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2010年9月

2010年9月30日 (木)

ジューダス・プリースト(2)

 ジューダス・プリーストのアルバムはもう2枚持っていて、そのうち1枚は「背徳の掟」の2年前に出された「復讐の叫び」である。このアルバムもなかなかの疾走感を持っていて、特に前奏曲のような"The Hellion"から続く"Electric Eye"~"Riding on the Wind"は素晴らしい。
 グレン・ティプトンとK.K.ダウンニングの2人のリード・ギターの織り成すスピーディな掛け合いは、このアルバムで完成の域に達したように思えた。

復讐の叫び Music 復讐の叫び

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 ただこのアルバムには"Chains"や"Pain and Pleasure"のような、彼らにとっては少し似合わない曲もある。どういうふうに似合わないのかというと、"Chains"はバック・コーラスが多重録音されていて、何となくL.A.メタル風であり、"Pain and Pleasure"はスローな曲で、彼ら流のバラードになっている。
 たぶんこれはアメリカのマーケットや世界市場を意識して、制作されたからであろう。この辺は当時の彼らの立ち居地というか、時代との関係を感じさせてくれる。

 やはり彼らにはアルバム冒頭の曲群や"Screaming for Vengeance"や"You've Got Another Thing Comin'"のような曲がよく似合っている。しかも意外とメロディアスな"Fever"という曲もある。ある意味、このアルバムは彼らの音楽性がメタル一辺倒ではないということも物語っているのかもしれない。

 そしてもう1枚は1990年に発表された「ペインキラー」である。このアルバムは完璧にヘヴィ・メタルの様式美を備えている。

ペインキラー Music ペインキラー

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 特に1曲目のアルバム・タイトル曲はジューダス流究極のヘヴィ・メタルといった感じである。のちに発表されたライヴ・アルバムでもこの曲は演奏されているから、彼らにとっても自慢の1曲なのだろう。
 
 今でこそジューダス・プリーストはアメリカで市民権を得ているが、昔はさっぱり売れなかった。それこそKISSの前座でアメリカ中をツアーしていても売れなかったのだ。
 しかし、時代の風が吹いてきたのであろう。今では押しも押されぬヘヴィ・メタルの代表というような風格を備えたバンドに成長した。

 この2枚のアルバムを聞けばよくわかるのだが、「復讐の叫び」の方では、曲にっては割とメロディ・ラインがはっきりとしたものもあるし、シングルとしてもヒットしそうな曲も見受けられる。
 これはある意味、彼らがアメリカで受けようとして妥協したのかもしれない。あるいはそのために幅広い音楽性を身につけた結果なのかもしれない。しかし“らしくない”曲のような気がする。

 しかし「ペインキラー」の方は、これはもう徹頭徹尾ヘヴィ・メタル以外の何ものでもないのだ。一切の無駄を排し、装飾を外した結果の音がこのアルバムには詰められている。
 これは彼らがアメリカで市民権を得た結果、自信を持って制作したアルバムなのである。だから自分たちのやりたいことが、やるべきことへと転換され、提示されたものなのであろう。どこを切ってもメタルのような“剛音”で支配されている。

 自分はこのアルバム・ジャケットを見たときは、あまり好きになれなかった。アメリカン・コミックの中に出てくるダーク・ヒーローのように見えたからである。ちなみにこの人物がペイン・キラーであり、彼が乗っている乗り物をメタル・モンスターというらしい。

 でもそんなことはどうでもいいことなのだが、とにかくこのジャケットだけはいただけなかった。その前のアルバムもこんな感じのイラストだったから、80年代は鋼のようなイメージを出したかったのだろう。やはり自分は今でも70年代のアルバム・ジャケットの方が数段センスがいいと思っている。

 デビューから40周年である。ボーカルのロブ・ハルフォードが脱退したり、再加入したりと様々な出来事があったが、彼らはそれらを乗り越えてますますメタル道を邁進している。
 2008年に発表された「ノストラダムス」は2枚組のアルバムだったが、アメリカでは彼らの作品中一番売れた作品になった。

Nostradamus (Bril) Music Nostradamus (Bril)

アーティスト:Judas Priest
販売元:Epic
発売日:2008/06/17
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 ボーカルのロブ・ハルフォードは、今年で59歳になるが、いまだ衰えずである。この調子でメタル界のゴッドとして、若手に範を示してほしいと切に願っている。自分はひょっとしたらジューダス・プリーストの隠れファンなのかもしれない。

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2010年9月26日 (日)

ジューダス・プリースト

 70年代のオールド・ウェイヴから80年代のNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)のムーヴメントへと、イギリスにおけるハード・ロックの歴史を築いたバンドを紹介している。前回はツイン・リード・ギターを鳴り響かせたシン・リジィだった。

 一般的に言われていることだが、ハード・ロックはブルーズ・ロックからの影響を強く受けている。60年代に生まれたグループ、クリームやレッド・ゼッペリンもそうだし、前回紹介したアイルランド出身のシン・リジィもまたブルーズの影響を受けている。

 しかし80年代になると、そのブルーズ臭のほとんどないバンドが多数生まれてきた。ブルーズよりも切れのあるリズム、鋭いリフ、流れるような曲展開や疾走感などが表面に出てきて、当時の若者の心を鷲づかみにしたのである。

 その先駆的バンドが、今回紹介するジューダス・プリーストである。彼らの結成は古く、レコード・デビューも1974年と、ハード・ロック冬の時代真っ只中であった。
 彼らはプログレッシヴ・ロック専門のマイナー・レーベルからデビューしたのだが、さっぱり売れなかった。結局、1977年に「背信の門」をCBSから発表することができてからメジャーへの階段を歩むことができるようになったのである。

背信の門 Music 背信の門

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/06/02
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 このアルバムはリアルタイムで、師匠のK氏の家で聞かせてもらったことがあった。へえ、いまはこういう音楽が流行っているのかと感心したものだが、それが新しい時代を切り拓いていくものになろうとは、つゆほどに思わなかった。
 正直言って自分にとっては、やはりレインボーのアルバム「虹を翔る覇者」や「オン・ステージ」の方が気になって仕方がなかった。

 彼らの特徴は、ボーカリストのロブ・ハルフォードのまさにメタリックなボーカルと、グレン・ティプトンとK.K.ダウニングという2人のギタリストによる疾走感のあるツイン・リード・ギターであった。(またまたツイン・リード・ギターである。やはりイギリスのロック界にはツイン・リード・ギターという哲学みたいなものがあるのだろう)

 自分は「プリースト・イン・ジ・イースト」というライヴ・アルバムを購入したことがあった。何回も真剣に耳を傾けて聴いたのだが、イマイチピンと来なかった。ただ他の人のカバー曲"The Green Manalishi"と"Diamonds and Rust"はテープに録音して、何度も聴いた覚えがある。70年代のジューダス・プリーストは自分にとってはその程度だった。

イン・ジ・イースト Music イン・ジ・イースト

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/06/02
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 後になって、1978年に発表された「ステンド・クラス」を聞いた。その時初めてヘヴィ・メタルの黎明期のような感情を抱いた。ロブのメタリックな声と、曲によっては重く引きずるようなリズム、ツイン・リード・ギターの様式美など、確かにそれまでのオールド・ウェイヴとは少し違う音楽だと感じた。

ステンド・クラス Music ステンド・クラス

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/06/02
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 特に1曲目の"Exciter"は初期のヘヴィ・メタルはこんな曲だったという見本みたいなものだし、8曲目の"Beyond the Realms of Death"はブラック・サバスのような重たいリズムにギターが突き刺さっているような曲で、イントロのアコースティック・ギターから徐々に盛り上がっていく曲展開が見事だった。
 またアルバム・ジャケットもメタリックな感じがよく表れていて、時代を象徴するシンボリックなデザインだと思った。

 その後しばらく彼らの音楽から離れていたのだが、1984年に発表された「背徳の掟」を聞いて、ビックリした。まさにこれこそヘヴィ・メタル・アルバムだと思った。1曲目から躍動感、疾走感、焦燥感が聞き手に痛いほど伝わってくる。

背徳の掟 Music 背徳の掟

アーティスト:ジューダス・プリースト
販売元:Sony Music Direct
発売日:2004/08/04
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 70年代のハード・ロック、ヘヴィ・メタルを支え、引き継ぎ、次代に継承したジューダス・プリーストが、今度は逆に80年代のネオ・ヘヴィ・メタルの洗礼を浴びて、拡大再生産した音楽、それが80年代の彼らの“掟”だったと思う。

 もちろん彼らの音楽にはブルーズ臭は一切ない。緩急つけた曲展開やスパッと進んでいくリフやコード進行はあるが、そこには70年代の残り香は感じられない。まさに“メタル・ゴッド”として君臨する彼らのヘヴィ・メタルが存在するのみである。

 ジューダス・プリーストにとって、70年代はイギリスでの成功を手に入れ、80年代に入ってからはアメリカを始め、全世界的な成功を手にすることができた。それもこれも70年代の“ハード・ロック冬の時代”に自分たちの音楽を信じ、その行動を貫くことができたからだと思っている。口で言うことは簡単だが、当事者にとっては人生を賭けた戦いだったわけでもある。さぞかし苦しかったであろう。

 21世紀の今でも彼らは、多くのミュージシャンからリスペクトされている。それは伝統を引き継ぎながらそれを大きく発展させた功績に対してであろうし、その苦闘の中で自分たちを見失わず、後進に道を切り拓いていった努力に対してでもあるだろう。単なるメタル・バンドとして片付けられないサムシングを彼らから感じるのである。

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2010年9月22日 (水)

シン・リジィ

 一般的にアメリカは、ハード・ロック不毛の地といわれていた。それはどうしてもアメリカよりもイギリス勢の方がハード・ロックの面では進んでいたからである。ロックン・ロールはアメリカ生まれだったが、それを上手に加工し、さらに進化させてきたのはビートルズやストーンズなどのイギリス勢だった。

 ジャズ・ロックやプログレッシヴ・ロックなどはイギリス生まれであり、その影響を受けるかたちでアメリカでもその手の音楽が育っていった。だから1960年代後半から70年代始めまではジミ・ヘンドリックスやマウンティンなどが活躍したのである。

 ところが70年代に入ってからは、シンガー・ソングライターの時代になってしまった。自分で歌い、自分で演奏するというスタイルが広く世間に広がっていった。それはボブ・ディラン以前のウディ・ガスリーやピート・シーガーのときから、アメリカン・ミュージックの底流として存在していたものである。
 また、ベトナム反戦運動の影響もあったと思われるのだが、西海岸の方ではフラワー・ムーヴメントからウェスト・コースト・ミュージックが生まれ、アメリカ中に広がっていった。

 しかしそういう状況の中でも、アメリカン・ハード・ロックは死に絶えたわけではない。むしろ商業主義と折り合いをつけながらも、エアロスミスやキッスなど新しい世代の新しいバンドが生まれていった。

 一方、イギリスでは、状況は少し違っていた。70年代初頭の有名バンドの多くはメンバー・チェンジを繰り返して人気が衰えていったり、ワン・パターンの演奏スタイルやアルバム制作を見限られるといった状況も生まれてきたのである。

 一方で、グラム・ロックなどの新しい潮流は生まれたものの、数年で潮が引くように衰えていったし、有名バンドに続く新しいバンドの中で、世界的にブレイクしたものはクィーンとバッド・カンパニーぐらいだった。70年代半ばのイギリスでもハード・ロックは危機的状況に面していたのである。

 そんな中で、コツコツと自分たちの信念を貫き通したバンドがあった。それはシン・リジィというアイルランドから生まれてきた4人組のバンドだった。バンドの中心人物はベーシストのフィル・リノットという人で、この人は自分で詩集も出版している詩人でもあった。(70年代の日本では、フィル・リノットと雑誌などでも紹介されていたが、現在ではライノットと呼ぶのが一般的である。でも自分はどうしてもフィル・リノットと呼んでしまうのであった)

 このフィルとドラマーのブライアン・ダウニーが中心となって、スコットランド出身のブライアン・ロバートソン、カリフォルニア出身のスコット・ゴーハムという2人のギタリストで1974年頃から徐々に人気を獲得し始め、1976年に名作「脱獄」を発表し、彼らはついにトップ・バンドとして認められたのである。

Jailbreak Music Jailbreak

アーティスト:Thin Lizzy
販売元:Universal/Polygram
発売日:2008/11/04
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 このアルバム、いま聞くとハード・ロック・アルバムというよりは、歌もの中心のロック・アルバムという感じである。メロディがきれいで聞きやすいので、脂ぎったところがない。だから一般的なマッチョな男が汗でビッショリになりながら聞くといったイメージとは程遠い。後世のヘヴィ・メタルからみれば、軽音楽といった感じだと思う。

 特にアルバム・タイトルにもなった"Jailbreak"、サビのメロディがきれいな"Romeo and the Lonely Girl"、ツイン・リード・ギターが可愛らしく鳴る"The Boys are Back in Town"、穏やかで聞かせる曲の"Fight or Fall"、メンバー4人の共作で、リード・ギターが交互にソロ・パートを演奏する"Emerald"など佳曲が多いアルバムでもある。

 彼らの売りはツイン・リード・ギターである。2人のギタリストがお互いにリードのパートを演奏するのである。
 イギリスではウィッシュボーン・アッシュというツイン・リードの分野では先輩格のバンドがいた。60年代のヤードバーズでは一時期ジェフ・ベックとジミー・ペイジがお互いにリード・ギターを担当していた。イギリスではそういう伝統があるのかもしれない。

 ヤードバーズで思い出したが、このシン・リジィも有名なギタリストを輩出している。ブライアン・ロバートソンとスコット・ゴーハムが在籍していたときが一番売れたのだが、この2人よりもむしろ、ゲイリー・ムーア(この人は2度在籍している)やスノウィ・ホワイト、ジョン・サイクスの方が有名である。(いづれもこのブログに登場しているギタリストだ)
 だからシン・リジィは70年代のヤードバーズ的存在といってもいいだろう。少なくともヤードバーズよりは売れていると思う。

 自分は「脱獄」とベスト盤「デディケイション~フィルに捧ぐ」の2枚しかもっていないのだが、ベスト盤を聞くと「脱獄」はむしろ彼らの本来持っているものとは違う雰囲気をもっている。ちょっと売れ線寄りというか、ソフィストケイトされすぎている気がしてならない。2

 ベスト盤の"Bad Reputation"やライヴ音源の"Rosalie/Cowgirl Song"、"Still in Love with You"、"Emerald"を聞くと、彼らのアグレッシヴでパワフルな情熱や熱気を感じることができる。確かに彼らはライヴ・バンドであった。

 またリーダーのフィルは、見てわかるように肌の色が黒い。これはブラジル系黒人の父とアイルランド人の母の間に生まれたからであるが、彼自身はコンプレックスを抱いていたようだった。常に違和感を抱きながら、周囲の状況に溶け込もうとしていたらしいのだが、うまくいかないこともあったらしい。彼自身ははっきりとは述べていないのだが、子どもの頃には疎外感を味わったのではないだろうか。そういう何ともいえない苛立ちみたいなものが、彼をしてロックン・ロールの道に走らせたのかもしれない。

 また彼は幼少の頃に両親が離婚したため、父親の顔を知らないで育っている。だからもう一度父親に会いたかったようであるが、結局、生涯を通して再び会うことはなかった。

 シン・リジィは1983年に解散し、フィルはソロで活動を始めるのだが、1986年の1月に36歳の若さで亡くなった。死因はドラッグの過剰摂取による敗血症だった。

 今となっては、シン・リジィはフィル・リノットのいたバンドとして有名だが、70年代のオールド・ウェイヴのハード・ロックと80年代のニュー・ウェイヴ・オブ・ヘヴィ・メタルの架け橋となった貴重なバンドなのである。アイアン・メイデンがツイン・リード・ギターという形式をとったのもシン・リジィの影響であった。

 シン・リジィから影響を受けたバンドは多い。アメリカのボン・ジョヴィをはじめ、メタリカやアンスラックス、スマッシング・パンプキン、イギリスのアイアン・メイデン、デフ・レパード、デンマークのプリティ・メイズなど数え上げるときりがない。それほど慕われたバンドだった。
 確かにフィルの人望や楽曲のよさ、ライヴのパワフルさもあったのだろうが、ハード・ロック不遇の時代に、地道に活動を続けていったというシンパシーを多くのミュージシャンに感じさせているのかもしれない。

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2010年9月18日 (土)

アイアン・メイデン

 ついに出ました、アイアン・メイデン。いつかはこのバンドを紹介しなければいけないと思っていたのだが、やっとその時が来たようだ。でも自分はあまり好きではないのである。それまでの60年代~70年代のハード・ロック・バンドを聞いてきた自分にとっては、何となく取っつきにくいところもあった。

 もっとギター・ソロを聞かせてほしいとか、サビのフレーズをきめてほしいという願望があって、最初は彼らのことが好きではなかった。今でもCD棚から引っ張り出してきて、繰り返し聞こうという気にはなれない。

 個人的な感情はさておいて、彼らの出現はまさにエポック・メイキングなものだった。ハード&ヘヴィ・ロック+パンク・ロック=アイアン・メイデンというような図式なのである。
 彼らの出現がなければ、その後のヘヴィ・メタルの歴史は大きく変わっていっただろう。少なくとも10年は遅れていたに違いない。“ジャーマン・ロック”や“北欧メタル”の出現も遅れただろうと断言できる。

 何しろNWOBHMの火付け役なのである。ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルのニュー・ウェイヴという潮流を、常に最前線でリードして行ったのがアイアン・メイデンであった。鋼のようなリフ、圧倒的な疾走感を備え、一方でいかにもブリティッシュ的な哀愁を帯びたバラードも奏でることができるという理想的なバンドでもあった。

 1stアルバムは1979年に発表され、またたくまにチャートの上位を駆け登り、ラジオも彼らの楽曲をオン・エアし始めた。このアルバムは、また、イギリスだけでなくアメリカでもゴールド・ディスクを獲得している。普通、この手の音楽はアメリカではよほどプロモーションをしないと売れないのだが、1st以降も次々と売れるという結果につながっている。時代はこういう音を求めていたのだろうか。

鋼鉄の処女 Music 鋼鉄の処女

アーティスト:アイアン・メイデン
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1998/10/28
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 それまでのハード&ヘヴィ・ロックは、確かに長尺のギター・ソロやドラム・ソロもカッコいいのだが、ある意味テクニック至上主義に陥ってしまって、楽曲本来の持ち味というか、良さがそれに隠れてしまうこともあった。また、2~3分のパンクの影響から、もっと刺激的でもっとインパクトのあるものを当時の若者は求めていたと思われる。
 それは音楽的な問題だけでなく、当時のイギリスが抱える経済状況や社会不安も背景にあったに違いない。ロックという音楽は、時代性から逃れられない音楽なのだ。

 確かにアイアン・メイデンの1stアルバムはカッコいい。リズムや音に切れがあり、アップテンポの曲では、思わず体が動いてしまいそうになる。それが若者に広く受け入れられたのであろう。
  それに基本的に彼らはツイン・ギター・バンドなので、音も厚くかつメロディアスなフレーズも響かせることができた。だから総体的に見て、ヘヴィ・メタルの新旧のよいところがうまくブレンドされて発展した音楽だった。

 ある意味では、彼らのサウンドは70年代のオールド・ウェイヴの焼き直しという面もあるだろう。2ndアルバム「キラーズ」では1分少々のインストゥルメンタル"The Ides of March"から始まり、2曲目の"Wrathchild"の荒々しいリフが続くのであるが、この辺の展開は60年代から行われていたことである。

【CD】キラーズ/アイアン・メイデン アイアン・メイデン 【CD】キラーズ/アイアン・メイデン アイアン・メイデン
販売元:バンダレコード ヤフー店
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 さらに"Murders in the Rue Morgue"では静かなアコースティック・ギターが曲を導き、やがて性急にリズムが刻まれるのだが、この辺の流れもよくあることだ。

 しかし、やはり疾走感や重厚感がそれまでのオールド・ウェイヴ・ハード・ロックとは全然違う。この辺は聞いてみないとわからないと思う。とにかくエポック・メイキングな出来事だったのである。

 また彼らの特徴として長い曲も収められている点が挙げられる。たとえば1stであれば7分を越える"Phantom of the Opera"であり、2ndアルバム「キラーズ」であれば、6分11秒の"Prodigal Son"である。彼らはパンク・ロックの影響を受けながらも、決して短い曲だけを演奏するのではなくて、こういうある意味で組曲的な曲も初期から演奏していた。

 これはベーシストのスティーヴ・ハリスの意向に沿うものである。彼はプログレッシヴ・ロックにも造詣が深いようで、その影響を受けた曲作り、アルバム作りを行っている。
 自分が持っている彼らのアルバムは3枚しかないのだが、そのうちの「パワースレイヴ~死界の王オシリスの謎」(1984年発表)は、まさにそういう組曲的でプログレッシヴな要素を含んだヘヴィ・メタル・アルバムに仕上がっていて、興味深い。

パワースレイヴ Music パワースレイヴ

アーティスト:アイアン・メイデン
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:1998/10/28
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 何しろこのアルバム6分台の曲が2曲、7分台が1曲、そして最終曲"Rime of the Ancient Mariner"は13分39秒もあるのだ。これはもう単なるヘヴィ・メタルではなくて、完全なプログレッシヴ・ヘヴィ・メタルである。
 もちろん形式的だけでなく、内容的にも現代の戦争や旧約聖書、古代エジプトにおいての争いと平和などが描かれていて、現代文明への警鐘を鳴らしている(と思っている)。

 このアルバムは商業的にも成功し、全英2位、全米21位を記録した。全米ではプラチナ・ディスクも獲得している。
 時間的なことを考えれば、このアルバムの成功のおかげで、プログレッシヴ・ヘヴィ・メタルという分野が開拓されたのかもしれない。ひょっとしたらこのアルバムがなければ、のちのクイーンズライチやドリーム・シアターの出現なども遅れていったかもしれない。

 自分が彼らの音楽をあまり聞かないのは、たぶんエディのせいもあるだろう。エディというのは彼らのマスコット人形のことで、「キラーズ」のアルバム・ジャケット中央に斧を持って堂々と立っているゾンビのような怪物のことである。

 このエディ、正確には“エディ・ザ・ヘッド”といい、アルバム・ジャケットだけでなく、彼らのオフィシャル・グッズや、コンサート会場のライヴ中にも現れてくる。彼らの音楽観を象徴しているキャラクターなのであろう。ファンにとってはこれもまた愛情の対象になるのであろうが、自分にとっては嫌悪の対象でしかない。

 だから自分はどうも好きになれなかった。このアルバムを持って歩いたり、家の中で飾ったりするのは抵抗があったし、アルバム・ジャケットもアートワークの一つだと思っていた自分にとっては受け入れられなかったのである。だから彼らの音楽にもまともに向き合う事もなく、時が過ぎていったのだろう。あれがエディでなく、“13日の金曜日”のジェイソンぐらいなら、まだ許容できたかもしれない。

 それでアイアン・メイデンは、70年代の終わりから現在まで、実に40年近く活動を続けている。そのあいだ、彼らの代名詞にもなったメンバー・チェンジが頻繁に行われていったが、最近では3人のギタリストとベーシストにドラマー、ボーカリストの6人で安定しているようである。(結局、オリジナル・メンバーはスティーヴ・ハリスとギタリストのデイヴ・マーレイの2人だけのようだ)

 ヘヴィ・メタルの歴史を切り拓いてきたバンドがアイアン・メイデンである。アメリカではクイーンズライチやドリーム・シアター、イギリスではこのアイアン・メイデンがヘヴィ・メタルの可能性を大きく広げていったのである。彼らがいなければ、80年代以降のヘヴィ・メタルはもっと早く衰退の道をたどって行ったであろう。

 とにかくヘヴィ・メタルの拡散性や融合性を推進していった強力なバンドである。おそらくあと10年たっても活動しているはずだ。そして、あのエディとともにヘヴィ・メタルの行く末を見守っているのであろう。

ファイナル・フロンティア Music ファイナル・フロンティア

アーティスト:アイアン・メイデン
販売元:EMIミュージックジャパン
発売日:2010/08/18
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2010年9月14日 (火)

クイーンズライチ

 今まで“ジャーマン・メタル”や“北欧メタル”の一部を紹介してきた。個人的にはいずれも印象深い作品だったのだが、メタル・サウンドが好みでない方にはどうでもいいことかもしれない。まあそれは“蓼食う虫も好き好き”ということで、ご勘弁願いたいと思う。

 それで80年代、90年代のヘヴィ・メタルの状況を概観してきたつもりだった。英米のハード・ロックから時代が変遷するにしたがって、地域的に拡散し、音楽的にも融合していった。繰り返しになるが、だから“北欧メタル”や“ジャーマン・メタル”、“シンフォニック・メタル”や“プログレッシヴ・ヘヴィ・メタル”などが生まれたのだった。そしてそれは時代の必然性ともいえることである。

 もともとヘヴィ・メタルには“構築性”というか“様式美”を誇る傾向がある。それは70~80年代のディープ・パープルやレインボーを見ればわかるように、非常に華麗にかつテクニカルに構築された音楽性を内包している。

 一方、レッド・ゼッペリンはそれとは少し違うものの、ヘヴィ・メタルの拡散には大きく貢献している。アルバム「Ⅲ」、「フィジカル・グラフティ」、「イン・スルー・ジ・アウト・ドア」を聞けばわかるように、彼らにはもともとそういう志向性が備わっていたからである。

 その70年代のハード&ヘヴィ・ロック・サウンドがパンク/ニュー・ウェイヴの洗礼を浴びて質的変化を遂げたのが80年代のヘヴィ・メタルだというのが自分の考えである。
 そしてほぼ同時に、ヘヴィ・メタルの融合も始まり、イギリスではアイアン・メイデンなどが出現して、音楽シーンの中におけるその流れに一層の拍車をかけていった。

 一方、商業主義優先のアメリカでは、MTVに受け入れやすいヘヴィ・メタルが先行し、
①音楽的にキャッチーでわかりやすい
②見た目が派手で商品化されやすい
③老若男女にも受け入れやすい
 などの要素が備わったものがブームとして、広まっていった。あくまでも“ブーム”なのだから、90年代に新しい“グランジ”という流れ起こったせいで、一気にそのブームは終焉を迎えている。

 ただアメリカは大陸的にも広大であり、その音楽性もあまりにも膨張している感がある。だからアメリカン・ハード・ロック・バンドの中にも意識の高い人たちは(正確には意識が違う人たちというべきか)、積極的に他の音楽性を取り入れようとしていった。

 結果的にその音楽性と商業性が幸運にも一致した代表的なバンドが、クイーンズライチやドリーム・シアターなどである。特にクイーンズライチはドリーム・シアターよりもデビューが早かったせいか、アメリカでは先駆的なバンドだと自分は思っている。

 彼らはツイン・ギター、ボーカル、ドラムにベースという5人組で、1981年にデビューし、83年には大手のEMIと契約してアルバムを発表していった。
 1988年に発表したアルバム「オペレーション:マインド・クライム」はヘヴィ・メタルの歴史の中では大傑作アルバムとの評価を得て、彼らの人気は一気にワールドワイド化していったのである。

オペレーション:マインドクライム Music オペレーション:マインドクライム

アーティスト:クイーンズライチ
販売元:EMIミュージック・ジャパン
発売日:2003/06/11
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 自分はこのアルバムは聞いたことはあるのだが、何となくザ・フーの「トミー」やピンク・フロイドの「ザ・ウォール」のヘヴィ・メタ版という感じしか受け取れなかった。たぶん聞いた当時はそんなに身を入れて聞かなかったのだろう。
 ただ、そのロック・オペラ的な展開やSEなどの効果、ボーカリストのジェフ・テイトの力強いボーカル、ヘヴィ・メタリックなギター・リフなどは印象に残っている。確かによくできたアルバムだった。

 ただ不思議なことに、その当時はあまりそのアルバムを評価しなかったのだが、時が流れるにつれて、段々と彼らのことが忘れられなくなってしまった。それだけインパクトがあったのだろう。もしくは無意識下に働きかけるほど効果のあるアルバムだったのかもしれない。

  それで今回、あらためて聞き直したのだが、やはり噂にたがわず快作だった。何がいいのかというと、ギターが前面に出ていて、まさにヘヴィ・メタルな作品に仕上がっている点である。
 さらにボーカルには迫真性を備えているし、1曲目の"I Remember Now"は演出といった感じなので、2曲目の"Anarchy-X"から15曲目の"Eyes of A Stranger"まで一気に聞かせてくれた。特に"Breaking the Silence"や"Spreading the Disease"、"The Mission"、"Eyes of A Stranger"などは個人的に気に入った楽曲だった。それにしてもジェフ・テイトというボーカリストは只者ではないと思っている。

 だからその後のアルバム1990年の「エンパイア」、94年の「プロミスト・ランド」、97年の「ヒア・イン・ザ・ナウ・フロンティア」と、なぜか立て続けにアルバムを購入してしまったのである。これも「オペレーション:クライム・マインド」の影響かもしれない。

 それらのアルバムを聞いた限りでは、段々とポップ化を強めていったということだろう。「エンパイア」は全11曲だが、「プロミスト・ランド」ではボーナス・トラックを入れて13曲、「ヒア・イン・ザ・ナウ・フロンティア」では15曲に増えていて、当然のことながら1曲あたりの時間も短くなっている。

 ただポップ化といっても、太陽光を燦燦と浴びているような軽快なポップ・ソングではなく、むしろその逆で、どちらかというとブリティッシュ・ロックの雰囲気に近いダークでヘヴィな音が中心である。だから聞いていくと、だんだんと鬱な気持ちにさせられる。

 ただ1990年に発表された「エンパイア」は非常に聞きやすいアルバムに仕上がっているし、その中の"Silent Lucidity"は美しいミデァム・テンポの曲で、シングル・ヒットを記録した。アルバム自体も全米7位を記録し、前作とは違う作風で逆に多くのファンを獲得することにつながった。自分が持っている彼らのアルバムの中では一番聞きやすいアルバムではないだろうか。

Empire Music Empire

アーティスト:Queensr黹he
販売元:Capitol
発売日:1990/09/10
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 また次のアルバム「プロミスト・ランド」の中の"Bridge"、"Lady Jane"は聞きやすいダークさを備えている。また"My Global Mind"はこのアルバムの中では珍しくアップテンポの曲だし、ピアノの響きが美しい"Someone Else?"は印象的なバラードである。

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 クイーンズライチはドリーム・シアターほどテクニカルなバンドではないし、プログレッシヴな雰囲気もない。曲も3分~4分程度が多く短いし、インストゥルメンタル・パートも目立たない。ただプログレッシヴ・ロックが含んでいる思想性を歌詞や楽曲に具現化している点ではプログレッシヴといえるであろう。(この辺はカナダのバンド、ラッシュの影響が強いと思われるが、どうだろうか)

 そしてその精神性はアメリカよりもむしろヨーロッパで受け継がれていて、ドイツのブラインド・ガーディアンやオランダのエレジーなどはクイーンズライチから影響を受けているバンドとしても有名だ。

 本家のクイーンズライチは、メイン・ソングライターであるギタリストのクリス・デガーモが脱退し、その後EMIとの契約も打ち切られて、ガンズ&ローゼズやアイアン・メイデンなどが所属しているレーベルに移籍した。ヘヴィ・メタルに理解のある営業方針のせいか21世紀になっても彼らはコンスタントにアルバムを発表している。ただしかつてのような話題性は伴っていないようだ。

 もともとは楽曲やアルバム・コンセプトで勝負するバンドだったし、フロントマンのボーカリスト、ジェフ・テイトの存在が大きいバンドであった。だから今後も大きくその音楽性が変わるとは思えないのだが、まだ彼らも50歳前後である。できればもう一度インパクトのあるアルバムを制作して、その存在意義を発揮してほしいと願っているのである。

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2010年9月10日 (金)

エレジー

 ヘヴィ・メタルの歴史を講釈するつもりはないのだが、何となくそうなってしまった。古典的ハード・ロックからヘヴィ・メタル、さらには“ジャーマン・メタル”や“北欧メタル”、“L.A.メタル”などの地域密着型サウンドへと、初期のハード・ロックは変貌していった。

 そして80年代の終わりから90年代になると、地域ごとの特色を持ったヘヴィ・メタルは、クラシックの要素を含んだ“シンフォニック・ヘヴィ・メタル”やプログレッシヴ・ロックと融合したような“プログレッシヴ・ヘヴィ・メタル”へとクロスオーヴァーしていったのである。これは地域的な拡散と音楽的深化を表す出来事だった。これもある意味でのロックの必然的な発展だと思うのである。

 そしてそういう音楽的深化は、ハード・ロックの母国であるイギリスやアメリカだけでなく、それ以外の国々でも勃興していった点で興味深いものがある。これも同時多発的なシンクロニティということなのだろうか。

 今回紹介するオランダ発のバンド、エレジーもまたそんなバンドである。自分はある雑誌で彼らのことを知ったのだが、1stアルバムのタイトルが「迷宮の夢」というのだから、タイトルからして妙に気をそそられた。

Labyrinth of Dreams Music Labyrinth of Dreams

アーティスト:Elegy
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 結成時のバンドメンバーは6名で、ギタリストが2人にキーボーディスト、ボーカリストとリズム・セクションで、やはりヨーロッパのこの手のメタルバンドには、必ずといっていいほどキーボード・プレイヤーが参加している点が興味深い。
 逆にキーボーディストがいるからこそ、音に広がりが出て、プログレッシヴな音楽性を構築することができるのだろう。

 リーダーはギタリストのヘンク・ヴァン・ダー・ラーズで、専属キーボーディストがいるのだが、それを圧倒するかのような音圧のギターを響かせてくれる。
 またボーカリストのエドワード・ホヴィンガは、かなりのハイ・トーン・ボイスを聞かせてくれる。これほどのハイ・トーンを常時発揮するのはかなり厳しいように思えるのだが、惜しげもなく聞かせてくれる点はもはや常識の限界を超えている。この手の音楽が好きな人にはたまらないであろう。

 アルバムは1992年に制作され、翌93年に発表されている。全10曲で、そのうち2曲はインストルメンタルだ。お薦めは6曲目の"Over and Out"かアルバム・タイトルの"Labyrinth of Dreams"だろう。
 前者はこのアルバムの中ではメロディが際立っていて、万人に愛されるような佳曲である。ギターはハードであるが、メロディアスでポップな点も垣間見られていて、日本人受けそうな感じがする。過剰なプロデュースがない分、聞きやすかったのかもしれない。

 続く"Labyrinth of Dreams"は静から動への流れがいい。こういう緩急自在な作りの曲をほかのところでも発揮してほしかった。他の曲は比較的一本調子な部分が目立つのだった。

 確かに声は高いし、ギターは走っている。本当にテクニカルなギターで、ドリーム・シアター並みである。また曲の構成自体がドラマティックで、ボーカルやギターを中心に組み立てられていることが素人の耳でもよくわかる。

 ただ惜しいのは、もう少し中心となるメロディやリフに工夫がほしかったという点だと思う。曲構成も見事で、歌もギターもバッチリ決まっているにもかかわらず、印象に残るようなフレーズが少ないのだ。

 一緒に口ずさめるようなことは望まないのだが、せめてもう少しメロディアスな旋律があれば、もっと有名になっただろうし、アルバムの商業的成果ももっと出たに違いない。その点が残念でならない。そうなればヨーロッパの“ドリーム・シアター”として、もっと違う評価が下ったに違いない。

 バンドはその後もアルバムを発表するのだが、思うような成果も上げられずに(と勝手に判断しているのだが、たぶん大きく間違ってはいないだろう)、中心人物のギタリスト、ヘンク・ヴァン・ダー・ラーズやボーカリストのエドワード・ホヴィンガが脱退していった。

 今でも現役のバンドなのだが、オランダ人だけではなくイギリス人やフランス人も加わり、多国籍バンドに変貌している。ただそのサウンドはプログレッシヴなヘヴィ・メタル・サウンドのようである。

 数回にわたってドイツや北欧諸国、オランダなどのヘヴィ・メタル・バンドを見てきたが、リフ一辺倒というよりは、メロディや音の広がりを大切にするバンドが多かったように思う。ヘヴィさの中にもそういう華麗さや優雅さなどが秘められているのが、この手のバンドの特長なのかもしれない。

 やはりバッハやモーツアルトを生み、育んできたヨーロッパである。そこで育ったメタル・バンドは英米とは一味違う。そしてそういう華麗さや哀愁味を慕ってやまない日本人には、こういうサウンドが似合っているのであろう。彼らが本国と日本でしか受けないというのも無理からぬ理由があるのだった。

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2010年9月 6日 (月)

ロイヤル・ハント

 70年代のハード・ロックは、基本的にブルーズの影響を強く受けたリフ中心の音楽だったように思う。
 中にはディープ・パープルのように、クラシカルなテイストをもったバンドもあったが、それはあくまでも味付け程度であって、基本は他のバンドと大きく変わっていなかったはずだ。

 それが70年代の後半からは大きく変わっていった。パンク・ロックの洗礼を受けたハード・ロックは、それまでのギター・ソロやドラム・ソロなどの個人の技量のパートが大きく削られ、コンパクトで疾走感のある曲作りになっていったのである。ヘヴィ・メタルなどという言葉も70年代後半のこのあたりから頻繁に使用されるようになった。

 そしてイギリスではNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)というムーヴメントが生まれ、アメリカでは80年代に入ってMTVの隆盛とともに“L.A.メタル”という見た目も音楽も派手で、華やかな売れ線ハード&ヘヴィ・ロックが流行した。

 それとともに英米中心のハード&ヘヴィ・ロックが他の国へと拡散されていき、“ジャーマン・メタル”や“北欧メタル”などという言葉も生まれ、ヨーロッパやその他の国々でも広く認知され、定着していったのである。そしてさらにそれらのメタル・サウンドはクロスオーヴァーされていった。

 だからスコーピオンズのように70年代から活躍しているバンドは、自分たちの信念が実ったというか、時代が彼らを後押しした部分もあったのだが、80年代後半以降に結成されたバンドは、逆にうまく時流に乗ることができたという面もあったのも否定できないと思う。

 今回紹介するデンマークのバンドのロイヤル・ハントは、母体となったバンドの結成は1988年であり、ハード&ヘヴィ・ロックの流れから見れば、流行も一段落したあとの結成になる。

 1stアルバム「ランド・オブ・ブロークン・ハーツ」は1992年に発表され、大きな反響を生んだ。それはハード&ヘヴィ・ロックの基本路線は変わらないものの、バンドの中心人物であるアンドレ・アンダーセンがクラシックの音楽学校で学んだギタリスト&キーボーディストだったからである。

ランド・オヴ・ブロークン・ハーツ Music ランド・オヴ・ブロークン・ハーツ

アーティスト:ロイヤル・ハント
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 “北欧メタル”にはキーボードを使用するバンドの割合が比較的高いということを以前にも述べたのだが、それプラス、コーラスが加わったり、メロディアスな旋律を併せ持っている音楽性も備えているのが特徴でもある。

 このロイヤル・ハントもこの例にもれず、アンダーセンの音楽的素養が充分発揮されている。彼はロシア生まれのデンマーク人なのだが、5歳からピアノを学んでいたらしい。この場合の音楽はクラシック音楽に当たり、彼自身もモーツアルトやパガニーニなどのクラシック音楽家やジョン・ロードやリック・ウェイクマンなどをリスペクトしている。

 自分は1stの「ランド・オブ・ブロークン・ハーツ」と1997年に発表されたベスト盤の2枚を持っているのだが、アルバムを発表するたびに彼らの音楽は深化されているように思えてならない。

 つまりよりメロディアスに、よりシンフォニックに、そしてより構築美が際立つ方向性へと進んでいる。特に1994年にリード・ボーカルがアメリカ人のD.C.クーパーに交代してからはその傾向が顕著である。

 ベスト盤は年代順に曲が収められていて、彼らの音楽的深化を感じることができる。1stアルバムからは4曲、2ndアルバムからは3曲、3thアルバムから4曲、4thアルバムから3曲という具合に、それぞれのアルバムから満遍なくほぼ平均して収録されている。Photo

 注目すべきは、静から動への転換が見事な"Intro~Wasted Time"、壮大なバラードである"Clown in the Mirror"、阪神淡路大震災をテーマにした"Far Away"、叙情的なピアノ・ソロから徐々に盛り上がっていく"Message to God"あたりだろうか。個人的には最後の曲"It's Over"も捨てがたい。

 このベスト盤は初期4枚からの抜粋なのだが、彼らの魅力をわかりやすくまとめている好盤だと思う。とりあえずこのアルバムから聞けば、彼らの全貌はほぼ理解できるであろう。

 このロイヤル・ハントというバンドは、現在のデンマークを代表するヘヴィ・メタル・バンドであるが、単なるメタル・バンドではなく、音楽的素養の深い、実にハイ・センスなバンドなのである。そしてその音楽的みなもとは、メンバーのアンドレ・アンダーセンから来ている。

 彼らはメンバー・チェンジを繰り返しながら、今も第一線で活躍している。息の長いバンドが多いのも“北欧メタル”の特徴かもしれない。

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2010年9月 2日 (木)

プリティ・メイズ

 スカンディナビア半島のハード・ロック/ヘヴィ・メタル・バンドについて書いてきたのだが、9月に入っても残暑が続いていることだし、この暑さが一段落するまで続けようと思った。
 ただし、今回はもう少し範囲を広げて北欧諸国のハード・ロック・シーンを見てみようと思う。

 その前に、“北欧”という地域を定義しないといけないのではないか。いろいろ調べてみると、“北欧”とはスカンディナビア半島の諸国とデンマーク、アイスランド、その近辺の諸島を指すことがわかった。だからドイツやオランダなどは“北欧”には入らないのである。

 したがって、ドイツのヘヴィ・メタルを“ジャーマン・メタル”というのだろう。またオランダの場合は“ダッチ・サウンド”と呼ぶ場合もあるらしい。でもオランダのヘヴィ・メタ・バンドについては次回に紹介したい。次回があればの話だが…

 それで今回は“北欧”の中のデンマークが生んだヘヴィ・メタル・バンド、プリティ・メイズの登場である。

 自分は彼らのアルバムを1枚しかもっていいないので、あまり偉そうなことはいえない。ただ聞いた印象はといわれると、やはりメロディを大事にしたハード・ロック・バンドという感じだった。

 このバンドも80年代にデビューして、メンバー・チェンジを繰り返しながら今に至っている。北欧諸国にはこの手のハード・ロックやヘヴィ・メタル・バンドが数多くいるのだが、彼らの人気を支える下地みたいなものがあるのだろう。日本から見ればうらやましい環境でもある。Xジャパンもヨーロッパに行けば、かなり受けるのではないだろうか。

 1984年に発表された「レッド・ホット&ヘヴィ」は、なかなかの好盤だと思う。この当時の彼らは6人組だった。ギタリストが2人でそれにキーボーディストが一人いて、あとはリズム・セクションとボーカリストである。だから単なるメタル・バンドではなくて、もう少し音に広がりがある。

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 また各曲も3分~4分程度と比較的コンパクトにまとまっていて、聞きやすい。老若男女にとって、わかりやすい音楽性を持っていると思う。

 一方で、無理やりヘヴィ・メタルという形式を選択しているのではないかという危惧も与えてくれる。もう少しストレートに、というかナチュラルに音楽をやればいいのではないかと思ったりもした。

 つまり当時の流行にそった音楽性だったのだろう。1曲目の"Fortuna"はキーボードを使用しての序曲のようなもので、わずか22秒の曲。すぐにアップテンポのメタル節が炸裂して2曲目の"Back to Back"が始まるのである。この当時はこういう手法がよく見られたのだが、あまりにも典型的というか、考え方が陳腐である。まあしかし、メタル・ファンはそのお約束事を期待しているのだから、それはそれでいいのかもしれない。時代を感じさせてくれる点でもある。

 2人のギタリスト+キーボーディストだから、音が厚く感じられるし、その点をもっと追求すれば、"Final Countdown"で一躍有名になったスウェーデンのバンド、ヨーロッパみたいにもっと知名度が上がったに違いない。その点が少し残念である。

 このアルバムでいえば4曲目の"Waitin' for the Time"などがそのいい例である。この曲はこのアルバムの中でも1、2を争うほどメロディがきれいで印象に残る曲。そして無理にゴリゴリとリフのみで押さないで、しっかりとした曲構成を持っている。この路線をもう少し追求してほしかった。そうすれば“デンマークのスコーピオンズ”というポジションは保てたように思う。

 また8曲目の"A Place in the Night"はギター中心ではあるものの、バックのキーボードの音もさりげなく自己主張していて、バランスの取れたいい曲である。
 さらに次の"Queen of Dreams"も仰々しいキーボードの音がいい味を出していて、哀愁味のあるメロディ・ラインがリスナーの心を掴んで離さないのではないかと思ったりもした。まさに“北欧メタル”という定義に当てはまる曲だと思う。

 ただギタリストが2人いる必要性はあるのだろうかという疑問は残った。でもいいアルバムではある。

 彼らはブラック・サバスの前座としてツアー中に、当時のサバスのボーカリスト、イアン・ギランに声をかけられたところから、道が開けていった。その後はレインボーやジューダス・プリースト、ディープ・パープル等とともにツアーに出かけてさらに知名度を上げるようになった。

 1990年にはロジャー・グローバーをプロデューサーに迎えて、アルバム「ジャンプ・ザ・ガン」も制作され、ヘッド・ライナーとしてツアーに出るようになった。
 1991年には4人編成になり、原点に返った音作りを行うようになったという。それ以降は派手な噂も聞かなくなったのだが、2006年には10枚目のアルバムも発表していることから現在でも第一線で活躍中のようだ。

 自分にとってはデンマークのミュージック・シーンを開拓してくれたバンドの一つでもあった。シングル・ヒットがあれば、もっと有名になったのにと思うと、不運なバンドだといえるかもしれない。

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