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2012年9月

2012年9月30日 (日)

レッド・クロス

 ロック・ミュージックには、パワー・ポップという流れがあって脈々と現代にも受け継がれている。基本的にはポップなメロディとギター中心のハードな演奏が売りであり、ポップ・ミュージック+ロック・ミュージックみたいなものだ。

 パワー・ポップの源流は、やはり何といってもザ・ビートルズだろう。爽やかなメロディと美しいコーラス、シャープな演奏はいつ聞いても素晴らしい。エヴァグリーンとはまさにこういう音楽をさすと思う。

 そこからイギリスではバッド・フィンガーやベイ・シティ・ローラーズなどが生まれ、アメリカではザ・ラズベリーズやチープ・トリックなどが羽ばたいていった。ただ70年代ではパワー・ポップというような言い方はしていなかったと思う。80年代以降になってからそういう細分化がはっきりし始めたように認識している。

 それで今回からは80年代以降のアメリカン・パワー・ポップ3大バンドについて述べてみたい。3大パワー・ポップ・バンドといっても、あくまでも自分にとって影響が大きかったと言う意味であって、このバンドたちが人気、実力、商業的成功をおさめているという意味ではない。

 本当は3大バンドではなくて四天王なのだが、その四天王とは、レッド・クロス、ポウジジーズ、ファウンティン・オブ・ウェイン、ジェリーフィッシュのことをさす。ただジェリーフィッシュについては以前のこのブログで述べているので、今回は省略して3大アメリカン・パワー・ポップ・バンドなのだ。

 自分がレッド・クロスを初めて聞いたのは90年代に入ってからだった。ラジオから流れているのを聞いて初めて知ったのであるが、どちらかというとややハードで、ポップな要素はあまり見受けられなかった。たぶんグランジ興隆時期だったので、時流にあわせていたのかもしれない。

 そのとき初めて聞いたアルバムが「フェイズシフター」だった。メロディとコーラスの付け方は典型的なポップ・バンドという感じだったが、リバースやファズなどのアタッチメントの効果が強すぎて、そんなに気に入った覚えはなかった。ギター前に出すぎでしょ!という雰囲気なのである。41ml1yakabl
 それでも"Lady in the Front Row"や"Monolith"には彼らのポップネスの片鱗が伺われていて面白かった。ギターはグランジ系でもメロディや歌い方はポップなので、逆に言えばそういうアンバランスで目立っていたバンドだった。

 そんな彼らの魅力がギュウギュウ詰まっているアルバムが通算6枚目のアルバム「ショウ・ワールド」だ。前作の「フェイズシフター」から約3年、1996年に発表されたこのアルバムはまさにポップの万華鏡といってもおかしくないほどメロディアスで、前作はギターが目立ちすぎていたのだが、このアルバムでは適度に目立つ程度でバンドとしての一体感が醸し出されている。Photo
 このアルバムにはチープ・トリックやザ・ナックを連想させるような佳曲が多い。たとえば"Stoned"、"Mess Around"などはサビのところがキャッチーで覚えやすく、ためて一気にコーラスが爆発するようなところはパワー・ポップ・ファンならたまらないところだろう。
 パワー・ポップで曲の出来が悪いとどうしようもないのだが、このアルバムに限ってはそういう心配は要らないだろう。どの曲も一定水準以上のレベルには達しているからだ。

 ところがそれ以降、彼らはなかなか新作を出さなかった。待てど暮らせど音沙汰がないので、仕方なく1990年に発表されていた彼らのメジャー・レーベル移籍第1弾の「サード・アイ」を買って聞いた。
 ところがこれがまた聞きやすいアルバムで、彼らの原点ともいえるサウンドが鳴り響いている。余計な装飾が抑えられているので、メロディが際立っているし、適度の疾走感もあり、車を運転しながら聞いていると、どこまでも走り去ってしまいそうな気がしてくる。

 また"I Don't Know How to Be Your Friend"のようなミディアム・バラード系もあるし、ハードな"Shonen Knife"、正にタイトル通りの"Bubblegum Factory"も収められていて、バラエティに富んでいる。また"1976"という曲は当時のアイドルだったデヴィッド・キャシディ主演の映画にも使用されてシングル・ヒットした。
 ここから彼らがメジャーになって行ったということがよく理解できるアルバムでもあった。個人的には「ショウ・ワールド」以上に、一番気に入っているアルバムになってしまった。2
 もともとレッド・クロスはジェフリーとスティーヴンのマクドナルド兄弟が中心となって結成されたバンドだ。兄のジェフリーがベース・ギターを、弟のスティーヴンがギターを担当していて、それ以外のメンバーは流動的である。一時女性キーボーディストも加入していた時期もあったが、現在は男性4人組である。

 またかつては“Red Cross”と表記していたのだが、国際赤十字より紛らわしいと訴えられそうになったために“Redd Kross”と表すようになったという。さすが表音文字である。

 そして何とまあ今年の夏に15年ぶりの新作「リサーチング・ザ・ブルーズ」を発表した彼らは、いまアメリカをツアー中だという。15年もの間どうやって生活の糧を得ていたのか不思議なのだが、とにかく活動を再開させてくれたのはうれしい限りだ。これからもどんどん新作を発表して、パワー・ポップをメインストリームにまで広げてほしいものである。

 ところで前回のブログで紹介したFun.のアルバムのプロデューサーは、マクドナルド兄弟の弟スティーヴン・マクドナルドが行っている。彼のポップ・ミュージックのノウハウを使ってアルバムが制作されたのだろう。あのアルバムが大ヒットしたのも彼のおかげかもしれない。

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2012年9月25日 (火)

FUN.

 はっきり言って、今年最大の“一発屋”ではないかと思っている。その曲はシングル"We Are Young"であり、その曲が収められているアルバム「サム・ナイツ~蒼い夜~」である。パフォーマンスを行っているのは、Fun.という3人組だ。

 この3人組のリーダーであるネイト・ルイスという人は、ボーカル担当なのだが、実は楽器がほとんど演奏できないそうだ。だから歌に専念しているのだろうが、そういうリーダーも珍しいと思う。曲と演奏は残りのメンバーとプロデューサーが担当している。Photo

 もともとネイト・ルイスは、このブログでも紹介していたザ・フォーマットというバンドの中心人物だった人で、日本でも2007年に「ドッグ・プログレムズ」というアルバムを出していた。そのバンドを解散した後に結成したのがFun.だった。

 文字をよく見ればわかるように、"Fun"という同名のバンドがスウェーデンに存在しているために、名前のあとにピリオドをつけたという。どうしても"Fun"という呼び名にこだわりがあったのだろう。
 “名は体をあらわす”とはよく言われることだが、リスナーに楽しみを与えてくれる音楽を創りだすバンドということで、こういう名前をつけたようだ。

 さて肝心の音楽のことであるが、アルバムを通して聞くと、どうしても最初の3曲が印象に残ってしまう。それくらいこの3曲はインパクトが強くて、記憶に残りやすいと思う。
 逆に言えば、他の曲はそこそこいいのだが、どうしてもメロディの洗練度やサビ、コーラスの衝撃度がやや弱いのではないだろうか。

 その3曲のうちの1曲目と2曲目は同じ曲で、1曲目は2曲目"Some Nights"のイントロになっている。
 それでこの2曲はどう聞いてもクィーンである。クィーンのフレディの音域を低くして、ギター・ソロを削ったような感じだ。あとのハーモニーの付け方やコーラスの入り方がクリソツなのである。そういえば、歌い方も力の入れ方が何となくフレディっぽい。本人が聞いたらきっと喜ぶだろうなあ。

 そして今年上半期の最大のビッグ・ヒットとなった"We Are Young"である。発表はアメリカ本国では2011年だが、今年の3月にビルボードのシングルでNo.1になると、以下6週連続で首位をキープし、7週連続の30万枚ダウンロードの新記録も同時に打ち立てたのである。
 ちなみにロック・バンドとしてのシングル・チャートNo.1は、コールドプレイ以来3年半ぶり、ロック・バンド以外ではアウル・シティ以来の2年ぶりという快挙で、アメリカのチャートではヒップ・ホップやダンス・ミュージックがいかに幅を利かせているかということをあらわしているようだが、それを打ち破っての快挙であった。

 それで問題は冒頭の3曲以外の曲についてである。"Carry On"はそれまでの曲とは一転して、静かなバラードのように始まる。そして徐々にアコーディオンやマーチング・ドラムス、キーボード、ギターが絡み合って壮大な展開に広がるのだが、ギターの入り方がやはりブライアン・メイである。ただ、ギター・ソロはなく、あくまでも入り方のみである。

 "It Gets Better"はメロディ自体は良質なのだが、ドラミングやボーカルにエレクトロニックな処理が目立ち過ぎて、まるでゴリラズやケミカル・ブラザーズのようだ。個人的にはこういう音楽は好きではないので、飛ばして聞いてしまう。
 彼らは静かに始まり、徐々に盛り上げていく曲つくりが好きなようで、"Carry On"だけでなく、"Why Am I The One"も似たような傾向を持っている。

 またミディアム・テンポの曲調も多く、最初から最後までのバラード曲や疾走感を伴うアップ・テンポな曲はほとんどない。アルバム中盤から後半にかけてこういう調子なので、全体的にはメリハリが感じられない。だから今年最初の“一発屋”などと失礼な言い方をしてしまうのだろう。"All Alone"などは本当にいい曲なのに、何か埋没してしまったような感じだった。

 あまりエレクトロニックな処理はせずに、もう少し生音や生声で勝負すれば、また曲調にバラエティを持たせれば、もっと世界的にビッグになるのではないだろうか。せっかくクィーン調で始まっているアルバムなのだから、最後までその調子で押し通してもよかったのではないかと思っている。

 さて次のアルバムの中からシングル・ヒットが生まれて、“一発屋”は解消されるのだろうか。そういう意味では、興味深いバンドではあるようだ。

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2012年9月22日 (土)

ロスト・シンボル

 読書の秋ということで、本を読んだ。ダン・ブラウンの「ロスト・シンボル」である。彼の“ロバート・ラングドン”シリーズは、これが3作目。1作目の「天使と悪魔」、2作目の「ダ・ヴィンチ・コード」はいずれもトム・ハンクス主演で映画化されている。

 特に2003年の「ダ・ヴィンチ・コード」は世界的に大ベストセラーを記録し、44の言語に翻訳され7000万部以上の売り上げがあったと言われている。またその謎を読み解く解説本などの関連書籍や映像作品、ビデオ・ゲームも売れている。日本でも角川書店によると、1000万部を突破しているようだ。

 この「ダ・ヴィンチ・コード」が有名になったおかげで、2000年に発表された「天使と悪魔」も2009年に映画化された。「ダ・ヴィンチ・コード」が2006年に映画化されているので、作品の発表順と映画化の順番が逆転している。ダン・ブラウンや関係者にとってはうれしい誤算だったろう。

 この「ロスト・シンボル」は2010年に単行本で出版されたが、貧乏な自分は文庫本が出版されるまで待とうと思っていた。しかし2年以上も待たされるとは思わなかった。それだけ時間を空けないと単行本の売れ行きに影響が出るのだろう。Photo

 この“ロバート・ラングドン”シリーズにはいくつかの共通点が見られる。
①必ず秘密結社や宗教団体が出てくる
②残忍な暗殺者や殺人者が登場する
③知的で魅力的な女性が存在する
④歴史的な事実と結び付けられる
⑤科学的な知識で脚色されている
⑥必ず数時間のうちに解決される
⑦主人公に生活感が漂っていない
⑧物事の展開が急である
⑨殺人方法がグロテスクである
⑩結局フィクションが主体である

 以上の点が考えられるが、第3作目の「ロスト・シンボル」も同様である。今回の秘密結社はフリーメイソンである。その究極の秘密を探ろうとして殺人者が暗躍するのだが、手首を切り落としたり、女性をホルマリン漬けして殺したりする。ちなみに「天使と悪魔」では法王候補を火責めや水責めで殺している。
 また約一晩で事件が発生し、展開し、収束していく点がスリリングであると同時に、現実離れしている。まさに小説の中でしかありえないことだ。

 ちなみに今回のフリーメイソンについては、都市伝説のようなものから何らかの経験者でないと書けないような内容まで触れられている。アメリカ建国の父であるジョージ・ワシントンやトマス・ジェファーソンはフリーメイソンの会員で有名だし、日本でも鳩山一郎や岸信介なども会員だったと噂されている。
 欧米ではロスチャイルド家やモルガン家など金融・財政を牛耳っている一族もいて、そこからフリーメイソン世界陰謀説なども生まれたのであろう。

 科学的な面では「天使と悪魔」では反物質の爆発物が登場したが、今作では純粋知性科学という分野が登場する。これは「人間が死んだらどうなるのか」、「死後の世界とは」、「思考は質量を持つのか」、「人間の思考が物質にどう影響を与えるのか」、「あるいは物質が人間の思考にどう影響するのか」等々、科学と宗教・哲学を止揚するようなアプローチを取っている。2

 スイス生まれの精神科医のキューブラー・ロス女史は、死後の世界を想定した考えを披露している。また日本の電子工学の研究者で文化勲章受章者でもある岡部金治郎は1971年に「人間は死んだらどうなるか」、1979年にはその続編ともいえる「人間は死んだらこうなるだろう」という本を著して、生命エネルギーという観点から死後の世界を科学的に考察している。

 この「ロスト・シンボル」では今までの前2作とは少しニュアンスが異なっていて、科学的な理論よりは信じるか信じないかという宗教的な信念の方に力点が置かれているようで、読み進むにつれて少し息苦しいところもあった。
 ところが、ここがダン・ブラウンの筆使いの素晴らしいところで、各章のページ数が少なくて読みやすいのだ。短くて4ページ、長くても10ページ程度ですぐに次の章に移り、物事が展開していく。そのスピード感があるので、多少内容が堅苦しくてもどんどんページが先に進んでいくのである。その辺の筆致が見事であった。

 アインシュタインは“宗教なき科学は欠陥であり、科学なき宗教は盲目である”と述べたが、科学的裏付けのある高度な宗教や普遍的な価値観のある高レベルの科学はお互いに歩み寄っていくのだろう。狂信的なカルトや恣意的な科学は人類の進歩には不要であるということか。

 いずれにしてもこのシリーズでは、たとえばフランスやバチカン市国、ワシントンDCと、作中の舞台となった場所に見学に行って実際に確かめたくなってくるから不思議である。そういう副次的な効用があるというのも作者ダン・ブラウンの技量なのかもしれない。3

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2012年9月20日 (木)

マルーン5(2)

 この夏に聞いたアルバムの紹介シリーズ第4弾は、アメリカの5人組バンド、マルーン5である。このブログでも2007年に一度紹介しているのだが、そのとき彼らはまだ日本では新人バンド扱いだった。52

 あれから5年、その間に彼らは3枚のアルバムを発表した。しかもいずれも大ヒットアルバムになった。デビュー・アルバムだけで全世界1000万枚以上売り上げているので、その後のアルバムの売り上げは2000万枚近くは達しているだろう。

 そして今回4枚目のアルバムが5月に発表された。タイトルは「オーヴァーエクスポーズド」、日本語で言うと『露出過多』という意味だろうか。アルバム・ジャケットもそれに合わせてか、カラフルかつサイケデリックな色取りとデザインになっている。
 今回のアルバム・コンセプトは、アルバム解説には次のように書かれている。

 『今回は僕たち本来の姿を大切にしたかった。僕たちはポップ・ミュージックを愛している。長い間ロックとポップのハイブリッド・サウンドを生み出そうと取り組んでいたけれど、今は両方ではなく、どちらか一つを選ぶ時だと感じた。そして、選んだのはラジオでヘヴィー・プレイされるポップな曲を作って、それをライヴではオーガニックなアプローチで演奏するという道だった』

 確かにこのアルバムには、いま求められる究極のポップ・ソングが詰め込まれている。それはどういうことかというと、覚えやすいメロディと踊りやすいリズム、それに乗ってラップされる適度なライム、これらが微妙なバランスで釣り合っているような曲のことである。

 1曲目の"One More Night"はミディアム・テンポのレゲエのリズムにソウルフルな歌声が絡み合う。とても白人のアルバムとは思えない。1960年代や70年代では想像もつかないくらい、21世紀の音楽は融合してきたということだろう。

 そして究極のポップ・ソングと言ってもいい"Payphone"は鮮やかで軽快なメロディに乗り、途中にラップのライムが舞っている。これが売れなくてどの曲が売れると言うのだろうか。上のポップ・ソングの条件にフィットしているばかりか、その枠から大きく飛び出し、音楽のジャンルを越えて、無条件の美しさを提示してくれている。よくまあこういう曲を書けるなあと感心してしまった。

 最近のポップ・ソングというのは、耳に残る印象的なメロディ・ラインをサビにして、その前後を適当な音符でつないで曲を仕上げるというパターンが多いのだが、この曲はどこを切っても“金太郎飴”、売れる要素に満ち満ちている。この曲だけでもこのアルバムを聞く価値はあるだろう。5
 もちろん最初の2曲だけでなく、他にも聞くべき曲は多い。それこそサビの部分が壮大な"Daylight"、ノリノリのダンス・チューン"Lucky Strike"、"The Man Who Never Lied"、基本ダンスなのにメロディに哀愁が漂う"Fortune Teller"などなど。

 また1stアルバムの中の大ヒット曲"She Will Be Loved"や"Sunday Morning"を思い出させる"Sad"や"Beautiful Goodbye"、80年代のデジタル・サウンドをちょっと豪華にしたような"Doin' Dirt"などアルバム・ジャケットのように多彩でカラフルだ。

 これら以外にもボーナス・トラックが7曲もあり、中にはプリンスの"Kiss"やアメリカではシングルで1位を獲得した"Moving Like Jagger"も含まれていて、サービス精神も旺盛なのである。

 ただ喜んでばかりもいられない。今回の曲の大部分は外部ライターと共作していて、純粋にバンドだけで作った曲は4曲しかない。今回の大ヒットの影には、この外部ライターの協力もあったからだろうが、1stアルバムのように自分たちで制作した曲でも勝負してほしいものである。

 だからこのアルバムも大ヒットしているけれども、これがピークであとは下り坂を迎えるのか、それともさらにまだ頂点を極めていくのかは、次回以降のアルバムが示してくれると思っている。
 いずれにしてもアルバムを出すたびに大ヒットしているマルーン5である。彼らの勢いがまだまだ続くと信じているのは私だけではないであろう。

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2012年9月15日 (土)

シェイプ・シフター

  今年の夏によく聞いたアルバム第3弾は、サンタナの「シェイプ・シフター」である。サンタナ名義では22枚目のスタジオ・アルバムになるこのアルバムは、まさに原点回帰といっていいほどの情熱と創造性に溢れている。

 それは久しぶりのインストゥルメンタル中心のアルバムというだけではない。オールド・ファンなら一聴してわかるように、70年代の彼の全盛期を髣髴させるような楽曲が収められているからである。

 65歳を越えたカルロス・サンタナであるが、音楽に対する情熱は一向に衰えてはいないようだ。まず自分で新しいレコード・レーベル、スターフェイス・レコーズを立ち上げていて、このアルバムはそこから発表されている。
 自分のやりたい音楽を、自分を表現できる場を求めてのことだと思うのだが、この意欲はやはり賞賛に値するだろう。

  そしてこのレーベルから3部作を発表するとなっていて、今回はその第一弾ということである。有言実行のサンタナのことだから間違いないだろうが、自分のレーベルを持ち、3部作を出すとコメントして、しかも最初がインスト中心とくれば、誰でもサンタナのエネルギーを感じ取ってしまうだろう。さらにその中身が久しぶりの傑作に仕上がっているのだから、往年のファンならずとも興味がそそられてしまうに違いない。

 考えてみれば1999年の「スーパーナチュラル」から2005年の「オール・ザット・アイ・アム」までの3枚のスタジオ・アルバムも3部作といわれていたが、あれらは“歌もの”のアルバムだった。下衆の勘ぐりで申し訳ないが、グラミー賞9部門も獲得した「スーパーナチュラル」の大ヒットのおかげで、それ以降の作品が売れ線を狙ったということも考えられるだろう。

 今回のアルバムはちょうどそれらの対極に位置するもので、原点に戻ったと言うか、揺り戻しがあったと言うべきか、彼の中でうまくバランスを取ろうとする気持ちが働いたのかもしれない。

 アルバムは全13曲で、国内盤では2曲のライヴ・ボーナス・トラックがさらに付いている。1曲目のアルバム・タイトル曲"Shape Shifter"はイントロのアコースティック・ギターがこれから始まる“サンタナ劇場”を想起させてくれる。続いて何やら呪術的なスキャットとハモンド・オルガン、さらにテンポのよいリズムとともに“官能的”と称されるギターが鳴り響くのである。1

 1曲目が6分以上もあるのに対して、2曲目の"Dom"は4分に足りない短いものになっている。基本はギターとリズムを刻むストリングスなのだが、全体的には昭和歌謡曲的なメロディが耳に残った。

 このアルバムの中で魅力的な楽曲のひとつが"Nomad"だろう。やはりこれこそがサンタナ節というか、サンタナはこうでないといけないという曲である。ドンドコドンドコという骨太いリズムに乗って、久しぶりに暴れるギターを聞いた感じがする。間奏に入るハモンド・オルガンとそれに対抗するかのようなギターが、かつてのグレッグ・ローリーvs.カルロス・サンタナを思い出させてくれた。

 4曲目の"Metatron"は何かのテーマ音楽のようで、うれしそうに弾きまくっているサンタナが目に浮かぶようだ。メロディ自体はこれまた昭和歌謡のようで、日本人には間違いなく受けるだろう。

 "Angelica Faith"は自分の娘に捧げたバラードで、"Europe"や"Moonflower"の系統に属する曲でもある。続く"Never the Same Again"は何となく高中正義を髣髴させるような、明るくてトロピカルな雰囲気をたずさえている。曲自体はいいのだが、自分にとっては避けたい曲調のひとつ。通して聞くときはたぶん飛ばして次の曲を聞くだろう。

 "In the Light of a Day"は壮大なシンセサイザーから始まるのだが、何となくジェフ・ベックの最近のテクノ&エロクトロニックな曲を思い出させてくれた。ゆったりとした曲で、夢幻の境地に運んでくれるのだが、ジェフ・ベックの方がこの手の曲には長けていると思う。

 "Spark of the Divine"は次の"Macumba in Budapest"の序曲といっていいだろう。1分あまりの中に、ストリングス、アコースティック・ギター、エレクトリック・ギターが壮麗な牙城を築いている。
 その"Macumba in Budapest"は21世紀の"Moonflower"で、まさにサンタナならではの曲。このラテン・パーカッションこそサンタナの命綱といっていいだろう。こういう曲をもっともっとやってほしいものだ。

 10曲目の"Mr. Szabo"はアコースティック・ギターがフィーチャーされたもので、パコ・デ・ルシアやディ・メオラにラテンの血を注いだようなリズムが印象的だった。
 一転して"Eres La Luz"は静かなアコースティック・ギターの序奏から始まるが、パーカッションが弾け、ラテン・ダンスに使用されそうな曲に変化していく。このアルバム唯一のボーカル入りの曲だが、サンタナは前曲と同じようにアコースティック・ギターを中心に演奏していて、後半の約50秒でエレクトリックに持ち替える。この曲はライヴでも盛り上がるだろう。

 "Canela"はイントロからサンタナと分かる曲。この曲も"Europe"、"Moonflower"の流れを持つ曲で、3分までは官能のバラードなのだが、途中のピアノの連打からアップテンポになり、ハモンド・オルガン、エレクトリック・ギターと続くところが予定調和的ながらも素晴らしい。アルバム最後を盛り上げるにふさわしい曲である。ちなみにピアノを弾いているのは彼の息子のサルバドール・サンタナらしい。

 そして最後は静かな"Ah, Sweet Dancer"で幕を閉じる。この曲も息子サルバドールのピアノとの共演だが、基本的にはメインのフレーズだけカルロスのギターが演奏され、それを引き継ぐかたちでピアノが奏でられる。余韻が美しい。

 サンタナにとっては歴史的な名盤とはいえないものの、久しぶりに彼らしいサウンドを堪能することができる傑作アルバムだ。特にアルバム・タイトル曲でもある"Shape Shifter"や"Nomad"、"Canela"、"Macumba in Budapest"などは一聴に値する曲だろう。

 シェイプ・シフターとは神話や伝説に登場する動植物などに変身する妖怪のことらしいが、このアルバムではまさにタイトル通り、変幻自在なサンタナ・サウンドを楽しむことができる。3部作ということなので、円熟したサンタナ・サウンドが次回作以降ではどのように展開していくのか、楽しみである。

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2012年9月10日 (月)

ヴィンテージ・トラブル

 さて今年の夏によく聞いたアルバムを紹介する第2弾。今回は今年デビューしたアメリカの新人バンド、ヴィンテージ・トラブルの登場である。

 このバンドはアメリカ人4人で構成されているのだが、昨年イギリスの雑誌で最優秀新人バンドとして掲載されたことから人気に火がつき、BBCのテレビ番組に登場したり、デビュー・アルバムがチャートの上位にランクインしたりした。

 こういう現象はジミィ・ヘンドリックスと同じだ。ジミィの場合もイギリスでのツアー中に噂が噂を呼び、クラプトンなどの有名ミュージシャンが会場に顔を見せるようになった。そしてアメリカに戻って、モンタレー・ポップ・フェスティバルに出場して人気を決定付けたのである。

 話を元に戻してヴィンテージ・トラブルも同じように、まずイギリスで人気が出てアメリカに逆輸入してきた。それでアメリカや日本でもようやく認知されるようになってきたのである。 
 さらにまた、彼らの実力は極めて高く、あのブライアン・メイやボン・ジョヴィも絶賛しているし、100日間で80回のライヴをこなし、40万人以上も動員したという記録も打ち立てている。日本でも輸入盤が好評で、国内盤が発表されるまでに1万枚近くが売れたそうだ。

 メンバーは以下の4人。
 ボーカル…タイ・テイラー、バンド唯一のアフリカ系アメリカ人。オーティス・レディングとティナ・ターナーがフェイヴァリット・ミュージシャンで、好きなアルバムはキャロル・キングの「つづれおり」だそうだ。

 ギター…ネリー・コルト、スウェーデン生まれのアメリカ育ち。ジミヘンに憧れてギターを始めた。U2の「ヨシュア・ツリー」が愛聴盤らしい。

 ベース…リック・バリオ・ディル、フロリダ生まれ。最初はギター小僧だったが、スライ&ザ・ファミリー・ストーンを聞いてベース・ギターを始めた。何でもチョッパー・ベース奏法をマスターしようと思ったらしい。好きなアルバムはダニー・ハザウェイの「ライヴ」とのこと。

 ドラムス…リチャード・ダニエルソン、カリフォルニア出身。70年代のシンガー・ソングライターが好きで、キャット・スティーヴンスやボブ・ディラン、ジェフ・バックリー、ダミアン・ライスのアルバムをよく聞くという。ダミアン・ライスが好きという点では、なかなかいいセンスをしていると思う。

 ボーカルのタイ・テイラーは幼い頃に教会の聖歌隊で歌っていた。だからリズム&ブルーズやゴスペル・ミュージックなどの基礎は子どもの頃から身についていったようだ。その後ロサンゼルスでバンドを結成してシングル曲を出したり、クラブでライヴ活動を行った。
 やがてゴースト・ハウンズというバンドを結成したのだが、そのバンドのギター担当がネリー・コルトだった。彼とは15年来の付き合いになるという。

 2010年にこの4人で活動を始め、ロサンゼルスのボム・シェルター・スタジオというところで3日間で収録したアルバムを発表した。このアルバムが2011年に世に出た「ボム・シェルター・セッションズ」である。
 国内盤アルバムには、正規の10曲とライヴ録音が4曲、未発表ボーナス・トラック2曲の16曲が収められていて、スタジオ録音の雰囲気とライヴの様子の両方を味わうことができる。 Photo_2
 まず1stシングルになった"Blues Hand Me Down"。この曲はノリがよくカッコいい。アルバムの冒頭を飾るにふさわしい曲だ。聖歌隊で鍛えられたタイ・テイラーのソウルフルな歌声が素晴らしいし、それを支えるグルーヴのあるリズム・セクションとその間に切り込んでくるファズの効いたネリーのギターという曲構成が見事である。

 続く"Still And Always Will"は、ミディアム・テンポだがインパクトのある曲。もろ70年代という匂いをプンプンさせてくれる。ドラムのフィル・インが特長的だ。
 3曲目の"Nancy Lee"もギターのリフがどこかで聞いたような気がしてくる。ジョン・レノンの"Cold Turkey"だ。この曲のライヴ・ヴァージョンがボーナス・トラックで収録されているのだが、アコースティック・ギター1本と最低限のパーカッションで構成されていて興味深かった。

 次の曲"Gracefully"はお約束のスロー・バラードで、タイの好きなオーティス・レディングに倣っているようだ。こういう風に曲の構成が予想できるところもまた、60年代から70年代の音楽が好きな人ならたまらない魅力になっているのだろう。
 5曲目の"You Better Believe It"はハーモニカがフィーチャーされたミディアム・テンポの曲。まさにソウル・ミュージックである。

 "Not Alright By Me"もスローな曲で、例えていうならロッド・スチュワートの"People Get Ready"みたい。(正確にいうとオリジナルはロッドではなくカーティス・メイフィールド)
 "Nobody Told Me"はミディアム・テンポの曲で、スタジオ・ライヴ・ヴァージョンと二通りアルバムに収められているが、両方ともあまり変わりはない。それだけメロディがしっかりしているから、アレンジしにくいのだろう。

 次の曲"Jezzebella"も同じような曲調なので、アルバムの後半になると正直だれてくるのだが、それを"Total Strangers"が救っている。ジェイムズ・ブラウンがロックしたらこんな曲になるだろうと思わせてくれた。ライヴではもう少し回転を早くしている。自分はライヴ・ヴァージョンの方が気に入った。

 そして最後の曲"Run Outta You"はアルバムのクロージング・テーマのように聞こえてくるバラードである。タイのボーカルと予定調和的なバックの演奏にしびれてしまった。最後のネリーのギター・ソロが印象的でもある。ジミヘンとまでは言えないが、演奏者の陶酔感が伝わってくる点では、近頃では珍しいと思う。

 とにかく、もしあなたがレニー・クラヴィッツの音楽が好きなら、あるいは70年代のソウルやロック・ミュージックのファンなら是非耳を傾けてほしいアルバムである。自分にとっては今年上半期で最も気に入ったアルバムになってしまった。

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2012年9月 5日 (水)

クロックワーク・エンジェルズ

 「クロックワーク・エンジェルズ」というのは、カナダの3人組ロック・バンド、ラッシュの通算20作目のスタジオ・アルバムのタイトルである。日本では今年の初夏に発売されたアルバムだが、自分にとってはなかなかの大作で、何度聞いても飽きが来ない。

 ラッシュというバンドは、デビューして40年以上にもなるのだが、いまだに第一線で活躍している数少ないバンドでもある。
 たびたびこのブログでも取り上げているのだが、3人組というロック・ミュージックをおこなう上での最少人数にもかかわらず、とても3人でやっているとは思えないほど緻密でエネルギーに満ちた楽曲を演じることで有名だ。2

 ボーカル&ベース・ギター担当のゲッディ・リーはジョン・アンダーソンばりのハイ・トーン・ボーカルとライヴではダブル・ネックのベース・ギター、ベース・ペダル、キーボードと、ひとり4役も5役もこなす才能豊かなミュージシャンであり、ドラマーのニール・パートはアルバムの作詞を担当し、ラッシュのアルバムを文学作品まで高めることに貢献している。

 日本国内でも海外でもラッシュの文学観や世界観を研究する人たちや団体が存在していて、ニールの書いた作品について侃々諤々の論陣を張っているといわれている。確かに難解かつ深遠な彼の詩については研究に値するだろう。しかしそうなると、もはや芸術の域に達しているようだ。

 また彼の演奏プレイについてもテクニカルかつパワフルで、まるで戦闘機のコックピットに乗っているようにドラムセットに囲まれてプレイをする。セットの一部を移動させないと椅子に座ることができないと言われているほどだ。

 ギター担当のアレックス・ライフソンもテクニカルなギタリストである。ただ自分は彼の良さというのがイマイチ理解できていない。それは彼のプレイ・スタイルがコード・ストロークもしくはアルペジオ主体で、印象に残るようなリード・パートが少ないからである。
 だからもう少しメロディアスなフレーズを弾いてほしいと思っている。彼にはその才能は充分あると思っているのだが、なかなかその機会に恵まれていない。

 また彼もアルバムでの楽曲を、そっくりそのままライヴで再現することを志向していて、実際に今までも実践してきている。そういう意味ではギミックに頼らないミュージシャンでもある。

 それで全米2位まで上昇した彼らの最新作「クロックワーク・エンジェルズ」も前作から5年のインターバルを経て発表され、渾身の努力を傾注して作られたもののようだ。
 今回は久しぶりのコンセプト・アルバムということで、自分のような軽薄な人間にはよく理解できていない。ただアルバム・ジャケットを見てもらえばわかるように、全体的に“時”を表していて、過去・現在・未来の流れにあるSF的な世界観を表現していると思われる。Photo
 また全12曲は時計の12時間分を表しているようだ。これもまたニールのコンセプトによるものだろう。
 詳細な曲ごとの感想は省略するが、相変わらずのラッシュ節で満ち満ちている。また8曲目"The Wreckers"のように、意外にポップな曲もあるのは自分にとってはうれしいことだった。

 ただ彼らも60歳間近である。ゲッディの声を聞く限りでは、もうかつてのようなハイ・トーンのみを聞くことはできない。高いことは高いのだが、シャウトではなく歌いこむように変化してきている。

 アレックスのギター表現の多彩さは相変わらずで、このアルバムでもアコースティックからエレクトリックまで幅広いのだが、惜しむらくは先にも述べたように印象的なフレーズに乏しいことである。その分、ゲッディの歌唱やニールの世界観が伝わるようにアルバムを通して工夫しているのかもしれない。

 彼らがデビューした当時は、カナダ版レッド・ゼッペリンのコピー・バンドと言われていたが、それが現在ではドリーム・シアターのような音を構築している。最少の人数であの分厚い音を鳴らし、さらには同様の音質をライヴでも保障している。それだけでも彼らとこのアルバムの素晴らしさが分かるのではないだろうか。

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2012年9月 2日 (日)

プロメテウス

 先日、映画「プロメテウス」を見に行った。予告編などを見ていたので、また監督がリドリー・スコットということでもあり、この映画が“エイリアン”シリーズに連なるものということが分かっていた。

  結論から言えば、この映画は“エイリアン”誕生の謎を解明するものだったし、これまたシリーズ化されるのは間違いないといえるような内容だった。確か映画の宣伝が“人類誕生の謎に迫る”だったと思うのだが、人類誕生の謎はお預け、逆に人類が宇宙人から狙われていたというオチまで付いていて、その理由を探りに一人の女性が一台の人造人間とともに宇宙人の母星に出かけるというところで終わっているからだ。Photo
 ごく大雑把に内容を述べさせてもらうと、宇宙船プロメテウス号が向った先の惑星は、宇宙人の最終兵器開発地域であり、そこにおそらく宇宙人から開発されたであろうエイリアンの卵がいくつも見つかる。

 これは自分の推論なのだが、宇宙人たちは、最終兵器を開発するためにエイリアンをなぜか培養というか交配させていたようである。

 映画の途中部分で、密かにエイリアンの卵を持ち帰ったアンドロイドが乗員のひとり、しかも主人公であるヒロインの恋人、に卵に付いていた液体を飲ませ宇宙人化?させてしまうし、結果的にヒロインの体内でエイリアンが育っていくのであるが、お腹を食いちぎって出てくる前に、ヒロイン自らが人工手術マシーンを使って運良く取り出すことに成功する。ちなみにここで目にするエイリアンはヘビ型ではなくて、4本足のイカ型エイリアンだった。エイリアンはおそらく自分が寄生した生物のDNAを自分のものにしてしまうのだろう。だから手足4本分あるエイリアンに変化したのだろう。

 人類誕生の謎を探りに来た地球人たちは、そこで冷凍睡眠中であった唯一の宇宙人とコンタクトをとるのだが、なぜかその宇宙人は激怒し、地球人を殺して宇宙船で地球に向っていく。もちろんエイリアンの卵を乗せたままである。
 
 そうはさせじと主人公のヒロインは、このままいけば地球は滅びてしまうので、プロメテウス号の船長にカミカゼ特攻隊になってほしいというようなことを示唆し、結局、宇宙人の乗った宇宙船は撃沈されるのだが、ヒロインが戻った脱出用ポッドに残っていたイカ型エイリアンと宇宙船から奇跡的に生き残った宇宙人が戦うようになり、結局イカ型エイリアンが宇宙人に寄生してしまうのである。

 一人残ったヒロインと一台のアンドロイドはなぜ彼らが最終兵器であるエイリアンを創造するようになったのかを探りに旅立つのである。ここからパート2につながるのだろう。

 要するにエイリアンは元々は宇宙人が開発した最終兵器であり、それが人間に寄生して4本足のイカ型エイリアンになり、ラストの部分でそこからさらに宇宙人に寄生して生まれてきたものであるということが分かった。ラストシーンであの特徴的な頭の形をしたエイリアンが見られるからだ。

 ただよくわからないことがいくつかあって、たとえば人間と宇宙人のDNAは同じだと言っているにもかかわらず、ヒロインの体内から出てきたエイリアンの形は、宇宙人の体内から出てきたエイリアンの形とは異なっている。エイリアンが寄生した生物のDNAを取り込むのであれば、同じ形になるのではないか。そしてどう見ても宇宙人の方が地球人よりも優れているように見えるのだが、あれも本当に同じDNAを持っている生物なのだろうか。

 また映画の冒頭のシーンで、宇宙人が原初の地球に来て、黒い液体を飲み拡散していくのだが、あれは何を意味しているのであろうか。地球を第2の母星化するべく我が身を犠牲にしたのだろうか。ならばその後60億年もの長きにわたって彼らが地球に訪問しないのは、その間に宇宙人が滅びたということだろうか、エイリアンによって。2

 たぶんそういう疑問は、このあとのシリーズ化で徐々に明らかにされていくのであろう。

 最後にロック的な立場から見ると、途中で船長がスティーヴン・スティルスの曲"Love the One You're With"の一部を口ずさむところがあった。これは1970年に発表された彼の最初のソロ・アルバムからシングル・カットされた曲で、邦題では“愛の讃歌”と呼ばれていたと思う。Photo_2
 ビルボードのチャートでは最高位14位で彼の最大のヒット曲だったし、アルバム自体も3位まで上昇している。しかし、なぜこの曲になったのか、1970年の曲が2093年という設定の映画の中で使われたのかよくわからない。いずれにしても100年以上も経ってまだ記憶の中にあるだろうということを知って、スティーヴンもきっと満足するに違いない。

 ところでこのアルバムにはデヴィッド・クロスビーやグラハム・ナッシュ、リンゴ・スターやリタ・クーリッジなどの豪華なミュージシャンが参加していて、ちなみにエリック・クラプトンとジミィ・ヘンドリックスが共演している唯一のアルバムでもある。ジミィはこのアルバムの発表前に亡くなっているので、このアルバムは彼に捧げられたものになっている。

  次回作のパート2では誰の曲が使われるのだろうか。デヴィッド・クロスビーなどのC,S,N&Y関連か違うミュージシャンなのか、そういう意味でも話題は尽きない。(かもしれない)

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