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2014年5月11日 (日)

ウォーホース

 今更こんなことをいうのも変だが、今年は午年だ。午年ということで、年頭のこのブログでも“ウマ”が使用されたアルバム・ジャケットのいくつかを紹介させてもらった。

 そのときにウォーホースのアルバム・ジャケットも載せたのであるが、たぶん覚えている人はほとんどいないであろう。自分でもまず覚えない。そんなことを覚えるよりは、もっと大事なことを覚えた方が役に立つからだ。

 まあ、そんなことはともかくとして、今回の“ろくろくロック夜話”ではウォーホースを取り上げてみたいと思う。

 このウォーホースというバンドは、知っている人は知っていると思うけれど、元ディープ・パープルのベーシストだったニック・シンパーという人が、1970年に結成したバンドだった。

 ニックは1969年にディープ・パープルを脱退するのだが、その後は、しばらくマーシャ・ハントという女性シンガーのバック・バンドで活動をしていた。
 ところがマーシャが結婚して子どもが出来てしまったので、ツアーが中止になり、その間にニックは、当時自身が別で活動していたバンドにキーボーディストなどを加えて、ウォーホースを結成したのである。

 結成当時のメンバーは、ボーカルにアシュリー・ホルト、ドラムスにマック・プール、ギタリストにはゲッド・ペックが加わっていて、それにホルトの紹介で、キーボードをリック・ウェイクマンが担当していた。

 1970年にデビュー・アルバム用のデモを制作中に、リックはフランク・ウィルソンという人に交代したようだ。当時のリック・ウェイクマンはセッション・プレイヤーとして引っ張りだこだったようで、特定のバンドで活動するのは時間的な余裕がなかったらしい。

 ちなみにリックとアシュリーとは昔からの友人だったらしく、その後も交流が続いた。リックの1974年や75年のアルバム「地底探検」、「アーサー王と円卓の騎士たち」にもボーカリストとして、アシュリーは参加している。

 1970年にヴァーティゴ・レーベルと契約をしたウォーホースは、その年の11月にデビュー・アルバム「ウォーホース」を発表した。Photo
 音を聞けば分かるように、第1期のディープ・パープルからクラシカルな要素を削ぎ落として、代わりにブラック・サバスやユーライヤ・ヒープのようなハード・ロック的アプローチを加えたようなサウンドになっている。

 1曲目の"Vulture Blood"は、かなりハード・ロッキン調の曲で、アシュリーのボーカルも絶叫しているし、ゲッドのギターはたどたどしいながらも、気合が入った演奏になっている。

 続く"No Chance"はフランクのハモンド・オルガンが目立っている。ハモンドというと、どうしてもジョン・ロードを思い出してしまうのだが、当時も今もディープ・パープルと比較されることは避けられないだろう。
 ただボーカルは、イアン・ギランとは違って、ワイルドさはあるものの、きちんと歌いこむタイプだから、その点は表現領域が幅広い感じがする。

 "Burning"はメロディアスで疾走感のある曲で、当時のディープ・パープルと比べても聞きやすい。また4分前からのキーボード・ソロはジョン・ロードと比べても決して遜色はない。このフランク・ウィルソンという人は、隠れたテクニシャンのようだ。
 そのキーボード・ソロの途中から突如ギター・ソロが始まるのだが、さすがにリッチ―には及ばない。これは比べる方が無謀というものだろう。

 "St.Louis"という曲は1960年代に活躍したオーストラリアのバンド、ジ・イージービーツのカバー・ソングで、3分48秒というポップな曲。ポップ・ソングながらもフランクのハモンド・オルガン・ソロが目立っている。

 後半の"Ritual"もミディアム・テンポながらもリズム・セクションが頑張っていて、聞いてて非常に気持ちがいい。できればもう少しギターにも頑張ってほしいものだ。
 基本的にこのバンドは、民主的に運営されているようで、キーボード・ソロとギター・ソロの比重はほとんど変わらない。それでもキーボードの方が目立っているのは、やはり個人の能力に起因するのだろう。

 また曲のクレジットについても本家と同じで、おそらくギタリストとベーシストとボーカリストが中心になって曲を作っているのだろうが、クレジットとしては全員の名前になっている。

 アコースティック・ギターに導かれて静かに始まるバラードが"Solitude"だ。8分以上もあるバラードとはいうものの、すぐにリズム・セクションも伴奏してくるので、全体としてはやはりハードである。
 キーボードについては、オルガンと並行してピアノも演奏されているし、途中のエレクトリック・ギター・ソロは印象的なものになっている。何となくユーライア・ヒープの"July Morning"を思い出させる構成だ。最後もアコースティック・ギター、オルガン、ピアノをバックに、エレクトリック・ギターが壮大なソロを奏で、エンディングを迎えていく。

 最後の曲"Woman Of The Devil"も重いハモンド・オルガンから始まり、それをリズム隊が引きずっていく。徐々にテンポが上がり、2分過ぎから本来の持ち味であるハード・ロックに戻っていくのだが、これも本家パープルの曲に何となく似ているようだ。
 しかもアシュリー・ホルトも頑張っていて、イアン・ギランばりの絶叫を聞かせてくれる。ただ絶叫だけで終わっているようで、キーの高さもイアン・ギランには到底及ばない。

 再発されたCDには輸入盤でもボーナス・トラックが付いていて、5曲のうち4曲はスタジオ盤のライヴ演奏になっているが、拍手等は聞かれないので、スタジオ・ライヴかもしれない。
 ただこちらのライヴ曲ではギターのゲッド・ペックが結構頑張っていて、スタジオ盤よりも良い仕事をしていると思う。デビュー・アルバムを全曲ライヴで占めた方がよかったかもしれない。2_2  ただこのアルバムも、シングル曲だった"St.Louis"もさっぱり売れず、翌年ギタリストのゲッド・ペックは、ジャズやクラシック音楽のギタリストに転身してしまい、代わりにブラック・オーガストというバンドにいたピーター・パークスが参加した。

 彼らはセカンド・アルバム「レッド・シー」を1972年に発表するものの、残念がらこのアルバムも不評で、彼らはレーベルとの契約を失ってしまった。
 この結果に落胆したドラマーのマックは、ゴングに移籍してしまった。新しいドラマーのバーニー・ジェイムズはバンドにファンキーなグルーヴを持ち込むものの、アシュリーとともにリック・ウェイクマンのソロ・アルバム「地底探検」に参加してしまい、バンドは空中分解してしまうのである。

 それでもニックは、当時のワーナー・ブラザーズと契約をとろうと努力したのだが、ワーナーはヘヴィ・メタル・キッズとサインをしてしまい、結局、1974年にウォーホースは解散してしまう。ベッドフォードの大学での最後のライヴでもPAシステムがダウンしてしまい、悲惨な結果に終わったというオチまであるようだ。(「ヘヴィ・メタル・キッズ」については2011年7月のこのブログで紹介している)

 その後ニックは、ギタリストのピーター・パークスとニック・シンパーズ・ダイナマイトを結成したり、1977年にはニック・シンパーズ・ファンダンゴを結成して2枚のアルバムを発表したり、また90年代半ばでは、スパイダーズ・フロム・マーズのドラマーであるミック・アンダーウッドとともにクォーターマスに参加するなどの音楽活動を続けた。

 またウォーホースとしては、2003年とマック・プールの60歳の誕生日の2005年に一時的な再結成ライヴを行っているし、近年ではバック・バンドのナスティ・ハビッツとともに第1期ディープ・パープルの楽曲を演奏する東欧ツアーを行っているようだ。

 ディープ・パープルの二番煎じなどと陰口をたたかれたウォーホースだが、彼らはディープ・パープルの方法論を参考にしながら、パープルを超えていこうとしたのである。
 ただ楽曲的には光るものがあったものの、本家を超えるにはメンツ的にも厳しいものがあったし、不幸にも親会社からのバックアップも不足していた。

 ニックの力強い意志を感じさせるバンドが、ウォーホースだった。それは確かに“戦う馬”の名前に相応しい音楽活動だったと思っている。


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