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2009年11月

2009年11月29日 (日)

ジョージ・ハリソン帝国

 11月29日はジョージ・ハリソンの亡くなった日である。2001年だから今年は8回忌ということになる。
 そこで今回は彼の1975年のアルバム「ジョージ・ハリソン帝国」について述べることになった。原題を“Extra Texture”というアルバムだが、日本語では“格別な生地”とか“格別な手触り”というような意味になるだろう。

Extra Texture Music Extra Texture

アーティスト:George Harrison
販売元:Toshiba EMI
発売日:1992/01/20
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 そういう意味にふさわしく、ジョージを中心にして、今回も一流ミュージシャンが参加している。特に目立つのは、当時は無名だが今ではプロデューサーやアレンジャー、ソングライターとして有名になったデヴィッド・フォスターが参加していることだろう。

 デヴィッドは、このアルバムではピアノやストリングス・アレンジを担当しているのだが、当時は前年にジョージ自らが設立したレーベル、ダーク・ホースに所属していた“アティテュード”というグループのメンバーだった。

 このアティテュードには、デヴィッド以外に、ギターにダニー・クーチマー、ベースにはポール・ストールワース、ドラムスはジム・ケルトナーが在籍していて、ジョージはかなりこのグループをプッシュしていたらしい。残念ながら売れなかったけれども…

 それでこのアルバムにもダニー以外は全員参加して、セッションをしている。グループは売れなかったけれども、ベーシストのポール以外はそれなりに名前は知られている。ちなみにこのアルバム・タイトル名を考案したのはポールだったようである。

 この時期のジョージはかなり苦悩の時代だったようで、前年の北米ツアーは集客が悪く営業的に失敗したし、個人的にも妻パティは親友エリック・クラプトンのもとに走ってしまった。
 おまけに力を入れて制作したこのアルバムも全米8位、全英22位と元ビートルズとしては不本意な結果になってしまったのだ。前作「ダーク・ホース」が全米4位だったから、段々と下降気味で、70年代の半ばともなると“元ビートルズ”という称号も通用しなくなったのだろう。

 そんな背景の下に発表されたアルバムなのだが、どうしてどうして今聞くとなかなか良い曲も含まれていると思う。

 最初にシングルカットされた"You"はジム・ホーンの吹くサックスが印象的なメロディアスな曲で、60年代風味の味付けがされた名曲でもある。

 それもそのはずこの曲だけは1971年に作られていて、本当はフィル・スペクターの奥さんだったロニー・スペクターがシングルとして発表する予定だったのだが、それが変更されてお蔵入りになってしまった。で、結局ジョージはそれを思い出し、この曲をこのアルバム用にアレンジしたのである。だからこのアルバムでもどこか違う雰囲気をもっている。

 ドラムスはジム・ゴードンとジム・ケルトナー、ベースはカール・レイドル、ピアノはレオン・ラッセル、エレクトリック・ピアノはゲイリー・ライトという豪華布陣であるが、これは71年の録音に音をかぶせたものだから、こうなったのだろう。それにしても名前だけ聞くと、まるでデレク&ザ・ドミノスのようである。

 2曲目"The Answer's at the End"はバラード・タイプの曲で、あの名曲"Isn't it a Pity"にインスパイアされて作ったという。そういえば確かに似ているような感じはする。

 3曲目はジョシ・エド・デイヴィスのスライド・ギターが堪能できる"This Guitar (Can't Keep From Crying)"で、あのビートルズ時代の名曲"While My Guitar Gently Weeps"の続編として作られたとのこと。
 ビートルズ時代の曲は有名になったのだが、残念ながらこの曲はシングルカットされたものの、売れなかった。やはりエリックが演奏していないとダメなのだろうか。ちなみにエリック・クラプトンはこのアルバムにはまったく参加していない。それまでのアルバムには参加していたのだけれど…

 4曲目の""Ooh Baby (You Know That I Love You)"は眠くなりそうな曲で、スローな子守唄タイプだ。いつの間にか終わってしまう。ソウル・ミュージシャンのスモーキー・ロビンソンを意識して作ったそうで、ジョージは彼を尊敬していたようである。しかし“煙のように”消えてしまいそうな曲ではシャレにもならない。

 5曲目"World of Stone"はデヴィッド・フォスターの美しいピアノで始まる曲。これもスローなバラードで終わるのかと思いきや、途中からミドル・テンポになるのがうれしい。エンディングではジョージのギター・ソロもあって、曲自体は面白みがないものの、サービス精神は見られる。

 後半の"A Bit More of You"は1曲目"You"のリプライズで、わずか45秒で終わる小曲。続いての"Can't Stop Thinking About You"は名曲である。前作に収められていた"Far East Man"を思い出させるようなバラードになっていて、ジョージ特有のいきなりサビの部分から始まる構成になっている。またこの曲にだけニッキー・ホプキンスが参加している。

 こういう涙が出そうな名曲を、ときどきさりげなくアルバムに収録しているのがジョージ・ハリソンの素晴らしさなのである。この謙虚さ、この奥ゆかしさ、ジョンとポールの陰でひっそりと佇んでいたビートルズ時代を思い出させる。まるで王、長島に対する野村監督のようだ。

 続いての"Tired of Midnight Blue"にはピアノにレオン・ラッセルが参加しているが、たいした曲ではない。飛ばして聞いても差し支えないだろう。"Grey Cloudy Lies"は渋い曲だが、メロディは美しい。ベースはアティテュードのポール・ストールワースが弾いている。

 最後の曲"His Name is Legs (Ledies & Gentlemen)"はレッグス・ラリー・スミスという人にちなんで作った曲で、彼自身もゲスト・ボーカルで参加している。

 このレッグスという人は、ボンゾ・ドッグ・バンドのドラマーらしいのだが、彼らのアルバムは1枚持っているのだけれども、自分はくわしくは知らない。ただコミック・バンドのようで、メンバーの何人かはビートルズの“マジカル・ミステリー・ツアー”に参加していて、以前からビートルズとのつながりは深かったようだ。
 後のジョージのアルバム「ゴーン・トロッポ」のアルバム・ジャケットは、レッグスが担当していた。

 またメンバーのニール・イネスは、のちにラトルズというビートルズのパロディ・バンドを結成して、アルバムも発表している。これはかなりの名盤?だと個人的には思っている。

 いい曲も含まれているのだが、後半になるにつれてパワー・ダウンしてしまうアルバムでもある。逆に考えれば、全米8位になっただけでもラッキーだったのかもしれない。元ビートルズという称号の影響力かもしれない。

 ただ今までの“抹香臭さ”というか“宗教的救済”のような楽曲はなくなり、その分聞きやすさは増したと思う。こういう音楽をもっと追求してほしかったというのが個人的な意見である。

 というわけで今年は「ジョージ・ハリソン帝国」を紹介したのだが、ますます厳しい状況に取り巻かれてしまうジョージだった。そういう自身の状況ややるせなさなどが反映しているアルバムなのかもしれない。
 来年はこの次のアルバム「33 3/1」について述べたい。そして一応の締めくくりにしたいと思っている。

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2009年11月27日 (金)

ステュワート&ガスキン

 さてさて以前にもアラン・ホワイトやロジャー・テイラーなどの同名異人を紹介したが、もう一人デイヴ・ステュワートという人がいた。

 これは1950年生まれで元エッグやハットフィールド&ザ・ノースで活躍したキーボーディストとニュー・ウェーヴ・バンドのユーリズミックスのコンポーザー、ギタリストで1952年生まれのデイヴ・ステュワートとロック界では2人いるのだが、今回はカンタベリー系ミュージシャンの方のデイヴ・ステュワートのことである。
 ということで今回は“カンタベリー物語”の後日談を紹介したいと思う。

 このデイヴ・ステュワートはナショナル・ヘルス解散後、元ソフト・マシーンのベーシスト、ヒュー・ホッパーや元イエス、キング・クリムゾンのビル・ブラッフォードのソロ・アルバムに参加するのだが、80年代に入ってソロ活動を行うようになった。

 1981年にソロ・シングル"What becomes of Broken Hearted"(恋にしくじったら)をブロークン・レコードというところから発表したのだが、これがまあ何というかシングル・ヒットを記録したのである。

 カンタベリー系ミュージックとシングル・ヒット・チャートとは本来無縁なものである。それまでジャズ・ロックだの変拍子だのプログレッシヴな音楽をやっていたものにとって、シングル・ヒットを記録するとは当時としてはありえない展開だったのである。(例外はケヴィン・エアーズの"I'm a Believer"ご存知モンキーズのカバーで全英No.1を記録した)

 この"What becomes of Broken Hearted"は1966年のモータウンのヒット曲だから、いわゆるカバー曲だった。
 そしてこれに味をしめたのかどうかわからないが、デイヴはハットフィールド&ザ・ノースの女性コーラス隊、ザ・ノーセッツで歌っていたバーバラ・ガスキンとコンビを組んでシングルを出すのである。

 このバーバラ・ガスキンという人は、1951年生まれで、幼少の頃からピアノやチェロを学んでいたようである。
 1969年にカンタベリーのケント大学で哲学と文学を学ぼうとやってきたのが人生の転機となり、ここでカンタベリー系ミュージックに飲み込まれてしまうのである。

 ここでスパイロジャイラというフォーク・グループのボーカリストを務めたバーバラは、1974年に同グループが解散すると、約3年間にわたってアジアを周り、東洋哲学を学んだり、バリ島でガムラン・ミュージックに関心を持った。途中で日本に寄り、生活費を稼ぐために英会話教師などをしたそうである。

 カンタベリーに戻ったバーバラは、女性だけのバンド、レッド・ロール・オンで歌ったりしたが、1980年のビル・ブラッフォードのアルバム「ゴーイング・トルネード」でデイヴ・ステュワートと共演したのをきっかけに、デイヴとデュオを組むようになったのである。

 1981年8月に発表した"It's My Party"はレスリー・ゴーアの1963年のヒット曲で、この曲はみごと全英No.1を記録している。
 以後はコンスタントにシングルを発表し、1986年の"The Locomotion"(リトル・エヴァの1962年のヒット曲、最近は某携帯電話会社のCMで有名になった)まで7枚を数えた。

 そんな彼らのヒット曲を集めた日本編集盤のCDが発売されている。手っ取り早く彼らの曲を聞きたい人にはピッタリのアルバムだと思う。

Dave Stewart,Barbara Gaskin/ザ・シングルズ(Broken records) 国内盤帯付美品! Dave Stewart,Barbara Gaskin/ザ・シングルズ(Broken records) 国内盤帯付美品!
販売元:ショッピングフィード
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 当時の彼らの音は80年代の音を反映していて、シンセサイザー中心のデジタルなサウンドである。やはりキーボード出身のデイヴだけあって、その辺の使い方は流行に依っているようである。
 また曲によっては、ピプ・パイルなども参加していて、カンタベリー系の一流ミュージシャンがこういう超ポップな音楽をやっていると思うと、その落差が面白いのである。
 
  一時、活動を休止していたときもあったが、今年の春先に最新アルバムを発表している。自分はまだ未聴なので、是非聞いてみたいと思っている。

グリーン・アンド・ブルー Music グリーン・アンド・ブルー

アーティスト:デイヴ・スチュワート&バーバラ・ガスキン
販売元:(株)ディスクユニオン
発売日:2009/03/18
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 しかし何が彼らをポップな音楽に向かわせたかは、よくわからない。ポップな要素はカンタベリー系ミュージックの特長だから、昔からそういう要素はあったのだろうが、ここまでポップ・ソングとして割り切ってしまうと、何か不思議な感じである。それほどデイヴ・ステュワートの音楽性は幅広いのであろう。

 ということで今まで延々と“カンタベリー物語”を綴ってきたのだが、いよいよ正真正銘、本編で最後となる。
 カンタベリー系ミュージックは様々な要素を含んでいるのだが、正統派としてのカンタベリー系は、ハットフィールド&ザ・ノース~ナショナル・ヘルスと続き、現在ではフィル・ミラー率いるイン・カフーツに受け継がれている。
 そしてポップな要素は、このステュワート&ガスキンに受け継がれているのであろう。

 今まで述べてきたカンタベリー系ミュージックの特長をまとめてみると、次のようになるだろう。
①ジャズ・ロックを基本とした音楽集団である。
②音楽的要素はクラシックからポップまで多岐に渡っている。
③離合集散は激しいが、交友関係で結ばれている。
④ときに相互扶助のような友情でも結ばれている。
⑤演奏技術は高いが、それを感じさせない楽曲である。
⑥ユーモア・センスにたけていて、知性を感じさせる。
⑦いまだに現代に生きるミュージックである。

 鬼籍に入ったカンタベリー系ミュージシャンである。
・アラン・ゴウエン…1981年、享年33歳、白血病
・エルトン・ディーン…2006年、享年60歳、病死
・ピプ・パイル…2006年、享年56歳、心臓発作
・ヒュー・ホッパー…2009年、享年64歳、白血病

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2009年11月24日 (火)

ヘンリー・カウ/スラップ・ハッピー

 基本的にこのブログでは、自分の聞いた音楽や所持しているCDを紹介していて、自分が聞いたことのないものや知らない音楽やミュージシャンは、当然のことながら記されない。というか当たり前のことだが書けない。

 今まで延々とイギリスはカンタベリーを中心として生まれた音楽や音楽集団を紹介してきたのだが、それらも一応は聞いたことのある音楽だった。

 ところがここに同じカンタベリー系ミュージックには属するものの、自分ではほとんど聞いたことのないグループを紹介しなければいけなくなった。そうしないとこのシリーズが完結しないからである。

 そのグループの名はヘンリー・カウという。グループの結成は意外と古く1968年である。当時ケンブリッジ大学の学生だったフレッド・フリスとティム・ホジキンソンがそれぞれギター、バイオリンとサックス、キーボードを担当してバンド結成を行ったのである。

 彼らは直接カンタベリー系ミュージックと関わったわけではないのだが、カンタベリー系ジャズ・ロック(特にソフト・マシーン)の影響を受けたのは間違いない。しかしベース担当のジョン・グルーヴスやドラムス担当のクリス・カトラーが加入するにしたがって、その音楽性はジャズ・ロックよりももっと即興性を尊重した前衛音楽、現代音楽として発展していくのであった。

 また思想的には共産党的左翼思想に基づいており、グループ運営の手法や創作活動の方法も民主的かつ組織的でもあったのである。こういうグループはロック・ミュージックでは珍しい方である。
 ただイギリスでは左翼思想は珍しくなく、ロバート・ワイアットも80年代は積極的に活動をしている。アメリカでは共産党的な左翼思想はあまり普及せずに、ロック・ミュージックはヒッピー的コミューンになっていった。これは国民性の違いだろうと思っている。

 彼らの1stアルバムは1973年に発表された「レッグエンド」である。これは"Legend"と書いて“レッグエンド”と読むらしい。文字通り“脚の終わり”=“つま先”の写真がアルバム・ジャケットになっていて、一目見ただけで忘れられないほどの話題性も充分にあった。こういうユーモア精神は、カンタベリー系ミュージシャンに共通するものである。この点でも彼らは、カンタベリー系にくくられる原因かもしれない。

Leg End Music Leg End

アーティスト:Henry Cow
販売元:Rer
発売日:1998/06/01
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 自分はこのアルバム・ジャケットを見たことはあるのだが、聞いたことは記憶に残っていない。おそらく当時の“師匠”が見せてくれたような気がするのだが、真剣に聞いたことはないのである。たぶん“師匠”が気を利かせてくれて、聞かせてくれなかったのであろう。
 むしろ同時期に出たマイク・オールドフィールドの「チューブラー・ベルズ」の方を聞いた覚えがあり、これは確かに素晴らしいアルバムであった思い出がある。途中だれる事もなく一気に聞きとおした思い出がある。

 だからヘンリー・カウという名前は知っていても、その音楽を味わうことはなかった。子ども心にはジャズ・ロックといってもよくわからず、さらに前衛音楽といえば、これはもう宇宙人の音楽のように思えたからである。

 設立当時のヴァージン・レコードは、商業主義よりも芸術主義を優先していて、売れる音楽よりも芸術性や話題性を包含している音楽を大切にしていた。そして結果的にみれば、時代的にそういう音楽も売れたのである。何といい時代であったことか。

 だからマイク・オールドフィールドは別格だが、ヘンリー・カウやスラップ・ハッピーなどがデビューできたのも当時の営業方針によるのであろう。

 前衛音楽といってもあくまでもジャズを基調としたものであり、その演奏水準は並大抵のバンドは太刀打ちできないものであった。だからこの1stアルバムは歴史に残るアルバムとなったのである。

 自分が持っているアルバムで関連のあるものは、ヘンリー・カウとスラップ・ハッピーがコラボレイトしたアルバム「悲しみのヨーロッパ」である。
 これはスラップ・ハッピーの3作目にあたるもので、オリジナル・リリースは1975年であった。

悲しみのヨーロッパ(紙ジャケット仕様) Music 悲しみのヨーロッパ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ヘンリー・カウ スラップ・ハッピー,スラップ・ハッピー,ヘンリー・カウ
販売元:Webkoo
発売日:2005/11/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 スラップ・ハッピーはイギリス人アンソニー・ムーアとアメリカ人ピーター・ブレグヴァド、当時ムーアの恋人だったドイツ人のダグマー・クラウゼが集まって結成されたバンドで、スラップ・ハッピーとは“めちゃくちゃ幸せ”、“ぶっ飛んだ状態”、“とりあえず気楽に行く”というような意味らしい。語源はギリシャ語に由来しているという。

 彼らはドイツのハンブルグで結成されたのだが、ドイツのバンド、ファウストと交流があり彼らの協力を得てアルバムを発表するも失敗し、結局ヘンリー・カウのクリス・カトラーを介してヴァージン・レコードからアルバムを発表するようになったのである。

 自分は恐る恐る聞いたのであるが、やっぱりかなり異色であった。彼らの目標は前衛性と大衆性の融合にあるというが、このアヴァンギャルドとポップ性が、よくいえばうまく止揚されているアルバムである。
 逆に悪くいうと、前衛性と大衆性は確保できても、商業性からはまったく見離されている音楽である。

 ちょっと音のずれたような、オペラがかったボーカルと、メロディがあるような無いような不思議な音楽である。最初はどうしても拒否反応が強かったのだが、聞き込んでいくうちに耳に馴染んできた。
 しかし自分にとっては、少なくともアルバム棚から引っ張り出して何回も聞いてみようとは思われない音楽ではある。(9曲目の"Strayed"はポップよりである)

 しかしスラップ・ハッピーの方は、このあとやがて解散してしまう(のちに一時再結成を行い、アルバムを発表した)。どうもヘンリー・カウとのコラボレイトが、アルバムは高い評価を得ることができたものの!、メンバー間の関係が悪化したようである。

 ヘンリー・カウの方は音楽活動だけでなく、RIO(ロック・イン・オポジション)という組織体を結成して、彼らの思想性や音楽性をはじめ、ヨーロッパ各国の優れたアンダーグラウンド・グループを紹介しようと動き始めたのである。こういうところに社会主義運動の影響があったのだろう。1978年頃のことである。

 結局彼らは1979年に解散してしまうのだが、よく言われるような売れなかったからとか、メンバー間の不和などという理由ではなく、やるべきことはすべてやってしまってグループとしての存在理由がなくなったからという極めて思惟的な理由からであった。

 彼らの最大の功績はその音楽性とともに、RIOのような運動を起こし、その結果世界的に彼らの名前や影響力が広がったということであろう。商業主義とは無縁の純粋な芸術至上主義的音楽が存在していけるということを実証してみせたからだ。もちろんその規模は大きくはないけれども。

 ヘンリー・カウのおかげで、カンタベリー系ミュージックもある意味広がっていったのである。だから21世紀の今でもカンタベリー系ミュージシャンはアルバムを発表し続け、過去の音源も発掘されては話題を呼び、関連ミュージシャンが亡くなると世界中で追悼イベントが行われるのである。

 そういう意味でもヘンリー・カウとカンタベリー系ミュージックは相互に影響を与えてきたのであった。
 ちなみにナショナル・ヘルスの2ndアルバムには元ヘンリー・カウのジョン・グリーヴスと元スラップ・ハッピーのピーター・ブレグヴァドが参加しているし、ヘンリー・カウのメンバーだったジョージー・ボーン(チェロ)とリンゼイ・クーパー(オーボエ)も一時ナショナル・ヘルスでプレイしている。

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2009年11月21日 (土)

ナショナル・ヘルス

 いよいよ約1ヶ月以上にわたった“カンタベリー物語”も最終章を迎えてしまった。このカンタベリー系のミュージシャンやグループは、聞けば聞くほど、調べれば調べるほど、次々と新たな感動や興味深い事実が見つかってきて、自分でも本当にいつ終わるのか見当もつかなかった。

 そしてついに一応の区切りということで、今回は1975年に結成され、78年に1stアルバム「ナショナル・ヘルス」を発表したナショナル・ヘルスの登場である。
 このバンド結成のいきさつは、ハットフィールド&ザ・ノースとギルガメッシュがジョイント・コンサートをしたことから生まれたらしい。ギルガメッシュのところでも述べたのだが、ハットフィールド&ザ・ノースのデイヴ・ステュワートとギルガメッシュのアラン・ゴウエンは仲が良かったのである。

 事実、メンバー構成を見るとハットフィールド&ザ・ノースからは、キーボーディストのデイヴ・ステュワート、ギタリストのフィル・ミラー、後に加わったドラマーのピップ・パイルが参加し、ギルガメッシュからはキーボーディストのアラン・ゴウエン、ギタリストのフィル・リー、ボーカリストのアマンダ・パーソンズなどが加わっている。こうなるとカンタベリー系ミュージシャンの大集合といった感じである。

 ただし1stアルバム発表まで約3年という月日が流れているのだが、この間のメンバー流動はとても激しく、ギタリストのスティーヴ・ヒレッジを始め、のちにホワイトスネイクで活躍したベーシストのニール・マーレイや、あの元イエスのビル・ブラッフォードまでもが参加しては離れていった。

 だから1stアルバムでは、フィル・リーは1975年に既に脱退していたし、アラン・ゴウエンとアマンダ・パーソンズはゲスト扱いになっている。もちろんビル・ブラッフォードもUK参加のためにグループを離脱していた。

 そういうなかで、1stアルバム「ナショナル・ヘルス」が発表された。このときの正式メンバーはギターにフィル・ミラー、キーボードにはデイヴ・ステュワート、ドラムスにピップ・パイル、ベースはニール・マーレイで、それにゲスト・ミュージシャンが参加している。

National Health Music National Health

アーティスト:National Health
販売元:Spalax
発売日:2009/06/23
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 CDでは全5曲で、そのうち3曲は10分以上、残る2曲もパート別同名曲なので1曲と考えてもいいだろう。つまりいずれもが大作なのである。
 1978年という時代にこういう曲が受け入れられることは難しいとは容易に想像がつくのだが、それを敢えて彼らはやったのである。さすがカンタベリー系ミュージシャン、自己の信念を曲げないのだ。

 どの曲もそれぞれの楽器が充分にその個性を発揮しており、まるでペルシャのタペストリーのように色鮮やかに構成されている。確かにカンタベリー・ミュージックの集大成といえるだろう。
 1曲目"Tenemos Roads"はアマンダのボーカル入りの曲。しかしボーカルが入っているとはいえ、そこはカンタベリー、決して一筋縄ではいかず、複雑怪奇なのである。

 続く"Brujo"もメンバー4人+アラン・ゴウエンのキーボード、ジョン・ミッチェルのパーカッション、アマンダのボーカル、ジミー・ヘイスティングスの管楽器で制作されている。1曲目よりもテンポが速く、疾走感がある。

 3曲目と4曲目は同名曲"Borogoves"で、3曲目の方がpart2になっている面白い構成である。オープニングはニール・マーレイのベース・ソロで、それにギターやキーボード、ドラムス、パーカッションと続く。
 重々しいオルガンの響きとともに4曲目が始まったことがわかる。途中で行進曲のような雰囲気に陥るのだが、この辺は自分にとってはわかりづらかった。エッグを思い出させるような曲調である。

 そして最終曲"Elephants"は14分以上もある長い曲だが、タイトルのような象の唸り声のような音から始まって、途中フィル・ミラーのギター・ソロやアラン・ゴウエンのシンセ・ソロなどが入るのだが、各自がそれぞれの演奏に集中しているようで、こういうのをジャズ的アンサンブルというのだろうか。彼らの演奏を見てみたくなる楽曲である。どこかに映像は残されていないだろうか。
 
 2ndアルバム「オブ・キューズ・アンド・キュアーズ」は1979年に発表された。このアルバムではベーシストが代わっており、元ヘンリー・カウのジョン・グルーヴスが担当した。
 またゲストには管楽器にジミー・ヘイスティングス、オーボエにリンジー・クーパー、チェロにジョージー・ボーンらが加わっている。リンジーとジョージーはいずれもヘンリー・カウのメンバーだった人たちである。

 それでこのアルバムは、管弦楽器が加わった分、音に広がりと余裕ができたような印象を与えてくれるのである。

オブ・キューズ・アンド・キュアーズ(紙ジャケット仕様) Music オブ・キューズ・アンド・キュアーズ(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ナショナル・ヘルス
販売元:ビクターエンタテインメント
発売日:2009/03/25
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 1曲目の冒頭は鳥のさえずりから始まるのだが、まるでイエスの「危機」のようで、ひょっとしたらパロッているのではないかと思ってしまった。これも遊び心によるものだろうか。

 しかしそのさえずりとキーボードの音が消えたあとは、怒涛のようにメロディとリズムが一体となって押し寄せてくるのである。この迫力は大きな音で聞けば聞くほど味わい深いものがあると思う。まさに感動ものである。ナショナル・ヘルスというよりはロックよりカンタベリー系ミュージックの一番いいところが発揮されているように思える。

 2曲目の"The Collapso"も主旋律が変奏されながらも繰り返されていき、疾走感や躍動感のある展開を楽しむことができる。途中でスティール・ドラムが用いられているのが興味深い。カリブ海とは全く関係のないグループだと思うのだが、これも遊び心なのだろう。

 "Squarer for Maud"は、ロバート・フィリップのいないキング・クリムゾンのようである。途中の管楽器とリズム隊がまさにクリムゾンだと思う。しかし聞きようによってはギターもクリムゾンっぽい雰囲気を携えていて、ひょっとしたらこれもクリムゾンへのパロディかオマージュなのかもしれない。後半へ向けての一糸乱れぬアンサンブルは見事である。

 後半1曲目の"Dreams Wide Awake"は、カンタベリー流ハード・ロックという感じであるが、前半目立つのはギターよりもオルガンである。後半はギターが目立つものの、フィル・リーという人のギター演奏は上手すぎて、たいした演奏には聞こえないのが悲しい。本当は難易度の高いことをやっているのだが、サラリと聞かせるところが技巧派の所以なのかもしれない。

 続いてこのアルバムの中で唯一のボーカル入りの曲、"Binculars"が始まる。かなりテンポの速い曲なのだが、ジミー・ヘイスティングスのフルートが柔らか味を与えてくれている。このジミーさんは、キャラヴァンのギタリスト、パイ・ヘイスティングスの兄であるが、結構重宝がられていて、いろんな人やグループのアルバムに参加している。
 曲はいったんスローダウンしたあと、また徐々に盛り上がっていき最後はマイルドなトーンのギターが全体をリードしていきながら締めくくっていく。このアルバムの中で一番長い曲でもある。

 続いて8秒くらいの呪文のような早口言葉が続いたあと、いよいよ最後の曲"The Bryden 2-Step"(part2)が始まる。これは1曲目の続編みたいなものであるが、最初と最後にこの曲を持ってきたところをみると、トータル・アルバムのようなものにするつもりだったのだろう。

 このあとアラン・ゴウエンを追悼したアルバムを制作するためにナショナル・ヘルスは再結成されるのだが、基本的には2枚のアルバムを残して彼らは解散した。やはり70年代後半のパンク・ロックの吹き荒れている状況では、彼らの音楽は幅広い人気を獲得できなかったのであろう。

 とにかくワイルド・フラワーズ~ソフト・マシーン、キャラヴァン~ハット・フィールド&ザ・ノース~ナショナル・ヘルスと続く、正統派カンタベリー系ミュージックの集大成となったグループといっていいだろう。
 彼らの音楽性は当時は理解されなかったかもしれないのだが、時が経てば経つほどそのユニークな芸術性と洗練された高度な演奏技術はますます賞賛されていくに違いない。その音楽性は21世紀の今でも高く評価されているのである。

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2009年11月17日 (火)

ケヴィン・エアーズ

 さてこの“カンタベリー物語”もそろそろ閉めようかと思っていたのだが、肝心な人を一人忘れていたことを思い出した。元ワイルド・フラワーズ、元ソフト・マシーンのオリジナル・メンバーでグループの顔ともいうべきボーカリスト、ケヴィン・エアーズである。

 スティーヴ・ヒレッジのところで、カーン解散後に一時ケヴィン・エアーズのバンドで活動していたとか自分で書いておきながら、スティーヴ・ヒレッジのことしか頭になくて、すっかりケヴィンのことを忘れていたのであった。いよいよ自分もアルツハイマーが始まったのかもしれない。

 それでケヴィンのことである。1944年にイギリス、ケント州の港町に生まれたケヴィンは、6歳までそこで育ち、両親の離婚と母親の再婚生活のために6歳から12歳までは家族と一緒にマレーシアで生活をしている。

 このときの生活が彼に深く影響を与えたようで、ボヘミアン的な放浪生活やスペインのイビサ島で隠遁生活を送るようになったのも、彼の少年時代の生活のせいといわれている。

 イギリスに戻り高校生活を送るも途中で退学して、ケント州カンタベリーでデヴィッド・アレンやヒュー・ホッパー、ロバート・ワイアットらとワイルド・フラワーズを結成して音楽活動を本格的に始めた。1963年ごろの出来事といわれている。

 しかし以前にも述べたように、このグループは解散し、一つはキャラヴァン、もう一つはソフト・マシーンへと発展していった。
 しかしソロ・アルバムは成功するものの、ツアーに疲れたケヴィンは1968年に同グループを脱退し、スペインのイビサ島やマジョルカ島、モロッコをさすらいながらアイデアを温めていった。
 そして1969年に「ジョイ・オブ・ア・トイ」というアルバムでソロ・デビューを果たしたのである。

Joy of a Toy Music Joy of a Toy

アーティスト:Kevin Ayers
販売元:EMI
発売日:2003/06/09
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 自分が初めて聞いた彼のアルバムは「ホワットエヴァシーブリングスウィシング」という区切りのないタイトルのアルバムであった。これは彼の通算3枚目のアルバムといわれていて、1971年から制作にとりかかり、翌72年に発表された。

Whatevershebringswesing Music Whatevershebringswesing

アーティスト:Kevin Ayers
販売元:Toshiba EMI
発売日:2003/05/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する



 最初聞いたとき、これはカンタベリー系ルー・リードだと思った。ぼそぼそとやや低い声で歌う様がルー・リードを思い出させたのである。実際、彼はベルヴェット・アンダーグラウンドの元メンバー、ニコとも交流があり、一緒にライヴ活動を行い、アルバムにも収録されている。ただそれはあくまでも歌い方が似ているということで、あとになって間違いだと気づいた。

 1stや2ndアルバムでは、ややエキセントリックというか前衛的な曲もあったようだが、このアルバムでは、そういう要素はほとんど見られない。せいぜい1曲目のオーケストレーションにその影響が見られる程度で、しかしそれも盛り上げようとする効果に近い感じだ。

 続く"Margaret"はスローなバラードなのだが、確かにルー・リードに似ているけれども、こちらの方が少し明るくて、救いがあるようだ。聞いていてリラックスできるからである。
 3曲目の"Oh My"は一転してヴォードヴィル調で、サックスやクラリネット、エレクトリック・ヴァイオリンが明るい雰囲気を作っていて、次の曲"Song from the Bottom of  a Well"では呟くように歌うケヴィンと、おどろおどろしいバックの演奏を切り裂くようなエレクトリック・ギターが印象的である。しかも演奏の途中でブチッと途切れてしまう。

 このアルバムの中で一番素晴らしい曲が"Whatevershebringswesing"である。アルバムタイトルでもあるこの曲、歌っているのはケヴィンで、ハーモニーをつけているのはロバート・ワイアットである。まだ車椅子を使う前のロバートなのである。

 とにかく美しい曲である。バックのピアノとギターがでしゃばっていないのがいい。歌をひき立てる演奏とはまさにこのこと。途中のリードを弾いているのはマイク・オールドフィールドである。寝る前に聞くと、疲れが取れて安らかに眠れる曲でもある。

 続く"Stranger in Blue Suede Shoes"はケヴィン流のロックン・ロールで、このアルバムでは珍しくミドル・テンポの曲である。ポップなのだが、途中のピアノが耳につくほど印象的でもある。
 また7曲目の"Champagne Cowboy Blues"はアメリカ南部を髣髴させるようなゆったりとした曲で、普通ならフィドルにスライド・ギターがかぶさるのだが、ここでは普通のエレクトリック・ギターが添えられている。もちろんギターを弾いているのはマイク・オールドフィールドである。

 最後の曲"Lullaby"は文字通り子守唄にふさわしいような曲だ。フルートとピアノの織り成す桃源郷である。バックには水のせせらぎが聞こえ、違う世界へ誘うかのようである。

 このアルバムは彼の最高傑作といわれるほど素晴らしいもので、最初はよくわからなかったのだが、何度も聞きなおすと彼の人柄や楽曲の美しさがじわじわと伝わってくるアルバムであった。

 自分は彼のアルバムは3枚しか持ってないのだが、彼のハーヴェスト時代の未発表曲やシングル曲を集めた1976年のアルバム「不思議のヒット・パレード」を聞くと、彼の意外なメロディ・メイカーとしての一面を垣間見ることができる。自分はこのアルバムを聞いて、こんなに彼はポップな曲を作っていたのかとビックリしてしまった思い出がある。

ケヴィン・エアーズ/ 不思議のヒット・パレード ケヴィン・エアーズ/ 不思議のヒット・パレード
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 "Singing s Song in the Morning"や"Gemini Child"、"Don't Sing no more Sad Songs"などを聞くと、ちょっとひねくれたポップ・テイストを味わえる。たとえばロイ・ウッドや初期のE.L.O.のような感じなのである。もっと商業的にも成功してもおかしくないミュージシャンだと思う。

 彼はカンタベリー系でも、どちらかというとポップな要素を保ったままのミュージシャンだった。普通のカンタベリー系はジャズ・ロックよりなのだが、彼の音楽的ベクトルはその反対を向いているようだ。ポップ・フィールドに片足を置いた唯一のカンタベリー系ミュージシャンといっていいだろう。

 だからごく数枚のアルバムを除いて、聞きやすいし、親しみやすいのである。そんな彼の本質に触れるアルバムが「Whatevershebringswesing」であり、シングル・コレクションではないだろうか。

 そして65歳になった今でも、彼はまだ活動している。彼の最新アルバムは2年前に発表された「アンフェアグラウンド」であるが、60歳を過ぎてもまだ活動を続けることもまたカンタベリー系ミュージシャン、グループの特長でもあるのだ。歴史も長いが芸歴も長いのである。

Unfairground Music Unfairground

アーティスト:Kevin Ayers
販売元:Tuition
発売日:2008/03/11
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2009年11月14日 (土)

ロバート・ワイアット

 カンタベリー系のグループやミュージシャンを紹介してきたが、デイヴ・ステュワート、スティーヴ・ヒレッジときて、今回はロバート・ワイアットについてである。
 “世界一悲しい声のボーカリスト”といわれているロバートであるが、以前にも述べたように、ソフト・マシーンのオリジナル・メンバーの一人であり、もとはドラマーだった。

 ソフト・マシーンでもボーカリストだったのだが、グループがジャズ化していったために、歌う必要性もなくなり、また自作曲も採用されず、それだけが理由でもないのだろうが、結局1971年にグループを脱退してしまった。

 まあカンタベリー系ではよくある話で、こういう融通無碍なところが彼らのいいところでもある。一種の共同体のような雰囲気だったのだろう。アメリカではユートピアとでもいうのだろうが…

 それで今度は元キャラヴァンのデヴィッド・シンクレアとともにマッチング・モウルを結成したのだが、これについては既に述べているので省略する。

 彼を語る上で避けて通れないのが、転落事故の件である。1973年マッチング・モウルを再開させようとした矢先に、5階の窓から落ちて下半身不随になり、以後は車椅子での生活を余儀なくされてしまった。

 これも諸説あって、4階や3階から落ちたとか、階段から落ちたという説もある。パーティの途中でお酒に酔っていた事は間違いないようなのだが、中には女の子とお風呂場でイチャイチャしているところを奥さんに見つかって、窓際に逃げて落ちてしまったという説もある。
 どれが正確な話なのか本人のみぞ知るところなのだが、いずれにしても奇跡的に命だけは助かったのである。

 シンガーだっただけなら、歌うことで悲劇を乗り越えることは可能かもしれないが、元はドラマーだったわけで、下半身が全く使えないのだから、ミュージシャン生命も半分は失ったのも同然だっただろう。

 しかし彼はこの悲しみを乗り越えて、音楽界にカムバックしたのである。それが1974年に発表された「ロック・ボトム」であった。

Rock Bottom Music Rock Bottom

アーティスト:Robert Wyatt
販売元:Domino Records UK
発売日:2008/10/28
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 このアルバムは彼自身の“癒し”のアルバムではないかと思っている。曲の構想は以前からあったものや病床であたためたもので、それを彼を含むカンタベリー系ミュージシャンが支えて制作されたものである。

 1作目"Sea Song"は悲しみに満ちた曲であると同時に、新しく歩みだそうとする希望の歌でもある。最後のスキャットは本当に悲しみに満ちているかのようだが、それを包むキーボードやシンプルなリズム隊が慈愛に満ちた輝きを見せてくれる。途中のボーカルは極めて力強く歌われていて、聞いているこちらまで安心感に包まれてしまいそうだ。

 これを聞いた彼のファンは涙するとともに、きっと安心したに違いないと思う。この1曲でこのアルバムの評価は決定されたのではないだろうか。このアルバムだけでなく、その後の彼の人生の方向性を決定付けた曲だと思うのである。

 続く曲もロバートのか細いボーカルを味わうことができるし、3曲目の"Little Red Riding Hood Hit the Road"はトランペットとピアノ、彼のスキャットがリードしていて、疾走感溢れる楽曲に仕上げられている。ベースはリチャード・シンクレア、キーボード類は彼自身が担当している。またテープ逆回転のような効果が用いられているが、これはプロデューサーのニック・メイスンの嗜好かもしれない。7分を超える大曲でもある。

 後半最初の"Alifib"は続く"Alifie"と対になっている。どちらかというと最初の"Alifib"の方が聞きやすい。キーボード・ソロが儚げな雰囲気を醸し出し、静かな悲しみを湛えているかのようだ。それとAlifieってロバートの奥さんの名前だったように記憶している。事故にあった彼を献身的に介護したという話も伝わっていて、それに対する彼の想いを込めて作ったのだろう。

 そして最後の曲"Little Red Robin Hood Hit the Road"も3曲目と対になっている曲であろう。キーボードの不安定な音がクリムゾンの初期の音に似ているところが面白いし、それにギターの音がかぶさって、より不安定感を出している。このギターは、あのマイク・オールドフィールドが演奏している。

 決してポップで聞きやすい音楽ではないのだが、彼の心象風景が描かれていて、心にしみる音楽とはこういう音楽を指すという典型的なアルバムだと思っている。
 ちなみにアルバム・ジャケットは彼自身が手がけていると聞いた。“岩の底”でも離れない海草?は、絶望の淵にあっても希望を持つという彼の意思を表現していると思う。

 自分は、このソロ・アルバムを聞いたのは大人になってからで、発表時に聞いたことはなかった。しかし1997年に発表されたアルバム「シュリープ」は発表されてすぐ手に入れて聞いた。久しぶりに彼の歌声を聞きたくなったからであった。

 「シュリープ」とは“Sleep”と“Sheep”でできた造語である。“羊の夢を見る”という意味だろうか。

Shleep Music Shleep

アーティスト:Robert Wyatt
販売元:Domino
発売日:2008/12/02
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 1曲目の"Heaps of Sheeps"を聞いて、その明るさに驚いた。ポップなのである。いわゆるヒット・チャートのポップとは無縁のポップさなのだが、アルバム「ロック・ボトム」との印象の違いが大きかったのでビックリした。

 あのブライアン・イーノがコーラスとシンセサイザーを担当しているし、ロバート自身もベース、キーボード、パーカッションを担当している。柔らかくて聞きやすい。また彼自身のボーカルも以前より力強くなったと感じた。

 3曲目の"Maryan"では日本人と思われるChikako Satoという人がバイオリンを演奏していて、これが物悲しくも美しい。聞いていて思わず聞き惚れてしまう感じである。
 他にもいい曲は多い。ただロックの疾走感や焦燥感とは無縁である。音楽を味わうという言い方がふさわしいアルバムであり、アルバム・ジャケットのように夢見心地にさせる楽曲に満ちている。

 全11曲にボーナス・トラック1曲という内容なのだが、相変わらずの豪華ミュージシャンが参加していて盛り上げている。フィル・マンザネラにブライアン・イーノ、ジャズ界からはイヴァン・パーカー、アニー・ホワイトヘッド、そしてあのポール・ウェラーも参加している。
 ロバート・ワイアットとポール・ウェラーは結びつきにくいのだが、ロバートの数少ないロック・ヒーローの一人なのだそうだ。

 ロバートは21世紀になっても既に3枚アルバムを発表していて、まだまだ創作意欲は旺盛のようである。確かに彼はハンディキャップを抱えているが、それを微塵も感じさせない強靭な精神力を備えているように思えてならない。

 もちろん彼自身の強さもあるのだろうが、彼を陰で支えるミュージシャンのサポートも忘れてはならない。お互いが良い影響を与えていきながら、今の彼があり、カンタベリー・ミュージックも存在するのであろう。そういうことを感じさせてくれる彼のアルバム群であり、秋の夜長にふさわしい音楽でもあるのだ。

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2009年11月11日 (水)

スティーヴ・ヒレッジ

 スティーヴ・ヒレッジのアルバムは2枚しか聞いたことがない。だからあまりたいそうなことはいえないのだが、いずれも一聴しただけで、彼のアルバムということがわかる。それほどユニークであり、かつ彼でしか出せない独特な音作りをしているのである。

 彼はデイヴ・ステュワートと「スペイス・シャンティ」というアルバムを制作したあと、ケヴィン・エアーズのバンドに加入したり、72年からフランスに渡ってゴングで活躍したりした。素晴らしいアルバムを3枚発表したあと、1975年にソロ・アルバム「魚の出てくる日」をヴァージン・レコードから発売した。

Fish Rising Music Fish Rising

アーティスト:Steve Hillage
販売元:EMI/Virgin
発売日:2006/09/29
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 このアルバムはゴングもメンバーも参加していて興味深い。特にリズム陣のピエール・ムランとマイク・ハウレットの演奏は素晴らしく、スティーヴとのギターとの共同作業は緊張感をもたらし、それにデイヴ・ステュワートのオルガンやティム・ブレイクという人のシンセサイザーの音色が浮遊感を与えてくれる。
 特に1曲目"Solar Musick Suite"(綴りミスではない!)の10分過ぎでは、珍しくエフェクトの少ない彼の流麗なギター・プレイを堪能できる。名演である。

 短い曲2曲を挟んで、"The Salmon Song"でも時にアップテンポな演奏が行われていて高揚感が伝わってくるのだが、これは同様のリフを繰り返し演奏しているからで、こういう手法が後に彼をテクノ・ミュージックに走らせたのだろう。

 そして最後の曲"Aftaglid"は7つのパートに分かれていて、時にハードに、時にスローにリスナーに迫ってくる。途中でエレクトリック・シタールやタブラを使用しているのだろうか、インド風の旋律も聞こえてきて、ユニークな曲風がいかにも彼らしい。

 ひょっとしたらクィーンのブライアン・メイは、スティーヴ・ヒレッジから影響を受けているのかもしれない(ブライアンは一切そんなことは言っていないけれども!)。それほどディレイ・マシーンとエコーを使用していて、一人多重録音のようなギター演奏を行っているのである。

 このアルバムを初めて聞いたときは、高校生の頃だったかもしれない。まだ彼の良さはわからなかった。しかし後にじっくり聞いてみて、実は彼の演奏テクニックは只者ではないということがわかったのである。

 もう1枚の自分の持っているアルバムは1978年の名作「グリーン」である。このアルバム、タイトル通りの緑色のジャケットに包まれており、アルバムのプロデューサーはピンク・フロイドのニック・メイソンであった。

Green Music Green

アーティスト:Steve Hillage
販売元:Toshiba EMI
発売日:2006/11/30
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 このアルバムがまた素晴らしく、本当に彼はギターが上手だということがわかるのと同時に、スペイシーな音響空間やディレイを効果的に使用したエレクトリック・ギターの音色が心地よい。

 特に4曲目"Palm Trees(Love Guitar)"では、アコースティック・ギターから始まり、スローな展開から徐々に盛り上がっていく格好になっていて、彼の特長であるエフェクティヴなギターが炸裂している。最後はまどろむようにエンディングを迎えていて、宗教的瞑想や何らかの悟りを得るためのBGMとしても使えそうである。

 またファンキーな"Unidentified(Flying Being)"も含まれていて、ジャズやロック以外にも、意外に彼の音楽性が広いことがわかる。そういう意味でも器用なミュージシャンなのだろう。
 この曲の後半では、かなりギターを弾きまくっていて、それが切れ目なく次の曲へとつながっている。この辺はプロデューサーのニック・メイソンの指示なのかもしれない。

 最後の曲"The Glorious Om Riff"はどこかで聞いたような曲だと思ったら、ゴングの曲のリメイクだった。ホークウィンドの曲以上にサイケデリックであり、シンセサイザーとギターの構築する音空間が非常に印象的なのである。こ気味良いリズムが刻まれて、それにギターが絡む様が彼流なのだ。

 だからアルバム後半ではまるで組曲のようになっていて、ずっと聞き込んでいるとトランス効果が生じて、人によっては瞑想、酩酊状態、ナチュラル・ハイになり、高揚感がうまれてくるかもしれない。某芸能人のように薬物を使用しなくても、このような音楽を聞けばトランス状態になれる可能性はあるように思うのだが、どうだろうか。

 彼は有能なミュージシャンであり、エフェクト類を使用しなくても巧みなギタリストであることがわかる。
 ローリング・ストーンズのミック・テイラーがストーンズを脱退したあとの後任の候補の一人として、スティーヴ・ヒレッジの名前が挙がっていたというのが面白い。彼が加入したストーンズの音を想像してみると、奇妙な気がする。やはり彼はソロとして活動した方がいいだろう。

 彼は80年代、90年代はギタリストよりも、プロデューサーとしてシンプル・マインズやザ・シャーラタンズなどのアルバム制作に携わったことで再び脚光を浴びた。また自身のバンド、システム7を運営し、テクノやアンビエント・ミュージックに取り組んでいる。
 2007年には手塚治虫の“火の鳥”にちなんでアルバムを発表している。58歳になったスティーヴだが、まだまだ現役のカンタベリー系ミュージシャンなのである。

Phoenix Music Phoenix

アーティスト:システム7,ジャム・エル・マー,スラックババ,デヴィッド・アレン,ソン・カイト,ミト,イート・スタティック
販売元:WAKYO Records
発売日:2007/10/24
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2009年11月 7日 (土)

カーン

 前回からの続きで、デイヴ・ステュワートの話であるが、今回はそれにスティーヴ・ヒレッジが加わる。むしろスティーヴの話といっていいかもしれない。

 デイヴは1972年の5月くらいまでエッグに在籍していたのだが、それと同時並行してかつて同じバンドのメンバーだったギタリストのスティーヴ・ヒレッジのバンド、カーンのデビュー・アルバム制作に参加していた。

 だからカーンの1972年のアルバム「宇宙の船乗り」では、クレジットをみるとバンドの3人の名前のあとにwith Dave Stewartと書かれていて、デイヴがゲスト参加のような形でアルバム制作を手伝ったことがわかる。

 この「宇宙の船乗り」というアルバムは、カーンというバンド自体がこの1作のみで解散してしまったために、あまり有名なものにはならなかったのだが、いま聞くとカンタベリー系ミュージックというよりは、むしろ正統的なプログレッシヴ・ロックの範疇に属する音楽だと感じられてならない。

宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様) Music 宇宙の船乗り+2(紙ジャケット仕様)

アーティスト:カーン
販売元:USMジャパン
発売日:2008/11/26
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 それはスティーヴがかなりギターを弾いているということと、それと対等にデイヴのオルガン・プレイも渡り合っているからである。またカンタベリー系ではジャズよりのインストゥルメンタルが中心なのだが、このアルバムでは全6曲、すべてボーカル入りなのである。だから実験的な意味合いは薄く、やる気十分の聞かせるアルバムに仕上げられている。

 1曲目のアルバム・タイトル曲や後半の曲がいい。1曲目から9分の長い曲になっていて、スティーヴのエフェクトを効かせたギター・プレイが印象的である。また2曲目"見知らぬ浜辺にて"ではデイヴのピアノが流れるように響いていて、スティーヴのギターとの息もピッタリだ。やはり昔一緒にやっていたせいであろう。ゲスト参加ではなく、同じメンバーといってもおかしくない。

 3曲目"自由への飛翔"では短いながらもベース・ソロやドラムスのジャズっぽい演奏もあり、バンドとしてのまとまりを演出しているかのようである。こうして聞くと、スティーヴ・ヒレッジは上手なギタリストということがあらためてわかった。

 このアルバムの聞き所はやはり後半3曲だろう。なかでも"アムステルダムへのドライヴ"と"星をみつめる二人"はメロディがはっきりしているし、演奏部分も素晴らしい。
 前者はどちらかというとミディアム・テンポの曲で、スティーヴのギター多重録音が効果的だ。9分以上もあるアルバムで一番長い曲でもある。

 後者の曲は前の曲よりもよりテンポが速く、全体的にスピード感がある一方で、ソロ部分ではテンポを落とすなど緩急をつけた音作りが耳に残る名品になっている。そして最後の曲"ぬけがらの化石"は叙情的な曲で、デイヴのオルガン・プレイやスティーヴのエフェクティヴなギターも際立っている。

 この1作でバンドが解散した理由はわからないが、恐らくアルバムの売り上げが悪かったのだろう。レコード会社からアルバム発表を拒否されているからだ。
 ちなみにカンタベリー系ミュージシャンで仲が悪いというのはほとんど聞いたことがない。仲が悪くなっても、しばらくするとまた一緒にレコーディングしていたりもするからである。

 カンタベリー系といっても、このスティーヴ・ヒレッジはロンドン出身なので、正式にはカンタベリー系ではない。この辺の事情はデイヴ・ステュワートと一緒である。

 このバンドの結成当時のドラマーは、ピップ・パイルだった。ピップ・パイルといえば後にデイヴと一緒にハットフィールド&ザ・ノースを結成している。

 また1972年の秋にはデイヴ・ステュワートが正式加入して、2ndアルバム用の楽曲を録音するのだが、上記にもあったようにアルバム発表が拒否されたために、結局バンドは解散してしまった。この録音された曲のいくつかはスティーヴ・ヒレッジのソロ・アルバムに使用されているようだ。

 そして解散後はスティーヴ・ヒレッジはケヴィン・エアーズとの共演のあと、ゴングに参加し、あの有名な“ラジオ・ノーム三部作”の制作に携わっている。
 デイヴの方は、このあとハットフィールド&ザ・ノースに参加し、より一段と知名度を上げていった。

 これは余談だが、アルバム・ジャケットにミュージシャン名と使用楽器が記されていて、デイヴの欄には使用楽器にSkycelesteとある。もちろんそんな名前の楽器はなく、これは聞かれたときに“冗談だ”と答えるために、わざと記したようである。こういうユーモアがあるのもカンタベリー系ミュージック(ミュージシャン)の特長なのである。

 できればこのメンバーでさらにアルバムを発表してほしかったのだが、それは叶わぬ夢になってしまった。しかしアルバムの中での共演という形で、2人の交流は続くのである。まるで時代が如何に変わろうとも、2人の友情は不変であるかのようで、真実のミュージシャン・シップとは、こういうことを指すのかもしれない。 

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2009年11月 4日 (水)

エッグ

 カンタベリー系の音楽についてながながと書き綴ってきた。まるで“カンタベリー物語”のようであるが、こちらの物語には“堕落した僧侶”や“いかさま錬金術師”などは出てこない。当たり前だが…

 ここで最終章に行く前に、前回の“ギルガメッシュ”にも出てきたカンタベリー系ミュージックには欠かせない人物、デイヴ・ステュワートの、特にその活動の初期に所属していたグループ、エッグについて記してみたい。

 デイヴはロンドン出身なので、本当はカンタベリー出身のミュージシャンではないのだが、カンタベリー系のミュージシャンと交流が深いので、今ではカンタベリー系ミュージシャンの一人として見られている。

 彼は1960年代の後半に、ユリエルというグループを結成した。これは4人組のグループで、キーボードは彼自身、ベースにモント・キャンベル、ドラムスはクライヴ・ブルックス、そしてギターはあのスティーヴ・ヒレッジが担当していた。

 もう少し正確に記すると、デイヴは最初はギターを弾いていたのであるが、スティーヴの方がデイヴより“遥か先を行っていた”ということで、ギターをあきらめキーボードに専念するようになった。
 最初はスティーヴとモントがバンドを結成して、それにデイヴが加入したそうである。彼はバンドに入らんがために、機材運びまでして存在感を示したという。

 当初彼らは、フリートウッド・マックやクリーム、ジミ・ヘンドリックス、ナイスのような音楽を志していた。しかしスティーヴは大学進学のためにグループを脱退したために、残りの3人で活動するようになった。

 そして1969年にグループ名をエッグと改称した彼らは、翌年2枚のアルバムを発表したのである。(以前のグループ名ユリエル"Uriel"は“しびん”"Urinal"に音が似ていたために、当時のマネージャーから改名を迫られていたからといわれている)

 まず1stアルバム「エッグ」は前半は意外と聞きやすい。ボーカル曲が3曲も含まれているからである。しかもオルガンがまるでキース・エマーソンのようなところもあるし、結構よくできていると思った。これでドラムの手数が多ければ本当にE,L&Pの二番煎じになってしまうところだ。Photo

 2曲目の"While Growing My Hair"は、普通のボーカル入りのジャズ・ロックという感じでかなり渋めである。また4曲目のバッハ作曲の"Fugue in D Minor"ではアレンジされているものの、デイヴの淡々としたオルガン・プレイを聞くことができる。この辺までは大したことはないのだが、6曲目の"The Song of Mcgillicudie the Pusillanimous(or  Worry James, Your Socks are Hanging in the Coal Celler with Thomas)"という長ったらしいタイトルの曲では白熱したオルガン・プレイを堪能することができる。

 一番の聞き所は20分にわたって繰り広げられる“交響曲第2番”"Symphony No.2"であろう。第1楽章から第4楽章まで4つの部分で構成されているこの曲では、キース・エマーソンと対等に渡り合うかのようなデイヴ・ステュワートのオルガン・プレイが演奏されている。

 ただ第3楽章(アルバムでは"Blane"というタイトル)では抽象的かつアヴァンギャルドな音響世界になっていて、これには少し閉口した。こういう音楽性ははっきり言って嫌いなのである。
 そしてモントのベース・ソロに導かれて始まる第4楽章では3者によるアンサンブルを聞くことができて、ホット一息つくのであった。

 続く2作目の「優雅な軍隊」では、基本的な曲構成は似ているのだが、作風は前作とかなり異なっている。2
 まず1曲目"A Visit to Newport Hospital"はボーカル入りのジャズ・ロックで前作よりも起伏があり、インスト部分もかなり練られていて素晴らしい。オルガンの音がギターの音に聞こえる部分もある。何らかのエフェクトを使っているのであろう。

 しかし2曲目は管楽器プレイヤーをゲストに迎えてのジャズ・ロックで同じような旋律が繰り返されてきて、このあたりからちょっと付いていけなくなってしまった。3曲目は完全な実験音楽である。タイトルは"Boilk"といい、これは1stアルバムにも同名曲が収められていたが、1stでは1分4秒だった曲がここでは9分21秒に変身している。勘弁してほしい。

 4曲目からは"小作品 第3番"というタイトルながら4パートに分かれた組曲になっていて、構成は1stと同じなのだが、前作よりもかなり前衛的である。はっきりいって自分は聞き通すことが辛くなってしまった。ただパート2とパート4はまあまあいけると思う。

 だからエッグは単純なジャズ・ロックやクラシカルなロックを聞かせるのではなくて、かなり時代の先端を行くロックだったのであろう、当時としては。
 そのときはそれでよかったのかもしれないが、いま聞くとなるとちょっとどうかなと思ってしまう。こういう音楽が好きな人ならいいだろうけれども…

 たぶん評論家好みというか通受けする音楽とは思う。だから評論家によるアルバム評では良いことが書かれていると思うのだが、一般のリスナーにとっては日常的に耳にしたい音楽とは思わないような気がする。(特に2ndアルバムはそんな気がする。1stの方は2ndよりはましだと思うが、エッグを聞くならキャラヴァンやハットフィールド&ザ・ノースを聞いていた方がいいと思うのである)

 その後エッグは人気もアルバム販売数も下降線をたどり、1972年に解散。74年に再結成して3rdアルバムを制作するも、メンバー個人の希望を優先して実質的に解散してしまった。そして各人がさらにグループを結成しながら、離合集散を繰り返していくのである。“カンタベリー物語”は、まだまだ続くのであった。(To be continued...)

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