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2011年1月

2011年1月29日 (土)

ウィンド

 ウィンドはドイツの5人組プログレッシヴ・バンドで、1972年に発表したアルバム「モーニング」は彼らの2作目のアルバムでありながら、彼らの最高傑作アルバムでもあり、同時にジャーマン・プログレッシヴ・ロックを代表するアルバムでもある。

 まず何よりジャケットが素晴らしい。ドイツといえばマイセン地方の陶磁器が有名だが、そのマイセン人形のような、かわいらしい4人の子どもたちが写っていて、牧歌的でかつ幻想的な彼らの音楽性を象徴している。子どもを用いてのこれほどファンタジックなアルバム・ジャケットは、ムーディー・ブルーズの「童夢」と比肩するほどである。

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 ドイツのバンドとはいえ、全7曲すべて英語で歌われていて、言われなければドイツのバンドとはわからない。ボーカルはファンタジックというよりは、ロック的であり、どちらかといえば野太いボーカルである。
 しかし、プログレッシヴ・ロックには珍しくボーカル・ハーモニーがきれいで美しく、全体的には違和感をあまり感じさせない。

 このバンドも前回のCIRKUSのように、プログレ一本槍といった感じではなく、良質のブリティッシュ・ロックや60年代のビート・バンドのような音楽性も孕んでいて、幅広い音楽性を有している。
 特に6曲目の"Puppet Master"は3分少々の曲であり、このアルバムでは珍しくアップ・テンポの、ギターが目立つハードな曲に仕上げられているし、最後の曲"Tommy's Song"もそんなに複雑な曲構成ではなく、むしろアコースティック・ギターが目立つ軽快な曲である。

 もともと彼らは、旧西ドイツの米軍キャンプなどをまわっては音楽的な技量を高めていったそうで、当然のことながらそんな場所では、ロックン・ロールやアメリカのポップ・ソングが求められていたから、そういう音楽テイストも持ち合わせるようになったのだろう。60年代のバンドはいずれもビートルズのように、ライヴ活動で鍛錬されていったのである。

 しかし基本的には、このバンドの音楽性はプログレッシヴ・ロックであり、特にルシアン・ビューラーという人の演奏するメロトロンがいい味を出している。

 それは1曲目の"Morning Song"から始まり、4分足らずのこの曲には、アコースティック・ギターの響きやハープシコード、バック演奏に徹しているメロトロン、スキャット風のバック・コーラスなどが詰め込まれていて、彼らの音楽性が凝縮されている感じがする。また、ボーカルにも後半はエコーがかかっているので、朝日の中に消えゆく朝露のように、淡く穏やかな印象を与えてくれる。

 続く"The Princess and the Ministrel"は朗読風のポエム・リーディングとリフレインされるボーカルが面白く、ドイツということで何となくグリム童話集などを思い出してしまった。朗読が生かされるように、バックの演奏もライトなものになっている。

 このバンドがプログレッシヴ・ロック・バンドであるということをあらためて確認させてくれる曲が、続く2曲"Dragon's Maid"、"Carnival"であろう。いずれも8分37秒、7分53秒と8分前後の大曲であり、クリムゾン風味のメロトロンが大活躍している。

 このウィンドというバンドの音楽性なのだろうが、メロトロンが流れていても、決して大仰でもなく、野暮ったさも見られない。あるいは本家クリムゾンのように荒涼感も寂寥感もなく、一音一音がはっきりしているメロトロンのおかげで、むしろ爽やかな印象を受けるのである。この辺はクリムゾンやムーディー・ブルーズ、バークレイ・ジェームズ・ハーヴェストと違うテイストである。
 楽器のひとつと割り切っているせいか、あるいは曲全体の雰囲気を大切にしているせいだろうか、充分目立つメロトロンではあるが、押し付けがましさはないのである。

 この2曲のうち、どちらかといえば"Carnival"の方がクリムゾンの"Epitaph"を想起させてくれる。それはメロトロンの叙情的な盛り上げ方やボーカルの歌い方、アコースティック・ギターのアルペジオ奏法などがよく似ているからだと思う。唯一違うのはバック・コーラスの付け方だろう。

 でもこの"Carnival"という曲は、このアルバムの中ではどちらかというと、浮いているような感じもしないではない。無理してクリムゾンのような曲構成、メロトロン使用法をやってみましたという気がしてしまう。
 そんなことをしなくても、他の曲を通して充分に彼らのよさは発揮されているし、彼らの実力も確かめられる。彼らの持ち味はライトで聞きやすいプログレッシヴ・ロックなのだから、最後までそれを通してほしかったように思ってしまった。

 ともかく、このウィンドというバンドもポップやロックのテイストを含んだプログレッシヴ・ロック・バンドであり、1972年当時にはこういう音楽性を備えたバンドが英国だけでなく、広くヨーロッパにも活動していたのであろう。60年代と70年代の架け橋となったバンドは、意外と多いのではないだろうか。

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2011年1月25日 (火)

サーカス

 先日、久しぶりにCDショップに行って、何か面白そうなCDはないかと漁っていたら、サーカスというバンドのアルバムが目に入った。サーカスといっても"ミスター・サマータイム"を歌った日本の男女4人組のボーカル・グループのことではない。当たり前の話だけれど…

 アルバムの帯には『メロトロンを加え、鮮やかで壮大な演奏を聴かせる英国のサーカス。ポップでキャッチーなメロディーと分厚いシンフォニックなアレンジは、圧巻の一語』とあり、これはもう即購入しなければ、というわけになったのである。

 実はこのバンド名を見たときに、これがあの有名なイギリスを代表するサックス・プレイヤーのメル・コリンズの所属していたバンドなのかと、感銘もひとしおだったのだが、購入後にアルバムのクレジットを見ると、どこにも彼の名前はなかった。
 おかしいなと思いながらも、ひょっとしたら彼の参加する前のアルバムなのだろうかと思ったりもしたのだが、解説のどこにもメル・コリンズの“メ”の字もない。

 調べてみたらメル・コリンズがプレイしていたサーカスというバンドは、1969年に唯一のアルバムを発表していて、それには英語表記で"CIRCUS"と綴られていた。自分の購入したアルバムは"CIRKUS"とあり、発音は同じだが一文字違いが大違い、要するに全く違うバンドだったのである。

 それでCIRKUSのことであるが、1971年に発表されたこの「ワン」というアルバムは、彼らを代表するアルバムであり、いい意味でのB級プログレッシヴ・ロックと陰影のあるブリティッシュ・ロックが融合しているサウンドがなかなかイケルのである。

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 例えていえば、売れない頃のバークレイ・ジェイムズ・ハーヴェスト、もしくはギターがちょい目立つムーディ・ブルーズといった感じなのである。だから確かに帯のコピーにもあるように、メロトロンやオーケストラのストリングスは目立つし、決まってもいる。
 さらにメロディアスでポップなサウンド・センスも耳に残り、ある意味70年代の隠れた名盤といってもいいのではないかと思う。

 オリジナル・アルバムでは全9曲なのだが、この再発されたアルバムではボーナス・トラックが5曲(クレジットでは4曲だが実際は5曲)収録されていて、それには1976年のシングルEP3曲も含まれている。ただし1976年当時の彼らはプログレッシヴ・ロック・バンドというよりは、スーパートランプを目指しながらもなれなかったポップ・バンドといった印象である。

 やはりこのアルバムの聴き所は1曲目の"You Are"であろう。アップ・テンポでメロディもいいし、"You Are, You Are, You Are, You Are"と繰り返すところなどは一度聞いたら耳に残る部分でもある。
 バックのストリングスやメロトロンにファズ・ギターがかぶさるところは、よくできていて、イエスのセカンド・アルバムに相通じるものがあると思う。1971年にはイエスはサード・アルバムをすでに発表していたから、サーカスの方が影響を受けていたのかもしれない。

 続く"Seasons"は一転して叙情的な雰囲気を醸し出している。ギター・ソロは1曲目と違ってクリアなサウンドになっているし、きれいなアルペジオを奏でているのだが、曲の終わりにはストリングスやキーボードが目立っていて、リズム感のあるバラードといった感じである。ただ曲自体が短くて、もう少し長く聴きたいと思ってしまう。

 1971年当時のブリティッシュ・プログレッシヴ・ロック・シーンにはこの手の音を出すバンドが多かったのだろうか。ある意味、演奏力のあるポップ・ロック・バンドといってもいいかもしれないし、キーボードが目立つロック・バンドといってもいいかもしれない。

 さだめし3曲目の"April '73"などは、トニー・ケイのようなオルガン・プレイとストリングスが目立っていて、ただそれは決して悪いわけではなく、むしろ調和が取れた楽曲になっている。作曲しているのはキーボーディストのデレク・ミラーという人なのだが、なかなかの出来だと思う。彼の頭の中には初期のイエスのイメージがあったのだろうか。

 逆にギタリストのドグは要所を締めるという感じで、"Song for Tavish"や"A Prayer"ではバックのアコースティック・ギターや途中のギター・ソロがいい味を出している。これらの曲ももっと肉付けをすれば、かなりいい曲に仕上がるのではないかと思った。

 アルバムの後半は"Brotherly Love"で幕を開けるのだが、これもメロトロンやストリングスが目立つテンポのよい曲で、普通メロトロンはアップ・テンポの曲には使用されないのだが、それを逆手に取っているのか、こういう使い方をすれば目立ちますよといっているような気がした。

 続く"Those Were the Days"ではキーボードだけでなく、ボーカリストのポール・ロブソンのファルセットも楽曲に花を添えていて結構目立つ。この曲だけ聞くなら、シングル・ヒット狙いのロック・バンドといった感じである。

 アコースティックな小曲"Jenny"を挟んで、7分30秒あまりの大曲"Title Track"が最後に配置されている。この曲はⅰ)Breach ⅱ)Ad Infinitumの2部構成なのだが、最初からストリングスが大活躍し、ドグのアコースティック&エレクトリック・ギターも効果的に使用されていて、いかにも締めの曲という感じだ。

 静と動の対比というか、構成が見事であり、上手に曲を盛り上げている。目立たないのはむしろボーカルの方だろう。
 最後は管楽器も使用されているのだろうか。甲高い楽器の音も聞こえてくるのだが、これもキーボードで出しているのかもしれない。

 ということで自分はメル・コリンズと会えるかと思ったのだが、実際には一流にはなれなかったプログレ・バンドに出遭ってしまったのだった。
 彼らは1994年にセカンド・アルバム、98年にはサード・アルバムを発表していて、近年まで活動していたことがわかる。きっとマイナーながらも、カルトな人気があったのであろう。Photo
 そしてある意味では、このバンドは、結果としてプログレッシヴ・ロックとブリティッシュ・ロックをつなぐ“ミッシング・リング”のような役割を果たしていたのかもしれない。この「ワン」というアルバムも当初は1000枚の自主制作盤として制作されたそうで、噂が噂を呼んで、売れていったそうである。
 一字違いが後々の世まで語り継がれているのだから、世の中何が幸いするかわからないのである。

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2011年1月21日 (金)

スティームハマー

 キース・レルフの結成したルネッサンスから始まって、いくつかのバンドを紹介してきた。前回はルネッサンス後に、ギタリストのマーティン・ピューやドラマーのボビー・コールドウェルらと一緒に始めたバンド、アルマゲドンのことを書いたのだが、今回はそのギタリスト、マーティン・ピューがそれ以前に在籍していたバンド、スティームハマーのことについて書くことにした。

 自分はこのバンドのアルバムを1枚しか持っていないので、あまり大したことは書けないのだが、やはりいまだに名前が知られ、アルバムが再発されるということは、それなりに歴史に残るバンドだったのだろう。

 そのアルバム「マウンテンズ」は、一説によると、彼らの最高傑作と賞賛されている。確かにギタリストのマーティン色の強い、いかにもブリティッシュ・ロックと呼ばれるようなアルバムであり、その陰影の濃淡さ、ブルーズに影響を受けた霧の中に浮かぶようなメロディ・ラインなど、なかなか独特な味を醸し出している印象を受けた。

 このアルバムは、トールキンの「指輪物語」をテーマに制作されたようで、確かにアルバム・ジャケットには映画"ロード・オブ・ザ・リング"に出てくる“村落”や“塔”、“噴煙を上げる山”などが描かれている。

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アーティスト:スティームハマー
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 また、"Mountains"、"Leader of the Ring"などという曲名も見られる。このアルバムは1970年に発表されているので、混沌とした時代背景の中で模索しながら、自分たちの歩むべき道を探ろうとするメンバーの意欲が伝わってきそうな雰囲気に満ちている。

 アルバムには8曲収められていて、最初から6曲目までは「指輪物語」に題材をとったような内容であるが、最後の2曲はライヴ演奏になっていて、彼らのライシアム公演での演奏を収録している。

 個人的には最初の6曲よりも、最後の2曲の方を興味深く聞くことができた。これはまるで“クリーム”のライヴである。エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカーにボーカリストが参加したような曲調で、ブルージィなベース・ソロ、ギター・ソロが強力で、たぶんボーカリストのキーラン・ホワイトが吹いていると思われるブルーズ・ハープも当時ブルーズ全盛だったイギリスのロック・シーンを彷彿させる演奏なのだ。

 しかも"Riding on the L & N"と最後の曲"Hold That Train"は連続していて、そのときのライヴをそのまま収録したのだろう。前者が10分少々という曲で、後者も5分30秒少々と長めの曲になっていて、両方あわせて16分近い曲になっている。

 このライヴ演奏から考えれば、最初の6曲などはおとなしいもので、確かにギターは突出して目立ってはいるものの、全体的な印象は地味な感じを受ける。
 ボーカリストのキーランの歌については、音域は広くはないものの、シャウト型ではなく、こぶしのきいたブルージィな歌唱である。またほとんどの曲は彼の作詞・作曲である。

 このスティームハマーというバンドの結成は、1967年にまでさかのぼる。68年にはボーカルのキーランとギター担当のマーティンが加入し、バンドの原型ができあがった。

 1969年にはアルバム・デビューを行うのだが、当初はセカンド・ギタリストがいたり、フルート、サックス奏者がいたりとメンバーも固定していなかった。
 またイギリス国内だけでなく、ドイツやフランスでもツアーを繰り返していて、特にドイツでの人気はイギリス国内を上回るほどだったという。まるでデビュー前のビートルズのようである。

 1969年にはデビュー・アルバムとセカンド・アルバムを、1970年には前述したサード・アルバム「マウンテンズ」を発表したのだが、イギリス国内でのセールス的はさっぱりだった。ただドイツをはじめとするヨーロッパでは、精力的なライヴを行っていたせいか好評だったようである。

 1971年にはベーシストが交代して、オリジナル・ルネッサンスのメンバーだったルイス・セナモが加入して活動を続けたのだが、今度はボーカルのキーラン・ホワイトがソロ活動を行うために脱退してしまい、インストゥルメンタル中心の音楽へと変化していった。

 結局、ゲスト・ボーカルを入れるなどして活動を続けたのだが、最終的には1973年の終わりには自然消滅するようなかたちで、その活動に終止符を打った。活動期間は5年にも満たないものであった。

 そしてギタリストのマーティンとベーシストのルイスは、キース・レルフとボビー・コールドウェルとで新しいバンド、アルマゲドンを1974年に結成し、翌年彼ら唯一のアルバムを発表するのであった。

 今となってはマイナーなバンドでしかないのだが、当時のイギリスのロック・シーンの雰囲気や空気を味わう上では避けて通れないバンドだと思う。当時はクリームをはじめとして、こういうブルーズに影響されたバンドが闊歩していた時代だったのである。ロックが発展していく過程を知る上では、重要なバンドなのかもしれない。

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2011年1月17日 (月)

アルマゲドン

 今回もルネッサンス関連の内容なのだが、1976年5月14日に感電事故でなくなった悲劇のミュージシャン、キース・レルフが中心となって結成したバンド、アルマゲドンについてのお話である。

 結論から言って、彼はやはりブルーズをベースにしたハード・ロックやブルーズ・ロックをやりたかったのだと思う。
 ヤードバーズでボーカル&ブルーズ・ハープを担当していたのだが、やはりそのときの成功体験が忘れられなかったのではないかと思っている。

 そのときにエリック・クラプトンやジェフ・ベックと一緒に公演したことは、彼の中で生涯忘れられない出来事だったに違いない。後年になって、ヤードバーズでは商業的には成功しなかったけれど、有名になることができたとインタビューに応えているのだが、その名声を再び手に入れようとしたに違いない。

 もちろんそれは(オリジナルの)ルネッサンスでも手に入れることを夢見ていたようであったが、フォーキィーでクラシカルなスタイルでは、自ずと聴衆が限定されてしまうことを知ったに違いない。需要の多い音楽を選んだのか、自分のやりたい音楽を選んだのか、おそらくその両方だろう。
 だからルネッサンスから全くスタイルの違うハード・ロック・バンド、アルマゲドンを結成しようと思ったのだろう。

 あるいは元ヤードバーズのメンバーが、逆に彼以上に評判になったことも彼のやる気を支える原動力になったのかもしれない。

 元ベーシストだったジミー・ペイジ率いるレッド・ゼッペリンは世界No.1のロック・バンドとして大活躍していたし、元ギタリストのジェフ・ベックはアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」で、これまた世界的に絶賛を浴びるようになった。そんな状況も彼の活動に影響を与えていたことは、間違いないだろう。

 それで1974年にバンドが結成され、翌年にアルバム「アルマゲドン」が発表された。このバンド名にしたのは、善と悪、精神と肉体、ジェントルとヘヴィ、そういう両義性を有しているからだという。

 もっともこれは後付けであって、本当は辞書をめくっていたときに、たまたまこの言葉に出くわしたのだという。きっとZまで調べるのが面倒くさくて、Aの途中で止めたのだろう。キース・レルフは意外と短気or面倒くさがりだったのかもしれない。

 バンド・メンバーは以下の通り。
・キース・レルフ(ボーカル&ハープ)
・マーティン・ピュー(リード・ギター)
・ボビー・コールドウェル(ドラムス)
・ルイス・セナモ(ベース)

 このうちキースとルイスは元ルネッサンスのメンバー。マーティンはスティームハマーというバンドに所属していたが、彼らのアルバムをキースがプロデュースしたこともあって、ニュー・バンド結成へと動いた。
 ちなみにルイス・セルモはルネッサンス脱退後に、このスティームハマーに加入していたから、キースとマーティンの間を取り持つような形となった。

 ドラマーは知っている人は知っているあのバンド、キャプテン・ビヨンドの1stアルバムに参加していた人である。かなり有能なドラマーだったようで、元ジャーニーのドラマー、アイズレー・ダンバーの推薦によるものらしい。本当はアイズレーの方に先に声がかかったのだが、彼はすでにジャーニーに参加することが決まっていたからボビーを推薦したという。

 アルバムは全5曲で、当時のレコードでは、A面に3曲、B面に8分あまりの曲と11分強の組曲形式の曲という配置だった。まるでキャプテン・ビヨンドのデビュー・アルバムのような感じで、ボビーの影響力というか能力が高く評価されたのだろう。

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 1曲目の"Buzzard"と2曲目の"Silver Tightrope"は動と静という感じで、聞いていて飽きない。"Buzzard"は8分以上もある曲で、ギターのリフとドラムのリズムが超カッコいいし、"Silver Tightrope"の方は、静かなギターのアルペジオから始まり、最後までメランコリーな曲調が続く。最後に1分あまりギター・ソロがあるが、アルマゲドン流バラードという感じだろう。これも8分以上ある。

 3曲目は4分程度のハード・ロックで、4曲目の"Last Stand Before"はキースのブルーズ・ハープがフィーチャーされている曲だ。 
 最後の組曲"Basking in the White of the Midnight Sun"は、躍動感があってなかなか良いのだが、でも時代はこういう音楽を欲してはいなかった。

 当時はシンガー・ソングライターからパンク・ロックへと移行する時期にあたり、個人の表現欲求がメイン・ストリームになる時代だった。あのレッド・ゼッペリンでさえ一部で非難される時代だった。新人バンドにとって、特にハード・ロックのような音楽を演ずるバンドにとっては、受難の時代だったのである。

 曲の内容は別として、このバンドの最大の失敗は、ボーカルの弱さだろう。キース・レルフは自分のことはどう思っていたかわからないのだが、このバンドの演奏力の高さからすれば、それに対抗できるボーカル力が求められる。

 しかしキースは、ロバート・プラントでもイアン・ギランでもポール・ロジャースでもなかった。彼の歌声は、ポップ・バンドやフォーク・ソング、60年代のビート・グループならよかったかもしれないが、残念ながらアルマゲドンでは、イマイチ、パワー不足だった。これも失敗の原因のひとつ、というか大きな失敗だったと思うのである。

 逆にいえば、オリジナル・ルネッサンスの方向性の方が、キースにとってはよかったのではないか。彼の心の中には、そんな考えも浮かんだのだと思う。
 だから時流の影響もあったのだろうが、アルマゲドンはこのアルバム1枚で封印して、オリジナル・ルネッサンスに近いバンドを妹ともに再び始めようとしたのだろう。

 もう少し強力なボーカリストを入れて、活動を続けていけば、歴史に残るようなバンドになる可能性はあっただろう。キースの身の上に起きた悲劇が、本当の“アルマゲドン”(最終戦争)だったと思っている。

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2011年1月15日 (土)

アンストッパブル

今日は映画を見に行った。昨年末に「相棒Ⅱ」を見に行ったのだが、それ以来、約2週間ぶりだった。

 見た映画はデンゼル・ワシントン主演の「アンストッパブル」である。TVのCMスポットで紹介されてもいるが、要するに有毒物や爆発物を車載した暴走列車をどうやって止めるかという、至極シンプルなストーリーの映画なのである。1

 ところがこの映画、なかなか迫力があって面白いのである。話のあらすじは見えているので、役者の演技やメイン・ストーリーに付随するところに着目したのだが、とにかく列車も速いが、話の展開も速い。だから1回見ただけでは物足りなくなり、もう1回見たくなった。これも演出の仕方というか、興行収入を上げるという方法なのかもしれない。

 とにかくリアリティにこだわった映画である。話自体も2001年5月15日に、アメリカはオハイオ州で実際に起きた列車事故を基にして作られていて、いわゆるノン・フィクションである。(映画ではニュー・ジャージー州)
 また映画で使用された列車も本物を用いて撮影されていて、スタント・マンも極力使用を制限したそうである。だからデンゼル・ワシントンが電車の上を走っていくシーンや、列車が車や障害物と衝突するシーンもCGではなく、実際のシーンを撮影しているのである。4

 そしてまた列車を止める2人の人物背景が際立っていて、デンゼル扮する機関士は早期退職勧告されたベテラン機関士、対するクリス・パイン扮する車掌は司法から妻子と接近しないよう別居状態に置かれている。しかもやっと訓練を終えて、その日が初めての乗車になったという新米で、その裏にはコネで採用されたのではないかという疑惑も持たれているのである。

 そんな状況の2人が初めて出会って、一緒に仕事をするのになったのだが、最初は口論ばかり。ところが列車が暴走することを知った機関士は、退職前にもかかわらず命をかけて止めようと決断し、新米車掌も自分の妻子が住む街で列車が転覆し、大事故につながるということを知って、一緒に止めようと決意するのである。2

 列車は燃えやすい可燃物や有害物質を運んでいて、しかも39両編成800mの長さ。人的ミスで無人のまま走り出し、加速度がついてやがては160kmを優に超え、このままでは1時間40分後には急カーブで間違いなく脱線する。そのときの被害はミサイルが打ち込まれたような大惨事になるという。

 だから約90分以内で列車を止めないといけないのだが、映画の上映時間も98分であり、実際の事故の時間帯とほぼ同じという点が、見るものに緊張感と臨場感を与えているのであろう。むかしの西部劇の「ハイ・ヌーン」と同じ手法である。

 また車掌と機関士が協力して列車を止めに行こうとするところや、車掌が列車に飛び乗るシーンなどは思わずこぶしを握りしめてしまったし、最後にデンゼルがガッツ・ポーズしたときには不覚にも涙を流してしまった。のめり込むとなかなかハマってしまう映画なのであった。3

 しかもそれぞれの役割が明白で、無事故で列車を止めようとする人たちが善者、会社の利益しか考えず、多少の犠牲はやむをえないという会社の上司が悪者という図式が明白でわかりやすく、そういう意味でも、見終わったあとに胸のすく思いがしたのである。

 とにかく期待以上に面白く、久しぶりに涙を流し、料金以上に感動した映画だった。この年末年始の映画の中では、予想外の隠れた名作だと思ったのである。もしまだ見ていない人がいたら、是非見てほしい作品である。

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2011年1月13日 (木)

ロイ・ウッド

 かつて日本で過小評価されているイギリスのバンドは、①キンクス②ザ・フー③ジェスロ・タルといわれていた。しかしこの3つのバンドは、いずれも来日公演を果たしていて、多少の認知度の違いはあるものの、今ではそれなりの評価を与えられていると思う。

 同様に、バンドではなく個人でも、過小評価されている人たちがいる。例えばギタリストではバート・ヤンシュやリチャード・トンプソン、ボーカリストではフランキー・ミラー、ジェス・ローデンなどが挙げられると思うが、今回紹介するミュージシャンもその例に漏れず、その才能に対して日本での評価は低いのである。そのミュージシャンとは、ロイ・ウッドのことだ。

 ロン・ウッドではない。ロイ・ウッドである。一字違いがえらい違いなのだ。このロイ・ウッドはアニー・ハズラムのところでも述べたのだが、1960年代から現在まで活躍しているミュージシャンであり、“奇人・変人・ロイ・ウッド”とまでいわれていた。

 しかしそれはあくまでもその風貌や演奏能力の高さから呼ばれたことであり、音楽的才能に関してはポール・マッカートニーやエルトン・ジョンと同等かそれ以上ではないかと思っている。

 彼はいわゆるマルチ・ミュージシャンである。とにかく弦楽器や打楽器だけでなく、木管楽器や金管楽器まで演奏することができる。そしてその演奏能力だけでなく、作曲能力にも秀でていて、シングル・ヒットも数多く手がけているのだった。

 最初、世に出たのはザ・ムーヴというバンドのメンバーとしてだった。このバンドには、ドラムスにベヴ・ベヴァンが、後期にはギター&ボーカルにジェフ・リンがいて、のちにE.L.O.として70年代に華々しく活躍していくことになるのだが、ロイ・ウッドとジェフ・リンはキャラがかぶってしまって、結局、ロイの方がバンドを去ることになった。

 最初は双頭バンドとして、ロイとジェフの2人でバンドをリードしていたのだが、立ち行かなくなってしまった。例えていえば、ジョンとポールのような関係だったのだろうか。1つのバンドに2人のリーダーは要らないということなのだろう。

 ところでザ・ムーヴの後期では、ロイ・ウッドはE.L.O.と同時並行で活動していて、昼はザ・ムーヴとして、夜はE.L.O.としてステージに立つこともあったという。メンバーのうち3人は重複しているのだから、そういうことも可能だったのだろう。

 このザ・ムーヴは1966年から72年まで活動していて、そのうち"Blackberry Way"が69年に全英1位を獲得し、他にも2枚の全英2位を含む7枚のシングルがトップ10に入っている。さすがロイ・ウッドである。

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 当時の時代を反映してか、ビート・グループにサイケデリックな味付けをした音楽性なのだが、ジェフ・リンが加入してからは、後期ビートルズのような音楽に更に進化していった。やはり「サージャント・ペパーズ」以後では、多くのバンドがその影響力を受けているようだ。

 E.L.O.を去ったロイ・ウッドは、ソロ活動と並行して新しいバンドを結成して活動を始めていった。そのバンド名はウィザードといい、ロイ・ウッド&ウィザードというのが正式名称である。

 このバンドの活動期間は1972年から75年と短くて、ちょうどグラム・ロック全盛期と重なっていた。そのせいかどうかはわからないのだが、ロイは奇抜なファッションとメイクで話題をさらっていた。(オレンジ色の髪の毛に、キッスよりもいち早く、顔全体にメイクというよりはペイントをしていた!)

 このウィザード時代にも2曲のシングル全英No.1を含む多くのヒット曲を生み出したのだが、残念ながらロイ自身が自分のソロ活動を優先したために、バンドはまもなく解散してしまった。

 ソロ活動優先は、ロイの個人的なわがままではなくて、同じジェット・レコードに所属していたE.L.O.の方が先に売れていったために、ウィザードをプッシュするのが遅れてしまったからだといわれている。事務所の力というのは、昔も今も洋の東西を問わず、変わらないものなのであろう。

 自分は輸入盤でこのウィザード時代のアルバムを持っているのだが、60年代のポップ・テイストを受け継ぎながらも、サックスやトロンボーンなどの楽器も効果的に使用した豪華なサウンド仕立てになっているところに驚いた思い出がある。

 当時の批評家からは、フィル・スペクターのような"Big Wall of Sound"といわれていたようで、確かにいわれてみれば、そんな気もしてしまう。Photo
 しかしただの二番煎じになっていないところが素晴らしいところであり、フィル・スペクター+プログレッシヴなブラス・ロック=ロイ・ウッド&ウィザードという感じなのである。E.L.O.が世界最小のオーケストラなら、こちらは世界最小の"ウォール・オブ・サウンド"なのだ。ロイの中には彼らに対する対抗心もあったのかもしれない。

 この後、ロイはウィザードを発展させたザ・ウィゾ・バンドを結成してアルバムを発表するのだが、これは1年足らずと長続きしなかった。やはりソロの方がやりやすいと感じたのだろう。

 自分はさらにもう1枚「ボールダーズ」という彼のソロ・アルバムを持っているのだが、これがまた何ともいえないほどいいアルバムなのである。

Boulders Music Boulders

アーティスト:Roy Wood
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 それまでのブリティッシュなテイストから、一転してアメリカンなテイストも香らせてくれるこのアルバムは1973年に発表されたもので、作詞・作曲からすべての演奏、アレンジ、プロデュース、何とアルバム・ジャケットまで彼一人の手によるものであった。まさにマルチ・ミュージシャンの典型といっていいような傑作アルバムなのである。

 当時の彼はザ・ムーヴからE.L.O.、ウィザードと様々な経験を積んでいる頃で、その合い間を縫って1971年から約2年をかけて制作されたものであった。
 特筆すべきは"Songs of Praise"、"Nancy Sing Me a Song"のようなポップ・センスや牧歌的なバラードの"Dear Elaine"のような曲だろう。

 とにかくどんなバンドで音楽をやろうと、ソロ活動でやろうと、彼の飛びぬけたメロディ・センスやロックン・ロールに対する愛情などは一貫していて、曲に耳を傾けるたびに魅惑してくれるのである。

 本来ならポップ・ミュージックのカテゴリーに属する音楽なのであろうが、自分の中では60歳を過ぎても相変わらず音楽活動を続けている彼の姿勢は、やはりプログレッシヴなミュージシャンとして認知されているのだった。

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2011年1月 9日 (日)

イリュージョン

 イリュージョンといっても、マジック・ショーでも手品のことでもない。イギリスのプログレッシヴ・ロック・バンドのことである。
 前回のブログで、ルネッサンスのアニー・ハズラムのことについて書いたのだが、それに関連して今回はイリュージョンのことについて述べてみたい。

 イリュージョンは元ヤードバーズのボーカリスト、キース・レルフとドラマーのジム・マッカーティが中心となって結成したバンドで、元々の名前をルネッサンスといっていた。オリジナル・メンバーにはキースの妹のジェーン・エルフもボーカルで参加していた。
 ちょっと紛らわしいのだが、ルネッサンスという名前のバンドはひとつしかなくて、1970年の結成当時と1972年以降ではメンバーが違っている。だからバンド名は同じでも、そのメンバーと音楽的性格は別物と考えた方がいいと思う。

 それでオリジナル・ルネッサンスは、1970年にデビュー・アルバムを発表し、翌年にはセカンド・アルバム「イリュージョン」を発表した。
 1stアルバムは全英60位とまったくもって振るわず、セカンドはヨーロッパだけで発売されたらしい。要するに結成当時は意欲的だったものの、まもなくキースもジムもやる気を失ってしまい、ましてや妹のジェーンは素人だったせいか、バンドが空中分解してしまったようなのである。

 キース・エルフもジム・マッカーティもヤードバーズ出身だったせいか、それまでとは違う音楽をやってみたかったのだろう。アンプで増幅された音楽よりも、もっとクラシカルでフォーキィーな音楽ということで、ルネッサンスを結成したのだろうが、当初の目的と違うと判断したのか、バンドは1971年に一時解散し、ルネッサンスというバンド名だけを引き継いだアニー・ハズラム以下、新メンバーが活動を続けるようになった。

 それでキースもジムも振り子が元に戻るように、ハード・ロックに回帰した活動を行うのだが、1976年になると、またクラシカルな音楽に振り戻される形で、オリジナル・ルネッサンスのメンバーを集めてバンド活動を始めようとしたのだが、もう“ルネッサンス”というバンド名は使えなかったので、とりあえず“ナウ”と名づけた。しかし、残念ながら音楽活動を行うことはできなかった。キース・レルフが自宅でギターの感電事故で亡くなったのである。76年の5月14日のことだった。

 そこで故人の遺志を継ぐために、あるいは残された2人の遺児を育てるために、バンド名を“イリュージョン”として、残されたメンバーは活動を開始したのである。このイリュージョンという名前は、彼らがまだルネッサンスと名乗っていたときに発表したセカンド・アルバムにちなんで名づけられたのだが、オリジナル・ルネッサンスの音楽を継承しようとする意志を表しているのであろう。

 それで1977年に発表されたアルバムが「醒めた炎」(原題は"Out of the Mist")であるが、内容的にも英語のオリジナル・タイトルにふさわしい音楽だと思う。Photo
 アニー・ハズラムがいるルネッサンスの音楽は、どちらかというとクラシックに近い雰囲気があり、大曲中心といった感があるが、こちらのイリュージョンの方は、クラシカルというよりもフォーキィーな感じが強い。
 イギリスのトラッドなフォーク・ソングに音を重ねたような雰囲気が強く、アニーの5オクターブともいわれるオペラ的な歌唱方法とは違って、ジェーンの低く落ち着いた歌声を耳にすることができる。

 特にアルバム冒頭を飾る"Isadora"はジムも歌っており、ジムとジェーンのデュエットという感じがする。また6曲目の"Face of Yesterday"は、彼らが1971年に発表し、グループ名にもなった「イリュージョン」に収められていた曲で、デリケイトなジェーンのボーカルを堪能することができる。

 全体的に薄い水墨画のような幽玄な境地を携えた作品であり、派手さやロック的な躍動感を味わうことはできないのだが、4曲目の"Solo Flight"ではギターが目立っている。
 また、最後の曲"Candles are Burning"は、ルネッサンスの1973年の曲"Ashes are Burning"に間違いなく対抗している曲だと思う。徐々に盛り上がっていく曲調だけでなく、途中でエフェクティブなギターが強調されるという点もよく似ている。ジムやジェーンには、オリジナル・ルネッサンスを立ち上げたのは自分たちだという自負心みたいなものもあったに違いない。

 このアルバムはそこそこ有名になったものの、残念ながらそんなには売れずに、アニーのいるルネッサンスの方が人気も商業性も上回っていた。(ちなみにこの「醒めた炎」は、アメリカのビルボード、アルバム・チャートでは最高位163位だった)

 1978年には「幻想の翼」を発表したが、これも基本的には1stアルバムと似たようなもので、クラシカルなピアノをバックにジムとジェーンが歌っていくというものであったが、1stよりもバックの演奏が強調されていて、それに伴ってジェーンのボーカルにも力強さが溢れているようだ。

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 個人的にはメロトロンが前作よりも多く使用されている点がうれしい。またギターも大きくフィーチャーされていて、そういう意味では音楽的に深化していると思う。

 1曲目の"Madonna Blue"は後半のシンセとギターの演奏が印象的だし、次の曲"Never Be the Same"はアコースティック・ギターとピアノをバックにまさにフォーク・デュオといった感じで、ジムとキースが爽やかに歌っている。
 また"Louis' Theme"や"Wings Across the Sea"は、ジェーンの切々と歌うさまが耳に残る佳曲で、聞き込んでいくとしんみりと落ち着いた心境になってしまう。

 前半は動から静へという感じであるが、後半はリズムがニューウェイヴっぽい"Cruising  Nowhere"から始まり、エレクトリック・ピアノが幻想的な雰囲気を作り出している"Man of Miracles"へと続き、最後はこのアルバムでは大作にあたる"The Revolutionary"で結んでいて、動~静~動という感じである。ただ最後の曲にもう少しクライマックスな部分を持ってきてくれると、もっと印象が強くなったのではないかと思っている。

 この2枚のアルバムはそれなりに水準は超えていたものの、いずれも商業的には失敗した。理由は時代の流れである。

 77年、78年当時はパンク/ニュー・ウェイヴ全盛期であった。イエスやジェネシス、ムーディー・ブルーズなどのプログレ・バンドもコンパクトでキャッチーな楽曲にシフトしていき、延命策を探っていくという時代だった。
 だからこの時代に70年代前半のようなプログレッシヴ・ロックは受け入れられず、イリュージョンもその例外ではなかったのである。キース・レルフの悲劇的な死やその妹ジェーン・エルフの懸命な努力もすべては水泡に帰してしまったのだ。

 現在もジェーンやジムは活動を行っているようで、2001年にはルネッサンス・イリュージョンというバンド名で、「Through the Fire」というニュー・アルバムも発表している。これもひょっとしたらアニー・ハズラムのいるルネッサンスに対する自意識の表れなのかもしれない。

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2011年1月 5日 (水)

アニー・ハズラム

 今年はウサギ年ということで、ウサギで有名なアルバム・ジャケットを探してみた。自分の中で一番最初に思いついたのは、洋楽ではなくて邦楽のほうだった。

 それは美狂乱の1995年のアルバム「五蘊」である。この頃の美狂乱はそれまでの3人組のバンドから8人編成へと大きく変化していて、サウンドの方も本家クリムゾンに重厚なパーカッションを加えたようなものになっていた。とてもジャケットからは連想できないサウンドだと思う。

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 次に思い出したのは、ポール・ロジャースのいたフリーの1stアルバムである。ただこのジャケットのウサギは小さいもので、それほど印象的なものではなかった。

Tons of Sobs Music Tons of Sobs

アーティスト:Free
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 ところがこれら以外で、なかなかウサギのアルバム・ジャケットを思い出せないのである。もう少しウサギがメインのアルバムはないかなと考えてみたのだが、それでウサギといえばルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」に出てくるウサギを連想し、そこから似たようなタイトルのアルバムを思い出したのである。

 それは「不思議の国のアニー」というもので、あの有名なイギリスのプログレッシヴ・ロック・バンド、ルネッサンスの女性ボーカリスト、アニー・ハズラムが1977年に発表したソロ・アルバムのことであった。

 アニーは1947年生まれ。ということは当時30歳になるわけで、カーネギー・ホールでのライヴも成功し、バンドの知名度も上がり、まさに順風満帆の状態だったわけである。
 しかも私生活ではロイ・ウッドと甘いロマンスを楽しんでいたようだ。ロイ・ウッドといえば、E.L.O.のオリジナル・メンバーで、バンド脱退後は自身のバンドを結成してロックの可能性を探っていたミュージシャンなのだが、いわゆる見かけは奇人変人の部類に入れられるかもしれないような人なのである。Photo

 それで77年の彼女のソロ・アルバムにはロイが全面的にバックアップしていて、ギターからドラムス、サックス、チェロ、バラライカの演奏だけでなく、プロデュースにアレンジ、バック・ボーカルに曲の提供とほとんど自分のソロ・アルバムと見間違うかのように協力している。さすが完全主義者のロイ・ウッドだけある。まさに妥協を許さない協力体制だ。

 ただアルバム自体の出来となると、個人的にはいま一歩という気がする。やはり母体のルネッサンスのアルバムの方が良いように思える。

 「不思議の国のアニー」(原題は"Annie Wonderland")というタイトルが表すように、自分の歌いたい曲を歌いましたというような感じで、まさにおもちゃ箱をひっくり返したような乱雑さと楽しみが同居しているアルバムで、確かにアルバム・ジャケットを見てもそういう印象を受ける。

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 全8曲だが、そのうちロイが作った曲が3曲、ルネッサンスのベーシスト、ジョン・キャンプが作ったのが2曲で、あとはミュージカルの挿入曲やボビー・ダーリンの1961年のヒット曲"Nature Boy"、そしてドヴォルザークの交響曲“新世界”から"家路"に英詩をつけて歌っている。
 まさにアメリカン・ポップスからクラシックまで縦横無尽というか自由自在というか、歌いたい曲を歌いましたという感じである。

 面白いのは、ロイ・ウッドが作曲した曲もポップで耳に馴染みやすいのだが、曲自体のクォリティではジョン・キャンプの曲、"Introlise/If I were made of Music"、"Inside My Life"の方が優れているように聞こえた。このキャンプという人はかなりの作曲能力を秘めているのではないかと思っている。確かルネッサンスのアルバムでも曲を提供していたように思う。

 一方、ロイの作った"Hunioco"ではロイの演奏するアフリカン・ドラムを聞くことができるのだが、これはピーター・ガブリエルよりも早く取り上げている。ワールド・ミュージックのはしりはロイの方が早かったのだ。(でもその普及に努めたのはピーターの方だろう)
 また"Rockalise"という曲はバックの演奏にアニーのスキャット・ボーカルをつけただけなのだが、アニー・ハズラムの声量の豊かさ、声質の繊細さを充分に発揮しようとして、こういう曲を書いたのだろう。さすが奇才ロイ・ウッドである。しかもそれがピッタリはまっているから大したものである。

 ともかく商業的な成功は別として、まさにソロ・アルバムにふさわしい制作態度で臨んだものになっていて、アニーの才能の豊かさの一端をのぞかせてくれるアルバムだと思う。

 彼女は今でも現役ミュージシャンとして、ルネッサンスで活動しているようで、昨年も来日公演を果たしている。一時乳癌になって、その容態が案じられたのだが、元気なようで一安心した。今後もその美しい歌声を披露し続けてほしいものである。

 話は元に戻るのだが、ウサギのアルバム・ジャケットは、他にもフランク・ザッパやヴァン・ダイク・パークスなどの作品にもあるらしい。興味のある方は調べてみると面白いのにぶつかるかもしれない。

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2011年1月 3日 (月)

エルトン・ジョン&レオン・ラッセル

 全世界で2億枚以上のアルバムを売り上げ、イギリス王室から勲章までもらったサー・エルトン・ジョンが伝説のロックン・ローラーであるレオン・ラッセルとアルバムを制作し、昨年発表した。それが「ザ・ユニオン」だった。

 国内盤ではDVD付3800円で販売されているのだが、貧乏な自分は手が出ずに、輸入盤1500円で我慢した。音楽性が優れているならば、映像や解説の内容ではなく、純粋にその音楽だけを味わいたいと思ったからである。(というのはキレイ事で、単にお金が無かったからであった)

ザ・ユニオン(DVD付) Music ザ・ユニオン(DVD付)

アーティスト:エルトン・ジョン&レオン・ラッセル
販売元:ユニバーサルインターナショナル
発売日:2010/11/10
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 エルトンは2004年からアメリカのラス・ヴェガスで「レッド・ピアノ」という公演を行っているのだが、大変な盛況らしく、結局2008年まで延長された。その公演が終わったあと、レオン・ラッセルとのコラボレーションの企画が始まり、2010年の1月からアルバム制作を開始しようと話し合った。

 もともとエルトンは、レオン・ラッセルを大変尊敬していたらしく、子どもの頃からあこがれていた。(といっても彼らは6歳しか違わないのだが)このアルバムのクレジットでも彼のことを"The Master"(師匠)と呼んでいる。

 それでアフリカのサファリに恋人の(もちろんだ男性だが)デヴィッド・ファーニッシュとエルトンが滞在していたときに、デヴィッドがアイ・ポッドでレオン・ラッセルの曲を聞いていたことから、当時ほとんど引退状態だったレオン・ラッセルを表舞台に立たせようとエルトンが画策したのだった。

 それで「レッド・ピアノ」公演が終了して、エルトンの方はビリー・ジョエルとツアーに出かけるのだが、ビリーが病気になり、ツアーがキャンセルされたために、急遽エルトンはレオン・ラッセルと曲作りを始めたのである。それで最初に出来上がったのがアルバムにも収められている"A Dream Come True"だった。

 基本的にこのアルバムはエルトンがレオン・ラッセルを称える意味で制作されているので、雰囲気は米国南部であり、女性コーラスはもろにゴスペル調なのである。この"A Dream Come True"も軽快なホンキー・トンクのピアノの調べに乗って歌われていて、ダークなノリのよさを耳にすることができる。

 アルバムの最初の曲"If It Wasn't For Bad"と12曲目の"Hearts Have Turned to Stone"、最後の曲"In the Hands of Angels"はレオン単独の作品で、中にはレオン作曲、バーニー・トーピン作詞の"I Should Have Sent Roses"というものもある。エルトンは嫉妬しなかったのだろうか?

 この3曲はまさにレオン節が炸裂で、もう70年代初期の彼の全盛時代に戻ったような感がある。まだまだ枯れていないのがうれしい。特に"Hearts Have Turned to Stone"ではキーボードにブッカー・T・ジョーンズ、ギターは現在クラプトンのバンドで活躍しているドイル・ブラムホールⅡ世がバックを務めていて、なかなかの渋い出来映えである。

 残りの曲はエルトン&トーピンがほとんで、アルバム・プロデューサーでもあるT・ボーン・バーネットも一部で手伝っている。

 軽快な曲はあるものの、全体を通して聞くと、しっとりと落ち着いて味わい深いアダルトなミュージックを楽しむことができる。やはりこういうバラード系の曲調に、今のエルトンは充分似合っていると思う。

 特に2曲目の"Eight Hundred Dollar Shoes"やニール・ヤングもボーカルで参加している"Gone to Shiloh"、"The Best Part of the Day"、"When Love is Dying"、"Never Too Old(To Hold Somebody)"などは良くて、特に"When Love is Dying"や"Never Too Old"などは、まさにこれが王道バラードですよとでもいうような曲に仕上げられている。(ちなみに"When Love is Dying"にはあのブライアン・ウィルソンがバッキング・ボーカルで参加している!)

 それに加えて、誰が作曲していてもエルトンとレオンがともに歌っているところが素晴らしいと思う。レオン・ラッセルの復活劇を利用してのエルトン・ジョンの単なる売名行為ではなく、本当にエルトン・ジョンがレオン・ラッセルを“師匠”と仰ぎ、彼をリスペクトし、心底から彼の復活を願っていることがアルバムを通じて、聞き手に伝わってくるのである。

 実はレオンは2010年の初めに心臓疾患?か何かの手術を受けている。これが5時間半にも及ぶ大手術で、結果は大成功したのだが、彼は術後にもかかわらず、その1週間後にはスタジオに入り、このアルバムのレコーディングを行っている。また、その1週間後にはグラミー賞の授賞式でパフォーマンスを行っている。何という生命力だろう!

 だからこのアルバムのジャケット写真では、座っているレオン・ラッセルしか写っていない。しかも杖を持っているのだから、歩行も困難だったのかもしれない。ただ彼のトレードマークである白髪と顎鬚は健在である。

 ともかくエルトンのレオンに対する尊敬の念と愛情に満ち溢れているアルバムだった。今の時代にこういう音楽が発表されることが個人的にはうれしいし、時代を超えた素晴らしいものだと思うのである。これを契機に、レオン・ラッセルが正当に再評価されることを願っている。

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2011年1月 1日 (土)

マイ・ケミカル・ロマンス

 あけましておめでとうございます。本年も独りよがりで独善的なブログを展開していきますが、よろしくお願いします。たぶん誰も読んでいないと思うけど、自分のためと、ロック・ミュージックが好きな人に少しでも参考になればと思っています。

 それで今回も昨年末から引き続き、昨年発表されて印象に残ったアルバムの中から1枚紹介することにした。今回はアメリカのグループ、マイ・ケミカル・ロマンスの「デンジャー・デイズ」である。

 自分はマイ・ケミカル・ロマンス(以下略して、マイケミと呼ぶことにする)は、はっきりいって一発屋か、もしくはそれに近いものだと思っていた。彼らがここ日本でもブレイクしたのは、2006年の「ザ・ブラック・パレード」のヒットによるものであった。
 このアルバムは本国アメリカでは全米2位を記録し、シングル・カットされた"Welcome to the Black Parade"は全英では1位を記録している。もちろん日本でも売れている。

ザ・ブラック・パレード Music ザ・ブラック・パレード

アーティスト:マイ・ケミカル・ロマンス
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2006/12/06
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 2007年には来日して武道館ライヴを敢行したり、TVの音楽番組に出演し、パフォーマンスを披露して、まさにマイケミの時代が到来したという感じだった。

 でも自分はそれで彼らも終わりだろうと思った。こんな大ヒットアルバムの後は、プレッシャーがかかって、実績がそれまであまり無かった彼らが、前作を超えるようなものを制作するのは無理だろうと思ったのである。

 しかし、2010年に発表された「デンジャー・デイズ」は、前作を優に超える素晴らしい出来上がりになっていて、自分の考えが浅はかだったのを自覚したのである。

デンジャー・デイズ Music デンジャー・デイズ

アーティスト:マイ・ケミカル・ロマンス
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:2010/11/24
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 やはり彼らは「ザ・ブラック・パレード」を超えるものを作ろうとしていたようで、そのプレッシャーもあったようである。あのグリーン・デイのビリー・ジョー・アームストロングにアドヴァイスを受けたといわれているし、一旦は完成したデモ・テープをすべて破棄し、プロデューサーをブレンダン・オブライエンから前作と同じロブ・カヴァロに代えて再び曲作りから始めたという。それほど彼らには負荷がかかっていたのであろう。

 前作はトータル・アルバムだったのだが、今作はそうではなく、様々なタイプの曲が収められていて、彼らのいろんな側面を垣間見ることができる。
 基本的にはノリのよい曲が集まっているので、何となくトータル・アルバムのような感じを受けるし、グリーン・デイの「アメリカン・イディオット」のような高揚感が漂っている。

 アルバムは、短いナレーションのような導入部から始まり、キャッチーでノリのよい"NA NA NA(NA NA NA NA NA NA NA NA NA)"へとつながっている。この曲がこのアルバムを代表しているようで、5曲目の"Planetary(GO!)"や"Party Poison"もこの系列に連なる曲。思わず体が踊りだしてしまうような曲なのである。日本の阿波踊りを思い出してしまったが、そんな曲調なのだ。

 曲によってはパワー・ポップ的なものもあるし("The Only Hope For Me is You")、ハード・ロック的な"Save Yourself, I'll Hold Them Back"や"S/C/A/R/E/C/R/O/W"、まさにラウド・ロックといってもいいような"Destroya"など、今のアメリカのロックで売れる要素をすべてぶち込みましたよ、というような内容なのである。これでは売れない方がおかしいというものだろう。

 "Bulletproof Heart"はまるでグリーン・デイだし、"Sing"はセカンド・シングルとして発表されているが、これもまたアメリカの広大な大陸を想起させるようなスケール感のある曲である。

 個人的には"Summertime"、"The Kids From Yesterday"などが余計なギミックが無くてすんなり聞くことができてよかったと思った。装飾がない分、曲の良さをストレートに味わうことができるからである。

 ともかく彼らがこんなに成長するとは思えなかったし、商業的にも今作は前作を超えるアルバムになるのは間違いないだろう。アメリカには様々なバンドがいるが、マイケミもいよいよグリーン・デイやマルーン5クラスのバンドに近づいてきて、彼らと肩を並べる日はそんなに遠くない気がする。今月末には来日公演も予定されているようだし、今年はさらに飛躍の1年になるだろう。

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