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2013年11月17日 (日)

ポール福岡公演2013

 ポール・マッカートニーが11年ぶりに来日して、先週から公演を行っている。当初は3会場5公演の予定だったが、あまりの人気ぶりに大阪の京セラ・ドーム公演が追加された。確かに11年ぶりにポール・マッカートニーが見られるのだから、たった5回だけでは少なすぎるというものだろう。しかも御年71歳、果たして次の公演があるかどうかも怪しいわけだし、熱心なポール・ファンでなくても見てみたいと思うであろう。Cimg0395
 それで自分も来日公演が新聞紙上で発表された後、チケットを手に入れて見に行くことにした。何しろ福岡のヤクフク・ドームで行われるとあっては、これはもう何があっても見に行かないといけないと思ったからだ。

 119日に来日してから15日の公演まで、たびたびテレビのワイドショーなどでその動向が報道されてきたが、そのせいか列島あげてポールの一挙手一投足にますます注目が集まってきたようだった。


 ロック・ミュージックに革命を起こし、音楽界だけでなくその後の文化史までにも影響を与えたザ・ビートルズの元メンバーだし、イギリス女王からその功績を認められてSirの称号まで与えられた貴族なのである。しかも年齢を考えれば、こんなフィーヴァーぶりもむべなるかなといえよう。

 たとえば11日の大阪での追加公演では「マイド、オオキニ」と日本語でMCをしたり、ステージ上では一切水分を摂取せず、2時間45分間歌いきったなどというニュースが全国ネットで流されていた。

 それで福岡公演である。そんなニュースを耳にしながら市内から臨時バスに乗り、期待に胸を膨らませて会場に赴いた。5時入場開始というのにもかかわらず、自分が着いた3時過ぎにはすでにもう入口ゲート付近に列ができていて、オフィシャル・グッズ売り場では売り切れになった商品を係員が連呼して注意を喚起していた。Cimg0393
 話によると別途料金を払えばサウンド・チェック中のメンバーを観戦できるということを耳にしたのだが、どうだったのだろうか。実際、4時を過ぎてもドーム内から曲が漏れ聞こえてきて、時間的にだいぶ押していることが分かった。だから5時を過ぎても入場できなかったし、夕闇が迫って星が瞬き始め、少し肌寒くなってもみんな並んでいた。実際に入場できたのは6時前だったと思う。ひょっとしたらポールは今日も相撲観戦に行って遅くなったのだろうか。

 S席とはいえ自分が座ったのは2階の後ろの方だった。しかもステージ上の両翼にカーテンが掛ってあって自分が座った1塁側からでは左側が邪魔になって見づらかった。
 エアロスミスの時もそうだったけど、最近のアリーナ以上の大型ライヴ会場ではスクリーンが特設されるのは普通だから、オペラ・グラスなどは必要ないと思っていたが、障害物があればオペラ・グラスがあろうがなかろうがますます意味のないことだった。

 それで約20分遅れの午後720分頃にコンサートは始まった。大阪でもそうだったが、福岡では「コンバンハ、フクオカ!カエッテキタバイ」と日本語でMCをした。さらに「ニホンゴ、ガンバリマス。バッテン、エイゴノホウガ、ウマカトヨ」とこれまた大阪公演にならって話しかけてくれた。さすが天下のポール・マッカートニー、状況に応じて立派に対応している。この適応力もいまだに現役を続けることができている源の一つなのだろう。Cimg0399
 ただ、大型スクリーン下には日本語での翻訳が提示されていて、自分のような門外漢にはありがたかった。これは大阪公演にはあったのだろうか、ひょっとしたら福岡公演から始まったのかもしれない。

 ちなみに福岡でのセット・リストは以下の通り。大阪公演と異なっているのは、34曲目の“I Saw Her Standing There”で、大阪では“Get Back”だった。

1 Eight Days A Week

2 Save Us

3 All My Loving

4 Listen to What The Man Said

5 Let Me Roll ItFoxy Lady

6 Paperback Writer

7 My Valentine

8 1985

9 The Long And Winding Road

10 Maybe I’m Amazed

11 I’ve Just Seen Her Face

12 We Can Work It Out

13 Another Day

14 And I Love Her

15 Blackbird

16 Here Today

17 New

18 Queenie Eye

19 Lady Madonna

20 All Together Now

21 Lovely Rita

22 Everybody Out There

23 Eleanor Rigby

24 Being For The Benefit of Mr. Kite

25 Something

26 Ob-La-Di, Ob-La-Da

27 Band On The Run

28 Back In The U.S.S.R.

29 Let It Be

30 Live And Let Die

31 Hey Jude

<Encore1>

32 Day Tripper

33 Hi, Hi, Hi

34 I Saw Her Standing There

<Encore2>

35 Yesterday

36 Helter Skelter

37 Golden SlumbersCarry That WeightThe End

 ポールは日本公演前には北米公演を行っていて、カナダでも全37曲ほぼ同じセット・リストだった。ただ8月だったのでまだニュー・アルバムは発売されておらず、すべて過去の曲ばかりだったが、9月のロサンゼルスの野外公演ではニュー・アルバムからも数曲演奏されていて、この模様はYou Tubeで見ることができる。ちなみにカナダでは“Your Mother Should Know”“Junior’s Farm”“Mrs. Vandebilt”が披露されていた。

 以下、気がついたことを数点書かせてもらうと、1曲目に“Eight Days A Week”を持ってきたのには驚いた。以前は、“Drive My Car”や“Back In The U.S.S.R.”のようなパンチの利いたロックン・ロールがオープニング曲になったのだが、今回は割とゆるい曲だった。やはり年齢のなせる業なのだろうか。

 しかし彼の年齢には関係なく、ポールは間違いなく現役ミュージシャンだというのが分かったのが、ニュー・アルバムからの4曲だった。ふつう71歳のミュージシャンがアルバムを発表して、はるばる極東の日本まで来るだろうか。たとえ来たとしても4曲も入れずにシングル・カットされた曲だけに抑えて、あとは他のヒット曲で終えるというのが普通であろう。日本のミュージシャンでは考えられないことである。

 それを新曲を含む4曲も披露したのだから、ポールはこのアルバムに相当、力を入れているはずだ。そのせいかアルバム「ニュー」は全英、全米ともに最高位3位、日本では2位になった。これは1989年のアルバム「フラワーズ・イン・ザ・ダート」以来の快挙だといわれている。ちなみに個人的には、このアルバムは「ラバー・ソウル」に似ていると思った。Photo
 ウィングス時代のブルーズ・ロック5のあとに、ジミ・ヘンドリックスの曲のワン・フレーズが披露されているが、これはどこの公演でも行っているようだ。
 それから古いレス・ポールに持ち替えて6を演奏したが、そのギターは実際にレコーディングに使用されたものだと話していた。ちなみにベース・ギターはヘフナーのヴァイオリン・ベース1本だったが、ギターはほぼ1曲ごと頻繁に持ち替えていたようにみえた。

 今の妻のナンシーのために作った7やかつての愛妻リンダに捧げた10を経て、アコースティック・セットに変わった。11を聞いたとき、この曲がカントリー&ウェスタンだったと初めて気がついた。ポール流のC&Wだったのだ。当時はリンゴがC&Wに夢中だったが、ビートルズの中でそういう雰囲気があったのだろう。


 また15では、この曲はアメリカツアー中に問題があって、その人のために作った曲だといっていた。これは翻訳の字幕では『公民権運動』となっていて、差別を受けていた黒人たちに向けてのメッセージ・ソングということらしい。そんなことは全く知らなかった。 続く16については、亡くなったジョンと対話するような感じで作ったと説明していた。

 17からはアップライト・ピアノの前に座って歌っていくのだが、このときステージの一部が上にせり出してきて、しかもそのせり出た部分の前がスクリーンになるという演出だった。ポールはその上で歌っていることに途中で気づいたが、2階から見ていたのでよくわからなかった。そのうち「ライヴ・イン・ジャパン」のDVDでも出るだろうから、それでも見ながら確認することにしよう。

  演出といえば、2430などではレーザー光線で天井の後部に幾何学模様が映し出されるというのがあったが、アリーナ席の前の人は、後頭部に目がない限りは、絶対に気がついていないはずだ。こういう時の2階席は都合がいいのである。

 また20は某国営放送の「みんなのうた」でも放映されたが、この日もスクリーン上ではセサミ・ストリートのようなキャラクターが登場していた。洋の東西を問わず、この歌は子ども用かも知れないが、ポールがやればおとなも満足するのである。

 25では最初ウクレレを弾きながら歌うというものだったが、当のジョージがいたらどう思っただろうか。でもこの曲をウクレレで歌うのはもう10年近くも前から行っているのだから、ジョージは何も言わないだろう。ポールとしてはビートルズのメンバーを身近に感じながら、一緒にやっているという気持ちなのだと思う。(後でわかったのだが、ポールは生前のジョージにウクレレの演奏方法をジョージの曲で学んだことを伝えていたようだ)

 それから30のときの爆発炎と煙は消防法上、大丈夫だったのだろうか。かつてUSJでは火薬の使用過多で責任者が書類送検されるということがあったが、今回もドームという密封された空間ではかなり衝撃が強かった。場内の温度は間違いなく2度は上がったし、煙が多くてそのあとの演奏が少しかすんで見えてしまった。

 29では東北大震災の被災者に捧げるといっていたし、31ではポールの指示で男女別に分かれて歌ったりして、会場全体で大合唱になった。当然といえば当然であろう。昨年のロンドン・オリンピックの開会式を思い出したのは、私一人ではないだろう。

 1回目のアンコール3曲は、いずれもノリノリのロックン・ロールで、2回目のアンコールではあの天下の名バラードの弾き語りから始まった。途中で「ソロソロイエニカエリマショウ」みたいなことを日本語で言っていた。そして36で一気に興奮を盛り上げて、最後のメドレーに突入していった。Cimg0404_2
 自分は、自分が死んだときは、身内だけの家族葬にするということを周りの人に言っていて、その時のBGMはザ・ビートルズの「アビー・ロード」を流してくれるように頼んでいる。特に後半のサイドB、“Here Comes The Sun”から“Her Majesty”は繰り返し流すようにお願いしようと思っている。もう少ししたら具体的に書面に残そうと思っているが、このメドレーを聞いて、ますますその思いを強くした。

 とにかく自分も含めて、この日集まった約36千人の人たちには、生涯忘れえぬ日になったことは間違いない。この日のために頑張ってきた人や、この日のお陰でこれからがんばれそうな人たち、間違いなく一人ひとりのドラマがこの日に集約され、この日から生まれていったのである。そんな場を提供してくれたポールに心から感謝したいと思っている。


 すでに功成り、名を遂げたポールである。プールサイドでシャンパンを飲みながら、妻ナンシーと楽しく暮らすだけ、何も働かずに年数億円もの著作権料が入ってくる身分のポールが、なぜここまでエンターテインメントに徹するのだろうか。

 それはアメリカ流の商業主義ではなくて、イギリスの国民性やポールの階級意識に根差しているのではないだろうか。単なる勤勉性だけでなく、女王からSirの称号を授かったとはいえ、やはり家族意識の強いアイリッシュ系の家系であり、セールスマンだった父親や看護師の母親の影響が、彼自身が両親以上の年になっても、まだ残っているのであろう。

 だから今のポールは、逆に今まで以上に音楽に対して純粋である。もうすぐ終わるであろう彼のキャリアに対して自覚的であり、だからこそ真剣に音楽に向かい合っていけるのだ。そういう彼の意識が前面に出ているからこそ、ニュー・アルバムは売れているし、今回の「アウト・ゼア・ツアー」はどこに行っても大成功するのである。

 

 

 一部のメディアでは、今回のチケット代について儲け主義的なことを述べていたが、一流の音楽を最高のパフォーマンスで提供するためには、最高級の設備とトップレベルのクルー等が必要なのは当然のことで、それがチケット価格に反映されているだけのことだ。その代金が高いか低いかは、あくまでも個人的な問題で、一般論で括られることではないだろう。Cimg0405_2
 公演の最後に「マタアイマショウ」、“See You Again !”と言っていたポールだが、そうあってほしいのはすべてのポール・ファンの本音だろう。でもたとえそうでなくても、ポールの気持ちを自分の心の中に秘めて生きていくこともまた、本当のポール・ファンならわかってくれるはずだと思っている。


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