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2010年6月

2010年6月28日 (月)

B,S&T

 シカゴのようなバンドをブラス・ロックというようだが、ブラス・ロックの起源はというと、一説では、やはり天下のビートルズに行き着くらしい。ビートルズのアルバム「リボルバー」に収められている曲"Got to Get You into My Life"がその起源というのだが、どうだろうか。

 確かにこの曲ではトランペットなどのホーンが使われているし、ここまでいかなくても例えば"Penny Lane"でも使用されている。ただ"Penny Lane"は"Got to Get You into My Life"よりもあとの発表になるので、そうなるとやはり1966年ごろにこのようなタイプの曲が生まれたということになるのだろう。さすがビートルズである。

 それでシカゴと並び称されるブラス・ロック・バンドにブラッド、スウェット&ティアーズ(以下BS&Tと略す)がいた。西のシカゴ、東のBS&Tと言われるように東西の両雄であった。

 シカゴはイリノイ州シカゴからロサンジェルスに活動の地盤を移したが、BS&Tの方は1967年にニューヨークで結成され、そこを中心に活動した。
 よく知られているように、バンドの設立当時の中心メンバーはアル・クーパーだった。アルは、ブラスを加えたジャズ・ロック・バンドの構想を持っていたそうで、当初は“ブルーズ・プロジェクト・ウィズ・アル・クーパー”と名乗っていたらしい。

 ところが1968年の1stアルバム「子どもは人類の父である」にはアル・クーパーは参加していたが、翌年の2ndアルバムからは参加していない。バンドの方向性が意図していたのとは違う方向に移行していったのだろうか。

 自分は残念ながら1stアルバムは持っていないのでよくわからないのだが、2ndアルバムは何回も聞いたことがある。これはなかなかの名盤だと思う。

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 グラミー賞の最優秀アルバム賞も獲得したアルバムである。当時はこういうアルバムが時代の最先端をいっていたのだろう。またリスナーも好んで聴いていたのであろう。

 アルバムの冒頭と最後はエリック・サティの曲になっていて、オープニングとエンディングが対になっている。まるでプログレのアルバム形式のようである。もちろんをそれを狙って構成をしたのだろう。
 プログレというよりは、ジャズ・ロックである。イギリスのコロシアムのような徹底したジャズ・ロックではないのだが、バンド・アンサンブルを大切にしたボーカル入りのジャズ・ロックという感じである。

 また大衆性を大切にするバンド方針があったかどうかはわからないが、ラジオでのオン・エアも意識していたのかもしれない。
 だから曲自体は結構ポップである。このブログでも取り上げたローラ・ニーロが書いた曲"And When I Die"を始め、ボーカリストのデヴィッド・トーマスがつくった"Spinning Wheel"、モータウンの曲"You've Made Me So Very Happy"の3曲は全米2位にまで上昇したし、アルバム自体も7週連続No.1を記録した。

 しかもボーカル曲はいずれもソウルフルでブルージィなものになっている。上記の3曲以外にも"God Bless the Child"はビリー・ホリディが歌ったものだし、"Smiling Phases"はトラフィックが歌い、"Sometimes in Winter"はブルース・プロジェクトにもいたギタリストのスティーヴ・カッツの曲だった。

 ボーカル・ラインはポップなのだが、演奏は逆に高度なテクニックに裏打ちされたジャズっぽい音楽だった。そのギャップもまた時代の音を表現していたのかもしれない。要するに大衆性と芸術性の止揚ということが目標の一つだったのだろう。

 それをよく表しているのが、アルバム後半を飾る"Blues-PartⅡ"で、これは11分を越える曲であり、9人編成のビッグ・バンドとしての特質を充分に発揮していると思う。
 静かなオルガンから始まり、徐々にベースやドラムス、ホーン・セクションが絡んでいく様子は、まさに彼らの本領発揮の部分だろう。このアルバムはボーカル・パートとインストゥルメンタルのパートがうまい具合にバランスよく並立しているのである。

 しかしなぜか終わりの方でクリームの"Sunshine of Your Love"と"Spoonful"が聞こえてくるのである。彼らの遊び心のなせる業なのだろうか。それとも単にクリームの曲が好きだったのだろうか。

 彼らは1973年までアルバムを発表するのだが、シカゴのようにポップ化の道をたどることなく解散した。彼らの力量からすればポップ化の選択は簡単であったと思われるが、そこはミュージシャンとしてのプライドが許さなかったのであろう。また時代の流れもブラス・ロックから離れていったことも一因かもしれない。

 ただボーカル担当のデヴィッド・クレイトンは、彼自身を中心にして一時再結成を行い、ライヴ活動を行っていた。現在では参加していないようだが、それでもスティーヴ・カッツを中心として地道に活動しているようである。

 シカゴのように時代の流れに乗らずに(ある意味、時代に迎合せずに)ブラス・ロックというストリームを築いたバンドのひとつがBS&Tだった。その音楽性は21世紀の今でもいささかも損なわれることはないのである。

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2010年6月24日 (木)

シカゴ(3)

 1977年の"ロックパラスト"でのライヴ映像を見てみると、テリー・キャスの体格がいいというのは以前からわかっていたが、負けず劣らず、ベーシストのピーター・セテラの体格もなかなかのものだということがわかった。
 また、この頃の彼は髪を長く伸ばしていて、80年代のソフトなイメージとは対照的な豪快なアメリカ人という感じだった。この違いが分かっただけでも貴重な体験だった。

 「シカゴⅩ~カリブの旋風」を発表した翌年には次のアルバム「シカゴⅩⅠ」が発表された。このアルバムからは"Baby, What a Big Surprise"(朝もやの二人)がヒットしたのだが、これもピーター・セテラの作ったバラード曲だった。この曲は全米4位に上がり、アルバムも最高位全米6位とヒットしている。

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 ただこのアルバムの特徴としては、前作とは少し違って初期のようなインストゥルメンタルや政治的なメッセージ・ソングも含まれていることだった。
 キーボード担当のロバート・ラムの書いた"Policeman"(孤独なポリスマン)と"Vote for Me"(僕の公約)のうち、後者はそのタイトルからもわかるように、この頃のシカゴとしては珍しい政治的な内容を含む曲だった。ひょっとしたら彼らはもう一度原点に戻ろうとしていたのかもしれない。

 それを証明するかのように、このアルバムには"Take Me Back to Chicago"(シカゴに帰りたい)という曲もあり、シカゴに戻って自分自身を見つめなおしたい、心を休めたいというメンバーたちの気持ちを代弁しているかのようだった。

 またこのアルバムの発表後には、プロデューサーのジェイムス・ウィリアム・ガルシアが解雇されている。今までの古いシカゴと決別をして、新しいシカゴ第2章の幕開けという気持ちが働いたのだろうか。

 ところがここでシカゴにとって最大の悲劇が起きたのである。1978年の1月23日、ギタリストのテリー・キャスが自分の所持していた拳銃の暴発事故で亡くなってしまったのだ。彼はそのとき酒に酔っていたようで、彼の最後の言葉は、“心配するなよ、まだ弾は入っていないんだろ”だった。一説によれば、ロシアン・ルーレットのようなものをやっていたらしいともいわれている。

 マウンテンのレスリー・ウェスト、ミートローフ、そしてシカゴのテリー・キャスが自分にとっては70年代の3大ファット・マンだったのだが、彼の不在はシカゴにとって相当の痛手だった。何しろ曲もかけて歌も歌えるギタリストであり、またバンドのオリジナル・メンバーでもあった。

 自分が見たライヴ演奏は1977年の12月のものだったから、まだテリーは存命している。ステージ上で元気いっぱい演奏していた。このドイツ公演から約1ヶ月後には亡くなっているから、おそらくは最後のドイツ公演になったに違いない。また彼が写っている最後の公式な映像に間違いないだろう。そう思うと、こんな自分でも見ていて胸が打たれるものがあった。

 この後、バンドは新しいギタリストを迎えてアルバムを発表するものの、商業的には低迷の時期を迎えていく。やはりテリーを失うことで、大事な何かをも無くしてしまったのだろう。

 しかしレコード会社を移籍して発表したアルバム「シカゴ16」からピーター・セテラの作った"Hard to Say I'm Sorry"が再び全米No.1を獲得。彼らは復活し、この1982年から1985年まで、短い期間であったが、音楽シーンの表舞台に再登場したのである。

 この時期のシングル・ヒットは1曲を除いて、すべてピーターが歌っていて、その除かれた1曲もピーターとビル・チャムプリンの2人の歌であった。(1984年の"Hard Habit to Break")
 こうなると、テリー亡き後の音楽的発言権はピーターに移行したとしても仕方ないのかもしれない。バンドの中でも対立やわだかまりもさらに大きく出てきたに違いない。

  結局、1985年にピーターはソロ活動を始めるためにシカゴから脱退した。80年代後半は彼の時代だったのだろう。その後も映画音楽の挿入歌を歌ってヒットさせるなどの活躍をしている。

 自分はこの80年代を中心にして編集されたベスト・アルバム「ハート・オブ・シカゴ」を持っているのだが、そのほとんどはバラード曲になっていて、しかも15曲中8曲は何らかの形でピーターが曲つくりに参加している。これではソロ活動をしたくなるのも、彼の中では当然だったのかもしれない。

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 自分の中では、テリー・キャスが活躍していた1977年までがシカゴの全盛期だと思っているし、80年代のシカゴはAORに走りすぎた違うバンドだと思っている。あるいはピーター・セテラ&ヒズ・バンドである。

 やはりシカゴは政治的なメッセージの有無はともかくとして、ブラスとロックの融合とバランスが生かされていないと、本来の彼らではないと思っている。そしてそれはデビューから1977年までだと勝手に考えているのである。

 今でも彼らは現役選手なのだが、リズム優先の音楽が全盛の現在の音楽シーンでは活動も制限されてしまいがちである。そしてトータルに考えてみると、アメリカ・ロック・シーンの移り変わりを体現しているバンドの一つがシカゴなのかもしれない。

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2010年6月20日 (日)

シカゴ(2)

 自分は大学生の頃に「シカゴ・グレイテスト・ヒッツ」を初めて聞いた。オリジナルは1975年に発表されたもので、彼らにとっては9枚目のアルバムに当たる。だから通称“シカゴⅨ”とも呼ばれている。

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 自分は、この無骨でゴリゴリとした感覚のあるこの時期のシカゴが好きだ。ジャズでもなくクラシックでもないロック・バンドとしての姿がそこにあるからだ。

 さらにまたサックスやトロンボーン、トランペットと通常のロックのフォーマットが絶妙にマッチしているからでもある。決してハードなロックに走ることもなく、またブラスに頼ることなく、自分たちの主張を伝えるための方法としてブラスの金切り声やギターの歪む音などがブレンドされて聞き手に迫ってくる感覚が好きなのである。これはこの時期のシカゴにしか聞くことができない音だと思っている。

 前回述べた1977年のDVDライヴでも「シカゴⅡ~シカゴと23の誓い」や「グレイテスト・ヒッツ」から選曲されていた。特に「シカゴⅡ」での組曲"Ballet for a Girl in Buchannon"をほぼ全曲演奏していたし、当然のことながら"Saturday in the Park"や"25 or 6 to 4"もやっていた。だから自分にとっては全盛期のシカゴを堪能することができたわけである。

 それにオリジナル・メンバーでトロンボーン担当のジェイムズ・パンコウの書く曲が他のメンバーの楽曲と比べても遜色のない、むしろ優れている出来映えである。

 組曲"Ballet for a Girl in Buchannon"はすべて彼の作品だし、グレイテスト・ヒッツにも11曲中4曲、ピーター・セテラとの共作1曲と計5曲も収められているのである。如何にこの時期の彼の貢献が大きかったかがわかると思う。
 "Just You'n' Me"(君とふたりで)なんかはメロディ自体はのちのAOR路線に転換したシカゴに通じるものはあるが、決して売れ線に堕することなく自分たちのオリジナリティを保っているところが素晴らしい。

 ピーターとの共作の"Feelin' Stronger Everyday"も彼のハイトーンのボーカルだけが強調されることはなく、バックの演奏と共存している感じである。このバランス感覚がシカゴの生命線だったような気がする。あるいはプロデューサーのジェイムス・ウィリアム・ガルシアの方針だったのかもしれない。

 1stアルバムに収められている"Does Anybody Really Know What Time It Is?"(一体、現実を把握している者はいるだろうか?)や"Beginnings"は意外にソフトであり、予想を裏切るものだった。1stアルバムには流血事件のことも歌っているのだから、もっとドロドロしていて、なおかつ混沌とした音を予想していたのだが、非常に聞きやすかった。
 だから彼らはビッグになれたのだろう。単なるアジテーションや即興的な音では長続きはしないし、人気も出てこないはずだ。

 特にアメリカでは売れて何ぼの世界である。商業的な結果を出さなければ、音楽会社はバックアップはしないはずで、シカゴが2枚目、3枚目と続けて発表できたのも、決して時代の流れに乗っただけではないのである。

 1972年の「シカゴⅤ」までは、まだまだ政治的な意識が見え隠れしていたのだが、4年後の1976年に発表された「シカゴⅩ~カリブの旋風」ではその意識は消えてなくなっている。かわりに男女の恋愛や日常の風景を歌う曲がほとんどを占め、より大衆性を追及するようになった。

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 何しろ“カリブの旋風”という副題が付いていることからもわかるように、よりファンキーに、よりリズム重視になっている。

 またストリングスが用いられた"If You Leave Me Now"(愛ある別れ)はシングル・チャートの1位を獲得し、アルバムも“最優秀ポップ・ボーカル・グループ”など3部門でグラミー賞を獲得している。

 当然のことながら売れたのだが、逆にこのことがバンドに災いをもたらす事になった。それはピーター・セテラの書くバラード重視路線と、それと反比例するかのような管楽器の軽視路線であった。
 またこのことは、メンバー間の対立、特にロバート・ラム&テリー・キャスVS.ピーター・セテラを引き起こし、さらにはこの方向性を招いたプロデューサー、ジェイムス・ウィリアム・ガルシアへの不信をも増幅する結果につながってしまったのである。

 このアルバムは11曲で構成されているが、内訳はテリーの曲が2曲、ロバートの曲が4曲、ピーターが2曲、ジェイムス・パンコウが2曲、トランペット担当のリー・ロクネインが1曲となっていて、ロバートの曲やテリー、リーなどの、ピーター以外の曲はブラスが比較的活躍しているのだが、ピーターの曲はほとんど目立たない。

 もちろんバラード系だから目立たないのは当然かもしれないが、それにしてはストリングスがオーバー・プロデュースではないかと思われるほど分厚いのである。

 この時期の音楽的相違は、ただの見解の違いだったかもしれないのだが、しかしこのことがやがては大きな、そして深い溝へとつながっていくのであった。
(To be continued)

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2010年6月16日 (水)

シカゴ(1)

 最近、シカゴの1977年当時のライヴ映像を目にした。ドイツの有名番組“ロックパラスト”での演奏なのだが、今から30年以上も昔の映像ながら、充分鑑賞に耐えうるものになっていた。理由のひとつには楽曲のよさがあったと思うし、また若い彼らの生の映像に初めて触れたということもあったからであろう。

 自分にとってシカゴとは"25 or 6 to 4"(長い夜)であり、“長い夜”といえばシカゴである。それほど印象的でなおかつロックの歴史に残る楽曲なのだが、でも初めてラジオから聞いた彼らの曲は、"Saturday in the Park"だった。

 シカゴというグループは、その名の通りシカゴで誕生した。1969年にデビューした当時は“シカゴ・トランジット・オーソリティ”と名乗っていたのだが、翌年のセカンド・アルバムを発表したときには、シンプルに“シカゴ”と名前を変更している。

シカゴII(シカゴと23の誓い)-(紙ジャケSHM-CD) Music シカゴII(シカゴと23の誓い)-(紙ジャケSHM-CD)

アーティスト:シカゴ
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 彼らはデビュー・アルバムから3rdアルバムまでは2枚組レコードを、そして4作目の「ライヴ・アット・カーネギー・ホール」は何と4枚組レコードを発表している。それくらい60年代後半から70年代前半は、創作意欲や創作能力が高かったのであろう。

 当初は7人編成で、ギターやベースなどの基本的なフォーマット以外に、トランベットやトロンボーン、サックスなどの管楽器奏者がいたことから、ブラス・ロックというジャンルが生まれた。彼らはそのシーンを代表するグループのひとつでもあった。

 また彼らは当時の時代状況を反映したメッセージを歌詞に込めて歌った。よく知られている話だが、1968年8月29日、シカゴで開催された民主党大会ではベトナム反戦デモと警官隊が衝突して、流血事件が起きるという惨事があり、1stアルバムの中ではそのことも歌われている。

 だから反戦、平和、人権闘争などは当時のキーワードであり、特にアメリカの若者にとってはベトナム戦争の是非や、ケネディ大統領やマーティン・ルーサー・キング牧師の暗殺などが身近な問題として存在していた。ある意味、当時のシカゴはそういう若者の代弁者だったのである。
「夜明けを待っている
何か言うことを探しながら
空に向かって光が瞬きながら
あきらめて目を閉じる
床の上で足を組みながら
すわっている
4時まで25、6分前までだ」
(from"25 or 6 to 4"
訳プロフェッサー・ケイ)

 だから初期のシカゴの音には熱気や躍動感がみなぎっていたような気がする。もちろんその理由にはそれまでのロックには見られなかった管楽器が使用されていたという、新奇性もあったであろう。しかしそれだけではなく、新しい時代とともに生きているというシカゴのメンバーの自覚が、彼らの作り出す曲に新鮮な命を吹き込んでいたのではないだろうか。

 今でも"25 or 6 to 4"を聞くと、ギターとブラスの織り成すメロディや展開に心を躍らせるのである。
 そして当時はそういう音楽に対する姿勢が評価されるという幸福な時代でもあった。実際、1stアルバムは、アルバム・チャートでは17位、"25 or 6 to 4"が収められている2ndは4位、3枚目は2位という2枚組であっても素晴らしい売り上げを示しているし、4枚組のライヴ・アルバムも3位まで上昇しているのだ!

 1972年になると少しずつポップス寄りにシフトしてきて、5枚目のアルバムで初めて1枚のレコードとして発表されると、あっという間にチャートを駆け登り、彼らにとって初めてのNo.1アルバムになった。これが「シカゴⅤ」であり、ここから先に述べた"Saturday in the Park"がシングル・カットされてシングル・チャート3位を記録するのである。

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 この曲は何気ない日常風景を歌ったものではあるが、その中で“すべてが失われたわけではなく、本当に望むならできるんだ”という、まるで今の"Yes, we can"のアメリカを歌っているような現実認識も含んでいる曲でもある。
 これも長びくベトナム戦争を反映した倦怠感や厭世観を振り払おうとするメンバーの強い意志が働いているのであろう。

 またこのアルバムには"Dialogue Part1&Part2"という曲もあって、これはベーシストのピーター・セテラが一般学生役を、ギタリストのテリー・キャスが過激派の学生を演じて互いに討論を交わすという曲であり、これも当時のラジオからたびたび流れてきた。そういう学生運動の名残みたいなものがまだ残っていたのであろう。

 シカゴの2ndアルバムを聞くとよくわかるのだが、彼らは非常に音楽性が豊かである。ボーカルもテリー・キャス、ピーター・セテラ、ロバート・ラムとメインが3人、それ以外のメンバーも歌えるから単調にならず、かつそれぞれが作曲能力もあったからロックだけでなく、ジャズっぽいものやリズミカルなものまでバラエティ豊かなのである。これもまたシカゴの特長でもあった。

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2010年6月12日 (土)

ロギンス&メッシーナ

 ベスト・アルバムがチャートのNo.1になったという話をあまり聞かない。昔から不思議に思っていたのだが、ビートルズやエルヴィスなどのビッグ・ネームは除いて、あるミュージシャンのベスト・アルバムが売れに売れているという話は聞かないのである。

 普通に考えるならベスト・アルバムなのだから、よい曲やそのミュージシャンを代表する曲がズラッと収録されているはずである。だからアルバムのどこから聞いても感動するはずなのであるが、それと売れ行きを示すチャートとはどうやら別物らしい。

 あるいはそのミュージシャンのアルバムをほとんど揃えていて、もしくは揃えていなくても、代表曲はほとんど知っている人が多いということだろうか。映画のサウンドトラックは売れるのに、ベスト・アルバムはチャートの上位に顔を出さないというのも不思議なのである。

 それで今聞いているのは、ロギンス&メッシーナのベスト・アルバム「ベスト・フレンズ」なのだが、これがまた意外に良いのであった。

ベスト・フレンズ Music ベスト・フレンズ

アーティスト:ロギンス&メッシーナ
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 久しぶりに聞いたのだが、こんなにバラエティ豊かで、なおかつポップな要素を含んでいたとは思ってもみなかった。

 基本的にこの2人、ボーカルのケニー・ロギンスと演奏のジム・メッシーナという組合せである。もちろん作曲能力は2人とも備えているのだが、ケニーのデビュー・アルバムのプロデュースをジムが担当したことからデュオ結成に至ったという経緯が表すように、自分たちを冷静にプロデュースをしているのはジム・メッシーナのようである。

 1曲目の"Angry Eyes"はオリジナルとはアレンジが異なるバージョンになっていて、まるでC,S,N&Yのようなボーカル・ハーモニーを聞かせてくれている。しかもかなりアグレッシヴで、ロックしている。ウェストコーストのロックとはこういうもんだ、と言わんばかりの演奏である。リード・ギターはジム・メッシーナのようであるが、まるでスティーヴン・スティルスが弾いているかのようだ。

 また2曲目の"Be Free"は6分59秒もある曲で、カントリー・ロックとプログレッシヴ・ロックが合体している。“プログレッシヴ・カントリー・ロック”というジャンルはないのだが、そういった趣の曲である。
 カントリー・ロックによく使われるマンドリンやフィドル、それにカントリー・ロックではあまり聞かないオーボエやリコーダーなどの管楽器などが微妙にブレンドされ、次々と登場してきて、聞いてて飽きないのである。こういう曲をベスト・アルバムに入れるあたりも彼らのセンスの良さを感じさせられる。

 ジム・メッシーナはソロになってからは、ラテン・ミュージックというかカリプソなどの中米の音楽なども取り入れていったアルバムを発表しているのだが、この時期にはあまりそういう感覚は感じられない。ただ3曲目の"Vahevala"にはカリビアン・ミュージックの影響を感じさせるものがあると思う。しかしこの曲はジムが作ったわけではない。

 彼の品の良さが上手に表れているのが、"Peace of Mind"だと思う。彼は単なるバラード曲をバックにピアノやフルートの演奏と効果的なリード・ギターを付け加えることで、大人のバラードに変えることができた。もともとポコに在籍していた頃に作った曲らしいのだが、確かにポコのイメージには似合わない。早すぎたAORといった感じでもある。

 自分が彼ら2人のことを知ったのは、ラジオから"My Music"や"Your Mama Don't Dance"が流れてきたのを耳にしたことから始まる。だから彼らを単なるポップ・デュオと思っていた。しかしそれは間違いだった。このベスト・アルバムを聞けば、そのことがよくわかった。

 自分がもう少し大人になって、自分で稼ぎ出したときに「フル・セイル」という中古レコードを買った。このアルバムは1973年に発表されたものなのだが、当然のことながらそのときは彼らのことは全く知らなかった。ただこのアルバムにも収められていた"Watching the River Run"はベスト・アルバムにも収録されていて、三拍子のシンプルな曲ながら美しいハーモニーや聞きやすいメロディが印象的なものになっている。

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 ケニー・ロギンスは、ロギンス&メッシーナが解散した後、映画音楽産業とタイ・アップして?、一躍メジャーな存在になったのだが、このアルバムを聞けば、その萌芽は昔からあったことがわかる。"House at Pooh Corner"や"Danny's Song"がそのことを証明していると思う。決して目立つような曲ではなく、むしろ地味な印象を与えるかもしれないのだが、それがまたいい味を出しているのである。
 ちなみのこの両曲は、それぞれニッティ・グリッティ・ダート・バンドとアン・マレーによってヒットしている。他のミュージシャンの興味を引くほどの曲とは思えないのだが、やはりケニーの作曲能力の高さを証明しているのであろう。

 そういうわけで、聞けば聞くほどいい曲なのである。彼ら2人は1972年から76年とわずか4年少々の活動期間だったが、バッファロー・スプリングフィールドやポコの流れを汲むアメリカン・ミュージック史に残るデュオだった。70年代前半で2人組ミュージシャンといえばこのロギンス&メッシーナなのである。

 ちなみに彼らのこのベスト・アルバムは、チャートでは61位を記録している。やはりベスト・アルバムはあまり売れないというジンクスは覆らなかったようである。

 P.S.
 ロギンス&メッシーナは、2005年に再結成を行っていて、昨年もリユニオン・ツアーを敢行したようである。まだまだ現役として、できればオリジナル・スタジオ・アルバムも発表してほしいものである。

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2010年6月 8日 (火)

ポコ(2)

 3曲目はティモシー・シュミットが書いた曲で、リード・ボーカルも彼自身である。見かけとは違って?、繊細な彼の歌声を聞くことができる。この曲を聞いて、むかしから彼はこういう歌を歌っていたということがわかった。

 次の"Company's Comin'"は彼らのルーツであるカントリー色の曲で、バンジョーやフィドルが前面に出てきている。ただしメロディ・ラインは耳に馴染みやすいポップなテイストである。このあたりが初期の頃よりも洗練されてきたところかもしれない。
 続く"Slow Poke"は、前の曲"Company's Comin'"と切れ目無く続いていて、メンバーがソロを披露しているかのように、バンジョーやフィドル、アコースティック&エレクトリック・ギターが交互に曲を引っ張っている。

 "Rose of Cimarron"がラスティ・ヤングの曲なら、それに対抗するのはポール・コットンの"Too Many Nights Too Long"だろう。当時のLPではこの曲がサイドBの冒頭に来ていたからで、時間的にも6分近いものになっているからだ。当時のポコは、この2人がメイン・ライターとしてバンドを引っ張っていたことがわかる。

 サイドAでは5曲中4曲がラスティ・ヤングの曲で、サイドBでは逆に4曲がポール・コットンの曲が占めている。まるで前半はラスティ・サイド、後半はポール・サイドという感じだ。

 "Too Many Nights Too Long"ではバックのマンドリンが効果的な使われ方をしていて、それにフィドルが絡み、アーシーな雰囲気を出している。そして続く曲"When You Come Around"は初期のポコを髣髴させるカントリー・タッチの曲である。ただメロディは工夫されているのか、カントリーが嫌いな人でも聞きやすいと思う。

 8曲目の"Starin' at the Sky"はティモシーがリードを取っていて、彼のハイ・トーンのボーカルを堪能できる。このアルバムで聞ける彼の曲は非常にポップであり、お洒落な感覚も備えている。のちのイーグルスで聞ける彼の曲のオリジンはこの辺にあったのであろう。

 "All Along Together"では、ラスティのスティール・ギターがいい味を醸し出している。ミディアム・テンポの落ち着いた曲で、カントリーといえばまさにこういう雰囲気という典型的な曲でもある。
 そして最後を飾るのは、ポール・コットン作の"Tulsa Turnaround"である。アルバム・クレジットを見ると、ラスティ・ヤングがドブロ・ギターを弾いているようで、これもまたバックのフィドルがいい味を出している。

 このアルバムは基本はカントリー・ロックなのだが、曲によってはストリングスも使用されていて、カントリー一辺倒のアルバムというわけではない。60年代から脈々と流れていたカントリー・ロックの水脈を当時の音楽状況に合わせて再構築したアルバムだと思うのである。

 この時点ではバンド創設者だったジム・メッシーナとリッチー・フューレイは、バンドを去り、4人のメンバーになっていたが、このアルバムのヒットで、4人でも充分にやっていけるとますます自信を持ったのではないだろうか。

 自分は彼らのアルバムをもう1枚持っていて、それが1977年に発表された「インディアン・サマー」だった。

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 このアルバムは「シマロンの薔薇」の次に発表されたアルバム(1977年)で、前作がカントリー色が強かったのに対して、このアルバムではそれは押さえられて、ロック色が全面に出てきている。

 やはり1977年という時代の影響があったのかもしれない。あるいはイーグルスのアルバムに対抗して売れるものを作ろうという心理や、あるいは作りなさいというレコード会の指示があったのかもしれない。
 とにかくより多くのファンを獲得するために、力を入れて作ってみましたというアルバムなのである。

 アルバム・タイトル曲の"Indian Summer"は、アルバム冒頭を飾るには少し元気がないようなミディアム・テンポの曲なのだが、やはりポコ特有のコーラス・ワークの美しさやバックのスティール・ギターの響きが心地よい。初期の頃に比べれば洗練された彼らがそこにいるのがわかるだろう。シンセサイザーはドナルド・フェイゲンが演奏している。

 続く"Twenty Years"はまるでジョー・ウォルシュのようなハードなギターを聞くことができる。ただ曲のメロディ自体はポップである。ポール・コットンとラスティ・ヤングのギターの掛け合いが見事だと思う。

 3曲目はティモシー・シュミットの曲。前作でもそうなのだが、彼の作る曲はポップで聞きやすい。スティール・ギターが鳴っている上品なAORといった感じである。

 このアルバムでティモシーは3曲提供していて、もう1曲の"Stay(Night Until Noon)"はアップ・テンポな曲で、このアルバムの中ではかなりパンチの効いた曲だ。ラスティの弾くスティール・ギターとバンジョーが効果的で、こういうビートのある曲にも似合うということに少々驚いてしまった。

 このアルバムは大人しめの曲から始まって、段々とテンポが上がっていく感じだ。ラスティの作った"Downfall"も彼自身のボーカルやスティール・ギターが聞く側の高揚感を高めてくれるような曲で、なかなかよい。
 続く曲"Win or Lose"でもドナルド・フェイゲンがARP・ストリング・アンサンブルを演奏しているのだが、かなり黒っぽい曲になっている。まるでコーラスが入ったおとなしいスティーヴィー・ワンダーのようだ。

 このアルバム中一番ロックしているのが6曲目の"Living in the Band"で、ポール・コットンの生き生きとした姿が目に浮かぶようである。できればこういう曲をアルバムの冒頭に持ってきた方がノリやすいと思うのだが、どうだろうか。とにかく躍動感が感じられる曲で、もう少し評価されてもいいと思う。

 ティモシーのこのアルバム3曲目、彼の吹くハーモニカが印象的な"Find Out in Time"に続いて始まるのが、このアルバムのハイライト"The Dance"である。

 この曲は3部作の組曲形式になっていて、トータルで14分以上もある。メドレー形式でライヴをやることはあっても、スタジオ・アルバムでは珍しいことだと思う。

 最初の"When The Dance is Over"はゆったりとした曲だが、次の"Go on and Dance"でテンポが速くなり、最後の"Never Gonna Stop/When The Dance is Over(Reprise)"では何とファンキーなホーンやコーラス、はたまたストリングスまで加わって、まるでフィラデルフィア・ソウルのような曲になっている。
 確かに盛り上がることは盛り上がるのだが、そういう盛り上げ方をするのかとビックリしてしまった。このアルバム1曲目と最後の曲を聞いたなら、とても同じグループだとは思えないだろう。

 この後、ベーシストのティモシー・シュミットはイーグルスに参加し、ドラマーだったジョージ・グランサムも脱退してしまった。メンバーを補充するものの、このあたりから人気も下降し始めた。アルバムはコンスタントに発表するも、商業的には決して成功したとは言い難い状況が続くのである。

 ただイーグルスとは違って、彼らはずっと現役として活動を続けてきている。また一時1988年から90年代の始めまで、ジム・メッシーナやランディ・マイズナー、リッチー・ヒューレイなどが戻ってきて、オリジナル・ポコとしてアルバム発表やライヴ活動も行っている。

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 21世紀の今では、ラスティとポールを中心にアメリカやカナダ、オーストラリア、ヨーロッパを中心としてライヴ活動を中心に行っているようで、まだまだ現役のバンドなのである。

 日本ではイーグルスより知名度は低いかもしれないが、アメリカン・ロック史に名を残す優秀なミュージシャンを数多く輩出した点でも決して忘れてはならないバンドだと思うのである。

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2010年6月 7日 (月)

ポコ(1)

 70年代のロックに詳しい人ならわかると思うのだが、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジという、いわゆる3大ギタリストを輩出したグループがヤードバーズだった。このヤードバーズは、自分たちのヒット曲ではなくて、在籍ギタリストのことで有名になってしまった。

 アメリカにも似たようなグループがあって、特に西海岸に限っていうと、1つはバッファロー・スプリングフィールドであり、もう1つはポコではないかと思っている。

 バッファロー・スプリングフィールドには、スティーヴン・スティルス、ニール・ヤングを始め、ジム・メッシーナ、リッチー・ヒューレイなどが在籍していたし、ポコはそれを基盤としながらも、これまたランディ・マイズナーやティモシー・シュミット、ラスティ・ヤングなどが所属していた。

 もともとポコは、バッファロー・スプリングフィールドにいたリッチー・フューレイとジム・メッシーナが中心となって1968年に結成された。本当ならこれにニール・ヤングも加わる予定だったらしいのだが、結局、ランディ・マイズナーが参加している。ギタリストは3人もいらないと思ったのだろうか。

 これにスティール・ギター担当のラスティ・ヤング、ドラムス担当のジョージ・グランサムが加入し、翌年1stアルバムが発表されている。ただベース担当のランディ・マイズナーは1stアルバムの録音に参加したものの、発売前にグループを離れている。この後、彼はリンダ・ロンシュタットのバック・バンド・メンバーからイーグルスを結成していくことになる。

 それで新しいベーシストとしてティモシー・シュミットが加わり、このあたりからだんだんと彼らの人気が高まっていった。

 ところがせっかく人気が出たのにもかかわらず、1971年に中心メンバーのジム・メッシーナはグループを脱退してケニー・ロギンスとともにロギンス&メッシーナを結成してしまった。この辺は機を見て敏というか、音楽的才能だけでなく自分を売り出す能力にも長けているようだ。

 ジムの代わりに加入したのはポール・コットンという、名前からいっていかにも南部出身のギタリストだった。(生まれはアラバマ州だからやっぱり南部出身である)
 このあたりからポコはカントリー・ロック・バンドという肩書きから、カントリー・フレイバーを残しているアメリカン・ロック・バンドへと変貌していった。

 自分は彼らの初期についてはベスト盤1枚しか持っていないが、彼らの代表曲といえる"You Better Think Twice"や"C'mon"、"A Good Feelin' to Know"、バンド名にも使用された"Fools Gold"、"Pickin' up the Pieces"など初期の代表曲が網羅されていて、確かにカントリー・ロック・バンドとしての彼らをしることができる。Photo_2
 また10分を越えるライヴ・バージョンのメドレーやスティール・ギターが映える"A Right Along"、初期の彼らにしてはかなりロック寄りの"And Settlin' Down"など聞きどころは多い。
 特に6分を越える"Sweet Lovin'"は珠玉のバラードといってもいい名曲で、ゴスペルっぽい美しいコーラスをベースに切々と歌われている。この曲は1stアルバムに収められていて、彼らが決して単なるカントリー・ロック・バンドではないことを証明しているかのようだ。

 このベスト・アルバムは69年から74年までの彼らの軌跡を表しているが、75年には所属会社を移籍しているから、一区切りの意味でのベスト盤だったのだろう。自分にとっては初期の彼らについてはリアル・タイムでは聞いていなかったので、大変参考になったアルバムだった。

 実質的に彼らに興味を持ったのは、エミルー・ハリスが自分のソロ・アルバムに"Rose of Cimarron"を収めていたのを聞いたときからだった。オリジナルはポコが歌っているのを知って、彼らのアルバムを聞いてみたいと思い、それで購入したのが「シマロンの薔薇」だった。

シマロンの薔薇 Music シマロンの薔薇

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 1976年に発表されているのだが、当時はハード・ロックやプログレッシヴ・ロックばかり聞いていたからさっぱり記憶にはなかったのだが、一聴してこれは名盤だと確信した。

 まず6分41秒もある"Rose of Cimarron"からアルバムはスタートする。この曲エンディングにストリングスが入っていて、すでに単なるカントリー・ロックから飛躍していこうということがわかる。続いてポップな"Steal Away"が始まるのだが、これがまた軽快で、バックのバンジョーが鳴っていなければ、普通のアメリカン・ロックである。

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2010年6月 3日 (木)

シルヴァー

 自分がシルヴァーというバンドのことを知ったのは、K氏のおかげである。このK氏は、まっとうな仕事に就きながらも、裏で興行師のようなことをやっていて、昨年は斉藤哲夫の招聘に成功している。なかなかのやり手プロモーターなのである。

 それで今年はジャクソン・ブラウンを呼んでほしいとお願いしたのだが、すでにシェリル・クロウとの共演来日公演が決まっていたらしく無理だった。残念である。
 やはり外タレはお金もかかるし、気も遣うようなので、国内ミュージシャンに絞ることにしたようだ。できれば加川良あたりが無難な気がするのだが、どうだろうか。あるいは佐藤公彦でもいいな。ぜひ彼らに的を絞って呼んでほしいものである。

 話を戻してシルヴァーだ。このバンドは1976年ごろに結成され、3枚のシングルと1枚のアルバムを残してその年に解散している。俗に言う“ワン・ヒット・ワンダー”一発屋だった。

 彼らの場合、一発屋というのはシングル"Wham Bam"(恋のバンシャガラン)のことで、この曲だけビルボードのシングル・チャートで16位を記録しているからだ。
 また日本でもヒットして、彼らの名前が広く?知れ渡ったようである。前述したK氏もリアル・タイムでこの曲を知り、彼らのファンになったらしい。また彼らのアルバムも愛聴していて、70年代ウェスト・コーストの隠れた名盤であるといっていた。

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 ただこの"Wham Bam"という曲は、メンバーの作品ではなくて外部ライターのリック・ジャイルズという人が作ったものである。この人、70年代から現在まで活躍しているようで、タニヤ・タッカーやラスカル・フラッツなどのカントリー系のミュージシャンやバンドに多くの曲を提供しているようなのだが、詳細についてはよくわからなかった。

 前回のフールズ・ゴールドもそうなのだが、彼らはアリスタからアルバムを発表している。当時のアリスタ・レコードは、バニー・マニロウ、エリック・カルメン、メリサ・マンチェスターなどソロ・ミュージシャンでは一流どころをそろえていたのだが、バンド演奏の、特にロック系のバンドは乏しくて、この点を補おうとして70年代の半ばに様々なバンドをスカウトさせてはデビューさせている。

 フールズ・ゴールドはダン・フォーゲルバーグのバック・バンド的な活動をしていたが、このシルヴァーは、やはりシンガー・ソングライターのエリック・アンダーソンとの結びつきが強くて、彼の76年のアルバム「スィート・サプライズ」にシルヴァーの数名が参加していた。

 またメンバーの中に、元イーグルスのバーニー・リンドンの弟、トム・リンドンがベース・プレイヤーとして参加していたことも話題になったらしい。自分はこのアルバムを購入するまでトム・リンドンのことは知らなかった。兄貴ほどは有名ではなかったらしい。

 確かにこのアルバムは、聞きやすくほとんどAORといってもいいほどの内容である。カントリー・ロックに分類されることもあるらしいのだが、バンジョーやスティール・ギター、フィドルといった音はほとんど聞くことはできない。
 代わりに甘美なストリングスや効果的なエレクトリック・ギター、美しいハーモニーを堪能することができる。

 確かにいいアルバムには違いないが、名盤といっていいのかどうかは意見の分かれるところであろう。
 アルバム中の"Musician(It's not an easy life)"や"Memory"は完全にAOR系のバラードだし、逆に"All I Wanna Do"や"No Wonder"などはロック系のサウンド寄りである。特に"No Wonder"の最後の方ではけっこう長めの華麗なギター・ソロを聞くことができる。

 また"Trust in Somebody"でも巧みなギター・ソロが展開されているし、ひょっとしたらこのバンドの基本方針は、こういうハードでポップな、今でいうパワー・ポップをやりたかったのではないだろうか。

 だからシングル・ヒットした"Wham Bam"は、このアルバムの中ではちょっと浮いている感じがするのだ。ただ悪い意味ではなくて、彼らの美しいボーカル・ハーモニーなどは味わうことができる。それにメンバーそれぞれの安定した力量があってこそ、このメロディラインの振幅の激しい曲を歌いこなせたのだと思うのである。それが結果的にヒットにつながったのだろう。

 彼らはギター2人、キーボード・プレイヤーにリズム・セクションという5人編成のバンドだった。そのキーボード・プレイヤーであるブレント・ミッドランドは、解散後の1980年にグレイトフル・デッドに加入したが、10年後の1990年に38歳の若さで亡くなっている。
 ドラマーだったハリー・スティンソンは、アル・ステュワートのバック・バンドで活躍している。あとのメンバーの動向についてはよくわからなかった。

 彼らの活動期間は1年にも満たなかったが、21世紀の今でも彼らのことは、先ほどのK氏ではないが、語られ続けられている。そういう意味では、息の長い一発屋だったと思うのである。
 もうすぐ夏が来るが、暑い夏でもさわやかな涼風を運んでくれるバンド、それがシルヴァーなのである。

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