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2010年5月

2010年5月30日 (日)

フールズ・ゴールド

 先日、家のCDラックの中を整理していたら1枚のCDが出てきた。そしてそのCDの帯にはこう書かれていた。“イーグルスのメンバー他をプロデューサーに迎えて制作された、カントリー・ロックの名作。美しいコーラス・ワークが見事。”(1976年発表)

 自分はそのようなCDを購入した記憶はないのだが、きちんと帯や歌詞カードまで保存されているということは、人からもらったり中古品ではなく、店頭で購入したものなのであろう。アルバムの中にある解説には1995年とあるので、95年以降に購入したものであろう。いずれにしても約15年くらい前の出来事についてはもう記憶に残っていないということであろう。痴呆も現実味を帯びてきたようだ。

 アルバムのカバー写真とバンド名を見て、うっすらと記憶に残っている事は、ロックというよりはAORに近い音であったことと、ソフトなサウンドで聞きやすかったということである。それ以外のことについてはあまり覚えていなかった。逆にいうと、そういうアルバムなのであろう。Photo

 メンバーは4人で、そのうちのトム・ケリーとデニー・ヘンソンが中心となって結成されたものらしい。彼らは1976年にデビューしているが、あの故ダン・フォーゲルバーグと深い関係があって、彼のバックで演奏したり、同じレーベルに所属もしていたらしい。だからデビュー・アルバムにもダンの曲や彼との共作が3曲収められている。

 基本的にはダン・フォーゲルバーグにカントリーのフレイバーとAORのスパイスをふりかけたようなサウンドである。だから聞いていて、何となくホッとしてしまうし、安らぐ気持ちがする。だから疲れたときや心がすさんだときにはうってつけの楽曲集なのである。

 ただこのデビュー・アルバムについては、やはり所属レーベル会社の強力なプッシュがあったらしく、プロデューサーにグリン・ジョンズやグレン・フライ、ジョー・ウォルシュなどが名を連ねていて、ロンドンとロサンジェルスで制作されている。

 もちろんグレン・フライやジョー・ウォルシュはプロデュースだけでなく、バックでギターやマンドリンを演奏しているし、同じイーグルスのドン・フェルダーまでも参加している。またストリングスのアレンジは、かの有名なジミー・ハスケルが担当している。だからかなり力を入れて制作したことがわかる。

 1曲目の"Coming out of Hiding"は、カントリー・フレイバー溢れる軽快なロックで、2曲目の"Rain, Oh, Rain"ではスティール・ギターやピアノがフィーチャーされていて、初期のイーグルスっぽい音を聞くことができる。

 3曲目以降も同様の曲が続くのだが、惜しい事に、例えばイーグルスの"Take It Easy"のような目玉になる曲がない。もしこのアルバムにそれに近い曲があったなら、このグループはもっとビッグになったに違いないし、人々の記憶に残ったに違いない。それがつくづく残念なのである。

 それに曲がすすむにつれて、だんだんロック色が薄まっていくのも気になった。よく考えたらこのアルバムは、ロンドンとロサンジェルスで制作されているということは、それぞれプロデューサーがいたということであり、それがアルバムの統一感を損ねる結果になったのではないだろうか。(ロンドンではグリン・ジョンズが担当したらしい)

 イーグルスのデビュー盤はすべてロンドン録音で、プロデューサーも同じグリン・ジョンズだったが、こちらは1人でプロデュースしている。
 もしこのアルバムも、ひとりのプロデューサーだけで録音していたなら、もっと違う音になったと思うのである。

 彼らは1977年にはセカンド・アルバム「ミスター・ラッキー」を発表したのだが、結果的にはアンラッキーになったようで、このアルバムも売れず、翌年には解散してしまった。

 そして中心人物の一人だったトム・ケリーは、80年代に入って、その才能を開花させた。彼はマドンナの"Like a Virgin"、シンディ・ローパーの"True Colors"、バングルスの"In Your Room"、ハートの"Alone"、そのほかホイットニー・ヒューストン、パット・ベネターなどの楽曲を提供していて、当時を代表するヒット・メイカーになっている。

 だからこのアルバムに収められている彼の曲も一定の水準以上の出来栄えだ。ただアルバムの統一感の無さや、ヒット・シングルがなかったために、目立つことは無かった。
 ひょっとしたら、プッシュしたのに売れなかったので、所属会社もそんなに彼らを宣伝しなかったのかもしれない。事実、1stアルバム発表後にはコロンビア・レコードに移籍しているし、そういった面でも充分な援助を受けられなかったのであろう。

 70年代のカントリー・ロックに足跡をとどめることはできなかったものの、その楽曲水準の高さには一定の評価が与えられるバンド、それがフールズ・ゴールドだったように思えるのだった。

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2010年5月26日 (水)

マナサス

 “マナサス”とは1861年に始まったアメリカ南北戦争の激戦地の名前である。この街はバージニア州にあり、北軍と南軍の最初の大規模な会戦地で、両軍合わせて5000名近くの死傷者が出たそうである。この戦いで南軍が勝って勢いづき、戦闘地域が拡大していき、結果的に4年もの長きに渡るようになった。

 そういう歴史的な事柄はともかく、この地名をバンド名にした人がいた。その人の名は、スティーヴン・スティルス、かの有名なバッファロー・スプリングフィールドやクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングなどのオリジナル・メンバーであり、いまだに現役で活躍中のアメリカン・ロックを代表するミュージシャンである。

 彼は1971年にクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングが解散した後、元バーズでフライング・ブリト・ブラザーズのメンバーだったクリス・ヒルマンやアル・パーキンスとともに1972年にアルバムを発表した。それが「スティーヴン・スティルス/マナサス」だった。

マナサス Music マナサス

アーティスト:スティーブン・スティルス
販売元:イーストウエスト・ジャパン
発売日:1998/05/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 一般的にはスティルスが中心となったバンドで、実質彼のバック・バンドと一緒に作ったアルバムだなどといわれているが、確かにリーダーはスティルスだったのだろうが、実際はクリス・ヒルマンのカントリー趣味やアル・パーキンスのスティール・ギターもフィーチャーされていて、アメリカン・ミュージックの集大成といった趣があるバンドであった。

 何しろオリジナルのレコードでは2枚組全21曲というボリュームであり、sideAからsideDまで、“わたりがらす”、“荒野”、“コンシダー”、“この世はロックン・ロール”というサブ・タイトルまで付けられていた。何という力作、何という力の入れようだろうか。

 とにかくこのアルバムは、ザ・バーズのようなフォーク・ロック、フライング・ブリト・ブラザーズのようなカントリー・ロック、ソロ・アルバムでも見られたR&Rやアコースティックな曲、はたまたラテン・ミュージックまでメンバーの音楽観や力量が十二分に詰め込まれ、発揮されたものだった。

 最初このアルバムを聞いたときは、その素晴らしさがよくわからなかった。今になってみてあらためてこのアルバムの素晴らしさを再認識させられた。
 よくわからなかった理由は、種々雑多な音楽(と自分には聞こえた)に対して正しい評価が下せなかったからだろう。

 sideAの“わたりがらす”ではスティルスを中心としたR&RやR&Bを聞くことができるし、sideBの“荒野”では、いきなりフィドルの音が飛び出してきて文字通りC&Wのような曲から始まる。何しろ曲名からして"Fallen Eagle"なのである。続いて"Jesus Gave Love Away For Free"ではスティ-ル・ギターやピアノが心地よい響きを奏でているし、"Colorado"はこのアルバムで最重要な曲の1つであろう。伸び伸びとスティルスが歌っている。

 “コンシダー”と名づけられたsideCではポップでアコースティックな彼らの一面をうかがうことができるし、sideDでは文字通りロックしている音を楽しむことができる。特に"The Treasure(Take One)"でのスティルスとアル・パーキンスのギターの掛け合いは見事である。
 それぞれのサイドで大体の方向性を決めてアルバムの構成を決めたようで、現在流通しているCDでは1枚で4通りの彼らの姿を知ることができるから本当に便利である。生きててよかったと思ってしまう。

 とにかくこのアルバムは大作であり、スティルスを中心とした彼らの存在感が再認識されるきっかけにもなったアルバムだったし、またチャート的にも全米4位と大健闘していて、彼らの音楽が多くの人たちに支持されたことを物語っていた。

 そしてこの種々雑多な音楽を1枚のアルバムにまとめたのが、翌年発表された2ndアルバム「ダウン・ザ・ロード」だった。Photo
 1曲目"Isn't It About Time"ではスティルスとゲストのジョー・ウォルシュの豪快なギターを聞くことができる。
 このアルバムも1作目に劣らず、1曲目、2曲目とノリのよい曲が続く。そして3曲目では急にスペイン語で歌わるラテン・ミュージックになり、4曲目の"So Many Times"ではマンドリンが哀愁を奏で、5曲目ではスティルス流ロックン・ロールが流れるのである。

 以下、フライング・ブリット・ブラザーズのようなカントリー・ロックの"Do You Remember the Americans"やストーンズの"Let's Spend the Night Together"のイントロやリフをパクッた"City Junkies"、これまたラテン趣味の横溢した"Guaguanco De Vero"、ジョー・ウォルシュのスライド・ギターが目立つ"Rollin' My Soul"など充実した曲が並んでいる。

 自分はこの2ndも大好きなのだが、1stと似たような音楽性がファンから飽きられたのだろうか。チャート的には26位とまずまずだったのだが、スティルスのエゴについて来れなくなったのか、ヒルマンやパーキンスが脱退してサウザー・ヒルマン・ヒューレイ・バンドを結成するなど、このアルバムの発表された年の終わりにはマナサスは解散してしまった。

 スティルスはまだこのとき28歳、テキサス州生まれだが、パナマやコスタリカで少年時代を過ごしたこともあり、感性の鋭い時期にロックン・ロールだけでなく、サルサやカリプソも聴いていたそうである。だから彼の音楽にはそういう幅広さや柔軟性が宿っているのだろう。

 ザ・バンドがカナダ人から見たアメリカの音楽を客観的に描いたのに対して、このマナサスはアメリカ人によるアメリカ音楽の対象化だったと思うのである。それはアメリカのルーツ・ミュージックだけでなく、スティーヴン・スティルス自身のルーツを追い求めた音楽性だったのだろう。

 ザ・バンドは、アメリカのルーツ・ミュージックを求めて、何枚も素晴らしいアルバムを残したが、マナサスは2枚で終わってしまった。それは音楽に対する距離感の違いからくるものであり、あまりにも身近にあると、自分の経験や感情、エゴイズムなどが邪魔をして充分な対象化ができなくなるのではないかと思っている。
 でも自分はそんなマナサスが好きなのであった。

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2010年5月23日 (日)

映画トリック3

 今日は一日雨だった。もう入梅したのではないかと思えるような雨だった。こんなときは家にいてもつまらないので、映画でも見に行こうと思った。雨が降っているから出かける人も少なくて、映画館もすいているだろうと思ったからだった。

 それでとりあえず「トリック3」を見に行った。トリック・シリーズはDVDも持っているし、TVでも欠かさず見ていたからで、阿部寛の怪演と仲間由紀恵のコミカルな演技を今回も期待していた。

 テレビでこのシリーズが始まって10年目ということで、今回は10周年記念ということらしい。内容的には“霊能力者バトルロイヤル”という副題からもわかるように、複数名の霊能力者が集まって、お互いに霊能力を競い合う中で、村の新しい霊媒者として統治する人をその中から選ぶというものであった。

トリック(3) [DVD] トリック[DVD]

販売元:パイオニアLDC
発売日:2000/12/08
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 監督は堤 幸彦で、あいかわらずのパロディとオマージュに満ちた演出や演技を心がけていた。たとえば劇中に松平健演ずる鈴木玲一郎が唱える呪文は“バンサンケツマ”であるが、これは見てわかるように“マツケンサンバ”を逆に言ったものである。そして彼が乗る馬は白馬であり、これは誰がみても“暴れん坊将軍”のパロディということがわかると思う。

 また上田教授の新刊「IQ200」は、現在ベストセラー中の村上春樹の小説「1Q84」をもじっているのであろう。
 さらに「千と千尋の神隠し」の中に出てくる「カオナシ」や“プリンセス・テンコー”のパロディなども登場するし、見ていて飽きないのは相変わらずである。

 さらにはホラー映画「リング」に出てくる貞子の原型となった「御船千鶴子」と「福来友吉」にもオマージュが捧げられている。こういうパロディやオマージュは、よく見ればもっとたくさんあるのかもしれない。

 この映画のプロモーションのためにTVでは毎週金曜日の深夜に「警部補矢部謙三」がシリーズで、また「トリック新作スペシャル2」の放映もあった。
 そのせいか公開から2日間で、27万人以上の人が映画館に足を運び、3億6千万円以上の興行収入があったらしい。

 やはり安心してみていられるというのは、ありがたいことである。ほぼ同じメンバーで構成され、勧善懲悪?というわけではないのだが、今までのものと同じようなストーリーが展開されることは、余計な心配をしなくて見ることができる。
 そしてその中で、上田教授と山田奈緒子の今後の展開はどうなるのか、彼らを取り巻く人たちはどういう活躍をするのか、またどんな演出で笑いを取ってくれるのか、興味は尽きない。

 この映画ではTVのトリック・シーズン1に出てくる菅井きん演ずる教祖様との関係や山田奈緒子の霊能力に言及する箇所が出てくるが、シリーズをずっと見ている人にとっては、そういうトリヴィアみたいなこともまた興味をかきたてられるのである。

 今回も主題歌は鬼束ちひろが歌っているのかと思ったら、違っていた。今回は熊谷育美という人の歌う「月恋歌」が主題歌になっている。でも鬼束の曲調とよく似ていた。この曲はTVの「新作スペシャル2」の主題歌にもなっていた。これも映画とのタイアップのためだろう。

月恋歌「劇場版TRICK霊能力者バトルロイヤル」主題歌 Music 月恋歌「劇場版TRICK霊能力者バトルロイヤル」主題歌

アーティスト:熊谷育美
販売元:テイチクエンタテインメント
発売日:2010/05/05
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 というわけで、「トリック」シリーズのファンなら大いに楽しめるだろうし、ファンならずとも面白くて時間を忘れることのできる映画だと思った。
 この映画が大ヒットして、できればこのシリーズをTVのゴールデンで新しく始めてほしいものである。

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2010年5月22日 (土)

ファイアーフォール

 フライング・ブリト・ブラザーズのグラム・パーソンズが脱退したあとに加入したのがリック・ロバーツだった。
 
 リックは、フライング・ブリト・ブラザーズが解散状態になったあと、1973年の半ばにグラム・パーソンズのバック・バンドのギタリスト、ジョック・バートレーと新しいグループの構想を練り始めた。
 そしてリックとジョック、ギタリストのラリー・バーネット、ベーシストのマーク・アンデスと新しいメンバーも決まり、最後にドラマーには元フライング・ブリト・ブラザーズのマイク・クラークが決定した。こうして新しいグループ、ファイアーフォールが誕生したのである。

 グループ名の由来は、カリフォルニア州にあるヨセミテ公園の中にある渓谷で行われる観光客用のお祭りからとられたものである。渓谷の崖の淵に薪を高く積んでそれに火をつけて燃やし、下に向かって落とすものであるが、その様子が燃え盛る滝のように見えるところからファイヤーフォールと呼ばれるようになったそうだ。

 中心となったミュージシャンは、リックとジョックだったのだが、実際に曲つくりなどでリーダーシップを発揮したのは、リック・ロバーツとラリー・バーネットだった。ラリーはこの中ではたぶん一番名前が知られていなかったミュージシャンだった。何しろこのバンドに加入する前はタクシー運転手をしながら音楽活動を行っていたというくらいだった。

 1stアルバムは1976年に発表され、これが全米アルバム・チャートの28位まで上昇した。これはシングル"Livin' Ain't Livin'"、"It Doesn't Matter"がヒットしたからで、後者はスティーヴン・スティルスが1972年にソロ・シングルとして小ヒットさせているが、もともとはスティーヴンとクリス・ヒルマン、リック・ロバーツの3人によるものであった。
 ちなみにこのアルバムの録音中にサックス、キーボードを担当する6人目のメンバー、デヴィッド・ミューズが加入している。

 彼らの一番売れたアルバムは、3枚目の「エラン」であった。このアルバムは1978年の秋に発表され、79年初頭には100万枚を超えるヒット作品になり、プラチナ・アルバムに認定されている。

Elan Music Elan

アーティスト:Firefall
販売元:Collectables
発売日:2002/09/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 このアルバムからは""Strange Way"、"Sweet and Sour"、"Goodbye, I Love You"と立て続けにヒット曲が生まれている。そのおかげでアルバムもヒットしたのだろう。

 自分は輸入盤でこのアルバムを購入したのだが、このアルバムの音を聞いて彼らをカントリー・ロックに分類することには抵抗を感じる。むしろ当時のイーグルスとカラパナの中間に位置するバンドと考えた方が適切だと思う。

 ロックしている曲もあるのだが、シングル曲だけを聞くと、まるでAORである。コーラスは美しく、メインのサビはメロディアスである。またストリングスも使用されていて、プロデュースにはトム・ダウドも関わっているのだが、アグレッシヴさはまるで聞こえてこない。当時の売れる要素を備えている曲は、こういうものですよ、といいたげな感じである。

 特に"Sweet and Sour"はC,S&Nが歌ってもおかしくない曲だし、一瞬カラパナを連想させる"Goodbye, I Love You"は確かに佳曲ではあるが、サックスの響きが強すぎる気がする。
 ラリー・バーネットの"Get You Back"とリック・ロバーツの"Winds of Change"がロック・バンドを意識させる曲になっていて、こういうハードな曲もできるのが彼らの強みだったのかもしれない。またCDではボーナス・トラックとして"Sharpshootin' at the Senator"というのが収められているが、この曲もハード・ロッキンしていてなかなかの出来である。概してラリーの書く曲の方がハードな印象が強い。

 自分はもう1枚、彼らのベスト・アルバムを持っている。これは1992年にアメリカのライノから出されたものをそのまま日本でCD化されたもので、歌詞と英文の解説の訳がついている。

Greatest Hits Music Greatest Hits

アーティスト:Firefall
販売元:Rhino Atlantic
発売日:2007/08/21
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 彼らの1stから年代順に編集されているので、彼らの変遷をたどるのには最適のアルバムだといえる。ただ変遷といっても、最初から彼らのサウンドは完成されていたので、歩みの確認といった方が適している。

 最初の曲"Livin' Ain't Livin'"からAOR風味のテイストを味わうことができる。中には"Mexico"や"So Long"のようにギターが目立つ曲もあるのだが、全体としてはやはりマイルドな感じなのである。

 全18曲だが、リック・ロバーツは1981年にバンドを脱退したために、終わりの5曲には彼は加わっていない。結局、ジョック・バートレーだけがこのバンドに残り、他のメンバーは次々と交代していった。また最後の曲"Run Run Away"はこのアルバムのために準備された新曲だった。意外とアコースティックでさわやかなコーラスの目立つ曲である。ただインパクトには欠けると思う。

 現在でも彼らは、オリジナル・メンバーに近い形でコロラド州周辺で活動中とのことである。2007年にはビートルズのトリビュート・アルバムを発表しているし、翌年にはリユニオン・コンサートを行っている。
 ただリック・ロバーツは会場には顔を見せたものの、健康上の理由で演奏には参加していない。そして元ドラマーだったマイク・クラークは肝臓病で1993年に亡くなってしまった。

 彼らのベスト・オブ・タイムズは、1976年から80年までと短期間だった。ちょうどAORの流行期だったためか、彼らもその一派と見られてしまいがちなのだが、バンド自体は3人のギタリストとサックス、フルートのブラス担当もいて、よく聞くと、幅広い音楽性を内包していたバンドだったと思う。

 ただ彼らがイーグルスやポコになれなかったのは、カントリー・フレイバーを忘れてしまって、時代の流れである美しい装飾に絡めとられてしまった結果ではないかと思っている。
 もう少しカントリー寄り、それこそカントリー・ロックに歩み寄っていったなら、まだまだ活動期間は長かったのではないだろうか。

 それはカントリー・ミュージックが多くのアメリカ人(特に西部地域の白人)にとって、心の故郷のようなものだからである。イーグルスもロックに、ハードに走りすぎてしまって、結局解散してしまった。
 だから白人系アメリカ人には、意識するしないは別として、心のどこかでそういう郷愁のようなカントリー・ロックを欲しているような気がしてならないのである。

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2010年5月19日 (水)

追悼;ロニー・ジェイムズ・ディオ

 ロニー・ジェイムス・ディオが亡くなっていた。亡くなったのは5月16日というから4日ほど前の出来事だった。原因は胃癌ということだった。
 昨年の11月に早期の胃がんということで、治療に専念するという声明を出したばかりで、約半年で亡くなったということは、早期の癌というよりは進行が早い癌だったということになる。

 本当に残念である。享年67歳だった。

 自分は実は今日の夕方にこの事実をインターネットで知った。このブログ用に“オジー・オズボーン”の事を書こうと思い、調べていたら、何とオジーがロニー・ジェイムス・ディオに弔辞を発表したという記事に目がいったのである。
 唖然としながらも、その記事を読み、さらに“元レインボーのギタリスト、リッチー・ブラックモアは、「ロニーはユニークで素晴らしい声を持っていた。ロックンロールの世界は彼の死を深い悲しみをもって惜しむことになるだろう」とのコメントを発表”という記事を読んで、彼の死を認めざるを得なかった。

 職場の知り合いに聞くと、新聞に載っていたよ、と軽く言われてしまった。そうか、自分は貧乏だから新聞は職場で読むのだが、最近は忙しくて、そんな暇はなかったのだ。だから彼の死を知らなかった。普段はブログなどを書いていながら、実は世間の流れには全くついていっていないのである。

 自分がロニーを知ったのは、リッチー・ブラックモアがレインボーを結成したときだった。結成したというよりは、リッチーがロニーのいたバンド、エルフを吸収合併したといったほうが正確であろう。
 リッチーはロニーのボーカルのみを欲していて、他のメンバーはどうでもよかったのだ。だから1stアルバム発表後に、ロニー以外のメンバーをすべて首にしたのだった。

 ロニーがレインボーに在籍したときのベスト・アルバムは、やはりセカンド・アルバムの「虹を翔る覇者」のサイドBであり、一番コンパクトにまとまっているのは1978年に発表された「バビロンの城門」である。

虹を翔る覇者 Music 虹を翔る覇者

アーティスト:ブラックモアズ・レインボー
販売元:USMジャパン
発売日:2006/08/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 「虹を翔る覇者」の裏面、つまり"Stargazer"と"A Light in the Black"はそれぞれ8分を越える大作であり、いま聞いても充分聞き応えのある名曲だと思う。中世のクラシックとハード・ロックが融合して生まれた曲である。スリリングでスピーディ、そして気品も感じられる。この頃のリッチーとロニー、そしてドラマーのコージー・パウエルの3人のチームワークはハード・ロックの進歩に大きく貢献するものであった。だから何度聞いても感銘を受けるのである。

 続く「バビロンの城門」はキャッチーでコマーシャル過ぎるという批判はあったものの、"Kill the King"などの疾走感は何ものにも代えがたいものがあった。そしてロニーのボーカルは思いっきりシャウトされ、リッチーのギターやコージーのドラムの音に負けないパワフルさにファンは圧倒されたものだった。

バビロンの城門 Music バビロンの城門

アーティスト:レインボー
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2006/08/30
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 自分はあまりハード・ロックやヘヴィ・メタルには詳しくないので、レインボー脱退後のロニーについてはあまり詳しく知らない。しかし彼のボーカルは当時もいまも、多くのミュージシャンやファンが待ち望んでいるものであった。だからオジーが抜けたブラック・サバスにも参加したのであろう。

 現在のハード・ロックやヘヴィ・メタルの礎を築いたボーカリストがロニー・ジェイムス・ディオであり、彼の存在はメタル界に欠かせないものであった。
 小柄な体格だったが、いったんパフォーマンスを始めると誰もマネのできない存在感を示していた。

 本当にいい人を亡くしたものだ。もう67歳になっていたとは思わなかったし、それでもまだツアーを続けようとしていたのだから、その意欲は全く衰えていなかったのだ。今夜はそんな彼に敬意を表しながら、彼の歌声に耳を傾けることにしよう。“Long Live Rock'n'roll!”

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2010年5月18日 (火)

エミルー・ハリス

 なぜかよくわからないのだが、自分はエミルー・ハリスのアルバムを2枚も持っている。しかも2枚ともベスト・アルバムなのだ。
 普通ベスト・アルバムは1枚あれば充分なのだが、なぜ2枚も持っているのだろうか。

 1枚のアルバムは80年代に編集されたベスト・アルバムであり、もう1枚は1994年に編集、制作されたものらしい。しかし、ビートルズやストーンズでもあるまいし、エミルー・ハリスのベスト盤は、普通は2枚も要らないと思うのである。

 「プロフィールⅡ」というタイトルが付けられたアルバムは全11曲で、"Blue Kentucky Girl"で始まり、"Tennessee Waltz"で終わるという、まさに定番といわれる内容である。また"Save the Last Dance for Me"というポピュラー・ミュージックのスタンダード・ナンバーもある。

Profile, Vol. 2: The Best of Emmylou Harris Music Profile, Vol. 2: The Best of Emmylou Harris

アーティスト:Emmylou Harris
販売元:Wea
発売日:1987/06/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 一方で、"Born to Run"という曲もあったので、これはてっきりスプリングスティーンのカバーかと思ったのだが、全く違っていた。完全なカントリー・ソングであった。

 彼女は1947年生まれのはずだから、このアルバムに収められている楽曲は彼女の30歳代の頃のものと思われる。だからというわけでもないだろうが、ベスト盤にふさわしい躍動感や叙情性が湛えられているようだ。

 ひょっとしたら自分はこのアルバムに収められている"Tennessee Waltz"を聞きたくて購入したのかもしれないのだが、そういう超有名曲もいいのだが、それ以外にも"Wayfaring Stranger"や"Someone Like You"のようなバラードがいい。グッと心に響いてくる感じだ。こういうのを聞いていると、ラップやヒップ・ホップ全盛のアメリカで、なぜカントリー・ミュージックが衰退しないのかがよくわかる。

 確かにカントリー・バラードは心のふるさとという気がしてならない。外国人の自分でもそう思えるのだから、母国アメリカの人たちには子守唄のようなものではないだろうか。

 あるいは彼女の歌う曲は、ソフィストケートされたカントリー・ミュージックかもしれない。ひょっとしたら正統派カントリーとは違うのかもしれないのだが、それでも聞いてて気持ちよくなるのは間違いない。それにそういう些細なことについては自分は門外漢だから、どうでもいいことなのである。

 それにこのアルバムはテンポのよい曲とバラード系の曲がほぼ交互に配列されていて、全体を通して聞いても心地よいのである。

 一方で、「ソングス・オブ・ザ・ウエスト」と名づけられたベスト盤は、1994年に発表されたものだが、その内容については、ほとんどが70年代後半の楽曲で占められていて、最後の2曲だけが1991年のライブ盤から収録されたものである。
 しかもベスト盤といいながらたった10曲しか収められていない。普通ベスト盤といえば20曲近くあるはずで、これはどう考えてもアルバム発表の契約を消化するためのものか、レコード会社の意図が込められた企画ものという性格だと思う。Photo_2

 ただ内容的には「プロフィールⅡ」がカントリーのスタンダード中心だったのに対して、こちらは、どちらかというとカントリー・ロックの領域に近いものになっている。
 バックで支えるミュージシャンも豪華で、ギターにはジェイムス・バートンやクラプトンとも共演したことのあるアルバート・リー、コーラスにはドリー・パートンにリンダ・ロンシュタット、ウィリー・ネルソンと一流どころが顔をそろえている。

 このアルバムの聞き所は、アルバム後半の6曲目からの"One Paper Kid"、"Rose of Cimarron"、"Spanish is a Loving Tongue"だと思っている。
 "One Paper Kid"は非常にシンプルで静かな演奏をバックに、ウィリー・ネルソンとデュエットしている曲で、これがまた泣かせてくれるほど渋くてイイのだ。

 "Rose of Cimarron"はカントリー・ロック・バンド、ポコの名曲のカバーで、原曲がいいせいか、彼女の歌うこの曲も何度聞いてもいい曲に仕上がっている。彼女の艶のある伸びやかな歌声がなかなか耳から離れない。

 "Spanish is a Loving Tongue"は邦題を“スペイン語は愛の言葉”といい、アメリカのトラディショナル・ソングらしい。自分はこの曲をきっかけにスペイン語を勉強しようとしたのだが、当然ながらすぐに挫折してしまった。しかしこの曲は、聞く人をそういう気にさせるような不思議な魅力を持っている気がしてならない。

 また"The Sweetheart of the Rodeo"という曲もあり、これはあのザ・バーズの名作「ロデオの恋人」のオリジナル・タイトルである。このアルバムにはグラム・パーソンズの影響力が強かったといわれているが、彼女はそういうことも意識して、この曲を歌ったのだろうか。ちなみに彼女がグラム・パーソンズと出会ったときは一児のシングル・マザーだった。

 そして60歳を越えた今でもエミルー・ハリスは、積極的にツアーやアルバム制作に精を出している。最近では元ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーと一緒にアルバムを出したり、ライブ活動を行っていて、その模様を収めたDVDも発売されているようだ。

 というわけで、自分は2枚彼女のベスト盤を持っているが、性格の異なるアルバムだったおかげで、彼女の違う面を知ることができてよかったと思っている。しかしなぜ2枚も持っているのか未だにその理由がはっきりとしない。ただ21曲の彼女の歌が残るのみである。

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2010年5月14日 (金)

グラム・パーソンズ

 フライング・ブリト・ブラザーズを脱退したグラム・パーソンズは、ソロ活動を始めて、1973年には1stソロ・アルバム「GP」を発表した。

GP Music GP

アーティスト:グラム・パーソンズ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 当然のことながら、このアルバムもカントリーとロックを融合した作品である。1曲目や2曲目を聞くと、バンジョーやフィドル、スティール・ギターを使用していて、いかにもカントリーという趣きなのだが、3曲目の静かな"A Song for You"は、お酒ではないが、まさに五臓六腑に染み渡るような名曲なのである。

 彼の歌う曲では、どちらかというと静かな曲の方がいい。テンポの早い曲は、まさにカントリー・ミュージックという感じなのだが、スローな曲はのちのAORにも通じるようなロマンティックで、マイルドな雰囲気を湛えている。
 このアルバムでも、"A Song for You"以外にも"She"、"The New Soft Shoe"、"Kiss the Children"などは、なかなか聞かせてくれる佳曲だと思う。
 
 一方で"Cry One More Time"はカントリーよりもロックよりの曲だし、チャック・ベリーやリトル・リチャードなどが歌ってもおかしくない曲に仕上がっている。"Big Mouth Blues"も穏やかなロックン・ロールという感じだ。ちなみに前者はJ.ガイルズ・バンドのピーター・ウルフとセス・ジャストマンが作った曲で、後者はグラム・パーソンズの自作曲である。

 グラム・パーソンズがソロになってからの最初の功績は、歌姫エミルー・ハリスを売り出したことだといわれている。このアルバムでも彼女とデュエットしたり、バック・ボーカルとして歌わせている。彼女は1947年生まれなので、グラムよりは1歳年下だが、同年代といっていいだろう。

 またこのアルバムにはギタリストにエルヴィス・プレスリーと活動したジェームズ・バートンや元ブラインド・フェイスのリック・グレッチが参加していて、特にリック・グレッチは共同プロデューサーとしてもクレジットされている。

 このアルバムは(このアルバムもというべきか?)、残念ながら売れなかった。そしてアルバムが発表された73年の夏には次のアルバム「グリーヴァス・エンジェル」の録音に取り掛かるのだが、アルバム完成直後の9月19日に薬物の過剰摂取が原因で亡くなっている。享年26歳だった。そしてアルバム「グリーヴァス・エンジェル」は彼の死後、1974年の1月に発表されたのである。

グリーヴァス・エンジェル Music グリーヴァス・エンジェル

アーティスト:グラム・パーソンズ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/10/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 このアルバムでは、前作以上にロック寄りになっているし、エミルー・ハリスもさらに熱唱している。またスローな曲が素晴らしいのは前作以上である。
 特に"Hearts on Fire"、"Brass Buttons"、"$1000 Wedding"などは絶品である。ジャンルは全く違うのだが、泉谷しげるのバラードを思い出させるような、そんなイメージである。言葉の壁がなければもっと分かり合えるのにと、つくづく思った。

 さらにライヴで歌われる"Hickory Wind"では息の合ったデュエットを聞くことができるし、"Love Hurts"ではエミルー・ハリスの方が明らかにフィーチャーされている。この曲もまたしっとりと聞かせる曲になっている。

 一説では、2作目の制作中からグラム・パーソンズは飲酒・薬物摂取の悪影響が表れていて、歌うのもやっとという状態だったらしい。またエミルー・ハリスとの関係も悪くなり、心身ともにボロボロの状態だったともいう。だから薬物中毒で亡くなったのも当然の結果だったのかもしれない。結局、彼はモーテルの一室で一人で亡くなったのだが、彼の不幸は、周りにそれを止めてくれる人がいなかったことだろう。

 自分の好みでいえば、「GP」よりも「グリーヴァス・エンジェル」の方が好きである。輸入盤では、2in1CDになっているので、自分はいつも後半から聞いている。それは偉大な才能を認められずにこの世を去っていった無念さや思うように生きられなかった苦悩がスローな曲からにじみ出てくるような気がするからである。

G.P./Grievous Angel Music G.P./Grievous Angel

アーティスト:GRAM PARSONS
販売元:WEA
発売日:1994/11/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 カントリーとはアメリカの民謡であり、市井の人たちの普段の生活を反映したものだと考える。だとすれば、それを電気の力で増幅した音楽、カントリー・ロックは、もっと声高く自分たちの日常を歌う音楽ではないだろうか。

 そのカントリー・ロックを確立した立役者は、志半ばでこの世を去ってしまったが、彼のスロー・バラードの曲には、そんな彼の想いが込められているような気がする。
 そして彼の影響力は、その後に出現した数々のバンドや21世紀の今でも及んでいるのだが、それでも彼の想いは報われてないような気がしてならないのである。

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2010年5月10日 (月)

フライング・ブリト・ブラザーズ

 最近は珍しく昔のCD、というよりは久しく聞いていないCDを引っ張り出して聞いている。具体的にいうなら、自分の苦手なジャンル、パンク・ロックやインディー・バンドなのであるが、その中にはアメリカのカントリー・ロックも含まれるようだ。

 自分はノリのよい音楽、覚えやすいフレーズやメロディを持ったロックなどは好きなのだが、ワン・パターンの音楽は好きでない。だからラモーンズは聞かないのである。彼らの持つ衝動性やエネルギーには興奮するのだが、アルバムを何枚も聞きたいとは思わない。

 そしてカントリー・ロックも、特に70年代のものは、バンジョーやフィドルの音が頭をよぎってしまい、その音楽性を正当に評価できなかった。たぶん先入観によるものであろう。

 その先入観を破ってくれたのが、いわゆるウェスト・コースト・ミュージックだった。たとえばC,S&Nやニール・ヤングであり、イーグルスであった。あるいは以前にも述べたドクター・フック&ザ・メディスン・ショウだったかもしれない。

 そのカントリー・ロックの代表格といえるグループがフライング・ブリット・ブラザーズであった。(以下FBBと略す)
 彼らは1969年に西海岸で結成された。中心人物は元ザ・バーズのグラム・パーソンズとクリス・ヒルマンだった。これにやはり元ザ・バーズのドラマー、マイク・クラークとベース、ピアノ担当のクリス・エサリッジ、ペダル・スティール・ギター担当のスニーキィ・ピートが加わって活動をスタートさせている。

 彼らはカントリー・ロックを中心としながらも、そこにロックン・ロールやR&Bの要素を加えた音楽をやろうとした。だからボブ・ディランやローリング・ストーンズのような大物ミュージシャンから注目を浴びている。 
 その返礼というわけでもないだろうが、彼らは"I Shall be Released"や"Wild Horses"などを録音した。
 
 彼らは1stアルバム「黄金の城」で脚光を浴びたのだが、残念ながら商業的にはさっぱり売れなかった。このアルバムはカントリー・ロックの名盤とされているのだが、自分は持っていない。

The Gilded Palace Of Sin Music The Gilded Palace Of Sin

アーティスト:The Flying Burrito Brothers
販売元:Edsel
発売日:1994/06/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 ただ唯一持っているベスト盤「Farther Along-the best of The Flying Burrito Brothers」には21曲中、このアルバムから9曲収められていて、彼らの代表作というのがわかる。

 特に"Do Right Woman"、"Hot Burrito#1"は名曲である。前者はバックにスティール・ギターが鳴っているバラードだし、後者はあのエルヴィス・コステロもカバーしたほどのFBBを代表する曲だといっていいだろう。

 ちなみに"Hot Burrito#2"という曲もあるのだが、これは#1よりはややアップテンポでリズムのある曲。これはこれでいい曲だと思うが、#1の次にあるのでやはり色あせて聞こえてしまう。

 FBBは1970年にセカンド・アルバム「ブリト・デラックス」を発表したが、クリス・エサリッジが脱退してしまったために、クリス・ヒルマンがベースを担当し、ヒルマンのギター・プレイを新加入のバーニー・レイドンが担当するようになった。バーニーはのちにイーグルス結成に参加したあのバーニーである。

 バーニーが加入したとはいえ、後のイーグルスのようなロック色はまだまだ薄い(とベスト盤からはそう判断される)。
 しかしこのアルバムには、ストーンズも歌ったあの名曲"Wild Horses"が収められている。
 "Wild Horses"はストーンズがFBBに贈った曲で、あまりに出来がよかったので「スティッキー・フィンガーズ」に収録したという経緯があった。そしてグラム・パーソンズは"Honky Tonk Woman"をストーンズのために、"Country Honk"としてアレンジして提供した。

 ストーンズとFBBは早い段階から交流があり、ストーンズの映画「ギミー・シェルター」の中でもあの“オルタモントの悲劇”の場面でFBBの姿を確認できるらしい。

 しかし残念ながら、ストーンズとの交流で悪い習慣も覚えたのかもしれない。グラム・パーソンズは飲酒とドラッグ癖がだんだんと強くなっていき、それが原因でついにサード・アルバム録音途中で脱退(解雇されたという噂も)してしまった。

 彼の代わりにリック・ロバーツが加入するも、今度はスニーキィ・ピートが脱退し、バーニーはイーグルスに参加してしまった。
 こうなると元のFBBの姿はなく、1971年、ついに解散してしまった。その後もスニーキィ・ピートをフィーチャーしてバンド活動は続くものの、もはやオリジナルFBBとは無縁のものといっていいだろう。

 FBBは、カントリー・ミュージックとロック・ミュージックをつなぐ最初の架け橋となったバンドだった。彼らの影響力はその後に続くバンドに多かれ少なかれ影響を与えたといっていいだろう。そういう意味では、アメリカン・ロックの歴史の中で、忘れ難いバンドといっていいと思うのである。Photo

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2010年5月 6日 (木)

デヴィッド・リンドレー

 またまた怪しいDVDの話で恐縮なのだが、今度は2枚組のDVDを購入した。2枚組でも1480円という安さである。しかもプロ・ショットで233分もあるのだから、じゅうぶんお買い得だと思った。

 そのタイトルは「Jackson Browne&David Lindley Remember These Days1974-2006」というものである。
 ディスク1には1974年から78年にかけてのジャクソン・ブラウンのTV出演時のスタジオ・ライヴを収めている。アメリカはシカゴのTV番組やイギリスBBC放送から編集されたもので、"Late for the Sky"、"Farther On"、"Fountain of Sorrow"、"Before the Deluge"、"The Pretender"、"The Fuse"、"Here Come Those Tears Again"、"Running Empty"など彼のファンなら垂涎ものの選曲である。そしてバック・ボーカルには、日本でも有名になったあのローズマリー・バトラーが参加している。

 ディスク1では全22曲で、そのうちダブりの曲は、"The Fuse"、"Rock Me on the Water"の2曲しかない。

 一方、ディスク2は2006年8月19日のアメリカ、フィラデルフィアでのフォーPhotoク・フェスティバルでのコンサート会場での映像で、野外でのアコースティック・ライヴになっている。
 こちらは全16曲で、これもジャクソン・ブラウンの30年以上にわたる彼のキャリアを総括したような選曲になっている。

 2枚のDVDを通しても、共通した曲は、"The Pretender"、"These Days"、"Late for the Sky"、"Running on Empty"の4曲で、トータルでもダブりは計6曲というなかなか考えられた編集盤なのである。

 そしてその中で"Mercury Blues"や"El Rayo-X"を歌っているのがデヴィッド・リンドレーだった。何しろこのDVDのタイトルにもあげられているくらいだから、彼は準主役級という扱いであり、アカデミー賞でいうなら最優秀助演男優賞が与えられるくらいの名演なのである。

 彼は多くのミュージシャンと共演をしている。ウォーレン・ジヴォンやリンダ・ロンシュタット、ライ・クーダーなどの西海岸のミュージシャンだけでなく、ボブ・ディラン、ジェイムス・テイラー、ドリー・パートン、カーティス・メイフィールド、ロッド・ステュワートなど幅広い。
 しかしその中でもやはり一番多く共演し、かつ彼の才能が最大限に発揮されているのがジャクソン・ブラウンとの活動であろう。

 もともと彼はアメリカ、カリフォルニア州生まれで、今年で66歳になる。ジャクソン・ブラウンは今年で62歳になるので、彼より4歳ほど年上だ。
 6歳のときに、隣の部屋の兄がピアノを練習し始め、それをきっかけに音楽の道にのめり込んでいった。

 そしてウクレレからフラメンコ・ギター、バンジョー、フィドルとありとあらゆる弦楽器に手を出して、そのすべてをマスターしている。
 また、18歳から22歳まで、バンジョー&フィドル・コンテストで連続優勝していて、5回目の優勝のときは他の人にも優勝の機会を与えるために、演奏者ではなくて審査員になってくれないかと頼まれたエピソードもあるくらいだ。

 それくらい器用だったのだろう。その後も世界中の弦楽器、シタールやダルシマー、バラライカなども弾きこなすようになった。
 1990年代にはマダカスカル音楽やノルウェー音楽にも手を染めて、アルバムも発表している。まさにワールド・ワイドなストリングス・プレイヤーなのだ。

 そんな彼が1981年に発表したアルバムが「エル・ラヨ-エクス」であった。日本語で“X線”を意味するアルバムなのだが、邦題は「化けもの」という奇妙なタイトルが付いていた。

El Rayo-X Music El Rayo-X

アーティスト:David Lindley
販売元:Asylum
発売日:2004/12/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 これは当時の彼周辺でよく使用された日本語らしく、彼の要望でタイトルに付されたという。にわかには信じられない話であるが、アルバムのライナー・ノーツにも書かれているのだからほんとの話なのだろう。もちろん日本語の意味を理解した上での使用だろう。

 口の悪い人は、彼の容貌から付けられたに違いないとよくいうのだが、DVDで見る限りはそんなに怪異な容貌ではない。確かに大きな頭や顔半分を覆い隠すような長髪は、日本の伝統的な幽霊などを思わせるが、顔自体は目鼻立ちはすっきりしているし、逆に美男子の部類に入るだろう。むしろ山○達郎を夜中に見た方がよほど怖いと思うのだが、どうだろうか。

 そんな事はどうでもいいのだが、この「エル・ラヨ-エクス」は、なかなかの好盤である。カリプソとレゲエをミックスさせた陽気なリズムの曲"She Took Off My Romeos"から始まり、S&Gもジョージ・ハリソンも歌った"Bye Bye Love"はレゲエ調にアレンジされ、スライド・ギターが炸裂するアップテンポのロックン・ロール"Mercury Blues"と最初の3曲を聴いただけで、このアルバムが大好きになってしまった。

 基本的にこのアルバムは、レゲエ、カリプソ風味のロック・ミュージックになっていて、そう考えるとライ・クーダーの感覚に近くなってくる。かなりマイナーなライ・クーダーといったところだろうか。
 また最後の曲"Pay the Man"では南米のケーナのような笛が使用されていて、なかなか印象的だ。もちろんこれもデヴィッドが吹いているのだが、ちなみにドラムは全曲にわたって、あのイアン・ウォーレスが叩いている。

 だからこのアルバムは、これからの季節に聞くとピッタリだと思う。何も考えずにボーっと青い空に浮かぶ白い雲を眺めながら聞くには最適なのである。

 しかし2006年のデヴィッド・リンドレーは、かなり変わったなあと思った。ジャクPhotoソン・ブラウンは好青年がそのまま年をとったような印象なのだが、デヴィッドの場合は、顔のサイズも、体つきも大きくなったようだ。
 しかしそのスティール・ギターの響きは、相変わらず冴え渡っていた。またダルシマーなど、通常のロック・コンサートではまずお目にかかれない楽器を使用しての演奏も見事だった。
 
 ディスク1でのTV放映時でもそうだったが、ディスク2でもMCでジャクソン・ブラウンとデヴィッド・リンドレーの両名の名前が紹介されて、演奏が始まった。

 確かにメインはジャクソン・ブラウンで、聴衆もそれを期待しているのであろうが、実際は両名ともイーヴンな関係なのだろう。特に2006年のコンサートではアコースティック・ライヴということもあり、2人だけで椅子を並べて演奏していた姿は印象的だった。歌はジャクソン・ブラウンが歌い、前奏や間奏のリードの部分はデヴィッド・リンドレーが演奏するという形式でコンサートは進行している。

 そして彼が歌うのは"Mercury Blues""El Rayo-X"の2曲だけなのだが、彼の特徴でもある甲高いボーカルが忘れられない。たった2曲でもジャクソン・ブラウンと渡り合えるところがデヴィッドの凄いところであり、その才能の偉大さをして、周囲の人は彼に“化けもの”などという名称を与えたのかもしれない。

 だからこれは決して彼を蔑んでのことではなく、名誉の称号に違いないと思うのである。これからもこの称号にふさわしいライブやアルバム発表を行ってほしいと願っている。

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2010年5月 3日 (月)

深紫の映像

 前回に引き続き、怪しいDVD秘蔵映像の話である。今回は1974年第3期のディープ・パープルを中心としたものであるが、実質的に曲として完成しているのは、"Burn"だけである。

 この映像は、1974年5月9日のロンドン、ハマースミス・オデオンでのコンサート映像で、当時のリーズ工科大学の学生が撮影したものらしく、ファンの間では"Leeds Polytechnic Film"と呼ばれているものである。

 画質は荒いものの、カメラ・アングルやズームの寄りなどはかなり技巧的で、まずまずの映像だと思っている。
 "Burn"については、ジョン・ロードやリッチー・ブラックモアのアップなどもあり、特にリッチーのギターについては申し分ない出来だと思う。

 また"You know we had no time、We could not even try~"と歌うところは、ベースを担当していたグレン・ヒューズが歌っていたのでビックリした。しかも金切り声でシャウトしているのも彼だった。

 自分は今までデヴィッド・カヴァーデルがすべての歌詞を歌って、グレン・ヒューズはあくまでもバック・コーラス中心と思っていただけに、意外な発見だった。

 またこのフィルムには、リッチー・ブラックモアのソロも含まれていて、それもまたかなりカッコいいものだった。

 ただ残念だったのは、"Space Truckin'"が途中で切れてインタビューが始まったことと、そのインタビューだが演奏よりも長くて、しかも日本語のキャプションが付いていなかったから、何を言っているのかさっぱりわからない点だった。

 このときのディープ・パープルの映像は、2009年に公式2枚組DVD「ヒストリー、ヒッツ&ハイライツ’68-’76」の中にも収められていて、たぶん公式DVDの方が画質は優れているだろう。

ディープ・パープル:ヒストリー,ヒッツ & ハイライツ’68-’76 ディープ・パープル・アーカイブ・コレクション [DVD] DVD ディープ・パープル:ヒストリー,ヒッツ & ハイライツ’68-’76 ディープ・パープル・アーカイブ・コレクション [DVD]

販売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
発売日:2009/06/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 この2枚組DVDは、トータルで5時間以上もあるもので、第1期からトミー・ボーリンのいた第4期まで幅広く選択されていて、自分のような年寄りにとって見れば、のちの再結成された80年代ディープ・パープルよりは貴重かつ思い入れの深いものである。自分もそのうちお金が貯まれば手に入れようと思っているが、しばらくは無理だろう。

 一方で、自分が840円で購入したDVDには、さすがにこれでは売れないと思ったのか、ボーナス映像がついていて、ビート・クラブでの"Hallelujah"、"No, No, No"、"Highway Star"という第1期と第2期のメンバーでのスタジオ演奏の映像である。時期的には1969年から1971年頃にあたるだろう。

 "No, No, No"や"Highway Star"におけるリッチーのギター演奏は、トリッキーで非常にカッコいい。両手でフィンガーボードをかきむしるところや早弾きプレイでは思わず目を見張ってしまった。

 またイギリスの人気テレビ番組「トップ・オブ・ザ・ポップス」でのスタジオ・ライヴ"Black Night"は、残念ながら最後の方は切れてはいるものの、シャウトするイアン・ギランを堪能することができた。

 そして最後にイギリスはグラナダTVで編集された"Child in Time"が全体を締めてくれるのだが、これがまた名演なのである。
 本当にこの頃のイアン・ギランは、超音波のような声を、四六時中出していたような感がある。しかもそれがまた聞くものの魂を揺さぶるから驚きだった。

 またこの"Child in Time"は反戦歌と聞いていたのだが、日本語のキャプションから判断してみても確かにそれは確認できた。彼らは、単なるハード・ロック野郎ではなかったのである。

 不思議なことにグラナダTV編集ということになっているのだが、途中でバンド紹介や歌詞の意味が日本語で紹介されている。一体どこからこの映像は届いたのだろうか。その点では怪しいDVDではある。

 ただこういう映像が、外国の、しかも1地方都市のデパートの片隅で売られていることに驚きを禁じえない。おそらく撮影、編集した大学生たちもそこまでは予想していなかったであろう。あれから36年、時代は確実に移り変わっているが、このDVDに封印されている映像は、いつまでも色褪せないのである。

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2010年5月 1日 (土)

シャッター・アイランド

 GWということで、久しぶりに映画を見に行った。見た映画はレオナルド・デカプリオ主演の「シャッター・アイランド」である。公開されて1ヶ月以上にもなるので、お客さんは少ない方だったと思う。

 また監督がマーチン・スコセッシということで、これは以前見たアカデミー賞作品「デパーティッド」と同じ監督、同じ主演男優になる。だから、かなり期待がもてる作品だと直感していた。

シャッター アイランド オリジナル・サウンドトラック Music シャッター アイランド オリジナル・サウンドトラック

アーティスト:サントラ,ジョニー・レイ,ケイ・スター,ロニー・ジョンソン,ダイナ・ワシントン
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2010/03/24
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 それで実際に鑑賞した感想はというと、なかなか微妙な作品である。確かに面白いことは面白いのだが、でも下馬評はちょっと高すぎたのではないかと思った。

 それに映画の本編に入る前に、平行線に斜線を入れて平行線に見えない様子を流して、“並行に見えないのは目の錯覚ではなく脳が錯覚しているからです”というようなナレーションが流れるのだが、あまり本編とは関係ないと思った。かなり思わせぶりなので期待を持たせる効果だったのかもしれないのだが、逆に期待を持たせすぎて逆効果だったのではないだろうか。

 また登場人物の“表情や視線”までよく読みとって、“(脳が)騙されないようにしてください”とまで予告されるので、これもかなり期待してしまったのだが、でも大体のストーリー展開は読めてしまうのである。

 “シャッター・アイランド”とは、精神を病んだ犯罪者を隔離して収容している島である。その島から女性が失踪してしまい、その捜査のために連邦捜査官のテディ・ダニエルズとパートナーのチャックがやってくるというところから物語は始まる。Photo

 島には男女合わせて46人の囚人がいるのだが、“47番目は誰?”というメモが残されていて、さて47番目の囚人はいるのか、いないのか、いるとすればその人は誰?というふうに展開していく。

 あまり詳しく書くとネタバレにもつながってしまうので省略するが、でも“視線や表情”を読まなくても、途中でわかってしまうのである。だいたいデカプリオ演じる連邦捜査官の過去のトラウマを描写しすぎである。あれだけ伏線があれば、誰でも気がつくでしょう。できればもう少し最後まで隠してほしかった。

 ただデカプリオの演技は見事だったし、それ以外の人も演技とは思えず、現実味があるものだった。いい役者は映画を引き締めてくれる。その点については申し分のない映画だったと思う。

 というわけで今日は1日。映画の日。映画を1000円で見ることができる日であった。だから貧乏人の自分は見に行ったのだが、その費用なら充分満足できる映画であった。これが1800円になると、ちょっと後悔が残ったかもしれない自分である。相変わらず貧乏性は直らない。

 ちなみに映画の音楽担当は、元ザ・バンドのロビー・ロバートソンだった。だからといってザ・バンドの曲は流れるはずもない。しかし冒頭のゲイトを通って、診療施設に入っていくところなどは、おどろおどろしい不協和音のような音楽が流れて、映画のシーンとよくマッチしていた。さすがロビーである。でも映画のスコアを書いているとは知らなかった。意外なところで意外な人に出会った感じである。

 というわけで、この映画は公開1ヶ月以上にもなるし、新しい3D映画も続々封切られているので、たぶん今週で終了になると思われる。もしまだ見に行っていない人がいたら、DVDで充分だと思われるので、あと半年待ってみましょう。レオ様のファンならもうすでに見に行っているでしょうから。

 さて今年のGWはどこにも行く予定がない。そんなに見たい映画もあるとは思えない。時間だけは充分有り余るプロフェッサー・ケイなのであった。

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