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2011年12月

2011年12月30日 (金)

フー・ファイターズ

 今年は東北大震災もあって、激動の一年だった。震災のおかげで、いろんなことを考えるようになり、震災が決して他人事ではないということに気づかさせられたことは、自分にとっては意外だったし、同時にありがたくもあった。今年一年を表す文字が「絆」になったが、今年の中で最も納得できる出来事だった。

 音楽界もミック・カーンやゲイリー・ムーア、バート・ヤンシュにエイミー・ワインハウスなどが亡くなった。日本ではジョー山中や柳ジョージなども亡くなっている。エイミー以外は60年代~80年代にかけて活躍したミュージシャンで、中にはいまだに現役だった人もいた。本当に惜しい人たちをなくしたものである。

 知っている人が亡くなると、次は自分かもしれないという気持ちも出てくるようになった。それだけ亡くなった人と自分との年齢差が小さくなったせいもあるだろうが、今まで生きてきた人生よりも残された人生の方が短くなってきたせいもあるだろう。是非もないことだ。

 それで今年最後のブログのタイトルは、フー・ファイターズである。知っている人は知っていると思うけれど、カート・コバーンのいたニルヴァーナのドラマーだった人が、結成したバンドである。

 ニルヴァーナのドラマーはデイヴ・グロールという人で、オリジナル・メンバーではない。バンドに参加したのは1990年頃のようである。彼が参加した後に発表されたアルバム「ネヴァーマインド」は世界的に大ヒットして、グランジの流れを一躍大潮流にしたのは既に述べた。

 もともと彼はマルチ・ミュージシャンで、ドラム以外にギターやベースも演奏できる。1994年にカート・コバーンが自殺し、バンドが解散した後は、自分のオリジナル曲を集めてアルバムを発表した。それがフ・ーファイターズの1stアルバムになったのである。

 彼らの7枚目のアルバム「ウェイスティング・ライト」は今年の4月に発表されて、みごとにビルボードのチャートNo.1を獲得した。またイギリスでは初登場で1位になった。まさに今年発表されたアルバムの中で、話題性と商業性、それに実力も兼ね備えたいま最も油に乗っているバンドのアルバムだと思っている。Photo
 このアルバムの話題性については、様々な媒体でいろいろといわれていたので、多くの人は知っているとは思うのだが、あえて確認の意味で書かせてもらうと、まずプロデュースをバンド自身とブッチ・ヴィグという人が担当していることだろう。
 ブッチ・ヴィグという人はニルヴァーナの「ネヴァーマインド」のプロデューサーだった人で、デイヴは約20年ぶりにブッチと一緒に共同作業をしたことになる。

 さらにこのアルバムはデイヴの所有する自宅のガレージでアナログ機材を使って録音されたということだ。

 いまはコンピューター全盛で、何をするにしてもパソコンを使って行うのだが、コンピューターでチューニングなど自動制御することもなく、マイクスタンドを立て、ヘッドフォンをして演奏しながら録音したのである。

 自分はよくわからないのだが、音楽評論家たちにはそのアナログ感が受けたらしく、大絶賛だった。ラジオや雑誌でも特集していたのを覚えている。

 とにかく曲がカッコいい。1曲目の"Bridge Burning"から続く"Rope"、"Dear Rosemary"は究極の3曲で、この3曲を聞いただけでノックアウトされてしまう。疾走感があり、メロディアスで、なおかつサビがキャッチーで覚えやすいのだ。

 この特徴はこのアルバムを貫くポリシーみたいなもので、デイヴ・グロールという人は、本当に才能豊かなミュージシャンということを認識させられた。"White Limo"は90年代のグランジの空気を今に伝えるようなパンキッシュな曲なのだが、不思議と嫌味はなく、この手の曲が嫌いな自分にもすんなり聞き流すことができた。普段なら飛ばすか止めるところなのだが。

 プロデューサーや録音方法が話題にはなったが、やはり売れた最大の原因は曲がいいからだろう。どの曲も素晴らしいし、捨て曲無しのアルバムなのだ。"These Days"という曲などは、単なるパンク・バンドでは絶対に生み出せない曲である。

 ただニルヴァーナの遺伝子は姿かたちを変えて、フー・ファイターズに受け継がれている。その遺伝子とは一体何なのだろうか。

 この2つのバンドの音楽性は全くの別物である。同じアメリカン・ロックの中にいるバンドながら、その方向性や存在意義は次元が異なるほど違っている。
 フー・ファイターズの方は、これはもうアメリカを代表する世界的なロック・バンドに成長してしまった。言葉ではうまく説明できないのだが、アメリカのロック・ミュージックはグランジという洗礼を受けて以降、その前後のバンドでは音楽に対する感覚が異なっているような気がしてならない。

 基本的にフー・ファイターズはロックン・ロール・バンドである。そしてそれは老若男女や人種を問わず、広く世間に受け入れられている。同じようなバンドはグランジ以前もあったが、グランジ以降のバンドは音楽的センスだけでなく、音に対する潔さや姿勢が違っていると思うのだ。だから単に売れればいいというものではなく、ファンとの距離感も違っている。

 一概に言えないのだが、有限性を自覚すること。それがあるかないかで音楽性も大きく変わってくるのではないかと思っている。限定された有限の時の中で音楽を奏で、自己を表現すること。それがグランジ・ロックの残した遺伝子の一部ではないだろうか。
 グランジは一過性のブームで終わったが、その精神性は今もなお多くのバンドに受け継がれているのだ。

 今年もあとわずかだ。今年はいろいろあったが、来年もいろいろあるだろう。だけれども時は流れていくし、生きている人の人生はまだまだ続くのである。せめて生きている間はその充実感を味わいたいと思っている。

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2011年12月26日 (月)

サウンドガーデン

 前回グランジ・ロックについて簡単に述べたが、要するにアメリカン・ロックにおけるパンク・ムーヴメントと考えた方がわかりやすいだろう。グランジの出現で、メタルやハード・ロック、それにマイケル・ジャクソンなどのポピュラー・ミュージック・シーンなどは消し飛んでしまったからだ。

 それでニルヴァーナと同様に、グランジ・ロックを代表するバンドにサウンドガーデンがあった。彼らは1984年にシアトルで結成されているから、グランジ・ロックの潮流が始まる前からのバンドだった。いわばグランジの先駆けとなったバンドといってもいいだろう。

 自分は彼らのアルバムを3枚ほど持っていたのだが、いま探してみたら1枚しかなかった。おそらく他のアルバムは中古CD屋に売り払ってしまったのだろう。

 その1枚しか残っていなかったアルバムが1994年に発表された「スーパーアンノウン」で、このアルバムは数百万枚も売れて全米1位になり、グラミー賞も獲得した。彼らの代表作といってもいいアルバムである。Photo
 いま聞くと、グランジ・ロックというよりも新たなハード・ロック、90年代のレッド・ゼッペリンといった感じを受ける。こんな書き方をすると失礼とは思うのだが、わりと正統的な音作りであるし、ボーカルのクリス・コーネルは、2007年のゼッペリンO2アリーナ以降のワールド・ツアーに、ロバート・プラントの代わりに加わるのではないかといわれた人でもあった。もちろんこの話は立ち消えになったのだが、それほど高音域も目立つメタリックな声質の持ち主だったのである。

 このアルバムの1曲目"Let Me Down"はうねるような低音のリフがカッコいい。もう少しクリスの高音が出せたらゼッペリンの新作といっても通用するかもしれない。続く"My Wave"、"Fell on Black Days"と聞き込んでいくにつれて、魔法のように音楽に引き込まれる。
 ダークでヘヴィな音楽世界が展開されるのだが、リード・ギターも明快なメロディラインはないものの、聞くものを引きずり込むパワーを秘めているし、なかなかの名盤なのである。ギタリストのキム・セイルという人はもっと評価されてもいい人だと思う。

 何といっても"Black Hole Sun"はこのアルバムにはそぐわないキャッチーでやや明るい曲なのだが、さすがグラミー賞ハード・ロック・パフォーマンス部門を受賞した曲だけあって、彼らの貫禄を感じさせる雰囲気がある。

 リフ主体の曲といえば、続く"Spoonman"もそうだし、"The Day I Tried to Live"の歌い方は驚くほどロバート・プラントに似ている。もう少しドラムスが重量級でずっしりとしていれば、ゼッペリンの新作を聞いているかのような錯覚に陥るだろう。

 "Kickstand"は疾走感のある曲だし、シングルヒットも期待できそうな感じだ。また14曲目の"Half"は「フィジカル・グラフィティ」に収められていてもおかしくない曲想だし、続く"Like Suicide"もメタリックな感触を備えている曲。そこかしこからゼッペリンの幻影が漂ってくると思うのは私だけだろうか。

 ごく大雑把な感覚なのだが、ニルヴァーナの音楽がパンクに軸足を置いたグランジ・ロックだったのに対し、サウンドガーデンのそれはハード・ロックに軸足を置いた音楽だと思っている。
 だからその後のアメリカのヘヴィ・ロックといわれるいわれる音楽の源流になったのではないかと勝手に判断しているのだ。コーンやリンプ・リズキッド、スリップノットなど90年代に結成されたバンドは何かしらサウンドガーデンに影響を受けているのではないかと思っている。

 グランジ・ロックというのは、少なからず曖昧な要素を含んでいるのだが、その音楽性はパンクからハード・ロックまで幅広い範囲が対象になっている。そして要するに一番重要なのは、その音楽性よりもその影響力をさしていう時のほうが、その音楽的特徴をよく表していると思われる。そういう音楽的ジャンルが、グランジだったのである。

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2011年12月22日 (木)

ニルヴァーナ

 今年も残りわずかとなったが、今年は○○周年記念デラックス・エディションと銘打ったアルバムが数多く出まわった一年だったと思う。有名どころではピンク・フロイドの「狂気」やザ・フーの「四重人格」、ザ・ローリング・ストーンズの「女たち」、それ以外にもジョージ・ハリソンやザ・スミス、オジー・オズボーンのいたブリザード・オブ・オズなどもあった。

 そしてその中のひとつに、ニルヴァーナの「ネヴァーマインド」20周年アニヴァーサリー・デラックス・エディションがあった。これはCD4枚に未発表ライヴのDVD、さらに90ページの写真集付という豪華なもので、これで20000円が高いか安いかは、個人の主観によるだろう。Photo
 それにしてもこのアルバムは、今になって思えば、アメリカン・ロックの歴史の中でまさしくエポック・メイキング的な歴史的アルバムだったと思っている。

 1980年代後半の音楽シーンは、MTVの影響からか、その音楽性のみならず、視聴に耐えられるもの、あるいは見ていて楽しいという娯楽性や大衆性を兼ね備えるようになった。だからL.A.メタル・シーンのように、見た目の華やかさはあるものの、どのバンドもどの曲も大同小異になってしまうケースが多々見られるようになったのである。

 それをあっという間に転換したのが、90年代のグランジ・ロックだった。このグランジの興隆のせいで、それまでのロック、L.A.メタルなどのヘヴィ・メタル・バンドなどは雲散霧消してしまった。

 だから70年代のイギリスにおけるパンク/ニュー・ウェイヴの役割を、90年代のグランジが担ったといってもいいだろう。今から考えれば、それほどのインパクトがあったのである。

 その代表的バンドが、アリス・イン・チェインズやサウンドガーデン、パール・ジャム、そしてニルヴァーナだった。

 これらのバンドは、いずれも80年代の後半に、アメリカ西海岸のシアトルを中心に結成され、90年代に入ってからは(中には80年代からも)商業的にも成功し、知名度も広がっていった。
 どのバンドにもいえることだが、その歌詞には若者の日常生活における焦燥感や倦怠感が謳われ、その音楽性はメロディ以上に、リフやリズムが強調されている。まさにアメリカにおけるパンク・ロックだったのである。

 90年代のアメリカ経済は、バブル崩壊した日本を尻目に好調を持続していたのだが、一方ではその時代に追いつけない、あるいは時代から取り残された若者がいたのも事実である。また、海を越えたむこうでは、まるでTVゲームのような新しい戦争も始まった。まるで60年代の再来のようで、そうなると次にくるのは、90年代版“サマー・オブ・ラヴ”なのであろう。あれもアメリカ西海岸のサンフランシスコ周辺で始まったが、アメリカ西海岸にはそういう音楽的な磁場みたいなものがあるのかもしれない。

 また一方では、クラプトンやゲイリー・ムーアなどを初めとして、ブルーズへの原点回帰という現象も始まった。世界的に見ても音楽的原点に戻るという精神的潮流のようなものができつつあったのであろう。

 そういう時代背景の中で、若者の気持ちを代弁する音楽がグランジだったのである。その基本的な音楽フォーマットは、いたってシンプルであり、シンプルだからこそ、ストレートに心情を吐露しやすかったのだろう。

 この彼らの2枚目のアルバム「ネヴァーマインド」は1991年に発表され、チャート的にもNo.1を記録するほど大ヒットになった。またそのジャケット写真も衝撃的で、自分はこのジャケット写真欲しさのためにアルバムを購入したようなものだった。

 全12曲、どの曲もメロディアスではないものの、印象的だった。ただ自分の趣味性とは一致することはなく、数回聞いては中古CD屋に売り払ってしまった。当時の自分の感性では、彼らの音楽性を理解するまでには至らなかったのであろう。

 特に最後の曲"Something in the Way"(何かがいる)のあとに10分間ほど無音状態が続き、そのあとにヒドゥン・トラックとして"Endless,Nameless"というまさに狂騒のような音楽、いや音楽というより、よくいえばジャム・セッション、悪くいえば高校生バンドの練習のような雑音が鳴り響くのである。

 当時はこうしたシークレットのボーナス・トラックをアルバムに収録することが一種の流行のようになっていたのだが、当時の若者にはこういう趣向が受けたのだろうし、しかもこういう音楽にならない音楽を掻き鳴らすことが若者の琴線にも触れたのだろう。

 だからこのアルバムが売れたのも、1曲目の"Smells Like Teen Spirit"から始まってヒドゥン・トラックまで、全体的な曲の配列もよかったのではないかと、勝手に判断している。

 自分はグランジについて、ようやく正当な評価を下せるようになった気がする。発表から20年という長い時間がかかったのだが、その間にニルヴァーナは消滅し、グランジはブームとして語られてしまった。生き残ったグランジ・ロックのバンドも、ポピュラリティとコマーシャリズムの両立を図るかのように、その音楽性を少しずつ変化させてきている。

 長いロックの歴史から見れば、グランジも一過性のブームだったのかもしれないが、その功績は計りがたいものがある。
 確かにアメリカの音楽産業はある意味過酷なもので、いかに素晴らしい業績があっても、あるいは音楽性を秘めていても、売れなければ消えていかなければならない。
 このアルバムから3年後にカートが自分でその命を消し去ったのも、業界と自分の才能との間で苦悩したからであろう。

 90年代版の“サマー・オブ・ラブ”のバンド、それがニルヴァーナだった。その名前の意味は、“涅槃”を表す仏教用語だったが、バンドが存続している間は決して名前のような状態を体現する事はできなかったバンドでもあった。
 しかしその影響は時間が経つにつれて、ますますその輝きを増していくのである。ほかのデラックス・エディション・アルバムとは一線を画す意味合いを含んでいるように思えてならない。

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2011年12月18日 (日)

初期のイエス

 ヴァニラ・ファッジの影響を受けていそうな代表的バンドを2つ挙げるとすると、ひとつは前回紹介したディープ・パープル(第1期)であり、もうひとつは初期のイエスだったのではないだろうか。

 この場合の初期のイエスというのは、第1期のことで、1969年から1970年までを指し、メンバー的には
ジョン・アンダーソン(Vo)
クリス・スクワイア(B)
ビル・ブラッフォード(Dr)
ピーター・バンクス(G)
トニー・ケイ(Key)
で構成されていた頃である。また、作品名でいえば、「ファースト・アルバム」(1969年)、「時間と言葉」(1970年)が制作された時期に当たる。

 ヴァニラ・ファッジとの共通点をあげるとすれば、
①ドラムスとベースのリズム・セクションが顕著である
②キーボード、特にオルガンが目立っている
③オリジナル曲だけでなくカバー曲も収録されている
④そのカバー曲のアレンジが優れている

 この時代の特徴なのか、ヴァニラ・ファッジもディープ・パープルも、そしてまたイエスもザ・ビートルズの曲をカバーしている。さすが天下のビートルズ、オリジナルが優れているせいか、当時は誰もが一度はカバーしてみたいと思っていたのだろう。

 「ファースト・アルバム」ではザ・ビートルズの"Every Little Thing"が収められているが、ジャズっぽいアレンジが施されていて、最初は原曲がわからなかった。
 もう1曲のカバー曲はザ・バーズの"I See You"であるが、アルバム・クレジットではジョン・アンダーソンとなっている。この頃は著作権についてはおおらかな時代だったのだろうか。1
 今回あらためて聞き直してみて思ったことは、けっこうピーター・バンクスもギターを弾いているという事だった。自分としてはどうしてもスティーヴ・ハウの陰に隠れがちで、たいしたギタリストでもないだろうと思っていたのだが、あにはからんや、かなり弾きまくっているのである。

 彼自身もジャズに影響を受けたといっているが、どの曲もジャズっぽい細かなフレーズが多くて、印象に残るメロディやサビ(いわゆるリフ)が少ないのが残念だ。
 この"I See You"も7分近い大作に仕上げられているのだが、是非もう一度聞きなおしたいとは、残念ながら思えない。ただロックの持つ躍動感などは伝わってくる。それが唯一の救いのような気がした。

 もともとビル・ブラッフォードもジャズが大好きだし、のちにジャズ・アルバムも発表している。だから全体的にそっちに流れていってもおかしくなかったのだろう。また、キーボーディストのトニー・ケイは時々ピアノも使用するものの、ほとんどオルガンばかりで単調に聞こえてしまうところもあった。

 このアルバムでいいところは、3曲目の"Yesterday and Today"や7曲目"Sweetness"のようなバラード系ではないかと思っている。メロディラインはしっかりしているから、ジャズ的アレンジを取り除いたら、かなり聞きやすいポピュラー・ソングになる。むしろ曲の持つ素の美しさが現れてくる気がしてならない。

 さすがはジョン・アンダーソンとクリス・スクワイアである。何しろ彼らはザ・ビートルズやS&G、フィフス・ディメンションなどが好きだという共通点を持っているからか、曲のメロディやコーラスを重視したのであろう。このアルバムのバラード系では大仰なアレンジが少ないせいか、その分聞きやすく、印象に残りやすい。全体的にも個人的には2ndアルバムよりこちらの1stの方が好きなのである。

 もう1枚のアルバム「時間と言葉」にも2曲のカバー曲が収めれれていて、1曲目の"No Opportunity Necessary, No Experience Needed"と3曲目の"Everydays"であるが、前者には"チャンスも経験もいらない"という威勢のいい邦題が付けられている。当時の彼らの決意のほどの表れだろう。2
 それで前者はフォーク・シンガーのリッチー・ヘヴンスの曲で、後者はアメリカのバッファロー・スプリングフィールドの曲である。自分は原曲を知らなかったので、どのくらい変わったのかはよく分からないのだが、基本的なメロディラインは大切にしながらも、それにオーケストラによる壮大な味付けが加わっていることが予想される。

 さらにまた"Everydays"での中間のギター・ソロやオーケストラとギターの掛け合いのところはけっこう迫力があって、聞いていてかなり感動ものだったし、この曲と7曲目の"Astral Traveller"でのギター・ソロは、ピーターの独壇場であろう。
 上にも書いたのだが、ギタリストのピーター・バンクスはかなりのテクニシャンなのである。才能はあったが、ただ目立たなかっただけなのだ。(ギターの音色がクリアでないのが残念!)

 全体的にオーケストラによる味付けはあるものの、オルガンの音色とベースのアタック音が強くて、ギターがあまり目立たない。一説によると、ピーター・バンクスの出番が削られたとも、あるいはピーター自身が自分の活躍の場がないと憤慨したとも言われていて、このアルバムが発表された頃には、彼はもうバンドを去っている。だから当時のアメリカ盤のレコードには参加していないスティーヴ・ハウが写っていた。3
 第1期ディープ・パープルと同様に、この2枚のアルバムを発表した当時のイエスもまた、のちのイエスとは別物と考えた方がいいだろう。これ以降のイエスはオリジナルで勝負をし、しかも完全にプログレッシヴ・ロックの世界に移行してしまったからだ。

 ただこの時期のイエスは草創期、揺籃の時期にあたり、こういう試行錯誤を経て、メンバー間にいい意味での緊張や対立も生まれ、歴史的傑作が創造されていったのであろう。そういう意味では彼らにとって必然の道だったのかもしれない。

 彼らは、強力な演奏陣を背景に、コーラス・ハーモニーの美しさを特徴としていたから、ヴァニラ・ファッジの直接的な影響は少なかったのかもしれない。しかし世界的なアート・ロックの流行を背景にして、むしろそれをバネにして大きく成長していったことは、間違いないだろう。

 ヴァニラ・ファッジはアレンジ力で一世を風靡したが、ディープ・パープルやイエスはカバー曲を咀嚼しながらオリジナリティを培っていった。ここにこそ、彼らを隔てる大きな分岐点があると思っている。

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2011年12月14日 (水)

第1期ディープ・パープル

 以前このブログで、第3期ディープ・パープルのことを書いた。個人的には第3期も気に入っていて、捨てがたい魅力に富んでいると思っていたからだが、今回は第1期についてである。何で第1期かというと、前回のヴァニラ・ファッジについて書いていたら、第1期のディープ・パープルと似通っていると思ったからだ。

 第1期のディープ・パープルは、それ以降の彼らとは別物と考えていいだろう。理由はキーボード主体の音作りやカバー曲が収録されているからであり、これはヴァニラ・ファッジの音楽性とよく似ているからだ。

 実際、ディープ・パープルがアメリカ・デビューしたときには“イギリスのヴァニラ・ファッジ”という紹介のされ方だったようだ。
 確かに1968年に発表された1stアルバム「ハッシュ」を聞くと、そんな印象を受けてしまう。全8曲中、オリジナル4曲、カバー3曲、オリジナルとカバー半々が1曲という構成であるが、キーボードの方がギターより目立っている点については、やはり“イギリスのヴァニラ・ファッジ”といわれても仕方がないような気がしてた。

 しかし1曲目のインストゥルメンタル曲"And the Address"を聞くと、結構ギターも自己主張していて、決してキーボードだけのバンドではないのがわかる。クレジットを見ると、ブラックモア/ロードとなっているせいだからだろう。
 また4曲目の組曲a) Prelude:Happiness b)I'm so Gladの後半でのグニャグニャしたギター・ソロや5曲目"Mandrake Root"の中のさり気ないギター・ソロも、のちのブラックモアからすれば恐ろしく味付け程度でしかないのだが、それでもヴァニラ・ファッジのギター・サウンドよりも目立っていると思う。

 おそらくシングル・ヒットした"Hush"のせいで、キーボード主体のバンドと見なされたのではないか。ちなみにこの曲はチャートの4位まで上昇している。またレノン/マッカートニーの"Help"を彼ら流に解釈して演じているが、こういうところもイギリスのヴァニラ・ファッジといわれた所以だろう。

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 またボーカリストのロッド・エヴァンスの歌唱力の影響もあると思う。個人的にはこの人の声質が好きで、深みのあるボーカルはなかなか渋くていいと思っているのだが、特にポップ・ソングといってもいいような"One More Rainy Day"、"Love Help Me"などでのボーカルはまるでポップ・シンガーである。

 最後の曲はジミヘンの曲なのだが、クレジットではディープ・パープルになっている。パープルがアレンジしてああいうボレロ調に変更したからだろうか。ジミヘンの曲ならもう少しブラックモアも弾きまくってもいいのになあとずっと思っているのだが、それらの理由がいまだにわからないでいる。

 68年に発表された彼らの2ndアルバム「詩人タリエシンの世界」で、実質的にリッチーがデビューした感じがする。1曲目、2曲目の"Listen, Learn, Read on"、"Hard Road"で聞くことのできる彼のギター・ソロはまだまだ充分ではないものの、後の“狂気のギタリスト”と謳われた片鱗がうかがえる。また、イアン・ペイスのドラムスも特筆ものである。4_2
 3曲目の"Kentucky Woman"はニール・ダイヤモンドが歌ってヒットしたもので、彼自身の自作曲であるが、ここでは疾走感溢れる見事なアレンジが施されていて、まるで彼らのオリジナル曲のように聞こえる。この曲はアルバムからの2枚目のシングルとして発表され、全米38位まで上昇している。
 またこのアルバムにもビートルズのカバー曲が収められていて、これまたジョン・ロードのオルガン、キーボードがフィーチャーされているが、ところどころに鳴り響くリッチーのギターやヴァニラ・ファッジのようなコーラスが聞けるところも面白い。

 後半はオリジナル2曲とカバー1曲で、"The Shield"はイアン・ペイスのドラムス、パーカッションが目立ち、"Anthem"ではロッド・エヴァンスのボーカルが目立っている。まるでエンゲルベルト・フンパーディングのようだ。バックの微かなキーボードはシンセサイザーか、はたまたメロトロンか、詳細なクレジットがないのでわからない。後半のストリングスはジョンの趣味で挿入されたのだろうが、それにリッチーのギターが絡むところが魅力的で、いつ聞いてもゾクゾクする。

 最後の"River Deep, Mountain High"はアイク&ティナ・ターナーが歌ってヒットした曲で、ここでは10分以上の大作に仕上げられている。なぜかSEと"ツァラトゥストラはかく語りき"が挿入されている。この曲はジョンとリッチーの音楽性に、ロッドのボーカルがスパイスとしてふりかけられている。こういう曲を聞くと、確かにサイケデリックというか、当時の言葉でいうところの、“アート・ロック”という語感が感覚として理解できるのだ。

 翌年彼らは3枚目のアルバムを発表したのだが、このアルバムの完成時点で既にメンバー・チェンジは決定的だった。“ロッドは上手かったけれど、バラード・シンガーだった”とはリッチーの言葉だったし、ジョンは“ニックはオールド・スタイルのロックン・ロール・プレイヤーだった”という言葉を口にしている。

 しかもこのアルバムからはのシングルはヒットせず、商業的に失敗した。さらに所属していたレコード会社が倒産するという悲劇に見舞われるのだが、“人間万事塞翁が馬”、そのおかげで彼らはワーナー・ブラザーズに移籍することができて、のちに世界的な配給を受けることになる。人生何が幸いするのかわからないものだ。 3
 この3枚目では7曲中6曲がオリジナルで、ドノヴァンの"Lalena"のみカバーである。この曲ではロッドのボーカルが素晴らしい。こういうバラード・タイプの曲で、特に彼の能力が発揮されるようだ。
 基本的にジョンの意向を反映したような音作りで、彼の演奏するハープシコードが印象的な"Blind"やストリングスを加えた3部形式の協奏曲"April"で、彼は大健闘しているし、またカバー曲以外のすべての曲作りに関わっている。

 一方のリッチーも4曲目の後半"b)The Painter"や5曲目の"Why Didn't Rosemary?"、6曲目"Bird Has Flown"でジョンと対等に渡り合っているし、3部形式の協奏曲"April"の第3部でも彼らしいギター・ソロを聞かせてくれている。確かに全体的に見ればジョンの方が目立つのだが、決してリッチーが粗略に扱われているという印象はない。自己主張すべきところではきちんと主張しているからだ。あくまでもアルバム制作の主導権をジョンの方が握っていたということなのだろう。

 このジョンの趣味性は、この後、益々高じていき、ついには本物のオーケストラと共演を果たすことになるのだが、それは第2期のお話になる。今回はここで終わりなのだが、ごく大雑把に言って、ジョンが主導権を握り、それを発揮していった時期が第1期にあたり、その反動としてギター・オリエンティッド・アルバムが制作されたのが第2期なのである。

 それが世界的に認知され、評価され、何よりもリッチーの方針や貢献度が高まったおかげで、パープルのみならず、その後のハード・ロックの歴史が展開されていった。

 確かにヴァニラ・ファッジからの影響は、多少あったといえるだろうが、オリジナリティの面では、はるかに彼らを凌駕していたパープルだったことは確かなのである。

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2011年12月10日 (土)

ヴァニラ・ファッジ

 プログレッシヴ・ロックではないのだけれど、アメリカのサイケデリック・ロック・バンドのヴァニラ・ファッジのアルバムを購入した。タイトルを「ルネッサンス」という。

 もともと彼らのデビュー・アルバム「キープ・ミー・ハンギング・オン」を持っていて、なかなかの好盤だと思っていた。

Vanilla Fudge Music Vanilla Fudge

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 この1stアルバムの特徴は、ほとんどの曲が他人の曲、いわゆるカバー曲ということだろう。ビートルズの"Ticket to Ride"から始まって、カーティス・メイフィールドの"People Get Ready"、ゾンビーズの"She's Not There"やソニー&シェールの"Bang Bang"など全10曲のうち7曲がカバーで、オリジナルは3曲しかない。

 しかもその3曲は"Illusions of My Childhood"というタイトルのpart one~part threeの3曲で、いずれも20秒程度の短いインストゥルメンタルである。確かなメロディがあるものでもなく、耳を傾けたらいつの間にか終わってしまったという感じのものである。

 だからアレンジと演奏力で聞かせるアルバムだった。このブログの“カクタス”の項でも述べたのだが、ジェフ・ベックもほれ込んだ強力なリズム・セクション陣とオルガン主体のキーボード演奏が妙なのである。

 特にマーク・スタインの演奏するオルガンとティム・ボガードのベース・ギターが目立っていて、このアルバムが発表された1967年という時代背景を考慮しても、彼らの音楽性は、なお斬新で新奇だと思う。
 またアルバム・ジャケットも赤、青、黄色が強調され、その中に燃え上がるような女性が横たわっているもので、これもまた当時としては人目を引いたと思っている。

 自分としては気に入っていた1stアルバムだったので、1968年に発表された彼らの3rdアルバム「ルネッサンス」を購入して聞いてみたのだが、これがどうも自分にとってはさっぱりで、やはり1stアルバムの方がよかったなあと思ってしまった。

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 理由はオリジナル曲の力不足が挙げられるだろう。全7曲中オリジナル5曲、カバー2曲というもので、オリジナルで勝負してみましたという感じなのだが、メロディ・ラインがハッキリしない点では、カバー曲の方が勝っている。

 ただ演奏力は相変わらず素晴らしく、1stアルバムでは、ヴィンス・マーテルのギター・サウンドは音的にクリアではなく、はっきりしなかったのだが、このアルバムでは充分に自己主張している。
 特に1曲目"The Sky Cried- When I was a Boy"では4分過ぎから、エンディングまでオルガンに負けじと健闘しているし、6曲目の"Faceless People"では楽曲全体をリードしている。

 また60年代末の混沌とした時代状況を反映したようなダークでヘヴィな印象の曲(2曲目の"Thoughts"や4曲目の"That's What Makes a Man")は焦燥感をもたらしてくれたし、意外に彼らのコーラスというかハーモニーも効果的なのである。
 またマーク・ステインのオルガン・プレイとカーマイン・アピスの雷神のようなドラムは、やはり何度聞いても魅力的だった。

 一方でカバーの2曲のうち"The Spell That Comes After"はエスラ・モホークというシンガー・ソングライターの曲で、彼女はフランク・ザッパのマザーズ・オブ・インヴェンションに一時加入していたようだ。この曲での3分過ぎからのコーラスやオルガン・プレイでの盛り上げ方は素晴らしいものがある。

 もう1曲の"Season of The Witch"はオリジナルはイギリスのシンガー・ソングライターのドノバンのもので、1stアルバムの中の"You Keep Me Hanging On"のように、叙情的な導入から徐々に盛り上がっていくという趣向を取っている。この辺は彼らの真骨頂なのだろう。

 聞きこんでいけば、この「ルネッサンス」というアルバムも決して悪くはないのだが、個人的にはあまりにも有名なカバー曲が収められている1stアルバムの方に食指が動いてしまうのである。

 ご存知のように、この強力なリズム陣に惚れ込んだジェフ・ベックは、カクタスを脱退したティム・ボガートとカーマイン・アピスとともに、1972年にベック、ボガート&アピスを結成したし、1977年にロッド・スチュワートは、自分のバンドのドラマーにカーマイン・アピスを迎え入れ、"You Keep Me Hanging On"を自分のソロ・アルバム「明日へのキック・オフ」に収録した。

 そういう意味では、メンバー間でもいろいろと因縁のあるバンドだったし、音楽性でもジェフ・ベックだけでなく、イエスやディープ・パープルなど、プログレッシブ・ロックやハード・ロックにも影響を与えたバンドだった。特にパープルの第1期では、まるでイギリスのヴァニラ・ファッジのようで、オリジナルだけでなくカバー曲もやっている点でも似ている。
 
 彼らはその後何度か再結成を繰り返して、21世紀に入ってもアルバムを発表しているし、2011年の3月からはオリジナル・メンバーで全米公演を行っている。まだまだ現役なのだが、やはり彼らの持ち味はアレンジと演奏力の高さであり、他のヒット曲の再解釈だと思っている。
 たとえオリジナルが不十分であったとしても、演奏力とアレンジで名前を残したバンドがヴァニラ・ファッジだったのである。

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2011年12月 6日 (火)

エアロスミスの来日公演

 先々週と先週、2週続けてコンサートに行ってきた。理由は、先々週にエリック・クラプトン&スティーヴ・ウインウッドの、先週にはエアロスミスの来日公演があったからだ。6_2
 クラプトン&ウインウッドの公演は、ライティングが素晴らしく、あれにレーザー光線を飛ばせば、まるでピンク・フロイドかと思わせるほどだった。また日本ではクラプトンの方が人気が高い思うのだが、ウインウッドも対等に演じていて、トラフィックの曲だけでなく、スペンサー・デイヴィス・グループの曲なども演奏し、この人本当にソウル・ミュージックが好きなんだなあと思わせるほど力が入っていた。Photo_2
 ただ残念だったのは、聴衆を音楽に集中させようとしたためか、通常ステージ後ろや横にある大型スクリーンが設置されておらず、比較的近くの席だったにもかかわらず、やはり表情やギター演奏時のフィンガリングなどはよく見えなかった。

 また、よく言えば“英国的伝統職人芸”ともいえる演奏で、特にクラプトンが演奏した"Voodoo Chile"はギターと一体化しているような力の入った演奏だったが、違う言い方をすれば、“定型的な業務”のような感じで、他の曲に関してはもう少し弾きまくってほしかった。
 隣のおっさんは演奏中に寝ていたし、駐車場の人も9時過ぎにコンサートが終わるからと、車庫入れのときから割り切っていた。クラプトンは“Thank You”しか言わず、メンバー紹介もなかった。何となくタキシードやドレスを着た聴衆ばかりに演奏しているようだった。

 ところがエアロスミスのコンサートは全く逆で、その音楽性の違いという理由はあるものの、ロックの持つダイナミズムとエンターテイメントがバランスよく並存していたし、しかも聴衆を飽きさせないという演出も素晴らしかった。
 クラプトン&ウインウッドのライティングも素晴らしかったが、エアロのときはその3倍以上のスポット数があり、ステージ後ろには3枚、両サイドに1枚ずつ、またステージ前の上に長方形の大型スクリーンが設置されていて、後ろにいてもメンバーの表情や演奏スタイル等を充分堪能することができた。 1
 さらにステージ中央から客席に向かって約15mくらいの花道が用意されていたから、これまた後ろにいてもこっちまで走ってくれている気がして、もうそれだけで大興奮だった。

 セットリストは以下の通り
(ブログ「High-Hopes管理人のひとりごと」より転載)
1. Draw The Line
2. Love In An Elevator
3. Toys In The Attic
4. Jaded
5. Janie’s Got A Gun
6. Falling In Love (Is Hard On The Knees)
7. Livin’ On The Edge
  –Drum Solo–
8. One Way Street
9. Hangman Jury
10. What It Takes
11. Last Child
12. Stop Messin’ Around
13. Boogie Man
14. Combination
15. No More No More
16. I Don’t Want To Miss A Thing
17. Cryin’
18. Sweet Emotion
(Encore)
19. You See Me Crying/Home Tonight/Dream On
20. Train Kept A Rollin’
21. Walk This Way
22. Crazy
23. Mama Kin
24. Come Together

 彼らの1994年当時のライヴDVDを観ると、既にドラム・ソロやベース・ソロがセットリストに組み込まれていることから、彼らのライブにも一定の形式があることがわかる。
 ただ、クラプトン&ウインウッドと違うのは、エアロのショーにはお客さんを喜ばせようとするエンターテイメント性がより濃厚だということである。5_2
 今回の日本公演では、ジョーイのドラム・ソロの後半部分で素手で(最初の3回は素手と頭で)ドラムを叩くのである。まるでジョン・ボーナムだ。でもジョンは頭突きはしなかったけれど…。またスティーヴン・タイラーが飛び入りしてまるで二人羽織のように2人で叩くシーンもあった。スティーヴンは確か元ドラマーだったから、これがまたピッタリと息があうのである。2_2
 さらに"Last Child"はスティーヴンとブラッド・ウィットフォードの作った曲のせいか、ブラッドがリード・ギターで、ジョー・ペリーがリズム・ギターを担当している。これも1994年当時と変わらない。かなりブラッドも弾けるギタリストなのだ。ちなみに彼はアル・ディ・メオラと同じくバークレー音楽大学を卒業している。
 また"Sweet Emotion"はトム・ハミルトンの弾くベース・ソロから始まるが、この曲はスティーヴンとトムの曲だからで、これもまた1994年と同じパターンである。

 もちろんジョー・ペリーのソロ・コーナーもある。公演によっては、ジミ・ヘンドリックスの"Red House"を歌うこともあれば、古いブルーズの名曲(今回はFleetwood Macの曲)を歌うこともあるらしい。スティーヴンはしきりに“Joe "Fuckin'" Perry”と言っていたが、これも昔からスティーヴンが言っていたセリフ。ジョーとスティーヴンは昔からそういう関係だったようだ。

 アンコールはスティーヴンが白いピアノの前に座って歌うところから始まり、"Dream On"からはジョーもピアノの上に立って白熱したギター・ソロを聞かせてくれた。3
 とにかく彼らはノリノリで、アンコールを6曲も歌ってくれた。これで盛り上がらない方がおかしいというもの。コンサート自体も7時15分から始まって、2時間半たっぷり歌い、演奏し、盛り上げてくれた。とても63歳のボーカリストと61歳のギタリストとは思えなかった。

 クラプトン&ウインウッドもエアロスミスも10日の土曜日でそれぞれ来日公演を終了させる。前者は日本武道館で、エアロの方は札幌ドームだ。
 おそらく彼らの音楽性は最後まで変わらないだろうが、その公演のスタイルは大きく異なっている。どちらがいいとか悪いとかいうものではない。その解釈はその場に参加した人それぞれが感じるものであろう。ただコンサートにもそれを行うミュージシャンの音楽に対する姿勢が如実に表れるのは、間違いないことである。

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2011年12月 2日 (金)

ゴーストライター

 最近は、遊びまわっていて、映画に関してはドイツ映画の「ミケランジェロの暗号」やイギリスやフランス、ドイツの合作「ゴーストライター」などが印象に残っている。特に後者の「ゴーストライター」は久しぶりの傑作だと思っていて、ついブログに書いてしまった。Photo

 この映画の監督はロマン・ポランスキー。ロマン・ポランスキーといえば古くは「ローズマリーの赤ちゃん」や「テス」、2002年にはアカデミー監督賞を受賞した「戦場のピアニスト」などの映画作品で有名な、御年78歳になる有名監督である。

 何しろ、派手な特撮や3Dなど全くないし、映画本来の持ち味である脚本のよさとカメラワーク、出演者の演技力で魅せる映画に仕上げられている。こういう映画こそが本来の映画だと思うのだがどうだろうか。

 ストーリー自体は割と単純で、元イギリス首相の回顧録を著すために雇われたアメリカ人のゴーストライターが、前任者で首相の側近だった人の事故死に疑問を持ち始め、それを究明しようとし、だんだんと大きな陰謀に巻き込まれていくというものである。

 ゴーストライターには、スター・ウォーズ・シリーズで有名なユアン・マクレガー、元首相には007のジェームズ・ボンド役だったピアース・ブロスナンが演じているし、それ以外にも「普通の人々」で助演男優賞を獲得したティモシー・ハットンなどの演技派が参加している。6
 またストーリー展開に無理がなく、ドキュメンタリー風な撮影部分もあるし、全体的に陰影に富んでいて、ダークな雰囲気がサスペンス描写を非常に盛り上げてくれている。5

 またゴーストライターが真相を究明していく過程を味わうことができるし、ストーリーの展開が予測不能なのである。元首相が裁判にかけられそうになるのだがその顛末や、誰が陰謀の黒幕なのか、そしてゴーストライター自身はどうなるのか等々、最後まで一気に観させてくれた。2時間24分という時間の長さを全く感じさせない映画だった。

 この映画がベルリン国際映画祭やヨーロッパ映画賞など数多くの映画祭にノミネートされたり、賞を獲得したのも納得できるものだった。4

 また、元首相がアメリカに同調してイラク紛争に参加したり、捕虜虐殺に関与したことで国際司法裁判にかけられるというところをみると、これはブレア元首相のことを指しているのがわかるし、イギリスに帰れない元首相の立場は、少女への猥褻容疑でアメリカに入国できないロマン・ポランスキー監督のことを象徴しているようでおもしろかった。2_2

 もう映画公開は終わっているのだが、DVDで観ても充分堪能できると思っている。久しぶりに満足できる映画を鑑賞できてよかったと思っている。映画の醍醐味は、こういう映画で味わうものだと思う。

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