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2010年8月

2010年8月29日 (日)

ストラトヴァリウス

 スカンディナビア半島のハード&ヘヴィ・ロック・シーンを探る第3弾、今回はフィンランドのバンドの登場である。
 地図を見ればわかりやすいのだが、スカンディナビア半島にある国は、スウェーデンとノルウェーであり、フィンランドは半島には含まれなくて、ノルウエーやスウェーデン、ロシアなどと陸続きの国である。

 このフィンランドも他の北欧の国と同じように、1980年代からハード&ヘヴィ・ロックが盛んになってきた。前回の項でも少しだけ触れたが、マイケル・モンローが中心となって結成されたハノイ・ロックスなどはその際たる例であり、21世紀ではザ・ラスマスなどが世界的に有名になった。

 特にこのフィンランドでは世界的に有名なハード&ヘヴィ・ロック・バンドが数多く出現していて、ナイトウィッシュやソナタ・アークティカなども北欧メタル・バンドとして雑誌などのメディアに取り上げられている。
 ちなみにプログレの世界ではWIGWAMが一番有名であろう。すでにこのブログでも取り上げているので、興味のある方は検索されてみてはどうだろうか。

 これは個人的な意見なのだが、スウェーデンではポップ・ミュージックや軽めのロックが、フィンランドでは逆にハード&ヘヴィ・ロック・バンドが風土的に根付いているような気がしてならない。
 そして半島の一番外側の国ノルウェーでは、両方の音楽が流れ込んでくるせいか、それらが中和して非常にメロディアスなポップやハード・ロックが息づいているような気がする。

 それで今回はフィンランドを代表するヘヴィ・メタル・バンドとして、ストラトヴァリウスを紹介したい。
 このバンドの結成は1983年と古く、5年間の下積みを経て1988年にデビューした。バンド名はギターの名器ストラトキャスターとヴァイオリンの名器ストラディヴァリウスから借用してできた造語である。

 自分はこのバンドのアルバムはベスト盤1枚しか持っておらず、この1枚からバンドの全体像を語るのは難しい。なぜなら彼らの音楽観は初期と後期では少々違ってくるからだ。

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 初期の彼らはもちろんヘヴィ・メタル・バンドだから、それ風の音を出していた。例えていうと、リッチー・ブラックモアズ・レインボーをもう少しヘヴィ・メタルにした感じである。
 ところが1994年にボーカリストを入れて5人組になってからは、それまでギターとボーカルを兼任していたティモ・トルキはギターに専念できるようになったため、一挙にメタル色を強くしていったのである。

 このベスト盤は1997年に発表されたもので、ほぼ年代順に編集されているせいか、その辺の歩みはわかりやすい。5曲目"Dreamspace"~"Fire Dance Suite"~"Against the Wind"あたりはメタル色で彩られていて、確かにテクニカルな演奏は素晴らしいとは思うものの、ちょっとワン・パターン過ぎはしないだろうかと危惧するくらいテンションは高い。

 しかし8曲目の"Twilight Symphony"は途中でクラシック・ギターの演奏や分厚いキーボードの音が流れてきて、少しプログレッシヴ・ロック風になる。この辺が専任ボーカリストが加入した効果なのかもしれない。
 またその次の曲"Will the Sun Rise"もギンギンのヘヴィ・メタル節を聞かせてくれるものの、ギターとキーボードのバトルがあったり、メロディアスな旋律を含んでいたりと、彼らの進化を垣間見せてくれるのである。

 特筆すべきは3分6秒の短い曲"Forever"でこのアルバム唯一のバラードである。しかも室内管弦楽の演奏途中でフルートやアコースティック・ギターなども使用されていて、逆にエレクトリックな音は排除されている。メロディも豊かで、まさにクラシックと北欧メタルがバランスよくブレンドされたようなバラード、といった感じである。

 この曲のように1曲だけ気色違いの曲があると、目だってしまう。しかもそれが泣きのバラードだからよけいにエモーショナルな感情を掻き立ててくれる。この辺の構成は見事である。

 後半になるにつれて、単なるヘヴィ・メタル・バンドではなくなってきて、例えていうとドリーム・シアター系の転調が目立ち、テクニカルなソロが鳴り響くという展開になってくる。だからこのバンドはフィンランドのドリーム・シアターなのである。

 ただせっかく世界的に認知され、人気が出てきたにもかかわらず、2003年以降はメンバー・チェンジが繰り返され、中心人物だったギタリストのティモ・トルキも、とうとう2008年に脱退宣言をしてしまった。

 というわけで、結局オリジナル・メンバーは誰もいないのだが、それでもストラトヴァリウスとしてライヴ活動やアルバム発表は行われている。まるで名器を伝承するかのようだ。これもバンドが名づけられたときから、宿命づけられていたことなのかもしれない。

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2010年8月25日 (水)

TNT

 スカンディナビア地方のハード&ヘヴィ・ロック特集の第2弾、スウェーデンに続いて今回はノルウェーのバンドを紹介したい。
 ノルウェーといえば、"Take on Me"で80年代に一世風靡したa-haを思い出す。またプログレッシヴ・ロックの分野ではホワイト・ウィロウなどが有名だ。

 どうも前回のスウェーデンといい今回のノルウェーといい、スカンディナビア地方の音楽はメロディアスな旋律を持つものが多いように思われる。たとえそれがハード・ロックでもメロディ中心主義のような気がしてならない。

 それが一番よく発揮されていたバンドが4人組のTNTだった。たぶんこのバンド名はTNT火薬から付けられたものだろう。TNT火薬のように爆発力を持ったインパクトのある音楽を演奏するバンドというようなイメージをもたせるために、こういうネーミングになったと思われる。

 彼らは1982年に結成され、翌年には1stアルバムを発表した。しかし、彼らが大きく飛躍したのは1984年にボーカリストが交代したあとである。
 それまでのフィンランド人からアメリカ人、トニー・ハーネルに代わってからは、地元のノルウェーだけでなく、アメリカでもプロモーション活動を行った。

 1987年に3rdアルバム「テル・ノー・テイルズ」を発表したが、このアルバムはそれまでの彼らの活動が報われて有り余るほどの大ヒット・アルバムになった。自分も以前持っていたのだが、確かに印象に残るほどの聞きやすいハード・ロック・アルバムだった。

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 抜けるハイトーン・ボーカルや、メロディアスでハーモニーの広がりが耳に馴染みやすい。またロニー・ル・テクロのギターもお隣の国出身のイングウェイとまではいかなくとも、充分インパクトのある音色を聞かせてくれる。テクニック的にも他の有名ギタリストと渡り合っていけるレベルだったと思う。

 また写真で見る限りは、ルックス的にもなかなかのイケメンぞろいのためか、日本では子女を中心に人気が出た。ちょうどその頃ハノイ・ロックスというこれもまた北欧の国出身のハード・ロック・バンドがいたが、その解散したあとの人気を引き継いだような印象があった。

 89年には4thアルバム「インチューイション」が発表され、翌年には初の日本公演、TVでもその様子が放映されて、のちにビデオ化されるというそれほどの人気があったのである。この1987年から1992年までが彼らの全盛期だったように思う。

 結局、彼らは日本とノルウェー以外では売れなかった。アメリカでもかなり精力的にツアーを行ったり、ボーカリスト以外にもアメリカン人ドラマーを入れたりと、アメリカでも受けるように努力をしていたのだが、すべて水泡に帰したようだ。

 ギタリストのロニーはもっと自由に音楽を追求したがったようであり、逆にボーカリストのトニーはアメリカ人というせいもあってか、アメリカでの活動場所を求めていた。
 この2人の意見の違いがバンドの解散につながったようである。やはり売れて何ぼのアメリカで活動するためには、いろんな意味で商業主義に慣れる必要があったのであろう。

 自分は彼らのベスト・アルバムを持っているのだが、17曲も収められているこのアルバム1枚あれば、彼らの全体像を把握することができる。しかも日本編集盤のせいか、日本で受けた曲が主に収められているので、いかにも日本人に受けそうなメロディやサビを持つ曲が多い。

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 彼らは92年に解散した後、1997年に再結成してアルバムを発表し、ライヴ活動も行ってファンを歓喜させた。

 現在ではボーカリストのトニーは脱退して、ギタリストのロニー中心のバンドになっている。往年のファンには惜しむ声も多いのだが、逆に、純粋に音楽を追求するというロニーのポリシーがいかされていると歓迎する声もあるようだ。

 ともかくいまだに現役のバンドである。本物の火薬のようには爆発はしなかったようであるが、その火種は相変わらずくすぶり続けているようなのだ。

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2010年8月21日 (土)

ビスカヤ

 ものごとは基本的に拡散するらしい。これを物理学では“エントロピー増大の法則”とか“熱力学第2法則”というそうだ。

 ロック・ミュージックもこの法則から逃れることは不可能で、アメリカで生まれたロックン・ロールは海を渡り、南米やヨーロッパ、極東にも広まっていった。

 これまでスコーピオンズを始め、主にドイツのハード・ロックやヘヴィ・メタルを紹介してきた。前回はブラインド・ガーディアンだった。
 ドイツのヘヴィ・メタ・グループには、ヘヴンズ・ゲイトやランニング・ワイルドなど、まだ他にもあるのだが、あまりドイツのバンドばかり紹介していくと、偏執狂みたいに思われてしまいそうなので(基本的にこのブログを続けていること自体偏執的なのだが…)、それらのバンドについては、次の機会にまわしたいと思う。次の機会があればの話だが…

 それで今回はドイツよりも北のスカンジナビア半島に移りたい。スウェーデンのヘヴィ・メタル(ハード・ロック)・バンド、ビスカヤの登場である。

 スウェーデンといえば、ポップ・ミュージックではアバやロクセット、カーディガンズ、マンドゥ・ディアオ、プログレッシヴ・ロックの分野ではケイパ、フラワー・キングス、アネクドテン、アングラガルド、パル・リンダー・プロジェクトなどが有名であるが、80年代ではヘヴィ・メタルも興隆を迎えている。

 その代表的なバンドのひとつが、今回紹介するビスカヤである。といっても彼らは1984年に1枚だけアルバムを発表して、その後音信不通になってしまったバンドである。しかしその1枚だけのアルバムに関しても、その水準は決して低くはないのだった。

 このビスカヤという名前は、日本語でいうビスケー湾のことを指すらしい。ビスケー湾はどこかというと、ちょうどイギリスの下、フランスとスペインの間の湾曲したところにある。地中海の反対側と思ってもらえればわかりやすいかもしれない。

 なぜこういう名前になったのかわからない。何しろこのバンド、彗星のように現れて、花火のように消えていったバンドなので、わからないことだらけなのだ。

 彼らが残した「北欧の戦士」はなかなかの好盤である。北欧のバンドには、キーボードを使用するものが多いのだが、このバンドも5人編成で、その点ではディープ・パープルと同じ構成である。

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 ただ音楽的にはもう少し幅広い。1曲目の"Howl in the Sky"はパープルよりも同時代のレインボーといった感じである。適度にクラシカルでキーボードも目立ち、メロディアスだ。
 次の曲"Fools"も疾走感を伴い、バック・コーラスもあっていい。ギターもブラックモア的でけっこう速い。

 3曲目はこのアルバムを代表するバラードで、ヘヴィ・メタルの夏の定番といわれているらしいが、自分はそんな話は聞いたことがない。たぶん当時のレコード会社の宣伝だと思われる。タイトルが"Summer Love"だから、そういう宣伝を行ったのではないだろうか。しかし確かに渋くていい曲ではある。

 途中に"Biscaya"という自分たちのバンド名の曲があるのだが、これは完全にクラシックか映画のBGMである。エレクトリックな音は全く使用していない。これも彼らの音楽性のひとつなのだろう。

 また"Singing in Harmony"はタイトル通りの軽めのロックン・ロールに仕上げられているし、"Sunrise"、"Rockin' Vehicles"ではギターとキーボードのソロが目立っている。

 これら以外にも"Walls"は"Summer Love"と比肩されるほどのバラードで、しっとりと歌い上げられている。訳詞をつければ、日本でも売れるのではないかと思うくらい、日本人好みの曲だと思う。間奏のギターも情感たっぷりで、けっこう気合いが入っている。

 そして"Divine Lady of Warmth"はブラックモアズ・ナイトのようなアコースティック・ギターのみの曲であり、ギタリストの自己主張を感じさせてくれる。

 このアルバムはもとは全10曲だったのだが、再発ではボーナス・トラックが4曲含まれていて、お買い得でもある。いずれも3分台の短い曲なのだが、ヘヴィ・メタルというよりもハード・ロックにどっぷりと浸っている彼らの音楽性が顕著である。

 1996年当時、このアルバムは1800円だったので、即行で購入した覚えがある。買ってからしばらくは、このアルバムをよく聞いていたことを思い出した。今回、久しぶりに引っ張り出して聞いたのだが、あらためてレインボーのスウェーデン版という気がした。

 世間的には無名のバンドかもしれないのだが、アルバム1枚で解散してしまうにはあまりにも惜しい。ほぼ同じ時期に"The Final Countdown"の大ヒットで有名なヨーロッパというヘヴィ・メタル(ハード・ロック)・バンドがあったが、あれもスウェーデンのバンドであった。彼らの陰に隠れてメジャーになれなかったのかもしれない。

 それにしても北欧にはキーボードを使用したメロディアスなハード・ロックをやるバンドが多いような気がする。これもディープ・パープルやレインボーの影響かもしれない。

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2010年8月17日 (火)

ブラインド・ガーディアン

 “真夏のヘヴィー・メタル祭”というわけではないのだが、ドイツのヘヴィ・メタル(いわゆるジャーマン・メタル)についてである。
 前回はハロウィーンとそこから派生したガンマ・レイについて書いたのだが、もうひとつ大事なバンドを忘れていた。それが4人組のブラインド・ガーディアンである。

 自分は90年代の一時期ヘヴィ・メタルに凝っていたときがあって、そのときにこのバンドのことを知った。そのときいろんなバンドのアルバムを聞いたのだが、その中には似たような音を出すバンドも多くて、いささかウンザリしていたときに、このバンドの「イマジネーションズ・フロム・ジ・アザー・サイド」というアルバムにめぐり合ったのである。

イマジネーションズ・フロム・ジ・アザー・サイド Music イマジネーションズ・フロム・ジ・アザー・サイド

アーティスト:ブラインド・ガーディアン
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 このバンドは、もちろんヘヴィ・メタルなので、音は激しい。ドラムはドカドカと2拍子で叩かれ、ギターの音もせわしなくかき鳴らされる。ボーカルもどちらかといえばデス声に近い。しかし、それでも似たり寄ったりのほかのメタル・バンドとは違う点があるのだ。

 自分はたった1枚しか彼らのアルバムを持っていないので、大したことは言えないのだが、それでもこのアルバムを聞くと、その差異がよくわかると思う。

①ヘヴィ・メタなのにハーモニーがかぶさってくる。
②サビのメロディが意外と覚えやすい。
③オペラ仕立てのような曲が目立つ。
④アコースティックな曲もある。
⑤「指輪物語」などファンタジーに題材をとった曲もある。

 1曲目のアルバム・タイトル曲を聞けばわかると思うが、①②のように曲の基本となるところは意外とシンプルで耳に馴染んでしまう。

 また3曲目"A Past and Future Secret"、5曲目"Mordred's Song"にはアコースティック・ギターが使用されて、音に広がりを与えている。特に3曲目の"A Past and Future Secret"はまるでケルト民謡のように素朴で牧歌的でもある。この曲だけ聞けば、本当にフォーク・ソングなのである。

 それに“Mordred”というのはアーサー王の息子のことらしく、彼は父親の不在中に反乱を起し、最終的には父親と一騎打ちをして殺されてしまう(父親も重傷を負う)という悲劇の人物であるが、その彼のことが哀愁あるメロディで歌われている。

 もちろんドンドコ、ドンドコいかにもヘヴィメタという曲もあるのだが、上記にもあるようにサビはメロディアスで、転調が多く劇的なのである。その辺が凡百の他のメタル・バンドと違う点だろう。

 このアルバムではアーサー王伝説に題材をとった曲が収められているが、他のアルバムでは「指輪物語」やマイケル・ムアコックの小説からインスピレーションを得たものなどが収められているそうである。さすがグリム童話誕生の国だけあって、メンバー自身もそういう伝奇小説みたいなものを大事にしているのであろう。

 それにこれらのサウンドからデス声をとれば、まるでドリーム・シアター系の曲になってしまうようなものもある。ある意味、ドイツ伝統のプログレッシヴ的展開とハロウィーン以来のヘヴィ・メタルが融合したような雰囲気も兼ね備えている。それでシンフォニック・パワー・メタルとも呼ばれていて、ある意味、幅の広い音楽性を保持しているバンドといえるかもしれない。

 彼らはその後もコンスタントにアルバムを発表している。そしてバンド結成以来一度しかメンバー・チェンジを行っていないという結束力の強さも話題になっている。
 彼らの最高傑作は92年に発表された「サムホェア・ファー・ビヨンド」だといわれているのだが、まだ聞いたことがない。できれば一度聞きたいものであるが、ドラマティックな楽曲や聞き手の想像力をかきたてる構成は「イマジネーションズ・フロム・ジ・アザー・サイド」と肩を並べるそうである。

サムホェア・ファー・ビヨンド Music サムホェア・ファー・ビヨンド

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2010年8月13日 (金)

ハロウィーンとガンマ・レイ

 スコーピオンズの成功以来、ドイツではハード・ロックやヘヴィ・メタルをやるバンドが急増し、しかもそのうちのいくつかは全世界的に有名になるものもあらわれた。これもスコーピオンズのおかげであろう。

 そのなかで自分がお薦めしたいのは“ハロウィーン”と、そこから派生した“ガンマ・レイ”である。
 ハロウィーンを知ったのは、「守護神伝-第二章-」というアルバムを知人から薦められたからである。それを聞いて、その圧倒的なスピード感、畳み掛ける迫力、アルバム構想力に度肝を抜かれた。確かにこれは新しい時代のヘヴィ・メタルだと思ったのである。1990年頃のお話であった。

 実際のこのアルバムは1988年に発表されている彼らの3作目のアルバムであるが、自分が聞いたのは90年代に入ってからだった。

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 ハード・ロックとヘヴィ・メタルの違いというのは、実はよくわからない。たぶん規定するようなコードはあるのだろうが、自分はよく知らない。

 よく言われるのは、畳み掛けるリフや切れのあるリズム、甲高いハイ・トーン・ボーカルやテクニカル・ギターがフィーチャーされるのがヘヴィ・メタルで、70年代のブルーズ的コード進行を基調にしたものがハード・ロックと区別できそうであるが、実際は70年代でもヘヴィ・メタルと呼ばれるバンドもあったし、何も新しいばかりがヘヴィ・メタルではないと思う。

 あのブラック・サバスがヘヴィ・メタルの元祖と呼ばれることがあるのだが、自分はそんなものかと思うだけで、例えばレッド・ゼッペリンのアルバム「プレゼンス」あたりは、まさに自分の思い描くヘヴィ・メタリックなアルバムだと思っている。

 だからそれまでのハード・ロックがパンクやニュー・ウェイヴの洗礼を浴びて、新しいテイストを持ったのがヘヴィ・メタルだと勝手に考えている。だからリズムに切れがあり、曲もコンパクトにまとまって、疾走感がより露わになったのだと思う。

 そんな事はどうでもいいのだが、確かにドイツのバンド、ハロウィーンの「守護神伝-第二章-」は優れたヘヴィ・メタル・ミュージックだと思っている。“第二章”というくらいだから、“第一章”があるのかと、知人に聞いたら、あると答えてくれた。でも楽曲的には“第二章”の方がいいらしい。

 このアルバムでは最初の"Invitation"から"Eagle Fly Free"の流れと、最後の曲13分39秒の"Keeper of the Seven Keys"はまさにヘヴィ・メタルと呼ぶにふさわしい楽曲である。特に後者は起承転結がハッキリしていて、プログレッシヴ・ロック的な雰囲気も携えている。13分という時間があっという間に流れてしまう感覚である。アイアン・メイデンの影響もあるのだろう。

 一方で"Dr. Stein"は明らかにブラック・サバスの"Paranoid"のパクリであり、この対比が面白いと思った。
 また全体的にもメロディ的にもしっかりしていて、ただ単にスピードがあるだけのアルバムではない。

 そしてこのハロウィーンから派生したバンドがガンマ・レイである。ハロウィーンのボーカル&ギタリストであったカイ・ハンセンが1989年に脱退して、翌年結成したのがガンマ・レイであり、アルバム「ヘディング・フォー・トゥモロウ」を発表した。

ヘディング・フォー・トゥモロウ Music ヘディング・フォー・トゥモロウ

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 このアルバムもハロウィーンのアルバムと同じように、畳み掛けるような疾走感があり、90年代のジャーマン・ヘヴィ・メタルを代表するものになっている。
 ただ似たような音の傾向であることは否定できないが、どちらかというとガンマ・レイの方がコンパクトにまとまっているような気がした。

 いずれにしても90年代のドイツのヘヴィ・メタルはこれらのグループから始まったと思っている。そういう意味では歴史を作ったアルバムなのかもしれない。

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2010年8月 9日 (月)

フェア・ウォーニング

 前回のスコーピオンズつながりということで、そのリード・ギターを担当していたウリ・ロートについて書こうと思ったら、彼のアルバムを持っていないことに気がついた。残念である。彼についてはまた別の機会に譲りたい。別の機会があればの話だが…

 それで彼の弟が結成したバンド、ジーノについて書こうと思ったのだが、またまたそのアルバムもない。しようがないので、ウリ・ロートとその弟ジーノの両方のバンドにいたベーシスト、ウレ・リトゲンの結成したバンド、フェア・ウォーニングについて書くことにした。自分は彼らのアルバムを何と4枚も持っているのである。自分でもなぜこんなに持っているのか不思議なのだ。

 このフェア・ウォーニングの結成は1989年と比較的新しい(といっても20年以上も前の話であるが)。ベーシストのウレ・リトゲンはウリ・ロートのバンド、エレクトリック・サンが解散した後、ウリの弟のジーノのバンドに在籍していた。
 ところがそのバンドの活動が停滞していったために、分裂してしまい、バンド内のウレと、ボーカリストのトミー・ハート、ドラマーのC.C.ビハレンズが中心となって結成されたのがフェア・ウォーニングだった。

 中心人物に3人にギタリスト2人を入れて5人で構成されているのだが、1992年の1stアルバム「フェア・ウォーニング」はハード・ロックというよりもメロディの方が重視されている、いわゆるメロディアス・ハード・ロックという感じである。例えていうと、世界的に売れたホワイトスネイクのアルバム「サーペンス・アルバム」の感触に非常に近いものがある。あれよりギターとボーカルがほんの少しだけ丸くなったという感じかな…

 この“メロディ重視作戦”は日本では大成功で、知名度アップに非常に役立った。このアルバムの中にあるバラード"Long Gone"は名曲だと思う。聞けばわかると思うけれど、まさに真夏の日に吹きそよぐ一陣の涼風といった感がある。

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また"The Heart of Emotion"は盟友ジーノ・ロートが作詞作曲した曲で、結構売れ線メロディなのに驚いた。これら以外にも"When Love Fails"、"One Step Closer"などいい曲が多い。捨て曲無しとまではいわないが、メロディ重視の人にはお薦めの作品である。しつこくないし、ポップまでもいかない。その辺のバランス感覚が見事なのである。

 彼らは1stアルバムの成功を受けて、95年には2ndアルバム「レインメイカー」を発表した。このアルバムは1stよりもさらにメロディが重視され、それに疾走感も加速されていて、1stよりも聞きやすいし、耳に馴染みやすい。個人的にはこっちの方が好きである。実際、日本では14万枚以上売れてゴールド・ディスクを獲得している。洋楽のしかもハード・ロック系でこれほど売れたのは当時では珍しいことだった。

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 お薦めは"Burning Heart"だろうが、それ以外にもバラードの"Too Late For Love"やアメリカン・ハード・ロックのようなハーモニーが美しい"The Heart of Summer"など聞き所は満載である。もし中古CDショップにあったら買っても損はないと思う。このアルバムを聞きながら真夏の海岸線を走ってみたいものだ。

 ただ残念ながら彼らの人気は極東の日本だけのようで、本国ドイツではさっぱり売れなかったらしい。だから大手のWEAからレコード契約も切られ、3枚目の「GO!」は1997年に違うレーベルから発表された。

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 本国でも売れることを意識したのだろうか。3thでは少しエッジの効いた質感になっていて、ハード路線に回帰した感じがする。しかしメロディのよさは相変わらずで、特に2曲目"Save Me"や3曲目"All on Your Own"を聞くと、その素晴らしさに感動するに違いない。"All on Your Own"はこのアルバムの中で、1,2を争うほどの屈指のバラードで、1stの"Long Gone"にも匹敵するクォリティの高さがあると思っている。

 しかし本人たちも自信を持って発表したアルバムが売れないのだから、ショックも大きかったに違いない。アルバム発表後、ドラマーが脱退し、ギタリストのアンディ・マレツェクも原因不明の病気になってしまい、活動がうまくいかなくなってきた。(ただし日本ではこのアルバムも10万枚以上売れていて、彼らは2度来日公演を行っている)

 また2000年に4thアルバム「4」を発表するものの、今度はボーカリストも脱退してしまい、バンドの顔を失った彼らは解散状態に陥ってしまうのである。

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 これもみんな売れないからで、確かに90年代後半からは伝統的なハード・ロック・バンドには“冬の時代”が到来した。売れる音楽はラップ系やダンス系、あるいは甘いメロディを持ったポップ・ミュージックであり、ラウド・ロックなどは一時は売れても、すぐに下火になってしまった。

 フェア・ウォーニングもこの2000年から5年間は解散状態で、メンバーが自分のバンドを結成して活動を行っていたのだが、2005年にギタリストのアンディを除くオリジナル・メンバーで復活して、アルバムを発表した。また大事なファンのいる日本への公演も行っている。その後も2009年に6枚目のオリジナル・アルバムを発表しているから、4人で活動していると思われる。メンバーの年齢は、まだ50歳前後と若い(最近のロック界では高齢化が進んでいて、50歳代でもまだ若い方の部類に入るのである)。だからこれからもっと活躍できるはずだ。

 自分の持っているアルバムは1stから4thまでだが、いずれも甲乙つけ難い佳作である。4作目の「4」も1曲目の"Heart of the Run"から3曲目"Break Free"まで、ハードな曲からバラードまでつぼを押さえた曲が並べられている。また"Tell me I'm Wrong"などのボン・ジョヴィあたりが歌ってもおかしくない曲も収められている。幅広いファン層にも受け入れられるアルバムだと思う。

 スコーピオンズをもっとメロディアスにして、音を厚くしたバンド、それがフェア・ウォーニングだと思っている。売れることがすべてではないが、個人的にはもっと世界的に売れてほしいバンドだと期待しているのである。

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2010年8月 5日 (木)

スコーピオンズ

 前回ではマイケル・シェンカーを紹介したので、そのつながりで彼が元いたバンドのスコーピオンズについて少しだけ記したい。

 スコーピオンズは1972年にデビューしたのだが、それまでドイツのバンドといえばファウストやタンジェリン・ドリームといったプログレッシヴ・ロックの分野で活躍するバンドが多くて、スコーピオンズのようなロック・バンドはどちらかというと少ない方だった(と思う)。

 だからドイツのバンドというと難解でとっつきにくいイメージがあったのだが、それを見事に覆して、ドイツからもハード・ロック界で活躍するバンドが出てきた。その先駆者がスコーピオンズだった。

 自分は彼らの最初のアルバムは聞いたことはない。「恐怖の蠍団」というタイトルだったのだが、聞いた人の話によると、ハード・ロックというよりはアート・ロックやプログレの世界に近い音だったようである。ちなみにマイケル・シェンカーはこのアルバムには参加しているが、それ以降はUFOや自分のバンドで活動をしていて、スコーピオンズのアルバムにフル参加はしていない。

 それでセカンド・アルバム「電撃の蠍団~フライ・トゥ・ザ・レインボウ」からの初期4枚は持っているのだが、このアルバムと次のアルバム「復讐の蠍団~イン・トランス」は今聞いてみると、それほどハードな音作りではない。むしろ初期のプログレ臭味を残している気がした。

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アーティスト:スコーピオンズ
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 特に「電撃の蠍団」の中の"Drifiting Sun"は7分を越える大作で、途中の間奏部分のリード・ギターは少々長すぎてだれてしまう。また"Fly People Fly"、"Far Away"ではキーボードも使用されていて、この辺はまだ試行錯誤の時期だったのかもしれない。

 しかし1976年に発表された「狂熱の蠍団~ヴァージン・キラー」から一挙にハードな音作りになり、"Pictured Life"、"Backstage Queen"、"Virgin Killer"、"Hell-Cat"など70年代の彼らの代表曲が収録されている。ちなみにこれらの曲は1979年に発表された彼らの初期のベスト・アルバム「蠍団伝説」にも収められている。

狂熱の蠍団~ヴァージン・キラー Music 狂熱の蠍団~ヴァージン・キラー

アーティスト:スコーピオンズ
販売元:BMG JAPAN
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 彼らの特長はハードな曲の中にも繊細なメロディが目立つこととそれが日本人の琴線に触れたことである。だから彼らは日本でのライヴでは、自分たちの曲とともに滝廉太郎の“荒城の月”を演奏した。そういう音楽傾向をもともと持っていたのである。さすが日独軍事同盟を結んだ仲である。同じ精神構造を共有しているのだろうか。

 また彼らのアルバム・ジャケットはいわくつきでもある。「復讐の蠍団」、「狂熱の蠍団」、「暴虐の蠍団」、1979年の「ラヴ・ドライヴ」、1980年の「電獣~アニマル・マグネティズム」とすべて欧米では差し替えられている。性的な理由と宗教上の理由のようだが、日本では該当しなかったのだろう。そのまま発売された。

Animal Magnetism Music Animal Magnetism

アーティスト:Scorpions
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 特に「狂熱の蠍団」のジャケットはセンセーショナルで発売直後から問題になり、すぐに発禁状態になったが、日本ではそのまま発売されている。もっとも90年代までは日本でもオリジナル・ジャケットのままで手に入ったのだが、今はもう発売されていなくて見ることはできない。ただネットでは流通されていて、値段を見たら4800円くらいだった。オークションにかけたらもっと上がるかもしれない。(上にある写真は差し替えられたものである)

 しかし「狂熱の蠍団」はオリジナルのままでは発売されなくて、ブラインド・フェイスのアルバムはオリジナルのままで発売されているのは変である。この辺の理由がわからない。上半身と全身の違いだろうか。まるで吉田拓郎の"ペニー・レインでバーボンを"と井上陽水の"自己嫌悪"のようである。(この比喩がよくわからない人は、このブログの“日本のロック”の"井上陽水"や"吉田拓郎"の項を読んでみて下さい)

 このあと80年代に入って、NWOBHMの流行やLAメタルの台頭で、彼らの音楽にも光があたり、82年の「蠍魔宮~ブラック・アウト」からアメリカでも脚光を浴びるようになった。それまではヨーロッパと日本では売れていたが、アメリカではイマイチだったのだ。

Blackout Music Blackout

アーティスト:Scorpions
販売元:Mercury
発売日:1997/08/19
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 自分は彼らの音楽を同時進行で聞いていた。最初はよくわからなかったが、“師匠”の家で彼らのレコードを聞かせてもらってからは、何となくわかるようになった。

 特にハードな曲よりも、スローな曲、特に「復讐の蠍団」の"Life's Like a River"(人生は川の如し)や「暴虐の蠍団」の中に収められている"The Sail of Charon"(カロンの渡し守)は“師匠”がテープに録音してくれた。今でも“師匠”には感謝している。“師匠”がいなければ、彼らの素晴らしさをいまだに理解できないでいたに違いない。

 ともあれ80年代以降の彼らの活躍の舞台は、ワールドワイドへと広がり、その人気はいまだに衰えていない。しかし近々発売される次回作が彼らの最後のアルバムになり、それに伴うツアーが最後になるだろうという話もある。
 個人的には蠍の毒はまだまだ有効だろうし、中毒になる人は今後も増えていくだろうと思っているから、まだまだ“蠍軍団”には頑張ってほしいのである。

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2010年8月 1日 (日)

マイケル・シェンカー

 前回までのブログで“速弾き四天王”を紹介したのだが、彼らは80年代半ばから90年代にかけて名前が売れて、今もなおアルバムを発表しているミュージシャンたちであった。

 一方で、当時は名前が売れたのだが、今は下火になったミュージシャンもいる。栄枯盛衰は世の常であろう。
 そして今回紹介するのは、自分の中では異色のギタリストと位置づけられているミュージシャンである。名前をマイケル・シェンカーという。私の好きなギタリストの一人でもある。

 不思議なのは、彼は70年代からプレイをしていたのに、世界的に有名になったのは1980年頃からであった。自分はなぜ今頃になって人気が出てきたのか、その当時はよくわからなかった。CMや映画音楽ともタイアップしていないし、ヒット・シングルが出たわけでもないのに、なぜか一気に人気が出てきたのだ。世の中不思議なことだらけである。

 彼は1955年生まれだから、今年で55歳になる。私よりも年上だ。ということは、1980年代は20代半ばから30代半ばという、一番脂の乗った時期に当たるだろう。

 さらに逆算すると、彼は1972年に実の兄のルドルフ・シェンカーのグループ、スコーピオンズのリード・ギタリストとしてデビューしている。ということは17歳頃にあたり、早熟のギタリストだったことがわかる。やはり名を成した人は、若いときから人とは違うものらしい。

 実の兄と一緒だったのは1年余りで、1973年にはギタリストが不在になったイギリスのハード・ロック・バンド、UFOに参加した。

 1974年のアルバム「現象」から78年のライブ・アルバム「UFOライヴ」までが、ちょうどそれはマイケルの在籍期間と重なるのだが、ちょうどその時期が彼らの"Golden Age of Rock'n'roll"だと思っている。やはりマイケルの貢献度は高かったのだろう。

 UFO時代の代表曲といえば初期の"Doctor Doctor"や"Rock Bottom"、中期の"Natural Thing"、後期の"Lights Out""Too Hot To Handlel"などがある。いづれもマイケルが曲作りに加わっているのだが、21世紀の現在ではちょっとおとなしい楽曲に聞こえるかもしれない。まだエドワード・ヴァン・ヘイレンがデビューする前の話である。その辺を考慮して聞かないといけないのかもしれない。

The Best Of UFO Music The Best Of UFO

アーティスト:UFO
販売元:EMI Europe Generic
発売日:2000/08/28
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 やはりUFOのアルバムはスタジオ盤よりもライヴ盤の方が熱気が伝わってきて十倍はよいと思っている。彼らのスタジオ盤を聞くならベスト盤を、ライブなら「UFOライヴ」がお薦めである。自分は両方持っているが、やはりライヴ盤の方を聞く回数がはるかに多い。UFOはライヴに限ると思う。(当時のレコードでは2枚組、今のCDでは1枚ものになっている)

UFO ライヴ Music UFO ライヴ

アーティスト:UFO
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2008/08/27
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 普通ならこの辺でマイケルは世界的にブレイクしてもよかったのだが、なぜか80年まで待つのだ。自分のおぼろげな記憶では、この時期のマイケルには負のイメージがつきまとっていて、それがそういう結果的につながったと思っている。
 具体的にいうと、
①ドイツ人のマイケルは英語を上手に話すことができないことから対人恐怖症、もしくは人  間嫌い、あるいはコミュニケーション不足によるひきこもりになってしまったという説。
②そのストレス発散のためにアルコールやドラッグに走ってしまったという説。
③性格も歪んでしまい、そのときの気分のよる躁鬱の差が大きいという説。

 こういう人間的な弱さというか脆さを抱えたマイケルだったが、彼は自分のグループ、マイケル・シェンカー・グループを結成して、もう一度世界に挑むのであった。そして結果的にはそれが大成功したのである。

 振りかえって思うに、UFO時代のマイケルは、おとなしいというか、そんなにハードなプレイや、テクニックを披露するような個人技には走らずに、楽曲中心のあくまでバンドの一員という印象が強かった。それが80年代以降は伸び伸びと自分を表現するようになったのである。英語がしゃべれるようになったのだろうか。

 またイギリスでは1979年以降にNWOBHMブーム(“ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル”と読む)が興り、その影響もあってマイケルも正当に評価されるようになったのだろう。やはり生き残る人は、時流にもうまく乗れるのである。それも才能のひとつであろう。

 1980年の7月に発表された「神(帰ってきたフライング・アロウ)」はまさに起死回生の作品になった。この中に収められていた"Armed and Ready"、"Cry for the Nations"、"Into the Arena"は、その後もロックの古典として長く語り継がれていくことになる名曲群であった。
 それまでの曲と比べてみて、ロックの持つ疾走感や焦燥感がうまく表現されているし、マイケルのギターもスピーディ&テクニカルになっている。この辺がUFO時代と違う点だ。これで世界中のギター・キッズのハートを鷲づかみにしたのである。

 ただ最初の頃は、よいボーカリストに恵まれなかった。その点では残念だと思う。それで1987年からロビン・マッコリーを迎えてアルバムを作り始めたのである。これは1993年ごろまで続いたから、この頃のマイケル・シェンカー・グループ(この頃は略して“M.S.G.”と名乗っていた)が一番安定していたと思う。

 この時期に制作されたアルバムが文字通りの「M.S.G.」であり、これは彼のキャリアの中でも名盤のひとつに数えられるシロモノだと勝手に思っている。Msg
 1992年に発表されたこのアルバムには、メロディ的にも優れけっこういい曲が収められている。最初からノリのよい曲で始まり、マイケルのギターも充分にテクニカルかつスピーディである。
 また3曲目の"When I'm Gone"はまさに泣きのメロディ溢れるバラードである。隠れた名曲の部類に含まれるであろう。

 それ以外にも"This Broken Heart"でのエンディングやアップテンポの"Invincible"では陰になり表になって、マイケルのギターが目立っている。まさに水を得た魚といった感じがする。このアルバムはまさに捨て曲無しのマイケル・シャンカーここにありといった代表作だと思うのである。

 その後90年代後半から00年代までは、あまり目立った活動はなかったのだが、最近に来てまた目立つようになった。2008年にはオリジナル・メンバーのボーカリスト、ゲイリー・バーデンとともに「イン・ザ・ミディスト・オブ・ビューティ」というアルバムを発表し、それに基づくツアーを行っている。
 このアルバムのバック・メンバーは素晴らしく、ベースがニール・マーレイ、ドラムスにサイモン・フィリップス、キーボードはドン・エイリーである。まさにハード・ロック界を代表するつわものぞろいといった感じだ。

 マイケルには派手さや超速弾きといったテクニックはないのだが、浮き沈みの激しいロック界を何とか泳ぎきったという実績というか安定感がある。また彼の作るメロディも哀愁味があり、実に日本人好みなのである。

 というわけで一時の勢いは無いにせよ、まだまだマイケル・シェンカーは現役である。ハード・ロックは冬の時代かもしれないが、後に続くギター・キッズの良いお手本としても末永い活躍を願っている。

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