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2011年10月15日 (土)

ブラインド・フェイス

 1969年にトラフィックは解散した。残されたメンバーはそれぞれの道を歩むことになるのだが、スティーヴ・ウィンウッドは元クリームのエリック・クラプトンとジンジャー・ベイカー、元ファミリーのベーシスト、リック・グレッチとバンドを結成した。それがブラインド・フェイスだった。

 “盲目的信頼”と名づけられたこのバンドは、当時の流行だったスーパー・バンドと呼ばれるにふさわしいメンバーで成り立っていて、マスコミだけでなくファンの多くも彼らの将来に希望を抱いていた。
 当時の(そして今も)アルバムの日本語タイトルは「スーパー・ジャイアンツ」である。それだけこのバンドに期待を寄せていたのであろう。またアメリカではC,S&N(あるいはC,S,N&Y)が結成され、イギリスではE,L&Pも登場していた。そういうムーヴメントが興っていたのである。

スーパー・ジャイアンツ Music スーパー・ジャイアンツ

アーティスト:ブラインド・フェイス
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 クラプトンとウィンウッドの関係は、1966年頃にまで遡ることができる。当時のエレクトラ・レコードの企画アルバム「ホワッツ・シェイキン」にパワー・ハウスというバンドが演奏しているが、これこそクラプトンやジャック・ブルース、それにウィンウッドが参加していた覆面バンドだった。

 そして時が来た彼らは、満を持してバンドを結成したのである。また最初はベーシストが不在だったので、ロジャー・チャップマン率いるファミリーからリック・グレッチを誘った。彼はまたバイオリンも演奏できた。ちなみにグレッチなきあと、ファミリーに加入したのがジョン・ウェットンだった。

 2008年のクラプトンとウィンウッドのNYマディソン・スクエア・ガーデンでの公式ライヴ盤では、このアルバム「スーパー・ジャイアンツ」から"Had to Cry Today"、"Can't Find My Way Home"、"Well All Right"、"Presence of the Lord"の4曲が演奏されているが、ベストな選曲だろう。

 クリーム時代にはクラプトンは歌っていたが、このアルバムではボーカルはすべてウィンウッドに任せて、彼は演奏に集中しているかのようだ。ほとんどの曲をウィンウッドが手がけているからだろう。
 DVDでは"Had to Cry Today"のときはクラプトンとウィンウッドによるツイン・ギターだったと記憶している。あのクラプトンと堂々と渡り合えるのだから、デイヴ・メイソンのときはもっと自己主張していたに違いない。

 素朴なアコースティック・サウンドが楽しめる"Can't Find My Way Home"は、確かに美しい曲だ。途中で入るハイハットの音も効果的である。
 一転してバディ・ホリーの曲をハードに焼き直した"Well All Right"にいたって、やっとウィンウッドのオルガンが目立ってきた。曲の後半はオルガン主体でクラプトンがサポートに回っている。

 "Presence of the Lord"は、その後のクラプトンの代表曲のひとつになった。自分が若い頃は途中でクラプトンのソロ・ブレイクが入る意味がよくわからなかったし、もう少し叙情的な泣き節を期待したものだったが、やはりスーパー・バンドだったのだろう、クラプトンの聞かせ所になっている。ちなみにこの曲だけクラプトンの作詞・作曲である。

 リック・グレッチのバイオリンが目立つ"Sea of Joy"やジンジャー・ベイカーの作品で、メンバーそれぞれのソロの聞かせどころ満載の"Do What You Like"がマディソン・スクエア・ガーデンのコンサート演目から外されたのは仕方がないだろう。ただ4人の中でマイナーな存在だったリック・グレッチの貢献度の高さはもっと評価されていいと思う。ここまで有能なミュージシャンだとは思ってもみなかった。

 1989年再発のCDではボーナス・トラックが2曲追加されていて、"Exchange and Mart"は4分程度のインストゥルメンタルで、リックのバイオリンが目立つ曲。主にアイデアを出したのは彼なのだろう。
 もう1曲の"Spending All My Days"はポップな曲で、ひょっとしたら彼らはシングル・ヒットを狙っていたのかもしれないと思わせるくらいのイージー・リスニングである。この辺はウィンウッドの主導だったのだろうか。しかしこの曲をアルバムに入れたなら間違いなく浮いていたに違いない。

 この2曲はリック・グレッチの作品だといわれているが、彼のソロ・アルバムには収められていない。また他のメンバーがこの曲に関与しているという証拠も残っていない。どういう経緯で収められたのか不明である。そのせいか89年以降に再発されたCDには除かれている。やはりバンド名では発表できない何かの理由があったに違いない。

 最近のCDにはこのアルバムのデラックス・バージョンがあって、2枚組で当時のジャム・セッションが追加されている。中には"Can't Find My Way Home"のエレクトリック・バージョンなどもあるようだ。Photo
 彼ら4人はアルバム発表後、全米ツアーに出かけるが、そこでツアーを続けたいクラプトンと早く帰国したい他のメンバーと意見がわかれ、そのまま分裂してしまった。

 その後クラプトンは、デラニー&ボニーとツアーに出かけ、その後のデレク&ザ・ドミノスの結成へとつながっていく。
  ジンジャー・ベイカーはグレッチとウィンウッドを誘ってエア・フォースというバンドを結成するものの、ウィンウッドは1作目のみに参加しただけだった。

 彼はソロ・アルバムの制作に取り掛かかるのだが、結果的にはそれがトラフィックの新しいアルバムに結びつくのである。ここからは次回へとまわしたい。


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