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2014年5月26日 (月)

「血の轍」と「欲望」

 約1ヵ月と少し前のことだが、先月の19日にボブ・ディランのライヴを見に行った。4年ぶり通算7回目のライヴらしいが、もともとディランのファンではない自分は、そんなことは気にもかけず、物見遊山な気分で出かけて行った。

 ディランがスタジオ・アルバムの曲をアレンジを変えて歌うことは有名で、古くは1974年のザ・バンドとのライヴ・アルバム「偉大なる復活」を聞いても明らかだ。Photo

 これは60年代半ば以降、定着していることのようで、当然のことながら今回のライヴでも同様だった。では、なぜディランが、ライヴでは原曲とはまったく違うアレンジで、時によっては歌詞まで変えて歌うのか。

 ディランにとっては、自分の作った歌は自分のものであり、それらの歌は生きているということだろうか。つまり今を生きているディランにとって、過去において自分の作った歌でさえも、今の時代にマッチするように焼き直しているのだろう。
 これは彼自身の芸術性や創造性の表れであり、それらをライヴという場において表出させることが、彼自身のアイディンティティの証明につながるのだろう。

 自分にとって一番よく聞いたディランのアルバムは、1974年に発表された「血の轍」と75年の「欲望」だった。といっても実際に聞いたのは80年代になってからだったが…

 最初に聞いたのは「欲望」の方だった。それまでの自分のイメージは“3分間のフォーク・シンガー”、“時代を映すプロテスタント・ソングライター”という薄っぺらいものだったが、このアルバムを聞いて、彼に対する見方が一変したのである。Photo_2
 それまでもこのアルバムに収められていた"One More Cup Of Coffee"や"Sara"などは、FMラジオから流れていたので知っていた。曲を聞いたイメージとしては、何となく物悲しいバラードだったので、とてもアメリカを代表する、いや世界的にもっとも有名なシンガー・ソングライターの曲としては物足りなかった。

 ところがアルバムを聞いて驚いた。1曲目の"Hurricane"から8分33秒もあり、しかも緊張感に満ち、冤罪事件を告発する内容のものだったからだ。次の"Isis"は6分58秒もあったし、6曲目の"Joey"においては11分05秒もある。まるでプログレッシヴ・ロックのようだった。“プログレッシヴ・フォーク・ロック”といってもいいだろう。

 "Hurricane"は元ミドル級のプロボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターが3人の白人を銃殺した事件を歌ったもので、その裁判の陪審員はすべて白人だった。のちに検察側が証拠を隠していたことなどが発覚し、最終的に彼の冤罪が証明された。また、このことを題材にして、1999年にデンゼル・ワシントン・Jr主演で映画化されている。

 "Joey"は実在のイタリア系マフィア、ジョーイ・ギャロのことを歌ったもので、40人以上の敵対者を殺害し、それ以外にも多くの抗争を引き起こしたといわれているが、殺人刑で起訴されたことはなかった。また、私生活では子ども好きで読書家、一般人には手を出したことがなく、意外に人気があったといわれている。

 このアルバムでは、スカーレット・リヴィエラの演奏するバイオリンが非常に印象的で、アップテンポでもスローな曲でも効果的に使用されている。まるでヨーロッパのロマ族の伝統的な音楽のようだ。まさに吟遊詩人としてのディランの面目躍如たるものだった。

 それから遡って「血の轍」を聞いた。発表順としては逆になるのだが、このアルバムもまたディランのメロディ・メイカーとしての才能をいかんなく発揮しているもので、"Tangled Up In Blue"や"Simple Twist Of Fate"、"Idiot Wind"、"Shelter From The Storm"など、その後のライヴでも演奏されている曲が多く含まれている。2

 また基本的にはフォーク・ロックで、アコースティック・ギターとハーモニカが主に使用されていて、淡々とした曲調が続く中、むしろ逆にメロディの豊かさが鮮明に浮き彫りにされているようだった。

 "You're Gonna Make Me Lonesome When You Go"はアルバム中一番短い曲で、60年代のディランを思い出させるようなフォーク・ナンバーで、"Meet Me In The Morning"はディラン流フォーク・ブルーズだ。

 また"Lily,Rosemary And The Jack Of Hearts"はアルバム中一番長い曲で、8分53秒もあった。軽快なフォーク・ソングなのだが、日本語の歌詞を読んでいてもよくわからなくて、途中で理解するのをあきらめた思い出がある。

 "If You See Her, Say Hello"も捨てがたい佳曲で、ディラン自身もそう思ったのか、シングル"Tangled Up In Blue"のサイドBで使用されている。

 とにかくこのアルバムには捨て曲がなく、どの曲も素晴らしい。「欲望」にはちょっと冗長すぎる部分があったが、このアルバムは全体として隙がないように思えた。当時はディランにもこんな素晴らしいアルバムを作れる才能があったのかと驚いたものだが、古くからのディラン・ファンには申し訳ない限りだ。

 とにかく70年代のボブ・ディランを代表するアルバムは、「血の轍」と「欲望」だと思っている。それを証明するかのように、両アルバムともビルボードのアルバム・チャートで全米No.1を記録し、ダブル・プラチナ・ディスクに認定された。特に「欲望」は5週連続No.1になっている。

 それで4月のライヴでは、"Tangled Up In Blue"と"Simple Twist Of Fate"が演奏されたが、サビの部分を聞くまでは何の歌かわからなかった。5月24日で73歳になったボブ・ディランだが、まだまだその創造の泉は枯れていないようである。
 


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コメント

 もともとはエルビス・プレスリーにあこがれてフォーク/ロックを極めようとしたボブ・ディランであったが、社会現象・人間の姿に反応しての生き様とミュージシャン活動によって彼の築き上げてきた世界は彼そのものとなって今もファンに支持されているんですね。
 まあ私はプフェッサー・ケイさんと同じにそれほどのめり込むことはありませんでしたが・・・・

投稿: 風呂井戸 | 2014年5月27日 (火) 09時22分

これはこれは、まさか風呂井戸氏からボブ・ディランに関してコメントをもらえるとは、思ってもみませんでした。ビックリです。

 自分は60年代のディランについては、リアルタイムでは聞いておらず、はっきり言って、わかりませんというほかはありません。かろうじて70年代、80年代に数枚のアルバムを聞いたくらいです。

 だからせめてライヴでは、有名な曲くらいはわかりやすく歌ってほしかったですね。そうすれば一緒に盛り上がることができたのに、残念です。

投稿: プロフェッサー・ケイ | 2014年5月27日 (火) 20時46分

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