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2014年7月10日 (木)

レインボー(2)

 これを書いている今は梅雨も終わりの頃なのだが、いよいよ夏も近いということで、今回から“暑さも忘れるブリティッシュB級ハード・ロック”特集をしようと思う。

 第1回は、レインボーである。えっ、レインボーがB級ハード・ロック・バンドなのと、驚く人もいるかもしれないけれど、自分にとってはB級なのだ。

 理由は簡単で、あくまでもギタリスト、リッチ―・ブラックモアの個人的なバンドだと思うからである。
 このバンドについては、以前にもこのブログで取り上げて、1976年の「虹を翔る覇者」がいかに優れたアルバムなのか力説していたが、70年代の代表的なハード・ロック・バンドが、80年代に入って、如何に堕落していったかも同時に述べたつもりだった。

 ハード・ロックに詳しい人はわかると思うけれど、レインボーはボーカリストのロニー・ジェイムス・ディオが脱退した1979年からハード・ポップ・ロック・バンドに変質してしまった。

 理由はアメリカで売れるためだった。リッチ―・ブラックモアの個人的な人気が高いヨーロッパや日本では、彼らのアルバムは好意的に迎えられ商業的にも成功したが、残念ながら世界最大のマーケットであるアメリカでは、彼らの人気はそこそこのものでしかなかった。

 だからリッチ―は、売れるためにメンバー・チェンジをし、他人の曲でも取り上げ、自分のソロを削ってまでも売れるアルバムを目指したのだった。
 それを証明するかのように、アルバム「ダウン・トゥ・アース」の裏側ジャケットには大きくアメリカ大陸が描かれていた。Images
 それが成功したのが「ダウン・トゥ・アース」であり、1981年の「アイ・サレンダー」だった。当時の自分はグラハム・ボネットが参加したバンド写真を見たとき、とにかく驚いたことを覚えている。何しろリーゼントでサングラスをかけていたからだ。彼だけ写真の中で、まるで浮幽霊のように、浮いていた。

 こりゃ、長くは続かないだろうと思っていたが、予想通りだった。彼はこのアルバム1枚で去っていった。正確に言うと、ドラマーのコージー・パウエルが脱退したので、グラハム・ボネットもやめていったのだ。

 ただ個人的な気持ちとしては、このポップ路線を歩んでいたレインボーは大好きだった。口先では「やっぱりディープ・パープル時代の方がいいよな」と言いながらも、キャッチーなメロディラインは耳に馴染みやすく、記憶にも残りやすかったからである。

 ある意味、ブラックモアの時代を見る目は正しくて、イギリスで発祥したニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル・ムーヴメントに乗っかるように、スピーディーでメロディアス、かつ時間的には短いがインパクトの強い楽曲を中心にしたアルバム作りに専念していた。

 だから「アイ・サレンダー」はイギリスではゴールド・ディスクを獲得したし、同名シングルはチャートで3位を記録した。
 一方で1982年の「闇からの一撃」は「アイ・サレンダー」路線を踏襲したもので、このアルバムには外部ライターを用いた曲は1曲もなく、全9曲彼らのオリジナルで占められていた。4
 特に冒頭の3曲"Death Alley Driver"、"Stone Cold"、"Bring on the Night"の流れは見事というしかなく、リッチ―の演奏も決まっている。レインボー・ファンの間では、やや評価の低いアルバムなのだが、自分はもっと評価されていいと思っている。

 やはりヒプノシスも協力したアルバム・デザインが悪かったのだろうか。ところでこのアルバムの中には"Miss Mistreated"という曲もあった。
 似たようなタイトルの曲がリッチ―のもといたバンドにあったが、誰かが俺の作った曲だと詰め寄ってこないように、誤解を避けるために“Miss”という言葉を入れたんだ、とリッチ―は語っている。もちろん“誰か”とはデヴィッド・カヴァーディルのことだ。

 この曲はミディアム・テンポでヒット狙いは難しいが、ギター・ソロは目立っている。デヴィッドの歌った曲はバラード系だったが、それとは対照的だ。曲の出来としては、やはりデヴィッドの歌った曲の方に軍配を上げたい。

 またこのアルバムには、もろポップで売れ線狙いの"Power"やスコーピオンズが歌いそうなノリノリの"Rock Fever"、オーケストラも使用された大仰な"Eyes of Fire"など、印象に残る曲が多い。リッチ―も結構弾きまくっているし、アメリカではチャートで30位まで上昇したことからも、後期の代表作といってもいいのではないだろうか。

 代表作といえば、1983年に発表された「ストリート・オブ・ドリーム」は、彼らの裏名盤と言われている。
 理由はそれまでのポップ路線からハード・ロック路線に戻りつつあったからであり、メロディアスなリッチ―のギター・ソロを聞くことができる"Can't Let You Go"や後期レインボーを代表する"Street of Dreams"などが収められていたからだろう。

 それ以外にもそれまでのポップ路線を引きずっている"Fool for the Night"やデイヴ・ローゼンサルのキーボード・ソロがフィーチャーされた"Fire Dance"など、確かに聞きどころは多い。"Fire Dance"でのジョーのボーカルは、イアン・ギランのように甲高くシャウトしていた。2
 バンドとしての完成度でいけば、このアルバムでのレインボーは、リッチ―のワンマン・バンドではなくなっている。5人のメンバーそれぞれが、各自の持ち味を発揮していて、アルバム全体が、以前よりもダイレクトにリスナーに響いてくるように思えた。

 またこのアルバムには2曲のインストゥルメンタルが収められていた。リッチ―の美しいフレージングが哀愁さを醸し出す"Anybody There"、アニメの“スノウマン”のテーマソング"Walking in the Air"をアレンジした"Snowman"では、デイヴのキーボードがリッチ―のギターと程よくブレンドされていて、アルバムをますます優れたものにしている。

自分としてはこのままハード・ポップな路線を続けていくと思っていたのだが、1984年に何を思ったか、リッチ―は元のバンドの再結成に参加してしまった。あとで本人は、あれは金のためで、まったく楽しいものではなかったと語っているが、話題性はあったものの、音楽的な進歩は見られなかった。

 リッチ―のギター・プレイに関しても、昔はすぐに口ずさめたり、思い出せるものだったが、レインボー時代のギター・プレイに関しては、どうもすぐには浮かんでこない。
 日本のギター・キッズは、今でもTVのCMで使われている曲のフレーズを練習したものだが、レインボー時代のものは、あまり頻繁には練習されていないし、使用されていない。

 それはポップになったからという理由ではなくて、ソング・オリエンティッドなアルバム作りを目指したからだろう。
 リッチーほどのテクニシャンなら、ジェフ・ベックのようなアルバムを作ることはできただろうが、何人ものボーカルを代えながら、なぜか彼は歌入りにこだわっていた。

 来年で70歳になるリッチーだが、いまだに現役で活躍中であり、アコースティックにはなったものの、相変わらず歌入りのアルバムを制作している。
 これは彼が若いときにハンブルグで修業したことや、60年代のブリティッシュ・インベージョンと無関係ではないだろう。当時はボーカル&バック・バンドという構成が普通だったからだ。

 “三つ子の魂百まで”ということわざがあるが、リッチーのDNAの中にはかつての経験がいまだに脈々と流れているに違いない。


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