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2013年5月28日 (火)

ディテクティヴ

 レッド・ゼッペリンの作ったレーベル、スワン・ソングについて調べていた。ちょうどデイヴ・エドモンズのことをブログに更新していた頃だった。デイヴ以外にも、プリティ・シングスやバッド・カンパニー、一時期のサッド・カフェなどが在籍していたのだが、その中にディテクティヴもあった。

 ディテクティヴについては、まだこのブログの中で紹介していなかった。自分はもう紹介済みだと思っていたのだが、そうではなかった。このバンドのボーカリスト、マイケル・デ・パレスがかつて結成していたバンド、シルヴァーヘッドのことは2009年に書いていたので、たぶんディテクティヴについても終了していたと思い込んでいたようだ。何事も思い込みとは恐ろしいことである。

 それでディテクティヴは、マイケルがシルヴァーヘッド解散後の1977年に結成したバンドだった。メンバーは以下の通り。
ボーカル…マイケル・デ・パレス
ギター…マイケル・モナーク
ベース…ボビー・ピケット
ドラムス…ジョン・ハイド
キーボード…トニー・ケイ

 見てわかるように、キーボーディストは元イエスのトニー・ケイだった。元イエス組のピーター・バンクスとのバンド、バジャー解散後は、ハード・ロック・バンドに所属していたのである。生活のためかどうかはわからないが、このプログレからハード・ロックまでの幅の広さというか、雑食性こそがロックの醍醐味であろう。

 またギタリストは、元ステッペンウルフに所属していた。あの名曲"Born to Be Wild"もこの人が演奏していたのだ。元シルヴァーヘッドと相性が悪いわけがなかろう。

 ということで、元イエスだの、元ステッペンウルフだの、かなり名前の売れたメンバーがいたから、1977年当時はスーパー・バンド結成と騒がれた。

 ちょうど英米の混合バンドだったフォリナーとほぼ同じ時期の結成である。あちらはかなりメディアにも取り上げられ、デビュー・アルバムも売れに売れたが、こちらは音楽雑誌などではあまり大きな扱いはなかったと記憶している。メンバー的にはディテクティヴの方が有名だったと思うのだが、なぜだったのだろう。

 しかも所属レーベルは天下のスワン・ソングなのである。ピーター・グラントはバッド・カンパニーばかりプッシュしていたのではないだろうか。もう少しプロモーションに力を入れれば、このバンドかなり成功したと思うのだが…、世の中、実力や名声だけでは成功しないようだ。

 とにかく1977年頃にトニーとマイケルが出会い、メンバーを集めて結成された。彼らがクラブなどでライヴ演奏しているところを、ジミー・ペイジが気に入り、自分たちのレーベルに誘ったといわれている。
 だから1stアルバムの「ディテクティヴ」の中のいくつかの曲については、ジミー・ロビンソンという名前で、プロデュースとエンジニアを担当していた。そのせいか、デビュー・アルバムにしてはホーン・セクションなども使用されて、完成された音を出している。(そういえばボブ・ウェルチのいたパリスもジミー・ロビンソンなる人物がプロデュースしていたような気がする)

 また雰囲気的にも後期レッド・ゼッペリンのサウンドに近く、特にリズム・セクション、ドラムスとベースはゼッペリンのコピーといっていいほど音が似ている。ボーカルの声がもう少しメタリックであれば、ゼップのコピー版と騒がれたであろう。
 フォリナーのデビュー・アルバムは、スーパー・バンドなどと言われながらも、実態は売れ筋満載のポップな音つくりだった。それはそれでよかったけれど、ハード・ロックでもプログレでもなかったから、個人的には悲しい思いをしたことがある。

 でもこのディテクティヴのデビュー・アルバムは、逆に王道ロック路線だった。しかもハード・ロック一辺倒ではなく、ファンキーな曲や当時流行っていたフュージョンっぽい曲もあり、R&B中心のロック・バンドだった。だからパンクやポップな産業ロックに飽きていたリスナーには歓迎された(と思っている)。Photo

 普通アルバム冒頭の曲はアップテンポなジャンプ・ナンバーで始まるのがハード・ロック・バンドのアルバムの定説なのだが、この1曲目"Recognition"では、いきなりスローでブルージィーな曲調で始まる。いかにも腰をすえてこのアルバムを聞いてくださいといっているかのようだ。

 続くミディアム・テンポの"Got Enough Love"ではホーン・アレンジがファンキーさを増殖させているし、"Grim Reaper"ではボーカルの中音域処理がロバート・プラントっぽい。後半のストリングス・キーボードの使い方も"Kashmir"に似ている。

 アコースティックなゼップ色が前面に出ているのが"Nightingale"で、バラードのまま最後まで行くと思いきや、途中から一転してアップ・テンポのエレクトリック色に変わるところが面白かった。無理にハードにしなくてもいいと思うのだけれど、自分たちの存在意義を示したのであろう。

 個人的には"Detective Man"のような小気味のいいロックン・ロールが好きだし、ブルージィーな"Ain't None Of Your Business"も第2の"Mistreated"になりえた曲だ(そうならなかったけれども)。
 また"Deep Down"はインストゥルメンタルで、ジェフ・ベックのアルバム「ブロウ・バイ・ブロウ」のアウトテイクといわれても信じてしまいそうな曲。モナークのギターが上手いのは当然だが、イエス時代にはオルガンしか使用しなかったトニー・ケイがエレピやシンセを使用しているのには、正直驚いた。時代の音に迎合したのだろうか。

 一転して"Wild Hot Summer Nights"では、ファンキーなチョッパー・ベースを聞くことができる。ベーシストのロビー・ピケットは黒人ミュージシャンだったせいか、このノリのよさは天性のものかもしれない。

 翌年にはよりゼップを意識したかのようなサウンドのセカンド・アルバムを発表した。日本ではこちらの方が売れたような気がするし、少なくともファーストよりは話題になったと思う。しかし世界的にはほとんど売れなかった。もう5~6年早ければ、あるいは3年ほど遅ければ、たぶんもっと売れたであろうし、マイケル・デ・パレスは第2のデヴィッド・カヴァーデルに、モナークの方は第2のジェフ・ベックになれたかもしれない。まことにタイミングとは恐ろしいものである。2
 このあと彼らは3枚目のアルバムを制作するためスタジオ入りしたのだが、そのときのプロデューサーにはトム・ダウドが予定されていた。当然アメリカナイズされたサウンドと、キャッチーな曲が求められたわけで、レコード会社もスワン・ソングからアトランティックに移っていた。

 トム・ダウドは、ジョン・クーガー・メレンキャンプの曲"I Need A Lover"も録音させようとして、メンバーと対立を起したらしい。またメンバーたちもそれぞれの音楽性を主張してしまい、最終的にアルバム制作を断念してしまった。そしてバンドは解散してしまうのである。

 わずか2年余りと活動期間が短かったバンドだった。マイケル・デ・パレスは俳優に転身して有名になり、マイケル・モナークとジョン・ハイドはそれぞれミュージシャンとして活動しているようだ。特にモナークの方はソロ・アルバムを数枚発表している。トニー・ケイのその後についてはいまさら言うまでもないし、ロビー・ピケットについては不明である。

 とにかく実力はあるのに、成功しなかったバンドだ。人生には、運やタイミングという自分の力では左右できない要素もまた、重要ということなのだろう。


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