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2010年1月

2010年1月30日 (土)

レディ・ガガ

 最近よく聞いているのは、アメリカの女性歌手レディ・ガガのアルバム「ザ・フェイム・モンスター」である。

 彼女のことを知ったのは、雑誌の写真であった。奇抜なファッションと派手なお化粧で写っていたのであるが、そのときに彼女の名前が“レディ・ガガ”だということを知った。2_2

 その名前を見たときに、“なぜ怪獣の名前はガギグゲゴで始まるのか”というようなタイトルの本が昔あって、テレビでもその著者が出演して理由を述べていたのを思い出した。理由は音に重みがあって、いかにも強く聞こえ、印象に残りやすいからというような理由だったと思う。間違っていたらごめんなさい。

 だからかどうかは分からないが、彼女の名前は覚えやすかった。

 また、昨年末に某国営放送の衛星放送で「第37回アメリカン・ミュージック・アワード」が放映されたのだが、そのときに彼女のステージを見た。2曲歌ったように記憶しているのだが、それが"Bad Romance"だったか"Monster"だったかは忘れてしまった。いやひょっとしたら"Paparazzi"だったかもしれない。1曲はどれかで、もう1曲は"Speechless"だった。これは間違いない。そのときの演出が凄くて覚えているからだ。

 何しろガラスの折の中に閉じこまれて、縁から火が出て燃えているピアノを弾きながら歌ったのである。しかも段々とピアノの火が燃え上がっていっているのだ。よくまあ一酸化炭素中毒にならなかったなあと妙に感心してしまった。命がけのライヴであった。

 それで年明けにさっそくCDショップに駆け込んで、彼女のアルバムを購入した。2枚組で2500円、初回生産限定盤である。これには彼女の1stアルバムの「ザ・フェイム」に8曲入りのミニ・アルバムがついている。さらにおまけに彼女のステッカーがついてきた。(さすがにこれはどうでもよかったのだが…)

Fame Monster Music Fame Monster

アーティスト:Lady Gaga
販売元:Interscope Records
発売日:2009/11/23
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 この8曲入りミニ・アルバムがこれまた凄いのである。ミニ・アルバムといっても40分近くはあるのだが、"Bad Romance"を筆頭に、"Monster"、"Speechless"、ビヨンセが参加した"Telephone"、曲構成が素晴らしい"So Happy I Could Die"など、どこを切っても金太郎飴的ないい曲で占められている。

 正確にいうと、このミニ・アルバムの方がセカンド・アルバムになるので、1stの「ザ・フェイム」の方がボーナス盤ということになるらしい。しかし、いずれにしてもポップな曲でギュウギュウ詰めなのだ。

 1stアルバム「ザ・フェイム」には英米両方でNo.1ヒットを記録した"Just Dance"、"Poker Face"が収められているし、現在ヒット中の"Paparazzi"も聞くことができる。
 アメリカではデビュー・アルバムから2曲連続No.1ヒットを記録したのはクリスティーナ・アギレラ以来10年ぶりだというし、過去にもマライア・キャリーとティファニーの2人しかいない。つまり10年に1人の才能あるミュージシャンの誕生ということになる。

The Fame Music The Fame

アーティスト:Lady GaGa
販売元:Streamline/Interscope/Konlive/Che
発売日:2008/12/08
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 またアルバム自体も本国では150万枚以上、全世界では500万枚以上の売り上げを記録しており、まだまだこの記録は伸びていくであろうといわれている。それぐらい凄い女性なのである。

 だいたい彼女の名前を聞けばわかるように、“Lady GaGa”は“Radio GaGa”から来ている。“Radio GaGa”といえば、あの英国を代表する不出世のバンド、クィーンの曲であり、それにちなんで名づけられた。つまり彼女はクィーンが大好きなのである。
 雑誌などのインタヴューでは、クィーンとデヴィッド・ボウイのファンと公言しており、彼らのファッションやステージ、音楽性から多大な影響を受けたと述べている。(ちなみに彼女の名付け親は当時のプロデューサーのようである。フレディ・マーキュリーに似ていたのだろうか)

 だからあの奇抜なファッションやお化粧はそこから来ていたのである。またビートルズの音楽をこよなく愛し、特にジョン・レノンには“私の芸術的ヒーロー”と呼ぶほど尊敬しているようだ。(手首にはジョン&ヨーコに敬意を表してピース・マークのタトゥーを入れているらしい)だから彼女の書く曲にはポップ・テイストが満ち満ちているのだろう。

 基本的には、彼女の曲はダンス・ミュージックなのだが、アルバム「ザ・フェイム」にはその手の曲以外に"Brown Eyes"や"EH、EH(Nothing Else I Can Say)"、"Boys Boys Boys"のような非常に魅力的なメロディを持ったポップな曲も収められている。

 彼女はデビュー前には、ス○リップ・クラブなどで歌ったり踊ったりしていたらしい。また同性愛者という噂もあり、ゴシップ・ネタには事欠かない。だからアメリカの音楽業界では“一発屋”という風評もいまだにある。Photo
 しかしそれを補っても余りあるのは、彼女の才能である。4歳でピアノをマスターし、13歳で作曲を始めて、14歳でクラブなどでライヴ活動を始めた。

 その後も17歳でニューヨークにあるアート・スクールに飛び級で入学するのだが、それも19歳で自主退学してしまった。音楽の道を志すという理由からだった。世界で20人しか飛び級入学が認められない学校だったのにもかかわらずである。凡人はもったいないと思うのだろうが、才能ある人にとっては自己表現の欲求が高まった結果だったのだろう。

 だから作詞・作曲、演奏、振り付け、ファッションなどなどすべて自分でこなすのである。まさにマルチ・ミュージシャンだ。

 若干まだ23歳のレディ・ガガ、果たして21世紀のマドンナになりうるのか、それとも単なる一発屋に成り下がるのか、それは今年のグラミー賞が占ってくれるだろう。今からそれが楽しみなのである。

【追記】
 残念ながら今回のグラミー賞では、あまりメジャーでないエレクトロ・ダンス賞など2冠に終わったようである。残念!時代はまだ彼女に追いついていないのかもしれない。

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2010年1月27日 (水)

ザ・フィフス・ディメンション

 これも昔々の話なのだが、アメリカのソウル・ボーカル・グループにザ・フィフス・ディメンションという5人組がいた。
 日本語でいうと“5次元”という意味になるのだろうが、別にこれは物理的な意味合いがあるわけではなく5人組だったから、単にそういうグループ名になったのだろう。

 5人のうち3人は男性、2人は女性で、いずれも黒人だった。そのうち女性2名のマリリンとフローレンスは同じミス・コンテストで優勝経験がある美貌の持ち主であった。特にマリリンはモデルもしていたという。

 それはともかく彼らは60年代の後半から70年代の初頭にかけて大活躍した。ピークは67年から73年くらいの約6年間なのだが、この間に約30曲あまりをヒット・チャートに送り込んでいる。

 特に有名なのは"Aquarius~Let the Sunshine in"のメドレーで、日本では“輝く星座~レット・ザ・サンシャイン・イン”というタイトルで知られている。
 これはロック・ミュージカルの「ヘアー」の中の最初と最後の曲をメドレー形式にまとめたもので、アメリカでは1969年に6週間ビルボードのNo.1を記録している。彼らの代表曲でもある。

 もともと名前が知られるようになったのは、1967年に"Up,up and Away"(日本語では“ビートでジャンプ”)がグラミー賞で最優秀レコード賞、最優秀コンテポラリー・シングル賞、最優秀ポップ・グループ賞を受賞したからであった。
 この曲はNo.1にはならなかったものの、軽快な曲でノリがよく日本でもCM曲として使用された。

 自分がうっすらと記憶しているのは、確かホンダの軽自動車“ライフ”が新発売され、そのTVCMで流れていたということだ。ひょっとしたら間違っているかもしれないのだが、何となくそんな印象がある。

 彼らは黒人5人組で、本来ならソウル・ミュージックの中にカテゴライズされるはずなのだが、今ではソウル・ミュージックというよりもポップ・ミュージックの中で語られることが多いグループである。

 実際は、1966年にソウル・シティ・レコードというところと契約しデビューしていて、ソウル・ミュージックを歌っていたのだが、"Up,up and Away"の大ヒットでソウル・ミュージックよりもコーラス重視のポップ・グループに方向転換した。そしてそれが功を奏し、見事に彼らの持ち味を発揮したのであった。

 だから彼らは自分たちで曲を書くよりも他人の曲を借用してそれをヒットさせるという方針をとったのである。まるで黒人版スリー・ドッグ・ナイトだ。時期的にも両者の活動時期がほぼ一致していることも何がしかの共通性を感じさせるものがある。

 そしてスリー・ドッグ・ナイトはランディ・ニューマンやハリー・ニルソンを世間に知らしめ、フィフス・ディメンションはローラ・ニーロやジミー・ウェッブの名前を世に送り出したのであった。
 実際に彼らはライヴでは、"ローラ・ニーロ・メドレー"や"ジミー・ウェッブ・メドレー"を歌っている。

 自分が持っているベスト盤では"Stoned Soul Picnic"、"Wedding Bell Blues"、"Save the Country"がローラ・ニーロ作で、既述した"Up,up and Away"はジミー・ウェッブの作品である。彼らの名前が知られるようになったのもフィフス・ディメンションのおかげなのだ。【Aポイント+メール便送料無料】フィフス・ディメンション 5th Dimension / Greatest Hits On Earth (輸入盤CD)
 しかし逆にそれが(もちろんそれだけではないのだが)原因だったのか、シンガー・ソングライターのブームが到来して、自分で作って歌ってお金も入る世の中に移行していくのであった。

 だから単なるボーカル・グループは、よほどの個性がない限り消えていったのである。その後、フィフス・ディメンションは1976年に解散し、美人のマリリンはメンバーのビリーと結婚し、デュオで全米No.1を出している。
 またメンバーの一人であるロンは、2001年に亡くなったそうである。もう二度とオリジナル・メンバーでの活動はなくなってしまった。

 彼らは、ある意味ソウル・ミュージックからポップ・ミュージックまで幅広くカバーできた初めての黒人コーラス・グループだったかもしれない。確かに活躍の場はポップ・ミュージックのフィールドが中心だったかもしれないが、自分としてはソウル・ミュージックのハートを持ったミュージシャンたちだと思っている。だから自分が持っているベスト盤は、ソウル・ミュージックの棚の中に入れられているのだ。

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2010年1月24日 (日)

スリー・ドッグ・ナイト

 昔々、某国営放送でスリー・ドッグ・ナイトのライヴ演奏が放映された。それは12月の放送で、そのときの演奏がとても素晴らしくて興奮してしまい、その感動を年賀状に書いて師匠に送った覚えがある。

 たぶん師匠はそんなくだらないことは覚えていないだろうけれど、出した本人がいっているのだから間違いはない。それだけ彼らの演奏が、もちろんボーカルも、素晴らしかったということなのだ。

 1970年代のスリー・ドッグ・ナイトは出す曲、出す曲すべてヒットしたという記憶がある。それが事実なのかそうでないのかは、確かめていないのだが、とにかくヒット曲がいっぱいあるバンドという思い出があった。
 
 彼らは7人組で、そのうちの3人がフロントマンでボーカル・ハーモニー担当、残りの4人がギター、ベース、ドラムス、キーボード担当だった。
 そしてこの7人がそれぞれの役割をしっかりと果たしていて、ボーカルも演奏も折り紙つきだった。だからTVでのライヴ演奏を見て興奮したのだと思う。歌は当然のことながら、演奏もカッコよかったのだ。確かドラマーは黒人だったように思うのだが、そのスティックさばきがとてもエネルギッシュだったので、強く印象に残っている。

 彼らの特徴は、自分たちで作った曲ではなくて他人の曲、つまりカバー曲をヒットさせて有名になったということである。しかも有名ミュージシャンの曲ならまだしも、当時は無名に近かったような人の曲を取り上げて、自分たちだけでなく、その作曲者までもが有名になったこともあった。

 たとえば
"Sure as I'm Sitting Here"(1974年全米16位)ジョン・ハイアット
"Mama Told Me"(1970年全米1位)ランディ・ニューマン
"Liar"(1971年全米7位)ラス・バラード
"Show Must Go On"(1974年全米4位)レオ・セイヤー
"Eli's Coming"(1969年全米10位)ローラ・ニーロ
"One"(1969年全米5位)ハリー・ニルソン
"Brickyard Blues"(1974年全米33位)アラン・トゥーサンetc.

 もちろんこれ以外にもあるのだが、事務所の方針なのか、これほど徹底しているバンドも珍しいと思う。バンドの中でも役割分担ができていたし、どの他人の曲を使用するのかという嗅覚に優れてもいた。

 そのせいか1969年から1975年の間に全米ビルボードのチャートで40位以内に21曲がチャートインし、そのうち3曲が見事No.1を記録している。

 日本では"Joy to the World"、"Old Fashioned Love Song"、"Pieces of April"、"One"などがヒットしたように記憶している。特に"Joy to the World"(喜びの世界)はたびたびCMにも取り上げられた気がする。

 自分は彼らのアルバムはベスト盤1枚しか持っていないのだが、もちろんそれで充分だと思う。しかも20曲も入っているし、お得でもある。

ベスト・オブ・スリー・ドッグ・ナイト Music ベスト・オブ・スリー・ドッグ・ナイト

アーティスト:スリー・ドッグ・ナイト
販売元:USMジャパン
発売日:2008/05/28
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 バンド名の“3匹の犬の夜”というのは、オーストラリアのアボリジニ人からのことわざで、“寒い夜には3匹の犬と一緒に寝るとよい”というところから来ているらしい。今の時期には最適な言葉かもしれないが、実行する人は稀であろう。

 彼らは1970年代の半ばから人気が後退してしまった。それはシンガー・ソングライター・ブームが興隆してきたからで、自分で作って歌って売れるということに多くのミュージシャンが自覚的になったのであろう。

 だからスリー・ドッグ・ナイトのおかげで自分たちの才能に気づき、自分に自信を持つようになってしまった。そしてスリー・ドッグ・ナイトを超えるようになったのである。こういうのを四文字熟語で言うと、“従藍而青”というのだろうか。

 しかしスリー・ドッグ・ナイトは、今でもオリジナル・メンバーに近いかたちで活動しているようである。まさに"Show Must Go On"の精神を体現しているアメリカン・バンドなのであった。

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2010年1月21日 (木)

ローラ・ニーロ

 前回のダイアン・バーチのところで、ローラ・ニーロはよく知らないと書いたのだが、そういえば1枚だけアルバムがあったなあと思い出して探してみた。

 それで1枚のCDが見つかった。「イーライと13番目の懺悔」というタイトルで、アルバム・ジャケットには憂いを秘めた彼女の写真が使われていた。

イーライと13番目の懺悔 Music イーライと13番目の懺悔

アーティスト:ローラ・ニーロ
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2002/08/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 ずっと昔に聞いたことはあったのだが、どんな音楽だったのか、どんな曲があったのか既に忘れてしまっていた。そういえばスリー・ドッグ・ナイトもカヴァーした名曲"Eli's Comin"もあったなあ、などと思いつつアルバムを聞いた。

 何しろアルバム・ジャケットの色は黒で統一され、そこに憂いを秘めたローラの横顔が浮かび上がっているというものだったので、サウンド的にも静かで、夜をイメージさせるようなスローな曲が多いのだろうと思っていた。

 ところがどっこい、1曲目からブラスが響き、ピアノが連打され、彼女のボーカルが力強くスタートするのである。これはもうびっくりで、写真のイメージと180度違うのであった。

 彼女はニューヨークのブロンクス生まれで、父親はジャズ・トランペッターだった。そのせいか幼少の頃から音楽に囲まれて育ったらしい。
 このアルバムでも全体的にジャズ・クラブの雰囲気が横溢されていて、そういう意味ではこのアルバム・ジャケットのように黒っぽいのかもしれない。

 とにかく力強く、音域も広い。ヒバリのように急に高く舞い上がったかと思うと、次には突然下がってしまう。この音の高低の差が凄いと思う。
 だから彼女に夜のイメージや落ち着いたナイトクラブの雰囲気を求めるのは間違いで、むしろ喧騒なジャズ・クラブや騒がしいストリートの音を期待した方が正解かもしれない。

 このアルバムは彼女の2枚目のアルバムで、1968年に発表されたものである。ここから前述した"Eli's Comin"のほか、"Stoned Soul Picnic"、"Sweet Blindness"がフィフス・ディメンションに取り上げられてヒットした。それで彼女も一躍、名前が知られるようになった。

 また9曲目の"Emmie"は、かの有名なフランク・シナトラも歌っていて、そのせいかこの2ndアルバムは彼女の初期の最高傑作といわれている。

 ただ面白いことに、いろんな人が彼女の歌を取り上げていて、それはそれで彼女の作曲能力の高さを示しているのだろうが、彼女自身が歌ってヒットした曲というのは、不思議と少ないのである。この辺が彼女のユニークさなのかもしれないし、彼女と同じニューヨーク出身のシンガー・ソングライターのキャロル・キングとの違いなのかもしれない。

 キャロル・キングは確かにポップ・ミュージックの歌姫といった感じなのだが、ローラの方は、ポップだけでなく、ジャズからオペラティックなブルーズまで幅広いのである。その分、リスナーにとっては焦点を絞りきれなかった部分が出てきたのかもしれない。だから彼女の作品が単体の作品として他のミュージシャンから扱われる事はあっても、彼女が扱うと聞き手が困惑したのかもしれない。

 彼女は、残念なことに1997年4月8日49歳で亡くなっている。死因は卵巣がんであった。その4年前には来日して山下達郎や吉田美奈子らと交流しているし、3年前にはアルバムも発表していた。まだこれからというときだっただけに、本当に惜しまれてならない。

 自分にとっては、たった1枚しかない彼女のアルバムなのだが、聞くたびにそのジャケットとは違う力強い歌声に驚かされ、かつ励まされるのだ。短い人生だったかもしれないが、21世紀の今でも彼女の歌声は存在しているのである。

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2010年1月18日 (月)

ダイアン・バーチ

 今年の年賀状を初めて見たときに、あの小栗旬から年賀状が来ていたのでビックリした。いつから自分は小栗旬と友だちになったのだろうと考えながら、その裏をひっくり返してみると、何とまあ単なる日本郵政株式会社からの挨拶状だった。

 しかし、この会社の社長があの有名な齋藤次郎かと思うと、それはそれで話のネタぐらいになるかなとは思った。実際、こんなブログでも話題になっているわけだから…

 そんなことを思いながらダイアン・バーチの「バイブル・ベルト」を聞いている。このアルバム昨年に発売されたのだが、キャッチコピーが“キャロル・キングやローラ・ニーロの再来”というものであった。

 それで思わず購入してしまったのだが、一聴して思ったことは、確かにキャロル・キングやカーリー・サイモンによく似ているということだった。自分はローラ・ニーロはあまり聞いたことがないので、こう思ったのである。

バイブル・ベルト Music バイブル・ベルト

アーティスト:ダイアン・バーチ
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2009/08/05
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 曲の雰囲気といい、声質といい、確かにキャロル・キングによく似ている。特にピアノを中心に曲が作られているようで、そういう面もキャロル・キングの系譜に属すると思う。
 メロディ・センスも優れていて、4曲目の"Fools"も耳に残りやすいフレーズを持っている。またバックにホーン・セクションも使用され、こういう面もアメリカン・ミュージックの先達の影響を色濃く受けている。

 また見た目もキュートでチャーミングである。天は二物を与えているのは間違いない。自分には一物も与えられていないのだが…
 ともかく70年代を経験している人たちにとっては懐かしく聞こえるはずである。まさにあの時代の音が鳴っているからである。

 特に先述の"Fools"から"Nothing but a Miracle"、"Rewind"あたりはこのアルバムを代表する曲群である。メロディもいいし、ミディアム・テンポの曲が癒しを与えてくれる。しかし今年27歳になる女性がよくこういう曲を書けるなあと感嘆してしまった。
 また"Photograph"は転調を含み、南部のゴスペル・ミュージックの影響をモロに受けている曲だし、"Mirror Mirror"はポップな曲、"Ariel"は歌い方や曲調がジャニス・ジョップリンに似ている。
 確かに70年代の音楽などの影響を受けているのだろうが、ここまでくればたいしたものである。Photo

 でもよく考えれば、キャロル・キングが聞きたければキャロルを、ローラ・ニーロを聞きたければ、ローラ・ニーロを聞けばいいのである。何も“本物もどき”をわざわざ聞かなくてもいいのではないかと考えたのだが、そこは“温故知新”、いまの若い人にはこういう音楽も新鮮に聞こえるのかもしれない。

 世に流布されている“ロック20年周期説”に従えば、2010年代は1990年代に流行った音楽が拡大再生産されるはずだし、その90年代は実は70年代の音楽がベースになっているはずである。
 だから2010年代はこの手の音楽も流行するはずと思うのだが、どうだろうか。

 ここにはヒップホップの“ヒ”の字も、ラップの“ラ”の字も出てこない。2010年代のアメリカのルーツ・ミュージックというのは、こういう音楽のことをいうのかもしれない。

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2010年1月15日 (金)

トレース

 先日、念願かなってやっと手に入れたアルバムがあった。オランダのE,L&Pと呼ばれたトレースという3人組の1stアルバム「トレースの魔術」と2ndアルバム「鳥人王国」である。

 このトレースのアルバムは、ネットで探しても売り切れ、品切れ状態が続いていた。以前も某ネット通販会社で注文したのだが、輸入盤でも入手できなかった。入手不可という最終回答を得るまで約6ヶ月かかったのだが、その6ヶ月間世界中を探し回ってくれていたのであろう。そこまでしても手に入らなかったのである。

 それがうれしい事に、今回再発されるという。しかもオリジナルに忠実な紙ジャケで、しかもデジタル・リマスタリングまで施されている。欣喜雀躍、万歳三唱、思わず2枚注文してしまった。

 本当は彼らのアルバムは3枚あるのだが、3枚目の評価は高くなくて、実質リーダーであるリック・ヴァン・ダー・リンデンのソロ・プロジェクト・アルバムということだったので、購入しなかった。今となってはちょっとだけ後悔している。

 それで1974年に発表された1stアルバム「トレースの魔術」は、確かにオランダのE,L&Pという呼び名にふさわしい内容になっている。

トレースの魔術 Music トレースの魔術

アーティスト:トレース
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2009/12/18
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 最初の3曲は組曲形式になっていて、"Gaillarde"~"Gare Le Corbeau"~"Gaillarde"と曲が続く。途中でベース・ソロやチャーチ・オルガン、コーラスはたぶんメロトロンを使用してのものだと思う。このスピードや展開の鋭さなどはE,L&Pも真っ青といっていいだろう。

 この冒頭の曲を聞いただけで、彼らの豊かな才能や曲想に感動してしまう。ただ、ところどころにリック・ウェイクマンの「ヘンリー8世の6人の妻」やディープ・パープルのジョン・ロードのハモンド・オルガン・プレイを髣髴させるものがある。手癖が似ているのだろうか。この辺はご愛嬌というものだろう。

 しかし使用しているキーボード楽器類の種類の豊富さには脱帽させられる。ピアノはもちろんハモンド・オルガンにシンセサイザー、チェンバロ、メロトロン、チャーチ・オルガンとキース・エマーソン以上だ。

 6曲目の"Once"はクラシックとジャズが合体したような曲で、手数もキース・エマーソンと張り合うかのように多い。
 次の曲の"Progression"は12分を越す大曲で、この曲と冒頭の3曲でもうお腹一杯という気がした。この曲とにかく次から次へとキーボードが登場する。基本はハモンド・オルガンなのだが、それにピアノ、シンセサイザー、メロトロン、クラヴィネットと絡まっていく。ベースやドラムスも細かく動き回るため、その変化に圧倒されてしまった。

 8曲目の"Memory"から続く3曲も組曲形式で"A Memory"~"The Lost Past"~"A Memory"となっている。途中の"The Lost Past"ではドラム・ソロが聞かれるが、そんなに派手ではない。組曲全体もどちらかというとメランコリックで哀愁を帯びている。元はスゥーデンの民謡でそれをアレンジしたものらしい。

 オリジナル盤の最後は、同じオランダの先輩バンドのフォーカスっぽい曲で、マイナー調のチャーチ・オルガンが荘厳な雰囲気を醸し出している。

 またアルバムには2曲のボーナス・トラックがあり、1曲目"Progress"はこのアルバムに収められていた"Progression"を4分台にまとめたもので、短くなった分、すっきりとメリハリが利いていてなかなかよい曲になっている。
 もう1曲の"Tabu"も4分台の曲で、繰り返される主旋律が耳に残りやすい。この曲の別パートが次の2ndアルバムに収録されていて、聞き比べるみると面白いと思う。

 それでその2ndアルバム「鳥人王国」は、翌年の1975年に発表された。自分がなぜトレースを知っていたかというと、当時のミュージック・ライフ誌にこのアルバムが紹介されていたからである。

鳥人王国 Music 鳥人王国

アーティスト:トレース
販売元:ディスク・ユニオン
発売日:2009/12/18
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 紹介といってもアルバム評ではなく、単なるジャケット写真、しかもかなり小さい写真で、それが記憶のどこかに残っていたのである。“鳥人”というから人間が鳥の姿をした絵だったと思っていたのだが、今回確認してみたところ、かなりイメージと違っていた。しかも切り抜きの変形ジャケットだった。オリジナル・レコード盤も切り抜きだったのだろうか。

 内容的にも充分満足のいくものに仕上がっている。2作目ではメンバーチェンジが行われ、ドラムスが元ウルフのイアン・モズレイに代わっている。そのせいか、ゲストとして元ウルフのリーダーだったダリル・ウェイがバイオリ二ストとして参加している。

 彼らの演奏が楽しめるのが4曲目"Opus1065"である。7分以上の曲だが、出だしと最後がエルトン・ジョン風のポップス調で面白い。途中でダリル・ウェイのエレクトリック&アコースティック・バイオリンが大活躍し、途中でビバルディ風のバロック調になったりする点も聴き所だと思う。

 この曲の前後は3分以内のジャズ・ロックっぽい短い曲で占められていて、アルバム構成上、前半は"Opus1065"、後半は組曲"King-Bird"(鳥人王国)が引き立つように工夫されている。

 それで21分を超える"King-Bird"なのだが、いきなり厳粛なチャーチ・オルガンから始まる。そして驚くべきことに何と途中でエレクトリック・ギターが加わるのだ。演奏しているのはベーシストらしいのだが、これがかなり上手なのである。この辺を聞くとヤン・アッカーマンのいたフォーカスと変わらないような気がする。ちょっと小粒なフォーカスかもしれない。

 演奏の流れは全然無理がなく、ビートも効いていて一気に聞かせてくれる。そして6分過ぎから清らかなピアノの調べとともにボーカルが聞こえてくる。これにはちょっと驚いた。インストゥルメンタル作品だと思っていたからで、しかもこのボーカル、これもベーシストが歌っているのだが、結構さわやかな声なのである。このボーカル・パートは終わりの部分でも再び登場する。

 緩急を生かした音作りとギターやボーカルを要所に配置しての曲構成は、かなりの高水準だと思う。それこそ本家E,L&Pの"Tarkus"を凌駕する作品といっても過言ではないだろう。
 ただしギター&ボーカルを入れたのは禁じ手破りと言われても仕方ないかもしれない。聞く側としては、あくまでもキーボード・トリオとして期待していたわけで、ゲストのバイオリン演奏だけならまだしも、ギター&ボーカルまで入れるとなると、よくできて当たり前、これで悪かったら金返せというふうになるだろう。

 確かに名盤なのだが、逆にいうとキーボード・トリオの限界を象徴しているアルバムかもしれない。発表されたのが1975年なので、E,L&Pがそろそろ限界を示していた時期だから、その動きを見ながら制作したのかもしれない。
 そして、すでにプログレッシヴ・ロック全盛時代は過ぎて、時代はもっと違う何かを求めていたのである。

 もしこのアルバムが3年前に発表されていたら、彼らへの賞賛はもっと高かったに違いない。そういう意味では残念なアルバムといえるだろう。しかし、間違いなくこのアルバムは、歴史に名を残してもおかしくないアルバムの1枚であり、彼らの代表するアルバムなの。

 そしてトレースは、やがてリックのソロ・バンド化していき、3枚目のアルバムを発表後に自然消滅してしまった。リックは、以前自分が所属していたバンド、イクセプションに再び参加するも、その後目立った活動はしていないようだ。

 今となってはプログレの歴史に埋もれたバンドになってしまったが、自分にとっては忘れ難いバンドの1つでもあるのだった。

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2010年1月12日 (火)

Y&T

 寅年の年賀状のイラストジャケット第2弾である。だいたいロック・アルバムのジャケットでトラが出てくるもので一番有名なのは、T・レックスの「グレイト・ヒッツ」だろう。何しろマーク・ボランがトラに乗っているのである。しかもこの写真を撮ったのがリンゴ・スターというから当時から結構有名だった。

グレイト・ヒッツ Music グレイト・ヒッツ

アーティスト:T.レックス
販売元:インペリアルレコード
発売日:2005/05/25
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 しかしそれではあまりにも当たり前すぎると思ったので、今年は前回のブログで書いたようにタイガーズ・オブ・パン・タンにしたのだが、第2候補としてもう1枚あった。それがブリティッシュ・ロックのタイガーズ・オブ・パン・タンへの回答?ともいえるアメリカン・ハード・ロック・バンド、Y&Tの「ブラック・タイガー」だった。

 1982年に発表されたアルバムだが、彼らの代表作ともいえるアルバムだと思う。彼らはサンフランシスコ出身のハード・ロック・バンドなのだが、一般的にサンフランシスコ出身のバンドはメロディアスな曲を書くバンドが多い。このY&Tもこの例に漏れず、結構メロディがいいのである。

 ノリのよさと、メロディのよさ、あと印象的なフレーズ、特に一緒に口ずさめるようなフレーズ、この3つを備えているハード・ロック・バンドは成功する可能性が高いと思っている。

 このアルバム「ブラック・タイガー」はというと、この3つを備えているようには残念ながら思えない。1曲目の"From the Moon"は16本ものギターを使用して、アルバム全体の序章的な役割を果たしているのだが、時間的には短い。“Moon”というのは、このバンドのリーダーであるデイヴ・メニケッティのニックネームだという。

Black Tiger Music Black Tiger

アーティスト:Y&T
販売元:Krescendo
発売日:2008/07/14
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 続く"Open Fire"はノリのよい曲で、コンサートでも受けそうな仕上がりになっている。リード・ギターとリード・ボーカルはデイヴ・メニケッティが担当している。この人ギターも当然ながら上手で、当時のギター・キッズを熱狂させていたらしい.

 3曲目の"Don't Wanna Lose"は、キャッチーでシングル・ヒットしてもおかしくない曲。チープ・トリックをハードにしたようなタイプで、こういう曲を聞くと、やはりサンフランシスコ出身バンドという気がしてならない。

 1曲飛ばして5曲目の"Forever"という曲が涙もので、カラッとしたアメリカン・ハード・ロックとは少し異質な感じがした。どちらかというとマイケル・シェンカーあたりが好んで取り上げそうな曲である。このアルバム、いや彼らを代表する曲ともいわれている。

 もともとY&Tは1974年に結成された芸歴の長いバンドであった。当時は“イエスタディ&トゥディ”という名前だったのだが、1981年にレコード会社を変わってから心機一転してY&Tという名前に替わったのである。だからこのアルバムは、名前が変わってから2枚目のアルバムということになる。

 アルバムの前半はいい曲が多いのだが、後半になってくるとちょっとだれてくる。6曲目のアルバム・タイトルにもなっている"Black Tiger"は、これまたアップテンポのハードな曲なのだが、この曲から次の曲と似たような曲調のものが続くので、ちょっと飽きてしまう。この辺がB級ハード・ロック・バンドの悲しさなのかもしれない。

 最後の曲"Winds of Change"は、アコースティック・ギターから始まり、スローでメロディアスな曲になっていて、こういう曲やミディアム・テンポの曲がもう1,2曲あれば、全体的に充実したものになったのではないだろうか。

 このY&T、メロディ・センスやリズムの乗りはあるのだが、いま一歩口ずさめるようなフレーズがなかったように思う。残念である。
 ただ、彼らは日本では人気があり、このアルバムが発表される前には来日公演を果たしている。

 その後、彼らは1991年に一度解散したのだが、2001年に再結成され、以後もメンバー・チェンジをしながら活動中のようである。

 この「ブラック・タイガー」、年賀状のイラストに採用しようと思ったのだが、見た目がメタル調で、パッと見ただけではトラに見えないのではないかと思って、採用しなかった。
 見ようによっては、何となく当時のジューダス・プリーストのアルバムのようにも見える。やっぱりT・レックスの方がわかりやすいし、インパクトがあるよなあ。

 でもトラということに限っていえば、E,L&Pが確かドイツのTVでスタジオ・ライヴをやったときに、そのスタジオになぜかトラが一匹寝そべっていた。そのトラの後ろで3人が演奏していたのだが、そのときの風景が忘れられないのである。
 何を演奏していたのか忘れてしまったのだが、ひょっとしたら"孤独なタイガー"だったかもしれない。

 本当はそのときの写真を使用したかったのだが、ネットで探してもわからなかった。また12年後に探してみようと思っている。

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2010年1月 9日 (土)

ジョン・サイクス

 今年は寅年。ということで、昨年、年賀状を作成するときにトラの絵のアルバム・ジャケットを探していたときに、真っ先に思いついたのが、イギリスのバンド、タイガーズ・オブ・パン・タンだった。(タイガーズといってもスペルは"Tygers"になっている)

 このバンドは1980年代初頭のNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)ブームにも乗って人気があったのだが、その人気の根源はギタリスト、ジョン・サイクスの鬼気迫るギター・プレイにあった。

 このバンドは、1980年から82年にかけて4枚のアルバムを残しているが、その中でジョンが参加したものは2ndと3rdの2枚だけで、その2枚ともジャケットにはトラの絵が使用されているが、評価が高いのは2作目「スペルバウンド」のようだ。今でも彼らの代表作と言われている。

 スペルバウンド スペルバウンド
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 ジョンはイギリス生まれで、今年で51歳。このタイガーズ・オブ・パン・タンでメジャーになり、このあとシン・リジィやホワイトスネイクでさらに名を轟かせている。

 彼のギター・スタイルは、ヘヴィな演奏から泣きのギターまでゲイリー・ムーアによく似ていて、シン・リジィのフィル・ライノットが“素晴らしいギタリストがいる。彼を入れてもう1枚アルバムを作り、解散しよう”といって他のメンバーを説得して制作したのが「サンダー・アンド・ライトニング」だった。

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 ホワイトスネイクでも全米2位、800万枚以上の売り上げを記録した「サーペンス・アルバム」に参加していたが、アルバムが発売された頃には既にバンドを脱退していた。そして1989年に自らのバンドを結成し、デビューした。それがブルー・マーダーである。

 彼はホワイトスネイクを追い出されたと自分で言っていたが、リーダーのデヴィッド・カヴァーディルとうまく行かなかったのだろう。“両雄並び立たず”とはよくいったものである。

 このブルー・マーダーではボーカルもジョンが担当していて、しかもかなりの出来映えなのである。このアルバムの中でも"Valley of the Kings"、"Out of Love"などのスローな曲では情感を込めながら切々と歌っている。特に"Out of Love"などは、ホワイトスネイクのアルバムの中に収められていてもおかしくない佳曲だと思う。

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Music Blue Murder

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 このブルー・マーダーというバンドは、メンバー的に見るとスーパー・バンドといってもおかしくないミュージシャンで構成されている。G&Vはジョン・サイクス、Bはジミー・ペイジと一緒にザ・ファームにいたトニー・フランクリン、Drはあの有名なカーマイン・アピスである。

 だから演奏面では各ミュージシャンの技量をじゅうぶん堪能できる。トニーのベース音は特徴があって、独特の音を聞かせてくれる。彼はフレットレス・ベースを用いているから、普通のベース・ギターよりもウッド・ベースに近い感じがする。要するにナチュラルな音なのである。
 そしてカーマインのドラムは、これはもう重低音が強調されたパワフルなもので、ロックのドラミングはこうするのだと言わんばかりである。彼の経歴を述べる事は、そのままハード・ロックの歴史を述べるようなものである。経験に裏打ちされた音とはこういうものを指すのだろう。

 ただ、このアルバムは話題になったものの、売れなかった。当時の(そして今も)ロック界では売れるという事は重要な要素であり、いくら才能豊かなミュージシャンでも売れなかったら単なる人という感じである。
 しかも80年代初頭からLAメタルという言葉で代表されるように、この手の音が世界中で流行した。またイングウェイに続けとばかりにニュー・ギター・ヒーローも期待されていた。

 しかし売れなければそれまでであった。1stアルバム「ブルー・マーダー」はブルーズに根ざしたハード・ロックという感じで、内容は優れていたにもかかわらず、前評判ばかり高くてあまり売れなかった。

 そして約4年半後、皆がこのバンドのことを忘れかけたころ、2ndアルバムが届いた。メンバーは一新され、そこにはトニーやカーマインの名前を見ることはできなかった。
 しかしその分、曲はコンパクトにまとめられ、中にはアコースティックな曲も収められていて、アメリカ市場をかなり意識したものになっているように思えた。

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Music ナッシング・バット・トラブル

アーティスト:ブルー・マーダー
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/08/30
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 特にスモール・フェイセズというイギリスのバンドのシングルをアルバムに入れている点にはビックリした。("Itchycoo Park"という曲で、スティーヴ・マリオットとロニー・レインが作ったもの)

 ジョンはギターに専念するという事で、新しくV&G担当のメンバーを加入させたのだが、アルバムでは1曲を除いてすべてジョンが歌っている。相変わらずの熱唱で、天は2物を与えているという気がする。

 しかしこのアルバムも不発。日本ではそこそこ売れたのだが、欧米ではさっぱりだった。もう流行は過ぎ去り、時代はこういう音を求めてはいなかったのだろう。7曲目の"Save My Love"なんかはいい曲だと思うんだけどなあ…

 1994年にバンドの活動は終わったものの、ジョンはソロで活動を始めていて、来日公演も行った。その後2005年からシン・リジィの再結成に参加し、2009年まで活動をともにしている。
 まだまだ若いのだから、もう一花咲かしてほしいギタリストでもある。それにはメロディアスで印象的なフレーズや曲が必要である。後世に残るような曲やアルバムをと願っている。

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2010年1月 6日 (水)

アバター

 今話題の3D映画の「アバター」を見に行った。今までの3D映画といえば、アニメやゲーム関係の映画が多くて、きちんと普通の人が出演をする映画はこれが初めてではないかと思う。そういう意味では初めての本格的3D映画ということになる。

 普通の映画なら1800円なのだが、3Dメガネを使用するということで、余計に300円も支払って鑑賞することになった。決して安い映画ではないのである。
 今回はお正月ということで、しかも初めて3D映画を見るということで、自分を納得させることができた。貧乏性の自分にとっては珍しいことであった。

アバター Music アバター

アーティスト:サントラ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2009/12/23
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 実際に見た感想は、確かに3Dは迫力があった。ちょうど大阪にあるUSJ(ユニヴァーサル・スタジオ・ジャパン)の“スパイダー・マン”や“ターミネーター”のアトラクションのような感じなのだ。
 だから目の前を枯葉が舞ったり、木の枝などが突き出してくるのが、リアルに感じられて、手を伸ばせば届きそうな気がするのである。

 また内容が地球とは違う星での先住民と地球人との戦いを描いているので、ちょうど3Dに合うような設定なのである。というか3Dがより一層効果的になるように、そういうストーリー展開を考えたのだと思う。さすがジェームズ・キャメロン監督である。

 先住民と地球人との戦いであるが、要するに昔でいうと、スペイン人のピサロがインカ帝国などを滅ぼしたようなものである。または日本の80年代に、バブル華やかな頃の地上げ屋対それに反対する市民運動家のようなものである。後者の方が内容により一層迫っているかもしれない。

 「アバター」とは、“あばたもえくぼ”の“あばた”ではなくて、“分身”とか“化身”とかいう意味らしい。この映画でも主人公の分身が大いに活躍するのだが、それは映画を見てのお楽しみというものであろう。

 ただ映画を見ながら思ったのだが、これが3D映画でなければ、たぶん自分は見に行かなかったと思う。ストーリー展開は先が読めるし、エイリアン・シリーズに出演したシガニー・ウィーバー以外は特に有名なキャスティングもされていないからである。(ところで彼女ももう60歳ということらしい。ビックリした)

 そして一番印象的だったのは、“ハレルヤ・マウンテン”という空に浮かんでいる場所が出てくるのだが、それがロジャー・ディーンの描くイラストにとてもよく似ていたことであった。
 ロジャー・ディーンといえば、イエスのアルバム・デザインで有名なグラフィック・アーティストだが、特にイエスの最初のライヴ・アルバム「イエスソングス」の内ジャケットに描かれていたイラストにそっくりだった。

Yessongs Music Yessongs

アーティスト:Yes
販売元:Atlantic
発売日:1994/09/27
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 映画が終わったあとのエンド・ロールを見ていたが、ロジャー・ディーンの名前は出てこなかったようにみえた。しかしそれにしてもよく似ていたと思う。

 というわけで今年のお正月映画は例年よりはレベルは下がると思うのだが、3Dという21世紀の映画の主流となるものを体験できたのはよかったと思う。

 ただメガネをかけている人はどうするのだろうか、また自分のようにメガネをかけない人は、3Dメガネが結構重たくて、2時間40分もかけていると、鼻の部分が痛くなってしまった。途中で痛みを軽減するために何回かかけかえて、映画に集中することができなかった。できればもう少し軽いものに代えてほしいと思っている。

 これからはこういう3D映画がもっと作られていくのだろう。ただ家庭でも見てみたいと思うのだが、そういう場合は専用メガネは添付されるのだろうか。それともどこかで購入するのだろうか。そういえばこれからは3Dテレビも販売されると聞いた。時代は確実に移り変わっている。

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2010年1月 4日 (月)

レッド(40周年記念エディション)

 新しい年を迎えたというのに、相変わらずの生活を送っている。今年の正月は小学校の同窓会もあったりして、お酒を飲む機会が多かったのだが、やはりお酒は静かに飲んだ方が味わい深くなるような気がする。

 それはともかく昨年はキング・クリムゾン・デビュー40周年記念ということで、様々なリイシュウー盤や企画アルバムなどが発表された。
 そしてその中の多くはDVDオーディオ+HQCDのアルバムとなっていて、最初は自分には縁のないものと考えていた。リマスターされ音がよくなったとはいえ、楽曲自体はほとんど変わっていないのである。

 確かにヴァージョン違いの曲などはあるのだが、それがどうしたという感じだった。ところがそのうちのアルバム「レッド」には、ボーナス・トラックだけではなくて、何とボーナス映像が収録されていたのである。

 ボーナス・トラックならオリジナルで我慢できるのだが、ボーナス映像となるとこれは別物である。しかもクリムゾンの映像については、自分はMTVでジェーミー・ミューア在籍時のものを1回しか見たことがなかったから、これはぜひ見てみたいという欲求が高まってきたのだ。

 そのときの映像は確か"太陽と戦慄part2"だったような気がするが、短期間で脱退したジェーミーの姿が印象的で、笛を口にしてパーカッションを叩く姿は、何か怪しい妖術師のようで、中世の時代なら間違いなく火あぶりにされるような感じがした。

 そしてこの映像特典付きのアルバムは2枚組で、1枚はDVDオーディオ、もう1枚はHQCDアルバムになっていて、映像の方は約30分で、DVDオーディオの方に収められている。

レッド デビュー40周年記念エディション(紙ジャケット仕様) Music レッド デビュー40周年記念エディション(紙ジャケット仕様)

アーティスト:キング・クリムゾン
販売元:WHDエンタテインメント
発売日:2009/10/28
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 映像はフランスのTV局が1974年3月に収録したライヴで、全4曲で構成されている。曲名は
  ①太陽と戦慄part2
  ②人々の嘆き
  ③夜を支配する人
   ④スターレス
である。

 演奏メンバーは、ビル・ブラッフォードとジョン・ウェットン、デヴィッド・クロスにロバート・フリップの4人である。アルバム「レッド」をスタジオ録音した1974年7月では、正式メンバーはジョンとビル、ロバートの3人だったので、その4ヶ月前はまだデヴィッドは脱退していなかったのだろう。つまりアルバム「暗黒の世界」録音時のメンバーだったということになる。

 映像については、やはり“百聞は一見に如かず”で実際に見たほうがわかりやすいと思うが、やはり若々しいメンバーの姿が感動的でもあった。
 1曲目の"太陽と戦慄part2"では、椅子に座ってギターを弾くロバート・フリップが印象的である。しかもカメラが近づくと、ギターを弾きながら顔を上げて、じっとカメラをみつめるのである。その目つきが挑戦的で、有無を言わさない力強さを感じさせてくれた。

 2曲目の"人々の嘆き"は映像が写真のネガのように反転し、しかも黒だけではなく青や紫、緑色など変化を伴って展開していく。これがフランス流芸術的映像というものだろうか。
 またこの映像を見てわかったのだが、当時は2台のメロトロンがステージ上にあって、1台はデヴィッド・クロスが、もう1台はロバート・フリップが使用している。

 だからロバート・フリップがギターを弾いている時は、デヴィッドがヴァイオリン、もしくはメロトロンを演奏し、デヴィッドがヴァイオリンを弾いている時は、ロバートがメロトロンを弾くのである。もしくは両者ともメロトロンを弾いていく場合もあったのかもしれない。

 実際、"人々の嘆き"後半部ではロバートがメロトロンを操り、デヴィッドがヴァイオリンを演奏し、"夜を支配する人"ではその逆パターンが見られる。

 またこの時点で"スターレス"を演奏していることから、この曲は早い時点で作曲されていたのであろう。74年のアメリカ・ツアーを録音したライヴ・アルバム「U.S.A.」でもこの曲が演奏されていたから、74年当時のライヴ演奏では定番曲だったのかもしれない。

 それにしてもスタジオ・ライヴの演奏なのだが、やはり「スターレス」は名曲であり、深い余韻をもたらしてくれる。序盤のメロトロンとヴァイオリンの演奏をバックにして歌うジョン・ウェットンのボーカルは聞く人の感情を揺り動かす力があるし、後半のギターが炸裂し、パーカッションがそれを収束しようとするところは何度聞いても鳥肌ものである。これがライヴ会場ならもっと興奮するだろうし、忘れられないものになるだろう。

 しかし写真では見たことがあったのだが、ビル・ブラッフォードの素肌にツナギの服というのは何か変である。もう少しファッション的に何とかしてほしいものがあるのだが、これでは英国紳士とかけ離れたものがあると思う。ロバート・フリップもTシャツだし、3月という季節にも合わないと思うのだが…

 そんなことを考える事ができるのも映像のおかげである。たった4曲しかないとはいえ、自分にとっては貴重なものであった。これで4410円というのは高音質のCDもついているし、じゅうぶん元は取れたと思うのである。新しい年を迎えても貧乏性だけは相変わらずのようである。

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2010年1月 2日 (土)

4th カインド

 お正月といえば、映画である。正月といえば、昔は“寅さんシリーズ”、今は“007シリーズ”だと自分の中では思っているのだが、今年はそれもなく、何となく華やかさや話題性についてはイマイチという感じの映画が多いように思える。
 しいてあげれば、本格的な3D映画の「アバター」ぐらいが話題性や観客動員数などで名前があげられるような気がする。

 しかし自分は「アバター」は後回しにして、「4th  カインド」を見に行った。相変わらずへそ曲がりというか、気まぐれだと思う。

 それでこの映画は、(ここからは“ネタばれ”になるので、もし見ようと思っている人は読まない方がいいと思います)いわゆる超常現象を扱った“Xファイル”の実写版のようなものであり、事実に基づいて構成された映画であると謳われていた。

オリジナル・サウンドトラック『The 4th Kind(原題)』 Music オリジナル・サウンドトラック『The 4th Kind(原題)』

アーティスト:サントラ
販売元:ジェネオン・ユニバーサル
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 まず、「4th カインド」とは“4番目の種類”ということで、「1st カインド」とは“目撃”、「2nd カインド」は“痕跡”、「3th カインド」は“遭遇”ということで、その次の段階が「4th カインド」なのである。

 とくればこれは“第3種接近遭遇”の次の段階ということで、わかる人にはわかると思うのだが、「未知との遭遇」のような完全にUFOのことであり、“遭遇”の次に来るのは残念ながら“拉致”という設定になっているのだ。

 場所はアラスカのノームという街で、主人公は女性心理学者のタイラー博士。このノームという街では失踪者や謎めいた殺人事件が発生しており、主人公の旦那も自宅で就寝中に、しかもタイラー博士の隣で殺害されている。

 それで主人公のタイラー博士は、不眠患者に逆行睡眠をかけて、なぜ眠れないのか、何が起こったのかを探ろうとするのだが、逆行睡眠をかけられた患者は思い出してはいけないことを思い出したせいか、狂気に駆られて家族を殺して自殺したり、ベッドの上に浮き上がり意味不明の言葉を叫んだ後、頚椎を損傷して植物人間になったりしてしまう。

 挙句の果てにはタイラー博士の娘も拉致されるし、その娘を探すために博士自身も逆行睡眠をかけてもらうのだが、彼女の身にも悲劇が起きるのである。

 主演は「バイオハザード」シリーズで有名なミラ・ジョヴォヴィッチで、出産後の復帰作第1弾しかも全体のナレーション役というか進行役も担当している。
 また途中で主人公のタイラー博士に監督自らがインタビューしたり、映画版と実写版が並行して映写される点がよりいっそう真実味を醸し出すことに貢献している。

 映画では実際にあった事件をもとに構成されているといっているのだが、果たしてどこからどこまでが真実なのか、あるいは虚構なのか、ちょっと簡単には判断できない。

 実写版とはいいながらもタイラー博士は別として、被害にあった患者をそのまま顔出しにしていいのか、よく遺族の方が同意したなあと思うし、65時間に及ぶ記録映像のうち実際に映画で使用されたのはトータルで30分も満たないだろう。
 しかも肝心なところになると、決まって必ずビデオ画像が乱れて不明瞭な映像になってしまうのである。呪われたビデオではないのだから、そう都合よく乱れないでほしいと思ってしまう。

 また、患者が放った意味不明の言葉が古代シュメール語であり、シュメール文明には宇宙船や宇宙服らしきものが発掘されるという裏づけには正直言ってがっかりしてしまった。確かにマヤ文明のピラミッドは宇宙人が協力したとか、宇宙船のようなオーパーツが発見されたとか、まことしやかな話は喧伝されているものの、冷静に考えるとそれらは雑誌「ムー」の特集のようになってくるのである。

 別に宇宙人だからといってシュメール語で話をしなくてもいいはずで、高度な文明を持っているのなら、現代英語でも使用できるはずである。人間でもイヌ語やネコ語の翻訳機を例えおもちゃでも開発したのだから、宇宙人がそれくらいはできないはずはないのである。

 一方で、実際にアラスカ周辺では行方不明者や超常現象が頻発しており、FBIも1960年代から200回以上捜査に赴いているという。また1986年11月17日、パリ発東京行き日航ジャンボ機JL1628貨物便が、アラスカ上空で巨大母船型UFOと遭遇して新聞記事にもなった。この空域では、いわゆる未確認飛行物体という本来の意味でのUFOとの遭遇は珍しくないようだ。

 というわけで最終的な話の落とし所は、“信じるか信じないかはあなた次第”という結果に落ち着くのである。

 ただ、いかにもありそうな話として持っていくあたりは、さすがアメリカ映画だと思うし、実写版のほうが妙にリアリティがあり、怖かったと思うのは私一人ではないはずだ。

 しかし本当にアメリカ人はこの手の話が好きな国民だと思う。自らのアイデンティティというか、存在意義を常に問い続けていかないといけない国民ではないだろうか。

 イギリスと独立戦争で戦い、西部開拓時代は先住民と戦い、白人と黒人が人権闘争し、1960年代以降は東南アジアやアラブ民族と戦っている。その間には日本とも戦った。

 そうやって国威を高揚し、様々な人種がアメリカ人として一つにまとまり、自らの存在意義を確かめるのであろう。

 数多くの映画では幾多のエイリアンと戦うアメリカ人だが、あくまでも映画の中だけに留めておいてほしいものだし、それが実際の仮想敵国として一人歩きをしないように現実と空想をはっきりと区別してほしいものである。

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