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2014年2月

2014年2月27日 (木)

アルトゥラ

 今回もマグナ・カルタ・レーベルから発売されたアルバムを紹介したいと思う。このレーベルは、発足当時はキーボード主体の音楽で、インストゥルメンタルよりは歌を重視し、ドラムは機械の手を借りるなど、少しユニークな特徴が見られた。

 もちろんそんなバンドだけでなく、カイロのような歌と演奏のバランスを取るようなバンドも現れ、さらにはドリーム・シアターの影響を受けたようなアイス・エイジというバンドも生まれている。徐々に進化しているレーベルなのだが、やはりプログレッシヴ・ロックを標榜するのであれば、こうでないといけないという見本になるようなレーベルだと思う。

 今回紹介するのは、前回のアイス・エイジと同じように、ドリーム・シアターの影響を強く受けたバンド、アルトゥラである。

 このバンド、今となってはほとんど誰も知らないと思うのだが、1996年に最初で最後となるアルバム「マーシー」を発表した。当時は国内盤も発売されていたから、レーベル側はかなりプッシュしていたのだろう。

 メンバー構成はドリーム・シアターと同じで、ギタリストのフランクリン・アーヴィンとベーシストのジェレミー・オズボーンの2人が中心となって、90年代初めに結成された。
 当時の彼らはノース・キャロライナ州のシャーロッテを中心にギグを行っていたというから、まあ言ってみればアメリカ東部のローカル・バンドのようなものだった。2

 最初はラッシュのような3人組で活動をしていて、そこにキーボーディストと専任ボーカリストが加わり、1995年にデモ・テープを制作した。たぶん彼らは、いくつかのレコード会社に送ったのだろう。その中でマグナ・カルタ・レーベルが彼らと契約して、アルバム・デビューが決定したようだ。

 その年にレーベル側は彼らをカリフォルニアのスタジオに呼んで、ロバート・ベリーをプロデューサーに迎えてアルバム制作を開始した。

 ロバート・ベリーという人は1988年に、キース・エマーソンとカール・パーマーとともに、3(スリー)というバンドを結成して、アルバム「スリー・トゥ・ザ・パワー」を発表した人だが、元々ギタリストで、スティーヴ・ハケット脱退後のGTRにも参加して、ハウと一緒にプレイしている。残念ながらこのときのデモ・テープは公式には発表されなかったようだ。

 それはともかく、そういう有能なミュージシャンだった人をプロデューサーに起用して、ドラマティック、かつヘヴィ・メタリックなサウンド構築を図っていった。そしてアルバム「マーシー」が発表されたのである。

 アルバムの基本コンセプトは、若者の純粋性が社会の中で阻害され、蝕まれていき、やがては自分自身の中に邪悪なものが育っていくことを知覚してしまうというもので、そういう感情を扱うことで“憐れみ”が生じるということで、「マーシー」と名付けたようだ。Photo

 アルバムはその"Mercy"から始まる。冒頭の雷雨のSEから変拍子を取り入れた無機質でテクニカルな演奏をバックに、ジェイムズ・ラブリエを髣髴させる伸びのあるボーカルが聞こえてくる。演奏と歌の比率は7:3くらいだろうか。

 次の"The Calling"は、メタリックなリフがより一層ドリーム・シアターの影響下にあることを示す楽曲になっているが、残念ながらドラミングがおとなしすぎる。またギターは自己主張していて、時にロバート・フリップ風に聞こえてくるのが面白い。

 3曲目は変態チックなギターとキーボードのユニゾンから始まり、これまた変拍子が付加されたリズムが刻まれる。ただ前2曲に比べて、エモーショナルというかメロディアスなリフレインが挿入されているところが個人的には気に入った。

 基本的に彼らはアイデアの方が先走っているようで、きれいにまとめればいいところを、無理にぶち壊して再構築しようとしている。この辺がリスナーにとっては好き嫌いの分かれるところだろう。
 クリムゾン的手法は正しいかもしれないが、その必然性が感じられない。無理して行っても、本人たちにはいいかもしれないが、聞いている側には感動が湧き上がってこないのである。

 インストゥルメンタルの"The Continuum"を聞けば、いかに彼らの演奏技術が高いかということがわかるだろう。ただそれがわかっても、それが聞き手の感情を揺さぶることに結び付くかどうかは、また別の問題である。

 グランド・ピアノの響きが美しい"Horisons Fade"はバラード・タイプで、このアルバムでは異質な方だ。こういう曲がもう1曲くらいあれば、このアルバムの印象も大きく変わっただろう。無理がないからすんなりと伝わってくる楽曲だ。
 ちなみに彼らがデモ・テープとして送った曲が、この曲だった。この曲なら採用されてもおかしくないだろう。

 6曲目の"One Dimension"もわりとまともな曲で、このアルバムは後半になるにつれてよい曲で占められている気がする。前半は途中のギターが雰囲気を壊してしまうパターンが多かったが、この曲ではギターが抑制されていて、曲に良い起伏がある。それでも5分過ぎからはどうしても自制できずに暴れてしまってはいるが、その後のボーカルとキーボードが救っている。

 個人的に一番好きなのが"Alternate Lines"だが、一番ドリーム・シアターに似ているところが残念なところだ。好きな理由は、演奏と歌とが絶妙にブレンドされていて、変に作為的なところがない点である。

 アルバム最後を締めるのが10分50秒もある"Alone"で、静かなグランド・ピアノのソロにボーカルが結びつき、やがてハードでメタリックなギターとベース、煌びやかなシンセサイザーが膨らませていく。
 手法は確かにドリーム・シアターに似ているのだが、メロディがわりとはっきりしているので、違いは分かる。ただ二番煎じといわれれば、否定できないのは確かな事実であろう。

 彼らはこのデビュー・アルバムをもって、ラスト・アルバムにしてしまった。何が彼らの間に起ったのかわからないが、二度と音楽シーンには戻ってこなかった。
 繰り返しになるが、彼らは技術的には素晴らしいものを持っていたし、それを発揮する能力も十分あったのだが、如何せん、頭の中で作られたような音楽に終始してしまった。

 またもう少しオリジナリティを出して、本家ドリーム・シアターとの差異を出してほしかった。結局彼らが解散したのも、バンドの音楽的な方向性を巡ってのことだろう。単なるコピー・バンドなら、それこそ星の数ほどある。彼らは、結果的にその星の中の一つになってしまったのだ。

 鳴り物入りでデビューしたにもかかわらず、1枚のアルバムで消えて行ったバンドだった。レーベル側も落胆しただろうが、一番悲しかったのはバンド・メンバーだったに違いない。

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2014年2月22日 (土)

アイス・エイジ

 今月は“マグナ・カルタ・レーベル”特集である。今までレーベル創業時に活躍したバンド、マジェラン、シャドウ・ギャラリー、カイロを紹介してきたが、今回はそれらに続くバンドとして期待された4人組アイス・エイジのことについて簡単に述べてみたい。

 アイス・エイジは1993年にニューヨークで結成され、1999年にアルバム・デビューを果たしたテクニカルなプログレッシヴ・メタル・ロック・バンドだった。要するに“第2のドリーム・シアター”と言い切っていいようなバンドだった。Iceage
 初期のマグナ・カルタ・レーベルに所属していたバンドは、どちらかというとギターよりもキーボードの方が目立っていて、ライヴよりもスタジオを中心にした活動の方がメインだった。
 だからドラムはドラム・マシーンを利用していたし、少ないライヴではサポート・ミュージシャンを活用することで、不利な点をまかなってきた。

 ところがこのアイス・エイジは、結成からデビューまで6年もたっていることからも分かるように、ライヴを中心に活動を行い、その実力を養ってきているから、演奏力には定評があり、マイナーな存在ながらも着実にファン層を広げてきたのである。

 それを聞きつけたレーベルの責任者であったマイク・ヴァーニーがデビューを認めたのだから、その実力は確かなものであった。彼らのデビュー・アルバムを聞けば、その素晴らしさが実感できるはずだ。
 2曲のインストゥルメンタルを含む全11曲、トータルで74分以上もあるこのアルバム「ザ・グレイト・ディヴァイド」に、文句をつけられる人は、そうそういないだろう。Photo
 アルバムの冒頭からメタリックなギター・リフと華麗なシンセサイザー、それらを支えるテクニカルなドラムス&ベースが走り出している。タイトルがこれまた"Perpetual Child"と名づけられていて、いかにもイエスの影響をうかがわせてくれる。10分29秒と大作でもあり、静と動の対比が素晴らしい。

 2曲目では手数の多いドラムに導かれて、疾走感のある"Sleepwalker"が始まるのだが、これまた変拍子と転調につぐ転調で、目まぐるしく感じてしまう。音楽を聞いて目が回りそうになったのは、めったにない体験だった。途中のアタックの効いたベース・プレイもナイスである。

 このアルバムの中でメロディアスな曲が"Join"と"Because Of You"で、何となくカナダのラッシュの曲を思い出してしまった。ゲッディ・リーのような高音ではないのだが、伸びのあるボーカルは艶があって、曲にフィットしている。キーボーディストのジョシュ・ピンクスという人が歌っているのだが、彼はノルウェーのハード・ロック・バンド、TNTのボーカリストであるトニー・ハーネルからボイス・トレーニングを受けていた。

 "Spare Chicken Parts"は最初のインスト曲で、チキンの声から始まり中近東風のギターが全体をリードしている。ギタリストのジミー・パパスはギリシャ生まれだから、こういう旋律も生まれてくるのだろう。
 まさにテクニック至上主義ともいうべき曲で、緊張感と高揚感が一体となっている。これはドリーム・シアターの新しい曲だよと言われても決して疑うことはできないはずだ。途中で映画「2001年宇宙の旅」の中のセリフが引用されているのだが、そういう細かい芸がきくところも、アメリカのバンドでは珍しい特徴だ。

 やはりデビュー・アルバムには、そのバンドや個人のアイデアや魅力が十分に詰まっているようで、"The Bottom Line"を聞くと、アイス・エイジなりの重要なエレメンツが発見できる。それは耳になじみやすいメロディ・ラインの上に、時に過剰になるメタリック音やヘヴィなリフを積み重ねていることだ。

 だから普通に演奏すれば、ポップな歌になるのだが、彼らはそれを極力排除していて、自分たちの求めるプログレッシヴでヘヴィ・メタルな曲に仕上げている。それが成功するときもあれば、そうでないときもある。いくら経験があるとはいえデビュー・アルバムにはそういう荒削りなところが見られるし、逆にそういう点がデビュー・アルバムの良さでもあろう。

 アルバムの中で一番ドラマティックな曲が、"Ice Age"だ。静かな導入部から始まって徐々に盛り上がっていく方法は、分かってはいてもついつい聞いてしまう。途中途中のギター・ソロやキーボード・ソロも定番とはいえ、やはり彼らの実力を発揮する場になっている。
 

 ただ惜しむらくは、似たような傾向の曲が多く詰め込まれている点だろう。もう少し整理すれば、たとえば途中でバラード曲を入れるとかすれば、もう少しバラエティに富んで聞きやすくなったのではないだろうか。肩に力が入りすぎているのだ。

 そういう意味では、8曲目の"One Look Away"はミディアム・テンポで抒情的でもあり、バックのエレクトリック・ピアノとキーボードが美しく聞こえる。ただこれももう少し低音を抑えて、リズム・セクションを控えめにしていれば、もっとエモーショナルな曲になった気がしてならない。また、こういう傾向の曲がもう1曲くらいはあってほしかった。

 キーボードが目立つアグレッシヴな"Miles To Go"のあとに、2部形式に分かれた最後の大曲"To Say Goodbye Part1"、"To Say Goodbye Part2"が用意されていて、ジョン・ペトルーシのようなギターとジョーダン・ルーデスのようなメカニカルなキーボード・プレイがフィーチャーされている。インストゥルメンタルのPart1とボーカル入りのPart2の対比が見事である。

 このアルバムは評論家の受けは良かったものの、残念ながらセールス的には失敗してしまった。やはりドリーム・シアターの二番煎じという印象が強かったのだろうか。
 彼らはこの後、ベーシストが交代して2枚目のアルバム「リバレーション」を2001年に発表するものの、これまた商業的に失敗してしまう。アメリカのプログレには芸術性と商業性の両面が求められるというのは私の持論なのだが、アイス・エイジもこの呪縛から逃れることはできなかったようだ。

 彼らはその音楽性を、演奏中心から歌中心にシフトしていくのだが、それでも知名度を上げることはできなかった。
 2006年にはバンド名自体を“アイス・エイジ”から“ソウルフラクチャード”に変更してEPを発表するものの、最終的には解散してしまった。

 いま彼らのアルバムを聞きながら、このブログを綴っているのだが、あらためて彼らの演奏技術やそのポテンシャルの高さに驚いてしまった。こんなにも彼らのデビュー・アルバムが素晴らしいとは、すっかり忘れてしまっていたようだ。

 上にも少し書いたが、もう少し緩急つけた楽曲編成や楽曲を絞ってアルバムを構成していれば、また違った結果が待ち受けていたはずだ。
 バンド名はアイス・エイジだが、その名前の通りの結果になった悲劇のバンドだったと思っている。

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2014年2月17日 (月)

カイロ

 テレビのニュースによると、エジプトのカイロでは爆破テロが頻繁に発生しているらしい。どうも政情が安定していないようで、現地の人々の生活も不安定、しかも観光客も激減しているというから、ますます先行き不透明の状態が深刻化しているようだ。

 エジプトといえば、ピラミッドやスフィンクスで有名だし、それらを生み出したエジプト文明は世界四大文明の一つだと学校の授業でも習ったくらい世界最古の歴史と伝統のあるお国柄である。
 しかもその首都であるカイロとくれば、これはもう4000年前にタイムスリップするような場所だろうと勝手に夢想してしまうのだが、実際はどうなのだろうか。

 そんなことを考えるのは洋の東西を問わず、日本でもアメリカでも同じようで、そういう著名な場所をバンド名にしていた人たちがいた。アメリカはサンフランシスコで結成された5人組のカイロである。

 彼らはマグナ・カルタ・レコードにデモ・テープを送り、マイク・ヴァーニーに認められて、アルバム・デビューを果たすことができた。1994年のことである。
 自分はマジェランとシャドウ・ギャラリー、そしてこのカイロがマグナ・カルタ・レーベルの3羽烏と思っていて、この3組のバンドが成功したからこそ、いまのマグナ・カルタが存在すると思っている。

 それにこの3つのバンドにはレーベルのカラーが反映されていて、プログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルの橋渡しをするような音作りが強調されていた。
 またギターよりもキーボードがフィーチャーされる傾向も同じで、その点においてはメタル・キッズには敬遠されていた。だからドリーム・シアター級のバンドを排出することは無理だったのではないかと思っている。

 それはともかくこのカイロは3つのバンドの中では、ギターも強調されていて、曲によってはより壮大な構想を支えるインストゥルメントとして、その機能を発揮している。
 それにこのバンドには最初からドラマーがクレジットされていて、ドラム・マシーンは使用されていない。この点は他のバンドとは異なっているようだ。

 デビュー・アルバムの「カイロ」は如何にも中近東風なメロディを持つ"Conception"で始まる。2分あまりのインストゥルメンタルのあと、10分少々の"Season Of  The Heart"が始まるが、曲の印象としてはイエスの曲をE,L.&P.が演奏しているかのようだ。ボーカルはジョン・アンダーソンに少し似ているし、キーボードの間をギター・ソロが顔を出すさまは、イエスに似ている。また、後半のキラキラとしたシンセサイザーはこの時代の特色なのかもしれない。Photo
 このアルバムには6曲が収められていて、最初のプロローグ的インストを除くと、10分程度の曲が4曲と、最後に22分35秒の組曲"Ruins at Avalon's Gate"が収められていて、1枚聞きとおすだけで、もうお腹一杯という感じになった。90年代の半ばに、こういう形式でデビューするなど、時代の音を無視したアナクロニズムと思ったりしたが、今となっては貴重な存在だったことがわかる。

 2曲目の"Silent Water"は8分程度の、このアルバムの中では短い曲で、キーボード・ソロとギター・ソロのバランスが良い。またキーボードもシンセだけでなく、チェンバロも用いられているところが他のバンドとの差別化が図られているようだ。

 怒涛のハモンド・オルガン・ソロで始まる"Between The Lines"はまさにキーボーディストの腕の見せ所か。エレクトリック・ギターも後ろで悲鳴を上げているのだが、キーボードが目立っている。この辺はレーベルの意向を受けているのかもしれない。

 ここまではアップ・テンポの曲で押しまくっていたのだが、"World Divided"ではメロディアスで艶やかなギターが目立つスローな曲になっている。こういう曲を聞くと、もっとこのバンドは評価されてもいいのではないかと思ってしまう。10分以上もあるのだが、コンパクトに4~5分程度にまとめれば、シングル・ヒットも不可能ではないような気がした。

 そして最後の組曲"Ruins at Avalon's Gate"はタイトル的にも演奏的にもキース・エマーソン、もしくはE,L.&P.のようだ。E,L.&P.の"Tarkus"にギターが加わった感じがした。キーボードはシンセサイザーにハモンド・オルガン、グランド・ピアノと多彩で、器用なところを見せてくれる。当然のことながら起承転結に富んでいて、途中のグランド・ピアノのソロや最後の余韻を持たせるオーケストレーションが素晴らしい。

 カイロはマグナ・カルタ・レーベルの中では、メタル系寄りではなくて、むしろ伝統的なプログレッシヴ・ロックの範疇に属するバンドだろう。だから聞いていて少し安心してしまうところもあった。

 彼らのセカンド・アルバム「コンフリクト・アンド・ドリームズ」は1998年に発表されたが、よりプログレッシヴに進化していた。
 ベーシストが交代したものの、それ以外は前作と変わらないメンバーで制作されていたから、全体的にはそれほど変わってはいない。

 このアルバムも全6曲で、4曲目の1分少々のピアノ・ソロ"Image"を挟んで、平均10分余りの曲が並んでいる。2
 1曲目の"Angels And Rage"はノリノリのロック・ナンバーで、キーボードよりもギターの方が目立っている。もう少しドラムの音が前面に出ていたら、ドリーム・シアターにも劣らない楽曲に仕上がっていただろう。テクニシャンなドラマーなので、もう少し表に出てもよかったと思う。

 2曲目は意外にもポップなセンスを持った曲で、各メンバーのソロや疾走感など、トータルな意味でバランスよく保たれている。11分56秒もあるのだが、長さを感じさせないほど聞きやすく、カッコいいのだ。この"Corridors"のような曲があと数曲あれば、このバンドはエイジア以上に売れていたに違いない。新しい時代を切り開くプログレ・バンドになれたのに…たぶんこういう路線はレーベル会社が認めなかったのではないだろうか。

 そして前半のハイライトにあたる"Western Desert"もまたスピーディーなリズムと、それに乗るテクニカルなギターで始まる。キーボードは音の広がりをつけるためにバッキングに徹し、3分過ぎのボーカル以降、ハモンドオルガンという形で徐々に頭角を現していく。
 お得意のキーボード・ソロは8分過ぎからだが、今回はギター・ソロとの掛け合いになっていて、こういうところが前作よりも進化したところなのだろう。ラストの4分はギターが主導権を握りながら、クライマックスを迎えている。まるでトランスアトランティックのようだ。

 1分余りのピアノ・ソロを挟んで、後半は"Then You Were Gone"から始まる。この曲は珍しく普通にボーカル主体で始まり、それを各種楽器が支えている。ボーカルのメロディだけを聞けば、売れ線狙いの産業ロックのようだが、そこはマグナ・カルタ・レーベル、一筋縄ではいかないようだ。この曲もコンパクトにまとめれば、普通にチャートに登場しそうな感じだ。後半のハモンド・ソロとドラムの掛け合いが本家E,L.&P.に通じている。

 アルバムの最後を飾るのは15分以上もある"Valley Of The Shadow"という曲で、最初はおどろおどろしい雰囲気で始まり、小刻みなドラムとハモンド・オルガンを契機として急にピッチが上がり、ボーカルが始まる。まさに計算された曲で、キーボードとドラムスは本家にも劣らない。

 彼らはこの後もメンバー・チェンジをして、2001年に「タイム・オブ・レジェンズ」を発表した。メンバーは結成当時からのキーボーディスト、マーク・ロバートソンとドラマーのジェフ・ブロックマン、そしてボーカリストのブレット・ダグラスで、ほかの弦楽器はサポート・メンバーで補っていた。

 最近のカイロは活動停止状態のようで、オフィシャル・ウェブサイトも更新されていないようだ。ドイツに同名のバンドがあるようだが、それはパンクっぽいバンドで、このブログのカイロとは全くの別物である。

 自分がこのバンドのアルバムを2枚も持っているということは、かなり気に入ったということだろう。確かに他のマジェランやシャドウ・ギャラリーとは違って、ギターもギンギンだし、メロディも豊かだ。できればこの路線でもっとハードでドラマティックな方針を貫いていったら、また違う結果になっていたに違いない。

 このまま自然消滅していくのか、それとも十数年ぶりに新作を発表するのかは不明だ。中東のカイロは混迷を深めているが、同名のバンドには21世紀に相応しいプログレッシヴでメタルな音楽を続けて行ってほしいと願っている。

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2014年2月12日 (水)

シャドウ・ギャラリー

 前回のマジェランに続いて、同じマグナ・カルタ・レーベルに所属していたバンドを紹介しようと思う。1984年にアメリカはペンシルヴァニア州で結成され、1991年にマグナ・カルタ・レーベルと契約を交わしたシャドウ・ギャラリーである。

 彼らは1992年に「シャドウ・ギャラリー」を発表した。このレーベルの特長でもあるプログレッシヴなヘヴィ・メタル・サウンドで、当然のことながらテクニカルな部分が強調されている。Photo
 デビュー当時は4人組で、ボーカル、ギター、ベース、キーボードで構成されていたから、ドラマーは不在だった。この点もマジェランを見習ったかのようで、デビュー・アルバムではドラムスに“ベン・タイムリー”とクレジットされていたが、これは使用されたドラム・マシーンの愛称から来たものだった。

 自分は当時マグナ・カルタ・レーベルに注目していて、マジェランやこのシャドウ・ギャラリーのアルバムをよく聞いたものだったが、このアルバムに関しては、音が薄っぺらくてあまりにも機械的な印象がしたので、中古CDショップに売り払ってしまった。彼らのファンには申し訳ないけれども、自分にとってはマジェランの二番煎じという印象が強かったのだ。

 彼ら自身がデビュー・アルバムの評判をどう受け取ったかは分からないけれども、3年後の1995年に発表されたセカンド・アルバム「カーヴド・イン・ストーン」は、彼らの世間での評価を一転させるものになったと思う。前作と比べて非常にドラマティック、尚且つスリリングでエキサイトさせるものになっていたからだ。

 もちろん楽曲自体もより磨かれたものになっているのは素人身でもわかるのだが、一番大きい理由は新たに優れたメンバーが参加したからだろう。ギターとキーボード兼用でゲイリー・ワーカンプが、正式なドラマーとしてケヴィン・ソフィーラの2名が参加して、6名の新体制で生まれ変わっている。
 だからツイン・ギターで交互にリードを取ることもできるし、キーボーディストが2人いることで音に厚みも付けることもできる。そういう意味でも演奏の幅が広がり、より自分たちの理想とするサウンドを追及することが可能になったのだろう。

 またこのアルバムはトータル・アルバムになっていて、曲間がほとんどなく次々とマジカルなサウンドが飛び込んでくる。それに曲自体も盛り上がるようにアレンジされているから、どこから聞いてもエネルギーに満ちていて、すうっと彼らの音楽に入っていけると思う。Photo_2
 アルバムには全13曲とあるのだが、曲名がついているのはそのうちの1,3,5,7,8,9,11,13番目の曲で、残りの5曲にはタイトルがついていない。その5曲はいずれもインストゥルメンタルで、曲と曲をつなぐ働きをしているからだろうが、どうせトータル・アルバムを制作するのであれば、曲間にもタイトルをつけて、より一層そういう雰囲気を作り出してほしかった。その点がちょっと残念だった。

 しかし、それを補ってなお余りあるような魅力に満ちていることは確かだ。ベーシストでオリジナル・メンバーのカール・カッデン・ジェイムズはフルートも演奏できるので、曲の間のインスト部分では静謐さを醸し出してくれる。

 また曲と曲の間にインストゥルメンタルが挿入されているので、ボーカル入りの1曲1曲が際立っていて印象に残りやすいというメリットもあるだろう。さらには基本的に各曲はキーボード主体なので、キーボード好きにはたまらないだろう。(逆にワイルドなギター・ソロを聞きたい人には、その希望は叶えられないかもしれない)

 最後の曲"Ghostship"もまた7部に分かれている組曲で、トータルで22分近い大作でもある。この曲を聞いていると、まるでドリーム・シアターのようだが、実際、シャドウ・ギャラリーのメンバーは、ドリーム・シアターのボーカリスト、ジェイムズ・ラブリエのサイド・プロジェクトに参加しているし、ジェイムズ自身もシャドウ・ギャラリーの1998年のサード・アルバム「ティラニー」に参加していた。

 とにかくシャドウ・ギャラリーを初めて聞くには、この「カーヴド・イン・ストーン」が適していると思う。アルバム最後"Ghostship"が終わってもヒドゥン・トラックがあるし、トータル71分もある1枚ものアルバムには普段そんなにお目にかかれない。お得なアルバムには違いないだろう。

 個人的にはアコースティック・ギターの音色が美しいバラード・タイプの曲"Alaska"が気に入ったが、"Don't Ever Cry, Just Remember"も徐々に盛り上がっていく美しい旋律が印象的だった。

 彼らはこの後もコンスタントにアルバムを発表していたが、2008年にオリジナル・メンバーでボーカリストだったマイク・ベイカーが45歳の若さで心臓発作で亡くなってしまった。
 バンドは、ファンのためにもこれからも前を向いて進んでいくと宣言をして、新しいボーカリストを迎え、翌年ニュー・アルバムを発表した。それ以降、新作アルバムは出ていないが、精力的にヨーロッパやアメリカをツアーしているようだ。

 とにかく“ミニ・ドリーム・シアター”のようだが、それだけで片づけるには惜しいバンドでもある。コアなファンがついているので、これからのアルバムもまた期待されるに違いない。プログレッシヴ・ロックとヘヴィ・メタルをつなぐバンドとして、これからも頑張ってほしいと思っている。

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2014年2月 7日 (金)

マジェラン

 昨年発表されたドリーム・シアターの12枚目のスタジオ・アルバム「ドリーム・シアター」は、まがうことなき傑作だった。特に冒頭の3曲を聞いただけで、その流れるような曲構成や変幻自在な展開は、幾分ポップな変化をもたらしているとはいえ、彼らの魅力を存分に発揮しているといえるだろう。

 ところで今回は、そのドリーム・シアターのことではない。彼らのようなヘヴィ・メタルとプログレッシヴ・ロックをリンクするバンドのことを考えていたら、マジェランにたどり着いたのだった。

 ドリーム・シアターの公式バイオでは、彼らは1985年に結成され、1989年にデビュー・アルバムを発表したとあるが、一般的に世間に認知されるようになったのは、1992年のセカンド・アルバム「イメージズ・アンド・ワーズ」がヒットしてからだった。

 アメリカにおけるヘヴィ・メタル・プログレッシヴ・ロックの流れは、この1990年代前半から大きく広がっていったのではないかと思っていて、それにはこのマジェランと所属先のレーベルが果たした功績というのも少なからずあったと考えている。

 マジェランはマグナ・カルタというレコード・レーベルから1991年にデビューした。このマグナ・カルタというレーベルは、1989年にピーター・モーティッセリとマイク・ヴァーニーによって設立されたものだった。

 そのマイクという人は、元ミュージシャンでサンフランシスコのシャープネル・レコーズの代表でもあり、イングウェイ・マルムスティーンやトニー・マカパイン、ジョージ・リンチ、ポール・ギルバート、リッチー・コッツェンなどの速弾きギタリストを発掘しては、自分のところからレコードを発表させたり、大手レコードと契約させたりしていた。
 その彼がキーボードを主体とするバンドを育てる意味で、プログレ専門のレーベルを興したのである。

 その新興レーベルの第1弾がマジェランだった。はっきりとは分からないのだが、彼の頭の中にはカナダからデビューしたラッシュや80年代のイギリスのアイアン・メイデン、同じく80年代アメリカのクィーンズライチなどがプロトタイプとして描かれていたのではないだろうか。
 だからキーボード主体とはあくまでもレーベルの方向性の一つであり、全体的な構想はもっと大きなものだったに違いない。それは同レーベルでのマジェラン以降にデビューしたバンドや、発表されたアルバムなどを見て行けば分かるはずだ。

 それでマジェランに話を戻すと、彼らは1985年頃に結成された。奇しくもこれはドリーム・シアターと同じ頃であった。
 バンドの中心人物はキーボード担当のトレント・ガードナーとギター担当のウェイン・ガードナーの兄弟で、ベース・ギターはハル・ストリングフェロー・インブリーという人だった。彼はクラシックを専攻していて、チェロを演奏していたが、やがてジャズに興味が移り、ウッド・ベースを弾くようになったという。

 バンド結成当時はドラマーを入れての4人組だったが、音楽性の違いから脱退したようで、デビュー以降もドラマーは不在、アルバムはドラム・マシーンやコンピューターを使って録音されていた。ライヴでは、その都度サポート・メンバーを雇っていたらしい。

 それで1991年のデビュー・アルバム「アワー・オブ・レストレイション」では壮大な音空間とドラマティックな曲展開を聞くことができる。1曲目から14分以上ある"Magna Carta"が始まる。確かにキーボード主体だが、基本はサウンドに厚みをつけて装飾することに力点が置かれているようで、誰かのような華麗なキーボード・ソロは少ない。

 また当然のことながらギターも使用されているが、これもまたギター・ソロが目立つということはない。むしろ全8曲すべてがボーカル入りで、演奏とボーカルが6:4くらいの割合になっている。Photo
 長い曲は1曲目の"Magna Carta"と4曲目の"Union Jack"で、後者は9分弱である。他には2,3分程度の曲が多く、長くてもせいぜい5分程度だった。そういう面ではリスナーに飽きさせないように、アルバム構成を考えているようだ。

 自分は当時このアルバムを聞いて、まさかこの時期にこういう音楽が流行るわけがないと思っていた。1991年にはニルヴァーナの「ネヴァーマインド」やパール・ジャムの「テン」などが発表されていて、それ以降グランジ・ロックの大流行を迎えていたからだ。

 だから1993年にセカンド・アルバムが発表されたときは、正直びっくりしてしまった。はたしてアルバム・セールス的に大丈夫なのだろうかと、余計なことまで考えてしまった。ただCDショップで正規盤を買おうという意欲までは湧かなかったのだが、中古ショップで売られているとなれば話は別で、ついつい購入してしまった。

 前作はどちらかというとプログレッシヴ・ロックの側面が強かったが、セカンド・アルバム「インペンディング・アセンション」では、へヴィ・メタルの側面も強調されているようだった。
 装飾音過剰気味は相変わらずだったが、多少キーボードやギターのソロも聞かれるようになったし、1曲だけだがインストゥルメンタルも含まれていた。

 また全7曲のうち11分台の曲が3曲、5分台が2曲とより大作志向になっていたし、曲構成もデビュー・アルバムよりはよく練られていて、クィーンのようなコーラス・ワークや笑い声のようなSEなども使用されていた。また1曲だけだが、元ジェスロ・タルのドーン・ペリーがドラムスを担当していたが、他の曲と比べてあまり違いはないようだ。

 ただ自分は、やはりどうしても好きになれなかった。それは印象に残るようなメロディなり、フレーズが少なかったからだろう。イエスのような複雑な曲構成は備えているものの、イエスのようなソロ・パートやキャッチーな部分は少なかった。だから自分の中ではマジェランはこの2枚で終わってしまったのである。2
 その後、彼らはガードナー兄弟の2人組になってしまったものの、21世紀になってもアルバムを発表していて、活動を続けていることがわかった。
 それで当時の新作だった「シンフォニー・フォー・ア・ミスンスロウプ」を聞いてみた。2006年頃のことだ。

 全7曲で18分少々の"Cranium Reef Suite"を中心に、8分、6分、4分台がそれぞれ2曲、2分の曲が2曲という構成になっていて、一聴して初期の装飾過剰のサウンドが削ぎ落とされて、すっきりとしたものになっていたことがわかった。
 また曲もメロディの骨格がはっきりしていて、かなり聞きやすくなっていたところも進歩した点だった。特に2曲目の"Why Water Weeds?"のサビなどは一緒に口ずさめる。これにはビックリだった。

 昔から演奏部分は定評があったから、歌と演奏のバランスは相変わらず素晴らしかったし、メタルよりややプログレに回帰しているようで、商業的な成功も目指していることがよくわかるアルバムだったと思う。
 さらに"Wisdom"のようなアコースティック・ギターがメインに使用されたバラード・タイプの曲もあって、一本調子のところがなくなっていた。バラエティに富んでいるところもこのアルバムの特長だろう。

 できれば最初からこういうアルバムを制作してほしかったというのが、偽らざる本音であり、リスナーはもっとこういうサウンドを求めているのではないだろうか。もしマジェランのアルバムを聞こうと思うのなら、初期のアルバムは思い切って捨てて、このアルバムのような新しめのものがいいと思う。音が肯定的だからだ。3
 彼らは2007年のアルバム「イノセント・ゴッド」以降、スタジオ・アルバムは発表していないが、最近の路線を続けて行けば、ドリーム・シアターの人気には及ばないものの、まだまだワールドワイドでの活躍が期待できそうだ。マジェランの航海はこれからも続くのであった。

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2014年2月 2日 (日)

トライアンフ

 さてさて、久しぶりのカナディアン・ロック・特集、昨年末のサーガというプログレ・バンドから始まって細々と続けてきたのだが、今回をもってひとまず区切りをつけようと思う。

 それでカナダ出身のハード・ロック・バンドには、ラッシュを除いてワンマン・バンドが多いということを、具体的なバンドを通して述べてきたのだが、最後はこれまた3人組のトライアンフの登場である。2
 このバンドはラッシュやエイプリル・ワイン、マホガニー・ラッシュと比べると、デビューが遅い。他のバンドは1960年代の後半か70年代初めにはアルバム・デビューしているが、トライアンフは1975年に結成され、翌年に最初のアルバムを発表している。

 もとはトロントのローカル・バンドで演奏していたギタリストのリック・エミットに、ベーシストのマイク・レバインとドラマーのギル・ムーアが声をかけて誘ったのが発端だった。
 意気投合した3人は地道にライヴ活動を続けていき、運よく翌年にはレコード・デビューにたどり着くことができた。

 彼らも3人組ということで、先輩格のラッシュとよく比較されたりもしたが、彼らは自分たちのことを単なるハード・ロック・バンドとは思っていないようだ。
 ドラマーのギル・ムーアはハード・ロック・バンドに位置づけられることが嫌なようで、自分たちの音楽性はむしろプログレッシヴ・ロックに近く、E,L&Pとザ・フーをつなぐものとして活動に取り組んできたと述べていた。

 だからデビュー・アルバムを始め、他のアルバムでもキーボードを積極的に使用しているし、ガンガン押していく曲だけでなく、アコースティック・ギターを使用したバラード・タイプの曲もあり、動から静、あるいは静から動へドラマティックに展開していくところなどは、メンバーも言っているように、プログレッシヴ・ロックの影響も伺えるのである。
 特に1978年のセカンド・アルバム「ロックン・ロール・マシーン」には組曲が収められていたし、83年の「ネヴァー・サレンダー」には"Overture"で始まり、"Epilogue"で締められていた。

 1970年代後半の当時は、ボストンやジャーニーなどのアメリカン・プログレ・ハードなどが流行していたから、彼らもその時流に乗ったといえなくもないのだが、それでもトライアンフ流のオリジナリティはあって、それがリスナーに好意的に受け入れられたのではないかと思っている。

 そのオリジナリティは何かというと、まずは2人のボーカリストがバンド内にいるということだ。ギタリストのリックとドラマーのギルである。
 この2人、曲によって歌い分けていて、メタリックなリックとブルージィーなギルは対照的で、深い印象を与えてくれている。大げさに言えば、1つのバンドにイアン・ギランとポール・ロジャーズがいるようなものだった。

 もう1つのオリジナリティは、メロディが美しく耳に残りやすいということだろう。この傾向は80年代に入るとますます強くなり、場合によってはAORのような曲も出てくるのだが、それだけ彼らのメロディ・センスが素晴らしいということを意味している。
 と同時に、時代に意識的であり、時代の求める音楽と自分たちの音楽性の摺合せが上手くいったということだろう。

 これは蛇足だが、リックのギター・ソロは当然のことながら素晴らしいが、彼はアコースティック・ギターやスパニッシュ・ギターも演奏していて、エレクトリック・ギター以外でもいい仕事を残している。彼の演奏形態の幅広さもまたバンドにいい影響を与えているようで、その結果がバンド自体の評判を高めていた。

 だから70年代に4枚、80年代に5枚のスタジオ・アルバムを発表したトライアンフだが、そのうちアメリカでは4枚がゴールド・ディスク、1枚がプラチナ・ディスクを獲得している。(ちなみにカナダではすべてがゴールド・ディスク以上に認定されている)

 そんな彼らの魅力を手っ取り早く知りたいと思うのなら1989年に発表された11曲のベスト・アルバム「トライアンフ・クラシックス」がお勧めだ。
 それまでに発表された7枚のアルバムからセレクトされた11曲だが、どの曲も彼らの代表曲といっていい要素を含んでいて、何度聞いても飽きが来ない。特にアコースティック・ギターから入る"Hold On"やノリのよいロックン・ロール・ナンバーで、途中のギター・ソロがリックの魅力全開の"Rock And Roll Machine"などは、きっと記憶に残るに違いない。

 自分はこのアルバムから彼らのことを知って、名盤の誉れ高い1981年の「アライド・フォーセズ」、83年の「ネヴァー・サレンダー」にたどり着いた思い出がある。Photo
 ところがこのベスト盤が発表された1988年にリック・エメットがバンドを脱退してしまい、彼らの人気は下降をたどっていった。後任のギタリストを迎えるものの、やはり何かの魔法が失われてしまったのだろう。

 一説によると、リックはもう少しプログレッシヴなロックを追及したかったようで、もしそれが成し遂げられたなら、ドリーム・シアターのような音楽をやっていた可能性がある。
 他のメンバーはハード・ロックを中心に専念したかったというから、いわゆる音楽性の違いから来たメンバー交代だった。80年代後半のアルバムにはシンセサイザーが大幅に取り入れられているから、これはリックの意向が反映したものであろう。

 このトライアンフは、リックのワンマン・バンドではない。歌は1人で歌っているわけではないし、曲もむしろギルが手がけている場合もあるくらいだ。同郷のラッシュのように、彼らは3人でアルバムを制作し、ツアーを行って、民主的なバンド運営のもと、世界的な成功を手に入れてきた。
 それでもメンバーの1人が交代しただけで、いままでの栄光が失われてしまったのである。

 だからトライアンフは、今までのカナディアン・ハード・ロック・バンドのように、1人の人間がすべてを取り仕切ってきたというわけではないのだが、1人のメンバー・チェンジがきっかけで解散したしまったという点では、間違いなくワンマン・バンドと言えるだろう。H
 彼らはリユニオンを行わないと思っていたのだが、2008年のカナダでのロックの殿堂入りをきっかけに昔の友情が再燃したようで、その後の各地のフェスティバルでは、黄金期の3人組でライヴ活動を行っている。

 今となっては日本で過小評価されていて、そんなに覚えている人も少ないかもしれないが、現地では少なくとも他のカナディアン・ハード・ロック・バンドよりは商業的にも成功したバンドだった。

 結論として言えることは、1人がすべてを牛耳るワンマン・バンドは一時はよくても短命に終わってしまうが、民主的なワンマン・バンドは成功する可能性が高いし、たとえ解散しても復活しやすいということだろうか。戦国大名だった毛利家の3本の弓矢の譬えは、現在でも有効なのかもしれない。

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