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2010年10月 8日 (金)

オジー・オズボーン(1)

 7月から約3ヶ月にわたって、“真夏のロック祭典”ということでアメリカン・ロックから北欧、ジャーマン、ブリティッシュ・ヘヴィ・メタルまで、また時代的にも70年代から90年代までの代表的なバンドを紹介してきた。
 このまま続けていってB級、C級メタル・バンドを紹介してもいいのだが、ただでさえ読む人がいないのに、ヘヴィ・メタルだけではもっと読み手がいなくなるだろうと思い、この辺で幕を引くこととした。この続きはまた来年ということになるだろう。来年までこのブログが続いていればの話だが…

 さてこの“ヘヴィ・メタル特集”の最後にふさわしい人物といえば、ヘヴィ・メタルの元祖というか生みの親とされるブラック・サバスのボーカリストのオジー・オズボーンを除いて他にはいないだろう。

 ブラック・サバスについては、以前一度このブログで述べたので、今回は割愛したい。ただ“ヘヴィ・メタル”という音楽の元祖という人もいるのは事実で、重く引きずるようなリズムや悪魔崇拝などのオカルティズム、メタリックなギター・フレーズや甲高いボーカルなど、ヘヴィ・メタルの要素を、彼らはデビュー時から備えていた。
 だから彼らは今でもファンだけでなく、同じミュージシャン仲間からも崇拝されている。日本ではそうでもないが、欧米での人気は日本では想像もつかないほど高いらしい。

 そのリーダーで、ボーカリストだったオジー・オズボーンである。吉本興業には“おじん・おずぼーん”という2人組漫才師がいるが、あれは間違いなくオジー・オズボーンから取ったネーミングである。日本でも今では漫才師が名前を借用するほど知名度が出てきたということだろうか。

 それはともかく、自分はエリザベス女王在位50周年記念コンサート、いわゆる"Party at the Palace"というTV番組を見たのであるが、そこにオジーが登場して歌っていた。そのときの歌い方が、まるで熊がノッシノッシと歩きながら歌っているようで、妙に可笑しかったのを覚えている。とてもロック・ミュージシャンには見えなかった。

 彼は1948年生まれだから今年で62歳になる。もう還暦を過ぎたわけであるが、昨年もライヴ活動を行っていて、まだまだ現役バリバリのミュージシャンだ。
 昔は酒やクスリに手を出して、心身ともにボロボロの状態だったときもあったらしいが、今ではすっかり足を洗い、クリーンになっている。どこかの誰かさんにも聞かせてあげたい話である。

 自分が持っている彼のソロ・アルバムは1981年に発表された「ブリザード・オブ・オズ」と83年の「月に吠える」の2枚だけである。
 「ブリザード・オブ・オズ」には“悲劇のギタリスト”ランディ・ローズが参加している。彼はアメリカ人ながらヨーロッパ的なクラシカル・スタイルを持ったプレイヤーだった。母親が音楽学校を経営していて、幼少の頃からピアノや読譜などに親しんでいたという。

 彼はオジー・オズボーンとともに全米ツアー中に、彼とその友人が遊覧飛行に繰り出し、彼らが乗っていたセスナ機が墜落して、亡くなった。1982年3月19日の出来事であり、享年25歳だった。

 オジーのいたバンドは、まるで80年代のヤードバーズみたいだった。このランディ・ローズをはじめ、ジェイク・E・リー、ザック・ワイルドと3人の有名なギタリストを輩出している。ランディは亡くなってしまったが、あとの2人は自分のバンドを結成したり、ソロ活動を行っていて活躍中である。

 それでこのアルバム「ブリザード・オブ・オズ」だが、久しぶりに聞いてなかなかの好盤だと思った。

ブリザード・オブ・オズ~血塗られた英雄伝説 Music ブリザード・オブ・オズ~血塗られた英雄伝説

アーティスト:オジー・オズボーン
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 1曲目の"I Don't Know"はいかにもヘヴィ・メタルというようなリフを持った曲で、歌の出だしがブラック・サバスの"Paranoid"に似ていて驚いた記憶がある。ただ緩急のある曲で、途中で転調し明るくなったかと思えば、また最初のメロディに戻るといった曲構成を持っている。ランディのギターもまた充分自己主張していた。このときまだ23歳ぐらいだったはずで、このままいけば、恐らくイングウェイ並みかそれ以上の存在になったのではないだろうか。

 2曲目の"Crazy Train"もランディの的確で速いリフを味わうことができる。基本的な曲調はポップだが、それにランディのギターが加わると、急にヘヴィ・メタルに変換するのである。しかしあくまでも轟音リフではなくて、優雅でクラシカルな雰囲気を出している。

 3曲目の"Goodbye to Romance"はスローなバラードで、こういう曲はブラック・サバスの「マスター・オブ・リアリティ」の中などでもやっている。オジーには不思議とこういう曲も似合う。これも悪魔の仕業なのだろうか。

 4曲目の"Dee"はランディのアコースティック・ギター1本によるインストゥルメンタル。しかし50秒しかない。アルバムの中のお口直しといった感じである。

 ジミー・ペイジもそうだが、オジーも若い頃、黒魔術師のアレスター・クロウリーに心酔していた。今はどうかわからないが、"Mr. Crowley"という曲をつくるぐらいだから、よほど何か惹かれるものがあったのだろう。ここでのランディのプレイはイングウェイほど速くはないものの、同じようなクラシカルなプレイを聞かせてくれる。こういう演奏をもっと聞かせて欲しかった。

 "No Bone Movies"ではランディのスライド・ギターを聞くことができる。(たぶんスライド・ギター奏法と思うのだが、確信はもてない)このアルバムの中ではあまり目立たない曲であった。少なくとも自分にとっては。

 このアルバムの中で一番話題になったのが"Suicide Solution"(邦題を“自殺志願”)で、この曲を聞いた若者が、実際に自殺をして、その遺族がオジーやアルバム会社を相手に裁判を起したことがあった。
 この曲と本人の自殺との因果関係が認められなかったので、結局は無罪になったのだが、実際に聞いてみて、この曲では死ねないなと思った。そんなにいい曲とは思えないし、ランディのギターも何となく不発である。もっと印象的なフレーズが欲しかった。

 このアルバムの中でのハイライトは、"Revelation(Mother Earth)"である。アコースティック・ギターから静かに始まり、それにエレクトリック・ギターやキーボードが重ねられ、テンポは一定なものの段々と変化していく。その辺のアレンジが面白いと思った。こういう転調が多い曲もオジーには似合うというのものである。何と懐の深いミュージシャンだろうか。

 そしてこの曲が終わるとすぐに最後の曲"Steal Away"が始まるのだが、これがテンポもよくカッコいいのである。

 “カッコいい”というまことに感情的というか、抽象的というか、自己判断だけの価値観なのだが、ロックの分野ではこの“カッコいい”という言葉が幅を利かすのである。自分だけの範疇で語る言葉でしかないのだが、それでも万人に共通する言葉であり、受け手に対して、何かしらの共有意識を持たせる言葉でもあるのだ。

 オジーが60歳を過ぎてもなお、老若男女問わず人気があるのは、簡単にいえばこの“カッコいい”ということに集約することができるからであろう。

 オジーがそれを意識していたかどうかはわからないが、結果的にオジーの曲やランディのプレイは、その“カッコよさ”に貢献し、それを増幅させてきたと思う。オジーやオジーの作り出す音楽は、70年代からこの“カッコよさ”を備えていたのである。そんなことを考えながら、今でもこのアルバムを聞いている。


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