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2011年6月

2011年6月30日 (木)

ゴードン・ハスケル

 ゴードン・ハスケルの「歳時記」(原題;It is and It isn't)というアルバムを買って聞いてみた。結論から言うと、これはプログレッシヴ・ロックではなくて、完全にポップ・ミュージックの範疇に属する音楽である。

 知っている人は知っていると思うけれど、ゴードン・ハスケルという人は、あのグレッグ・レイクの後釜として、元キング・クリムゾンの2代目ボーカル&ベース・ギターを担当した人である。

 クリムゾンのリーダーであるロバート・フリップとは幼馴染であり、彼からベース・ギターの手ほどきを受けたという。そして60年代半ばにはフリップが結成したリーグ・オブ・ジェントルメンというアマチュア・バンドに参加した。
 その因縁か、1970年にフリップの要請でクリムゾンに参加したのだが、幼馴染ということも手伝ってか、ロバート・フリップから冷たい仕打ちをされてしまい、結局すぐに脱退してしまった。ギャラも支払われなかったというから、かなりの扱われようである。

 何しろボーカリストとして参加したにもかかわらず、ゲスト参加したイエスのジョン・アンダーソンがレコードの片面全部を歌ったのだから、ゴードンとしては面白かろうはずがない。
 また、音楽的な志向性の違いもあった。脱退後にクリフ・リチャードやティム・ハーディンなどのサポート・バンドに加わったことからもわかるように、基本的にゴードンは、ポップ志向が強かったのである。

 そういう傾向を反映して、彼が1972年に発表したセカンド・ソロ・アルバム「歳時記」は当時の彼が嗜好したポップ・ミュージックが詰め込まれている。
 全12曲すべて彼の手によるもので、要するにシンガー・ソングライター寄りのポップ・ミュージックといった感じだ。参加しているミュージシャンは、どちらかというとプログレ畑の人が多いのに、出来上がった音楽は180度違うというのも面白い。

IT IS AND IT ISN'T - 歳時記 Music IT IS AND IT ISN'T - 歳時記

アーティスト:GORDON HASKELL - ゴードン・ハスケル
販売元:Arc・gelo
発売日:2011/01/19
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 このアルバムを聞く限りでは、彼は決して歌が上手なシンガーではない。もちろんシャウトしないし、逆に、はっきりとしたメロディに乗っかって穏やかに歌を口ずさむという感じなのである。

 特に"Could Be"や"Upside Down"などを聞くと、イギリスのダークなポップ・ソングという感じがするし、"Just a Lovely Day"などはアコースティック主体の可憐なフォーク・ソングに仕上がっている。この曲はアンソニー・フィリップの1stソロ・アルバムに通じるものがあると思う。
 そして意外にメロディはキレイで聞きやすい。クリムゾンとはまさに正反対の音楽をやっている。またベース・ギターが主張していると感じるのは彼がベーシストだったからだろうか。

 ちなみにこのアルバムのベースはのちにクリムゾンに参加したジョン・ウェットンが弾いていて、ゴードンはアコースティック・ギターに専念している。

 その他にも"Sitting By the Fire"はロック寄りの楽曲で、珍しくエレクトリック・ギターのソロを聞くことができるが、これはフィールズというバンドのギタリスト、アラン・バリーが演奏している。またニュー・ヨークのセッション・マン、デヴィッド・スピノザもリズム・ギターで参加していることから、このアルバムはアメリカでも録音されたことがわかる。

 "Worms"という曲でもギター・ソロを耳にすることができるのだが、この曲はスタックリッジが1975年のアルバム「エクストラヴァガンザ」の中で"No Man's More Important Than the Earthworm"という曲名で再録されている。このアルバムの中ではいい曲だと思う。
 これはゴードン・ハスケルが一時スタックリッジと一緒にセッションしたからだった。結局、彼はバンドには参加しなかったけれど、その置き土産といったものであろう。

エクストラヴァガンザ Music エクストラヴァガンザ

アーティスト:スタックリッジ
販売元:ミュージックシーン
発売日:2007/03/25
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 このアルバムではロック寄りの曲もあるのだが、どちらかといえば"No Need"、"Learning Not to Feel"、"Just a Lovely Day"、"Benny"のようなアコースティックの方が彼の本質を表しているように思えてならない。

 このアルバムのあと、1977年には山口百恵のロンドン録音アルバム「ゴールデン・フライト」に参加したり、自分のバンドを結成したりするのだが、何といっても2001年末、21世紀になって"How Wonderful You Are"というシングルが全英No.1になり、いきなり脚光を浴びてしまった。まさに遅咲きの桜といった感じである。
 そしてこの曲は、世間でいうパブ・ロックの範疇に属する楽曲で、それ以降そういう傾向の曲を発表していった。昨年も「ワン・ディ・スーン」というアルバムを発表している。

 現在はギリシャの島で穏やかに生活しているという。しかし今だにクリムゾンやロバート・フリップには恨みつらみがあるようだ。クリムゾンでの過酷な経験の反動が、彼をしてこういうソロ・アルバムを作らせたのかもしれない。そういう意味ではクリムゾンでの経験が、反面教師として役立っているように思える。いま彼は、今の自分があるのもクリムゾンのおかげということを感謝しないといけないのではないかと思ってみたりもする。

 結局、人生には無駄な経験というのはないのかもしれない。あるとすればそれは当人の感性の差異ということではないだろうか。このアルバムを聞きながらそんなことを考えてみたのである。

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2011年6月28日 (火)

ソングス・フォー・ジャパン

 遅ればせながら東日本大震災のチャリティー・アルバム「ソングス・フォー・ジャパン」を購入して聞いている。
 このアルバム2枚組で全37曲のヴォリュームである。(輸入盤は38曲収録)しかもディスク1は79分50秒で、ディスク2は79分01秒というCDの許容量ギリギリまで収録されている。企画編集盤ではあるが、規格外の内容だ。

ソングス・フォー・ジャパン Music ソングス・フォー・ジャパン

アーティスト:オムニバス
販売元:SMJ
発売日:2011/05/04
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 しかも2000円という破格なプライスに設定されていて、これはまさに購入してくださいといっているようなものである。

 全曲違うミュージシャンがパフォーマンスをしているので、37組のミュージシャンが集結している。
 ディスク1は、いきなりジョン・レノンの"Imagine"から始まっていて、荘厳な雰囲気というか、思わず緊張してしまった。個人的には「ダブル・ファンタジー」の"Starting Over"の方がテーマにふさわしいと思ったのだが、どうだろうか。
 以下、U2の"Walk on"、ボブ・ディランの"Shelter From the Storm"と復興支援にふさわしい楽曲が続く。

 またレッド・ホット・チリ・ペッパーズやレディ・ガガ、ビヨンセやブルーノ・マーズ、ケイティ・ペリィなど、比較的新しいというか、旬なミュージシャンが名を連ねている。また単純にシングルを収録したものではなく、レッチリの"Around the World"やマドンナの"Miles Away"はライヴ・ヴァージョンで、ガガの"Born This Way"はスタースミス・ヴァージョン(リミックス)、ブルーノ・マーズの"Talking to the Moon"はアコースティック・ピアノ・ヴァージョン仕様と工夫されている。

 ディスク1は比較的リズミックな曲が多く、上記以外でもリアーナやエミネム、ブラック・アイド・ピーズ、ピンクなどの曲が収められている。ただブルース・スプリングスティーンの曲は"Human Touch"という1992年の比較的古いものになっているが、これはやはり震災後の東北の人たちに送られたボスからのメッセージと受け取るべきだろう。

 一方、ディスク2は、今年のグラミー賞で5部門を受賞したレディ・アンテベラムの"I Run to You"を筆頭に、以下ボン・ジョヴィ"What Do You Got?"、フー・ファイターズ"My Hero"、R.E.M."Man on the Moon"(Live in Tokyo)と、こちらも著名なミュージシャンが続いている。

 またディスク1に比べて、こちらはスローな曲が多く、ある意味、被災された方への“鎮魂”という意味合いが込められているのではないかと思っている。
 特に6曲目のシャーデーの"By Your Side"から13曲目のクイーンの"Teo Torriatte"(Let Us Cling Together)までは、途中にアデルやエンヤ、エルトン・ジョンなどの静謐な曲が続き、このディスク2の白眉だと思っている。

 ところで、これもまた最近の話なのだが、偶然似たようなチャリティ・アルバムを購入したので、車の中で聞いている。タイトルを「ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク」という2枚組ライヴ・アルバムである。
 このアルバムは2001年の9月11日の同時多発テロで犠牲になった人、特に消防士や警察官とその遺族のために、ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたコンサートを収録したものである。

 ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティ ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティ
販売元:セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)
セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)で詳細を確認する

 出演したミュージシャンは、イギリスからはデヴィッド・ボウイ、ザ・フー、グリマー・トゥインズ(ミック・ジャガー&キース・リチャーズ)、エルトン・ジョン、ポール・マッカートニー、アメリカからはボン・ジョヴィ、グー・グー・ドールズ、ビリー・ジョエル、デスティニーズ・チャイルド、バックストリート・ボーイズ、ジェイ・Z、ジェイムス・テイラー、ジョン・メレンキャンプなど他にも有名なミュージシャンが参加していて、6時間にわたって行われたものを編集している。またTVでは、生放送で全米に放映されたようである。

 CDでは当然のことながら演奏だけだが、DVDではステージのセット・チェインジの合い間に、ディカプリオやデ・ニーロなどの有名俳優やクリントン元大統領のスピーチ、マーティン・スコセッシ、スパイク・リー監督などの短編映画も収められていて、臨場感を堪能できるようだ。

 CDでは一部演奏順が変えられてはいるものの、ほぼ当日の出演順に従って演奏されている。何しろオープニング・アクトがデヴィッド・ボウイで、しかも自曲ではなく、サイモン&ガーファンクルの"America"を歌っている。いかにもニューヨークというかアメリカへの応援、配慮という感じがする。

 個人的にはもう少しザ・フーやストーンズ、エリック・クラプトンなどのイギリス・ミュージシャンの曲を聞きたかったのだが、そういうわけにもいかない。できればスプリングスティーンなども入れてほしかった。

 このチャリティ・コンサートを企画したのはポール・マッカートニーで、彼は2001年の9月11日当日にニューヨークにいて、この惨劇を目撃したという。また彼の父親もボランティア消防士だったらしく、そういう意味でも亡くなられた消防士や警察官のためにこのコンサートを企画したそうである。

 だからフィナーレは彼がリードして7曲(うち"Freedom"1曲はアンコールとしてダブっている)も歌っている。うがった見方をすれば、この辺は目立ちたがりやなポールの気持ちを反映しているようだ。周囲のミュージシャンも相手がポールなら仕方がないと思うだろう。でももしジョンが生きていたなら、ジョン&ポールの共演が見れたかもしれない。

 そしてそのフィナーレは、予想通りというか、ポールの歌う曲に出演者が全員参加して、歌ったり、演奏したりしている。クラプトンはギターを弾き、ビリー・ジョエルはバック・コーラスに参加していて、まるで1979年のカンボジア難民救済コンサートのときの“ロッケストラ”のようだった。やはりポールは、こういう役割を務めたいのだろう。まあ彼自身が呼びかけているから、それはまた当然といえるかもしれない。

 これらのチャリティ・アルバムを聞いて思うことは、企画から編集、販売までが非常に素早いということである。「ソングス・フォー・ジャパン」は大震災が3月11日に起こったあと、同月25日にはインターネットを通して世界に配信されているし、アルバムは1ヶ月も経たない4月4日に発売された。

 「ザ・コンサート・フォー・ニューヨーク・シティ」もまた、事件から約1ヵ月後の10月20日にコンサート自体が行われ、アルバムは収益を考えてか、年末商戦にあわせて12月に販売されている。

 こういうベネフィット・コンサートに対して、ロック・ミュージシャンはどういうふうにコミットメントできるかについて、いろいろと意見があるようだが、とりあえずミュージシャンができることとしては音楽を奏でるしかないわけで、現実的な対応としては賞賛されてもいいだろう。
 ただ問題はミュージシャン自身の信念との兼ね合いということと、収益がきちんと対象者に届くかどうかというシステムの問題だろう。昔のバングラディシュ・コンサートの収益はほとんどバングラディシュに届かなかったというから、その辺についてはしっかりと第三者で管理していかないといけないと思うのである。

 ともかく自分自身としては、東日本大震災に、こんなかたちでしか被災された人たちや地域に関われなかったけれど、同じ日本人として一日も早い復興を願っているのである。

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2011年6月26日 (日)

ロビー・ウィリアムス

 少し前の話で恐縮だが、うちの近所の本屋さんが閉店した。理由は定かでないが、経営不振だったようだ。
 昔から思っていたのだが、今では純粋な本屋、いわゆる本だけを売って商売する本屋は、大手のチェーン店を除いてはなくなったのではないだろうか。最近の本屋といえば、必ずといっていいほどCDやビデオ販売かそれのレンタルを兼ねているように思えてならない。

 逆にいえば、それだけ本を売るということが商売として成立しなくなったのだろう。純粋に本だけの売り上げでは薄利しか得ることができず、他の物品の販売を兼ねないと生活できないのだろう。
 だからうちの近所の本屋さんもCDやビデオのレンタルを行っていた。そして閉店の前には張り紙でその期日を示していて、売れ残ったCDやビデオは70%オフという扱いだった。

 こうなるとハイエナのごとく、自分もその店を訪れてはCDを買いあさったのである。我ながら人目もはばからず、1枚1枚、目で舐めるように吟味しながら買ってしまった。いい年をして恥ずかしいとは思ったが、自分ではどうしようもないことであった。

 それで日頃買わないというか、正規の値段では決して手を出さないアルバム、たとえばトム・ジョーンズのベスト盤とか、ドリーム・シアターの3枚組ライヴ盤「スコア」などを70%引きということで買ったのだが、その中でイギリスのポップ・シンガーであるロビー・ウィリアムスのベスト・アルバムもついでにというか、勢いにまかせて購入してしまった。

 何故かというと、理由はしいてないのだが、単純に安かったというだけだろう。またベスト盤だからハズレはないと踏んだのも確かである。

 もともと彼のアルバムは1枚だけ持っていて、これがまた買ったことを後悔させるようなアルバムだった。自分は彼のことを遅れてきたジョージ・マイケルだと思っていたのだが、遅れてきたのはむしろアンドリュー・リッジリーの方だった。(と当時は思っていた)

 もともとロビーはテイク・ザットというイギリスのボーイズ・グループの一員だった。このグループにはゲイリー・バーロウというメイン・ボーカルがいて、ロビーは2番手以下だった。むしろロビーは在籍当時から品行が悪く、あのオアシスのギャラガー兄弟とも親しかったというから、並みの感性の持ち主ではなかった。(だから世に抜きんでる事ができたともいえるかもしれない)

 今になって思えば、作られたアイドルというイメージを打破すべく、そういう悪童のキャラクターをイメージし、行動に移してきたのかもしれない。そういう意味では、確かに真のエンターテイナーといえるかもしれない。

 ところで自分が持っていた彼のアルバムは「アイヴ・ビーン・エクスペクティング・ユー」という1998年に発表されたもので、全12曲、全英No.1ヒットになった"Millennium"という曲も収められているものだった。

I've Been Expecting You Music I've Been Expecting You

アーティスト:Robbie Williams
販売元:EMI Europe Generic
発売日:2006/06/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 それで今回あらためて聞いたのだが、意外といい曲が多かった。シングル・カットされた"Millennium"だけでなく、彼のベスト・アルバムにも収められている"Strong"、"No Regrets"、"She's the One"や軽快なポップ・ソングの"Grace"やリズミカルな"Jesus in a Camper Van"、アコースティックな"Heaven from Here"など捨て曲が見当たらないのである。
 なぜ2,3回聞いてこのアルバムをお蔵入りにしたのか、自分でもよくわからないのだが、たぶんロック的でないということと、少しオーヴァー・プロデュースのところが見られたからだろう。一家に一枚というアルバムではないが、聞いても損はしないアルバムではある。ただ2548円払って聞く価値はあるかというと、それは個人の判断に委ねられるだろう。

 しかし765円で購入した「グレイテスト・ヒッツ」はまったく違う。まさしくその名の通り“グレイテスト”なヒット曲集なのである。全19曲で2曲の新曲を除いて、すべて全英トップ10以内に入った曲で構成されているのだ。

Greatest Hits Music Greatest Hits

アーティスト:Robbie Williams
販売元:EMI Import
発売日:2004/09/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 彼がソロ・アルバムを発表した1997年から2004年当時までのヒット曲を網羅したもので、特に2曲目の"Angels"はイギリス人が自分の葬式に流してほしい曲No.1になるほどの名バラードである。また"Let Me Entertain You"という曲があるのだが、これはクィーンの曲とは同名異曲である。しかしアップテンポで、まさに“君たちを楽しませてあげるよ”といわんばかりの曲調になっていて、ストーンズでいうなら"Brown Sugar"か"Street Fighting Man"だろう。

 それら以外にも黒っぽい"Kids"や"Angels"と並ぶ名バラード"Eternity"、単なるダンス・ミュージックの域を超えた"Feel"や"Radio"など、どの曲を聞いても素晴らしく、まさにグレイテスト・ヒッツの名にふさわしい内容になっている。

 最近のロビーは、クラブ系のビートの効いた曲も歌っているが、ロック・チューンからバラードまで、現在のイギリスを代表する男性シンガーのひとりであることには間違いないだろう。

 アメリカや日本ではほとんど知られていないが、本国ではエルトン・ジョンやジョージ・マイケルを越える人気と実力を誇っている。そんなロビーが正当に評価されることを願っているのだ。
 自分はたった700円少々で彼の偉大さを知ってしまったが、それも本屋さんが閉店してくれたおかげかもしれない。しみじみとその本屋さんには心から感謝しているのだった。

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2011年6月24日 (金)

スカイライン-征服

 最近では珍しいほどのお金をかけたB級映画である。あまりのむし暑さのせいで、涼を求めて映画館に行ったのだが、1000円という値段にふさわしい映画だった。もしこれを1800円で見たなら、自分なら金返せと叫ぶだろう。そんな映画なのである。

オリジナル・サウンドトラック 『スカイライン −征服−』 Music オリジナル・サウンドトラック 『スカイライン −征服−』

アーティスト:マシュー・マージェソン
販売元:ジェネオン・ユニバーサル
発売日:2011/06/08
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 だいたい巨大円盤を攻撃するシーンは、ウィル・スミスが主演した1996年の映画「インディペンデンス・ディ」を髣髴させるし、人間を吸い上げるために探し回るタコ型宇宙人?は、トム・クルーズが主演した2005年の映画「宇宙戦争」を思い出させてくれた。4
 ここから先はネタバレになるが、それを承知で述べさせてもらうと、ラストの主人公がエイリアンに合体したシーンは、ミラ・ジョヴォヴィッチが主演した2002年の映画「バイオハザードⅡ」に出てきた人間がゾンビに変化したシーンに近いものがあった。3

 とにかく制作費を低く抑えたせいか、登場する人物は少なく、セリフもそんなに多くはない。基本は宇宙船や宇宙人の攻撃から逃げ回ることだから、アクション・シーンも少ない。おそらく予算の大部分は、CGや特撮効果につぎ込まれたのだろう。

 また映画の中では、基本的に3日間の日数で終わってしまうし、宇宙人がどこから何のために地球に侵略してきたかは、不明である。とにかくひたすら特撮シーンと圧倒的な宇宙人の攻撃力が全面的に描かれているのであった。2

 主演した俳優陣も自分はほとんど知らないし、時間も94分と短く、あっという間に終わってしまった。たぶんラスト・シーンから判断して、「2」、「3」と続編が続くと思われる。しかし果たして観客が入るだろうか、収益はあるのだろうか、余計なことを考えさせてくれた映画だった。5

 ともかく暇つぶしや涼を求めて見に行くのなら、適当な映画だと思う。昔なら2本立ての最初の1本というくらいのランクで、お目当ての映画はこの映画のあとに始まるのである。でもこういう配給方法を知っているのは、もうかなりの年配者に違いないのである。

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2011年6月23日 (木)

マムフォード&サンズ

 今までダラダラとブリティッシュ/アイリッシュ・フォークについて書いてきたのだが、最後の最後、おまけとして、今に生きるブリティッシュ・フォーク・バンドのマムフォード&サンズを紹介したい。

 最近はネオ・フォーク・ブームということで、アメリカやイギリスではブームが起きている。アメリカの代表格がフリート・フォキシーズなら、イギリスを代表するバンドが、このマムフォード&サンズではないだろうか。

 このバンドは4人組なのだが、今年2月に行われたグラミー賞でボブ・ディランのバックで演奏したし、自分たちの持ち歌も歌った。そのせいか彼らのデビュー・アルバム「サイ・ノー・モア」は一気に全米2位にまで上昇してしまったのだ。

 ちなみにこのアルバムは2009年の10月に発表されたもので、足掛け3年にわたって今だにアルバム・チャートに留まっている。さらに全世界で150万以上売り上げていて、オーストラリア、アイルランドでは1位を記録し、オランダやイギリスでも3位という素晴らしいチャート・アクションを示している。(2011年3月13日付のイギリス、アルバム・チャートでは75週にわたってチャート・インし、第12位を記録している。また3月19日付のビルボードでは、50週のチャート・インで第3位になっている)

サイ・ノー・モア Music サイ・ノー・モア

アーティスト:マムフォード&サンズ
販売元:ホステス
発売日:2010/12/29
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 彼らの魅力は一体なんだろうと、彼らのアルバムを聞きながら考えてみた。
①伝統的なフォーク・ミュージックに則っている
②単なる過去の焼き直しでなく、様々な要素を含む
③現実的な内容(歌詞)である
④演奏技術やコーラスが見事である

 簡単にいうと以上のようなことかもしれない。②についてもう少し付け足すと、フェアポート・コンヴェンションやペンタングルのような単なるトラディショナル・ミュージックではなく、ロックやブルーズ、カントリー・ミュージックなどの要素が見られるということである。シングル・カットされた"Little Lion Man"ではロックのような疾走感や焦燥感が、ヒリヒリと聞き手に伝わってくる。このアルバムの中でも1,2を争うほどの名曲だと思う。

「自分のために泣いていろ
おまえは心の中にあるような
ものには決してなれない
泣けよ、リトル・ライオン・マン
おまえには最初のような勇敢さはない
自分を位置づけろ、自分をかき立てろ
自分の頭の中にあるすべての問題を
解決するように時間を費やせ」
("Little Lion Man"訳プロフェッサー・ケイ)

「水は冷たい
それはさらにおまえの冷たい心を
凍りつかせる
すでにおまえの心は冷え切っている
そして死は玄関に立ち
おまえの純粋さを奪おうとしている
しかしおまえの実体までは奪えない

そしておまえは一人ではない
ここに至っておまえは一人ではない
俺たちは兄弟としてここに立ち
お互いに手を握り締めるのだ」
("Timshel")

 こういう屈折した心や鬱憤、挫折、希望などが歌われていて、それが若者だけでなく、多くの人の心を掴んだのだろう。暗い心象風景だけが歌われるのではなく、それが明日への道につながるというところも聞く人の心を動かしたのかもしれない。

 話によると、彼らは20歳前半らしいのだが、歌やコーラスは素晴らしく、まるで昔のC,S&Nのようであり、演奏技術や曲のアレンジもとても新人とは思えないほどの出来映えである。特に全編にわたるバンジョーの響きや、オーケストレーションがよい。これはアレンジャーの力か?あるいはプロダクションの作業のせいか?
 新人バンドにそれだけのプロダクションを用意したということは、レコード会社側がそれに見合うバンドであり、つぎ込んだ分、回収できると判断したためだろう。実際にそういう結果になっている。

 いずれにしても高揚感もあり、きいていて飽きが来ない。不思議と繰り返し聞きたくなるのである。

 日本では知名度は低く、たぶんこの低いままで推移するだろう。こういう音楽は日本では受け入れがたいとは思うのだが、しかし良いものは良いのである。
 国内盤では2枚組になっていて、通常のアルバム+ライヴ音源12曲が追加されていて、しかも2490円である。これは即買いである。デビューから2年たっての日本国内発売なのだが、ブリティッシュ・フォーク愛好家だけでなく、音楽好きな人には是非耳を傾けてほしいと思っている。

 ついでにいうと、まだアルバム1枚しか出していない新人バンドなので、ライヴ盤では、結局、スタジオ盤と同じ曲をやっているのだが、これまたシンプルでなおかつダイレクトに音が迫ってくるのだ。同じ曲をスタジオ盤とライヴ盤と2回楽しめるというのもひとつのアイデアなのかもしれない。

 しかし1960年代から綿々とブリティッシュ・フォークの流れは続いている。その流れは決して幅広くはならないものの、まさに伝統というか、至宝というか、21世紀の今日まで続いている。ブリティッシュ・フォークの源流は、中世にまで遡るのだろうが、しかしこれこそがまさに音楽のもつ魔法なのだろう。デビュー・アルバムの成功のおかげで、彼らの名前もまた、この流れのなかに記されたのである。今後の活躍を切に願っている。

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2011年6月21日 (火)

追悼;クラレンス・クレモンズ

 今日の夕刊(20日付)を見て、ビックリした。アメリカのサックス奏者、クラレンス・クレモンズが脳卒中の合併症で亡くなったという記事が載っていたからだ。享年69歳。6月12日にフロリダの自宅で倒れて以来入院していたという。2

 最初は、まさか、という気がして、たぶん似たような名前のミュージシャンなのだろうと思ったのだが、でもクラレンス・クレモンズといえば、スプリングスティーンのE・ストリート・バンドにいる人しかいないよなあと考え直し、記事をよく読んで、やはりあの“ビッグ・マン”のクラレンスなのかとわかって、悲しみとショックが渦巻きだしたのだった。

 身長190cm以上、体重100kg以上ある彼は、まさに“ビッグ・マン”だった。そしてその体型以上に、彼はロックの歴史においてビッグな存在であり、スプリングスティーンとともに多くの素晴らしい楽曲や演奏を提供してくれた。
 日本の素晴らしいミュージシャンの佐野元春も、80年代にバックバンドを“ハートランド”と名づけ、その中で“ダディ・柴田”をクラレンス・クレモンズと同じようなポジションに置いて、演奏活動を行っていた。それくらい影響力があったのである。

 大親友であるスプリングスティーンは、以下のようなコメントを寄せている。(MTVジャパンのホームページより抜粋)
「クラレンスは素晴らしい人生を送った。彼には人々を引きつける愛情があった。素晴らしい、大きな家族を作った。サックスを愛し、ファンを愛し、毎晩ステージに上がる度に持っている全ての力を提供してくれた。彼の死は計り知れず、俺たちは彼と知り合えたこと、40年近く彼の側に立つ機会を持てたことを光栄に思い、感謝している。彼は素晴らしい友人でありパートナーで、隣にクラレンスがいると、俺たちは音楽にシンプルに秘められたものよりもずっと深いストーリーを紡ぎ出すことができた。彼の人生、思い出、そして愛は、そういったストーリーや俺たちバンドの中に生き続けることだろう」

 彼の演奏するサックスは、まさに彼の体型並みのド迫力だった。豪放で繊細、ときに楽曲をリードし、ときにバックでバンドを支えるという変幻自在、縦横無尽の活躍だった。当然、ボスであるスプリングスティーンは、そんな彼を何よりも尊敬し、一緒に活動を続けてきたのである。Photo

 近年の彼は、スプリングスティーンのアルバムで演奏していたが、やはり膝や脊髄の故障等による体調不良のせいか、昔のような豪快なサックス・ソロを聞けなくなっていた。もう少し聞かせてほしいというところでフェイド・アウトしていたのだが、やはり彼の運命を象徴していたのかもしれない。3

 でもレディ・ガガの最新シングル"The Edge of Glory"に参加して元気な姿を見せていたから、少しは回復傾向だと思っていたのだが、残念ながらそうはならなかった。

 これでE・ストリート・バンドのオルガン奏者のダニー・フェデリシについで、サックス奏者も亡くなってしまった。ボスはさぞかし落胆していることだろう。成長するということは、現実と折り合いをつけることだということを、あるいは運命を受け入れるということを学んでいるのだろうか。

 ともかくクラレンスの冥福を祈るとともに、ボス自身も気分一新して、ボスらしいニュー・アルバムを発表してほしいものである。

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2011年6月17日 (金)

ザ・ポーグス

 ブリティッシュ・フォーク・ブームは、確かにアメリカからの影響が強かった。ボブ・ディランやザ・バーズなどのフォーク・ロックなどは、イギリス本国に多くのフォロワーを生み出したといえよう。

 しかし、それはまたイギリスに根付いている伝統とも決して無縁ではないだろう。イギリスにはどんな田舎にもパブがあり、そこでは日常的に音楽が息づいている。また、中世から伝統的に存在するトラッド・ミュージックもまたブームの一因にもなっただろう。
 いわば、時間的にも空間的にもイギリスには庶民的な音楽が存在していて、それを形あるものに仕上げようとしたものが60年代からのブリティッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックだと考えている。

 同時に、イギリスのトラッド・ミュージックはアイルランドの音楽から影響を受けているから、アイリィッシュ・ミュージックも広い意味で、ブリティッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックの一部だと思っている。

 だから60年代のフォーキィなイギリスの音楽や80年代のアイルランドの音楽を綴ってきたのだが、とりあえず今回をひとつの区切りにして、次に進みたいと思い、最後にザ・ポーグスを取り上げることにした。

 ザ・ポーグスは、アイリッシュ・ミュージックを奏でるバンドである。結成は1982年で、アイルランド人のボーカリスト、シェイン・ムガウアンが中心となってロンドンで活動を始めた。途中からは元スティーライ・スパンのマンドリン奏者テリー・ウッズも加わって、8人編成になった。

 アイリッシュ・ミュージックを奏でるといったが、もう少し正確にいうと、アイリッシュ・トラッド風味のパンク・バンドといったところだろうか。やはり70年代後半のパンク/ニュー・ウェーヴを潜り抜けたイギリスの音楽状況を反映しているせいか、キレのある音楽といった感があるのだ。(それだけパンク/ニュー・ウェイヴ・ムーヴメントは影響が強かったということか)

 彼らの代表作を1枚選ぶとすれば、1988年に発表された「堕ちた天使」だと思っている。このアルバムには、イギリスのクリスマスに定番の曲"Fairytale of New York"が収められている。
 たぶんイギリスでは、山下達郎の“クリスマス・イヴ”と比肩するほどの曲なのだろうが、聞いた感じではクリスマスというイメージは湧かない。しかしこの曲は全英2位を記録するほどの大ヒットになり、アルバム自体も全英3位まで上昇したのである。彼らを代表するシングルとアルバムといってもいいだろう。

堕ちた天使 Music 堕ちた天使

アーティスト:ザ・ポーグス
販売元:Warner Music Japan =music=
発売日:2008/01/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 とにかくこのアルバムは彼らの魅力が充分詰まっていて、アイルランドのトラッド曲もあれば、パンク的な疾走感に溢れた楽曲もあり、まさにザ・ポーグスの全体像をうかがうことができるアルバムなのである。

 1曲目の"If I Should Fall From Grace with God"からアイリッシュ風味全開である。トラッドやフォークで使われるアコーディオンやフィドル、テンポの速いドラムスなど、まさにこれぞアイリッシュ・ミュージックというべき楽曲だ。
 次の"Turkish Song of the Damned"はアラブ風のアイリッシュ・ミュージックといった感じで、こういうユニークな曲は初めて聞いた。彼らなら何をやっても許されるような気がする。

 "Fairytale of New York"では、アイルランドからアメリカにやってきた男女がクリスマス・イヴに過ぎ去りし日々を回想しながら口論や許しあいをするという内容で、なかなか泣かせる内容なのである。男声パートはシェインが、女声パートはクリスティ・マッコールという人が担当している。こういう歌を聞かせられたら、やっぱりホロッとくるのは洋の東西を問わず、当たり前の感情なのだろう。

 彼らの音楽を聞いていると、日常の喜怒哀楽がそのまま音楽になったという気がする。彼らの生活の中での喜びや悲しみ、怒りや楽しさがアイリッシュのメロディに乗って歌われていて、まさに庶民の、庶民による、庶民のための音楽といった感じなのだ。

 彼らの音楽というか、現代的なアイリッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックが今でも受け入れられるというのも、やはりイギリス人やアイルランド人にはその遺伝子に、この手の音楽が刷り込まれているのであろう。

 シェインは1991年にザ・ポーグスを脱退するのだが、バンドの活動はその後も続いた。元ザ・クラッシュのジョー・ストラマーもバンドに加わったときもあったのだが、結局は1996年に解散した。しかし2001年になって、全盛期の8人メンバーで活動を再開して、来日公演も果たしている。

 21世紀の今でも、アイリッシュ・ミュージックを受け継ぐバンドや個人が続いている。例えばバンドではフロッギング・モリーであり、個人ではダミアン・ライスがその最右翼である。

Within A Mile Of Home Music Within A Mile Of Home

アーティスト:フロッギング・モリー
販売元:インディペンデントレーベル
発売日:2008/08/18
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 フロッギング・モリーはロサンゼルスで結成されたアイリッシュ・バンドであり、ダミアン・ライスについてはこのブログで取り上げているのでここでは省略するが、かくのごとくアイリッシュの音楽は、世代を越え、地域を越え、世界中に広がっている。

 もはや彼らの音楽に共鳴するのは、イギリス人やアイルランド人だけではないだろう。音楽は人類共通の財産という証左だと思うのである。

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2011年6月13日 (月)

ホットハウス・フラワーズ

 1960年代はヴァン・モリソンやロリー・ギャラガーが活動をはじめ、70年代に入るとシン・リジィやゲイリー・ムーアがメジャーになり、80年代ではU2やエンヤ、シンニード・オコナーなどが世界を舞台に活躍し始めた。いずれもアイリッシュ系のミュージシャン、バンドである。

 コンスタントに新しいミュージシャンが育ち、新しい楽曲が生まれるアイルランドである。そしてまた1980年代にアイリッシュ・ミュージックに影響を受けたバンドがあった。それがホットハウス・フラワーズだった。

 彼らの結成は1985年。キーボード&ボーカル担当のリアム・オメンレイとギター担当のフィアクナ・オブラニアンがアイルランドのダブリンでストリート・ミュージシャンをやっていたことが発端である。彼らはアイルランド語の学校に通う同級生だった。

 バンド名はマリア・ドイル・ケネディという歌手兼女優の人が付けたそうだが、彼女もアイルランド人で、彼らと仲がよかったらしいが、詳しい人となりはよくわからない。
 彼らはアマチュア・バンドとして、活動を続けていたのだが、翌年にU2のボノが彼らのパフォーマンスをテレビで見ていたく感動し、彼らのレコード・デビューに手を差し伸べたのである。

 というわけで、彼らはラッキーにもボノの援助を受けて、1988年に1stアルバム「ピープル」を発表した。

People Music People

アーティスト:Hothouse Flowers
販売元:Collectables
発売日:2008/08/26
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 このアルバムからは、"Don't Go"、"I'm Sorry"がそれぞれシングル・カットされ、アメリカでは16位、23位とかなりの健闘を見せた。"Don't Go"の方はイギリスでも11位とヒットしている。
 そしてまたアルバムも地元アイルランドでは当然のことながら1位を、イギリスでも2位と大ヒットしたのである。

 いま聞くと、アイルランドの伝統的な音楽、トラッドやフォーク・ミュージックとは少し距離を置いているような気がする。むしろ完全にロック寄りの音楽である。アイリッシュ特有のフィドルやマンドリン、アコーディオンなどはほとんど使用されておらず、使用されていても目立たない。逆にサックスが用いられているところがそういうふうに感じさせるのだろうか。

 そのサックスがフィーチャーされているのが、5分を越える"If You Go"であり、これもまた若者の心をつかむキャッチーなメロディと、盛り上がるリフレインで構成されている。これで盛り上がらない方がおかしいというものだろう。
 またデビュー前に歌っていた"Love Don't Work This Way"もサックスがフリーキーに響き渡っている。ボノはこの曲を聞いて、彼らを気に入ったようである。

 また誤解を恐れずに言わせてもらえば、アイルランドのブルース・スプリングスティーン&E・ストリート・バンドといった雰囲気なのである。
 理由のひとつは、楽器編成が似ているということだろう。またボーカルのリアムの声質と熱唱型のシンギング・スタイルも類似している。自分にはそれがうれしかった。

 特にシングル・カットされた"Don't Go"では軽快なピアノと途中で割り込むサックス、早口で朗読するように歌うリアムがスプリングスティーンを髣髴させてくれた。

 一方で"Forgiven"は、まるでソウル・ミュージックなのである。スローなソウルで、アメリカのアポロ・シアターで歌われてもおかしくない、そんな曲調なのだ。おかげですっかり心が洗われてしまった。内容も贖罪を求めているような、神に許しを請うようなものになっている。さすがカトリックのアイルランドである。

 スプリングスティーンの楽曲もアップテンポのものと、スローなバラードものとわり合いハッキリしていたが、ホットハウス・フラワーズもそういう点も似ている。"Hallelujah Jordan"などは、ステージ歌えば、きっと盛り上がるであろうというそんなノリのよい楽曲である。

 彼らは1990年にセカンド・アルバム「ホーム」を発表した。これもロック寄りの音楽が基本だが、中にはアイルランド語で歌われているものもあり、タイトルからもわかるように、ファーストよりもアイリッシュ・ミュージックの雰囲気を出している。

Home Music Home

アーティスト:Hothouse Flowers
販売元:London Import
発売日:2000/04/03
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 このアルバムもオーストラリアでは1位、イギリスでは5位と売れた。決してボノの援助だけで売れたわけではなかったのである。

 しかし1993年に発表された3枚目の「ソングス・フロム・ザ・レイン」はイギリスとアイルランド、オーストラリア、いわゆる大英帝国圏では売れたものの、それ以外の国では振るわなかった。彼らもアメリカやカナダでの成功を夢見て、1年中ツアーに明け暮れていたのだが、逆にそれが精神的、身体的、創作的疲労を引き起こしてしまって、1994年にリアムはバンドの活動休止を宣言したのである。

 その後5年間の休止のあと、ニュー・アルバムを発表したり、リアムがソロ・アルバムを発表したりと、活動を始めたのだが、デビュー時の勢いは失われてしまった。残念である。

 ただ、創作意欲を失っているわけではなく、メンバー・チェンジを繰り返しながらも2004年、2010年とアルバムを発表している。リアムはまだ47歳だし、フィアクナは46歳である。まだまだ若いのだから、これからいい作品を出し続けてほしいと願っている。

 アイリッシュ系の中では、ロック的要素が強いバンドであるが、彼らもアイリッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックに連なっていて、忘れてはならないバンドなのである。

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2011年6月 9日 (木)

シンニード・オコナー

 前回のブログの続きなのだが、クラナドというアイルランドのバンドの女性ボーカルがモイア・ブレナンだが、その妹がエンヤだった。
 エンヤという名前は彼女と彼女をサポートするプロジェクトの名前であって、彼女の名前ではない。このことはつい最近まで知らなかった。てっきり彼女の名前かニックネームだと思っていた。

 彼女はクラナドが有名になる前に、2年ほどバンドに所属していてキーボード類を演奏していたのだが、大学生活との兼ね合いが難しくなったのか、それとも売れないバンド活動に嫌気が差したのか、最終的にはバンド活動をやめて、自分の音楽活動に専念するようになった。一説には、彼女は妹としてこき使われて、自分の能力を発揮できないことが嫌になったからだといわれている。

 彼女の音楽にスポットライトが当たるのは1985年に発表された映画「ザ・フロッグ・プリンス」のサウンド・トラックの一部を担当したときからで、3年後の1988年のアルバム「ウォーターマーク」でその人気を決定付けた。

ウォーターマーク Music ウォーターマーク

アーティスト:エンヤ
販売元:ワーナーミュージック・ジャパン
発売日:1989/02/23
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 確かに彼女の音楽性は幻想的であり、神秘的でもある。だから映像に付随するサウンドとしては、最適の音楽だと思うし、その音楽のもつ浮遊感やヒーリング感覚は、聞くものに郷愁を誘ったり、身心をリラックスさせる作用を伴う。これは彼女のバックグラウンドであるアイルランド・ミュージックの本質ではないかと思っている。

 しかし彼女の音楽はロックのダイナニズムなどとは無縁である。むしろその対極といっていいかもしれない。静謐で穏やかな音楽だが、同じアイルランド人でも、もっとロックの躍動感を持った音楽を表現する女性ミュージシャンがいる。それがダブリン生まれのシンニード・オコナーである。

 彼女は人生そのものがロックである。5人兄弟姉妹の3番目として生まれるも、8歳のときに両親は離婚。上から3人は母親に引き取られるが、虐待を受ける日々を送ることになる。
 13歳で父親と継母に引き取られたあとも、愛情不足のせいか、非行に走り、結局は少女鑑別所に送られ矯正されるのであった。そこはカトリック教徒によって運営されていたのだが、手に負えない子どもは薬で強制的に眠らせられることもあったという。彼女のカトリック嫌いはここから来たのだろう。

 また一方では彼女の歌の上手さや作曲能力の高さなどは、ここで認められたのだから皮肉なものである。ただ彼女は、レコード・デビューするにはまだ若すぎた。
 17歳で施設を出た彼女は、新しい学校の先生の勧めで、音楽の道に進むことを決意し、学校を退学する。ダブリンに戻り本格的に活動を始めた矢先に、今度は彼女の母親が交通事故で亡くなった。これは彼女が19歳のときで、この後彼女はロンドンに出て、新しい道を探ることになる。

 やがてアルバム契約を結ぶも、プロデューサーと意見が合わずレコーディングした楽曲をすべて没にして、今度は自分でプロデュースを始めた。しかもそのとき彼女は妊娠7ヶ月だった。子どもは無事に生まれたものの、彼女は未婚の母になったのである。

 だから1987年のデビュー・アルバム「ザ・ライオン・アンド・ザ・コブラ」はそういう彼女の成育歴やその中で培われた彼女の感性が反映されているようで、非常にエキセントリックな内容になっている。それは歌の内容だけでなく、その歌い方やバックのサウンドなどトータルな意味で、センセーショナルだった。もしこれが新人のシンガー・ソングライターの戦略だとしたら、まさにビンゴである。

 Sinead O’Connor /Lion & The Cobra Sinead O’Connor /Lion & The Cobra
販売元:HMVジャパン
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 そして彼女の存在を一気に世界的レベルに押し上げたアルバムが1990年に発表された「蒼い囁き」だった。前作は母親に捧げられたものだったが、このアルバムは父親に捧げられたものだという。

 このアルバムの中に収められていた"Nothing Compares 2U"はプリンスの曲で、元々は地元ミネアポリスのソウル・グループ、ザ・ファミリーのために書いたもの。シングル・カットされて、軒並み各国で1位を獲得した。特にアイルランドでは11週連続No.1を記録している。
 自分はこの曲のビデオ・クリップを見たが、彼女が歌う顔のアップだけを撮影したものだった。しかしやがて彼女の瞳から流れ出す涙を見たとき、逆にその描写の斬新さに感動した覚えがある。もちろん曲自体もすばらしいのだが、そのを印象さらに強いものにしてくれた。

 もちろんアルバムもイギリスやアメリカで1位を記録し、グラミー賞にもノミネートされている。最終的にはベスト・オルタナティヴ・ミュージック・パフォーマンス賞を受賞したのだが、彼女はそれをボイコットした。

 1stアルバムとは対照的に、このアルバムでは落ち着きを取り戻した彼女の心象風景が映し出されていると思う。この時期の彼女は父親と子どもと3人で過ごしていて、私生活も安定していた。だからアルバムも全体的に穏やかなのである。

I Do Not Want What I Haven't Got Music I Do Not Want What I Haven't Got

アーティスト:Sinead O'Connor
販売元:Capitol
発売日:1992/04/20
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 リズムが強調されている曲を強いてあげるとすると、2曲目の"I am Stretched on Your Grave"と4曲目"The Emperor's New Clothes"、7曲目"Jump in the River"くらいなものだろう。ちなみに"I am Stretched on Your Grave"のフィドル演奏は、ザ・ウォーターボーイズのスティーヴ・ウィッカムが、"The Emperor's New Clothes"と"Jump in the River"には元ザ・スミスのベーシスト、アンディ・ルークが参加している。

 他にもザ・ワールド・パーティのカール・ウォーリンガーや元アダム&ジ・アンツのギタリスト、マルコ・ピローニなどもアルバム作りに参加している。(やはりトラッド/フォーク畑のミュージシャンの交友は狭いながらも、豊かなものなのであろう)

 このアルバムの根底にもアイルランド・ミュージックは流れていて、"Three Babies"はまるでエンヤ風のエコーがかかった曲だし、アルバム・タイトル曲"I Do Not Want What I Haven't Got"は無伴奏のアカペラである。やはりケルトの血脈は彼女の中にも流れているのである。

 彼女のライヴをTVで見たことがあるのだが、青いスポットライトを浴びながら、ケルティック・ダンス(ジグのこと)を、何かにとり付かれたように踊る姿が非常に印象的だった。まるで自分のルーツを確認するかのように…

 彼女はこのあともローマ法王を非難したり、同性愛者であることを公表したり、自殺未遂を試みるなど、私生活ではかなりエキセントリックな人生を送っている。しかし、彼女のバックグラウンドに流れるものは、やはりアイルランド的な伝統文化であり、それが存在するからこそ、それに対峙し、それを超えようとする自分を確立しようとしているのであろう。
 
 エンヤとシンニード・オコナー、その音楽性に違いはあっても、表現者としての流れてくる音楽性には相通じる何かが備わっているのである。それがアイリッシュ・ミュージックの共通点なのかもしれない。

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2011年6月 5日 (日)

クラナド

 個人的な考えなのだが、ロック・ミュージックの源流は、アイルランドに求められると思っている。正確にいうと、アイルランド系とアフリカ系である。アイルランドの音楽が海を渡り、アメリカのカントリー・ミュージックに至り、アフリカの音楽が強制的に海を渡らされ、アメリカ南部で育ち、それらが合体してできた音楽がロックン・ロールだと思っている。

 それでアイルランドの音楽の源流はというと、やはりケルト民族による音楽、いわゆるケルト・ミュージックに行き着くと思うのである。
 アイルランドといえば、U2が有名だが、それ以外にもシン・リジィ、クランベリーズ、個人ではゲイリー・ムーアやロリー・ギャラガー、ヴァン・モリソンなどが頭に浮かんでくる。また、ビートルズのジョンやポールの家系も元をたどればアイルランドに行き着くという。

 今回はそのケルト・ミュージックの音楽を表現しているアイルランドのバンド、クラナドの登場である。
 自分はこのバンドの名前を知っていたのだが、その音楽を聞いたのは最近のことだった。なぜ名前を知っているかというと、1980年代にアイルランドの歌姫ことエンヤがブレイクしたときに、彼女が一時在籍していたということを知っていたからだった。

 また彼女の実の姉がこのバンドに所属しているということでも有名で、いつかはまともに聞いてみたいと思っていたのである。それであるときCDショップをのぞいた時、彼らのオリジナル・ベスト・アルバムが廉価盤で売られていたので、購入して聞いてみた。

 このアルバムには彼らの源泉ともいえるアイルランドのトラッド・ミュージックと現代のロック・ミュージックが微妙にブレンドされていて、彼らの魅力が充分に発揮されている。アルバム・タイトルもまた「パースト・プレゼント」といい、まさに彼らの過去と現在がコンパクトにまとめられているのである。Photo_2

 彼らの音楽的な歴史はけっこう古く、結成は1969年まで遡る。もとはファミリー・バンドで、ブレナン一家の父親が経営するパブで兄弟や叔父たちが歌ったり、演奏していたことが発端になっている。
 70年代に入って3枚ほどアルバムを発表するものの、いずれもアイルランドの小さなレコード会社から発売されたもので、大して話題にはならなかったようだ。音楽的にもアコースティック中心で、ハープやフルートなども使われていたらしい。

 彼らが有名になるのは80年代になってからで、1982年にイギリスのTV番組用に制作した"Theme from Harry's Game"が大ヒットして、そこから彼らのワールド・ワイド的な活躍が始まった。
  同時に、音楽的にもキーボードやエレクトリック・ギターなどが使用されていき、オリジナル曲の割りあいが増えていった。

 このベスト・アルバムには1983年の「マジカル・リング」から1988年の「シリウス」まで4枚のオリジナル・アルバムから16曲収録されていて、彼らの魅力を手軽に知ることができて便利である。

 1曲目は"Theme from Harry's Game"で、まるでエンヤのソロ・アルバムの中にある曲のよう。2曲目は逆にポップな曲で、80年代特有のチープなシンセが、いま聞くと新鮮な感じに聞こえてくるから不思議である。

 彼らの4枚目のアルバム「シリウス」はアメリカのロサンジェルスで録音されたもので、西海岸のミュージシャンが参加している。
 このアルバムには5曲収められていて、6曲目"Sirius"にはJ.D.サウザー、8曲目"Second Nature"と12曲目"Something to Believe in"にブルース・ホーンズビー、15曲目"White Fool"には元ジャーニーのスティーヴ・ペリーがそれぞれゲスト・ボーカルで参加している。

 またラス・カンケルがドラムスを担当しているし、ギターには当時ロバート・プラント・バンドにいたロビー・ブラントが、キーボードには80年代にジェスロ・タルに在籍していたピーター・=ジョン・ベテッセが参加している。さらにサックスはメル・コリンズなので、一歩間違えればスーパー・バンドと間違えそうなのだ。
 けっこう有名ミュージシャンが参加していて、ややポップ路線に走っている印象は拭えないが、彼ら特有の多重録音されたコーラスや繊細なメロディ・ラインなどは健在である。

 一方で、10曲目の"In a Lifetime"には同郷のU2のボノがゲスト・ボーカルで参加している。ボノは彼らのファンだそうで、コンサートのオープニングにも彼らの曲を流したことがあるという。

 彼らの曲を聞いていると、不思議に清廉、静謐、純真などの言葉が浮かんでくる。その音楽性がピュアネスさを内蔵しているからだろうが、それは元々アイルランドの音楽の原点だと思っている。
 さらにアイルランド語(ゲール語)で歌われている曲もあり、やはり伝統文化を大切にしているというか、その強い影響を自然に表現できるところも彼らの強さであろうし、リスナーも受け入れることができるのであろう。

 90年代に入っても彼らはコンスタントにアルバムを発表していき、1999年の「ランドマークス」はグラミー賞のベスト・ニュー・エイジ・アルバム賞を受賞している。また彼らのアルバムが世界中で1500万枚以上の売り上げを達成したのもこの頃であった。

 この後彼らは長い休暇へと入るのだが、2007年にはオリジナル・メンバーでステージに立ち、2009年にはニュー・アルバム制作を発表した。結成から40年以上経つが、いまだにアイルランドの音楽を継承し、発展させようとしている。彼らの音楽に対する真摯な姿勢、これこそがアイルランドの音楽が世界中で愛され続けている理由なのかもしれない。

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2011年6月 2日 (木)

パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉

 今日は昼から仕事をサボって、映画を見に行った。木曜日はメンズ・デーということで、1000円で見れるのである。
 しかも3D映画の「パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉」であった。3D料金は別に払わないといけないから高くなるだろうと思っていたら、1400円だった。さらに3Dメガネを持ち帰っていいというのだから、何となく得した気分になった。1

 このメガネは次回の3D映画に持ってくれば、100円引いてくれるという。この不景気の中では気前のいい話である。映画産業も生き残りをかけて、色々な工夫をしているのだろう。こういう企業や産業がこれからは残っていくのだろう。映画を見る前にいろんなことを考えてしまった。3Dメガネは当然のことながら持ち帰ったことはいうまでもない。

 さて肝心の映画であるが、自分にとっては評判倒れという気がした。新しいキャラクターのの“黒髭”や、ストーリーのカギを握る“人魚(マーメード)”などが登場したり、かつての恋人だったアンジェリカという女海賊がヒロイン役になったりと、工夫はされてはいるのだが、ストーリー展開がマンネリ化している。つまり先の展開が読めるのである。

 だからジョニー・デップやペネロペ・クルスが好きな人には、待ってましたという映画だろうけれど、自分にとってはちょっと豪華な映画という感じしかしなかった。自分の感性が鈍っているからだろうか。

パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉 Music パイレーツ・オブ・カリビアン/生命の泉

アーティスト:(オリジナル・サウンドトラック),ハンス・ジマー(音楽)
販売元:WALT DISNEY RECORDS
発売日:2011/05/25
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 ストーリー自体は単純なもので、人魚の涙や生命の泉を聖杯に入れて、これを飲めば他人の生きる分を自分に取り入れて長生きできるという話である。要するに“生命の泉”の争奪戦がテーマで、これが141分続くのである。3

 世の中の評判としては、映画自体は大成功のようだ。3D映画だけでなく、3Dの吹き替え版、普通の字幕版、それぞれのニーズに合わせて公開されているから、3Dで見た人も、普通の映画で見たりと、何度も映画館に足を運んでいるのだろう。

 ロック的には、今回も前作に引き続き、ローリング・ストーンズのキース・リチャーズがジャック・スパロウの父親役で出演していたようであるが、自分は見逃してしまった。たぶん館内でうつらうつらしていたときに、スクリーンに出てきたのだろう。今度TVで公開されたときによく見てみよう。

 というわけで、自分にとっては少し期待はずれの映画だった。たぶん、ほぼおなじキャストで、もう数本撮られるだろうが、もう少し脚本や演出に工夫がないと観客動員数は下火になるのではないだろうか。次作がその試金石になるに違いない。でも日本人にはジョニー・デップが好きな人が多いから、それなりにお客さんは入るだろう。4
 次回は人気だけでなく、中身のある映画になって、シリーズ化が成功し、内容自体ももう少し盛り上がってほしいと願っている。

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2011年6月 1日 (水)

ザ・ウォーターボーイズ

 イギリスのトラッド/フォーク・ミュージックについて書いてきたのだが、これは本当に果てのないジャンルで、深みにはまってしまうと、エンドレスに書いていかなければならなくなる。
 だからこの辺で、そろそろ他の話題に移りたいのだが、その前にもう1つ、2つ気になるバンドについて書いてみることにした。

 面白い話を1つ。伝説的フォーク・シンガーのマーティン・カーシーだったと思うけど、アメリカ人のボブ・ディランにイギリスの民謡を教えたらしい。ところがディランはそれを自分名義の曲にしてセカンド・アルバム「フリー・ホイーリン」に収録したという。

 それを知ったイギリス・トラッド/フォーク・シーンのミュージシャンたちはディランとの親交だけでなく、アメリカのフォーク・ソングとも手を切り、自らのトラッド/フォーク・ミュージックを追求するようになったという。だから初期のイギリス・トラッド/フォーク・バンドには、アメリカン・ミュージックというか白人音楽の影響を感じさせる楽曲を作ることはあまりなかったということである。(ジャズやブルーズは別として)

 ところがそれ以外のバンドは、もろに白人音楽の影響を感じさせる楽曲を発表したりしている。時代が下がるにつれてその影響は顕著になってくるのだが、これもまた熱力学第二法則、物事は拡散していくというルールにしたがっているのだろうか。

 今回紹介するのは、1980年代にトラッド/フォーク・ミュージックを体現したバンドである。その名をザ・ウォーターボーイズという。決してスイミング・クラブに通っている人たちではないので、誤解なきように。

 バンドの中心人物は、マイク・スコットというスコットランドはエジンバラ出身のギター、ピアノ&ボーカルとサックス・プレイヤーのアンソニー・シスルウェイトで1982年に結成された。バンド名はルー・リードのアルバム「ベルリン」の中の曲"The Kids"にある一節から取られたものである。

 1983年に1stアルバムを発表したが、このブログですでに紹介したワールド・パーティのカール・ウォリンガーをキーボード・プレイヤーとして迎えている。
 デビュー当初はU2と比較されたりしたのだが、1985年に3枚目のアルバム「ディス・イジ・ザ・シー」を発表したあたりから、運命の扉が大きく開かれるようになる。

 このアルバムにはフィドル奏者としてスティーヴ・ウィッカムが参加していて、彼とスコット、カールの3人の協力が化学的変化を引き起こしたようだ。商業的に成功したのである。ひとつにはブリティッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックへの新解釈が功を奏したようで、シングル・カットされた"The Whole of the Moon"はシングル・チャートの26位にまで、アルバム自体も37位まで上昇した。しかしマイクは、BBCのTV番組“トップ・オブ・ザ・ポップス”への出演を拒否した。理由は口パクを嫌ったからである。

 ただこのバンドはメンバー・チェンジが激しく、めまぐるしく入れ替わった。このアルバム後にはカールが脱退し、代わりにガイ・チェンバースが加入した。しかしやがてはガイもカールのあとを追うように彼のバンド、ワールド・パーティに参加することになる。

 このアルバムの成功後、彼らはアイルランドのダブリンに赴き、そこを拠点として活動を始めた。そして本格的なアイリッシュ・トラッド・ミュージックを追求するようになった。

 1988年には4枚目のアルバム「フィッシャーマンズ・ブルーズ」が発表されたが、タイトルと同名のシングルはアメリカのビルボードでは3位、イギリスでは32位と大健闘した。これもアイルランドの伝統音楽を現代的に解釈したことがよかったのだろう。

Fisherman's Blues Music Fisherman's Blues

アーティスト:Waterboys
販売元:Capitol
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 ザ・ウォーターボーイズのトラッド解釈はさらに進んでいき、1990年に発表された「ルーム・トゥ・ルーム」は本当にアイルランド出身のバンドと見間違うばかりの音楽性になっている。

Room to Roam Music Room to Roam

アーティスト:Waterboys
販売元:Capitol
発売日:1990/09/17
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 ただ“過ぎたるは猶及ぶべからず”で、マイクはこのあと原点回帰を果たそうと、もっとロック寄りのアルバムを制作しようとしたのだが、フィドル奏者のウィッカムはそれに反対し、結局彼は、バンドを脱退してしまった。
 そしてまたマイク自身も、約10年間のバンド活動に区切りをつけようとして、ベスト・アルバムを発表し、ソロ活動を始めたのである。

 彼らの歩みを手っ取り早く知りたいのなら、ベスト・アルバムがお薦めである。ただ12曲しか入っていなくて、あまりにも歩みが急すぎるような気がした。もう少しトラッド寄りの楽曲があると、ザ・ウォーターボーイズの一番輝いていた頃の姿を知ることができたのではないかと思う。

Best of Music Best of

アーティスト:Waterboys
販売元:EMI Europe Generic
発売日:2005/10/11
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 1stアルバムからは1曲、セカンドからは2曲、サードの出世作「ディス・イズ・ザ・シー」から4曲、名盤「フィッシャーマンズ・ブルーズ」からも4曲、5枚目「ルーム・トゥ・ルーム」から1曲とほぼ年代順で、ファンの期待通りの選曲数になっている。

 このあとマイク・スコットは90年代に入ってソロ活動に専念するものの、2000年には再びザ・ウォーターボーイズ名義のアルバムを発表し、再び表舞台に戻ってきた。そして2005年には公式には初めてのライヴ・アルバムを、2007年にはスタジオ・アルバムを発表していて、今もなお精力的な活動を続けている。

 昨年はアイルランドの詩人W.B.イエーツの作品に曲を付けて舞台で歌うという公演を行っている。彼らのアイリッシュ・トラッド/フォーク・ミュージックへの愛情は、21世紀の今になっても消えることはなく、なおも赤々と燃え上がっていることを表していて、それはまた彼らも白人音楽から自国への音楽へと、舵を切ったことを意味しているのである。

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