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2013年6月27日 (木)

ベルリン3部作(3)

 別に「ベルリン3部作」に倣ったわけではないのだが、ベルリン時代のボウイについてのこのブログも、3部作になってしまった。前回では「ロウ」と「ヒーローズ」について述べたので、今回は最後の「ロジャー」についてである。

 前回でも述べたのだが、果たしてこれを3部作の中に入れていいのかという疑問があって、自分はこれの代わりに「ステージ」を入れた方がいいと思っている。また、ミュージシャンのサエキけんぞう氏は、「ロジャー」の代わりに「スティション・トゥ・スティション」を勧めていて、いずれにしても「ロジャー」には抵抗感があるようだ。

 その「ロジャー」は1979年に発表された。アルバム・ジャケットにも記されているように、「ロジャー」というのは、“間借人”という意味らしい。デヴィッド・ボウイのようにひとところに安定せずに、常に変化を求めていくミュージシャンには、ふさわしいアルバム・タイトルなのだろう。 

 確かにこのアルバムにはブライアン・イーノは参加している。プロデューサーも前2作と同様にデヴィッド・ボウイとトニー・ヴィスコンティで、これも変わらない。
 しかしこのアルバムはベルリンで録音されていない。1978年は彼にとってワールド・ツアーの年だったので、その合い間を縫って、スイスのモントルーとアメリカのニューヨークで制作されていた。

 さらにはその音楽面にも大きな違いが見られる。このアルバムには荒涼たる精神世界を表現したインストゥルメンタルは1曲も存在しない。
 かわりに在るのは、すべてボーカル入りの楽曲のみである。前作や前々作では言葉は切り詰められたり、省かれたりしていた。そのかわりにイーノのシンセサイザーやキーボードが饒舌に語りかけていた。

 だからこのアルバムを、“ベルリン3部作”と括ってはいけないのである。あくまでもベルリン時代の終了を意味するものであり、それを提示するということなら理解できないこともないが…

 ただ、あのパンク・ムーヴメント時代に、自分の立ち位置を明示して見せたデヴィッド・ボウイにとっては、このアルバムは、やはり3部作の最後に位置づけられるのだろう。3

 このアルバムの中で、一番ベルリン時代の残り香を感じさせることができるのは、4曲目の"Yassassin"だ。トルコ語で「長生き」を意味するこの言葉は、ベルリンでのトルコ人街での生活の中から生まれてきたといわれている。
 またキーボードが比較的目立つ"Red Sails"や、アフリカン・リズムの上に、サウンド・コラージュ風にサックスやキーボード、コーラスがかぶせられる"African Night Flight"などは新しい試みかもしれない。

 特に後者の畳み掛けるかのようなモノローグ的ボーカルは、のちのラップ・ミュージックに通じるものがあると思っている。

 後半の"D.J."や"Look Back in Anger"などは、のちに世界的大ポップ・スターになってしまったデヴィッド・ボウイのはしりの様な楽曲で、ポップなメロディなど確かにヒットする要素を備えている。
 また続く"Boys Keep Swinging"も異様に聞きやすくなっている。これも変化することを宿命づけていた当時の彼には、必要なことだったのかもしれない。

 最後の曲"Red Money"などはユニークな曲だと思う。ひねくれたポップ・ソングというのはこういう曲を指すのだろう。ややスローな展開の中で、エイドリアン・ブリューの奇妙なエレクトリック・ギターが目立っている。

 歌もののアルバムのせいか、全英4位、全米20位を記録した。かなりよい結果だが、時間的にはトータルで35分少々と、非常に短いものだった。

 とりあえずこれを70年代最後のアルバムとして、次の新しい時代に突入しようとする彼の決意が込められたものだろうが、だからといって何度もいうようだが、ある意味、芸術性がピークに達していたようなあのベルリン時代と一緒にしてはいけないように思えてならない。

 とにかくこのあと彼は、80年代初めにポップ・スターとして世界的な人気を博するのだが、その契機になったアルバムがこの「ロジャー」と次の「スケアリー・モンスターズ」だった。
 変化を自らに義務付けているボウイにしてみれば、これくらいの変わり様は当たり前なのだろう。

 今回の新作アルバム「ザ・ネクスト・ディ」の発表の仕方は、確かにセンセーショナルで効果的だった。事前に一切のアナウンスメント無しでのニュー・アルバムの登場は、インターネット全盛の時代だからこそ、全盛期を髣髴させるような驚きと興奮をファンに呼び起こした。

 しかしデヴィッド・ボウイは、今後のライヴ活動については行うつもりはないと断言しているし、「ザ・ネクスト・ディ」に続くアルバムが今後いつ発表されるかは、本人のやる気は高いようだが、まだ未定だ。今回のアルバムはみごとに成功したが、次のアルバムが成功する保証はない。

 思えば、彼にはその時々で重要なパートナーに恵まれていた。グラム時代はギタリストのミック・ロンソンであり、ジャズ・ピアニストのマイク・ガースンだった。
 アメリカ時代ではカルロス・アロマーであり、ベルリン時代はブライアン・イーノだった。また80年代前半ではナイル・ロジャースのもとで世界的にビッグになっていった。
 彼らはデヴィッドのもとで、とても重要な役どころを演じ、それぞれの時代の頂点にデヴィッド・ボウイが立つことを支えてきた。

 まるで磁力を帯びた超合金が周囲の鉄片を引きつけるように、デヴィッド・ボウイの周りには、有能な人材が集ってきたのである。彼は彼らの才能が十全に発揮できるように、上手に自分のまわりに配置し、活用してきた。

 80年代後半から彼の影響力に翳りが見えてきたのも、残念ながらそういう才能豊かなミュージシャンが彼の周囲にいなくなったからだろう。

 デヴィッド・ボウイは、80年代後半から90年代にかけて、上記のミュージシャンの中の何人かと一緒にアルバム制作を行ったのだが、残念ながら輝かしきケミストリーが再び戻ってくることはなかった。

 いろんな見方があるとは思うが、彼のカリスマ性も、またアルバム・セールス的にも下降線を下っていったのも、彼の才能や時代状況の変化だけでなく、彼と彼を取り巻く人間関係も考慮しないといけないのではないかと考えている。

 常に前を向いて、変化を義務付けてきた彼が、今年の新作ではベルリン時代のことを回顧し、自己の分析を行っている。ひょっとしたら今後は過去を振り返ることで、未来の変化を呼ぶとでも思っているのかもしれない。

 しかし今後の彼に本当に必要なのは、有能なパートナーであり、アドバイザーなのではないだろうか。「ベルリン3部作」は、そういう意味でも自分にとって思い出深いアルバム群なのである。


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