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2012年2月

2012年2月28日 (火)

トランスアトランティック(3)

 自分は現代のプログレッシヴ・ロック・バンド三羽烏は、イギリスのポーキュパイン・ツリー、スェーデンのザ・フラワー・キングス、そして英米瑞の混合バンドであるトランスアトランティックだと思っている。いずれも日本ではカルト的な人気は誇っているが、まだまだメジャー級とは言い難いバンドでもある。

 それで今回はそのうちのトランスアトランティックの3回目、3枚目のスタジオ・アルバムについて紹介したいと思っている。
 前回も述べたが2001年に2枚目のアルバム「ブリッジ・アクロス・フォーエヴァー」を発表したあと、彼らは活動停止をしてしまう。理由はメンバーのうちのニール・モーズがスポックス・ビアードを脱退して、音楽ビジネスから引退したからだった。

 その引退の理由というのが、宗教上の理由というもので、普通、バンドを脱退する理由は人間関係の破綻とか、音楽的見解の相違とか、そういうもので脱退するのだが、宗教上の理由でバンドを辞めるというのは、いまだかつて聞いたことがなかった。

 日本人はクリスマスを祝い、お正月は神社に行き、お葬式は仏式でという、宗教的無節操が普通になっているが、やはり外国の人は、その点、厳格なのであろう。歴史的にみても、宗教上の違いで暴動や戦争まで起こっているのだから。

 ニールはボーン・アゲイン・クリスチャンに改宗した。自分はキリスト教については詳しくないのでよくわからないのだが、キリスト教右派というか原理主義に近いものだと思う。あのジョージ・W・ブッシュ(息子の方)も30歳代に同派に改宗しているという。

 それで一時は音楽業界から足を洗おうとしたらしいのだが、周りの勧めもあったのか、自分の宗教的信念や告白をもとにしたソロ・アルバムを発表することで、自分の信念や立場を表明できるようになった。それで結局は再び音楽業界に戻ってくることができたのだが、これもまた宗教的カタルシス、浄化の結果なのだろうか。

 もう再びトランスアトランティックのアルバムを耳にすることはないだろうと誰もが思い、彼らの名前も忘れ去られようとしていた矢先に、彼らは、2009年唐突に8年ぶりのスタジオ・アルバムを発表したのである。

 しかもこのアルバム、全1曲77分56秒というCDの限界までに挑戦したようなボリュームと、前作でもみられた組曲の中にさらに前後の曲のフレーズを導入するという入れ子構造の楽曲に再挑戦していたのだ。

 アルバム・タイトルは「旋風」といい、全1曲が12のパートに分かれていて、手を変え品を変え、同じフレーズやテーマが顔を出しながら、さらにそれらが装飾されて再提示されるという複雑な構成になっている。3
 それでも全体を通して言えることは、他のアルバムと同じように時間を感じさせないということだ。プログレ好きな人なら、あっという間にアルバム1枚を聞き通してしまうだろう。
 さらには複雑な構成を感じさせないということも言えるだろう。上記にあるように、同じフレーズやリフなどがところどころ顔をのぞかせるのだが、それらがまたポップなメロディでできているから、全然複雑さを感じさせない、むしろ聞きやすい部分がほとんどなのである。

 またアルバム・ジャケットには大型台風のようなものがすべてを飲み込み、巻き込むように描かれているが、彼らの音楽もまた同様にファンタジックな一大叙事詩のように、聴く者を虜にし、魅了させてくれるのである。

 アルバムはSEを含んだa)Overture/Whirlwindから始まる。ストリングスつきのメインのフレーズが繰り返され、それにギター、オルガン、シンセが絡みつくという構図だ。前作からの特長だが、一人ひとりのパートがハッキリしていて、同時にバランスがいい。曲に無理矢理さが無くて、自然に流れていく。またこの部分だけで10分近くある。彼らのアルバム制作についての感覚はどういったものなのだろうか。一度聞いてみたいものだ。

 b)The Wind Blew Them Awayは一転してマイナー調のハード・ロックか、ロイネのギターがメロディアスで、例えて言うなら、ピンク・フロイドの「狂気」の中の"Time"に近い感覚である。エンディングにはストリングス付きのメイン・テーマが繰り返されている。
 c)On the Prowlではピートのベースが曲をリードする。それを基調にギターやキーボード、それに指のスナップ音までもが加えられ、曲としての体裁を整えていっている。ロイネのギターもかなりハードで、b)とは対照的だ。

 シアトリカルな効果を狙ったようなd)A Man Can Feelでは、ロイネのボーカルがピーター・ガブリエルのような演出をしていて、「眩惑のブロードウェイ」のような感じがする。ただバック・コーラスはあくまでも聞きやすくポップなのである。後半はニールのキーボードやマイクのドラムスも目立っていて、ドリーム・シアター的でもある。

 e)Out of the Nightは、これはもうシングル・カットできそうなくらいのフレーズが詰め込まれた曲で、たぶんニールが中心となって作られたものだろう。ただギターの音はイエスに近いものがある。後半にはまたメインのフレーズが登場するが、不自然さを全く感じさせない。
 そしてf)Rose Colored Glassesに至ると、スロー・テンポになり、美しいメロディやコーラスも登場して、前半の山場といった感じがする。途中でメイン・フレーズが、ロイネのハードで叙情的なギターの音と交互に登場して、曲を盛り上げていく。自分はここまで聞いて、もう充分至福のひと時を味わった。普通のバンドならここら辺で切り上げているはずだ。

 後半はg)Evermoreから始まる。ニールのピアノにマイクのドラミング、ピートのベース、ロイネのギターが絡みつき、ピッチの高いジャジーな展開が続いていく。ただこの曲は4分少々と短く、すぐにh)Set Us Freeへと続いている。この曲は少々テンポは落ちるもののメロディアス・ハードといった雰囲気である。非常にレベルの高い高機能ポップ・ソングのようだ。

 曲のイントロやエンディング、曲間にさりげなくメイン・フレーズが挿入されるところが、トランスアトランティックのトランスアトランティックたる所以であろう。
 i)Lay Down Your Lifeはおどろおどろした雰囲気を醸し出していて、この辺はマイク・ポートノイのいたドリーム・シアター系のメタル・バンドの音に近い気がする。

 続くj)Pieces of Heavenは、このアルバムで唯一のインストゥルメンタルである。後半のこの部分にインスト曲を配置するセンスは見事で、78分もあれば途中ダレルのが普通だが、彼らはこういうふうに変化をつけることで、緊張感を保とうとしているのであろう。実際、曲も2分少々ときわめて短く、ここからエンディングに向うことを提示しているのであろう。

 そしてk)Is It Really Happening?はSEを交えてのイントロからスローなメイン・フレーズ、さらには呪術的な同一語句を反復することで、嵐の前の静けさ的な効果を出している。自分は、ピンク・フロイドの「ザ・ウォール」の中にある"Waiting for the Worms"を思い出してしまった。
 8分程度の曲の後半4分では、テンポも急ピッチにあがり、ハードに変化している。この辺の緊迫感は聴く者を圧倒するにちがいない。

 最後を飾るのがl)Dancing with Eternal Glory/Whirleind(Reprise)で、ニールの美しいピアノ・ソロ&ボーカルで叙情的に始まり、ロイネの切々とした泣きの?ギター&ストリングスがかぶさるところから、クライマックスを迎えるのである。そして8分前からお約束というか、決まりごとというか、メイン・フレーズを含む1曲目の歌詞が反復されてゆく。最後には渦に巻き込まれた帆船のように、長い航海は、終りを迎えるのである。

 なおこのアルバムのスペシャル・エディションは2枚組になっていて、ディスク2は、オリジナル4曲とカバー4曲、計8曲56分30秒という内容である。このアルバム制作時のアウトテイクスなのだろう。1曲1曲が独立していて、10分近い長さにもかかわらず超ポップで硬質なメロディアス・ロック"Spinning"、ミディアム調でややルーズな"Lenny Johnson"、アコースティック・サウンドを基本とする"For Such a Time"、彼ら本来の持ち味が発揮される"Lending a Hand"など、シンフォニックな音作りだけではない別の側面をのぞかせてくれる。

 一方でカバー曲は、ジェネシスの"The Return of The Giant Hogweed"、プロコル・ハルムの"A Salty Dog"、アメリカとビートルズの同名異曲を合体させた"I Need You"、サンタナの"Soul Sacrifice"の4曲。アメリカとビートルズ(正確にはジョージ・ハリソン)の"I Need You"を合体させるというアイデアには驚いたし、聞いていても違和感もなく、思わずニヤリとしてしまった。
 この4曲にはメンバーそれぞれの趣味性が表れているのであろう。どの曲に誰の気持ちが表れているか推測してみるのも面白いだろう。

 というわけで曲も長い分、ブログの文章自体も長くなってしまった。でも21世紀の今の時代に、70年代のプログレ黄金期の遺産を拡大再生産し、単なるノスタルジアだけでなく、新たな方法論を確立しようとする彼らの意欲については、それなりに評価されてもいいのではないかと思っている。
 自分は個人的な趣味だけからではなくて、彼らの音楽がもう少し正当に評価され、支持されることを願っているのだった。
(To Be Continued...)

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2012年2月24日 (金)

トランスアトランティック(2)

 1stアルバムが世界中で大絶賛された(と自分で勝手に思い込んでいるのだが)トランスアトランティックの4人は、翌年の2001年に早くも2枚目のアルバム「ブリッジ・アクロス・フォーエヴァー」を発表した。

 このアルバムの特長は、前作と比べて曲自体にオリジナリティが出てきたこと、曲にまとまりが出てきたことなどがあげられるだろう。

 たとえば前作のニールが中心となって作られた曲、“All of the Above”はスポックス・ビアードの曲っぽいし、ロイネが中心の曲“My New World”は、ザ・フラワー・キングスのアルバムの中に収められていてもおかしくないものだった。

 ところが今作では、確かに誰かが曲のモチーフやメインになるフレーズを持ち込んだのだろうが、4人の共同作業のせいか、個人が特定されるような、いかにもという曲は聞かれず、まさにトランスアトランティック的な音楽が展開されているのである。

 セカンド・アルバムは全4曲。前作にあったような30分を越える曲はないが、26分33秒や25分34秒という曲は普通にあるし、13分20秒の組曲や最短で5分01秒といった曲も収められている。
2

 
1曲目の“Duel with the Devil”は5部形式で、Ⅰ.Motherless Childrenでの、いきなりのチェロの厳かな調べがこの曲自体のファンファーレなのであろう。続いて徐々に曲のメイン・テーマが表れてくるのだが、このフレーズがまさにビートルズ的というか、ハードなスーパートランプ的とでもいうべきか、とにかく覚えやすいサビを持ったフレーズなのである。


 続くⅡ.Walk Awayはイエスのようなアコースティック感覚とエレクトリック感覚が絶妙にブレンドされていて、70年代のプログレ・バンドの曲のようだ。このⅡからⅢに移る間奏がまた素晴らしく、ニールのテクニカルなハモンド・オルガンとそれを支えるマイク・ポートノイのドラミングがまさに職人技といった感じがある。
 さらにロイネのグニャグニャとしたギター・ソロの不意をつくかのように、いきなりサックスの咆哮が始まるのである。この辺の劇的な展開はクリムゾン的だと思った。すでにⅢ.Silence of the Nightは始まっていたのだ。

 サックスが鳴り終ると同時にアルバムは、Ⅳ.You're Not Aloneが続くのだが、クライマックスに向うかのようにテンポが上がり、途中でⅠ.Motherless Childrenの歌詞の一部が顔をのぞかし、そして最終章のⅤ.Almost Homeへと突入していく。まさにエンディングにふさわしく、ⅢやⅠの歌詞が繰り返されながら曲はフィナーレを迎えるのである。ただひとつだけ難癖をつけるとすれば、エンディングがくどいというところだろうか。

 2曲目の“Suite Charlotte Pike”も5部形式の曲で、1曲目とは違って、ジャム・セッションのような、かなりラフな感じがから入っていく。ロイネのギターが弾んでいて、けっこうダイナミックなロック・ミュージックだ。そしてメインになるメロディはポップであり、例えていうなら「アビー・ロード」制作時に、ビートルズがセッションしたらこうなりましたよという感じなのである。

 この辺を聞くと、確かに彼らの音楽性は1作目とは変わってきたといえるだろう。1作目もポップな部分はあったものの、ここまではっきりと提示されてはいなかった。

 Ⅰ.If She Runsはこのような感じなのだが
、Ⅱ.Mr. Wonderfulになると、ピアノを基調にしたロッカ・バラードみたいになり、Ⅲ.Lost and Found Part1ではピアノを基本にしつつも、ハードな面を前面に押し出してくる。途中に入るロイネのギターが刺激的でもあるが、すぐにⅣ.Temple of the Godsに移ってしまい、もう少し彼のギター・ソロを味わいたい気になってしまう。

 また曲の後半のロイネとニールの掛け合いとバック・コーラスもまたビートルズ的なのだ。こういう複雑な曲をいとも簡単に聞かせてしまう彼らの実力に脱帽してしまった。

 面白いのは最後のパートⅤで、ここでは1曲目の“Motherless Children”と2曲目の“If She Runs”が繰り返されていて、ぼんやり聞いてしまうと、まるで1曲目がそのまま続いているような錯覚に陥ってしまうのである。たぶんこの曲の半分はビートルズに捧げたオマージュなのだろう。残り半分はプログレッシヴ・ロックの新しい提示なのかもしれない。

 3曲目は大作のあとのお口直しというところか。このアルバムのタイトルである“Bridge Across Forever”であるが、エレクトリック・ピアノ1台でニールが切々と歌っているのが印象的だ。高音になると声がハスキーになるところが人によっては魅力的だと思うかもしれないし、逆に歌唱力不足だと思うかもしれない。ただ曲自体は隠れた名曲だと思う。

 そして最後の曲が“Stranger in Your Soul”である。これは1曲目の弦楽4重奏とほとんど同じメロディで始まり、それがフェイド・アウトしたあとの激しいドラミングが続く。さらにリズミカルなリフを奏でるハモンド・オルガンが演奏され、エレクトリック・ギターがフレーズを重ねていく。Ⅰ.Sleeping Wide Awakeでも最初はニールとロイネのボーカルを交互に聞くことができる。ライヴで見てみたい光景でもある。

 一転してⅡ.Hanging in the Balanceではギターがヘヴィ・ロック風に鳴り、スライド・ギターまで飛び出してきて、ハードでメタリックな曲調になる。この辺はドリーム・シアター的なのか。この曲でもⅠの歌詞が表れてきて、リスナーに組曲であるということを訴えてくるかのようだ。さらにⅢでは2曲目のLost and FoundのPart2までもが顔を出してくる。だからここはビートルズ風なのだ。また途中でフルートまで演奏されている。このフルーティストはゲスト・ミュージシャンだそうだ。

 Ⅲの後半がハードな展開だったのに対して、Ⅳ.Awakening the Strangerでは静寂が支配し、その中でピアノを背景にしたニールのボーカルが曲の透明感を際立たせてくれる。そしてこの曲の後半に奏でられるストリングスこそが1曲目や4曲目のオープニングで使用されたものと同じメロディ・ラインなのである。

 そしてストリングスが終わると、いよいよ曲の後半、徐々にクライマックスに近づくのである。Ⅴ.Slideではややジャジーな雰囲気なのだが、それは世を忍ぶ仮の姿、マイクの轟くようなドラミングをきっかけにして、ベースのピートも珍しく自己主張を始め、Ⅵ.Stranger in Your Soulへと突入していく。ここでもⅠ
の歌詞が繰り返され、曲全体の統一感を醸し出している。

 そして徐々に沈静化して最後は壮大なキーボード類をバックにドラマティックなフィナーレへと終結していくのである。そしてこの曲のエンディングは彼らにしては珍しく、あっさりとしていて切れがいい。

 ただ約2分後にはジャム・セッションの断片のようなヒドゥン・トラックが忍ばされていて、結局は30分の曲になっている。(あるいは無理やり30分にしたのかも…)

 とにかくこのアルバムは、前作よりも充実していて、聞きやすくかつ聞き応え充分という不思議なものに仕上げられている。また1曲目のフレーズが2曲目で、2曲目のフレーズが4曲目で使用されたり、同じメロディ・ラインのストリングスが繰り返されたりと、アルバム全体が1枚のトータル・アルバムのような仕掛けになっていて、この辺は進化したトランスアトランティックという感じがする。そしてこの進化は、次のアルバムで大きく飛躍するのであった。
(To Be Continued…)

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2012年2月20日 (月)

第54回グラミー賞

 今年の冬は元気に過ごしていたのに、2月に入って寒暖の差が大きいせいか、ついに風邪をひいてしまった。若い頃は風邪をひくこともなく、またひいても2日くらいで治っていたのに、年をとると代謝が鈍くなり、治りにくくなるのだろう。熱も38.4℃まで上がってしまった。

 それでしかたなく一日家でゴロゴロしていて、第54回グラミー賞を録画していたのでゆっくりと鑑賞した。
 今年のグラミー賞はポピュラー部門ではアデルが、ロック部門ではフー・ファイターズが独占状態だった。また活躍中のアデルとグラミー賞の前日に亡くなったホイットニー・ヒューストンは対照的だったような気がした。生者と死者とその置かれた立場は正反対なのに、彼女たちの人気と実力は変わらないからだ。

 昨年のグラミー賞はボブ・ディラン、ミック・ジャガーやレディ・ガガなど自分のフェイヴァレットなミュージシャンが出演していたので、見ていてもワクワクしたのだが、今年はちょっと出演者の年齢層が高くて、また自分の好みでない人が多くて、個人的には昨年より見劣りしていたように感じた。

 受賞式はブルース・スプリングスティーン&E・ストリート・バンドで幕を開ける。クラレンス・クレモンズがいないのが淋しい。またニルス・ロフグレンがいたのかどうなのかよくわからなかった。ギターを弾いていたのはスティーヴ・ヴァン・ザンドとパティ・スキャルファ(と、もちろんボス)だったような気がした。

 出演者の年齢層が高かったというのは、ひとつは御年70歳になられるサー・ポール・マッカートニーである。最近、1940年代~50年代のスタンダードをカバーしたアルバム「キッシズ・オン・ザ・ボトムズ」を発表したので、そこから数曲披露した。ロッド・スチュワートではないが、年取ったミュージシャンは原点回帰をするのだろうか。あるいは今歌える声域にあわせた楽曲集を作ろうとするのだろうか。

 またビーチ・ボーイズが結成50周年記念ということで、再結成して"Good Vibration"を歌った。よく考えたらブライアン・ウィルソンもポールと同じ70歳だった。でもポールは新しい伴侶を見つけたし、ステージ上の足取りも軽く、彼の方が若々しい気がした。
 でも生きているブライアン・ウィルソンを間近に見れて、うれしかった。一時はあちらの世界に行っていて、戻ってこれないのではないかとまで言われていたからだ。このバンドもメンバー間の確執や人間関係などで大変だったのだろう。まさに人生の光と影である。Photo

 そして子どもの頃にラジオからよく彼の名前や曲が流れていたのが、グレン・キャンベルである。今年で76歳になるが、アルツハイマー病を患っていて、まもなく引退するという。カントリー歌手なので、全然ロックではないのだが、よく知っている名前だったので懐かしかった。Photo_2

 進行中に何度もホイットニー・ヒューストンを悼むスピーチがあったのだが、個人的にはホイットニーよりもフィービー・スノウやアンドリュー・ゴールド、バート・ヤンシュにゲイリー・ムーアが亡くなったと知って、ショックだった。またスタッフのギタリスト、コーネル・デュプリーも昨年亡くなっている。

 特にアンドリュー・ゴールドの曲"Lonely Boy"には何度も慰められた思い出があるので、彼が昨年の5月に59歳で亡くなったことを知って、驚くと同時に衝撃を受けたのである。彼についてはこのブログで既に述べているので、詳細は省くが、腎臓ガンで闘病中だったらしい。睡眠中に心臓疾患でなくなったようだ。心からご冥福を祈りたい。1

 式の最後はポールが、自分のバンドとともにピアノを弾きながらビートルズのアルバム「アビー・ロード」からの曲、"Golden Slumber"~"Carry That Weight"~"The End"を演奏して締めくくった。このときのギター・ソロは、ポールとバンドのギタリスト、それにブルース・スプリングスティーン、スティーヴ・ウォルッシュ、フー・ファイターズのデイヴ・グロールが交互にリードを取っていた。やはりスティーヴ・ウォルッシュは上手なギタリストだとあらためて実感したし、70歳にしてはポールの声は頑張っていたと思う。Photo_3
 最後に主な賞とその受賞者を載せて終りにしたいと思う。来年はどんなミュージシャンがパフォーマンスをするのか、いまのうちから楽しみにしている。

・年間最優秀アルバム、年間最優秀レコード賞、年間最優秀楽曲賞、最優秀ポップ・ソロ・パフォーマンス賞、最優秀ポップ・ボーカル・アルバム賞、最優秀短編ミュージック・ビデオ賞…アデル

・最優秀ロック・パフォーマンス賞、最優秀ハード・ロック/メタル・パフォーマンス賞、最優秀ロック・ソング賞、最優秀ロック・アルバム賞、最優秀長編ミュージックビデオ賞…フー・ファイターズ

・最優秀新人賞…ボン・イヴェール

・最優秀カントリー・ソロ・パフォーマンス賞、最優秀カントリー・ソング賞…テイラー・スウィフト

2012

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2012年2月17日 (金)

ドラゴン・タトゥーの女

 久しぶりに映画を見に行った。それが今話題の(と個人的には思っている)「ドラゴン・タトゥーの女」だった。

 この映画の原作は、本国スェーデンをはじめ、世界中で800万部以上も売り上げたというベストセラーを記録した「ミレニアム三部作」の第一部にあたるもので、スェーデンでは2009年に映画が制作されている。

 だからこの映画は、正確にいえば、アメリカでリメイクされたものなのだが、原作だけでなく映画の評判も上々だという。Photo

 率直な自分の感想といえば、箇条書きにすると次のようなものである。

①“ミレニアム”という名称は主人公が勤務している出版社の名前であった。自分は秘密結社か登場人物のコードネームみたいなものかと思っていた。

②登場人物の名前がよく似ていて、人間関係を把握するのに困った。だから名前よりも顔を見て覚えるようにした。

③+15指定の映画で、確かにそういうシーンは数ヶ所あった。でも“ソウ”シリーズに比べれば、サディスティックなシーンや目を覆うようなカットは少なかったし、大したことはなかった。猫の死骸はちょっとリアルだったけれども…。また、ボカシが入れられるところもあった。

④この映画の主人公はダニエル・クレイグ演じるジャーナリストではなくて、映画のタイトル通り、背中にドラゴンの刺青をした女性である。最初はダニエルがメインになっているので、ちょっと戸惑った。

⑤主人公の女性(リスベットという名前)は、発達障がいのある女性である。たぶん高機能自閉症であろう。知能的にはすこぶる高く、パソコンの操作に優れ、ハッキングなどはお手のものである。対人関係やコミュニケーションの質的障がいは見られるが、大型バイクも軽々と乗りこなせるし、記憶力や推理力も常人以上である。2

 要するに、約40年前以上に失踪した(あるいは殺害された?)妹を探す、あるいは真相を探ることを請け負った主人公たちが、様々な証言や証拠をもとに真実をさぐっていくという映画である。

 その過程でジャーナリストとドラゴン・タトゥーの女が協力していくのだが、ストーリー展開としては中の上という感じだった。面白いといえば面白いのだが、大どんでん返しまではいかないし、何となく犯人も途中で絞られてしまう。また、ジャーナリストが捕らえられて、あわやというときにドラゴン・タトゥーの女が助けに来るのが、ちょっと白々しかった。

 普通の秘密の地下室であれば、犯罪行為中に他人が入られないように、ドアはオートロックになっていると思うのだが、どうだろうか。家のカギが空いていたとしても、地下室のドアにはカギがかかるようにしていると思う。だからグッドタイミングで救出に来たというのは出来すぎであろう。

 また、ドラゴン・タトゥーの女ことリスベットの雰囲気は、邦画「デス・ノート」に登場するLのような感じだ。さすがにチョコレートを食べたりはしないのだが、暗い性格や天才的な能力を秘めている点、あまり社交的でないところなどはよく似ていると思った。何かが傑出して優れているということは、何かが欠けているということなのだろう。

 全体的には、平均点よりもやや上という映画だった。絶対に見ないとついていけないというものでもないし、見たからといって自分の中で何かが変わるということもなかった。ただ、主人公の女性の心の変化を上手に演出しているところはよかったと思う。

 ロック・ミュージック的には、オープニングにレッド・ゼッペリンの"Immigrant Song"が使われていたし、後半の主人公が拷問にあうところで、場面と正反対なエンヤの曲が使われていたのが印象的だった。("Immigrant Song"はヤー・ヤー・ヤーズの美人ボーカリストのカレンOが歌っている)
 この映画の音楽はナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーが担当しているが、そういえば映画のワン・シーンにNINのTシャツを着た人が出ていた。またエンディングの曲はブライアン・フェリーの曲だったように思うのだが、よくわからなかった。

 とにかく三部作ということだから、第二作、第三作と映画化されることが決まっているのだろう。時間とお金の余裕があれば、見に行ってもいいだろうし、暇がなければDVDが出るまで待ってもいいだろう。半年待てば、店頭に並ぶのだから。

 この原作者のスティーグ・ラーソンという人は、2004年に心筋梗塞で亡くなっているから、彼はこの大ヒットを知ることもなく、この世を去ったことになる。最初で最後の小説がベストセラーになったというのも何かしらの因縁があるのかもしれない。

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2012年2月16日 (木)

トランスアトランティック(1)

 さて冬のプログレッシヴ・ロック特集も佳境にさしかかってきた。今回紹介するバンドは、以前から紹介したかったバンドで、現在の音楽シーンの中で最高峰といってもいいほどの超大型スーパー・プログレッシヴ・ロック・バンドなのである。

 そのバンドこそ、現代のプログレッシヴ・ロック・シーンを牽引するバンドのひとつであるトランスアトランティックなのだ。

 トランスアトランティックは現代のプログレッシヴ・ロック界を代表するスーパー・バンドだ。この“大西洋を越えて”という名前の通り、欧州や北米のプログレ・バンドのメンバーが参加している。そのメンバーは次の通りである。

【北米】
ニール・モーズ…リード・ボーカル&キーボード
マイク・ポートノイ…ドラムス&ボーカル
【欧州】
ロイネ・ストルト…ギター&メロトロン、ボーカル
ピート・トレワヴァス…ベース&ベース・ペダル、ボーカル

 この4人組なのだが、ニールはスポックス・ビアードの元メンバー、マイクはドリーム・シアターの元メンバー、ロイネはスェーデンのザ・フラワー・キングスのリーダー、ピートもマリリオンの現メンバーである。
 だからこの4人のバンドは恒久的活動を続けるバンドではなく、一時的なプロジェクトあるいはセッション活動みたいなものだった。

 ところが1999年制作、2000年に発表された彼らの1stアルバム「SMPTE」(これは彼らの名前の頭文字と“米国映画テレビ技術者協会”の頭文字を掛けたものだが、自分にはそれがどういう意義があるのかよくわからない)が世界中で絶賛されたため、途中ブランクを挟みながらも活動を継続していて、今に至っている。Photo

 まず1stアルバムであるが、全5曲77分14秒で、1曲目の"All of the Above"から30分59秒もある大作である。6部の組曲形式でⅰ)Full Moon Risingで曲のテーマが提示され、ⅱ)October Windsで一旦落ち着きながらも急に走り出し ⅲ)Camouflaged in Blueで再びスローに戻るという緩急自在の展開に感動してしまう。またメロディアスで非常に聞きやすいし、難解なところは微塵もない。途中で挿入されるギターやキーボードの調べもまた効果的でつぼを得ているといえよう。

 普通ならアナクロニズム、時代錯誤で片付けられてしまうのだが、リズムにキレがあり、ギターやキーボードの使い方が斬新で、思わず耳を傾けてしまった。

 曲はその後も、美しいメロディを含んでいるⅳ)Half Alive、アコースティック・ギターで始まり、徐々に盛り上がっていくⅴ)Undying Love、メイン・フレーズが再登場し、ストリングスまで配されて大団円を結ぶⅵ)Full Moon Rising(Reprise)と続いている。

 基本的にはイエスのような構築美プログレッシヴ・ロックに近いのだが、驚くべきことは決してテクニック至上主義ではなくて、メロディや曲のモチーフ等を大事にしているところである。

 2曲目はニールの曲"We All Need Some Light"で、これは5分45秒と彼らとしては短い曲。リフレインが哀しく聞こえるバラードでもある。リード・ボーカルはニール自身で、どことなく深みの少ないジョン・ウェットンのようにも聞こえる。滑らかなアコースティック・ギター・ソロが哀愁をかきたててくれる。

 続いて6分52秒の"Mystery Train"が始まるのだが、リズムやリフが変わっていて耳に残る。トランスアトランティック流のハード・ロックなのかもしれない。彼らも楽しみながら演奏しているのが伝わってくる曲だ。この2曲目、3曲目などはシングル・カットされてもおかしくない曲でもある。

 チェロのような弦楽器とストリングスで始まるのが"My New World"。ちょっと仰々しい感じがするオープニングなのだが、その後の劇的展開を予想させる雰囲気には満ちている。
 曲はマイネ・ストルトがメインで作ったもので、リード・ボーカルも彼自身である。16分16秒という長い曲だが、そんなに長さを感じさせない。それは“My New World was spinning me around, And that was all that could be”というフレーズがポップ・ソングのサビみたいに聞こえてくるからだろう。
 またこの曲も、“動-静-動”という展開で一息に聞かせてくれる。途中のハモンド・オルガン・ソロがリック・ウェイクマン的でもあるが、最後の盛り上げ方がやや形式的といえば、形式的かもしれない。

 最後の曲は、なんとプロコル・ハルムのカバー曲で、彼らの2ndアルバム「月の光」の中の"In Held('Twas)In I"をほぼ原曲に忠実に演奏している。自分はオリジナルを数回しか聞いていなくて、すぐには思い出せなかったが、こうしてカバー曲を聞いていると、何となくこんな感じだったかなあという気もしてきた。

 でもトランスアトランティックがプロコル・ハルムの曲をカバーするとは思わなかった。彼らは他のアルバムでもピンク・フロイドやジェネシスの曲とともにプロコル・ハルムの別の曲を取り上げてもいるから、やはりプロコル・ハルムのファンなのだろう。

 というわけで、このアルバムを発表後、ツアーに出て、そのときの様子を記録したDVDも発表している。もともと実力派ミュージシャンの集まりだったから、受けないはずはない。当然というか、2枚目のアルバム制作に取りかかったのである。(To be Continued...)

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2012年2月12日 (日)

クイックサンド

 以前このブログで、アメリカのサイケデリック・ロック・バンド、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスについて書こうと思い調べていたら、同じような名前を持つイギリスのバンドに出くわした。

 そのバンド、クイックサンドといったのだが、そんなに有名でもないし、アルバムも1枚ぐらいしか発表していないようだったから、クイックシルヴァー・メッセンジャー・サーヴィスのほうを優先して、クイックサンドの方はそのままスルーしてしまった。今回、ある方から推薦というかご指摘を受けて、きちんと耳を傾けようと思い、まじめに聞いてみたのである。

 彼らは1974年にドーン・レーベルから唯一のアルバム「ホーム・イズ・ホエア・アイ・ビロング」を発表した。メンバーは4人で、オリジナル・メンバーでドラマーのアンソニー・ストーンを中心に、ギターとベース担当のジミー&フィル・ディヴィス兄弟、キーボードのロバート・コリンズが1973年にシングルを発表して、そのままこのアルバムの制作に取り掛かった。Photo

 最初聞いたときは、初期のイエスを思い出した。類似点はコーラス・ワークが巧みなことで、はっきり言って、これはイエスよりも上手である。
 イエスはアメリカ西海岸のバーズやバッファロー・スプリングフィールドのようなコーラスを取り入れたプログレッシヴ・ロックを目指していたが、如何せん、クリス・スクワイアとスティーヴ・ハウでは少し苦しいところもあった。しかしクイックサンドの方はイエスより洗練されていて、メンバー4人ともボーカルを取れるので、アメリカのバンドと見がまうばかりであった。

 それにギターの湿った音もよく似ている。当時のイエスはピーター・バンクスがギターを弾いていて、彼はどちらかというとジャズ系だったが、クイックサンドのジミー・ディヴィスの方はカントリー系の軽い音からロック系のハードな音まで器用にこなしている。 

 またイエスの方はトニー・ケイのオルガンが目立っていたが、クイックサンドの方はオルガンだけでなく、シンセサイザーやメロトロンも使用していて、音の広がりに関しては、ダントツにクイックサンドの方が上である。もちろん1969年と1973年という時間的な違いはあるだろうが。

 1曲目の"Hideaway My Song"はポップな曲で、イギリスのバンドというよりもアメリカン・バンドのような印象を与えてくれる。この曲ではジミー・ディヴィスのギターが目立っている。
 次の曲"Sunlight Brings Shadows"はイエスの"Astral Traveller"を髣髴させる手数の多いドラム・ロールがいい味を出している。このアルバムの中では初期のイエスの音に一番近い曲かもしれない。
 トニー・ケイのオルガンやピーター・バンクスのギターに近い音だし、コーラス・ワークもよく似ている。ただ3分30秒過ぎからのメロトロンとフェイド・アウトしていくコーラスがイエスと違っていて面白く、オリジナリティを出そうとしているかのようだ。

 3曲目の"Empty Street, Empty Heart"は1973年に発表したシングルのサイドBの曲で、シングル・カットされただけあって、非常に聞きやすくわかりやすい。これは初期イエスよりもポップだし、“Empty Street, Empty Heart”というリフレインが妙に耳に残る。

 ここまではあまりプログレッシヴ・ロックという印象は受けなかったが、"Overcome the Pattern"からは少しテイストが違ってくる。この曲は素早いドラム演奏と左右から交互に聞こえてくるギター・バトルが単なるロック・バンドとは違うんだとばかりに主張しているかのようだ。

 そしてスペーシーなシンセサイザーで幕を開ける"Flying"は、まさにプログレッシヴ・ロック・バンドとしての面目躍如の曲で、シンセの次にメロトロン、続けてアップテンポのドラムが顔を出し、そしてムーグ・シンセで幕を閉じるというファンにはたまらない展開である。

 6曲目の"Time to Live"は73年シングルのサイドAの曲で、だからであろうか、まさにシングル用としてとっておいたような曲調である。また、珍しくフィルのベースが自己主張している曲でもある。
 アルバム・タイトルの"Home is Where I Belong"は、ノリのよい曲で、小刻みにリズムを刻むドラムス&ベースがどことなく、イエスのブラッフォード&スクワイアを思い出させる。また後半のギター・ソロはこのアルバムの中では名演だと思う。

 この曲がなかったら、はたしてクイックサンドは、プログレッシヴ・ロック・バンドの範疇に入れられたかどうかわからないというのが、"Seasons/Alpha Omega"である。前半は4分40秒までがボーカル入りの"Seasons"で、後半がインストゥルメンタルの"Alpha Omega"であろう。他の曲は3~4分程度なのに対して、この曲だけは8分を越えている。

 エコーをかけた壮大なコーラスから始まり、すぐにテンポが上がり、ギターと間奏のオルガン、シンセ類が気ぜわしくボーカル間に挿入される。確かにギタリストを始め、他のミュージシャンも腕は確かである。
 後半は叙情的な展開か、一転してスローで落ち着いたインストである。キーボード、特にメロトロンが全体を覆い、その中をムーグ・シンセサイザーとエレクトリック・ギターが盛り上げに走り、ベース、ドラムスがしっかり支えるという構図である。

 最後の曲"Hiding it All"はアコースティック・ギターが基調となり、美しいコーラスとさりげないギターとキーボードが見事に調和している。TV番組や映画の挿入曲として使用できそうな雰囲気で、シングルのサイドBにされてもおかしくないだろう。

 全体の印象としては“初期のイエス+中期のストローブス”といった感じだろうか。いい曲もあるし、プログレッシヴな味もある。また、ポップ・テイストに満ちた曲もある。

 ただ1974年という時代が悪かった。以前にもこのブログで書いたが、イエスは「錯乱の扉」で、キング・クリムゾンは「レッド」で、E,L&Pはライヴ・アルバムで区切りをつけようとしていた。イギリスではプログレッシヴ・ロックはすでに過去の遺産になろうとしていたのである。

 だからかもしれないが、クイックサンドはプログレッシヴなサウンドだけではなく、それに美しいコーラスやポップなメロディを加えようとして、オリジナリティを出そうとしたのかもしれない。
 逆にもう4年ほど遅く発表していたなら、3人になったジェネシスのアルバムのように、ポップな音で勝負できたかもしれなかった。いまだに紙ジャケットなどで再発されていることからみても、このアルバムは名作の部類に入るだろうが、バンド名の通りに時代の間に流されてしまった砂流のようなバンド、それがクイックサンドだったようだ。

 ちなみにバンド解散後のメンバーの動向としては、ギタリストのジミー・デイヴィスは、クイックサンドの初期のメンバー、ウィル・ユーアットとともにアルカトラス(ただし綴りはAlkatrazで、当然のことながらグラハム・ボネットのいたバンドとは別物)というバンドを結成し、1975年の10月にアルバムを発表したが、短命に終わった。キーボーディストのロバート・コリンズはスタジオ・ミュージシャンやエリック・クラプトンのバック・バンドに参加するなど音楽活動を続けているようだ。

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2012年2月 8日 (水)

カタファルキ・デル・シーベル

 これも先日たまたまCDショップ店内をぶらぶら散策していたら、ふと1枚のCDが目についた。それがカタファルキ・デル・シーベルというバンド名のアルバム「カタファルキ卿の皮肉と冒涜の世界」というものだった。

 このバンド、名前からわかるかもしれないが、イタリアはヴェローナ出身のプログレッシヴ・ロック・バンドだった。アルバムの帯には『メロトロンとムーグが唸りを上げ、腰を刺激するダイナミックなグルーヴと泣きのギター・ソロ!』と書かれてあったので、即購入したのだが、よく考えれば、プログレッシヴ・ロックに“腰を刺激するダイナミックなグルーヴ”なんかあったかなあ、普通ありえないよなあと、思ったりもしたのだが、そこは勢いで買ってしまった。

 またデジパック仕様で見栄えが非常によく、通常この手のアルバムは3000円以上もするのに、その割には2625円というお手ごろ価格でもあったというのも理由にあげられるだろう。しかも変形ジャケットで、例えていうと、「レッド・ゼッペリンⅢ」のように、表ジャケットに窓が開けられていて、スライド円盤をまわすとくるくると法王?の顔が変わるのである。Photo

 21世紀の今になって、こういう変形アルバムを発表すること自体がアナクロニズムである。しかもプログレッシヴ・ロックで、メロトロン、ムーグ・シンセサイザーを使用するというのだから、ひょっとしたら“まがい物”、はたまた“パッチもの”、上品に言えば“食わせ物”という言葉も浮かんだりした。だからこれはプログレッシヴ・ロックの模倣品、いやむしろパロディだと判断していたのである。

 でも21世紀のプログレッシヴ・ロックは、本国イギリスよりも北欧や南欧、あるいは南米などの方が盛んなようで、そう考えればイタリアからの新しいプログレ・バンドも納得が行くような気もした。

 どうもタイトルも見かけも安っぽくて、音を聞く前に先入観が働いたようだ。そういう意味では、彼らは損をしているところが多分にあるのではないかなどと、余計な心配をしてしまった。あるいはそれが彼らの戦略なのかもしれない。自分はまんまと彼らの策に嵌ってしまったのだろうか。

 バンド・メンバーは基本的に3人+1名で、ベース担当のマッテーオ・ベルトリーニ、ボーカル&ギター担当のミルコ・ラヴェンノールディ、キーボード担当のクリスティアーノ・ロベルシが正式メンバーで、ドラムス担当のエルシカー・アナマン、もしくはルーカ・パリアーリはセッション・メンバー的扱いである。曲のクレジットはすべてベルトリーニ&ラヴェンノールディとなっている。

 この中で現代のイタリアン・プログレッシヴ界の重要人物がキーボード担当のクリスティアーノ・ロベルシで、彼はMoongardenのリーダーであり、Mangala Vallis、The Watchなど他のバンド・メンバーも兼ねている。また、2002年にはジョン・ウェットンとツアー経験もあるミュージシャンなのだ。いってみればイタリアのロイネ・ストルトであろう。彼にはしばらく注目してみてもいいと思う。

 それで肝心のサウンドなのだが、これがまた意外にも正統派プログレッシヴ・サウンドだったので、ビックリした。リズム・セクションやメロトロン、エレクトリック・ギターなどの基本はキング・クリムゾンだが、ところどころ北欧のフラワー・キングスや英国のサイケデリック・バンドであるホークウインドの影が見え隠れしているのだった。

 全8曲で50分あまりと、最近のプログレ系アルバムでは、時間的に短い方である。1曲目の"E Adesso Facciamo I Soldi"(邦題;儲けさせておくれ)からメロトロン全開で、速いパッセージのギターが展開する。タイトルはイタリア語だが、歌詞は英語で歌われていて、そんなに上手なボーカルではないのだが、どことなく心惹かれるところがあった。

 またこの曲だけではないのだが、メロトロンの洪水をバックにムーグ・シンセサイザーが唸りを上げるところは、70年代的だし、キーボードのあとには定石通りにギターが鳴り響いてエンディングに向かうところなど、プログレ・ファンには垂涎の極みといったところだろう。

 1曲目がこのバンドの叙情性を代表しているのなら、2曲目の"Benediktus"はリズム主体の無機質感が強調されていて、80年代クリムゾンといった感がある。途中からボーカルが入ると、一転してメロディアスになるところは、いかにもイタリア的である。ただ5分強の曲なので、もう少し聞きたいところでフェイド・アウトしていったのは何とも残念であった。

 3曲目"Dark Deglutation"も2曲目の曲調、雰囲気を受け継いだもので、メロトロンが全編に渡って使用されているところが、マニアとしてはうれしいところだ。

 続く4曲目の"Ocean"が8分16秒と、このアルバムの中では一番長い曲になっていて、3分過ぎに一度ブレイクして、また曲が始まっている。
 どの曲も歌詞は短く、この曲にいたってはわずか6行である。しかも抽象的で意味不明だ。その分、演奏で聞かせようとしているのだろう。後半のリード楽器はキーボードであり、終りの1分少々でギター・ソロを聞かせてくれる。
「むこうに、海と風があり
夜に私たちは裸のまま立っていた
私たちが見つけたものは
私たちよりもより良いものだった
風は空を掃き清め
そして私たちにはそれが
意味のある瞬間であると
判断したのだった」
(訳プロフェッサー・ケイ)

 2分あまりのインストゥルメンタルを挟んで、アコースティック・ギターの調べとともに"Metanolo"が始まる。この曲も3分過ぎに唐突に曲が終り、クリムゾン的ギターが闇を切り裂くように挿入される。このアルバムのタイトルのように、曲を冒涜しているかのようだ。歌詞部分はとてもロマンティシズムに溢れているのに、無理やりそれを方向転換させて、雰囲気をぶち壊している。そして次の曲"Recinzioni"(邦題;フェンス)につながっていく。

 聞き様によっては、後半はひとつの組曲形式といっていいかもしれない。パターン的にはどの曲も似ていて、叙情的なボーカル・パートとそれをバック・アップするメロトロン、その壁に切り込もうとするキーボードとエレクトリック・ギターという形式だった。

 そして最後の曲"Ipercomunismo Postalieno Ⅲ"(邦題;ハイパー共産主義)は、カタファルキ流の"Starless"なのかもしれない。ちょっと迫力不足だったけれど…

 そしてこの最後の曲の約3分後に、シークレット・トラックがあって、これがまたイタリア民謡のような、のどかで明るい曲だった。お約束といえばそうかもしれないが、こういう遊び心のあるバンドが最近少なくなったので、何となくうれしくなった。

 このアルバムを聞いて“腰を刺激された”とは思わなかったけれど、21世紀におけるプログレッシヴ・ロックが既存のプログレ音楽の上に自分たちのオリジナリティを出そうとしているところには感心したし、彼らの作戦なのか、構築美の上に破壊性を築き上げているところは意図的なのであろう。ある意味癖になりそうな音楽でもある。
 
 このアルバムは彼らのデビュー・アルバムなので、できれば2枚目、3枚目と聞きたいところではあるが、果たして国内盤が発売されるかどうかは定かではない。イタリアン・プログレッシヴ・ロックの再興を願うものとしては、彼らのような才能(と諧謔精神の)あるバンドに期待するしかないのであろう。

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2012年2月 4日 (土)

ア・ドラマティック・ターン・オブ・イヴェンツ

 あと2ヶ月ほど後の話だが、いよいよドリーム・シアターが来日をする。前回は日本武道館のみのライヴだったが、今回は大阪、福岡、名古屋など数ヶ所の地方公演も行われるという。個人的には見に行きたかったのだが、今回は平日の夜ということもあり、また金銭的にも苦しい状況なので、泣く泣く諦めた。ライヴ映像で我慢するしかないだろう、機会があればの話だが…それで昨年の秋に彼らのニュー・アルバムが発表されたので、それを購入して聞いてみた。

 前回のアルバム2009年の「ブラック・クラウズ&シルヴァー・ライニングス」は全米6位を記録し、彼らの過去最高のチャート・アクションだった。日本でもオリコンのベスト10内に入っていたと思う。Photo
 全6曲中10分以上が4曲、残りは8分台と5分台だったし、何しろ1曲目から16分、最後の曲は19分以上もあるという長尺曲ばかりだったにもかかわらず、商業的にも成功したのだから大したものであった。

 個人的には2曲目の"A Rite of Passage"が聞きやすく、なおかつテクニカルで気に入っていた。ボーカル部分の叙情性とギターとキーボードの掛け合い漫才ならぬ“早弾き即応合戦”が聞き応え充分だった。
 またラッシュ的な陰影をもつ"The Best of Times"もなかなか素晴らしい曲だと思った。彼らの特長である緩急つけた音作りが見事に反映されていたからだ。

 それで今回もアルバムを購入したのだが、音楽を聞く前に、何とまあドラムス担当のマイク・ポートノイが脱退したというニュースを知ってしまったのである。

 マイク・ポートノイといえば、バンドのキー・パーソンといってもよく、アルバムの作詞、作曲からプロデュースまで分担していたし、何といっても"Dream Theater"というバンドの名付け親はマイクの父親だったという関係もあって、結成時からの中心メンバーでもあった。その彼がバンドを脱退したというのだから、この先どうなるのだろうかという不安が先立ったのである。

 自分は彼が腱鞘炎になって、本人の望むようなドラムをもう叩けないという理由で脱退したのだろうと思っていたのだが、実際はバンド活動よりも自身の活動を優先していて、業を煮やした他のメンバーが後任ドラマーをオーディションで選んでレコーディングを始めてしまったというのが真相のようである。

 マイクは2010年の9月に脱退を表明したのだが、その年の12月にはバンドに戻りたいという電話をかけていたらしい。しかしすでに新ドラマーも決まり、バンドとして活動が始まってしまっていて、結局、マイクはそのまま脱退してしまったという。何というもったいない話というか、ミュージシャン特有のエゴイズム丸出しの話に聞こえるのだが、実際はどうだったのだろうか。

 それで新ドラマーであるマイク・マンジーニのプレイはどうかというと、個人的には遜色ない出来映えだと思っている。まあ加入しての最初のアルバムなので、曲作りには参加しておらず、そういう点ではあまり個性を発揮できなかったのかもしれない。
 ただし個人的な技量については本当に素晴らしく、過去においてのスティーヴ・ヴァイやヌーノ・ベッテンコートとのアルバム制作やライヴ活動でもそれは証明されている。

 アルバムのプロデュースはジョン・ペトルーシ一人が担当しているし、彼一人で作詞・作曲した"Beneath the Surface"という曲もある。今まではマイク・ポートノイも一枚噛んでいたのだが、彼が脱退してしまった今、今後はジョンを中心にバンドが動いていくのは、間違いないだろう。

 それで新アルバムは全9曲で、曲ごとの時間は前作よりは短くなっていて、10分以上の曲は4曲のみ、しかも12分台が最長であるし、中には3分後半という曲もある。
 また基本的な音色は変わりはないものの、前作よりはダークで、メタリック、どちらかというとヘヴィ・メタル寄りの曲が多いようだ。"On the Backs of Angels"、"Build Me Up, Break Me Down"などがその代表曲かもしれない。

 しかし、一方では"Far From Heaven"、"This is the Life"などのメロディックな楽曲も存在していて、いい意味でバランスも取れていると思う。また"Beneath the Surface"などはアコースティックを基調にした美しい佳曲で、シングル・カットされてもおかしくないほどである。2

 以前から不思議思っていたのだが、普通はバンドのボーカリストが曲の歌詞を書き、それを自分で歌うと思っていたのだが、ドリーム・シアターに関してはそうとでも言い切れず、ボーカルのジェイムズ・ラブリエは、いくつかの曲を除いて、あまり曲作りには関わってこなかった。
 それが今回は作詞にも作曲にも関わっている。これもマイク・ポートノイ効果か。彼の脱退によって、バンドに一体感が生まれ、彼もより積極的になったのだろうか。いずれにしてもいい兆候ではある。この調子で結束して、今後もさらに素晴らしいアルバムを作っていってほしいものだ。

 このアルバムは日本国内では通常のCDとドラマーのオーディションが撮影されたDVD付CDの2種類が流通されているが、海外ではLPやインストゥルメンタル・バージョン付CDなどが付属したボックス・セットも販売されているという。やはり海外での人気は日本よりも高いようである。ともかく彼らのCDを聞きながら、4年ぶりの単独来日公演を祝いたいと思っている。

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