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2012年12月

2012年12月29日 (土)

マリリオン(2)

 今年の話題をさらったプログレッシヴ・ロックのアルバム最終回の今日は、イギリスの至宝マリリオンのアルバム「サウンズ・ザット・キャント・ビー・メイド」についてである。

 プログレッシヴ・ロックはイギリス発祥の音楽ジャンルであるが、21世紀の今や、本国イギリスよりも北欧や南欧イタリアなどで継承され、発展しつつあり、逆にイギリスでは空洞化が目立つ。まるで日本の製造業のようであり、物理の熱力学第二法則のようだ。

 そのイギリスの中で頑張っている数少ないプログレ・バンドのひとつがマリリオンである。自分もマリリオン・フォロワーとして彼らの活動を追っていたのだが、最近はライヴ盤や自分たちのセルフ・カバー盤などでの活動が目立っていたから、プログレッシヴのフィールドに立ったアルバムは久しぶりだった。

 3年ぶりのスタジオ・アルバムとはいえ、前作の「レス・イズ・モア」は、過去の曲を中心にリメイクされたアコースティック・アルバムであり、純粋なオリジナル・スタジオ盤は2008年の「ハピネス・イズ・ザ・ロード」以来ではないだろうか。
 しかもこのアルバムは、Vol.1とVol.2の2枚組で、Vol.2は従来のプログレ寄りサウンドだったものの、Vol.1では英国の美メロ・ポップ・バンドのような曲で占められていた。それを聞いたときは、ひょっとしたらマリリオンは、大きくその音楽性をシフトしたのではないかと思ってしまった。

 さらに日本国内では1998年の「ラディエーション」以来のアルバム発表ということで、昔からのファンも心配していたのではないかと思う。しかし、この最新アルバムは、そんな不安を吹き飛ばすマリリオンらしい重厚で幻想的な傑作アルバムだ。Photo_2
 まず1曲目の"Gaza"からして17分34秒もある超大作である。最初はダークな感じだが、5分過ぎから静寂が訪れ、スティーヴ・ホガースが切々と訴えかけてくる。“ガザ”とはパレスチナ問題のことなのだろうが、ガザ地区に住む子どもたちの事を歌ったもので、こういう政治的な視点を持つ曲を歌うことも珍しいと思う。そして後半の12分過ぎから、お約束ともいうべきスティーヴ・ロザリーのギター・ソロが響き渡り、両スティーヴの揃い踏みが始まるのである。

 2曲目はアルバム・タイトルと同名曲で、1曲目のヘヴィでダークな曲から、一転してかつてのマリリオンのような叙情的な展開を見せる曲に変わる。当たり前のことで恐縮なのだが、スティーヴ・ホガースのボーカルは様々な顔を持っていて、曲ごとに変化していく。昔からこんなに技巧的なボーカリストだったのだろうか。自分の認識不足だったと思っている。途中のキーボード・ソロも曲に彩を添えていて素晴らしい。

 "Pure My Love"はタイトル通りのマリリオン流ラヴ・ソングで、コールドプレイのような、他のバンドが歌ってもおかしくない最大公約数的なポップ・ソングでもある。「ハピネス・イズ・ザ・ロード」のVol.1に収められていた曲調で、よく言えばマリリオンの新しい側面を象徴している部分だ。この曲の歌詞だけはジョン・ヘルマーという外部ライターの手によるもの。

 続く"Power"も同傾向の曲。ただこちらの方が躍動感を伴っていて、よりロック的ではある。トランスアトランティックでも活躍したベーシストのピート・トレワヴァスの弾くフレーズが印象的だ。

 5曲目の"Montreal"は、このアルバムの2番目に長い曲で14分02秒もある。アルバムの中盤はホガースのボーカル中心のトラックが続くが、この曲も彼のボーカルで始まり、それを分厚いキーボード群が支えている。

 キーボード担当のマーク・ケリーはもう少し評価されてもいいミュージシャンだと思う。この曲でもエレクトリック・ピアノからストリングス・キーボードまで担当していて、5分過ぎからのブリッジ的部分ではさりげなく曲を支えているし、曲展開部でもまずピアノやキーボードが全体の方向付けを行っている。
 後半はスティーヴ・ロザリーのアコースティック・ギターで下味をつけ、エレクトリック・ギターでさらに仕上げていく感じだ。

 "Invisible Link"はマリリオン流のバラード・ソングかと思いきや、途中から急に爆発し盛り上がっていく。この曲のエレクトリック・ギターは、ピート・トレワヴァスが担当している。そのせいか明快なギター・リフ(ソロ)は聞かれない。

 7曲目の"Lucky Man"は、もちろんグレッグ・レイクの歌ではない。イントロはハード&ヘヴィなのだが、途中のボーカル部分からは歌詞を聞かせるかのように演奏はトーン・ダウンしていく。インストゥルメンタルとボーカル部分を区切っているかのようだ。演奏部分ではギターを中心に一丸となって進んでいき、印象深い。キーボード・ソロも同様にもっと効果的に挟むとさらにプログレ度も深まると思うのだが…

 そしてアルバム最後を飾るのが"The Sky Above The Rain"である。この曲も10分を越える曲だが、前半は静、やがて5分過ぎから徐々に使用楽器も増え、動へと展開していく。曲自体のメロディも美しく、映画のエンディングにも使えそうだ。ここでもスティーヴ・ロザリーのギターが輝き、曲を盛り上げて、最後は壮大なストリングスと簡素なピアノで美しく飾っている。この辺の曲展開は一聴しないとわからないが、さすがマリリオン、だてに30年以上も活動しているわけではないのだった。2

 とにかくこのアルバム、久しぶりの“原点回帰”といっていいアルバムである。個人的にはもう少しインストゥルメンタル部分を強化して欲しいと思っている。何となく歌ものアルバムという気がしないでもない。基本的にスティーヴ・ホガースが歌詞を書いているので、そう思ってしまうのかもしれない。

 また"Gaza"や"The Sky Above The Rain"のようなボーカルとインストの比重が同じか、ややインスト重視のような曲をもっと聞きたいと思った。

 いずれにせよ、個人的にはマリリオンに良い流れが来たと思っている。別に今まで休んでいたわけではないのだけれども、“復活”と呼んでいいアルバムだと思う。この感じを忘れずに次回はもっとインスト重視でアルバムを制作して欲しい。それこそが"Sounds That Can't Be Made"(作られない音)を追求することになると思うからである。

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2012年12月24日 (月)

スティーヴ・ハウのタイム

 今日はクリスマス・イヴである。年をとるとどうでもいいのだが、やはり1年に1回だけの聖なる日だと思うと、神妙な気持ちにさせられる。ちなみにこれもどうでもいいことだが、今年はコンビニのEVERYONEで買ったケーキを食べながら過ごすことに決めた。

 それでとりあえずBGMは最近、輸入盤で購入したスティーヴ・ハウのソロ・アルバム「タイム」にした。全曲インストゥルメンタルというのと、半分くらいはクラシックの曲のようだと思ったからだ。キリスト教とは全然関係のない音楽だけれど、まあその気になればそれらしく聞こえてくるかもしれない。

 考えてみればスティーヴ・ハウも今年で65歳。写真で見る限りでは、何となく“幽鬼”のようにも見えなくもないが、メガネをかけた大物ロック・ギタリストとして、いまだに現役で活躍している。
 特に今年は、イエスとエイジアの両方のバンドで来日公演を果たしたし、ヨーロッパではスティーヴ・ハウ・トリオとして、ジャズの分野でもライヴ活動を行っていた。表現意欲はいささかも衰えてはいないようだ。

 それで今回は国内盤も発売されている彼のアルバム「タイム」だが、1975年の彼のファースト・ソロ・アルバム「ビギニングス」から数えて23作目のアルバムで、ポール・K・ジョイスというキーボーディストとコラボレーションしたものである。Photo

 このポール・ジョイスという人は、80年代にはデペッシュ・モードやキム・ワイルドたちとツアーをしていたセンスという3人組バンドのうちの1人だそうで、90年代以降ではイギリスBBC放送のTV番組のテーマ曲などを手がけているミュージシャン、作曲家、指揮者、アレンジャーである。

 スティーヴ・ハウとは2007年以来親交があるようで、このアルバムでもいくつかの曲でコラボしている。
 アルバムは全12曲。例によって彼の様々なギターが使用されているが、全体としてはアコースティック色が強いサウンドになっている。

 1曲目の"Bachianas Brasileiras No.5(Aria)"はブラジル人作曲家の作品で、ハウとジョイスがアレンジを加えている。ハウの演奏する据え置き型のエレクトリック・スティール・ギターが印象的だ。
 次の"King's Ransom"はイギリスのデヴォンにある喫茶店の料理からインスパイアされたもので、クラシカルな香りのするアコースティック作品。彼の初期のソロ作品を思い出させてくれる。

 3曲目の"Cantata No.140"はバッハの曲をハウとジョイスでアレンジしたもので、ハウのクラシック・ギターとジョイスのストリングス・キーボード、チャーチ・オルガンが美しい。これはハウの演奏能力というよりは、この曲を選んだアイデアの勝利だろう。
 またこの曲はクリス・スクワイアと一緒にザ・シンというバンドで活動していたキーボーディストのアンドリュー・プライス・ジャックマンに捧げられていて、彼は70年代のイエスやハウのアルバムにも参加していた。

 バンジョーがフィーチャーされているのが"Orange"で、オーボエや他の管楽器が滑稽な雰囲気を醸し出している。次はウォッシュボードを使った曲に挑戦したいとハウは言っているが、もちろん冗談であろう。
 "Purification"はジョイスの曲で、ハウのエレクトリック・ギターとアコースティック12弦ギターの両方を楽しめる。ジャズっぽい曲で、相変わらずネック上のフィンガリングは一瞬ではあるが、華麗でもある。

 "Rose"はイギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアの言葉“薔薇は何と呼ばれようと、その甘い香りには変わりはない”という言葉に触発されて作られたハウの曲で、これもアコースティック・ギターがメインになっている。
 “探検家”という勇ましいタイトルの曲"The Explorer"では3回ほどジョイスの手が加わっていて、ヴァージョン違いもあるらしい。ここではエレクトリック12弦ギターが使用されたヴァージョンになっている。

 息子でキーボーディストのヴァージルが作曲したのが"Kindred Spirits"で、ハウは息子たちと一緒に活動することが楽しいと素直にコメントしている。ちなみにスティーヴ・ハウ・トリオではもう一人の息子ディラン・ハウがドラマーとして参加している。
 ハウはまた、ヴィヴァルディの曲"Concerto Grosso in D Minor Op.3 No.11"も取り上げていて、イタリアではモーツァルトも演奏した劇場でヴィヴァルディの曲を演奏して、忘れられないひと時を過ごしたと回想している。

 "The 3rd of March"はジョイスの曲。アコースティック・スティール・ギターが使用されていて、映画のサウンドトラックのような雰囲気をもっている。"Steam Age"はタイトルのようにこのアルバムの中では躍動感を伴ったものに仕上がっている。エンヤが歌いそうな曲調だ。

 そして最後の"Apollo"は、これもかつてハウとコラボレートしたことのあるキーボーディストのポール・スーティンとハウの共作で、ギリシャ神話のアポロの持っていた竪琴からインスピレーションを受けている。

 久しぶりにハウのソロ・アルバムを聞いたが、やはり年相応のようなクラシカルで穏やかな楽曲で占められていて、確かにイヴの夜にはふさわしい楽曲だとは思う。しかし、かつての"Roundabout"、"Going for the One"ような勢いのあるロック的なダイナミズムには欠けているため、途中でついうとうとしてしまった。1_2
 アルバム・タイトルの「タイム」は、そんな彼の今までの時間の経過と音楽の変化を象徴しているのかもしれない。

 要するに、彼の中のロック的な部分をイエスで、ポップ的な部分をエイジアで、ジャズ的な部分をスティーヴ・ハウ・トリオで、そしてアコースティックでクラシカルな趣味的部分はソロ・アルバムで発揮しているのであろう。
 多芸多才ないかにもハウらしい芸風であるが、いずれの部分においても、昔よりギター・ソロが少なくなったのが残念でならない。次回は原点回帰をして、やはりギタリストらしく、ガンガンと弾きまくったアルバムを制作してもらいたいと切に願っているのだった。

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2012年12月19日 (水)

イアンのTAAB2

 私の中で今年最大の話題のひとつは、ジェスロ・タルの最新アルバムが発表されたことである。
 正確にいうと、ジェスロ・タルのリーダーであるイアン・アンダーソンのソロ・アルバムということなのだが、自分にとってはそれはどうでもいいことで、とにかく新しいアルバムが発表されたという事実が大事なのだ。今年発表された話題のプログレッシヴ・ロック・アルバムの第4弾はジェスロ・タルのアルバムについてである。

 その最新アルバムというのは、「ジェラルドの汚れなき世界2」。1972年に発表された「ジェラルドの汚れなき世界」の発売40周年を記念しての続編アルバムということらしい。本来ならジェスロ・タル名義で発表されてしかるべきところなのだが、イアンの片腕で、バンドのギタリストであるマーティン・バレがあと2年間はソロ活動に従事するということだし、他のメンバーも流動的なので、結局、イアンのソロ・アルバムとして発表されたのであろう。

 今から40年前に発表された「ジェラルドの汚れなき世界」は、全米1位を2週間も続けた大ヒット・アルバムで、タルの長い歴史の中でも1位、2位を争うほどの有名な、かつ名作アルバムなのだ。

 以前にもこのブログで紹介したのだが、当時のレコード1枚で全1曲だった。今のCDならアルバム1枚で1曲といっても違和感はないかもしれないが、40年前は約20分経ったら、ひっくり返して裏を聞いていたのである。時間的なロスが生じるけれども、ひっくり返してまでも続きを聴きたい音楽が存在していたのだ。ジェスロ・タルのこのアルバムも代表的な1枚だった。

 圧倒的な構成力と演奏力、馴染みやすいメロディを含みながらの複雑な曲展開、さらには新聞を真似た特製アルバム・ジャケットに、8歳の少年の詩にイアン・アンダーソンが曲をつけたという真っ赤な嘘を堂々と紹介するプロパガンダ等々。このアルバムは、素晴らしい音楽に負けないほどの話題性を持っていた。この頃のジェスロ・タルはまさに飛ぶ鳥を落とすほどの勢いがあったのだ。5
 それから40年、イアンのもとに続編を作らないかという打診がなされ、ジェスロ・タルの旧盤のリマスターなども発売されていたことから、イアン自身も最終的に続編の発表を決断したようだ。

 そしてアルバムのコンセプトは“40年後のジェラルド・ボストックの今は…”というものであり、40年前と同じように、アルバム・ジャケットが新聞のニュースで彩られている。ただし40年という時代の流れを反映してか、インターネットでの電子版のニュースというところが面白い。いかにもイギリス流のジョークである。

 ジョークといえば、40年前のアルバムではジェラルド・ボストックという少年が実在していて、彼の詩がイギリスのナントカ協会主催のコンクールで見事優勝したという嘘八百が長い間信じられていた。これも彼ら流のジョークなのだろう。

 今回のアルバムではそのジェラルドがおとなになって国会議員になり、やがて落選して田舎に引っ越してくるという記事が載せられているが、ジェスロ・タルがこのアルバムのウォーム・アップ・ギグのためにこの村でライヴを行うことや、その収益がバンドのギタリストと同名の基金に寄付されることが紹介されていたり、メンバーと同名の人が抗議活動で逮捕されたりと、前作と同じように嘘八百が裏ジャケットにも書かれている。さすがイアン・アンダーソン、音楽だけでなく細かいところにも気を配っている。

 また、落選した国会議員という設定だけでなく、もし彼が銀行家になっていたらとか、ホームレスになっていたら、軍人だったら、聖歌隊で歌っていたら、まったくの普通人だったらと、いくつもの彼の人生を想定した組曲形式になっている点は、前作とは大きく異なっているところだろう。

 肝心の音楽の方は、さすがに全盛期のような迫力のある構成力や曲展開は望めないのだが、それでも65歳という年齢を感じさせないほどの充実した内容になっている。
 いくつかの曲はライヴやボーナス・トラックなどで紹介済みで、イアンのフルートやアコースティック・ギターなどは40年前と変わらないほど軽やかでトラッド色豊かである。

 またドイツ人ギタリストのフローリアン・オパーレという人はなかなかのテクニシャンで、このアルバムの5曲目"Banker Bets, Banker Wins"では華麗なギター・ソロを展開していて、マーティン・バレと比べても遜色のない活躍が期待できそうだ。1
 ただ惜しむらくは、もう少しバンドとしてのまとまりが欲しかった。確かにイアンのソロ・アルバムということなので、前作のように全編に渡ってガンガン飛ばすということはないだろうとは思っていたが、他のメンバーと練り上げていけば、もっとまとまったものになったと思う。40年という歳月は架空の話だけでなく、現実のミュージシャンにも影響を与えたようだ。

 また魅力的なメロディも少ないということも悲しい。前作では全編に渡って基本となるメロディがいくつかあったのだが、今作はいくつかの架空の人生が設定されているためか、やや散漫な印象が残った。
 それでも前作でも使用されたメロディやリズムが、このアルバムでも部分部分で使われていて、昔からのファンなら思わずニヤリとしてしまう。その辺の遊び心は失われていないのはうれしい。

 ともかく単なる“○○周年記念”といって、リマスタリング処理で済ませて終りといった安直な発想で終わらずに、きちんとニュー・アルバムを届けてくれたイアン・アンダーソンに感謝したい。
 前作と比較するのではなく、かつて一世を風靡したミュージシャンのニュー・アルバムだと思えば全然違和感はない。こうなれば50周年目指して頑張って欲しいと、心から願っている。

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2012年12月14日 (金)

ムーン・サファリ

 いやはや、これはもうプログレッシヴ・ロック界の革命といっていい。あるいは意識変革の賜物か、はたまたアイデアの勝利か、いずれにしてもこれは新たなロックの地平の開拓であり、まさに“プログレッシヴ・ロック”という名にふさわしい音楽である。(しかしこれを果たしてプログレッシヴ・ロックと言っていいのかという疑念も浮かんでくるのもまた、確かだった)

 彼らの名はムーン・サファリ。スウェーデン出身の6人組である。同じスウェーデン出身のプログレッシヴ・ロック・バンドであるザ・フラワー・キングスとは異なる音楽性を有してはいるものの、これはスウェーデンというお国柄なのか、キャッチーで豊かなメロディとクラシカルで繊細な音楽性が同居しているという点では、共通性が見出せるだろう。

 ただこのムーン・サファリが優れているのは、これらの共通点の上に、彼らの独自性というものが見られる点だ。独自性というよりは、ユニークな点といっていいだろう。
 端的にいえば、イングランド・ダン&ジョン・フォードが、またはレターメンが、10分以上もある起承転結のある複雑な曲で歌っていると想像すれば、あるいはカラパナやオーリアンズがプログレ化したと考えれば理解しやすいだろう。Photo

 自分が聞いたのは「ラヴァーズ・エンド」という2010年に発表された彼らの通産3枚目のアルバムだった。日本ではこれが最初の国内盤ということで、今まで知名度が低かったのも仕方のないことだろう。しかし、これからは違う。「ラヴァーズ・エンド」の評判のよさに、セカンド・アルバム「ブルムルジャッド」も発売されたという。これでますます彼らの人気に拍車がかかるだろう。ひょっとしたら1stアルバムも発売されるかもしれない。

 「ラヴァーズ・エンド」は8曲で構成されていて、最初がアルバム・タイトル曲の"Lover's End part1"、最後の曲が"Lover's End part2"で、part2の方は、1分57秒の短い曲になっていてエピローグみたいな感じだ。

 最初にも書いたけれど、爽やかなコーラス・ポップ・グループが長い曲を歌っているようで、"Lover's End part1"ではちょうどスプリングスティーンの"Thunder Road"のイントロのように、軽やかなピアノをハーモニカが追いかけ、ボーカルやアコースティック・ギター、キーボード、コーラスが音を重ねていく。
 この曲を聞いただけでは誰も“プログレッシヴ・ロック”とは思いつかないだろう。コーラスはまるで10ccのようだし、メロディ・センスはアメリカ西海岸のAORである。強いてあげるならキーボードの音が豊かなことだろうか。エンディングはフルートが流れ、これだけならキャメルである。

 歌詞の方も恋人たちの破局を歌った純粋なラヴ・ソングだし、そこには社会の閉塞性や人生の不条理を歌うような思想性や倫理観などは微塵も見られない。
 そんなことを考えている間に、すぐに2曲目の"A Kid Called Panic"が始まった。この曲は13分58秒というアルバムの中では一番長いものになっていて、出だしでエレクトリック・ギターがファンファーレのように鳴り、続いてメロトロンが後ろでボーカルを支えている。

 躍動感のある軽快な曲で、こういう感じの曲によくあるように、長さを感じさせない。6分過ぎから急にドラムの手数が多くなり、キーボードがフィーチャーされる。リック・ウェイクマンを髣髴させるハモンド・オルガンを聞くと、やっぱりプログレなんだなあと安心したりする。
 キーボード・ソロを挟んでの後半は、爽やかなコーラスと起伏のある曲展開が続く。6人のうちキーボーディストとギタリストが2人ずついるので、サウンド的には厚みがあって問題はない。また全員が歌えるので、こういう複雑な曲も簡単にこなせるのだろう。

 アカペラ・コーラスで始まる"Southern Belle"は、日本の唱歌のような懐かしさと郷愁を誘う。3分46秒のバラードで、コーラス・パートが美しい。朝露に日光があたって輝いている蜘蛛の糸で絡め取られてしまいそうな楽曲だ。バックの演奏もほとんどキーボードのみでシンプルである。

 続く"The World's Best Dreamers"もメロディ・ラインが印象的で、幼い頃の憧憬みたいなことを思い出させてくれる魅力を備えている。このバンドが“プログレッシヴ・ロック・バンド”といえるのは、2人のキーボード演奏のせいだろう。この曲ではそれがよくわかる。ギターよりもキーボードが目立っているし、その手癖はリック・ウェイクマンに近いものがあるからだ。

 "New York City Summergirl"というタイトルだけを見ると、何となく単純なポップ・ソングみたいに聞こえるが、彼らが演奏すると複雑な様相を呈する。特にこの曲のコーラスはクィーン以上だと思うし、複雑な曲をいとも簡単に聞かせてくれる水準の高さはワールド・レベルを超えてスペース・クラスだ。また珍しく中間部では、長くはないギター・ソロを聞くことができる。

 いきなりメロトロンで始まる"Heartland"はプログレ色が期待できそうと思い聞いていたが、それまでになくギターも強調されていて、この曲だけ聞けば確かにプログレッシヴ・ロックの音楽といえるだろう。途中でのキーボードとギターは、スティーヴ・ハケット在籍時のジェネシスの何かの曲に似ていると思った。こういう曲ももっと聞きたいのだが、残念ながらわずか5分47秒で終わってしまうのである。

 万華鏡のような美しいコーラスから始まるのが"Crossed the Rubicon"。サビの部分が覚えやすく、これもまたポップだが、基本のメロディに様々な楽器がからんでいく様は何度聞いても飽きない。
 リード・シンガーが複数いるバンドは、その長所を生かせる曲作りができるから、聞く方も楽しみがある。コーラスだけで盛り上がれる音楽を聞いたのは久しぶりでもあった。後半にはサスティーンのよく効いたギター・ソロも耳にすることができる。このギター・ソロを聞く限りでは、なかなかのテクニシャンだと思った。

 そして最後を飾るのは"Lover's End part2"で、ボーカルとコーラス、それにアコースティック・ギターだけという構成が、それまでの音とボーカルの洪水と対照的だ。

 とにかく既成のプログレ・バンドの常識を破る音楽観を有している。ただ惜しむらくはそのアルバム・ジャケットのセンスだろう。できればもう少し絵画的というか、曲の印象に合うような爽やかなものにしてほしかったのだが、これはこれで違う意味で印象には残るだろう。Photo_2
 彼らもまた2013年1月12日ザ・フラワー・キングスとともに来日公演を行う。前日にはアネクドテンもフェスに参加するという。現在、本当のプログレッシヴ・ロックは北欧に活動の拠点があるようだ。今後とも目が離せないバンドたちである。

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2012年12月13日 (木)

007スカイフォール

 今日、久しぶりに映画を見に行った。公開されて間もない007シリーズ第23作の「スカイフォール」である。結論から言って、なかなかよい映画だったと思う。また、今年がシリーズ開始から50周年ということもあり、事前の期待もそれなりに高かったせいもあっただろう。007_2

 ジェームズ・ボンドを演じるダニエル・クレイグはこれが3作目の出演なのだが、2006年の「カジノ・ロワイヤル」以来、人間的なジェームズ・ボンドを効果的に演じているところが素晴らしいと思う。

 一時、宇宙に出ていったり、超人間的、まるでスーパーマンのような活躍をする007の映画も作られたことがあったが、ここ最近の数作ではその点は控えられていて、見ていて違和感がない。
 特にダニエルに代わってからは、喜怒哀楽を表面に出して行動する、非常に人間臭い007が見れてうれしい。また今までのボンド役では、一番蝶ネクタイの似合う007ではないだろうか。007_3

 今回も元MI6の諜報部員と戦っていくのだが、本部や長官のMを守ろうとする気持ちや子どもの頃を回想するシーンなどにその特長が出ていたように思う。

 それで「スカイフォール」というのは、べつに空が落ちてくるのではなくて、ボンドが子どもの頃に過ごした実家のことだった。またボンドは、スコットランド出身で、子どもの頃に両親を亡くしていることも紹介されている。そういう意味では、今まで触れられなかった彼のプライバシーなども垣間見ることができた。

 また長官Mの去就問題も映画の焦点のひとつになっているし、今回はまた非常に若いQも登場して、007に秘密兵器を授けている。007シリーズも50年を迎え、若返りを図るつもりなのかもしれない。

 さらには本国イギリスはもちろんのこと、中国の上海やマカオ、トルコのイスタンブールなど今回も世界各地でフィルムが回されている。珍しいところでは日本の長崎にある通称“軍艦島”でも撮影が行われていて、悪役が初めて登場するシーンは、そこで撮影されている。全くの廃墟なので、見ればすぐに分かると思う。Photo_2

 この悪役、ハビエル・バルデムという人が演じているのだが、後半の部分でヘリコプターに乗ってボンドたちを殺そうと、「地獄の黙示録」のように音楽をガンガンかけながらやってくる。そのときの音楽がロック・ミュージックだったのだが、何の音楽だったのか忘れてしまった。
 聞いたことはあったのだが、はっきりしない。ひょっとしたらエリック・バードンのいたアニマルズの"Boom Boom"だったかもしれない。

 ロック的にはあまり聞くべきものはなかったかもしれないが、これはあくまでも007映画なので、音楽は刺身のツマ程度にしておいた方がいいだろう。なお、恒例のテーマ・ソングは昨年から今年にかけて全世界を席巻したミュージシャン、アデルが歌っている。彼女はいま出産の準備で忙しいということだが、このテーマ・ソング後は一休みとのこと。 Photo_3

 いずれにしても落ち着いたおとなの007映画である。最近の洋画はあまり元気がないので、せめて007の映画くらいは健闘してほしいと願っている。

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2012年12月 9日 (日)

フラワー・キングス(4)

 以前にも同じようなことを書いたのだけれど、21世紀の今を代表するプログレッシヴ・ロック・バンドは、イギリスのポーキュパイン・ツリーとスウェーデンのザ・フラワー・キングス、そして米欧混合のトランスアトランティックだと思っている。

 そのうちトランスアトランティックは5枚組のCD&DVDアルバムを発表したあと、活動をしばらく休止するようだし、ポーキュパイン・ツリーの方はリーダーのスティーヴン・ウィルソンが他のバンドのアルバムのミキシングやエンジニアリング等で忙しく、バンドとしての活動は目立っていない。

 そんな中でザ・フラワー・キングスは、唯一、コンスタントにアルバムを発表し、ライヴ活動を行っている。これはバンド・リーダーのロイネ・ストルトの意向に沿うものだと思っている。

 これはロイネ自身も参加していたトランスアトランティックが活動休止中ということもあるのだろうが、彼自身がワーカホリックということが一番の原因だろう。
 2002年には彼自身が最初に結成したバンドであるカイパを再結成させていて、その間ザ・フラワー・キングスの活動も行っていたので、彼はつい最近まで3つのバンドを掛け持ちしていたことになる。さらにはエイジェンツ・オブ・マーシーというユニットを立ち上げて活動していたので、その中心人物であるロイネのタレント(才能)というものは凄すぎると感じている。

 そんな彼がザ・フラワー・キングスに戻ってきて、5年ぶりにニュー・アルバムを今年の夏に発表した。それが2枚組の「バンクス・オブ・エデン」である。3_2
 1枚目のアルバムは全5曲で、1曲目の"Numbers"はいきなりの25分20秒だ。いまどき25分を越える曲を平気でアルバムに収めることができるバンドはそんなにないはず。アナクロニズムといわれるかもしれないが、現代プログレの第一人者であるザ・フラワー・キングスには表現の結果としてそうなっただけであって、むしろ名誉なことに違いない。

 自分が購入したのは輸入盤だったが、デジパック仕様のペイパー・スリーヴで装丁にも凝っていた。内容だけでなく、トータルな意味でもまさに“プログレッシヴ・ロック”といえるだろう。

 音楽的には今までのアルバムと特に大きく変化しているわけではないが、プログレッシヴ・ロックのファンならばきっと満足するに違いない。

 最初の曲は組曲形式で、25分という長さを感じさせない。たっぷりのギター・ソロも聞けるし、幻想的なキーボード・ソロも味わえる。ロイネはマルチ・ミュージシャンなのでレコーディングではかなりの楽器をこなしているが、基本はギターである。このバンドにはハッセ・フリューベルグという左利きのギタリストもいるので、ソロは交互に分担しているようだ。
 全体的にはファンタジックではあるが、もう少しエンディングに盛り上がりがあるともっと良かったと思う。意外と静かに終わった感じがした。

 2曲目の"For the Love of Gold"は7分30秒あり、1曲目と比べて非常に明るい曲で、リズムが跳ねている。例えていうなら70年代のイエスの黄金時代の楽曲に匹敵するくらいレベルが高い曲でもある。曲調もよく似ていて、トマス・ボーディンのキーボードの使い方はリック・ウェイクマンに通じるものがあるし、ボーカル・スタイルもキーの違いを除けば、まるでジョン・アンダーソンだ。

 "Pandemonium"はジェネシスの"Watcher of the Sky"にイントロが似ていて、思わずニンマリとしてしまった。本人たちも意識して演奏しているのだろう。この曲ではギターと同じくらいキーボードのカラフルな色合いが目立っていて、他の楽器とうまく調和している。やはりトマスのキーボードは素晴らしいと改めて実感した。

 "For Those About to Drown"はビートルズのようなメロディ・センスを持つミディアム・テンポの曲で、こういうポップなテイストを持つ曲も書けるところも、ロイネの資質の高さを表しているようだ。エンディングのギター・ソロとキーボードとのユニゾンも印象的だった。

 珍しくベーシストのヨナス・レインゴールドが作詞・作曲したのが"Rising the Imperial"で、しっとりとしたバラード曲。期待通りに途中のギター・ソロはギルモア的で盛り上がることは間違いない。このギターはボーカルと絡み合いながら最後まで鳴り響いている。最初の曲"Numbers"と呼応しているかのようだ。

 ボーナス・ディスクには4曲+バンドのインタビュー風景が収録されている。最初の曲はインストゥルメンタルの"Illuminati"で、あの秘密結社のことを曲にしたのかと思ったのだが、たぶん違う意味だろう。スローな曲だが、むせび泣くようなロイネのギターと後半のオルガンのようなキーボードが印象深い。

 "Fireghosts"はポップなアメリカン・ロックのような曲で、本編に収録するにはポップ過ぎるだろう。スプリングスティーンが歌っても違和感はないと思う。
 続く"Going Up"はロイネではなく、ヨハス・レインゴールドの曲でメイン・ボーカルも彼である。楽器の入り方などはプログレ的なのだが、メロディ自体はわかりやすくテンポもよい。トマスのキーボード・ソロがリック・ウェイクマンを彷彿させてくれるのはうれしいところでもある。

 最後の曲"Lolines"は、ギターのリフがブルーズ・ロック的でザ・フラワー・キングスが70年代的ハード・ロックを演奏するとこうなりましたというような感じだ。曲自体も4分40秒とこの2枚組アルバムの中では一番短い。

 ザ・フラワー・キングスは5人組だが、今回は26歳のドイツ人ドラマー、フェリックス・レアマンが新加入して、新たな伝統を受け継いでいる。彼らは来年の1月11日と12日に来日することが決定している。ロイネを中心としたこのバンドの今後が楽しみだ。見に行きたいのだけれども、無理だろう。こういうときだけは、つくづく東京が羨ましいと思うのである。

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2012年12月 4日 (火)

スクワケット

 早いものでもう師走である。今年も過ぎ去ってみれば、あっという間だった。人生は二十歳まではゆったりとした時間が過ぎていくような気がする。しかし、それを過ぎれば、また年を重ねるにしたがって時間が早く過ぎていくように思えてならない。こう思うこと自体年をとった証拠なのだろう。

 それで今年発表された話題のプログレッシヴなロック・アルバムを紹介する第1弾。最初に登場するのはあのメジャーなミュージシャン同士が結成したユニット、スクアケットである。
 
 名前からも分かるように、イエスのベーシストであるクリス・スクワイアと元ジェネシスのギタリスト、スティーヴ・ハケットの2人が共同して制作したアルバム「ア・ライフ・ウィズイン・ア・デイ」は、話題性はあるものの、なかなか評価しづらい内容だった。

 もともとこの2人には随分前からアルバム制作の噂が絶えなかった。アルバム制作だけでなく、バンドを結成して本格的な音楽活動を行っていくという話まであった。
 事実、ハケットの最近のアルバム「幻影の彼方」でもクリス・スクワイアが参加して、数曲で一緒にプレイしている。

 スクワイアはイエス結成の前に、ザ・シンというバンドに所属していた。そのシンは1967年に分裂したのだが、21世紀になって再結成の話が浮上してきた。それでスクワイアなど元メンバーは、レコーディングを始めたのだが、メンバーの死亡や脱退でその話も宙に浮いてしまった。
 結局、スクワイアはザ・シンのメンバーを伴い途中からソロ・アルバムの制作を始めていくのだが、それに当時失意の底にあったハケットが加わって、2008年頃から本格的にレコーディングを行っていったのである。

 だからこのアルバムには、スクワイアとハケット以外にスティーヴ・ハケット・バンドのキーボーディストのロジャー・キング、女性ギタリストのアマンダ・レアマン、ザ・シンのリユニオン・メンバーだったドラマーのジェレミー・ステイシーなどが加わっている。プロデューサーは公私共にハケットを支えてきたロジャー・キングである。彼はミュージシャンであるとともに、ハケットのマネージャーも務めていた。

 それで肝心の音楽性なのだが、上記にあるようにちょっと微妙である。少なくとも手放しで喜べるようなものではないと思う。それは魅力のある楽曲に乏しいのと、ふたりの良いところがまだまだ発揮されていないように思えたからだ。31or1vzvkal
 1曲目のアルバム・タイトル曲は2人の特徴的な部分をつなぎ合わせたような感じで、少し不自然さが残る。イントロはハケット・ギターがファンファーレのように鳴り響くのだが、すぐに1980年のソロ・アルバム「ディフェクター」の"The Steppes"を思い出させるようなゆったりとしたリズムに変わる。ボーカルはハケットとスクワイアの両名がハモっているのだが、2人ともそんなに上手でないので、インパクトが弱い。

 途中から急にアップ・テンポになり、スクワイアの例のアタックの強いベース音とハケットのギターが絡み合っていくのだが、ハケットのソロは速いことは速いのだが、メロディアスではないので、無茶苦茶弾いているような感じだ。やがて元のテンポに戻り、曲は終了する。6分32秒くらいの長い曲。

 2曲目はスクワイアのベースから入り、キーボードやギターがそれに伴うのだが、如何せん単調である。アレンジの技巧は目立つのだが、それでも曲に華やかさがない。途中と最後のアコースティック・ギターで救われた感じだ。これも6分以上の曲。

 3曲目の"Divided Self"は逆にE.L.O.のようなポップ感覚に溢れている。ただボーカルが何となく暗い。ただハケットのスライド・ギター・ソロが聞けるのは珍しいし、興味深い。しかしエンディングが変な感じで、ポップのままに終わればよかったのに、変に手を加えてスペイシーな感じを出したのが失敗している。何事も割り切ることが大切ということか。

 "Aliens"は彼ら流のバラードなのだろう。アコースティック・ギターがメインで、キーボード群がそれを支えている。途中からエレクトリック・ギターも絡んできて、この辺がハケットらしい。深夜に聞くとしんみりとしてきて、郷愁をそそられる。このアルバムでは名曲である。

 5曲目の"Sea of Smiles"はこのアルバムの中でも一番印象的なメロディを持った曲で、サビの部分から始まり、リズムも弾けている。こういう曲があと2,3曲あるとこのアルバムの印象も大きく変わってくると思うのだが、どうだろうか。

 "The Summer Backwards"は牧歌的なイメージを抱かせるアコースティックな軽めの曲で、邦題の“夏の名残”というタイトルがよく似合う。3分の小曲でもある。

 7曲目の"Stormchaser"はミディアム調の、どちらかというとヘヴィな曲調で、ハケット特有のメロディ・ラインを聞くことができる。彼主導で作られたものであろう。ただし疾走感や爽快感はない。

 "Can't Stop the Rain"は何となく売れ残ったAOR曲みたいで、ポップといえばポップなのだが、この2人がこういう曲を演奏する必然性はあるのだろうかと思ったりもした。ファンは果たしてこういう曲を求めているのだろうか。よくわからない。

 そしてアルバムの最後を飾るのが"Perfect Love Song"だ。タイトルからして違和感を覚えるのだが、音的にはラストを飾るにふさわしいギターのリフとメロディ・ラインを持った曲でもある。この曲でのハケットのギター・ソロはこのアルバムでは艶があっていいと思う。こういうギター・ソロを他の曲でも聞かせて欲しかった。4分少ししかない曲なので、もっとアレンジして、壮大なものにすれば、もっと評判も良かったのではないだろうか。

 全9曲なのだが、全体的に大人のロックというか、おとなしめの印象が残った。もっとアグレッシヴなギター・ソロやビンビンとアタック音のきいたスクワイアのベースがあれば、ファンも納得したと思う。おそらく言いだしっぺがスクワイアで、音楽的にはハケット主導で制作されたのであろう。

 ある意味肩透かしを食らったアルバムでもあるが、それらの課題は次回作に期待することにしよう。次回作があればの話だが…

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