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2009年11月14日 (土)

ロバート・ワイアット

 カンタベリー系のグループやミュージシャンを紹介してきたが、デイヴ・ステュワート、スティーヴ・ヒレッジときて、今回はロバート・ワイアットについてである。
 “世界一悲しい声のボーカリスト”といわれているロバートであるが、以前にも述べたように、ソフト・マシーンのオリジナル・メンバーの一人であり、もとはドラマーだった。

 ソフト・マシーンでもボーカリストだったのだが、グループがジャズ化していったために、歌う必要性もなくなり、また自作曲も採用されず、それだけが理由でもないのだろうが、結局1971年にグループを脱退してしまった。

 まあカンタベリー系ではよくある話で、こういう融通無碍なところが彼らのいいところでもある。一種の共同体のような雰囲気だったのだろう。アメリカではユートピアとでもいうのだろうが…

 それで今度は元キャラヴァンのデヴィッド・シンクレアとともにマッチング・モウルを結成したのだが、これについては既に述べているので省略する。

 彼を語る上で避けて通れないのが、転落事故の件である。1973年マッチング・モウルを再開させようとした矢先に、5階の窓から落ちて下半身不随になり、以後は車椅子での生活を余儀なくされてしまった。

 これも諸説あって、4階や3階から落ちたとか、階段から落ちたという説もある。パーティの途中でお酒に酔っていた事は間違いないようなのだが、中には女の子とお風呂場でイチャイチャしているところを奥さんに見つかって、窓際に逃げて落ちてしまったという説もある。
 どれが正確な話なのか本人のみぞ知るところなのだが、いずれにしても奇跡的に命だけは助かったのである。

 シンガーだっただけなら、歌うことで悲劇を乗り越えることは可能かもしれないが、元はドラマーだったわけで、下半身が全く使えないのだから、ミュージシャン生命も半分は失ったのも同然だっただろう。

 しかし彼はこの悲しみを乗り越えて、音楽界にカムバックしたのである。それが1974年に発表された「ロック・ボトム」であった。

Rock Bottom Music Rock Bottom

アーティスト:Robert Wyatt
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 このアルバムは彼自身の“癒し”のアルバムではないかと思っている。曲の構想は以前からあったものや病床であたためたもので、それを彼を含むカンタベリー系ミュージシャンが支えて制作されたものである。

 1作目"Sea Song"は悲しみに満ちた曲であると同時に、新しく歩みだそうとする希望の歌でもある。最後のスキャットは本当に悲しみに満ちているかのようだが、それを包むキーボードやシンプルなリズム隊が慈愛に満ちた輝きを見せてくれる。途中のボーカルは極めて力強く歌われていて、聞いているこちらまで安心感に包まれてしまいそうだ。

 これを聞いた彼のファンは涙するとともに、きっと安心したに違いないと思う。この1曲でこのアルバムの評価は決定されたのではないだろうか。このアルバムだけでなく、その後の彼の人生の方向性を決定付けた曲だと思うのである。

 続く曲もロバートのか細いボーカルを味わうことができるし、3曲目の"Little Red Riding Hood Hit the Road"はトランペットとピアノ、彼のスキャットがリードしていて、疾走感溢れる楽曲に仕上げられている。ベースはリチャード・シンクレア、キーボード類は彼自身が担当している。またテープ逆回転のような効果が用いられているが、これはプロデューサーのニック・メイスンの嗜好かもしれない。7分を超える大曲でもある。

 後半最初の"Alifib"は続く"Alifie"と対になっている。どちらかというと最初の"Alifib"の方が聞きやすい。キーボード・ソロが儚げな雰囲気を醸し出し、静かな悲しみを湛えているかのようだ。それとAlifieってロバートの奥さんの名前だったように記憶している。事故にあった彼を献身的に介護したという話も伝わっていて、それに対する彼の想いを込めて作ったのだろう。

 そして最後の曲"Little Red Robin Hood Hit the Road"も3曲目と対になっている曲であろう。キーボードの不安定な音がクリムゾンの初期の音に似ているところが面白いし、それにギターの音がかぶさって、より不安定感を出している。このギターは、あのマイク・オールドフィールドが演奏している。

 決してポップで聞きやすい音楽ではないのだが、彼の心象風景が描かれていて、心にしみる音楽とはこういう音楽を指すという典型的なアルバムだと思っている。
 ちなみにアルバム・ジャケットは彼自身が手がけていると聞いた。“岩の底”でも離れない海草?は、絶望の淵にあっても希望を持つという彼の意思を表現していると思う。

 自分は、このソロ・アルバムを聞いたのは大人になってからで、発表時に聞いたことはなかった。しかし1997年に発表されたアルバム「シュリープ」は発表されてすぐ手に入れて聞いた。久しぶりに彼の歌声を聞きたくなったからであった。

 「シュリープ」とは“Sleep”と“Sheep”でできた造語である。“羊の夢を見る”という意味だろうか。

Shleep Music Shleep

アーティスト:Robert Wyatt
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 1曲目の"Heaps of Sheeps"を聞いて、その明るさに驚いた。ポップなのである。いわゆるヒット・チャートのポップとは無縁のポップさなのだが、アルバム「ロック・ボトム」との印象の違いが大きかったのでビックリした。

 あのブライアン・イーノがコーラスとシンセサイザーを担当しているし、ロバート自身もベース、キーボード、パーカッションを担当している。柔らかくて聞きやすい。また彼自身のボーカルも以前より力強くなったと感じた。

 3曲目の"Maryan"では日本人と思われるChikako Satoという人がバイオリンを演奏していて、これが物悲しくも美しい。聞いていて思わず聞き惚れてしまう感じである。
 他にもいい曲は多い。ただロックの疾走感や焦燥感とは無縁である。音楽を味わうという言い方がふさわしいアルバムであり、アルバム・ジャケットのように夢見心地にさせる楽曲に満ちている。

 全11曲にボーナス・トラック1曲という内容なのだが、相変わらずの豪華ミュージシャンが参加していて盛り上げている。フィル・マンザネラにブライアン・イーノ、ジャズ界からはイヴァン・パーカー、アニー・ホワイトヘッド、そしてあのポール・ウェラーも参加している。
 ロバート・ワイアットとポール・ウェラーは結びつきにくいのだが、ロバートの数少ないロック・ヒーローの一人なのだそうだ。

 ロバートは21世紀になっても既に3枚アルバムを発表していて、まだまだ創作意欲は旺盛のようである。確かに彼はハンディキャップを抱えているが、それを微塵も感じさせない強靭な精神力を備えているように思えてならない。

 もちろん彼自身の強さもあるのだろうが、彼を陰で支えるミュージシャンのサポートも忘れてはならない。お互いが良い影響を与えていきながら、今の彼があり、カンタベリー・ミュージックも存在するのであろう。そういうことを感じさせてくれる彼のアルバム群であり、秋の夜長にふさわしい音楽でもあるのだ。


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