバム・タイトルと同名曲であったが、シングル、アルバムともに大ヒットした。(シングルは全英3位、アルバムは21位)あとでボウイはこの名曲を提供したことについて、後悔しているようなことを述べている。デヴィッド・ボウイともあろうものがちょっとケチ臭い話である。

 だからモット・ザ・フープルにスポットライトが当たるのは1972年からであった。そしてその明かりは72年から74年のライヴ・アルバム「華麗なる扇動者」まで当たり続けることになる。

 アルバムは成功し、ライヴ活動の評判も高まっていったのだが、ただバンド内の人間関係は望ましくない方向に動いていった。
 まず1973年にオリジナル・メンバーのキーボーディストのヴァーデン・アレンがフラストレーションがたまって脱退し、続いてギタリストのミック・ラルフスも脱退した。ミックは自分が作曲した"Can't Get Enough"がニュー・アルバムに採用されなかったからである。しかし、この曲はバッド・カンパニーによって大ヒットし、世界中に知れ渡っていった。

 こうやって一番最後にグループに入ったイアン・ハンターがグループの実権を握るようになり、モット・ザ・フープルは彼のバンドのようになっていった。

 こうなると面白くないのは他のオリジナル・メンバーたちである。そしてついにイアンは、新ギタリストとしてボウイと一緒にやっていたミック・ロンソンをメンバーに加えようとして他のメンバーと対立し、バンドはついに崩壊してしまった。1974年12月だった。

 ここまでがモット・ザ・フープルの物語になる。この後、イアン・ハンターとミック・ロンソンは新バンドを結成しようとし、他のメンバーはバンド名をモットに変えて、1978年まで活動を続けた。オリジナル・メンバーはベースとドラムスのリズム陣だけだった。しかしこのモットになるともうグラム・ロックとは関係なくなるので、詳細は省きたい。

 やはり良くも悪くもイアン・ハンターの存在は大きかったように思う。大きな四角いサングラスとブロンドのカーリー・ヘア、肩からは自分の名前のイニシャルから取ったHという形をしたエレキ・ギターをぶらさげてラメの衣装を着てシャウトする姿は、とてもクールだった。

 また73年の"Roll away the Stone"(土曜日の誘惑)[全英8位]や74年の"The Golden Age of Rock'n'Roll"(ロックンロール黄金時代)[全英16位]という曲は、まさに彼らにピッタリの印象だった。しかしその曲を発表して、まもなく解散してしまったのだから皮肉なものである。

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 自分が最初に聞いたアルバムは「グレイテスト・ヒッツ」だった。つまり解散した後にあたるのだが、そのせいかどうか、印象としてはスローな曲が目立っていて、湿っぽいものだった。

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 モット・ザ・フープルは、もう少しストーンズのようなロックするグループと思っていたのだが、期待はずれだったのを覚えている。だから2枚目のアルバムに手が出せなかった。

 しかしさすがに「すべての若き野郎ども」は名盤だった。ルー・リードの"Sweet Jane"から始まり(この曲もデヴィッド・ボウイが録音するように勧めたらしい)、ミック・ロンソンのストリングス・アレンジがきまっている"潜水夫"まで、いい曲で占められている。

 そしてバッド・カンパニーで有名な"Ready for Love"の原曲まで収められているし、盤によってはボーナス・トラックにデヴィッド・ボウイが歌う"All the Young Dudes"まで収録されていてお買い得でもある。

 こうして見ると、モット・ザ・フープルはグラム・ロックの中ではA級に位置するものかもしれない。そしてそれは自分たちの努力もさることながら、時流や周りからのサポートに上手に乗っかって活動を続けることができたからでもある。それをうまく利用したのがイアン・ハンターであり、やはりそれなりの才能に長けていたのであろう。

 モット・ザ・フープルは、グラム・ロックの中では人気だけでなく、実力としっかりとした計算高さも備えていたバンドだったようである。


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