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2011年2月 8日 (火)

追悼;ゲイリー・ムーア

 昨日の夕方、インターネットのヤフー・ジャパンのニュースを見ていたら、何とゲイリー・ムーアが死去したというニュースが載っていた。一瞬、目を疑い何度も読み返したのだが、間違いなくそこにはゲイリー・ムーアと書かれていた。2

 ショックである。信じられなかった。しかもまだ58歳。クラプトンが65歳でまだ現役ということを考えれば、彼もまだまだ活躍する場はあったであろうに、まことに残念なことである。
 死因は不明だが、休暇先のスペインのホテルということだから、やはり突然死なのだろう。

 個人的な意見だが、彼のことを一言でいうと、“器用貧乏”といえるだろう。とにかくギターは巧い。クラプトン世代からやや離れてはいるものの、間違いなくブリティッシュ・ブルーズ・ロックの継承者だった。

 かつてのゲイリーは、ハード・ロック・ギタリストだった。シン・リジィで活躍したことは有名だが、そのあとはジャズ・ロックのコロシアムⅡに参加しているし、80年代の活躍のあとはブルーズ・ロックに回帰して、ブルーズ・アルバムを発表している。

 ハード・ロックからジャズ・ロック、ブルーズ・ロックと彼は何でもこなすことができた。どの演奏もシャープで、正確無比だったし、エモーショナルな感情表現も巧みに表現することができた。
 テクニック的には申し分なかったのだが、どうしても二番煎じという印象が強く、彼のオリジナリティというものがイマイチ、ダイレクトに伝わりにくかったと思う。

 シン・リジィのときはエリック・ベルやブライアン・ロバートソンの代わりに加入したものだったし、コロシアムⅡもその名の通り、コロシアムの後継バンドだった。
 また90年代に入ってからはブルーズ・ロックを演奏するようになったが、話題性はクラプトンのブルーズ・アルバムの方が大きくなり、先に試みたゲイリーのお株を奪うかたちになった。

 そして元クリームのジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースとBBMを結成したのは1994年だったが、音楽性もスタイルもクリームの焼き直しの観があった。個人的には大好きだったのだが、長続きはしなかった。時代はインプロビゼーション主体のそういう音楽を求めていなかったのだろう。Bbm

 だからゲイリーは“器用貧乏”だったと思う。何でもできて、どれも一級品だったが、革新性というか、時代性にマッチしていなかった。それが彼にとっての唯一最大の特徴だったと思うのである。

 でも彼はギター・キッズには熱狂的に受け入れられているし、彼の楽曲のうちの何曲はロック・クラシック的な扱いを受けている。当然のことながら彼から影響を受けた人たちはかなりの数にのぼるだろうし、今回の彼の突然の死を知って嘆き悲しんでいる人は、全世界で数え切れないほどいるはずだ。

 しかし、それでも彼は“器用貧乏”なのである。ギター・ヒーローにはなったが、ジミ・ヘンやクラプトンのような全世界的な評価を受けることはなかった。

 自分にとっては彼の生き様自体がロックだと思うし、世の評価にとらわれずに自分自身の信念を貫き通した人生こそが尊いと思っている。だから“器用貧乏”こそ何ものにも代えがたい彼にとっての称号だと考えている。
 心から彼の冥福を祈るとともに、彼のギター・プレイだけでなくそのライフ・スタイルもまた継承されることを願っているのだった。


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