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2013年10月

2013年10月30日 (水)

エニワンズ・ドーター

 熱力学の第二法則、いわゆる“エントロピーの拡散”という言葉がある。別に専門家でもないのでよくわからないのだが、要するに閉じた世界ではエネルギーは元に戻らないことを指すようだ。つまり不可逆的ということである。
 たとえば水中のインクはいろんな方向に広がって元に戻らないとか、暖められた空気は部屋中に広がるとか、その逆はありえないということだろう。

 ロックの世界という閉じた系でも、似たような現象は起こる。たとえばプログレッシヴ・ロックの世界的な広がりである。
 プログレッシヴ・ロックもイギリスで始まったが、その流れはやがてヨーロッパ各地へと広がっていった。プログレッシヴ・ロックの起源は定かではないが、1967年頃だと個人的には考えている。

 このプログレッシヴ・ロックの流れは、70年代に入って急速に拡散していった。南欧のイタリアでは1971年にP.F.M.がレコード・デビューしたし、北の方のオランダでは、フォーカスが1970年にデビュー・アルバムを発表した。

 前々回に登場したフィンチというオランダのバンドも、デビューは本国イギリスではプログレッシヴ・ロックが衰退し始めた1974年であり、まさに“エントロピーの拡散”を表している。

 今回のテーマはオランダからドイツに飛ぶのだが、エニワンズ・ドーターというバンドもまた1979年と、かなり遅れてデビューしている。

 1979年の本国イギリスといえば、キング・クリムゾンやE,L&Pはすでに死に絶えていたし、残ったプログレ・バンドはそのほとんどがポップ化して、生き残りを図ろうとしていた時期だった。
 そんな時期にプログレッシヴ・ロック・バンドとしてデビューするとは、かなり勇気のいることだったに違いない。

 ただ彼らのバンド結成は1971年と、少し昔になる。当時13歳だったウーヴェ・カルパがマティアス・ウルマーと出会ったところから始まるからだ。

 このギタリストのウーヴェとキーボード担当だったマティアスは、ディープ・パープルのアルバム「ファイヤーボール」の中の曲"Anyone's Daughter"からバンド名を取っている。それほどこの2人は、この曲が好きだったのだろう。

 やがて彼らはリズム隊を加えてバンド活動を始め、学業を終えるのを待って1979年にデビュー・アルバムを発表した。
 ちなみに彼らは、あのドイツを代表するバンド、ノヴァリスも契約していたブレイン・レコードからデビューしている。当時のブレイン・レコードには、ノイ!やグル・グルなど、プログレッシヴ・ロック・バンドがかなり所属していたようだ。

 それで自分が聞いた彼らの最初のアルバムは、1980年のセカンド・アルバム「エニワンズ・ドーター」だった。このアルバムの印象を一言でいうと、キャメルのような音楽性にドイツ特有のメロディアスでハードなギターと手数の多いドラムスを付け加えたようなものだった。

 だからプログレッシヴ・ロックというよりは、メロディアス・ハード・ロックみたいだった。ただし、アメリカのボストンやジャーニーのような売れ線狙いの音楽とは一線を画している。Photo また、全9曲中、一番長い曲が"Another Day Like Superman"の8分3秒で、あとは3分~4分程度の短い曲が多くて、メロディアスで聴きやすいのだけれどインパクトに欠けていた。
 だからこのバンドをプログレッシヴ・ロック・バンドとして取り上げている雑誌や記事には違和感があったし、信じられない気持ちだった。

 ただ確かに演奏は上手い。特にギター担当のウーヴェ・カルパは、器用に様々なトーンを操って演奏に幅を持たせている。一度に数種類のギターを演奏しているようだ。
 また"Sundance of the Haute Provence"におけるマティアスのエレクトリック・ピアノはとてもリリカルで、エモーショナルだ。ほとんどエレピ一台で歌われるこの曲は、彼らの静なる部分を感じさせてくれた。こういうところが“キャメル的”といわれるのだろう。

 また1曲ごとのクォリティは高く、ドイツのロック・バンドとして聞けば、ワールドワイド的な人気を得ることは間違いないし、実際、そういう評価を受けている。
 特にアコースティック・ギターとボーカルにキーボードやベース、ドラムスと徐々に盛り上がっていく"Another Day Like Superman"などは、いつ聞いても感動してしまう。盛り上げ方に無理はないし、ドラマティックで彼らのテクニカルな面も強調されている。ソフトなドリーム・シアターといった感じだ。

 アルバムにはクレジットはなかったけれど、“エニワンズ・ドーター”という題字は、ロジャー・ディーンの字によく似ている。それが気に入ってアルバムを購入したようなものだった。

 先にイギリス本国のプログレッシヴ・ロック・バンドはポップ化してしまったと書いたが、このエニワンズ・ドーターもまたそういう方向性を選んだような感じだった。
 実際には、彼らはアルバムごとにその趣向を変えているようで、翌年発表されたサード・アルバムでは、彼らの敬愛するドイツの文豪、ヘルマン・ヘッセの詩に曲をつけ、それをライヴ録音して発表していて、このアルバムもまた大成功を収めた。この結果に満足した彼らは、これ以降ドイツ語で歌うようになった。

 ところでプログレ色の薄いセカンド・アルバムに満足できなかった自分は、よりプログレッシヴ・ロックが展開されているといわれていたデビュー・アルバムを聞いてみた。このデビュー・アルバムがあったからこそ、彼らはプログレ・バンドとして認知されたのである。

 このデビュー盤は1979年に発表された。のっけからトータル20分以上もあるアルバム・タイトルにもなっている"Adonis"4部作が始まる。タイトルの“アドニス”とはギリシャ神話の中の美少年で、美と愛の女神アフロディーテから愛されたという。

 楽曲的には全体的に演奏時術は素晴らしく、その中でも特にギターとキーボードによるアンサンブルは見事である。デビュー・アルバムにしてはその水準は極めて高い方だろう。
 また"Part3:Adonis"でのムーグ・シンセサイザーのソロは、久しぶりに興奮を覚えるほどカッコよいものだった。まるでキース・エマーソンである。このキーボーディスト、メロトロンは使用していないが、ピアノからオルガン、シンセサイザーにストリングスと、結構多種類のキーボードを操っている。なかなかの腕前なのだ。2_2 アルバム後半の"Blue House"はインストゥルメンタル。彼らがデビューする前後に練習していたスタジオのことをタイトルにしているのだが、これがまた隠れた名曲で、シンセサイザーがたおやかに広がり、その上をメロディアスなアコースティック&エレクトリック・ギターが官能的な調べを奏でるといった感じだ。こういうところもまたキャメル風といわれる所以だろう。ただ自分としては少しハードなキャメルだと思っている。

 次の"Sally"はサックス付きのポップな曲で、時間的にも4分少々と、このアルバムでは短い方だ。
 そして最後の"Anyone's Daughter"は、ジョン・ロードばりのハモンド・アルガンからスタートし、ドラムとベースが細かく動き回って、疾走感を高めてくれる。ボーカル入りなのだが、あとになっては演奏しか印象に残らないほど、インスト重視の曲でもある。緩急の付け方が見事で、とても新人のバンドとは思えない。

 バンド名はディープ・パープルの曲から取られたそうだが、彼らからの影響は、アルバムを聞く限りでは極めて薄い。ただ演奏レベルの高さは決してひけを取らないだろう。
 個人的にはデビュー・アルバムがベストではないかと思っている。また3枚目以降は母語のドイツ語で歌っていて、自然体の彼らの姿に触れることができるようだ。

 その後彼らは、数枚のスタジオ・アルバムとライヴ・アルバムを残して、1986年に解散したが、ウーヴェとマティアスが中心となって2000年に再結成され、2枚のスタジオ盤と過去の音源を含む数枚のライヴ盤を発表している。また、ソロ活動も同時並行として行われているようだ。
 ただ初期のプログレッシヴ・ロックのテイストは薄れて、むしろジャズ/フュージョン風味を強めているという。
 

 エントロピーの拡散にはまた、エネルギーの質の低下を伴うというが、これもまたプログレッシヴ・ロックをも含むロック・ミュージックの本質を指摘しているようである。

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2013年10月25日 (金)

エイリオン

さてオランダの最後を飾るのは、プログレッシヴ・ロックというよりはヘヴィ・メタル・ロックに近いミュージシャンの登場である。

オランダの元ヘヴィ・メタル・バンド、ヴェンジェンスで活躍していたアルイエン・アンソニー・ルカッセンは、バンド解散後の1994年にエイリオンというプロジェクトを打ち立てた。

これは彼自身がロック・オペラを制作しようとしたためで、このプロジェクトを実行するために多くのミュージシャン(13人のボーカリストと7人のミュージシャン!)が招集されている。

 基本的に彼はマルチ・ミュージシャンなので、ほとんどの楽器は自分で演奏している。ただ彼のボーカルについては不安視する向きがあり、プロダクション側もそれを補うために複数のボーカリストの参加を認めた。だからボーカリストだけではもったいないということで、曲によっては楽器奏者も呼ばれたのであろう。

最初のロック・オペラは1995年に発表された「ザ・ファイナル・エクスペリメント」だった。日本では「エイリオン~時空の探究者」と名付けられ、ミュージシャン名がアルイエン・アンソニー・ルカッセンとなっていた。日米では彼の名前が使用されていたが、母国オランダやヨーロッパでは、プロジェクト名のエイリオンで発表されている。Photo_2
 このアルバムは4幕に分かれていて、さらにその中にそれぞれ3曲から6曲程度が含まれていた。内容はファンタジー系で、盲目の吟遊詩人エイリオンが21世紀の未来からテレパシーを受け、未来の人類を救うために、アーサー王や魔術師マーリンの存在する中世へと旅立つものであった。

ゲストにはレッド・ゼッペリンのクローンとして有名になったキングダム・カムのボーカリストだったレニー・ウルフをはじめ、オランダのゴールデン・イアリングのボーカリストのバリー・ハイ、フィンチのキーボード・プレイヤー、クレム・ディータマイヤー、オランダのコージー・パウエルと呼ばれるエルンスト・ヴァン・イーなどが参加していた。

自分が初めて聞いた彼のアルバムは、1996年に発表された「エイリオン~幻の詩」だった。彼にすればエイリオン・プロジェクトの第2弾にあたるのだが、自分はこちらの方を先にCDショップで見つけて聞いていた。

前作はすべての曲が完成するのに2年、レコーディングに2ヶ月半かかったらしいが、このアルバムは完成まで1年半くらいと、彼にしては短期間で制作されている。音楽的にはアコースティック部分が大きく後退して、ほとんどがデジタル機器やエレクトリックな楽器で作られていた。2
 また前作が長編のトータル・アルバムとすれば、今回は“短編集”といった感じで、映画や小説からインスパイヤされたものを取り上げていた。たとえば映画でいえば「薔薇の名前」、「2001年宇宙の旅」であり、小説でいえば「ネヴァーエンディング・ストーリー」である。だから途中でナレーションもないし、無理に盛り上げようとするわざとらしさも見当たらない。

 個人的にはこちらの方が、聞きやすくて親しみやすかった。またゲスト陣は前作よりも少なくて、3人のボーカリスト以外はキーボーディスト2人にバイオリン奏者1名であり、それ以外の楽器はすべて自分で手掛けていた。さすがオランダを代表するマルチ・インストゥルメンタリストである。4曲目の“Computer Eyes”などは、どことなく90年代のピンク・フロイドっぽい気がした。

それでこの2枚のアルバムに満足した自分は、他のアルバムにも興味を持ち中古ショップで探し回っていたところ、何と見つけてしまったのだ。それほどエイリオンが有名だったのか、あるいはすぐに飽きられる内容だったのか。

次に聞いた彼のアルバムは2000年の「宇宙の漂流者part1~ドリーム・シークェンサー」と「宇宙の漂流者part2~漂流者の旅」というもので、本来なら2枚組で発表されるところを、別々のアルバムとして発表されている。たぶん1998年に発表された「エイリオン~光の宮殿」の売り上げが芳しくなくて不発に終わったからだろう。このアルバムは2枚組という大作だったが、内容はよくてもそれが売り上げにつながらない結果になってしまった。

それで今度は単体として発売されたのだが、それぞれが特徴を持っていて、別々に聞いても十分満足できるものだった。3
 「宇宙の漂流者part1」は全体的に落ち着いていて、情感豊かなプログレッシヴ・ロックを堪能できた。一方、もう1枚の「宇宙の漂流者part2」ではヘヴィ・メタル風味の味付けが強くて、最初からガンガン突っ走っていた。

参加したミュージシャンも「part1」の方では、エリク・ノーランダーとラナ・レーン、相変わらずここでも顔を出すクライヴ・ノーラン、元スポックス・ビアードのニール・モーズに元ランドマークのボーカリストのダミアン・ウィルソン、カヤックのエドワード・リーカースとどちらかというと、プログレ寄りのミュージシャンで固められている。

もう1枚の方ではエリク・ノーランダーとラナ・レーン、クライヴ・ノーラン、ダミアン・ウィルソンなどは重複しているものの、アイアン・メイデンのブルース・デッキンソンを始め、ハロウィーンのアンディ・デリス、ストラトヴァリウスのティモ・コティペルト、シンフォニーXのマイケル・ロメオにシャドウ・ギャラリーのゲイリー・ベルカンプとメタル畑のミュージシャンで構成されていた。
 珍しいところでは日本人のプログレ・バンド、ARS NOVAのキーボーディストである熊谷桂子が参加している。日本人としては初めての参加ミュージシャンだった。

内容の方も「part1」ではファンタジー系、「part2」ではプラスSF系と、まさにロック・オペラにふさわしい充実した内容で、簡単に言うと火星のコロニーで死ぬ運命だった主人公が、時空を超えて前世までさかのぼり人類の根源まで行き着く、ここまでがpart1で、そこからビッグ・バン発生時の宇宙に至り、自らが種の起源となり新たなる生命の創始者になるのが、後半のpart2にあたる。
 要するに自らが“神”になるということなのだが、アルイエン・アンソニー・ルカッセン自身がこのプロジェクトの中心者で“神にあたることを考えれば、結局、意識的にしろ無意識的にしろ、自分自身のことをストーリーに反映しているのであろう。4_2
 このあと彼は、2004年、2008年とコンスタントにアルバムを発表していて、最新作は今年発表された「ザ・セオリー・オブ・エヴリシング」である。ちなみにこのアルバムも2枚組で全4曲、プログレ・ゲスト陣も豪華で、リック・ウェイクマンにキース・エマーソン、ジョーダン・ルーデスにスティーヴ・ハケット、さらにはジョン・ウェットンなどが参加している。もちろんストーリー性のあるコンセプト・アルバムなのだが、今までよりはファンタジー性が薄く、現実的だという。

ともかく21世紀の今になっても、ロック・オペラを創作し、コンセプト・アルバムを作り続けるアルイエン・アンソニー・ルカッセンである。53歳になって耳鳴りや嗅覚障害に悩まされているようだが、これからもドラマティックな作品を作り続けていってほしい。何しろ今どきこんなロック・オペラを追及するのは、彼しかいないのだから。

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2013年10月20日 (日)

フィンチ(2)

 オランダのプログレッシヴ・ロック・バンドのフィンチについては、以前にもこのブログで取り上げたことがあった。その時は1977年に発表されたサード・アルバム「ガレオンズ・オブ・パッション」について簡単に記したものだったが、今回は彼らの3枚組アンソロジー「ミソロジー」について取り上げようと思う。

 このアルバムは彼らのデビュー・アルバムから3枚目のラスト・アルバムと、数曲のライヴ、デモが収録されていて、手っ取り早く彼らの歴史や音楽について知ることができる。そういう意味ではありがたいのだが、問題はオリジナル・アルバムと曲順が違うところであろうか。

 今となっては彼らのオリジナル・アルバムを手に入れることは、ネットを使っても困難であるし、たとえ見つかったとしても、おそらく入手するには多大な金額がかかるだろう。
 たとえばアマゾンで検索してみると、サード・アルバム「ガレオンズ・オブ・パッション」は入手は容易に可能だが、なぜか中古品で1380円もあれば25005円という法外な値段をするものもあった。また1stや2ndについてはその影すらみあたらなかった。
 タワー・レコードのサイトでも同様で、サード・アルバムとライヴ盤、「ミソロジー」の3種類しか出ていなかった。

 かように貴重なフィンチのアルバムなのだから、どういう事情があったか知らないが、門外漢の私にとってはオリジナル・アルバムに忠実に曲順通り発表してほしかった。それに時間的にもやろうと思えば可能なのだから、あえてこの曲順にしたという理由ぐらいは明記してほしい。せっかくブックレットまでついているのだから、たとえ英語であろうがオランダ語であろうが一筆必要だったのではないだろうか。どうせ読めないけれど…Photo_27 ちなみにディスク1は、デビュー・アルバム「グローリー・オブ・ジ・イナー・フォース」に当時のシングル曲"Colossus-part1"、"Colossus-part2"とセカンド・アルバム「ビヨンド・エクスプレッション」の3曲目と2曲目が収められている。

 ディスク2には、20分6秒もある"A Passion Condensed"が冒頭に来ていて、これはオリジナルのセカンド・アルバムでは1曲目に置かれていたものだった。
 続いてオリジナルのサード・アルバムの5曲にライヴ2曲が収められていて、この3枚組の中では一番聞きどころの多いディスクでもある。

 最後のディスク3では、いずれも10分を超えるライヴ2曲と既発デモ8曲が収められているが、いずれもすでに以前のアルバムにあったもので、目新しくはない。
 要するにオリジナルの3枚のスタジオ・アルバムの曲は、すべて最初の2枚のディスクに収められていて、残りの1枚にはライヴ曲や違うテイクの曲が入っているという構成なのだ。(正確には、最初の2枚のアルバムにもシングル曲やライヴ曲が収められていることはすでに述べた)

 それでオリジナルとは違う順番のデビュー・アルバム「グローリー・オブ・ジ・イナー・フォース」を聞いてみると、何となく「サード・アルバム」の頃のイエスを思い出してしまった。ギターやベースの音色や曲想がそんな感じなのである。ギターにはあまりエフェクター類を付けておらず、かなり原音に近いし、ベースに至ってはもろクリス・スクワイアだ。

 特に"Register Magister"や"Pisces"を聞くとそういう印象を持ってしまう。それにキーボードついては、メロトロンはほとんどというか僅か"Paradoxical Moods"にしか使用されておらず、ハモンド・オルガンとエレクトリック・ピアノ、シンセサイザーが主である。メロトロン・ファンとしては悲しいことだ。悔しいのでオリジナル・デビュー・アルバムのジャケットだけ載せておく。 

2 

 セカンド・アルバムが一般的に彼らの代表作と目されている。1976年に発表された「ビヨンド・エクスプレッション」のことだが、このアルバムも全曲インストゥルメンタルで3曲しか収められていなかった。

 "Beyond the Bizarre"での10分過ぎの主旋律は、ポール・マッカートニー&ウイングスのアルバム「バンド・オンザ・ラン」の中の曲"Mamunia"とソックリである。ということは時間軸から考えれば、フィンチの方が真似たのだろうか。それでも動~静~動という展開はスリリングで美しい。また"Scars on the Ego"では途中のブルージィなギター・ソロが哀愁をそそる。

  そして20分の大作"A Passion Condensed"では全体のアンサンブルが見事である。ギターは弾きまくっているし、ハモンド・オルガンやストリングス・アンサンブルも所々に顔を出して全体をリードしている。(でもメロトロンはほとんど聞かれない!)
 ボーカルがない分、確かに途中だれるところもあるのだが、それでもギタリストのヨープ・ヴァン・ニムヴェーゲンの鬼気迫るギター・プレイに圧倒されてしまう。ちなみにこの曲も含めて、アルバムのほとんどの曲は彼が作っている。

 フィンチはベーシストのペーター・ヴィンクとドラマーのベール・クラッスが所属していたQ65というバンドを母体として生まれた。ペーターはイエスのファンだというから、彼がクリス・スクワイアのような音を鳴らすのも当然のことかもしれない。
 やがてそこにギタリストのヨープと初代キーボーディストのポール・ヴィンクが参加してフィンチが誕生した。しかしデモ・テープを制作中に、ポールは音楽大学の学生だったクレーム・デターマイヤーに交代している。

 だから黄金期のメンバーはこの1st、2ndアルバム制作時のメンバーだったと自分は勝手に思っている。3rdアルバムではドラマーとキーボーディストが代ったせいか、ややジャズっぽくなっている。これは当時のフュージョン/クロスオーヴァーの世界的な流行の影響もあったのかもしれない。ただイエスからの影響はこのアルバムからでも伺える。タイトなリズム・セクションに、指運の多いレス・ポール・ギターである。

 とにかく、この3枚組をそれぞれ演奏順に並べて、余った時間分にライヴ演奏やデモ曲を入れてほしかった。また、これはどうしようもないことだが、もう少しメロトロンを使用してほしかった。

 これは前にも書いたことだが、彼らがデビューした時期が悪かった。1975年といえば、イエスは停滞期を迎えていたし、ジェネシスは主要メンバーが脱退した後だった。キング・クリムゾンに至ってはすでに燃え尽きていたし、ピンク・フロイドもやっと重い腰を上げた時だった。要するにプログレッシヴ・ロック界には逆風が吹いていたというか、もう風も吹き止んで、あとにゴミが散らばっているような状況だったのである。

 だから彼らがもう4、5年早くデビューしていたなら、もっとメジャーになっていたに違いない。
 大方のバンドは再結成したり、リユニオン・コンサートを行っているが、フィンチにはその形跡は見られない。恐らく今後もないだろうし、伝説のバンドと化したフィンチは、過去の音源を再生産しながら、これからも多くのプログレ・ファンを魅了していくだろう。

 ただ自分にとって予想外だったのは、ギター・オリエンティッドなバンドだったということで、もう少しメロトロンなどの多種類のキーボード・サウンドがあれば、もっと頻繁にターン・テーブルに乗っていただろう。ちょっと残念なことではある。
 

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2013年10月15日 (火)

ギャラハド

 ロック好きな人なら、こういう気持ちは理解しやすいと思うのだが、自分の中で、昔からどうしても気になるバンドというのがいくつかある。音は聞いたことがなくても名前だけは知っているとか、アルバム・ジャケットは素晴らしいが、音楽性は自分には合わないとか。

 それでプログレ界の中でもその手のバンドがいくつかあって、その1つがイギリスのギャラハドというバンドだった。

 なぜ気になったかというと
①日本ではほとんど知られていないのに、なぜかCDが発売されている。
②バンド名が“ギャラハド”であること。
③スタジオ盤は見かけないのに、なぜかライヴ盤はよく見かけたこと。

 まず、“ギャラハド”といえば、アーサー王伝説を思い出す。彼は、アーサー王の円卓の騎士の一人であり、聖杯を見つけたことでも有名だ。
 それで「アーサー王と円卓の騎士」といえば、リック・ウェイクマンのアルバムにもあるし、リック・ウェイクマンといえば、プログレッシヴ・ロック界でも高名なキーボーディストで、だから“ギャラハド”自体も、これはもう立派なプログレッシヴ・ロックだろうと考えていた。

 英語で表記された曲名から見ても、おそらくこのバンドはイギリス出身だろうと思った。しかも90年代に発表されていたので、遅れてきた“ポンプ・ロック”・バンドだろうと考えたのだった。

 自分が最初手に入れたアルバムは3曲入りのミニ・アルバムだった。ミニ・アルバムだったので、お値段的にもお安くて購入しやすかったからだろう。3 このアルバムは、イギリスのVoiceprintというレコード会社から発売されていて、副題がVoiceprint Radio Sessionsになっていた。ということはたぶんスタジオ・ライヴだったのだろう。輸入盤なので歌詞も解説も何もないのだが、1993年の録音ということと、曲名と収録時間とバンド・メンバーの名前だけ記載されていた。ちなみに最初の"Aries"という曲は10分25秒だった。

 そのときの印象は、テクニカルな音楽でもなく、構築美を誇るものでもなく、何となくぼんやりとしたものだった。しいて言えば、キャメル系のファンタジックな雰囲気を備えていたぐらいしか記憶になかった。ただ3曲だけで判断するのはギャラハドに対して失礼かもしれない。

 次に手に入れた彼らのアルバムもまたライヴ盤だった。ただし今度は、オーディエンス入りのホールで行われた本当のライヴを収録したもので、しかもノー・オーヴァー・ダビングと銘打たれていて、音源には一切手が加えられていないというものだった。
 だからメンバー紹介や曲間は省略されているものの、アンコールの拍手やボーカルのあいさつなども収められていて、聞くことができる。

 
 またこのライヴ盤は1995年の4月22日に録音されたもので、全8曲、それまでの彼らのキャリアを一旦総括するという意味合いも含まれていたようだ。

Photo_2 彼らのバンド結成の時期は古くて、1985年頃とされている。マリリオンやIQより数年遅れていて、デビュー時にはすでに“ポンプ・ロック”というムーヴメントが定着していた。また当初はダブル・キーボーディストを含む7人編成だったという。

 だからこのライヴ盤も、デビュー10周年記念という意味合いだったのだろう。彼らがなぜ日本では無名だったかというと、それは配給元が定まっていなくて、アルバムの後押しがなかったことが最大の原因だと思われる。

 彼らはデビュー以来、大手のレコード会社と契約をせずに、自主レーベルのAvalon Recordsを通して発表していた。だからアルバム発表ごとに、配給会社が異なっていて強力なプッシュを受けることができなかったのである。
 あるいはむしろバンド側が自由に創作できる環境を望んだ結果だったのかもしれない。大手の会社と契約した場合には、何年以内に何枚アルバムを作れとか、こういう音楽的方向性で制作せよという制約が課されることが多いからだ。

 このライヴ盤の時のメンバーは5人で、ボーカルがスチュワート・ニコルソン、ギターにロイ・キーワース、ベースにはニール・ペッパー、キーボードにカール・ギャレット、ドラムスがスペンサー・ルークマンという布陣だった。

 ライヴ盤だったので、ギターとキーボードが目立つのは当然のこととして、ベース・ギターのチョッパー・プレイも披露されているのが印象に残った。

 リーダーはボーカルのスチュワート・ニコルソンで、アルバムのプロデュースもバンド外の他の人と共同で担当している。また、このバンドはメンバーの出入りが激しくて、延べ20人以上のミュージシャンが加入しては去って行った。
 創設以来残っているのはボーカリストのみであり、続いてギタリストのロイとドラマーのスペンサーがこのライヴ盤以降もバンドに残っているぐらいだ。

 ただボーカリストのスチュワートも1988年に、フィッシュ脱退後のマリリオンのオーディションに参加している。残念な結果にはなったが、もし彼が合格していれば、その後のマリリオンもギャラハドも大きく変化していたに違いない。というかギャラハド自体が消滅していた可能性もあるくらいだ。

 自分はこのライヴ盤以降、久しく彼らの音に接していなかったのだが、あるとき偶然にも彼らのスタジオ盤を中古CDショップで見つけることができた。しかも輸入盤ではなく国内盤だったからビックリした。
 これには自分自身もひどく驚いて、最初は同名の異なるバンドのアルバムではないかと疑ったりもした。彼らが国内盤を出しているとは思えなかったし、その国内盤アルバムをこんな田舎で入手できるとは思ってもみなかったからで、ギャラハドと自分の深い縁を感じたものだった。

 そのアルバムは、彼らの3枚目のスタジオ・アルバム「スリーパーズ」だった。当時のポニー・キャニオンから発売されていたこのアルバムを聞き返して思うことは、キャメル系というよりは丸くなったマリリオンという感じだ。1曲目"Sleepers"は12分以上の大曲だが、起承転結があってなかなかのものだと思った。マリリオンと比べても遜色はないだろう。2 そういう大作もあれば、一方では"Julie Anne"や"Dentist Song"のような、かなりポップな曲も収められている。両方とも4分弱の短い曲で、マイク・オールドフィールドがバンド形式で作った曲のようだった。

 また"Pictures of Bliss"は今どきの季節にピッタリのアコースティック・ギターをバックに歌われる2分程度の小曲で、"Exorcising Demons"(悪魔祓い)はタイトル通りのミステリアスで複雑な構成を持った曲。ただそれほどダークな印象を伴わないところが、このバンドの良いところでもあり、悪いところでもある。

 最後の曲"Amaranth"などは11分43秒もあるのだが、メロディが明るく非常に聞きやすい。もちろんギター・ソロやキーボード・ソロもあるのだが、あまり印象に残らない。もっとブルージィなギターにするとか、重厚なキーボード・サウンドや華麗なピアノ・ソロを入れるとか、もう一ひねりしてほしかった。印象的なのは、スチュワートのボーカルであり、曲全体のバランスだった。

 国内盤はボーナス・トラックを入れて全9曲、70分を超える大作なのだが長く感じられない。何となくダラダラと続いていて、メリハリがないような気がした。普通のロック・バンドならともかく、プログレッシヴ・ロック・バンドでは許されないのではないだろうか。

 結局、ギャラハドが日本で人気が出なかったのは、ある意味では中途半端、メロディアス・ロックなのかプログレッシヴ・ロックなのかが明確でなかったからだろう。
 クセがなくて聞きやすいということはいいことなのだろうが、もう少し個性を出した方が口うるさいプログレ・ファンには受け入れやすかったのではないかと思っている。

 そんなギャラハドだが、自分は現在ではすでに解散しているだろうと思っていた。ところがどっこい、彼らは昨年には8枚目のスタジオ・アルバムや4枚目の公式ライヴ盤を発表していて、2013年10月現在ではドイツからベルギー、ポーランドとヨーロッパ・ツアーを重ねているようだ。

 また最近の彼らのスタジオ・アルバムでは、適度なハードさとシンフォニックさが加えられていて、評価が高い。さすがベテラン・バンドだけあって、ファンの欲求にも応えながらプログレッシヴに前進しているのだろう。
 彼らの聖杯を探す旅はまだまだ続くのであった。

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2013年10月10日 (木)

ランドマーク

 前回まではペンドラゴンのクライヴ・ノーランが如何に働きすぎかをみてきたのだが、本人の了解もなく勝手に好き放題書いてきた。本人が見たら余計な御世話だと思うだろうが、見ることはまずないので、安心して続きを書きたい。

 それで今までは彼が実際に所属したバンドのことがメインだったが、今回は彼がプロデュースしたバンドを紹介したいと思う。イギリスの5人組プログレッシヴ・ロック・バンドのランドマークである。

 このランドマーク、英語では"Landmark"になるのだが、バンドの表記は"Landmarq"になっている。発音は同じになるので問題はないのだが、同名のバンドでもいたのだろうか。それとも単なる趣味か、思いつきか、その辺はよくわからない。

 彼らは1990年に結成された。デビュー時のメンバーは以下の通り。
ボーカル…ダミアン・ウィルソン
ギター…ウェ・ドゥ・ルゥゼ
ベース・ギター…スティーヴ・ジー
キーボード…スティーヴ・レイ
ドラムス…デイヴ・ヴァックスタッフェ

 この中のウェ・ドゥ・ルゥゼとスティーヴ・レイが1986年頃からクェイサーというバンドで活動をしていて、意気投合した二人が新しいバンドを結成したということらしい。ちなみにギタリストのウェ・ドゥ・ルゥゼは、ドイツから20歳の時にイギリスに来て音楽活動を始めている。3 これに同じクェイサーにいたドラマーと、アルテミスというバンドで活動していたベーシストを呼んで演奏陣をそろえたが、ボーカリストがいなかった。何人か候補は上がり、中にはデモまで作ったが結局うまくいかず、これまたクェイサーにいた女性ボーカリストのトレイシー・ハッチングを呼ぼうとした。しかしレーベル会社の反対にあい、最終的にブルー・ヒート・プロジェクトというマイナーなバンドにいたダミアンが参加するようになったのである。

 彼らは1992年にデビュー・アルバム「ソリタリー・ウィットネス」、翌年には「インフィニティ・パレード」を発表した。この2枚ともクライヴ・ノーランがプロデュースしていた。やっとここでクライヴの名前が出たが、今回は彼が主役ではないのであと2、3回くらいしか名前は出てこないだろう。

 自分は今、セカンド・アルバムの「インフィニティ・パレード」を聞きながらこれを書いているのだが、彼らのサウンドをわかりやすく言うと、キャメルのギターにペンドラゴン風味のキーボード群、それらにやや野太いハード・ロック風のボーカルがかぶさっているという感じだ。

 だから基本はプログレッシヴ・ロックなのだが、時々メロディアスなハード・ロックっぽくなるし、ドラマティックながらも聞きやすいという産業ロック的な味付けもあって、中途半端な感じがした。2 特に1曲目の"Solitary Witness"はなぜかバグパイプから始まり、ここはスコットランドかといきなり思わせてくれたのだが、あとは爽やかなミディアム・テンポのロック・ソングになっていく。また6曲目の"The More You seek The More You Lose"などは80年代に流行したポップ・ソングみたいで思わず踊りだしそうになってしまった。

 もちろん中には16分を超える"Ta' Jiang"や抒情味たっぷりの名曲"Embrace"もあり、確かにプログレッシヴ・ロックといえるのだが、全体的には統一感に乏しかった。

 ボーカリストのダミアンもそのことに不安を感じたのか、翌年ラ・サレというバンドに移籍したが、結局、またバンドに戻っている。ジェネシスといい、IQといい、出戻りボーカリストはプログレ界には多いようだ。一番の大御所はジョン・アンダーソンだろうけれど…

 それで出戻ったボーカリストと起死回生のアルバムを制作しようとしたのが1995年の「ザ・ヴィジョン・ピット」だった。
 しかし自分が聞いた限りでは、確かに1曲目や2曲目のように勢いがある曲があっていいのだが、これは別にプログレじゃないよねえ、と言われても仕方ない楽曲だと思った。むしろメロディアス・ハード・ロックだろう。基本的にダミアンの声質は、プログレには合わないのではないだろうか。

 このアルバムはトータルで1時間を超えていて、6曲目の"Narovlya"ように6パートに分かれた11分の曲や8分を超える"Infinity Parade"なども含まれている。それでもやはり前作と同じような印象を受けた。個人的にはキャメル風の"Game Over"のような曲をもう少し増やしてほしかった。Photo 別にゲーム・オーヴァーになったわけではないのだが、ダミアンはこの後ソロ活動に専念するためにバンドを離れた。レーベル元のSI Musicも倒産してしまい、彼らはバンド解散に見舞われたものの、元クェイサーの女性ボーカリストだったトレイシーにフロントウーマンになってもらい、この危機を乗り越えた。本当はバッキング・ボーカルだったのをお願いしたそうである。

 ところが、逆にこれが功を奏したようで、彼女が参加した1998年のアルバム「サイエンス・オブ・コインシデンス」は、今までのところ彼らの最高傑作だといわれている。何が幸いするかわからないものだ、人生というのは。

 その後、彼らは精力的にツアーをこなし、ヨーロッパや北米で行われているフェスなどに積極的に参加している。
 だから4枚目のアルバム以降はライヴ盤が発表されていて、5枚目のスタジオ・アルバムは2012年まで待たされることになった。ちなみにこのアルバムのプロデュースはクライヴではない。彼は4作目まで担当していたようだ。

 ちなみにトレイシー・ハッチングやデイヴ・ヴァックスタッフェは、ストレンジャーズ・オン・ア・トレインでクライヴと一緒に活動している。デイヴの方はまた、2012年にランドマークを脱退して、マーティン・ターナーのいる方のウィッシュボーン・アッシュに参加した。

 とにかく今でも活動しているランドマークではあるが、ダミアン在籍時と今ではほとんど違うバンドといってもいいだろう。それがクライヴ・ノーランのせいだったかどうかは、定かではない。
 

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2013年10月 5日 (土)

シャドウランド

 今回はクライヴ・ノーランの続きということで、彼がアリーナ以外に所属していたバンドについて述べることにした。そのバンドとはシャドウランドという名前で、1992年から活動を始めている。 
 1992年といえば、まだアリーナは結成されていなかった。だからクライヴがペンドラゴンと兼任した最初のバンドということになる。

 クライヴ・ノーランの両親がともにミュージシャンということで、彼は4歳からピアノを習い、5歳で曲を作り始めた。たぶんいきなりプログレのような曲を作ったわけではないだろうけれど、幼少の頃からその才能は豊かだったということだろう。彼はまたキーボードだけでなく、チェロやビオラ、バイオリンなども巧みに弾きこなすことができ、作曲法や指揮者としての学位も持っているという。

 ロンドンの音楽大学を卒業した彼は、卒業後はスリープウォーカーというバンドを結成して活動を始めた。でもこのバンドでは成功せず、80年代中ごろまで作曲活動やスタジオ・ミュージシャンとして音楽業界に携わっていた。
 1986年頃にペンドラゴンに加入して、彼の華々しい音楽キャリアがスタートするのだが、その後の1991年にはザ・キャストという自分のバンドを立ち上げている。

 このザ・キャストにギタリストのカール・グルームが加わり、バンド名をシャドウランドに変更してアルバムを発表した。それがデビュー盤にあたる「リング・オブ・ロージーズ」だった。Photo_2 結成当時のバンド・メンバーは4名で、クライヴとカール、フレットレス・ベースを弾くイアン・サーモンにドラマーのニック・ハラデンスだった。このベーシストのイアンは1996年に脱退したあと、アリーナで活動していたが、ここも2011年でジョン・ジョーウィットと交代している。
 ただ脱退したメンバーはイアンだけで、他のメンバーは結成当時のままである。この手のバンドでは珍しいことで、クライヴを中心に結束が固いのだろう。

 ただ彼らは、結束は固いかもしれないが活動は活発ではなく、1996年から2009年までの13年間はほとんどバンド活動を行っていなかった。たぶんクライヴ・ノーランが他のバンドで忙しかったからだろう。それで彼の余裕ができた2009年に、それまで活動の総集編のようなライヴ活動をヨーロッパ各地で行った。のちにこの演奏は編集されてDVDとして発表されている。

 またバンドのスタジオ・アルバムは3枚と極めて少なく、他にベスト盤が1枚ある程度だ。ベーシストのイアンが辞めた理由も仕事がなくなったからではないかと邪推している。
 クライヴは他に掛け持ちしていたからいいものの、それ以外のメンバーはどうやって生計を立てていたのだろうか。どうでもいいけれど、たぶん他の仕事もしていたのだろうなあ。

 これもまたどうでもいいことだけれど、ギタリストのカールはまたSIミュージックというレーベル運営にも従事していた。これは本拠地をオランダに置いたプログレッシヴ・ロック専門レーベルのようなもので、もとはといえばミニコミ誌から生まれた“SI Magazine”という雑誌に所属していたレーベルだった。

 カールは、ギタリストとしても腕前は1級品なのだが、仕事のないときはオフィス勤務をしていたのかもしれない。ただしこのレーベルは90年代半ばには倒産して無くなってしまったから、勤務年数はそんなに長くはなかっただろうけれど…

 それで肝心のデビュー・アルバムだが、国内盤には1994年に発表されたミニ・アルバムから2曲ボーナス・トラックが含まれていて、合計9曲1時間以上の大作になっている。

 クライヴの立派なところは、バンド全体のバランスやアルバムのサウンドを重視しているところで、キーボーディストだからといって、どこかの誰かのように、キーボード・サウンドだけを重視する方向性を取っていないのだ。

 だから全体としてバランスが取れているし、特定の楽器だけが終始目立つということはない。1曲目の"The Whistleblower"ではサスティーンのよく効いたギターとフレットレス特有の音を放つベース・ギター、それに軽やかなシンセサイザーがクリーンな音響空間を築いていて、その間をボーカリストが漂うといった感じである。ちなみにすべて曲でのリード・ボーカルはクライヴ・ノーラン自身がとっている。

 次の曲"Jigsaw"は11分以上もある長い曲で、ピアノの弾き語りから徐々に盛り上がる形式である。クライヴの声は中低音がよく伸びていて、シアトリカルなステージ演出にはよく似合うかもしれない。のちに彼はオペラを作曲するのだが、自分で歌った経験が活かされているのだろう。

 3曲目の"Scared of the Dark"は雨音や不気味な声のSEから始まり、タイトルのようなダークな曲になっている。基本的にこのアルバムはボーカル・アルバムのようで、特にこの曲では演奏がそれほど目立つところは少ない。同時にヴァース間やリフレイン後にギターやキーボードのソロ演奏が少し入ってくるからわかりやすい。それは次の"Painting By Numbers"でも同じである。

 "Hall of Mirrors"は14分以上もあるアルバムの中で一番長い曲だ。静かなギターのアルペジオから始まり、音が重ねられていく。さすがに14分もあれば、楽器のソロにも工夫が見られ、クライヴは様々なキーボードを使い分けているし、カールのギター・ソロも比較的長めのように感じる。途中途中で炸裂する彼のギター・ソロや後半のアコースティック・ギターはかなり計算されているようだ。

 アルバム中唯一のインストゥルメンタル曲が"The Kruhulick Syndrome"だ。クラシカルなピアノ・ソロから始まり、ハモンド・オルガンやシンセサイザーが飾られていく。2分過ぎからアコースティック・ギターが絡み、やがてそれはエレクトリック・ギターに昇華されてゆくのである。このへんの音の重ね方は見事だが、エンディングにもう少し工夫というか、盛り上げがほしかった。

 とにかくこのバンドは、クライヴがペンドラゴンで果たせなかったことをかなえようと取り組んだプロジェクトだった。
 だから彼は歌も歌うし演奏もする、曲も作れば歌詞も書く、さらにはプロデュースまで行うというまさに八面六臂の働きぶりだったのである。

 その結果がこのアルバムなのだが、歌ものアルバムのようでもあり、なおかつ演奏にも力を入れようとしてしまって中途半端な印象は否めない。
 だからこの経験を活かして、1995年にアリーナを結成したのだろう。確かにアリーナでは歌と演奏がうまくブレンドされていた。

 クライブ・ノーランは、シャドウランドの他にもカジノやストレンジャー・オン・ア・トレインというユニットでも活動していて、アルバムを発表している。また、リック・ウェイクマンの息子のオリヴァーとも一緒にデュオ・アルバムも出している。
 さらにはオペラを創作し、小説まで書くという、彼には1日が48時間ではないかと思われるほど常に何かを取り組んでいる。まさにワーカホリックとはこのことを指すに違いない。

 そんな彼が自分のやりたいようにやろうとして初めて取り組み、それなりに成功したプロジェクトが、シャドウランドだったのである。これで味をしめた彼は、これ以降さらに活動の幅を広げていったのであった。

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