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2012年8月

2012年8月31日 (金)

ボーナム

 さてさて8月も今日で最後、今年の夏も終りを迎える時が来た。今までゼップの影を引きずってきたバンドやミュージシャンを紹介してきて、英米を中心に10組のバンド、ミュージシャンが登場した。そして今回が大トリ、間違いなくゼップの遺伝子を受け継いでいるミュージシャンの登場である。

 それもそのはず、元レッド・ゼッペリンのドラマーだったジョン・ヘンリー・ボーナムの遺児であるジェイソン・ボーナムだからだ。

 ジェイソンは1966年生まれだから、今年で46歳。父親のジョン・ボーナムが亡くなったときは14歳で、その2年後にプロ・ドラマーとしてデビューした。やはり幼いときから父親に手ほどきを受けていたのであろう。映画「永遠の詩」でも小さなドラム・セットの前で微笑んでいたシーンがあったが、あのジョン・ボーナム譲りのドラミングは一朝一夕で生まれたわけではないということか。

 1982年にエアレースというバンドのドラマーとして、そのミュージック・キャリアをスタートさせたジェイソン・ボーナムは、アトランティック・レコードからデビュー・アルバムを出すものの、商業的に失敗しバンドは解散した。
 85年には4人組のヴァージニア・ウルフというバンドを結成した。デビュー・アルバムのプロデューサーにはクィーンの同じくドラマーであるロジャー・テイラーが当たり、少々評判にはなったのだが、結局2枚のアルバムを残してこのバンドも解散してしまった。

 次に彼の名前がロック史に出てくるのは1988年の5月、アトランティック・レコード25周年記念に一日だけ復活したレッド・ゼッペリン・ライヴのときだった。ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンでのライヴではゼップのオリジナル・メンバーだったジミー・ペイジ、ロバート・プラント、ジョン・ポール・ジョーンズらとともに、ジェイソンがドラマーとして参加して、父親譲りのパワフルなパフォーマンスを見せてくれた。

 そのときの腕前にほれ込んだジミー・ペイジは、自分のソロ・アルバム「アウトライダー」にジェイソンを招いて数曲でプレイさせ、ツアーにも参加させた。この時のことをジミー・ペイジはこう述べている。『サウンド・チェックをしていて後ろを振り向くとジェイソンがドラムを叩いていて驚いた。俺にはジョンがドラムをたたいているように感じられたからだ』

 そしてツアーが終了した後、ジェイソンは再びバンド活動を始め、ボーナムという4人組を結成した。1989年のことである。

 このバンドのギタリストであるイアン・ハットンはロバート・プラントとツアーに出た経験もあるギタリストで、ベーシストのジョン・スミスソンはかつてゼップのマネージャーだったピーター・グラントを通じてジェイソンと知り合い、参加したという因縁があった。

 このときのデビュー・アルバム「無限」のプロデューサーはアリス・クーパーやルー・リードのアルバムを担当したボブ・エズリンで、ベースとバッキング・ボーカルには当時イエスに在籍していたトレバー・ラビンがなぜか参加している。
 またボーカルはカナダ人のダニエル・マックマスターという人で、この人の声も高音が伸びて、時々ロバート・プラントと聞き間違えてしまうほどである。2
 それでこのアルバムには11曲収められているのだが、面白いことに、ただ単純なハード・ロックを演奏しているわけではない。メンバーの見かけはハード・ロッカーなのだが、やっている音楽はハード・ロックに徹し切れなかったエイジアといった趣だ。

 たとえば1曲目の"The Disregard of Timekeeping"は2分あまりのインストゥルメンタルで、ひょっとしたらこのアルバムはトータル・アルバムかと錯覚させてくれる。音楽的にも中近東風のフレーズやストリングスが使用されて大仰なのだが、たぶんこれはプロデューサーのボブ・エズリンの趣味だろう。何しろピンク・フロイドの「ザ・ウォール」でも分かるように、組曲やロック・オペラ風に仕立てるのはお手のものだったからだ。

 結局、1曲目は次の曲"Wait for You"の導入部にしか過ぎなかった。そしてその"Wait for You"ではロバート・プラント風のボーカルを楽しむことができる。このアルバムの中ではメロディアスな佳曲でもある。
 "Bringing Me Down"や"Guilty"はミディアム・テンポの曲でハードといえばハードなのだが、後者では随所にストリングスやコーラス・ハーモニーなども使用されていて、ちょっとオーヴァー・プロデュース気味なのである。ちなみにこの曲にはボブ・エズリンも曲作りに関わっている。

 5曲目の"Holding on Forever"も同傾向の曲で、ちょうど90125イエスのボーカリストが代わりましたが、あとのメンバーは同じですよと言われても信じてしまいそうな感じの曲で、ギターよりもキーボードが目立っている。
 極めつけは7分50秒もある"Dreams"で、イントロ部分にはバイクや靴音などの効果音が使用されている。やはりボブ・エズリン効果か。途中の演奏部分は産業プログレッシヴ・ロックの匂いがしてしまう。

 このアルバムにはあと2曲ほど長い曲が収められていて、6分54秒の"Playing to Win"はハード・ロックに近いサウンドだが、キーボードのフレーズが気になってしまい楽曲に没頭できない。ギターも頑張ってはいるのだが、全体的に中途半端なのだ。
 またこのアルバムには疾走感溢れる曲は含まれていない。ディープ・パープルでいうところの"Speed King"であり、ゼップならば"Rock'n'roll"に値するような曲がないのだ。ほとんどの曲がミディアム・テンポなので全体を通してはメリハリがないと感じてしまった。

 もう1曲の"Room for Us All"は7分14秒あり、これまた緩急のある曲でミディアム・バラードから徐々に盛り上がる展開になっている。最初の方ではロバート・プラント風のボーカルと言ったのだが、この曲では何となくジョン・アンダーソン風にも聞こえる。
 
 ジェイソンのドラミングはパワフルで、音抜けもよい。このアルバムから分かることは、彼のプレイ・スタイルはどんな音楽にもマッチできるということかもしれない。ハード・ロックはもちろんプログレッシヴ・ロックにも対応できるだろうし、エスニックな音楽も大丈夫だろう。それはこのアルバムを通してジェイソンが一番言いたかったことではないか。だからボブ・エズリンをプロデューサーに迎えて、ハード・ロックの風味を含んだドラマティックな?ロック・アルバムを制作したのだろう。
 したがって、このアルバムは彼の可能性を試すためのものであって、ロックの歴史に残るような名盤ではないのである。

 このボーナムというバンドも1992年にもう1枚アルバムを発表して解散した。やはりセールス的な面での成功には程遠かったからであろう。その後ジェイソンはセッション活動を中心に活動を続けていった。
 1997年には、自分の父親がいたバンドの楽曲を録音したトリビュート・アルバムを発表した。そしてそのときの収益は、チャリティに寄付している。Photo  
 10年後の2007年にはロンドンのO2アリーナで、アトランティック・レコードの創始者であったアーメット・アーティガン・トリビュート・コンサートにレッド・ゼッペリンのメンバーとして参加したことは、記憶に新しいところである。
 そのあと彼らは同じメンツでワールド・ツアーを行う予定であったが、ロバート・プラントが不参加ということで、結局取りやめになってしまった。おそらくもう2度と同じメンバーでのコンサートは開かれないであろう。残念なことである。

 ジェイソンは父親のような名声を得るまでには至らなかったが、その演奏力については充分すぎるほど父親譲りで、伝統を受け継いでいる。まだ彼も46歳。今後は彼の技量にふさわしいミュージシャン同士でスーパー・バンドを結成して、歴史に残るようなアルバムを発表してほしいものである。

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2012年8月26日 (日)

ザ・ミュージック

 前回のブログで、ゼップの持つグルーヴ感が世代を経て、90年代にもみられたことを述べたのだが、これは何もゼップの持つ音楽性だけの問題ではなく、ロック本来の特質みたいなものだと思っている。

 50年代に生まれたロックン・ロールのリズムは、その時代における音楽的ブームや各国、各地域の音楽と融合しながら、大きく変化していった。80年代におけるエスニックな流行は音楽界にも影響を与え、ポール・サイモンやピーター・ガブリエルなどのビッグ・ミュージシャンまでもが、その影響を受けた音楽を展開していった。

 イギリスにおいても状況は同じようなもので、めまぐるしく変わる音楽シーンにおいて、ロックのリズムに様々なヴァリエーションが生まれてきた。ケルティックな音楽は元々イギリスに存在していたし、大西洋を越えてブルーズやレゲエ、スカなどもやってきた。ロック・ミュージックはそれらを飲み込んでいったのである。

 ロック・ミュージックの持つ雑食性は、それらを取り込みながら、また新たな動きを生み出してきたのであるが、その中でレッド・ゼッペリンの存在意義というのは大きいと考えている。
 ゼップはそのデビュー・アルバムからして、ブルーズやフォーク、ロックン・ロールなどの音楽性を有しており、その幅広さは、彼らを単なるハード・ロック・バンドと限定するものではなく、むしろロックの持つ可能性を広げていく原動力としても機能していった。

 そしてそれは2000年代のイギリスにおいても、そういうロックの可能性を孕んだバンドが活躍することを意味していた。2002年にデビュー・アルバムを発表したザ・ミュージックというバンドである。
 彼らが2004年に発表したセカンド・アルバム「ウェルカム・トゥ・ザ・ノース」にはセンスのあるメロディと轟音リフ、重量感溢れるグルーヴが詰め込まれていて、そこにはロックの可能性とともにゼップの遺伝子をはっきりと伺うことができる。 

 このバンドも新しい世代のバンドにふさわしく、エレクトロニックなダンス・ミュージックをベースに、ハード・エッジなギター・サウンドが合わさったサウンドで、ボーカルのロバート・ハーヴェイのメタリックなボーカルはロバート・プラントを髣髴させるし、アダム・ナッターのギターはリードのない、リフ中心のジミー・ペイジといったものである。

 特筆すべきはベースのスチュワート・コールマン、ドラムスのフィル・ジョーダンの2人が織り成すヘヴィなグルーヴで、これだけでも彼らの音楽を聞く価値はあると思っている。特にこの2枚目のアルバムは彼らの最高傑作ではないだろうか。Photo
 プロデューサーはアメリカ人のブレンダン・オブライアン。パール・ジャムやレイジ・アゲンスト・ザ・マシーンなどのグランジ系からAC/DCのような正統的ハード・ロックまで幅広くプロデュースしてきた人で、この人選は大正解。ザ・ミュージックの持つロックの部分を見事に引き出すことに成功している。
 
 冒頭のアルバム・タイトル曲からロバート・ハーヴェイの高音ボーカルとアダムのギター・リフが宙を舞い、スチュワートとフィルのリズム隊が重量感溢れるグルーヴを生み出している。珍しいのはアダムのリード・ギターを少しだけ聞くことができる点だろう。
 シングル・カットされた"Freedom Fighters"を聞いて、体が動かない人はいないだろう。それだけ強力な、岩をも動かすようなグルーヴなのである。まさにロックン・ロールとはよく言ったものだ。

 一転してエレクトリック・ギターのアルペジオで静かに入る"Bleed From Within"ではあるが、すぐにヘヴィなリズムと轟音ギター・リフが絡み合う。この曲は音響的な広がりと途中に入る彼らにしては静かなリズムの響きが印象的だ。ボーカルもスキャット風で、ハードな音だけで勝負するバンドとは違うとでもいいたげである。

 意外にメロディが美しい"Breakin'"や疾走感溢れる"Cessation"など、聞き所の多いアルバムに仕上げられているし、"Fight the Feeling"は美しいバラードで力強いハーヴェイのボーカルを味わうことができる。アルバムが単調にならないように工夫されているようで、バラエティに富んでいるのに驚いた。

 後半はブレイクビーツ音で始まる"Guide"で幕開けするのだが、彼らの音楽の特長としてはメロディがしっかりしているところだろう。またイントロの電子音が21世紀のグルーヴを表しているようだ。この曲や次の"Into the Night"もメタリックな装飾音を取り除けば、基本はメロディアスである。

 U2をさらにスピーディにさせたような"I Need You"、ゼップの"Kashmir"のようなリズムの"One Way In, One Way Out"を経て、最後はアコースティックで、彼らにとってはやや軽めの"Open Your Mind"で幕を閉じる。

 自分は個人的に気に入っていたバンドだったのだが、残念ながら2011年に彼らは解散してしまった。気合いを入れて制作したセカンド・アルバムがアメリカではこけてしまったからで、それがメンバー間、特にボーカルのハーディのモチベーションの低下につながってしまったようだ。
 そして所属レコード会社を変えて2008年に発表したサード・アルバムは、悲しいかなセカンドよりも売れなかった。これが決定的な原因になったようである。

 才能も技術も豊かな彼らだったが、公式には4枚のアルバムを残して解散したバンドだった。解散後はそれぞれのメンバーは各自に活動しているようだが、あのうねるようなグルーヴを再現するのは難しいだろう。やはりザ・ミュージックの4人がそろって初めて生まれるマジックのようなものであり、彼らでないと表現できない音なのである。

 ただロック・ミュージックの特長の1つとしては、先に述べたような雑食性が挙げられる。この流れは、今後も確実にその幅を広げながら受け継がれていくだろう。第2、第3のザ・ミュージックが登場することは間違いのないことであり、その一刻も早い出現を心から願っているのだ。

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2012年8月23日 (木)

リンカーン弁護士

 今日は木曜日ということで、貧乏な自分は男性が1000円で映画を見ることができる木曜日に映画を見に行くことにしている。おそらく年間を通したら、木曜日の仕事量は圧倒的に少ないだろうなあ。

 それで今回見に行った映画は、「リンカーン弁護士」というアメリカ映画である。主演はマシュー・マコノヒーという人で、映画にはあまり詳しくないので、どういう人物なのかはよくわからない。また都市部では7月くらいに封切られたと思うのだが、九州の片田舎に住んでいると、1ヶ月くらい平気で遅れてくるのである。だから何でいまさらそんな古い映画をと思われる人もいるかもしれないが、お許し願いたい。

 「リンカーン弁護士」は法廷を主な舞台にしたサスペンス映画である。中にはアメリカの第16代大統領のリンカーンの若かりし頃を映画化したと思っている人がいるかもしれないが、全然それとは違う。

 伝え聞くところによると、アメリカでは自分の事務所を持たずに携帯電話を持って、車で移動する弁護士のことをリンカーン弁護士と呼ぶようである。車はもちろんリンカーンのときもあれば、フォードのような大衆車に乗っているときもあるそうだが、この映画の中では、文字通り運転手付きのリンカーンに乗っている弁護士だった。

 結論から言うと、この映画、予想よりはかなり面白かった。平均よりはやや上というところか。1000円で見れたので、はっきり言って元は取れたという感じである。(この辺が相変わらず貧乏臭いところだと自分でも思っている)Photo
 ざっくりとストーリーを言うと、主演の胡散臭い弁護士がお金目当てで、ある容疑者の弁護をするのだが、その容疑者が過去の犯罪と関係があることが徐々にわかってきて、間違いなく犯罪を犯した人を弁護しなければならなくなった状況にどう立ち向かっていくかというお話である。
 さらには容疑者から身辺に危険が及ぶようになってくるから、たまったものではない。さてこの犯罪者をどう弁護するのか、そして自分に降りかかってきた火の粉をどう払っていくのかが見せ場になってくる。

 アメリカの裁判には“秘匿特権”というのがあって、弁護士とクライアントとの間で交わされた会話や文章などは両者とも外部に公表してはいけないそうである。
 弁護士は裁判に勝てるか勝てないかを判断するためにクライアントから正確な情報を手に入れなければならないし、クライアント側も相手側に秘密が知られると不利な立場になるからだ。

 したがって双方とも手に入れた情報は決して外部には漏らさないし、もし漏れた場合はそこで相互の契約は解消される。また場合によっては、弁護士がクライアントを、あるいはクライアントが弁護士を訴えるという場合も生じてくる。

 要するにアメリカは契約社会であるということと、日常生活においても普通に弁護士を利用する訴訟社会であるということであろう。

 アメリカでは、弁護士の中にはクライアントが有罪であろうが無罪であろうが関係なく、弁護士本人の地位や名誉、あるいは直接的にはお金のために、弁護士が当局と司法取引を行って早期の決着を図ることがあるという。
 この映画の主人公もその手を使って、過去にクライアントを最小限の懲役刑に持ち込んだことがあったのだが、それがのちに自分の良心を苦しめることになるのである。

 さらにまたこの映画の主人公である弁護士は、容疑者との会話の中で重要な情報を手に入れるのだが、先ほどの秘匿特権のためにそれを外部には公表できない。逆に容疑者から無罪になるように圧力をかけられる弁護士、その辺のジレンマや対立もまたこの映画の見どころでもある。

 映画のでき不出来を左右するのは、脚本、キャスティング、カメラワークだと思っている。この映画は脚本◎、キャスティング◎、カメラワーク△だと思っている。カメラワークが△なのはハリウッド映画にしては平凡というか普通過ぎると思ったからである。たとえばブライアン・デ・パルマ監督のような360度ターンのような技術も欲しかった。3

 原作はシリーズ化されているので、映画の方もシリーズ化されるかもしれない。もしそうなら次回作も期待できそうだ。楽しみである。

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2012年8月21日 (火)

メインストリーム

 レッド・ゼッペリンの特長といえば、真っ先に思い浮かぶのは、ロバート・プラントのメタリックなボーカルと、ジミー・ペイジが演奏するエレクトリック・ギターのカッコいいリフだろう。
 もちろんジョン・ポール・ジョーンズの弾くオルガンやキーボード類も素晴らしいのだが、それも他の3人の存在があるからで、彼一人ではゼップの音楽を支えていくのは困難であろう。

 そしてもうひとつ忘れてならないのは、彼ら独特のグルーヴ感だろう。これは特にドラマーのジョン・ボーナムによるところが大きい。言葉で説明するのは難しいのだが、"Good Times Bad Times"でのバス・ドラムや"Immigrant Song"などでの重くずっしりとしたリズム・キープなどは、まさにこれこそハード・ロックのドラミングだと教えてくれているようだ。

 自分はそういう重くてヘヴィな、しかしなお且つ速いテンポにも対応できる器用さをもつジョン・ボーナムのドラミングに感動したし、ロック界におけるNo.1ドラマーだと思っていた。そして今もそう思っている。だからジョン・ボーナムが32歳の若さで亡くなったとき、ゼップは解散したが、それは最も適切な選択だったと思う。彼の後釜は考えられなかったし、たとえ誰かが入ったとしても、それまでのような高水準のアルバムを出し続けることはできなかっただろう。第2のジョン・ボーナムは考えられないのだ。

 それでここからは個人的な見解になるのだが、ゼップの持つグルーヴ感は時代を経るにつれて形を変えつつ受け継がれていったと思っている。60年代のハード・ロックからパンクというムーヴメントを経てNWOBHMという流れができたように、ゼップのもつグルーヴ感は80年代後半からのレイヴ・ブームを受けて、ダンス・ミュージックに受け継がれていったのではないだろうか。

 当時のレイヴで使用された音楽は、ハウスやテクノ・ミュージックだったが、ゼップの音楽からボーカルを取り除き、ギターのリフの代わりにキーボードの電子音が鳴らされれば、それはまさしくレイヴ会場で使われても違和感のない音楽だと思っている。現代のロック・ミュージックは朝まで踊りあかすような原初的なダンスにも充分対応できるのだ。

 1995年に結成され、96年にシングルを発表したメインストリームというバンドは、そういう正統的なロック・ミュージックと90年代のダンス・ミュージックの架け橋となるバンドだった。ロックの持つダイナミズムとダンスの持つグルーブ感が絶妙にマッチしていて、ひょっとしたら21世紀に向けての新しいムーヴメントを引き起こす原動力になるのではないかと期待されもしたバンドだった。

 結成のいきさつはボーカルのアンソニー・ニール、ベース・ギターのコンフォド・ミュートン、ギターのジェイムス・ハートネルらがメロディー・メイカーにメンバー募集の広告を出したところから始まった。
 そこにドラムスのマーク・アヴィス、キーボードのグレッグ・クックが加わり、彼らは地道にライヴ活動を続けていく。

 96年のシングル"Make It Easy"は元カルトのギタリスト、ビリー・ダフィーとともにスタジオ入りして制作したものである。やはりここにもゼップの匂いが漂っているのだ。
 そして98年に満を持して発表したデビュー・アルバム「メインストリーム」には、彼ら独特のグルーヴ感を漂わせるオリジナリティに満ちた楽曲が含まれていた。Photo
 シングル・カットされた"Hurricane"を冒頭に全12曲には、若々しいエネルギーとアイデアに満ちていて、フレッシュな空気を味わうことができた。
 ギターはけっこう細かく動き回り、オルガンやエレクトリック・ピアノも間奏に顔を出すのだが、やはりリズム・セクションによるグルーヴがゼップの影響を感じさせてくれるのである。特に先の"Hurricane"や続く"Stranded"、後半の"Can Jam"にはそういう影響を強く感じさせてくれた。5人組なので、音に厚みがあるし、新人らしからぬ大胆さというか力強さもまた漂っていた。

 ゼップと違うのは、メタリックなボーカルが聞かれないこと、また、やはりジョン・ボーナムとは違って、ドラムの音が弱いというところだろうか。もう少しバスドラを使って低音を強調した力強さとスピードがほしかったのだが、こればかりは仕方がないところだろう。

 逆に"Join Us"のようにホーンや女声コーラスを効果的に使用するところなどは、新人らしからぬ巧みさである。またカントリー・テイスト漂わせる"Little By Little"や彼ら流のバラード"Castaway"、ゼップの"No Quarter"に曲構成がよく似ている"Transatlantic"(9分12秒もある!)など、新人にしては既に完成された音楽性を擁していた。

 面白いのは最後の曲、"Step Right Up"という曲で、これはゼップにイアン・アンダーソンのフルートをかぶせたような構成になっていて、自分のようなジェスロ・タル・ファンにとっては、98年当時にこういう音楽を聞くことができて、うれしく感じたのを覚えている。

 彼らのライヴは人気があって、会場はいつも満員だったのだが、残念ながらアルバム・セールスは不発に終り、結局、彼らはこの1枚で解散してしまった。その後、何度か再結成の話もあったようだが、今のところ再活動を始めていないようだ。
 個人的には"Hurricane"や"Stranded"のような曲をもっと作ってほしかったし、その路線でいけば必ず売れると思っていたのだが、時代の求める空気と微妙にずれていたのであろう。

 やはりデビュー・アルバムから音楽性が豊か過ぎると、ファンとしてはどこに絞って聞いていいか分からず、正統派ロック・ファンからもリズムを求めるダンス・ミュージック・ファンからも相手にされなかったのだろう。これ1作で終わるようなバンドではなかったのに、残念でならない。音楽性も豊かで演奏力もあったのに、それだけでは売れないのが現実の厳しさなのであろう。

 バンド名のように時代の主流に乗ることはなかったバンドだったが、ゼップの遺伝子は確実に受け継がれていたことを証明してくれたバンドだったのは、間違いないと思っている。

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2012年8月19日 (日)

アヴェンジャーズ

  この前の木曜日に映画を見に行った。その映画は先行上映だった「アヴェンジャーズ」だった。この映画のキャッチフレーズが“日本よ、これが映画だ”という仰々しいもので、いかにも大作を予感させるものだった。Photo
 自分はよく知らないのだが、ようするに黒澤映画の「七人の侍」やユル・ブリンナーがそれをリメイクした「荒野の七人」みたいなものと考えても、あながち間違いではないだろう。

 テレビの予告編でも有名なので、皆さん御存知だと思うのだが、この映画には、アメリカの有名なコミック雑誌“マーベル”に連載されたキャラクターが登場する。それらは次のような人たちである。
アイアン・マン…空飛ぶ鉄男
マイティ・ソウ…北欧神話の雷神
キャプテン・アメリカ…超人兵士
超人ハルク…ビッグな筋肉マン
ホークアイ…弓道の達人
ブラックウィドウ…女性スパイ2

 下2人はエスパーでも怪人でもなく普通の人間なのだが、もちろん常人以上に戦闘能力等は優れている。上の4人は単独でも人気のあるキャラクターで、既に実際にも映画化されているのだが、残念ながら自分は興味がないため一本も見たことがない。

 ちなみにこのオリジナルのコミック版には、様々な種類の“アヴェンジャーズ”が存在していて、中にはスパイダーマンやスパイダーウーマン、X-メンのウルヴァリンなどもメンバーだった。

 どうせならX-メンやファンタスティック・フォー、スーパーマンにバットマンも登場させればアメリカ人は喜ぶに違いない。X-メンやファンタスティック・フォーはマーベル社に版権があるので問題ないだろうが、スーパーマンとバット・マンは権利関係で難しいだろうなあ。

 映画自体は詳しいことを知らなくても、ぜんぜん困らない。ストーリー自体は、細部にこだわらなければ、単純明快なので、それこそ老若男女誰でも楽しめるだろう。勧善懲悪主義だし、善人と悪人の区別も簡単、エンディングも安心できるので、どこから見ても面白いだろう。ただ空を飛ぶ悪者の変なドラゴンのようなものが、「トランスフォーマー・ダーク・サイド・ムーン」に登場するものとよく似ていた。キャラクターをパクッたのだろうか。

 そして出演者のエンドロール中に席を立たないこと。終わったら少しだけ映像が残っているので、それを見て帰ることが望ましいと思う。でも見落としたからと言って困ることもないだろう。

 今年の夏は、あまりいい映画がなさそうなので、取りあえず映画館に行って涼みたい人には最適の映画だと思っている。

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2012年8月16日 (木)

ザ・カルト

 ロンドン・オリンピックの閉会式には、開会式と比べてみると、かなり有名なミュージシャンやバンドが登場していたようだ。自分は某国営放送で一部しか見ていないのだが、ジョージ・マイケルやスパイス・ガールズだけでなく、オアシスの片割れのビーディ・アイやクィーン、ザ・フーといったイギリスを代表する大物も出ていた。またBGMでもデヴィッド・ボウイの"Fashion"やケイト・ブッシュの"Running Up On the Hill"、E.L.O.の"Mr. Blue Sky"などが流れていて、昔の大英帝国を髣髴させる音楽絵巻のように凝っていた。当然のことながら、みんな英国のミュージシャンだ。

 また今を代表するエド・シーランがピンク・フロイドの"Wish You Were Here"を歌ったのには驚いたし、バックには本物のニック・メイスンがドラムを叩いているのにはもっとビックリした。どうせならギルモアとウォーターズも同席させればいいと思ったのだが、誰がこの企画を考えたのだろうか。

 ただもう少しザ・フーなどのパフォーマンスを見たかったし、某国営放送のアナウンサーももう少し音楽について解説してほしかったのだが、そこはやはりスポーツの祭典、ロック・ミュージックだけを見せるわけにはいかないのだろう。このオリンピックのパフォーマンスだけDVD化して販売すれば、けっこう売れると思うのだがどうだろうか。

 さて真夏のハード・ロック特集もいよいよ佳境を迎えた。真夏のハード・ロックといってもゼップによく似たバンドやミュージシャンを紹介していたのだが、今回はその精神性は継承されつつも、単なる物まねバンドではないイギリスのバンドを紹介したい。それはザ・カルトである。

 このザ・カルトは結成当時はサザン・デス・カルトと言われていて、ニュー・ウェイヴの流れの中で捉えられていた。メンバーの中心はイアン・アストベリーという人で、彼の中にはネイティヴ・アメリカン(正確にいえば彼はカナダ人なので、ネイティヴ・カナディアンというべきか)の血が流れていて、それが彼の書く曲やステージ上でのパフォーマンスの中に表現されているようだ。

 またバンドはサザン・デス・カルトからザ・デス・カルト、ザ・カルトと名前を変え、そのたびに大きく成長してメジャーになっていった。
 自分はニュー・ウェイヴ・バンドには全く詳しくないので、何ともいえないのだが、ザ・デス・カルト時代にビリー・ダフィーというギタリストが参加した。そして1984年にバンド名を変えて、さらに大きく飛躍していったようだ。

 サザン・デス・カルト時代はゴシック・ロックの一派と見られていて、実際、名前からして暗いトーンを基調とした音楽性とファッション性を備えていたのだが、ザ・デス・カルト時代になってからはポジティヴ・パンクの仲間と見られるようになった。

 ポジティヴ・パンクとはゴシック・ロックから派生したもので、その名の通りとはいかず、明るいサウンドのパンク・ロックを演奏したりはしない音楽で、むしろザ・キュアーやバウハウスのような黒づくめの衣装で、キリスト教的な世界観を反映したようなダークな精神を反映した音楽性を帯びていた。

 ところがザ・カルトは1984年以降、徐々にその音楽性を変えていった。イアンはのちにこう述べている。『パンク全盛期にはゼッペリン・ファンだなんて口が裂けても言えなかった』  
 思うに、もともと彼はカナディアンだったからか、適度な距離感を持ってゼップに接することができ、ある程度客観的に見ることができたのだろう。だから本来自分の目指す音がザ・カルト時代の音楽だったのではないかとみている。

 そんな彼らが一挙にブレイクしたアルバムがサード・アルバム「エレクトリック」だった。1987年のことである。しかもアルバム・プロデューサーが当時のエアロスミス復活の立役者だったリック・ルービンで、ザ・カルトを見事なまでにハード・ロック・バンドに変身させている。3
 たとえば"Lil' Devil"や"Love Removal Machine"などはゼップのようなリフ主体の曲で、時間的には短いながらも、途中のギター・ソロなどしっかりとした構成を持っている。ギタリストのビリーはまるでジミー・ペイジのようだ。
 全英4位、全米38位を記録したこのアルバムには、なぜかステッペン・ウルフの"Born to Be Wild"も収録されていて、デビュー当時の彼らとは違った姿を見せてくれた。

 2年後の89年には、ボン・ジョヴィなどで有名なボブ・ロックをプロデューサーに迎え、4枚目のアルバム「ソニック・テンプル」を発表した。
 音的には前作の延長線上にありつつも、さらにメロディックに、さらにハードに変化していた。ビリーのギターはギター・ソロのみならず、バッキングでも自己主張していて、今まで以上に目立っている。

 特に"Fire Woman"は曲自体の持つ構成が際立っているし、"Edie"はややスローな曲ながら徐々に展開していくさまが美しい。最初のストリングスと最後のアコースティック・ギターが印象的でもある。こういうところに彼らの成長した姿を垣間見ることができると思う。
 同じく"Sweet Soul Sister"も似たような曲ではあるが、イアンのボーカルにハーモニーまでつけていて、こうなるとまるでボン・ジョヴィである。ちょっとやりすぎではないかと思ったのだが、これがボブ・ロックの手腕というか、やり方なのだろう。2
 このアルバムは全英3位、全米10位まで上昇している。また"New York City"にはなぜかイギー・ポップがナレーションで参加している。

 この辺までが彼らの黄金期だった。1994年に元ミッションのベーシストであるクレイグ・アダムスを迎えて「ザ・カルト」を発表したのだが、このアルバム発表後のツアー中にイアンとビリーが大喧嘩をしてしまい、バンドは解散してしまった。(1995年)
 翌年に彼らのベスト・アルバム「ハイ・オクタン」が発表されたが、これはザ・カルトと変名した1984年から解散した1995年までの代表曲、未発表曲の全18曲が収められていて、手っ取り早く彼らの歴史を知るには最適のアルバムになっている。

 ただあくまで彼らのハード・ロックの部分に照射したアルバムに仕上げられているようで、個人的には全体を通して聞いても統一感があり、違和感は覚えなかった。ちなみに最初のアルバム「ドリームタイム」からは1曲しか収められていない。たぶんハードな部分に合うような曲だけが選ばれたのだろう。Photo
 ザ・カルトは現在でも活動していて、今年これまたボブ・ロックのプロデュースのもとニュー・アルバムも発表している。基本的にはペイジ&プラントのように、ボーカルのイアンとギターのビリーのバンドであり、他のミュージシャン、特にドラマーに関しては入れ替わりが激しいみたいである。 
 ザ・カルトのように、ゼップの遺伝子を受け継いだバンドは、70年代のパンク/ニュー・ウェイヴ、80年代のNWOBHM、90年代のブリット・ポップなどの波を乗り越え、確実に21世紀まで受け継がれているようだ。

 ロンドン・オリンピックではイギリスの金メダルの数はアメリカ、中国についで3番目だった。英国がもつ伝統の継承という強みは、その歴史性だけでなく音楽やスポーツなど、人々の精神性にも強く影響を与えているのであろう。

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2012年8月11日 (土)

ファストウェイ

 さてさて、真夏のハード・ロック、ゼップに似たバンド、ボーカル特集のブリティッシュ・ロック編第2弾の今回は、これも80年代に一瞬だけ輝いたバンド、ファストウェイの登場である。一瞬だけの輝きとはいえ、前回のダイヤモンド・ヘッドよりはゼップに似ていると断言できるだろう。

 このバンドも70年代後半から80年代始めにかけて盛んだったイギリスでのムーヴメント、NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)に乗って登場してきたバンドである。
 結成は1983年で、バンド名はオリジナル・メンバーの名前にちなんで名づけられた。そのオリジナル・メンバーとは、ギタリストが元モーターヘッドの“ファスト”・エディ・クラーク、ベーシストに元UFOのピート・ウェイ、ドラマーは元ハンブル・パイだったジェリー・シャーリーで、唯一、ボーカリストだけが無名のデヴィッド・キングという人だった。

 よく考えてみれば、ボーカル以外は、かなり有名なバンドに所属していたミュージシャンである。だからこのバンドはその辺の新人バンドではなくて、それなりの名声と実力を伴ったちょっと小粒なスーパー・バンドだった。

 ところが物事はなかなか順風万帆とはいかないもので、ベーシストのピート・ウェイは当時のクリサリス・レーベルと契約が続いていて、オジー・オズボーンとのレコーディングも控えていたために、バンドに参加することができず、最終的に、デビュー・アルバムには加わっていない。

 そのデビュー・アルバム「ファストウェイ」は、セッション・ミュージシャンを起用して、1983年に発表された。自分の持っている輸入盤ではボーナス・トラックを含む全11曲で構成されていて、全体の印象としては、よくできたロックンロール・バンド版小型ゼップという感じだ。Photo
 しかし、音的には前回紹介したダイヤモンド・ヘッドよりはゼップに近く、特にボーカリストのデヴィッド・キングの声がロバート・プラントによく似ているせいか、部分部分ではプラントと聞き違えるところもあるくらいだった。

 このバンドが“ゼップクローン”とバッシングを受けなかったのは、おそらく楽曲がよかったせいだろう。単なるゼップの二番煎じではなくて、経験も実力もあるメンバーがいたせいか、曲にオリジナリティがあるのだ。

 1曲目、2曲目の"Easy Livin'"、"Feel Me, Touch ME(Do Anything You Want)"は曲間がほとんどなく、曲自体もリズミカルなために連続しているように聞こえる。そのせいか冒頭から引き込まれてしまう。
 3曲目の"All I Need is Your Love"は、ドラミングやボーカルのスィンギング・スタイルが極めてゼップに近い。例えて言うならファストウェイ版“移民の歌”といえるかもしれない。ただしサイレンのような雄叫びはないけれど。

 次の曲"Another Day"は静かなアコースティック・ギターと囁くようなボーカルから始まり、途中からハード・エッジなエレクトリック・ギターが絡みつくという構成である。自分としては静-動-静というイメージでいたのだが、残念ながらアコースティックな部分は最初だけであった。メロディ自体はいいだけに、もう少しひねってもらえると記憶に残る曲になったのではないだろうか。

 ドイツ語のタイトル"Heft!"は、ブルージィで引きずるようなリズムが印象的な、ミディアム・バラード・タイプの聞かせる曲である。デヴィッドのボーカルも無名の新人とは思えないほど、声に伸びがあり、メタリックな艶がある。途中で“Push, Push”と歌ったらプラントもどきになってしまうのだが、その一歩手前で自制しているのか、微妙なバランスの上に立って歌っているところが面白かった。

 後半の最初はシングル・カットされた"We Become One"から始まるが、ボーカルのエコー処理の仕方はゼップに似ている。クレジットを見たらプロデューサーがエディ・クレイマーだった。彼はゼップとも仕事をしていたので、なるほどと思った。彼もそうとう意識して制作に立ち会ったのだろう。

 "Give It All You Got"はポップな感じの曲で、リフが印象的。例えて言うならファストウェイ版"Living Loving Maid"だろうか。時間も3分少々と短いところも似ている。

 "Say What You Will"もシングル・カットされている。この曲も聞きやすく、リフがいいのかノリがよい。エディ・クラークというギタリストはけっこう器用なミュージシャンのようだ。
 冒頭のパワフルなドラミングがカッコいい"You Got Me Running"もミディアム・テンポで、デヴィッドのボーカルとバックの演奏がマッチしている。こういうところは彼らのオリジナリティを感じさせてくれるところでもある。

 ただ後半は同じようなテンポが続くせいか、一本調子になってしまうところが惜しい。もう少しスローな曲やアコースティックな曲を入れると、変化があって、ダレなく聞くことができたと思う。ボーナス・トラックの"Far Far From Home"は、その点"Since I've Been Loving You"のようで、なかなか聞かせてくれる佳曲だ。ただ、曲調が曲調だけにロバート・プラントを思い出させてくれるのは、仕方のないことかもしれない。(しかしこれだけ似ていたら本人も気持ちいいだろうなあ)

 この1stアルバムは有名になり、それなりに売れたようだが、翌年のアルバムは残念ながら売れなかった。商業的な不振とツアーからの疲労のせいか、バンド・メンバーが次々と去ってしまい、エディとデヴィッドは1986年に新しいメンバーと3枚目のアルバムを制作するもこれまた不発。結局、デヴィッドもバンドを去ってしまった。

 彼にはエピック・レコードとの契約が残っていたために、当時のジェフ・ベック・グループに参加しないかと打診を受けているが、これを断っている。やがて、いくつかのバンド活動を経験したあとアメリカに渡り、自身のルーツであるアイルランドのケルト・ミュージックをパンキッシュに演奏するフロッギング・モリーを1993年に結成した。

 結局、エディひとりがこのバンドを受け継いで、現在でも活動中である。昨年20年ぶりに新曲で占められたニュー・アルバム「イート・ドッグ・イート」も発表している。2
 今ではゼップの匂いもない音楽を展開しているが、1980年代当時はゼップの影を慕いながら、確かなオリジナリティを出して演奏していたロックン・ロール・バンドだったのである。

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2012年8月 6日 (月)

ダイヤモンド・ヘッド

 多くの人は2012ロンドン・オリンピックをテレビなどで観戦していたと思うけれど、自分のようにあまり関心のないロック・オタクでもやはり4年に1回とくれば気になるものである。

 イギリスのロンドン開催ということで、事前の噂ではポールとリンゴとあと2人の息子を加えたビートルズが1回限りの演奏を行うとか言われていたが、やはり噂のままだった。その代わりに、噂通りポールが"Hey Jude"を歌った。
 ロック的にはアークティック・モンキーズが演奏していたが、ちょっと若すぎたのではないかと思っている。しかも"Come together"は持ち歌じゃないし、あとに本物が控えていたのだから、何か他の曲を歌えばよかったのにと思ったりもした。

 できれば60年代から2010年代までの代表的なバンドやミュージシャンをそれぞれ選んで出演させてもよかったのではないだろうか。でも誰が出るか選ぶのは難しいだろうなあ。いっそのこと、ポールを入れたクィーン+ザ・フーというスペシャル・ラインナップやゼップ+クィーンのような夢のバンドを作ってもよかったのではないだろうか。どうせ1回限りなのだから。

 それで前回の北京オリンピックの閉会式ではジミー・ペイジが演奏して2012年のロンドン大会をアピールしていたが、今回そのジミーには何も話が来なかったため、かなりへそを曲げていたという話を聞いた。そんな彼にはこのブログを呼んで、溜飲を下げてほしいものだ。日本語が理解できればの話だけれど…

 それで今まではゼップやロバート・プラントに似たバンドやミュージシャンを取り上げてきたのだが、すべてアメリカン・ロックという範疇でのことだった。今回からはオリンピックにちなみ場所をイギリスに移して、似たようなバンドやミュージシャンを探していこうと思う。

 それでブリティッシュ・ロック編の第1弾は、80年代にちょっとだけ有名だったダイヤモンド・ヘッドである。

 アメリカでは80年代にL.A.メタルなどが流行したのだが、それより少し前にイギリスではニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル(以下略してNWOBHM)というムーヴメントが興り、それまでのパンク/ニュー・ウェイヴ路線から一転して新しい時代のハード&ヘヴィ・ロックが人気の的になっていた。

 それまでのもろにブルーズに影響を受けた音楽性よりも、パンクの洗礼を受けたせいか、リズムにキレがありテンポも速く、伝統を受け継ぎつつもそれを発展させようとする新しい形のハード・ロックだったと(個人的に)思っている。

 たとえばこのブログでも紹介したアイアン・メイデンなどはその最たる例であるが、それらのバンド群の中で、ヒットには恵まれなかったものの、その影響力は後世まで及ぼしたというバンドがあった。それがダイヤモンド・ヘッドだった。

 たとえばアメリカン・バンドであるメタリカは、このダイヤモンド・ヘッドの曲をカバーして、彼らにリスペクトを示した。そのおかげで90年代にダイヤモンド・ヘッドの再評価が起こり、彼らは再結成するのであるが、その前に簡単に彼らの略歴を見ていきたい。

 中心メンバーは3人で、ボーカルのシーン・ハリス、ギターのブライアン・タトラー、ドラマーのダンカン・スコットだった。彼らは幼馴染だったらしい。
 結成は1976年で、翌年ベース担当のコリン・キンバリーが加入して、オリジナル・メンバー4人がそろったのである。

 名前の由来は、ロキシー・ミュージックのギタリストであるフィル・マンザネラのソロ・アルバムのタイトルからとられたという話があるが、真偽のほどはよく分からない。

 彼らは折からのNWOBHMのブームに乗り、1979年にレコード・デビューした。ただ彼らが他のヘヴィメタ・バンドと違っていたところは、他のバンドが回転の速い、時に性急ともいえる歌や演奏を披露していたのに対して、ダイヤモンド・ヘッドは70年代のようなブルーズ的な解釈を含めた音楽的構成力を全面に出していたところだった。

 ボーカルのシーン・ハリスはこう述べている。『レッド・ゼッペリンが70年代に体現していたことを、僕らは80年代に持ち込んでいきたいんだ。僕らはgood bandにはなりたくない。great bandになりたいんだ』

この発言からも分かるように、彼らは当時の他のバンドとは一線を画していて、最初は本国イギリスよりもドイツのハンブルグで地元の新興レーベルとアルバム契約を行い、逆輸入という形でイギリスでアルバム発表を行った。そして何とアルバムの通信販売という形でファン層の拡大を図りながら、地道にライヴを続けていったのである。

 そして1982年に当時の大手だったMCAと契約を結び、晴れてメジャー・デビューすることができた。また、その年のレディング・フェスティバルではデビュー・アルバム発表前にもかかわらず、満員の観衆から大歓声を持って迎えられ、その年のヘヴィメタ専門誌の新人部門のファン投票で、あのエイジアに次ぐ第2位に選出されている。(しかしエイジアがヘヴィメタとは思えないのだが…)

 そんな彼らが1982年に発表したメジャー・アルバム第1弾が「偽りの時」だった。全7曲しか入っていないのだが、シーンのいうように、様式美を追求した他のバンドとは違い、ゼップのようにずっしりとしたリズムと、ブルージーかつハードなギター、高音のボーカルと確かに新しい時代のゼップを髣髴させるような曲で占められている。Photo
 1曲目の"In the Heat of the Night"はミディアム・テンポのブルージーな曲で、シーンのロバート・プラントのようなボーカルが強調されている。続く"To Heaven from Hell"も最初はそんなに速くない。疾走感はないのでつまらなく思っていると、途中からアップテンポになり、そこから一気に聞かせてくれる。ある意味、アイアン・メイデンのような曲展開に似ていると思う。

 3曲目の"Call Me"はこのアルバムではポップなテイストを持っている曲で、アメリカ西海岸のハード・ロック・バンドのようだ。間奏のギターも売れ戦狙いに聞こえてしまう。時間も4分に満たない。シングル向きの曲である。
 "Lightning to the Nations"はライヴの1曲目に聞きたいような、ノリのよい曲。ドイツ時代にシングルとして発売していて、昔から人気があった曲のようだ。曲の構成もよくて、彼らの代表曲のひとつだろう。

 次のアルバム・タイトル曲"Borrowed Time"はブンブンというベース音にギターとボーカルが絡み合うところから始まり、ハードかつメタリックな質感を伴って進行していく。ギタリストのブライアン・タトラーという人はけっこう上手で、緩急自在に操るところは本家ゼップを意識しているのだろうか。7分30秒少々と時間的には長いが、それを感じさせない。

 "Don't You Ever Leave Me"は彼ら流のバラードだろう。説得力のあるボーカルが印象的だし、後半のギター・ソロにもゼップの幻影が漂っている。これも8分近い曲。
 そして最後の7曲目"Am I Evil?"はボレロ調で始まり、ギター・ソロから徐々に盛り上がっていくところは定番であるが、確かにカッコいい。この曲を始め、彼らの数曲をメタリカがカバーしたことから、彼らは再評価されるのだが、このアルバムには前半よりも後半に聞かせる曲が多いようだ。

 彼らは1985年に解散してしまうのだが、1991年に再結成した。やはりアルバムが売れなくなったからだろう。しかし何度も言うようだが、メタリカのドラマーであるラーズ・ウルリッヒがシーンと親交があったからだそうだが、それだけでなくやはりミュージシャンから見ても気になる存在だったのだろう。

 現在でもダイヤモンド・ヘッドは活動を続けているが、オリジナル・メンバーはギタリストのブライアンだけのようである。現在のボーカルは果たしてロバート・プラントのような声質をもっているのだろうか。定かではない。

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2012年8月 1日 (水)

キングダム・カム

 真夏のロックの祭典ではないけれど、夏にはハード・ロックが似合う。それで今回もゼップやロバート・プラントによく似たアメリカン・バンドを紹介するのだが、アメリカ勢としては最後を飾るのは、やはりこのバンドを差し置いて他にはないだろう。御存知キングダム・カムである。

 このバンド、何が似ているかというとボーカルのレニー・ウルフの歌唱方法がソックリそのままロバート・プラントなのである。自分は初めて彼らの曲がラジオから流れてきたのを聞いたとき、あまりにもその類似性に空いた口がふさがらなかったほどだ。ハエが飛び込んでこなくてよかったと思っている。

 このレニーという人は、ドイツのハンブルグ生まれで50歳。たぶんドイツ時代にバンド活動を行っていたと思うのだが、若い頃にロサンゼルスにやってきてストーン・ヒューリーというバンドを結成して、アルバムを発表している。
 そこそこ話題にはなったものの、セカンド・アルバムの途中でバンドは空中分裂してしまい、1987年に彼を中心にして5人組のバンド、キングダム・カムを結成したのである。

 彼らが発表した1stアルバム「キングダム・カム」は翌88年に発表されたのだが、これが良くも悪くも話題になり、アルバム自体は全米12位プラチナ・ディスクを獲得するほど売れてしまった。これが彼らの悲劇の始まりだったような気がする。Photo

 ストーン・ヒューリー時代もレニーの歌い方はロバート・プラントを髣髴させていたのだが、このキングダム・カムの1stではそれに輪をかけて、そっくりそのままであり、まるでどこかの芸人が物真似をしているような感じだった。
 これがリスナーの間で賛否を巻き起こしたのである。ゼップを知るファンからは大ブーイング。パクリ、キワモノ、二番煎じ、生産性も芸術性も創造性のかけらもないと酷評されたし、一方、ゼップを知らない新しい世代からはカッコいいと上々の評判だったのだ。(でも全体的には非難の方が圧倒的に多かったような思い出がある)

 有名な話としては、ゲイリー・ムーアの1989年のアルバム「アフター・ザ・ウォー」で"Led Clones"という曲を作って、キングダム・カムのことを批判していた。ちなみにこの曲のボーカルはオジー・オズボーンが担当している。

 それはともかく確かに1stアルバムは、類似品という点ではよくできた作品だった。特に2曲目の"Pushin' Hard"はこのタイトルからして、いかにもというもの。ためて一気に爆発する歌い方や“PuPuPu”、“MaMaMa”などをリピートするところなどは本家も脱帽ものである。
 また"What Love Can Be"のタイトルはゼップのセカンド・アルバムの曲名に似ているし、内容はサード・アルバムの"Since I've Been Lovin' You"のパクリである。

 さらにはシングル・カットされた"Get It On"は、タイトルはT・レックスだけど、メタリックな感触はゼップの新曲といっても通じただろう。そして"Loving You"のアコースティック・ギターの使い方はまさにブリティッシュ・トラッド風で、ジミー・ペイジを想起させてくれるのであった。

 翌年彼らはセカンド・アルバムを発表した。「イン・ユア・フェイス」というタイトルなのだが、これは日本語では“ざまあみろ、どんなもんだい”という意味らしい。つまりレニーはこのアルバムで、俺たちは単なるゼップの幻影やコピーではないぞ、やるときはやるんだ、このアルバムを聞けばわかるさ、とでも言いたかったのだろう。51
 確かに前作よりはゼップの影は薄められ、曲にもオリジナリティが出ていて、彼らの成長した姿を確認することができる。前作はゼップのようにブルーズやブリティッシュ・トラッドの影響を受けた楽曲がほとんどだったが、このアルバムではそんな雰囲気はあまり感じ取れなかった。

 "Do You Like It"や"Who Do You Love"ではキーボードが使用され雰囲気がデビュー盤とは違うし、"Gotta Go"は幾分ポップながらもインパクトがあり、シングルカットされてもおかしくないほどまとまっている。 
 また"Overrated"や"Stargazer"のようなメロディアスでミディアム調の曲は個人的にはよいと思った。このような感じの曲を中心に音楽活動を進めていけば、それまでの悪いイメージを払拭できるのではないかと思ったのだが…やはり歌唱方法までは変わらなかったようだ。

 確かにロバート・プラントのパクリと揶揄されるほど似ていたのだが、このセカンドでも歌い方自体はそれほど変わっていない。でもキーボードやボーカル・ハーモニーを使用したり、幾分ポップになったりしていて、自分たちなりのオリジナリティーを出そうとしている姿勢は評価できるだろう。

 ただこのアルバムは全米49位とあまり振るわず、レニー以外のメンバーも全員脱退してしまった。やはりバッシングが激しかったのだろうか。
 結局、レニーは母国ドイツに戻って今もなお活動を続けている。2011年にも新旧の曲を取り混ぜたニュー・アルバムを発表しているから、地道に頑張っているのだろう。

 80年代後半という時代はゼップが解散して数年しかたっていない頃だったし、レニーのような歌い方をしたら批判も多かっただろうが、21世紀の今では直接ゼップを体験した人の方が少ないわけだから、ひょっとしたら受け入れられたかもしれない。

 それにしてもギタリストでは似たような演奏をする人が多いのに(特にブルーズ系のギタリストでは)、ボーカリストで似たような歌い方をすると非難されるとは少し納得がいかない。ギターは楽器という道具だから同じような音が出てもしょうがない、でもボーカリストはバンドの顔だからパクってはいけないとでもいうのだろうか。

 とはいえ本人がどこまで自覚的だったかはわからないけれど、レニーのレベルまでくれば、やはりコピーとかクローンとか言われても仕方がないような気がする。むしろそこまでやれば立派な“芸術”と認めていいのではないかと思ってしまうのだ。“芸術は模倣より生まれる”という言葉もあるくらいだから。

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