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2012年5月23日 (水)

ザ・フー(2)

 ザ・フーもモッズの元祖などと言われているけれども、それは初期のイメージだけであって、実際の彼らには、そういう意識はなかったらしい。1964年に初代のマネージャーだったピーター・ミーデンという人がモッズと関係があって、彼ら4人をハイ・ナンバースと名づけ、モッズ・バンドとして売り出したのだった。

 彼らはその年の7月にフォンタナ・レコードよりデビュー・シングルを発表するも、ライヴでの人気とは逆に売れ行きはパッとせず、契約を解除され、マネージメントを変えて翌年の1月にザ・フーとして"I Can't Explain"を発表した。ここから彼らの栄光の歴史が始まったのである。
 だから彼らをモッズ・バンドと考えるのは早計かもしれない。ただそう思われたのは1973年のアルバム「四重人格」や1979年の映画「さらば青春の光」の影響ではないだろうか。

 彼らはその暴力的なステージングと批評的で深遠な歌詞のせいで、一躍、怒れる若者の代弁者的な扱いを受けるようになった。それもまたピート・タウンゼンドの戦略だったのだろうか。

 戦略的といえば、彼らは好んでロック・オペラと呼ばれる作品を発表している。同じイギリスのバンドのキンクスも1968年から連続してロック・オペラというトータル・アルバムを発表しているが、ザ・フーの方がアイデア的には先に試みている。(1966年の2枚目のアルバム「ア・クィック・ワン」の後半部分)

 本格的な彼らのロック・オペラは1969年の4枚目のアルバム「トミー」である。このアルバムは全英2位、全米4位と商業的にも成功し、このアルバムの成功のおかげで自信を持ったのか、彼らは次回作以降もロック・オペラ的な作品を発表しようとしたのである。

 この「トミー」はまさに彼らザ・フーの代表作といってもいいアルバムで、1975年に映画化、1993年にはミュージカルの本場ニューヨークのブロードウェイで上演され、トミー賞ではなくトニー賞5部門を受賞している。また日本では2006年にミュージカル化されている。かくのごとくこのアルバムは、発表から40年近くたっても繰り返し映画や舞台化されるほど、人をひきつける魅力を持った作品なのだ。5
 自分はライヴ映像などでその一部を見聞したことはあったが、アルバムを通して真面目に向かい合って聞いたのは大学生になってからだった。はっきりいってピンとこなかった。エルトン・ジョンが歌った"Pinball Wizard"やティナ・ターナーで有名な"The Acid Queen"、ロジャー・ダルトリーが熱唱する"I'm Free"などの有名曲は知っていたからよかったが、他の曲はやはり“オペラ”と標榜されているだけあって、全体を通しては繰り返し聞きたいとは思えなかった。

 主人公のトミーはある事件のせいで、見えない、聞こえない、話せないという三重苦になるのだが、両親は彼の病気を治そうといろいろと苦労を重ねていくというストーリーであり、その過程で彼は救世主として崇め奉られたり、逆に信奉者から見捨てられたりするのだが、これはピート・タウンゼンドの体験と心象風景から生まれたものなのだろう。

 自分はザ・フーのロック・オペラといわれる作品には疎いせいか、どうしても好きになれなかった。前回紹介した「フーズ・ネクスト」も、もとはといえば“ライフハウス”というタイトルのロック・オペラになるはずだったのだが、途中で計画が頓挫してしまい、結局アルバム1枚だけになってしまった。逆に1枚に凝縮されたせいか、このアルバムが彼らの最高傑作という評価につながったのだろう。

 1973年に発表された「四重人格」も彼らの代表作のひとつで、これもまた全英、全米ともに2位という素晴らしい結果を出しているアルバムだった。

 アルバム「トミー」をさらに豪華に、精密に仕立てた作品で、確かにロックの可能性を広げたという意味では評価できるであろう。また「トミー」よりもコーラスやブラスなどが工夫されて、ワンランク・アップの演奏を堪能することができるのも素晴らしい。

 舞台は1965年のロンドンで、ジミーという少年に四重人格の症状が表れるのだが、この四重人格はもちろんバンドのメンバーのことを象徴しているし、ジミー少年の行動もまたピート自身の体験や当時の彼らの置かれた状況から生まれたものである。6
 このアルバムからも"The Real Me"、"5:15"、"Drowned"、"Love, Reign O'er Me"などの有名曲が生まれていて、その後のライヴでもたびたび演奏されているのだが、ザ・フーの魅力はワイルドな演奏という固定観念が自分の中にあるので、こういう形式美に則ったアルバムは、確かに名盤とは思えるものの、どうしても好きになれなかった。

 当時の彼らはマネージャーとの確執や、度重なるツアーでの疲労、アルバム制作での重圧などかなりハードな状況を迎えていた。また“年をとる前に死んでしまいたい これが俺たちの時代だ”と歌っていたことに対して、ピート自身もまた答えを探していたのだろう。ある意味、彼のリハビリとしての結果がこのアルバム制作につながったと見てもいいのではないだろうか。

 キース・ムーンが亡くなった後、元スモール・フェイセズのケニー・ジョーンズをドラマーに迎えてアルバムを発表するが、ここから先のザ・フーはオリジナルとは別物だと思っている。そのケニー・ジョーンズもザ・フーを離れた後は、リンゴ・スターの息子のザック・スターキーがサポートをする。ザックのドラミングについてはキースが手ほどきをしたから、むしろこの方がバンドに合っていたのかもしれない。

 実は自分の大好きなアルバムは、1988年にバンド結成25周年を記念して発売されたベスト・アルバム「フーズ・ベター、フーズ・ベスト」なのである。
 全19曲、ほとんどシングル・カットされたもので、デヴィッド・ボウイもカバーした"Anyway, Anyhow, Anywhere"から初期の名曲"The Kids are Alright"、72年の25枚目のシングル"Join Together"などいずれも彼らの魅力がぎっしりと詰め込まれている。7
 1965年の"My Generation"から1981年の"You Better, You Bet"までほぼ彼らの活動歴を網羅しているし、シングル中心とはいえ、不思議とアルバムに統一感もある。
 やはり自分の固定観念は変えられなかったようで、ザ・フーとくれば妙に難しいアルバムよりも、ロック本来のパワフルでソリッドなノリのよさを楽しめるものが自分にはピンと来るのであった。


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