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2011年7月

2011年7月31日 (日)

スプリングスティーンのザ・プロミス

 ブルース・スプリングスティーンの新作アルバム「ザ・プロミス」を聞いた感想を記すことにした。このアルバムは昨年の終わりごろに発表されたもので、新作といっても未発表の21曲(シークレット・トラックがあるので実際は22曲)が2枚組として収められたものである。

 このアルバムの副題として、"The Lost Sessions"と付けられていて、スプリングスティーンが1975年の「明日なき暴走」と1978年の「闇に吠える街」の間に録音したものの、当時のマネージャーとの裁判が長引き、その権利関係で発表できなかったものである。

ザ・プロミス〜The Lost Sessions Music ザ・プロミス〜The Lost Sessions

アーティスト:ブルース・スプリングスティーン
販売元:SMJ
発売日:2010/12/08
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 今はアルバム発表の間が3年くらいは普通なのだが、当時はまだ70年代で、1年に1枚は発表するという契約が一般的だった。だから3年も間が空いていたということ自体、異常な出来事だった。

 「僕はロックンロールの未来を見た。その人の名はブルース・スプリングスティーン」と述べたのは、音楽評論家のジョン・ランドゥだったが、1973年当時にはすでにスプリングスティーンのマネージメントに携わっていた。彼の指針に従って制作されたのが、「明日なき暴走」であり、結果的にそれが大成功したものだから、最初のマネージャーだったマイク・アペルとの間でゴタゴタが生じてしまったのである。

 マイクにしてみれば、ブルースをミュージシャンとして見出し、この世に誕生させたという自負みたいなものがあっただろうし、ブルースを成功させるために、積極的にレコード会社にアプローチしたことも当然のことながらあったであろう。

 確かにシンガー・ソングライターとして売り出したことには、その後の展開を見れば問題があったかもしれないが、たとえフォーク路線からロックン・ロールへと転換が遅くなったとしても、ブルースの才能から見れば、遅かれ早かれ間違いなく成功したはずだ。
 ジョン・ランドゥのおかげで、ブルースの成功が早まったことは間違いないと思うのだが、だからといって、マイクのことをとやかく言うのは如何なものかと感じている。

 実際、のちにブルースはマイクを自分のコンサートに招待し、ステージ上で彼の功績を述べて、1stアルバムの曲を演奏したといわれている。かつては裁判で争った相手をそのように遇するわけだから、ブルースの度量の広さだけでなく、やはりマイクに対して少なからず感謝の気持ちがあったのだろう。

 さて肝心のアルバムであるが、2枚組のディスク1と2では、圧倒的に2の方が優れている。この場合の優れているという意味は、いい意味でポップであり、聞きやすく、シングルヒットも可能な曲が多いということである。さらにこの2枚を1枚にまとめて発表すれば、彼の代表作の1枚になっていたかもしれない。確かにいい曲が多い。

 彼の代表作である1980年に発表された2枚組「ザ・リバー」の1枚目の最初の4曲、"The Ties That Bind"、"Sherry Darling"、"Jackson Cage"、"Two Hearts"は、ポップでテンポもよく、アルバムの導入としては完璧に近い曲群だと常々思っていたが、この「ザ・プロミス」のディスク2の最初の3曲、"Save My Love"、"Ain't Good Enough For You"、"Fire"もまたそれに近いものがある。確かにディスク2の曲は、「ザ・リバー」当時の雰囲気を伝えてくれる曲が多く含まれていると思う。

 ただアルバム全体として聞くと、盛り上がりに欠ける面もある。それは曲によって出来具合が異なっていて、いい曲と普通の曲との差が目立っているからだろう。
 特にディスク1にはそれが顕著であり、1曲目の"Racing in the Street('78)"と6曲目の"Because the Night"の曲の良さはやはり際立っており、他の曲に比べて一聴しただけで、その良さがわかる。逆にいうと、他の曲にはもう少し頑張ってほしかったと思う。

 アルバム解説にはディスク2のアルバムタイトルにもなっている曲"The Promise"の曲の良さが披露されていたが、自分にとってはそんなにいい曲とは思えなかった。バラード・タイプの曲なのだが、やはりスローな曲では、このアルバムには含まれていないが、"The River"、"Backstreets"、"Racing in the Street"の方がいいと思う。
 やはり当時のアルバムの選に漏れた曲なのである。いい曲もそこそこあるのだが、それと同時に平凡な曲も存在していて、全体を通して聞くと、やはり当時の未発表曲を集めたアルバムという印象を受けてしまった。

 だからこれはスプリングスティーンのメモリアル曲集なのであり、彼の時代の変遷を知るためのアルバムで、ファンにとってはまさに垂涎のアルバムなのである。そういう聞き方をすれば充分に楽しめるアルバムだと思っている。まあ正規のアルバムはそれにふさわしい曲が収められているわけで、没になったのはそれなりに理由があるからなのだろう。

 スプリングスティーンは、こう語っている。「俺は3年間音楽シーンから離れていて、まだ20代半ばだった。それで自分が“竜頭蛇尾”や“一発屋”、“レコード会社のスター製造機”などではないということを証明しようとしていたし、自分が何ものか、何になりたいかを(かなり)知っていた。さらにはプレイしようとするのは賭けだともわかっていた。
 だから俺は自分の作った曲の中で一番ハードなものを選んだ。その音楽は全く誤解の余地もないものだし、1978年のアメリカのポピュラー・ミュージックを鳴らすラジオの電波にのるものだと思っていた。パワーと率直さと厳格さが俺の目標だった。タフな環境にいる人たちのためのタフな音楽だった」

 そう考えれば、スプリングスティーンの音楽は昔から首尾一貫しているといえるだろう。急にポップ化になったわけではなく、70年代から21世紀の今に至るまで、彼が子どもの頃ラジオから流れていたようなポピュラー・ミュージックを彼自身のフィルターを通して、再構成しているのだ。
 だから商業的な成功は(あるいは商業的に成功するような楽曲は)、彼にとっては至極当然な事なのだ。

 こういう彼の本質に触れることができたのも、このアルバムのおかげである。そういう意味でもまた、意義のあるアルバムといえるだろう。

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2011年7月27日 (水)

ジョン・メイヤー

 個人的に、今のアメリカを代表する(と思える)ギタリストを紹介してきたが、しんがりを務めるのはジョン・メイヤーである。
 ドイル・ブラムホールⅡが故スティーヴィー・レイ・ヴォーンの後継者ならば、デレク・トラックスはスカイ・ドッグこと、故デュアン・オールマンの後継者であろう。そしてこのジョン・メイヤーは果たして誰の後継者だろうか。

 ジョン・メイヤーは1977年にアメリカのコネチカット州に生まれている。13歳でギターを始め、19歳でアメリカの名門、ボストンにあるバークレー音楽大学に入学したが、数ヶ月で退学し、アメリカ南部のアトランタで音楽活動を始めた。「音楽は学ぶよりもプレイした方が面白い。それがわかっただけでも、いい体験だった」とのちに語っている。こういう割り切り方ができたのも自分に自信があったからだろう。一度自分も言ってみたい台詞だ。

 彼の本格的なデビューは、2001年の「ルーム・フォー・スクエアーズ」というアルバムで、自分は一聴したときには、そんなに優れているものとは思えなかった。
 ギタリストのアルバムだから、もっとギターを聞かせてくれるものだという先入観があったからだろう。

ルーム・フォー・スクエア Music ルーム・フォー・スクエア

アーティスト:ジョン・メイヤー
販売元:ソニー・ミュージックジャパンインターナショナル
発売日:2002/04/24
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 とにかくこのアルバムでは、ギタリストというよりもシンガー、あるいはシンガー・ソングライターという一面が表に出ていて、確かに才能豊かな新人が登場してきたなという事はわかったのだが、才能豊かなギタリストが登場したとは思えなかった。

 シングル・カットされた"No Such Thing"はサビのフレーズや聞きやすいメロディなど、まさにヒットする要素が散りばめられている曲だと思った。続く曲群も浮遊感があり、耳に馴染みやすいものばかりである。
 ただボーナス・トラックとして、スティーヴィー・レイ・ヴォーンの"Lenny"とジミィ・ヘンドリックスの"The Wind Cries Mary"が収められていて、こういう選曲のセンスは、やはり彼の中のギタリストの部分がさせているのだろう。

 彼は音楽活動を始めるにあたって、技巧に走ったギターの世界には馴染めずに、どんな人にも好かれて、誰にも演奏できるものを目指したいと思ったようで、その理由からか、演奏よりもソングライティングに力を入れ始めたという。

 だからジョン・メイヤーをギタリストと思ってはいけないのである。彼は、シンガー・ソングライターであり、優秀なボーカリストなのである。ギタリストの部分を聞きたいと思うなら、曲の間奏で聞かれる、さり気ないギター・フレーズに耳を傾けるしかないのだ。

 ただそんな彼が、純粋にブルーズ・ロックを楽しむために2005年に結成したのが、ジョン・メイヤー・トリオだった。ベーシストは、ピノ・パラディーノ、ドラマーはスティーヴ・ジョーダンである。彼らは当時のローリング・ストーンズのツアーのオープニング・アクトを務めた。また今のところ1枚だけライヴ・アルバムを発表している。

Try: John Mayer Trio Live in Concert Music Try: John Mayer Trio Live in Concert

アーティスト:John Mayer
販売元:Sony
発売日:2005/11/22
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 昨年の2010年に発表された4枚目のソロ・アルバム「バトル・スタディーズ」は、洗練されたポップ・ロック・アルバムになっている。このアルバムは、ビルボード・アルバム・チャートで初登場No.1を記録したもので、デビュー作よりもますますポップ道を邁進しているかのようだ。

バトル・スタディーズ Music バトル・スタディーズ

アーティスト:ジョン・メイヤー,テイラー・スウィフト
販売元:SMJ
発売日:2010/04/28
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 3曲目の"Half of My Heart"などは、まさにアメリカン・ポップスの典型的なもので、80年代のフリートウッド・マックの未発表曲といわれてもわからないほどの出来映えである。ちなみにこの曲には、今をときめくアメリカン・ポップスの女性シンガーであるテイラー・スウィフトが参加している。

 他にも"Heartbreak Warfare"、"Who Says"などもシングル・カットされ、商業的には成功したが、評論家からは賛否両論だった。彼自身も米ローリング・ストーン誌に自分のベストのアルバムではないと認めている。やはり売れ線狙い、安全策のアルバムと見られたことを気にしていたのだろう。

 彼はまたグラミー賞の常連であって、ベスト男性ボーカル賞、ソング・オブ・ジ・イヤー賞、ベスト・ポップ・ボーカル・アルバム賞などを受賞している。このアルバムもベスト・ポップ・ボーカル・アルバムにノミネートされたが、惜しくも受賞は逃している。
 日本盤にはボーナス・トラックとして、2009年度にベスト男性ポップ・ボーカル賞を受賞した"Say"が収録されている。

 結局、彼は彼独自の路線を歩んでいるようである。あくまでも立ち位置はシンガー・ソングライターであり、ときどきブルーズをやったり、ジャズ・ミュージシャンと共演したりしている。だから今までのギタリストとは違う、ギターのとても上手なシンガー・ソングライターなのである。

 ただし、ギターが上手なボーカリストということであれば、エリック・クラプトンと共通しているかもしれない。もちろんポップな作風の作詞・作曲に関してはジョンの方が上であろうが…
 とにかく、新しいタイプのギタリスト兼ボーカリストのジョン・メイヤーである。これからも私たちを魅惑する楽曲を数多く発表してくれるだろう。でも彼のギター・ソロを期待しているのは、自分だけではないと思っている。

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2011年7月23日 (土)

デレック・トラックス

 ドイル・ブラムホールⅡが甦ったスティーヴィー・レイ・ヴォーンなら、デレック・トラックスは現代のデュアン・オールマンである。

 自分が彼の存在を初めて知ったのは、2003年に発表された「ソウル・セレナーデ」を聞いたときだった。ある音楽雑誌でこのアルバム評が載っていて、“若き天才スライド・ギタリスト”とあった。
 しかもアメリカ南部のフロリダ州出身とくれば、否が応でもデュアン・オールマンを彷彿させるではないか。

 でもこのアルバム「ソウル・セレナーデ」は、彼の(正確にはザ・デレック・トラックス・バンドの)4枚目のアルバムだったのだが、聞いた限りでは、どうもイマイチ乗れなかった。
 確かにスライド・ギターは鳴り響いている。デレック・トラックスが弾きまくっているから当然なのだが、とにかくサザン・ロックとは一歩距離を置いているという印象だった。

Soul Serenade Music Soul Serenade

アーティスト:Derek Trucks
販売元:Sony
発売日:2003/08/05
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 ロックというよりは、むしろジャズとワールド・ミュージックが融合している感じで、彼独特の音楽性が反映されている。例えていえば、マハビシュヌ・オーケストラのジョン・マクラフリンのような感じだった。スライドを弾くマクラフリンである。
 この時点で彼はまだ24歳だったのだが、もうすでにロックやブルーズというカテゴリーから飛び出して、自由自在、融通無碍に自分の才能を解き放し、独自のジャンルを確立していたのだろう。そのとき自分はまだ、それに気がつかなかったのだ。

 特に"Elvin"、"Oriental Folk Song"はジャズ/クロスオーヴァーの世界である。2曲とも6分以上あるインストゥルメンタルだし、コフィ・バーブリッジという人のフルートが強調されている。後者はトラディショナル・ソングなのだが、ジャズ・プレイヤーのウェイン・ショーターのアレンジにそって演奏されていた。

 それにこのアルバムは1曲を除いてすべてインストゥルメンタルで、1曲目の"Soul Serenade/Rasta Man Chant"は10分37秒という大曲だった。唯一のボーカル曲はグレッグ・オールマンが歌う"Drown in My Own Tears"で、さすがにこの曲だけ聞くと、やはり血筋は争えないものだなと感じてしまう。

 言い遅れたが、デレック・トラックスはオールマン・ブラザーズ・バンドのドラマーであるブッチ・トラックスの甥で、9歳でギターに触れ、12歳ですでに自分のバンドを結成した。デレック自身も20歳でオールマン・ブラザーズ・バンドに所属し、活動を続けている。よく考えたら彼は、自分のバンドとオールマンと、2つのバンドを掛け持ちしていることになる。

 それでしばらく彼の音楽から離れていたのだが、一昨年2009年に発表された通算6枚目のアルバム「オールレディ・フリー」を購入して聞いてみたら、これは上述のアルバムよりかなりロック寄りで、安心した。しかもマイク・マティソンという専任のボーカリストまでいるのだから、ロック・リスナーにとっては心置きなく手にすることができるというものだ。

Already Free (Snyr) Music Already Free (Snyr)

アーティスト:Derek Trucks
販売元:RCA Victor
発売日:2009/01/16
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 もちろんデレック・トラックス自身も赤のギブソンSGを使ってスライドを弾きまくっているのだが、ここにもドイル・ブラムホールⅡが顔を出していて、"Maybe This Time"、"Our Love"ではリード・ボーカルを務め、他の2曲でもギターを弾いている。彼らの交流は昔からのものらしい。
 ちなみにデレック・トラックスもエリック・クラプトンのツアーに参加して、ギターを演奏している。最近のクラプトンは、若くて有能なギタリストをツアーに必ず帯同しているようだ。

 とにかくこのアルバムは、一押しである。デレック・トラックス・バンドのアルバムをとりあえず1枚聞いてみたいと思う人には、迷わずこの「オールレディ・フリー」をお薦めする。どの曲も聞きやすく、スライド独特の音質と上品な味わいがあり、彼の才能が遺憾なく発揮されているからだ。

 このアルバムの発表とともに、彼らは来日公演を果たしている。彼らの音楽を肌で感じられた人は幸運である。何しろデュアンの再来なのだから。オールド・ファンにはこういう言い方をしたほうがわかりやすいだろう。

 “デレック”という名前は、“デレック&ザ・ドミノス”から取られたという。まさに継承者ということを宿命付けられたといっていいだろう。しかし、その音楽性は、サザン・ロックの域に留まらず、アフリカ、インドやイスラム世界までの要素を取り入れていて、デュアンをも大いに凌駕しているのである。

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2011年7月19日 (火)

ドイル・ブラムホールⅡ

 最近よく聞くCDの1枚に、ドイル・ブラムホールⅡのソロ・アルバムがある。タイトルを「ウェルカム」という。2001年の2月に発売されたもので、もう10年も前のものだが、とにかくカッコいいのだ。

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 1曲目の"Green Light Girl"のリフなんかは、もろ70年代であるし、ノリはいいし、スピィーディだし、何度聞いても飽きない。歌も上手いし、ギターもソロ・アルバムを出すくらいなのだから、当然、上手である。

 彼は左利きのギタリストで、普通はストラトキャスターを使用している。だからというわけでもないのだろうが、ジミ・ヘンドリックスによく似ている。おそらく、本人もかなり意識しているのではないだろうか。

 2曲目の"Problem Child"は、ジミ・ヘンの艶っぽい歌唱から灰汁抜きしたような感じなのだが、ギターのソロ・パートはまさに70年代初頭の空気を醸し出しているし、ガンガン弾きっぱなしのところは、爽快感さえ与えてくれる。約40年の歳月を感じさせないというか、逆に新鮮さをも感じさてくれる。

 続いてミディアム・テンポの"So You Want it to Rain"、"Life"が流れ、ますますドイルの独壇場になる。
 彼はテキサス州ダラスの出身である。だからどうしてもスティーヴィー・レイ・ヴォーンの影がちらついてしまうのだが、確かにドイルはスティーヴィーの正当の後継者といえるだろう。

 これは自分だけの勝手な解釈ではなくて、名のある有名ミュージシャンも同感のようで、元ピンク・フロイドのロジャー・ウォーターズの2000年U.S.ツアーや、2002年からはエリック・クラプトンのバンドでツアーやレコーディング活動を行っている。ひょっとしたらクラプトンはデュアン・オールマンの再来という形で扱っているのかもしれない。(でも真実の再来者はドイルではないのだ!)

 ドイルは、1992年にチャーリー・セクストンとの双頭バンド、アークエンジェルスを結成してアルバムを発表したのだが、美形のせいかチャーリーだけが目立ってしまい、ドイルの方は話題にならなかった。世間の評価もチャーリーのバンドというふうに認識していたようだった。

 そのせいというか反動ではないだろうが、このアルバムは彼のリーダーシップのもとに制作されていて、彼の持ち味が遺憾なく発揮されているようでもある。

 このアルバムには捨て曲というのがない。"Soul Shake"もノリノリのジャンプ・ナンバーだし、"Send Some Love"はお涙頂戴のスロウ・バラードなのである。さらに"Smokestack"は典型的なブルーズ曲だ。ただし最後は彼のギター・ソロが炸裂する7分以上の大作でもある。ちなみにこの曲名は彼のバック・バンド名にもなっている。

 10曲目の"Blame"を聞くと、まさに狂気のない丸みを帯びたジミ・ヘンという感じがする。"Thin Dream"は最初アコースティック・ギター一本で歌われていて、この辺はドイルの音楽性の幅広さを感じさせてくれる。途中から徐々に盛り上がっていくのだが、マイナー調からメジャーに転換するところや、最後は7分を越えてジャム・セッション形式で終わるところなど、この辺は若手ながら充分な実力を備えているといえるだろう。

 アルバム最後は"Cry"という、これまたスローなバラードで締めくくられる。ギタリストのアルバムだから当然のことなのだが、途中にギター・ソロを入れながらエンディングを盛り上げていく。でも7分以上の曲が続くと、少ししつこい気もしてくる。この時のドイルは、33歳。自己主張をしたい年頃だったのだろう。

 日本盤にはボーナス・トラックとして、"Lightning"がついている。これはこれで渋いミディアム調に仕上がっていて、サザン・ロックの豪放性は見られず、逆にルイジアナ州のようなディープ・サウスのスワンプ・ミュージックみたいだった。

 ともかく、10年以上の前のアルバムなのだが、当時これが売れたという記憶はない。ということは隠れた名盤という事だろう。あるいは時代が彼に追いついたというべきか。過小評価されているミュージシャンの一人には間違いないようである。できればクラプトンの陰に隠れないで、さらにソロ・アルバムを発表してほしいものである。

【追記】
 今年の11月にはエリック・クラプトンとスティーヴ・ウインウッドのジョイント・コンサートが予定されている。ドイルもクラプトン・バンドの一員として来日するかもしれない。楽しみである。

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2011年7月15日 (金)

馬場孝幸

 馬場孝幸は、日本のブルーズ・シンガー、ギタリスト、ソングライターである。この人のCDも職場の同僚からおすそ分けをしてもらったのだが、現在では珍しいほど、真っ当なブルーズを歌っている。

 日本のブルーズといえば、憂歌団を思い浮かべてしまうのだが、この馬場氏も少しだみ声で、時に“咆哮する”といったイメージに近い感じで歌っていて、まさにジャパニーズ・ブルーズといった感じである。

 自分が聞いたアルバムは「オールド・フォークス~マインド・オーヴァー・マネー」というもので、最初はフォーク・ソング集かと思ったのだが、実態は全く異なっていた。アメリカのシカゴ・ブルーズといったモダン・ブルーズに近いものがある。

Music Old Folks-Mind over Money-

アーティスト:馬場孝幸
販売元:インディペンデントレーベル
発売日:2009/10/08
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 もともとこの人は、ソングライターとして名を馳せた人らしく、中山美穂、早見 優、時任三郎、哀川 翔、Winkといった80年代に活躍した人たちに楽曲を提供していて、業界ではけっこう有名な人だったようである。(またアニメやゲームの楽曲も手がけているらしい)

 いつ頃からブルーズに転向したのかわからないのだが、人に楽曲を提供するよりも、自分で歌いたいものを歌うようになったのだろう。
 ただブルーズというのはシンプルな形式なのだが、このアルバムはアレンジが凝っていて、フルートやブラス、女性シンガーのコーラスなども加わり、けっこうゴージャス感があった。

 個人的にはブルーズというのはもう少し、暗くて、素朴で、アーシーなものという固定観念があるので、少しアレンジが装飾過剰という気もした。アコースティック路線に寄ったアルバムも聞いてみたいと思った。

 また電気ギターがクラプトン風なところもあって、ちょっと売れ線ねらいなのかと思わせぶりなところも気になった。

 馬場氏は、現在は東京の秋葉原で、「秋田犬」というライヴハウスを経営していて、そこを本拠地として活躍中である。次作ではライヴハウスでのアコースティック・ライヴか、ギター1本で録音した作品を聞かせてほしいと思っている。もう少し“素の部分”を知りたいのであった。

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2011年7月13日 (水)

スーパー8

 先日、話題の映画?“スーパー8”を見に行った。もちろん一人である。以下、そのときの感想を記す。8

 この映画は、自分にとっては期待はずれだった。理由は、SF映画なのか、パニック映画なのか、それともサスペンスなのか、ハッキリしなかったからだ。82

 また“スーパー8”というのは、1979年当時にコダック社から発売されていた、いまでいうビデオカメラのことで、映画に登場する主人公がゾンビ映画を制作するという設定のもと、使用されている撮影機である。83
 だから宇宙人も登場すれば、ゾンビも登場する。また高校生たちの友情や恋愛も描いた青春映画という要素もあり、イマイチ焦点化されていなかったように思えた。だからなのだろうか、自分はカタルシスを得ることができなかったのである。

 それにファンタジー映画にしては、ちょっと現実的でもある。映画の背景が1979年のアメリカであり、今の日本にとってはつらいことなのだが、スルーマイル島の原発事故の報道も流れている。
 また当時流行ったポピュラー・ミュージックなども使用されているのだが、そういう当時の現実を提示させながら、自動車のエンジンや鉄くずで宇宙船を作って故郷の星に帰るファンタジー性が矛盾していると思うし、その宇宙人が人間を食するというところも不気味であり、違和感があった。
 鉄くずで宇宙船が作れるくらいの科学力や技術力があるのなら、この宇宙人はいままで人間に実験や観察されることを許していなかったと思うのだが、どうだろうか。

 テーマが多すぎて、絞りきれなかった映画だと思う。また敵対する宇宙人なら、それを貫いてほしかったと思った。

 宇宙人が登場するわけだから、基本はSF映画なのだろう。ただ1970年代後半から80年代に制作された映画“未知との遭遇”、“E.T.”と違うのは、人間と敵対する(あるいは敵対するようになってしまった)宇宙人が登場する点である。

 70年代後半からは宇宙人と人間は友好的関係を築ける可能性を示したSF映画が多かったのだが、20世紀後半から21世紀のアメリカ映画では、宇宙人と戦闘するシーンが多い。

 たぶんこれは1991年の湾岸戦争の影響ではないだろうか。あれ以降、アメリカは保守化したというか、特にアメリカに敵対する国には、おもにイスラム系の国だが、厳しく対応している。その国策みたいなものが、映画産業にも影響を及ぼしているような気がする。だから最近のアメリカSF映画は、地球を侵略する宇宙人が登場するような気がしてならない。

 “未知との遭遇”や“E.T.”を監督したスピルバーグがこの映画の制作にも携わっているのだが、何が彼の中に起きたのか。人類に敵対するエイリアンというコンセプトを彼が考えた、あるいはそれを映画の中で使用すると認めた理由を知りたいのである。

 最後にロック・ミュージックの観点からいうと、当時の流行歌、E.L.O.の"Don't Bring Me Down"や、ザ・ナックの"My Sharona"、それからディスコ・ミュージックなどが使用されている。
 E.L.O.の曲は79年のアルバム「ディスカバリー」に収録されたもので、アルバム自体も全英1位、全米5位と大ヒットした。彼らの代表作の中の1枚である。

ディスカバリー Music ディスカバリー

アーティスト:E.L.O.
販売元:ソニーレコード
発売日:2001/07/18
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 ただこのアルバムも1曲目に"Shine a Little Love"というディスコ調の曲が配置されていて、ついに彼らも時代の流れに迎合したかとも言われた(覚えがある)。やはり当時は世界的にディスコ・ミュージックが流行っていたのだ。
 その中でザ・ナックの曲は、正統的な?ポップ・ロックだった。だから全米1位にもなったのである。反ディスコ派は、こういう曲に飛びついたのであろう。当時はロックやポップ・ミュージックがディスコ色に染められていった時代だったのである。

 ただナックは、正確にいうと他にもヒット曲はあったのだが、この1曲をもって終わったようなものだった。いわゆる一発屋である。ギター&ボーカルのダグ・ファイガーは2010年の2月14日に脳腫瘍と肺がんで亡くなった。オリジナル・ドラマーだったブルース・ゲイリーも、2006年にリンパ腫で亡くなっている。

Get the Knack Music Get the Knack

アーティスト:Knack
販売元:Capitol
発売日:2002/04/13
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 いずれにしても、自分にとっては残念ながら“未知との遭遇”や“E.T.”の方が印象深かった。やはり今年の夏の一押し映画は、例の映画を待つしかないのだろう。

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2011年7月11日 (月)

朝崎郁恵

 最近、年をとったせいか、はたまた老い先短いせいか、いろいろと考える事がある。普通、年をとると、物事に動じなくなるというか、人生経験や体験などから対処できるノウハウを身につけるはずなのだが、自分はどうもそれができない。やはり人間的に未熟なのだろう。

 特に4月から職場の上司が変わり、自分の身の置き方や、仕事処理については昨年と違っていて、どうも自分の居場所がなくなってしまったような気がする。話し相手がいないのは前からなのでどうでもいいのだが、最近は年下の後輩からも見下されているように思えてならない。能力のない上司というのは、そういう存在なのだろう。あるいはお飾りとして機能すればいいのだが、それさえもできないとなると事は深刻になってくるのである。

 そんな自分のことを知ってか知らずか、同僚が2枚のCDを貸してくれた。それが朝崎郁恵という人のCDだった。

 自分はこの人のことを全然知らなかったので、聞く前にインターネットで検索してみると、奄美地方の古い唄(いわゆる島唄)を受け継いでいる人で、ごく簡単にいうと民謡歌手である。
 年齢的にもだいぶいっていて、1935年生まれだから、もう80歳に手が届きそうなお年なのだ。

 この人は父親が島唄研究者だったせいか、幼い頃から島唄を歌い続けていて、“奄美の美空ひばり”とまで称えられていたらしい。
 そして全国各地で公演を行っていたのだが、1997年に細野晴臣氏の紹介で全国的に名前が知られていった。NHKの「みんなのうた」でも流れていたらしい。

 自分が聞いたのは2002年のメジャー・デビュー盤「うたばうたゆん」と翌年発表された「うたあしぃび」の2枚である。
 「うたばうたゆん」はピアノの弾き語りが中心で、これは本当に素晴らしい。何が素晴らしいかというと、いわゆるヒーリング、癒しの感覚なのである。例えていうなら、エンヤの奄美バージョンといったところか。

うたばうたゆん Music うたばうたゆん

アーティスト:朝崎郁恵
販売元:ユニバーサル インターナショナル
発売日:2002/08/07
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 基本的に民謡で、しかも言葉が奄美地方の古唄だから、何と歌っているのか、よく聞き取れない。だから感覚的には洋楽とほとんど同じなのである。
 さらにバック演奏がシンプルだから、ホントに心に染み渡る。染み渡るだけでなく、心をほぐしてくれる感覚に近い。しばらくはこのアルバムに聞き惚れてしまった。

 もう1枚は「うたあしぃび」というタイトルのもので、これは“うた遊び”という意味らしい。このアルバムには、もう少しギターなどの装飾がついていて、アレンジが凝っている。
 曲によってはアコースティック・ギターが目立つレゲエ調の曲や三味線(サンシン)を使ったもの、アカペラふう子守唄など、バラエティ豊かで、ずっと聞いていくと、この人、年齢不詳になっていくのである。

 このアルバムもなかなか捨てがたいのだが、自分には初めて聞いた「うたばうたゆん」の方がインパクトがあった。

 うたあしぃび うたあしぃび
販売元:セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)
セブンネットショッピング(旧セブンアンドワイ)で詳細を確認する

  同僚はこの手の音楽に精通していて、アフリカやアジアの民俗音楽CDを紹介してくれたこともあったのだが、今回は『日本にもブルーズがあるじゃん』というコメントだった。人によってはヒーリングといい、また人によってはブルーズと言われる島唄だが、聞く人に様々な想いを誘引するような音楽である。

 音を言葉で説明するというのは難しいことで、読み手が同感するかどうかは似たようなイメージを持っていないと共感できないような気がする。どこまで通じたかわからないが、何となく雰囲気は伝わってくれたのではないだろうか。

 さてと、自分の問題については一向に片がつかないのだが、しかしそれに対峙しなければ何も変わらない。何かを変えるということは、自分自身が変えようと思わなければ変わらないのだろう。

 とりあえずは奄美の島唄を聞きながら、明日を信じて生きていこうとは思っている。いつまで続くかわからないが、それがロックという音楽が内包する力みたいなものだと信じているからだ。

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2011年7月 7日 (木)

村八分

 久しぶりに日本のロック・バンドのアルバムを買った。「村八分」のライヴである。前々から聞いてみたいアルバムの一つだった。
 以前、彼らの6曲入りスタジオ・ミニ・アルバム「草臥れて」(“くたびれて”と読むらしい)を聞いたのだが、なかなかの好盤だったのを覚えている。

くたびれて Music くたびれて

アーティスト:村八分
販売元:GOODLOVIN'PRODUCTION
発売日:2007/07/19
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 このアルバムは1971年に録音されたものだが、発売されたのは1991年であった。約20年間、いわゆる“お蔵入り”していたのだが、やはり差別用語の入った曲があったせいで、自主規制していたのだろうか。

 それでも彼ら屈指の名バラードといわれている"くたびれて"も収められていて、この1曲を聞くだけでも充分購入する価値があると思った。1971年当時に、こういう曲が制作されていたのである。日本のロックもまんざら捨てたものではないと思ったりした。

 それで今度は17曲入りのライヴ・アルバム「村八分ライヴ+1」を購入したのである。はっきりいって名盤だった。

ライブ+1 Music ライブ+1

アーティスト:村八分
販売元:GOODLOVIN'PRODUCTION
発売日:2001/08/29
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 タイトルに“+1”がついているのは、スタジオ録音の曲が1曲付いているからである。("ゴミ箱のふた")

 このアルバムは1973年のライヴ音源であるが、発売当初は2枚組のレコードだったらしい。現時点では1枚の紙ジャケットCDとして販売されている。

 率直に言えば、本物のロックバンドによる本物のロックン・ロール・アルバムである。当時こういう音楽があったとは知らなかった。何となくそういうバンド名を聞いたような気もするのだが、それが73年当時なのか、それともそれ以降だったのかはっきりしない。もし当時こういう音楽を聞いていたら、たぶん人生も少しは変わっていただろう。そんな音楽なのである。

 何しろいきなり“うるせー”というボーカルのチャー坊の声が聞こえてくる。そしてライブというより昔の実況録音盤のようなノイズも入っていて、それがよりいっそう迫真性というか、緊張感というか、ライヴ独特の異空間を演出しているのである。

 そして音楽性はもろストーンズである。60年代後半から70年代初頭にかけてのストーンズの音楽性が反映されている。作詞作曲はボーカルのチャー坊とリード・ギターの山口富士夫が手がけているが、ストーンズのような猥雑さや粘着性、ドライヴ感を醸し出しているのはギターの山口富士夫のおかげであろう。

 彼は日本人の女性とイギリス人の黒人男性とのハーフである。いまではハーフといってもそんなに珍しくもないが、1949年生まれの彼にとって見れば、おそらくは“混血児”などと言われて育ったことは想像に難くない。当時の日本はそういう国民意識だったのである。そしてその言葉には、疎外性や差別感、場合によっては侮蔑感も込められていたに違いない。

 だから彼は、幼少のときからそういうイメージと格闘していたのだろう。幼少時は孤児院で育ったともいわれているから、世の中に対する反抗心や疎外感を抱いていたのだろう。そういう人がロックン・ロールをやるとどうなるか、その答えが彼のギターの音に、村八分のアルバムに詰め込まれているのである。

 ローリング・ストーンズの影響が強いとはいえ、恐ろしく鋭いエッジにノリノリのドライブ感と独特のタメ、曲をリードするメロディアスな間奏やブルーズの影響等々、73年の日本にこんなに弾けるギタリストがいたとは思わなかった。もっと評価されていいし、もっとメジャーになってもおかしくないギタリストである。

 それが結局アンダーグラウンドの世界にいたのは、彼の信念であり、彼の世の中や社会に対する態度であり、いわゆる彼の世界観なのだろう。あるいは意図的な怨嗟といってもいいかもしれない。

 とにかく歌詞といい、曲調といい、どの曲も妖しげで、すばらしくロックン・ロールしているのである。当時の日本のロック・シーンには、全共闘時代の名残というか、安保闘争の残滓というか、まだこういうヤバイ雰囲気が流れていたのであろう。

 そしてある意味では、パンク・ロックは、4年早く日本で発生していたといってもいいくらいだ。ヴェルベット・アンダーグラウンドよりも、セックス・ピストルズよりも、パンキッシュでワイルド、過激な歌詞であり、そういう意味でパンクの先駆けといっていいだろう。パンク・ロックの発祥地は実は日本の京都だったのだ。(ちなみに村八分は1968年に京都で結成されている)

 まさにロックは時代を映す鏡のようなものであるが、当時の日本の時代性と音楽性が素晴らしく記録されている名アルバムである。もっともっと評価されるべきバンドであり、サウンドだと思うのは、決して自分ひとりではないはずだ。日本が世界に誇れるバンドの一つなのである。

【追記】
 ボーカルのチャー坊こと柴田和志は、1994年に44歳の若さで亡くなっている。ドラッグの過剰摂取だといわれているが、真相は不明。そういわれても妙に納得できる彼らしい人生だった。まさに人生そのものがパンクであり、ロックン・ロールだった。

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2011年7月 3日 (日)

ヘヴィ・メタル・キッズ

 昨年、1枚のCDを買っていたのだが、長い間聞かないでそのままにしていた。特に理由はなかったのだが、強いていえば他に聞くべき音楽や見るべきミュージックDVDがあったからだろう。もしくは70年代のアルバムだったので、急いでいま聞かないといけないという理由もなかったからだろう。

 アルバムのタイトルは「ヘヴィ・メタル・キッズ」というもので、歌と演奏も同名のバンドである。もちろん購入するぐらいだから、前からこのアルバムの評判は知っていた。歴史的名盤とまでは言えないものの、それなりの好盤で、このアルバムの成功から彼らはメジャーになっていったのである。

Heavy Metal Kids Music Heavy Metal Kids

アーティスト:Heavy Metal Kids
販売元:Lemon Records UK
発売日:2009/03/17
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 一聴した限りでは、シンプルなロックン・ロールを演奏するバンドで、ふとモット・ザ・フープルの名前を思い出してしまった。またボーカルのゲイリー・ホルトンはミュージカル「ヘアー」の地方公演に参加したという経歴を持つ役者でもあり、彼の歌い方からも少し芝居じみた感情移入の強さがうかがわれる。そう思って聞くと、今度はアレックス・ハーヴェイ・バンドを想起してしまった。

 名前は“ヘヴィ・メタル”なのだが、実際の演奏はライトなロックン・ロールなのである。だから前述したバンド以外に、ロッド・ステュワートの在籍していたフェイセズやハンブル・パイといったバンド名を思い浮かべてしまうのだった。

 理由の1つは、ギターがギンギンという感じではなくて、どちらかというとピアノやオルガンのスウィング感、ノリがいいのである。このキーボードを演奏している人、ダニー・ペイロネルはのちにUFOに参加して、マイケル・シェンカーとも共演している。
 ニッキー・ホプキンスのような華麗さはないが、堅実な演奏を聞かせてくれる点では勝るとも劣らないものがある。Dannypeyronel_hmk_1974

 それでこのキーボードとギターのバランスが微妙にマッチしていて、耳に馴染みやすい。1曲目の"Hangin' on"からノリのよいロックン・ロールが流れてきて、思わず腰が動きだしてしまう。また"Kind Woman"の出だしは、ザ・バンドの"I Shall Be Released"を思い起こさせてくれるし、途中のバック演奏もまた泥臭いフィーリングを醸し出している。

 "Ain't It Hard"では、目立つのはギターよりピアノである。またホルトンのシンギング・スタイルも何となく芝居がかっていて、さすが演劇出身者といった感じがする。実際、当時のライヴでは彼の芝居がかった歌唱も人気のひとつだったようだ。Photo

 3曲目の"It's the Same"はバラードで、エンディング部分のハモンド・オルガンがなかなかいい味を出している。このオルガン・ソロだけでももう少し聞いてみたい。次の曲の"Run Around Eyes"はスローなレゲエ調の曲。そういう意味ではバラエティに富んでいるといえるだろう。印象に残る曲でもある。

 "We Gotta Go"はモット・ザ・フープルを連想させる曲で、後半の盛り上がるところはモーガン・フィッシャーのプレイ・スタイルに似ている。だからというわけではないが、このヘヴィ・メタル・キッズはグラム・ロック的なところもあるし、フェイセズ的なロックン・ロールのところもある。1974年に発表されたアルバムなので、遅れてきたグラム・ロックと来るべきパンク/ニュー・ウェイヴの間をつなぐバンドだったと言えるかもしれない。

 後半の"Always Plenty of Women"はフェイセズ的なロックン・ロール節で、続く"Nature of My Game"もまた同傾向の曲である。
 最大の問題作は7分を越える"Rock'n'roll Man"であろう。活きのいいロックン・ロールから始まり、ゴリゴリと押して押して押しまくる。ギターは小粋なフレーズを奏で、鍵盤は隙間を埋めるかのように連打されるのだ。珍しくギター・ソロもフィーチャーされている。

 まさにこういう長丁場の曲は、ホルトンの独断場だろう。シアトリカルな曲構成はアルバムのハイライトでもある。
 ただ残念ながらホルトンは、1985年10月にアルコールとモルヒネの摂取過多で亡くなった。33歳の若さだった。まさに自由奔放なロックン・ロール・ライフだったといえよう。

 その後の彼らは2002年まで活動を続けたが、2003年にキーボーディストのダニー・ペイロネルを中心に復活し、アルバムまで発表した。しかしそのダニーも2010年にはバンドを離れ、残ったメンバーはホルトンの友人だったボーカリストを加えて、ツアー活動やアルバム制作を行っている。

Hit the Right Button Music Hit the Right Button

アーティスト:Heavy Metal Kids
販売元:Revolver UK
発売日:2003/06/17
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 名前とは異なった音楽性をもっていたバンドだったが、そのフットワークは軽く、今もなお活動中である。確かポール・ロジャースのいたフリーは、当初ヘヴィ・メタル・キッズという命名を拒否したと記憶しているが、その後に同名のバンドやヘヴィ・メタルという音楽が興隆するとは思ってもみなかったに違いない。やはりブリティッシュ・ロックは奥が深いということだろうか。

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