« ジョージィ・フェイム | トップページ | プリティ・シングス(2) »

2012年7月 2日 (月)

プリティ・シングス

 プリティ・シングスもまた、不当に評価されているバンドのひとつであろう。おそらく日本ではそんなに知られていないだろうし、本国イギリスでも知名度は低いと思われる。なぜなら何度も浮き沈みを経験しているからだ。

 このバンドで一番有名なエピソードは、元ローリング・ストーンズのメンバーだったディック・テイラーが結成したバンドということだろうか。次に有名なのは世界で最初に“ロック・オペラ”と呼ばれるアルバムを発表したことだろう。

 ストーンズの前身バンドは、ミック・ジャガーとこのディック・テイラーが中心となって結成された。そこにミックと幼馴染だったキース・リチャーズが参加してくるのだが、ディックはキースと同じ学校に通う同級生でもあった。このバンドはリトル・ボーイ・ブルー&ブルー・ボーイズと名乗るようになり、やがてブライアン・ジョーンズなども加わりローリング・ストーンズになっていった。

 ところがディックもキースもブライアンもギタリストで、ベース担当がいなかったことからディックに白羽の矢が当たったのだが、ディックはそれを嫌がったという。また彼はアート・スクールの進学も考えていたようで、結局、ストーンズを脱退してしまったのである。
 この辺が運命の分かれ道というべきか。ストーンズとプリティ・シングスでは全然違うと思うのだが、これは本人がどう考えるかの問題、他人がとやかく言うことではないだろう。

 ところでディックは最終的に進学を諦めて音楽業界に戻り、これまた同級生だったフィル・メイという人とバンドを組んだ。これがザ・プリティ・シングスの始まりである。ちなみにバンド名はアメリカのアフリカ系アメリカ人ギタリスト、ボ・ディドリーの曲名から付けられたという。2

 彼らは1963年に活動を開始し、翌年にはシングル・ヒットを飛ばしている。最初のフォンタナ・レーベル時代の曲は、何となく初期のストーンズに似ている。むしろストーンズよりもワイルドで黒っぽいかもしれない。また楽曲の時間も3分程度と短く、ギターの音よりもハーモニカの方が強調されている。

 フォンタナ・レーベルに所属していたのは約4年間ぐらいなのだが、途中でドラマーがヴィヴ・プリンスからスキップ・アランに交代した。このヴィヴ・プリンスという人はキース・ムーンと同じくらい変人らしく、腕はいいものの、オーストラリア・ツアーではステージ上で泥酔したり、火をつけて暴れたりと悪逆非道の限りを尽くしたといわれていて、オーストラリアでは今でも彼らの音楽は放送禁止になっているという?話もあるくらいだ。

 それはともかく、1968年にEMIレコードと契約を結んだプリティ・シングスは、ロック業界で最初のロック・オペラといわれるアルバム「S.F.ソロウ」を発表した。
 トータル・アルバムやコンセプト・アルバムという考え方は、ザ・ビートルズの「サージャント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」が最初だといわれているが、それにストーリー性のある歌詞をつけてアルバム1枚として発表されたものは、これが最初といわれている。これで充分彼らはロック史に名前を残すことができたのだが、当時は残念ながらあまり話題性も商業性もなかったようだ。

 むしろ後から発表されたザ・フーの2枚組アルバム「トミー」の方が、話題性も商業性も優れていて、ロック・オペラのアルバムといえば「トミー」といわれることが多かったようである。

 これは真実かどうかは分からないのだが、ザ・フーのピート・タウンゼンドは「S.F.ソロウ」を何度も聞き込んで、自分たちのアルバムのお手本にしたといわれている。そのせいかどうか、「S.F.ソロウ」の一部は何となく「トミー」と似通っているところがあるような気がしてならない。
 たとえば、こちらも“セバスチャン・F・ソロウ”という人の人生を描いているところである。両親からセバスチャン・F・ソロウと名づけられた少年は、やがては父親と同じ工場で働くようになるのだが、不景気のせいか工場は閉鎖、彼は失業する。結婚して町から出ることを夢見るのだが、それはあくまでも夢、やがて狂気が彼を蝕み・・・というような物語である。
 歌詞と歌詞の間にはストーリーを補足する物語があるのだが、やや抽象的なところもある。決して楽しい話ではないようだ。あるライヴではこのところをアーサー・ブラウンが読み上げていたという。Photo

 音楽的な面でも、コーラスの多用やアコースティック・ギターの使い方などは「トミー」に影響を与えているようだ。逆にメロトロンやシタール、テープの逆回転など、当時の音楽の流行というか最先端の部分を使用していて、それが決して過剰になっていないところは「トミー」とは違うところだろうか。
 また音楽的にも起承転結がはっきりしていて、何を歌っているかわからないものの、盛り上がるところ(5曲目"Balloon Burning")やエンディング(13曲目"Lonelinest Person")のアコースティック・ギター1本をバックに歌うところなどは印象的でもある。

 今でこそ、このアルバムの評価は高い。彼らもまたこのアルバムに誇りと自信を持っているようで、1998年にはアーサー・ブラウンやデヴィッド・ギルモアを迎えて、このアルバムのスタジオ・ライヴ盤が録音され、DVDとして発表されているし、今年の4月には「ソロウの子どもたち」というアルバムを発表している。ソロウには子どもがいたのか!

 ともかく、いろんな意味でロック史に残るバンドであり、そのバンドの一世一代の傑作が「S.F.ソロウ」だった。このことがロック・ファンの間に浸透するまでには、長い時間がかかったようである。


« ジョージィ・フェイム | トップページ | プリティ・シングス(2) »

ブリティッシュ・ロック」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: プリティ・シングス:

« ジョージィ・フェイム | トップページ | プリティ・シングス(2) »