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2009年9月 4日 (金)

レインボー

 前回はディープ・パープルの名盤「紫の炎」についてだった。自分はディープ・パープルのメンバーの中で一番好きなのはギタリストのリッチー・ブラックモアだった。リーダーはジョン・ロードだったかもしれないが、それでもリッチーが好きだった。

 これは私の師匠にあたるK氏が、リッチー・ブラックモアが大好きだったということに影響を受けているのかもしれない。何しろアルバム「マシン・ヘッド」の中のリッチーのように左右の眉毛をつなげて一本にしようとするくらいだったから、筋金入りのファンだともいえる。

 “つなげる”というよりは、眉と眉の間を“そらない”といった方が正確である。それで結局どうなったかというと、完全にはつながらなかったように思うのだが、どうも記憶があやふやで定かではない。

 とにかく田舎の中高生の間でも人気のあったディープ・パープルであるが、その中でも一番人気はリッチーだった。

 1975年にディープ・パープルを脱退した後、リッチーは自分の意思で自由になるバンドを作ろうと思い、リッチー・ブラックモアズ・レインボーを結成した。
 正確にいうと、リッチーが気に入っていたアメリカのバンド、エルフと一緒にレコーディングして、そのままバンドに居座ったのである。たぶん彼が気に入っていたのは、バンドのボーカリスト、ロニー・ジェイムス・ディオの声だと思う。彼がバンドに加入したあと、ロニー以外を解雇しているからだ。

 自分が好きなのは1976年の「虹を翔ける覇者」のサイドBと1978年に発表された彼らの3枚目のスタジオ・アルバム「バビロンの城門」である。
 レインボーはごく大雑把に前期と後期に分けられる。ロニー・ジェイムス・ディオが在籍していた1978年までとボーカルがグラハム・ボネット、ジョー・リン・ターナーだった79年から1984年までである。

 前期がブルーズとクラシカルな様式美を追求した時期であり、後期はアメリカでの成功を期待して、コンパクトかつポップ化していった時期である。確かにポップ化していったレインボーも素晴らしいのだが、ディープ・パープルからのコアなファンは前期の方を選ぶと思う。

 セカンド・アルバムの「虹を翔ける覇者」の"Stargazer"、"A Light in the Black"はハード・ロック史上の名曲だと思う。当時はアルバムの片面すべてを使って構成されていたのだが、躍動するドラムス、疾走するギター、クラシカルな様式美など、どこをとってもリッチーの趣向が反映されていて、8分以上の曲でありながら、全く退屈させずに最後までドラマティックに聞かせてくれる。

虹を翔ける覇者 Music 虹を翔ける覇者

アーティスト:レインボー
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 ひとつはドラマーがコージー・パウエルに替わったことが挙げられるだろう。ジェフ・ベック・グループにも在籍していたコージーの迫力ある演奏はリッチーをも満足させたであろう。この時期のレインボーはリッチーのグループでありながら、ロニーとコージーの3人で運営されていた。日本ではこのことを“三頭政治”とか“三頭体制”といっていたと思う。

 そしてこの体制で、名作「バビロンの城門」が発表されるのである。ただこのアルバムから多少の軌道修正が行われた。前作のような長い曲は影を潜め、比較的短めのコンパクトな楽曲を中心に構成されていた。

Long Live Rock 'n' Roll Music Long Live Rock 'n' Roll

アーティスト:Rainbow
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 これはリッチーのアメリカ市場を意識した結果であるといわれ、この軌道修正をめぐってロニーと対立し、最終的にロニーは交代してしまった。

 そういういわくのある作品なのだが、曲は短くなったとはいえ、"Long Live Rock'n'Roll"、"Kill the King"のようにスピーディでメロディアスな曲やストリングスを使用してロックとの融合を図った曲"Gates of Babylon"、詩情溢れるクラシカルな"Rainbow Eyes"などそれまでの方向性も踏襲していて、ファンの期待を裏切っていない。

 このアルバムも師匠の家でよく聞かされたものだが、やはり前作の「虹を翔ける覇者」とこのアルバムはいいというようなことを言っていたように思う。さすが師匠である。リッチーのことをよくわかっていらっしゃる。

 このあとリッチーはより一層ポップ化を進めていき、シング・ヒットも出すようになった。確かにアメリカ市場でも受け入れられるようになったのだが、リッチーのギターの比重はそれに反比例するかのように軽量化されていったように思える。
 
 このレインボーというバンド、よく考えてみると、リッチー以外のミュージシャンは多くがアメリカ人である。総勢20名以上のメンバーが入れ替わり立ち代り、バンドに入っては出て行ったが、その中でイギリス人は片手で足りるのではないだろうか。

 アメリカ人が多かったからアメリカで成功しようと思ったわけではないだろうが、イギリス人のリッチーがアメリカ志向で、アメリカ人のロニーがブリティッシュ志向だったというのは面白い。

 またほとんどの曲はリッチーが作曲しているのだが、中には非常にメロディアスで覚えやすいフレーズも含まれていて、彼の作曲能力の高さというか、意外とポップな要素も備えているというのも興味深い。

 自分はこのあとのアルバムも結構気に入っていて、「ダウン・トゥ・アース」や「アイ・サレンダー」などはよく聞いたし、ラジオでも頻繁に流れていた。

アイ・サレンダー Music アイ・サレンダー

アーティスト:レインボー
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 ただのポップ・バンドとして聞いていれば問題はないのだろうけれど、そこはやはりリッチー率いるレインボーである。普通のバンドではない何かを醸し出していたし、またファン心理として、並みのバンドに堕してほしくないとも思っていた。

 リッチーは1945年生まれなのでもう64歳になるのだが、今でも現役ミュージシャンとして活躍している。ただし、かつての轟音やハードな演奏は封印してしまい、自分の愛妻とともにアコースティック・ギターで中世音楽などを演奏しているようだ。

 昨年もアメリカ・ツアーを行ったようであるが、できればもう一度、彼のトレードマークであるストラトキャスターを手にして、狂気のギタリストを演じてほしいのである。おそらく師匠もそういう気分でいるのではないかと思う今日この頃であった。


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