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2011年5月 4日 (水)

リチャード・トンプソン

 前回からのつながりで、フェアポート・コンヴェンションのギタリスト、リチャード・トンプソンについて書くことにした。

 彼は1949年生まれで、子どもの頃から音楽に慣れ親しんでいた。父親はスコットランド・ヤードの警察官だったが、セミ・プロ級のギタリストでもあったらしい。そのせいか家族も何らかの楽器を扱うことができたようである。
 高校時代にバンドを結成して活動を始めたが、この辺の様子は日本も英国もあまり変わらないようだ。ちなみに彼の高校時代のクラスメイトにはストラングラーズのギタリストだったヒュー・コーンウェルもいたという。

 18歳のときにフェアポート・コンヴェンションの結成にかかわり、以後1971年まで同バンドで活躍するのだが、その後ソロ・アルバム「ヘンリー・ザ・ヒューマン・フライ」を発表した。
 そのときにゲスト女性シンガーとして歌っていたリンダ・ピータースと恋仲になり、1972年に結婚、以後リチャード&リンダ・トンプソンとして、公私共に活動するようになったのである。

 自分が彼らのアルバムを聞いたのは、90年代に再発されたアルバムを通してであった。1974年に「アイ・ウォント・トゥ・シー・ザ・ブライト・ライト」を発表したのだが、約20年後に自分はこのアルバムを耳にした。当時はあまりこの手の音楽に興味が無かったので、簡単にスルーしてしまった。

I Want to See the Bright Lights Tonight Music I Want to See the Bright Lights Tonight

アーティスト:Richard Thompson & Linda
販売元:Ume Imports
発売日:2004/09/28
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 一般的にリチャード・トンプソンは評論家や同業のミュージシャンからはウケはいいのだが、商業的には成功していないといわれている。自分もこのアルバムだけを聞いていたときは、そんなにすばらしい音楽やミュージシャンとは思わなかった。

 このアルバムはアイランド・レコードから発売されていて、同社のプロデューサーのジョー・ボイドやジョン・ウッドはこういうフォーク/トラッド系ミュージシャンやバンドを売り出そうとしていた。だから彼らが当時プッシュしていたのは、ニック・ドレイクやフェアポート・コンヴェンション、ジョン・マーティン、インクレディブル・ストリング・バンドなどであった。

 ともかくこのアルバムは、全体的にしっとりしていて"Withered and Died"や"Has He Got a Friend for Me"などは一人で深夜に聞く音楽としては最適だと思う。また、タイトル曲の"I Want to See the Bright Lights Tonight"は彼らの代表曲のひとつでもある。えもいわれぬ哀愁や寂寥感が漂ってくるのである。
 またグリフォンのリーダーだったリチャード・ハーヴェイもアルバムに参加していて、よく分からない古楽器を演奏しているし、フェアポートのメンバーのサイモン・ニコルはダルシマーを担当している。その点では確かにトラッド・ミュージックといえるだろう。

 その後しばらく彼らと縁が無かったのだが、ふと久しぶりにCDショップで彼らのアルバムを見つけたので、何となく買ってみて聞いたところ、これがすばらしかったのである。それが「シュート・アウト・ザ・ライツ」だった。

Shoot Out the Lights Music Shoot Out the Lights

アーティスト:Richard Thompson & Linda
販売元:Hannibal
発売日:1991/07/01
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 何が良かったのかというと、よりロックよりの音楽になっていて、1曲目の"Don't Renege on Our Love"では、元フェアポートのメンバー、デイヴ・ペグやデイヴ・マタックスが参加しているせいか、生き生きとしたリズムにのってリチャードも伸び伸びと歌っている。

 逆に次の曲の"Walking on a Wire"ではリンダが伸びのある声でバラードを歌い上げている。この落差というか変化がこのアルバムをよりいっそう聞きやすく、魅力的なものにしている。また途中のギター・ソロも魅力的で、エフェクトも少なく、枯れた音のソロが素晴らしいのである。

 このアルバムは1982年に発表され、リチャードとリンダにとっては最後のアルバムとなったものである。当時のリチャード夫妻はレーベル契約を失っていて、レコーディングするのも困難な状況だった。
 わずか3日間でベーシック・トラックが録音されるという予算的にも時間的にも制約があった中でのアルバム制作だったようであるが、逆に集中できたせいか、彼らにとっては珍しく商業的にも成功したものになった。特に米国ではこのアルバムのおかげで人気が出たようだ。

 ところがその米国である事件が起きた。リンダは3人目の子どもがお腹の中にいてツアーに参加できず、リチャードだけ出かけたところ、ツアー・ブッキング担当のアメリカ人女性ナンシー・コヴェイとリチャードが恋に落ちたのである。
 男性心理からいわせてもらうと、身重の妻を置いて他の女性に走るというはよほどのことだと思われる。単なる浮気や遊び心ではなく、そこまで男性を追い込むというのは夫婦間に以前から何か問題があったのではないかと思っている。

 おそらくこのアルバムの制作途中にも何かあったのではないだろうか。かなり深読みできるような内容の歌詞が見られるからである。逆にそういう緊張感がこのアルバムを優れたものにしているように思える。

 かくしてリチャードとリンダは離婚して、2人は別々の道を歩むようになったのである。ただ外国人に往々にしてみられるのは破局しても仕事は仕事として割り切れることである。

 このアルバムはニューヨーク・タイムズ誌やタイム誌ではその年のトップ10アルバムに選出され、ニューズウィーク誌では年間最優秀アルバムに選ばれるなど、アメリカではかなり売れたのである。(ローリング・ストーンズ誌は、80年代のアルバム100選で第9位に選んでいる)

 だからアルバム発表後にツアーが予定されていたのだが、キャンセルはせずに、2人はライヴを続けたという。かなり緊張感のある状態だったそうで、バンドがステージに登場する際にはリンダがリチャードを殴りつけるという光景がたびたび見られたといわれている。

 ともかくこのアルバムの出来がいいというのは間違いないことで、先述した曲のほかに旧ソ連のアフガン侵攻を歌った"Shoot Out the Lights"や、かなり意味深の"Just the Motion"、人生をオートバイの曲芸にたとえた"Wall of Death"など名曲揃いなのである。彼らのアルバムの中から1枚選ぶとすれば、間違いなくこのアルバムを選ぶだろう。

 その後、リンダはシンガーとしては引退して、曲つくりや音楽プロデューサーとして活動するようになった。一方のリチャードの方は今もなお、ソロ活動を行っている。

 1994年に発表された「ミラー・ブルー」はもはやトラッド・ミュージックではなくて、ロック寄りの音楽になっている。ソロになって表現領域が拡大されていったようであり、このアルバムはエルヴィス・コステロやシェリル・クロウ、パール・ジャムなどを担当した敏腕プロデューサーのミッチェル・フルームが担当している。

Mirror Blue Music Mirror Blue

アーティスト:Richard Thompson
販売元:EMI Europe Generic
発売日:1994/02/08
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 このアルバムもまたリチャードの渋い歌声と素晴らしいギター演奏を堪能することができる。"Easy There, Steady Now"の間奏や"King of Bohemia"のバラードなどは何度聞いても感動する。確かに彼は日本ではマイナーながらも、世界的に評価の高いミュージシャンということが分かると思う。

 2010年の6月12日に、あるフェスティバルでリチャードとリンダは約30年ぶりに一緒にステージに立って、パフォーマンスを行った。このときは穏やかに進行していったという。30年という時間はすべてを許し、水に流してくれたのだろうか。

 ともかくリチャード・シンプソンはもっと評価されていいミュージシャンである。もう60を過ぎているのだが、もっともっと印象的な歴史に残るアルバムを発表してほしいと願っている。


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