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2012年4月20日 (金)

スモール・フェイセズ

 フェイセズの前身バンド、スモール・フェイセズは、今だにイギリス人ミュージシャンの間でも人気が高く、ポール・ウェラーやノエル・ギャラガーなどはその信奉者の代表である。彼らはスモール・フェイセズのオリジナル・メンバーだったスティーヴ・マリオットのトリビュート・アルバムにも参加しているほどなのだ。

 たぶん彼らの幼少期に、ラジオなどを通してスモール・フェイセズの音楽を体験して、その感覚や記憶がその後の彼らの人生を決定したからだろう。それだけの影響力を持つバンドだったのである。

 もちろん自分はリアル・タイムで彼らの音楽を聞いたわけではない。実際に聞いたのは、大人になってからで、それこそ過去にタイム・スリップするかのように後追い体験だった。あるいは40年以上も経った今でも彼らの音楽を語り、演奏し、体験しているミュージシャンやファンの存在が自分をして、そう仕向けさせたのであろう。日本より人口の少ない国で、よくぞここまで豊かな音楽性を醸成できたなあと感心してしまうほどだ。

 スモール・フェイセズは、ブリティッシュ・ロックの黎明期というか、60年代に生まれ、解散したバンドだった。実際の活動期間は1965年から69年のたった4年間である。この4年間の活動が40年以上も影響を与え続けてきたのだ。何と素晴らしいことだろう。

 当時のイギリスの若者には50年代の後半からモッズ・ブームが流行していた。具体的にいうと、デビュー当時のビートルズのような細身のスーツを着て、髪の毛を下ろしたような格好である。(デビュー前のビートルズは、リーゼント頭で革ジャンを着ていたから、実際はモッズではなかった。ひとえにマネージャーのブライアン・エプスタインの作戦だったのだろう)

 モッズはアメリカのリズム&ブルーズやソウル・ミュージックのような黒人音楽を好んで聞いていたらしく、だから彼らが支持したバンドには、そういう影響を受けたものが多かった。たとえば、初期のザ・フーであり、キンクス、そしてスモール・フェイセズなどである。彼らは黒人の音楽を自分たち流に解釈し、それらを取り入れて新しい装いでリスナーに提供したのである。だからモッズたちはイギリスで再解釈された音楽と、それを演奏するバンド群も受け入れたのだ。

 スモール・フェイセズのオリジナル・メンバーは全員ロンドンのイースト・エンド出身で、ウエスト・エンド出身のザ・フーに対抗して?、“東のスモール・フェイセズ、西のザ・フー”と呼ばれていたらしい。
 オリジナル・メンバーは、ギター&ボーカルのスティーヴ・マリオット、ドラムス担当のケニー・ジョーンズ、キーボード担当のジミー・ウィンストン、そしてベース担当のロニー・レインだった。

 彼らの楽曲のいくつかは、カバー・ソングであったが、多くはスティーヴ・マリオットとロニー・レインの2人の手によるものだった。
 特に1966年に全英1位を記録した"All or Nothing"や67年の"Itchycoo Park"、68年の全英2位だった"Lazy Sunday"などは、すべて2人の共作だった。特に"Itchycoo Park"は全英3位、全米でも16位を記録するほどの大ヒットになった。

 この曲は、80年代にはプログレバンドのエニドが、90年代ではハード・ロック・バンドのブルー・マーダーやクワイエット・ライオットなど、その後も多くのミュージシャンによってカバーされたり、映画のサウンドトラックなどに使用されている。リード・ボーカルとバック・コーラスの掛け合いが黒人音楽っぽい。

 これら以外にもトッド・ラングレンもカバーした"Tin Soldier"や、キーボードがイアン・マクレガンに代わって発表された1966年の"Sha La La La Lee"など名曲、佳曲を多く発表している。

 自分は彼らのベスト盤の「オータム・ストーン」で、初めて彼らの音楽に触れた。このアルバムは1969年に2枚組で発表されたもので、全22曲、彼らの代表曲のほとんどが収められていて、中には"All or Nothing"、"Rollin' Over"、"If I Were a Carpenter"、"Every Little Bit Hurts"、"Tin Soldier"のようなライヴ、未発表曲も含まれていて、なかなか興味深い。Photo_2

 特に実況録音された曲では、聴衆の歓声がものすごく、まるでビートルズのシェア・スタジアムでの演奏のようだった。当時の実態というか、様子を伺うことができて、やはり彼らの人気が凄まじいことがわかる。40年の時を経て今だに影響力があるというのも、なるほどと納得がいった。

 アメリカの黒人音楽にイギリスのビート・ロックの要素を掛け合わせたものが、スモール・フェイセズだった。スティーヴ・マリオットは、スモール・フェイセズの音楽をさらにロック寄りに持っていこうとして1969年にハンブル・パイを結成した。
 残されたロニー・レインたちは、新たな血であるロッド・スチュワートとロン・ウッドを迎え入れて再出発を図ったのだが、残念ながら上手くいかなかった。

 結局、ロッドとロニー・レインの音楽的意見の対立というか、方向性の違いが、フェイセズを洗練されたロックン・ロール・バンドにさせて、さらにはロッドと彼のバック・バンドという位置にまで貶めてしまったのである。ロニーの脱退は、ある意味、至極当然のことだったのかもしれない。


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コメント

元オフコースの鈴木康博さんのコンサートに行ってきました。昨年6月にチャリティーコンサートを企画した関係からとっても身近な存在に感じて今回も駆けつけました。
 新しいアルバムもとっても素敵でした。
震災のあとに作られた曲の歌詞も心打たれました。

鈴木さんは70歳くらいまでライブやるって生き込んでいるように、歳を重ねた男の方が感じる詩が印象的でした。かっこいいヤスさん!!いつまでも歌ってほしいと思いながらアルバム聞いています。

投稿: プリティーカントリー | 2012年4月21日 (土) 06時26分

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