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2012年10月20日 (土)

ザ・モンキーズ

 さてさて、今までパワー・ポップのアルバムを紹介してきたが、いっそ60年代まで戻ってみようと思い、ザ・モンキーズのアルバムを聞いてみた。聞き終わって思ったのだが、やはりザ・モンキーズはパワー・ポップ・バンドではなく、単なるポップ・バンドという当たり前の結論にたどりついた。

 理由はメロディはポップなのだが、イギリスの“カブト虫たち”とは違って自作曲が少ないということやギターがさっぱり目立っていないということが上げられるだろう。
 よく言われることだが、彼らは自然発生的なバンドではなく、メンバーはオーディションで決められていて、“作られたアイドル”というイメージが強かった。コーラス・グループでは選抜されてデビューするというのはよく聞く話だが、バンドでは当時は珍しいといえるだろう。

 要するにイギリスの“カブト虫たち”に対抗して、アメリカでもアイドル・バンドを作ろうとしたテレビ会社の思惑だったのだろう。だから当時のアメリカではレコードだけでなく、テレビや雑誌などのマス・メディアを総動員して彼らを後押ししていた。しかもこの企画は大当たりして、海を越えイギリスでも売れるようになってしまった。

 ただ彼らの寿命は短かった。彼らの看板番組が終了すると、人気も下降線をたどるようになり、曲も売れなくなった。当然のことながら有能なスタッフは去ってしまい、バンド内の人間関係も微妙になって、最終的に解散してしまう。今ではよくあるバンド・ヒストリーであった。

 1965年に、テレビ会社のNBC主催で行われたオーディションには437人が集まったといわれていて、中にはスリー・ドッグ・ナイトのボーカリストのダニー・ハットンや売れる前のスティーヴン・スティルスもいた。スティルスは歯並びが悪くて髪が汚いという理由で不合格になったのだが、彼は自分の代わりにピーター・トークを推薦して、ピーターの方が合格している。

 自分は、彼らは作られたバンドだったから全く演奏できなかったのだろうと思っていたのだが、実際はギター担当のマイク・ネスミスとベース担当のピーターはセミ・プロ・バンドで活動していたので演奏は充分だった。特にマイクの方はレコーディングの実績もあったので、プロ・ミュージシャンといってもいいだろう。
 残りのメンバー、ボーカルのデイヴィー・ジョーンズとドラマーのミッキー・ドレンツの方は俳優としての経歴はあったものの、本格的な音楽的経歴はなかった。だからデビュー・アルバムとセカンド・アルバムの演奏にはグレン・キャンベルやレオン・ラッセルなどのスタジオ・ミュージシャンが集められたのである。(ミッキーの方はギターの覚えはあったもののあくまでも趣味の範囲を超えない程度であったようだ)

 また当時のアメリカの音楽業界の権力者であったドン・カーシュナーが、これらのアルバムの音楽監修を務めていて、彼の意向に沿った内容になっている。だからそれぞれのアルバムにはシングル・ヒット曲が収められていた。

 デビュー・アルバム「モンキーズ」の中の"Last Train to Clarksville"(恋の終列車)がビルボードのチャートで1週間全米1位になったし、セカンド・アルバムに収められていた"I'm a Believer"は7週連続1位を記録した。ちなみにこの曲はニール・ダイヤモンドが作っている。

 そんな彼らがたんなる操り人形を嫌って音楽的自立を始めたのが、サード・アルバムの「ヘッドクォーターズ」からであった。全14曲中7曲にメンバーが作詞や作曲に関係していた。中でもマイクとミッキーが単独でそれぞれ3曲と1曲、ピーターが1曲共作して、他の2曲は4人で書かれている。41nhe38a
 マイク・ネスミスは、1曲目の"You Told Me"と5曲目の"You Just May Be The One"、10曲目の"Sunny Girlfriend"を提供していて、ザ・バーズのようなアコースティック的フォーク・ロック調である。一方、ミッキーの"Randy Scouse Girl"の方はピアノを基調としたもので、イギリスでヒットしたそうだ。

 ザ・モンキーズの活動ピークは1966年から68年の3年間で、特に67年にはセカンド・アルバムと「ヘッドクォーターズ」、4枚目の「スター・コレクター」と3枚発表していて、これは自分たちで制作しようという意欲の表れであり、逆にいえばデビューから押さえつけられていた反動が出たのだろう。

 この4枚目のアルバム「スター・コレクター」ではオリジナル曲が減っていて、ピーターが1曲、マイクが1曲、ディヴィーとマイクが他者とそれぞれ1曲ずつ共作しているだけである。
 ただボーナス・トラックにはマイクたちの曲があるので、オリジナル・アルバムに収録されたのが少なくて、実際はもう少し曲を作っていたのだろう。2

 また当時の彼らは、テレビ番組収録や1年間で3枚のレコーディング、全米各地でのライヴ活動と、寝る暇もない状態だったから、曲をたくさん作ることは時間的にも困難だったのだろう。
 クレジットを見ると、ニルソンやジェリー・ゴフィン&キャロル・キングなど有名ミュージシャンが曲を提供していて、後者の曲"Pleasant Valley Sunday"はシングル・チャートで3位になっている。

 全体的にはサイケデリックな印象があって、やはり当時の時代の影響だろうか、おとなになったザ・モンキーズに思えた。特にアルバム後半では、マイク単独曲の"Daily Nightly"や彼の共作曲"Don't Call On Me"などにそれが見られる。なお"Daily Nightly"ではムーグ・シンセサイザーが使用されていた。

 彼らのテレビ番組は1968年3月に終了したが、その翌月に発表されたのが「小鳥と蜂とモンキーズ」だった。それまでのアルバム4枚はすべてチャートの1位を記録していたが、このアルバムは3位で止まっていて、内容的にはそれまでのアルバムと遜色はないものの、番組終了の影響か1位を逃している。1
 このアルバムからは有名な"Daydream Believer"が収録されていて、4週連続1位を記録した。このアルバムがもう数ヶ月早く世に出されていたならおそらく1位を記録したに違いない。1曲目からストリングスが目立っていて、ソフト・ロックの世界に迷い込んだような気がした。2曲目もアルペジオ中心の電気ギターが目立つくらいで、静かな印象を受けた。耳には馴染みやすいが、彼らの今までのアルバムに比べれば、ロックの世界からは最も遠いアルバムになったようだ。

 スティルスの推薦でバンドに加入したピーターは、1968年末にバンドから脱退し、翌69年にはギター担当のマイクも脱退した。残されたディヴィーとミッキーの2人はバンドを続けていったが、1970年には解散した。
 その後も新メンバーを入れたり、オリジナル・メンバーでアルバムを発表したりと散発的な活動を繰り返していたが、ボーカルのディヴィーが今年の2月29日に心臓発作で亡くなってしまい、オリジナル・メンバーでの再結成は不可能になってしまった。

 現在、ミッキーはTVやラジオの司会、DJなどを行っているし、ザ・モンキーズの中で一番目立っていたマイクは現役ミュージシャンとして活躍している。また、70歳になるピーターはガンを宣告されていたが、現在は回復していて、自分の体験談をフェイスブックなどに綴っているようだ。

 一時は“カブト虫たち”と並び称されるほどアメリカで人気を誇っていたザ・モンキーズである。作られたアイドル・バンドとはいえ、その知名度や影響力は、時代を超えて今もなお人々の記憶に焼きついているようだ、特にここ日本では。


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コメント

 モンキーズにはそんな歴史があるんですね。当時は全く私は興味が無くて(なにせ”カブト虫たち”にも興味が無かったくらいですから)、面白いお話しをありがとうございました。
 考えてみると、私はそれほどカントリーは好きではないのですが、C.C.R には、この1960年代後半には”スージーQ”に惚れ込んでいました。ロックに開眼させてくれたのはこれですね。・・・しかしピンク・フロイド、キング・クリムゾンの方向に流れました。懐かしい時代ですね。

投稿: 風呂井戸 | 2012年10月24日 (水) 23時15分

コメントありがとうございます。まさか風呂井戸さんからモンキーズのコメントを頂けるとは思ってもみませんでした。
 自分にとってもモンキーズはシングル・ヒット曲しか知らず、しかも全盛期を過ぎたときだったのでのめり込むまではいきませんでした。でもこうして振り返ってみると、やはり一時代を築いたミュージシャンだったようです。重ねてありがとうございました。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2012年10月25日 (木) 17時24分

いやいやモンキーズを語ってくれてありがとうございます。
私が小学校6年生からの付き合いの大好きなバンドです。
毎日のようにレコードを聴き、歌を覚えてよく歌ったものです。私の青春です。今でもインターネットラジオで聞きながらウォーキングしております。そしてスナックのカラオケでも毎度歌っております。 私にとってモンキーズは、生きる力そして癒しです。

投稿: 鈴木克己 | 2017年9月15日 (金) 21時21分

 鈴木様へ コメントありがとうございます。洋楽が好きな人なら、誰でもお気に入りやご贔屓のバンドはあるものです。

 清志郎もレコーディングしていたくらいですから、当時は(そして今も)かなりの影響力があったと思います。今でもCMなどでも使われていますから。

 わざわざ読んでいただきまして、ありがとうございました。不十分なところはお許しください。今後ともよろしくお願い致します、

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2017年9月17日 (日) 16時24分

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