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2010年10月

2010年10月28日 (木)

ラッテ・エ・ミエーレ

 ラッテ・エ・ミエーレという長ったらしい名前のバンドがかつてイタリアで活動していた。できの悪い自分には到底覚えきれない名前なので、人にこのバンドのことを紹介するときは、“受難劇”を作ったイタリアのバンドというふうに言っている。これでも充分通用するようで、誰も違和感を覚えないようだ。

 デビュー時は3人組で、基本的にはキーボード、(ベース)ギター、ドラムスなのだが、それ以外にもフルートやバイオリン、ティンパニィなども演奏している。

 彼らは1970年にジェノバで結成され、いくつかのフェスティバルに参加するなどして実力を磨き、1972年に「受難劇」を発表した。これが彼らの1stアルバムだった。

受難劇+1(紙ジャケット仕様) Music 受難劇+1(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ラッテ・エ・ミエーレ
販売元:ユニバーサルインターナショナル
発売日:2010/05/26
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 “受難劇”といえばジェスロ・タルの「パッション・プレイ」を連想させるのだが、タルの方はタイトルだけを借用しているようで、実際はキリスト教の受難劇とは関係ないようだ。

A Passion Play Music A Passion Play

アーティスト:Jethro Tull
販売元:EMI
発売日:2003/03/04
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 それでこちらの「受難劇」の方は、さすがバチカン市国を有するイタリアである。ローマ・カトリックの総本山を頂くイタリアだから、この「受難劇」は新約聖書にでてくるエピソードを踏まえて制作されている。
 アルバム解説によると、バッハの「マタイ受難曲」を参考にしているらしいのだが、クラシックには、とんと疎い自分にとっては、そういうことはあまり気にしていない。内容がよければそれでいいのである。

 それでこのアルバムだが、宗教的な内容を伴っているにはあまり難解なところはなくて、とっつき易いと思った。エレクトリック・ギターがリードを取るところもあれば、壮大なキーボードが迫る部分もあり、充分ロック的である。またイタリア語の歌詞も少なくて、インストゥルメンタル中心といってもいいだろう。

 全12曲で1分~2分程度の短い曲を重ねていって、その間に4分から7分程度のやや長い曲が3曲ほど収められている。コンセプト・アルバムでキリスト教的世界観が描かれているのであろうが、一聴したところメロディラインがしかりしているし演奏も確かなので、いつのまにかアルバムが終わってしまったという感じなのである。だからこのバンドは、このアルバムで知名度を上げたのであろう。このあとも2作目、3作目とアルバムを発表している。

 このアルバムで印象的なのは、まず最初の"序曲"である。自分は荘厳なキーボードやオーケストレーションで始まると思っていたのだが、30秒ほどの合唱のあと、いきなりドラムがリズムを刻み、エレクトリック・ギターがかき鳴らされる。これには少し驚いた。完全なロック版受難劇であった。

 また4曲目の"Getzemani"はなかなかよい曲で、バックのシンセサイザーとメロトロンが歌のメロディを支えているかのようだ。途中のドラム・ロールのあとはエレクトリック・ギターが久しぶりに表に出てくるのだが、すぐに引っ込み、またキーボード群がメインのメロディを繰り返すのである。

 不思議なのは、この曲の最後で急に終わってしまうところだった。一番盛り上がったところで終わってしまうので、何か物足りなくなってしまう。ビートルズの"I Want You(She's so Heavy)"も最後は急に終わってしまうが、あれは少なからずリフレインされているので、そんなに物足りなさは感じないのだが、ここでは違うのである。“尻切れトンボ”とはまさにこのことなのだが、これはおそらく意図的なのだろう。こういう形でワザと発表したということである。

 さらに6曲目の"証人達(パート1)"の最初はアコースティック・ギターから始まってきれいな合唱を聞くことができる。しかし途中から、急にジャズっぽくなり、性急なピアノ・ソロからブルージーでエフェクトのかかったエレクトリック・ギターが目立ってくる。
 そしてドラムスの音がドンドコ・ドンドコと、非常に土俗的な、まるでアフリカン・ドラムのように規則正しく打ち鳴らされる。やや奇妙な感じがした。この辺は聖と俗との対比を音楽を通して表しているかのようだった。

 8曲目の"悲嘆"という曲はわずか1分48秒の短い曲ながら、このアルバムで1、2を争うほどのメロディのきれいな曲で、思わずウットリとしてしまった。イタリアのロマンティシズムが凝縮されたような密度の高い歌心を味わうことができると思う。
 そして続く曲が"ユダ"で、イエス・キリストの13番目の弟子が師を裏切ったことを象徴するかのように、ヘヴィなリフと凶暴なボーカルがのっけから始まる。この辺の対比が面白かった。

 7分を越える"カルヴァリオの丘"は、このアルバム中で一番長い曲であるが、チャーチ・オルガンも使用されて、このアルバムのテーマに沿ったものになっている。またそのあとに続く混声合唱、エレクトリック・ギターが徐々に雰囲気を盛り上げていき、大団円へと引き込ませてくれる。そしてボーカルというよりは“語り”が挿入されて、アコースティック・ギターが最後の曲への橋渡しをするのである。

 アルバムは全体的に曲が続いていて、まさにトータル・アルバムという感じである。このアルバムはバチカンのローマ法王の前で御前演奏されたそうであるが、かなりロック的な部分もあるので、ローマ法王がバッハの「受難劇」を予想していたのなら、かなり驚いたのではないかと思う。

 このアルバムにはボーナス・トラックが1曲ついていて、これがまたプログレ臭の全くない普通のイタリアン・ポップスながら、かなりの名曲なのである。
 この"5月"というシングルは1974年に発表されたものだが、商業的には失敗したのだろうか、その後彼らは解散している。

 そしてドラムス担当のアルフィオ・ヴィタンツァを中心に4人組で再結成されアルバムを発表するも1980年に再び解散。アルフィオは、その後はニュー・トロルスに参加して活動している。

 彼らは3人組のところからE,L&Pを連想させるが、このアルバムを聞く限りはそういった派手さはない。むしろ地味ながらもアルバムのコンセプトをしっかりと貫いているところが素晴らしいと思う。自分たちの信念を通したところがファンの心をつかんだのかもしれない。テクニック3:企画力7といったところか。
 それでもなかなかの力作には間違いないだろう。1972年当時のイタリアではこういうバンドが群雄割拠していたに違いない。

 とここまで書いたところで、ある日CDショップで1枚のアルバムを見つけた。それはラッテ・ミエーレ名義のライヴ・アルバム「ライヴ・ティスティング」という名前のもので、何とオリジナル・メンバーにベーシストを加えたメンバーで録音されていたのである。

 しかもカナダはトロントでのコンサート音源というインフォメーションしかなくて、会場名や録音日時などは一切不明であった。

ライヴ・テイスティング Music ライヴ・テイスティング

アーティスト:ラッテ・ミエーレ
販売元:マーキー・インコーポレイティド
発売日:2009/04/22
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 はたしてカナダでもそんなに人気があったバンドなのか、この辺が何か怪しいところなのだが、音質はクリアで特Aランクであり、特にキーボードの分厚いサウンドはオリジナル・スタジオ盤を優に凌駕するものだと思っている。パイプオルガンの音は聞かれないのは残念だが、合唱団も参加しているから、そんなに小さい会場ではないと思われる。

 また2009年に販売されていることから、録音もそんなに古くはなく、たぶん21世紀に入ってからのものであろう。アルバム・ジャケットに写っているメンバーの顔写真からもかなりの時の経過が見られるから、やはり最近のライヴ演奏であろう。

 このアルバムには「受難劇」の一部は割愛されてはいるものの一部新曲を交えながら、"序曲"~"終曲"までと組曲「パピオン」の"序曲"、"第1幕 脱走"、"第3幕 出会い~束の間の自由"が収められている。またボーナス・トラック?として、"シャンドルのためのファンタジー(幻想曲)"、3rdアルバムから組曲"パヴァーナ"、2曲の新曲"Vision of Sunlight"、"Child of the World"などもあり、充分堪能することができた。

 このライヴ・アルバムを聴くことで、ますます彼らのサウンドのファンタジー性やメロディラインの美しさ、楽曲全体の構築美などを体験することができた。本当にあらためてイタリアを代表するプログレッシヴ・ロック・バンドのひとつだと実感できた。そして今では、メロディアスで情熱的なサウンド志向のバンドだという認識が強くなってきているのだった。

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2010年10月26日 (火)

ジャンボ

 ジャンボといっても飛行機のことでもなければ、プロレスラーのことでもプロゴルファーのことでもない。これはイタリアのプログレッシヴ・ロック・バンドのことである。

 彼らが1973年に発表したアルバム「18歳未満禁止」は、オリジナリティ溢れる楽曲で満ちているアルバムだと思っている。

Music 18歳未満禁止(紙ジャケット仕様)

アーティスト:ジャンボ
販売元:USMジャパン
発売日:2010/06/23
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Photo

 何がオリジナリティなのかというと、歌声は情熱と幾分かの狂気が表出している熱唱で、いかにもイタリア的なものを感じさせるのと同時に、それ以上に熱っぽい伝統芸能みたいなものを感じさせてくれるのだった。
 これは言葉では表現しにくいのだが、イタリアの気候や環境、土地柄とひどく密接しているように思える。暑い地中海の太陽に照らされて熟成されたワインのようなものかもしれない。そんなお国柄がこの熱唱の中にも反映されているように思えてならない。

 そして演奏の方も、何かの影響を受けたというようなものを感じさせてくれないのだ。プログレ後進国であるイタリアでは、大体どのバンドも何かの影響を受けている。例えばP.F.M.はキング・クリムゾンの影響を受けているし、レ・オルメはイタリアのE,L&Pと呼ばれていた。ちょっとマイナーなバンド、イビスはイエスの影響を色濃く受けている。

 それは仕方がないことであって、“芸術は模倣から生まれる”の言葉通り、何かを参考にしながらそれを超えて行くところに、新しい美や芸術が生まれるのである。日本でも美狂乱はクリムゾンだったし、新月はジェネシスだった。四人囃子はリトル・イエスなのである。

 それでこのジャンボだ。メンバーはギター2人に、キーボード奏者、フルート奏者にドラマーとベーシストという構成で、このアルバムは全8曲、すべてイタリア語で歌われている。

 音楽的には非常に独創性に溢れていて、ある意味、唯我独尊的な音使いである。また曲によって印象も違ってくる。だから他のバンドと比較しにくいし、“○○バンドの影響を色濃く受けている”とはいえないのである。強いていえば、オザンナのような感じもしないではないが…

 だからクリムゾン的なダークな面もあれば、ジェスロ・タルのようなフルートの音も聞くことができる。またヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのような抽象音楽というか前衛音楽的な面も感じられる。非常に混沌としたところもあれば、マイルドで、たおやかなイメージを抱かせるようなところもある。つかみ所がないといえばそれまでだが、そういう音楽に行き着いた彼らの感性が1973年当時では、非常に先鋭だったと思う。

 こういう音楽は、プログレの母国であるイギリスでも稀である。それが遥か彼方のイタリアで芽生えたところがミューズの神の思し召しなのかもしれない。あるいはイタリアでは“バロック”の昔からこういう独創性が根付いているのかもしれない。

 最初の曲"鏡"では情熱的かつ、ルナティックなボーカルが炸裂し、バックの演奏がそれを引き立てていくという構図である。エフェクト処理したギターと途中に挿入されるフルートの掛け合いが斬新だと思う。ギタリストは2人いるので、どちらが弾いているのかわからないが、ハード・ロック的アプローチで迫っている。
 後半には流れるようなエレクトリック・ピアノとバイオリンも顔を出してきて、エレクトリック・ギターと掛け合っている。

 2曲目の"君と同じでいたい"はクラシカルなピアノが前奏を奏で、すぐにエレクトリック・ギターが微かな音でそれを追いかけている。そしてボーカルとともに小刻みなビートとブラスがメイン・フレーズを繰り返している。キング・クリムゾンの"Sailor's Tale"のようだ。

 3曲目"K氏の帰路"は2分あまりの間奏曲のようなもの。ただしメインはボーカルであるが、歌詞は記載されていない。しかもエフェクト処理され、最後はテープ早回しのように終わってしまった。

 "広い道"と名づけられた組曲は少し抽象的である。最初は実験的な手法で、あまり脈絡があるとも思えない楽器の音やコーラスが連なっている。4分過ぎのアコースティック・ギターの音が聞き手の心を和らげてくれる。そのあとのキーボードがP.F.M.的で、ここからこちらが期待するような音世界に連れて行ってくれるのかと思ったら、またまたワイルドなボーカルがすべてを破壊し尽すのである。

 その後の"ジル"や"福音"といった曲も大なり小なり似たようなもので、この辺はダークでシリアスな暗黒面である。ただ"福音"には静かなボーカルところどころハードなギターを聞くことができる。それをつないでいるのがフルートやキーボードという感じだ。

 "40度"という曲は、おそらく40度の高熱で苦しみもだえている状態のことを歌ったものであろう。熱でうなされるハードな部分と回復に向かう?ソフトな部分のコントラストが美しい。アコースティック・ギターがメインに鳴っていて、それにメロトロンや効果音がからむ。ジャンボ流のクリムゾンへのオマージュといったところだろうか。

 最後の曲"僕ら"はフルートで導かれたボーカルが、ジャズ風ピアノとメロトロンをバックに2分あまりで宙に消えてしまう。政治的な内容をもった歌詞が時代を反映しているかのようだった。

 なぜアルバム・タイトルが「18歳未満禁止」というふうになったのかは、よくわからない。ただ歌詞の日本語訳を見ると、性的な表現や暴力的歌詞や政治的内容を含んでいて、確かに子どもや学生が歌うようなものではないし、楽曲的にも理解することは難しいと思われる。その辺から付けられたのだろう。

 彼らはこの3枚目のアルバムを発表したあと解散してしまうが、メンバーの一部は80年代もジャンボ名義のシングルやアルバムを発表した。ただ現在ではシーンから遠のいているようである。

 自分がこのアルバムを購入したのは大人になってからだったが、それでも理解するのは難しく、時間がかかった。そういう警告を含んだアルバムもしくはアルバム・タイトルだったのかもしれない。

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2010年10月24日 (日)

バドカン来日公演2010

 突然だが、先日、バッド・カンパニー(以下バドカンと略す)の来日公演に行った。今回の来日公演は35年ぶりということで、たぶん古いファンしかそんな事は覚えていないだろう。3_2
 ちなみにそのときの公演は、当時のTVドラマで坂上二郎主演の「夜明けの刑事」で少しだけ見ることができた。コンサート会場に犯人が逃げ込むか何かしたからだったが、バドカンがそのドラマの挿入歌を歌っていたという経緯から撮影が許可されたらしい。

 前回はたった一度の日本武道館でのライヴだったが、今回は福岡、名古屋、大阪、東京の5会場、6回の公演を予定しているらしい。また会場は、いずれも2000人~5000人ほどのホール程度の規模が使用されていて、昔からのファンからすれば、少し淋しい気もしないではない。
 となりのスタディアムではロッテとホークスのクライマックス・シリーズが行われていたから、使用できないということで、会場が小さい方に移されたのだろうか。たぶんそんな事はないだろうけれど。

 やはりバドカンはライヴに限るというのが率直な感想である。確かに1stの「バッド・カンパニー」も2ndの「ストレイト・シューター」もロックン・ロール・スピリット溢れる素晴らしいアルバムだったが、ライヴでの迫力というか、圧倒的な存在感の前には影が薄くなるというものだ。2

 ポール・ロジャースの頭髪は短く、少し淋しくなっていて、お腹もちょっとだけ出てるように見えたが、それ以外は全く全盛期と何ら変わるところはなかった。むしろ逆に今もなお全盛期が続いているような感じである。

 2000人程度のキャパだったせいか、自分たちのいたところから10m程度先に動くメンバーたちがいた。ポールは2005年から一時クィーン(正確にいうとブライアン・メイとロジャー・テイラー)と一緒にワールド・ツアーを行っていたが、そのときと同様にけっこうよく動き回り、60歳という年齢を全く感じさせないものだった。

 またベテランだけあって客の乗せ方が上手く、2ndアルバムからの曲"Shooting Star"ではマイクを客席に向かって差し出し、サビの部分を何度も何度も歌わせてくれた。このバラード曲でこんなに盛り上がるとは思わなかった。さすが10代から演奏活動を行っている人は違うのである。

 ライヴは名曲"Can't Get Enough"で幕を開け、次から次へと休む暇もなく曲が続いた。自分は10曲まで数えていたのだが、結局、最終的にどのくらい歌ったのか覚えておくことはできなかった。そんなことよりも、いまこの場でポールやサイモン・カークと一緒に同じ空気を吸い、同じ時間を共有していることの方が大事だと思ったからである。ライヴでは余計な事は考えず何もかも忘れて、純粋に音楽を楽しみたいと思う。

 "Can't Get Enough"や"Bad Company"、"Ready for Love"、"Seagull"、"Feel Like Makin' Love"、"Shooting Star"、"Run with the Pack"、"Young Blood"、"Rock'n'roll Fantasy"、"Gone,Gone,Gone"、"Burnin' Sky"など、ほとんど代表的な曲は演奏した。
 全世界で1200万枚以上売れたという1stアルバムからの曲がやはり多くて、上記以外にも"Movin' on"も歌った。ただ"Rock Steady"はやらなかったように思う。何か意図があったのだろうか。
 またフリーやジミー・ペイジとのバンド、ザ・ファームの曲もやらず、バドカン一本だった。この辺は看板に偽りなしということだろう。 Photo

 またドラマーのサイモン・カークは頭髪を7:3に分けていて、昔のイメージとはすっかり違っていた。また白いTシャツというよりはアンダーシャツを着ていて、普通のオジサンに見えた。途中でローディーに顔の汗を拭いてもらっていたのが印象的で、かなりユーモア・センスが高いと見た。

 ただ残念なことは、ギタリストのミック・ラルフスがアメリカ・ツアー後に健康上の理由で手術が必要ということで、今回のジャパン・ツアーには参加していなかった。

 代わりに元ハートで59歳というハワード・リースという人が参加していて、この人は70年代から90年代のハートの黄金時代を支えていた人で、ポール・ロジャースとは昔からの知り合いらしい。ライトハンド奏法も交えての演奏は決して派手ではないものの、堅実で的確なプレイが安心感を与えてくれた。またピアノやマンドリンも演奏していて、まさにサポート・メンバーとしては申し分はないと思う。

 全米ツアーではミック・ラルフスがリード・ギターで、彼は文字通りサポート・ギタリストだった。つまり5人で演奏していたのであるが、日本では4人で頑張っている。そういえばステージでは途中で一人ローディがステージの後ろでギターを弾いていたことを思い出した。

 さらに2006年に亡くなったベーシストのボズ・バレルの代わりにリン・ソレンセンという人がバンド・メンバーとして参加していて、彼は2000年からポール・ロジャース・バンドでベースをプレイしている。
 彼はまた9歳からバイオリンとビオラを習っていて、地元のシアトルではオーケストラでヴィバルディの曲も演奏していた。ボーカルもできるということだが、当然のことながらバドカンでは歌っていない。

 ともかくポールは歌の上手さは相変わらずだし、マイク・スタンドの扱いもまた華麗だった。昔のロッド・スチュワートもマイク・スタンドを器用に操っていたが、ポールは余裕を持って振り上げ、回転させ、空中でつかんでいた。
 また演奏時間はアンコールを含めて90分きっかりだった。この辺もショーマンとしてのプライドというか、計算されたステージングだったと思う。

 最後に前座は息子のスティーヴ・ロジャースが椅子に座って、アコースティック・セットで6、7曲立て続けに30分間歌っていた。声や容姿は父親譲りでそっくりだった。また母親が日本人だったから、小柄で黒髪で、そういう意味でも親近感は覚えたが、やはり父親に比べると可哀想なくらい地味だった。
 歌は上手なので、一発ヒットを記録すれば、人気も出てくるのではないだろうか。

 ともかくエネルギッシュで迫力のある素晴らしいライヴだった。自分が生きている間に、ポールの生歌を聞けるとは思ってもみなかった。まさに至福のときだった。
 ミック・ジャガーやポール・マッカートニーに比べれば、まだまだ若いのだから、次回はミック・ラルフスも参加して、ほぼオリジナルに近いバドカン来日公演を期待したいものである。

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2010年10月20日 (水)

ジェット

 イタリアのプログレッシヴ・ロック・バンドを紹介する企画の第2弾である。今回は1枚だけアルバムを発表して解散してしまったジェットのアルバムについて書くことにした。

 このバンドは4人組で、ギター担当のカルロ・マッラーレという人とキーボード担当のピエロ・カッサーノの2人が曲によって互いにボーカルを担当している。
 彼らが1972年に発表したアルバムが「消えゆく希望の灯」であった。このアルバムは、たとえは悪いがまるでスルメのような感じで、何度も噛みしめるたびに味わい深くなる。

 このアルバムは全曲イタリア語で歌われていて、いかにもイタリアのバンドという立場を鮮明にしているかのようだ。

 1971~72年当時のイタリアは、60年代のイギリスのようなビート・バンドからの脱却期だったようで、イギリスよりは少し遅れてサイケデリック・ロックやプログレッシヴ・ロックの黎明期を迎えていたようである。かの有名なP.F.M.も1972年に「幻想物語」でアルバム・デビューを飾っているし、バンコの例の壺型アルバムでのデビューも同年だったように思う。

 ジェットのメンバーもこのような時代の流れを敏感に察知したのだろうか、ポップ・ミュージックから本格的なアルバムを制作しようとした。それがこのアルバムだったのである。Photo

 このアルバムのよいところは、あくまでもイタリア的であるというところだ。変に欧米に媚びずに、自分たちの生まれ育ったイタリア的土壌にしっかりと根付いているところが、とても好感が持てる。
 ボーカルは実に堂々とカンツォーネを歌うかのように、バックの演奏に負けじと情熱的に訴えている。そしてギターは荒々しくワイルドに掻き鳴らされ、キーボードは多彩な味付けとともに場合によっては主導権を持って曲をリードしている。

 個人的には10分を越える1曲目"消えゆく希望の灯"と11分8秒の2曲目"聖人、罪人"がとても気に入った。両方ともプログレッシヴ・ロックという整合感を伴ったものではなくて、内側にある感情が高ぶったあまり噴出したというような、まるでベスビオス火山のような感じなのである。

 だから全体的に荒々しくワイルドなのだ。まずギターが当時流行したファズを効かせたものになっていて、これでリード・ギターならまるでジミィ・ヘンドリックスである。残念なのはあくまでもバックに徹している点であり、曲をリードしているのはキーボードである点だ。もちろんギター・ソロもあることはあるのだが、時間的に短い点が惜しい。

 逆にいえば、キーボードの音色は多彩である。主にオルガンがメインだが、曲によってはピアノやメロトロン、シンセサイザーも使用されている。そしてそれらを支えるベースやドラムスも小刻みに動き回り、全体的に調和が取れるようにキープしている。しかもかなりのハードなギターやキーボードを支えているのだから、たいしたものである。

 だから1曲目などは非常に躍動感のある曲構成になっている。最後がフェイド・アウトするのが惜しいが、それでも情熱の国イタリアを象徴するかのような曲になっている。

 2曲目も同様にリズム陣はしっかりと全体を支えていて、その上でキーボードが中心となってのた打ち回っているかのようだ。2曲目は1曲目以上に、ボーカルが情熱的である。このボーカルを聞くだけでも値打ちはありそうだ。イタリア的カンツォーネにワイルドなキーボードが絡みつくといった感じである。

 1曲目も2曲目も、ところどころに転調があり、その辺の変化もまた微妙に感情をそそるのである。静から動へとつなぐ点がジャズっぽくなったり、荘厳な雰囲気を醸し出したりする。もしイタリア語を理解できるのであれば、もう聞くだけで感無量になるだろう。2曲目最後のコーラスはメロトロンによるものだろうか。メロトロン愛好家としてはうれしい限りである。

 3曲目の"希望"は正にタイトル通りの希望溢れる力強い歌声を聞かせてくれる。6分以上の曲なのだが、主役はボーカルだ。例えていえば、P.F.M.の"甦る世界"をメジャー調に変えて、ボーカルをもっとパワフルにしたような感じなのである。バックにはアコースティック・ギターが使われているのだが、あくまでも主役はボーカルであり、キーボードなのである。

 アルバム解説では4曲目の"王に捧げるシンフォニア"がこのアルバムのハイライトとされているのだが、自分はそこまではどうかなと思った。どうしても躍動感のある1曲目や2曲目に耳がいってしまい、この曲については自分の好きなメロトロンはフィーチャーされているものの、屈指の名曲とは思えなかった。
 ただ確かにロマンティシズム溢れる曲調や、バイオリンなども使用されている点が哀愁を醸し出しているとはいえるだろう。後半にファズを目一杯かけたギターが切れ込んできて、さらに曲を盛り上げてくれている。こういうギターのフレーズをもっと聞きたかった。出し惜しみしすぎると思った。

 最後はファズ・ギターとスキャット・ボーカルがメインになって激しく動き回っている。ベースもアタック音が強くて、インストゥルメンタルながらも激しいハード・ロックを聞いているかのように錯覚してしまった。ハードなジャズ演奏といったところか。

 結局、彼らはこの1枚で解散してしまったものの、メンバーの一部は女性ボーカルを入れてマティア・バザールというバンドを結成した。1974年のことである。このバンドはメンバー交代しながら、今もなお活動中だという。こういう息の長いバンドが多いのもイタリアの音楽シーンの特徴であろう。

 最後に、このアルバムはジャケット・デザインも素晴らしい。アーサー王伝説などに出てくる聖杯の形がくり抜かれていて、表に飛び出している。いわゆる特殊ジャケットなのだが、おそらくレコード・ジャケットもこのようになっていたのであろう。音楽性だけでなく、視覚にも効果的に訴えているアルバムが、この「消えゆく希望の灯」なのである。

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2010年10月16日 (土)

イビス

 本格的な秋を迎えている。秋といえばプログレである。プログレほど秋にふさわしい音楽ジャンルはない。この静かな時季にプログレを聞きながら沈思黙考し、己の人生を振り返ってみるのも決して無駄なことではないだろう。

 ということで、久しぶりにプログレッシヴ・ロックについて考えていきたいのだが、どうせならプログレッシヴ・ロックの歴史も深いイタリアのプログレについて見ていきたいと思う。
 ただP.F.M.やオザンナなどのメジャーなものについては、すでに述べてきたので、今回はそれ以外のマイナーな、あるいは隠れた名盤というものを探していきたいと思う。

 それで第1回の今回は、イビスに登場してもらうことにした。イビスの1974年のアルバム「サン・シュプリーム」は素晴らしい大傑作アルバムである。

サン・シュープリーム(紙ジャケット仕様) Music サン・シュープリーム(紙ジャケット仕様)

アーティスト:イビス
販売元:ユニバーサルインターナショナル
発売日:2010/05/26
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 このイビスというバンド、もとはニュー・トロルスから分かれたものである。ニュー・トロルスといえば、“コンツェルト・グロッソ・シリーズ”でも有名なバンドで、P.F.M.やオザンナと並び称されるほどの超メジャーなバンドだった。

 1972年に名作「UT」を発表した彼らだったが、バンド内で意見の対立が起きるようになった。ギタリストのニコ・デ・パーロと、同じくギター担当だったヴィットリオ・デ・スカルツィの間に亀裂が走った。

 詳細はよくわからないのだが、いわゆる音楽的な意見の対立というものであろう。どちらかというとニコの方はハードな音が好みのようで、ヴィットリオの方はクラシカルな曲やジャージーな作風を好んでいて、そういったところからアルバム制作の方向性について意見が分かれたのであろう。

 結局2人は裁判まで起して継承権を争うのであるが、結局、ヴィットリオの方がニュー・トロルスのネーミング・ライトを認定されて、ニコの方は残りのベーシスト、キーボーディスト、それに元スパイダーというグループのドラマーでイギリス人のリック・パーネルを迎えてアルバムを制作した。それが「サン・シュプリーム」であった。

 元ニュー・トロルス組としては、イビスの方が多いのだが、当然のことながら人数が多いから名前を名乗れるというものでもない。それでもこの当時ではニュー・トロルスの遺産はこのイビスの方が確実に受け継いでいたと思うのである。

 このアルバムはアコースティック・ギターから入る。最初はナルシソ・イエペスの“禁じられた遊び”のような旋律なのだが、途中からリズムが絡み、英語詞のボーカルが入ってきて、徐々に曲として形作られていく。そしてキース・エマーソンのようなキーボードが響き、ベースが躍動感あるリズムを刻んでいく。

 ここまで聞いて思った。これはイタリアの“イエス”であると。ジョン・アンダーソンのようなハイ・トーンのボーカルではないのだが、キーボードの扱い方やリズムの刻み方などがイエスを髣髴させるのである。

 キーボードはハモンド・オルガンだけでなく、ピアノ、ハープシコード、メロトロンと数多く使用していて、リック・ウェイクマンを思い出させてくれた。また曲構成も動~静~動と転換も見事である。アコースティック・ギターの使い方も効果的になるように工夫されていて、とりもなおさず、それだけのギターの技量があるということを証明している。

 いい忘れたが、曲は全2曲で、1曲目は"Divine Mountain/Journey of Life"というタイトルで4部構成、2曲目は"Divinity"で3部に分かれている。また曲間もなく組曲のように流れていくのが特徴である。

 "Divine Mountain/Journey of Life"のパート3では、ハードなギターを聞くことができる。バックの演奏もそれにあわせて激しい。続くパート4では同じ旋律とリズムが続き、ある意味、呪術的というか土俗的な香りを匂わせてくれる。そしてクラシック・ギターが登場し、すべてを収束するかのように結実させるのである。全く長さを感じさせない構成は、本当に見事だと思う。

 もう一つの組曲"Divinity"はもっと技巧的である。全体のサウンドがイエスによく似ていて、全体を覆うような重厚なキーボード・サウンドの中で、ギター・ソロやキーボード・ソロが響き渡り、手数の多いドラムが目立っている。
 また、疾走感に溢れたリズムが全体をリードする場面も見られ、各人の熟練した技を聞かせてくれるのである。

 終曲のパート3では曲のテーマに沿った雰囲気を持っていて、それまでのドラム・ソロが静寂さと鳥のさえずりに変わり、たおやかなギター・インプロヴィゼイションとボーカルを聞くことができる。もちろんバックにはキーボードの鳴り響いていて、まさに"Wall of Keyboard"という感じで、最後にドラマティックなエンディングを迎えるのである。

 このアルバムはイタリアン・プログレッシヴ・ロックにおいてのまさに隠れた名盤である。特にイエスのファンなら、必ず気に入るに違いない。

 このあとイビスはもう1枚アルバムを出すのだが、結局1976年にニコとヴィットリオは和解をして、新生ニュー・トロルスは復活を果たした。このあと「コンツェルト・グロッソNo.2」やライヴ・アルバムを発表しながら、彼らはいまも活動を続けている。

 そう考えれば、二度とイビスの復活はないし、同じメンバーで再活動をするということもないだろう。イタリアン・プログレッシヴ・ロックの中で、異彩を放つアルバムの代表格といえるかもしれない。

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2010年10月12日 (火)

オジー・オズボーン(2)

 1983年に発表されたアルバム「月に吠える」は、文字通り、オジーが狼男に変身して月に吠えている。しかもご丁寧に牙をつけて、毛むくじゃらになってポーズまでとっている。制作費は5万ポンドともいわれ、日本円にすると約1700万円以上だったという。まったくサービス精神旺盛なオジーである。

 この当時のオジーのバック・バンドのメンバーは、猫の目のようにクルクルと変わっている。このアルバム制作時のクレジットにはキーボードをドン・エイリーが担当していて、それなりに自己主張をしている。彼はゲイリー・ムーアのバンドにもいたし、レインボーにもいた。人がいいのか、お金がほしいのか、頼まれればどんなバンドにも参加するような気がしてならない。

 それとギタリストが代わっていて、ジェイク・E・リーという人がギターを弾いている。この人は英国人の父と日本人の母の間に生まれたアメリカ人で、オジーの目に止まる前は、のちに有名になったラットやラフ・カットというバンドでプレイをしていた。
 基本的にはブルーズ系のギタリストなのだが、このアルバムでは当然のことながら、ブルーズのフレーズは弾かずに、ランディ・ローズのように速弾きに徹している。

 今になってわかるのだけれど、オジーの曲はポップでわかりやすい面も備えている。これはブラック・サバスの昔からそう思っていたが、80年代以降のオジーの作品もそういう傾向があると思う。

 だから彼のアルバムは売れるのであろう。しかし疑問は残る。確かにL.A.メタルという時流にうまく乗れた面は否定できないが、それだけではなぜ彼のアルバムがプラチナ・ディスクになるのか説明できない。この「月に吠える」もアメリカではトリプル・プラチナ・ディスクを獲得しているのだ。

月に吠える(紙ジャケット仕様) Music 月に吠える(紙ジャケット仕様)

アーティスト:オジー・オズボーン
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2007/06/20
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 要するに、彼の曲にはしっかりとしたメロディ・ラインがあること、また埋もれていたギタリストを発掘して世に知らしめるという嗅覚に優れていること、そしてミュージシャンとしてのサービス精神が旺盛であること、などが考えられる。だから彼のアルバムは売れるのではないだろうか。

 ジェイクはのちになって、オジーとのセッションでは自由にギターを弾かせてもらえなかったと語っているが、やはりオジーのコンセプトというか楽曲が優先されるのであろう。だからそれに合ったプレイが要求されるのである。才能豊かなミュージシャンからすれば、欲求不満がたまったに違いない。

 それでもこのアルバムでは、ジェイクはその才能の片鱗を見せてくれる。1曲目の"Bark at the Moon"では華麗なギター・ソロを聞かせてくれるし、続く"You're No Differenct"ではドン・エイリーの奏でるキーボード・ストリングスに、まるで自分の存在を証明するかのようなギター・ソロを聞かせてくれる。

 特に"Rock'n'Roll Rebel"ではジェイクのギターが思いっきりフィーチャーされている。ギター・キッズには、このアルバムのハイライトに聞こえるかもしれない。
 また切れのあるリズムの"Centre of Eternity"でもジェイクのギターを味わうことができる。ただこの辺は当時流行っていたL.A.メタルのような気もしないではない。でもギターとキーボードの掛け合いがイイ。これがもう少し発展して、バトルまで行くともっと良かったと思った。

 ただこのアルバムにはそぐわない曲が1曲だけある。"So Tired"である。この曲だけこのアルバムの中で浮いている。まるで有線で流れるような歌謡曲なのだ。もっとわかりやすくいうと、エレクトリック・ライト・オーケストの曲のようで、歌うのがジェフ・リンからオジーに交代したような感じなのである。

 確かに曲は美しい。メロディ・センスはすばらしい。後半にはドン・エイリーのピアノとともにジェイクのエフェクティブなギターをバックに聞くことができる。しかし何もこのアルバムで歌うことはないだろうと思う。ショパンのアルバムを聞いていたら、いきなりヘヴィ・メタが流れたような感じがするし、あるいは逆に、ヘヴィ・メタのアルバムの中に、いきなりジェロが演歌を歌うような違和感があるのだ。きっとドン・エイリーが自己主張したんじゃないかなと邪推してしまう。

 それはともかく、全体的には素晴らしいアルバムだと思う。80年代のアメリカでハード&ヘヴィ・ロックを売るとすれば、こういう音楽をやったら売れますよと教えてくれているようなアルバムである。ジュダス・プリーストもこういう音楽をやれば、もっと早く売れたのにと思ってしまった。

 やはりオジー・オズボーンという人は才能豊かなミュージシャンであった。彼のメロディ・センスだけでなく、音楽やファンに対する愛情も人一倍あると思う。でなければあそこまで徹底して狼男に変身するわけがないからだ。

 恐るべしオジーである。一度現役引退を宣言したのだが、また復帰してしまい、しかもアルバムまで作ってしまった。今年で62歳になるが、日本では欧米に比べて正当に評価されているとはいいがたい。まだまだ現役で頑張ってほしいミュージシャンのうちの一人である。

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2010年10月 8日 (金)

オジー・オズボーン(1)

 7月から約3ヶ月にわたって、“真夏のロック祭典”ということでアメリカン・ロックから北欧、ジャーマン、ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルまで、また時代的にも70年代から90年代までの代表的なバンドを紹介してきた。
 このまま続けていってB級、C級メタル・バンドを紹介してもいいのだが、ただでさえ読む人がいないのに、ヘヴィ・メタルだけではもっと読み手がいなくなるだろうと思い、この辺で幕を引くこととした。この続きはまた来年ということになるだろう。来年までこのブログが続いていればの話だが…

 さてこの“ヘヴィ・メタル特集”の最後にふさわしい人物といえば、ヘヴィ・メタルの元祖というか生みの親とされるブラック・サバスのボーカリストのオジー・オズボーンを除いて他にはいないだろう。

 ブラック・サバスについては、以前一度このブログで述べたので、今回は割愛したい。ただ“ヘヴィ・メタル”という音楽の元祖という人もいるのは事実で、重く引きずるようなリズムや悪魔崇拝などのオカルティズム、メタリックなギター・フレーズや甲高いボーカルなど、ヘヴィ・メタルの要素を、彼らはデビュー時から備えていた。
 だから彼らは今でもファンだけでなく、同じミュージシャン仲間からも崇拝されている。日本ではそうでもないが、欧米での人気は日本では想像もつかないほど高いらしい。

 そのリーダーで、ボーカリストだったオジー・オズボーンである。吉本興業には“おじん・おずぼーん”という2人組漫才師がいるが、あれは間違いなくオジー・オズボーンから取ったネーミングである。日本でも今では漫才師が名前を借用するほど知名度が出てきたということだろうか。

 それはともかく、自分はエリザベス女王在位50周年記念コンサート、いわゆる"Party at the Palace"というTV番組を見たのであるが、そこにオジーが登場して歌っていた。そのときの歌い方が、まるで熊がノッシノッシと歩きながら歌っているようで、妙に可笑しかったのを覚えている。とてもロック・ミュージシャンには見えなかった。

 彼は1948年生まれだから今年で62歳になる。もう還暦を過ぎたわけであるが、昨年もライヴ活動を行っていて、まだまだ現役バリバリのミュージシャンだ。
 昔は酒やクスリに手を出して、心身ともにボロボロの状態だったときもあったらしいが、今ではすっかり足を洗い、クリーンになっている。どこかの誰かさんにも聞かせてあげたい話である。

 自分が持っている彼のソロ・アルバムは1981年に発表された「ブリザード・オブ・オズ」と83年の「月に吠える」の2枚だけである。
 「ブリザード・オブ・オズ」には“悲劇のギタリスト”ランディ・ローズが参加している。彼はアメリカ人ながらヨーロッパ的なクラシカル・スタイルを持ったプレイヤーだった。母親が音楽学校を経営していて、幼少の頃からピアノや読譜などに親しんでいたという。

 彼はオジー・オズボーンとともに全米ツアー中に、彼とその友人が遊覧飛行に繰り出し、彼らが乗っていたセスナ機が墜落して、亡くなった。1982年3月19日の出来事であり、享年25歳だった。

 オジーのいたバンドは、まるで80年代のヤードバーズみたいだった。このランディ・ローズをはじめ、ジェイク・E・リー、ザック・ワイルドと3人の有名なギタリストを輩出している。ランディは亡くなってしまったが、あとの2人は自分のバンドを結成したり、ソロ活動を行っていて活躍中である。

 それでこのアルバム「ブリザード・オブ・オズ」だが、久しぶりに聞いてなかなかの好盤だと思った。

ブリザード・オブ・オズ~血塗られた英雄伝説 Music ブリザード・オブ・オズ~血塗られた英雄伝説

アーティスト:オジー・オズボーン
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2002/06/19
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 1曲目の"I Don't Know"はいかにもヘヴィ・メタルというようなリフを持った曲で、歌の出だしがブラック・サバスの"Paranoid"に似ていて驚いた記憶がある。ただ緩急のある曲で、途中で転調し明るくなったかと思えば、また最初のメロディに戻るといった曲構成を持っている。ランディのギターもまた充分自己主張していた。このときまだ23歳ぐらいだったはずで、このままいけば、恐らくイングウェイ並みかそれ以上の存在になったのではないだろうか。

 2曲目の"Crazy Train"もランディの的確で速いリフを味わうことができる。基本的な曲調はポップだが、それにランディのギターが加わると、急にヘヴィ・メタルに変換するのである。しかしあくまでも轟音リフではなくて、優雅でクラシカルな雰囲気を出している。

 3曲目の"Goodbye to Romance"はスローなバラードで、こういう曲はブラック・サバスの「マスター・オブ・リアリティ」の中などでもやっている。オジーには不思議とこういう曲も似合う。これも悪魔の仕業なのだろうか。

 4曲目の"Dee"はランディのアコースティック・ギター1本によるインストゥルメンタル。しかし50秒しかない。アルバムの中のお口直しといった感じである。

 ジミー・ペイジもそうだが、オジーも若い頃、黒魔術師のアレスター・クロウリーに心酔していた。今はどうかわからないが、"Mr. Crowley"という曲をつくるぐらいだから、よほど何か惹かれるものがあったのだろう。ここでのランディのプレイはイングウェイほど速くはないものの、同じようなクラシカルなプレイを聞かせてくれる。こういう演奏をもっと聞かせて欲しかった。

 "No Bone Movies"ではランディのスライド・ギターを聞くことができる。(たぶんスライド・ギター奏法と思うのだが、確信はもてない)このアルバムの中ではあまり目立たない曲であった。少なくとも自分にとっては。

 このアルバムの中で一番話題になったのが"Suicide Solution"(邦題を“自殺志願”)で、この曲を聞いた若者が、実際に自殺をして、その遺族がオジーやアルバム会社を相手に裁判を起したことがあった。
 この曲と本人の自殺との因果関係が認められなかったので、結局は無罪になったのだが、実際に聞いてみて、この曲では死ねないなと思った。そんなにいい曲とは思えないし、ランディのギターも何となく不発である。もっと印象的なフレーズが欲しかった。

 このアルバムの中でのハイライトは、"Revelation(Mother Earth)"である。アコースティック・ギターから静かに始まり、それにエレクトリック・ギターやキーボードが重ねられ、テンポは一定なものの段々と変化していく。その辺のアレンジが面白いと思った。こういう転調が多い曲もオジーには似合うというのものである。何と懐の深いミュージシャンだろうか。

 そしてこの曲が終わるとすぐに最後の曲"Steal Away"が始まるのだが、これがテンポもよくカッコいいのである。

 “カッコいい”というまことに感情的というか、抽象的というか、自己判断だけの価値観なのだが、ロックの分野ではこの“カッコいい”という言葉が幅を利かすのである。自分だけの範疇で語る言葉でしかないのだが、それでも万人に共通する言葉であり、受け手に対して、何かしらの共有意識を持たせる言葉でもあるのだ。

 オジーが60歳を過ぎてもなお、老若男女問わず人気があるのは、簡単にいえばこの“カッコいい”ということに集約することができるからであろう。

 オジーがそれを意識していたかどうかはわからないが、結果的にオジーの曲やランディのプレイは、その“カッコよさ”に貢献し、それを増幅させてきたと思う。オジーやオジーの作り出す音楽は、70年代からこの“カッコよさ”を備えていたのである。そんなことを考えながら、今でもこのアルバムを聞いている。

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2010年10月 4日 (月)

モーターヘッド

 ジューダス・プリーストと並んで、70年代後半から80年代のヘヴィ・メタル界をリードしてきた立役者として、やはりこのバンド、モーターヘッドの名前を挙げなければならないだろう。

 彼らは3人組という最小の基本構成にもかかわらず、そのサウンドはスピード感に溢れ、骨太なのである。ジューダス・プリーストが疾走感溢れる様式美の音楽なら、モーターヘッドは疾走感溢れる重量メタルなのだ。

 これは彼らの曲を聞けば、すぐに理解していただけるものだと思っている。はっきりいってアルバム中のどの曲を聞いても似たようなものだ。リズムは急激なビートを繰り出し、主旋律というかメロディラインは、あって無きのようなものである。

 間奏のギター・ソロは確かに速いものの、印象的なフレーズを奏でるものではなく、あくまでもリフ主体の中から生まれたものである。この高速フレーズが彼らの切り札といえるものだろう。

 もっとわかりやすくいうと、パンク・ロックに分類されるバンド、ラモーンズが高速ヘヴィ・メタルをやっているようなものである。どの曲も似たようなものであり、どこを切っても金太郎飴というか、重いリズムと轟音ギター、しわがれたボーカルの濁流なのだ。

 だから自分は今まで彼らを避けてきた。彼らには音楽的深化などを望むことはできず、単なるメタル野郎だと思っていた。それに髪はボサボサ、髭はボウボウ、見るからに薄汚くて非衛生的なのである。いくらメタル・ロッカーが着るものに無頓着とはいっても、彼らの場合はあまりにも度がひどすぎるのではないかと思っていた。あのL.A.メタル全盛期の80年代でさえ、アメリカン・ロッカーたちは上半身は裸であったとしても、少なくとも身だしなみは小奇麗にしていた。

 まあ見かけで音楽を判断してはいけないのだが、どうしても彼らの音楽には食指は動かなかったのである。
 ただ彼らの影響力はジューダス・プリーストと同等か、ある面、それ以上かもしれない。80年代にイギリスにNWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)が勃興したのも、あるいはスラッシュ・メタルなどというジャンルが誕生したのも、ひとえにモーターヘッドのおかげだといっても過言ではないだろう。

 中心人物はレミー・キルミスターというボーカリスト&ベーシストで、彼はサイケデリック・バンドのホークウインドにかつて所属していたミュージシャンである。
 モーターヘッドの結成は1975年で、何度もメンバー・チェンジを繰り返しながら現在に至る息の長いバンドでもある。

 彼らの代表作は、やはり70年代の後半から80年代に至るまでの作品群であろう。79年発表の「オーヴァーキル」や「ボンバー」、82年の「アイアン・フィスト」などもよいが、やはり何といっても80年に発表された「エース・オブ・スペイド」が一番ではないだろうか。

エース・オブ・スペーズ Music エース・オブ・スペーズ

アーティスト:モーターヘッド,ガールスクール
販売元:USMジャパン
発売日:2009/03/04
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 このアルバム、オリジナルは12曲なのだが、どの曲も疾走感に溢れたメタル・ミュージックで、このアルバムを聞きながら車を走らせていると、思わず120kmぐらいまでメーターが上がってしまうほどなのである。

 このアルバムはUKチャートで4位にまで上昇した彼らの作品の中で一番のヒット作である。曲はどれも似たようなものだが、ここまで徹底できるということが素晴らしいし、普通はマネのできないことだ。
 通常は途中でバラードを入れたり、ミドル・テンポの曲を挿入したりしてバランスを保つというかワン・パターンに陥らないようにするものだが、このアルバムでは多少の違いはあるものの、徹頭徹尾スピード感のある曲で押しまくっているのである。

 また間奏のギター・ソロも結構聞かせてくれる。単にスピードがあるだけでなく、彼らにしてはメロディアスであり、かなり意識して聞きやすく、かつ素早いフレーズを奏でている。そういういい曲?が収められているところも売れた原因のひとつなのであろう。

 このときのギタリストはエディ・クラークで、彼はのちにファストウェイというハード・ロック・バンドを結成することになるのだが、元々テクニックも備えているギタリストなのだろう。聞かせるつぼを押さえている感じだ。

 だからアルバム・ジャケットの写真や、名前からくるイメージ、印象で彼らを判断してはいけない。確かにやりたいことをそのままやっているのだから、彼らにはハード・ロック道を維持していくという意図はなかったのだろう。しかし70年代中期のハード・ロック低迷の時代に結成され、そこから自分たちのスタイルを築き、80年代から現在まで、それを維持しながらハード・ロックの火を消さずに灯し続けてきたのである。

 パンク・ロック大流行の中でも、この3人組や他のバンドの地道な活動のおかげで、のちにNWOBHMブームが到来してきたわけだし、その後に結成されたアメリカのバンド、メタリカやスレイヤーなどが彼らをリスペクトしているように、後進に多大な影響を与えている。だからスラッシュ・メタルの元祖ともいわれているのであろう。

 ともかく彼らの存在や音楽は、時が経つにつれて光り輝くのである。このモーターヘッドがいなければ、その後のハード・ロックやヘヴィ・メタルの流れも大きく変わっていたに違いない。
 彼らを気に入るかどうかは別として、ハード・ロック&ヘヴィ・メタルに大きな貢献を行ったのバンドのひとつがモーターヘッドなのである。

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