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2012年1月

2012年1月31日 (火)

ウインガー

 前回のブログで、ジョーダン・ルーデスのアルバムについて述べたのだが、そのときに参加していたミュージシャンにキップ・ウインガーとロッド・モーゲンステインという人たちがいた。
 それで今回は、この2人に焦点を当ててみようと思った。彼らが以前所属していたバンド、ウインガーについてである。

 時は80年代末、ところはアメリカ。時代はまさにMTV全盛期で、流れてくる音楽はマドンナ、マイケル・ジャクソンなどのポップ・ミュージックか、ロックといっても聞きやすく、かつ派手な化粧や衣装をまとった見栄えのするものがほとんどだった。

 だからハード・ロックといえば西海岸のガンズ・アンド・ローゼズ、東海岸のボン・ジョヴィが代表格みたいなものだったし、ヴァン・ヘイレンはボーカリストが交代して新たなファン層を獲得しつつあり、エアロスミスはRun D.M.C.のおかげで復活したときでもあった。

 いま考えてみると、この時期のアメリカのハード・ロック界は、まさに百花繚乱、いろんなバンドが登場しては消えて行った。中にはいまだに現役で活動しているのもあるのだが、そういうバンドはやはり何がしかの特長、例えばいい曲をたくさん書けるとか、ギタリストが有能、速弾きであるなどを有しているようである。

 だからウインガーがいまだに活躍しているということを聞いて、ビックリしてしまった。なぜならウインガーがそんなに素晴らしいバンドとは思っていなかったからで、ヒット曲といってもすぐには思い出せなかったし、優秀なミュージシャンが在籍していたとも思えなかったからである。

 自分が彼らを知ったのは、90年代に入っていた頃だった。80年代後半は、ドッケンやラット、ナイト・レンジャーにモトリー・クルー、スキッド・ロウやMr.Bigなど、本当に同じようなバンドが多くて、中にはライオットとクワイエット・ライオットなど似たような名前のバンドもあったから、まさしく十把ひとからげという感じだったのである。

 そんな中で、ウインガーの名前を知ったのは、音楽面ではなくて、アルバム・ジャケットを偶然見かけたからであった。また妙にそのペインティングが印象的でもあったし、たまたまセカンド・アルバムがその当時売れていたこともあり、ラジオでもよく耳にしていた。Photo
 それである日、中古CD屋さんに彼らの1stアルバムがあったので、購入したのである。だからもともと彼らの熱狂的なファンというわけではなかったのだ。

 それでこのバンドのドラマーがロッド・モーゲンステインで、ベース&ボーカルがキップ・ウインガーだった。またギターがのちに数多くのバンドを渡り歩くことになるレブ・ビーチ、キーボード・プレイヤーはポール・テイラーという人だった。

 もともとキップとポールは、アリス・クーパー・バンドに所属していて、全米ツアーを行っていたのだが、ツアーの合い間にポールと曲を制作していたらしい。1987年にはアトランティック・レコードとの契約を結ぶことができて、レコーディングが開始された。

 ただベースとキーボードだけでは始まらないので、バークリー音楽院中退ではあるが、東海岸では有名なスタジオ・ミュージシャンだったレブ・ビーチと現ディープ・パープルのギタリストであるスティーヴ・モーズも在籍していたディキシー・ドレッグスからロッドを呼んで、セッションをしたのである。

 これがうまくいったようで、2人は即正式メンバーとして参加することになった。だからウインガーというバンドは、新人バンドというわけではなかった。いずれもキャリアを重ねたミュージシャンで構成されていたからだ。2
 1988年に発表された1stアルバムは全米で200万枚以上を売り上げ、プラチナ・ディスクを獲得した。当時はシングル・ヒットがないと、アルバムは売れなかったし、次の契約は打ち切られるという時代だったから、このアルバムからも"Hungry"、"Seventeen"の2枚がシングル・ヒットした。(前者は全米85位、後者は26位)

 "Hungry"は、いきなり意表をついてストリングスから始まり、そこから当時お決まりのハードなギターと厚いコーラスがかぶさってくる。
 アリス・クーパーの"Eighteen"をまねたわけではないのだろうが、"Seventeen"は若者の激情を描いていて、それに呼応するかのようにレブのハードなギターが宙を舞っている。

 それにバラードの"Without the Night"もまたいい曲で、当時はアルバムの中に最低1曲はこういうシンセを使ったゴージャスなバラードを入れるというのが暗黙の了解だったのだが、まさにピッタリな感じでアルバムに収められている。

 一番感心したのが"Purple Haze"で、ジミ・ヘンの曲をアレンジしていて、あのフランク・ザッパの息子ドゥージル・ザッパとギター・バトルをしているのがとても印象的だった。自分はこのバンドは他のハード・ロック・メタル・バンドとは一線を画する本物志向のバンドだと思ったものだった。

 当時の時流に乗ったということもあっただろうし、それぞれプロ・ミュージシャンが集まっていたから、安定した演奏力やキャッチーなメロディ・ラインなどが評価されたのであろう。またギタリストのレブは凄腕ギタリストで、バリバリ弾きまくっている。いま考えれば、当時はそれほど評価されなかったような気がするのだが、実力派ギタリストだった。

 のちに彼はドッケンやホワイトスネイク、ナイト・レンジャーなどの有名バンドに加入して、来日公演も行っている。実は隠れた“器用貧乏的”名ギタリストだったのである。

 ウインガーは実は1stアルバムよりも1990年に発表されたセカンドの方が売れていて、1stは全米21位で留まったが、セカンドの方は15位まで上昇している。ただ自分は深く足を踏み入れることもなく、80年代のハード・ロック&メタル・ロックから離れていったので、その後の彼らのことは全く知らなかった。

 結局、彼らは1993年に解散し、2001年にベスト盤を出してツアーを行ったもののすぐに解散。その後2006年に再々結成を行ってアルバム発表やツアーを行っている。基本的にはキップとロッド、レブの3人が中心となって活動を継続しているようである。

 ウインガーはニューヨークで結成されているので、東海岸のハード・ロック・バンドだった。東海岸にはハード・ロックは育たないとよく言われるのだが、その悪習を断ち切ったバンドのひとつでもある。
 この辺はミュージシャン自身の音楽観・価値観に関わってくるので、一概に言えないのだが、もし彼らがボン・ジョヴィのように、シングル・ヒットを輩出していたなら、その後の彼らの歩んだ道は違ったものになっただろう。

 ヒットを出さなかったのか出せなかったのかは分からないが、才能あるミュージシャンほどプライドが邪魔をして世間に迎合することなく、自分の信念を貫き通し、そして時代から消えていくというパターンが多い。アメリカで成功するには、やはり“売れてなんぼの世界”だということを意識しないといけないのである。

 ウインガーが今もなお売れることを意識しているかどうかはわからないが(たぶん意識していないと思うけれど)、ともに時代を歩んだものとして、頑張ってほしいと応援せずにはいられないのである。

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2012年1月27日 (金)

ジョーダン・ルーデス

 ジョーダン・ルーデスという人は、ご存知(かどうかはわからないけれど)アメリカのプログレッシヴ・メタル・バンド、ドリーム・シアターのキーボーディストである。この人のソロ・アルバムをたまたま手に入れて、聞いてみた。以下、その個人的な感想である。

 そのアルバムのタイトルは「ザ・ロード・ホーム」というもので、日本語に直すと“家路”とでもいうべきだろうか。2007年に発表されている。Photo
 このアルバムは、そのタイトルが象徴しているように、彼にとっての音楽的な原点をもう一度再確認することで、自分の足場を固め、これからのキャリアを追求しようとしたものである。だからオリジナル曲は1曲のみで、他の5曲はすべて他のバンドの楽曲の再解釈、いわゆるカバー曲集になっているのだ。

 1曲はジェネシスの"Dance on a Volcano"ほとんど原曲に近い仕上がりになっていて、ボーカルは元スポックス・ビアードのニール・モーズ、ギターはマルコ・スフォーリ、ドラムスはロッド・モーゲンステインという人が担当している。

 個人的には、原曲と比べてほとんど違和感がなく、ボーカルのニールの声はフィル・コリンズに似ていると思った。フィルは昨年引退宣言を出して、音楽業界から引退してしまったので、代わりにニールがジェネシスに加入しても面白いと思ったのだが、たぶん世間的には(というよりイギリスでは)受け入れられないだろうなあ。

 2曲目は何とまあイエスの"Sound Chaser"だった。久しぶりにこの曲を聞いたような気がした。これもほとんど原曲に近いアレンジだが、後半の、オリジナルではスティーヴ・ハウのソロの部分から違ってくる。

 この曲を選んだ時点で、ジョーダン・ルーデスという人の審美眼は素晴らしいと思った。こういうテクニカルな楽曲では、確かにソリストとしての見せ場が発揮できるし、原曲のイメージを壊さずに自分のセンスを織り交ぜることも可能だからである。
 ギターはエド・ウィンとリッキー・ガルシアという人が演奏していて、原曲でもジャズっぽい無国籍風なところがあったが、ここでもオリジナルの雰囲気は残しつつも、無機質でテクニカルなところをのぞかせてくれる。何となくトリッキーでないスティーヴ・ヴァイといった感じだった。

 3曲目は、これまた渋めの選曲、ジェントル・ジャイアントの"Just the Same"である。最初はこれまたオリジナルに忠実なのだが、後半にはギター・ソロやキーボード・ソロが飛び交っていて、けっこう白熱したインタープレイを堪能することができた。

 ジェントル・ジャイアントというバンド自体がどちらかというと、ジャズっぽい演奏を得意としていたので、ジェネシスやイエスの曲よりも解釈度が高いのだろう。
 ボーカルはキップ・ウィンガー、ギターはロン・サールとエド・ウィン。ロンは現在、ガンズ・アンド・ローゼズのギタリストでもある。また、キップ・ウィンガーとドラマーのロッド・モーゲンステインは、その昔ウィンガーというハード・ロック・バンドを組んでいたバンド・メイトで、デビュー・アルバムはけっこう人気になった記憶がある。

 4曲目は今までの3曲とは違い、グランド・ピアノ1台によるメドレー形式になっていて、イエスの"Soon"~ジェネシスの"Supper's Ready"~キング・クリムゾンの"I Talk to the Wind"~イエスの"And You And I"という名曲集になっている。

 このアルバムでは一服の清涼剤のような役割を担っている曲で、"I Talk to the Wind"のところではジョーダンのボーカルを聞くことができる。この人、実はかなり歌好きのキーボーディストなのであった。

 5曲目は"Piece of the π"というジョーダンのオリジナル曲。3分5秒と短く、キース・エマーソンのような速弾きとすべてキーボードで表出された演奏がメインになっている。続く6曲目への橋渡し的な役割を果たしているのであろう。

 そして最後の曲がエマーソン、レイク&パーマーの"Tarkus"再現版、22分47秒という長さで、まさにジョーダンの腕の見せ所といった楽曲でもある。
 ただ表現領域の拡大を狙ったのか、"Stones of Years"、"Battlefield"、"Aquatarkus"ではギタリストを起用している。(最初の2曲はリッキー・ガルシア、残りはロン・サール)
 またポーキュパイン・ツリーのスティーヴ・ウィルソンが"Stones of Years"のボーカルを、"Mass"、"Battlefield"のボーカルをキップ・ウィンガーが務めている。

 全体的にはオリジナルに忠実な感じがするが、もちろんキーボード・プレイについてはジョーダン流の解釈が施されていて、様々なキーボード類を使って彼流の色合いを出そうとしていることが伝わってきた。22分の長さを全く感じさせないのは、やはり彼の手腕によるものなのか、それとも原曲の良さが原因か、いずれにしても原曲のよさを引き出せるというのもまた表現者としての素晴らしさなのだろう。

 こういうカバー・アルバムを聞いていつも思うのは、やはりカバーされるオリジナル曲の素晴らしさで、このアルバムでもそれが当てはまると思う。

 そしてミュージシャンは、表現者として、また解釈者としてオリジナルを超えるものを発揮しているかどうかが問われてくるのだが、なかなかそういうアルバムにはお目にかかれないのが実際のところだ。

 これがジャズなら、かなり原曲を崩して表現しても許されると思うのだが、ロックの分野では難しいのかもしれない。逆にカーペンターズの"涙の乗車券"のように、ポピュラー・ミュージックのジャンルの方が、定期的にリバイバル・ヒットが起きることから、カバー曲に対して受容力があるようだ。

 それでこのアルバムに関して個人的な意見を言わせてもらうと、演奏者としては確かに素晴らしいが、解釈者としてはそんなにオリジナリティに溢れているとはいえないようだ。その理由はアルバム・タイトルの「ザ・ロード・ホーム」という言葉に表されているように、このアルバムでは自分の原点を確認するということが求められているからだろう。

 それは自分の愛する70年代の有名曲を選んで表現していることからもわかる。だからオリジナルの雰囲気を大切にしながら、その範囲内で許される限り表現しているのである。ジョーダン・ルーデスくらいになれば、オリジナリティを出そうと思えば簡単に出せるのだろうが、このアルバムではあえてそれを控えているのであろう。

 もうひとつジョーダンの素晴らしいところは、バランス感覚のよさである。普通キーボーディストのアルバムといえば、電子機器類の進化のせいか、すべてをキーボードで表現してしまおうとして、逆に楽曲のよさを壊したり、表現力不足を露呈してしまったりする場合が多いのだが、ここではボーカルやギターを進んで取り入れて、いい音楽をクリエイトしようとしている。2

 だからそれぞれの楽器や、それを演奏する人たちの特長を活かしながら、それを取り入れ、トータルとしていいアルバムに仕上げている。

 原曲や優秀なミュージシャン、友人を大事にしながら、自分のやりたい事をやり、多くのリスナーやファンを満足させることは、簡単そうに見えてそうでない。それをいとも簡単にやりおおせてみせるジョーダンは、やはり只者ではないのである。

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2012年1月23日 (月)

幻影の彼方

 昨年、自分はスティーヴ・ハケットのアルバムを2枚買った。1枚は「闇を抜けて」という邦題が付けられているもので、海外ではすでに2009年に発表されているものであった。

 権利関係の影響で、国内での発売が遅れたらしいのだが、それ以外にも彼の個人的な理由もあるようだ。

 いささかゴシップ的で恐縮だが、スティーヴには1976年に結婚したブラジル人画家のキム・プアという人がいたのだが、2008年に離婚している。彼女は「ヴォヤージ・オブ・ジ・アカライト」をはじめ、「プリーズ・ドント・タッチ」、「スペクトラル・モーニングス」、「ディフェクター」などのアルバム・ジャケットを手がけていたのだが、最近のアルバム・ジャケットではあの独特の陰影が用いられたペインティングが見られないなあと思っていたら、そういうことだったのだ。

 ということで、「闇を抜けて」というアルバムの原題は"Out of the Tunnels Mouth"というものだが、長い長いトンネルの入り口を抜け出て、これから頑張ろうとする彼の意気込みが込められているのだろう。Photo
 内容的にも彼の特徴であるサスティーンの効いた艶のあるギター・サウンドやスパニッシュ風味のアコースティック・ギターが効果的に用いられていて、彼の持ち味がよく発揮されていると思った。
 ゲスト陣もイエスのクリス・スクワイアや、ジェネシスの元ギタリスト、アンソニー・フィリップスなどが参加している。

 そして約半年後に、彼の最新アルバムが発表された。それが「幻影の彼方」というタイトルで、前作が全8曲(国内盤は10曲)だったのに対し、今作は全13曲(国内盤は15曲)1時間以上もあるボリュームになっている。

 またこれも音楽とは直接関係ないことなのだが、アルバムに収められているブックレットの彼の顔写真を見ると、前作での険しい顔つきとはうって変わって、柔和な表情に変わっている。これはいったいどうしたことであろうか。

 答えは簡単で、彼は再婚したのである。正確にいうと3回目の結婚になるのだが、今回の相手はジョー・リーマンという人で、前作のアルバムではハケットと一緒に曲作りを行ったり、バッキング・ボーカルを担当していた女性であった。

 それで今作のアルバム「幻影の彼方」では、ジョー・ハケットという名前で、前作と同様に曲作りに参加している。またアマンダ・リーマンという女性もボーカルとギターで参加しているのだが、たぶんこの人とジョーは姉妹関係にあると思われる。
 スティーヴのオフィシャル・ホームページを見ると、昨年6月に行われた彼らの結婚式の写真が飾られていて、写真で見る限りでは若くて美しい女性だった。やはり女性の力はたいしたものである。

 だからというわけでもないだろうが、スティーヴは新しい伴侶を得て、元気バリバリとばかりにニュー・アルバムの制作を行ったのであろう。自分の今までのキャリアを回想するかのように、精魂込めて作られたことが伝わってくるものに仕上げられている。

 このアルバムの特徴は、5曲のインストゥルメンタルが収められていて、その曲がいずれも次の曲の導入的なもの(もしくは曲間がないもの)になっていることである。だから全体としては次々と曲が途切れなく聞こえてくる感じだ。さらに国内盤では2曲のライヴ曲までついているから、サービスも充実している。2
 この人のクラシック・ギターやスパニッシュ・ギターは折り紙つきで、このアルバムでも"Wanderlust"、"Till These Eyes"や"Summer's Breath"などの短い曲で味わうことができる。また"Walking to Life"のようにインド音楽風味の曲やギンギンのブルーズ・ナンバーである"Catwalk"も収められていて、彼の相変わらずの守備範囲の広さに驚いてしまう。

 全体的には穏やかな曲が多く、今の彼の心の状態を表しているかのようだ。またエレクトリックとアコースティック・ギターのバランスがよく保たれていることも素晴らしいと思う。自分の能力を過大にも過小にも評価せず、きちんと自分自身を客観的に見れている証左だろう。

 圧巻はアルバム最後の曲"Turn This Island Earth"で、いまどき珍しく11分51秒という大作である。この曲と"Prairie Angel"にはイエスのスティーヴ・ハウが曲作りに参加しているし、ベースにはクリス・スクワイア、ドラムスはサイモン・フィリップスも加わり貢献している。

 エレクトリック、アコースティックと緩急つけた展開や大仰なオーケストレーション、一旦フェイド・アウトしてまた始まるという映画音楽風な部分もあり、彼のオリジナリティが存分に表現されている。ただしポップではないので、この曲風が好きでないと最後まで聞き通すことは苦しいだろう。

 自分は彼のソロに関していうなら、やはり70年代後半からの初期3部作「プリーズ・ドント・タッチ」、「スペクトラル・モーニングス」、「ディフェクター」が屈指の名作だと思っている。特に「スペクトラル・モーニング」は彼の代表作ではないだろうか。

 今回はそれには及ばないものの、それでも彼の今の安定した状態や、作品を生み出そうとする強い気力を感じさせてくれた。これもやはり彼の新しい生活と無関係ではないだろう。スティーヴ・ハケットという人は、いろんな意味で繊細な人だということをあらためて実感させてくれたアルバムであった。

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2012年1月19日 (木)

マイロ・ザイロト

 昨年の大晦日に行われた紅白歌合戦には、ニューヨークからの録画の中で、レディ・ガガが参加して歌ってくれた。3・11の震災以降、多くの外国人ミュージシャンが放射能の影響を心配してか、来日を敬遠するなか、彼女は率先して日本の安全を身をもって証明してくれた一人だった。またそれのみならず、ツイッターを利用してリストバンドの購入を呼びかけて、経済的にも支援してくれた。

 某国民放送にも出演できるようになったレディ・ガガだが、昨年までは一部の人を除いて、あまり知られていなかった。2010年1月末のこのブログで、“時代はまだ彼女に追いついていないのかもしれない”と書いたが、約1年遅れて、やっと彼女に追いついたようだ。

 同様に、イギリスのロック・バンド、コールドプレイもここ日本でやっと認知されたようである。昨年末の12月27日、これも某国営放送で約1時間にわたってスタジオ・ライヴが放映された。しかもその某国営放送内のスタジオを使ってである。
 これも自画自賛なのだが、2008年の7月のこのブログで当時の彼らのニュー・アルバム「美しき生命」を紹介したが、アルバムの中身の素晴らしさも手伝って、そこから一気に人気があがったようだ。(というふうにしておきましょう。最近、妄想癖が激しくなってきたみたいだ)

 なぜここ日本でもコールドプレイのライヴがテレビ放映されたかというと、これまた昨年「美しき生命」に続く5枚目のアルバム「マイロ・ザイロト」が発表され、しかもその内容がまた前作以上に素晴らしかったからである。同時に、夏に日本でのライヴも行われたから、その影響もあったのだろう。

 このアルバムはトータル・アルバムである。トータル・アルバムといっても何かのストーリーがあるというわけではない。ただ、マイロとザイロトという2人が困難な状況の中で出会い、ふたりでその状況に耐え、乗り越え、そして希望を持って大きく前進していくというイメージを内包している。Photo

 それにマイロやザイロトという名前が繰り返しアルバムの中に出てくることもないし、彼らにあたる人物が描かれるということもない。しかし個々の曲は、そんなモチーフを秘めた歌詞がつけられているし、曲のメロディラインやリズムもそれに沿ったものになっている。この辺が、彼らコールドプレイのアルバム作りの素晴らしさなのだろう。

 このアルバムのテーマについてドラムス担当のウィル・チャンピオンは、次のように述べている。『もしこの作品を聴いて、ストーリーを捜し求めるのなら、それはちゃんと見つかると思うけど、それと同時に、今作はただの曲の集まりであるともいえると思う』

 そしてボーカルのクリス・マーティンもまた次のように述べている。『つまり、この2人の名前がなにか具体的に出てきたりとか、そういうことじゃないんだけど、このキャラクターを通してバンドが自らを表現していくっていう。アイディアとしては、それぞれが人生の悩みを抱えている2人が、お互いと出会うことによって、一緒に何か良いものを見つけていくってことで、(中略)それでも結果的に愛の力で前向きになっていく姿を描いているんだ』(いずれも「ロッキング・オン2011年11月号」より抜粋)

 以上のことを踏まえれば、本人たちは否定するかもしれないけれど、これは21世紀型のトータル・アルバムなのである。

 そしてまた、これまでの彼らの音楽的な集大成ともいえるだろう。前作の流れを汲むカラフルな"Charlie Brown"、"Every Teardrop is a Waterfall"、"A Hopeful Transmission"、初期のアコースティックな感覚の"Us Against the World"、"Up in Flames"、歌手でモデルのリアーナをゲストに迎えた"Princess of China"など、彼らの魅力が100%以上発揮されているアルバムでもある。

 このアルバム制作の陰の立役者はメンバー自らが“もう一人のメンバーだった”というブライアン・イーノだろう。彼はすべての絵にすべての色を使うなとか、イタリア人みたいに料理しろとアドバイスしたようで、要するに素材が引き立つように飾りすぎるなというようなことを言いたかったのだろう。

 だから前作でもこのアルバムでも、基本のポップなメロディ・ラインやリズムは尊重しつつもそれらがよりいっそう強調され、生かされるような音作りになっている。この辺は“音響空間の魔術師”と私が勝手に名づけたアンビエント・ミュージックの大家であるブライアン・イーノの本領発揮といえるだろう。ポップネスと前衛芸術が見事に止揚されているのである。

 ただ心配なのは、このあと彼らはどこに向かって行くのだろうかということである。これだけの作品を仕上げて発表したあと、何が残されたのだろうか。彼らは次に何を見つけ、どのようにして私たちに提示してくれるのだろうか。あるいは果たしてそれができるのだろうかという不安を消すことができないでいる。

 しかし、このアルバムにおける完璧な音作りの前には、その不安も杞憂に終わるのだろう。その答えこそが、このアルバム「マイロ・ザイロト」のテーマになっているからだ。

 レディ・ガガもそうであるが、コールドプレイもまた慈善活動や社会的な奉仕活動に積極的である。21世紀のミュージシャンは、英米を問わず、その音楽的な業績とは別に社会的な貢献もまた、求められているのかもしれない。(あるいは自覚的なのであろう)

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2012年1月15日 (日)

スーパーヘヴィ

 つい先日、交通事故を起してしまった。スピードを出しすぎて、車がスリップしてしまい、そのままガードレールに激突。車は大破してしまった。幸いにして自分はかすり傷だけで済んで他人を巻き込むことはなかったが、保険に入っていたといっても、修理、保障には多額のお金が必要である。しばらくは今まで以上に貧乏な生活が続くことになった。

 ただ骨折もせず、後遺症に苦しむこともなく、翌日から平常通り社会生活が送れたのだから、不幸中の幸いといってもいいかもしれない。九死に一生を得るとはまさにこのこと。だから悲しんでいいのか喜んでいいのかわからない、複雑な心境なのである。

 そんな状況をくつがえそうと、いま聞いてハマっているアルバムは「スーパーヘヴィ」である。このアルバムは昨年の秋ごろに発表されたもので、スーパーヘヴィというユニットの1stアルバムだ。

 このユニットのすごいところは、そのメンバーである。
ミック・ジャガー…68歳
ジョス・ストーン…24歳
ダミアン・マーリー…33歳
デイヴ・スチュワート…58歳
A.R.ラフマーン…45歳

 ミック・ジャガーやジョス・ストーンについては、いまさら言うまでもないだろう。ミックはご存知ストーンズのボーカリストだし、ジョスは若干16歳でEMIからデビューした天才ソウル・シンガーである。
 それ以外のダミアンはボブ・マーリーの末っ子だし、デイヴは元ユーリズミックスの片割れの方で、全英No.1ヒットの経歴もあるミュージシャン、プロデューサーである。

 日本で一番名前が知られていないのはA.R.ラフマーンであろう。彼はハリウッド映画を代表する音楽監督の一人で、2008年の作品「スラムドッグ$ミリオネア」ではアカデミー音楽賞を受賞している。またインド出身の歌手、作曲家、演奏家でもある。

 この5人がそろって奏でる音楽は、白人R&Bとレゲエ、インド音楽がクロスオーヴァーしたポップな無国籍音楽だろうか。Photo
 ブラック・ミュージックに感化された白人3人、インド人とジャマイカ人1人ずつという構成だから、基本はレゲエかもしれないが、もちろんそれだけではない。

 それぞれのミュージシャンのいいところが集まっている。白人側はR&Bとポップネスさを持ち寄り、それにインド音楽とレゲエのビートがからみ、ヒップホップ風のラップが振りかけられるという感じだ。

 だから表題曲の"Superheavy"や"Unbelievable"はレゲエ寄りだし、ファースト・シングルの"Miracle Worker"はスローなレゲエ・ビートをバックに、ジョスのボーカルにダミアンのラップが絡み、それにミックが割り込むという感じである。"Miracle Worker"というサビの部分が60年代ポップを想起させる。

 特にすごいのは4曲目の"Energy"で、このタイトル通りにミックがエネルギッシュに熱唱するのである。たぶんハープも彼自身の演奏であろうし、しかもラップまでしているのだ。あのミックがである。

 もともとローリング・ストーンズというバンド自体、黒人音楽の洗礼を浴びているし、70年代には進んでディスコ・ミュージックにも挑戦している。だからここでミックが黒人音楽のラップを奏でても不思議ではないのだが、御年68歳のミックがラッパーになったのだから、これはこれで凄すぎると思うのだが、どうだろうか。

 また"Satyameva Jayayhe"ではA.R.ラフマーンのカラーが強く出ていて、インド音楽をポップにした感じだ。タイトルのサンスクリット語をミックが歌っている。意味は“真実のみが勝利する”というものらしい。
 一転して"One Day One Night"はミック中心のスロー・バラードになっていて、酔っ払ったような調子ハズレのボーカルが逆に怖い。後半に入りジョスが掛け合いをしている。同様に、"I Don't Mind"という曲でもジョスはミックと対等に立会い歌っている。たいしたものである。

 往年のファンとして安心するのは"Never Gonna Change"、"I Can't Take It No More"ぐらいだろうか。前者はストーンズのアルバムにも入っていてもおかしくないカントリーっぽい曲でデイヴとミックによって書かれているし、後の曲はミックの作詞・作曲によるロック・ナンバーである。このアルバムの中ではロック・フィールド寄りの2曲である。

 一方でジョスが目立つ"Beautiful People"というスロー・レゲエの曲もあるし、ダミアンがリードを取る"Rock Me Gently"、A.R.ラフマーンが中心となった"Mahiya"という曲もある。基本はレゲエなのだが、多くの曲が4人もしくは5人全員で書かれているために、何度も言うように、それぞれの個性がバランスよく調和し、それが曲上に表れている。歌を歌っていないデイヴは、全体のプロデュースとギターを受け持っていて、このアルバムに貢献しているようだ。

 とにかく5人の個性がお互いを刺激しあいながら、有機的に作り上げたアルバムなのだ。確かにミックとジョスは目立っているが、だからといってミックやジョス個人のバンドではない。2_2
 アルバム解説を読むと、もともとデイヴのソロ・アルバムの企画があって、それにミックが合流する形でスタートしたらしい。そこからジョス、ダミアン、ラフマーンと声がかかり召集されたという。2009年からこの企画が始まり、完成するまでに約2年かかったのである。

 ともかくこのアルバムにはまっている。いまはこのアルバムからパワーをもらいながら生きている感じだ。早く車がよくなって、このアルバムをCDチェンジャーにのせ聞きながら、公道をぶっ飛ばすことを考えている。

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2012年1月11日 (水)

雪のための50の言葉

 ケイト・ブッシュの新作が昨年末に発表された。彼女については2008年7月のブログで述べているので、彼女のプロフィールについてはここでは繰り返さない。

 ケイト・ブッシュはアルバム制作・発表に時間をかけることで有名で、前回のアルバム「エアリアル」は実に12年ぶりに発表されたものであった。それが2005年のことだから、それからまた6年かかったことになる。ちなみに前回のアルバムは2枚組だったから、単純計算で1枚につき6年かかったことになる。もちろんケイトはそんなことを計算しているわけがないだろうけれど。1

 それで新作のアルバムのことについていうと、タイトルは「雪のための50の言葉」というもので、まさにクリスマス・シーズンや今の時期にピッタリなタイトルだった。
 タイトルの由来は、イヌイット族(エスキモーという言葉は政治的に正しくないので使用しない)には、雪を説明するのに50通りの言葉があるという伝説からきていて、このタイトルからみても、非常にロマンティックな印象を受けた。

 内容的には、ロックの衝動性や初期衝動とは全く正反対なもので、静謐的、内省的、荘厳さという言葉で表すことができると思う。2
 はっきり言って、自分にとってはある意味、良い意味で衝撃的なアルバムだった。ケイトといえば「魔物語」や「レッド・シューズ」のような、シアトリカルでエキセントリックな、ある意味視覚的にも訴えるような音作りを今まで想起させてくれていたが、ここにいたっては全く違うのである。

 このアルバムのタイトルがこのアルバムを象徴しているのであろう。テーマは“雪”なのだろう。だからこのアルバムから“血湧き肉踊る”ようなロック・ミュージックを期待してはいけないのだ。

 全7曲、約65分の内容で、前半が特に静寂の世界観で覆われていて、後半の4曲目からやっと少し活動的になってくる。そして最後の曲でまた最初に戻ったかのように静かにフェイド・アウトしていく。
 4曲目は"Wild Man"というタイトルだが、曲自体はワイルドではない。この曲のドラムはスティーヴ・ガッドが、ギターはケイトのご主人のダン・マッキントッシュが担当している。ゲスト・ボーカルには、エリック・クラプトンのバンドでギターを担当していたベテランのアンディ・フェアウェザー・ロウだ。彼は、60年代にはエーメン・コーナーというバンドでヒットを出している。

 次の曲"Snowed In at Wheeler Street"ではエルトン・ジョンとデュエットをしている。ケイトは、以前ジェフ・ベックやプリンス、クラプトンを招いてアルバム制作を行ったことがあったが、このアルバムでも自分の13歳の息子アルバートも含めて、ペンタングルのベーシスト、ダニー・トンプソンや、有名なテナー歌手、コメディアンなどを参加させている。

 面白いのは6曲目のアルバム・タイトル曲で、ここではケイトの呼びかけに応えるかのように、イギリスのコメディアンかつ文化人のスティーヴン・フライという人が50の雪を表す言葉を一つひとつ述べていっている。よく50も言葉があるなあと感心したのだが、その中のいくつかはケイトが作った造語ということだ。単調なリズミにのって50もの言葉が次々と出てくるところがユニークだった。

 個人的に一番感動的だった曲は、エルトン・ジョンとのデュエットだろう。曲もなかなかいいが、歌詞の内容も象徴的である。
「すいません、おじゃまして
でもご存じないかしら
あなたに覚えがあるの
以前お会いしませんでしたか

僕たちは永遠の恋人同士なんだ

私たちが丘の上に着いたとき
ローマが燃えているのを見たわ
私はあなたを行かせてしまった
自分自身を許せないのよ

僕は君をパリの歩道で見た
君は誰かと一緒だった
君は僕がいると気づかなかったのかな
僕はただ通りすぎただけだった
(中略)
9月11日のニューヨークで
私はあなたの写真をとった
ハート型の枠の中で
あなたの笑顔は輝いて見えるわ

私はあなたを失いたくないの
あなたを失いたくないのよ
再び失いたくないの
絶対に!」
(訳プロフェッサー・ケイ)


 魂が結ばれている“永遠の愛”や“永久の恋人”を表現しているのだろうか。というわけで、このアルバムは、多感な思春期を経験した一女性が落ち着いた家庭を背景に、新たに制作したアルバムなのである。個人の成長の証が、音楽的な変遷を伴いながら、このようなかたちで発表されるのは、日本ではあまり見られない。

 前作の「エアリエル」も全体的に落ち着いた曲で占められていて、アルバム・チャートでは2位を記録した。このアルバムも同じような、いやさらに審美的な内容になっていながら、ベスト10以内に入っていた。

 アルバム発表の間隔が長くなっても、イギリス人が彼女のことを忘れない、むしろ支持しているのは、アルバムの内容もさることながら、彼女の成長の証を楽しみに待っているという理由もあるのかもしれない。

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2012年1月 7日 (土)

ギャラガー兄弟のこと

 昨年の話なのだが、イギリスのバンド、オアシスが分裂して、というか兄弟喧嘩が発端だったのだが、兄、弟ともにアルバムを発表した。

 先に弟の方がアルバムを発表したのだが、基本的に弟の方がオアシスを受け継いだような格好になった。要するに、バンドメンバーの全員が元オアシスだったからで、お兄さんだけがバンドから脱退したからである。

 権利関係のせいだろうか、それとも過去との決別か、オアシスという名義は使用せずにビーディ・アイという名称を使ってのアルバム発表になった。喧嘩別れしても兄弟の契りは切れないということで、たぶん兄弟そろっての場合のみに、オアシスという名前を使うのだろう。

 それで弟のアルバム「ディファレント・ギア、スティル・スピーディング」は待望のアルバムだった。彼らのファンとしては、かなり待たされたという感じがするのではないだろうか。出る出るといってなかなか発売されなかったからだ。逆にいえば、それだけ期待が高かったといえるだろう。Photo
 それで内容は待たされた甲斐あってか素晴らしく、まさにオアシスの血統を継ぐようなものに仕上がっている。"Four Letter Word"のロックン・ロールぶりや"Millionaire"のビートルズ~オアシス譲りのメロディライン、ノエル・ギャラガーの信奉するジョン・レノンを髣髴させる"The Roller"など、どの曲も輝く魅力を放っているようだった。

 全体的にこのアルバムはロックン・ロールの輝きに満ちていて、ライブ感もよく表れている。プロデューサーにスティーヴ・リリーホワイトが参加していることもその所以なのだろうか。"Bring the Light"なんかはリアムのロックン・ローラーの資質がよく表れていると思う。

 一方、兄ノエルのアルバム「ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ」は、中期ビートルズを想起させるつくりになっている。疾走感のあるロックン・ロールというよりは、ミディアム・テンポが目立つ楽曲が多く、聞かせるような感じだ。

 1曲目の"Everybody's on the Run"からコーラスや分厚いストリングスがかぶさってきて、壮大な雰囲気を醸し出している。Photo_2
 続くオアシスの「ディグ・アウト・ユア・ソウル」時期に作られた"Dream on"もオアシス的なメロディとテンポをもっていて、曲の展開や盛り上げ方が見事である。またアコースティック・ギターから始まる"If I Had a Gun..."、このアルバムの中ではリズミカルでアップテンポな"AKA...What a Life!"、"AKA...Broken Arrow"など聞きどころは満載である。

 ちなみに"Stop the Clocks"はオアシスのベスト・アルバムのタイトルにもなった曲で、わりと古くからの曲らしく、オアシス時代では歌わせてもらえなかったと弟ノエルが憤っていたようなことを雑誌で読んだことがあるが、アルバムの最後を飾るにふさわしい曲には違いない。(日本盤ではボーナス・トラックが2曲収められている)

 それで第三者として興味が尽きないのは、この兄弟対決であるが、セールス的には兄の勝利に終わったようだ。「ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ」はチャートのNo.1になったが、ビーディ・アイの「ディファレント・ギア、スティル・スピーディング」は3位に留まった。当時はアデルの「21」、「19」が大ヒット中だったから、そういう意味ではタイミングが悪かったのかもしれない。

 また2011年のデビュー・アルバム!の売り上げチャートでも、3位が兄ノエル、6位に弟リアムのバンドのアルバムになっていて、ここでも兄の勝利に終わっている。イギリス人は、兄のようなミディアム調の曲の方が好みに合うのだろうか。それともオアシス・ファンも年齢が上がっているから、テンポの速い曲よりもゆったりとした曲の方が聞きやすいのだろうか。

 いずれにしてもこの兄弟、今後も目が離せないだろう。このままいけば兄弟それぞれがアルバムを発表していくだろうし、“血は水より濃い”ことを考えれば、いずれまたオアシスが復活することもあながち的外れではないだろう。問題はその時期である。

 この2枚のデビュー・アルバムを考えた場合に、はやりオアシスは偉大だったといわずにはいられない。この両アルバムがもし合体していたなら、もっと強力なアルバムに仕上がっていたからだ。そんなことを考えながら、しばらくはこの兄弟のそれぞれのアルバムを待つことにしようと思っている。

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2012年1月 3日 (火)

イヤー・オブ・ザ・ドラゴン

 今年は「辰年」ということだ。十二支の中で唯一の想像上の動物である。なぜ想像上の辰だけ十二支のなかに加えられたのか、よくは知らないのだが、たぶん古代中国では、目には見えなくても、風水などで生活上、身近な存在だったのだろう。

 “ドラゴン”といえば、ことわざなどでもよく使われている。「竜頭蛇尾」や「画竜点睛を欠く」などは何となくマイナスか失敗しそうなイメージだし、「登竜門」、「竜驤虎視」などは何となくカッコいいイメージがある。

 ロック・ミュージックのアルバム・ジャケットでも“ドラゴン”を使用したものは、何となく多いような気がする。

 例えば、ジェファーソン・スターシップの「スピットファイヤー」である。ジャケットは日本を代表するイラストレイターの長岡秀星が手がけているから、いかにも東洋を感じさせる伝統的なドラゴンになっている。Photo_7
 このアルバムは1976年に発表されていて、ジェファーソン・エアプレインからジェファーソン・スターシップという名前に変わっての3枚目のアルバムだったと思う。マーティン・バリンとグレイス・スリックのツイン・ボーカルが素晴らしいのだが、この頃の彼らは、まだまだロック・スピリットを感じさせてくれていた。

 次に有名なのはエイジアのデビュー・アルバムだろう。このアルバムは1982年に発表されている。手がけたのはイエスのアルバム・ジャケットで有名なロジャー・ディーンである。2_4  このアルバムはとにかくポップだったのには驚かされた。しかも一世を風靡したプログレ界の職人的ミュージシャンが4分~5分の高機能ポップ・プログレッシヴ・ロックを演奏していることにもビックリだった。世界的に売れたのも当然のことだったのかもしれない。

 さらにはイングウェイ・マルムスティーンの「トリロジー」は1986年の作品。これも聞きやすくなったイングウェイのアルバムだった。この頃の彼の日本での人気はかなり高くて、リッチー・ブラックモアの再来、もしくはリッチー以上と称えられたものだった。
 このアルバム・ジャケットに描かれている姿は、西洋の伝統的なドラゴンの姿に近いものがある。3_2

 時期的には70年代になるのだが、1976年のT・レックスの「銀河系からの使者」にもドラゴンが描かれていて、こちらも西洋的な姿に描かれている。
 このアルバムはそれまでのグラム・ロックから変化していて、ブラック・ミュージックからの影響を感じさせるものになっている。マーク・ボランは当時黒人女性と付き合っていたから、その影響もあったのだろう。4
 そして最後に紹介するのはジョン・ウェットンのアルバム、その名の通りの「チェイシング・ザ・ドラゴン」である。1994年の日本でのライヴをCD化したもので、その当時までの彼のソロ・キャリアを集大成したような内容になっている。5
 特にエイジア時代の"Heat of the Moment"などは、ジョン・ウェットン・ファンなら感涙もののアコースティック・バージョンになっている。何しろ彼自身のキャリアが、“生きるブリティッシュ・ロック”ともいうべきものだから、キング・クリムゾンから始まり、エイジア、UK、ソロ・アルバムからの曲と、有名曲のオン・パレードになっている。

 というわけで、辰年にちなんでドラゴンのアルバム・ジャケットを集めてみた。他にも探せば、まだまだあると思うのだが、きりがないのでこの辺でやめておく。

 ともかく“昇り竜”という言葉もあるくらいに、このブログを読んでいる人にとって、もちろん自分自身にとっても、今年がいい年になることを願っている。

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